母娘の関係性を読み解く - 日本マーケティング学会

Japan Marketing Academy
★
論文
母娘の関係性を読み解く
∼カタログショッピングにおけるコミュニケーションを手がかりに∼
笊 ――― はじめに
笆 ――― 既存研究と命題
笳 ――― 方法
笘 ――― 記述
笙 ――― おわりに
坂下 玄哲
関係性は特殊なものになる。すなわち,拡張
● 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 准教授
自己の対象物である他者が別の意思を有した
木村 純子
人間であるという点から,その関係性は必然
● 法政大学 経営学部 教授
的にインタラクティブかつダイナミックなも
のとなるのである。これまでの研究蓄積にお
いては,モノとしての対象物を拡張自己とし
笊――― はじめに
て利用しようとする主体からの視点によるも
のがほとんどであった。しかしながら,拡張
消費者は自らの自己を保持しており,それ
自己そのものが人間となるような場合におい
をさまざまな対象物の所有によって拡げよう
ては,現象の理解には新しい視点による解釈
とすることが指摘されている(Belk 1988;
が必要不可欠となる。すなわち,拡張自己の
Mittal 2006)。Belk(1988)はこの対象物を
対象物としての個人は自らの意識や意思を有
拡張自己(extended self)概念として提起し,
するため,彼ら(=対象物)の視点によるア
消費者行動研究分野における新たな方向性を
プローチも同様に重要であると言えよう。
提示している。彼の主張の焦点は,消費者が
本研究は,拡張自己という対象物としての
所有によって自己に対する考え方や感情を定
役割を期待される他者が,拡張自己の利用主
義・構築するというものである。この単純だ
体に同一化してゆくプロセスに注目し,日本
が強力なアイデアに依拠する形で,これまで
における母娘という特殊な関係性に埋め込ま
にもいくつかの研究蓄積がなされてきている。
れた性質について明らかにすることを目的と
そのような研究には,コレクション,金銭,
している。しかしながら,そのような関係性
ペット,他者,そしてボディーパーツといっ
は可視化されておらず,また,非常にダイナ
た,拡張自己としての特殊ケースと位置づけ
ミックかつコンテクスト依存的な性質が予想
られるものを取り扱ったものも存在している。
されるため,通常の質問方式による測定や単
他者が個人の拡張自己の一部分となる場合
なる観察調査の実施のみでは捉え切れないも
においては,他者と拡張自己の形成主体との
のである。そこで本研究は,複数のユニーク
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な調査手法を組み合わせて,現象の分厚い記
説明し,収集された質的データの記述,およ
述と解釈を試みている。
び解釈を行う。本研究によって得られた発見
具体的には,母親が娘を自身の拡張自己と
物を確認した上で,理論的および実務的貢献,
しようとする局面において,娘による母親の
課題と展望について述べる。
理想自己への同一化プロセスについて解釈す
笆――― 既存研究と命題
るために,2 つの異なる調査を組み合わせて
実施した。それらの調査とは,① 6 組の母娘
1.自己概念と拡張自己
ペアのカタログ購買プロセスの直接観察,お
よび②ペアごとに実施された広範で詳細なイ
消費者行動研究における自己概念は最も重
ンタビュー調査の 2 つである。これらの調査
要な概念の一つであり,これまでに膨大な量
における質的データの収集には,ビデオカメ
の研究蓄積がなされてきている(Sirgy 1982)。
ラによる録画という方法を採用することによ
自己概念とは人が自己を対象として把握した
って,ヨリ幅広く深い解釈ができるよう配慮
概念であるが(Rosenberg 1979),Mead
した。また,データの文書化と解釈には,音
(1934)は他者との相互作用を通して明確化さ
声データだけでなく,インフォーマントの笑
れたものを社会的自己(social me)とよび,
いや頷きなどの動作を含めた非言語データも
自己概念が社会的に構成されたものであると
適用し,現象のヨリ詳細な把握を試みた。こ
主張している。自己概念とは,「個人が自身を
うした方法上の工夫によって,通常の調査手
どのように捉えているか(Sirgy 1982,139 頁)」
法からは発見できないような現象の抽出が可
を指しており,その特徴は異なる個人によっ
能となっている。
て,また,異なる時点によって変化し得ると
ところで,日本における母娘は,文化的に
される(Belk 1989)。また人は,自分に関す
も比較的親密な関係を築いていることが知ら
る多様な自己イメージを持っているとされて
れているが,とりわけ娘は母親に対して経済
おり,異なるコンテクストにおいてそのコン
的にも精神的にも依存する傾向があることが
テクストにふさわしい自己イメージを選ぶこ
指摘されている。しかしながら,本研究によ
とが知られている(Schenk et al. 1980)。
って収集された質的データの解釈の結果,母
理想自己とは「個人が自身をどのように捉
親が娘を自分の拡張自己としようとする局面
えたいと願っているか(Sirgy 1982,139 頁)
」
において,娘は母親の理想自己に自分を同一
を意味しており,消費者は多種多様なモノや
化しようとするが,そのプロセスは単純な依
サービスを購入・消費することによって,自
存関係を超えた多様なものであることが確認
らが保持する理想自己を実現しようとする。
された。
所有は消費者の自己イメージ形成に最も重要
以下では,拡張自己概念や日本における母
な役割を演じており,同時に,所有は自己概
娘関係の特殊性に関する研究蓄積を概観した
念を純粋に反映したものであるとされる
上で,命題を抽出する。その上で,本研究が
(Belk 1988)。さまざまな消費を利用すること
採用したユニークなデータ収集方法について
によって,消費者は自らが望む自己イメージ
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を創り出すことがこれまで指摘されている
て言及している。そのような対象物とは,コ
(McCracken 1986; Saren 2007)。
レクション,金銭,ペット,他者,ボディー
冒頭でも述べたとおり,Belk(1988)によ
パーツの 5 つである。これらの特殊形態のう
って提起された拡張自己概念によれば,消費
ち,主体的な意識・意思を保有し,かつ,そ
者は自身の中に核となる自己を保持しており,
れが研究対象として記述可能であるという点
それをさまざまな所有によって拡張しようと
において,対象物としての他者を取り上げる
するとされる(Belk 1988; Mittal 2006)。そし
ことは非常に意義のあることと考えられる。
て,その時に所有の対象とされた対象物が,
したがって本研究は,拡張自己としての他者
拡張自己の一部分となることが指摘されてい
に注目し,それを日本における母娘という関
る(Belk 1988)。消費者によって拡張された
係性の中で捉えることを目指している。ヨリ
自己に内包されるという点において,拡張自
具体的には,母親の拡張自己としての娘に焦
己概念は感情的な愛着や製品重要性とは異な
点を当てて,その特徴について明らかにする。
る(Belk 1989)。拡張自己概念に対してはこ
拡張自己としての他者という特殊ケースに
れまでもさまざまな批判がなされているもの
ついて考える際は,以下の二つの視点が重要
の(たとえば Cohen 1989 など),消費者行動
であろう。第一に,他者は時として非人間的
を理解するための重要で強力な概念であると
な対象物として捉えられ得るということであ
主張されている(Belk 1989)。
る。たとえば,自身の友人や恋人を,まるで
衣服を身にまとうように「身に着ける」こと
2.拡張自己としての他者
を通じて,時として人々は自身の理想自己イ
キーとなる所有という行為を通じて,消費
メージを構築しようとする(Belk 1988)。ま
者は自己を伸長し,広げ,強化することが知
た,特に離婚という局面においては,子供が
られているが(Belk 1988; Ahuvia 2005),拡
あたかも所有物のように扱われることもある
張自己の一部となりうる対象物についてもさ
(Derdeyn 1979; Hobart 1975)。このような,
まざまなモノがこれまでも指摘されている。
十分な配慮というものをまったく伴わない他
そのような対象物の例として,たとえば職場
者への対処という視点は,他者との関係の特
におけるモノ(Tian and Belk 2005),インタ
殊性について理解する際に極めて重要な役割
ーネット上における個人サイト(Schau and
を担うものである。
Gilly 2003),愛着物(Ahuvia 2005),美容整
第二に,とりわけ自己の一部となるような
形におけるボディーパーツ(Schouten 1991),
場合においては,他者という存在は自己にと
ペット(Kravets and Tari 2008; Hill, Gaines
って極めて重要となる。このような考え方の
and Wilson 2008), 母 親 に と っ て の 娘
好例としては,子供や孫が人々に不老不死の
(Sakashita and Kimura, forthcoming)など,
感覚をもたらすことが挙げられる(Lifton
実にさまざまなものがある。
1973)。娘や息子,孫の存在によって,人々は
Belk(1988)は拡張自己概念の提示に際し,
自身が死に絶えても,彼らの中に自己が生き
拡張自己となり得る対象物の特殊形態につい
ながらえると考えるのである。また,消費者
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は,自身の拡張自己の一部分となった人々と
(Mead 1934)。子どもにとっては親が重要な
ヨリ多くを共有しようとすることが指摘され
他者であり,特に女性にとって,母親は重要
ている(Belk 2010)。同時に,親しい友人や
な他者であるとされる(Surry 1985; Bohan-
配偶者にもたらされた肉体的損傷や喪失は自
non, et al.1999)
。
己概念を傷つけることが知られており,たと
同時に,親が子どもを社会化することが主
えば配偶者や恋人による性的な不貞は深刻な
張されている(Sullivan 1947; Turner 1962)。
自己の損傷をもたらし,自己の喪失感となっ
ここで言う社会化とは,個人が他者との相互
て根深く残ってしまうとされる(Clanton and
作用を通して,その社会の成員として,価値,
Smith 1977)。同時に,家族の死は自己喪失を
態度,技能,知識,動機などの集団的価値を
招くことも知られている(Doka 1986)。母娘
習得し,一定の許容範囲内の思考,行動様式
関係については,母親が娘を自らの拡張自己
を形成していく過程である。特に,態度形成
とする場合,自身が果たし得なかった理想自
においては,母親が娘を社会化する場合が多
己を娘を通じて実現しようとすることが指摘
いとされる(Acock et al. 1978)
。
されている(Sakashita and Kimura, forth-
したがって娘は,母親の行動,価値,思考,
coming)。
意味の多くを内在化する。内在化によって娘
本研究の焦点である母娘という関係性にお
たちは「母親のように」なるとされる
いては,上記二つの視点いずれもが等しく重
(Chodorow 1978 ; Boyd 1989)。時として娘
要である。第一に,とりわけ母親が娘と共に
は,母親のようになることを強調されること
単純にショッピングを楽しむという局面にお
もある(Weitzman 1984)。母親と同一化する
いては,母親にとっての娘は,単なるモノや
ことを継続しつつ娘が自己を形成する中で,
対象物程度の存在に過ぎない場合がある。母
娘と母親の関係は維持される。この傾向は息
親は自身の娘をあたかも着せ替え人形のよう
子よりも娘に顕著であり,息子が自分は父親
に扱い,自身の好みに合わせてさまざまな洋
のようだと認識するよりも,娘が自分は母親
服を着せようとするのである。しかしながら,
のようだと認識することが多いことが報告さ
第二に,母親の拡張自己として,娘は母親に
れている(Chodorow 1978)
。
とって極めて重要な役割を演じうることも同
日本では,母親と娘との関係が緊密である
様に重要である。このような場合においては,
と言われる。緊密な関係は消費行動にも現わ
自身の拡張自己としての娘とのインタラクシ
れる。成人した娘が,母親とともにショッピ
ョンを通じて,母親は自分の理想自己を実現
ングに出かけ,まるで友人同士のように買い
しようとするのである。
物をする姿は,マーケティングからもメディ
アからも注目されている。信田(1997)は,
3.母親の理想自己への娘による同一化
最近の母娘は双方の利害関係が一致しており,
他者は自己概念の形成に影響を与えるとさ
お互いを利用しようとする関係になっている
れるが,自己形成に影響を与える他者は重要
と指摘する。娘と母親との関係が緊密なのは,
な他者(significant others)と呼ばれている
娘が母親に依存しているからであるという議
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論がある(土井 1971)。しかしながら近年の
るというのである。
研究は,娘が甘えるのは母親に依存している
ここで,母親の娘に対するプレッシャーを,
からではなく,母親が依存されることを望ん
あたかも母親から娘への支配であるかのよう
でいることを知っている娘が,母親に甘えて
に単純にとらえてはいけないだろう。なぜな
あげるからであると主張している(Takemo-
らば,先述のように,娘には母親に自主的に
to 1986: Maeda 2008)
。
甘えてあげるといった側面があるように
いっぽう,信田ほか(2008)によれば,母
(Takemoto 1986: Maeda 2008),娘は自ら進
親は,自分が果たせなかった自己実現を娘が
んで母親の理想自己に自身の理想自己を一致
果たしてくれることを期待するとされる。戦
させようとすることも十分にあり得るからで
後民主主義教育を受けた母親は,自分の母親
ある。娘による母親の理想自己への同一化と
世代,すなわち戦前の女性たちと異なり,妻
も呼ぶべきこの現象は,複雑な母娘関係を理
になり母親になっても,女性が忍従するだけ
解する際に重要な視座を提供してくれる。
の人生以外の生き方があることを知った世代
4.命題
である。ところが実際には,母親には自分が
果たせなかった夢があるというのである。そ
以上から,以下の命題を抽出する。
して母親は,自分のルールを娘に巧みに適用
母親が娘を自身の拡張自己とする局面にお
しながら,自分が実現できなかった理想自己
いて,娘は母親の理想自己に自らを同一化し
を娘に果たしてもらうことを期待するとされ
ようとする。しかしながら,母親の理想自己,
る。すなわち,母親の現在の自己ではなく,
母親の拡張自己としての娘,母娘関係は多様
彼女が抱く理想自己に,娘が同一化すること
であるため,娘の同一化も多様なものとなる。
を期待するのである。
笳――― 方法
具体的には,母親は娘に 2 つの異なる理想
自己を達成することを期待する。信田ほか
(2008)によると,1970 年代,アメリカでは
消費者行動研究においては,行動修正アプ
女性の高学歴化と社会進出が進んだ中で,ミ
ローチ,情報処理アプローチ,解釈アプロー
ドルクラスの娘に 2 つのプレッシャーがかけ
チという,大きく 3 つの研究アプローチがあ
られたという。それらは,父親のように成功
ることが指摘されている(阿部 2001)。行動
することと,母親の様に幸せな妻になること
修正アプローチは行動主義心理学や新行動主
の両方を手に入れるというものであった。彼
義心理学をベースとしており,そこでは主に
らによれば,1990 年代以降の日本においても,
消費者行動の予測が目指される。情報処理ア
類似した 2 つのプレッシャーが娘にかけられ
プローチは認知心理学がベースとなっており,
るようになったという。息子と同じような社
消費者の認知過程の説明が主に実験的な手法
会的達成と,妻そして母になるという成功の
を用いて試みられている。最後の解釈アプロ
両方を叶えなければ,女性として十分ではな
ーチは記号論や解釈学をベースとしており,
いというメッセージを,母親が娘に送り続け
消費者の意味世界の理解を目指している。
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主に質的データを用いる解釈アプローチに
非常に有効な手法であるとされる(Atkin
ついては,これまでさまざまな批判がなされ
1978)。したがって本研究は,実際の購買過程
ているものの,理論の検証よりも新しい理論
をビデオレコーダーで記録する観察法と,半
構成が目指される場合などにおいて,特に有
構造化深層面接法によって収集された複数の
効なアプローチとして注目されている 。定
質的データを組み合わせ,母娘の関係性を総
性的研究手法は探求すべき社会現象の性質に
合的に理解することが目指している。
1)
よって選択されるべきであるという主張に倣
母親と娘のユニークな関係性を捉えるため
い(Morgan and Smircich 1980),母娘の関
に,ファッション雑誌によるカタログ購買を
係性の理解という,極めて文脈依存的で微細
6 組の母娘ペアにそれぞれ実施してもらった。
な現象の理解を目指す研究目的から,本研究
カタログ購買においては,2 人が同一のファ
は解釈アプローチに依拠している。
ッション雑誌を一緒に閲覧し,ファッション
質的データを扱う研究でキーとなるのは,
に関して普段の会話と同じように自由に発言
言葉や音声,映像などの複数の質的データを
するよう依頼した。雑誌閲覧において双方が
できるだけ自然な文脈の中で把握することで
気に入った商品を好きなだけ選出し,その中
あるとされる(ベルク 1998)。また,対象者
から娘の現在のイメージを刷新するようなア
の行動をそのまま記録する直接観察法は,対
ウトフィットを選ぶよう依頼した。
象者による自己報告や実験的環境で構造化し
購入する商品が選択された後,当該カタロ
て測定・収集されたデータよりも,対象者の
グ購買や普段のファッション購買,情報収集
多様なモードをヨリ正確に記録できるため,
などに関するインタビューを母娘ペアに対し
■表―― 1
インフォーマントのプロファイル
娘と母親ペア
ペア1
ペア2
ペア3
ペア4
ペア5
ペア6
娘の
年 代
ライフステージ
陽菜
娘
20 代前半
大学 4 年生
U
母親
50 代前半
両親と同居
優那
娘
20 代前半
大学 4 年生
V
母親
50 代前半
両親と同居
絵利香
娘
20 代前半
大学 3 年生
W
母親
50 代前半
両親と同居
麻優
娘
20 代前半
大学 3 年生
X
母親
50 代前半
両親と同居
優
娘
20 代前半
大学 3 年生
Y
母親
40 代後半
両親と同居
あいり
娘
20 代前半
大学 3 年生
Z
母親
50 代前半
両親と同居
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調査実施日
2007年 12 月 16 日
2007年 12 月 6 日
2008年 12 月 6 日
2008年 12 月 15 日
2008年 11 月 24 日
2008年 12 月 16 日
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て行った。雑誌閲覧からインタビュー終了ま
用された 2)。
でがビデオカメラで撮影され,質的データと
6 名の娘はすべて 22 歳から 23 歳の 3 年次お
して記録された。なお,カタログ購買という
よび 4 年次の大学生であり,卒業後の就職に
状況設定は,比較的自然な環境下で,母親と
向けたさまざまな準備を行っている段階にあ
娘とのインタラクションに関する豊かな質的
った。したがって,カタログ購買で依頼され
データが収集可能であると考えられたため採
たいわゆるイメージチェンジのためのアウト
■図―― 1
カタログ雑誌の実際のページ画像
■図―― 2
カタログ購買の観察(左)およびポスト・インタビュー(右)の様子
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フィット選択は,人生における大きな転機を
用いながら,「母親と娘の関係」に関する質的
意識したものであった。表− 1 には,6 名の娘
データの解釈について記述する。今回観察対
(陽菜,優那,絵利香,麻優,優,あいり),
象となった全てのペアにおいて,娘は母親の
およびそれぞれの母親に関する情報がまとめ
拡張自己の一部として見受けられていたが,
られている 。
娘が母親の拡張自己の一部となるコンテクス
3)
カタログ購買の状況設定,および,実際に
トは 3 つあった。第一のコンテクストは,娘
インフォーマントに提示する雑誌を決定する
の理想自己が母親の理想自己と一致している
ために,別の女子大学生に協力を依頼して 2
場合である。第二のコンテクストは,娘の理
度のプレ調査が行われた。その結果,購買状
想自己が母親の理想自己と一致していない場
況の設定としては,「働く OL として相応しい,
合である。第三のコンテクストは,娘が自身
今の娘のイメージとは異なるヨリ洗練された
の理想自己について明示しないため,一致し
アウトフィットを選択する」という購買目的
ているかどうかの解釈ができない場合であっ
が選出された 。また,雑誌については,比
た。以下順に記述する 5)。
4)
較的多くの女子大学生に購読されており,か
1.娘の理想自己と母親の理想自己とが一致
つ,幅広い製品カテゴリーをカバーしている
する場合
と考えられる,マルイ百貨店により毎月発刊
第一のコンテクストは,娘が望んで母親の
されている通販カタログ雑誌「VOI」が選出
。
された(図− 1)
理想自己に同一化する場合である。雑誌に掲
カタログ購買プロセスの所要時間は 1 ペア
載された洋服を閲覧しているとき,娘優那,
あたり 30 分から 40 分程度であり,ポスト・
陽菜,あいりはそれぞれの母親の好みに賛成
インタビューには 1 時間程度を要した(図− 2)。
していた。
各母娘ペアには,調査への協力謝礼として一
母親 V「(指差し)いいんじゃないの,ほら,これ。」
万円が渡され,カタログ購買において選ばれ
娘優那「ねぇ。これちょっとかわいい。」
たアウトフィットを実際に購買するために補
母親 V「(指差し)かわいいじゃん。」
充するよう伝えられた。カタログ購買,およ
娘優那「ふん(指差し)
。これかわいいよねぇ。
」
びインタビュー映像の録画には 2 台のビデオ
カメラが使用された。データの信頼性を確保
娘優那は,母親がイメージチェンジのため
するために,収集された発話データは,研究
のスーツを薦めた時,その意見に耳を傾けて
者とは独立の 4 名のコーダーによって文書化
いた。
され,2 名の研究者によって複数回チェック
母親 V「( ペ ー ジ を 戻 し ) 優 那 , ス ー ツ は ス ー
された。
ツ?」
娘優那「スーツ…。こんなスーツ(指差し)。こ
笘――― 記述
れとか(指差し),すごいね。スーツ着る
かな?」
ここでは,ビデオの映像データを補完的に
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母親 V「スーツ,着るんじゃないのぉ(指差し)?」
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っていう。ふふふふ。」
ポスト・インタビューにおいては,母親 V
娘優那「そうなんです。安い物でっていう。」
がどのようなイメージチェンジの基準を持っ
母親 V「いつも私がそうやって。」
ていたのかを述べた後,娘優那は母親が発話
娘優那「なんかいつも,すごい言うんですよ。」
した内容をほぼ復唱する形で述べている。娘
母親 V「あはは。」
の理想自己は母親のものと一致しているよう
娘優那「白と流行り物は,もう安い物でいいって。」
である。
ここでも,娘優那の理想自己は,母親の理
母親 V「OL になる,なって着ていけるような感
じっていうんでしょうかね。いま,ほんと
想自己と一致しているようである。そのため,
に,学生っていう格好が多いんで,仕事に
彼女は母親がいないと自分一人では購買意思
っていうあれではないような服ばっかりな
決定ができないとすら述べている。
インタビュア「一人で(買い物に)行ったりしな
んで。それでちょっと。ちょっと”きちっ
いの?」
と”みたいな感じでしょうかねぇ」
娘優那「一人でも,全然そのふらふらするんで,
インタビュア「(娘優那に)ご自身では?」
その,けっこう見るんですけど,なんか買
娘優那「まさにそれで。今はほんとカジュアルで,
大学に着て行くっていう服なので。なんか
う気にはなれないですね,あんまり。一人
もうちょっと仕事場でもちょっとジャケッ
だと。」
ト代わりに”カチッと”着ていけるってい
インタビュア「えっ,どうして?」
う,きれい目な感じですね。」
娘優那「見て欲しいじゃないですか,なんか,そ
れを…。」
さらに母親 V は,白いコートはすぐに汚れ
母 V「決断力がないんですよ。」
るので価格が安い物を買う方がいいと娘優那
娘優那「要はそうなんですよ,決断力がないんで,
に教えている。母親が娘に衣服の選択基準を
ほんとにその,千円ちょっととかのものな
指示するのである。
ら“別にそんないいや”と思って買えるん
母親 V「やっぱり,もう,ちょっと,この時期な
ですけど…。そうですね,やっぱちょっと
んで,できたら,来年とかも着れて,働き
お金がかかると,やっぱり絶対(母親に)
始めてからも着れるように,っていうのも
見てもらわないと,楽しくないんですよね,
あって。(目が合う)ちょっとね,コート
なんか,それで買って帰っても,あんまり
がないからね。」
嬉しくなくて。」
娘優那「コート,持ってなくて。」
インタビュア「なんか店員さんが“すごい似合い
母親 V「値段が安いから。」
ます”って言ってもだめ?」
娘優那「(目が合う)ね。ちょっとなんか。白っ
娘優那「あ。だめですねぇ。」
て,やっぱり高いの買っちゃうと,なんか
娘絵利香は,母親からの率直で押しの強い
汚れたらっていうのがすごいあるんで。」
意見を数多く投げかけられていた。その際,
母親 V「そう。だから”白と流行り物は安い物で”
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反発心を抱くことも予想されたが,実際はそ
さらに娘絵利香は,母親のアドバイスを最
うではなかった。絵利香は,母親の意見が参
善の意見として耳を傾け従っている。
考になると考えている。
娘絵利香「正直に言ってくれるので。お母さんは,
インタビュア「絵利香さんが外でご自身が気に入
はっきりしてるので。お母さんにそれで
って買ってこられたときに,お家で
いいって言われたら,“あ,もう買おう”
“それあんまり似合わないよ”って
と思うので。あはは。だからその決断,お
お母様がおっしゃった時にどういう
母さんの意見はすごく参考になります。」
気持ちになられますか。」
娘絵利香「それに影響をうけて頭で“やっぱりそ
さらに娘絵利香は,彼女の母親は彼女のこ
うかもしれない”って思う。素直に受け
とを真剣に考えてくれているから,一緒にシ
止めます。」
ョッピングすることが楽しいと言う。
母 W と娘絵利香「あはは。」
インタビュア「(母親に)ちょっと頼ってるって
インタビュア「感情はどうですかね。」
面あります?ファッションで?」
娘絵利香「感情。最初はやっぱり“えーショック”
娘絵利香「そうですね。一緒に買い物に行くと,
な気持ちになって。だんだんとその意見
お母さんに絶対”どっちがいいかな?”
が頭の隅にあると“やっぱりそうかもし
とか”これでいいと思う?”って,絶対
れないなー”ってお母さんの意見に。」
聞いてから買いますね。」
インタビュア「それはお母様の意見だからですか。
(中略)
そうか,絵利香さんの性格的に,人
インタビュア「どうして(友人より)お母さんの
の意見を理解するタイプでらっしゃ
方が説得力ある?」
るんですか。」
娘絵利香「やっぱり,今までの経験上と。」
娘絵利香「やっぱお母さんの意見だからだと思い
母親 W「押しが強い。」
ます(頷く)。」
娘絵利香「そうですね。」
インタビュア「お母様のご意見は間違いがない?」
娘絵利香「なんか,客観的な意見でもあるんです
彼女は,今回の調査で使用した雑誌が,彼
けど,友達から言われる意見よりも 1 番
女の母親の好みに合う商品がより多く掲載さ
近いので,お母さんが...やっぱ一番説
れていればよかったのにと考えている。なぜ
得力があるというか。」
ならば,彼女は母親の好みに合う商品を選択
インタビュア「例えばこう,お母さんが喜んでく
したいからである。
れるから自分も嬉しいとかいうので
娘絵利香「イメージチェンジっていうと,お母さ
は?」
んが“エビちゃんみたいな恰好して欲し
母 W「それはないよね?」
い”っていうの知ってたんで,もっとそ
娘絵利香「(目が合う)えー,でもそれもあると
ういう感じがあるかなと。あればよかっ
思うんですけど(笑)。」
たかなと思います。」
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.3(2011)
母 W「それはなくない?(笑)」
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母娘の関係性を読み解く
娘絵利香「(目が合う)え,そう?でも,“あ,似
母親 W「えー,“考えなくていいよ”って毎日の
合うよ”って言われると嬉しいんで(母
洋服は,毎日の組み合わせなんじゃない,
親への目線)(笑)。」
組み合わせだから。まー,今から増やして
いくんならあれだけど。これだったらさ
2.娘の理想自己が母親の理想自己と一致し
(指差し),あるもの。」
ない場合
二つ目のコンテクストは,娘の考えは母親
娘優は,本調査中の商品選択過程では母親
のそれに一致しないものの,最終的には親の
のアドバイスを受け入れなかったが,普段の
理想自己に同一化する場合である。
買い物においても母親と意見が合わなければ
なかなか購買につながらないと述べている。
娘絵利香は,母親がパンツを薦めるのに対
して,スカートを履きたいと述べている。
娘優「してます (頷き) 。いつも買うときも一緒
娘絵利香「でも,スカートのほうが私の中で大人
に(目が合う)行くと,私がこれどうって聞
っぽいイメージ。こういう(指差し)」
くと“う∼ん”って,“え∼”って(笑)“で
母親 W「えーそう?できる女はパンツなんじゃな
もこれいいんじゃない”って言うと,私が
い?ふふ(笑)。」
“う∼ん”って(目が合う)(笑),なって(目
娘絵利香「ふふ(笑)。」
が合う)(頷き)お互い,なんかね,意見が合
母親 W「まぁね,本人が(好きなのを選ぶことが
わないとあんまり(目が合う)買わないと…。
」
大切?)。これかな(指差し)いくらする
母 Y「二人で行っても,なかなか決まらないこと
の?」
が多くて(頷き)。」
(略)
(略)
母親 W「ものすごい年齢層が離れるかな。これに,
娘優「一人で“これ”って決めても,“絶対これ”
かわいいブラウスとか着てもいいし(指差
っていうよりは,お母さんと決める。お母さ
し)。ね (意見を求める)?」
んと相談して“これいいんじゃない”って
娘絵利香「(頷き)」
(目が合う)言ってくれたら“これにしよう”
母親 W「応用範囲が広いんじゃないの。ジャケッ
って決めます(笑)。(目が合う)頷き)買い
トとかも合うし。他にない?(指差し)こ
物のパターンはそれです。
ういう格好はあんたから一番遠いけどね,
しかしながら,実際の購買では,母親の好
これ(笑)
(目線)。ね(意見を求める)?」
娘絵利香「でも,“どっちの方が着たい”って聞
みを考慮に入れ,それに合う商品を選択する
かれれば,さっきの方のスカートの方が
ようである。なぜならば,彼女は,使い回し
履いてみたいって思う。」
や着回しができるかどうかという母親の選択
基準を信頼しているからである。
母親 W「でもさっきのスカートだったら,今ある
インタビュア「お母さんの趣味に合うんじゃない
洋服全部,今あるものでほとんど無理だよ
かなと思って選んだ?」
(目線)。」
娘優「うん,そうですね。だから,趣味が正反対。
娘絵利香「そんなん考えなくていいよ。」
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★
論文
付箋貼ってるときに,全然違うんで。(略)
娘絵利香「(頷き)」
(私は)一定のものがかわいかったら,それ
笙――― おわりに
だけかわいいっていうのがあるけど,母のほ
うが今後の使い回しとか着回しとか考えて。」
1.発見物のまとめ
3.娘の理想自己が明示化されていない場合
本研究によってもたらされた発見物として
三つ目のコンテクストは,娘が母親のアド
は,以下の 2 つが指摘できる。第一に,母親
バイスに同意するものの,研究者が娘の理想
が娘を自らの拡張自己の一部としようとする
自己が母親のそれと一致しているかどうかの
局面において,娘は母親の理想自己というも
解釈をできなかった場合である。
のにさまざまなやり方で同一化しようとする
商品の絞込み過程で,娘絵利香は,母親の
点である。娘の理想自己が母親の理想自己と
アドバイスに賛成しているものの,映像デー
一致している場合でも,逆に一致していない
タの様子からは興味がなさそうであった。母
場合でも,さらに,理想自己そのものが表出
親の言葉に上の空で相槌を打っているさまが
していない場合においても,娘は母親の理想
確認された。
自己に自らを合わせようとしていたことが確
認された。
母親 W「お母さんが言ったような格好にも合うし。
第二に,そのような同一化は,異なる母親
こういうのにも合うし(指差し),上を変
えれば謝恩会とかにも着てけそうじゃん。
が抱く異なる理想自己によって,また,異な
ふふ(笑)(目線)。」
る娘が抱く異なる理想自己によって,そのプ
娘絵利香「はい(笑)。」
ロセスを多様に変化させている点である。同
母親 W「ファーとかすると。どう?」
時に,たとえ同一の娘であっても,コンテク
娘絵利香「私はこれでいいです。」
ストに応じて異なった同一化のプロセスが確
母親 W「あと靴。1 品だけならこれになっちゃう
認されていた。このことは,関係の多様性に
よって,そこで経験される同一化のプロセス
のか。」
も多様なものとなることを示唆している。
娘絵利香「これだよ(目線)。」
母親 W「これになっちゃうの?いいのこれで?」
2.インプリケーション
娘絵利香「(上の空な様子)え?うん。」
本研究によってもたらされた理論的貢献と
母親「すっとしたイメージのデニムもいいかもし
しては,以下の 2 点があげられる。第一に,
んない。」
娘絵利香「どんな?」
日本における母親と娘という文脈で捉えるこ
母親 W「今のスカートもぽわーっとしてるから。
とを通じて,拡張自己概念を精緻化している
あなたにないイメージとしたらすっとした
点が挙げられよう。特に,拡張自己としての
ののほうがいいかもしれない。」
他者を捉える際に,拡張自己の主体とは別の,
娘絵利香「(上の空な様子)うん。」
自らの意識や意思のある存在として他者を位
母親 W「ここらへんね,できるよね?」
置づけ,それを複雑な関係性の中で記述,理
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母娘の関係性を読み解く
解しようと試みている点は特筆に値する。こ
や恋人,親戚や職場の同僚などといった,実
れまでの研究蓄積においては,この点を明示
に多種多様な関係性の中に組み込まれている。
的に議論したものが稀少であった。自らの意
これらの関係の特殊性を理解することによっ
思を持つ他者が拡張自己となるとき,その現
て,ヨリ効果的な製品開発やコミュニケーシ
象の記述には複雑な関係性の理解がキーとな
ョン活動などのマーケティングを展開するこ
るのである。
とが可能となるだろう。
第二に,できるだけ自然な状態でのデータ
3.課題と展望
収集を可能とした独自の観察手法と,インタ
ビューを組み合わせた方法によって,ヨリ詳
本研究はいくつかの課題も有している。第
細で正確な現象の記述と理解が可能となって
一に,観察およびポスト・インタビューにお
いる点も重要である。本研究における発見事
いて収集された質的データは映像データであ
項からも明らかなように,母親にとっての娘
ったものの,その解釈には主として発話デー
といった,他者が拡張自己となる場合におい
タが利用され,笑いや頷きといった非言語デ
ては,その関係の特殊性はダイナミックな相
ータは補完的に利用されているに過ぎない。
互作用においてのみ捉えられる性質のもので
しかしながら,映像の記録によってのみしか
ある。したがって,ユニークな調査手法によ
収集され得ない非言語データは示唆深い解釈
るデータ収集が必要不可欠であると言えよう。
を可能とするものであるため,その積極的利
実務的貢献は,購買意思決定において関係
用による解釈によって,ヨリ深い現象の理解
性を理解することの重要性を指摘している点
が可能となるだろう。
に関わる。すなわち,特殊な関係性に埋め込
第二に,理想自己が個人や時間によって異
まれた文脈依存的な購買や消費について取り
なることを考慮すれば(Schenk and Holman
上げることによって,単一の購買主体をター
1980; Belk 1989)
,本研究が取り上げた母娘ペ
ゲットとするような単純なマーケティングに
アというインフォーマントは,その特異的な
警鐘を鳴らしているのである。さらに,たと
関係性の限られた一部分のみを切り取ってい
え複数の購買主体を考慮している場合におい
るに過ぎないと言わざるを得ない。本研究に
ても,そこには必然的に目に見えない複雑な
おいて確認された同一化のプロセスにはある
関係性が潜んでいるのであり,この点に注意
程度の多様性が確認されたものの,日本以外
したマーケティングを実施することの重要性
の異なる文化や,インフォーマントの異なる
も指摘している。また,通常の調査手法によ
ライフステージにおけるデータ収集によって,
っては,こうした隠された関係性を発見する
ヨリ深い理解が可能となるだろう。これらの
ことが困難であるが,この点を克服するため
点については,今後さらなる研究の待たれる
の具体的手法について提示していることも,
ところである。
実務的示唆に富むものであろう。さらに,本
研究が注目した母親と娘だけでなく,市場で
本研究は科研費(20730283)の助成を受け
さまざまな購買や消費を行う消費者は,友人
たものである。
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注
1)この点に関する詳細な議論については,たとえば
南(1996)などを参照されたい。
2)自然な状況におけるデータ収集という視点からは,
実際の店頭における購買行動の観察が望まれると
ころであるが,そのような調査に対する承諾を実
際の店舗から得ることが困難であったため,カタ
ログ購買が代替的に採用された。
3)インフォーマントの名前はすべて仮名である。
4)選出に際しては,親しい友人・恋人へのクリスマ
スギフトの購買,パーティードレスの購買,友人
への誕生日プレゼントの購買などが検討された。
インフォーマントが主体的に興味を持って取り組
め,ヨリ豊富な質的データが収集できるかどうか
という視点から,最終的な購買目的が設定された。
5)ここでは,紙幅の都合上,発見されたデータの一
部を紹介している。なお,記述におけるカッコ表
記は,映像データの解釈を行っているものである。
具 体 的 に は ,「( 笑 ) = 発 話 者 に よ る 笑 う 動 作 」
「( 頷 き ) = 発 話 者 が 首 を 縦 に 振 る 動 作 」「( 付
箋)=発話者が特定の商品を候補として選出する
ために付箋を貼ってチェックする動作」「(目が合
う)=母親と娘が相互に相手の目を見合う動作」
「(指差し)=発話者がカタログ雑誌の特定商品を
指差す動作」「(意見を求める)=発話者が相手に
対して身振り手振りで意見を求める動作」「(目
線)=発話者が相手を見る動作」である。なお,
これ以外のカッコ表記は著者による注である。
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論文
坂下 玄哲(さかした もとたか)
木村 純子(きむら じゅんこ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授。専攻は
法政大学経営学部教授。専攻は消費文化論。神戸女
消費者行動論。神戸大学経営学部卒業,同大学院経
学院大学卒業,ニューヨーク州立大学大学院コミュ
営学研究科博士前期課程修了(修士)
,同後期課程修
ニケーション研究科修士課程修了(MA),神戸大学
了(博士(商学))。2004 年上智大学経済学部専任講
大学院博士前期課程修了,神戸大学大学院博士後期
師を経て,2007 年より現職。最近の主要業績は,
課程修了,博士(商学)。2001 年羽衣国際大学専任
Sakashita, Mototaka (forthcoming),“An Exploratory
講師,助教授,2005 年法政大学経営学部助教授,准
Study of Limited Information Acquisition : Do Brand
教授を経て,2010 年より現職。最近の主要業績は,
Names Make Product Evaluations Easy?,” Psy-
Sakashita, Mototaka and Kimura, Junko. (forthcoming),“Daughter as Mother's Extended Self,”Euro-
chologia, Vol.53, No.4. 坂下玄哲・余田拓郎(2010)
「製品開発局面における成分ブランドの効果ー空気清
pean Advances in Consumer Research, Vol.9.,木
浄機の開発事例を手がかりに」
,池尾恭一・青木幸弘
村純子(2009)「書評: Russell W. Belk (ed) Hand-
編 『 日 本 型 マ ー ケ テ ィ ン グ の 新 展 開 』, 有 斐 閣 ,
book of Qualitative Research Methods in Market-
pp.267-291。 坂下玄哲・杉本徹雄・堀内圭子(2009)
ing」
『消費者行動研究』,pp59-69,Belk, Russell W.
「リピート購買要因の探索的研究∼トライアル購買と
and Bahl, Shalini., Kimura, Junko., Min, Hyun
の関連を手がかりに∼」,『季刊マーケティングジャ
Jeong. and Li, Eric P.H. (2008)“Skin Lightening
ーナル』,Vol.28,No.3,pp.16-27。坂下玄哲(2008)
and Beauty in Four Asian Cultures,”Advances in
Consumer Research, Vol.35, pp444-449.
「消費者情報探索:論点と方法」
,
『季刊マーケティン
グジャーナル』
,Vol.28,No.2,pp.135-143。
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