ソルトバス(塩浴)熱処理の現状と将来

ソルトバス(塩浴)熱処理の現状と将来
坂
田
玲
璽
㈱ 上島熱処理工業所
あまり一般的には使用されていないソルトバス(塩浴)熱処理と特徴に
ついて、特に高速度工具鋼(ハイス鋼)の熱処理を主体に他の工法との
比較をしながら、現在の技術と将来の可能性について紹介する。
1.はじめに
これまで順調に成長を続けてきた日本国内の熱処
理産業も、日本経済の停滞、円高や急速なグローバ
自動車のカロッツェリア的な考えで、品質要求の高
い製品の熱処理で成り立っている世界がある。
ル化の影響で、最近では従来のように欧米だけでは
それぞれの部品の用途に応じて一品ずつに最適な
なく、アジアの新興国との競争も余儀なくされてき
熱処理工法を設定して処理し、コストや納期を多少
ている。こういった厳しい環境下で、今も日本のも
犠牲にしてでも、ベストな品質を最優先で追求する
のづくりの競争力を縁の下で支えているのは、優れ
というのが工具鋼のソルトバス(塩浴)熱処理である。
た技術力と高い信頼性をもつ、素形材産業に携わる
工具鋼の中でも一番グレードの高い高速度工具鋼(ハ
中小・中堅企業である。
近年の熱処理技術は、特殊な知識や技能が無くて
も、誰にでも低コストで高品質な製品を量産できる
イス鋼)の部品の場合には、焼入温度が 1,050 ~ 1,250℃
という高温での処理が必要となるため、他の熱処理
と比較すると品質的に大きな優位差が出てくる。
技術を主体に研究開発が進められてきた。特に、海
本稿では、ニッチな分野で優れた金属材料の特性を
外での生産が急速に展開されている現状では、こう
生み出すことに貢献しているソルトバス(塩浴)
、そ
いった設備性能が必須となっている。このような方
の中でも特に高速度工具鋼の熱処理を中心に、これら
法とは考えを異にして、優秀な技術者と技能者の育
の技術の現状と将来の可能性について紹介したい。
成に力を入れ、彼等の知識と経験をフルに活かして、
2.ソルトバス(塩浴炉)の歴史
アメリカやドイツにおいては、古くから溶融塩
る。第二次世界大戦後の 1947 年にハイス鋼 7 種が
浴(Molten Salt Bath)が金属熱処理に応用されて
JES 規 格(Japanese Engineering Standard:1949
いたが、特に第一次世界大戦後にアメリカにおいて
年まで使用されていた臨時日本標準規格、後に JIS
モリブデン系高速度工具鋼の研究開発が始まると、
規格に統合)に登録され、1956 年に Cr-Mo 系ダイ
1200℃を越す高温で処理が可能な塩浴炉(ソルトバ
ス 鋼(SKD11, 6, 61, 62)、Mo 系 ハ イ ス 鋼(SKH9)
ス炉)は工業化が一気に進んだ。日本でこれらの設
が JIS 規格に登録された 1)。
備が一般化されるようになったのは 1930 年頃であ
1960 年代以降に自動車産業が急速に進展するとと
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もに、ソルトを用いた熱処理設備は国内の幅広い分
福島第一原子力発電所の事故を契機に、電力料金の
野の産業で多用されるようになった。
高騰は更に深刻化し、今後も何とか努力して設備の
2000 年代に入ると、日本の経済成長は急激に鈍化
稼働率を維持できていける企業以外は、生き残って
を始め、熱源としての電気料金が製造原価の 10% 以
いくのが難しいと考えられる。特に、ソルトバス熱
上を占めるソルトバス設備を稼働率の低い状態で維
処理は品物の扱いを作業者に頼るところが大きいの
持するのは困難な状況になってきた。更に大気・水
で、熟練した作業者が必要となる。設備稼働率が低
質・廃棄物処理などの環境対策面でも他の熱処理設
い状態で技能伝承を行っていくということは不可能
備と比較するとコスト負担が大きいことから、他の
なので、品質の維持も自ずから困難になっていく。
熱処理方法への転化や設備停止するところが増えて
勝者と敗者の二極化はさらに進んでいくものと思わ
来ている。2011 年 3 月に発生した東日本大震災と
れる。
3.ソルトバス熱処理の特徴
他の熱処理方法と比較すると電力料金を始めとし
ソルトバス熱処理の特徴についてまとめてみる。
た生産コストや環境対策面での経費がかさみ、さら
に熟練した技能者が居ないと高品質の状態が維持で
きないのがソルトバス熱処理である。
① 昇温速度が速い
大型部品の熱処理を行う場合に、真空加熱や大気
なぜ、こんな低生産性の手段をこれからも継続す
を含んだ雰囲気加熱では、熱伝導が悪いために長時
ることが必要かという理由については、ソルトバス
間を掛けた加熱が必要となり、昇温時の不均一加熱
熱処理だけが実現が可能な熱処理の世界が存在する
や結晶粒の粗大化などの問題が伴う。
からである。
これに対しソルトバス加熱の場合には、液体を用
写真 1 は製鋼用に用いられる高速度工具鋼(ハイ
いた加熱方法となるので、部品表面の熱伝達係数が
ス鋼)の大型圧延ロール(外寸:φ 390 × L790、重量:
大きくとれるので加熱速度が圧倒的に速い。図 11)
400kg)である。この部品の要求品質は、表層部の
は加熱方式による昇温速度の差を示したものである
みならず内部まで均質な熱処理がなされていて、部
が、室温から 700℃までの昇温速度を比較するとソ
品の使用時にかかる大きな応力に長時間耐え、高い
ルトバス加熱は空気(大気)加熱の約 4 倍の加熱速
耐摩耗性を示すことである。こういった大型の高速
度を有している。
度工具鋼の部品を、約 1200℃という高温への加熱と
図 2 は、実際にマトリックス系高速度工具鋼製の
そこからの冷却で、低歪みで均質な熱処理を実現で
φ25 × L50 のサイズの試験片を、ソルトバスにより
きるのはソルトバス熱処理だけである。
900℃で予熱を行い、さらに焼入温度である 1140℃
まで加熱した後、500℃の冷却用ソルトバスで焼入れ
した際の表面と芯部の温度を実測したデータである。
写真 1 製鋼用圧延ロールのソルトバス(塩浴)焼入れ
図 1 加熱方式による昇温速度の差
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1,400
本加熱均熱
1,200
表面
芯部
温度(℃)
1,000
800
焼入れ
本加熱昇温
予熱均熱
600
予熱昇温
400
試料サイズ φ25×L50
200
0
0
2
4
6
8
10
時間(分)
12
14
16
図 2 ソルトバスによる焼入れ時の物温測定結果
図 3 各種冷却剤の冷却性の比較
ソルトバス中には多量のソルト剤が入っており、
処理品をソルトバスに挿入しても、ほとんど炉温は
度域での冷却速度が遅いと、結晶粒界に沿って初析
下がらないため、900℃の予熱温度までは、芯部で
炭化物が析出し、じん性と硬さを低下させるという
も約 3 分間で到達しており、予熱温度から約 2 分間
現象が発生する。ソルトバス熱処理の代替技術の主
という極めて短時間で芯部が最終焼入温度である
流となっている真空熱処理においても、標準的な窒
1140℃まで達している。
素ガス冷却ではこの温度域の急速冷却は不可能で、
熱処理品を A3 変態点温度以上に長時間保持する
窒素ガス冷却の前に油冷却を組み合わせたりする新
ことは結晶粒の粗大化に結びつき、その結果、製品
しい工法も開発されているが、この温度域の冷却速
のじん性が低下する。この点でも短時間で均一加熱
度が極めて速いソルトバス冷却には及ばないという
が可能なソルトバス加熱の優位性は高い。
のが実態である。
② 表面脱炭が少ない
ス鋼製転造ダイスをソルトバスと真空熱処理で熱処
図 4 にその実例を示す。自動車ねじ用の冷間ダイ
加熱に使用しているソルト剤は中性で反応性が低
く、管理を適正に行えば加熱中には無酸化状態の処
理が可能で、酸化および脱炭現象が起こりにくい。
理を行い、寿命を迎えて使い終えた状態の実物の金
属組織を調べたものである。
真空熱処理の組織で特徴的なのは、結晶粒界が明
また、予熱炉→本加熱炉→冷却槽と処理品を大気
瞭に確認できることである。これは、焼入温度から
中に取り出して移動しながら処理を進めていく必要
の初期冷却が遅いために、基地中に過飽和に固溶し
があるが、その際には製品表面に溶融したソルトが
ていた合金成分が炭化物として結晶粒界に析出する
製品の表面を覆い、大気と絶縁する保護被膜として
ためである。結晶粒界に析出した炭化物は破壊の起
作用し表面酸化を防いでいる。
点となるため、じん性を低下させ、疲れ強さも低下
させる。
③ 自然対流で炉内の温度均一性が高い
ねじ転造ダイスにおいても、転造部のねじ山表面
に発生した微少クラックは容易に内部まで結晶粒界
④ 冷却性が良い
図 3 は 820℃より各種冷却剤を用いて冷却を行っ
た際の冷却曲線を示す。油冷却と塩浴(ソルトバス)
冷却を比較してみると、油冷却には初期に蒸気膜段
階と呼ばれる、表面に油蒸気により発生した蒸気膜
に覆われて断熱し、冷却効果がすごく悪い状態が存
在し、その後 600℃~ 700℃(特性温度と呼ばれる)
で蒸気膜が切れると沸騰段階→対流段階と移行して
冷却が速くなる。
塩浴(ソルトバス)冷却の場合には、油のような
蒸気膜段階が無く、初期から速い速度で冷却が進行
する。特に工具鋼の場合には、1000℃~ 600℃の温
図 4 冷間ダイス鋼ねじ転造ダイスでの真空・ソルト熱処理の差
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に沿って急速に進行し、寿命低下の要因となる。ソ
時間が長いため、ソルトバスのものと比較すると焼
ルトバスで処理したものは、ねじ山表面に発生した
戻し時の二次硬化性が良く、やや高めとなる。硬さ
微少クラックの進行は緩やかなため、その状態でし
はあくまでも目安値であり、本当の性能を求めるに
ばらく加工が可能である。
は、熱処理プロセスを追求して適正な金属組織が得
表面硬さは、真空熱処理の方が加熱状態での保持
られているかを確認する必要がある。
4.ソルトバス設備
ソルトバスを用いて熱処理を行う鉄鋼材料にも
様々な種類があり、800℃~ 900℃程度の中温域の加
熱温度で処理を行う炉には、図 5 に示すような金属
製ポットを用いた外部加熱式の塩浴炉が主に用いら
れている 3)。加熱用の熱源としてガスを採用するこ
とも可能である。
ポット材料は軟鋼の外側にアルミナイジング処理
を施したものが一般的に使われている。
このタイプの炉の弱点は、ポットの寿命が数か月
と短いことと炉温制御の反応性が鈍いことである。
この温度域より処理温度が高い、ダイス鋼や高速
度工具鋼の熱処理には、耐火レンガを用いて築炉し
た図 6 に示すような直接加熱方式の塩浴炉が使用さ
れる。Ni 基の耐熱鋼製の電極が築炉するときにあら
かじめ組み込まれている。炉の深さが 700mm 程度
のものまでは、組み込まれる電極は一対(2 本で対
向に配置)であるが、それを超す深さの場合には入
熱量を確保するために二対式となる。電極を通して
溶融したソルトに、トランスで 20 ~ 30V 程度まで
降圧した電力を、電極を通して直接流すと、溶融し
たソルトは電気伝導度が低いので、2,000 ~ 3,000A
の大電流が流れ、ソルト自体がジュール発熱する。
炉の底部で加熱されたソルトは炉の上部へ自然対流
し、外部からの強制撹拌はなくても良好な温度分布
を示す。
図 5 外部加熱式ソルトバス(塩浴炉)
図 6 直接加熱式ソルトバス(塩浴炉)
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5.ソルト(塩浴剤)
鋼の表面を、加熱および冷却時に酸化、脱炭、浸
炭などをさせずに処理できる塩浴を中性塩浴と称す
る。ソルトバス(塩浴)がカバーできる常用温度範
囲は、140℃~ 1,250℃である。
CaCl2 の共晶点を狙ったピンポイント組成のものが
使用される。
使用する目的や使用温度に合わせて、あらかじめ
これらの単体塩をブレンドされたものが市販されて
低温側の冷却や焼戻し用には硝酸塩系、中高温域
いるが、使用中にブレンドされた成分がバランス良
には塩化物系の塩浴剤が使用される。当社で使用し
く消耗するわけではないので、当社ではこれらは全
ている塩浴剤の種類と単体塩での融点を表 1 に示す。
て単体塩で購入し、炉の管理者が組成の偏りを見極
1,200℃程度の高速度工具鋼の焼入加熱温度で使用
めながら成分調整を行い、融点の調整を行っている。
される BaCl2 を除いては、単体塩のままでは融点が
高いため、表1の塩浴剤が単体で使用されることは
なく、複数の塩浴剤を混合して、低融点化のために
共晶点付近の組成で使用される。図 7 はその一例で、
高温焼入用
BaCl2-NaCl-CaCl2 三元系の融点を示した状態図で
ある。800℃~ 900℃程度の低温焼入用には BaCl2 に
低温焼入用
NaCl を約 30wt% 程度混合したものが、また 500 ~
600℃程度の焼戻しやマルテンパ用には BaCl2-NaCl表1
単体塩での各種塩類の融点
塩の種類
融点(℃)
BaCl2
963
NaCl
800
CaCl2
774
NaNO2
271
KNO3
339
高温焼戻用
マルテンパ用
図 7 BaCl2-NaCl-CaCl2 三元系の融点の状態図
6.高速度工具鋼の熱処理
図 8 に市場で一般的に使用されている代表的な冷
図 9 に工具鋼メーカーのカタログより抜粋した焼
間工具鋼を焼入れする場合に、メーカーが推奨する
入れ加熱保持時間の標準を示す。左側の合金工具鋼
温度域を示す。SK 材、SKD 材などの比較的低温で
と炭素工具鋼の場合には、比較的処理温度が低いた
焼入れされる材料は、成分系が多少変動しても推奨
めに、鋼中の炭化物の分解や結晶粒の粗大化などの
される焼入温度に差はないが、高速度工具鋼の場合
には推奨される温度が鋼種によって著しく異なる。
SKH51 材を代表とする溶製材、材料設計の自由度
が高い粉末材、じん性を重視したマトリックス系な
ど様々な鋼種が各メーカーによって開発されている。
経済産業省の統計によると、2013 年 12 月の工具
鋼の生産は 24,346 トンで、そのうち高速度工具鋼は
1,335 トンと約 5.5% である。市場に流通するボリュー
ムが少ない上に、焼入温度が鋼種によって大きく異
なり、それぞれの材質に適合した高品質の熱処理を
目指している熱処理業者にとっては、経済的に採算
が取れない厳しい鋼種である。
HAP5R
HAP10
HAP72
HAP40
YXR33
YXR3
YXR7
YXM4(SKH55)
YXM1(SKH51)
ARK1(8CrጕͲC)
SLD-MAGIC(8Crጕ)
SLD(SKD11)
SGT(SKS3)
YCS3(SKS93)
700
800
900
1000
ຣ࣊ᴥƇᴦ
1100
図 8 代表的な冷間工具鋼の推奨焼入温度
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1200
1300
4)
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図 9 工具鋼の焼入れ加熱保持時間
進行が緩やかなため、単位が分単位のラフな時間管
理での処理が可能である。
5)
図 10 は、焼入れの加熱時の炭化物の基地中への
固溶状態を調査するために、熱容量の小さい試験片
それに対し、高速度工具鋼の場合には図8に示し
を 1220℃のソルトバスに浸漬して一気に昇温させ、
た推奨焼入温度により処理が進められるが、1,100℃
保持時間を 1 ~ 200 秒まで変化させたときの、電解
以上の活性が高い高温域での処理となるため、加熱
抽出法により炭化物量を測定した結果である。
保持時間のよりシビアな管理が要求される。図9の
加熱前に約 19wt% だった炭化物量は、保持時間 1
右図に示された加熱保持時間(浸漬時間)は全て加
秒で約 17.5wt% まで減少し、その後 100 秒まで直線
熱方法がソルトバスが前提となっているが、加熱保
的に減少し、100 秒では 8wt% まで減少する。
持時間の単位が分から秒単位に変わり、細かな時間
管理が必要となる。
基地中に残存した炭化物量は、焼入後および焼戻
後の硬さに大きく影響を与える。
写真 2 は SKH51 材の焼なまし組織を示したもの
図 11 は保持時間を変化させたときの、焼入硬さ
である。基地中に大量の硬質な炭化物が分散した複
と焼戻硬さにおよぼす影響を示したものである。焼
合材料的な構造を呈している。やや大きめの白色の
戻しは 550℃× 1hr を3回実施している。
炭化物は主に W、Mo、C より構成される M6C 型の
焼入硬さは、炭化物が基地中に固溶していくこと
炭化物と V、C より構成される MC 型の炭化物で一
により、基地中の合金成分濃度が高くなり、硬さが
次炭化物と呼ばれる。細かな炭化物は M23C6 型の
徐々に上昇していくが、5 ~ 10 秒がピークで、その
二次炭化物である。
後硬さは低下していく。硬さ値が下がっていく原因
高速度工具鋼の焼入れにおいては、加熱完了時点
は残留オーステナイト量の増加によるものである。
での炭化物の状態が機械的特性に大きく影響を与
える。
写真2
40
SKH51 材の焼きなまし組織
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図 10 SKH51 材における 1220℃での
保持時間と抽出炭化物量の関係
図 11 SKH51 材における 1220℃での
加熱保持時間と焼入硬さ、焼戻
硬さの関係
特集 熱処理技術の最新動向
一方、焼戻し後の硬さは、保持時間が長くなると
直線的に硬さ値が上昇している。これは、基地中へ
の合金成分の溶け込み量が多いほど、高温焼戻しに
おける二次硬化性が高くなることによるものである。
することが可能である。焼入温度は 5℃、保持時間
は 10 秒単位で設定されている。
切削工具の場合には最表面の残留炭化物の量が切れ
味や耐摩耗性に大きく影響を及ぼすので、表面の品質
一般的に、機械部品の図面において、熱処理の規
に合わせた熱処理条件を設定し、鍛造金型や圧延ロー
格は硬さ値で指定されることが多いが、保持時間の
ルのように内部まで大きな応力がかかるような部品に
条件が異なる処理品を焼戻温度の調整で同じ硬さに
は、内部の品質に合わせた熱処理条件を設定する。
合わせることは可能なので、見た目の硬さ値は同じ
先に示した写真 1 の製鋼用圧延ロールをソルトバ
でも、異なった残留炭化物量のものが存在すること
スで熱処理するときは、今までの実績からおおよそ
になる。当然のことながら残留炭化物量は切削工具
の熱処理に要する時間を設定しておき、途中で製品
の切れ味や部品の耐摩耗性、じん性、疲れ強さなど
をソルトバスから引き出し、複数の熟練の作業者が
に大きく影響を与えることになるので、硬さだけで
目視で芯部まで実際に昇温しているかを確認しなが
製品の良否を判断することは危険である。
ら保持時間の管理を行う。焼入れの冷却時には TTT
ソルトバス熱処理の場合には、本来の考え方が 1
線図を片手に、非接触式の温度計で処理品の実温を
個流しをベースにしているので、個々の部品の材質、
測定しながら進めていくといった方法がとられる。
硬さ指定、使用目的に一番適した熱処理条件を適応
7.これからのソルトバス熱処理
工具鋼の熱処理結果は非常に正直で、理論に基づ
の設計変更だけしても、どうしてうまくいったかと
いて、実際の製品の熱履歴がどのようであったかで
いう理論的な裏付けは一切なされていないため、確
裏付けが取れる。
実なノウハウとしては蓄積されない。
例えば、現在使用している金型の寿命を延ばした
実際の金型と同じものを 2 個製作し、その内の 1
いときに、工具メーカーからの推奨材料と熱処理条
個の表面・芯部・1/2 深さなどに測温用のシースカッ
件を集めて実際の金型を製作して実加工で寿命を比
プル(熱電対)を取り付け、図 2 に示したような温
較し、その中で一番優れたものに設計変更するとい
度履歴を測温しながら焼入れを実施する。主要な材
う手段が一般的に採られるが、この状態で部品図面
質には図 12 に示すような恒温変態曲線(TTT 図)
が存在するので、測温した各位置毎の冷却カーブを
試料の化学成分(%)
C
Si
Mn
P
S
Cu
0.83
0.3
0.25
A1
変態点(℃)
A3
Ms
180
Ni
プロットすると各位置の組織がほぼ推定できる。
Cr
Mo
W
V
4.15
5.0
5.4
1.9
最高加熱温度
その他
1,200℃
結晶粒度
さらに、測温位置からシャルピー衝撃試験片を切
り出し、硬さとともに衝撃値を測定し、実加工の評
価結果と付き合わせると真のノウハウとして蓄積が
可能である。ソルトバスはオープンな設備なため、
処理品の物温測定が容易なのも大きな特徴である。
800
A+P
A
700
P
これからも、こういった新しい試みを加えながら、
素形材産業を支える立場として努力していきたい。
温度(℃)
600
参考文献
500
1 )溶融塩・熱技術の基礎,アグネ技術センター,p151(1993)
400
2 )同上
300
200
100
0
A+B
Ms
3 )鋼の熱処理,日本鉄鋼協会,p243(1969)
4 )日立金属 ㈱,カタログ
5 )同上
M50%
M90% S M
MM MH
HH
DD
30 1
5 10 30 1
5 10 1D 3 5
2 468 2 468 2 2 468 3 2 468 4 2 468 5 2 468 6
10
10
10
10
1
10
10
時
間(s)
図 12 SKH51 材の恒温変態曲線(TTT 図)に処理品の
冷却カーブをプロットして組織を考察
株式会社 上島熱処理工業所
〒 146-0081 東京都大田区仲池上 2-23-13
TEL. 03-3753-7788 FAX. 03-3751-5684
http://www.kamijima.co.jp/
Vol.55(2014)No.2
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