ドイツにおける医療のデジタル化 〜 電子健康保険カード導入の背景

ドイツにおける医療のデジタル化 〜 電子健康保険カード導入の背景
セラピオン・メディカル社 Dr. med. Christina Czeschik
ドイツで一定期間生活し、法定の健康保険に加入していた方は、保険会社から「健康保険カ
ードが新しくなりますので、 顔写真をご送付ください」という手紙を受け取ったことを覚え
ておられることと思います 。 電子健康保険カード (eGK; electronic health insurance card)と呼
ばれるこの新しい健康保険カードは、ドイツで待ち望まれているデジタル医療のインフラス
トラクチャーを実現するために導入されました。デジタル医療のインフラストラクチャーと
は、医療における情報伝達をデジタル化し、医療データの送信、そして最終的には遠隔健康
相談、画像診断などの遠隔医療のサービスを実現する基盤です。 病院と医師の間で より簡
単、迅速に、より信頼できる方法で患者データを共有できるようになります。患者にとって
も医療データの透明性が高まり、また、データセキュリティの自動チェックが容易になると
考えられます。
ドイツでは、1990 年代半ばにドイツ政府が初めて経営戦略コンサルティング会社、ローラ
ンド・ベルガーに医療のデジタル化 に関する予測を依頼して以来、インターネットの多大な
可能性を利用して医療リソースを効率的にネットワーク化しようという(そして人々の生活
を全般的に改善できるという考えもあります)努力が継続されて来ました。このとき同社は
政府に対し、 関係者それぞれの利害が異なるため、 すべての関係者が明確なベネフィット
を享受できるかたちで迅速に適用しなければ、 遠隔医療の全般的なインフラストラクチャー
に対する支持は十分に得られないだろうと警告しました。
実際、その後、関係者の中から医療データのデジタル化を義務付けることに対し、反発があ
りました。最も強く反対したのはおそらく Ärztekammer と呼ばれる医師会と、その 統括組
織である Bundesärztekammer でしょう。これらの組織の会議では、政府の医療デジタル化計
画に対し 繰り返し異議が表明されました。これはなぜでしょうか。 実際的ではない、また
は経済的に見合わないという意見だけでなく、医師以外の者が管理するネットワークにより
医師と患者との間の信頼関係が脅かされるのではないかという懸念がとりわけ強く示されま
した。
その他にも、IT 産業界における見解の相違やサービス実現の問題等が計画の実現を妨げる要
因となっていました。このためドイツ政府は、プロセスの迅速化のためには新しい法律を導
入する必要があると判断し、2016 年 1 月 1 日、デジタル医療法 (Gesetz für sichere digitale
Kommunikation und Anwendungen im Gesundheitswesen、医療における安全なデジタルコミュ
ニケーションおよびその利用に関する法律)が発効しました。
データを管理するのは誰か? デジタル医療法はデジタル医療のインフラストラクチャーと電子健康
保険カードの内容を定義しています。患者という顧客の立場から見ると、デジタル医療サービスは義
務のものと任意のものに二分されます。つまり、義務付けられたサービスはすべての電子健
康保険カードで利用できますが、任意のサービスについては法的健康保険の加入者が利用す
るかしないかを決定します。
義務付けられたサービス とは以下のサービスです。
- 健康保険会社によるマスターデータの保管 (被保険者の名前及び住所など)とこれ
らのデータの オンライン管理 。これにより、患者の登録データに変更があった際に
新しいカードを発行する必要がなくなります。
- (紙の処方箋に代わる)電子処方箋、及び
- 電子健康保険カードの裏面を欧州健康保険カード (EHIC) として利用
しかし、現時点では、データのオンライン管理が実現し、 EHIC が有効となったに留まって
います。 プロジェクトが複雑であるため、他の機能は少しずつ実現していくでしょう。
今後導入される任意のサービスは以下のようなものとなります。
-
緊急時記録 (診断、 服用中の薬、アレルギーの有無などの情報)
医師の電子レター (紙の医師の報告書に代わる電子ファイル)
安全な服薬計画書 (薬の危険な相互作用による健康被害を防止するための紙の計画書
に代わるもの)
電子患者記録 (上記の情報すべて及び 電子妊婦手帳及び予防接種記録)
患者個人ファイル、及び
患者レシート (保険会社に提出するすべての医療サービスのリスト)
しかし、上記のうち実現しているのは、 医師の診療所で暫定的に発行している紙の安全服薬
計画書のみです。デジタル医療法により、緊急時記録及び服薬計画書は 2018 年、電子患者
記録は 2019 年に開始される予定です。
現時点では実行されていないものの、近い将来、EU 内の医療機関の間でのデータ共有が実
現するよう計画が進められています。しかし、これを容易にするためには EU 共通の規格が
必要です。EU 内でのデータ共有が成功すれば、いつか欧州外の国とのデータ共有も現実的
となるでしょう。
患者個人ファイルは 電子健康保険カードとデジタル医療インフラストラクチャー構築計画に
は当初、含まれていませんでしたが、注目に値するものです。電子患者記録の内容が患者個
人ファイルに保存され、 診療所や病院からだけでなく、健康保険加入者が家庭からもデータ
にアクセスできるようになります。ドイツ連邦保健省は、患者個人ファイルの適用により患
者はより自立した健康管理ができるようになるとしています。また、患者はフィットネス時
計やその他のウェラブルの記録等、自ら収集した健康データを保管できるようになります。
しかし、患者がそれらのデータにアクセスするためにどのようなインフラストラクチャーが
必要であるかについては、まだ明確になっていません。
最後に、これらのデータはどこに保管されるのでしょうか。現時点では、医師やその他の医
療関係者が患者のプライバシーに関して過去にしばしば懸念を示して来たため、サイバー攻
撃を最も受けやすい中央管理システムは医療デジタル化計画には含まれておらず、その代わ
り病院や診療所、健康保険会社に分散してデータが保管されることになっています。しかし、
このモデルにもリスクはあり、実際に適用する際には十分に検討する必要があります。
Dr. med. Christina Czeschik, M.Sc.は医師であり、医療インフォマティクス、IT セキュリティ及
びプライバシー保護を専門としています。
[email protected] ; www.serapion-medical.de