『現代外国為替論』 第 12 章 通貨危機と国際通貨制度改革 小川英治 1

『現代外国為替論』
第 12 章
通貨危機と国際通貨制度改革
小川英治
1. 金融のグローバル化における通貨危機
(1)金融危機を伴う通貨危機
1980 年代から 1990 年代にかけて金融のグローバル化が進展した。先進諸国のみならず
新興市場国と呼ばれる発展途上国においても資本規制や為替管理が急速に緩和され、国際
金融取引が盛んに行われるようになった。このような金融のグローバル化が進展するなか、
1990 年代に欧州、ラテンアメリカ、アジアで通貨危機が発生した。その特徴的なことは、
金融のグローバル化の進展に伴って、通貨危機の原因や発生メカニズムが変化してきたこ
とである。以前には、財政赤字やインフレ的な金融政策の採用によって、インフレーショ
ンが発生し、その結果、実質為替相場が増価して、経常収支赤字が拡大することによって、
国際収支危機が発生した。しかし、金融のグローバル化が進展すると、経常収支の問題以
上に、通貨危機以前の過度の資本流入と通貨危機時における突然の資本流出が直接的な原
因となって、通貨危機が発生するようになってきた。さらに、通貨危機が金融危機を伴っ
て発生するようになった。
1997 年 7 月 2 日に襲ったタイ・バーツ危機は、多くの東アジア諸国を巻き込んで、アジ
ア通貨危機に発展した。これらの国では、急速な経済成長を遂げていたために経常収支が
赤字であったことを除くと、財政収支やインフレ率などのマクロ経済変数は、これまでに
発生した通貨危機に比較してさほど悪くはなかった。また、これらの国では、政府の対外
債務は問題となっていなかった。むしろ、国内の金融機関や企業が外国通貨建て短期対外
債務を負っていたことが問題とされる。とりわけ国内金融機関は、外国通貨建て短期債務
の借換えによって資金を外国から調達する一方、自国通貨建て長期貸出を行うというよう
に、国内金融機関が通貨と満期の両面において資産負債のミスマッチを起こしていた。こ
のように通貨と満期の両方において不整合なバランス・シートを抱えた国内金融機関は、外
国為替リスクと金利リスクと流動性リスクに直面していた。それにもかかわらず、これら
の国内金融機関のリスクに対する管理は十分ではなかった。このような背景のなかで、通
貨危機に伴って、国内金融機関が経営破綻を来たすという金融危機も同時に発生した。
通貨危機が金融危機を引き起こすメカニズムとしては、前述した通貨面における資産負
債のミスマッチの状況において、通貨危機によって外国通貨に対して自国通貨の価値が低
下すると、外国通貨建て債務の負担が増大する一方、自国通貨建て債権の価値が減少する
ので、債務が債権を超過する状況に陥る可能性がある。多くの国内金融機関が外貨建て債
務を多く負っている場合には、これらの国内金融機関が共通して、債務超過に陥り、この
国で金融危機が発生する。
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また、外国の金融機関や投資家がこれらの国内金融機関に短期で融資している場合には、
通貨危機による通貨価値の低下を予想して、資金をこれらの国内金融機関から引き揚げる
ならば、これらの国内金融機関は流動性不足に陥る可能性がある。そして、この国全体で
流動性危機が発生する。さらに、もしそれと同時に国内居住者が自分の預金等を外国に移
転させるという資本逃避を行うと、銀行の流動性危機は一層深刻になる。このようにして、
流動性危機から銀行取付けを通じて銀行システム全体に波及することになると、金融危機
が発生する。
一方、金融危機が通貨危機を引き起こす可能性もある。国内で資産バブルの崩壊等の国
内的要因によって、金融危機が発生したときに、発展途上国のように預金保険機構が十分
に整備されていない場合には、公的資金投入によって銀行や預金者が救済される。これら
の救済の資金が、直接的に中央銀行の国内信用を拡張させることによって調達されるなら
ば、貨幣供給増大を通じて自国利子率が低下し、外国為替市場で自国通貨の価値を低下さ
せる圧力が発生する。このようにして、通貨危機が発生する。
また、銀行や預金者を救済するための資金が国債を発行することによって調達されるな
らば、政府は、その国債の負担を軽減するためにインフレーションを引き起こしたいとい
うインセンティブを高めるかもしれない。購買力平価に従えば、インフレ率が上昇すると、
自国通貨の価値を低下させる圧力が高まる。また、民間経済主体が通貨当局のインフレー
ションを抑制するという政策スタンスを信認していなければ、通貨当局がインフレーショ
ンを高めるように行動するであろうと民間経済主体が予想するので、インフレーションと
ともに通貨価値の低下を予想して、固定為替相場制度に対する信認が低下する。このよう
な民間経済主体の予想が支配的な場合には、たとえ通貨当局がインフレーションを抑制し
ようとしても、投機家による固定為替相場制度に対する投機攻撃が起こって、自己実現的
に通貨危機が発生する。
これらの通貨危機から金融危機への発生メカニズムと金融危機から通貨危機への発生メ
カニズムとはお互いに排他的なものではないので、これらの発生メカニズムが結びつくこ
とによって、通貨危機と金融危機の悪循環が続いていく可能性がある。
(2)通貨危機の伝染効果
金融のグローバル化が進展した結果、通貨危機が一国にとどまらず、他の国にも通貨危
機が伝染する事態となっている。1990 年代に発生した欧州通貨危機(1992 年)やメキシコ
通貨危機(1995 年)そしてアジア通貨危機において通貨危機の伝染効果が見られた。アジ
ア通貨危機では、最初にタイで発生した通貨危機が他の東アジア諸国通貨に伝染した。7
月 2 日にタイ・バーツ危機が発生した直後には、投機家による投機攻撃は他の ASEAN 諸
国通貨に及んだ。同月 11 日にはフィリピン・ペソが切下げられ、続いて同月 14 日にはマ
レーシア・リンギットが切下げられた。さらに、同月 21 日にはインドネシア・ルピアにま
で切下げの圧力が波及した。同年 10 月には通貨攻撃の対象がアジア NIES 諸国に移り、通
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貨切下げの圧力が台湾ドル、香港ドル、シンガポール・ドルにまで波及した。香港ドルに
対する投機攻撃が行われた直後の 11 月 20 日に韓国ウォンが急落した。12 月に入っても、
韓国ウォンの価値の低下は止まらなかった。翌年 1 月にはいると、インドネシアが IMF の
コンディショナリティを遵守する意思がないものと見なされ、インドネシア・ルピアが急
落した。
通貨危機が発生した国の通貨の価値が低下すると、その国の輸出産業の国際価格競争力
が高まる。同時に、通貨危機が発生した国と貿易面において競争関係にある他の国では、
相対的にその国の通貨の価値が上昇し、過大に評価される。このことは、その国の輸出産
業の国際競争力が相対的に低下することを意味する。これによって、これまで維持されて
きた固定為替相場では、この国の貿易収支赤字が増加し、中央銀行の外貨準備が減少し、
この国の通貨に対しても投機攻撃を受ける。
各国間のマクロ経済政策やマクロ経済環境における類似性が原因となって、通貨危機が
伝染することも考えられる。通貨危機前の東アジア諸国のように、いくつかの国の通貨当
局が共通して、米ドルに対して自国通貨を固定するという共通の為替相場制度(ドル・ペ
ッグ制)を採用している場合に、アメリカの利子率が上昇するような外生的ショックが発
生すると、固定為替相場を維持するためにはドル・ペッグ制を採用している国々も利子率
を同様に上昇させなければならない。しかしながら、それらの国々が共通して不況にあっ
て、利子率を上昇させることがこれらの国々の経済にとって好ましくないマクロ経済環境
にあった場合には、利子率を上昇させることが困難となる。このような共通のマクロ経済
環境が投機家によって認識されると、投機家は、これらの国々の通貨当局は固定為替相場
を維持することができないと予想して、これらの国々の通貨に対して投機攻撃を仕掛ける。
このようにして、共通のマクロ経済環境にある国々において通貨危機が同時に発生する。
さらに、金融のグローバル化の進展のなか、国際金融機関を通じて連鎖的に資金を引き
揚げるという、一種の国際的な銀行取付けが、国際金融システムの中で発生する可能性が
ある。新興市場国の国内金融機関は、資産と負債の満期構造を変換することによって、長
期に資金を固定する運用を嫌う外国投資家に対して流動性資産を提供することができる。
これによって、国内金融機関は外国から資金をより容易に調達することが可能となる。こ
のように国内金融機関が債務の短期化を図って、流動性を提供することによって、資金流
入を増大させることができる。
しかし、何らかの外生的な原因によって国際金融機関が一斉に資金を引き揚げるときに
は、自らの資産を流動化することができない国内金融機関は流動性不足に陥り、流動性危
機が発生し、さらには金融危機にまで発展するかもしれない。同時に、国内金融機関から
資金が外国に引き揚げられると、これらの国々の通貨の価値を低下する圧力が発生する。
ある新興市場国の通貨危機・金融危機の結果として国際金融機関自体のバランス・シート
も悪化するので、国際金融機関は、そのバランス・シートの改善を図るために、他の新興
市場国への融資などの資産運用を流動化したり、それらの資産運用を他のより安全な資産
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運用に切り替えることによって対応することになる。そうなると、他の国にも同様の金融
危機と通貨危機が発生し、これらが伝染する。
2. 資本自由化論争
各国で国際金融取引の規制が緩和されるなか、金融のグローバル化が進展すると、国際
的資本取引が活発となり、収益率の差が存在する国と国との間で大量の資本が世界的に移
動するようになる。このような金融のグローバル化のなかで大量の資本が頻繁に移動する
状況は、先進諸国のみならず新興市場国においても共通している。
各国において、家計が消費と貯蓄の意思決定を行う一方、企業が投資の意思決定を行い、
そして、家計と企業は独立してこれらの意思決定を行うので、必ずしも貯蓄と投資が等し
くなるとは限らない。もし国際的に資本が移動するならば、貯蓄と投資のギャップは外国
との資本取引によって埋められる。貯蓄を行う家計にとっては、より収益率の高い投資プ
ロジェクトに貯蓄の資金を向けられるので、将来の受取利子配当の増加を通じて、将来所
得が増加する。一方、資本を受け入れる国では、高い収益率の投資プロジェクトへ外国か
ら資金が回ってきて、資本蓄積が進む。とりわけ、経済成長が著しく、有望な投資プロジ
ェクトを抱えているものの、その旺盛な投資が国内貯蓄によって調達しきれない新興市場
国では、外国からの資本流入は有益なものとなり、資本流入が多くなる傾向がある。これ
に対して、もし国際資本取引が規制されているならば、国内で投資が貯蓄を上回っている
国では、一部の投資プロジェクトにしか貯蓄の資金が回らず、国際資本移動を自由にした
場合に比べて、資本蓄積および経済成長の速度が減速する可能性がある。
しかしながら、国内の投資プロジェクトへの対外債務を外国の短期資本に多くを頼って
いる国では、国内経済にとって何らかの悪いショックが発生すると、突然の資本流出が発
生する可能性が高くなる。国民所得がまだ高くないために国内貯蓄が限られている一方、
未発展のために将来にわたって急速な経済成長が見込める新興市場国では、外国からの資
本流入に頼って資本蓄積を行う必要があるとともに、先進諸国の投資家による積極的な対
外投資によって資本が新興市場国へ流入することになる。しかし、その資本流入の形態を
直接投資ではなく、もっぱら短期資本による証券投資や銀行融資に頼っていると、突然の
資本流出に直面する危険性がある。
また、注意しなければならないのは、先進諸国の投資家や金融機関が直接に新興市場国
の企業に資金を運用するだけではなく、新興市場国の地元の金融機関を通じて企業に融資
される場合が多くなる。国際資本移動において地元の金融機関が介在する場合には、これ
らの国内金融機関の金融リスク管理能力が要請されていることとともに、国内金融機関が
金融リスクに直面する可能性を減らしたり、経営破綻に陥った金融機関を処理し、その金
融システム全体への波及を阻止する制度が整備されていることが必要である。
したがって、資本移動に対する規制緩和は、国内の金融制度の整備のスピードに合わせ
て進める必要がある。資本移動が完全に自由である状況においては、外国から大量に資金
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が流入すると、それを国内の金融機関が適切な金融リスク管理を行いながら、効率的に運
用する金融仲介能力が要求される。その金融仲介能力が十分にない場合には、土地などの
資産に過剰投資を行い、資産バブルを発生させたり、金融リスク管理が十分に行われてい
ないために、資産バブルが崩壊した際に、資産価格の暴落により大きな損失を被る。
また、ヘッジファンドによる為替投機が、一般的に、為替相場を安定化させるか、ある
いは、不安定化させるかは、議論の余地があるものの、ヘッジファンドが経済ファンダメ
ンタルズから離れていく為替相場のバブルの中、バブル方向への為替相場の動きを予想し
て、利益を得ようとして為替投機を行うと、為替相場は不安定化し、バブルが増幅される。
さらに、ヘッジファンドの為替投機に群衆行動が伴うと、為替相場の不安定性が増幅する
ことになる。1992 年 9 月に、イギリス・ポンドが EMS(欧州通貨制度)の ERM(為替相
場メカニズム)から離脱した過程や、1997 年 7 月のタイ・バーツ危機に至る過程において、
ヘッジファンドによる為替投機が大きく関わっていたと言われている。通貨危機の際に行
われたヘッジファンドの投機攻撃を非難する意見がある。
1998 年 6 月のロシア危機以降、ヘッジファンドの一つである LTCM(ロングターム・キ
ャピタル・マネージメント)が破綻に瀕するとともに、ヘッジファンドが金融機関から融
資を受けて、レバレッジを効かせているために、ヘッジファンドの破綻が金融機関にまで
影響を及ぼしたことが問題視されている。そのため、ヘッジファンドに対する規制・監督
やディスクロージャー、および金融機関によるヘッジファンドへの融資に関するディスク
ロージャーが国際的に検討され、バーゼル銀行監督委員会より銀行とヘッジファンドとの
取引に関して報告書が提出された。そのなかで、銀行によるヘッジファンドへの融資に対
する監視の必要性が指摘されている。
3. 国際金融アーキテクチャーの強化
1990 年代に何度かの金融危機を伴う通貨危機及び通貨危機の伝染に直面して、これらの
通貨危機および金融危機に対して頑健な国際金融アーキテクチャー(個人や企業や政府が
国際金融活動を行う際に利用する制度、市場、及び慣行)の強化が必要であると認識され、
国際金融アーキテクチャーの強化に向けて様々な動きが見られる。
1990 年代の通貨危機は、金融のグローバル化が進むなか、自由な国際資本移動の下で発
生した。危機に際しての資本流出が危機を引き起こしたが、危機前に大量に資本が流入し
ていたことも注意すべき点である。この資本流入は、証券投資とともに、国際銀行融資に
よってもたらされた。とりわけ、国際銀行融資においては、日米欧の銀行が地元銀行等の
地元金融機関に大量の資金を融資した。
この大量の国際銀行融資を受けた地元金融機関は、政府や財閥などの直接的・間接的な
保証の下で、十分な金融リスク管理を行わないままに、地元企業あるいは不動産などに融
資した。そのため、多くの融資が不良債権化することになった。このような国内金融シス
テムの脆弱性が金融危機を深刻化するとともに、国際銀行融資の引揚げから通貨危機が併
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発した。したがって、金融機関のリスク管理能力の向上を含めて、国内金融システムの強
化が、とりわけ国際資本移動を自由にしている国にとっては、必要である。
国際資本移動については、自由な国際資本移動がよいのか、あるいは、国際資本移動を
規制した方がよいのかは、様々な意見がある。資本管理を行っている国は、外資導入によ
る経済成長を犠牲にしながらも、外国からの投機攻撃や国内から資本逃避を抑制すること
ができる。一方、資本が自由に国境を越えて移動し得る国では、対外債務における短期債
務の比率や外貨建て債務の比率に注意する必要がある。また、資本流入の急増、流入した
資本の突然の流出に対しては、特別の注意を払うことが必要である。このように、自由な
国際資本移動の下でその経済的効果を得ることができるものの、国際資本移動を監視する
ことによってそのリスク管理を図ることが必要である。
また、これから国際資本移動に対する規制を緩和して、国際資本移動の自由化を進める
場合にも、前述したように、国内金融製システムの強化を図った上で、国際資本移動の自
由化を進めることが必要である。国内金融の自由化に続いて、国際資本移動の自由化を図
るという自由化の順序が重要となる。
さらに、国際金融システムのアーキテクチャーを考えるときに、金融システム及び国際
資本移動と並んで重要なファクターとなるのは、各国が採用する為替相場制度である。通
貨危機に耐えられる、維持可能な為替相場制度が選択されることが必要である。維持可能
な為替相場制度としては、為替相場制度の両極の解(two corner solutions)、すなわち、通
貨危機に耐えられる為替相場制度は、自由変動為替相場制度か、厳格な固定為替相場制度
のいずれかが望ましいという考え方と中間的な為替相場制度が望ましいとする考え方があ
る。
アジア通貨危機を経験して、アメリカのみならず日本や欧州などと国際貿易、直接投資、
国際金融などの経済関係の深い東アジア諸国にとって、ドル・ペッグ制は決して望ましい
為替相場制度ではないという教訓を得た。アジア通貨危機に直面した多くの東アジア諸国
は、危機時に事実上のドル・ペッグ制を放棄して、変動為替相場制度に移行した。しかし
ながら、危機から経済が回復するにつれて、これらの国の通貨がドルとの連動性を高める
傾向にある。経済関係の観点からは、ドルのみならず円やユーロ等を含む通貨バスケット
を参照にした為替相場政策が望ましいとする考え方がある。
通貨危機の予防と解決においては、IMF が重要な役割を果たしている近年の一連の通貨
危機の反省を踏まえて、IMF はその金融支援制度の改善に取り組んできた。IMF は、その
金融支援制度として補完的準備融資制度(SRF)と緊急融資枠(CCL)を創設した。しか
し、CCL は、危機の予防的措置としてその効果が期待されたが、実際に利用する国がなく、
2003 年に廃止された。さらに、IMF のみによる通貨危機対策に対して、かつてアジア通貨
基金(AMF)構想が IMF の反対によって実現に至らなかったが、形を変えて、地域金融協
力によって補完しようとする動きが東アジアで見られる。それは、チェンマイ・イニシア
ティブによる ASEAN+3 の通貨スワップ協定という形で結実している。
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しかしながら、IMF の金融支援それ自体が、通貨危機や金融危機に陥った国の債務者と
債権者、主として先進諸国の投資家・金融機関にモラル・ハザードを誘発させるという批
判がある。危機に陥った国の債務者や政府は、IMF からの金融支援を受ける際に厳しいコ
ンディショナリティを受ける上に、国内経済が停滞するという厳しい状況になる。したが
って、危機に陥る側はモラル・ハザードを起こすことはないと考えられる。
それに対して、先進諸国の投資家・金融機関の側には、IMF からの金融支援によって、
モラル・ハザードを起こすかもしれない。このようなモラル・ハザードの防止を通じて通
貨危機を予防し、通貨危機の円滑な解決のために通貨危機の予防と解決に民間部門を関与
させることが考えられている。その一つとして、IMF などの公的金融支援は、すべての金
融支援額をまかなうのではなく、その一部に限定することによって、民間債権者に残りの
金融支援を負担させるというものである。また、債務のリストラについて民間債務者が合
意しなければ、IMF が金融支援を行わないということがある。さらに、通貨危機に直面す
る国の金融機関は、短期対外債務の借換えが困難となる流動性危機に陥ることがあるので、
この流動性危機を解消するために、民間債権者に資金回収に走らないで、借換えに応ずる
ように、促すことがある。
しかし、このような民間部門の関与が強制的に行われるのであれば、民間部門は将来の
その可能性を憂慮して、たとえ健全であったとしても、新興市場国や発展途上国への投資
を抑制させてしまう可能性がある。このことを防ぐためには、民間部門の関与は、リスク・
プレミアムが上乗せされるように市場金利が適用されるなど、市場原理に基づいて自発的
に行われることが必要となる。また、リスク・プレミアムが上乗せされる市場金利で金融
支援を受けること自体、危機に陥った国の債務者のモラル・ハザードを防ぐ。
4. 望ましい為替相場制度
(1) 両極の為替相場制度
1990 年代におけるたび重なる通貨危機に直面して、近年、通貨危機を予防し、それに耐
えられる最適な為替相場制度は何かについて議論されている。その 1 つの考え方が、「両極
の解」である。その考え方によれば、通貨危機に耐えられる為替相場制度は、自由変動為替
相場制度か、カレンシー・ボード制度などの厳格な固定為替相場制度のいずれかである。こ
れらの 2 つの為替相場制度は、様々な為替相場制度のスペクトルの中では、両端に位置す
るものである。
自由変動為替相場制度の下では、通貨当局が外国為替市場にまったく介入せず、為替相
場が自由に変動するままに任せられている。この下では、通貨当局が保有外貨準備を売却
して外国為替市場に介入しないことから、定義上、通貨当局保有の外貨準備が減少すると
いう通貨危機は発生し得ない。また、自由な資本移動の下で自由変動為替相場制度を採用
すれば、金融政策の独立性を確保することができるというメリットもある。
しかしながら、自由変動為替相場制度は、変動為替相場制度のメリットを有する一方で、
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変動為替相場制度のデメリットも有する。1980 年代前半において我々が経験した円ドル相
場の中期的なドルの過大評価のように、均衡為替相場から実際の為替相場が中期的に乖離
すること(為替相場のミスアラメント)の問題点が指摘されている。為替相場のミスアラ
イメントが発生するなか、自国通貨が増価し、企業がその増価が一時的でないと判断する
と、企業の対外直接投資が促進される。直接投資が行われた後に、自国通貨が均衡水準に
戻ったとしても、海外進出に際しての諸費用を回収できず、埋没費用となるために、その
まま外国にとどまらざるを得ないという履歴現象が起こる。
一方、厳格な固定為替相場制度には、カレンシー・ボード制度、さらにはドル化及び通
貨同盟が含まれる。カレンシー・ボード制度は、固定為替相場制度の中でも、国内通貨がす
べて外貨準備によって裏づけされているならば、その裏づけによって強固な固定為替相場
制度であると言われている。そのため、国内通貨が減価することを予想して国内通貨を売
ろうとする投機家に対して通貨当局は十分に保有する外貨準備によって投機攻撃に対応す
ることができる。このような状況において、投機家も投機攻撃を仕掛けても勝てないこと
が分かっているために、投機攻撃が仕掛けられないと期待されている。
カレンシー・ボード制度よりさらに厳格な固定為替相場制度として位置づけられるドル
化が存在する。カレンシー・ボード制度ではその制度を変更する可能性が残されているこ
とから、その制度の持続性に対する信頼度は完全ではないために、カレンシー・ボード制
度の下でリスク・プレミアムだけ高い金利となる傾向にある。ドル化は、制度上の不可逆
性からその信頼性を高めることができる。しかしながら、そのことがドル化の費用ともな
りうる。ドル化の便益と費用の比較においては、トレード・オフ関係にある。ドル化の制
度上の不可逆性は、ドル化に対する信認を維持することができる一方で、大きなショック
が発生したときに調整ができないという費用を伴っている。
ドル化は、小国が大国であるアメリカのドルを一方的に利用することによって、その小
国がアメリカと通貨を共通化するものであるが、通貨を共通化するという点では同じはで
あるが、通貨統合を各国が対等に通貨同盟を組んで行う場合もある。代表的な例は、1999
年に単一の共通通貨ユーロを導入した EU12 か国である。ユーロ圏の域内においては通貨
統合によって半永久的に 1 対 1 の厳格な固定為替相場制度が採用されていることを意味す
る。一方、ユーロ圏域外の通貨に対してユーロは変動していることから明らかなように、
欧州通貨同盟については、域内通貨間においては厳格な固定為替相場制度である一方、域
外通貨に対しては変動為替相場制度が採られている。
(2) 中間の為替相場制度
自由変動為替相場や厳格な固定為替相場制度のデメリットを強調して、両極の為替相場
制度よりも中間の為替相場制度の方が望ましいという考え方がある。中間の為替相場制度
の中には、ドル・ペッグ制で代表される伝統的な固定為替相場制度がある。アジア通貨危
機の時に東アジア諸国が事実上のドル・ペッグ制を採用していたことから、ドル・ペッグ
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制のような硬直的な中間の為替相場制度に対する批判が続出した。例えば、
Williamson(2000)は、ドル・ペッグ制の硬直性を批判して、より柔軟な為替相場制度とし
て BBC ルールを提唱している。BBC とは、為替バンド(Band)、通貨バスケット(Basket)、
クローリング(Crawling)の頭文字をとったものである。基準為替相場に許容変動幅を設
けた為替バンドによって金融政策の独立性の余地が残され、通貨バスケットを基準為替相
場として参照することによってドル・ペッグ制等の単一通貨ペッグ制度の弊害が取り除か
れ、そして、基準為替相場のクローリングによって、すなわち基準為替相場を一定率で変
化させることによって、為替相場の参照対象諸国とのインフレ率格差による実質為替相場
の増価が予防される。
アジア通貨危機を経験した東アジア諸国にとって、通貨危機の再発を防止するための為
替相場制度面における方策として共通に認識されていることは、東アジア諸国が国際貿易
や直接投資や国際金融においてアメリカのみならず日本や欧州とも密接な関係があること
から、ドル・ペッグ制、あるいは、事実上のドル・ペッグ制は望ましくないということで
ある。むしろ、中国、香港、マレーシアを除く多くの東アジア諸国は、より弾力的な為替
制度を採用する傾向にある。弾力的な為替制度のなかで、為替相場のボラティリティやミ
スアライメントの問題を考慮に入れると、ある程度の為替相場の安定性が望まれる。しか
し、その為替相場の安定性は、当該国通貨の対ドル為替相場の安定性ではなく、緊密な経
済関係を持った複数の外国通貨のバスケットに対する当該国通貨の安定性を意味する。国
際貿易や直接投資や国際金融において、東アジア諸国はアメリカとともに日本や欧州と緊
密な関係を持っていることから、東アジア諸国にとって安定化すべき通貨は、ドルと円と
ユーロとから構成される通貨バスケットとなろう。
(3) 国際金融システムのトリレンマ
望ましい為替相場制度を考察するに際して、為替相場制度を選択することによって、他
の経済的要因にどのような影響が及ぶかを考慮しておかなければならない。為替相場制度
の選択と他の経済的要因との関係について、自由な資本移動と為替相場の安定と金融政策
の独立性というこれらの三つの選択肢が同時に達成することができないという国際金融シ
ステムのトリレンマに各国経済は直面している。
自由な資本移動と金融政策の独立性を維持しながら、為替相場を安定化させることは困
難である。金融政策を自由に行い、自国通貨を安定化させようとする外国通貨の金融政策
と異なる金融政策を行うと、例えば、外国金利よりも低い水準に自国金利を誘導しようと
すれば、金利差が生じて、自国から外国へ資本が流出する。その資本流出が自国通貨を減
価させる圧力をもたらす。自由な資本移動の下では、金融政策の独立性を重視すれば、為
替相場の安定性はあきらめざるを得ない。
一方、為替相場の安定性を重視すれば金融政策の独立性をあきらめて、外国の金融政策
に同調せざるを得ない。例えば、金融緩和政策をとって金利を低下させると、自由な資本
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移動の下で資本が外国に流出する。資本流出は、自国通貨に対して減価圧力がかかる。為
替相場を安定化させるために、通貨当局が外貨準備を減少させて、自国通貨を買う介入を
行う必要がある。外貨準備が減少して、それを国内信用の増加によって不胎化しないかぎ
り、貨幣供給量が減少して、金融緩和を相殺してしまう。あるいは、金融政策において外
国の通貨当局と政策協調を行うことになる。もし中央銀行の自由度と為替相場の安定性の
両方を確保しようとするならば、資本移動に対してある程度の規制を課さざるを得ない。
このように為替相場制度の選択は、資本移動と金融政策といった他の経済的要因も考慮
に入れて、考えなければならない問題である。
5. 資本規制
資本規制は様々な目的から行われることがある。第一に、前述した国際金融システムの
トリレンマ、すなわち、自由な資本移動と為替相場の安定と金融政策の独立性という 3 つ
の選択肢をすべて同時に達成することができない状況のなかで、金融政策の独立性と為替
相場の安定を達成するために、自由な資本移動を犠牲にしようということがある。第二に、
投機攻撃・資本逃避や急激な資本流出入による金融の不安定性の増大を抑えることや、金
融機関や企業が外国為替リスクを過剰に取らないことを目的とする金融機関などに対する
プルーデンシャル規制として資本規制が導入される場合がある。すなわち、国内の金融危
機の防止と解決を目的として資本規制が行われる。第三に、国内の金融危機の防止と解決
と類似しているが、自国通貨に対する投機攻撃によって発生する通貨危機の防止と解決を
目的として資本規制が行われることが考えられる。金融危機の防止と解決は金融システム
に関係するが、通貨危機は通貨防衛のための外貨準備残高の大きな減少とともに通貨の減
価に関係する。第四に、人為的な低金利を維持する金融抑圧政策を実効ならしめるために
資本規制が行われることもある。発展途上国において金融当局が金融規制よって金利を均
衡水準よりも低い水準に設定して高い経済成長を達成しようとする傾向がある。しかし、
金融規制によって金利が低く設定されるなか、資本が自由に移動すると、国内貯蓄が相対
的に高い金利を求めて外国に流出し、国内の投資に貯蓄が回らないために、資本蓄積が進
まない可能性がある。
資本規制の形態としては、行政による直接的管理と市場に依拠した間接的管理と分類す
ることができる。行政による直接的管理は、資本取引の禁止や量的制限や許認可手続きを
通じて資本取引や資本取引に関連する資金の支払いや移転を制限するものである。一方、
市場に依拠した間接的管理は、資本取引の費用を高めることによって資本移動やそれに関
連する取引を抑制するものである。具体的には、国際金融取引に対する課税や無利子強制
預託制度(unremunerated reserve requirement)などがある。
無利子強制預託制度は、チリで短期資本流入を抑制するために 1991 年から 1998 年まで
導入されていた。また、1993 年 9 月にコロンビアでも導入された。チリでは、国内のマク
ロ経済政策が良好に行われたこともあって、無利子強制預託制度に対して一般的に評価さ
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れている。
一方、外国為替取引に対する課税による資本規制として Tobin がトービン税を考案した。
トービン税は、外国為替取引に対して固定率(0.05%程度を想定)で課税することによって
短期資本取引の収益率を引下げて、短期資本取引のみを規制することをねらった資本規制
である。しかし、トービン税の問題として、すべての国でトービン税を採用していないと
回避が可能であること、金融派生取引の発達に伴い回避が可能であることが指摘されてい
る。また、課税方式として、世界各国が外国為替取引に一律に課税するというトービン税
が考えられている。しかし、トービン税の実効性は、すべての国がトービン税を導入する
かどうかに依存する。もしトービン税を導入しない国が現れれば、それが抜け道となって、
資本規制に対する効力が発揮されないことになる。
とりわけ、国際資本取引による収益などに対して税制上の優遇措置が採ることによって、
金融機関を国内に引き寄せてきたタックス・ヘブンの国や地域(バハマ、バミューダ、ケ
イマン諸島など)は、トービン税を導入することに従わない可能性が大きい。もし世界各
国でトービン税を導入するならば、これらのタックス・ヘブンの国・地域にもトービン税
を導入するような課税の国際協調が必要となる。また、この国際協調を有効ならしめるた
めには、国際協調を破棄した場合にペナルティを課すなど、何らかの強制力が必要となる
が、困難な問題が残る。
また、資本流入と資本流出に対する管理という資本移動の対象の相違からも、資本規制
が分類される。前述した国際金融取引に対する課税や無利子強制預託制度は、資本流入に
対する管理に相当する。資本流出に対する管理としては、マレーシアで 1998 年 9 月に導入
された直接投資を除く資本取引に対する行政規制がある。1999 年 2 月からは行政規制から
段階的に収益率をコントロールするといった市場に依拠した間接的管理に移行し、1999 年
9 月には収益に対して 10%を課すという出国税に置き換えられた。資本流出を止めること
に効果があり、金融緩和政策に寄与したと言われている。
通貨危機や金融危機との関連して、危機の防止のためには資本流入に対する管理が行わ
れるべきである一方、危機の管理のためには資本流出に対する管理が行われるべきである
と指摘される。しかし、歴史的には資本流出管理が主流である。その理由としては、前述
した金融抑圧政策と関係していたと考えられる。さらに、両方の管理の効果を比較すると、
資本流出管理の効果の方が資本流入管理のそれより小さい。投資家にとって、いったんあ
る国に投資した資本を永久に投資したままにしておくことはほとんどないであろうから、
資本を流出させようとうするインセンティブは強い。一方、先進諸国の投資家が国際ポー
トフォリオのなかで資本取引を考えるので、資本流入管理を行っている国に資本を投資し
たいというインセンティブは資本流入管理によって小さくなる。このように、資本流出に
対する管理からの回避は資本流入に対する管理からの回避より多く発生する。
国際金融システムのトリレンマのなかで、金融政策の独立性と為替相場の安定を達成す
るために資本規制が行われると、以下のようなメリットとデメリットがある。資本規制に
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よって誤った資源配分が起こらないのであれば、通貨価値の安定維持に整合的な金融政策
を行いながら、流動性危機において「最後の貸し手」として機動的な金融政策を行うことが
でき、かつ、安定した為替相場を実現することによって為替リスクが軽減される点では、
資本規制にメリットがある。しかしながら、自由な資本移動は、資源の最適な配分が達成
されて、とりわけ新興市場国では資本蓄積による経済成長の原動力として期待することが
でき、実際に期待されている。資本規制によって誤った資源配分が起こる可能性が高いこ
とから、資本規制はその国の経済成長を減速することになる。
資本規制のデメリットは資本蓄積及び資源配分に関係することから、長期的な問題に関
連する。一方、資本規制のメリットは、流動性危機の関連する点では短期的な問題に関連
する。また、通貨危機発生時の為替相場減価のオーバーシューティングを抑制するという
意味で安定した為替相場を解釈すれば、同様に短期的な問題に関連する。このように、時
間視野の点から資本規制のメリットとデメリットを整理すれば、長期的には資本規制は資
源配分を歪める可能性があることから望ましくないが、流動性危機や通貨危機などの緊急
時において短期的、一時的に資本規制を行う必要があろう。
このように、新興市場国にとっては、一時的に為替取引や資本移動を規制することが、
特に急激な変動が生じた際に、必要であると考えられる。一方、政策の信認という観点か
らは、資本規制を緩和し、資本移動の自由化を進めている新興市場国が、その資本自由化
を止めたり、さらには、逆に資本規制を強化することは、資本自由化という政策の信認を
低下させることになるかもしれない。いわゆるカントリー・リスクを高めることになる。
そのため、突然、資本規制を強化することは、資本規制解除の後において国外から資金が
流入しなくなるという影響が懸念されると指摘されている。
6. IMF による金融支援
国際通貨基金(IMF)は、第ニ次世界大戦後の国際通貨システムの安定化を図るために
設立され、国際収支危機に陥った国々に対して金融支援を行ってきた。従来の IMF の金融
支援においては、スタンド・バイ取極めの資金利用枠が、拡大信用供与措置(EEF)と合
わせて年間で、各国が IMF に出資している割当額の 100%であり、累積ベースで 300%が
上限となっていた。
しかしながら、1994 年末に発生したメキシコ危機に際して、IMF がメキシコに対して決
定した金融支援額は、メキシコの割当額の 500%と大規模なものとなった。また、1997 年
のアジア危機においても、IMF は、タイとインドネシアに対してそれぞれの国の割当額の
約 500%に相当する金融支援を行うことを決定した。それでも、IMF は、危機国の割当額
の 500%に相当する金融支援でも金融支援額の不足という問題に直面した。タイの場合には、
IMF の金融支援額が 40 億ドルであったのに対して、世界銀行とアジア開発銀行からの 27
億ドルの他に、日本や他の東アジア諸国から 105 億ドルもの金融支援が行われた。
このような状況を考えて、IMF は、1997 年 12 月に補完的準備融資制度(SRF)を創設
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した。SRF は、巨額の金融支援を可能とするように、融資限度額が設けられていない。し
かし、返済期間は一年間と短く、市場金利よりも高い罰則金利が課せられます。1997 年 12
月に決定した韓国への金融支援では、スタンド・バイ取極めのもとで割当額の 500%と SRF
のもとで割当額の 1500%の金融支援が決定された。
さらに、1999 年には、IMF は、アジア通貨危機の反省から流動性不足に起因する通貨危
機を予防するために緊急融資枠(CCL)を創設した。これまでの金融支援のための融資措
置が、すでに通貨危機に陥った国に対するものであったのに対して、CCL は、経済パフォ
ーマンスが良好で、通貨危機には直面していないが、他の国からの通貨危機の伝染を潜在
的に受けそうな国に用意された予防措置である。経済パフォーマンスが良好であるという
条件が付けられていることから、CCL は流動性危機を予防することに有効だと考えられて
いる。なお、創設当初に設定された SRF のペナルティ金利や CCL のコミットメント料が
高過ぎるという批判から、後にこれらは低められたが、それでも利用国がなく、2003 年に
廃止された。
一方、IMF は、従来の一時的な国際収支危機に対する金融支援の他に、IMF と協力して
中央計画経済から市場経済への体制移行に伴う国際収支上の問題に取り組もうとしている
国に対して供与される体制移行ファシリティ(STF)が創設された。なお、体制移行ファシ
リティは 1995 年末に終了した。さらに、継続的な国際収支困難に直面している低所得発展
途上国が構造調整・経済調整政策を行う際に、それを支援するために設立された構造調整
ファシリティ(SAF)や拡大構造調整ファシリティ(ESAF)を名称変更した貧困削減・成
長ファシリティ(PRGF)がある。これらの IMF による融資制度は、IMF が本来、一時的
国際収支危機に対して行ってきた金融支援とは性格が異なることや、これらの融資制度が、
主として開発金融を行っている世界銀行の業務と重複していることなどの批判がある。
7. 東アジアにおける地域金融協力
アジア通貨危機を経験して、IMF のような世界的な国際機関による金融支援を補完する
形で、地域金融協力の考え方がアジアでも湧き起こってきた。タイ・バーツ危機に際して、
東アジア諸国が IMF による金融支援を量的に補完した経験を踏まえて、1997 年に日本と
ASEAN が地域金融協力のための具体的な形態としてアジア通貨基金(AMF)構想を提唱
した。しかし、AMF が IMF と重複すること、そして、AMF が緩やかな金融支援条件を課
すことによってモラル・ハザードが誘発されることを理由に、IMF から批判を受けて、その
実現には至らなかった。
その後、マニラ・フレームワークにおける相互のサーベイランスが東アジア諸国間で強
化されました。さらに、チェンマイ・イニシャティブによって、IMF の金融支援条件を採
用しつつ、ASEAN+3(日本、中国、韓国)との間で、通貨危機に直面した際には外貨準備
を融通しあうという通貨スワップ協定が結ばれている。この通貨スワップ協定によって、
自国通貨の投機攻撃に直面した国は協定を締結した相手国から自国通貨と交換に外貨準備
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を借りることができ、投機攻撃に対する通貨防衛にその外貨準備を利用して、通貨危機を
防止することができる。一方で、外貨準備がプールされているわけではないために、機動
的な運用ができるかが疑問視されている。IMF ではコミットメント料が高く設定されたた
めに廃止された CCL を実効的に利用することができるように改善して、CCL を導入するこ
とを考慮に入れて、外貨準備のプールやサーベイランスを含めた形でチェンマイ・イニシ
ャティブを発展させることが考えられる。
アジア通貨危機以降のロシア通貨危機やブラジル通貨危機などの世界的に通貨危機に直
面した後には、IMF の金融支援条件と矛盾しないかぎりは、IMF は、このような東アジア
における地域金融協力を評価するようになった。地域金融協力は、IMF を量的に補完する
だけではない。地域に密着したサーベイランスを行ったり、仲間内の圧力(peer pressure)
をかけることが可能となるとともに、各国の事情をよく理解した金融支援条件の策定が可
能となることから、地域金融協力は IMF を質的にも補完することができると考えられてい
る。
【参考文献】
荒巻健二『アジア通貨危機と IMF』日本経済評論社、1999 年.
小川英治『国際通貨システムの安定性』東洋経済新報社、1998 年.
小川英治『国際金融入門』日経文庫、2002 年.
白井早由里『カレンシーボードの経済学』日本評論社、2000 年.
藤原秀夫・小川英治・地主敏樹『国際金融』有斐閣、2001 年.
吉冨勝『アジア経済の真実』東洋経済新報社、2003 年.
Williamson, J., Exchange Rate Regimes for East Asia: Revising the Intermediate Option,
Institute for International Economics, Washington, D.C., 2000.
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