腰部の傷害に対するリコンディショニング

トレーナー&ドクターが解説する
連 載 25
アスリートのための
コンディショニング
日本陸上競技連盟 医事委員会トレーナー部 村田亜由美(リニアート)
腰部の傷害に対するリコンディショニング
と思います。
はじめに
腰痛が起きたら……
先月号では,腰部の傷害について理解で
きたと思います。そこで説明されていたと
おり,陸上競技において腰痛は発生頻度の
高い傷害で,さらにその腰痛の多くが診断
不明というのが現状です。これは腰部の傷
害は,さまざまな原因が複雑に絡み合い,
それを特定することがとても難しいという
こと,また痛みも多種多様であることを表
しています。そのため,日頃から予防に努
め,まずは痛みを出さないことが重要にな
ります。
今回は,腰部の傷害の予防と,一般的な
リコンディショニングについて紹介したい
①安静
腰痛が起きたら,最初に,安静を保つこ
とが大切です。腰に負担のかからない姿勢
(写真1,2:安静体位)を取り,痛みが
強い場合は,バンテージや幅の広い包帯,
もしくはコルセット・サポーターなどで固
定を行うと痛みを軽減できます。
②アイシング 急性的に起きた痛みに関しては,アイシ
ングを行います。ただし,腰のアイシング
は長時間やってしまうと逆効果になること
もありますので,基本的には急性で患部に
■写真1 安静体位①
■写真2 安静体位②
■写真3 FFD測定
■写真5 腹筋①
(腕を伸ばし,膝を曲げ,反動をつけずに行う)
■写真4 後屈(通常の後屈に比べて,右は股関節が伸びていない)
熱感を持っている場合や,冷やしていて痛
みが出てこない場合にのみアイシングを行
います。
③医療機関の受診 先月号にも説明されていたような,椎間
板ヘルニアや分離症などの有無をチェック
するため,医療機関を受診するようにしま
しょう。
セルフチェック
先に述べたように,腰痛にはさまざまな
原因がありますが,疲労性の腰痛に関して
は,疲労をためないようにすることで予防
することも可能です。緊張が見られる筋や
関節に疲労がたまっていると思われるので,
自分で自分の身体を日常的にチェックし,そ
のような部分をよくほぐすようにしましょ
う。また,腰痛になった後も,回復具合を見
るのに有効ですので,いくつか簡単にできる
チェック方法を紹介します。
【Ⅰ】前屈 まず(写真3)のように前屈を
行った際,手と床の距離(FFD)を測りま
しょう。距離が離れていれば,どこかの筋
に緊張が起こっていることが考えられま
す。たとえば,距離がいつもより離れてい
て,腰に痛みを感じたり,お尻やハムスト
リングスに緊張を感じたりするときは,そ
こに緊張があることが考えられます。この
ようなときは,臀部やハムストリングスの
ストレッチングで,緊張度のチェックを同
時に行うと良いでしょう。また,いつも通
りの距離でも,腰部につっぱり感を感じる
場合は,直接背筋群に緊張があることが考
えられます。
【Ⅱ】後屈 次に,後ろに身体を反った
際,どれぐらい反れるかをチェックしま
しょう。身体全体が後ろに反れずに股関節
が伸びていないとき(写真4)は,股関節
屈曲筋群(腸腰筋・大腿四頭筋)に緊張が
あることが考えられます。また,左右どち
らかに偏って身体を反らせてしまうときに
は,反りが強い方の背筋・腹筋群の緊張が
あるなどが考えられます。
【側屈】 手を体側につけます。その後,
左右の足に沿わせながら側屈を行います。
鏡の前で行い,左右同じ角度で曲がるかど
うかをチェックします。角度が浅い場合
は,伸びている方の筋に緊張があることが
■写真6,7 腹筋②(段階を進めるときは腕を前にクロスする,もしくは頭の後ろに手を組んで行う。基本の腹筋
同様,反動をつけずに行う)
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考えられます。
【回旋】 身体の前で腕をクロスして,身
体を左右に回旋させます。左右どちらかに
回旋が行いにくい感じがあれば,回旋して
いる方とは逆の筋に緊張があることが考え
られます。
筋力強化と疲労回復
腰痛を引き起こす原因としては椎間板ヘ
ルニアなどの腰部の傷害以外に,体幹(腹
筋・背筋)の筋力不足,筋の柔軟性の低
下,日常・練習時の姿勢などがあります。
体幹部分の筋力を強化することは,腰部の
リコンディショニングにはとても有効です。
①体幹部分のトレーニング
体幹部分は上半身と下半身を結びつけ,
力を伝達する重要な部分です。陸上競技の
走・投・跳,どの動きでも大変重要な役割
を占めており,体幹を固定し,脊柱のカー
ブを正しく保つ状態でそれらの動作を行う
ことにより,腰部に対する衝撃を減らすこ
とができます。
■写真8 腹圧を高める
(背中に手を置き,腹筋・背筋両方で背中が反らないよう
に自分の手を床に押し付ける)
腹部が突き出ないように背部はまっすぐ
【初期】 まずは基本的な腹筋を写真5の
ように行います。ここで気をつけるのは反
動をつけてはいけないということと,膝を
曲げて行うことです。これによって,腰部
への負担がかからないようにして,逆に痛
めないようにしながら進めていきます。
【中期】 次に,写真6,7のようにして
段階を進めます。また,背筋は痛みがない
範囲で行っていきましょう。
さらに腹圧を高める練習として,写真8
があります。これで腰椎の過度な弯曲をな
くします。ここでも必ず膝は曲げて行い,
徐々に膝を伸ばしていき,最終的には立位
でも行い,その状態で下肢や上肢を動かせ
るようにと段階を進めます。
【後期】 初期・中期で紹介した腹筋・背
筋が痛みなくできる選手に関しては,1つ
の例として,スタビライゼーショントレー
ニングを紹介します。スタビライゼーショ
ンとは,「固定・安定させる」という意味
を持ちます。陸上競技は,体幹部分を固定
して上肢・下肢をすばやく動かす,捻るな
どという複雑な動作が組み合わさった競技
です。そのため,スタビライゼーショント
レーニングはとても効果的なトレーニング
と言えます。
まずはスタートポジション(写真9)を
しっかりと取れるようになりましょう。仰
臥位(仰向け),腹臥位(うつ伏せ),横臥位
(横向き),それぞれのスタートポジショ
ンが30秒ほど正しくできるようになれ
ば,その後,徐々に写真10のように片脚
支持,片手支持,動きを取り入れるなど,
段階的にトレーニングを進めていきます。
②股関節周辺筋群のストレッチ・マッサージ
特に重要なのは,臀部,大腿後面,腸腰
筋の3つです。この3つを効果的に伸ばす
ようにしましょう。どれをとっても,腰椎
が前弯しないで行うことが大切です(写真
11,12,13)。
また,背筋群のマッサージには,スト
レッチポール(写真14)や,少し大きめ
の堅いボール,棒などがとても有効です。
これらのグッズを上手に活用するのも良い
と思います。
*
以上のように,腰痛になった場合は,ま
ず専門医の診察を受け,特に問題ないよう
な腰痛に関しては,今回紹介したようなリ
コンディショニングを行いましょう。ま
た,以上の内容は予防法としても活用でき
ますので,日頃から体幹部分のチェックと
ともに行ってみてください。
〈参考文献〉
・小林敬和,山本利春編「スタビライゼーション」
2003年 山海堂
・(財)日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部編
(1999)
「改訂版 トレーナーからのアドバイス」1999年,
陸上競技社
・スポーツ外傷学Ⅱ 頭頚部・体幹 医歯薬出版株
式会社
お尻が上に突き出ないように
腹部が突き出ないように
■写真9 スタビライゼーション基本ポジション(うつ伏せ,横向き,仰向け)
体幹部を固定して片脚ずつ挙げる
体幹部を固定して片手ずつ挙げる
■写真10 スタビライゼーション応用型
(スタートポジションから,体幹部分をぶらさずに
片脚や片手を挙げる。できるようになったら,そのま
ま脚を上下に動かすなど動きを付けていく)
■写真11 臀部のストレッチング
■写真12 ハムストリングスの
ストレッチング
■写真13 腸腰筋のストレッチング
■写真14 ストレッチポール
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