実践事例集を読むにあたって

実践事例集を読むにあたって
どんなに障害が重くても、個人の尊厳を重視した生活のあり方を考え、より快適な生活を送れるよう
支援し続けることが、障害福祉に携わる私たちの基本的なスタンスです。ところが、多くの知的障害の
ある人にとって快適で、なおかつ充実した生活を保障する環境であっても、一部の人にとっては、不安
を増大させ、感情のコントロールができなくなり、自分や周囲の人の健康を害する行動を喚起する場合
があります。
支援の現場で、私たちは次のような場面にしばしば遭遇します。

他の利用者の些細な振る舞いが気に入らず突き飛ばしてしまう

興味のあるゴミを見つけると車が通っていてもかまわず拾いに行こうとしてしまう

集団の行事への参加を強く拒否する

調味料や洗剤を飲み干してしまう

固執している活動の中断を促すと大声を上げて自分の頭を叩き出す
このような行動が頻繁に見られる人に対しては、慎重に、十分な個別的な配慮を行い、快適な生活を
保障する環境を構築しなくてはいけません。この実践事例集は、入所施設における、一人ひとりの実態
に合った生活環境作りの経過をまとめたものです。
実践事例集の作成にあたり、私たちはまず、数年にわたる支援の経過と障害のある人の変化を、支援
記録を参考に、可能な限り事実に基づいた資料作りを行いました。次に、各事例の資料を比較し、用語
の調整を行いながら、支援の骨子が浮き上がるような短い原稿に書き直しました。最後に、支援の内容
に矛盾が生じない範囲で、個人が特定されないように脚色を行いました。決して、模範的な実践をまと
めたものではありません。時には、アセスメントの不十分さや、支援の一貫性が途切れる場面も登場し
ます。淡々と表現された各事例の裏には、担当の職員あるいは職員同士のミーティングにおける悩み、
計画通りの成果が生まれない焦り、予想以上の変化に対する驚き・喜び等、多くの物語が詰まっていま
す。比較的障害の重い知的障害のある人に対して、同様な試みを行っている障害福祉サービス関係者は、
きっと共感してくれるはずです。
どんなに障害が重くても、行動上の問題がどんなに重大であっても、一人ひとりの実態にあった生活
環境づくりができれば、快適な生活が送れる知的障害者がたくさんいると私たちは信じています。そし
て、この実践事例集が、今よりも快適に生活できる知的障害者が少しでも増えることに貢献出来れば幸
いです。
-1-
実践事例集に登場する6人のエピソード
【ちょっとしたことがきっかけでパニックになるAさん】
Aさんは普段はおとなしいのです。でも、ちょっとしたきっか
けで、甲高い声で訴える、から笑いをする、寮の中を前転でぐ
るぐるまわるといった行動を見せます。かなり頻繁に前転をす
るため、背中にたこができるくらいです。何度も下駄箱をいじ
っては戻る、他の人の服が曲がっていると直しに行く、寮の全
員が出た後でないと外出できないといった、強いこだわりもあ
ります。好き嫌いも極端で、食事中に何も食べず、お茶でおな
かを満たすことも少なくありません。他の利用者にはあまり興
Aさんのお出かけ用バック
味を示しませんが、職員の膝の上に乗りたがる等、親しみの表
現方法があります。
【毛布とお風呂が大好きな B さん】
Bさんは毛布や袖で手を隠すのが好きです。ベッドで寝ている事
が多くて、声かけにもびくともしません。お風呂が好きです。で
も、おなかいっぱいになるまでお風呂のお湯を飲んでしまいます。
一方、外に連れ出すのが大変です。面会に来た両親と会うために
車いすを使ったり、帰省の時にはタクシーを使ったりする必要が
ありました。誰かと手をつなぐことは苦手です。めずらしく散歩
に出ても、葉っぱを食べて動かなくなってしまうこともありまし
サイコロ入れの自立課題
た。寮では、大きな声を出すことがあり、自分の顔を叩いたりつ
ねったりすることが見られます。
【ちょっとした時間にいろんなものを口にする C さん】
Cさんは、じっとして待っているということが非常に苦手
です。また、床に落ちている髪の毛や部屋の隅のゴミを人
差し指でとって食べてしまいます。トカゲ、セミ、ミミズ、
ゴキブリ、クモといった動くものも食べてしまいます。排
尿・排便はトイレ以外でしてしまい、廊下で排便をしてし
まったり、嫌なことがあると「ヒー」と言ってくるくる回っ
たりすることもありましたが、人には手を上げませんでし
た。でも、自分の服を破いてしまい、時には他人の服も破
いてしまいました。
-2-
代表的な支援の写真
【楽しいおしゃべりが止められない D さん】
Dさんは、職員と会話をすることが好きです。ただし、職員に
言って欲しい答えがすでに決まっており、その答えを職員が言
わないとイライラしてしまいます。また、職員がすぐに答えら
れないと、怒りだしてしまいます。そのうえ、職員がうまく会
話を止めないと、際限なく話は止まらず、それが原因で興奮し
てしまいます。また、他の人が自分のヘッドギアやベッド、タ
ンス等を触るとイライラしてしまいます。イライラが募ると怒
りだし、怒っている自分が写っている鏡やガラスを見てさらに
興奮してしまいます。終いには、他の利用者へ手を上げてしま
下駄箱のポケット
います。
【水分補給に強いこだわりをもつ E さん】
Eさんは、コーヒーを飲むことがとても好きです。明朝に
コーヒーが飲めると知ると、夜中の3時頃から起きて待っ
ています。コーヒーを飲んだ後、水をとてもたくさん飲ん
でしまいます。水を飲み出すと止められなくなります。そ
して次第に興奮してしまい、奇声を発し、他傷行為をして
しまうのです。また、コーヒーや水を飲むために職員の目
を盗み、他の寮に行ってしまいます。Eさんの水分摂取量
は、健康に重大な問題を及ぼしており、職員は常にEさん
タイムタイマー
の行動を見守り続ける必要がありました。
【扉を強く蹴って職員に意思表示しようとする F さん】
Fさんは、物の位置にもこだわりがあり、下駄箱の靴を入れ替
えたり、玄関のジャンバーや帽子を床に並べたり、イスを入れ
替えたりします。また、自分の便やたばこの吸い殻、シャンプ
ーの泡、洗濯洗剤を食べてしまうこともあります。自発的に何
らかの意思表示をする時は、扉を強く蹴って「アー」や「ウー」と
言って訴えます。手先の細かな動きが求められることは苦手で
す。でも、興味を持つことには集中し、単純作業も苦にしませ
ん。皮膚感覚は非常に敏感で、暑さにも非常に弱いようです。
コーヒーやお茶が大好きで、他の人の分も飲んでしまったりも
コーヒーが入ったバック
します。
-3-
実践のポイント1:4つの基本戦略
この実践事例集で紹介するのは 6 例です。行動上の問題の種類、それに伴う本人の健康上のリスク、
周囲に与える影響の大きさ等、変化に富んだ 6 事例です。ところが、支援の経過を読むと、どの事例も
ほとんど同じアプローチをとっていることがわかります。詳細に読み込むと、理解できるコミュニケー
ションの方法や特定の活動に参加が可能な時間、自立課題に集中できる持続時間等、違いが見えてきま
す。それでも、支援の経過が同じに感じるのは、入所施設において、行動障害のある利用者に対する基
本戦略は、以下の 4 つに集約されるからです。
① 居住環境の構造化:居住の場における混乱防止のめの応急措置
② 日中活動:居住の場から通い、安定した活動を行い、自尊心を高める
③ 自立課題:居住の場における余暇対策としての自立課題の設置
④ スケジュール:見通しを持ち安定した生活を送るためのスケジュールの設置
全国の多くの入所施設には、日中活動として散歩に出かけることを拒否し、集団での作業やレクリェ
ーション活動の輪の中に入ることなく、日常的に大きな奇声をあげる、他害や自傷行為を頻繁に示す人
がいるはずです。中には、本人や周囲の利用者の安全管理上、日課や生活環境の制限をかなり行わざる
を得ない場合があります。試行錯誤し、何とか行動上の問題を無くそうと努力し、個々の職員が奮闘し
ている最中の施設では、上記のたった4つの戦略が、短期間に劇的な効果を上げることは信じられない
かも知れません。
しかし、このシンプルな4つの基本戦略の効果は、のぞみの園だけで起きている現象ではありません。
全国の、いや全世界の多くの障害福祉や障害児教育の現場で、同じような現象が起きているのです。
基本戦略はシンプルでも、一人ひとりの特性を理解しながら具体的な支援計画を立案し、職員が一丸
となり実行し続けることは、決して容易なことではありません。
居住環境の
構造化
日中活動
自立課題
-4-
スケジュール
ちょっとしたことがきっかけでパニックになるAさん
A さんの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
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日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:A さん(男性)
年齢:40 歳代前半
知的障害の程度:最重度 障害程度区分6
身体的特徴:小柄・肥満・性腺発育不全
既往症:慢性糸球体腎炎 アレルギー性鼻炎 貧血
高血圧 花粉症 てんかん
服薬:抗てんかん薬 4 種類・精神安定剤 3 種類・抗パーキンソン剤・抗ヒスタミン剤・
降圧剤 2 種類・貧血改善剤
当初の行動上の問題と支援体制の変化
Aさんは、自分の気持ちを伝えることができない苛立ち、環境の変化や苦手な感覚刺激を引き金に癇
癪(かんしゃく)を起こし、自分の顎を激しく叩く、人を突き飛ばす等の行動が見られました。
のぞみの園では、施設見学や講演会等の研修機会から得た知識をもとに、職員個々の経験や「思い」
で、このような行動上の問題のある利用者に対応してきました。しかし、平成 19 年度以降、法人内で「自
閉症の特性」や「自閉症の理解と支援」について学ぶ機会が増え、さらに定期的な勉強会や会議を開催
し、コンサルタントを交えて寮全体で取り組む体制ができてきました。
Aさんについても、アセスメントから得られた本人の特性を基本に、空間の構造化・物理的構造化、
自立課題、スケジュールの導入をし、生活の充実を目指した取り組みを行い、問題行動の解決を図って
きました。ひとつの問題が解決すると、また次の問題が現れ、問題は尽きることがありませんが、その
都度「Plan→Do→See」の手順によって評価、修正を繰り返すことで落ち着いた生活ができるようにな
ってきています。
支援の目標

生活環境を整え、情緒の安定を図る。

日常生活の中に作業や課題活動を取り入れ、生活のリズムを整える。

本人が予測しやすい情報提供をし、場面に応じた適切な行動が取れるよう支援する。
取り組み① 空間的構造化・物理的構造化
平成 17 年 9 月~平成 18 年 2 月
1) 新しい寮生活に慣れる
もともとこだわりの強いAさんにとって、寮の再編は全ての物が真新しく、不安な生活のスタートでもあり、
気になるものや意に添わなければ甲高い声を発し続け、時には自分の顎を叩くことで自分の不満な気
持ちを訴えていました。
特にベッドメイクに対するこだわりが強く、多少の乱れを見つけると、毎日声を発し続けていま
した。その対策として、まず、廊下側から各居室が見えないように「目隠しシール」
(写真1:目隠
しシール)を貼りました。また、居室は二人部屋であったため、タンスで区切ることで個別の居室
空間を確保し、相手のベッドメイクを見ないで済むような配慮をしました。
-6-
下駄箱の位置にもこだわりがありました。これ
に対しては、利用者各自の色(マイカラー)を決め、
靴の写真とマイカラーを貼りました(写真2:マイ
カラーの下駄箱)。同様に脱衣場においてもマイカ
ラーを貼る(写真3:マイカラーの脱衣場)ことで、
靴や入浴衣類の置き場に対しての甲高い声を発する
ことは次第に消失していきました。
写真1:目隠しシール
写真3:マイカラ―の脱衣場
写真2:マイカラ―の下駄箱
2)
日中活動の場の構造化
日中活動は、寮とは違う場所で作業を行っています。作業場は、多人数であることや本人にとっ
て気になる物が多く、集中力や持続性を損ない易い環境であったため、ここでも甲高い声を発して
いました。この甲高い連続した声は、作業をしている他の利用者に多大な影響を与え、作業の妨げ
となっていました。
そこで、作業場の空き部屋を一時利用し、利用者 2 人対支援員 1 人での作業を開始しました。し
かし、ここでも支援員の出入りやトイレへの移動の時には、目に付く全ての装飾品を気にし、隣接
する部屋には興味を引く品物がある等、作業環境としては落ち着けるものではありませんでした。
こうして次に考えたのが、個別のワークエリアの設置です。作業の場所を別の作業室の一室に移
し、パーテーションを用いてつくりました(写真4・5:パーテーション1,2)。
写真4:パーテーション1
写真5:パーテーション2
作業は、Aさんの力が発揮できると思われる、提げ手作業を選択しました(作業の詳細について
-7-
は 55 ページの「補足:提げ手作業とは」を参照)。作業環境を構造化することで、A さんは作業に集中
することができました。現在は、パーテーションを用いたことにより、集団の中での作業が可能になっていま
す。
取り組み② 寮の中での自立課題
平成 18 年 4 月~平成 22 年 3 月
1)
最初の自立課題
寮では、余暇時間に何をしたらよいのかわからず、周りの人の行動が気になり、甲高い声を上げ、自
分の顎を叩く、人を押し倒す行為が見られました。そこで、午前 11 時と午後4時の余暇時間にボールペン
の組み立て(写真7:ボールペン)とボルトまき(写真8:ボルトまき)の自立課題を導入しまし
た。
数を決めて、目の前の課題が終了したところで終わりというわかりやすい形で始めましたが、取
り組みを始めて1ヶ月が経過すると「課題中に声をあげる、途中で席を立つ、同じ課題に一時間以
上かかる」といった行動が見られ、
「課題」に対する意欲・集中力についての問題が出てきました。
写真7:ボールペン
2)
写真8:ボルトまき
持続的な自立課題に向けての改善
意欲・集中力の問題が生じた理由については、以下の 3 点を推測しました。
① その課題が向いていない
② 難しすぎる
③ 簡単すぎて飽きている
①・②についてと、③については対策が全く異なり
ます。苦手あるいは難しいと考えられる課題は、単純
化して易しくする必要があります。逆に、すぐに飽き
てしまいそうな課題は、少々手順を複雑にすることに
より、興味の持続を図る必要があります。課題毎の工
夫は、自立して、自分の力で完成でき、さらに飽きの
こないことを目指したのです。
-8-
写真9:マッチング
また、自立課題は 10 分間とし、自閉症の特性である「終わりがわからない」問題をクリアするた
めに、タイマーで時間を知らせることにしました。同時に達成感が味わえることも大切にし、1つ
の課題は 10 分程度で完成できるものを用意しました。
課題が新しくなってからは、集中して課題に取り組めるようになりました。同時に、課題の種類
も豊富になり(写真 9・10・11:マッチング・組み立て・事務仕事)、Aさんの得意・不得意も次第
に明確にわかりはじめました。将来の職業課題を具体的に選び出す手がかりを掴むことや、本人の
課題に対する理解度を把握することができるようになったのです。
写真 10:組み立て
写真 11:事務仕事
3) 自立課題により日課を整備
以上の取り組みにより、寮における余暇時間のこだわり行動は減りました。しかし、新たにコップの位置、
お茶の種類に対する配下膳へのこだわりが生じてきました。このようなこだわりの予防を目的に、朝昼夕の食
事前に課題時間を設定しました。自分の力でこなすことができる自立課題を、食事の直前に行うことで、こだ
わりが目立たなくなりました。さらに、「お茶」→「課題」→「食事」というルーティンが本人に定着しました。これ
により、A さんは自主的に次の活動にとりかかることができたのです。
4) カードを使った自立課題のシステム
自立課題については、最初は 10 分程度かかっていましたが、慣れてくるに従い、あっという間に終わって
しまいます。A さんは、ひとつの課題を長く続けることが苦手であったため、一度に「2つ」の課題を提示しまし
た。しかし、一度に2課題という理解は難しく、気分や課題内容によって、「できたりできなかったり」と偏りが
見られました。
時間や量を考えた課題作りの工夫には大変な労力が必要でした。また、飽きないように課題をリニューア
ルするにも限界がありました。そこで、「スケジュールを見る」「写真を見る」を意識づける意味も含め、同じ課
題でも毎日違った「指示書によるものづくり」の課題(写真 12・13・14・15・16・17:絵の具・パズル・木ネジ
の 3 枚と指示書)を作り、提供することとしました。この方法は本人に合っていたようで、現在では、飽きること
なく積極的に自立課題に取り組んでいます。
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写真 12:絵具
写真 13:絵の具(2)
写真 14:パズル
写真 15:パズル(2)
写真 16:木ネジ
写真 17:木ネジ(2)
取り組み③ スケジュールの見直し
平成 18 年 3 月~平成 20 年 4 月
1) 指示理解チェックから
平成 18 年 3 月に、「指示理解チェック」を行いました。その結果、言語指示や写真を使っての指
示理解は難しいが、模倣が得意であることから、実際の活動を見本で示すことで指示の理解が可能
であると考えられました。支援員は、見本を見せることで、Aさんに次の活動を示しました。
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東京 IEP 研究会編集(2000):個別教育・援助プラン,財団法人安田生命社会事業団(現:明治安
田こころの健康財団)発行の「第 5 章指導の具体的なポイント」「指示理解チェックリスト」の一
部を掲載。ことばの指示、文字の指示、動作の指示、絵の指示(上記掲載)、実物の指示といった
指示の形態毎のコミュニケーション理解レベルを調べるチェックリスト
2)
文字カードへ飛躍
平成 18 年 5 月頃より、自立課題を通して、文字の形はある程度理解はできると推測できました。
見本の提示には限界があり、決して良好なコミュニケーション方法とは言えませんでした。そこで、
将来的にコミュニケーションの範囲を広げることも含め、次の活動を教える際に「文字(漢字)カ
ード」(写真 18:文字のカード)を使用しました。
文字カードは、
「手伝い」
「作業」
「自立課題」
「入浴」
「余暇」の 5 種類からスタートし、それぞれ
のカードの意味を伝えるために支援員が本人と一緒に移動しながらカードの示す活動を行うこととしました。
写真 18:文字のカード
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《カードの提示方法の図式化》
① 支援員が「トランジッションカード」を渡す
② 一緒にトランジッションエリアに移動する。
③ スケジュール(カード)の確認をする。
④ 一緒に次の活動へ移動する。
(写真 19:スケジュールボード)
3) 実物のスケジュールに難易度を落とす
平成 19 年 4 月のミーティングで、文字カードの活用について議論しました。確かに文字カードをマッチン
グし、所定の場所に入れることはできていましたが、必ずしも文字と次の活動が一致しているとは言えないと
の結論に達しました。これまでの支援の結果、文字カードを使って日常生活を過ごしているが、文字情報が
有効であるようには見えませんでした。そこで、Aさんにとって一番わかりやすい方法として「実物」を提示す
ることに変更しました(写真 20:実物のスケジュール提示の様子)。
実物を提示するようになってからは次の活動の理解
が素早くでき、今までできなかった作業からの帰寮が、
「お茶のコップ」を提示すことでできるようになりました。
さらに数日後には、コップが入った「バッグ」を渡すこと
で帰寮でき、さらに1ヵ月後には、日中活動として作業
に出かける時にバッグを手渡すと、自ら移動するように
なりました。また園内の臨床心理科へ出かける際にも、
いつも使用している「桜クーピー」を手渡すことで、目
的地を間違うことなくたどりつくこともできるようになりま
した。
4) 絵カードのスケジュールに挑戦
しかし、元々物の位置にこだわりの強いAさんは、ス
写真 20:実物のスケジュール提示の様子
ケジュールに使用する実物が所定の場所から移動していることを気にし、「活動に移る前に元の位置に戻し
てしまう」「気になって動けない」等の行動が現れ始めました。さらに、スケジュールとして提示した実物の中
には、同じ実物が複数提示されており、「上から下」と順序立てて実物を取るのではなく、必要なものを適当
- 12 -
に持ってくる行動も見られました。また、実物のスケジュールは、他の利用者が持ち去ってしまったり、壊して
しまったりする等の問題も生じました。
同じ物が同時に提示されないようにと、一度に提示する数を午前のみ(午後のみ)と減らしてみましたが、
どうしても限界があり、実物スケジュールの活用は、物に対する本人のこだわりを強めているように感じられま
した。そこで、平成 20 年 4 月からはスケジュールカードを「実物提示」から「絵カード」に変更しました。(写真
21:絵カードのスケジュール)
絵カードを導入するにあたり、生活の基本の「食事」「お茶」「作業」「入浴」だけでなく「自立課題」「受診」
「散歩」「ベッドメイク」等(写真 22:自立課題・散歩・洗濯)を追加しました。現在では、それぞれのカードの意
味については理解し、自分からカードを持って動くことも増えてきています。
写真 22:自立支援
写真 21:絵カードのスケジュール
まとめ
今回の事例を通して、支援員による「支援のばらつき」が、A さんに混乱や不安を招いていたことを
再確認しました。
現在も、ひとつの問題が解決すると、また新たなこだわりが生まれ、それによって癇癪や甲高い声を
あげる等の問題行動が生じています。これに対しては完全な問題解決とはいえませんが、Aさんの行動
を観察し、Aさんが今困っていることは何か、何につまずいているのか、どんなアプローチが良いのか、
問題行動の背景にある要因は何かを把握した上で「個別化」と「視覚的支援」をする、さらに支援員が
統一した関わりをするといった対応を続けています。この方法で、これまでは困難と考えていた、集団
での日中活動で、他の利用者のことを気にすることなく作業ができるようになったことが、私たちの自
信につながっています。
例えば、洗濯は気象条件により左右される活動です。Aさんにとっては、いつ洗濯をしていいのか判
断することは難しかったようです。現在は、時間・天候・場所に左右されない入浴後に洗濯を行い、夕
食後に居室に洗濯物を干す、起床後に洗濯物を取りこむ流れに変更したことで、以前頻繁にあった洗濯
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が原因のパニックは消滅しています。
Aさんの行動特性を理解し、意図を汲み取ることができれば、パニックを減らすことができるという
成功体験をもとに、さらに詳細にアセスメントを行い、より落ち着いた生活を目指していきたいと思い
ます。
【コラム:TEACCH の構造化】
TEACCH プログラムとは、アメリカのノースカロライナ州立大学を中心に、州内の自閉症の人とその家族、
関係者、さらに専門家を対象とする包括的なプログラムです。自閉症の大規模な支援プログラムとしては、全
世界で最も評価されています。私たちの国でも、多くの書籍が出版されており、医療・教育・福祉の様々な分
野で、TEACCH プログラムのアイディアが応用されています。
この実践事例集では、TEACCH プログラムの支援の基本的な方法である構造化を、利用者や施設の実態に合
わせて応用しています。様々な場面で、物理的構造化、スケジュール、ワークシステム、視覚的指示といった
構造化の技法を用いています。構造化の理論や技法の詳細については、巻末の参考図書をご参考ください。
【コラム:自立課題】
障害のある人が最初から終わりまで、可能な限り自分一人で完了できるように設計された課題のことを言いま
す。知的障害が重度な人にとって、他者からの介助や見守り無しで、一人で完結できる活動は非常に重要です。
自尊心を育む大切な活動であり、そして精神の安定をもたらす効果があります。もちろん、障害のある人一人
ひとりの能力や特性をしっかりとアセスメントしなくては、適切な自立課題は作れません。TEACCH プログ
ラムのワークシステムで多用されているのがこの自立課題です。
この実践事例集では、寮という居住環境で行うワークシステムのことを、一括して自立課題と呼んでいます。
日中活動として実施している生産活動(提げ手やCDケースといった受注作業)は、あえて自立課題とは呼ば
ないようにしました。どちらもワークシステムの技術を応用しています。また、障害のある人にとっても同じ
ような活動だと思われているかも知れません。この実践事例集の4つの戦略を分かりやすく説明するために、
あえて日中活動と自立課題と区別して使うことにしました。
【コラム:報酬】
私たちは、少々辛い、努力を必要とする活動を行う際、その後にリフレッシュできる好みの活動が待っていれ
ば、モチベーションが高まるものです。このように、モチベーションを高めるために、ある特定の行動の後に
好みの活動や品物を用意することを、報酬と呼びます。一般に、知的障害が重度であればあるほど、日常生活
の活動に操作的に報酬を用い、モチベーションを高めようとする試みは難しくなると言われています。機械的
に何らかの好みの品物や活動を報酬として提示すれば、行動が改善されると考えてはいけません。一定期間の
繰り返しの試みとその成果を慎重に観察・記録する必要があります。
- 14 -
実践のポイント2:余暇と自立課題
4つの基本戦略のうち、
「居住の場面における自立課題」に違和感をもたれる読者は多いかも知れませ
ん。夜間や休日に過ごす居住の場に、日中活動の場に似たワークシステムを作り、準備した自立課題を
一定時間行ってもらう支援です。
違和感の理由は、主に次の2点からだと予想します。
①
余暇の支援
本来余暇は、個人的な興味関心に基づき、自らが楽しめる、あるいはリラックス出来る活動を選択し、
行うものです。ところが、知的な障害が比較的重度で、行動上の問題を抱える人の多くは、日中活動で
企画されるレクリェーション活動にほとんど参加できません。今回の6人の事例も、このような活動を
拒否し、寮に居残りすることがほとんどでした。また、テレビを見たり、音楽を聞いたりして、一定時
間を過ごすことはできません。どうしても、無為な活動に終始してしまい、ある程度その時間が長くな
ると、極端なこだわりや奇声、自傷行為等に変わってしまいます。
余暇支援のアセスメントは重要です。余暇の時間に、何をして過ごすか、今できる活動を、無理のな
い時間の範囲で具体的に提示しなくてはいけない人たちがいるのです。そして、その活動として取り組
める唯一のものが、自立課題であるのが、ここでの 6 人です。
②
生活環境にワークシステムはそぐわない
居住の場に、日中活動とは異なる作業課題であるとはいえ、作業机と課題を設定することに戸惑いを
感じる人は少なくありません。しかし、よく考えてみると、自宅に書斎、勉強机、仕事机があっても、
不思議ではありません。むしろ、尊敬の念、あるいは羨ましく思えます。生活環境にワークシステム(自
立課題や日中活動の作業を一人でこなせるように工夫・構造化された場所)の導入に違和感を持つのは、
知的障害者の入所施設支援固有の感覚なのかも知れません。
ワークシステムを導入し、自立課題を居住の場面で行うメリットは、余暇の対策だけではありません。
障害が重度であればあるほど、日常生活の多くの活動で人からの介助や見守りが必要になります。食事
や排泄、着替えまで手厚い支援が必要な人の場合、自分の力で何かを完了できることがほとんどありま
せん。いわゆる自尊心・自己肯定感が希薄になってしまいます。ひとりで、他者の見守りがない場面で、
例え3分であったにしても、自分だけの力で何らかの活動に取り組み、完了できることは、何歳になっ
ても大切です。自立課題は、求められるスキルのレベルを柔軟に変えられます。また、周囲の環境を調
整し、集中力や持続力を最大限発揮できる場面の設定も容易です。自尊心・自己肯定感が育っていく、
最初の第一歩にはもってこいの活動なのです。
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毛布とお風呂が大好きな B さん
B さんへの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
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日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:B さん(女性)
年齢:40歳代後半
知的障害の程度他:最重度
障害程度区分6 てんかん
身体的特徴:身長約153センチ、体重48キロ、運動機能障害は特にない
既往症:イレウス、慢性甲状腺炎
服薬:抗てんかん薬 睡眠鎮静剤 精神安定剤 甲状腺ホルモン剤 抗ヒスタミン剤
緩下剤 制酸剤
当初の行動上の問題
Bさんは、かなり以前から、生活のリズムが乱れていました。夜間は、奇声を発し寮内を走り回り他
の利用者の睡眠を妨げ、日中は、居眠りをしていることが目立ちました。支援員の言葉かけにも反応せ
ずに、昼でもベッドの中で毛布にくるまっていることが多い毎日でした。
日中活動として、「毎日歩行に出る」ことを支援計画で立てていましたが、支援員の誘導にのれずに、
玄関を出ても寮の前の庭で寝転び、前に進めない状況が続いていました。次第に顔の表情が厳しくなり、
無理に動かそうとしたりすると、「頭を叩く」「顔を血が出るまでつねる」等の自傷行為を行うことが頻
繁に見られました。そういった時は、網膜剥離予防の為、保護帽を被ってもらいました。
支援員の誘いを拒否し、寮から外へ出る機会が少ない毎日を過ごしていた為、運動不足となり、睡眠
障害と便秘を引き起こしていることが考えられました。また、食事や入浴の言葉かけにも、なかなか応
じることがありませんでした。
支援の目標

日中活動に参加し規則的な生活が送れるようにする。

奇声のない穏やかな安定した生活を送れるようにする。
取り組み① できる活動から
平成18年5月~12月
1) 自立課題開始の注意点
支援員との意思の疎通がなかなかとれない B さんですが、スーパーバイザーの以下の3つのアドバイ
スを取り入れ、自立課題を導入することにしました。
① 簡単な作業であること。
② 音や見えることで変化がわかりやすいこと。
③ 短時間でも毎日繰り返すこと。
2) 最初の自立課題
まず、ボタンを缶にいれる自立課題を始めることにしました(写真1:缶ボタン入れ課題)
。ところが、
B さんは私たちの求めになかなか応じてはくれません。
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自立作業の場所として認識してもらうためにディルームに机を用意しましたが、ソファに座ってしま
います。続けることが重要と考え、居室から出てこない時は呼びに行き、机の前に座れない時は、支援
員が側に出かけました(写真2:ソファでの缶課題)。
写真1:缶ボタン入れ課題
写真2:ソファでの缶課題
B さんは、ボタンを見せても知らん顔で服の袖で顔を隠してしまうので、支援員の手の平にボタンを
乗せ、B さんの目の前に差し出しました。それでも取れないときは手渡しで、ボタンを持ってもらうこ
ともありました。
作業として定着するように午前と午後それから夕食後の、一日 3 回行いました。10 個のボタン入れは
5 分から 10 分の作業時間でしたが、何度も繰り返すうちに「課題をします」と言葉をかけると部屋から
出て来られるようになりました。
取り組み② 課題作業の定着を目指すと共に種類を増やす
平成19年1月~平成20年7月
1) B さんの様子から自立課題の調整
取り組みから8ヶ月、机に誘導すると席に着き、ボタンを摘まんで入れるものの、手が止まることが
多く見られるようになりました。理由は、以下の2点であると考えました。
① 中が見えない:椅子に座ると覗き込まないと缶の中は見えません。
② つまみにくい:平べったいボタンはつまみにくそうにしていました。
そこで、透明なビンに赤いサイコロを入れる課題を
導入しました。持ちやすくなったため作業はスムーズに
行えるようになりました(写真3:透明瓶サイコロ課題)。
サイコロをつまむ時に、一瞬サイコロに視線が向く
ことが多く見られるようになりました。それなら、入れ
る穴を小さくしたらもっと見るのではないかと考え、課
題を変更しました(写真4:サイコロいれ箱課題)
。
写真3:透明瓶サイコロ課題
- 18 -
2) 複数の課題で構成した自立課題
予想通り、サイコロをつまむ時も入れる時も、穴の位
置を確認するため、集中して見ていることがわかりまし
た。その後、作業時間を伸ばすため、簡単にできる課題
を3つ組み合わせ、3段の棚にのせて提示しました。こ
れは、「1段目が始まりで、◯段目で終わり」という、
作業の始まりと終わりを知って欲しいという意図もあ
りました。少し複雑なワークシステムに挑戦です。
写真4:サイコロいれ箱課題
集中して作業を行う様子から、小さな穴に細いボルト
をはめていく作業を作りました。最初はボルトの向きを
直し、手に持ってもらいました。小さな穴をジッと見て確実に入れていました。次はボルトの向きをそ
ろえて、机の上に並べておきました。すると、自分で机の上から取って穴に入れました。徐々に自分の
手の中でボルトの向きを変え、挿すことができるようになりました。
3) 自立課題の後にコーヒー
これまで、ボルト挿しを終了後は、他の人たちが作業から帰ってから、一緒にコーヒーを飲んでいま
した。しかし、ボルト挿しを終了したすぐ後にコーヒーの時間にすると、次からボルト挿しのスピード
が上がりました。その後は作業の前に「課題作業が終わったらコーヒーですよ」と言葉をかけることに
しました。すると、動き出しがよくなり、作業も比較的短時間で終わるようになりました。
取り組み③ 日中活動の場所を変更
平成20年8月~平成20年10月
1) 寮から日中活動の場に通う
日中の作業場が、園内の徒歩で7~8分の場所に新たに開設されました。B さんも他の利用者と一緒
に作業場に通うことになりました。
ところが、玄関前から座り込みが始まり、
「数メートル進んでは座り込む」の繰り返しで、なかなか作
業場につきません。そこで、車椅子を用意し、途中から B さんは車いすで移動する方法を採用しました。
そうしなければ、作業時間は、短い距離の移動だけで、ほとんど無くなっていました。しばらくすると、
車いすが見えていると早く乗りたくて座り込む様子も見てとれました。その為、車いすの使用を止める
方法を検討することになりました。新しい対応は、以下の3つです。
① B さんの好みの報酬を活用する。
② 歩いて作業場へ付いたら報酬を受け取る。
③ 作業が終了したら報酬を受け取る。
B さんは、飴を好んで食べます。報酬として、飴を用いることにしました。
しかし、漫然と飴を見せても、B さんはそれに注目するとは限りません。偶然、視線が飴に向かった
時に、飴に手を伸ばし、移動する様子は観察できました。もちろん、
「歩いて移動する」と「飴がもらえ
- 19 -
る」いった、行動と報酬を B さんは簡単に理解してくれるわけではありません。
「作業場についたらすぐに飴を渡す」
「作業が終了したら飴を渡す」という2点は、職員間で必ず守る
ように周知徹底しました。
移動に際しては、座ったら立つよう繰り返し促すことが続きました。それでも、次第に、歩いて作業
場までいけるようになりました。短時間の移動、作業、そして移動や作業の終了後の報酬といった決ま
りきったルールを学習し始めたようです。最近では、
「作業に行きますよ」の言葉を掛けると、自分から
玄関に出てきて、靴を履くために長いすに腰掛ける等、これまでには見られない自発的な行動が出てき
ました。
まとめ
下のグラフは平成20年4月から平成21年2月までの、日中活動に参加した回数を表しています。
7月に参加が極端に少ないのは、日中の作業場の改修時期で、寮内で自立課題を行う機会が増えたため
です。
報酬を使い始めたのは9月からです。10月以降の参加数は、ほぼ100パーセントになっています。
参加できなかったのは、寮の都合で作業が中止になった時と音楽活動へ参加した時、寮の行事があった
時です。
作業へ毎日参加できるようになり、夜間の徘徊や奇声がなくなり安定した生活を送れるようになりま
した。また、自傷が減り保護帽を被らなくてもよい状態となりました。また、毎日作業場まで午前午後
と歩くことで、運動量が増えたのか、排便が定期的にあり、浣腸をしなくてもすむようになりました。
B さんのような自閉症の人たちにとって、毎日同じ活動を繰り返すことは、先の見通しが立ちやすく
なり、安定した生活が送れるようになります。B さんの支援では、作業場までの短い道のりや、毎日同
じ自立課題設定をすることで、見通しが立つこととなったと予想されます。また、報酬として好きな飴
が食べられることで、作業場へ行く動機になったのかも知れません。さらに、そこに自分のできる仕事
があることが意欲につながり、生活が整っていきました。
図1. 日中活動への参加回数の変化
- 20 -
実践のポイント3:意味ある活動とスケジュール
この実践事例集では、TEACCHの構造化の手法を中心に、一人ひとりの実態に合った配慮と支援
を検討し、その実践結果をまとめたものです。TEACCHの構造化として有名なのは、物理的構造化
やスケジュールといった、自閉症を中心とした障害のある人にとってわかりやすい視覚的な手がかりを
多用することです。特に、個別の視覚的なスケジュールの仕組みが理解できれば、半日単位、1日単位、
あるいはさらに先に何があるのか見通しが持てるようになります。見通しが立てば、生活に張りが生ま
れ、より安定した生活が送れるようになります。
しかし、スケジュールとは、障害のある人が行う活動の連続した流れです。この事例集に登場する人
は、これまで、集団での日中活動にほとんど参加出来ていなかったのです。何かに集中していると思っ
たら、衣服を破いていたり、タンスを壊していたり、健康を害する何かを食べていたりといった、職員
がすぐに制止しなくてはならない行動を示していたのです。スケジュールとして提示できる意味ある活
動とは何でしょう。今まで拒否し続けていた散歩の写真を提示すると、散歩に参加できるようになるの
でしょうか。視覚的な手がかりだけで、このような魔法は起きません。
重度の知的障害があり、行動上の問題もたくさんある人に対して、スケジュールの仕組みを覚えても
らうことは非常に大切だと思われます。しかし、その前に、自らが一定時間自発的に実施できる意味あ
る活動には何があるかを、冷静に見つめ直してください。
この実践事例集では、スケジュールの支援を開始する前に、必ず日中活動や寮での自立課題に取り組
んでいます。食事やコーヒーブレイク、歯磨きといった活動とこの新しく学習した活動を組み合わせて
スケジュールを組み立てているのです。
意味ある活動があってこそのスケジュールであることを忘れてはいけません。
【コラム:トークン】
トークンとは、報酬を用いる際のひとつの技術です。商店街のスタンプカードを思い浮かべると、その仕組は
理解しやすくなります。期待する報酬はすぐには手に入らないが、スタンプが次第に貯まっていき、視覚的に
報酬が得られる時間が近付いていることがわかる仕組みがトークンそのものです。報酬によるモチベーション
効果があると判断された知的障害者に対して、トークンの仕組みを用いることがあります。しかし、トークン
もその成果を慎重に観察・記録する必要があります。
- 21 -
ちょっとした時間にいろんなものを口にする C さん
C さんへの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
- 22 -
日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:C さん(女性)
年齢:50歳代後半
知的障害の程度他:最重度
障害程度区分6
身体的な特徴:背が低く痩せている 腹部が膨らみ張っている
既往症:貧血、脾腫、総胆管拡張、便秘、痔
服薬:整腸剤、緩下剤、向精神薬
当初の行動上の問題
Cさんは、何もしないでゆっくりと過すことが苦手です。待つのも苦手です。下駄箱の靴の向きや、
椅子の位置にこだわりがあります。異食があり、室内では廊下や居室のゴミを指先で集めて食べます。
室外では土や葉っぱや紙類等何でも食べます。その為、目が離せず、常に職員が1対1で見守る必要が
あります。食堂では、自分の食事を食べ終えてしまうと他の利用者の食事が気になり食べてしまいます。
何よりも困るのは、特定の人のベッドに、裸で四つ這いになり頻繁に放尿し、濡らしたシーツを風呂
場前の廊下に持参する行為です。ベッドにシーツが無くても放尿し、人が寝ていても放尿します。そし
てこれらの行為は、昼夜の区別なく行われます。時には、ターゲットとなるベッドが増え、寮のシーツ
が足りなくなることもあります。その為、全員のベッドに、マット全体を包む特注の夜尿布を使用し、
シーツはCさんが寝る直前に出していました。部屋に鍵をかけても、一瞬の隙に行動するCさんの行為
は止められません。放尿はベッドだけには留まらず、特定の廊下にも毎日、朝昼夜、頻繁にあります。
尿だけではなく放便も毎日です。寮の支援員は、シーツや夜尿布の洗濯に始まり、廊下の放尿等の掃除
に追われ、他利用者はCさんの頻繁に繰り返される行為に、なす術もない状態でした。
Cさんは衣類破きも頻繁で、破き始めるとしばらく続きます。特定の人の衣類は、脱がせてまで破き
ます。落ち着いてソファーに座っている時は、足の裏の皮を剥く自傷をしています。
支援の目標

日中活動の充実を図る。

行動障害の軽減を図る。

精神的に安定した生活が送れるようにする。
取り組み① 自立課題の開始
平成20年5月~平成20年8月
1) 比較的高い作業能力
Cさんの日中活動は、作業場で提げ手作業を行っていました。10個に並べるジグを使い、支援員が
側にいなくても約 1 時間は自立してできる活動になっていました。そして、その間の放尿等はほとんど
ありませんでした。そこで、寮内においても、空いた時間帯に作業活動に匹敵するような自立してでき
る課題を提供することになりました。
2) 自立課題の拡大と失敗
最初は、ディールームのオープンスペースに机を置き、外注作業の配管支持金具のボルトを50個の
穴に挿すという課題を食事の前に提供しました(写真1:ボルト差し課題)
。食事の前に自立課題を設定
- 23 -
した理由は、Cさんに食事時間を的確に伝える意図がありました。
「自立課題の次に食事」ということが
わかるように、ご飯の絵カードを添え食堂に来る時に持って来るよう伝えました(写真2:ご飯カード)。
他の利用者の食事を食べてしまう程、食事が好きなCさんにとっては、
「自立課題の次に食事」という流
れは意欲的に取り組む半面、他の人が先に食堂に入る状況を目にすることとなり、フラストレーション
がたまる活動でもありました。
写真1:ボルト差し課題
写真2:ご飯カード
しかし、食事の前に課題をすることで、その時間帯は放尿等が減りました。さらに別の空いている時
間帯に自立課題を設定する検討を行いました。少しでも空いた時間があると、Cさんは放尿等を繰り返
している印象でした。支援員からすると、Cさんが長時間活動できる自立課題を求めることになります。
そこで、長い空白の時間を中心に、仕上がりまでに時間がかかる大型ネジ締めの自立課題を設定しまし
た。その他、他の人が畳んでいたタオル畳みに興味を示す様子が見られたため、入浴タオルの畳み作業
を朝の仕事、必要に応じて食堂のフェイスタオルの畳み作業を食後の仕事としました。フェイスタオル
を干す仕事は、以前から寮の役割として一日3回行っていたため、そのまま自立課題に組み込み継続し
ました。自立課題の時間が増えれば、放尿等の機会が減り、実際に回数も減るのではないかというシナ
リオでした。
しかし、支援員の単純な見込み通りには進みませんでした。テンポ良くスピーディーに課題を仕上げ
たいCさんにとっては、大型ネジ締め課題はスピーディーにできない課題であるため、苦痛に感じてい
たようです。また、フェイスタオルを干す仕事だけやっていた時は見られなかったのですが、干した直
後に濡れたタオルを畳むようになりました(どんな状態のタオルを畳んでいいか判断できなかった)
。次
第に、課題の途中での放尿等が増え、タオルの糸を引き抜き食べ、ボルト刺し課題のボルトを食べる行
為も発見されました。
言葉の無いCさんが、
「嫌だなあ」という表現の代わりに示した行動だと考えられます。支援員の都合
に合わせるのではなく、Cさんの理解できる、そして発揮できる力に合わせることの大切さを思い知っ
た出来事でした。普段の振る舞いや興味関心の示し方で、短絡的に「Cさんがやりたいと考えている、
できる仕事」と判断してはいけなかったのです。適切なアセスメントができずに、自立課題を設定した
ため、今までできていたタオル干しとCさんが好きだったボルト挿し課題の両方を、自立課題から外さ
なくてはいけませんでした。この反省の元に、Cさんに合わせた新たな課題作りと条件・環境の整備に
再度とりかかることになりました。
3) 新しい自立課題に再挑戦
まず、自立課題は、スピーディーに完了できる、比較的簡単な課題に戻しました。
- 24 -
自立課題の長さは、Cさんの集中できる20~30
分前後に整えました。課題に集中して取り組めた場合
の報酬も検討しました。自立課題が終了したら、ゼリ
ーを食べることにしました(写真3:ゼリーカード)。
ゼリーを報酬に決めたのは、物を食べる際、上向きに
丸呑み状態で食べるCさんの誤嚥対策でもありました。
これからは、自立課題の終了後、食事時間になるか、
それ以外の場合はゼリーを食べる事になります。自立
写真3:ゼリーカード
課題を行う場所も他の人の動きが気にならないように、
オープンスペースから廊下のコーナーに変更しました
(写真4:新しい自立課題のコーナー)
。
支援員によって対応が異ならないように、いつ・誰
が・何の課題を提供するのかという、支援員用の指示
書も用意しました。指示書による統一した支援、簡単
な課題、刺激の少ない集中できる場所、報酬とその条
件を整えたことで、意欲と生活の見通しが立ち、課題
に集中して取り組む時間が増え、結果的に放尿等が大
写真4:新しい自立課題のコーナー
分減少しました。他の利用者の動きが見えない場所で
自立課題をして時間を過すということは、他の利用者からもCさんの動きが見えないということで、結
果的に寮全体の利用者の動線整理ができ、他の利用者もCさんから妨害行為を受ける機会が減り、スト
レスが減ったように感じられました。
写真 5:ペグ挿し課題
写真 6:トランプ課題
写真 7:洗濯バサミ課題
写真 8:フタ色弁別課題
写真 9:数字課題
写真 10:食べ物課題
写真 11:形弁別課題
写真6:トランプ課題
写真5:ペグ挿し課題
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写真7:洗濯バサミ課題
写真8:フタ色弁別課題
写真9:数字課題
写真 10:食べ物課題
写真 11:形弁別課題
取り組み② 報酬の見直し
平成20年9月~平成20年12月
1) 急き立てられるように
新しい自立課題は、日課の見通しがもて、安定した生活をもたらし始めました。しかし、早く課題を
終わらせて食事やゼリーを食べたいという焦りの気持ちからか、課題を最後まで仕上げずに食堂へ来る
ことが増えてきました。この頃から、報酬がゼリーの場合よりも、食事やコーヒーの前に行う自立課題
の方が集中していることがわかりました。ゼリーの時は、課題の途中でフラフラと出歩き、放尿等に繋
がっていたのです。その為、課題に集中できるようにゼリーからCさんの好きなコーヒーとビスケット
に報酬の変更をしました(写真 12:新しい報酬のカード)。誤嚥対策の為に、その都度ビスケットを一口
ずつ食べる食べ方も伝えました。また、課題が終わった後は、課題の仕上がりの確認を支援員が確実に
- 26 -
行うことを統一して行いました。
写真 12:新しい報酬のカード
写真 13:C さんの食卓テーブル
この変更で、自立課題に対する集中力が次第に高くなり、2ヶ月後には、課題の途中での出歩きも無
く、確実に仕上げてから食堂に来るようになりました(写真 13:Cさんの食卓テーブル)
。
まとめ
図1は、平成 20 年 3 月と同年 12 月における、1日あたりの放尿・放便の平均回数を比較したもので
す。明らかに、Cさんの放尿等はこの間に大きく減少しました。今回のCさんへの支援の取り組みは、
放尿等の原因や誘引となるストレスを一つひとつ取り除くアプローチではありません。自立課題を中心
に、現在の能力にマッチした、他者からの見守りや支援を常時必要としない活動を、日課の中に少し組
み入れ生活の流れを整えました。そして、結果的に放尿等が減少しています。自分でできることがある、
それを完了することにより報酬としての楽しみがある、そしてこのような適切な活動の設定は、Cさん
の生活に見通しと安心感をもたらしたのだと私たちは考えます。
さらに、自立してできる活動や課題に取り組めるようになったことで、寮全体の利用者の流れ(動線)
が整理でき、結果的にCさんにさらなる安心感を与えたようです。Cさんは、日中活動以外の余暇時間
を適切に過ごせるようになったのです。そして、支援員からの注意を受ける回数が減り、精神的な安定
をもたらす、といったポジティブな連鎖が回り始めました。
Cさんの事例を通して、
「支援員のやらせたいことや、こうであって欲しいという願望を押し付けた支
援は、問題の解決には繋がらないこと」
「本人が困っていることの理由やつまずきを、丁寧にアセスメン
トしていくこと」が、解決の手立ての近道であることを学びました。
図1.1日あたりの放尿・放便の平均回数の変化
- 27 -
実践のポイント4:継続的なアセスメント
障害福祉サービスには、個別支援計画の立案は欠かせません。個別支援計画の参考図書には、必ずア
セスメントの重要性とその方法(サンプル)が掲載されています。そして、その多くは「健康状態」
「基
本的な身辺処理能力」「コミュニケーション」「興味・関心」等の項目からなる、定形のアセスメントシ
ートを用います。
施設において、サービス開始当初に、このようなアセスメントシートを用いた包括的なアセスメント
を行うことは非常に重要です。また、一定の時間をあけて、再度アセスメントを行い、支援計画の全体
を見直すことも大切です。
しかし、この事例集では、別の意味のアセスメントの重要性を強調しています。

新たに2つ作成した自立課題のうちひとつは良好、もうひとつはまったくできない、どうして?

今週、日中活動の時間を 30 分伸ばしたのだけど、安定した生活を続けているだろうか?

今日から同じ部屋に新しい利用者が加わって作業しているけど、それによる混乱はないだろうか?

就寝前の時間に、利用者が混乱してしまい、パニック状態になってしまったのはどうして?
日々の支援の中で生じるこのような疑問に何らかの答え(あるいは仮説)を出し、それにより支援の
方法を変更していくことを「継続的なアセスメント」と呼びます。Aさんの事例にも登場しましたが、
定形のアセスメントシートで「文字が読める」と記載されていても、文字を使ったスケジュールを理解
できるかどうかは、実際に支援を継続して、その結果を継続的なアセスメントを実施しないとわからな
いことが多いのも事実です。また、Cさんはゼリーが好物だからといって、自立課題の後にゼリーを食
べることで、課題に対する集中力が増すかどうかも、実際にアセスメントしてみないとわからないので
す。
実践を通したアセスメントをこの実践事例集では重要しています。もちろん、豊富な実践を積み重ね
た職場では、一定期間の継続的なアセスメントが無くても、利用者にとって相応しい支援方法を選択す
る確率が高くなります。だからといって、全てにおいて完璧になることはありえません。どんな職場で
も、継続的なアセスメントが重要であることに変わりはありません。
【コラム:ジグ】
ジグとは、自閉症や記憶に障害のある重度の知的障害者の支援技法として、視覚的に明瞭な手がかりを提示す
る補助教材のことを言います。本来は、製造・加工の現場で、品質や精度を向上させる部材の位置を誘導した
り固定する補助具のことを示す用語でした。しかし、特別支援教育や障害福祉の分野では、教材教具の位置の
誘導や固定だけでなく、作業指示書的な補助教材も含めて、ジグと呼ぶ場合が多いようです。
- 28 -
楽しいおしゃべりが止められない D さん
D さんの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
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日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:Dさん(女性) 年齢:30 歳代後半
知的障害の程度:重度 障害程度区分 5 てんかん
身体的特徴:大柄
肥満
既往症:種痘の予防接種後重積発作により入院歴あり
服薬:抗てんかん薬 6 種類
向精神薬 3 種類
緩下剤 2 種類
当初の行動上の問題
Dさんは、他の利用者の生命が危ぶまれると感じるほどの他傷行為が頻繁にあり、支援方法の大幅な
見直しを行うため本寮に転寮してきました。その頃、下記の強度行動障害判定基準で評定したところ、
合計 30 点の評定結果が得られています。
ひどい自傷(0 点)
強い他傷(5 点)
激しい物壊し(5 点)
睡眠の大きな乱れ(0 点) 食事関係の強い障害(0 点)
排泄関係の強い障害(0 点)
激しいこだわり(5 点)
著しい多動(0 点)
著しい騒がしさ(5 点)
パニックがひどく指導困難(5 点) 粗暴で恐怖感を与え指導困難(5 点)
多量の服薬の影響からか、作業場に通うのにもふらつき、膝折れ、尻もち等が頻繁に見られました。
てんかん発作も月に 4~5 回ありました。日中活動中の居眠りを起こされる場面が多いためか、怒りっぽ
く、思い通りにならなかったり、他の利用者が私物や身体を触るとさらに激怒し、大声を出したり、叩
いたり、蹴ったり、押し倒したり等の他傷行為がありました。動き出しも悪く、活動を促せばすぐ怒り
だし、本人が思い込んだ活動へのこだわりも強く、それが違っていたりすると大騒ぎして興奮し、納得
するのにも時間がかかり、時には他傷行為に繋がりました。また、支援員の勤務体制が気になり、
「次に
誰が来るのか」何度も確認しようとしていました。話しかける相手は支援員だけで、それも本人が期待
する返答を返すまで何度も同じ内容を繰り返し、終えることができませんでした。
支援の目標

生活全般を調整し、日中活動を充実させ、安定した生活を支援する。

他傷行為(叩く、蹴る)等の行動障害を軽減する。
取り組み① 試行錯誤の支援期間
平成19年12月~20年3月
1) 寮の生活が安心して過ごせるように
これまで攻撃的な他傷行為が大きな問題となっていたDさんの支援をはじめるにあたり、いつ、どん
な時に攻撃的な行為があるのかを丁寧に観察・記録することからはじめました。記録からは、Dさんの
周囲にある環境に引き金となる刺激が存在することがわかり、寮の中では、その原因となる刺激を取り
除き、空間を構造化することにより、叩く、突き飛ばし等の攻撃的な行為は少なくなりました。
- 30 -
具体的には、脱衣室で他の利用者が脱いだ衣類や、てんかん発作に際しての頭部を保護するヘッドギ
アを触ることで興奮し、怒鳴り声を上げていました。そこで、脱衣室には、自分の衣類やヘッドギアを
他の利用者に見えなくなるような工夫をしました(写真1:脱衣室の棚に扉をつける、写真2:ヘッド
ギアをしまう椅子)
。
写真1:脱衣室の棚に扉をつける
写真2:ヘッドギアをしまう椅子
また、二人部屋だと同室の利用者の騒ぎ声に反応し突き飛ばす、夜間に他の利用者が部屋に入り込み
タンスの中を開けている場面を見つけてその利用者を叩く等が見られたため、個室で鍵のかかる部屋を
用意することとしました(写真3:Dさんの個室)
。食堂では、他の利用者がDさんのお茶を飲んでしま
い、突き飛ばしてしまう行動が何度か見られたため、パーテーションで食事の場所を明確に区別しまし
た(写真4:パーテーションで仕切られた食堂)
。
写真3:Dさんの個室
写真4:パーテーションで仕切られた食堂
2) 日中活動の場での混乱
次に、精神科医との連携で向精神薬を減らし、支援の目標の実現に向けて、日中活動の充実に本格的
な取り組みをはじめました。本寮に来る前、Dさんは、日中活動として手芸班に在籍し、平織りの作業
を行っていました。しかし、服薬の影響からか寮で寝てしまうことが多く、作業場にはほとんど通えて
いませんでした。また、参加できたとしてもウトウトと居眠りをしてしまい、作業が出来るような状態
ではありませんでした。
本人からの話しかけに対して支援員が適切に返答できない時には、期待していた言葉と違うと怒り、
攻撃的な行為に至りました。他の利用が私物や身体を触ったり、突然の日課の変更や意に沿わぬ声かけ
も受け入れ難く、動き出しの悪さもあり、大騒ぎし人を叩くことがしばしばありました。また、職員が
休むと代りに誰がその勤務に入るのかしつこく確認したがり、それが原因で他傷行為に繋がる場合もあ
りました。
- 31 -
3) 新しい日中活動への試行的な参加
そこで、寮から徒歩5分程度の近い場所で、試行的に、日中活動作業に取り組むことにしました。作
業は、提げ手作業を行いました。提げ手の束10個ずつを20セット作ることがDさんの1回の作業量
としました。作業行程は写真で提示しました。また、作業に集中できるようにパーテーションで空間を
仕切り、個別化された作業空間を作りました。
しかし、このような構造化のアイディアを活用しただけでは、Dさんは眠くなってしまうことに加え、
一緒に作業を行う他の利用者からのちょっかいもあり、大声を出す等、精神科的な不安定さに大きな変
化はありませんでした。さらに、完了できる作業量も一定ではなく、当初は1箱完了するのがやっとの
状況でした。
4) 日課のルーチン化
Dさんは、人の名前を文字で理解し、記憶力もとても良いという能力を持っていました。そこで、昼
食・夕食の準備として他の利用者の食器並べを、Dさんの寮の役割として、おやつ時間の後に行っても
らいました。配膳が確実にできるように、食器の裏に利用者の名前シールを貼る、お盆に食器を並べる
位置に関する視覚的な手がかりを提示する等の工夫を行いました。比較的短期間で、Dさんは、支援員
からの指示や手
直しがなくても、配膳を自分の役割として実施できるようになりました。
5) 機能しなかったスケジュール
寮の中で、新たな役割が生まれたと同時に、日課全体の見通しがDさんにもてるよう、一日のスケジ
ュール提示の方法を検討しました。具体的には、ホワイトボードを 2 枚用意し、時間を数字(デジタル
表示)で提示し、勤務職員欄にはDさんにその氏名を書いてもらうことにしました。各日課は、ホワイ
トボードに貼りつけた文字のみのスケジュールカードをDさんが自ら取り、内容を確認し、ボード脇に
設置した箱に入れてから行動に移すルールを採用しました。
スケジュールの使い方を理解してもらうため、当初、次の日課へ移行する際には、必ず職員が付き添
って支援をしました。しかし、スケジュールを提示した時に、Dさんは1日のスケジュールのほとんど
を記憶してしまいました。ホワイトボードで確認しなくても分かっているためか、職員にスケジュール
の確認を促されると、怒りだすことがしばしばありました。結果的に、食事の時間以外は、ホワイトボ
ードを使ったスケジュールの仕組みは活用されませんでした。
取り組み② 日中活動の充実に向けて
平成20年4月~平成20年12月
1) 日中活動場面の構造化
年度が変わり、新たな作業場利用が決まり、本格的な作業環境の構造化に着手しました。作業部屋の
編成も、Dさんにちょっかいを出す利用者と別の部屋になるように設定し、作業テーブルの周囲には余
分な刺激を排除しました。日中活動としての作業は、少しずつ慣れてきた提げ手を束ねる作業を続ける
ことにしました。
- 32 -
この時期には、2箱(20 セット×2組)分の作業が完成できるまで熟練しており、作業テーブルには
完成目標の2つの箱を提示し、終了すると終了箱に2つの箱を入れる仕組みにしました(写真5:終了
箱)。ちょっかいを出す利用者がいなくなったこと、終わりの見通しが分かりやすくなったことから、D
さんは落ち着いて作業ができるようになり、作業量も安定してきました(写真6:作業の様子)。作業が
早く終了した時は、休憩の椅子に座り、帰る時間まで穏やかに待つようになりました(写真7:休憩の
椅子)
。
写真5:終了箱
写真6:作業の様子
写真7:休憩の様子
2) トークンによる動機づけ
日中活動も充実し、規則正しい生活リズムができてきました。作業場に行ってしまえば、作業に集中
することができるのですが、動き出しが悪く、時間になっても作業に出発できず、促すと大声を出し、
興奮して他の利用者を叩く等の他傷行為が見られました。
「作業に気持ち良くスムーズに出かけるには…」が支援員の間での共通の課題でした。まず取り組ん
だのが、結果として報酬が得られるトークンの仕組みです。これにより、日中活動の作業に対する動機
づけを高め、さらに動き出しの改善を期待しました。
トークンは、提げ手の作業が完了すると、作業ノートにスタンプを自分で押し、そのノートがスタン
プでいっぱいになると報酬として大好きなコーラを飲みに行けることにしました(写真8:作業ノート、
写真9:スタンプ押し)大好きなコーラは、作業の動機づけにつながったように感じられました。しか
し、寮から作業場に移動する際の大騒ぎは、無くなったわけではありません。
- 33 -
写真8:作業ノート
写真9:スタンプ押し
3) 寮における自立課題の導入
土日の午後はゴロゴロとベッドに横になっていることが多く、適切な余暇時間を過ごせているわけで
はありません。また、Dさんの活動レパートリーも少ないため、自立課題を取り入れることにしました。
自立課題の当初は、小さなお菓子を終了後に報酬として渡すことにしました。また、失敗に弱く、新
規の活動に取り組むのに抵抗があるため、なるべく簡単な課題を設定し、成功体験を重ねることに重き
を置きました。簡単な仕分けや見本合わせの課題からスタートし、カードの弁別等に徐々にDさんの能
力に合った課題にあげていきました。また、文字を忘れないようにノートに字を書く練習や、月に1回
母親に葉書を書く等も自立課題に取り入れました。自立課題は自室のテーブルに置いておくと自ら行い、
終了すると「課題作業した」と言って、完了した課題を支援員にもってくるようになりました。この頃
には、報酬としてのお菓子がなくても、習慣的に自立課題に取り組むようになっていました。
4) スケジュールの調整
字が読め、書くことができても、文字のみのスケジュールは機能しませんでした。また、数字も読め
書けますが、時間(デジタル表示)がわからない可能性もありました。そこで、スケジュールカードを
文字のみから、絵や写真を加えたカードに変更しました(写真10:絵と文字のカード)。また、時間の
表示も、普段から見慣れているアナログ時計表示に変更しました(写真11:アナログ時計のカード)。
写真10:絵と文字のカード
写真11:アナログ時計のカード
また、これまで1日のスケジュール提示は、毎日、朝に行っていました。しかし、普段の様子から、
前夜に次の日のスケジュール(行動予定)と勤務職員が分かっている方が、落ち着き、スムーズに日課
を過ごせるだろうと予測し、夜勤者が就床前に提示することにしました。職員勤務体制は、職員カード
を作成し、本人と確認しながらボードを貼るようにしました(写真12:スケジュールボード)。長期的
- 34 -
な予定を確認するために、自室のカレンダーを掲示し、スケジュールの変更を早めに伝えることにしま
した(写真13:カレンダー)
。
写真12:スケジュールボード
写真13:カレンダー
取り組み③ 支援の効果を見極めながらさらに調整
平成21年1月~
1) 動機づけの取り組みの調整
作業ノートを活用したトークンは、スタンプがいっぱいになるとコーラを飲みに園内のレストランに
出かける仕組みです。しかし、寮の他の利用者の状況によっては、レストランに出かけることができず、
すぐにコーラを飲みに行けない場合も少なくありませんでした。そこで、作業場にコーラを用意して置
き、10個スタンプがついたら、その場でコーラを手渡し、寮に帰り自室でゆっくり飲む仕組みにしま
した。
2) スケジュールの提示方法の調整
スケジュールカードは、その活動を開始する前に、ボードから取り外し、脇の箱に入れる方法を継続
していました。しかし、Dさんは、箱に入れるカードを順番通りに重ねて入れることに興味が移り、う
まく並べられないとイライラするようになりました。結果的に、次の活動にスムーズに移れず、興奮し
他傷行為につながる場合もありました。
そこで、カードを持って移動し、目的地にポケットを設置する「ポケットマッチング」方式に変更し
ました。例えば、散歩のカードをスケジュールボードから取ると、それを持って下駄箱に行き、下駄箱
の上のポケットに散歩のカード入れます(写真14:下駄箱のポケット)
。同様に、食堂の入り口にはお
茶、おやつ、ご飯カード入れ(写真15:食堂のポケット)
、作業場所には作業カード、浴室にはお風呂
カードを入れるポケットを作りました。
写真14:下駄箱のポケット
写真15:食堂のポケット
- 35 -
一方、支援員の「スケジュールを見て下さい」の言葉かけに対して反発し、興奮や他傷行為につなが
ることも、まだまだ多く見られました。そこで、話し言葉に過剰に依存しない方法として、
「スケジュー
ルを見る」というカードを手渡し、それを持って自分の部屋のスケジュールボードを確認するようにし
ました。
当初、すべてのスケジュールに時間を提示していました。支援員としては、目安程度に設定したので
すが、動き出しの悪いDさんにとって時間を守ることは難しく、支援員の時間を意識させる働きかけや
行動の促しに、行動を乱すことがありました。そこで、時間を提示するスケジュールを絞り込み、守っ
て欲しい午前・午後の作業場への出発時間と食事時間、就床時間のみを提示することにしました。
3) さらに動機づけについて考える
日中活動の出発の際、動き出せない状況から、出発時の報酬に適切なものを色々と調査しました。最
終的に、ジュースと柿の種を報酬に活用することにしました。また、作業の時間にスケジュールボード
から作業カード、お菓子カードを取ると同時に、作業ノートを持って作業場に移動し、作業場で報酬を
得られることで日中活動への移動がスムーズに行えるようになりました。
まとめ
Dさんの支援には、生活全般を見直し、調整することが欠かせませんでした。当初、てんかん発作の
回数も増え、副作用と思われるようなふらつきや膝折れ等も目立ち、体調面での安定を最優先する必要
がありました。てんかん薬と向精神薬の効果を見極めるため、精神科医との連携は不可欠でした。しか
し、行動障害の軽減には、服薬と障害特性に合わせた日頃の適切な支援の両方が必要でした。
私たちは、支援目標を達成するため、何度も支援会議を開催し、随時実施したアセスメント結果から
支援方針を決定し、実践し、検証・見直しを繰り返しました。チームとして問題点を共有し、統一した
支援を行う努力をしてきました。
現在、強度行動障害判定基準の得点は 7 点に下がりました。
ひどい自傷(0 点)
強い他傷(3 点)
激しい物壊し(0 点)
睡眠の大きな乱れ(0 点) 食事関係の強い障害(1 点)
排泄関係の強い障害(0 点)
激しいこだわり(3 点)
著しい多動(0 点)
著しい騒がしさ(0 点)
パニックがひどく指導困難(0 点) 粗暴で恐怖感を与え指導困難(0 点)
Dさんは、スケジュールやワークシステムを提示することにより日中活動が充実し、それにより生活
の見通しが持てるようになり、安定した生活が送れるようになったのだと考えられます。現在は、てん
かん発作は、平均 2 回以下の回数におさまっています。生活の中で、興奮する場面が全く無くなったわ
けではありませんが、大きなパニックは無くなり、以前のような他傷行為は明らかに減少しました。顔
の表情もすっきりと明るくなってきました。
「問題行動は、誤った支援と環境が作り出しているのだとい
うこと、服薬だけに頼っても解決はしない」ということをDさんとの関わりから思い知らされました。
- 36 -
実践のポイント5:職員のチームプレイとその背景
自分のヘッドギアを他の利用者に触られるのが嫌いなDさん。それが原因で人を突き飛ばしてしまい
ます。今日から、風呂の脱衣室に、下部に物入れがある椅子を使い、そこにヘッドギアをしまうことに
しました。
もし、この新しい椅子を使った対応が、次の日の担当職員に正確に伝わっていなかったらどうなるで
しょう。職員は何気なく、椅子の物入れにヘッドギアをしまったが、蓋をしませんでした。そして、次
に脱衣室に来た他の利用者が、そのヘッドギアをとってしまい、Dさんは大興奮です。その利用者は、
Dさんのヘッドギアの隠し場所をしっかりと覚えてしまいました。さらに次の日。今度は蓋を開けて、
Dさんのヘッドギアを触りました。たった一度の引き継ぎミスで、せっかく導入した椅子の意味が無く
なってしまいました。実際のDさんの事例ではこういう失敗は起きていません。
構造化の手法は、行動障害のある人にとって、安心した生活を保証する最良の方法だと思います。し
かし、この手法では、一人ひとり全く異なる支援方法を生み出し、支援者はそれぞれの支援方法をすべ
て覚えなくてはいけません。たった一人の職員が、この細かな支援方法を覚えることに消極的であった
だけでも、そのマイナス効果は甚大です。
知的障害者の支援に限らず、どんなサービスや職場でも、職員間のチームプレイは重要です。しかし、
行動障害や強い固執性のある人の支援には、かなり詳細な支援方法まで職員間でしっかりと共通化して
おく必要があります。頻繁な情報交換は欠かせません。また、それをまとめる責任者のリーダーシップ
も重要になります。この実践事例集では、その背景として「寮の役割が明確になった寮再編」
「外部から
の継続的なコンサルテーションと職員研修」があっことも見逃せません。
外部からの継続的なコンサルテーションの役割については、後述の「のぞみの園ではじまった実践事
例検討会の経過」を参照してください。
【コラム:寮と日中活動】
のぞみの園では、入所者の日中活動と居住の場は、別の場所で支援を行っています。寮とは、居住活動の場所
を指します。標準的な一日の日課は、起床から朝食までが寮、その後寮から日中活動の場へ徒歩で移動、昼食
は寮に戻って摂り、午後も日中活動の場所に移動、そして再度寮に戻り夕食・入浴・就寝となります。さらに、
日中活動と居住の場の職員は、原則として別の担当者になっています。しかし、今回の実践事例集をまとめた
寮については、職員間の密な連携と調整が必要であるとの判断から、特別に日中活動についても居住の場の(寮
担当)職員が交代で実施しています。
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水分補給に強いこだわりをもつ E さん
E さんの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
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日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:E さん(男性)
年齢:30歳代後半
知的障害の程度:重度 障害程度区分6
身体的特徴:中背 やせ気味
既往症:外反母趾 陰嚢の腫れ 急性膀胱炎 尿崩症 てんかん
服薬:向精神薬 4 種類、抗てんかん薬、塩化ナトリウム
当初の行動上の問題
Eさんの日中活動は園芸班で、支援員付き添いのもと、主にリアカーを使って草集めや草運びを行っ
ていました。落ち着いて作業ができる日もありましたが、落ち着きのない日は支援員の隙を見ていなく
なることも頻繁でした。時には、リアカーを引いたまま走り出したり、水やお茶やコーヒーを求めて勝
手に他寮に入ったりすることが度々ありました。水分摂取が「もっと飲みたい」という欲求を喚起し、
Eさんは次第に興奮していきます。それを止めようとした支援員や利用者とトラブルに発展することも
しばしばありました。発見された寮からの連絡を受け、迎えに行く頃には、すでにEさんの姿はなくな
った後で、また他から連絡が入るといった状態が続きました。
興奮状態の特徴は、目付きが変わりニヤニヤ笑う、
「おばあさん、ごめんなさい」等と突然大声で叫ぶ、
ジャンプ、土下座するといった行動が典型的です。興奮が激しくなると、女性支援員を叩くこともあり
ました。また、多量の水分摂取は興奮だけでなく、尿量の増加をもたらし、ナトリウム不足、尿崩症や
下痢・嘔吐といった健康上の問題につながっていました。医師からは水分摂取に十分気を使うように注
意されていましたが、Eさんの行動は素早く、施設内の生活で、簡単に制止することはできませんでし
た。
支援目標

日中活動を充実させる。

安定した社会生活がおくれるようにする。
取り組み① 安定した日中活動の確保
平成 20 年 5 月~平成 21 年 1 月
1) 安定した作業に向けて
園芸班の作業では、雨の日や暑い日には作業に参加できないため、寮の中でEさんが活動できる内容
を探すことにしました。これまで、外注のタオル畳みや配管支持金具の組み立てを行って来ましたが、
平成 20 年 5 月から提げ手作業を開始しました。
Eさんは、「さあ作業です」という言葉かけで、籠を持って作業場に移動していました。作業場では、
テーブルの横に山盛りの材料が用意してあり、ある一定量の作業を終えても、再び材料が足され山盛り
になっていました。
「さあ帰ります」という言葉かけが終了の手がかりですが、視覚的には、終わりはい
つも突然にやってきます。
作業ではジグを利用し、ひとりで作業ができるようになりました。
- 39 -
しかし、作業量にはムラがありました。当初は、これはEさんのやる気の問題だと考えていました。
しかし、
「今何をするのか?」
「いつ終わるのか?」
「終わったらどうするのか?」の理解が苦手な自閉症
の人の特性に立ち返り、新たな方法を検討することとしました。
2) ワークシステムと動機づけ
毎日同じ作業だったので、何をするのかは理解していたようです。そこで、いつ終わるのか見通しが
立つように、テーブルの上に空箱を 6 箱置いて、6 箱で終了ということが視覚的にわかるようにしました。
また、他の利用者を気にして集中力に欠けることがあったので、壁に向かってテーブルをセッティン
グし、左窓にはシールを貼り、右側には衝立を用意しました。トークンを使った動機づけの方法は、以
前から行っていました(作業終了時にシールを貼り、そのシールが 10 枚たまったら大好きなうどんと缶
コーヒー)(写真1:報酬)。作業の終了後、寮に帰る指示をより明確にするため、寮の写真の横にコー
ヒーカップが写ったカードを作成し、それを持ってEさ
んは帰寮することにしました。
当初は、他の利用者が帰る準備をしていると、仕事を
やめ玄関に来ることもありました。しかし、この新しい
ルールを支援員が共通に守ることで、
「6箱終了してから
帰る」ことをEさんは学んだようで、作業の取り掛かり
もスムーズに出来るようになりました。作業中は、支援
員の言葉かけもほとんど必要なく、作業の完了も次第に
写真1:報酬
早くなっていきました。
取り組み② 時間の管理を目指して
平成 20 年 11 月~平成 21 年 5 月
1) 時計を読む能力のアセスメント
今まで、Eさんのほとんどの活動は、支援員の言葉かけから始まっていました。そのため時計を見る
必要はありませんでした。ましてや、支援員は、Eさんが時計を読めると考えてもいませんでした。し
かし、文字のマッチング能力から、時計を読める可能性があるのではと、支援会議で意見交換されるよ
うになりました。
可能性を検証するために、まず、マッチング課題を作り、デジタル表示とアナログ表示の時刻のどち
らが理解しやすいのかを探りました(写真2:デジタル・写真3:アナログ)。
写真2:デジタル
写真3:アナログ
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朝食前にデジタル時計のマッチング課題、昼食前にアナログ時計のマッチング課題を行いました。デ
ジタル・アナログどちらの時刻表示も、差異が微細な図形に過ぎません。詳細に見比べてマッチングす
る必要があり、決して容易な課題ではありませんでした(Eさんは当初のマッチング課題中「できない」
「やって」とよく言っていた)
。マッチング課題の枚数を減らし、1 週間程度続けると、要領を覚えてき
たようです。学習のスピードからは、どちらかといえばデジタル表示の理解が容易であると、私たちは
判断しました。
このマッチング能力を生かし、視覚的に見通しを持って生活できるようにスケジュールの提示を検討
しました。スケジュールの提示(写真4~7:スケジュール)方法として、カードの配置方法を試行錯
誤しました。また、日課のカードをEさんが取った後、確認し、脇に設置された箱にしまうのか、活動
を行う場所に移動してそこに設置したポケットにカードを入れるかも検討しました。結果的に、縦に一
列配置のスケジュール提示、そして移動先にカードを入れるポケットを用意する方法を採用しました。
今までは、祝日や作業に行けない日も、
「作業いく」と何度も確認するように言っていましたが、この
スケジュール提示を行うことで「休み」という答えが帰ってくるようになりました。スケジュールボー
ドには、重要な情報が提示されていることをEさんは理解し始めたようです。
写真4:スケジュール
写真5:スケジュール
写真6:スケジュール
写真7:スケジュール
2) デジタル時計の活用に向けての取り組み
スケジュールボードには、より見通しが立つように、時刻カードも貼り付けました。すべての日課カ
ードに時刻を貼り付けたほうが見通しは立つはずですが、当面は大好きなお茶の時間だけでも、時計を
- 41 -
手がかり動けることを目的に、時刻カードを貼り付けました。また、スケジュールボードの横にデジタ
ル時計を設置し、支援員とともに時刻カードと時計のマッチングを試みました。しかし、これまで時計
を見る習慣が無かったEさんは、何度支援を繰り返しても理解できませんでした。
そこで、新たにデジタル時計の写真と時刻カードをマッチングさせる自立課題を作りました(写真 8・
マッチング)。この課題は、比較的簡単にこなしていました。次のステップとして、本物の時計と時刻カ
ードのマッチングする課題を導入しました。寮のお茶の時刻を本物のデジタル時計で提示し、時刻カー
ド5枚の中から適切なカードを選択する課題です(写真8~13:デジタル)。
写真8:デジタル
写真9:デジタル
写真10:デジタル
写真11:デジタル
写真12:デジタル
写真13:デジタル
この自立課題もEさんにとってそれほど難しいものではありません。しかし、実際に居室でデジタル
時計が所定の時間を刻んでも、スケジュールボードの時刻カードをとることはできませんでした。Eさ
んは、いつになったら大好きなコーヒーが飲めるのかわからない不安からか、居室から早く出たいと、
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支援員にしつこく要求してきました。一緒に時計を見るように促しても、時計ではなく支援員の顔ばか
り見ており、次第に興奮していく状態が見てとれました。これ以上この取り組みを継続すると、安定し
た生活どころか、支援員への過度の依存や不安を増長させてしまうと判断し、スケジュールにデジタル
時計を導入する取り組みを中止しました。
3) タイムタイマーの導入
新たな試みとして、タイムタイマーを導入してみ
ました(写真14:タイムタイマー)。これは、次の
日課を開始するまでの待ち時間を視覚的に表すこと
ができる機器です。タイムタイマー導入当初、Eさ
んはその意味がわからなかったようですが、何度か
繰り返すことにより、赤い部分が無くなったら食堂
に行ってお茶を飲むことを学習しました。現在では
「時計セットする」と、タイムタイマーの活用を要
写真14:タイムタイマー
求するようになり、自室で静かに待って、赤い部分
がなくなると食堂に移動し、お茶を飲んでいます。
取り組み③ 自発的活動に向けて
平成 21 年 6 月~平成 21 年 9 月
1) 施設内の食堂の利用
作業終了後にシールを貼り、10 枚たまったら支援員と一緒に施設内の食堂を利用していました。買い
物にはお金が必要だということは理解していても、お金の価値がわからないので、うどんと缶コーヒー
の購入にはその都度支援が必要でした。
しかし、支援員が個別に付き添える機会は限定されま
す。Eさんが、一人で購入が出来れば、レストランを利
用する機会が拡大します。そこで、支援を開始しました。
Eさんが購入する物は毎回決まっています(うどんと缶
コーヒー)
。購入する飲食物の写真とお金を貼った 2 枚
のカードを作り(写真15・16:レストランカード)、
財布の中に入れておきました。そして、券売機や自動販
売機で購入する際に、このカードを使って必要な金額を
写真15:レストランカード
財布から出し、購入するよう支援をしました。自動販売
機は、希望する缶コーヒーの実物の見本が提示されてい
るため金額が正しければ容易に購入できましたが、券売
機は文字情報だけで「うどんのボタン」を探す必要があ
りました。レストランでの現実場面の支援と自立課題で
券売機カードのマッチングを並行して行うことで、ボタ
ンの選択は可能になりました。
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写真16:レストランカード
ところが、問題は、お金を財布から出すことでした。コインには裏・表があり、適切な金額を選択す
るのが難しいようです。また、レストランに行くと急き立てられるような気持ちになり、カードに適切
なお金を並べて確認すること無しに、コインを投入口に入れてしまいます。残念ながら、支援なしでレ
ストランを利用することは現在でもできていません。
2) 一人で自立課題をこなせるように
これまで朝・昼・夕食前の自立課題は、支援員がスケジュールを確認するよう言葉かけをすることで
動き出していました。そして、スケジュールボードから課題カードを外し、支援員に手渡し課題の材料
と交換して、一人で実施していました。また、自立課題が終了した後には、適切に実施されたかどうか
支援員が確認していました。
毎日規則的に課題を実施しており、ほぼ正確に課題は完了していることから、支援員の声かけや関わ
りが最小限でも自立課題に取りかかれる仕組みを検討しました。まず、課題の材料を鍵付きの棚に移し、
鍵はEさんが自分で持ち歩くことにしました(他の利用者が材料を取り出すため鍵が必要)。当初は、同
じ時間に自立課題を開始する他の利用者の様子を見てから自立課題に取り組んでいましたが、次第に、
自発的にスケジュールボードがある所に行き、棚を開けて課題を取り出し、終了すると棚に片付け、鍵
をかけることができるようになりました。
3) 日中活動の作業種の変更と休憩時間の過ごし方
提げ手の箱詰め作業の受注量の減少に伴い、新たにDVDのディスクの紙出しとシール剥がしの作業
に取り組むようになりました。提げ手の作業では、作業量を視覚的に提示していましたが、DVD作業
は納期と支援員側の事前準備体制が整わず、その都度作業を提示し、どれくらいやればいいのかわかり
づらい環境に戻ってしまいました。さらに、作業時間も延長することになりました(午前 10 時から 11
時 20 分と午後 13 時 50 分から 15 時 20 分)。ますます作業の終了の見通しがEさんはもてず、落ち着き
がなくなり、支援員からの言葉かけも増えていきました。不安定な日中活動に何らかの対策が必要にな
ってきました。
今回は視覚的な作業量ではなく、すでに学習済みの
タイムタイマーを活用し、
作業時間をEさんに伝えるこ
とにしました。
作業終了時間はタイムタイマーで提示し、
支援員も終了時間がわかるようにその下にアラーム付
きのデジタル時計をセットしました(写真17:タイム
タイマーとデジタル時計)
。これは、Eさんにとって分
かりやすい仕組みになりました。
また、日中活動時間の延長対策として、間に休憩時
写真17:タイムタイマーとデジタル時計
間を初めて入れました。休憩時間を入れることで、1ク
ールの作業時間は短くなり、注意集中が続きやすくなると考えました。また、休憩時間は好きなコーヒ
ーゼリーを食べる時間としました。
日中活動の場で初めて設けた 10 分間の休憩時間は、Eさんにとって「難しい」時間でした。開始か
ら2ヶ月程すると、コーヒーゼリーを食べ終えてすぐに出歩くようになってしまいました。寮の中では、
- 44 -
タイムタイマーを使ってある程度待つことが出来るのに、日中活動の場では簡単には行きません。何を
して休憩時間を過ごすか、できれば自立課題とは異なる休憩時間にふさわしい活動で過ごして欲しいと
考えました。タイムタイマーを 10 分間に支援員がセットし、コーヒーゼリーを食べた後に、好きなCD
や本を見て過ごすように手順書を使い支援を試みました。支援員が、手順書を指差し促すと、CDを聴
く、本を見るといった活動を行いますが、支援員がいなくなるとすぐに出歩いてしまいます。また、タ
イムタイマーを自分で操作して時間を早めてしまう行動も見られるようになりました。Eさんにとって、
休憩時間がさらに苦痛の時間になっていきました。
最終的に、支援員の要望ではじめたCDや本を見て休憩時間を過ごす方法は中止し、タイムタイマー
は支援員以外が操作できないように鍵付きの容器に入れて管理し、休憩時間になるとEさんは別室にコ
ーヒーゼリー入りのバックとタイムタイマーを持って行き、10 分後に支援員のところに戻ってこられる
ようになりました。何をするわけでもなく、Eさんは自分なりの休憩時間の過ごし方を覚えたようです。
まとめ
当初、自閉症の障害特性を理解しようとせずに、問題行動である多量の水分摂取や突然大きな声を出
し、叩く行為を無くすにはどうしたら良いかということばかりを、私たちは考えていました。問題行動
の背景や原因を見ようともせず、行動そのものに目が向き、結果的に大きな声で注意することばかりが
増えていました。さらに、このような注意や言葉かけが、さらなる興奮を招いていたことにも気づけま
せんでした。問題行動はEさんのせいと決めつけていたような気がします。
自閉症の障害特性の学習会がスタートしてからも、充分なアセスメントができていなかったため、E
さんとうまくコミュニケーションできず、
「こうあって欲しい」という願いを一方的に押し付けることが
しばしばありました。支援員がEさんに歩み寄ることができなかったのです。その結果、不安やストレ
スにより問題行動をさらに増大させてしまった時期もありました。
しかし、障害特性のより深い理解と同時に、環境調整を行い、今、何をすべきかを丁寧に伝える方法
を学ぶことで、Eさんがそれに答えてくれることを実践の中で実感しました。現在でも、わかりやすく
伝える方法の探索には、四苦八苦しています。日課の中で、Eさんが無為に過ごしている時間も少なく
ありません。見通しを持って、より充実した活動ができるように、私たちは今後も支援を続けていきた
いと考えています。
【コラム:タイムタイマー】
タイムタイマーとは、自閉症をはじめとした発達障害のある子どもたちに時間の概念を教えるための補助教材
として開発されたものです。特に、時計を読むことが難しい、あるいは時計は読めても注意の問題から自分の
行動と結びつけることが難しい子どもにとって、非常に効果があります。ある活動の終了や次の活動がいつか
ら始まるかを、視覚的に分かりやすく伝えてくれます。知的な障害のある成人にもタイムタイマーを活用した
事例が増えてきています。
- 45 -
扉を強く蹴って職員に意思表示しようとする F さん
F さんの支援の概要(タイムテーブル)
上記の色分けは4つの基本戦略に対応
居住環境の構造化
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日中活動
自立課題
スケジュール
プロフィール
利用者:F さん(男性)
年齢:30歳代前半
歳代前半
知的障害の程度他:最重度
程度障害程度区分5
身体的特徴:中肉中背、四肢に麻痺はなし
既往症:イレウス、虫垂炎・腹膜炎、不眠症 てんかん
服薬:向精神薬・抗てんかん薬・眠剤・緩下剤
当初の行動上の問題
F さんは、不快な時や自発的に何かを要求するときに「アー」
「ウー」といった音声で人とコミュ
ニケーションをとろうとします。
日常生活の各場面で問題となっていた行動として、異食行為・他者の食事をとって飲食してしまう・
他傷行為・自傷行為・物の位置へのこだわり等が挙げられます。異食行為に関してその対象物は様々で、
煙草の吸殻・お茶の葉・コーヒーの粉、それらを求めて園内を徘徊しようとするほどです。木の実や葉
っぱ・洗濯洗剤・シャンプーやボディーソープの泡・排泄物等も口にしてしまいます。飲食物への関心
も高く、食事場面やお茶の時間等他利用者の物であっても、支援員の見守りがなければ横取りして食べ
てしまいます。また、過度に他利用者に干渉されたり、何らかの理由でストレスを感じたりした時には、
他者への頭突き行為、自分の手の甲を噛む・太ももを叩く行為が見られます。本人のルールで、自他の
物品に関係なく物の位置を移動してしまうことにより、まわりの利用者とトラブルになってしまうこと
が度々見られました。
支援の目標

作業や課題活動を通して、自分で取り組めることの拡充を図る。

本人に分かりやすい生活空間となるように環境を工夫する。

地域生活移行を視野に入れ、場面に応じた適切な行動と精神科的な安定が図れる支援体制を探る。
取り組み① 生活環境の調整:こだわりへの対応
平成 17 年 9 月~平成 18 年 8 月
1) 物を置く位置を伝える
F さんが下駄箱に靴をしまう方法は、他の利用者と
のトラブルの引き金になっていました。F さん独自の
靴の位置へのこだわりは、施設の下駄箱の使い方ルー
ルと大きく異なっていたのです。そこで、靴の置き方
を、視覚的に分かりやすく伝える方法に取り組みまし
た(写真1:下駄箱の使い方)。各利用者の色を決め、
同時に靴の写真を貼りました。また、使用しない下駄
箱には蓋をしました。
- 47 -
写真1:下駄箱の使い方
この色分けと写真の指示だけで、F さんの靴の置き方
へのこだわりがすぐに変わった訳ではありません。靴を
下駄箱にしまう機会毎に、支援員と共に正しい場所に入
れることを繰り返し練習することで、次第にこだわりが
目立たなくなりました。
この支援経過から、F さんには「色」を手がかりとし
た視覚的な指示が十分伝わることがわかりました。そこ
写真2:歯磨きとコップの色分け
で、各利用者の色を決めるルールを、他の生活場面にも
広めました(写真2:歯磨きとコップの色分け)。
2) 必要な環境の制限
食事場面では、他の人の飲食物を取って食べてしまうことがあるため、自分の食事に集中できるよう
に、パーテーションで空間を仕切るようにしました(写真3:食事場面のパーテーション)。また、昼夜
を問わず、食堂入り口や玄関、トイレ等の共有エリアの電気を繰り返し点けたり消したりする行為が見
られました。このこだわり行動を制限する目的として、電気のスイッチにカバーを取り付けました(写
真4:電気スイッチのカバー)
。
写真3:食事場面のパーテーション
写真4:電気のスイッチのカバー
3) こだわりの受容
男女共同の生活空間において、暑さが苦手だか
らといって下着姿で過ごすことは全て認めるわけ
にはいきません。しかし、暑さに敏感だということ
を本人の特性と考えると、それを制限されることは
相当なストレスだという視点に立ち、下着姿で過ご
していても見た目が下着と感じづらい物に変え、社
会的に受け入れられるように配慮しました(写真
写真5:スポーツ用の下着
5:スポーツ用の下着)
。
取り組み② 日中活動の構築
- 48 -
平成 18 年 1 月~20 年 10 月
1) 新しい日中活動
これまで F さんに設定されていた日中活動は、園内の散歩やゴミ捨てで焼却炉まで行く等の、集団で
の軽い運動を中心とした活動でした。ところが、転寮後の新しい生活状況を観察していると、様々なこ
だわり行動の中には、十分作業活動に結び付くと思われる行動が見られました(写真6:靴並べ、写真
7:ジャンパー並べ)。そこで、このような行動特徴を生かした、日中活動を模索しました。
写真6:靴並べ
写真7:ジャンパー並べ
当時、他の日中活動グループでは提げ手を束ねて梱包する作業種があり、10 個の提げ手を1束に積み、
それを20束箱詰めしていくというものです。F さんにとって、向いている日中活動だと判断し、取り
組み始めました。
F さんは物を数えることは困難であったため、ジグを作成し、10 個を教えることとしました。最初は、
ジグを使って 10 個の提げ手を並べ、並べた提げ手を積んでいく作業です。しかし、10 個並べる途中で
提げ手を積み始めたため、10 個単位の束を作ることはできませんでした。そこで、工程を「並べる」と
「積む」の 2 つに分けて、再挑戦しました。まず、ジグを 10 セット用意し、すべてのジグに提げ手を並
べ、そして休憩を挟んで、10 セットのジグを 1 セットずつ取り出し、提げ手を積み上げていきます(写
真8:提げ手積む)
。この2つの工程を別々に、確実に行えるようになった後に、再度「並べる」と「積
む」を連続した工程になるように変更しました。さらに、作業の終了を明確に伝えるため、積み上げた
提げ手をしまう、終了箱を設置しました。(写真9:終了箱を取り付けた作業台)
。
写真8:提げ手を積む
写真9:終了箱のある作業台
2) 作業の場所の構造化
また、上記の提げ手積みの作業の流れを学習している間に、作業場の変更・修正を同時に行いました。
この作業を自立的に取り組めるようになるまで、作業を行う場所は 3 回変わりました。
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当初の作業の場所は(H18 年 1 月~3 月)、隣の部
屋に F さんの興味をひく物があり(例:お茶やコー
ヒーの粉)
、それを求めに席を離れることがしばしば
見られました。集中できず、落ち着いて作業に取り組
める環境ではありませんでした。また、周囲に置かれ
た様々な物の位置を気にすることも頻繁に見られま
した(写真 10:作業環境①)
。そこで、パーテーショ
ンを活用し、周囲の余分な物が見えない環境作りを試
写真 10:気が散りやすい作業場所
みました(H18 年 3 月~H19 年 3 月)。この環境は、比較的落ち着いて F さんが作業に取り組むことが
できましたが、毎回、作業開始前に大がかりな準備が必要であり、安定した活動機会を提供することが
できませんでした。
その後 2 回の作業場所の変更は、
『安定した日中活動の機会』と『より個別化された作業環境』を同時
に提供することを目指しました(写真 11・12:作業環境②③)。このような作業環境があれば、物の位
置を気にして作業に集中できないといったこと等も予防できました。
写真 11:最初の作業場所の変更
写真 12:2度目の作業場所変更
取り組み③ 独りでの移動を目指して
平成 21 年 10 月~11 月
1) 独りで寮に帰る
日中活動の作業は自立的に取り組めるようになりましたが、作業の場所までの往復は、支援員の付き
添いが必要でした。付き添いがなければ、興味関心のある物を求めて園内を徘徊することは必至でした。
支援員が付き添うには、
「他の利用者の作業終了を待つ」
「集団でそろって移動する」という、F さんに
とって苦手な行動が伴います。特に、他の利用者を待つ時間は、周囲の物の位置が気になり、こだわり
行動が止まらなくなってしまいます。
そこで、園内を徘徊することなく「寮まで独りで帰る」ことを目標に支援を開始しました。この目標
を達成するための動機づけとして、F さんの大好きな缶コーヒーを選びました。F さんは、次の流れに沿
って行動することが求められました。
① 作業終了後、手提げバックに、報酬としての缶コーヒーを入れてもらう
② 手提げバックを持って、作業場を出て、独りで寮へ向かう
③ 寄り道することなく寮まで戻り、食堂の椅子に着席し、缶コーヒーを飲む
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手提げバックには鍵がかかるようになっています(写
真 13:缶コーヒーバッグ)。開始してから 1 週間は、一
連の流れを理解してもらうために、職員が個別に付き添
い寮までの移動を支援しました。次の週、独りで送り出
すことにしましたが、作業場の玄関で職員が出て来るま
で待っていました。寮に向かって独りで歩き出した時も、
何度も作業場の方を振り返りながら、「ひとりで帰って
いいのかなぁ」という状態でした。次第に、振り返るこ
とも、園内を徘徊することもなく、当たり前のように寮
写真 13:缶コーヒーを入れるバック
まで移動ができるようになりました。
2) 独りの移動は見通しがもてる生活に
期待するもの(缶コーヒー)を自分で持ち、支援員が
いつでも同じ場所(寮の食堂)で待っていてくれ、手提
げバックを開けて缶コーヒーを出してくれるといった、
統一された対応が、F さんの寮への帰寮時の見通しをも
たせ、それが安心感につながり、徘徊が無くなったと解
釈できます(写真 14:コーヒーを飲む食堂)。さらに、
寮に帰った後で飲む缶コーヒーは、本人の作業意欲の向
上にもつながったようです。作業の途中で席を離れたり、
物の位置を直したりすることが少なくなりました。
『作
写真 14:コーヒーを飲む食堂
業が終わったら缶コーヒーを飲む』という先の見通しが高まり、作業に集中して取り組めるようになっ
てきました。
取り組み④ 時間の使い方:自立課題への取り組み
平成 19 年 4 月~平成 21 年 8 月
1) 日中活動としての作業とは別に
取り組み②で紹介した日中活動とは別に、平成 18 年度より、F さんが自分の力で完成できる自立課題
を増やしてきました。当初は、寮の中で「F さんは何ができるのだろう?」という素朴な疑問から、さ
らに「作業活動に出られない日の代替え活動」として行われていました。時間の経過とともに、本人の
適性にマッチした自立課題の内容は広がってきました(写真:18 ~20 自立課題の内容)
。
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写真 15:
(自立課題)ストロー色分け
写真 16:
(自立課題)プラスティック通し
写真 17:
(自立課題)色分けの通し
写真 18:
(自立課題)形の弁別
写真 19:
(自立課題)木ネジ締め
写真 20:
(自立課題)木片弁別
2) 行動上の問題を予防する自立課題
平成 19 年に入り、イレウスが原因で F さんは入院しました。さらに、退院後、園内でインフルエンザ
が発生し、日中活動に参加できない時間が増えました。そのような背景の中、生活リズムが崩れ、寮内
で便を口にする等の異食行為が見られるようになりました。そこで異食行動を行った時間を記録し、比
較的多くなる時間帯を把握し、その前後の時間に自立課題を行うことにしました。異食は、朝食前、朝
食後、昼食後に比較的多く見られました。もともと、F さんは、朝食後に食堂の椅子降ろし、昼食後に
洗濯物の裏返しという役割がありました。しかし、椅子降ろしは他の利用者に行われてしまう、洗濯物
は量が日によって異なるという問題があり、活動の機会が安定していませんでした。そこで、周囲の状
況に左右されない活動として、自立課題を行う時間としました。
また、平成 20 年 8 月には起床時間が早く、起きるとすぐに支援員室の扉を蹴る(朝のお茶を飲みたい
という要望だと解釈されていた)という行為が頻繁に見られました。早い起床には、夕食後すぐに寝て
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しまうことと関係しているとも考えられたため、新たに、夕食後と起床後に自立課題を行うことにしま
した。しかし、この取り組みを行っていた同時期に居室にエアコンが入り、極端に早い起床が無くなり
ました。実は、夏の暑さで寝苦しく目覚めが早かったのが本来の原因だったと思われます。
3) 自立課題の再構築
この頃までの自立課題への取り組みは、生活の中で問題が生じやすい時間帯に、その行動を予防する
意図で実施していました。しかし、F さんの自立課題への取り組みは、非常に中途半端な物になってい
ました。例えば、指定された自立課題を「やったりやらなかったり」また「途中で止めてしまったり」
といった行動が頻繁に見られるようになってきたのです。自立課題が、いつの間にか「自立的に行動」
ではなくなっていました。
振り返ってみると、問題の発生の予防を目的としていたため、支援員から提示される課題やその数は、
場当たり的に変わっていました。また、自立課題を促す支援員の対応も統一されていませんでした。
そこで平成 21 年 8 月には、自立課題を立て直すために、以下の3つのルールを寮全体で再確認しました。
① 課題の数を毎回 2 種類
② 自立課題は、起床後、および毎食前・後に必ず行う
③ 決められた場所から課題を持って行く ⇒ 終了したら元の場所に戻す
そして、自立課題の材料をのせた棚を食堂近くに設
置し、次の活動へ移行する動線がスムーズになるよう
に配慮しました(写真 21:課題棚・動線の整理)
。例
えば、食前の自立課題が終了したら食堂へ行く、さら
に食後自立課題の材料を持って居室へ行くことがで
きるようになりました。この取り組みで、起床後、食
事前・後の日課がルーチン化され、
「自分で始めて自
分で終わる」ことが可能になってきました。つまり、
支援員からの指示がなくても、自主的に次の日課に移
写真 21:課題棚・動線の整理
れるようになったのです。
また、この3つのルールと食堂近くの棚の設置により、F さんは自立課題を「やったりやらなかった
り」
「途中でやめてしまったり」ということがほとんど無くなりました。さらに、問題行動として捉えら
れていた便の異食行為等の問題行動も減少しています。
まとめ
これまでの取り組みで分かったこと、それは、F さんは「問題行動ばかりする人」ではなくて、「働き
者」であるということです。日中活動や寮の中での自立課題をきっかけに、F さんの「働き者」の特性
を私たちは知ることができました。
利用者の生活を考える時、私たちは、どちらかというとマイナスの要素ばかりに視点を当て、問題と
なる行為をどうにかしようと考えてしまいがちでした。しかし、構造化やそれに伴う支援システムを学
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び、新しい生活の仕組みを考えていく中で、
「本人のできること」
「本人に伝わりやすいように」といっ
た視点が重要であると、実践を通して実感することができました。
現在、大好きな缶コーヒーが入っている手提げバッグには、鍵はかかっていません。作業を終え、寮
に帰れば、バックから缶コーヒーを出して飲めることを十分理解しているからです。F さんにとって、
見通しが持てる安定した生活を構築していく大切さに、私たちは改めて気づかされました。
F さんが「何ができて何ができないのか?」
「何が得意で何が不得意なのか?」、支援員ができる限り具
体的に理解することで、本人の生活の質に広がりを持たせることができるのではないかと考えます。
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補足:提げ手作業とは
○「提げ手」ってなあに?
・家電量販店等で、よく使われています。
・大きな箱や、重たい荷物を運ぶ際に使われます。
・右下の写真のように使います。
・複数の袋を一度に持つ際にも使われます。
○「提げ手」作業ってどんなことをするの?
・ばらばらの「提げ手」を、10 個ずつに束ねる作業です。
・具体的な作業手順は、人によって少しずつ異なります。
・作業手順の一例をご紹介します(数に対する理解が困難な方の場合)。
(1) ①ばらばらの「提げ手」
(写真左)、②「提げ手」を 10 個ための補助具(写真中央)、③束ねた「提
げ手」を入れる箱(写真右)を用意します。
これらを用いて、物理的構造化を行います。
(2)①から「提げ手」を取り、②の補助具に入れていきます。
10 という数を理解することが難しくても、画面中央の補助具を使用することで 10 個にすることがで
きます。
(3)②の枠にいれた提げ手を重ね、③の箱に入れていきます。
1
2
3
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のぞみの園ではじまった実践事例検討会の経過
1.実践事例検討会開催に至るまで~寮開設から 2 年余り…藤村出氏着任~
平成 17 年 10 月、国立重度知的障害者総合施設のぞみの園は、利用者の自立や自己実現にむけた支援
を提供するために、また、地域移行の推進や効率的な運営を行うことを目的に、寮の再編成を行いまし
た。第一次寮再編成では、22 か寮のうち 7 か寮を閉鎖し、新たに 5 か寮を開設しました。そのひとつが
「あじさい寮」です。
「あじさい寮」は、行動障害を呈し自閉症と診断された人や、強い固執性を有する
人の支援を専門的に行う寮として開設され、当初は、12 人の男女が生活していました。さらに、平成 21
年 12 月、男性寮として新たに「かわせみ寮」を開設しました。そして、これまでの「あじさい寮」を女
性寮としました。
「あじさい寮」を開設してから2年半が経過した平成 20 年 4 月、自閉症支援施設 NPO 法人 SUN 理
事長・藤村出氏を、のぞみの園の参事として招聘しました。藤村参事が来るまでの約 2 年余りは、試行
錯誤を繰り返すものの自閉症の理解や十分な支援を提供することができませんでした。
「一人ひとりに適
した日中活動は?」、「課題作業はいつどのような内容で提供する?」、「スケジュールの提示方法は?」、
「行動障害の原因の理解やその対応は?」等、困惑する日々でした。藤村参事が着任してから初めて、
自閉症や行動障害に対する理解や支援を体系的に学び支援が始まったとも言えます。
まずは、藤村参事を講師とする「連続 自閉症基礎講座 2008」を計 10 回開催しました。テーマは、
「自
閉症の理解と支援」、「自閉症の特性」、「診断とアセスメント」、「構造化」、「自立してできる活動」、「コ
ミュニケーション」、
「問題行動の捉え方」、等です。翌年には「自閉症支援者育成プロジェクト」を立ち
上げ、定期的に指導・助言を得る機会を設定しました。また、
「あじさい寮」においては、あじさい寮の
支援員が個々に課題を提示し、翌月にその課題の議論ないし分析を行うといった実践事例検討会を繰り
返し行いました。そしてその際に、藤村参事に助言してもらうことで、支援スキルの向上を図っていき
ました。
2.あじさい寮で実践事例検討会を開始 ~自閉症って何だ?~
①自閉症はどんな障害か。
②担当の利用者のお名前、その利用者の苦手なこと、困っていることは何か?
③「構造化」とは何か?
を知っている範囲で書いてください。
これがあじさい寮での最初の課題でした。自閉症支援を体系的に学ぶ、あるいは考えるための第一歩
でした。
その後は、各支援員から「職員の仕事は何か」、「すべきことは何か」、「ニードは何か」、「誰のための
仕事か」、さらに「個々の利用者にとって生活をしていて、何がイヤなことだろうか?」等とさまざまな
検討課題が提供されました。
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3.実践事例検討会で検討したこと ~5つの問題意識と5つの提案~
問題意識①「行動障害への対応について」
自閉症と重度知的障害者は、その特性に違いはあるものの、どちらもコミュニケーションに大きな問
題を抱えています。自閉症の診断がなされていないケースもあるが、自閉症の特性を併せ持っているこ
とが多いようです。
提案①
この場合、自閉症の問題と同様に考えることで問題解決の糸口が得られます。
問題意識②「行動障害のとらえ方-障害の理解と個別化-」
自閉症の人の行動障害は、自閉症の行動特性をきちんと理解できないために引き起こされ、悪化して
しまいます。また、障害に起因する、苦手な部分、できない部分、不快に感じる部分を支援者側が配慮
しないことで、より悪化させている場合もあります。
提案②
重要なのは、
「障害を理解し、得意なことやできることを活かして生活を組み立て直すこと」、
「一人ひ
とりの障害特性を理解し、本人にとって何が必要な支援で、何がストレスになっているのかを把握する
こと」、「チーム全体が共通の認識に立って計画的に対応すること」です。これらのことができないと、
行動障害は減少しないのです。
問題意識③「普通の暮らしをめざす-施設生活から地域生活を目標に-」
本人の暮らしを考えた時、現在の施設での暮らしには限界があり、むしろいびつな生活を助長してし
まうことが考えられます。
地域生活を目標とするにあたっては、利用者は自閉症という障害をもちながら、社会の中で生活して
います。従って地域生活全体をカバーするような包括的で一貫性のあるアプローチが必要です。そのた
めには、家族の協力や施設と地域との連携は不可欠です。
提案③
具体的に何をすることがノーマライゼーションの理念に近づくことなのか、目標志向的に解決を模索
することが必要です。
問題意識④「地域生活を支える施設―資源の開拓と活用、合理的な方法-」
施設は、利用者にとってみれば、地域生活の資源の一部であるという問題意識をまず持ちました。ま
た、施設の中での孤立した暮らしや施設への過適応の要求は、行動障害を助長するだけであると考えま
す。
提案④
利用者の施設の暮らしをノーマルにしていくこと、生活そのものをノーマルにしていくこと、特に一
人ひとりの地域生活を支えるサービスシステムを、施設が核になって組み立てることの可能性を考えて
みることが大切です。
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問題意識⑤「施設居住者の生活についての考え方」
「リラックスした生活」
、
「年齢相応の暮らし」、
「暴力や抑制を受けない暮らし」
、
「規則正しい生活」、
「職住分離」、「個人の尊重」の6点について問題意識を持ちました。
提案⑤
上記の6点を実現するためには、以下のことを考え、配慮することが大切です。
リラックスした生活
安定して生活できる居住空間とは。
年齢相応の暮らし
大人の暮らし、普通の暮らし、指導や訓練から生活の支援へ
暴力や制御を受けない暮らし
力や強圧を使わない支援へ。
衣食足って礼節を知ることができるようにするためには。
規則正しい生活
日課の提示や予告、毎日のルーティンの維持
職住分離
活動と場所の分離
安定した居住空間と適度な緊張感のある職業空間
個人の尊重
個に合わせた活動の提供と個別化されたプログラム
個別のスケジュール、小さな集団での生活、安心して暮らせる環境
5つの提案は、支援員が日頃から考え、配慮し、支援するべきことがらです。実践事例検討会は、こ
れら5つの提案事項をベースに、細部にわたっての行動の分析や、問いを含んだ形で進められ、藤村参
事からは利用者支援の方向性やヒント、示唆を得ながら、障害者支援のありようを論理的に整理してい
きました。
4.開設から5年余り。現在のあじさい寮・かわせみ寮での実践
TEACCH では、自閉症の症状が多種・多様であることに合わせ、家族や地域等個々の生活の状況によ
ってもアプローチが違うことを踏まえ、プログラムの個別化を前提に援助を進めていきます。その主軸
は、自閉症の障害の得手・不得手をうまく活用して生活を組み立てる「構造化」です。「構造化」とは、
「決まった形(構造)にあてはめるやり方」というような誤解もあるが、正しくは、
「一人ひとりの障害
を補うことや苦手さに配慮すること」を「生活の場面に応じて行うこと」とされています。このように、
利用者支援は、あくまで実証的であること、そのための基本的情報はフォーマルなアセスメントと、特
にインフォーマルなアセスメントが重要だと言われています。
現在、あじさい寮・かわせみ寮では、日常的なアセスメント(継続的なアセスメント)を積極的に行
い、具体的事実を記録し情報を集めています。そして集約された情報をもとに、仮設を立て、検証を繰
り返しながら支援にあたっています。藤村参事は、スーパービジョンは一度も行わなかったと言います
が、結果的にはあじさい寮・かわせみ寮職員にとっては、エビデンスに基づいた支援の方法を学ぶこと
ができました。
また、藤村参事からは、施設は利用者にとって地域生活資源の一部で、そのため、一人ひとりの地域
生活を支えるサービスシステムを、施設が核になって組み立てることが可能だとの考えを聞きました。
ノースカロライナ大学のゲーリー・メジボフ教授も同様な発言をしています。グループホームでの生活
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に失敗した自閉症利用者を施設で受け入れ、生活の見直し、組み立て等支援を行い再び元のグループホ
ームでの生活を可能にしたというものでした。
現在、あじさい寮・かわせみ寮を、短期入所や日中一時支援、あるいはミドルステイで利用している
人は、いずれも家庭での生活や通所施設での活動が著しく困難となった人です。また、有期限(最大 3
年)での利用者を平成 22 年 3 月より、あじさい寮で受け入れています。
自閉症や重度の知的障害者の人にとって、今日は「自由に過ごしてください」、明日は「のんびりと、
ごろごろして過ごしてください」明後日も「好きなことをしていてください」等々の支援は、実は行動
障害を生む温床ともなります。タンスを壊して釘を集める人、夜半起きだし数時間トイレの水流しをす
る人、他の人の物を収集する人、衣服を破く人・・・。
いずれも好きなことはともかく、やることがないがための行為ともいえます。
下記に紹介しているのは、藤村参事の講座の資料です。
「問題行動を解決するプロセス=行動マネジメント(行動を整える)」
1.生じたその問題の背景にある障害は何か?を具体的に書き出す。
2.その人が持っている自閉症の特性について書き出す。
3.何が原因でその問題が起こるか書き出す。
4.問題となる行動が生じたきっかけは何であるか?を書き出す。
5.問題が起こる環境を整えるために、どんな工夫をするか?を書き出す。
6.本来その場ですべき行動、期待されている行動を具体的に伝える方法を計画する。
7.うまく理解できるように伝えるために、視覚的な手がかりで有効なものが何であるかを見つける。
8.生活全般を、問題となる行動を起こさなくてもいいような生活の仕方、活動、日課、見通し、
情報伝達、コミュニケーション、環境の整理などを計画する。
あじさい寮・かわせみ寮では、これらのプロセスを大切に、今日も実践しています。
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【コラム:のぞみの園の開設から現在まで】
独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園の前身は、昭和 46 年 4 月の旧心身障害者福祉協会法
に基づく心身障害者福祉協会が運営する国立コロニーのぞみの園です。独立自活の困難な心身障害者が必要な
保護及び指導の下における社会生活を営むことができる総合的な福祉施設として設立されました。その後、特
殊法人等改革の一環として、閣議決定された特殊法人等整理合理化計画において、特殊法人心身障害者福祉協
会は独立行政法人となり、個別法として独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園法が制定さまし
た。
平成 15 年 10 月に重度の知的障害者に対する自立のための先導的かつ総合的な支援の提供、知的障害者の
支援に関する調査及び研究を行うことにより、知的障害者の福祉の向上を図ることを目的として、独立行政法
人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園が発足したのです。そして、基本理念として、重度の知的障害者に
対して地域社会で生活できるような支援を行うことが掲げられました。同時に、利用者の高齢化、重度化に対
応して生活の質の向上を図ることや、自閉症や行動障害を呈する利用者の特性に即した専門的な支援を行う必
要性から、平成 16 年 9 月に寮再編検討委員会が設置され、議論が重ねられました。
その結果、平成 17 年 4 月に支援目的別に寮を 5 つのグループに分けた、第一次寮再編が行われました。5
つのグループとは、次の通りです。
①
自活支援グループ:地域での自立生活へ向けた様々な支援を提供する
②
高齢者グループ:加齢に伴う機能低下や高齢者特有の疾患を有してはいるが、特別な医療等を必要として
いない利用者を対象とする
③
特別支援グループ:自閉症の症状が重いか、強い行動障害があるために、精神科医及び臨床心理士等の指
示を仰ぎ、専門性を駆使したチームアプローチによる支援を必要とする利用者を対象とする
④
医療的配慮グループ:加齢化、重度化に伴って心身機能の低下が著しいため、日常生活において医療的ケ
アを含む特別な支援を必要とする利用者を対象とする
⑤
自立支援グループ:日常生活におけるスキル獲得への支援及び自活体験グループへの移動や地域での生活
を見据えた支援を展開する
この実践事例集は、第一次寮再編により役割が明確化された「特別支援グループ」の実践をまとめたもので
す。
その後、地域移行による退所者の増加(平成 23 年 3 月 1 日時点で 105 人)、利用者の高齢化に伴う医療的
配慮を必要とする人の増加(平成 23 年 3 月 1 日時点で入所施設利用者 348 人、平均年齢 59 歳)等から、第
二次(平成 19 年 9 月)、第三次寮再編(平成 21 年 12 月)が行われています。
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