2012 年 1 月 28 日(土) いのちの学校 全てはここから始まる ~137 億年のいのちの巡礼~ 講師 一章 抱一 人はどこからここにやって来たのだろうか 1.宇宙の歴史 宇宙の始まりは、まだ多くの謎に包まれている。現時点での科学者たちの推測によれば、137 億 - 3 4 年前に宇宙は「無」のゆらぎの中から10 cm (1cm の 1 兆分の 1 の、1 兆分の 1 の、100 億分の 1)の 超ミクロ宇宙が突然誕生した。これが時間と空間の始まりと考えられている。「無」とは、光も物 質も時間や空間さえも、全く存在しない世界だが、ミクロな世界を探究する量子論(物理量の最小 単位を扱う物理学)によれば「無」はゆらいでいる。 - 3 4 - 3 4 宇宙が誕生してから10 秒 (1 秒の 1 兆分の 1 の、1 兆分の 1 の、100 億分の 1)で、10 cm の超ミ 1 0 0 クロ宇宙は10 倍(例えば 1mm が 1 のあとに 0 が 100 個続く距離)に急膨張した。これは「インフレ ーション(膨張)」と呼ばれ、真空エネルギーがインフレーションの原動力と推測されている。 宇宙は誕生直後、とてつもない大量エネルギーによって加熱され、超高温・超高密度の火の玉と なりビッグバン(巨大な爆発)が開始する。 宇宙誕生後の約 3 分間に、超高温の宇宙は急激な膨張を起こしながら冷えていき、その中で全て の物質の基(陽子、中性子、水素やヘリウムの原子核)が生み出された。 宇宙誕生から約 38 万年後、宇宙は高温のため大量の電子(素粒子の一つ)が飛び交い光と衝突し て光は直進できず、宇宙は雲の中のように不透明だったが、温度が約 3000 度まで下がると電子は 原子核と結合して原子となり、光を邪魔しなくなり、宇宙は見通しが良くなり晴れ上がった。 宇宙は膨張を続けながらだんだん温度を下げていき、密度にむらができる。密度の高い部分には 水素やヘリウムからなるガスが集まり、その密度が高くなるにつれ収縮して、その内部で星が生み 出され、ついには銀河が誕生した。現在ハッブル宇宙望遠鏡により、120 億光年の遠距離にある銀 河の姿が観測されている。 宇宙には 1000 億個以上の銀河があり、渦巻き構造をし、一つの銀河は直径約 10 万光年と推定さ れ、一つの銀河系を構成する星は 2000 億個にも上る。 約 50 億年前、銀河系で一つの星が超新星爆発(星の死)を起こし、その衝撃波により銀河系の片 隅で新しい星の誕生を生み出した。それがわれわれの太陽であり、ガスが集まり収縮し、高密度・ 高温となり、中心部で水素の結合による核融合が起こって大量のエネルギーを発生し、原始太陽は 輝き始めた。 現在宇宙は膨張し続け、人類が観測できるその半径は 470 億光年と推定されている。では、その 先はどうなっているのか、現在の宇宙論においては、宇宙は中心も端もない無限な広がりであると 考えられている。 1 2. 地球と地球に棲息する生命の歴史 約 46 億年前、輝きだした太陽の周りには、ガスやちりが円盤状に取り巻いていた。このガスや ちりの層が分裂して 10 兆個の微惑星(原初の惑星)が生まれ、それらの微惑星は衝突と合体をくり 返しながら原始地球は成長し続け、衝突のプロセスで生命の材料となる炭素や水素、窒素、酸素な どが集積された。衝突により超高温となった原始地球から蒸発したガスは、厚い原始大気を生み出 し、80%は水蒸気、残りは一酸化炭素と窒素からなっていたと推定されている。原始大気は熱を地 表付近に閉じ込め、原始地球の岩石は溶け始め、マグマ(岩石が融解して生じる高温の液体)の海が 広がった。 約 43 億年前~40 億年前の間に、原始地球が成長するに従い、微惑星の衝突回数が減少し、地表 と大気は冷え始め、マグマの海の上に薄皮のように原始地殻(地球の表面を形作る岩石の層)がつく られ、同時に大気に含まれていた大量の水蒸気が豪雨となって地表に降り注ぎ海が生まれた。大陸 地殻が造られ、大陸の物質が海に溶け込み酸性の海は中和され、温室効果をもたらす大気中の二酸 化炭素が海に溶け込み太陽熱による気温の上昇を防ぎ、気温が安定して海の存続が可能となった。 約 40 億年前、原始の海に生体を形作り機能させるタンパク質と、遺伝情報を担う核酸により最 初の生命は誕生した ── 真正細菌(バクテリヤ)と古細菌(アーキア)の出現。生命は進化し、やが らんそう て 32 億年前に光合成を行う生物、藍藻(シアノバクテリヤ)が出現し、太陽光線を利用して二酸化 炭素と水を分解し、自らの体である有機物を造り、廃棄物として酸素を放出した。約 25 億年~20 らんそう 億年前頃に、浅い海でストロマトライトと呼ばれる藍藻の生物集団が大繁殖し、大気中に大量の酸 素を放出した。 約 19 億年前に大陸地殻は一つに集合して、超大陸(ヌーナ大陸)が誕生した。大陸地殻は離合集 散を繰り返し、15 億年前、10 億年前(ロディニア大陸)、7 億~5 億年前(ゴンドワナ大陸)、2 億 5000 年前(バンゲア大陸)に超大陸が形成されていった。 海に誕生した生命は、長い時間をかけて(10 億年~7 億年前)単細胞生物から多細胞生物へと進化 した。動物とみられる生物が登場するのは約 6 億年前(先カンブリア時代末)、エディカラ生物群と 呼ばれる、平たい形の骨格や殻も持たないやわらかな体をした生物群が、温かく浅い砂底に生息し ていた。体の内部には消火器などの構造がなく、皮膚を通して物質交換をしていたと考えられてい る。5 億 5000 年前以降、エディカラ生物群はほとんど姿を消してしまった。 約 5 億 4000 万年前(カンブリヤ紀)、海中で生物の進化や多様化、拡散が進み、多細胞生物が爆 発的に増加し始めた。生命の歴史における大事件の一つで、「カンブリヤ紀の爆発」と呼ばれてい る。現在と同様な、肉食動物を含む複雑な生態系が形成されていった。海中では生物の繁栄と衰退 が繰り返され、4 億 8000 万年前には、最初の脊椎動物である原始的な魚類が登場した。 海の光合成植物が放出した酸素が蓄積し、大気の上空にオゾン層が形成され、オゾン層は太陽光 に含まれる有害な紫外線を吸収したため、陸地は生命の住める新天地となった。約 4 億 2000 万年 前、海から植物が陸地へと進出し、その後昆虫やヒレを持つ魚類、両生類(カエル、サンショウウ オなどの幼生期はエラ呼吸し成長すると肺呼吸に転換する動物)が上陸した。陸上進出は川を通し たんすい て行われ、体内の塩分調節のできる脊椎動物は淡水域に進出し、陸上の重力に耐える堅い骨格が形 成された。脊椎動物の陸上進出は 3 億 6000 万年前頃と推定されている。陸上の環境の多様性(地表 の温度差や地形の高低)は生物に適応するための進化を促し、生物は数や種類を増やしていった。 陸上に進出した生物には繁栄がもたらされ、植物は巨大化して大森林が形成され、地球は緑の惑 はちゅう 星に変わった。約 3 億年前、両生類から爬虫類(ヘビ、トカゲ、ワニなどの幼生期から肺呼吸する 2 そな 脊椎動物)が誕生した。爬虫類の皮膚は乾燥に強く、卵には殻が具わっていたため、陸上の生息地 を急速に拡大し、多様に進化して行った。2 億 5000 万年前頃、陸地には哺乳類に似た「哺乳類型爬 し し 虫類」が登場し、四肢の形態が向上して運動性に優れ、温血性(代謝率が継続的に高く、長時間活 動できる)を獲得していた。このグループから哺乳類は進化した。 陸生の爬虫類「恐竜」は約 2 億 2800 万年前(三畳紀後期)に出現し、その後約 1 億 6000 万年にわ たって繁栄を極めた。特に 2 億 500 万年以降の「ジュラ紀」と呼ばれる温暖で安定した気候の下で、 りゅうきゃく 多くの恐竜が大型化した。全長 20 メートルを超す首の長い草食恐竜( 竜 脚 類)や、全長 12 メート じゅうきゃく よく ルの肉食恐竜( 獣 脚 類)も現れ、海には首長竜や魚竜、空には翼竜なども栄えた。1 億 3500 万年前 は く あ りゅうきゃく に始まる「白亜紀」には、 竜 脚 類の多くが姿を消し、ジュラ紀とは異なるタイプの草食恐竜が出 は く あ 現した。恐竜も栄枯盛衰を繰り返し、6500 万年前(白亜紀末)、地球に巨大な隕石が衝突して地球環 境は激変し、急激な気温低下が生じて、草食動物や肉食動物の凍死や餓死が起こり、恐竜は突然に 地上から姿を消してしまった。地球上に存在していた動物の 70%以上が絶滅してしまった。 2 億 4500 万年前頃、爆発的な火山活動により地球環境には多大な影響が及び、海と陸の生物に大 量絶滅が起こった。生物の大量絶滅は地球上で何度も繰り返され、5 億年前(古代カンブリア紀末) から数えると 13 回起こっている。特に 4 億 3500 万年前(オルドビズ紀末)、3 億 6000 万年前(デボ ン紀末)、2 億 4500 万年前、2 億 500 万年前(三畳紀末)、6500 万年前(白亜紀末)の絶滅は規模が大 きく、「五大絶滅」と呼ばれている。大量絶滅の後には、生物の新たな進化が始まり、生命の歴史 とは進化と絶滅の歴史であった。 恐竜の絶滅以後、生態系の最上位に空白が生じ、環境変化に適応して最も繁栄したのは哺乳類だ った。哺乳類は体温を一定に保ち、子供を授乳して育て、気温の変化に左右されず、様々な環境で 確実に子孫を残すことができた。6500 万年前に始まった新生代の地球は、哺乳類が支配する惑星へ と変貌を遂げた。 最初の哺乳類は、恐竜の足元を動きまわる小さなネズミのようなものだった。恐竜の絶滅以後、 樹上にすみかを移したものの中から「原始的な霊長類」が出現した。その姿は現在のリスのようで あった。やがて地球の気温上昇に従い、彼らの体のサイズは大型化し、約 4800 万年前に現在の北 アメリカを中心に住んでいたノタルクタスは、最初のサルたちの一種だった。当時の北アメリカ大 陸とヨーロッパ大陸は地続きになっていて、地球の気温の低下と共にサルたちはアフリカ大陸へと 移動して行った。サルたちの体はさらに大型化し、やがて樹上生活から地上生活へと生活空間を変 えていった。 3.人類の歴史 ヒト(人類)の最古の化石は、2002 年にアフリカのチャド共和国で発掘されたトゥーマイ猿人(サ ヘラントロプス・チャデンシス)で、チンパンジーとの共通の祖先から枝分かれし約 700 万年前に 生息していたものと推定されている。440 万年前のラミダス猿人(エチオピアで発掘)は、直立二足 歩行を可能にした。直立二足歩行はそれ以降のヒトの発展、石器(道具)や火の使用、生活の定住に 関係し(道具による狩猟・食物の獲得、火による料理・暖房・照明・肉食獣からの防衛)、特にヒト の思考(外界を認識し原因と結果を関係づけ、過去と未来を想起する力)の発展に多大な影響を及ぼ した。137 億年の宇宙史と生命史の中で最後に出現したものがヒトの思考である。 250 万年前のガルヒ猿人(エチオピアで発掘)は石器を使用し始め、240 万年前の最初の原人ホモ・ ハビリス(タンザニアで発掘)は石器を使いこなし、180 万年前の新たな原人ホモ・エレクトス(南ア 3 フリカで発掘)は火を使用し始め、50 万年~3 万年前に生活していたネアンデルタール人(ヨーロッ パを中心に中近東、中央アジア、シベリア各地で発掘)は、ヒトの死に際し埋葬を行い、死後の世 界を想定していたものと推定される。現生人類である新人ホモ・サピエンス(知恵あるヒト)は、150 万年~10 万年前の原人であるホモ・エレクトス(ジャワ原人や北京原人)の一部がアフリカで進化し、 20 万年前に誕生した(エチオピアで発掘)。ホモ・エレクトスとホモ・サピエンスは、150 万年前 ~ 1 万年前の間にアフリカから世界各地に分散した。 紀元前 8000 年ごろ、狩猟・採集生活を繰り返していた人類は、自然の植物の中から小麦や大麦、 たね ま 糖類などを刈り取り、その種の一部を保存して、肥沃な土地に蒔く農耕栽培を開始した(新石器時 代)。農耕栽培により、人類は定住化が可能となった。 紀元前 4000 年ごろ、新石器革命により定住した人類は、川や沼から水を引いて感慨を行い、小 麦や大麦、野菜や果物を大量に収穫し始めた。収穫の余剰は市場に出され、集落間の交易が開始さ れた。その交易範囲は拡大し、初期の都市と文明が誕生した。都市は徐々に発展し、商業や宗教、 政治、軍事などの一大センターになって行った。 人類の文明誕生後の重要事項史 紀元前 14000 年~7000 年ごろ、中国の長江と黄河で中国文明が誕生。 紀元前 3500 年頃、メソポタミアでシュメール文明が誕生。 紀元前 3000 年頃、ナイル川流域でエジプト文明が誕生。 紀元前 2800 年頃、インダス文明が誕生。 紀元前 1700 年頃、アーリア人がインドに移住。 紀元前 1200 年頃、世界最古の文献「リグ・ヴェーダ」の編纂。 紀元前 800 年ごろ、 「ウパニシャッド」の編纂開始。 紀元前 600 年ごろ、ギリシャ哲学が始まる。 紀元前 560 年ごろ、老子や孔子の時代。 紀元前 463 年、ゴータマ・ブッダ誕生。 紀元前 450 年ごろ、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの時代。 紀元前 4 年、イエスの誕生。 西暦 120 年頃、エジプトのプトレマイオスが天動説の体系を完成。 西暦 100 年頃、世界人口が 3 億人に達する。 西暦 1543 年、ポーランドの聖職者コペルニクスが地動説を発表する。 西暦 1609 年、イタリアの天文学者ガリレオは望遠鏡を自作し地動説を証明し、厳密な測定器具の 利用による自然観察を通じた経験的観察方法が確立される。 西暦 1637 年、フランスの数学者・哲学者ルネ・デカルトは、精神と物質を厳密に分離し、自然 を数式で表すことのできる自動機械と考え、植物、動物も含む世界を紀会の集合体と考えた。ま た「我思う、ゆえに我あり」と宣言し、思惟(思考)するものとしての自身の存在を、全てを認識 する唯一の主体と考えた。 西暦 1687 年、イギリスの物理学者アイザック・ニュートンは、万有引力の法則を発見し、宇宙の 現象とは関係なく存在する絶対空間と絶対時間を想定し、自然界の動きや物質構成は機械のよう に確定された存在であると宣言した。この理論がアイン・シュタインの相対性理論(西暦 1905 年) が確立されるまで人類の基盤となり、近代科学は発展して行った。 4 西暦 1900 年、ドイツの物理学者マックス・プランクは、ニュートンの理論(古典力学)では説明で きない量子(物理量の最小単位)の世界を解明し、全ての運動は連続的に変化するとした古典力学 を否定し、原子や電子のエネルギーは連続したものではなく、まとまった単位(量子)の形で交換 すると考えた。 西暦 1905 年、ドイツ生まれのユダヤ人である物理学者アイン・シュタインは相対性理論を発表し、 ニュートンの絶対時間、絶対空間を全面的に否定し、時空という分割不可能な四次元連続体を発 見し、時間や空間は相互の運動速度によって変化し、物質とエネルギーの関係性をE(エネルギ ー)= 2 m(質量)C(光速の二乗)という数式で表した。この数式は、皮肉なことに原子爆弾の製造 により証明された。 西暦 1927 年、ドイツの物理学者ハイゼンベルクは「不確定性原理」を発表し、全ての素粒子の運 動は相互関係によって決定されると考えた。全ての物質現象は相互関係によって決定されるとい う理論は、ゴータマ・ブッダの縁起説である「あらゆる現象は全宇宙の相互関係により生滅し、 変化し続ける」(諸行無常、諸法無我)と一致する。 4.人類の脳の構造と働き 医学的に考えると、思考する人間の心の働きは脳によって営まれている。脳は、90%を占める大 脳新皮質と、脳の古い皮質である大脳辺縁系と、脳幹と呼ばれる生命を維持する部分に分かれる。 大脳新皮質は、人間的知性の座であり、物事を知覚し、判断し、思考して、それを行動に移す働 きをする。額に近い前頭葉は、人間が主体的・独創的に生きるのに必要な、意志、計画、情操、想 像などの働きをする。大脳新皮質は知恵の座であり、人間的欲求の座である。(数百年前、我々の 祖先が霊長類となってから発達した部分) 古い皮質の大脳辺縁系は、本能の座として、食欲、性欲、集団欲などの本能的欲求、本能を満た す快感、本能が満たされない不快感、怒りと恐れなどの情動、記憶などの、人間が生命を保つため の基本的心の働きをする。大脳辺縁系は本能的な欲求の座である。(数千万年前の哺乳類のころに 発達した部分) 間脳の下にある視床下部は、内臓の働きをコントロールする自律神経やホルモンなどのホメオス ターシス(恒常性維持)の中枢である。間脳よりも下にある脳幹部は、呼吸器、心臓などの働き、唾 液などの分泌、筋肉の緊張度などを支配する原始的中枢が集まっている。視床下部を含む間脳以下 の脳幹部は、生命の座として命を保つのに必要な自然的な欲求に応じて働いている。(数億年前の 爬虫類のころに発達した部分) 人間の心の営みは、生命の座である脳幹から発生する自然的な欲求と、古い皮質で発生する本能 的な欲求と、新しい皮質で発生する人間的な欲求や知性との力関係によって、その在り方が決定さ れている。ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間の心を、植物心、動物心、人間心に分類して いる。 5.人間の「私」という自己(主体)意識 「私」という言葉以外は外界の全ての現象に対して使用されるが、全宇宙の全ての現象の中で唯 一「私」という言葉は当人以外には使用できない。人間は、自己意識を通して、自分を他の一切か ら区別された独立の存在であり、「私」であると考える。人間は身体と心の存在として体験する全 てを、「私」の中で総括する。 「私」は全宇宙の全ての現象を体験し認識する唯一の場所である。 5 二章 人類の精神世界の探究 ナーサディーナ讃歌(リグ・ヴェーダ) そのとき無もなかった、有もなかった。空界もなかった、それを覆う天もなかった。 そのとき死もなかった、不死もなかった。夜と昼との標識(月と太陽)もなかった。 宇宙の最初においては暗黒は暗黒に覆われていた。一切宇宙は光明なき水波であった。 空虚に覆われ発現しつつあったかの唯一なるものは、熱の威力によって出生した。 最初に意欲はかの唯一なるものに現じた。これは思考の第一の種子であった。 (初めに生まれた者 ── ブラフマーの思考から生まれ、水の創造より前に生まれた者 ── 彼 が心臓の蓮華に宿り、また地水火風に宿るのを見る者は、実に、ブラフマンを見る。なぜなら、こ の初めに生まれた者は、不死のアートマンであるから。 カタ・ウパニシャッド) ウパニシャッド オームによって象徴されるアートマンは、全能の主である。それは生まれず、死なない。それは ふしょう 結果でもなく、原因でもない。この太古の一者は、不生、永遠、不滅である。たとえ身体が破壊さ れても、それは殺されない。 極小のものよりも小さく、極大のものよりも大きいこのアートマンは、全ての者の心臓の中に、 永遠に住む。人が欲望から自由になり、彼の思考器官と感覚器官とが浄化されたとき、彼はアート マンの栄光を見て、悲しみを捨てる。 清浄な者のうちで最も清浄な者のみが、歓喜であり歓喜を超えたものである、この光輝く存在を 悟ることができる。 形の中に宿っているが、それは形なきものである。無常なるもののただ中に、それは永遠に住む。 アートマンは全てに遍満し、至高である。アートマンの本質を知って、賢者はあらゆる嘆きを超え る。 アートマンは、聖典の学習によっても、知性の鋭敏さによっても、学問の深さによっても知られ ない。しかし、アートマンを切望する者によってのみ知られる。まことに、彼のみに、アートマン は自身の本性を明らかにする。 カタ・ウパニシャッド 太陽もそれを照らさず、月も星も稲妻も、まことに、地上に燃える火さえも、それを照らさない。 それは全てのものに光を与える唯一の光である。それが輝いて、あらゆるものは輝く。 この不死のブラフマンは前方にあり、この不死のブラフマンは後方にあり、この不死のブラフマ ンは右にも左にも、上にも下にも広がっている。まことにあらゆるものはブラフマンである。そし てブラフマンは至高である。 個我は、自分が聖なるアートマンと同一であることを忘れてあざむかれ、自我意識に惑わされて 嘆き悲しむ。しかしかの尊い主が自分の真のアートマンであることを認識し、その栄光を見た者は、 もはや嘆くことはない。 主は、あらゆる被造物から輝き出ている唯一の生命である。あらゆるものの中に彼が存在するの を見るが故に、賢者は謙虚で、でしゃばるようなことをしない。彼の楽しみはアートマンにあり、 彼の歓喜はアートマンにあり、彼は全てのものの内なる主に仕える。まことに彼の如きが、真にブ ラフマンを知る人である。 ブラフマンを知る者はブラフマンとなる。 ムンダカ・ウパニシャッド 6 ゴータマ・ブッダの言葉 ぼ さ つ わたしもまた、以前に目覚めていない菩薩であったとき、自ら生であり つつ生そのものを求め、自ら老でありつつ老そのものを求め、自ら死ぬも のでありつつ死そのものを求め、自ら憂いでありつつ憂いそのものを求め、 自ら汚れでありつつ汚れそのものを求めていた。そのようなわたしに、つ ぎのことが思い浮かんだ。なぜにわたしは、自ら生でありつつ生そのもの を求め、自ら老でありつつ老そのものを求め、ないし、自ら汚れでありつ つ汚れそのものを求めるのか。さあ、わたしは、自ら生でありつつ生その わずら ふしょう むじょう あんのん ね は ん もののなかの 患 いを知って、不生なる無上安穏の涅槃を求めよう。同じよ うに、自ら老・病・死・憂い・汚れでありつつ、それぞれのなかの患いを 知って、不老・不病・不死・不憂・不汚なる無上安穏の涅槃を求めよう。 実にダンマ(真理)が、熱心に冥想しつつある修行者に顕わになるとき、そのとき、かれの一切の 疑惑は消失する。というのは、縁起の法を知っているから。 実にダンマ(真理)が、熱心に冥想しつつある修行者に顕わになるとき、そのとき、かれの一切の 疑惑は消失する。というのは、かれはもろもろの縁の消滅を知ったのであるから。 実にダンマ(真理)が、熱心に冥想しつつある修行者に顕わになるとき、かれは悪魔の軍隊を粉砕 あんりゅう こ く う して、安 立 している。あたかも太陽が虚空を輝かすがごとくである。 せい 以前には聞いたことがないダンマにおいて、わたしには眼が生じ、智(知識)が生じ、慧(知恵)が 生じ、明(悟り)が生じ、光が生じた。 玉城康四郎著 「仏教の根底にあるもの」より は ん に ゃ しんぎょう 般若心経(大乗仏典) 求道者にして聖なる観音は、深遠なる智慧の完成を実践していたときに、存在するものには五つ の構成要素(色・受・想・行・識 ─ 物質現象と精神作用)があると見きわめた。しかも、かれは、 くうしょう これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないもの(空 性 )であると見抜いたのであった。 この世においては、全ての存在するものには実体がないという特性がある。 生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたもので もなく、減るということもなく、増すということもない。 それゆえに、悟りもなければ迷いもなく、悟りがなくなることもなければ、迷いがなくなること もない。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるので ある。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。知ることも なく、得るところもない。それ故に、得るということがないから、諸々の求道者の智慧の完成に安 んじて、人は、心を覆われることなく住している。心を覆うものがないから、恐れがなく、顚倒し た心(迷い)を遠く離れて、永遠の平安に入っているのである。 岩波文庫「般若心経」より 真言密教の教え こんげんぶつ だいにちにょらい だ い び る し ゃ な ぶ つ 密教は、宇宙の根源仏である大日如来(マハー・ヴァイローチャナ・タターガタ 大毘盧舎那仏) の教えである。大日如来には形はなく、それは宇宙を成り立たせている原理であり、その原理から 溢れ出たこの大宇宙世界そのものと理解されている。大日如来はいかなる形によっても現れる。そ さんせん そうもく れは山川草木であり、あらゆる生命でもある。輝く星の光、風のそよぎも大日如来であり、われわ 7 れひとりひとりの心にも大日如来の種は宿っている。一切は大日如来によって生かされており、世 界がこうして存在しているということ自体が、大日如来の現れに他ならない。 り ほっ しん り そこで大日如来は「理の法身」とも呼ばれる。「理」とは、現象の背後にあって現象を現象たら り ほっ しん り ほっ しん しめている真理そのものだ。全ての現象世界は、この理の法身から生まれ出てくる。理の法身を母 ばんぶつばんしょう り の子宮と見なせば、万物 万 象 は。その子宮に宿る胎児とも見なされる。そのため密教では、理を本 だ い ひ たいぞう じ ひ 質とする大日如来の世界を「大悲胎蔵(大いなる慈悲を蔵した世界)」と呼ぶ。 り ち ほっ しん だ い ひ この理の世界から流出してくるのが「智の法身(知恵)」であり、われわれが真理を認識し、大悲 たいぞう ち 胎蔵(の世界に帰還(解脱)できるのは、この「智」による。この智慧は大日如来から直接に流出し だ い ひ たいぞう て来る。この智慧は大悲胎蔵と融合する智慧である。 しん みつ く みつ い みつ 大日如来と融合する方法は、身密(大日如来の印を結ぶ)、口密(大日如来の真言を唱える)、意密 そくしんじょうぶつ (大日如来を観想する)によって実現する。この実現を「即身成仏」と呼び、この現象世界の真った じ ひ だ中で、肉体を持ったまま、大日如来の慈悲の表現である一切宇宙と融合する。 たいぞうかい マ ン ダ ラ 胎蔵界曼荼羅 だいにちきょう だ い ひ 密教の教典「大日経」に解かれたマンダラ(悟りまたは真髄を有する場、聖なる空間)であり、 「大悲 たいぞうしょう たいぞう 胎蔵 生 マンダラ」と呼ばれ、 「大いなる慈悲の胎蔵から生じたマンダラ」を意味している。 たいぞう かい 胎蔵界マンダラは 12 の院で構成され、3 つの部分に分割され、3 種の仏のグループを通じた救済を 表現している。 ちゅうだいはちよういん 初重 ご ぶ つ し ぼ さ つ へん ち いん じ みょう れ ん げ ぶ い ん かんのんいん こんごうしゅいん 中 台 八葉院、五仏、四菩薩、遍知院、持 明 院、蓮華部院(観音院)、金剛手院 ちゅうだいはちよういん たいぞう かい 初重の中心の中 台 八葉院は八つの開花した蓮華で、心臓(フリダヤ)を意味し、胎蔵界マンダラの ご ぶ つ し ぼ さ つ ちゅうだい 心臓そのものである。そこには五仏、四菩薩が描かれて悟りの根源が表現され、その悟りは 中 台 はちよういん へん ち いん へん ち いん 八葉院からエネルギーとなって流出し、上方の遍知院に受け止められ、遍知院はその躍動するエネ へん ち いん れ ん げ ぶ い ん ルギーを慈悲と智慧に変化させて生み出す。遍知院から生み出された慈悲と智慧は、蓮華部院と こんごうしゅいん れ ん げ ぶ い ん 金剛手院に描かれた様々な菩薩像に姿を変え描き出され、蓮華部院に描かれた様々な観音菩薩の姿 8 こんごうしゅいん は、大日如来の慈悲の多様さと深さを表している。金剛手院に描かれた様々な金剛(智慧)の菩薩た じ みょう れ ん げ ぶ い ん ちは、煩悩を破壊し迷いを断つ種々の智慧の働きを示している。下方の持 明 院では、蓮華部院と こんごうしゅいん 金剛手院の慈悲と智慧が一体となって働くあり方を示している。 しゃかいん もんじゅいん こくうぞういん そ し つ じ い ん じぞういん じょがいしょういん 第二重 釈迦院、文殊院、虚空蔵院、蘇悉地院、地蔵院、除蓋障院 しゃかいん 第二重においては、初重で示された慈悲と智慧が現実世界に働くさまを表している。釈迦院は現 実世界で実際に衆生救済を実践した歴史上の人物釈尊として描かれ、真理が現実に展開している姿 もんじゅいん を示している。文殊院は釈尊亡き後、その志を継いで衆生救済を実践する菩薩の代表であり、釈尊 じぞういん れ ん げ ぶ い ん じょがいしょういん こんごうしゅいん の教えがさらに徹底される。地蔵院では蓮華部院で示された慈悲の実践を、除蓋障院では金剛手院 こくうぞういん の智慧の働きを現実化して表し、虚空蔵院では、大日如来の無限の福徳が示され、現実世界に対し せ よ そ し つ じ い ん こくうぞういん て尽きることのない福徳施与の働きであることを示し、蘇悉地院は虚空蔵院と同様な働きを持って、 さらなる衆生教化の徳を示している。 さいげいん 第三重 最外院 さいげいん 第三重の最外院では、これら大日如来の衆生救済の慈悲と智慧による働きが、地獄・餓鬼・畜生・ 修羅・人・天と、六道に輪廻するあらゆる衆生にまで及ぶことを示している。 小峰みちひこ著 「曼荼羅の見かた」より 全てはここから始まる 今現在である「ここ」という時空地点は、無限な過去の歴史の最終地点であり、無限な未来の新 しい世界への出発地点である。それは外的宇宙と内的宇宙に及び、物質世界から精神世界にまで及 ぶ。それら全ての外的・内的世界、物質・精神世界は、無限な大宇宙の全ての現象を繋ぐ唯一の場、 「私」を通じて認識され、想起され、決断され、創造される。無限な過去の現象や知恵を知ること は、無限な未来に向かうための豊かで強靭な創造力の基盤となる。 そして、全ては「ここ」から始まる。 抱一 9
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