(かせ)ぎ女の悲しい物語

トマス・ハーディ
かせ
31
出稼 ぎ女の悲しい物語
(182-)
I
ウィニャード峡谷から
ながいながい一日を
ながいながい
わたしたちは
一日を
北に向かって歩きました
かよ
これまでもなんども通った同じ道
こ
5
太陽はギラギラと背を焦がし
はいのう
背嚢 は肩にめりこんで
た ん ぼ
掘割り道
タ
田圃 道
ー
ン
パ
イ
ク
通行税取立道 を通りすぎ
物悲しげなセッジ・ムアを巡ってゆきました
II
まる二十マイルを
わたしたちはてくてく歩きました
わたしたちは
か
10
てくてく歩きました
れ
わたしの情夫 と
そして
からかい屋のジョン
リーばあさんとわたし
日が西に傾くころ
険しいポルドンの頂上に登りました
そして
見渡せる景色のなかでもっとも美しい
は た ご
15
夕日に輝くあの旅籠 が見えてきました
III
幾日も
二人は並んでいっしょに歩きました
いつも
並んでいっしょに
グレイトフォレスト
そして
広大なブラックムアを
20
パレット川が流れるほとりを
メンディプの尾根では
橋のないヨウ川は
突風に逆らい
手をとりあって渡り
ぶよ
マーシュウッドの無数の蚋にも
か
わたしと
仲良く刺されて
れ
情夫 は
IV
まれ
は た ご
か
人稀な旅籠 が
か
れ
25
情夫 とわたしは好きでした
れ
情夫 と
キングズ・スタッグ
「玉 鹿 館」
わたしは
ウィンド・ウィッスル
喉うるおす水もない山頂の「 風 笛 庵 」
ザ・ホース
ヒントック村共有地の「龍蹄館」
は た ご
ウィニャード峡谷のちんまりした旅籠
ザ・ハット
30
プレディ丘では名高い「草盧庵」
そのほか
人目につかずにすわれるような
タ
ッ
プ
あちらこちらの路傍の居酒屋
V
その日
とぼとぼ歩きながら
死ぬほど退屈な
か
わたしは
ああ
死ぬほど退屈な
一日でした
れ
情夫 を気紛れにからかいました
35
退屈しのぎの気紛れに
からかい屋のジョンと並んで歩き
ジョンの手をわたしの腰に巻きつけて
か
れ
情夫 の不機嫌な顔には
目もくれようとしませんでした
40
VI
こうしてボルドンの頂上に
ようやく
ようやくわたしたちは
わたしたちはたどり着きました
は た ご
そして日が沈むころ
その旅籠 に入ってゆきました
マーシャ ルズ ・エ ルム
人ぞ知る「鎮守乃楡庵」
45
メンディプから西の海まで
ひら
岩山と草原が眼下に開け
これほどの景勝の地は
く
に
この王国 にも
ふたつとないことでしょう
VII
長椅子にみんな並んで
四人みんな並んで
腰かけました
50
わたしはジョンの隣りにすわって
言い寄られ
するとジョンが
口説かれた振りをしました
わたしを膝にのせ
今度は自分が恋の相手だ
だから
55
リーばあさんが
か
れ
情夫 の相手にまわれ
と悪たれたのです
VIII
するとそのとき
今まで聞いたこともない
こ
今まで聞いたこともない
か
え
声音 がして
れ
愛する情夫 が わたしにむかつて
..
こと
「奥様 ひと言お尋ねいたします
60
み ご も
身籠 ったその子はどなたの子です
あ や つ
手前が今まで尽くした挙げ句
まさか彼奴 の子供では?」
神かけてジョンの子ではなかったのに
ああ
うなず
わたしは 頷 きました
と
なおも彼をからかって
IX
き
その瞬間 彼は起ちあがり
そして
そしてナイフで
65
ナイフで
からかい屋のジョニーの命を絶ちました
そうです
そこで
傾いた入り日の光が
日暮れどき
そばの窓から射しこんで
こん じき
ジョンの血とどんよりした目を
リーばあさんとわたしが
金色 に染めました
70
ほとんど
気づく間もない出来事でした
X
は た ご
旅籠 では
悲しい話が
悲しい話が
噂にのぼります
75
イヴェルチェスター刑務所で
わたしの恋人
愛する人がぶらんこ往生した噂
困りに困って馬一頭を盗んだほかは
これまでに
一度の悪事も働いていないのに
(ブルー・ジミーは最後にぶらんこ往生とげるまで
たくさんの馬を盗んでいます)
80
XI
それから先は
独りで
彼の死んだ日
わたしは独りで渡り歩きました
独りで
わたしは呻き苦しんで
う
彼の子供を死産 みおとしました
刑務所のすぐ近く
一本の木の下で
誰ひとり付添うものもなく
リーばあさんは
85
それというのも
グラストンですでに亡くなり
わたしは荒野に
独り取り残されてしまったのです
XII
そして夜
ぐったりと横になっていると
ぐったりと
横になっていると
木の葉が頬に舞い落ちて
赤い月が低く傾いたころ
くちづけ
わたしが死ぬほど接吻 したかったあの人の亡霊が
90
き
現れ出て
訊くのです
あれは俺の子だったのか
教えてくれ
「さあ
答えてくれ
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それともジョンの?
安らかに眠れるために」
XIII
もちろん
わたしはそのとき答えました
か
わたしはそのとき
ふたりが唇を合わせ
れ
亡霊 に答えて言いました
愛を誓ってそれ以来
みさお
どんな男からも 操 を守ってきた
か
れ
それを聞いて亡霊 は微笑 み
消え去りました
と
風が立ち
100
ということ
ほ ほ え
き
朝日を呼び起こす時刻 がきたので
——それも今では遠い昔
わたしはこうしてただ独り
ウェスタン・ムアをしばしば訪れ
さ ま よ
彷徨 うのです
(山中光義訳)