ゲノム・プロテオーム解析技術の癌診断・治療への応用

ゲノム・プロテオーム解析技術の癌診断・治療への応用
独立行政法人医薬基盤研究所・基盤的研究部 主任研究員
角田慎一
社会の高齢化が着実に急速に進行しつつある今日、相変わらず死亡原因第 1 位である癌の医療にお
いては、優れた治療技術と診断技術の開発が急務となっている。特に癌特異的な治療薬の開発が十分
に達成されていない現在にあっては、癌の悪性度の的確な診断と、それに応じた治療の最適化(テーラ
ーメイド医療)の実現に期待が寄せられている。例えば、悪性度の高い癌(予後不良、高転移性)である
ことが判明すれば、手術後に十分な抗癌剤を用いた補助療法を実施し、逆に悪性度が低ければ副作用
を最小限に抑えた治療・手術を選択するといった、質の高い医療を提供することが理想である。しかし、
現在の癌の臨床診断を担っている組織形態学的な病理検査では、予後や転移性、あるいは抗癌剤抵
抗性など、癌の悪性度を評価しうる情報をほとんど提供することができていない。従って、癌の悪性度を
的確に把握するためには、新たな観点に基づいた検査・診断技術の開発が必要である。
さて近年の医学・生物学研究の進歩は、癌の発生・進展のメカニズムを分子レベルで解明しつつある。
それに伴って、癌は様々な要因によって DNA レベル、あるいは染色体レベルで異常を生じ、その異常が
複数積み重なって悪性形質を発現していることが明らかとなってきた。このことは、個々の癌で生じてい
るゲノム異常を効率良く、網羅的に解析することができれば、癌の多様な個性・悪性度を客観的に把握
し、的確に評価するための指標が得られることを期待させるものである。著者らは、ゲノム異常の情報を
癌の悪性度診断に応用することを目的に、手術摘出癌組織由来のゲノム DNA について、FISH
(fluorescence in situ hybridization)法や CGH(comparative genomic hybridization)法といった分子細胞
遺伝学的手法を用いて体系的にゲノム異常解析を行ってきた。その結果、ゲノム異常の情報から癌の
悪性度を客観的に評価できることを示す興味深いデータを得ることができた。さらに著者らは、CGH 法を
改良し、簡便かつ高精度なゲノム異常解析を可能とするマイクロアレイ CGH 法を開発した。このマイクロ
アレイ CGH 法により肝細胞癌臨床検体について約 50 症例の解析を行った結果、癌の予後に有意に相
関するゲノム異常を見出すことができた。これらの技術・情報を応用することで、将来、癌の悪性度を的
確に見極めることを可能とする新しい臨床検査・診断法が開発できるものと期待される。
本研修会では、ゲノム異常と癌化のメカニズムなど、分子細胞遺伝学についての概説を含め、上記
CGH 法による染色体構造異常解析と、それに基づいた癌の悪性度診断法への応用に関する著者らの
取り組みを紹介させていただきたい。また、ポストゲノム研究として注目されているプロテオーム解析な
ど、癌に関わる最近の研究動向についてもふれてみたいと思う。
参考総説等
1. 角田慎一、柳本 剛、平野 隆、癌ゲノム異常のデジタル画像解析, 可視化情報学会誌 84, 22-27
(2002).
2. 角田慎一、平野 隆、蛍光イメージング技術による癌の染色体異常解析と悪性度診断、化学工業、
54、33-39 (2003).
3. 角田慎一、染色体異常解析による癌悪性度診断、産総研技術情報カタログ、独立行政法人産業技
術総合研究所編、丸善プラネット、pp130-131 (2005).