落下時間測定器の製作

高
校
物
理
落下時間測定器の製作
栃木県宇都宮市立河内中学校 湯 澤 光 男
目 的
高校物理の「加速度運動」「落下運動」の学習にお
いて、「自由落下運動には数学的な簡単なきまりがあ
ること」を学習し、落下時間と落下距離の関係式
y = 4.9 t2(近似的には y = 5 t2)
を教えているが、このことを実際に確かめてみるため
に、生徒実験で物体(ボール)が 4.9 m 落下するとき
の時間をストップウオッチで測らせても、測定値はか
なりばらついて、理論値の 1.0 秒にはならない。
理科教材各社から販売されている物体の運動に関す
る実験器具を調べたところ、生徒実験に使用できる、
このような落下時間と落下距離の測定を目的とした実
験装置は皆無であった。そこで、市販のストップウ
オッチを改造して、生徒にも直感的に分かりやすい落
下時間測定器を開発することにした。落下時間測定器
の開発にあたり、考えたことは以下の点である。
・生徒にわかりやすく、使いやすい器具であること
(できれば中学生にも使えること)。
・落下時間が妥当な精度で測定できること(誤差 100
分の数秒以内)。
・費用が安く、製作にそれほど手間がかからないこ
と。
この実験器具を用いて生徒実験を行い、落下運動の
公式を生徒が自らの手で確かめることで、物理法則の
素晴らしさ、面白さを感じてもらいたいと考えた。
概 要
Ⅰ.落下時間測定器のしくみ
落下時間を測定する場合、通常であれば物体を落下
させ、それと同時にストップウオッチを押して計測を
始める。しかし、この方法ではどうしても誤差が大き
く、正確な測定には向かない。そこで、ストップウ
オッチそのものを落とすことにして、落下時間を測る
ことにした。その際、ストップウオッチにひもをつけ
て落とし、一定の距離を落下した後、ひもが引かれて
ストップウオッチの計時が止まるしくみを考えた。
手を離した瞬間に計時を始めるために、離すと ON
になるマイクロスイッチ(NC =ノーマルクローズ端
*
*
子があるもの)を使用し、ストップウオッチのスター
トボタンに並列に接続した。計時を止める方法は、
ラップタイムボタンに並列にスライドスイッチを接続
し、これにひもをつけておき、ひもが引かれたとき
ON となって計時が止まるようにした。これは落下後
ストップウオッチが跳ね上がって、再度ひもが引か
れ、スイッチが入って計時が再スタートしてしまうこ
とを防ぐためでもある。
図 1 落下時間測定器のしくみ
Ⅱ.ストップウオッチの選定
この方法で計測するためには、スタートボタンが押
されたままの状態でも、ラップタイムボタンで計時が
止まる必要がある。そこで、各社のストップウオッチ
の動作を調べたところ、以下のようになった。
1 . スタートボタンが押されたままだと、どのボタン
を押しても計時は止まらないタイプ。
2 . スタートボタンを押したままでも、ラップタイム
ボタンを押せば計時が止まるタイプ(例:カシオ
製、MAOW 製、ダイソー製)
。
ここで使用できるのは 2 のタイプである。
教材・教具の製作方法
Ⅰ.材料
・上記 2 の動作をするストップウオッチ
・マイクロスイッチ(NC 端子があるもの)
・スライドスイッチ
・下げ振り用ひも
・ネジ
ゆざわ みつお 栃木県宇都宮市立河内中学校 校長 〒 329-1105 栃木県宇都宮市中岡本町 3743
☎(028)673-3772 E-mail mitsu3654 @yahoo.co.jp
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まず価格の安いダイソー製(spt-18)を使って、製
作を開始した。この商品はケース内に空いているス
ペースがあり、その中にマイクロスイッチ(スタート
用)とスライドスイッチ(ストップ用)をうまく組み
込むことができた。
まで確かめられるようにした。
Ⅱ.製作方法
1 . ケースに各スイッチ用の穴をあける(写真 1)。
写真 4 完成した落下時間測定器
Ⅲ.市販されている普通タイプの場合
写真 1 ケースの加工
2 . 各 スイッチを取り付ける。スライドスイッチは
ナットを挟んで数 mm かさ上げし、すき間にひ
もを通す(写真 2)。
写真 2 スイッチの取り付け
3 . それぞれのボタンに並列に配線する(写真 3)。
次に、普通のストップウオッチでの改造を試みた。
普通のストップウオッチは、本体内部に空きスペー
スがほとんどないので、スイッチを内蔵することは難
しかった。そこでアルミ板をつけて、外部にスイッチ
を取り付けるタイプにした。
この方法は本体の改造が少なく、意外と作りやす
かった。ストップウオッチが 1000~1500 円するので、
費用がかかるが、改造は容易である。
写真 5 スイッチ外付けタイプ
Ⅳ.測定方法と測定試験
写真 3 配線の様子
4 . 蓋をして完成(写真 4)。
ひもは 5 m 以上のものをつけて、1 秒間の落下距離
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図 2 測定方法
スライドスイッチを OFF にし、マイクロスイッチ
を押した状態にすると、通常のストップウオッチ動作
になるので、スタートボタンとリセットボタンを操作
して、表示をリセットする。
生徒実験で最も心配したのは、改造したストップウ
オッチを混乱なく操作できるかどうかだったが、実際
にやってみると、中学 3 年生でもまったく違和感なく
操作でき、スムーズな測定実験となった。
【落下距離 5 m での測定結果】
1 回目・・・・1.06 秒
2 回目・・・・1.02 秒
3 回目・・・・1.02 秒
【落下距離 1.25 m での測定結果】
1 回目・・・・0.49 秒
2 回目・・・・0.52 秒
3 回目・・・・0.49 秒
理論値と比較して、いずれも 0.01~0.05 秒程度の誤
差で測定できることが確かめられた。
続いて、落下時間 0.1 秒~0.4 秒に対応する落下距
離 5 cm、20 cm、45 cm、80 cm ではどうか確かめた。
すると、落下距離 20 cm~80 cm では、やはり百分の
数秒の誤差で測定できたが、5 cm の落下ではスライド
スイッチが動かず、計時を止めることができなかった。
そこで、手近にあった割りばしを短く切って、輪ゴ
ムで止めて固定し、割りばしの先から机に落としてス
イッチを止める方法を試みたところ、5 cm でもスラ
イドスイッチが動き、計時を止められた(写真 6)。
写真 7 協力して測定する様子
写真 8 2 階ベランダから 5 m 落下実験
表 1 中学 3 年での測定結果の例
写真 6 落下距離 5 cm の場合
学習指導方法
Ⅰ.授業実践例
1 . 落下運動の法則を確かめる生徒実験
中学 3 年では「力と物体の運動」の発展教材として、
また高校 2 年では落下運動の法則の確認として、グ
ループ実験を行った。落下運動の法則を y = 5 t2 とし
て、落下時間 0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、1.0 秒に対応す
る 落 下 距 離 5 cm、20 cm、45 cm、80 cm、125 cm、
5 m の落下時間を 3~5 回測定し、平均を出して計算
値と比較した。
落下距離
5 cm
20 cm
45 cm
80 cm
125 cm
5m
計算値
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
1.0 秒
1班
0.10
0.25
0.31
0.48
0.53
1.07
2班
0.13
0.20
0.31
0.43
0.52
1.04
3班
−
0.22
0.30
0.41
0.52
1.05
4班
−
0.21
0.28
0.41
0.51
1.06
5班
0.12
0.24
0.34
0.44
0.54
1.04
6班
0.12
0.22
0.31
0.40
0.53
1.03
他のクラスでも同様の結果で、いずれも誤差 100 分
の数秒の範囲で測定ができた。
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2 . 重力加速度の測定実験
この落下時間測定器を用いれば、落下距離と時間を
測定して、加速度運動の式から重力加速度を求めるこ
とができる。一例を示すと
g = 2 y/t2 から
落下距離 1.1 m 落下時間 0.48 秒より
重力加速度 g = 9.6 m/s2
測定距離を変えて、複数回繰り返すことで、精度よ
く重力加速度が求められる。
実践効果
Ⅰ.生徒のアンケートから
この落下時間測定器を用いた授業を実施した後にア
ンケートをとり、授業に対する生徒の評価を次の 5 段
階で調べた。
5 とても楽しかった
4 楽しかった
3 どちらでもない
2 つまらなかった
1 とてもつまらなかった
図 3 授業に対する評価
いずれのクラスでも 2 ・ 1 と評価した生徒は皆無で、
平均すると「5.とても楽しかった」が 67%、「4.楽
しかった」が 34%と高評価だった。
Ⅱ.授業についての生徒の感想から
【落下時間測定器について】
・たのしく授業ができてよかったです。ストップウ
オッチがあんなにも実験に役立つとは思っていませ
んでした。
・実際に目の前で先生が実験をしてくれたのでわかり
やすかったです。こんなストップウオッチも初めて
見ました。実験しやすかったです。実験の方法もわ
かりやすかった。楽しく学べました。
・ストップウオッチで落ちるスピードが分かることに
おどろきました。ストップウオッチ以外の中身を改
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造して、たとえばボール型にするとかすると、タイ
ムが変わってくるかもしれないと思いました。わか
りやすい実験でした。
【落下運動の法則について】
・今までモノが 1 秒で何 cm 落ちるかとか、10 秒で
何 m 落ちるかなど、考えたことがなかったけれど、
とても興味深い実験で、その上わかりやすく、楽し
い実験でした。
・y = 5 t2 という公式が本当なのか、初めは疑ったが、
実験をして本当にこの公式が正しいことがわかって
よかった。この式をこれからも使ってみたい。
・等加速度運動の公式通りにほぼ近い結果で物体の落
下が起こることがわかった。ストップウオッチの改
造の仕方が面白かった。
・公式からみると、最大で 0.07 秒しか変わらなかっ
たので凄かった。
・実際に実験することで等加速度運動の公式が本当だ
ということが分かった。
以上のような生徒の評価や感想から、次のような実
践効果があると言える。
・生徒にわかりやすく、使いやすい器具である。中学
生でも十分使えることがわかった。
・特別に習熟しなくても、5 m までの落下時間が百分
の数秒の誤差で測定できる。
・落下運動の公式を生徒が自らの手で確かめることが
でき、物理法則の素晴らしさ・面白さ、ひいては科
学の有用性が実感できる。
・重力加速度の測定にも使うことができる。
その他補遺事項
Ⅰ.マイクロスイッチについて
この装置で使用するマイクロスイッチは、NC(ノー
マル・クローズ)、つまり通常状態=手を離した状態
で閉(ON)となる端子があるもの。筆者が使用した
のは、「タミヤ エレクラフトシリーズ 5 A マイク
ロスイッチ」である。
Ⅱ.謝辞
高校での授業実践は、栃木県立真岡工業高校教諭、
栗原道王先生にご協力いただきました。また、河内中
での授業では北見敏宏先生にご協力いただき、実験補
助・写真撮影などをしていただきました。この場を借
りて厚くお礼申し上げます。そして、授業に熱心に取
り組んでくれた河内中学校 3 年生の皆さんに感謝しま
す。ありがとうございました。