タコの写真

立体幾何構造を組み立てる“ペットラ”プログラムの考案と実施
早稲田摂陵中学校・高等学校 生物研究部(水虫先生と仲間たち)
代表者 クラブ顧問 塚 平 恒 雄
1.水虫先生と仲間たち:世界初の実験・世界初の研究に取り組むグループ
「水虫先生と仲間たち」というのは、大阪の早稲田摂陵中学校・高等学校の生物研究部のクラブ顧問の
私・塚平恒雄と 22 名の部員のことである。このニックネームは、30 年ほど前に「水虫の“熱ロウ治療
法”」
を発明したことから、マスコミによってつけられたものだが、ここでは
「私たち」
と呼ぶことにする。
私たちは「未知なるもの・不可能なことへの挑戦」を合言葉に、世界初の実験・世界初の研究に取り組む
グループである。その根底にあるものは、「飽くなきオリジナリティーの追求」・「他人の真似は絶対にし
ない」というモットーだ。これまでに「“猫ひねり”と“兎ひねり”」、「水虫の“熱ロウ治療法”」、「“ア
イ・ラブ”メッセージ」、「二軸回転ボール」、「デジタル時計の遠心力効果」、「一晩寝かせたカレーの
秘密」、「“ペットボトル・トラス競技”」、「浮遊モーター」、「“クルクルやじろべえ”と“ふわーと
ハート”」、「エンゼルリング」などのオリジナリティー溢れる実験・研究をおこなってきた。
2.
“ペットボトル・トラス競技”
(
“ペットラ”
)という名称
東京ゲートブリッジもスカイツリーも、柱で三角形をつくり、その組み合わせによってつくられている。
このような三角形を基本とする柱の骨組み構造、およびその柱の骨組みでつくられた建造物を「トラス」と
呼び、柱を三角形に組みながら建造物をつくる方法を「トラス工法」という。「トラス工法」を用いること
で、地震に強い巨大建造物をつくることができるのである。
この“ペットボトル・トラス競技”
(略して“ペットラ”
)は、ペットボトルを柱としたトラス工法によっ
て巨大な立体(幾何構造)を組み立てるというものである。
「競技」と付け加えたのは、巨大な立体をつく
るためには大勢の人の協力が必要なことから、ユニークな団体競技になり得ると考えたからである。
3.プログラム開発のきっかけとコンセプト
本プログラムの開発のきっかけは、1997 年6月に茨木市から私あてにかかってきた1本の電話だった。
「ペットボトルのリサイクルを推進するために、
小学生にも楽しめるペットボトルのリサイクル
(リユース)
の方法を考えてほしい」。さっそく私たちは、次のようなコンセプトを掲げ臨むことにした。
① ペットボトルの美しさと軽くて丈夫な性質を最大限に生かしたプログラムにする。
② ペットボトルは、加工を極力しないで何回でも使えるようにする。
③ 小学生にも楽しむことができるプログラムにする。
1年後の 1998 年の5月までには、以下に説明する「基本支柱」
・
「直結キャップ」
・
「タコ足キャップ」
の発明にこぎ着けていたが、プログラムの完成までには、更なる研究と改良が必要であった。
4.
「基本支柱」の発明と改良:1997 年 6 月~2005 年3月
「基本支柱」は、2本のペットボトルの底どうしを接着してつくる。ペットボトルは、底に5つコブのあ
る炭酸飲料水用のものがよい。コブどうしを互い違いに噛み合わせると、カチッとはまって安定するから
である。こうしてつくった「基本支柱」は、両端がボトルの口になっているので、キャップにねじ込むこと
ができるのである。ボトルの接着には、当初はポリプロピレンテープ(PP テープ)による方法を用いてい
た。しかし、テープの粘着面の汚れや強度に問題が生じたので、「ペットボトルの底の中央に穴(直径
7mm)を開け、ボルト(直径 6mm、長さ 15mm)・ナットで固定する」という方法を考案した。
1
5.
「直結キャップ」の発明と改良:1997 年 6 月~2006 年 9 月
「直結キャップ」は、
「基本支柱」どうしをつないで長い「支柱」をつくるためのものである。当初は、
ペットボトルのキャップの中央に穴を開けたものを背合わせにしてボルト・ナットで止めてつくっていた。
しかし、キャップが変形しやすいために、真直ぐの「支柱」にはならなかった。そこで、丈夫な塩化ビニー
ルのパイプの内側にペットボトルのキャップと同ピッチのネジを切った「直結キャップ」を開発した。
「直結キャップ」で「基本支柱」を2本つないだもの、3本つないだもの、4本つないだものを、それぞ
れ「2本支柱」
、
「3本支柱」
、
「4本支柱」と呼びことにした。
(
「基本支柱」は「1本支柱」と呼ぶ。
)
6.
「タコ足キャップ(写真-1)
」の発明と改良:1997 年 6 月~2005 年 10 月
「タコ足キャップ」は「支柱」と「支柱」を接続するためのもので、3~12 個のキャップ を紐で絡め
たものである。どのキャップも自由に向きを変えることができので、どのような角度からでも「支柱」を接
続できるのである。
建造物に使われているトラス工法では、
柱と柱の接続角度を正確に決める必要があるが、
その常識をくつがえしたのがこの「タコ足キャップ」である。以下に、太さ 3mm のポリプロピレン紐(PP
紐)を用いた「タコ足キャップ」のつくり方を説明する。
(1) キャップの穴開け キャップの中央に直径4mm の穴を開ける。
(2) 紐の用意 太さ3mm の紐を長さ 20cm に切ったものを用意する。
(3) 紐を組む 紐を2つ折りにしながら、すべての紐が絡まるように組む。
(4) 紐の両端をセロハンテープで1つにまとめる 2つ折りにした紐の両
写真-1
端を1本にまとめセロハンテープで束ねるが、セロハンテープの半分だけを使って束ね、残りはセロ
ハンテープだけでまとめて細くする。
これは、
キャップの穴に紐を通すために考え出した方法である。
(5) 紐をキャップに通す 束ねた紐をキャップの穴に通す。ラジオペンチで強引に引っ張るとよい。
(6)「本結び(堅結び)
」をしてキャップの位置を決める セロハンテープをちぎって2本の紐にもどし、
キャップの内側で「本結び(堅結び)
」をする。結び目は、キャップが抜け落ちないためのストッパ
ー役と、キャップの位置決めをするための重要な役割をもつ。注意力と腕力の要る作業である。
(7) 結び目をホットボンドで固定 結び目の紐のあまりを切り落とし、ホットボンドを付けて固める。
(8) 足の数を記入 キャップの側面に足(キャップ)の数を示す数を記入する。
7.ちょっと頭の中で挑戦してみよう
“ペットラ” のつくり方は「基本支柱」を「直結キャップ」につないで「支柱」をつくり、この「支柱」
を「タコ足キャップ」に接続しながら、立体を組み立てていくというものだ。しかし、
「タコ足キャップ」
はグラグラなので、これにねじ込んだ「支柱」もグラグラ。はたして潰れない立体はできるのだろうか。以
下の条件で「潰れない立体づくり」に挑戦してみてもらいたい。まずは、頭の中で組み立ててほしい。
〔条件〕 12 本の「基本支柱」は、すべて使う。8個の「6足キャップ」は、すべて使わなくてもよい。
すぐに立方体が思い浮かんだのではないだろうか。しかし、立方体は潰れてしまう。答えは、
「正八面体」
と「正四面体を3つ連ねた立体」である。
「正八面体」は最初から用意できた答えであったが、
「正四面体を
3つ連ねた立体」は、上記の問題に真剣に取り組んでいた生徒が試行錯誤の末に組み立てたもので、驚きの
発見だった。この2つの立体に共通している点は「表面が三角形で覆われていること」
。
8.
“ペットラ・正二十面体”
(写真-2)
表面が正三角形で覆われている立体には「正四面体」
・
「正八面体」
・
「正二十面体」がある。
“ペットラ・
正四面体”と“ペットラ・正八面体”は簡単だった。しかし、
“ペットラ・正二十面体”は手こずった。原
2
写真-1
因は2つ。1つは「タコ足キャップ」のグラグラがたたって立体が
安定しないこと。そして、もう1つは、製作途中で、
「どことどこを
接続すればよいのか」わからなくなったことだった。
前者の原因は、私たちに感動的な結末をもたらせてくれた。それ
までグラグラだった立体が、最後の「支柱」をねじ込んだ瞬間にし
っかりと立ったのである。また、後者は、
「立体思考の難しさ」しか
し「パズル的なおもしろさ」を教えてくれた。それは同時に、この
写真-2
プログラムの可能性を大きく開くことにつながったのである。
9.
“ペットラ・サッカーボール”
(写真-3)
1つの正三角形を、辺の長さが半分の正三角形で区切ると4個の
正三角形ができる。さらに辺の長さが三分の一の正三角形で区切る
と 9 個の正三角形ができる。これを「正二十面体」の表面を覆って
いる 20 個の正三角形にあてはめると、80 個の正三角形で覆われ
た立体ができ、
また180個の正三角形で覆われた立体ができる。
“ペ
ットラ・百八十面体”はサッカーボール(写真-3)だった。
10.
“ペットラ・「正二十面体」+「正十二面体」”
(写真-5)
2001 年 12 月、クリスマスを前にして “ペットラ・スター”
(写
写真-3
写真-4
真-4)が完成した。これは「正二十面体」を覆う 20 個の三角形の
それぞれに三角錐の角をつけた立体であるが、私たちは、その角の
先端を結ぶと正五角形ができることに気付いた。こうして“ペット
ラ・「正二十面体」+「正十二面体」
”
(写真-5)はつくられたのであ
るが、微妙な長さの調節には、コーラのボトルとコーラ以外のボト
ルの背丈の差の 2cm を使うことによって可能となった。
11.
“ペットラ・12×「正二十面体」
”
(写真-6)
“ペットラ・正十二面体”の製作過程で、私たちは、「正十二面体」の 12 個の五角形のそれぞれに「正二十
面体」をつくることができることに気付いた。2008 年9月の本校文化祭で「1本支柱」で挑戦し完成をみ
た。翌 2009 年9月の文化祭では「2本支柱」での挑戦となった。
「基本支柱」の本数は 660 本、ボトル
に換算すると 1320 本。直径 4.5m、総重量 45kg。予想される事態を考えて、本校の寮で合宿をして臨
むことにした。夜7時に挑戦開始。途中で「支柱」が何回も折れる事態に見舞われたが、夜中の 11 時に終
了。
「水虫先生と仲間たち」13 名の悪戦苦闘の末の感動的な完成であった(写真-6)
。
写真-5
写真-6
3
12.
“ペットラ”プログラムの目的と必要性・重要性、および見出された教育的効果
本プログラムは、
「ペットボトルのリサイクルの推進」を目的として始まったが、完成したものは、以下
に述べる「立体幾何学的構想」
「創造性」
「美的感覚」
「挑戦意欲」
「協力・団結」を育むものになっていた。
(1) 立体幾何学的構想 「正二十面体」を組み立てるプログ
ラムでは、実物を見せ、
「これと同じ立体をつくりなさい」
と指示するだけであるが、小学生でも十分に対応してくれる。
子供たちは自分のつくっているものと見本を何回も見比べ
ながら、試行錯誤を繰り返し、ついには完成にいたる。それ
ゆえ、小学校低学年で本プログラムを取り入れることは、立
体幾何学的構想の育成に非常に有意義であり重要と考える。
(2) 創造性 「これ以上新しい立体はできないのでは」と思
いながら、毎年新しい立体が完成している。
“ペットラ”の
大きな特徴は、
「直結キャップ」と「支柱」の接続角度が自
由に選べることである。したがって、自由な発想のもとで独
創的な立体の発明が期待できる。その例として、
「6人以上
が協力し合わないとできない」とされていた直径 3m の「正
二十面体」を、ひとりでつくる方法を考え出した生徒がいた
ことをあげたい。その「目から鱗」の発想に、驚かさ
れたし、同時に頼もしくも感じた。
写真-7
写真-8
(3) 美的感覚 ペットボトルの透明な美しさに加え、
トラス工法が生み出す「繰り返し図形」の独特の美し
さ、さらには巨大立体の持つ荘厳さを、自分たちの力
でつくることができる。それゆえ完成時の喜びは大き
なものがある。また、巨大で美しい“ペットラ”は、
多くの人に感動を与えることができるので、オブジェ
として展示する機会が増えている。
(4) 挑戦意欲 さらに巨大で、さらに複雑な、さらに美しい“ペットラ”をつくりたいという気持ちにから
れる。現在、私たちは、高さ 11.5mの“クリスマスツリー”
(写真-7)と、長さ 18mの“ドラゴン”
(写
真-8)と、直径 4m の“12×「正二十面体」
”
(写真-6)の製作に成功している。
(5) 協力・団結力 3mを超える“ペットラ”をつく
るためには、大勢の人の協力が必要となる。そのつく
り方は、一番上の部分を組み立て、それを持ち上げ、
下の部分を組み立てる。そして、またそれを持ち上げ
下を組み立てる(写真-9)
。その繰り返しである。した
がって、持ち上げる人と、下の部分を組み立てる人と
の役割分担が必要になる。本プログラムでは、単なる
協力・団結ではなくて、役割分担が自然発生するとい
う特徴がある。真剣に取り組んでいる友達の姿を見る
と「放っておけない」という気持ちになるようである。
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写真-9