分散学習効果を用いた e-Learning 教材の開発と評価

東京国際大学商学部 情報ビジネス学科/情報システム学科
2010 年度卒業研究発表会予稿集(2011 年 2 月 5 日(土))
分散学習効果を用いた e-Learning 教材の開発と評価
~IT パスポート試験対策教材 Moodle を用いて~
07140045 兵藤 重明 (河村一樹ゼミナール)
「知識基盤社会」や「情報化社会」を迎え,インターネットによる学習は不可欠となりつつある。e-Learning に
よる学習は,学習者のペースで学習できる半面,学習者のモチベーション維持が困難であるという課題も抱えて
いる。そこで本研究では,教育心理学における「分散学習の原理」を e-Learning に適応することで,学習が継
続し,学習効果が高まるのではないかという仮説のもと,実証実験をおこなった。
1. はじめに
e-Learning は,「いつでも,どこでも」というキーワ
ードが使われるように,自分のペースで学習に取り組
むことが可能である。しかし,「いつでも,どこでも」が
逆に「いつでもできるのだから後でやればよいだろう」
と,学習の継続を困難にさせる場合がある。
ところで,試験勉強のときに「試験前日にまとめて
勉強するよりも,毎日コツコツ積み重ねたほうが効果
的」という話を聞いたことがあるだろうか。これは「分散
学習効果」と呼ばれる。
本研究では,「e-Learning に分散学習効果を取り
入れることで学習者の学習意識が継続し,学習効果
が高まるのではないか」という仮説を立て,実証実験
をおこなった。この実験結果を踏まえ,e-Learning
における学習効果について考察する。
2. 研究背景
本章では,今回の研究に至る背景や先行研究
についてまとめる。
2.1.e-Learning
e-Learning とは,情報技術を用いて行う学習であ
る。e-Learning の”e”は,electronic(電子的な)とい
う意味で用いられ,パーソナルコンピュータや携帯端
末等を用いた学習を指す。
e-Learning を利用する利点は,個別学習に適し
ており,場所と時間に制約を受けない学習ができるこ
とである。一方の課題として,学習者のモチベーショ
ン低下が挙げられる。学習者のモチベーション維持
のためには,教材の工夫や教職員によるチュータリン
グやメンタリング,学習者同士のコミュニティ形成が必
要であると指摘されている 1)。
2.2.Moodle
Moodle(Modular-Object-Oriented Dynamic Learning
Environment)は,e-Learning プラットフォームの 1 つ
である。オーストラリア・パースのカーティン工科大学
の Martin Dougiamas 氏により開発され,オープン
ソースで世界的に開発・普及が進んでいる 2)。
2.3.分散学習効果(分散学習の原理)
分散学習の原理とは,分散学習による学習,つまり
学習時間を分散させたほうがより高い再生率を得ら
れるという効果である。これに対し学習時間を集中さ
せて行うものを集中学習と呼ぶ。
5
4
時 3
間 2
1
0
A
B
1
2
3
4
日目
図 2.1 分散学習のイメージ
図 2.1 の例では,A・B ともに合計学習時間は同じ
であるが,毎日少しずつ学習していた B の方が,学
習効果が高いと考えられる。
分散学習に関する研究の歴史は古く,1885 年
Ebbinghaus の実験(Ebbinghaus,1913)が最初であ
る 3)が,学習効果の原因は未だ分かっていない。
2.4.IT パスポート試験
IT パスポート試験とは,(独)情報処理推進機構
情報処理技術者試験センターが行う国家試験である。
この試験は,「職業人が共通に備えておくべき情報
技術に関する基礎的な知識」を対象としている 4)。試
験は,経営全般(ストラテジ系)・IT 管理(マネジメント
系)・IT 技術(テクノロジ系)の 3 領域から出題される。
3. 分散学習効果を用いた e-Learning 教材の開発
3.1.教材概要と特徴
今回開発する教材は,意図的な教材スケジューリ
ングをおこなう。図 3.1 の例であれば,「教材 1」は 1
日目と 2 日目しか利用できず,結果的に分散的な学
習傾向となる。
1 日目
教材
教材
教材
教材
1
2
3
4
2 日目
3 日目
4 日目
5日目
利 用 可 能 な期 間
図 3.1 学習教材スケジュール設定イメージ
3.2.e-Learning プラットフォームの構築
サーバ機に Linux をインストールし,Moodle を構
築した。教材の学習効果を明らかにするため,前節
のような制約を与える実験群と与えない統制群の 2
グループに分ける。それぞれ A コース・B コースとし
て Moodle のコースサイトを設定した。
なお,実験群である B コースでは「レッスンモジュ
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ール」を使用し,教材の閲覧期間を制限した。
3.3.チュータリングとメンタリング機能
学習者のモチベーション維持のため,Moodle の
ログイン履歴・学習履歴を適時確認し,必要に応じ携
帯電話のメールアドレスに対して連絡する。
4. 実証実験
4.1.実験概要
本学学生 12 名を対象に 2010 年 10 月 1 日~14
日の 2 週間で実証実験をおこなった。教材対象は,
IT パスポート試験のストラテジ領域 5)である。
学習効果を明らかにするため,実験前後にそれぞ
れ診断テスト・確認テストを実施した。各テストは,IT
パスポート試験過去問題 3 回分からストラテジ系のみ
ランダムで 20 問抽出し,20 分間で実施した。
4.2.実験結果と考察
実験前後におこなったテストの結果が,表 4.1 であ
る。全体的に得点が下がっており,教材であまり学習
効果が得られなかったか,診断テストに比べ確認テス
トが難しかった可能性がある。また,テストの問題数が
少なく,学習効果がうまく測定できなかった可能性が
ある。ただし, B コースのほうが得点の下げ幅が少な
く, より学習効果があった可能性もある。
以上のことから,テストの結果だけでは学習効果を
立証できないことが明らかとなった。
表 4.1 コースごとにみるテストの得点状況
コース
診断テスト 確認テスト
増減
A(統制群)
8.8
7.6 △ 1.2
B(実験群)
9.2
8.2
△ 1
全体
9
7.9 △ 1.1
次にログイン実績について分析する。図 4.1 は,1
日あたりのログイン実績をグループごとに集計したも
のである。
A コースの特徴は,前半での利用が少なく,最終
日で慌てて利用した様子が見て取れる点である。一
方,B コースでは 1 日あたりの利用人数はほぼ平均
的で,累計も直線右上がりで推移している。
このことから,分散学習が e-Learning の課題であ
る学習の継続性に影響を与える可能性が見込まれる。
は集中型学習の傾向が強くみられた。
図 4.2 コースごとにみる日別利用時間と累計の推移
合わせて,実験終了後にアンケートを実施した。
学習者が自身の学習について,「不満」とする回答
が両コースで多かった。その理由として,A コースで
は「時間がなかった」「積極的でなかった」という意見
であった。B コースでは「体調不良」や「スケジュール
が組めなかった」という意見であった。また,「市販の
テキストを使用した」という回答もあった。
このことから e-Learning での学習に対し,学習者の
動機付けが不十分であったと言わざるを得ない。これ
が,テストの得点減少に結び付いた可能性がある。
5. おわりに
実証実験では,結果的に教材スケジューリングの
意味があまりなかったと言わざるを得ない。しかし,学
習記録の分析から,2 つのグループでは明らかに学
習傾向に差が出る結果となった。これについては,テ
ストの出題数や学習期間の短さに問題があり,これら
を改善することで,2 つのグループで学習成果に差
が出る可能性もある。
また,一方的なスケジューリングの押し付けが,ライ
フスタイルの異なる被験者に負担となっていたことが
明らかとなった。既存 e-Learning システムの限界か
ら,学習者ごとのスケジューリング設定ができなかっ
た点に問題がある。学習者の状況に合わせた教材ス
ケジュールが設定できるよう,新たに仕組みを開発す
ることも必要であろう。
以上,本研究の報告である。なお,前述の課題に
ついては教材や学習モデルを変えて,実証実験を継
続させたい。
謝辞
本論文の執筆にあたり,教材作成にご協力いただ
いた福嶋宏訓様,実証実験にご協力いただいた被
験者の皆様,ご指導・助言下さった東京国際大学商
学部情報システム学科教授の河村一樹先生に感謝
の意を表します。
図 4.1 コースごとにみる 1 日あたりのログイン人数と累計の推移
続いて図 4.2 は,1 日あたりの利用時間をコースご
とに集計したものである。A コースでは中盤にほとん
ど学習形跡がないのに対し,B コースでは緩やかな
右肩上がりである。
このことから,B コースほうが分散型学習,A コース
参考文献
(1) 河村一樹:『e-Learning 入門』,大学教育出版(2009)
(2) 井上博樹・奥村晴彦・田中平:『Moodle 入門』,海文堂出版
(2008)
(3) 水野りか:『学習効果の認知心理学』,ナカニシヤ出版(2004)
(4) 情報処理技術者試 http://www.jiteec.ipa.go.jp/
(5) 福嶋宏訓:『平成 22 年度 IT パスポート試験のよく
わかる教科書』,技術評論社(2009)