エネルギー最終利用における市場の失敗の

本稿は、ECEEE(European Council for an Energy Efficient Economy)の”2007 Summer Study on Energy
Efficiency, June 4 - 9, at La Colle sur Loup. ”で報告された論文(Meier, Alan, and Anita Eide., ” How many people
actually see the price signal? Quantifying market failures in the end use of energy−” )を、著作権者および原
著作者の了解を得て(財)電力中央研究所が翻訳したものです。
マイヤー
9.077
どれだけの人が実際に価格シグナルを見ているか?
エネルギー最終利用における市場の失敗の定量化
アラン・マイヤー1
ローレンス・バークレー国立研究所
バークレー、カルフォルニア州、94720 USA
[email protected]
アニータ・エイド2
欧州委員会エネルギー効率ユニット
DM 24/4-20
BE-1049 ブリュッセル
[email protected]
キーワード
市場の失敗、市場の障壁、プリンシパル・エージェンシー問題、エネルギー効率、投資、
行動、エネルギー価格、消費者
要
旨
「価格を適正に設定する」ことこそ、数ある市場型のエネルギー政策の目標である。し
かし、エネルギー料金を支払う消費者と、エネルギー利用機器の所有者が別人である構図
も存在する。経済学者はこれを「プリンシパル・エージェンシー問題」と呼んでいる。国
際エネルギー機関(IEA)の編成したチームは、このプリンシパル・エージェンシー問題の
存在する7つの最終利用形態と1つのセクター、すなわち冷凍冷蔵庫、温水器、室内暖房
機、自動販売機、商用換気空調設備(HVAC)、社用車、照明器具、そして会社組織を調査
検討した。調査の対象国は、オーストラリア、日本、オランダ、ノルウェー、米国であっ
た。
1
2
アラン・マイヤーは、国際エネルギー機関(パリ)勤務中、このプロジェクトに従事した。
アニータ・エイドは、ノルウェーのエネルギー団体である ENOVA SF(トロントハイム)
勤務中、このプロジェクトに従事した。
1
調査検討した事例では、最終利用形態で使われたエネルギー消費量のうち、約2∼100%
がプリンシパル・エージェンシー問題の影響を受けていた。国によって、その影響の度合
い(や場合によっては問題の存在そのものさえ)は大きく異なるものの、すべての国でか
なりの程度のエネルギー量が、プリンシパル・エージェンシー問題の影響を受けていた。
市場の失敗が存在する場合、その失敗を取り除けばエネルギー利用量が大幅に減るという
ものではない。そうではなく、炭素税等の形でエネルギー価格を引き上げたからといって、
効率改善への投資が必ずしも増えていかない、というのが市場の失敗の意味するところで
ある。
はじめに
エネルギー価格は、エネルギーの効率的利用に影響を与える一つのファクタである。エ
ネルギー(もしくは特定の形態のエネルギー)の価格を引き上げれば、消費する気をなく
させ、より効率的なエネルギー利用を促す有効な手段となりうる。こんなふうに政府は昔
から認識している。それゆえ「価格を適正に設定する」ことこそ、数ある市場型エネルギ
ー政策の目標となる。エネルギー供給コストすべてが正確に価格に反映されれば、消費者
はより効率の良い機器への投資に関して、またエネルギー購入やエネルギー関連サービス
の活用への投資に関して、適切な決定を下すようになるだろう、と経済学者たちは論じて
いる。付加料金をエネルギーに加えることで、エネルギー環境問題を解消する政策もいく
つか提案されるようになっている。この付加料金は、炭素税、排出課徴金、グリーン・タ
ックス、外部税など、様々な名称で呼ばれているが、そのいずれもエネルギー価格の引き
上げに直接、間接に関係している。
ところで、エネルギー消費量の望ましい削減を進めていく上で、価格の引き上げはどの
.
程度有効なのだろうか。価格引き上げは、エネルギー消費を制限するために活用すべき主
..
要な政策であるべきなのだろうか。本ペーパーは、消費者がどの程度、エネルギー価格を
実際に「考慮する」のか、したがって消費者がエネルギー価格にどの程度反応すると考え
られそうか、を検討するものである。本調査研究は、市場の失敗によって「影響され」、価
格シグナルから「遮断された」エネルギー消費量を定量化する。本ペーパーは、より幅広
い IEA の調査研究の一部である(国際エネルギー機関:2007 年)。
多くの研究者が市場の障壁(バリア)を特定し、列挙している。たとえばブルームスタ
インほか(ブルームスタインほか:1980 年)は、なぜ消費者が一見、魅力的なエネルギー
効率改善投資を行わないのかを説明する過程の中で、市場の障壁を見つけた(これは「効
率ギャップ」として言及されることが多い)。そのほかにとりわけ、ジャフとスターヴィン
ス(ジャフとスターヴィンス:1994 年 a、ジャフとスターヴィンス:1994 年 b)あるいは
2
ソレル(ソレル:2004 年)は、広義の障壁概念と、厳密な市場の失敗概念の相違点を検討・
整理した。ジャフとスターヴィンスは、この区別をカテゴリー化し、表 1 と同じマトリク
スでそれを紹介した。
表 1 市場の失敗と市場の障壁の相違点
効率ギャップを説明するもの
効率ギャップを説明しないもの
市 場 の 失 敗 例:
例:
と し て の 障 ・情報の公共財的性質
・エネルギー価格の歪み(例え
壁
・技術採用の正の外部性
ば、限界費用価格形成との背
・エネルギーサービス市場の非対称的情
反、内部補助金、付加価値税
報
の相違など)
⇒逆選択、モラル・ハザード、スプリッ ・環境の外部性(例えば大気質、
ト・インセンティブなどの問題に至る
酸性雨、気候変動)
市 場 の 失 敗 例:
と は い え な ・隠れたコスト(例えば生産の混乱)
い障壁
・製品パフォーマンスの低下(例えば信
頼性の低下)
・投資遅延の選択価値
表 1 が示すように、期待される効率性レベルまで投資しない消費者の行動の説明の仕方
は、数多くある。市場の失敗は、特に重要なカテゴリーであり、市場の失敗が存在すると
き政府の政策が正当化される、という点に、たいていの経済学者が同意する(オーストラ
リア生産性委員会:2005 年、ヒンチーほか:1991 年、サンスタッド:2006 年、ソレル:
2004 年、スターン・レビュー:2007 年)。それ以外にも、消費者がエネルギー価格にどう
反応するかを規定するファクタがある。そのいくつかは、エネルギー利用に関する消費者
意識の研究(ケンプトン:1981 年)や消費者行動に関する研究(たとえばウィライトその
他:2000 年を参照)において記述されている。いずれにしても、肝心な第一歩は、消費者
が実際に価格シグナルを考慮しているのかどうか、また価格シグナルに反応する立場に置
かれているのかどうかを見極めていくことである。
どれだけのエネルギー消費量がエネルギー価格から遮断されている
か?われわれのアプローチ
本ペーパー(および本ペーパーが基づいているより広範な IEA の調査研究)では、市場
の失敗に属する一つのカテゴリー:プリンシパル・エージェンシー問題(「スプリット・イ
ンセンティブ」とも言う)に焦点をあてる。この問題は、一方の当事者である「依頼人」
3
が、他方の「代理人」に特定の取引の代行を依頼した場合に生じる。おなじみの状況とし
ては、大家と借家人の関係がある。責任の所在を単純化すると、図 1 のようになる。
賃借料
借家人
(依頼人)
大家
(代理人)
居住空間
建物インフラへの
エネルギー料金
エネルギー関連投資
の支払い
図 1 大家と借家人のエネルギー関連の取り引き
借家人は、建物を使用させてもらう代わりに大家に賃借料を支払う。借家人の支払うエ
ネルギーコストは、建物に装備されたインフラに大きく左右される。建物インフラへの投
資を行う大家には、効率改善のための投資を行うインセンティブはほとんどない。なぜな
ら、コストが下がっても、借家人だけが得をするからである。(市場の変動が原因で、ある
いは意図的な政策の結果として)エネルギー価格が高騰する局面でも、大家の側にはエネ
ルギー効率改善のために追加投資を行う短期的なインセンティブはない。こういう場合、
エネルギー効率に関わる大家の決定や借家人のエネルギー利用がエネルギー価格から「遮
断されている」、とわれわれは言う。借家人は節約できるケースもある。しかし、その選択
肢はふつう、効率改善よりもたいてい厳格な節約を基本とする対策に限定される。例えば
冷凍冷蔵庫のような機器では、大家が機器を選定し、提供している場合には、借家人は(電
源を切る以外)エネルギー消費を節約する有効な手段をもたない。
4
効率改善投資の費用負担とエネルギーコストの負担をめぐる依頼人と代理人の関係を、
表 2 に示す。
表 2 最終ユーザの視点からみた行動
技術の選択が可能
エネルギー料金を支払う
技術の選択が不可能
ケース 1:プリンシパル・エージ ケース 2:効率の問題
ェンシー問題なし
エネルギー料金を支払わない
ケース 3:使用量と効率の問題
ケース 4:使用量の問題
ケース 1 では、エンドユーザが、エネルギー利用技術(台所調理器具、自動車、冷凍冷
蔵庫など)を選択する。このケースでは、依頼人と代理人が同一なのでプリンシパル・エ
ージェンシー問題は生じない。当事者は、適切な効率改善投資を行う経済的な動機がある。
(とはいえ、ほかにも障壁が存在するかもしれないので、効率改善投資が必ず行われると
は限らない。
)
ケース 2 では、別の主体すなわち代理人がエネルギー利用技術を選ぶが、エネルギーの
利用料金はエンドユーザすなわち依頼人が支払う。これこそ、図 1 で示された状況である。
このときに存在するプリンシパル・エージェンシー問題を、表 2 では「効率の問題」と定
義する。これは、暖房装置や断熱レベル、その他の建屋の機能を大家が選定し、暖房や冷
房にかかる料金の支払義務は借家人が負うといった状況で、賃貸建物の多くに当てはまる。
効率への投資に関する大家の決定は、価格シグナルから遮断されている。すなわち、エネ
ルギー価格が上がったからといって、ただちに大家が新たな効率改善投資に駆られること
はない。
ケース 4 は、エンドユーザがエネルギー利用技術を選ぶわけでもないし、エネルギー料
金を支払うわけでもない場合である。エンドユーザがエネルギー使用量に関して、なんら
経済的制約に直面しないことから、このケースを「使用量の問題」と呼んでおきたい。こ
こでは、エンドユーザはエネルギー価格を目隠しされており、自分で料金を払うわけでは
ないので、合理的なエネルギー利用を心がけるよりもむしろ、多めにエネルギーを消費し
てしまう。これは、大家が断熱レベルを選択し、借家人の行動に左右される暖房費を支払
うという構図である。これは、たとえ寒い日でも借家人が窓を開けて室内温度を調整して
いた東欧(デンプシー:2006 年)
(およびその他の地域)の状況と共通している。こうした
市場の失敗は、ケース 2 の正反対である。ここでは大家が依頼人で、借家人が代理人であ
る。このケースでは、代理人は、大家の利害に沿って行動しない。
ケース 3 とは、エンドユーザが技術を選択するものの、エネルギー料金を支払わない状
5
...
況である。ケース 3 では、使用量の問題および効率の問題の双方が生じる。これは奇怪な
状況のようにみえるかもしれない。しかし、事実として存在するのである。たとえば、従
業員が自分の使う社用車を選ぶことが許されていながら、出張と個人旅行の双方で消費し
た燃料代を会社が負担する、という会社も一部に存在する。
IEA の調査研究は、ケース 2∼4 の「効率」と「使用量」をめぐるプリンシパル・エージ
ェンシー問題に絞っている。各々のプリンシパル・エージェンシー問題を対象に、同研究
はそうしたケースでエンドユーザが使うエネルギー消費量を推定している。各々のケース
について同研究は、だれが依頼人で、だれが代理人かを特定しようとした。はっきりした
問いは次のとおりである。
・ エネルギー利用技術をだれが選定し、購入し、所有するのか。
・ エネルギー料金をだれが支払うのか。
・ エネルギー利用技術の運転をだれが管理するのか。
....
上記の当事者が異なる場合、プリンシパル・エージェンシー問題が現われてくるかもしれ
..
ない。たとえば、多くの大家は温水器を選定するが、温水料金を支払わなければならないの
は借家人である。高効率の温水器に対して余分な投資を行うインセンティブなど、大家にほ
とんどない。別の例は、ケーブルテレビのサービス提供である。実質的にすべてのケーブル
テレビ・サービス・プロバイダが、セキュリティを維持するため、プロバイダ自身のデコー
ダ・ボックスを使用するよう契約者に求めている。(新しいデコーダ・ボックスは、冷凍冷
蔵庫と同じくらい電力を消費することもある。そのため重要な家電といえる。)ボックスの
エネルギー効率に関する決定を下しているのは、ケーブルテレビ・サービス・プロバイダで
ある。少なくともそう考えられる。その一方、ボックスの電力消費に対する料金を支払って
いるのは契約者である。こうしたケースはいずれも、エネルギー効率に関する決定を下す当
事者は、エネルギー価格シグナルから「遮断され」ているわけである。
ケーススタディを選ぶ際のわれわれの主たる基準は、次のとおりであった。
・ 4 つのケースの各々でエネルギー消費量を確認できる明確な手順が存在すること。
・ 信頼できる推計を行える十分なデータが存在すること。
・ さまざまな部門で実例が存在すること。
・ 複数の国で調査研究を繰り返せる余地があること。
全般的にわれわれは、国際的な協力の仕組みの枠内で検討可能な例を探してきた。各々の
ケーススタディの背後にある「物語」が、異なる研究者グループによって容易に理解され
る必要があった。
6
調査研究の結果
プリンシパル・エージェンシー問題が存在する 8 つの状況について調査研究した。これ
を表 3 のリストに、分析を実施した国名とともに示す。
表 3 本調査研究で検討したプリンシパル・エージェンシー問題
ケーススタディ
国
冷凍冷蔵庫
米国
温水器
米国、ノルウェー
室内暖房機
オランダ、米国、ノルウェー
自動販売機
日本、オーストラリア
商用換気空調設備
日本、オランダ、ノルウェー
社用車
オランダ
照明器具
米国
会社組織
オーストラリア、ノルウェー
以下、表 3 で確認されたプリンシパル・エージェンシー問題を簡潔に述べる。
冷凍冷蔵庫。冷凍冷蔵庫については、大家がその借家人のために、また建設主が販売物件
向けに購入することが多い。ほとんどのケースで、大家や建設主は冷凍冷蔵庫の電気料金
を支払わないだろう。これは効率の問題を生みだす(ケース 2)。
建物内の温水器。典型的な一戸建ての場合、居住者が温水器を自ら選び、温水に係るエネ
ルギー使用に対する料金を支払う。だからプリンシパル・エージェンシー問題は存在しな
い(ケース 1)。しかし、建築工事請負人その他の代理人が機器を選定してしまう場合には、
効率の問題が生じる(ケース 2)。賃貸物件の場合、温水器を購入するのはふつう大家であ
るが、温水で使ったエネルギーに対する料金を支払うのは借家人である。これも効率の問
題を生む(ケース 2)。建物が大型になると、大家がセントラル・ボイラーで温水を供給す
るので、賃借料の中にエネルギー使用料を込みにするのが普通である。これは使用量の問
題を生む(ケース 4)。
建物の室内暖房。典型的な一戸建ての場合、居住者が暖房装置への投資に関する決定を下
し、室内暖房で使われたエネルギー使用量に対して自ら料金を払うから、プリンシパル・
エージェンシー問題は生じてこない(ケース 1)。しかし、建築工事請負人その他の代理人
が機器を選定してしまう場合、効率の問題が生じる(ケース 2)。賃貸物件の場合、暖房装
置を購入し、建物のエネルギー関連インフラを保守するのはふつう大家である。借家人が、
暖房費を支払う場合、借家人がいっさいの便益を享受することから、大家にはエネルギー
7
効率の高い機器を設置するインセンティブがない。これは効率の問題を生む(ケース 2)。
類似のケースは、多数存在する。
テレビのセットトップ・ボックス。こうしたボックスは、ケーブルや衛星ネットワークに
つながったテレビ向けのテレビ信号を受信して、デコードしている。サービス・プロバイ
ダはふつう、セキュリティやコンパチブル技術を維持するため、このボックスを利用する
よう顧客に要求する。顧客はボックスの電力使用量を支払うが、もっと効率的なモデルを
選ぶ裁量を持たされていない。サービス・プロバイダは一般に独占体なので、高効率のボ
ックスを提供しなければならない競争上の理由は見当たらない。これは効率の問題を生む
(ケース 2)。このことは、セットトップ・ボックス市場全体についていえる。
住居用照明器具。借家人や所有者は、住宅に効率の良い照明を備え付けることができる。
多くのケースでは、所有権の有無にかかわらず、居住者は取付固定具を変更しないまま、
白熱電球をより効率の高い電球型蛍光灯(CFL)に取り替えられる。この状況は、ケース 1
に見合っており、プリンシパル・エージェンシー問題は存在しない。一方、一部借家人向
けの電気料金が月賃料の中に込みになっていることもある。こうしたケースでは、効率の
良い照明器具を購入したり、不必要なときにスイッチを切ったりするインセンティブが借
家人にはない。これは使用量の問題(ケース 4)を生む。これは、建物にあるそれ以外のす
べての電力使用量にもあてはまる。
自動販売機および冷蔵冷凍品展示ケース。飲料水(や食品)販売業者は、土地所有者に対
し、所有地内に自動販売機を置かせてもらうための使用料を払っている。土地所有者は、
自動販売機を置かせる見返りに、売上げの一部を受け取っている。また、食品販売業者は、
食料品店やその他の小売アウトレットに対し、自社製品を保管し展示するための冷蔵冷凍
品展示ケースを無料で提供していることが多い。どちらのケースも、土地所有者は装置の
電力消費量に関する情報をほとんど持たないか、まったく持っていない。また、もっと効
率の良い装置を選ぶ裁量も持たされていない。土地所有者は、装置の電力消費料金を払わ
なければならない。しかし日本では、飲料水販売業者が、自動販売機の電力コストを補填
するため、第二の料金(払戻しの一種)を土地所有者に払っている。プリンシパル・エー
ジェンシー問題のタイプは、個別の支払協定しだいである。
商業ビルの換気空調設備の支出。商業ビルの冷暖房コストは、賃料込みになっているか、
賃貸床面積に基づき請求されることが多い。テナントには、エネルギー消費を管理しよう
とするインセンティブがない。同じように、ビル所有者にとっても、エネルギー支出のい
っさいをテナントに転嫁するわけだから、ビルの効率を改善するため投資しようとするイ
ンセンティブがほとんど利かない。これは使用量の問題(ケース 4)を生む。ただしこれも、
8
特定の運転制約によって制限されるかもしれない。例えば、大家は、営業時間外の換気頻
度を減らすかもしれない。
社用車。多くの国は、業務で使用する自動車に対して優遇税制または特典を提供している。
その結果、社用車は、オーストラリアやベルギーの新車販売台数の半分近くを占めるにい
たっている。社用車はふつう私用車よりも大型で、効率も悪く、長い距離を走行する。社
用車の選定を従業員に委ねたり、燃料を無償提供さえしている会社もある。ここでは、使
用量の問題と効率の問題が一体となっている(ケース 3)。
会社組織内部のプリンシパル・エージェンシー問題。会社内部の組織的な制約条件や組織
そのものが、社内のプリンシパル・エージェンシー問題を生む場合がある。この場合、依
頼人と代理人が同一の組織なので、論理を無視しているようにもみえるだろう。しかし、
成長促進やその他の目的で導入した組織制度が、副次的にプリンシパル・エージェンシー
問題を生み出すこともありうる。早い段階の調査は、米国のデカニオ(デカニオ:1993 年、
デカニオ:1994 年)が実施した。これに続くのが、英国のソレル(ソレル:2004 年)、ノ
ルウェーのセーレ(セーレほか:2005 年)、ドイツのシュライヒとグルーバー(シュライヒ
とグルーバー:2006 年)であり、この現象を記述している。多くの会社は資本投資および
業務向けに別個の予算を立てている。そして 2 つの異なる(しかも遠く離れた)部署でこ
れら予算を運用している。業務担当マネージャは、エネルギーコストを削減するであろう
投資の承認を簡単に得られるわけではない。というのも、こうした投資は、優先順位のト
ップに上がれないからである。こういうプリンシパル・エージェンシー問題は、エネルギ
ー価格のシグナルから有効に遮断されたおびただしいエネルギー使用量を国内で生じさせ
ている(少なくとも短期的には)。IEA の調査研究はこのテーマを扱っているが、本ペーパ
ーではその分析を示すことはしない。
以下、4 つのカテゴリーのプリンシパル・エージェンシー問題の各々を対象に、エネルギ
ー使用量を推計したマトリクスを作成してみた。米国における住居用温水の実例を表 4 に
示すが、これはマーチショーとサタエ(マーチショーとサタエ:2006 年)の調査研究から
採ったものである。この表は、4 つのケースの各々で住宅分を示したもので、推計過程にお
ける中間段階と位置づけられる。表中の注記は、この推計を行うのに必要な仮定とデータ
に関する要求条件のいくつかを述べたものである。
9
表 4
米国におけるさまざまな市場状況における温水比率(マーチショーとサタエ:2006
年)を採用
家庭が技術を選べる
家庭が技術を選べない
住宅の 21%
住宅の 68%
家 庭 が エ ネ ・居住者が所有する築 13 年超の一戸 ・ほとんどの賃貸物件
建て住宅の 40%
ルギー料金
を支払う
・居住者が所有する築 13 年以下の住
・居住者が所有する築 13 年超の集合
宅
住宅の 40%、ただし戸別に温水器 ・居住者が所有する築 13 年超の住宅
付き、ユーティリティー含まず
の 60%、ただし戸別に温水器付き
無視できるほど少ない
住宅の 10%
家庭がエネ
ル ギ ー 料 金 ・築 13 年を超えるコンドミニアム ・相当数の賃貸住宅
を支払わな
で、戸別に温水器が付いているも ・セントラル・ボイラー付きのコンド
い
のは非常に少ないとみられる
ミニアム
・築 13 年以下のコンドミニアムで、
ユーティリティー込み
米国の住宅の 21%では、エネルギー料金を支払っている者が、自分で選んだ温水器を所
有している。米国の残りの 78%では、エンドユーザが温水器を自分で選んでいないか、エ
ネルギー料金を自分で支払っていない(またはその両者)
。こうして、プリンシパル・エー
ジェンシー問題が、効率の問題か、使用量の問題のいずれかの形で、全米の約 4 分の 3 の
住宅に存在していることになる。これは、全米住宅部門の住居用温水器が消費するエネル
ギー量のおよそ 78%に相当する。他のすべてのケースでも同じような方法が使われている。
その結果を表 5 に要約した。
表 5 本ペーパーで検討した諸国におけるプリンシパル・エージェンシー問題に影響された
エネルギー使用量
最終利用形態
調査対象国
プリンシパル・エージェ
ンシー問題に影響された
エネルギー使用量
住居用の冷凍冷蔵庫
米国
25%
住居用の温水器
ノルウェー、米国
38∼77%
住居用の室内暖房機
オランダ、米国
46∼48%
住居用の照明器具
米国
2%
テレビのセット
米国
100%
オランダ
32%
トップ・ボックス
社用車
10
商業用リース物件の
日本、オランダ、ノルウェー 17∼44∼90%
換気空調設備
自動販売機
日本、オーストラリア
44∼80%
1カ国以上で同じ分析が行われている場合は、複数の数値を記入しておいた。この表か
らは、エネルギー最終利用分の中で、プリンシパル・エージェンシー問題に影響されたエ
ネルギー利用の部分が 2%(住居用の照明器具)から 100%(セットトップ・ボックス)の
範囲に及んでいることがわかる。住居用照明器具の分が少なかったのは、大半のユーザが
照明固定具に手が届き、より効率的な照明に取り替えられるからである(だから、プリン
シパル・エージェンシー問題は存在しない)。プリンシパル・エージェンシー問題の影響を
受けるエネルギー利用の範囲には、商慣行の違いが反映している。たとえば、ほとんどす
べてのノルウェーの商業リース物件では、商用換気空調設備の支出が賃借料込みとなって
いる。一方、日本では、そういう事例ははるかに少ない。
社用車に対する政策は、国によって大きく異なりうる。こういう政策は、国内の自動車
産業支援のために講じられることもしばしばある。オランダでは、自動車燃料消費の 3 分
の 1 近くが、この市場の失敗の影響を受けている。この問題は、英国でもかつて同じよう
に一般的であった。しかし、課税政策が変更され、プリンシパル・エージェンシー問題の
多くは解消した(内国歳入庁:2004 年)。
市場の失敗を免れている国は一国たりとも存在しないし、経済システムにしてもそうで
ある。この点は、商業ビルの換気空調設備、温水器、住居用の室内暖房機などのケースで
証明される。しかし、市場の失敗の規模をみると、一部諸国間で著しく異なっている。オ
ーストラリアに比べ、日本の自動販売機事業者は、プリンシパル・エージェンシー問題を
最小化する仕組みを作りあげている。つまり、エネルギーコストを補填するため、事業者
に一種の払戻しを行う仕組みがそれである。同じ解決策は、セットトップ・ボックスのプ
リンシパル・エージェンシー問題にも応用可能であろう。すなわち、ボックスの電力使用
量を顧客に弁償するよう、サービス・プロバイダに要求する仕組みにより、大半のセット
トップ・ボックスは、ケース 2 からケース 1 に移行し、プリンシパル・エージェンシー問
題を解消できる。サービス・プロバイダがエネルギーコストを負担することになるため、
新しいボックス仕様を作成する際、エネルギー効率を考慮する可能性がいっそう高くなり
そうである。
個々のプリンシパル・エージェンシー問題が生み出すエネルギー使用量は、小さくみえ
るかもしれない。しかしながら、一つの部門全体でプリンシパル・エージェンシー問題が
結合していく事態を考えるなら、その影響は著しく大きなものになりうる。米国の住宅部
11
門で確認された市場の失敗の総合的影響は、同部門の総一次エネルギー使用量の約 24%に
も匹敵する(表 6 を参照)。
表 6 本調査研究のプリンシパル・エージェンシー問題で影響を受ける米国の住宅エネルギ
ー使用量
プリンシパル・エージェンシー問題で影響を受けるエネルギー
使用量
ケース
一次エネルギー使用
エンドユーザに
全住宅に
量(PJ)
占める割合
占める割合
390
25%
2%
温水器
1,060
42%
6%
室内暖房機
2,500
48%
15%
照明器具
23
2%
0.1%
セットトップ・ボックス
160
100%
1%
4,130
―
24%
冷凍冷蔵庫
合
計
それゆえ、住宅のエネルギー使用量のおよそ 4 分の 1 が、価格シグナルから遮断されて
いる。エネルギー料金を支払っている人が効率改善に投資できない場合もあるし、装置の
運転や自分の行動を効率よく管理できない人もいる。
結
論
市場の失敗が存在すると、費用対効果があると考えられるエネルギー効率改善投資でも、
適切に実行できなくなることが多い。そのような失敗が生じたら、政府が市場に介入して
もよいという点で、経済学者はおおむね同意する。従来の調査研究の多くは、こうした市
場の失敗や市場の障壁の列挙に重点を置き、失敗の規模には着目してこなかった。市場の
失敗の影響を受けたエネルギー量が大きい場合、政策を講じる緊急性が高くなるだろう。
本ペーパーおよび本ペーパーの基盤となるより広範な IEA の調査研究は、市場の失敗の
一つであるプリンシパル・エージェンシー問題による影響を受けたエネルギー使用量の推
計を試みた初めてのケースである。価格シグナルの遮蔽の度合いは、エネルギー投資の責
任者とエネルギー使用量を管理するエンドユーザとの関係によって変わってくる。エネル
ギー料金を支払う者が効率改善への投資ができないケース(効率の問題)があるかと思え
ば、エネルギー料金を支払う者が装置の運転を管理できないケース(使用量の問題)もあ
る。
12
プリンシパル・エージェンシー問題は、経済の数多くの分野で見られるし、影響を受け
るエネルギー使用量も広範囲にわたっている。ここに提示した例では、影響を受けたエネ
ルギー使用量が最終使用量に占める割合がたかだか 2%にすぎないケースもあったし(住宅
用照明器具)、100%もの大きさに達しているケースもあった(セットトップ・ボックス)。
部門全体のプリンシパル・エージェンシー問題の規模を推計しうる一つのケースもあった。
それが米国の住宅部門であり、24%であった。その一方、プリンシパル・エージェンシー
問題が存在するものの、それを突き止め、定量化する方法が存在しないケースもあった。
同じタイプのプリンシパル・エージェンシー問題が多くの国でみられるが、その規模と
なると、制度的なファクタによって異なっている。市場の失敗を最小限化する仕組みを整
備している国もある。例えば、他に例のないエネルギー払戻し制度(日本の自動販売機で
使われているようなもの)、課税制度の変更(英国の社用車が対象)、機器に対する最低エ
ネルギー効率基準などがある。
プリンシパル・エージェンシー問題が存在するからといって、エネルギーが非経済的な
やり方で使われていることをそのまま意味するわけではないし、また市場の失敗を除去す
れば必ず省エネにつながるというものでもない。米国の住宅部門でプリンシパル・エージ
ェンシー問題を取り除けば、大規模な省エネが達成できるわけでは必ずしもないだろう。
というのも、最小エネルギー効率基準や建設規則によって、購入行動はすでに制約を受け
ているからである。たとえば、大家は、市場で最も安価な冷凍冷蔵庫や温水器を購入する
かもしれないが、これらの効率が市場で最も効率の良い製品に比べはるかに劣るとは限ら
ない。しかし、表 2 で示した 4 つのケースから、単一の最終利用形態内部でさえ、エネル
ギー需要というものは、著しく異なる市場条件に直面したグループから成り立っているこ
とがわかる。これらグループの各々は、エネルギー価格の引き上げに対して、まったく違
う反応をしそうである。さらに本調査研究の成果によると、各々のグループに合わせたユ
ニークな政策が用意できれば、価格引き上げというにべもない方法よりよほど有効かもし
れない。
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参照文献
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・ H.ウィライト、E.ショーブ、L.ルゼンハイサー、W.ケンプトン(2000 年)、
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文集』、ワシントン DC、全米エネルギー効率経済協議会(ACEEE)所収。
謝
辞
本調査研究は、浅野浩志、バード・バールドセン、ユルゲン・ビョルンダレン、ユルン・
ブッゲ、デイビッド・クロスリー、エリカ・ド・ヴィッセ、アニータ・エイド、ヘーレ・
グローンリ、ミリャム・ハルメリンク、アラン・マイヤー、スコット・マーチショー、ジ
ャヤント・サラエ、高橋雅仁ら研究者をはじめとする、国際エネルギー機関(IEA)の構想、
指揮による協力の賜物である。米国エネルギー効率経済協議会(ACEEE)が、プロジェク
ト・マネージャとして活動した。IEA および執筆者は、オーストラリア、日本、オランダ、
ノルウェー、米国の各政府からの支援に対して心よりの謝意を申し上げる。IEA 報告書は
今年後半に公表される予定である。アラン・マイヤーとアニータ・エイドは、査読担当者
のコメントとご提言にも感謝申し上げる。
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