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第1回 独立記念日のニューヨーク

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ニューヨーク街角事情
第
第一
一回
回
独 立 記 念 日 の ニューヨーク
常陽銀行ニューヨーク駐在員事務所
本号より、常陽銀行ニューヨーク駐在員事務所の執筆による「ニューヨーク街角事情」が新たに連載
に加わります。
ニューヨーク市は、人口約840万人とアメリカ最大の都市圏人口を誇る都市です。また、ニューヨーク
駐在員事務所が所在するマンハッタン地区は、ニューヨークのみならずアメリカの金融と文化の中心地
であり、現在は約160万の人々が居住しています。
「ニューヨーク街角事情」では、ニューヨークの衣食住・娯楽などの日常生活に関係した情報を、現地
から報告していきます。連載中の 「上海街角事情」 「ASEAN街角事情」 と合わせ、どうぞよろしくお願
いいたします。
1.はじめに
7月4日、アメリカは独立記念日を迎えました。独立記念日は、英語では“the Fourth of July(フォー
スオブジュライ)又は July 4th(ジュライフォース)
”と呼ばれ、1776年7月4日のイギリスからの独立
宣言を祝う記念日です。アメリカの第一世代の英雄たちが勝ち取った母国の自由に敬意と感謝を示し、
多くのアメリカ人は家やビルの外にアメリカの国旗を掲揚します。
当日は、各地で花火大会が行われ、すいかやホットドッグの早食い競争、野球などのスポーツイベン
トなども開催されます。また、マンハッタンのビジネスマンは、休暇を取って、別荘やビーチ、避暑地
などで家族と過ごすのが一般的です。
「ニューヨーク街角事情」
の記念すべき第1回では、独立記念日のニューヨークの様子や
人々の過ごし方についてご紹介いたします。
2.独立記念日の歴史的背景
1700年代に入り、イギリスの植民地であったアメリカの13州で
は、本国の植民地圧迫策、特に砂糖法、印紙税の課税強化に対す
る植民地住民の不満が、次第に鬱積していきました。1775年には、
本国と植民地民営隊の間で独立戦争の火蓋が切られ、1776年1月
に独立論を訴えたトマス・ペインの著書『コモン・センス』が刊
行されると、独立論は住民の間でも最高潮に達しました。
1776年7月2日、ペンシルベニア州フィラデルフィアで第二回
大陸会議(植民地代表の集会)が開かれました。ここで『独立の
決議』が可決され、議長ジョンハンコックの署名により、4日に
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自由の鐘(Liberty Bell)
フィラデルフィア州リバティ・ベル・
センター所蔵
https://en.wikipedia.org/wiki/Liberty Bell
アメリカ独立宣言(United State Declaration of Independence)
※ 1823 年の複写
http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Declaration_of_Independence
『アメリカ独立宣言』が採択されました。8日には、フィラデルフィアの自由の鐘で召集された市民の前で、
独立宣言が初めて公に読み上げられ、市民は祝福に沸きました。各地で鐘が鳴り、楽団が音楽を奏で、
船は祝砲を撃ち、人々はろうそくをともし、花火を上げ祝いました。
独立戦争はその後も続き、1783年にアメリカ大陸軍が最終的に独立を勝ち取りました。同年には、13
の新しい州で独立記念日が祝日に指定されました。さらに、1941年、独立記念日が正式に連邦政府の法
定休日とされました。
3.旅行者で賑わう独立記念日のニューヨーク市内
独立記念日は、アメリカ中の人が、湖やビーチ、コンサート、大規模な花火大会に出かけ、アメリカ
の誕生日を祝います。ニューヨークの街は、全米各地からイベント目的の旅行者で溢れます。ホテルも、
夏休み中の連休とあって宿泊価格が高騰します。
ニューヨーク市での独立記念日のイベントの目玉は、老舗デパート「メイシーズ」協賛の花火大会です。
39回目を迎えた今年の花火のテーマは”勇敢(brave)”でした。花火は夜9時から始まり、その模様は
全米に生中継されました。
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大手デパート「メイシーズ」(左)協賛の花火大会の様子(右)。4 万発の花火がニューヨークの夜を彩る。
今年の花火大会の開催地は、ブルックリンとマンハッタンの間を流れるイーストリバーでした。2009
年から5年間はハドソンリバーでの開催が続きましたが、2014年にブルックリン出身のデブラシオ氏が
ニューヨーク市長に就任したこともあり、イーストリバーで2年連続開催されています。より多くの
ニューヨーク市民に楽しんでもらいたいという市長の強い思いにより、今年はミッドタウンの1箇所だ
けではなく、ブルックリンブリッジ以南にも複数のフロートが設置され、25分間で4万発の花火が打ち
上げられました。
イベント会場では、花火の始まる前からコンサートが行われ、グラミー賞ノミネート7回の歌手グロ
リア・エステファンが、この日のために初めて書き下ろした曲“アメリカ”を披露しました。
当日は多くの観光客が全米から押し寄せるため、ニューヨーク市内では通行制限が行われ、空陸のセ
キュリティチェックも厳しくなります。一方、ボート上で食事をしながら花火を鑑賞するツアーなど、
観光客向けの様々な商戦が今年も繰り広げられました。近隣ホテルの屋上からの鑑賞チケットのうち、
エンパイヤーステートビル86階から望む鑑賞チケットは、限定250名、185ドルで販売されました。
その他、独立記念日にニューヨークで行われるイベントでは、コニーアイランドの「ネーサンズフェ
イマスホットドック」で行わ
れる、12分間のホットドッグ
早食い競争が有名です。これ
までの最高記録は、男性が69
個、女性が45個です。今年も
全米各地の選考会を勝ち抜い
た猛者が戦いに臨み、8連勝
の王者(写真左)を倒して、
23歳のストーニー氏(写真右)
が62個を食べ、新チャンピオ
ンとなりました。
今年も様々なドラマが生まれたホットドック早食い競争
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4.独立記念日前後のマンハッタンの様子
今年の独立記念日は土曜日でした。このため、銀行や郵便局を除き、殆どの会社および公共機関は、
前日の3日(金曜日)が振替休日となりました。当事務所が所在するマンハッタンのオフィスビルのテ
ナントも、3日に営業したのは当事務所を含む2社のみで、その他のオフィスは前日の午後から休み(ロ
ングウィークエンド:”Long Weekend”
)となりました。
マンハッタンに住む多くの人は、既に学校が長い夏休みに入っ
ていることもあり、独立記念日の時期は、ニューヨーク郊外の
ハンプトンやコネチカット周辺の別荘に家族同士が集まり、
BBQ(クックアウト)をしたり、プールサイドでパーティーを
したりするのが一般的です。子供たちが通うサマーキャンプでは、
独立記念日を祝うイベントが催されます。子供たちはパトリオ
ティックカラー(赤、白、青)の洋服を身に付け、同色のアイ
スキャンディーを食べ、
一日中パーティーをして
過ごします。
独立記念日を過ぎると、
サマーシーズンが本格化
します。この間は、別荘
地から電車で通勤するビジネスマン、あるいは平日はマンハッタ
ン、金曜日から週末を家族と別荘地で過ごすビジネスマンも多い
ようです。学校の夏休みが終わるレイバーデー(9月の第1月曜日)
まではマンハッタンの住宅街の閑散が続き、仕事のペースも全体
的にスローダウンします。レイバーデーが過ぎると人々もマンハッ
タンに戻り、オフィス街は再び活気を取り戻します。
5.おわりに
今回、独立記念日を現地で体験し、サマーシーズンの入り口である独立記念日が米国人にとって特別
なものであることが、街の雰囲気、人々の表情から伝わってきました。当日は、筆者もニューヨーク郊
外で開かれた友人のバーベキューパーティに招かれ、ニューヨーカーらしいJuly 4th(ジュライフォース)
を楽しみました。
米国では、サマーシーズンやクリスマスシーズンにまとまった休みを取って、別荘地や旅行先でゆっ
くり過ごすのが一般的です。祝日など同じ時期に一斉に休み、つかの間の休暇を混雑した旅行先で過ご
して疲れ果てる日本とは、だいぶ違うと感じました。ワーク・ライフ・バランスの重要性が叫ばれる昨今、
祝日が増えて日本人もかなり休みが取れるようになりましたが、休暇の取り方、過ごし方についてはま
だまだ見習う点がありそうです。
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