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ICABE 学生交流プログラム報告書

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ICABE 学生交流プログラム報告書
(2005年10月実施)
* 本報告書は、プログラム参加学生により作成された。
1
目
次
1
全体の概要
2
北京大学、中国人民大学への訪問報告
3
上海交通大学への訪問報告
4
南京大学への訪問報告
5
訪問中の写真
2
ICABE 学生交流プロジェクト
目
的:
International Consortium of Asian Business Education (ICABE)に基づく
学生交流事業の一環として、下記四大学との合意に基づき、中国の最新事情
把握による研究成果の向上と、提携先ビジネススクールとの連携強化のため
のネットワーク形成を目指す。
・ 今年 7 月に招聘した4大学との交流を深め、人的ネットワークの形成と
知の共有化を図りながら、今後の QBS の提携校の交流モデルを探求す
る。
・ QBS2期生の修士論文を発表し、双方向での討論を行いながら、今後の
国際交流の発展となるよう研究内容を共有する。
・ 三期生へ引き継ぎやすい体制を構築する。将来に渡って親睦が深まるよ
う各大学における来年の担当者を紹介し QBS3 期生へ受け渡す。
訪問先:
① 北京大学、中国人民大学、
② 上海交通大学、現地進出日系企業(上海:東芝中国社上海事務所)
③ 南京大学
期
平成 17 年 10 月 07 日(金)~10 月 11 日(火) 5 日間 - 北京方面
平成 17 年 10 月 08 日(土)~10 月 11 日(火) 4 日間 - 上海方面
平成 17 年 10 月 07 日(金)~10 月 11 日(火) 5 日間 - 南京方面
間:
参加者:
教員 3 名、学生 21 名、計 24 名
北京方面 (8 名)
村藤 功教授、久保田康、井上奈美子、長野暁子、汪陽、楊可々、汪陽
(産業マネジメント専攻 2 年)、張 軍(産業マネジメント専攻 1 年)
上海方面 (6 名)
永池克明教授、田中靖生、クリスチャンス・ブルーノ・カート、趙 大
龍、堤 香苗(産業マネジメント専攻 2 年)、伊達千津代(産業マネジメ
ント専攻 1 年)
南京方面 (8名)
出頭則行教授、小川博文、長南宏太三、張 雷、西木秀臣、矢頭英典、
丹生晃隆、(産業マネジメント専攻 2 年)、寺田俊章(産業マネジメント
専攻 1 年)
3
中国人民大学、北京大学への訪問旅程
旅 程
10 月 7 日(金)
15:30
夕刻
10 月 8 日(土)
午前 プレゼン準備
午後 北京市内視察
夕刻 食事会
(北京大学学生主催)
<中国人民大にて>
午前 講
義
「MIS経営情報学について」
10 月 9 日(日)
午後
10 月 10 日(月)
フレンドリーシ
ップ
ホテル
同上
学生討論・意見交換会
・ICABEとQBSの説明 (楊)
・QBS 研究発表 (久保田・長野・汪)
・フリーディスカッション
北京大学内
テーマ 「ICABE今後の学生交流について他」
ホテル
・中国人民大学 発表 6名
①中国医療保険制度問題
②大豆マーケット
③パソコンのアフターサービス専門会社の起業
プラン
④中国伝統スナック菓子のビジネスプラン
⑤アクセサリーショップ起業プラン
⑥スーパーガール マーケティングモデル
<北京大学にて>
午前 講
義
「アントレプレナーシップINチャイナ」
北京大学MBA学生とともに講義に参加
午後
10 月 11 日(火)
福岡発 (CA954)
19:00 北京着
食事会 (人民大学主催)
宿泊
学生討論・意見交換会
北京大学内
・QBSの説明
ホテル
・ICABE今後の学生交流について」(村藤先生)
・QBS 研究発表 (久保田・長野・汪)
・北京大学学生 発表 2 名
① モトローラー
② 医薬品業界MRと HR
08:30 北京発 (CA913)
11:50 福岡着
4
上海交通大学への訪問旅程
旅 程
10 月 8 日(土)
10 月 9 日(日)
10:00 福岡発 (MU532)
10:30 上海着
午後
終日
宿泊
上海中福世福酒店
上海交通大学学生との面会と親睦会
蘇州及び無錫を視察
(虎丘、三国城、水滸城、太湖)
同上
10 月 10 日(月) <上海交通大学(SJTU)>
08:30 講 義
テーマ 「Entrepreneurship Management」
講師 ロビンソン教諭(SJTU)
13:00 講 義
テーマ「Japan's Experience in International
Trade Frictions and Its Implication
for China」
上海建工江大酒店
講師 永池克明教授 (QBS)
15:00 QBS 学生の研究発表
①九州及び QBS の概要 (堤)
②九州地場企業の中国進出戦略 (堤)
③福岡市民の外食市場における商習慣
(クリスチャンス)
QBS 及び SJTU による討論会
A. 中国市場における外資呼び込み
B. 技術移転に関する諸問題及び協力
体制のあり方
C. 各国の金融資産に対する見解の特
徴と金融派生商品のポテンシャリティ
19:00 食事会
10 月 11 日(火) <復旦大学、東芝中国社上海事務所>
午前 復旦大学龍先生との面会及び自学自習
13:30 東芝中国社上海事務所訪問
18:00 上海発 (MU531)
20:30 福岡着
5
南京大学への訪問旅程
旅 程
10 月 7 日(金)
【小川、長南、張雷、西木】
8:35 福岡空港発(NH1702)
12:20 関西空港発(MU534)
9:35 関西空港着
13:50 南京空港着
宿泊
Central Hotel
【小川、長南、張雷、西木】
終日 南京周辺を視察 (Xuanwu Lake Park 他)
10 月 8 日(土)
【出頭教授】
10:00 福岡空港発(MU532) 10:3 上海空港着 Central Hotel
17:00 陸路、南京入り
【寺田、丹生】 15:20 福岡空港着(JL615) 16:0 上海空港着
23:00 陸路、南京入り
10 月 9 日(日)
<南京大学-QBS 交流プログラム>
8:30 自己紹介、関心事項等 (両大学より)
テーマ 「Branding」
9:30 講 義
講 師 出頭則行教授 (QBS)
テーマ「Business Communication
10:30 講 義
/Cross- Culture Management」
講 師
Yunxia Feng(南京大)
12:00 昼食会
Central Hotel
14:00 プレゼンテーション
QBS
(小川、長南、西木、矢頭)
南京大学 (Mr. Zeng Li, Mr. Zhu Haisheng,
Mr.Jing Ying, Mr. Li Yongjun,
Ms. Jenny Li, Ms. Lucy Zhang)
「今後の交流について」
17:00 ディスカッション
Zhao 教授、出頭教授により
17:30 総評・総括
19:00 食事会
【出頭教授、小川、張雷、矢頭】
南京周辺を視察(Dr. Sun Yetsen’s Mausoleum 他)
10 月 10 日(月) 【寺田、丹生】 4:30 南京発、陸路、上海入り
11:50 上海空港発(JL614)
14:30 福岡空港着
【長南、西木】 4:30 南京発、陸路、上海入り
18:00 上海空港発(MU531) 20:30 福岡空港着
10 月 11 日(火)
【出頭教授、小川、矢頭】
8:10 南京空港発(MU533)
11:20 関西空港着
15:40 関西空港発(NH1705) 16:50 福岡空港着
6
Central Hotel
北 京 (中 国 人 民 大 学 、北 京 大 学 )への訪 問 報 告
今回の訪中で参加したQBS学生各人より(発表者はプレゼンの内容の要点も
プラス)報告をする。
-----------------------------------------------------------------------------------------(井上奈美子)
全体をとおしたスケジュールに関して、人民大学の方はスケジュールどおり
にきちんと実行され、先生方や学生さんの姿勢も非常に真剣だった。一方で北
京大学の方は残念ながらスケジュールどおりとは行かず、学生さんの講義が3
時半まであるためお昼の食事をとった私たちは彼らが講義が終わるまで予定し
ていたプレゼン交換の時間が持てないことが発覚した。
結局、ミーティングルームに事務職の女性1名と私たちのみが入り、約30分
間彼女がパソコンの立ち上げ準備をしているのをただ見ているだけだった。
村藤先生の指摘により学生をこのままあと1時間待つのは時間の無駄というこ
と で 、 そ の 職 員 の 女 性 に ICABE と 村 藤 先 生 か ら の 交 換 留 学 生 の 企 画 に つ い て
プレゼンをおこなった。
( 別 紙 添 付 資 料 参 照 )き ち ん と そ れ を 大 学 側 に 上 げ て い
ただくように、また、担当の教員の先生(出張中)にも報告するようにお願い
した。しかし特にノートをとっている様子も見られなかったので若干心配も残
った。
人民大学は学生が全てを準備しており、飲み物も紙コップもたくさん用意し
てあり、機材の準備も朝の開始時間には全て完了していた。
一方北京大学はペットボトルの水を一本ずつ配っていただいたが事務局の女
性がそれも機材も全て一人で準備をしていたため、学生はあまり関わっている
様子が無かった。来年はもっと学生が積極的に関わるといいとおもった。
今 回 は 以 前 QBS に 来 た 北 京 大 学 の 学 生 が 昼 間 の 交 流 に ま っ た く 参 加 で き な か
ったのでそれが一番の原因ではないかと考えられる。ただ、午後妙に空いた時
間がもったいないと言うことで北京大学の学生さん1名が学内を案内してくれ
た。そのときに、北京大学の就職支援サービスの充実や学内に外国語専門学校
なども抱え、外国人受け入れ態勢は万全であることも見ることができた。外国
人留学生を大半とする寮も大学の中心地にあった。その就職支援サービスは内
容を聞くとほぼ、日本の私立大学が行っている内容と同じレベルの豊富さと充
実振りだった。履歴書の書き方からエッセーの書き方、面接の受け方まで細か
くアドバイスを受けられる上、企業がきて実際に面接や企業説明会を学内で行
う と 言 う 。 案 内 を し て く れ た 学 生 さ ん は 一 度 製 薬 会 社 で MR を や っ て い た が 卒
業後は製薬会社でマーケティングをしたいというビジネスプランを持っていた。
7
大 学 は 中 国 国 内 で NO3 に 選 ば れ る ほ ど 庭 や 景 色 が す ば ら し く 、 広 大 な 敷 地 に
は歴史的建材物や資料館もあり、ゆっくりと落ち着いた環境で勉強に集中でき
る環境がある。
我々が宿泊したホテルも1泊ツインで3000円程度であったが非常に快適
で中国国内の2星から3星クラスではないかと思った。ホテルのすぐ隣に朝食
会 場 も 会 っ た 。( ① 人 1 0 0 円 で バ イ キ ン グ )
事 務 局 の 女 性 に も し 来 年 交 換 留 学 を 実 際 に 九 州 大 学 QBS と 行 う と し た ら ど
うですか?とたずねたところ、非常に前向きな感触だった。単位互換の問題以
外は受け入れ態勢は万全だと言う話だった。もちろん交換なのでお互いの学生
の学費負担も発生しないし、中国は生活費が非常に安いので寮に住めば留学の
諸経費も非常に安く抑えることができるとのことだった。
ただ、北京大学の講義は1コマ3時間なので休憩はあるものの相当の集中力
が必要となると感じた。朝受けたアントレプレナーシップの講義には実際の
M B A の 学 生 の ク ラ ス に 入 れ て も ら っ た の だ が 、人 民 大 学 と 違 い 、ヨ ー ロ ッ パ や
アメリカの学生もいて、質問が講義の途中でどんどん出るため、諸外国の例も
聞くことができ、真の意味でのグローバルな講義であった。何よりも先生の英
語は中国人でありながら、ほぼネイティブなみであった。
個 人 的 な 感 想 と 今 後 の ICABE 交 流 へ の 提 案
1
スケジュールについて
朝9時から夕食まで過密スケジュールが組まれていたため、体力的に疲れが
きて後半は風邪や体調不良の者もでた。環境が変わりすぐに寝付けない場合も
あり、また朝食やホテルを出るまでの準備などに時間が結構かかるため朝の開
始時間は10時くらいにすることをお願いしたい。特に夜は毎日のように歓迎
食 事 会 を 開 い て も ら う た め お 酒 も す す み 、話 も 盛 り 上 が る た め 帰 り が 遅 く な る 。
ハードスケジュールだと肝心のレクチャーの時間などに非常に集中力が低下す
る。また先方の学生の発表が人民大学で多かったように思った。内容もしっか
り聞きたいし、質問もしたかったが時間がなく次々プレゼンを聴いたようなか
たちだったので人数を3~4 名位までに絞ってもらうように依頼してはどうか
と感じた。ディスカッションを充実させると学生交流の内容のレベルアップに
つながると感じた。
2
ホテルについて
ホテルが人民大学から北京大学の中のホテルに変更したのが夜だったため食
事会の後で遅くなり特に寒かったので防寒着が必要だと感じた。できればホテ
ルの変更は昼間に済ませることをお勧めする。夜に北京大のホテルに行くのに
場所が良く分からず手間取った。今回、人民大学の学生がホテルの下見までし
てくれており、値段とランクをいくつか候補を上げてくれ、ベストな状況でチ
ェックインできた。しかし、来年以降同じようにしてもらえるかは定かでない
8
ので心配なところである。北京グループはホテル代が非常に格安にすみ本当に
助かったが、上海などは物価も高いし、北京も自分達で手配となると厳しいも
のがあるだろうと感じた。ホテル代の経費負担を日本人はともかく、中国人留
学生の分は予算をとってはどうかと思った。
3
その他
訪中時期が修士論文完成直後ということもあり、発表者のパワーポイントの
準備(英語化など)がどうしてもギリギリになる。時期をあと1週間遅らせる
ことが可能であれば十分な準備ができるのではないか。実際に現地でそれを作
成するのは(プレゼンのパワーポイントなど)非常に本人がきついので、来年
以降は出来るだけ出発までに作成を完了することをお勧めする。またはそれが
出来ている人が発表をするようにするとよいのではないかと感じた。
全体的に非常に有意義で更に友好を深めることが出来た。特に人民大学の学
生達は非常に熱心で、かつ全員で一致団結して我々を歓迎してくれた。朝、ホ
テルに迎えにきてくれたり、深夜デパートに買い物に行った際我々が戻るまで
全員で待っていてくれたり非常に細かく配慮していただき、感謝の繰り返しだ
った。北京大学の福岡にきた学生達も夜の食事場所に非常に素晴らしい場所を
用意してくれており、また車でホテルまで送ってくれ、本当に親切にしてくれ
た。大学の講義の内容から将来の夢をお互い語り合い、音楽の話や恋愛、結婚
についての中国と日本の違いの話まで、本当に幅広い話をすることができた。
これからも彼らとの交流はメーリングリストを作成し継続していきたいと考え
ている。
また、個人的なことだが、北京大学のレクチャーをしていただいた先生に中
国で日本のような政府認定の接遇に関するライセンスのテストを実施する会社
を開きたいと話をしたところ「其れは非常に面白い。中国人には無い発想で、
かつ必要なこと」だと言ってもらえた。メールで相談にのることになったので
ぜひ取り組んでいきたいと思っている。さらに、北京に来年半年間交換留学制
度が立ち上がればぜひ長期履修生のメリットを生かし、立候補したいと考えて
いる。
9
-----------------------------------------------------------------------------------------(張軍)
1、
人民大学での学生交流の様子
人 民 大 学 の 学 生 は 学 生 委 員 会 の 組 織 で 熱 烈 に 交 流 に 参 加 に 来 た 。Q B S の 方 は
一 応 三 人 発 表 し た が 、R B S 側 は 全 部 8 人 ぐ ら い に 面 白 い プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン
をしてもらった。また、発表の間にたくさんの問題点についてディスカッ
ションした。また、御飯する時に色色な生活面のことも話し合った。一番
感動したのは出迎えに来たり、案内してくれたりして、本当に最後までに
待ってくれた。本当によかった。
2、
北京大学での学生交流の様子
ちょうどシンカポール政府は北京大学で公務員を募集に来たから、北京大
学 の 学 生 は 一 応 4 人 だ け 参 加 に 来 た 。交 流 し た が 、人 民 大 よ り 寂 し か っ た 。
3、
人民大学学生プレゼンテーション「スーパー・歌姫」について
こ の プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン は 人 民 大 学 の Liu Yingnan と Meng Xianghai に し て
もらったが、主に、この夏中国で最もホットな話題となったのが「超級女声」
( 日 本 語 で は「 ス ー パ ー 歌 姫 」と い っ た と こ ろ か )と い う テ レ ビ 番 組 あ る い は 、
この番組の裏に反映された中国市場の変化を紹介した。
○中国初の大衆参加型番組の誕生]
そ の 湖 南 衛 星 が 、 04 年 に ス タ ー ト さ せ た の が 「 超 級 女 声 」 だ 。 こ れ は 米 国 で 放
映 さ れ て い る オ ー デ ィ シ ョ ン 番 組「 ア メ リ カ ン・ア イ ド ル 」に 着 想 を 得 た も の 。
「アメリカン・アイドル」は誰でも電話で参加し、育成シミュレーションゲー
ム感覚でお気に入りのアイドルを育てる点が米国で受けていた。 「超級女声」
は歌好きな女性なら、誰でも無料で出場できる。このため中国全土から下は 6
歳 か ら 、 最 高 齢 は 89 歳 ま で の 15 万 人 が 応 募 し た 。 さ ら に 、 視 聴 者 が 携 帯 電 話
で自分の好きな歌手に投票するという手法で、大衆参加型の番組を実現した。
○「中国で最も成功のマーケティング事例」はこうして生まれた
「超級女声」は中国で最も成功したマーケティング事例としての側面も見ら
れる。この番組の大成功の裏で笑いが止まらないのが蒙牛乳業(本社・内モン
ゴル自治区フホホト市。以下、蒙牛と略)だ。蒙牛と湖南衛星のタイアップを
実 現 さ せ 、「 超 級 女 声 」 の 立 案 者 で あ る 孫 ジ ュ ン 氏 ( 3 7 ) に 話 を 聞 い た 。 2 0 0 4
年、中国の牛乳市場では、老舗ブランドの「光明」と内モンゴル草原で生まれ
た「伊利」と「蒙牛」が三角の競争を展開していた。蒙牛は創業 5 年で、最も
10
歴史が浅い。転職早々、牛乳・飲料マーケティング総括マネジャーとなった孫
に 与 え ら れ 仕 事 は 新 発 売 の 乳 酸 飲 料「 酸 酸 乳 」の 売 り 上 げ を 、8 億 元 か ら 25 億
元 に 引 き 上 げ る 、と い う も の だ っ た 。 そ ん な 彼 は 、出 張 中 の 機 内 誌 で「 超 級 女
声」という番組を知る。早速、中国メディア大学教授で中国屈指のマーケティ
ング専門家とマーケティングに活用できないかと、「超級女声」を徹底的に分
析した。このような連続放送のテレビ番組を利用すれば、毎日、視聴者に自社
製 品 に 関 す る 新 た な ト ピ ッ ク を 提 供 で き る 。さ ら に T V コ マ ー シ ャ ル よ り は る か
に大きな宣伝効果を生むことができるという結論
に達成した。
蒙牛がスポンサーとなった「超級女声」の視聴
率 は た ち ま ち 1 0 % 以 上 に あ が り 、ピ ー ク 時 の 視 聴
者は4億人に達した。蒙牛は「酸酸乳」パッケー
ジに「超級女声」のロゴを付け加える権利などを
得 る た め 約 2 0 0 0 万 元 余 を 投 じ た ほ か 、広 告 宣 伝 を
含めて総額 1 億元余の宣伝費を投入した。その甲
斐 あ っ て「 酸 酸 乳 」の 今 年 の 売 り 上 げ は 2 5 億 元 と 「 超 級 女 声 」 の ロ ゴ が つ い
な る 見 込 み だ 。 蒙 牛 全 体 の 売 り 上 げ も 100 億 元 に た 「 酸 酸 乳 」 。 こ の た め 蒙
達する勢いだ。
牛は莫大な投資をした。
○裏に投影された中国市場の質的変化
「超級女声」の成功は、中国市場の質的な変化を物語っている。若年層の消
費パワーが強い中国では「娯楽経済」が急拡大している。その中核はオンライ
ンゲームや携帯電話のショートメッセージが代表されたような、双方向性を備
えた大衆娯楽だ。「超級女声」をきっかけに、このような双方向性の娯楽が、
これまで一方的に番組を流すだけだったテレビにも広がった。「超級女声」に
みられる投票合戦は、オンラインゲームそのものだ。パソコンがテレビに変わ
り、対戦の場がネットカフェから全国に広がったこのビッグ・ゲームを、若者
たちは十分楽しんだ。
4、
来年の提言
1. 交 流 し て い る 大 学 と 一 緒 に 学 生 間 イ ン フ ォ メ ー シ ョ ン を 交 流 で き る
W E B を 作 れ ば 、同 じ エ ア リ ア ま た 同 じ 興 味 を 持 っ て い る 人 は 交 流 会 に
限らずにお互いに情報をシェアでき、また友達できる。
2. 交 流 に 行 く 前 に 、 参 加 者 を 募 集 す る と き に で き る だ け 向 こ う と 同 じ
テーマあるいは同じビジネス興味を持っている人を募集した方がい
いと思う。
3. ス ケ ジ ュ ー ル は 少 し 緩 や か に で き れ ば と 思 う 。
4. 交 流 会 を 定 例 に し て 、 早 め に 準 備 に 着 手 し 始 め る 。
11
-----------------------------------------------------------------------------------------(汪
陽)
発表のテーマ:日本読者市場での中国人作家の作品を活用について
目的:ビジネスとして、日本読者市場での中国人作家の作品の活用。
現状:日本では、現代中国人作家の作品は少ない。
原因:主な原因として、日本読者市場のマーケッティング手法の未熟さと作家
代理の機能を果たすエージェントの不足、現代中国人作家の作品を発掘する人
材の不足及び翻訳コスト。
調査内容:日本の書籍の流通現状、出版社及びエージェントの現状、出版コス
トの構成などを調べた。
結 論:イ ン タ ー ネ ッ ト を 活 用 し た マ ー ケ ッ テ ィ ン グ 手 法 が 進 歩 し つ つ あ る の で 、
そ れ を 活 用 す れ ば 、読 者 市 場 の マ ー ケ ッ テ ィ ン グ が あ る 程 度 可 能 で あ る 。ま た 、
中国人との連携で作品発掘コストの削減も可能であり、更には、定年退職の翻
訳人材を活用すれば、翻訳コストもある程度抑えられると考えられるため、販
売努力を加えれば、ビジネスとして成り立つ可能性がある。
北京大学学生発表について「XJPという薬品会社の人材評価方法についての
研究」
人的評価の二つのモデル:
業 績 ( O U T P U T ):
マーケットシェアの増加を縦軸に、目標の達成を横軸に
したモデル。最高の1から最低の4までの評価区分に仕分けることができる。
能 力 ( I N P U T ): 行 動 ・ 態 度 を 縦 軸 に 、 能 力 を 横 軸 に し た モ デ ル 。 最 高 の A か
ら最低のDまでの評価区分に仕分けることができる。
そして、上述の二つのモデルを合成した合成モデル。最高のTOPから、PO
TENTIAL、MEDIAN、BOTTOMの4つの評価層に仕分けること
ができる。
それぞれの評価によって、必要な人材を組織の中に引き止めるための報酬など
の イ ン セ ン チ ッ ブ が 必 要 と し 、ま た 、潜 在 能 力 の あ る 人 に そ の 能 力 を 引 き 出 し 、
そして、それぞれの力を更に引き上げることも必要である。
12
-----------------------------------------------------------------------------------------(長野暁子)
発表のテーマ
「 農 産 物 の 地 域 ブ ラ ン ド 形 成 戦 略 ~ 福 岡 産 い ち ご「 あ ま お う 」の 事 例 に 学 ぶ ~ 」
日本の農業で国内需要が頭打ちになり、食の分野、特に農産物にもブランド化
が求められていることを説明。そして、福岡県が開発して短期間で全国ブラン
ドとなったいちご「あまおう」の例をとりあげ、ポジショニング戦略や供給量
の調整、知的財産管理などに気を配ってトータルに価値を生み出したことを明
らかにした。
「 あ ま お う が 短 期 間 で 成 功 を お さ め た 要 因 は 」( 人 民 大 学 )「 日 本 の 農 産 物 は 価
格 が 高 い が 、ア ジ ア へ 輸 出 す る 場 合 ど う 克 服 す る か 」
( 北 京 大 学 )と い っ た 質 問
があった。
学生交流について
(人民大学)たくさんの人数で、丁寧なもてなしを受けた。とてもにぎやかな
校風と感じた。プレゼン内容もテレビ番組を素材にしたり、将来自分が「恋人
たちのグッズ」を扱う会社を起業するプランを打ち出したりするなど、ユニー
クな内容だった。参加者には起業志向の強さを感じさせる人が多く、昼食事も
一人一人の学生が熱心に起業プランなどを語っていた。参加者の一人に「45
歳くらいになったら大企業にいても面白くないので、独立しようかな」という
意味のことを言ったら、
「 そ れ は 遅 い 。中 国 な ら 5 年 以 内 に し な い と 」と 言 っ て
いた。
(北京大学)人数は少なかったが、参加者とは昼食時や休憩時間によく話をし
た。やや落ち着いた校風で、大変好感が持てた。欧米系の留学生の姿もよく見
かけた。北京大学の構内を案内してもらったことが最も印象的だった。歴史あ
る建物、湖や博物館もある美しい景色に在校生は誇りをもっているようで、九
大も歴史や学校の様子を映像で紹介できるとよいのではないかと思った。日本
のMBAはどのようなものか知りたがっていたので、国立大学はわずか4校で
あること、働きながら学ぶ人が多いことなどを説明した。ファイナンスやマー
ケティングなど日本の方が経験が進んでいる分野もあるので、そのあたりをプ
レゼン内容などでうまく伝えられると、学生交流が有益であることを実感して
もらえるのではと思った。
来年への提案
・ 事 前 に 連 絡 を 取 り 合 っ て い た 人 、先 に 九 大 へ 来 て く れ た 人 と は や り と り が ス
ムーズなの
13
で、参加者同士、少しでも多く言葉を交わすことが基本的に大切だと思う。
・ QBSの特徴を紹介する統一的なプレゼン資料、ビデオなどを作成しては。
日 本 の M B A の 現 状 や 、Q B S の 強 み 、日 本 の 先 端 的 な 研 究 分 野 な ど を そ の
中に盛り込む。
・ 校 風 の 違 い も 考 え 合 わ せ て 派 遣 メ ン バ ー・当 日 の プ レ ゼ ン 内 容 を 決 め る の も
い い の で は 。今 回 偶 然 か も し れ な い が 人 民 は 起 業 志 向 が 多 く 、や は り 北 京 は
中国全体のことも考え国営企業なども似合いそうな雰囲気があるように感
じたので、それぞれ同じような関心を持つ人を派遣してみるのも一案。
・ 今 回 英 語 力 不 足 を 反 省 。国 際 ビ ジ ネ ス を 学 ぶ 者 と し て 、恥 ず か し く な い レ ベ
ル に な る よ う 、事 前 学 習 と 準 備 の 必 要 性 を 感 じ た 。プ レ ゼ ン 資 料 作 成 な ど で
英語担当の先生のご協力を得られれば有り難いと感じた。
14
-----------------------------------------------------------------------------------------(長野暁子・井上奈美子)
中国の企業家
講義内容について
中国人の企業熱を指摘したうえで、中国の企業家には3タイプあると分類。
①低学歴だがバイタリティで起業②高学歴でオーナー一家③高学歴で友人・夫
婦経営の3つに分類。それぞれ具体的な企業名をあげて特徴を説明した。また
いずれもGuan
Xi(関係)と呼ばれるゆるやかな人的ネットワークが成
功のポイントであると指摘し、そのネットワークを広げるために、自分の目的
をかなえる人を意識しながら周辺から人脈をつくること、など実践的なアドバ
イスをしていた。
起業を行うには5つについてのプランニングを行う必要性がありその具体的方
法の説明があった。マーケティングプラン、雇用プラン、財務プラン、人的資
源プラン、製造プランである。さらに細かく、会計と税金、製品デザイン、人
材資源、法的な問題、販売営業については完成度を完璧から不足まで4段階に
わけ、チェックする必要がある。誰がビジネスプランを書くのがベストか、だ
れがそれを読むのか、教授より講義中学生に投げかけられた。他にも顧客を調
べることや問題点を想定することも話しにでた。更にリスク評価についても説
明があった。生徒の発言が講義中に活発に出る講義であった。
-----------------------------------------------------------------------------------------(久保田康)
発表のテーマ
「有田焼業界へのビジネスモデル提案
~インターネット版有田陶器市・オ
ー ダ ー メ イ ド 製 造 販 売 ~ 」 に つ い て 15 分 程 度 の 発 表 。
発表内容は次の通り。①有田焼業界全体の業績と有田陶器市の業績分析
業界の物流特性
③既存のビジネスモデル
④アンケート調査
②
⑤ビジネスモ
デルの提案
人 民 大 学 で は 、e-commerce 講 義 後 の 発 表 で あ っ た た め 、イ ン タ ー ネ ッ ト 版 有
田陶器市に関して、実現可能性についての質問が出た。また、焼き物という
digitalize が 難 し い も の を イ ン タ ー ネ ッ ト で 販 売 す る こ と に つ い て の 疑 問 な ど 、
2~ 3 の 質 問 が あ っ た 。
北京大学では、なぜ有田焼をテーマとして取り上げたのかとの質問や、輸出
を考えているのか等の質問があった。
Foundations of Electronic Commerce
b y J i - Ye M a o
Mao 先 生 の Foundations of Electronic Commerce で は 、 ま ず C-trip.com、
EMS、 HSBC な ど の 企 業 を 取 り 上 げ 、 中 国 e-commerce の 現 状 を 、 セ ル フ サ ー
ビス、カスタマイゼーション、パーソナライゼーション、ユーザー参加のコン
15
テンツ、流通の中抜きなどの視点から説明された。この講義の中では、
e-Commerce と は 顧 客 に 対 し て 価 値 を 創 造 す る た め に 情 報 を 集 め ・ 利 用 す る こ
と で あ る と 定 義 さ れ 、効 率 的 な 情 報 処 理 装 置 こ そ e-Commerce 成 功 の 要 因 と さ
れた。
QBS 側 か ら は 、 中 国 内 陸 地 で の e-Commerce と 流 通 実 態 に つ い て 質 問 が な さ
れ 、 Mao 先 生 か ら は 沿 岸 部 と の 比 較 を 用 い て 説 明 が な さ れ た 。
来年への提言
QBS 側 は プ ロ ジ ェ ク ト 論 文 の 発 表 完 了 後 、 日 程 最 終 調 整 時 期 に 中 国 側 は GW
に入り、具体的な調整が出来なかった。
学生交流の時期は両サイドの都合を
もう少し考えたほうが良いのではないか。
相手方へのお土産代や学生の宿代など、もう少し予算をつけて良いのではよ
いか。
-----------------------------------------------------------------------------------------(楊可可)
人 民 大 学 お よ び 北 京 大 学 で の 主 な 活 動 : QBS と ICABE に つ い て の 簡 単 な 説 明
および自分の留学生活について向こうの学生に紹介した(
。村藤先生がいままで
QBS と 他 校 の 間 で 行 っ た 交 流 活 動 お よ び 今 後 の 交 流 企 画 に つ い て 向 こ う の 学
生や先生たちに紹介した)
一 . QBS に つ い て の 紹 介 は 以 下 の と お り で す 。
1.名前の由来
2 . PROFILE
3.主な特徴
4.カリキュラム
5.プロジェクト論文
6.インターンシップなど
二 . I C A B E に つ い て :( 添 付 資 料 参 照 )
1.構成
2.目的
3.特徴
4.助成金
5 . QBS と の 関 係
6 . ICABE へ の サ ポ ー ト を 呼 び か け る な ど
村 藤 先 生 が ICABE に つ い て の 具 体 的 な 話 、 い ま ま で 中 国 の 大 学 と の 交 流 活 動
の状況、これからの企画、中国のビジネススクールの提携について説明した。
(添付資料参照)
16
三.向こうの学生との交流:
中国の学生は日本という国の事情、九州、福岡について興味がある。
ま た 、Q B S や 中 国 人 留 学 生 の 生 活 に つ い て 興 味 が あ る 。具 体 的 な 質 問 に
対 し て 、自 分 の 経 験 を 通 じ て 、説 明 し た 。ど う い う プ ロ セ ス を 経 て 、Q B S
に入ったのか、試験に何があったのか、先生たちはどのような先生たち
な の か 、学 費 、奨 学 金 に つ い て 色 々 な 話 を し た 。QBS に き た こ と が あ る
学生には福岡に対する印象を聞きました。みんな環境がいい、きれい、
大学の対応がよかった、物価が高いなどのことの話をしてくれた。日本
人への印象について聞いたところ、謙虚、親切ということを話してくれ
ました。
四.提言:
今後は九州大学、福岡について説明する必要がある。向こうは詳しく
し ら な い か ら 、そ の 上 で 、Q B S を 紹 介 す る 。具 体 的 に 留 学 生 個 人 の Q B S
での生活について発表する。もっとも説得力が生まれるだろう。お土産
については、向こうが喜びを感じるものを用意する。日本風のものがい
いと思う。
日本についての紹介、日本の中の九州、九州の中の福岡、
福 岡 の 中 の QBS と い う 風 に 紹 介 し た ほ う が い い と 思 う 。 向 こ う の 学 生
が日本について知っていることが少ないから。
添付資料
Cooperation Alternatives and Student Exchange
村藤先生作成&プレゼン
テーション
Brief Introduction
QBS&ICABE
陽さんプレゼンテーション
写真
17
上 海 (上 海 交 通 大 学 )への訪 問 報 告
上海の概況
古 い 歴 史 を 持 つ 上 海 は 、6 0 0 0 年 前 か ら 原 始 村 の 姿 で 現 れ た 。紀 元 前 3 世 紀 に
"戸 読 "と い う 名 前 が 生 ま れ 、 宋 代 に な っ て 上 海 は 港 と し て 存 在 す る 。 そ し て 元
代になってから、都として誕生した。明代において上海は紡織分野で役立ち、
清 代 に は "海 港 "が 設 け ら れ 、 貿 易 と 運 輸 に お い て 全 国 で 有 数 の も の と な っ て い
る。南京条約で開港した古い貿易港で、第二次世界大戦前は英・米・日の共同
租界とフランス租界が設けられ、国際色豊かな半植民地都市であったが、革命
後 大 工 業 都 市 に 変 わ っ た 。 1949 年 5 月 28 日 に 上 海 市 人 民 政 府 が 宣 告 さ れ 、 そ
れから長年を経て上海は大きな変貌を遂げた。
19 世 紀 よ り 急 速 に 発 展 し 、各 国 が 租 界 を 形 成 、戦 前 は「 魔 都 」と も 呼 ば れ て
お り 、 そ の 面 影 は 、 外 灘 ( バ ン ド ) の 英 国 風 建 築 物 に み ら れ る 。 80 年 代 ま で 、
上 海 は 経 済 発 展 に 出 遅 れ た が 、9 0 年 代 以 降 急 速 に 盛 り 返 し 、浦 東 開 発 地 区 を 中
心に世界の注目を集めるようになった。上海には黄浦、静安、長寧、ロ湾、南
市などを含む14個の行政区と松江、青浦などを含む五個の行政県及び浦東新
区 が あ る 。 常 住 人 口 は 1350 万 人 を 上 回 り 、 流 動 人 口 は 一 日 に 250 万 人 に 達 す
る 。日 本 企 業 も 多 数 進 出 し 、現 在 で は 日 系 企 業 数 は 約 2 5 0 0 社 、邦 人 数 は 1 5 , 7 1 8
人 余 り で 、 出 張 ベ ー ス で 滞 在 す る 人 を 含 め る と 2 万 人 程 に 上 る 。( 2 0 0 2 年 1 0
月現在)
1.
上海交通大学との意見交換
1-1.上海交通大学概況
(担 当 : ク リ ス チ ャ ン ス ・ ブ ル ー ノ )
上 海 交 通 大 学 ( SJTU) は 旧 南 洋 公 学 と 呼 ば れ 、 1869 年 に 設 立 さ れ た 中 国 で
も古い大学の一つである。この大学の卒業生で最も有名なのが、江沢民元国家
主席である。
SJTU に は 600 人 の 教 授 を 含 め 2100 人 の 専 任 教 師 人 が お り 、 お よ そ 28000
人 の 学 生 が 学 ん で い る 。大 学 の 優 れ た 分 野 は 、科 学 と 工 学 で あ る 。1 2 の 国 家 工
程 研 究 施 設 と 863 の 研 究 室 を 持 つ な ど 、 最 近 で は 研 究 開 発 に 力 を い れ て い る 。
上 海 交 通 大 学 管 理 学 院 は 1 9 1 8 年 に 設 立 さ れ 、1 9 9 6 年 に ア メ リ カ の 安 泰 国 際 集
団 の 投 資 で 安 泰 管 理 学 院 ( ASOM) が 設 立 さ れ た 。 ASOM で は 45 人 の 教 授 と
6 3 人 の 順 教 授 が 勤 め て お り H a r v a r d , Ya l e , S l o a n , W h a r t o n , U B C , M a r s e i l l e s
Business School と い っ た 海 外 有 名 大 学 と 提 携 し て い る 。 主 に 三 つ の 学 部 (① 科
学 と 工 程 管 理 、 ② 経 済 と 財 務 管 理 、 ③ MBA)に 分 か れ て い る 。
1994 年 か ら 学 生 3033 人 が 登 録 さ れ 、 フ ル タ イ ム ( 2 年 間 ) と パ ー ト タ イ ム
18
( 2 . 5 年 間 )の M B A コ ー ス を 提 供 し て い る 。プ ロ グ ラ ム に は 三 つ の 専 門 分 野 ( ①
MOT 分 野 の MBA、 ② 財 務 中 心 の MBA、 ③ 国 際 MBA( IMBA; 授 業 は 全 て 英
語 で 教 え ら れ る ) )が あ る 。 上 海 、 広 州 、 シ ン ガ ポ ー ル で も 講 習 を 行 っ て お り 、
授業は全て理論と実業のバランス兼ね備えている。
1-2.永池先生の講義
(担 当 : 堤 )
SJTU か ら の 要 望 に よ り 、 永 池 先 生 に よ る ”Japan’s experience in
International Trade Frictions and its Implication for China”の プ レ ゼ ン テ ー
シ ョ ン を 40 分 間 ほ ど 行 っ た 。 講 義 の 主 な 内 容 は 、 1 9 7 0 ~ 9 0 年 代 に 発 生
した日米通商摩擦の内容と日本がとった対応策を時系列的に分析したもの。ま
た、通商摩擦が発生する際に見られる共通的な兆候をどう見るかにつき、分析
したものである。本論文は現在深刻化しつつある日中間・米中間通商摩擦問題
の解決に関連し、かつて日本が経験した日米通商摩擦を通して得られたことを
中国にインプリケーション(啓示)として示したものである。
※詳細は、添付資料を参照下さい。討議内容では、通商摩擦の原因となる国
際 競 争 力に関連し、一国の経 済成長能力の尺度である国の潜在成長力
“Potential Growth of Nation”(ポテンシャル GDP)に 注 目 が 集 ま っ た 。 「 こ れ ら
を如何にして向上させるか」などを討論した。
P o t e n t i a l G r o w t h o f N a t i o n = F ( I n v e s t m e n t x L a b o r x Te c h n o l o g y )
Real Economy
e.g.; Products…
Engine
Money
Innovation
e.g.; System,
Processes
1-3.ロビンソン教授の講義
(担 当 : ク リ ス チ ャ ン ス ・ ブ ル ー ノ )
ロ ビ ン ソ ン 教 授 に よ る 「 Entrepreneurship」 に 関 す る 講 義 が 三 時 間 に わ た っ
て行われた。
教 授 は イ ギ リ ス で 生 ま れ で 、南 ア フ リ カ で 育 っ た 後 に オ ー ス ト ラ リ ア に 移 住 し 、
コ ン サ ル テ ィ ン グ 会 社 を 設 立 し た 経 歴 を 持 っ て い る だ け に「 E n t r e p r e n e u r s h i p 」
の講義はより真実味を感じることが出来た。その中でも、中国市場をターゲッ
ト と し 、ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス を 活 か す こ と を 生 徒 達 に 強 調 し て い た 。( 世 界 で 一 番
流 行 し て い る ボ ー ド ゲ ー ム で あ る M o n o p o l y 、サ ー フ・ブ ラ ン ド で あ る B i l l a b o n g
の 中 国 市 場 へ の 導 入 な ど の ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス 例 )。
19
授 業 ス タ イ ル と し て は QBS の 講 義 ス タ イ ル に な い よ う な パ ワ フ ル で ユ ニ ー ク
な授業であり、生徒を引き込むような講義のテクニックが印象的であった。
1 - 4 . QBS の学 生 によるプロジェクト論 文 の発 表 及 び Q&A
① 「 QBS の 紹 介 」 (発 表 者 : 堤 )
九 州 所 在 地 や 産 業 及 び QBS の 概 要 に つ い て 触 れ た 。 SJTU か ら は 、 QBS の カ リ
キュラムや単位についての質問が相次いだ。
② 「 九 州 地 場 企 業 の 中 国 進 出 戦 略 と 地 理 的 優 位 性 の 実 証 的 研 究 」 (発 表 者 : 堤 )
実際の修士論文発表プレゼンテーションを簡略して英語版を作成した。九州
地場企業の中国進出の現状と地理的に備わった九州の優位性をヒヤリングに基
づいて纏めたものであるが、今回の発表には、物流・旅客における優位性に焦
点を当て紹介した。
S J T U か ら は 、「 物 流 面 に お け る 強 み 」 に 反 応 が あ り 、 特 に ア パ レ ル 業 界 に お
けるリードタイムにおいて関心が寄せられた。
③ 「 福 岡 の 人 々 の 食 習 慣 に つ い て 」 (発 表 者 : ク リ ス チ ャ ン ・ ブ ル ー ノ )
福岡の世代別の食習慣、ライフスタイルにおける食文化をアンケートを元に
セ グ メ ン ト 分 析 し 、 発 表 し た 。 SJTU の 学 生 に 対 し て の 対 話 型 の プ レ ゼ ン テ ー
シ ョ ン 形 式 を 取 っ た た め 、 SJTU の 学 生 の 学 生 に と っ て も 上 海 事 情 と 照 ら し 合
わせて考えることができたのではないかと思われる。その際、色々な意見、感
想を聞くことが出来、大変参考になった。
20
1-5.グループディスカッション及びプレゼンテーション
QBS と SJTU の 学 生 の 専 門 分 野 、 職 業 な ど の バ ッ ク グ ラ ウ ン ド を 考 慮 に 入 れ 、
3 グ ル ー プ (1 グ ル ー プ 6 ~ 7 名 )に 分 け 、 各 デ ィ ス カ ッ シ ョ ン テ ー マ に 基 づ い
て討論を行った。その後、各グループの代表によるプレゼンテーション、質疑
応答を行った。
● ディスカッションテーマ及びその内容について
① Foreign Investment Management
グループ1の討論のテーマ
議題:
(担 当 : 堤
香苗)
「中国市場における外資の呼び込み対策」
中国市場において外資を今後如何に引き付け如何に留まらせるか。
そのためにまず、現在の中国の強みとはどのようなものかを分析し
今後いかに引付けていくかを討論する。
中国市場の近年及び数ヶ月における状況より
近年、日本企業はリスク分散や中国市場における事業拡大の頭打ちなどを理
由に、ベトナム等の東南アジアに再び進出を行うようになっている。現在の中
国市場を支える産業の殆どが外資に依存するものが多く、国家はこれらの実情
を無視することは出来ない。現況の中国において外資の流失は、中国の財政に
おいては多大な損失を呼ぶものといわれている。
[主 な 論 点 ]
(参加者からの意見及び内容)
(1 )中 国 に お け る 競 争 力 の あ る 強 み と は
・安い労働力や賃金
・市場規模
・急速な市場経済の発達
・近年の政府による政策の開放度の拡大
・労働組合の結束が弱いこと(外資によっては強み)
・能力ある従業員の豊富さ
(エンジニア、経理等)
・中国人の世界的なネットワーク
・天然資源の豊富さ
(2 )中 国 市 場 に お い て 障 害 と な っ て い る も の ( 解 決 す べ き 今 後 の 課 題 )
・知的財産権の侵害
・労働力の上昇
・物流コストが割高であること
・政府の規制等が複雑で工程が込入っていること
・電力不足
・一般的な経済状況
(世界の経済状況に左右されやすい)
21
・市場が不完全状態であること
(3 )今 後 2,30 年 の 間 中 国 市 場 は 外 資 を 引 き 付 け る こ と が 出 来 る か 。
・引き付けることは出来るかもしれないが、状況は変化していくであろう。
・ 現 在 好 調 の ア パ レ ル 関 係 が I C 関 係 の 産 業 に 発 達 す る の で は な い か 。( 雁 行
形態によ
る推測等から)
(4 )成 功 要 因
・ 企業家精神による中国国内のイニシアティブ(中国ブランドの育成)
・ 可能性のある国内市場を発達させること
・ 米国との摩擦弊害の低減
・ 国内市場を緩やかに競争力のある市場に持っていくこと
[所 感 ]
出身国やバックグランドが様々なこともあり、専門分野を生かした積極的な
意 見 交 換 が 行 わ れ た 。そ の 一 方 で 、日 本 国 内 で は 一 般 的 に 知 ら れ て い る こ と が 、
中国国内では情報が行き渡っていないことも観察された。例えば、中国の強み
として全世界に跨る「中国のネットワーク」を上げたところ、国内ではそれほ
ど認識されていないせいか反応が少なかった。シリコンバレーで活躍する中国
のベンチャー企業を例に上げながら、日本の社会では世界中に散らばった個々
のネットワークによって構築される企業形態は稀であるが、中国の社会ではそ
のような企業形態が日本と比較すると多いという話などを伝えた。その理由と
して、中国の人々は、独立精神が強く起業に対する意識が高いからではないか
と投げかけたところ多少納得したようだった。
中国国内における否定的な経済や政治の実情も中国人の学生から率直に意見
が交わされ、有意義なグループディスカッションの時間となった。
② Technology Transfer to China
(担 当 : 田 中 靖 生 )
急 速 な 経 済 発 展 が 進 む 中 国 に お い て 、 海 外 (日 本 )か ら の 技 術 移 転 に 関 す る 諸
問題、協力体制のあり方について日中相互の立場から討論を行った。
[主 な 論 点 ]
・ 中国における模造商品問題
・ 日本の果たすべき役割、協力体制について
[所 感 ]
経済発展段階における模造商品の広がりはある程度仕方がないが、国際競争
力をつけてきた中国にとって模造品に関する取締りを強化する必要があるとの
22
意見も出た。今後の中国において国際的観点に立った法重視政策が機能するか
がこの問題を解決する糸口になると思われる。また、技術移転に関する日本の
役 割 と し て は 、「 共 存 共 栄 」 そ し て 「 技 術 移 転 の 二 極 化 ( 移 転 す る 技 術 、 移 転 し
な い 技 術 の 棲 み 分 け )」 が 今 後 、 重 要 で あ る と い っ た 意 見 も 聞 く こ と が 出 来 た 。
③ Financial Systems – Asian Currency
(担 当 : 伊 達 千 津 代 )
◆ Individual Investment Behavior
アジア地域国では個人金融資産における現金預金の割合が、欧米に比べ非常
に高く、その原因と今後の金融派生商品への転換について、日中韓インドネシ
アの視点から討議した。
[主 な 論 点 ]
・各国における金融資産に対する見解の特徴
・金融派生商品のポテンシャリティ
[所 感 ]
子孫に資産を継承するアジア文化と自身で資産を消費する欧米文化の違いが、
バックグランドとして挙げられる。また、リスク=チャンスではなくそれを回
避すべきものとして捉える国民性が、現金預金を保有する傾向に大きく影響し
ているという意見が出た。中国では政府による金融政策が未熟な為、まずは投
資環境の早期構築が期待される。
23
2.上海市内、蘇州及び無錫視察
2-1.上海市内視察
(担 当 : 趙
大龍)
主な訪問地:バンドエリア、新天地、豫園、東方明珠塔
等
[所 感 ]
上海市の中心地を視査することで数え切れないビルやマンションなどを目に
した。いかに上海は中国の金融中心地であるかということを実感した。毎年街
の様子が変わり続ける上海は世界的なレベルを持つ大都市になっている。高速
道 路 を 走 っ て い る 車 は フ ォ ル ク ス ワ ー ゲ ン 以 外 に B M W や B U I C K 、そ し て 、ス
ズキやホンダなどの日本車も多く見かけた。
しかし、外資系ビルが多くの割合を占める上海では、過度に外来投資に頼る
成長であることも分かる。そして、街中を歩いて見て、上海の物価やマンショ
ンの家賃も日本とほとんど変わらないくらいになってきている。この高い生活
費が必要とされている街で、高級車を持つ多くの人々に対して、貧しい生活を
す る 人 々 も 多 く 見 か け た 。中 国 政 府 は 世 界 か ら ヒ ト 、モ ノ 、カ ネ 、技 術 を 集 め 、
投資主導の経済を取り入れることによって、貧富の格差が急拡大していること
が 理 解 で き た 。こ れ は 中 国 各 地 で 暴 動 が 頻 繁 に 起 こ る 原 因 の 1 つ で あ る こ とに
違いない。
様々な不安要素があるが、やはり早いスピードで成長し、巨大な市場に成り
つつある中国、特に上海は驚くばかりである。そして、上海は既に世界的な大
企業が争う戦場になっている。自動車メーカーはもちろん、街中を歩いていて
も、各業界の多くの世界的なブランドの看板を見かけることができる。欧米や
日本の外資企業と地元の中国企業と激しい競争が行われていることを実感した。
2-2.蘇州及び無錫視察
(担 当 : 趙
大龍)
主な訪問地:虎丘、三国城、水滸城、太湖
等
[所 感 ]
上海と違って、蘇州と無錫は穏やかで、歴史的、文化的側面が感じられる街
だといえる。蘇州は昔からながらの自宅用の広いガーデンを中心に、仏教で有
名な寺や戦国時代の王様の墓などがある。無錫では三国志の城、美しい太湖な
どを目にすることができる。また、街中で、廟会という雑技団を中心に、中国
の神様を参拝する儀式が時々行われている。ここでは昔の中国の人々の生活ぶ
りを感じる事ができ、なお且つ中国の文化に溶け込んでいける感じがした。そ
して、ここの人々は上海の人々と対照的で、緊迫した生活感はなく、ゆったり
した生活をしている。この他に、街中では、車、バイク、自転車などの順序の
ない交通も印象的であった。これは発展している中国の中で、まだまだ発展す
る必要があるところの 1 つであることを感じた。
最後に、中国の都市視査の一面から見れば、今回の中国の訪問は非常に意味
のあることだと思う。今後もこのような機会を作り、テレビや雑誌から外国を
24
見 る の で は な く 、現 地 に 行 っ て 、自 分 自 身 の 目 で 外 国 の 人 々 の 生 活 環 境 を 感 じ 、
ビジネスチャンスを発見し、その国の文化を理解する必要があると思う。
2-3.復旦大学の劉先生との面会
(担 当 : 堤 香 苗 )
[上 海 の 電 力 概 況 に つ い て ]
今 年 QBS 集 中 講 義 で も 教 鞭 を 取 ら れ て い た 劉 先 生 に 出 発 の 日 の 午 前 中 に お
会いした。先生自身のマーケティングのバックグランドも保持しておられ、報
告者の勤務先が電力産業として大連に工場を所有していることもあって中国の
電力事情について少し討議した。
殊に現在の上海においては、過剰な電力消費に伴って政府による大幅な電気
の供給体制の規制がある。そのため、日常生活に差し支えがあるとのこと。政
府は、一般家庭を中心に電力供給における優先順位をきめている。また、産業
においても各地の産業事情によって優先順位を決めており、その産業政策に企
業自体がうまく乗っ取っていることが不可欠である。また各企業の投資状況や
条件によって内容も変わってくるとのことだった。
[劉 先 生 自 身 の お 話 や 上 海 に つ い て ]
劉先生自身、復旦大学を卒業されたのではなく別の地域の出身であるとのこ
とだった。上海は世界に置き換えていえば、中国大陸におけるニューヨークの
よ う な 場 所 で 、中 国 全 土 か ら 人 々 が 集 ま る と こ ろ で も あ る 。上 海 交 通 大 学 I M B A
の学生の殆ども当大学の学部からではなくあらゆる大学の学部から入学してい
ることも分かった。
[所 感 ]
今回の上海訪問では復旦大学での交流は生憎叶わなかったが、ところを変え
て同じ方と面会することによって次の交流に発展させることが出来る。そのた
め、時間が限られていても機会を逃さずにこまめに連絡を取り、接触すること
が大切であることを改めて痛感した。
3.
東芝中国社上海事務所訪問( 東 総経理、豊田 副総経理 )
(担 当 : 田
中靖生)
[概 要 ]
中 国 事 業 3 3 年 を 向 か え 、中 国 を 生 産 拠 点 だ け で は な く 、研 究 開 発 ( ソ フ ト ウ
ェ ア 部 門 の 音 声 認 識 ・ 合 成 シ ス テ ム 、自 動 翻 訳 シ ス テ ム 等 ) か ら 調 達 、販 売 、サ
ービスといった総合事業拠点として位置づけており、広報、知的財産、コール
センター、環境部門を設立し、現地化をはかっている。2002年にはノート
P C を 世 界 へ 供 給 す る 拠 点 と し て 杭 州 に 東 芝 最 大 の 工 場 を 設 立 。ま た C S R に も 力
を入れており、2004年『中国電子報』より「20年間で最も中国の電子産
業に影響を与えた企業」として表彰されている。
25
(企 業 数 : 6 3 社 、 従 業 員 数 : 2 0 , 0 0 0 人 、 事 業 規 模 : 5 4 0 億 人 民 元 )
[東 総 経 理 、 豊 田 副 総 経 理 の 話 ]
・コスト競争力で劣勢にある日本メーカーにとって中国メーカーが製造してい
な い 製 品 (コ
ピ ー 機 等 )を タ ー ゲ ッ ト に す る こ と が 重 要 。 ま た 、 BtoC の ビ ジ ネ ス で は 中 国
メ ー カ ー と 競 う こ と が 難 し い 為 、 BtoB の ビ ジ ネ ス を 強 化 し て い る 。
・知的財産部門を昨年設立したが、現状は「いたちごっこ」状態である。摘発
機 関 と の 連 携 (情 報 提 供 )、 欧 米 ・ 日 本 メ ー カ ー を 問 わ ず 知 的 財 産 部 門 で は 競
合他社との連携を強化
している。
・中国において優秀な人材の確保が重要であり、給与面でも優遇する制度をと
っている。
[所 感 ]
中国市場においては中国メーカーが製造していない製品にターゲットを絞る
こと、価格ではなく品質で競い合うことが重要であると認識できた。また、お
話の中で「現地化」を強調されていたのが印象的であった。利益追求型だけで
な く お 互 い に Win-Win 関 係 を 築 く 事 が 中 国 市 場 に お い て 成 功 す る 最 も 重 要 な 要
素であるように思われる。
26
4.今後に向けて
4-1.成果のまとめ
・ SJTU の IMBA は Exchange プ ロ グ ラ ム を 実 施 し て お り 、 国 際 色 豊 か な 雰 囲 気
を感じた。
・
QBS、 SJTU の 学 生 間 で 「 学 生 間 交 流 プ ロ グ ラ ム 」 の 構 成 、 運 営 の 打 合 せ を
事前にメール等で行ったため、より深い学生間交流が実施できた。
・
東芝上海において中国市場の現状、問題点、また現状における取組みなど
の生の話を聞くことが出来、大変参考になった。
4―2.今後強化すべき課題
・学 生 間 プ ロ グ ラ ム 内 容 の さ ら な る 質 の 向 上 ( 全 員 参 加 型 プ ロ グ ラ ム の 構 成 も 可
能であるが
十分な事前準備が必要)
・ 時 間 的 余 裕 を 持 っ た 事 前 準 備 が 必 要 で あ る (訪 中 直 前 は SJTU は 長 期 休 暇 で あ
ったため、他の参加する学生に連絡が上手く回らなかった)
*添付資料
永池克明先生
J a p a n ’s e x p e r i e n c e i n I n t e r n a t i o n a l Tr a d e F r i c t i o n s a n d i t s I m p l i c a t i o n
for China”
27
南 京 (南 京 大 学 )への訪 問 報 告
今 回 、訪 問 し た 南 京 大 学 は 、本 年 7 月 に Q B S に 招 聘 し て お り 、S h u m i n g Z h a o
教 授 以 下 、 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル 学 生 3 名 、 H o n g J u 氏 ( J e n n i f e r )、 H e We n 氏
( H e n r y )、 M a L i n 氏 ( L i n d a ) と 当 方 学 生 の 間 に は 、 既 に 面 識 が あ っ た 。 来
日 時 の Zhao 教 授 に よ る 講 義 、 問 題 提 起 、 な ら び に 、 双 方 学 生 に よ る プ レ ゼ ン
テーション、ディスカッションにより、今回の訪中に向けての機運が高まって
い た 。 ま た 、 先 方 の 連 絡 窓 口 ( Hong Ju 氏 ) も 明 確 に な り 、 継 続 的 な メ ー ル 及
び電話による連絡を行える体制が整えられていた。今回、出発まであまり時間
がない中での調整ではあったが、事前の招聘により既に面識があったこと、な
らびに、先方の窓口が明確化していたことが、今回の訪中を円滑に進める上で
重要な意味を持っていたことを申し添えたいと思う。
前述のように、南京方面は、平成17年10月7日から11日の期間内に、
引率である出頭教授以下、計7名の学生が参加した。今回の学生交流プログラ
ムの内容を中心に、各参加者が思ったこと、感じたことを以下にまとめたいと
思う。また、最後に、今後の交流プログラムをより良いものにするためにも、
今回の反省点等について言及し、本報告のまとめとすることとする。
1.南京市の概要について
南京市は、江蘇省の省都で、長江下流に位置しており、丘陵地が多く、緑豊
か な 歴 史 的 古 都 で あ る 。 面 積 は 、 約 6 , 5 9 7 ㎡ ( 福 岡 県 は 約 4 , 9 7 3 ㎡ )、 人 口 は
約 5 6 3 万 人 ( 福 岡 県 全 体 で 約 5 0 6 万 人 )。 中 国 の 民 主 革 命 家 で あ る 孫 中 山 ( 孫 文 )
の陵墓である中山陵や、城壁、雨花台等、歴史的遺跡が数多く保存されている。
南京市は、中国東部における重要な工業生産基地であり、工業総生産量は全
国の工業総生産量の1%を占めている。業種別では、特に重化学工業が際立っ
ているが、他にも電子、自動車、化学工業などがあり、それぞれの生産規模は
全国でも上位を占めている。南京市の商業圏は、江蘇、安徽、山東、河南、浙
江、江西等の省にまで及び、広大な市場を背景に、南京市は長江中・下流域に
おける近代的商業の中心地として発展を遂げている。
2.南京大学ビジネススクールとの意見交換
2-1
南京大学概況
南京大学は、世界で最も古い高等教育学府の一つであると言われている。後
漢 時 代 の 258 年 に 開 設 さ れ た 「 南 京 太 學 」 か ら 始 ま り 、 1902 年 に 三 江 師 範 学
堂 と な っ た 。 そ の 後 、 幾 つ か の 変 転 を 経 て 1921 年 に 国 立 東 南 大 学 が 開 学 。 国
28
立 中 央 大 学 を 経 て 、 1950 年 10 月 に 現 在 の 名 称 に な っ た 。 1952 年 7 月 に 金 陵
大学を統合し現在に至っている。
南 京 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル( 南 京 大 学 商 学 院 )は 、1988 の 開 学 。現 在 、ビ ジ
ネ ス ス ク ー ル の 下 に は 、 Dept.
of
Economics 、 Dept.
of
Business
A d m i n i s t r a t i o n 、 D e p t . o f I n t e r n a t i o n a l E c o n o m i c s a n d Tr a d e 、 D e p t . o f
Accounting 、 Dept. of Finance 、 Dept. of Electronic Business 、 Dept. of
Marketing 、 以 上 の 7 学 科 が あ る 。 上 記 の う ち 、 Electronic Business と
Marketing は 比 較 的 新 し い 学 科 で あ り 、そ れ ぞ れ 、2001 年 と 2003 年 の 開 学 と
な っ て い る 。 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル で は 、 9 つ の 学 士 プ ロ グ ラ ム 、 な ら び に 、 MBA
を 含 め 、 12 の 修 士 プ ロ グ ラ ム が あ り 、 主 専 攻 と し て 、 2 つ の 博 士 プ ロ グ ラ ム を
提 供 し て い る 。 MBA プ ロ グ ラ ム は 、 通 常 の MBA コ ー ス ( フ ル タ イ ム / パ ー ト
タ イ ム )の 他 、海 外 の イ ン タ ー ン シ ッ プ も 組 み 込 ま れ た I n t e r n a t i o n a l M B A プ
ロ グ ラ ム 、 管 理 層 を 対 象 と し た Executive MBA プ ロ グ ラ ム が あ り 、 MBA コ ー
ス の 学 生 だ け で 合 計 1000 人 に な る と の こ と で あ る 。 海 外 と の 交 流 に つ い て 、
南京大学ビジネススクールは、米国ミズーリ大学(在セントルイス)と密な交
流 ・ 連 携 が 行 わ れ て お り 、 International MBA コ ー ス の 学 生 は 、 ミ ズ ー リ 大 学
で学ぶことができる他、セントルイス周辺にある多くの多国籍企業でのインタ
ー ン シ ッ プ 機 会 が 準 備 さ れ て い る 。今 回 の 訪 中 時 で は 、ミ ズ ー リ 大 学 の 学 生 で 、
現 在 南 京 大 学 に 留 学 し て い る 学 生 と も 交 流 を す る こ と が で き 、 南 京 大 学 MBA
プ ロ グ ラ ム の 国 際 性 に も 触 れ る こ と が で き た 。米 国 以 外 で は 、日 本 、オ ラ ン ダ 、
オーストラリア、英国、シンガポール等のビジネススクールと交流が行われて
おり、その一部は双方の単位互換も含まれているとのことである。
2-2
QBS に よ る 講 義
先方大学との学術交流の一環として、出頭教授によるマーケティングの講義
が行われた。講義では、電通社のハニカムモデルが紹介され、理論的な考察を
ベ ー ス に 、 日 本 の ブ ラ ン デ ィ ン グ 活 動 の 紹 介 が 行 わ れ た 。 日 本 の CM の 実 例 紹
介もあり、先方の学生にも大変興味をもたれる内容であった。日本では、ブラ
ン ド を イ メ ー ジ し や す く す る た め 、「 企 業 = ブ ラ ン ド 」 の 傾 向 が あ り 、「 大 塚 製
薬 - ○ ○ 」、
「 日 産 - ○ ○ 」の よ う に 、
「 企 業 名 - 製 品 名 」と い う 順 で 紹 介 が さ れ
る こ と が 多 く 、こ れ と 対 比 さ れ る の が 、シ ャ ン プ ー の Vi d a l S a s s o o n 等 で あ り 、
こ の 場 合 、 商 品 名 ( ブ ラ ン ド ) の み で 、 企 業 ( P&G) の 紹 介 は さ れ て い な い 。
出頭教授によると、どちらが良いのかという議論ではないが、日本のブランデ
ィ ン グ の 考 え 方 に 自 信 を 持 た せ る 事 例 と し て 、 最 後 に 、 中 国 の Vi d a l S a s s o o n
の CM が 紹 介 さ れ た 。そ の CM の 最 後 で は 、
「 中 国 P & G - Vi d a l S a s s o o n 」 と 紹
介されていた。日本と欧米、日中の文化的な背景についても考えさせられる内
容の講義であり、終了後、中国の学生から積極的に質問がされていた。
29
2-3
学生との意見交換
学生交流プログラムとして、QBSからは、小川氏、長南氏、西木氏、矢頭
氏によってプレゼンテーションが行われた。各プレゼンテーションのテーマ、
主要な要点は、以下の通りである。またプレゼンテーションを行っていない参
加者についても、様々な意見交換の機会を通じて、南京大学の学生とディスカ
ッションを行っており、その内容について以下にまとめる。
<主要な論点>
「学生交流を通しての事業提携可能性」
(小川博文)
今回の訪問の目的は、私が経営している会社におけるソフトウェア開発プロジ
ェクトに中国企業とのオフショアリングパートナーを南京大学の学生から発掘
することが可能かどうかを探ることです。
プ レ ゼ ン の 題 目 は 「 Why Offshore Programming Partners are needed in
Japan? 」 で あ る 。 内 容 は 日 本 に お け る ソ フ ト ウ ェ ア 開 発 企 業 の 現 状 説 明 と 中
国開発企業を提携先とした場合のメリット、デメリットを説明し、最後に両者
の提携を成功させるために必要な要素は互いの立場を理解しあい、与え合う気
持ちが重要であり、それぞれの守るべき役目をクリアにすることであると締め
くくり、南京大学の学生と交流を図りました。
そして、結果として私にとっての今回の交流の最大の成果は大きく二つあり
ます。一つ目はソフトウェア・ベンチャー企業の経営者である南京大学の学生
と 知 り 合 い 、 私 が 11 月 に 、 再 度 南 京 を 訪 問 し 、 具 体 的 な 提 携 業 務 の 内 容 の 打
合せをすることになり、提携への道筋ができたことです。二つ目は、その彼と
十分話し合いをするなかで、私は、彼らの尊厳の高さ(面子)と情の深さ
( Guanxi) を 強 く 感 じ 、 そ ん な 彼 ら を 見 て 、 聞 い て 、 話 し 、 触 れ て み て 、 彼 ら
へ尊敬の念と愛情を感じ、彼らとなら意義がある仕事をなせると思えたことで
す。
今回の提携話はまだまだ序盤戦ですが、必ず成功させてみたいと心から思い
ま す 。 こ の ICABE プ ロ ジ ェ ク ト が な け れ ば と て も 考 え ら れ な か っ た 成 果 に 非
常に満足しております。
30
「 日 本 の 高 度 情 報 化 社 会 に お け る IP 携 帯 電 話 が も た ら す ラ イ フ ス タ イ ル の 変 革 」
(長南宏太三)
日本における携帯電話がもたらした日常の変化と社会の変化を説明し、携帯
電話市場が量的に飽和状態に陥ったことで、新たな変革が求められていること
を 説 明 し た 。 そ の 上 で IP 携 帯 電 話 へ の 移 行 と い う 次 の 市 場 変 革 機 会 が 、 中 国
の市場にも意外と早くおとずれる可能性を検証したいということをアピールし、
中国の市場情報が少ないこともあり情報交換を呼びかけた。
しかし南京大学の学生に、高度情報化社会のユビキタスというキーワードや
4レスという概念をうまく伝えることができなかったこともあり、活発な意見
交換には至らなかった。発表終了後に個別の意見交換で、中国の携帯市場では
携帯電話によるブラウザ利用はサービスとしてまだ確立しておらず、ダウンロ
ードによる着うた的なものは存在していないことがわかった。このため学生の
興味は、このようなダウンロードによるビジネスモデルが、日本のユーザーに
受け入れられている理由にあったが、彼等には着うたが魅力的なものという認
識がなかったため、ダウンロード型ビジネスが拡大した理由への理解も進まな
かった。この点でも双方に共通な認識は生まれなかったが、携帯電話によるダ
ウンロードやネットワーク型のビジネスモデルには興味があるため、今後も意
見交換を行うことを続けていくことで、中国市場の特殊性を理解し、サイト展
開やビジネスモデル構築への布石にしたい。
「日中における産業振興、サイエンスパークの運営について」
(丹生晃隆)
学生交流プログラム内で、プレゼンテーションは行わなかったが、南京大学
の 学 生 ( J i n g Yi n g 氏 ) の 南 京 の 科 学 技 術 圏 ( サ イ エ ン ス パ ー ク ) の プ レ ゼ ン
テーションには、当方の職務にも共通することから、大変関心を持ち、ディス
カッションを行った。
J i n g Yi n g 氏 に よ る と 、 南 京 に お い て も 、 国 内 産 業 の 活 性 化 、 科 学 技 術 産 業
の振興、外資系企業の誘致の点においても、サイエンスパークは重要な意味を
持つとのこと。実際に、シーメンス等、海外企業も立地しており、誘致の受け
皿になっているようである。立地企業に対する情報提供、サポートは、
One-Station サ ー ビ ス が 重 要 ( 日 本 で い う 、 One-Stop サ ー ビ ス ) と い う 点 も 、
日本と同様。また、サイエンスパーク(地理的な視点)の中に、サイエンスパ
ー ク ( 各 企 業 の 研 究 機 能 の 集 積 ) が あ る と い う 意 味 合 い の 、「 P a r k i n P a r k s 」
という表現が非常に印象的であった。
31
当方は現在、公的機関に属しており、先方学生の実ビジネス思考とはあまり
関わりがないかもしれないと考えていた節もあったが、今回の交流プログラム
により、公的機関で産業振興に関わっている学生とディスカッションを行う機
会を得て、非常に刺激になった。
「日本の銀行の不良債権処理と公的資金の注入について」
(寺田俊章)
今回の訪中プロジェクトにあたり、公式なスケジュールでの私のプレゼンテ
ーションはありませんでしたが、南京大学の学部生とディスカッションを行う
機会を得た為、その内容について報告致します。
Q B S の 学 生 の プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン 後 、聴 講 に 集 ま っ て い た 約 5 0 名 程 度 の 学
生とそれぞれディスカッションを行った。私は主に、会計学を専攻する学部生
と交流し、日本の銀行に対してなぜ多額の公的資金が注入され、またなぜあの
時期であったのか、という点で質問を受けた。
当時の銀行を取り巻く外的・内的環境について説明し、時期的には先送りが
出来ない状況であったこと、また公的資金注入による金融危機の回避がその後
の日本経済の回復に寄与していること、を説明すると非常に深く理解を得るこ
とができた。
また中国が抱える不良債権の問題点と、その解消方法についても率直な意見
交換を行い、南京大学の学生の金融システムと不良債権問題に対する関心の高
さが伺えた。
「ブランドの価値向上に向けた中国市場の実態把握およびコカ・コーラウエス
ト ジ ャ パ ン 株 式 会 社 ( CCWJ) に お け る ア ン カ ー ボ ト ラ ー と し て の 協 力 体 制 の
あり方」
(西木秀臣)
日本と中国市場との違いを分析し、アンカーボトラーの役割としてあるコ
カ・コーラブランドの価値向上を図るための手段としてCCWJの中国進出の
可能性の模索を今回の訪中の目的とした。発表では、コカ・コーラシステムお
よ び そ の 中 で の C C W J の 役 割・戦 略 な ど を 説 明 し た が 、南 京 大 学 学 生 の コ カ ・
コーラに関する知識が少なく、建設的な議論までには至らなかった。
し か し 、地 元 企 業 「 W A H A H A 」 に 関 す る 情 報 を 得 る こ と が 出 来 た 。例 え ば 、
中国内陸部ではコカ・コーラやペプシよりも高いマーケットシェアを持ってお
り、特に果汁・水のカテゴリーにおいて圧倒的な地位を確立している、コカ・
32
コーラは炭酸飲料しか取扱っていないのでは、など日本では得ることが出来な
い情報を得ることが出来た。
その後行われた懇親会・市内観光により、南京市における売り方・品種・パ
ッケージなどの実態がおよそ20年日本市場より遅れていると感じ、自動販売
機の活用、炭酸飲料以外のサブカテゴリー戦略(コーヒーおよびティー、水、
果汁飲料の積極展開)によりまだまだ市場の拡大が図れることを認識した。
また、中国の治安の悪さ・物価の安さから、自動販売機の盗難・薄利が懸念
されるため、ディスペンサーおよびインマーケットを主とした自動販売機展開
が望ましく、またオペレーション体制の確立が要求されることを改めて確信し
た。
今回の訪中から、CCWJの中国進出によりコカ・コーラブランドの価値向
上が図れることを確信し、その具体的手法を検討することが課題として出てき
ました。九州という地理的観点および歴史的背景からのアドバンテージを生か
し、台湾・大連を進出における有力候補地として検討を開始する。
ま た 、「関 係( Guang-xi)」が 中 国 進 出 に お け る 最 重 要 項 目 と し て あ る こ と を
認 識 し 、 ICABE で の 交 流 活 動 に よ り 今 後 も 自 ら の ネ ッ ト ワ ー ク の 拡 大 を 図 り 、
CCWJの中国進出の実現に寄与させて行きます。
「日本の人事マネジメント~A 社の事例を通じて~」
(矢頭英典)
今回の訪問先での私のディスカッションテーマは、前回学術交流のため九州
大 学 に 来 ら れ た 南 京 大 学 の Professor Zhao (Dean)か ら の リ ク エ ス ト で あ っ た 。
Professor Zhao が 来 福 時 の テ ー マ は 「 Global Human Resource Management」
であり、その内容は世界や中国における人事マネジメントの現状などについて
のレクチャーであった。そのため、今回はこちらから“日本における人材マネ
ジメントの現状”についてプレゼンテーションで返答する形となった。
そ の 中 で 私 は 、「 H u m a n R e s o u r c e M a n a g e m e n t i n J a p a n ~ A C a s e o f
C o m p a n y A ~ 」と 題 し 、ま ず “ 日 本 に お け る 労 働 力 人 口 の 現 状 と 今 後 の 見 通 し ”
について触れ、日本における人事マネジメントのベースとなる環境説明を行な
っ た 。そ の 上 で 、A 社 の 事 例 と し て 人 事 マ ネ ジ メ ン ト の 概 要 に つ い て 説 明 し た 。
先 方 か ら の 期 待 も あ り 、2 0 分 を 超 え る 説 明 と な っ た が 、そ の 間 参 加 し た 多 く の
学生が大変関心のある表情で熱心に聞いていた事が印象に残った。特に技能修
得に多くの年数を要する製造業において、日本の終身雇用制度や年功序列賃金
制度の効用について言及した際、学生から驚きの声があがり、彼らの雇用制度
に対する認識の違いを肌で感じる瞬間であった。
プレゼンテーション終了後、日本の製造業に就職したい数名の学生からの具
体 的 な 相 談 も あ り 、関 心 の 高 さ が 伺 え た 。ま た P r o f e s s o r Z h a o か ら も 今 後 も 継
33
続的に情報交換をしたい旨のお話をいただき、今後日中間における人事マネジ
メントを実践の場にて行なう場合の強力な人脈を作る事ができた。
2-4
南京大学学生によるプレゼンテーション
QBS学生によるプレゼンテーションに続き、南京大学の学生6名によるプ
レゼンテーションが行われた。それぞれのタイトルは以下のとおりである。
① Why take iMBA program
Mr. Zeng Li
② Wi r e l e s s d a t a c o m m u n i c a t i o n i n C h i n a
③ GIP (Sciennce Park in Nanjing)
Mr. Zhu Haisheng
Mr.Jing Ying
④ Strategies in Small Software Company
Mr. Li Yongjun
⑤ Introduction of Fedex
Ms. Jenny Li
⑥ International Business: An Overview
Ms. Lucy Zhang
発表者自身の会社、業務について発表したもの(③、④、⑤)や、関心事項
(②)について発表したもの等、内容については様々であった。まだビジネス
ス ク ー ル に 入 学 し た ば か り と い う M r. Z e n g L i( ① )は 、現 在 ま で の 業 務 経 験 、
関心事から、どのように考え、ビジネススクールに入学したのかについて発表
さ れ た 。 こ ち ら の 等 身 大 の MBA 学 生 に 触 れ る こ と が で き た と い う 点 で も 大 変
興 味 深 い も の で あ っ た 。Ms. Licy Zhang は 、現 在 の 関 心 事 項 、国 際 ビ ジ ネ ス に
ついて発表された。ビジネス経験はないとのことだったが、国際ビジネスにつ
いて、自身の関心事項、グローバリゼーションに伴う今後の企業課題等を系統
的にまとめられ、こちらの学生の知識・関心レベルの高さを伺い知ることがで
き た 。 Ms. Jenny Li は 、 現 在 の 勤 務 先 で あ る FeDex に つ い て 発 表 さ れ た 。 発
表 内 容 は 、QBS の 国 際 ロ ジ ス テ ィ ッ ク ス 履 修 者 に と っ て は 、ま さ に 授 業 ・ ケ ー
スで学んだことを、実務者の声として聞くものであり、大変興味深いものであ
っ た 。 ま た 、 質 疑 応 答 に お い て 、 中 国 の 物 流 事 情 、 FeDex の 中 国 戦 略 、 ハ ブ &
スポークシステムの現状について、生きた情報を得ることができたのも有意義
であった。
3.南京市内・周辺視察について
3-1
大統府と抗日戦争資料館
孫文から袁世凱、そして蒋介石が引き継いだ国民党南京政府の政治中枢が置
かれていた大統府は、日本の犯した意思決定の間違いの集大成というべき前大
戦の資料館があった。同じ南京には「大虐殺」に関する資料館があるが、大統
府の資料館は小さく、さすがに国際世論に配慮された作りになっているように
34
見受けられた。このような先人の犯した過ちを、南京の学生と共に見たわけだ
が、我々はかつてのような意思決定の間違いを未然に防ぎ、中国との関係だけ
でなく国際社会での日本のポジショニングを向上するためにも、歴史認識に関
する公正な知識と世界標準的視野が必要であると感じた。
3-2
南京市内百貨店
日本のデパートに比べて、敷地面積も広く、多数のブランド商品が販売され
ていた。ただし、アイテム種類によりブランドの嗜好性が違うような感じがあ
っ た 。 特 に 1 F は 化 粧 品 関 係 だ が 、 海 外 ブ ラ ン ド が 多 く SK?や 資 生 堂 、 マ ッ ク
スファクターなど日本でも目に付くブランドが多く感じられたがカバンや靴な
どは殆どが中国ブランドで海外ブランドを探すのも困難なほどだった。男性紳
士服も同様で殆ど中国ブランド製品だった。あいにく、時間の関係上、女性服
は見れなかったが、大きく日本のデパートと商品構成は変わらないが、国内製
品のブランドの傾向が強い。中国の所得向上が今後このブランドマップに対し
てどうなるか注目したい。
3-3
中山公園
今回の訪問で市内の歴史的建造物などの視察する時間が設けられた。その中
で、中国革命の父と呼ばれる孫文が眠る中山陵、更に福岡県と江蘇省の友好の
証となる記念碑を視察する機会を得る事ができた。激動にゆれた中国の歴史を
肌で感じることのできる経験であり、我々はその歴史の延長線上に存在してい
ることを実感した。この歴史的延長線上にある現在、我々はあらゆる方面から
日中の友好関係を今後更に発展させていかなければならないという思いを更に
強めた次第である。
その為にも今回のような意義のある交流を今後も続けていく事は、お互いの
理解の深さを促進する等大変意義深いものとなると思うし、これがひいては日
中間のすばらしい関係づくりの一貫となっていくものと思う。
4.今後に向けて
4-1
成果のまとめ
様々な交流機会を通じて、中国の学生と日常レベルの交流を行うことができ
たのが今回の訪中の何よりの成果である。今回の訪中を通じて、中国の学生が
どのように考え、何をビジネススクールで学び、どのような将来のビジョンを
描いているのか、公式なプレゼンテーションやディスカッション機会だけでな
く、周辺視察、学内散策、そして飲食等を通じて、等身大の中国の学生、ビジ
ネススクールの学生に触れることができた。これが我々にとって何よりの成果
35
である。また、この交流成果は、我々だけではなく、中国の学生にとっても言
えるのではないだろうか。
「 初 め て 日 本 人 と 話 し た 」、
「日本の学生もこんなこと
を 考 え て い る の か 」、
「 日 本 も 漢 字 を 使 っ て い る の か 」、中 国 の 学 生 か ら 、こ れ ら
のことをしばしば言われた。今回訪中したメンバーの約半数が、今回初めての
中国渡航だったのと同様に、中国の学生にとっても、多くが、我々が「初めて
の日本人」だったようである。本報告に触れてあるように、歴史的な「過去の
誤り」を我々は十分に認識し、今後このようなことが絶対に起こらないように
しなければならない。しかしながら、同時に、将来に目を転じると、今後の日
中関係を構築していくのも、我々一人一人であり、今回出会った中国の学生一
人一人である。今回のような交流の積み重ねを通じて、過去の歴史認識も含め
て双方を理解し、信頼関係を築いていくことが、今後のより良い日中関係に繋
がっていくのではないだろうか。
まず、
「 気 持 ち 」面 か ら 入 っ て し ま っ た が 、学 術 、研 究 面 か ら も 多 く の 成 果 が
見られた。本報告内に触れたように、QBS学生4人、南京大学学生6名によ
り、各自の研究内容、関心事項についての発表、ディスカッションを通じて、
今後の発展の可能性のある動きが随所に見られた。西木氏、矢頭氏によるプレ
ゼンテーションは、日本のマーケティング、人事マネジメント事例を実務者の
立場より直接扱ったものであり、日本企業も含めた海外企業に関心のある学生
にとっては、非常に興味深いものであった。プレゼン終了後には、教員、学生
から実務的な質問が多く寄せられていた。長南氏のプレゼンテーションは、モ
バ イ ル ・ 情 報 通 信 業 界 に 関 心 の あ る 学 生 に と っ て は 、何 よ り の 情 報 で あ り 、M r .
Z h u H a i s h e n g の 発 表 「 Wi r e l e s s d a t a c o m m u n i c a t i o n i n C h i n a 」 と も 共 通 性 が
見られた。また、小川氏のプレゼンテーションは、日本のソフトウェア業界の
現状(オフショア開発の必要性)だけでなく、小川氏の今後のビジネスモデル
も明示しており、実際に起業経験のある学生にとっては、特に非常に関心の高
いものであった。
以 上 の よ う に 、今 回 を き っ か け に「 次 」に 繋 が る よ う な 動 き が 多 く 見 ら れ た 。
特 に 、 小 川 氏 は 、 今 回 の 訪 中 が き っ か け と な り 、 南 京 の IT 企 業 と の 提 携 を 進
めており、実ビジネスのレベルで連携・提携を行っているという点において特
筆されるものである。
ま た 、学 校 レ ベ ル に つ い て は 、Zhao 教 授 よ り 、具 体 的 な 単 位 互 換 プ ロ グ ラ ム
の実現に向けての方向性が示され、また、出頭教授からも、お互いに英語で行
われている科目のリストの交換をしましょう、といった提案がなされた。今後
の具体的な単位互換・長期的な学生交流プログラムへの道筋が立てられたとい
う点においても大変有意義であった。
4―2
今後強化すべき課題
今回の南京大学訪問が有意義なプロジェクトとなった要因の一つに、南京大
学の受け入れ態勢の高さが挙げられる。
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今回、窓口になっていただいたのは、前回学術交流のため九州大学に来られ
た 南 京 大 学 の Professor Zhao (Dean)と そ の 生 徒 の 方 々 で あ っ た 。 Professor
Z h a o は い う ま で も 無 く 、南 京 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル の ト ッ プ で あ り 、学 内 で の
影響力も高い。我々のプレゼンテーションの当日、意外なほどに聴講に来た学
生 が 多 く 、意 見 交 換 も 活 発 に 行 え た 要 因 も P r o f e s s o r Z h a o の 影 響 力 に よ る と こ
ろが大きいと感じた。
当学府の大住教授との個人的な親交があった点や、出頭教授を始めとした産
業 マ ネ ジ メ ン ト 専 攻 の 先 生 方 の 尽 力 に よ り 、Professor Zhao と 交 流 す る 機 会 を
得 、 前 回 の 来 福 、 今 回 の 訪 中 に よ り そ の 関 係 を 深 め る こ と が で き た の は 、 QBS
にとって大きな財産となった。
ま た 、南 京 大 学 の ビ ジ ネ ス ス ク ー ル の 1 年 生 と も 人 脈 を 構 築 す る こ と が で き 、
来年のプロジェクトに向けた建設的な意見交換ができる下地も整った。
ただしこの関係や交流は、継続的な努力を続けてこそ形あるものとなってい
くものであり、先方負担での来福、及び単位交換制度等が実現するまでは、力
を緩めてはならないと、強く感じた。
4―3
具体的な連携の取り組み(付記)
以上本報告で触れさせていただいたように、今回の訪中では、学生間の交流
だけでなく、研究および実務面においても、大きな成果が得られた。今後もお
互 い に 密 な 交 流 を 続 け て い き た い ・・・南 京 大 学 、 QBS 双 方 が こ の 気 持 ち を 持 っ
ていたとしても、距離的な制約もあり、時間の経過とともに、現実的に交流が
薄れてしまうことも考えられる。南京大学グループでは、交流を継続的に行な
う た め の 仕 組 み と し て 、「 N a n j i n g - Q B S 」 メ ー リ ン グ リ ス ト を 開 設 し た 。 メ ー
リ ン グ リ ス ト に は 、南 京 大 学 学 生 8 名 と 、Q B S 学 生 7 名 の 計 1 5 名 が 登 録 さ れ 、
日常的なコミュニケーションを行なうための「プラットフォーム」として機能
させている。日常的な近況報告、学習の状況報告を行い、現在どのような科目
を受講しているか、レポートを作成しているか、学習課題を抱えているか等、
双方のビジネススクールの内容面にも踏み込んだ情報交換を行っている。この
ように学生間にコミュニケーションチャネルが既に構築されていることは、今
後の提携プログラム締結にあたっても、先方の学生が提携プログラムに参加す
る大きな誘因になると考えられる。今回の訪中を「点」として終わらせること
なく、今後も交流活動を継続していきたい。
以
37
上
学 生 交 流 プログラムでの写 真
38
<北京へ訪問>
中 国 人 民 大 学 で の QBS 学 生 の 発 表
中 国 人 民 大 学 で の QBS 学 生 の 発 表
39
<北京への訪問>
中 国 人 民 大 学 の 学 生 と QBS 学 生 と の 食 事
北京大学の前で
40
<北京への訪問>
北京大学での意見交換
北 京 大 学 の 学 生 と QBS 学 生 と で 記 念 撮 影
41
<上海訪問>
グループディスカッションでの発 表
(於 上 海 交 通 大 学 /SJTU)
永 池 先 生 の講 義 風 景
42
<上海訪問>
SJTU の方 々との記 念 撮 影
QBS と SJTU の学 生 懇 親 会
43
<上海訪問>
ホテルで劉 先 生 (復 旦 大 )と会 談
東芝大連支社訪問
44
<南京大学訪問>
南 京 大 学 の前 にて
南 京 大 学 にて講 義 前 の出 頭 先 生
45
<南京大学訪問>
南 京 大 学 の講 義 室 にて
南 京 大 学 の講 義 室 にて
<南京大学訪問>
46
キャンパス内 にある大 学 設 立 当 初 からある建 物 の前 で
QBS と南 京 大 とでの合 同 夕 食 会
47
ICABE 学 生 交 流 プログラム報 告 書
(2006年 3月 実 施 )
* 本 報 告 書 は 、 プ ロ グラ ム 参 加 学 生 に よ り 作 成 さ れ た 。
48
49
目 次
1 ICABE 学 生 交 流 プログラムの概 要
2 中 国 ・吉 林 大 学 への訪 中
(旅 程 )
Ⅰ 中 国 の長 春 市 、吉 林 大 学 の概 要
Ⅱ 九 州 大 学 ビジネススクールの教 員 による講 義
Ⅲ 吉 林 大 学 ビジネススクールの教 員 による講 義
Ⅳ 学生討論
Ⅴ フィールドワーク(長 春 市 )
Ⅵ フィールドワーク(上 海 市 )
Ⅶ ICABE:吉 林 大 学 訪 問 全 体 所 感
Ⅷ 今 後 に向 けて
3 中 国 ・東 北 大 学 への訪 中
(旅 程 )
Ⅰ 中 国 の瀋 陽 、東 北 大 学 の概 要
Ⅱ 九 州 大 学 ビジネススクール(QBS)の紹 介
Ⅲ 各 校 の教 授 による講 義
Ⅳ 九 州 大 学 ビジネススクール学 生 による話 題 提 供
Ⅴ 東 北 大 学 の学 生 による話 題 提 供
Ⅵ 企業訪問
Ⅶ フィールドワーク
Ⅷ 今 後 の課 題 と展 望
50
51
ICABE学 生 交 流 プロジェクト
目 的 : International Consortium of Asian Business Education (ICABE)に
基づく学生交流事業の一環として、下記 2 大学との合意に基づき、中国
の最新事情把握による研究成果の向上と、提携先ビジネススクールとの
連携強化のためのネットワーク形成を目指す。
ICABE の 正 式 活 動 と し て は 初 め て の 試 み で あ る 東 北 地 方 の 2 大 学 と の 交 流
を 深 め 、人 的 ネ ッ ト ワ ー ク の 形 成 と 知 の 共 有 化 を 図 り な が ら 、今 後 の Q B S
の提携校の交流モデルを探求する。
交換留学制度の実現に向けたディスカッションを行う。
学 生 同 士 が 主 体 と な り な が ら 、双 方 向 で の 討 論 を 行 い 、今 後 の 国 際 交 流 の
発展となるような関心領域の共有を図る。
訪問先:
①吉林大学、第一汽車、ジェトロ上海事務所
②東北大学、東芝電梯有限公司、東軟集団
期間:
平 成 18 年 3 月 18 日 ( 土 ) ~ 3 月 21 日 ( 火 ) 4 日 間
―長春方
平 成 18 年 3 月 18 日 ( 土 ) ~ 3 月 21 日 ( 火 ) 4 日 間
―瀋陽方
面
面
参加者:
教 員 3 名 、 助 手 1 名 、 学 生 17 名 、 計 21 名
長 春 ( 吉 林 大 学 チ ー ム ) 方 面 ( 10 名 )
永池
克明教授、藤村
斉之、井上
真琴助手、金
愛子、坂根
毅、地久里
一隆、豊住
慎一、木村
誠希、伊達
裕美、悦見
千津代(産業マネジメント専攻 1 年)
瀋 陽 ( 東 北 大 学 チ ー ム ) 方 面 ( 11 名 )
村藤
功教授、国吉
澄夫教授、小川
ネ ジ メ ン ト 専 攻 2 年 )、 寺 田
博和、大石
亮二、平田
俊章、丁
純史、志摩
専攻 1 年)
52
博文、楊
暁瑜、王
可可(産業マ
開粤、江上
沙織(産業マネジメント
53
中 国 ・吉 林 大 学 への訪 中
54
旅
程
3 月 18 日 ( 土 ) 移 動 日
10:00
福岡空港発(中国東方航空
MU532)
10:35
上海浦東空港着
14:10
上海浦東空港発(上海航空公司
16:35
長春空港着
乗 り 継 ぎ 3 時 間 35 分
FM9179)
君怡酒店ホテル宿
3 月 19 日 ( 日 ) 学 術 交 流 日
9:00-9: 30
9:30—9:45
9:45-10:00
10:00-10: 45
キャンパスツアー
( 30 分 )
吉 林 大 学 学 生 に よ る 吉 林 大 学 の 紹 介 ( 15 分 )
九 州 大 学 に よ る 福 岡 と QBS の 紹 介 ( 15 分 )
永 池 教 授 に よ る 講 義 ( 45 分 )
“ Competitive and cooperative strategies between Japanese
and
Chinese
enterprises,
focusing
on High-Tech.
industries.”
1 0 : 4 5 - 1 1: 3 0
吉 林 大 学 H o n g y a n Yu 教 授 に よ る 講 義 ( 4 5 分 )
“ Marketing research industry in China”
11:30-12:30
ラ ン チ (60 分 )
12:30-14:10
<学生討論>
テ ー マ A:東 北 三 省 に お い て 日 本 企 業 が 成 功 す る 条 件
100 分
(例えば、家電企業)
1:プ レ ゼ ン
QBS & JLU 各 校 10 分
2:デ ィ ス カ ッ シ ョ ン
30 分
テ ー マ B: 環 境 問 題 の 相 互 理 解 と ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス
1: QBS( B チ ー ム ) & JLU 各 10 分
2: デ ィ ス カ ッ シ ョ ン
14:10-14:30
14:30-16:10
30 分
休 憩 ( 20 分 )
テ ー マ C:
国有企業の民営化に際して日本の経営ノウハウ移転の機会
100 分
1:プ レ ゼ ン
QBS & JLU 各 校 10 分
2:デ ィ ス カ ッ シ ョ ン
テ ー マ D:
30 分
中国東北部の日中開発協力
1:プ レ ゼ ン
QBS & JLU 各 校 10 分
2:デ ィ ス カ ッ シ ョ ン
55
30 分
3 月 20 日 ( 月 ) 長 春 フ ィ ー ル ド ワ ー ク
9:00-12:00
フ ィ ー ル ド ワ ー ク (180 分 )
第一汽車の見学
12:00-13:00
ラ ン チ (60 分 )
13:00-15:30
フ ィ ー ル ド ワ ー ク (150 分 )
旧満州国史跡など
15:30-17:00
17: 30
19:50
長 春 空 港 へ の 移 動 ( 90 分 )
長春空港発(上海航空
上海浦東空港着
FM9810)
静安賓館ホテル宿
3 月 21 日 ( 火 ) 上 海 フ ィ ー ル ド ワ ー ク
8: 00-8: 30
9: 00-10: 00
ホ テ ル か ら ジ ェ ト ロ へ の 移 動 ( 30 分
ジェトロ訪問
最近の上海の経済動向、上海進出日系企業の動向、
経営面での課題等のブリーフィング
10: 00-15: 30
上 海 市 内 調 査 ( 330 分 )
15: 30-17: 00
上 海 市 内 か ら 上 海 浦 東 空 港 へ の 移 動 時 間 ( 90 分 )
18: 00
20:30
上 海 浦 東 空 港 発 (MU531)
福岡空港着
56
Ⅰ 中 国 の長 春 市 、 吉 林 大 学 の 概 要
1.
長 春 の概 況
吉 林 省 の 中 心 都 市 と し て 発 展 し 、一 汽 自 動 車 が 中 国 初 の 国 産 ト ラ ッ ク「 解 放 」
を 生 産 し た こ と で 有 名 。 人 口 は 699 万 人 で 、 面 積 は 2.022 万 平 方 キ ロ 。 自 動 車
の他、鉄道車両の生産も盛んで、全国の約半数を製造するなど、重工業が全工
業の 3 分の 2 を占めている。朝鮮族人口の割合が比較的多く、市内には朝鮮族
学校も多く存在。教育の街としても有名で、日本語学習熱が高いことが特徴。
日本の仙台市と友好都市関係を結んでいる。
古くは少数民族の遊牧地だったが、唐代にツングース系の靺鞨族が渤海国を
建て、北宋代には契丹族が遼を建国。北宋末になると女真族が金を建国するな
ど 、激 し い 興 亡 を 繰 り 返 し て き た 。1800 年 、清 朝 に よ っ て 長 春 庁 が 置 か れ て 開
墾 が 進 め ら れ 、 こ の 時 か ら 「 長 春 」 と い う 名 前 が 使 わ れ 始 め た 。 1931 年 か ら の
約 13 年 半 は「 満 洲 国 」の 首 都 と し て「 新 京 」と 改 名 さ れ 、日 本 の 様 式 を 基 に し
て 街 建 設 が 進 め ら れ た 。1 9 5 4 年 に 吉 林 省 の 省 都 と な り 、1 9 9 4 年 に は 副 省 レ ベ ル
都市に指定された。
2.
吉 林 大 学 、吉 林 大 学 ビジネススクールの概 況
吉 林 大 学 は 1946 年 創 立 。 学 生 数 は 約 45,000 名 で 、 学 部 は 9 学 部 ( 哲 学 、 経
済 、 法 律 、 文 学 、 歴 史 、 理 学 、 工 学 、 医 学 、 経 営 )。 国 家 教 育 部 直 轄 の 全 国 重 点
大 学 の 一 つ で あ り 、中 国 の 高 等 教 育 体 制 の 改 革 に 伴 い 、2 0 0 0 年 6 月 、旧 吉 林 大
学、吉林工業大学、白求恩医科大学、長春科技大学、長春郵電学院 5 大学が合
併 さ れ 、 現 在 の 吉 林 大 学 と な る 。 校 舎 延 べ 面 積 は 250 万 平 方 メ ー ト ル 、 図 書 館
の 蔵 書 は 540 万 冊 、 130 の 学 部 課 程 、 163 の 修 士 課 程 、 69 の 博 士 課 程 を 持 つ 、
東北地方随一の総合大学である。
吉 林 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル は 1993 年 創 立 。 現 在 に 至 る 約 10 数 年 の 間 に 8 学
科(会計、経営管理、金融マネジメント、人的資源マネジメント、電子ビジネ
ス 、マ ー ケ テ ィ ン グ 、旅 行 マ ネ ジ メ ン ト 、ク レ ジ ッ ト マ ネ ジ メ ン ト )設 立 さ れ 、
加えて、応用経済研究所と経営管理研究所の 2 研究所を独自に保有している。
博士課程は定量経済、経営管理、欧米経済の 3 学科である。多くの専門分野に
わ た る 教 授 陣 が 一 般 教 養 科 目 と 自 然 科 学 科 目 を 兼 務 し て お り 、 124 名 の フ ル タ
イ ム 教 職 員 と 3 0 名 の 教 授 、3 4 名 の 助 教 授 か ら 構 成 さ れ て い る 。2 0 0 4 年 の G l o b a l
Management Challenge (GMC)( = コ ン ピ ュ ー タ 化 さ れ た ビ ジ ネ ス 経 営 シ ミ ュ レ
ーションシステムに基づき、各チームが同じビジネス背景をもつ別々の製造会
社と仮定され、生産、財務統制、人的資源、品質管理、マーケティング、ロジ
スティックスの意思決定にてチームの能力を測定する大会)では中国全土で 2
位、東北エリアでは優勝という成績を収め、また最優秀組織賞も重ねて受賞し
57
ている。
必修科目は、英語、組織行動学、管理経済、オペレーションズリサーチ、会
計、金融マネジメント、マーケティングマネジメント、生産管理、経営情報シ
ス テ ム 、戦 略 マ ネ ジ メ ン ト の 10 科 目 。選 択 科 目 は 、経 済 法 、マ ク ロ 経 済 学 、ビ
ジネスコミュニケーション、企業倫理、コンサルティング&プランニング、リ
スク投資、現代金融、消費者行動、国際経営、予測方法論、人的資源マネジメ
ン ト 、プ ロ ジ ェ ク ト マ ネ ジ メ ン ト 、マ ー ケ テ ィ ン グ リ サ ー チ の 1 3 科 目 。ユ ニ ー
ク な ア ク テ ィ ビ テ ィ と し て は 、 相 手 を い か に 信 頼 す る か を 体 得 す る Out-Bound
Development が 設 け ら れ て い る 。
例えば、高所に 2 本のロープを平行線に張り、各ロープの上を 2 人の学生が
向い合せで手を取り合いながら端まで渡りきる等、中国ビジネスでは信頼関係
が重要という言葉通りの訓練が実践されていた。また、海外大学との交流も積
極的であり、提携校にはイリノイ大学(アメリカ)、カーティン工科大学(オ
ーストラリア)、オタゴ大学(ニュージーランド)、ソウル国立大学(韓国)
が名を連ねている。
58
Ⅱ 九 州 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル の 教 員 によ る 講 義
(講師)
(題目)
九州大学ビジネススクール
永池克明教授
Competition and Collaboration strategies between Chinese and
Japanese companies in Chinese Market
(内容)
中国に進出している日系企業の内、成功している企業をみると共通的に見ら
れる成功要因がある。海外において事業戦略を推進していく場合、他社と同じ
戦略をよりうまくやる企業、他社がやらない戦略(差別化戦略)を推進する企
業、経営資源を自社のみに頼らず、他社の経営資源をうまく活用する企業(国
際戦略提携)等がみられる。海外市場での事業戦略は競争戦略と資源戦略をう
まく使い分けていくことが肝要である。中国企業と日本企業は競争相手である
と 同 時 に 、互 い に 違 う 強 み 、弱 み を 持 っ て い る 。ア ー キ テ ク チ ャ ー 的 に 言 え ば 、
インテグラル型は日本企業、モデュラー型は中国企業が強みを持つといえる。
広大な中国市場を相手にする場合、様々な戦略展開の中で日中企業が互いの得
意分野を生かし、相互補完のための国際戦略提携を行う機会が増大している。
現に、電子機器や自動車等では活発な日中間国際戦略提携が進展している。国
際戦略提携と一口に言っても様々な形態があり、それらを自社の状況にあわせ
てうまく使い分けていくことが極めて重要である。
本講義では主として電子機器企業の中国における様々な戦略提携の事例紹介
を通じて下記の内容を中心に講義を頂いた。また、中国市場にて日本企業が成
功するためのキーファクター、中国の電機メーカーのビジネス戦略と競争力、
中国製造業のアーキテクチャー分析、中国における中国企業と日本企業の弱み
と 強 み 、 Toshiba と 中 国 ・ 東 軟 集 団 と の 戦 略 提 携 な ど の 講 義 を 基 に 、 両 学 生 に
対し、どのように中国市場にて競争、協働していけるのかを問題提起して頂い
た。(詳細は添付資料をご参照下さい)
59
Ⅲ 吉 林 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル の 教 員 によ る 講 義
(講師)
吉林大学のマーケティング部門
Hongyan Yu 教 授
(プロフィール)
1956 年 生 ま れ 。経 済 学 博 士 、マ ー ケ テ ィ ン グ 部 門 長 、中 国 マ ー ケ テ ィ ン グ
協会理事、中国大学マーケティング協会常時理事。専門分野はマーケティ
ングリサーチ、消費者行動、消費者価値であり、指導分野はマーケティン
グマネジメントとマーケティングリサーチ。国家社会科学協会、統計局の
依 頼 に よ る 数 々 の プ ロ ジ ェ ク ト に 携 わ り 、6 0 以 上 の 研 究 論 文 と 5 冊 の 書 物
を出版されている。また優秀な指導と社会科学研究のリサーチの功績を称
えた賞を受賞し、学内外から高い評価を得る。
(テーマ)
“ Marketing research industry in China”
(内容)
1 ) マ ー ケ テ ィ ン グ リ サ ー チ ( MR) と は
特定のマーケティング問題を解決する為に用いられる情報をデザイン、収
集、分析、報告する過程である。
2 ) MR の フ ァ ー ス ト ス テ ー ジ
P & G 社 が 中 国 市 場 に 参 入 し た 時 、商 品 を す ぐ に 売 り 出 す こ と は せ ず 、都 市
か ら 郊 外 に 至 る 数 量 リ サ ー チ か ら 始 め た 。 MR は 珍 し く 新 し い 分 野 で あ っ
た の で 人 々 は MR が 国 家 的 な 調 査 で あ る こ と を 知 ら な か っ た 。
3)豊富で正確な情報収集
一般的に人々はリサーチを受けることに抵抗が無く、MR企業は中国で急
成 長 を 遂 げ た 。 そ の 意 味 で P&G 社 は 中 国 の M R 産 業 の 火 付 け 役 で あ り 、
その発展に寄与したと言える。
4 ) 中 国 マ ー ケ テ ィ ン グ リ サ ー チ 協 会 ( CRMA)
外 資 系 MR 企 業 は 合 弁 企 業 を 設 立 し 、そ れ に 対 抗 し て 地 場 MR 企 業 が 次 々
と 現 れ 始 め た 。 地 場 企 業 発 展 に は 、 CRMA 設 立 が 必 要 で あ り 、 そ の 計 画 は
1 9 9 8 年 に 始 ま り 、実 際 に 設 立 さ れ た の は 2 0 0 1 年 で あ っ た 。2 0 0 5 年 C R M A
は Wo r l d i n d u s t r y n e t w o r k ( W I N ) の リ ー ダ ー M r. F r e d r i k に W I N 加 盟 を
促され、現在では国際的同調を歩んでいる。
5 ) 中 国 に お け る MR 産 業
企業形態;合弁企業=北京、上海、広州等に支店があり、中国企業に比べ
サービスの質は倍以上である。
地場企業=各省の省都に点在し、概してサービスの質は低く、重
労働、低賃金
60
企 業 数 ; 2000 以 上
企 業 規 模 定 義 ; 大 企 業 = 従 業 員 50 人 以 上 、 小 企 業 = 従 業 員 30 人 以 下
※ MR 産 業 の 90% の 利 益 が 、 僅 か 2% の 企 業 か ら 創 出 。 そ れ は 、 MR 企
業が豊富なスキル、人材、リサーチを必要としている為である。
顧 客 ; G M , J o h n s o n & J o h n s o n , M i c r o s o f t , s h a r p , To s h i b a , な ど
顧客割合;
1998 年
国 内 企 業 56% 外 資 系 企 業 44%
2003 年
国 内 企 業 80%
外 資 系 企 業 20%
6)サービス内容
1.
顧客満足調査
2.
製品テスト
3.
産業研究
4.
商品検査
5.
製品ポジショニング
6.
消費者行動追跡
※ サ ー ビ ス 産 業 で は 、顧 客 満 足 調 査 、産 業 研 究 、製 品 ポ ジ シ ョ ニ ン グ 、消 費
者行動追跡
※自動車産業では、顧客満足調査、製品テスト
7)フィールドワーク調査
質的調査;フォーカスグループ、行動観察、デプスインタビュー
量的調査;戸別訪問、モールインターセプト(ショッピングモールで無作為に
買 い 物 客 を 呼 び 止 め て イ ン タ ビ ュ ー す る 調 査 法 )、
C AT I ( c o m p u t e r a g e n c y t e l e p h o n e i n t e r v i e w = 電 話 調 査 )
ヨ ー ロ ッ パ & ア メ リ カ ; 質 的 調 査 50%, 量 的 調 査 50%
中 国 ; 質 的 調 査 25%, 量 的 調 査 75%
主 に 量 的 調 査 で 用 い ら れ る 方 法 は 、対 面 イ ン タ ビ ュ ー が 多 く 、メ ー ル や C AT I 、
ミ ス テ リ ー シ ョ ッ パ ー は 主 流 で は 無 い 。 し か し 、 M R 企 業 は 当 初 C AT I や ミ ス
テ リ ー シ ョ ッ パ ー を 用 い て い た 。1 9 8 0 年 後 半 、拒 絶 率( 人 々 が ア ン ケ ー ト を 断
る 率 ) は 非 常 に 低 く 、 1992 年 で は 僅 か 2%で あ っ た 。 現 在 で は 20%~ 30%。 例
え ば 、 対 面 イ ン タ ビ ュ ー の 拒 絶 率 は 21%。 ア メ リ カ で は 、 電 話 イ ン タ ビ ュ ー の
拒 絶 率 は 70%、 中 国 で は 10%で あ り 、 対 面 イ ン タ ビ ュ ー よ り は 回 答 率 が 高 い 。
対面インタビュー;
一 都 市 に お い て 30 分 間 の 対 面 イ ン タ ビ ュ ー を す る と 500 以 上 の デ ー タ
収 集 が 可 能 で あ り 2 ~ 3 週 間 を フ ィ ー ル ド ワ ー ク に 、1 週 間 を デ ー タ 分 析
に 費 や す 。 合 弁 企 業 は フ ル イ ン タ ビ ュ ー に 付 き RMB200-300( 3000~
61
4 5 0 0 円 ※ )、 地 場 企 業 は R M B 8 0 - 1 5 0 ( 9 0 0 円 ~ 2 2 5 0 円 ※ ) を 支 払 う 。
フォーカスグループ;
2 週間で 4 グループ実施し、その為のコストは対象者探し、会議室使用
料 、 解 説 者 を 含 め て R M B 3 0 0 - 6 0 0 ( 4 5 0 0 円 ~ 9 0 0 0 円 ※ )。
※ 1RMB=15 円 で 計 算
(質疑応答)
Q ; 外国のMRとローカルMRのどちらが良いか
A; 外国のMRの方がよい。
ローカルは文化面等が理解できるので、よい場合もある
Q; 中 国 は 発 展 途 上 の マ ー ケ ッ ト な の で 、 質 的 調 査 、 量 的 調 査 の 必 要 性 は 先
進国と異なると思われる。どのように思うか?
A ; ロ ー カ ル M R は p e r s o n n e l , p s y c h o l o g y に 弱 い の で 、純 粋 に 量 的 調 査 の 提
供になっている。
Q; 企 業 に よ り 給 与 待 遇 は 異 な る か ?
ジョイントベンチャー
6000RMB
国営
3000-6000RMB
ローカル
2000RMB
A; 中国はさまざまな市場に分けられる。外国のMRは地区ごとのデータを
得なければならないか?
Q; 中 国 全 土 の デ ー タ を 提 供 し な け れ ば な ら な い こ と も あ る し 、 担 当 地 区 の
デ ー タ を 提 供 し な け れ ば な ら な い こ と も あ る 。エ イ ジ ェ ン シ ー ネ ッ ト ワ ー
クを使って情報を入手できる。
62
Ⅳ 学生討論
テーマ A
◆
東北三省において日本企業が成功する条件(例えば、家電企業)
九州大学ビジネススクールからの発表
担当
:
テーマ:
悦見、木村
『 Key Factor for Success of business operation in China』
-概要-
日 本 企 業 の 中 国 戦 略 が 変 化 し て き て い る 。「 低 製 造 コ ス ト を 実 現 す る 戦 略 」
から「巨大市場への参入を目指す戦略」への変化である。これは中国におけ
る日本企業の成功条件が、従来の製造機能を対象にした技術移転能力から、
中国に適合したバリューチェーンの構築能力に移ったことを意味する。
本プレゼンテーションの目的は、上記成功条件を実現するための「人的資
源管理ポリシー」と「知識創造」から成る人的資源管理戦略案を示し、本案
の東北三省における適合可否を討議するためのディスカッションポイントを
明確化することとした。
-ディスカッションポイント-
1. 人的資源管理ポリシー:
・東北三省における成果主義の適合性
・社内コミュニケーションを円滑にするためのツールは必要か?
・昇格機会の保証が高い成果に繋がるか?
・管理機能の現地化の必要性
2. 知識創造:
・知識創造を促進する以下の条件が東北三省において適合するのか?
積極的な共感、相互信頼、大きな意思決定、積極的な行動
◆ 吉林大学ビジネススクールからの発表
担 当 : M s . J a n e ( Z h a n g H u i ) , M r. D e n n i s ( Ya n D a s e n )
-概要-
1 . Z m a n a g e m e n t s t y l e ( Wi l l i a m O u c h i , 1 9 8 1 ) に よ る 日 本 的 経 営 モ デ ル の
定義
日 本 的 経 営 モ デ ル の 特 徴 を 「 終 身 雇 用 」 、「 遅 い 昇 進 」 、「 同 質 人 間 の 集
団 主 義 」 と 見 な し 、 一 方 米 国 の 経 営 モ デ ル の 特 徴 を 「 短 期 雇 用 」 、「 早 い
昇 進 」 、「 個 人 責 任 」 と 見 な す 。
両 タ イ プ の 統 合 し た モ デ ル を Z management style と 呼 び 、 そ の 特 徴 は
家族的雰囲気であり、人間尊重の管理であるとする。中国は米国経営モ
63
デ ル よ り Z management style の 特 徴 を 好 む 。
2.給与管理システム
E VA 給 与 管 理 シ ス テ ム の 3 ス テ ッ プ に つ い て
1.
Balance card
2.
Accounting profits
3.
E c o n o m i c p r o f i t s ( E VA )
◆ディスカッション
坂根; なぜ Z マネジメントと呼ぶか?
Jane; HRM の X, Y system が あ る か ら 、
Ms. Sandy;
中国では中国のやり方がいいのでは?
木村; その通りである
豊住;
中 国 で は Joint Company で 何 が 重 要 ?
Ms. Sandy; サ ラ リ ー 、 キ ャ リ ア
Ms. Sandy; 日 本 で は 何 が 重 要 か ?
豊住;
会社のブランド。日本では仕事を替えることは重要ではない
豊住;
中国の若者は会社を替えることが重要か?
Ms. Sandy; 就 業 率 が 低 い の で そ れ ほ ど で は な い 。 会 社 が 従 業 員 を 探 す
のは簡単。
伊達;
日本の会社は有名か?
Ms. Sandy; ア メ リ カ 、 ド イ ツ 、 日 本 、 韓 国 、 中 国 の 順 。
金;
日本の会社の給与はアメリカの会社より良いか
Ms. Sandy; 言 語 の 問 題 で 欧 米 の 会 社 を 選 ぶ 。 給 与 が 重 要 で は な い 。
本セッションを通じ明らかになった「東北三省において日本企業が成功する条
件」は次の通りである。
a) 日本企業は中国企業や欧米企業とは違う特殊な経営モデルを持つと捉え
ら れ て い る 。た だ し 、情 報 不 足 か ら 日 本 企 業 を 典 型 的 な イ メ ー ジ で 捉 え る
傾 向 が あ る た め 、日 本 企 業 は 自 社 の 経 営 モ デ ル を 正 し く 発 信 す る 必 要 が あ
る。この行動が相互理解を深める基礎となると思われる。
b) 人的資源管理ポリシーは東北三省の市場に適合させる現地化モデルを採
用することが望ましい。
c ) 東 北 三 省 の 人 材 市 場 に お い て は 、企 業 の ビ ジ ネ ス 言 語 、キ ャ リ ア パ ス 、給
与 シ ス テ ム が 企 業 選 定 の 重 要 項 目 と な る 。有 能 な 現 地 管 理 者 の 雇 用 の た め
に、日本企業は本項目の現地適合化の整備を進める必要がある。
-所感-
本セッションにおける「東北三省において日本企業が成功する条件」とい
64
うテーマに対し、両校のプレゼンテーションが人的資源管理領域に焦点を当
てた内容になったことは、中国ビジネスを実施する日本企業にとって人的資
源管理領域のポリシー設定が非常に重要であることを示すと考えられる。
両 校 の プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン に 関 し て は 、Q B S の 内 容 が 相 手 国 の 分 析 に お い て 典
型的な側面しか捉えきれなかったことから、日本的経営モデルを中国東北三省
にて実施することが成功条件であると吉林大学メンバーに受け取られた点で充
分 と は 言 え な い 内 容 で あ っ た と 思 わ れ 、 ま た JLU 側 の 内 容 が 80 年 代 の 日 本 企
業分析論をベースにした内容であることから現在の日本企業の人的資源管理手
法を的確に捉えたものではなかったと思われる。
ディスカッションに関しては、東北三省における成功のためには日本企業の
人的資源管理ポリシーを現地化する必要性が明らかになった。また、双方の情
報不足から正確な相互理解が進んでいないことも分かった。
従って本テーマについての着眼点は同じであったにもかかわらず、相互理解の
不足から具体性を持った結論を導き出すことが出来なかったことは非常に残念
である。
今回の学生交流プログラムをきっかけに、自身としては典型的な中国の理解
から実態の理解へと変える行動を取り、自分なりの現地化施策を具体化してい
きたいと考える。
65
テ ー マ B: 環 境 問 題 の 相 互 理 解 と ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス
◆ 吉 林 大 学 EMBA か ら の 発 表
担 当 : Ms. Zhang Zhi (Margarette), Ms. Sun Li (Sandy)
テ ー マ :『 B u s i n e s s O p p o r t u n i t i e s f o r J a p a n e s e E n t e r p r i s e s i n C h i n a 』
-概要-
環境に関して日本と中国が協力できる分野についての発表であった。協力
すべき環境問題として、水質汚染、廃棄物処理、土壌保全、森林保護、新エ
ネルギー開発などがあり、具体的には、アルカリ土壌の有効活用、水源・ダ
ム開発などが考えられる。協力の方法として、日本から中国へ長期的投資や
資金援助、生産技術の提供、中国の資源活用がある。しかし、協力のために
は、第2次世界大戦の爆発物や化学兵器の処理が前提条件になる。その他、
今後、中国は家電の大規模な中古品市場としての可能性があることについて
触れた。
◆ 九州大学ビジネススクールから発表
担当: 伊達、坂根
テ ー マ :『 B u s i n e s s o p p o r t u n i t i e s o n t h e e n v i r o n m e n t a l i s s u e s
-waste disposal treatment & business-』
-概要-
過去の環境問題から環境への配慮の重要性を確認し、廃棄物の全体量、リ
サイクル率、埋め立て率の推移を示した。リサイクル率向上、埋め立て率低
減のための一般廃棄物分別の自治体の取り組み、産業廃棄物リサイクル取り
組みを家電リサイクル、自動車リサイクルの事例を挙げて紹介した。最後に、
なぜ企業がリサイクルに対して取り組むのかというディスカッションテーマ
を提示した。
◆ディスカッション
Frank; 一 般 廃 棄 物 処 理 で は 、 ど う や っ て ご み を わ け さ せ る か ?
坂 根 ;法 律 や 自 治 体 の ル ー ル の 制 定 と ご み の 分 け 方 を 示 し た 紙 に
従って行っている。
豊 住 ;ご み を わ け る の は 、 自 主 的 行 動 で あ る 。
Jane; ど う や っ て 企 業 に 廃 棄 と リ サ イ ク ル の ル ー ル を 守 ら せ る か ?
豊住; ときどきの監視と通告を行う。
伊達; リサイクル法の概要について法の制定年度と内容を簡単に説明し、
法律が事業や製品ごとに規定されていることを示した。
Sandy;
坂根;
開発と環境への配慮をどうやって両立するか?
日本では環境にやさしい製品を買うのが文化になっており、環境
66
への配慮を欠かせない。
地久里;
企業イメージが企業の存続において重要である。
Sandy;
どうやって環境教育をするか?
豊住;
10 年 以 上 の 長 い 期 間 を 要 す る が 、 ま ず 、 ガ イ ド ラ イ ン ( 法 律 )
が必要
地久里;
日本はリサイクルの技術を外国に提供する必要がある。
Sandy;
環境問題はローカルではなく、世界の問題である。
-所感-
中国では大陸国であり、日本は単一民族の島国である。このような背景もあ
り、中国人は日本人に比べてルールを守らない傾向や、自分のことを中心に考
える傾向があると言われる。中国は国土が広く廃棄物を処理するための土地は
いくらでもある。また、高度経済成長期にあるため、環境保護の考え方が人々
に浸透していないものと推測される。
ディスカッションでは、どうやってルールを守らせるのかという点に議論が
集中したが、今回参加した吉林大学の学生はほとんどが日本人と話すのが初め
てで、互いに迷惑をかけることを嫌う日本人の価値観を理解しておらず、廃棄
物の分別やリサイクルの活動は法律・ルール、文化であるというわれわれの説
明は不十分であったかも知れない。
中国では、第 2 次世界大戦時の日本の侵略の歴史を学校教育で教わるだけで
は な く 、 WA L M A R T な ど で も 、 侵 略 や 7 3 1 部 隊 の 人 体 実 験 、 南 京 大 虐 殺 に 関 す
る DVD や VCD が 並 ん で お り 、 反 日 感 情 を 強 く 持 つ 人 間 も 実 際 に 居 る 。 今 回 の
吉 林 大 学 EMBA の 学 生 プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン で も 、 旧 満 州 国 の 撤 退 時 に 埋 め た
化学兵器の処理が環境ビジネスの前提条件であると触れられた。今後、日本と
中国の経済発展のためには、日本人は第 2 次対戦時の侵略を含めた自国の歴史
についてもっと知る必要があり、中国人には、日本の文化や伝統、日本が第 2
次世界大戦を始めなければいけなくなった歴史的背景を知ってもらう必要があ
る。
67
テ ー マ C: 国 有 企 業 の 民 営 化 に 際 し て 日 本 の 経 営 ノ ウ ハ ウ 移 転 の 機 会 に つ い て
現在中国で急速に進んでいる国有企業の民営化に際して、日本企業の経営ノ
ウハウの移転の機会についてディスカッションを行った。初めに吉林大学から
近年の吉林省における国有企業の民営化についての詳細な説明を受けた。その
内容は以下の通りであった。
吉 林 省 は 2 0 0 5 年 よ り「 8 1 6 プ ロ ジ ェ ク ト 」と い う プ ロ ジ ェ ク ト を ス タ ー ト さ
せ た 。「 8 1 6 プ ロ ジ ェ ク ト 」、 そ れ は 、 地 方 自 治 体 が 運 営 す る 8 1 6 の 企 業 の 改 革
にちなんで名付けられ、わずか一年間で目を見張るような効果を上げた(図表
参 照 )。
図 表 「 8 1 6 プ ロ ジ ェ ク ト 」の 効 果
(単位:金額は
億円、数は千)
2005 年
度
2004 年
度
増加額
民営事
業
経済規
模
設備投
資
企業数
443
18,465
5,760
900
3,030
1,038
356
14,976
3,855
857
2,808
592
367
87
3,489
1,905
42,857
221,844
20.7%
35.4%
24.4%
23.3%
49.4%
5.0%
7.9%
事業収
入
事業収
益
55,530
3,450
1,406
45,368
2,858
10,162
22.4%
税収
輸出
雇用者
数
年間増加
率
( 金 額 は 1 元 = 15 円 に て 円 換 算 )
[出 所 : 吉 林 大 学 プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン 資 料 を 編 集 ]
吉 林 省 で は 、こ の 改 革 と 平 行 し て 地 域 開 発 も 急 速 に 進 め て い る 。具 体 的 に は 、
(1)吉 林 市 と 長 春 市 を 結 ぶ 高 速 鉄 道 の 敷 設 、 (2)全 長 2,000km に お よ ぶ 道 路 の 建
設 、 (3)発 電 所 の 建 設 等 が あ る 。 こ れ ら の プ ロ ジ ェ ク ト か か る 費 用 総 額 は 1 兆
5,500 億 元 ( 23 兆 2500 億 円 ) に 上 り 、 改 革 に よ り 民 営 化 さ れ た 企 業 が さ ら に
飛躍するのに絶好のチャンスが訪れている。
し か し 、民 営 化 さ れ た 吉 林 省 の 企 業 は ま だ 発 展 段 階 で あ り 、資 金 面 ・ 技 術 面 ・
マネジメントの面での経営資源が不足しており、自力で一連のプロジェクトを
遂行していくのが困難な状況である。そこで、日本企業が持つ経営資源を活用
し、戦略的に提携していくことが、吉林の企業が今後発展していくためには重
要であるとの主張であった。
これに対して九州大学からは、日本における一連の郵政民営化に関するテー
マを例にとり、民営化の具体的効果について説明を行った。また、併せて民営
化 の 手 法 に つ い て も 、 (1)所 有 権 移 転 方 式 、 (2)コ ン セ ッ シ ョ ン 方 式 、 (3)ア ウ ト
ソーシング方式等に触れ、民営化の目的に基づいて適切な方式を採用していく
必要があり、民営化という手段そのものが目的とならないよう、民間の活力を
68
適宜採用してくことが重要であることを主張した。
ディスカッションでは、吉林大学の学生が民営化の具体的手法について興味
を持ち、そのメリット・デメリットについて議論を交わした。
以上のことから、民営化を始めとする一連の改革を急速に進めている吉林省
において、日本企業が貢献できる余地は多大にあり、その受け入れ態勢におい
て も 友 好 的 で あ る と の 印 象 を 受 け た 。こ れ ら の 改 革 も 今 後 数 年 は 続 く と 見 ら れ 、
日本企業にとっても大きなビジネスチャンスが存在するといえるだろう。
69
テ ー マ D: 中 国 東 北 部 に お け る 日 中 開 発 協 力 ( 担 当 : 地 久 里 )
◆ 吉 林 大 学 EMBA か ら の 発 表
担当
:
M s . J e n n i f e r, M r. F r a n k
テ ー マ : 『 Cooperative Development between China and Japan in
Northeastern China』
-概要-
日 本 は 既 に 成 熟 し て い る が 少 資 源 の 国 な の で 、急 速 な 発 展 を し つ つ あ る 資 源
豊 富 な 中 国 と の 相 互 協 力 は 不 可 欠 で あ ろ う 。特 に 中 国 東 北 部 は 鉄 、石 油 、肥 沃
な 土 壌 な ど の 自 然 資 源 が 豊 富 で あ る こ と か ら 、重 工 業 が 発 展 し 、穀 倉 地 帯 と し
て中国全体の経済発展を支えている重要な地域である。
日 本 と 中 国 東 北 部 に は 永 い 歴 史 が あ り 、そ の 関 係 は 過 去 の 戦 争 時 に は 不 公 正
なものとなってしまっていた。しかしながら中国は寛大な国であり、新たな
時代に向けて協力関係の構築は可能だと考える。日本とは近い存在で共通項
も多く、協力関係が築きやすい土壌でもあるので、我々は歓迎している。
◆ 九州大学ビジネススクールからの発表
担当:
井上、地久里
テ ー マ : 『 Cooperation between China and Japan on development of
Northeast part of China-』
-概要-
中国東北地方の緯度(北緯44度)に着目し、カナダの森林開発、アラスカ
のガス田開発など同等緯度の他国における日本の開発協力実績が、その地域特
性を活かしている点を述べ、中国東北部との開発協力も同様に地域特性を活か
すべきだとの考えを冒頭に述べた。
井上は、東北三省の主要産物の1つである大豆が、両国全体では共に自給率
が低い点に着目し、相互協力による研究開発によって生産性と品質の向上を行
い、自給率を高める必要性を説いた。また、大豆マーケットの可能性は食用に
とどまらず、急速に広がりつつあるサプリメント市場、自然派化粧品市場への
展開が可能であることを述べ、中国国内、日本を含むアジア各国へのグローバ
ルなビジネスの拡がりを示唆した。
地久里は、日本国内でのコンビニエンスストアの台頭による米加工食品(お
にぎり、寿司)の売上高拡大や、ウルグアイラウンドでの米の関税化とその後
の WTO の 関 税 引 下 げ 要 求 の 強 ま り な ど を 例 に 上 げ な が ら 、 米 マ ー ケ ッ ト の 変
遷と自由化の流れによるビジネスチャンスの存在を述べた。そこで、中国東北
70
部の広大な土地と日本の東北地方との気候の類似性、琿春港を輸出物流の拠点
としたときのコスト優位性を背景に、日本ブランド『あきたこまち』の東北 3
省 で の 生 産 に よ る 米 、米 加 工 品 の 日 本 向 け 輸 出 ビ ジ ネ ス の 高 い 可 能 性 を 述 べ た 。
-ディスカッション-
Jennifer;
中 国 の 農 産 物 は 価 格 競 争 力 が あ る 。 韓 国 の 農 産 物 は 輸 入 農 産 物 の 10 倍 の
価格である。日本ではいくらか?
地久里;
米 は 5~ 10 倍 と 思 わ れ る 。
Jennifer;
中国の農産物が日本市場で占める割合は?
地久里;
関税により、ごく限られた量だけが輸入されている。が、将来的には関税
が緩められる。
Jennifer;
なぜ日本は中国の農産物を輸入したがらないのか?
井上;
日本では、品質、味等が非常に重要で、注意する必要がある。日本は中国
の農産物を輸入できない理由は関税の問題だけではない。
地久里;
日本人は製品の安全性を心配している。
-所感-
JLUメンバーのプレゼン内容は十分な準備時間がとれなかったことを自ら
言っていたとおり、やや具体性に欠ける内容だったように思う。また、私達は
時間が押していたなかでの最終セッションであったため、プレゼン後のディス
カッション時間が数分しかとれず、議論を深める時間も足りなかったことが残
念であった。
全 体 的 に は 、『 熱 烈 歓 迎 Q B S 』 の 横 断 幕 や 立 派 な 会 場 を 準 備 し て も ら う な ど
歓迎ムードであったが、ディスカッション中、学生が過去の戦争や日本市場の
中国産食品に対する閉鎖性などを躊躇なく指摘してくることに少し違和感があ
った。夕食会で、ある程度打ち解けたのをみて、日本人に対する感情を聞いて
みたが、やはり歴史教育からくる反感を少なからず持っていた。中国(特に東
北 3 省 ) に お け る パ ー ト ナ ー シ ッ プ 構 築 に は 、 「ビ ジ ネ ス と 歴 史 は 無 関 係 」あ る
い は 「国 家 レ ベ ル の 問 題 」と し て 避 け る の は な く 、 我 々 が ほ と ん ど 教 育 を 受 け て
いない昭和初期の近代史に対しても、個人として事実認識と意見を持ち、謝罪
すべき点は謝罪し、相互理解を図っていくことが重要であると改めて感じた。
71
Ⅴ フ ィ ー ルド ワ ーク ( 長 春 市 )
1. 長 春 第 一 汽 車 工 場 見 学
■会社名:
中 国 語 : 一 汽 -大 衆 汽 車 有 限 会 社
英
語 : FAW-Volkswagen Automotive Company,Ltd.
■概要
一 汽 -大 衆 有 限 会 社 ( FAW-Volkswagen Automotive Company,Ltd.) は 第 一 汽 車
集 団 会 社( F A W )と ド イ ツ 大 衆 会 社( V o l k s w a g e n )が 共 同 合 資 し て 経 営 し て い る
大 型 乗 用 車 生 産 企 業 で あ る 。 株 式 構 成 は FAW20% 、 Volkswagen20%、 Audi20%、
Volkswagen(China)10%で あ る 。
一 汽 - 大 衆 会 社 は 1 9 9 1 年 に 設 立 さ れ 、1 2 月 5 日 一 台 目 の 乗 用 車 が 生 産 さ れ た 。
現 在 、一 汽 - 大 衆 会 社 は ド イ ツ 自 動 車 工 業 レ ベ ル の 生 産 能 力 を 持 っ て い る だ け で
はなく、中国国情にあう乗用車部品システム、国内最大の販売サービスネット
ワークを持っている。
一 汽 -大 衆 会 社 の 敷 地 面 積 は 182 万 平 方 メ ー ト ル で 、 プ ロ ジ ェ ク ト 投 資 額 は
234 億 人 民 元 と な っ て い る 。
現 在 、一 汽 - 大 衆 会 社 は 乗 用 車 第 一 工 場 、エ ン ジ ン ・ 動 力 伝 達 装 置 工 場 、乗 用
車 第 二 工 場 、及 び 生 産 コ ン ト ロ ー ル セ ン タ ー 、教 育 セ ン タ ー 、計 算 機 セ ン タ ー 、
発展企画センター、販売会社などの関連部門で構成されている。製品としては
主
に
Volkswagen
と
Audi
二
つ
の
ブ
ラ
ン
ド
で
、
Jetta,Bora,Golf,Caddy,Audi-A6,Audi-A4 な ど の 製 品 が 生 産 さ れ 、 年 間 生 産 量
は 乗 用 車 66 万 台 、 エ ン ジ ン 36 万 台 、 動 力 伝 達 装 置 18 万 台 で あ る 。
■質疑応答
Q: 第 一 汽 車 集 団 会 社 の 従 業 員 人 数 は ?
A: 第 一 汽 車 集 団 会 社 は 中 国 の 国 有 企 業 で 従 業 員 が 13 万 人 以 上 で あ る が 、 一
汽 -大 衆 会 社 は 約 11,000 人 で あ る 。
Q: 社 内 に 工 会 ( 労 働 組 合 ) は あ る か ?
A: は い 。 国 有 企 業 が 60% の 株 式 を 持 っ て い る の で 、 会 社 の 雰 囲 気 は 国 有 企
業風である。
Q: 一 汽 -大 衆 会 社 の 製 品 の 販 路 は ? 海 外 進 出 は し て い る か ?
A: 100% 中 国 国 内 販 売 を し て い る 。
Q: Audi A4 と Audi A6 の 中 国 国 内 市 場 価 格 は ?
A:A 4 は 大 体 2 7 ~ 4 5 万 人 民 元 で 、A 6 は 大 体 4 0 ~ 7 0 万 人 民 元 で 競 争 相 手 は B E N Z 、
BMW、 Crown や ク ラ イ ス ラ ー な ど で あ る 。
Q: ド イ ツ か ら の 社 員 は 何 名 ぐ ら い ?
Q: 部 品 は 中 国 国 内 調 達 か ?
A: お よ そ 1000 名 。
A: ほ と ん ど 中 国 国 内 で 調 達 し て い る 。
Q: エ ン ジ ン は 中 国 国 内 生 産 ?
A: い い え 、ほ と ん ど ド イ ツ か ら 輸 入 し て い る 。一 部 分 だ け 国 内 生 産 し て い る
72
がドイツ技術を応用している。
Q: 開 発 部 門 と は ?
A: 新 し い プ ロ ジ ェ ク ト 実 施 、車 モ デ ル の 転 化 更 改 、部 品 国 産 化 、5 年 以 内 に
モデルの自主開発を予定している。
■所感
<日 本 国 内 自 動 車 工 場 と の 違 い >
●
工場のブルーワーカーは主に若い男性。女性と中年はほとんどいない。
●
ライン設備は九州のトヨタ工場とほとんど同じような設備が導入されてい
る
●
改善活動を進めている様子が見られない。休憩所等の張り紙や設備周辺の
張り紙(改善成果)がない。設備は十分なものを入れているが、設備や部
品の改善活動をブルーワーカーや職長、工長がやっている様子は全く見ら
れない。
●
工場の制服があるが、ばらばら。上着の前面を開いたまま作業するワーカ
ーもいる。
●
工場の制服に帽子はない。
●
理由は不明だが、見学中ラインがほとんど止まっていた。
●
ラインにつるした車が作業しやすいように上下に動く仕組みやラインとと
もに人間が移動するような動く歩道のような設備がない。九州トヨタの使
っている作業の肉体的負担を軽減する椅子や同等のものはない。それでも
問題が無いように、若い男性労働者を使っているとも考えられる。
●
工場に音楽がない。
●
工場内の整頓は問題ない。
●
重機の走行で注意を知らせるような音がない。
●
部品の納品の何割かはダンボールにより納品されている。ダンボールは新
品であり、リサイクル等への配慮は見られない。ダンボールは、日本にあ
るような質の高いダンボールであり、高級車を作っているという感じはあ
る 。 ISO14000 に よ り 、 材 料 の リ サ イ ク ル 等 へ の 取 り 組 み も 行 っ て い る と の
コメントを受けた。
●
計器等は電子部品(配線)の組み立てが複雑で部品の向きを変えたりする
ことが必要であるが、それを回転するのは自動ではなく、人力によるハン
ドル操作である。
●
エンジンなどの部品は輸入が多い。
●
工 場 正 面 に ガ ラ ス 張 り で 車 両 を 展 示 し て い る が 、ガ ラ ス は 大 変 汚 れ て い る 。
展 示 場 内 の 植 木 は 明 ら か な 作 り 物 の 椰 子 で あ る 。黄 砂 な ど の 影 響 も あ る が 、
日本国内の一流企業であれば、定期的に会社正面や看板の清掃をしないと
いうのは考えられず、中国の国有企業の体質が未だ先進諸国の一流企業の
レベルには達していないと考えられる。
73
2. 長 春 市 街
吉 林 省 は 、中 国 東 北 部 に 位 置 し 南 東 部 に 北 朝 鮮 と の 国 境 を 持 つ 。漢 族 の ほ か 、
満族、朝鮮族も多く居住する地域である。そのなかで長春は吉林省の省都とし
て 人 口 700 万 人 超 を 抱 え 、 政 治 ・ 経 済 ・ 文 化 の 中 心 と し て 栄 え て い る 。 車 の 生
産 ( 第 一 汽 車 )、 映 画 作 り ( 長 春 映 画 製 作 所 ) 産 業 が 有 名 で あ る 。 ま た 、 吉 林 大
学や東北師範大学など多くの大学があり学生の集まる街でもある。かつては旧
満州国時代の首都として「新京」と称されていた。日本との時差は一時間であ
る。
当 時 の 旧 満 州 国・国 会 施 設 を 見 学 。
(現在は吉林大学の医学部として使用され
て い る 。)我 々 は 吉 林 大 学 関 係 者 と い う こ と で 、無 料 に て 管 理 を 行 っ て い る 日 本
語の達者な年配男性からガイドをしていただいた。建物は当時、国会として建
設された際に東京の国会議事堂を模して作られている。上空から眺めると、建
物が漢字の「王」の字となるよう配置されている。軍隊の閲兵式を階上から見
下ろすようになっていたとのこと。
一階の一部は見学者用の土産物屋となっており、日本からの見学者もまれに
来るようである。当時の総理大臣の写真、かつて使用されていた電話機やオー
チス社製のエレベータ、横浜から持ってこられた冷蔵庫(上部に氷を置き冷や
す作り)などが史料として保存されていた。敷地内には皇帝溥儀が植えたと云
われる松の木が立派に成長していた。
そ の 後 は 中 国 国 内 で も 有 数 な 広 さ を 誇 る 人 民 広 場 を 訪 問 。散 歩 や バ ス ケ ッ ト 、
凧揚げなど多くの市民がのんびりと思い思いにすごしていた。我々の訪れた吉
林大学キャンパスは郊外にあるため、大学以外の開発はまだまだであったが市
の中心部は高層ビルも多く発展していた。時間の都合もあり人民広場を後にバ
スにて空港へ移動、現地の商店や生活振りを直に触れる機会が少なかったこと
は残念であった。しかし、バスから見る街並みはデパートや金融機関が立ち並
びにぎわっている様子が感じられた。車の交通量も多くVWやAudi、日本
車が走り、タクシーの多さも目に付いた。郊外に建設中のビルが多く、また広
大な土地があるため今後の工場建設用地などにも困らない発展の充分な余地を
感じる都市であった。
74
Ⅵ フ ィ ー ルド ワ ーク ( 上 海 市 )
1.
上海訪問
到着翌日にJETRO上海事務所を訪問。高層ビル内に入居しており、東京
でのビジネスと変わらない環境である。応対していただいたのは徳島県庁から
の出向者である山田氏。2 年の出向期間を間もなく終えるとのこと。上海のビ
ジネス環境や現地での生活ぶりなどを説明いただいた。製造業中心の大企業の
進出から、中小企業やサービス業の進出も増加している。しかし、物件費・人
件費などが増大しており投資コストが上昇しているとのこと。また、現地化が
進んでいないこと、模倣品が氾濫し知的財産管理が必要であることなどの問題
点も挙げられた。
上海は聞きしに勝る活気ぶりであり、人や車の往来に物凄いエネルギーを感
じた。
( 浦 東 空 港 到 着 後 、タ ク シ ー で 宿 泊 先 の ホ テ ル ま で 向 か っ た が そ の タ ク シ
ー で 料 金 を 吹 っ か け ら れ る と い う 洗 礼 を 受 け て し ま っ た が 。)立 ち 並 ぶ 高 層 ビ ル
は概して新しく、ここ数年で急激に発展したことが見て取れるものであった。
明らかに東京を凌ぐと思われる高層ビルの乱立状況を目の当たりにし、言い古
された言葉だが「百聞は一見に如かず」であり現地で直接体験することが重要
であると再認識した。ブランドショップや高級ホテルも揃い、待ち行く人々の
ファッションもかつてのイメージとは程遠いものである。地下鉄も清潔で新し
く、次の電車が来る時間を秒単位で表示するなど日本を上回るサービス振りで
あった。
上海は福岡とは空路一時間半ほどと非常に近く、東京とほぼ同じ所要時間で
行くことの出来る距離にある。まさしく「一衣帯水」の関係であり、近いうち
に再度訪れじっくりとまわってみたいと思う都市である。
2. JETRO上 海 訪 問
3 月 2 1 日 9 時 よ り ジ ェ ト ロ 上 海 に お い て 、徳 島 県 職 員 で J E T R O に 研 修 に
来られている山田さんからブリーフィングをして頂いた。
① 上海市の概要
② 経済・産業
近年第三次産業が増加している。コンサルティング・監査法人・法律系、
コンビニ・小売などである。日系企業も販売部門の設立など、今まで製造
拠点を中国に設け、逆輸入をするより、中国国内でのマーケットを狙い内
販強化へ移行する傾向が見られる。
③ 対外直接投資
75
上 海 へ の 直 接 投 資 は 99 年 に 底 を 打 ち 、 近 年 は 増 加 傾 向 に あ っ た 。 2005
年 は 契 約 件 数 4 0 9 1 件( 前 年 比 - 5 . 6 % )、契 約 金 額 1 3 8 . 3 3 億 $( 前 年 比 + 1 8 . 3 % )
であった。件数が減少しているのに契約金額が増加しているのは、土地使
用料や人件費の上昇など初期投資コストが増加したことが考えられる。ま
た 、大 手 企 業 の 進 出 は 9 0 年 代 に 完 了 し て お り 、契 約 金 額 が 小 額 の 中 小 企 業
の進出が増加している。大規模投資に追随する形で、部品調達を現地化す
るために裾野産業が進出する形となっている。上海の最近の経済傾向と同
様 、 FDI も 第 3 次 産 業 の 増 加 が 顕 著 で あ る 。
日 系 企 業 に 関 し て は 、 2005 年 の 契 約 件 数 692 件 ( 前 年 比 -5.2% ) 契 約 金
額 11 . 6 4 億 $( 前 年 比 - 2 4 . 1 % )と な っ て お り 、昨 年 夏 の 反 日 デ モ が 大 き く 影
響している。また、SARS以降、中国への一極集中を避ける傾向があり、
爆発的な増加傾向にはない。
④ 日系企業に関して
販売面・・・製品の良さは評価されており、高価格高品質というイメー
ジがあるが、上海の消費気質に合致している。そのためローカル製品との
差別化が必要である。
運 営 面・・・厳 格 な 管 理 体 制 で あ り 、依 然 と し て 現 地 化 は 進 ん で い な い 。
ローカル社員の登用や手引書の作成(日本用を使用せず、中国用に変更す
るべき)が現地化の鍵となっている。
<学生からの質問>
① どのようにローカル社員を登用していくか?
② 債権の保全はされているのか?
③ 外資企業の営業にどのような制限があるか?
④ 女性の雇用に関して日中間でどのような違いがあるか?
76
Ⅶ. I C A B E: 吉 林 大 学 訪 問 全 体 所 感
中国本土へは初めての訪問である。北京、上海といった都市は日本からの訪
問者も多いが中国東北地方、特に長春は観光ではまず訪れることがない都市で
あ ろ う 。長 春 は 旧 満 州 国 時 代 の 首 都 で あ り 、か つ て は「 新 京 」と 称 さ れ て い た 。
私の祖父母がかつて一時期住んでいたこともあり、その地を訪問できるチャン
スを得られたことは非常に感慨深いものであった。
3 月 中 旬 過 ぎ の 訪 問 で あ っ た が 、 現 地 の 気 温 は 0℃ ほ ど と ま だ 寒 さ の 厳 し い
時期である。上海経由で長春に降り立った。長春の空港は新しく近代的な設備
である。空港へは吉林大学から迎えの方が見えられ、車でホテルへ移動となっ
た。ホテルへ向かう途中、道路の両サイドは見渡す限りの農地が広がり、その
広大さに驚かされた。あまりにも日本とスケールが違うことを感じ入った。街
へ近づくにつれ建設中の建物が目に付き、古い家屋と大きく近代的な建物とが
あまりに対照的であった。
ホテルへ到着後、先着していた永池先生達と合流。ホテルは清潔で設備はま
ずまずである。その後、歓迎の宴が催されたが、非常に温かく迎え入れられ料
理 も 素 晴 ら し い も の で あ っ た 。 た だ 、 50 度 も あ る 強 い 白 酒 に は 閉 口 し た 。
翌日、朝から吉林大学へ向かう。長春大学は郊外に移転して日が浅く、キャン
パスは広大でどの校舎も近代的で素晴らしい設備である。大学進学率は5%ほ
どとのことで大学生=エリートであり、日本が大学全入時代を向かえているこ
ととは対照的である。
学生交流では、英語での発表であったためその準備には四苦八苦した。思っ
た以上に時間がかかり、現地で前日の夜まで手直しを行うこととなってしまっ
た。英語でプレゼンを行った経験が無く、非常に不安な気持ちで発表に臨む事
になり、かなり緊張した発表であった。リスニング難や思ったことを伝えるこ
との出来ないもどかしさがあり、英語力の無さを痛感した。中国の一定の年齢
以上の方は英語が話せないようであったが、中国の学生は英語教育がよくされ
て お り 概 ね 英 語 の 発 音 が き れ い で あ る 印 象 を 受 け た 。プ レ ゼ ン 資 料 に つ い て は 、
Q B S 側 が 図 や グ ラ フ 、イ ラ ス ト レ ー シ ョ ン を 用 い 吉 林 大 学 側 の 文 章 中 心 の 資 料
と比較し全体的に優れていたと思う。
環境問題に対する討論では、日本の環境に対する企業や市民の対応について
質問が投げかけられた。過去の公害に対する反省から、法的規制が厳しく企業
のコストも大きいことを説明したが、そこまでする必要性について細かい質問
が出された。日本ではマスコミ報道で企業の評判が大きく揺らぐが、中国では
報道の自由度が低く制限されていることも原因かと考えた。また、戦時の日本
軍の化学兵器残留問題に対して、その処分が必要であることなど我々日本側の
認識不足な点について意見があった。一方、日本についての情報をもっと伝え
て い く 必 要 も 感 じ 、今 回 の 交 流 を 機 に 相 互 理 解 を よ り 深 め る 必 要 性 を 認 識 し た 。
長 春 3 日 目 は 中 国 最 大 の 自 動 車 メ ー カ ー で あ る 第 一 汽 車 の 工 場 を 訪 問 。広大
な 敷 地 に 従 業 員 の 宿 舎 、学 校 、病 院 な ど が 建 て ら れ 一 つ の 街 が 形 成 さ れ て い た 。
77
第 一 汽 車 は ド イ ツ の VW グ ル ー プ と の 合 弁 企 業 で あ り 、 資 本 や 技 術 、 人 的 提 供
を受けている。以前は市場での高いシェアを誇っていたが、近時は低下してい
る と の こ と 。 街 中 で は VW や Au d i の ほ か 、 ト ヨ タ ・ 日 産 ・ ホ ン ダ ・ マ ツ ダ
など日本メーカーの車も多く見受けられた。
工場内の設備は比較的新しく、以前見学したトヨタの工場と似通っている印
象を受けた。輸出用ではなく国内販売向けの生産を行っているとのこと。経営
ト ッ プ は 中 国 側 が 3 名 、ド イ ツ 側 2 名 の 陣 容 と な っ て い る 。従 業 員 の 労 働 組合
は結成されているが、労働問題があるらしく、その点の質問に対してはあまり
答えたくないとの回答であった。
今回の長春訪問は在住の間、非常な歓待を受け、暖かく迎え入れていただい
たことを心から感謝したい。空港や朝のホテルへの出迎えから、食事や工場見
学への送迎などとても気をつかっていただいた。にもかかわらず、至らぬとこ
ろはないか、充分に役に立てていないのではないかなどとこちらが恐縮するほ
ど言葉をかけていただいた。
(悦見)
今回、3 泊 4 日で吉林大学を訪問し、学生との意見交流を行った。ある程度
は想像していたが、同じディスカッションのテーマを与えられていても、双方
の視点はかなり異なるものであった。
環境問題は、個人レベルから政府レベルに至るまで問題意識が大きく異なっ
ていた。日本では、ゴミを分別することは当たり前であり、罰則の有無に関わ
らず、遵守すべきものとして、個人的な「躾」が体に染み付いている。もちろ
ん 、企 業 や 政 府 が 率 先 し て 、環 境 問 題 に 取 り 組 ん で い る こ と は 言 う ま で も な い 。
しかし、中国側の意見は、自国の環境問題を各々が解決しようとする意識が少
し薄弱のように感じた。広い国土もち、人口の多い中国の環境汚染は、放って
置くと世界的な深刻な問題となる。この観点から、日本も積極的に協力するの
が必然的であるという受身の姿勢が中国側のメインの意見だったように思われ
た。日本は個人、企業がやれることはやろう、また如いてはビジネスにつなげ
ようという自発的行為をメインにしていたことに対し、順序が逆転していた。
このような、文化的相違(?)が所々に見受けられ、その意見が机上から得
られるものでなく、実際に体験でき大変有意義であった。自分の業界でのやり
方、日常業務に於ける日中間の差異は常々感じていたものも、これから中国を
担う学生とも異業種のテーマに関し、やはり差異は存在すると再認識した。今
後ビジネスをしていく上で、この差異を埋める努力をするのか、それとも利用
するのか、適当なところで妥協するのか、避けては通れない問題だと感じた。
また、プレゼンに関しても、英語でしかも異国の学生の面前でプレゼンを行う
など、とても稀有な経験となった。事前の打ち合わせ、準備はある程度の時間
78
を要し、負担もあったが、達成感も大きかった。
そして、忘れてはならないのが、日頃忙しいクラスメートと、4 日という時
間をともに過ごせたことである。皆各々の長所を生かし、プログラムを積極的
に遂行した。勿論、交流プログラム以外の時間でも、様々なバックグラウンド
を持つクラスメートとこのプログラムのことから授業の事まで、充実した意見
交換ができた。通常の授業のカリキュラムでは到底持つことのできない貴重な
時間が過ごせたと思う。
最後に、留学生のことについて言及したい。このプログラムは彼らにとって
どういういった意味合いがあるのか、少し疑問が残る。中国のBS学生との交
流は、母国に戻って体験することにどういう意味があるのか、おそらく、IC
ABEに参加していない学生の大部分も同様の意見であろう。実際、私もそう
思う中の一人である。しかし、参加して、このプログラムが中国人学生の協力
なくして、成立し得ないことがよく分かった。相手校の受け入れ態勢など、成
功した要因はいろいろあると思うが、留学生の功労は最も大きい。しかし、日
本で経済的にも厳しい環境にありながら、アルバイトの時間を削り、自費で参
加する留学生にもっとも頼っているのであるなら、学生としての身分でなく違
った形で、このプログラムに参加してもらうことを検討しなければならないと
思う。
(井上裕美)
79
Ⅷ. 今 後 に 向 け て
1.出 発 までのスケジュール
10月29日(土)ICABE次世代に向けての集会
12月17日(土)3月実施学生交流プログラム説明会
1月6日(金)東北大学、吉林大学各メンバー最終決定
1月7日(土)東北・吉林大学合同ミーティング
1月12日(木)吉林大学へプロポーザルレターなどの正式書類提出
1月14日(土)第一回吉林大学単独ミーティング
2月18日(土)第二回吉林大学単独ミーティング
2月25日(土)第三回吉林大学単独ミーティング
3月4日(土)第四回吉林大学単独ミーティング
3月11日(土)第五回吉林大学単独ミーティング
2.訪 中 の振 り返 りと成 果
(出発までの準備)
今回の訪中に向けて本格的に始動したのは吉林大学が休暇に入る春節直前
であり、まずは正式書類を全て準備することが急務であった。メンバー最終
決定から1週間後がデッドラインという過密スケジュールであったが、三期
生としては初の訪中プログラム参加で、先方大学への連絡方法や書類準備に
当惑している中、ICABE事務局が先導役として、両大学の橋渡しをして
頂き、スムーズな手続きができた。また、留学生の方々が、両大学の意見を
収集し、弛みない調整を行うことにより、今回のプログラム全行程を終始滞
りなく完了できた。
このように、ICABE事務局と留学生の偉業が無ければ成しえず、両者
の功績は大きいと考える。またミーティングを毎週土曜日に定例化し、メン
バーの問題提起とそれに対する解決策を全員で考え、チームとしての結束感
を強めていけたと思う。メンバーの一人一人が各役割分担を認識し、イニシ
アティブを発揮したことは、他のメンバーに安心感を与える契機となり、満
を持して出発に望めた。
(訪中)
訪中の目的の一つは、吉林大学学生とのプレゼンテーションとディスカッ
ションにより、相互の学術に対する造詣を深めることである。今回は吉林大
学、九州大学共に同じテーマのプレゼンテーションを交互に行った後、ディ
スカッションというスタイルを採ったが、問題意識を事前に共有していたこ
とは、意見交換に幅をもたせた。また、事前に詳細なタイムスケジュールと
テーマが決定していたので、用意した資料や情報を遺憾なく提供できたと思
80
われる。
反対に、吉林大学学生もオブラートに包むことなく、質問や意見を述べる
ことにより、本音のディスカッションを実施できた。また、吉林大学学生代
表であるリチャードはMBAユニオン(QBSでいう学生会)に所属してお
り、携わっている者としての心境をお互いに打ち明け、展望を語り合えたこ
とは思わぬ収穫であった。企業訪問では、第一汽車とジェトロ上海に伺い、
中国における最新の現状を聞くことで、今後の学習やビジネスに役立てる機
会を得た。
3.今 後 強 化 すべき課 題
・
学術交流プログラム終了後は、時間が経過するに連れ、どうしても学生間
との交流が疎遠になりがちであるが、一過性に終わることなく連絡を取り
合い、相互の今後の学習やビジネスに活かすことが必要だと思われる。
・ プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン & デ ィ ス カ ッ シ ョ ン は 、共 通 の 関 心 事 項 に 対 し て 双 方 の
着眼点を共有でき、大変有意義であった。しかし、学術交流日の日数を 1
日 し か 設 定 し て お ら ず 、若 干 物 足 り な か っ た の で 、ゆ と り の あ る ス ケ ジ ュ ー
ルが期待される。
・ 今 回 の 訪 中 で は 、各 自 の 役 割 分 担 を 予 め 決 め て 、そ れ を 一 人 一 人 の メ ン バ ー
が 遂 行 し た こ と に よ り 、チ ー ム と し て 稼 動 で き た こ と が 大 き な 成 果 の 一 つ で
あ る 。訪 中 す る に し て も 、先 方 大 学 学 生 を 迎 え る に し て も 、メ ン バ ー の サ ポ
ー ト と 結 束 力 無 し に は 不 可 能 で あ り 、そ れ は ビ ジ ネ ス に 置 き 換 え て も 重 要 な
要 素 と 言 え る 。そ う い う 意 味 で 、成 果 と 同 様 に 持 続 さ れ る べ き 課 題 で も あ る 。
以上
81
中 国 ・東 北 大 学 への訪 問
82
旅
程
東北大学日程
宿泊
3 月 18 日
13:00
福岡発
(CZ644)
(土 )
18:00
学生交流食事会(東北大学主催)
喜来登酒店
<意見交換>
09:00
東北大学ビジネススクールの紹介
九州大学ビジネススクールの紹介
10:00
九州大学プレゼンテーション
国 吉 教 授 : China moves from the place of
industry to the market of FDI
村 藤 教 授 : Financial Restructure Of Japan
12:00
昼食
13:00
Campus Tour in NEU
14:00
Discussion & Presentation Between QBS & NEU
①
Financial
medium
3 月 19 日
infrastructure
enterprises
for
small
and
between
Japan
and
of
universities
China(QBS)
(日 )
②
How
MBA
students
both
s h o u l d b e c o o p e r a t e a n d s t u d y w i t h Wi n - w i n
relationship(NEU)
③
MBA
Student
Exchange
Program
2006
in
Shenyang(QBS)
④
Manufacturing
Enterprise
Internal
Management(NEU)
⑤
Development Model for Automotive Industry
in China(NEU)
⑥
Environmental
Problems
and
Measures
of
Japan(QBS)
17:30
<企業訪問>
09:00
S Y S T E M S C O R P O R AT I O N
3 月 20 日
(月 )
T O S H I B A E L E VAT O R A N D B U I L D I N G
11 : 0 0
Neusoft Group Ltd
13:00
昼食
14:00
瀋陽故宮見学
3 月 21 日
07:50 瀋 陽 発
(火 )
11:00 福 岡 着
(CZ643)
同上
-
83
Ⅰ 中 国 の瀋 陽 、東 北 大 学 の概 要
(詳 細 は資 料 2-1.Northeastern University (NEU) & Shenyang Introduction を参 照 )
1 東 北 大 学 について
東 北 大 学 (Northeastern University:NEU)は中 華 人 民 共 和 国 遼 寧 省 瀋 陽 市 文
化 路 に位 置 し、その創 立 は 1923 年 、83 年 の歴 史 を有 す。学 生 数 は約 15,000 人
(学 部 約 13,800 人 ,修 士 ・博 士 約 1,600 人 )、教 員 数 :約 1,800 人 といった巨 大 校
である。構 成 する学 部 は 51 で、主 に文 法 学 院 ,外 国 語 学 院 ,商 工 業 管 理 学 院 ,理
学 院 ,資 源 ・土 木 工 学 学 院 ,材 料 ・冶 金 学 院 ,機 械 工 学 ・自 動 化 学 院 ,情 報 科
学 ・ 工 学 学 院 等 が あ る 。 当 然 、 こ の 中 に 、 School of Business Administration,
Northeastern University(SBA)も含 まれる。
設 立 は 1994 年 、MBA として認 められたのは 1997 年 とビジネススクール自 体 も約
10 年 の歴 史 を持 ち、カーネギーメロン大 学 や青 山 大 学 など海 外 のビジネススクールと
も提 携 関 係 を結 んで、国 際 的 に活 動 を展 開 している。
2 瀋 陽 について
瀋 陽 は、中 華 人 民 共 和 国 遼 寧 省 の省 都 。旧 称 は奉 天 。中 国 東 北 部 (旧 満 州 )の
主 要 都 市 の一 つ。市 の名 前 の由 来 は、市 内 を流 れる渾 河 の古 名 ・瀋 河 の北 に位 置
することから。国 家 歴 史 文 化 名 城 に指 定 される観 光 都 市 でもある。
市 の人 口 は約 737 万 人 (2003 年 末 )で、中 国 でも 5 番 目 に大 きな都 市 である。市
の総 面 積 は 13,000 平 方 キロ。その歴 史 は大 変 古 く、7200 年 前 には定 住 集 落 (新 楽
遺 跡 )があったことが知 られている。その後 はしばらく地 域 の地 方 都 市 的 な位 置 にあ
ったが、17 世 紀 初 頭 、サルフの戦 いに勝 利 した満 州 族 のヌルハチは瀋 陽 を占 領 して
後 金 の首 都 とした。1634 年 には盛 京 (満 州 語 ムクデン)と改 称 されている。その後 清
と名 を改 めた後 金 は 1644 年 に明 を滅 ぼして中 国 内 地 を占 領 し、首 都 を北 京 に変 更
するが、瀋 陽 は副 都 扱 いを受 け、1657 年 には奉 天 府 と名 付 けられて多 分 に形 式 的
ながら中 央 政 府 に準 拠 した官 制 がしかれた。現 在 でも市 内 にはその時 の皇 居 ・瀋 陽
故 宮 が残 っている。
19 世 紀 後 半 以 降 、それまで漢 民 族 の移 動 を認 めなかった満 州 (現 在 の中 国 東 北
部 )が方 針 を改 められて急 激 に開 発 されるようになると、瀋 陽 は地 域 の中 心 としての
役 割 を担 い、東 北 三 省 を束 ねる政 庁 も設 置 された。都 市 としての瀋 陽 が大 きく膨 張
したのもこの時 期 である。1912 年 の清 朝 滅 亡 後 は張 作 霖 や張 学 良 らの奉 天 軍 閥 の
拠 点 となり、1923 年 奉 天 市 政 公 所 が設 置 されて市 政 が施 行 され、1929 年 張 学 良 に
よって瀋 陽 市 と改 称 されたが、駅 を中 心 とする市 街 地 の大 半 は南 満 州 鉄 道 の付 属
地 とされ、日 本 が行 政 権 や警 察 権 を把 握 していた。1931 年 満 州 事 変 が起 こると、奉
天 に戻 り、1945 年 瀋 陽 に復 した。
現 在 の瀋 陽 では、工 業 が盛 んであり、市 の郊 外 には多 くの重 化 学 工 場 が立 ち並
84
んでいる。瀋 陽 市 内 のみならずその近 隣 都 市 圏 は撫 順 の石 炭 ・鞍 山 の鉄 鉱 石 、や
や遠 いながら黒 龍 江 省 大 慶 の油 田 などの豊 富 な資 源 を生 かした一 大 コンビナートで
あり、20 世 紀 後 半 の中 国 を工 業 面 で支 えた。しかし近 年 外 資 を導 入 した長 江 デルタ
や珠 江 デルタ地 域 の経 済 発 展 に比 べ、瀋 陽 を始 めとする東 北 地 方 は取 り残 された
感 が否 めない。このため中 国 政 府 は東 北 振 興 を旗 印 に東 北 開 発 を重 点 的 に支 援 し
て お り 、 瀋 陽 も 近 代 都 市 に 変 貌 し つ つ あ る 。 2003 年 の 全 市 生 産 総 額 ( GDP ) は
1,602 億 人 民 元 で、全 省 の 4 分 の 1 を占 める。
Ⅱ 九 州 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル ( Q BS ) の紹 介
(詳 細 は資 料 2-2. Introduction of Fukuoka in Asia & QBS を参 照 )
九 州 は今 最 も成 長 している地 域 である東 南 アジアにアプローチしやすいところに位 置
しており、ビジネスを行 う環 境 は整 っている。つまり、その特 徴 として、アジアの国 々の大
都 市 へのアクセスが非 常 に良 いこと。九 州 は日 本 の 10%程 度 の経 済 力 を有 している、
特 に、情 報 通 信 産 業 や自 動 車 産 業 に強 いこと。などが挙 げられる。
また、それ以 外 にも福 岡 タワーやシーホークホテル、天 神 、中 洲 地 区 にある約 200 の
屋 台 など、特 徴 的 なものはいくつも存 在 している。
そのような環 境 下 で、私 たち QBS は活 動 を展 開 している。QBS とは九 州 大 学 ビジ
ネススクールの略 。国 立 大 学 第 3番 目 、九 州 では初 の本 格 的 ビジネス・スクール。本 専
攻 は専 門 大 学 院 として認 可 を受 け、法 改 正 に伴 って専 門 職 大 学 院 として平 成 15 年 4
月 1 日 に設 置 された。本 専 攻 は、先 端 的 なビジネスの知 識 と高 度 なアドミニストレーショ
ン能 力 をもとに、産 業 や企 業 のグローバルな展 開 を主 体 的 に担 い、また技 術 とビジネス
の連 携 を先 導 するマネジメント能 力 を発 揮 して、新 時 代 の産 業 社 会 を切 り拓 いてゆくビ
ジネス・プロフェッショナルの育 成 をめざしており、規 定 の課 程 を修 了 した者 には、「経 営
修 士 (専 門 職 )」が授 与 される。
開 講 科 目 は、全 員 必 修 の「MBA ベーシックス」、選 択 履 修 の「ビジネスの戦 略 マネ
ジメントに関 する科 目 群 」と「産 業 の技 術 や知 識 の創 造 のマネジメントに関 する科 目 群 」
に大 別 され、これらの科 目 群 の専 門 科 目 は系 統 的 かつ段 階 的 に配 置 されている。学
生 は、それぞれの科 目 で、実 践 志 向 の高 度 な専 門 知 識 を学 んでいる。
85
Ⅲ 各 校 の教 授 による講 義
1 China moves from the place of industry to the market of FDI
(1)担 当 者
国吉
澄夫
教授
(2)内 容
ここ数 年 、日 中 関 係 が緊 密 になってきた。特 に、日 本 から中 国 への直 接 投 資 額
(FDI)の動 きを見 ていると、件 数 ・金 額 ともに増 加 傾 向 にあり、90 年 代 以 降 は「直
接 投 資 の時 代 」と言 えそうである。
その代 表 例 として、東 芝 グループの動 向 を見 ても、60 社 以 上 の現 地 法 人 を中 国
各 地 に立 ち上 げており、直 接 投 資 と現 地 化 の動 きは顕 著 化 している。それに伴 い、
中 国 の輸 出 における外 資 企 業 の占 める割 合 は拡 大 、加 えて、OEM の浸 透 などに
より中 国 商 品 自 体 の輸 出 量 も拡 大 している。しかしながら、中 国 ブランドとしてのマ
ーケットにおける認 知 度 は、ヨーロッパや日 本 メーカーのそれと比 較 して高 くはない。
この点 は改 善 の余 地 がまだまだあると言 える。
2005 年 後 半 にマーケットに対 し新 しい法 律 が導 入 され、これまでの規 制 が緩 和
される。しかしながら、国 有 企 業 などは相 変 わらずパートナー企 業 としての適 性 がと
ぼしく、また、税 制 についても改 善 の余 地 が大 きい。併 せて、停 電 や SARS など潜
在 的 なリスクが存 在 している。
また、企 業 経 営 的 にも商 品 売 価 の急 激 な下 落 や日 本 メーカーに対 する技 術 移
転 要 求 、消 費 者 の権 利 や知 的 財 産 権 の確 立 および環 境 問 題 対 策 など、取 り組
むべき課 題 は山 積 している。このような中 で企 業 経 営 にあたって重 要 なことは、日
本 本 社 と現 地 本 社 の役 割 を明 確 にし、優 秀 な現 地 スタッフを雇 用 ・育 成 するなど
して企 業 の現 地 化 を進 めることで中 国 社 会 での地 位 を確 立 することである。
今 後 の企 業 進 出 についてまとめてみると以 下 のとおり。
・ FDI は新 しい段 階 に~商 品 製 造 能 力 だけではなく、現 地 化 を通 じた総 合 力
が求 められている。
・ 中 国 市 場 と中 国 社 会 との共 存
・ 中 国 企 業 との Win-Win の関 係 作 り
・ 人 材 育 成 と現 地 化 の伸 展
86
2 Financial Restructuring of Japan
(1)担 当 者
村藤
功
教授
(2)内 容
1985 年 プラザ合 意 以 降 の日 本 円 は国 際 的 に強 い通 貨 となった。その影 響 で、
バブル経 済 を招 くこととなり、特 に地 価 の乱 高 下 を生 じさせた。結 果 、2003 年 の段
階 で地 価 は 1986 年 レベルに戻 ったが、有 利 子 負 債 は 86 年 当 時 と比 較 して倍 程
度 に膨 らんだ。
企 業 セクターを見 てみると、86~89 年 の間 は、事 業 収 益 率 が 5~6%に対 し、有
利 子 金 融 資 産 リターンが 5%以 下 と、事 業 収 益 率 >利 子 金 融 資 産 リターンであり、
そこに事 業 継 続 意 義 があるが、それ以 降 のバブル期 では、利 子 金 融 資 産 リターン
<事 業 収 益 率 となり、企 業 は投 機 に走 った。その後 、バブルがはじけて、両 者 の関
係 は従 前 のものに戻 った。しかしながら、ここにきて低 金 利 時 代 が終 焉 する気 配 を
示 している。仮 に、金 利 が上 昇 し始 めると、今 度 は、事 業 収 益 率 <利 子 支 出 ・有
利 子 負 債 となる可 能 性 があり、企 業 としては、それまでに負 債 処 理 をしておく必 要
がある。
政 府 セクターは、現 在 、債 務 超 過 に陥 り、小 さい政 府 を目 指 している。特 に高 齢
化 を迎 え、社 会 ・経 済 基 盤 の弱 体 化 が予 見 できるため、公 営 企 業 の民 営 化 を進
めている。
それまでは、郵 便 貯 金 や簡 易 保 険 などを用 いて集 めた資 金 を、財 政 投 融 資 とい
う形 で公 営 企 業 (住 宅 公 庫 や道 路 公 団 など)を通 じ、民 間 に還 元 することで景 気
をコントロールしてきた。
しかしながら、公 営 企 業 が担 っていた役 割 を民 営 化 ・民 間 委 託 を通 じ、直 接 企
業 セクターに移 管 することで、より効 率 的 な運 用 を企 図 している。今 後 もこの潮 流
は続 くと思 われる。
ここ数 年 、中 国 経 済 は成 長 し、それに伴 い日 中 関 係 が緊 密 になってきた。併 せ
て、中 国 の役 割 も変 化 してきた。今 後 、企 業 は現 地 化 を進 めて、中 国 民 力 を活 用
し、企 業 活 動 を展 開 することが望 ましい。
87
Ⅳ 九 州 大 学 ビ ジ ネ ス ス ク ー ル学 生 に よ る 話 題 提 供
1 日 本 の信 用 保 証 協 会 と中 国 の信 用 保 証 協 会 の現 状 と違 い
(1)担 当 者
大石
寺田
楊
信 用 保 証 協 会 の歴 史 ・システム・内 容 ・商 品
信 用 保 証 協 会 の現 状 ・問 題 点 ・解 決 策 ・結 論
中 国 保 証 協 会 の歴 史 ・現 状 ・問 題 点 ・解 決 策
(2)内 容
①概 要
日 本 の信 用 保 証 協 会 の歴 史 は 60 年 以 上 になり、幾 度 の景 気 ・不 景 気 を乗
越 え、現 在 の国 家 保 証 システムを構 築 している。
特 に、中 小 企 業 の本 システムの活 用 状 況 について言 及 すると、中 小 企 業 の場
合 、保 証 協 会 より保 証 を受 け保 証 料 を支 払 い様 々な金 融 商 品 の融 資 を銀 行 か
ら受 けるという仕 組 みである。保 証 協 会 の現 状 は、保 証 金 額 が、約 297億 円 に
もなるが、一 方 代 位 弁 済 金 額 について、約 8億 円 にも上 っている。現 在 保 証 協
会 を利 用 している中 小 企 業 は、約 170 万 件 もある。
現 行 システムの問 題 点 は、金 融 機 関 による審 査 がなく、第 三 者 保 証 人 を過 度
に要 求 し、相 変 わらず土 地 担 保 主 義 をとっている点 である。これを解 決 する取 組
として売 掛 債 権 担 保 融 資 保 証 制 度 や特 定 社 債 保 証 制 度 (保 証 付 私 募 債 )な
どの新 制 度 の導 入 を行 っている。この制 度 の注 目 する点 として政 府 主 導 による
同 システムのおかげで他 国 にはない個 性 のある中 小 企 業 を育 成 してきた。しかし、
既 存 の金 融 システムでは、限 界 にきており、保 証 協 会 そのもの存 在 も微 妙 な立
場 になっている。
中 国 の信 用 保 証 協 会 は 1992 年 に開 始 し、その歴 史 は浅 い。2002 年 で保 証
金 額 は、約 8 億 円 あり、利 用 中 小 企 業 は、約 2 万 8 千 件 程 度 である。現 在 、資
金 源 の多 様 性 、や組 織 体 の多 様 化 、保 証 制 度 の多 様 化 と組 織 能 力 の多 様 化
といった取 組 を行 っている。しかし問 題 点 としては、専 門 知 識 を持 つ人 材 が不 足
していること、資 金 の保 証 制 度 が未 整 備 であること、また金 融 商 品 の少 ないこと
等 が挙 げられる。中 国 の保 証 協 会 は、制 度 そのものが、まだ未 成 熟 であるため、
上 記 問 題 を含 めてまだまだ改 良 する必 要 がある。そのためには、専 門 人 材 の育
成 や保 証 制 度 の整 備 が急 務 である。
②質 疑 応 答
(詳 細 は資 料 「Financial infrastructure for small and medium enterprises
between Japan and China」参 照 )
(質 問 )
・ 日 本 の信 用 保 証 システムは、日 本 の金 融 にどのような影 響 を与 えているのか?
・ 日 本 の保 証 協 会 の保 証 料 金 の適 用 基 準 は、どのように決 まるのか?
・ 日 本 の保 証 協 会 はリスク管 理 についてどのような対 応 をおこなっているのか?
88
(回 答 )
当 機 関 は、日 本 の中 小 企 業 の育 成 に大 きく貢 献 した。特 に戦 後 、バブル崩
壊 後 の中 小 企 業 への金 融 再 生 機 能 としての貢 献 は、特 に大 きいものであった。
しかし、リスク管 理 の観 点 から銀 行 は書 類 上 の手 続 きのみであり、審 査 は信 用
保 証 機 関 が独 自 でおこなっており、リスク認 識 がかなり甘 いものとなっている。
そのため、倒 産 先 による代 位 弁 済 が肥 大 化 し、税 金 による補 填 が大 きくなり、
この点 について財 政 上 の問 題 児 とされている。
最 後 に保 証 協 会 の保 証 料 率 であるが、現 在 のところ一 律 であり、政 府 保 証
(セーフティーネット)が受 けられる中 小 企 業 に対 して保 証 料 率 の割 引 がある
(本 年 4 月 より段 階 保 証 料 率 へ変 更 予 定 )。但 し保 証 制 度 別 に保 証 料 率 の
違 いはある。という形 で回 答 をおこなった。
(3)所 感
ディスカッションについてであるが、東 北 大 学 にも金 融 機 関 出 身 者 や実 務 者 がい
たことで上 記 の質 疑 があった。中 国 では、信 用 保 証 制 度 のシステムが一 応 存 在 す
るが、あまり知 られてはいなかった。このようなシステムを発 展 させていくためには、金
融 商 品 の充 実 と利 便 性 の向 上 が必 要 であり、今 後 中 国 の金 融 サービスが充 実 す
ることを期 待 する。
また中 国 の現 在 の金 融 情 勢 であるが、預 金 金 利 は、2~3%(1年 もの)、融 資 金
利 は、5%程 度 とのことであり、日 本 の銀 行 預 金 利 率 とは大 きなひらきがあり、興 味
深 いものであった。
最 後 に、本 テーマとは離 れるが、東 北 大 学 のある先 生 についてであるが、アメリカ
ハーバード大 学 MBA を卒 業 後 、外 資 系 金 融 機 関 にて勤 務 し、帰 国 後 、28歳 の
若 さで東 北 大 学 の教 授 を勤 めているとのことである。大 学 においても実 力 主 義 であ
ることに驚 きを覚 えた。日 本 でもこのようなケースが見 られる様 になればおもしろいと
思 った。
2 中 国 企 業 との業 務 提 携 上 での課 題 について
(1)担 当 者
小川
王
(全 般 )
(説 明 補 助 )
(2)内 容
①概 要
日 本 ではシステムエンジニア(以 下 「SE」と表 記 )の減 少 に伴 い,システム設 計
の際 、具 体 的 なプログラミング部 分 を中 国 企 業 に委 託 するケースが増 えている。
弊 社 でも、今 後 100 人 規 模 の SE を用 いたプロジェクトを請 け負 う予 定 となって
いるが、事 前 のテストパイロットとして、今 回 、中 国 企 業 とアライアンスを組 み、案
89
件 を実 施 し、その中 でいくつかの大 きな問 題 が生 じた。今 回 、このテストパイロット
で分 かったことは、中 国 企 業 側 からの「問 題 ない」の回 答 には大 きな問 題 が隠 さ
れているということだった。
今 後 このような形 で仕 事 を進 めていく上 で、当 方 が留 意 すべきことを、この場 を
借 りて討 議 したい。
②質 疑 応 答
特 に 以 下 の 点 に つ い て 問 題 提 起 ( QBS 側 か ら 提 示 、 詳 細 は 資 料 「 MBA
Student Exchange Program 2006 in Shenyang」参 照 )
Q1 中 国 人 との共 同 プロジェクトを推 進 する 上 では、ルールは細 かく決 めたほう
が良 いか?それとも、大 まかなアウトラインだけにして、細 かいところは中 国
サイドにけんとうしてもらったほうがよいか?
Q2 100 人 以 上 の多 くの人 間 をマネジメントする場 合 に、人 材 管 理 において必
要 なことはなにか?
(NEU 側 からの回 答 )
A1 Q1については、ケースバイケースで必 ずしも、同 じケースにはなりえないが、
詳 細 なルールを決 める場 合 は、契 約 書 を作 成 した上 で行 ったほうがよい。
A2 Q2については、学 生 には難 しいので、教 授 に意 見 を求 めて欲 しい。
(3)所 感
今 回 の質 問 の主 旨 は中 国 での組 織 マネジメント運 営 に関 する疑 問 点 を、中 国
側 学 生 に投 げかけたのだが、おもうような回 答 は得 られなかった。まったく専 門 外 だ
ったからかもしれないが、少 し期 待 はずれな感 じがあった。これらのことから考 えるに、
中 国 人 同 士 での組 織 マネジメントは現 時 点 ではさほど問 題 になっていないのでは
ないかという疑 問 と、それには安 い人 件 費 に支 えられている多 くの人 間 がいるため
に日 本 のように少 ないリソースで効 率 的 にマネジメントをする発 想 がまだ薄 いのかも
しれない。これらの疑 念 は東 芝 エレベーターの工 場 で過 剰 気 味 に思 えた仕 事 に対
する人 の配 置 もあいまった感 想 である。
今 回 の交 流 で至 った感 想 は、いままだ我 々が考 えているプロジェクトマネジメント
技 法 を中 国 側 に認 識 および浸 透 させるには、我 々の意 識 に近 い会 社 を提 携 先 と
して選 択 するか、意 識 の低 い会 社 に対 して、時 間 とコストをかけて成 長 させるかの
判 断 が必 要 になるとおもう。前 者 に関 してはそのような会 社 がいるかどうかもしくはわ
れわれと提 携 するかどうかの問 題 があり、後 者 に関 しては時 間 が掛 かることの機 会
損 失 リスクと投 資 リスクが考 えられる。しばらくは2方 面 を検 討 しながら推 し進 めて行
きたい。
90
3 日 本 の環 境 問 題 の現 状 と対 応 策
(1)担 当 者
志摩
日 本 の環 境 問 題 の現 状 と政 府 ・企 業 ・民 間 の対 応 状 況
江上
企 業 の対 応 事 例 (九 電 グループのケース)
平田
企 業 の対 応 事 例 (ペットボトルリサイクル事 業 の実 例 )
丁
説明補助
(2)内 容
①日 本 の環 境 問 題 の現 状 と政 府 ・企 業 ・民 間 の対 応 状 況
日 本 の場 合 、大 量 生 産 ・大 量 消 費 そして大 量 廃 棄 のシステムが限 界 に達 しよ
うとしている。併 せて、資 源 の枯 渇 や地 球 温 暖 化 をはじめとした様 々な地 球 環 境
への影 響 も心 配 されている。京 都 議 定 書 において、日 本 は CO2 の排 出 量 につ
いて 2008~2012 年 の間 で、1990 年 レベルと比 較 して 6%以 上 の削 減 を求 めら
れている。
このため、政 府 レベル、企 業 レベル、民 間 レベルでの CO2 の排 出 量 削 減 をは
じめとした環 境 問 題 への対 応 を実 施 している。日 本 では環 境 基 本 法 を制 定 し、
「社 会 経 済 システムと自 然 環 境 の 2 つの健 全 な循 環 」と「経 済 成 長 を上 回 る環
境 効 率 性 の実 現 」を目 指 している。そして、活 力 ある持 続 可 能 な社 会 の構 築 に
際 し、企 業 は新 しいビジネスチャンス見 出 すとともに、環 境 保 全 の考 え方 を CSR
活 動 として企 業 経 営 に反 映 させ、企 業 の持 続 成 長 を目 指 している。
②企 業 の対 応 事 例 (九 電 グループのケース)
九 州 電 力 の場 合 、電 気 事 業 における規 制 緩 和 に伴 い競 争 が始 まり、「お客 さま
から選 ばれること」を意 識 し始 めた。このため、グループ企 業 も含 めて、CSR 活 動 に
も力 を入 れ始 めている。
そのため、社 内 においては産 業 廃 棄 物 ・一 般 廃 棄 物 の双 方 について3R
(Reduce,Reuse,Recycle)を通 じてゼロエミッションに取 り組 んでいる。
産 業 廃 棄 物 の場 合 、例 えば、火 力 発 電 所 で発 生 した石 炭 灰 を活 用 した舗 装
材 の製 造 や廃 線 のリサイクルなどに取 り組 んでいる。また、一 般 廃 棄 物 については、
古 紙 や蛍 光 灯 のリサイクルや消 去 可 能 なコピートナーの導 入 などを行 った。
この環 境 問 題 への意 識 の高 まりに際 し、これをビジネスチャンスとし、九 電 グルー
プとして、J-リライツ㈱(蛍 光 灯 の再 利 用 )や日 本 環 境 マネジメント㈱(機 密 文 書 の
破 棄 と古 紙 再 生 )を立 ち上 げている。
③企 業 の対 応 事 例 (ペットボトルリサイクル事 業 の実 例 )
日 本 ではペットボトルのリサイクル活 動 が非 常 に盛 んである。ペットボトルの製
造 量 に対 して回 収 される廃 棄 ペットボトルの割 合 は年 々増 加 傾 向 にある。最 近 、
このペットボトルの大 半 が中 国 に輸 出 されるようになったため、日 本 国 内 のペット
ボトルリサイクル事 業 者 は事 業 継 続 に必 要 な量 の廃 棄 ペットボトルを確 保 するこ
とが困 難 になっており、危 機 的 な状 況 に陥 っている。
廃 棄 ペットボトルの商 流 においては商 社 が重 要 な役 割 を果 たしている。中 国 で
91
のペットボトル需 要 が、日 本 国 内 リサイクル事 業 者 を圧 迫 する原 因 は作 り出 して
いるものの、これは適 正 な市 場 原 理 が廃 棄 ペットボトル業 界 においても作 り出 さ
れた結 果 であるといえる。
原 油 価 格 の高 騰 やリサイクル商 品 に対 する需 要 の高 まりが廃 棄 ペットボトルの
需 要 をますます高 めており、日 本 政 府 は国 内 リサイクル業 者 保 護 のために、中
国 への廃 棄 ペットボトルの輸 出 に対 し制 限 を設 ける可 能 性 を持 っている。
④質 疑 応 答
Q1 何 故 、企 業 は再 生 紙 などを使 うのか。この動 きに対 して、法 律 など規 定 され
ているのか。(何 らかの罰 則 規 制 がなければ、これらの動 きは行 われないと
思 う。)
Q2 PET とは何 の略 か。
(NEU 側 からの回 答 )
A1 これらは CSR の観 点 から企 業 が独 自 に取 り組 んでいることである。法 律 など
で規 制 されているものではない。
A2 polyethylene terephthalate〔〈略 〉PET〕
(3)所 感
「環 境 配 慮 」は、企 業 の持 続 的 成 長 を支 えるためには重 要 な行 動 の一 つである。
特 に日 本 においては企 業 戦 略 の重 要 なキーワードとして定 着 しつつある。一 方 、
中 国 ではどうなのか?環 境 をテーマに東 北 大 学 の学 生 とのディスカッションを試 み
た。
中 国 ではリサイクルビジネスが盛 んで、循 環 型 社 会 の構 築 には欠 かせないポジシ
ョンに位 置 している。私 たちが今 回 におけるプレゼンテーションのテーマに「環 境 問
題 」を選 んだのも、両 者 共 通 のテーマとして面 白 さを有 していると思 ったからである。
しかし、実 際 にはあまり学 生 の中 でリサイクルビジネスに興 味 のある人 、仕 事 で携
わったことのある人 はいなかったようで、リサイクルに関 する質 問 は得 られなかった。
その代 わりに日 本 の環 境 問 題 への取 り組 みへは関 心 があったようで、いくらかの質
問 を受 けた。
日 本 の企 業 が環 境 問 題 に取 り組 む“自 主 性 ”に中 国 との違 いを感 じたようで、政
府 からの強 い指 導 のもとでなければ日 本 企 業 の行 っているような取 り組 みは成 しえ
ないという考 えを持 っていることが読 み取 れた。まだ企 業 戦 略 として「環 境 配 慮 」と
いうアイテムはあまり意 味 を持 たないのだと感 じた。
環 境 問 題 は国 境 を越 え、様 々な国 ・地 域 に波 及 するため、周 辺 諸 国 との関 係 も
あり、中 国 も環 境 問 題 から視 線 をはず事 はできない。その意 味 、中 国 企 業 の環 境
配 慮 への動 きにはまだまだ限 界 があり、環 境 ビジネスが入 り込 んで行 く余 地 は十 分
あるのではないかと思 う。
言 語 の壁 によって自 分 の言 いたいことを十 分 伝 えることはできなかったが、文 化
の違 いを理 解 するには多 くを語 って相 手 との目 線 を合 わせていくことが重 用 だと感
じた。
92
Ⅴ 東 北 大 学 の 学 生 によ る 話 題 提 供
1 How MBA students of both universities should be cooperate and study with
Win-win relationship
(1)担 当 者
Li DaMing/Li Ying/Diana Sun
(2)内 容
両 大 学 学 生 間 で良 好 な関 係 を構 築 するためには次 のことに留 意 することが必
要。
・ お互 いの社 会 とその背 景 をよく知 ること。
・ 組 織 や職 務 上 の付 き合 いだけではなく個 人 的 なつながりを持 つこと。
・ オープンマインドでお互 いを信 じること。
日 本 については中 国 では次 に様 なイメージを持 っている。
・ 第 二 次 世 界 大 戦 以 降 大 きく飛 躍 した国
・ 中 国 のことをよく理 解 している国
・ 仕 事 上 のリサーチをしっかりと行 う、ハイテク・ハイクオリティーな商 品 を生 産 する
国
・ Never Give Up の国
お互 いを良 く知 り、信 じ、公 平 で、かつ双 方 に利 益 があれば、お互 いに協 力 でき、
コミュニケーションが可 能 となる。
2 Manufacturing Enterprise Internal Management
(1)担 当 者
Hellen cong
(2)内 容
6シグマは 1980 年 代 にモトローラが生 き残 りをかけて行 ったもので、商 品 の品 質 と
企 業 改 善 に向 けた動 きである。デミング博 士 が基 礎 理 論 、ジュラン博 士 が実 践 、ハ
リー博 士 が最 適 化 を行 った。
この6シグマには現 状 分 析 ,品 質 管 理 および商 品 製 造 プロセスコントロールの機
能 がある。加 えて,異 なった分 野 の商 品 やサービスとの比 較 が可 能 になるようにベ
ンチマーク機 能 などもある。この手 法 を用 いることにより,従 来 の品 質 管 理 機 能 より,
より精 度 の高 い管 理 を行 うことが可 能 となる。
6シグマを行 うことにより,顧 客 満 足 やデータベースに基 づいた思 考 および方 針 決
定 など,従 来 の企 業 風 土 に対 し,新 たな価 値 観 や課 題 へのアプローチ方 法 を提
示 している。この手 法 は多 くの企 業 が取 り入 れ,業 務 改 善 活 動 や品 質 管 理 に活
用 している。
93
3 Development Model for Automotive Industry in China
(1)担 当 者
Arthur Lee
(2)内 容
世 界 の自 動 車 産 業 は国 ごとに,その国 民 性 や政 府 支 援 策 の有 無 によって明 暗
が分 かれている。
国名
状
理由
況
・指 導 力 の無 い経 営 陣
イギリス
×
・不 十 分 な設 備 投 資
・不 十 分 な資 本 力
・科 学 的 経 営
ドイツ
○
・熟 練 した労 働 力
・長 期 的 視 点 にたった製 品 開 発
・十 分 な設 備 投 資
フランス・
イタリア
×
日本
○
韓国
○
・政 府 からの援 助 なしでは経 営 が成 り立 たない
・政 府 の保 護 政 策
・トヨタのカンバン方 式 を代 表 とした先 進 的 な経 営
・政 府 からの支 援 および輸 入 制 限
この中 で、中 国 は最 近 の 10 年 間 で、先 進 技 術 の中 国 への導 入 を進 めた。特 に、
WTO 加 盟 時 に関 税 率 を下 げるなど、外 国 資 本 に対 し、中 国 市 場 進 出 に関 するハ
ードルを低 くした。その結 果 、各 国 からの市 場 参 入 があった。
この状 況 下 で中 国 の自 動 車 産 業 は進 展 し、多 くの自 動 車 メーカーが存 在 するが、
それらをグルーピングすると以 下 の5とおりとなる。
・ 外 資 依 存 型 :コア技 術 開 発 などを外 資 に依 存 。
・ 企 業 連 合 型 :複 数 の中 ・小 企 業 が連 合 し、相 互 補 完 を実 施
・ 独 立 型 :外 資 や他 企 業 に依 存 せず、独 自 で商 品 開 発 を実 施
・ 政 府 援 助 型 :創 業 当 初 は政 府 の援 助 ・支 援 を受 ける企 業
・ 終 焉 型 :自 社 開 発 能 力 や長 期 的 な戦 略 能 力 がないメーカー
この状 況 下 で、Huachen Automotive Group の経 営 状 況 について分 析 する。
その所 有 する生 産 設 備 は、自 動 車 工 場 4、エンジン工 場 4、コンポーネント工 場 39、
ラインナップとしてセダン、ミニバン、ミニトラックなどを有 する。
その優 位 性 としては、資 本 収 集 力 、高 い生 産 能 力 、ミニバスでの市 場 優 位 性 な
どがある。逆 に、経 営 上 の脅 威 として、複 数 の競 合 相 手 、政 府 援 助 が不 十 分 、速
度 が速 い技 術 革 新 環 境 、市 場 ニーズの変 化 (価 格 重 視 から安 全 性 やエコ重 視
94
へ)等 がある。
同 社 は、上 記 グルーピングのタイプとしては、企 業 連 合 型 になり、アライアンス相
手 は Cherry Auto-Group である。この連 合 体 の強 みは幅 広 い車 種 を保 有 し、互
いに保 管 しあえる点 である。
検 討 課 題 としては、今 後 は、市 場 環 境 変 化 に対 応 し、市 場 シェア拡 大 を図 り、
かつ、従 来 のミニバスシュアの優 位 性 を維 持 するためにどうすればいいのかがポイン
トとなる。加 えて、企 業 連 合 形 式 を採 っていても商 品 開 発 速 度 が市 場 ニーズの変
化 に追 従 できなければ、連 合 する意 味 が無 くなってしまう。この課 題 に対 する対 応
策 を今 後 検 討 する必 要 がある。
95
Ⅵ 企業訪問
1 TOSHIBA ELEVATOR AND BUILDING SYSTEMS CORPORATION
(1) 企 業 概 要
・ 設立
・ 従業員
:1995 年
:1,200 人
・ 事業内容:
・昇 降 機 に関 する開 発 ・設 計 および試 験 ・検 査
・昇 降 機 の製 造 、据 付 、および撤 去
・昇 降 機 の販 売 および販 売 斡 旋
・昇 降 機 の保 守 、修 理 および改 造
・昇 降 機 、電 気 、空 調 、給 排 水 衛 生 、防 犯 、防 災
等
(2) 意 見 交 換
東 芝 エレベーターは中 国 内 での人 件 費 南 北 格 差 が開 く中 (北 は南 の 1/2 以
下 )、北 部 の瀋 陽 にて事 業 展 開 している。月 産 5~600 台 、年 間 生 産 10,000 台
が目 標 であるとのこと。特 に 6~8 月 が需 要 のピークであるとのこと。その意 味 では、
繁 忙 期 を外 しての訪 問 であったため、施 設 をゆっくりと見 学 できたと思 う。
従 業 員 のうちの日 本 人 の割 合 は約 1%(12~13 人 程 度 )であり、かなり現 地 化
が進 んでいると感 じられた。
人 事 施 策 のポイントを質 問 すると、「如 何 に効 果 を引 き出 すかがポイント。『日
本 の平 等 は中 国 では不 平 等 である』ということが端 的 に示 すように、日 本 と中 国
の文 化 の違 いを忘 れずに、現 地 人 の最 高 職 位 は副 社 長 であることなど、その販
売 力 と仕 事 に対 するモチベーションを維 持 するような人 事 施 策 を心 がけている。」
とのこと。苦 心 されていると感 じた。
また、「組 織 のリーダーは日 本 人 組 織 のノウハウを理 解 しているものを充 てる。」
とのこと。人 材 教 育 には力 を入 れている(もしくは、力 を入 れないと企 業 活 動 に支
障 をきたすのか。)と感 じた。
また、日 本 人 と中 国 人 の違 いを表 す事 例 として「日 本 人 は他 人 が見 ていないと
ころでもルールを守 る(中 国 人 はそうではない)。」ということが挙 げられるそうである。
この点 を如 何 に改 善 するかが中 国 ビジネス共 通 のポイントと感 じた。
96
2 Neusoft Group Ltd
(1) 企 業 概 要
・ 設立
・ 従業員
:1991 年 (東 北 大 学 内 で設 立 )
:7,000 人
・ 事業内容:
・ソフトウェア開 発 および販 売
・医 療 システムの開 発 および販 売
・IT 教 育 ・トレーニング
等
(2) 意 見 交 換
時 間 も無 かったこともあり、特 に以 下 の質 問 を QBS 側 から行 った。
Q1.優 秀 な人 材 をそろえているとのことだがどういう形 で彼 らを雇 用 し続 けることがで
きているか?
A1.以 下 の施 策 を実 施 。
・ ストックオプション制 度 の充 実
・ 優 秀 な社 員 には安 価 で家 を提 供 しているなどの福 利 厚 生 の充 実
・ 360 度 の査 定 を行 い、優 秀 でない 5 パーセントは毎 年 解 雇
・ 持 ち株 会 が会 社 株 式 の 25 パーセントを保 持
など
Q2.日 本 企 業 の要 求 ・仕 様 はあいまいなケースが多 くそれに関 してどういう対 応 をし
ているか?
A2.なるべく、あいまいなところは排 除 して欲 しいと思 っている(かなり苦 労 されている
様 子 だった)。それは、意 見 交 換 など、顧 客 とのヒアリングの場 でなるべく解 消
するように心 がけている。
Q3.中 国 人 は管 理 者 の目 が届 かない場 合 にルールを良 く無 視 する傾 向 があると聞
いたが、実 際 はどうなのか。また、その傾 向 がある場 合 、これに対 する対 策 はど
うしたらいいのか。
A3.まず、「何 が重 要 なのか」を従 業 員 に認 識 をさせることが必 要 だと思 う。認 識 のさ
せかたはその場 によるがそれがマネジメントに必 要 なテクニックである。明 確 に
認 識 さえしていればルール違 反 は起 こりにくいと考 えている。
Q4.御 社 のようにビジネスを成 功 させる秘 訣 はなんだと思 うか。
A4.取 引 先 を信 用 すること。そのためには如 何 に信 頼 関 係 を構 築 するかがポイントの
一 つ。また、事 業 戦 略 を立 て、実 施 する際 には、細 部 を詰 めて実 行 している。
細 部 の詰 めが甘 いといろいろとトラブルの原 因 となるようだ。あとは、やはり、
CEO の劉 積 仁 の存 在 が大 きいと思 う。
97
Ⅶ フィールドワーク
1 瀋陽故宮
瀋 陽 故 宮 は瀋 陽 市 内 に残 る 1625 年 に建 てられた後 金 の 2 人 の皇 帝 ・ヌルハチとホ
ンタイジの皇 居 及 び清 の離 宮 で北 京 の故 宮 と並 んで保 存 状 態 の良 い封 建 時 代 の中
国 の皇 帝 の皇 居 である。建 築 様 式 は漢 民 族 、満 州 民 族 、蒙 古 民 族 の様 式 が融 合 し
ている。規 模 は北 京 の故 宮 の 12 分 の 1。2004 年 にユネスコの世 界 遺 産 (文 化 遺 産 )、
北 京 と瀋 陽 の明 ・清 王 朝 皇 宮 に追 加 登 録 された。現 在 は瀋 陽 故 宮 博 物 院 として一 般
公 開 されている。敷 地 内 は主 に東 院 、中 院 、西 院 に分 けられる。
東 院 は瀋 陽 故 宮 の中 でも最 も古 くから建 てられた主 にヌルハチ時 代 の建 物 で主 な建
物 に大 政 殿 や十 王 亭 がある。ホンタイジの時 代 には行 事 の時 しか使 われないようになっ
た。 大 政 殿 は東 院 の正 殿 で八 角 形 をしており、世 界 唯 一 の建 築 様 式 で、移 動 式 テン
ト・ゲルを真 似 ている。正 面 の 2 つの柱 には皇 帝 の象 徴 ・金 の龍 が絡 み付 いている。
十 王 亭 は右 大 臣 に相 当 する右 翼 王 と左 に相 当 する左 翼 王 の執 務 室 と八 旗 それぞれ
の建 物 それぞれ 10 の建 物 で、大 政 殿 前 の広 場 の左 右 にある。
中 院 は瀋 陽 故 宮 の中 でもホンタイジ時 代 の建 物 で、主 な建 物 には崇 政 殿 、清 寧 宮 、
鳳 凰 楼 がある。 崇 政 殿 は中 院 の正 殿 で、ホンタイジの執 務 室 。 鳳 凰 楼 は瀋 陽 故 宮
の中 でも最 も高 い建 物 で 3 層 から成 る。3 層 目 からは皇 帝 が酒 を飲 みながら月 を見 たと
いう。 清 寧 宮 は皇 帝 と皇 后 の寝 室 と側 室 の寝 室 4 棟 が並 ぶ皇 帝 とその家 族 の生 活
空 間 。西 院 は清 の入 関 後 引 き続 き離 宮 として建 てられ続 けた建 物 。
当 日 は寒 い中 、この建 築 物 の見 学 に行 った。見 学 時 間 は 2 時 間 程 度 であったが、体
は非 常 に冷 えた。後 金 時 代 、皇 帝 がここに住 んでいたというが、冬 場 は非 常 に寒 かった
のではないかと想 像 した。ただし、当 時 からオンドル施 設 があったので、実 際 はそこまで
は寒 くなかったかもしれないが、確 認 の方 法 がないため、何 とも断 じ得 ないところである。
北 京 の紫 禁 城 に比 べると規 模 は小 さいものの、日 本 には存 在 しないもので、それを見
学 できたことには非 常 に感 動 した。
98
Ⅷ 今 後 の課 題 と展 望
1 今 後 の課 題
東 北 大 学 の方 々には非 常 な歓 待 を受 けた。また、このような機 会 が無 ければ、瀋 陽
にくることも無 かったと思 われる。その意 味 では非 常 に充 実 した時 間 を過 ごすことができ
た。特 に大 学 でのディスカッションは終 日 続 き、双 方 ともそれぞれのテーマについて熱 心
に語 り、全 員 で討 議 することができた。この背 景 には、特 に留 学 生 諸 氏 が陰 に陽 に日
本 人 学 生 をサポートしてくれたこともある。今 回 、各 チームにそれぞれ留 学 生 に参 加 い
ただき、選 定 したテーマの評 価 や現 地 情 報 を収 集 してもらい、より充 実 した資 料 作 成 が
できた。このようなチーム編 成 でディスカッションに臨 んだことはいい取 組 みであったと思
う。しかし、良 いことばかりではなかった。逆 に、次 の4点 は今 後 の課 題 であると思 う。
①
事 前 の先 方 との打 ち合 わせ不 足
今 回 QBS と NEU の双 方 で同 じテーマでのプレゼンテーションとディスカッションを
企 図 し、NEU 側 に複 数 のテーマ候 補 を送 付 したが最 終 的 なテーマ合 意 に至 らな
かった。そのため相 互 のディスカッションの焦 点 がずれた観 がある。事 前 に共 通 のテ
ーマを設 定 し、双 方 の立 場 で用 意 するという手 法 自 体 は適 切 な方 法 だと思 うため、
次 回 以 降 は事 前 の相 手 方 との諸 調 整 を早 い段 階 から入 念 に行 う必 要 がある。
②
語 学 力 の向 上
NEU 側 の学 生 に比 して、QBS 側 の語 学 力 は低 かったように感 じた。本 件 は一 朝
一 夕 には解 決 しないが、各 参 加 者 はこの点 の事 前 準 備 も行 う必 要 がある。やはり、
十 分 な語 学 力 あっての充 実 したディスカッションである。
③
ゆとりを持 ったスケジューリング
今 回 は1日 で複 数 テーマのディスカッションを行 ったが、参 加 者 の集 中 力 にも限
界 がある。できれば2日 間 に分 けて実 施 できれば、ゆとりと思 考 力 を維 持 できた、よ
り有 意 義 なディスカッションができたと思 う。
④
事 前 の明 確 な枠 割 り分 担
今 回 、議 事 録 の作 成 にあたり、ディスカッション前 に明 確 な記 録 責 任 範 囲 を決
めていなかったために非 効 率 な報 告 書 作 成 となった。この点 を事 前 に整 理 し、参
加 者 全 員 でシェアすることで、より効 率 的 に報 告 書 作 成 ができたと思 われる。
2 今 後 の展 望
今 回 の訪 問 を通 じて、中 国 東 北 地 方 の企 業 や学 生 の実 態 を垣 間 見 ることができた。
今 後 、中 国 ビジネスの伸 展 が予 見 される中 で、参 加 者 が何 らかの形 で、生 の中 国 東 北
地 方 を体 験 できたことは非 常 に有 意 義 であったと思 う。
特 に、現 地 企 業 の方 との意 見 交 換 を通 して、中 国 ビジネスの動 向 や課 題 を聞 くこと
ができた。中 国 でのビジネスを模 索 するうえで貴 重 な資 料 、観 点 を得 られたと思 う。
また、学 生 と知 りあうことで今 後 の現 地 情 報 入 手 が容 易 となり、かつ、情 報 交 換 を行
うことで、よりよい(共 同 )研 究 等 を行 うことができる。その意 味 でも、今 後 とも中 国 学 生 と
の意 見 交 換 は行 うべきである。
以上
99
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