記者発表資料 - 横浜市立大学

プレスリリース
平成23年12月6日
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)作物研究所
独立行政法人 農業生物資源研究所
(独)農研機構 中央農業総合研究センター
岡山大学資源植物科学研究所
横浜市立大学木原生物学研究所
帯広畜産大学
小麦の種子休眠性を制御する遺伝子を発見
―穂発芽耐性の効率的な改良による小麦の安定生産に貢献―
ポイント
・小麦の種子休眠性の制御に関与する遺伝子(MFT 遺伝子)を明らかにしました。
・新たに開発した MFT 遺伝子の DNA マーカーを用いることにより、穂発芽(穂につい
たままの種子が収穫前に発芽する現象)が発生しにくい小麦品種の開発に貢献する
ことが期待されます。
概要
1.小麦の種子休眠性の制御に、これまで機能が未知であった MFT(Mother of FT and TFL1)
遺伝子が関与していることを明らかにしました。
2.収穫期に雨が多いと発生しやすい穂発芽には種子の休眠性が関係し、休眠性が弱いと穂
発芽が起こりやすくなります。登熟期の気温が高いと種子の休眠性が弱くなることを利
用して、気温に依存して発現量が変動する MFT 遺伝子を同定し、その発現量が多いほど
休眠性が強くなることを明らかにしました。
3. MFT 遺伝子の機能発現に関わる領域において、休眠性の強い品種と弱い品種の間で塩
基配列が異なることを明らかにし、その配列の違い(多型)を識別するための DNA マー
カーを開発しました。この DNA マーカーを利用することで、穂発芽しにくい小麦品種の
開発に貢献することが期待されます。
4.本研究は、(独)農研機構 作物研究所【所長 門脇光一】が、(独)農業生物資源研
究所、(独)農研機構 中央農業総合研究センター、岡山大学資源植物科学研究所、横
浜市立大学木原生物学研究所および帯広畜産大学と共同で行いました。
予算:運営費交付金
交付金プロジェクト「実用遺伝子プロジェクト」(平成 18-20 年度)
農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」
(平成 22-24 年度)
特許:特願 2008-246414「小麦種子休眠性に関与する MFT 遺伝子及びその利用」
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問い合わせ先など
研究推進責任者
研究推進責任者
研究担当者
広報担当者
(独)農研機構 作物研究所 所長 門脇 光一
(独)農業生物資源研究所 理事長 石毛 光雄
(独)農研機構 作物研究所 麦研究領域
主任研究員 中村 信吾 TEL 029-838-8861
(独) 農業生物資源研究所 農業生物先端ゲノム研究センター
作物ゲノム研究ユニット 主任研究員 川東 広幸
TEL 029-838-8374
(独)農研機構 中央農業総合研究センター 情報利用研究領域
主任研究員 中園 江
TEL 029-838-8946
岡山大学 資源植物科学研究所 ゲノム制御グループ
助教 宇都木繁子
TEL 086-434-2199
横浜市立大学 木原生物学研究所 植物ゲノム科学部門
教授 荻原保成
TEL 045-820-2405
(独)農研機構 作物研究所 企画管理室 研究調整役 老田 茂
TEL 029-838-8260、FAX 029-838-7488
(独)農業生物資源研究所 広報室長 小川 泰一 TEL 029-838-8469
横浜市立大学 研究推進課長 嶋崎 孝浩
TEL 045-787-2019
本資料は、筑波研究学園都市記者会、農業技術クラブ及び横浜市政記者クラブに配付しています。
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研究の背景と経緯
小麦の収穫期は、本州では梅雨入り前後、北海道では 7~8 月であり、年によっては雨の
多い季節となりますが、小麦種子は一般的に成熟後の休眠性があまり強くありません。この
ため、しばしば収穫前の降雨により穂発芽が発生し、小麦生産者に大きな被害をもたらして
います。この被害を軽減するには、小麦の種子休眠性を強化することが必須となります。こ
れまでに、種子の休眠性は、強いものから弱いものまで連続的な違いのある量的形質であり、
複数の遺伝子座が関与していることは分かっていましたが、具体的にどのような遺伝子が関
与しているのかについては不明でした。そこで、小麦の種子休眠性の制御に関わる遺伝子の
単離・同定を行いました。
研究の内容・意義
1)小麦種子の休眠性は気温の影響を大きく受けることが知られており、登熟期の気温が
低いほど休眠が強く、高いほど弱くなります(図1)。したがって、気温によって発現量
が変化する遺伝子を見つけられれば、その遺伝子が休眠制御に関わっている遺伝子であ
る可能性があります。そこで、マイクロアレイによる網羅的発現解析手法を用いて遺伝
子の発現量を比較した結果、温度によって発現量が大きく異なる遺伝子は、解析した約
3 万 8 千個のうち僅か 2 個で、その一つが MFT 遺伝子でした。
2)次に MFT 遺伝子が、小麦の 3A染色体短腕に存在すること、また、種子休眠性に関わ
る量的遺伝子座の領域に存在することを明らかにしました。休眠性が強い品種「ゼンコ
ウジコムギ」と休眠性が弱い品種「チャイニーズスプリング」の完熟種子で比較すると、
「ゼンコウジコムギ」では MFT 遺伝子の発現量が多く、また、「ゼンコウジコムギ」型
の MFT 遺伝子を「チャイニーズスプリング」に導入した組換え体では、MFT 遺伝子の発
現量が増大して、種子の休眠性が強くなることが明らかになりました。
3)遺伝子組換えにより MFT 遺伝子を小麦の未熟胚に導入し、強制的に MFT 遺伝子を発現
させると、未熟胚の発芽が抑制され、発芽促進効果がある植物ホルモンのジベレリンを
与えると、抑制が解除されました(図2)。この結果も、MFT 遺伝子発現が発芽を抑制
することを示しています。
4)MFT 遺伝子の発現量を調節する領域に、「ゼンコウジコムギ」と「チャイニーズスプ
リング」で塩基が1個異なる配列があり(図 3A)、その配列の違いを識別する DNA マ
ーカー(CAPS マーカー)を開発しました(図 3Bと 3C)。このマーカーによりアガロー
スゲル電気泳動で容易に遺伝子型の違いを検出できるため、種子休眠性を強くする「ゼ
ンコウジコムギ」型の遺伝子型を選抜するための実用的な DNA マーカーとして利用でき
ます。
今後の予定・期待
今回開発した DNA マーカーを用いて、日本の小麦品種を調べたところ、幾つかの重要な品
種は休眠性の弱いタイプの遺伝子型を持っていることが明らかになりました。今後は、MFT
遺伝子に関する DNA マーカーを用いることにより、種子休眠性の強い遺伝子型の選抜が容易
になることで穂発芽耐性の改良が効率的に行われ、小麦品種の穂発芽耐性向上に貢献するこ
とが期待されます。
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発表論文
Shingo Nakamura, Fumitaka Abe, Hiroyuki Kawahigashi, Kou Nakazono, Akemi Tagiri, Takashi
Matsumoto, Shigeko Utsugi, Taiichi Ogawa, Hirokazu Handa, Hiroki Ishida, Masahiko Mori,
Kanako Kawaura, Yasunari Ogihara, and Hideho Miura
A Wheat Homologue of MOTHER OF FT AND TFL1 acts in the regulation of germination.
The Plant Cell 2011 (印刷中、doi: 10.1105/tpc.111.088492 、2011 年 9 月 6 日にオンライン公開)
用語の解説
1)穂発芽
穂についたままの種子が収穫前に発芽する現象。発芽すると、デンプンやタンパク質が
分解されるため、小麦粉に加工したときの品質が悪化し、食感の良いうどんや膨らみの大き
いパンが作れなくなります。
2)マイクロアレイ
スライドガラス上にそれぞれの遺伝子に特徴的な DNA 断片を数千から数十万種類並べて
配置し、それぞれの遺伝子の断片と結合する相補的な配列を持った遺伝子を検出する技術。
多数の遺伝子の発現の有無や多少を一度に調べることができます。
3)量的遺伝子座
量的形質を支配する遺伝子座で、QTL(Quantitative Trait Loci)とも呼称されます。量
的形質とは数量や程度の違いで示される形質のことであり、複数の遺伝子座の影響を受けま
す。実用形質の多くは量的形質であり、種子の休眠性も該当します。種子休眠性は、発芽す
る種子の割合によって測定され、試験に供した種子全てが発芽しない場合(0%)から、す
べて発芽する場合(100%)までの連続量として評価されます。
4)CAPS マーカー
CAPS は、cleaved amplified polymorphic sequence の略。塩基多型を含む配列を PCR 法
により増幅し、増幅断片を制限酵素で切断、塩基多型による切断酵素認識配列の有無により、
断片の長さを区別し、マーカーとする方法。
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図1 登熟気温と種子休眠性
低い:例では気温 13℃で登熟、高い: 例では気温 25℃で登熟、小麦品種:農林 61 号、吸水
後 20℃、5 日間培養後の発芽率を測定
5
MFT 遺伝子無
MFT 遺伝子導入
ジベレリン無
ジベレリン有
図2 小麦 MFT 遺伝子の発芽抑制効果
写真上:強力な発現プロモーターを結合した MFT 遺伝子を単離未熟種子胚に導入し、培養
10 日後の様子。
写真下:MFT 遺伝子を導入し発芽が抑制された胚を 10 日後にジベレリンを含む培地に移し、
さらに7日間培養後の様子。
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(A)
1.種子休眠性弱(CS)型
ATCGAT
2.種子休眠性強(ZEN)型
ATCGAC
(B)
1 2
1000bp
500bp
(C)
図3 小麦 MFT 遺伝子の DNA マーカー
(A) MFT 遺伝子のプロモーター配列上の塩基多型
小麦品種 CS:チャイニーズスプリング、ZEN:ゼンコウジコムギ
(B) CAPS マーカーのアガロースゲル電気泳動写真
1:種子休眠性弱 CS 型、2:種子休眠性強 ZEN 型
(C) CAPS マーカーによる 小麦品種の MFT 遺伝子型判別例
31 品種の小麦を比較。
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