全文 - 聖マリアンナ医科大学 医学会

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聖マリアンナ医科大学雑誌
前 田 賞
Vol. 44, pp. 13–16, 2016
新規抗炎症薬の発明
—ステロイド薬と同程度に強力で副作用の少ないペプチド抗炎症薬—
おかもと
かづ き
さ とう
岡本 一起
あり と
みつ み
くろかわ
有戸 光美
まさあき
おもてやま
佐藤 政秋
すず き
黒川 (鈴木)
ま
かず き
さ とう
表山 和樹
な え
すえまつ
真奈絵
としゆき
佐藤 利行
なお や
か とう
末松 直也
ともひろ
加藤 智啓
(受付:平成 28 年 3 月 30 日)
緒
著者らが見いだした新しいタイプの核内受容体コ
言
アクティベーター (MTI-II)2) は NF-κB に直接結合し
アレルギー,感染,熱傷,外傷などに起因する様々
て,NF-κB の転写共役阻害因子 (コリプレッサー) と
な炎症反応は種々のサイトカインにより生体組織に
して働き,その転写活性を抑制した。すなわち,
伝播する。これらサイトカインシグナルは細胞質中
MTI-II は,GR と同様の作用機序で強力な抗炎症作
に存在する IκB/NF-κB 複合体の IκB (inhibitor of
用を示すと考えられる (Figure 1C)3)4)。また,MTI-
NF-κB) をリン酸化し,リン酸化した IκB は NF-κB
に移行する。核内に移行した NF-κB は炎症反応に呼
II 自体には DNA 結合能もホルモン作用もないので
(Figure 1D),ステロイド薬のような副作用が少ない
と考えられる。MTI-II を抗炎症薬として利用できれ
応して,シクロオキシゲナーゼ (COX2) を含む多く
ば,ステロイド薬と同様に全ての炎症性疾患及び,
の炎症関連遺伝子の転写を促進することにより炎症
アレルギー疾患,難病を含む自己免疫疾患等に使用
やストレス反応を増幅し,生体の炎症反応を賦活化
することができる。また,ステロイド薬より安全で
する 。一方,ステロイド薬は,ホルモンリガンドと
非ステロイド系抗炎症薬より有効性の高い治療薬と
してステロイド受容体 (グルココルチコイド受容体:
なるので,これまでステロイド薬の適応外であった
GR) と結合し,非活性型 GR を活性化する。この活
軽微な炎症治療への適応や長期投与,家庭での投薬
性型 GR はただちに核内に移行し,核内で NF-κB に
が可能となり,アトピー,花粉症,関節リウマチ等
を解離する。IκB から離れた NF-κB はただちに核内
1)
直接結合することにより NF-κB の転写活性を阻害す
の患者さんの QOL を劇的に向上させることができ
る。このようにステロイド薬は炎症反応の中核的役
る。
割を担っている転写因子 NF-κB を直接抑えることに
結
より,幅広くかつ強力に炎症を抑える (Figure 1A)。
果
テロイド薬の副作用である。GR の NF-κB 阻害活性
MTI-II は 101 アミノ酸残基から成る分子量 11.5
κDa の小さなタンパク質 (Figure 2A, 2B) で,中央
部の B 領域 (40 アミノ酸残基) はグルタミン酸 (24
アミノ酸残基) とアスパラギン酸 (7 アミノ酸残基)
しかし,ステロイド薬と結合した活性型 GR は同時
に炎症部位以外のところで,強力なグルココルチコ
イドホルモン作用を発揮する (Figure 1B)。これがス
は残して (すなわち,抗炎症作用は残して),GR の
の連打から構成される。この中央部酸性アミノ酸領
ホルモン作用がない (副作用が少ない) ステロイド薬
域が NF-κB 転写活性の阻害に必要であることが分っ
の合成はステロイド薬が使われ始めてから 60 年間
ている。タンパク質やペプチドは,そのままでは細
試みられてきたが,未だに成功していない1)。
胞膜を通過出来ない。そこで,MTI-II にアルギニン
聖マリアンナ医科大学 疾患プロテオーム・分子病態治療
学
11 連打から成る細胞導入ペプチド5)を付加した MTI
抗炎症剤 (MTI Anti-Inflammatory Drugs: MAIDs) と
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岡本一起 ら
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Figure 1. Anti-inflammatory action of glucocorticoid-receptor (GR) and
MTI-II.
(A) GR directly binds to NF-κB and inhibits binding of NF-κB
to specific DNA (κB site) in inflamed area, (B) GR specifically
binds to specific DNA (GRE) and exerts glucocorticoid hor‐
mone action in whole body, (C) MTI-II also directly binds to
NF-κB and inhibits the binding of NF-κB to κB site, (D) MTIII has neither DNA binding ability nor hormone action.
(A)
(B)
Figure 3. Brief summary of this study.
Figure 2. Predicted 3D structure (A) and schematic repre‐
sentation (B) of MTI-II.
MPAID は炎症モデル動物 (カラゲニン足浮腫,結膜
炎,アトピー性皮膚炎,リウマチ) で強力な抗炎症
作用を示したが,著明な副作用 ( 血液生化学検査,
反復投与毒性) は認められなかった3)4)。
Abbreviation NLS indicates nuclear localiza‐
tion signal.
次に,新たな創薬候補の開発を目的に抗炎症作用
中央部酸性アミノ酸領域 (40 アミノ酸残基 ) に細胞
を持つアミノ酸領域の絞り込みを行い,さらに短い
導入ペプチド (アルギニン 8 連打 ) を付加した MTI
MTI ペプチド抗炎症剤 (short MTI Peptide Anti-In‐
flammatory Drug: sMPAID) の作製を試みた (Figure
3)。MPAID をさらに短くすることにより,(1) 抗原
性が低減され,より安全なバイオ医薬品となる,(2)
ペプチド抗炎症剤 (MTI Peptide Anti-Inflammatory
Drug: MPAID) を作製し,その抗炎症作用と副作用
を 検 討 し た (Figure 3) 。 そ の 結 果 , MAIDs と
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新規抗炎症薬の発明
化学合成がより簡便になり,合成に伴うコンタミが
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成し,HeLa 細胞の培養液中に添加し,それらの NF-
激減する,(3) 製造コストが低下し,安定供給が可能
κB の転写活性に及ぼす効果を検討した。その結果,
になる等のメリットが望める。
両方のペプチドは添加した濃度依存的に TNFα 刺激
中央部酸性アミノ酸領域 (B 領域 ) から sMPAID
後のルシフェラーゼの発現を抑えることがわかった。
候補として 30 アミノ酸残基のペプチドを 3 種類,
さらに,外因性のレポーター遺伝子だけでなく,内
20 アミノ酸残基のペプチドを 5 種類,12 アミノ酸
在する COX2 遺伝子の発現を抑えることもわかっ
残基のペプチドを 5 種類の計 13 種類のペプチドを
た6)。すなわち,ペプチド 12A-3 とペプチド 6A-3 は
選んだ (Figure 4)。これらペプチドの C 末端に細胞
抗炎症剤として働きうることが示唆された。
導入ペプチド (アルギニン 8 連打) を付加したペプチ
考
ドを発現するベクターを構築し,レポーター遺伝子
察
(NF-κB により転写が促進されるルシフェラーゼ) と
共に HeLa 細胞にトランスフェクトした。選択した
候補ペプチドには核移行シグナル (Figure 2B) が欠
今回見いだした sMPAID (20A-5 , 12A-3 と 6A-3)
失しているが,細胞導入ペプチドが核移行シグナル
も細胞導入ペプチド部分が核移行シグナルとして働
として働いている5)。TNFα 刺激後のルシフェラーゼ
くので,その作用場所は核内で,MTI-II と同様に核
の発現を解析した結果,30 アミノ酸残基のペプチド
3 種類は NF-κB の転写活性を阻害しなかった。 20
アミノ酸残基のペプチド 5 種類中のペプチド 20A-5
と 12 アミノ酸残基のペプチド 5 種類中のペプチド
12A-3 が NF-κB の転写活性を阻害した。さらにペプ
チド 12A-3 の配列から 6 アミノ酸残基の配列 5 種類
をさらに短い sMPAID 候補ペプチドとして選んだ。
これらペプチドを発現させて TNFa 刺激後のルシフェ
ラーゼの発現を解析した結果,6 アミノ酸残基のペ
プチド 5 種類中のペプチド 6A-3 だけが NF-κB の転
写活性を阻害した。結果,18 候補ペプチドから 3 つ
の抗炎症ペプチド (sMPAID) を見つけることができ
た6)。次にペプチド 12A-3 とペプチド 6A-3 を化学合
移行した NF-κB に結合すると考えられる。しかし,
MTI-II の作用機序は核内で NF-κB に直接結合し
て,その転写活性を阻害することがわかっている3)4)。
その仔細な作用機構や sMPAID が結合する NF-κB
の部位は判っていない。また,現在判明している NF-
κB 阻害活性を持つ最小単位であるペプチド 6A-3 の
配列を含むペプチド 30A-1〜30A-3,20A-3,20A-4
に NF-κB 阻害活性がない理由も不明である。現在
sMPAID の 作 用 機 構 を 仔 細 に 解 明 す る 目 的 で ,
sMPAID と NF-κB の共結晶の X 線構造解析を行い,
sMPAID と NF-κB の結合部位の分析を行っている
(他大学との共同プロジェクト )。この sMPAID が結
合する NF-κB の部位の解明は,ペプチドミメティッ
クを用いた新しい低分子創薬 (NF-κB 阻害薬) に繋
がる研究である。
MPAID と sMPAID はバイオ医薬品 (タンパク質
医薬品,ペプチド医薬品 ) であるが,他のバイオ医
薬品にはない大きな利点がある。一般的にバイオ医
薬品は,1) 遺伝子組み換え技術を用いた微生物や動
物細胞内での産生とその後の精製が複雑でコストが
掛かる,2) 細胞膜を透過できないので細胞内の標的
分子に作用できない,3) タンパク質の変性により生
体内での安定性が悪い,4) 抗体ができるなどの問題
を持っている。しかし,MPAID と sMPAID は,1)
化学合成できるので製造が簡便安価である (鎖長を
短くすることで合成コストをさらに下げることがで
きた ),2) 細胞膜を透過して,核内の標的分子 NFκB に作用している,3) タンパク質の高次構造 (ジス
ルフィド結合や疎水性相互作用など) を持たないの
で変性しない (実際にアトピー性皮膚炎に軟膏に混
合して塗布することで抗炎症効果を確認している ),
Figure 4. Locations of sMPAID candidates.
Out of 18 candidates, the 3 peptides (shown
in red) inhibit the transcriptional activity of
NF-κB.
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岡本一起 ら
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4) 酸性アミノ酸が連打される領域には抗体が出来に
くい (短くすることで抗原性をさらに下げることが
できる ) ,などの利点を持っている。このように
MPAID と sMPAID は非常に使い易いバイオ医薬品
となりえる。現在,sMPAID を内服薬として応用す
る目的で,sMPAID の生体内での安定性を高める研
Chem 2005; 280: 36986–36993.
3) 職務発明 発明の名称:NFκB 作用抑制剤及び
抗炎症剤並びにステロイド作用増強剤,特許番
号: 4,874,798 ,出願人:聖マリアンナ医科大
学,発明者:岡本一起,礒橋文秀.
4) 職務発明 United State Patent:NFκB ACTION
INHIBITOR AND ANTIINFLAMMATORY
AGENT, AND STEROID ACTION FORTI‐
FIER, Patent No.: 7,932,226, Assignee: St.Ma‐
rianna University School of Medicine, Inventors:
κazuκi Oκamoto, and Fumihide Isohashi
5) Futaκi S, Suzuκi T, Ohashi W, Yagami T,
Tanaκa S, Ueda κ, Sugiura Y. Arginine-rich pep‐
tides. An abundant source of membrane-permea‐
ble peptides having potential as carriers for in‐
tracellular protein delivery. J Biol Chem 2001;
276: 5836–5840.
6) 職務発明 発明の名称:ペプチド,ポリヌクレ
オチド,ベクター,形質転換体,NFκB 阻害剤,
及び NFκB 亢進性疾患の治療剤,出願番号:特
願 2014–257827,出願人:聖マリアンナ医科大
究を進めている。
謝
辞
前田賞受賞の対象となりました本発明は,発明委
員会の先生方,教学部石井様,MPO 天野様をはじ
め多くの方々のご支援,ご声援の賜物です。この場
をお借りして厚く御礼申し上げます。
引用文献
1) 岡本一起,三井寛之,加藤智啓.抗炎症療法に
おける unmet needs .NF-κB 阻害薬.炎症と免
疫 2013; 21: 229–233.
2) Oκamoto κ, Isohashi F. Macromolecular-translo‐
cation inhibitor-II (Zn2+-binding protein, para‐
thymosin) interacts with the glucocorticoid re‐
ceptor and enhances transcription in vivo. J Biol
学,発明者:岡本一起.
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