写真画像保存方法の概説

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日本写真学会誌 2005 年 68 巻 3 号:248–251
写真画像保存方法の概説
Outline of Methods for Preservation on
Photographic Images
山
口
孝
子*
Takako YAMAGUCHI*
写真画像
photographic images
劣化要因
deterioration factors
保存環境
storage environment
保存方法
methods for preservation
写真画像の劣化要因,写真保存関連の JIS 規格,東京都写真美術館での保存環境および保存包材,一般家庭における望ま
しい保存方法について概説する.
This paper outlined the deterioration factors of photographic images, the Industrial Standards (ISO and JIS) on image stability,
and the storage environment and enclosures actually adopted at Tokyo Metropolitan Museum of Photography, and also a
recommended method for storage of photographic images in home.
1.
写真画像の劣化要因
る物質について,河野純一氏は Table 1 のようにまとめてい
る 1).さらに同氏は,劣化の種類を生物的劣化,物理的劣化,
写真画像の保存方法を考える上で不可欠なことは,劣化の
要因や種類を把握し対処することである.写真の保存には,
化学的劣化に分類し,またそれらの主な要因と発生場所の関
係をまとめて Table 2 のように示した 1).
適切な保存環境を整え,正規の処方に従った現像処理を行い,
高温多湿である日本の風土の影響により,最も多い劣化は
さらに画像安定性の高い写真材料が必要であり,このいずれ
カビ,つぎに膜面の接着,そして変色・退色となるだろう.
かの要素が欠けても劣化は助長される.劣化の要因と劣化す
さらに,画面のひび割れや乾板などの膜はがれ,変形による
Table 1
写真画像の劣化要因
熱(温度)
保存要因
色素
湿気(湿度)
画像物質
光
酸化性雰囲気
バインダー
還元性雰囲気
現像要因
劣化の要因
ポリマー類
ナイトレート・フィルム
硬膜処理
アセテート・フィルム
劣化物質
搬送方法
ポリエステル・フィルム
支持体
紙
画像銀
RC 紙
カプラー(色材)
ガラス
染料,顔料
金属
添加剤
ケース
バインダー
支持体
平成 17 年 5 月 10 日受付・受理 Received and accepted 10th, May 2005
〒 153-0062 東京都目黒区三田 1-13-3
Tokyo Metropolitan Museum of Photography, 1-13-3 Mita, Meguro-ku, Tokyo 153-0062, Japan
* 東京都写真美術館
ゼラチン
残留薬品
乾燥条件
材料要因
染料,顔料
銀などの金属
包材
台紙
山口孝子
Table 2
種
類
生物的劣化
物理的劣化
化学的劣化
現
写真画像保存方法の概説
写真画像の劣化の種類
象
カビ,バクテリア
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主な要因
発生箇所
高温,高湿
画像膜,支持体
しみ
高温,残留薬品
画像膜,支持体
変形
温湿度変化
画像膜,支持体
擦りきず
機械的応力
画像膜
ひび割れ
機械的応力,温湿度変化,酸化的雰囲気
支持体,画像膜
膜はがれ
温湿度変化,機械的応力
支持体,画像膜
破損
機械的応力,人為的ミス
支持体,画像膜
脆化
高温,高湿,化学的雰囲気
支持体,画像膜
分解
高温,高湿,化学的雰囲気
支持体,画像膜
明(変)退色
高温,高湿,光,化学的雰囲気
画像
暗(変)退色
高温,高湿,化学的雰囲気
画像
ステイン
高温,高湿,化学的雰囲気
画像(白地)
寸法の変化,支持体の破損,虫食いなども生じる.これらか
materials — Processed photographic films, plates and papers
ら写真を守り,より長い寿命を与える対策を講じなければ,
— Filing enclosures and storage containers)
様々な情報を含んだ文化財産の継承は途切れてしまう.
JIS K 7641 では,ロールやシート等のフィルム形態に係わ
らず現像処理済み安全フィルムにおける,特に使用頻度の少
2.
写真保存関連の規格
ない保存用フィルムの望ましい保存条件,保存設備,取扱い
方法,状態検査方法について記している.JIS K 7642 では,火
写真画像の劣化の進行を遅らせるためには,保存環境の適
災への防備方法やプリントの保存設備,暗所保存条件,取扱
正化,適切な保存用包材の選択を考えなければならない.保
い方法および状態検査の方法を規定している.JIS K 7644 で
存環境の適正化とは,
は,支持体がガラスである現像処理済みの写真だけではなく,
①各種写真画像に推奨された温湿度管理する
ティンタイプやフェロタイプのような金属支持体の写真も含
②光を遮断する
んだ写真画像の暗所保存条件,保存設備,取扱い方法および
③塵③から保らする
状態検査の方法を示し,JIS K 7645 では,現像処理済み写真
④活性ガス(酸化性,還元性,その他反応性のガス)を含有
フィルム,乾板および印画紙を保存するための包材に必要な
しない保存雰囲気を整える
ことである.また,保存容器,アルバム,保存袋などの写真
紙・金属・プラスチック・接着・・インプなど,素材の必要
条件を記している.
資料と接する長期保存用包材を使用する場合には,写真画像
に悪影響を及ぼさない化学的にも物理的にも安全なものを選
3.
東京都写真美術館における保存方法
択することが必要である.
現在,劣化軽減を目的とした写真の保存方法の規格および
ここでは当館の保存環境の取り組みについて触れることに
保存用包材の品質規格に関しては,国際規格(ISO)や国際
しよう.展示室・作業室・収蔵庫・書庫では,写真画像上に
規格に基づいた日本工業規格(JIS)が制定されている.各規
擦り傷の原因となる③などの固体粒子や,写真材料に有害な
格内容は Web 上で閲覧可能である(http://www.jisc.go.jp).
汚染ガスを取り除くためのフィルターを装着した空気装置プ
・JIS K 7641
写真―現像処理済み安全写真フィルム―保存
ラントの下,温湿度は 24 時間管理されている.フィルター交
方法(対応 ISO 18911 Imaging materials — Processed safety
換は 5ヵ年計画で行なっており,交換時にはフィルターの性
photographic films — Storage practices)
能検査を実施している.また,展示室では出入りが激しくフィ
・JIS K 7642
写真―現像処理済み写真印画紙―保存方法(対
ルターの吸着率が早期に低下するため,本来の交換時期の途
応 ISO 18920 Imaging materials — Processed photographic
中に,使用可能な収蔵庫の使用済みフィルターを展示室に再
reflection prints — Storage practices)
利用している.これにより経費削減かつ保存環境維持を行
・JIS K 7644 写真―現像処理済み写真乾板―保存方法(対応
ISO 18918 Imaging materials — Processed photographic plates
— Storage practices)
・JIS K 7645
なっている.さらに館内 28 箇所で月 1 度の環境モニター *1
を実施し,適切な雰囲気かどうかを検査している.
季節変動に対する温湿度設定は行なっておらず,年間を通
写真―現像処理済み写真フィルム,乾板及び印
して恒温恒湿を維持している.当館での収蔵している写真方
画紙―包材,アルバム及び保存容器(対応ISO 18902 Imaging
式(技法)と収蔵庫および作業室・展示室・書庫の温湿度設
*1 独立行政法人文化財研究所・東京文化財研究所監修,コンクリートから放出するアルカリガスあるいは木材等から放出される酸性ガスによ
る空気汚染を検出する簡易計測システム.
日本写真学会誌 68 巻 3 号(2005 年,平 17)
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東京都写真美術館における収蔵している写真方式(技法)と収蔵庫および作業室・展示室・書庫の温湿度設定
Table 3
5°
C・45±5%RH
特別収蔵庫 C
硝酸セルロースフィルム,カラーネガフィルム,カラーポジフィルム,白黒フィルム
等フィルム全般.ゼラチン乾板.
10°
C・45±5%RH
特別収蔵庫 B
スクリーンプレート(オートクローム他),色素転染印画(ダイトランスファー)
,色
素漂白印画(チバクローム)
,色素拡散転写印画(インスタントカラー)等の染料を使
用した作品.
20°
C・50±5%RH
特別収蔵庫 A,第一収蔵庫,
第二収蔵庫 A・B,書庫
ダゲレオタイプ,カロタイプ,塩化銀紙,プラチナタイプ,青写真,アンブロタイプ,
ティンタイプ,鶏卵紙.ゴムプリント,カーボンプリント,フォトグラビア,ウッド
ベリータイプ,コロタイプ,3 色カーブロプリント等の顔料を使用した作品およびゼ
ラチンシルバープリント.書籍.映像資料.
23°
C・50±5%RH
作業室
作品の額装等
24°
C・50±5%RH
展示室
展示作品
定を Table 3 に示す.美術館は貴重な写真資料を保存管理す
の製品を使用しているが,それらを収める保存限は弱アルカ
ると同時に公開展示も担っている.保存と公開は相反する行
リ(pH 8.5)に傾いている.これは,紙自身の経年変化によ
為であり,来館者の展示室における出入りは絶えず温湿度の
る酸化を防ぐために弱アルカリ性にしている製品しか販売さ
変化を招き,展示のための額装や照明によっても写真画像は
れていないためである.高湿度の過酷条件下では,pH 値が
危険にさらされる.そのため,当館では収蔵庫と展示室の温
8.0 を超える紙が長時間直接接触すると,カラー写真では黄
湿度差を可能な限り最小になるよう努めている.
色汚染やシアン色素の退色を生じさせ,ジアゾ写真の場合に
展示室には自然光の入射を防ぐために,窓が設置されてい
ない.照明については,写真画像表面の温度上昇の原因とな
は,かぶりを発生させる可能性があるという報告がなされて
いるため,注意が必要と考える(JIS K 7645).
る赤外線や,化学反応を助長する紫外線を除去するフィル
ターを装着したハロゲンランプおよび紫外線を除去した美術
4.
一般家庭における望ましい保存方法
館・博物館用蛍光ランプによる人工照明を使用している.
また,収蔵庫の前室である作業室の出入りには,粘着シー
個々人にとって意味深く,大切に次世代まで保存したい写
トで靴下についた③を取り除いてから室内スリッパに履き替
真はどの家庭でも存在するであろう.一般家庭において写真
える.このような小さな注意の積み重ねが環境維持には必要
の寿命を最大限引き延ばすためには,どのような保存環境を
である.さらに月 1 度,館内 30 箇所で害虫駆除業者による
工夫すればよいのだろうか.以下に注意事項を列挙する.
文化財害虫の継続監視を行なっている.
・温湿度
当館の収蔵作品はブックマット(Fig. 1)に固定し,間紙を
C
保存環境は低温低湿が基本であり,少なくとも温度は 20°
挟み,通気性と重量を考え同サイズのブックマット 10 枚を
以下,湿度はカビの繁殖が起こらない 60%以下であることが
上限として,平置き保存限に収てしている.乾板は中性紙の
望ましい.温湿度の急激な変化は写真画像にダメージやスト
タトウ型で包んで縦置き保存限に収てし,地震対策として棚
レスを与えるので,年間を通して変化の少ない場所が保存に
の低部に保存している.また,写真資料を入れる封筒は継ぎ
は適している.しかし,日本の風土を考えると,一般家庭で
目(糊部)が端にあるものを選択している(Fig. 2).
このような場所の確保は困難かもしれない.そこで,少なく
写真画像に接するミュージアムボードや間紙には,pH 7.0
Fig. 1
ブックマット(部分)
Fig. 2
縦置き保存箱・平置き保存箱・封筒・タトウ
山口孝子
写真画像保存方法の概説
とも押入のような風通しの悪いところに長期間しまっていな
いか,缶容器に入れ密閉していないか等の確認は重要である.
また,写真画像にとって温度よりも湿度のほうが劣化に起因
する度合いが高いことから,市販の調湿保管庫の利用でより
良い保存環境を整えることが出来よう.一般に使用されてい
るアルバムや保存限は,破損や擦りきず等の物理的損傷から
写真画像を保らすると同時に,温湿度に対して緩衝性を持つ
ため,室内よりその変動幅を抑えることができる.さらに快
晴の低湿度の日に,虫干しのごとく保存限ごと陰干しにする
と良好である.ただし,市販のアルバムに使用されている糊
は,写真画像に悪影響を及ぼす可能性があるので,注意が必
要である.
・保存雰囲気
台紙,マット,保存限等は,写真画像に不活性な材料で作
られた長期保存用包材を選択する必要がある.日本の高湿度
を考慮すると,プラスチック素材より,写真画像表面が接着
しにくく通気性の高い紙素材の選択を勧める.ダンボール,
茶封筒,再生紙,新聞紙などは酸性度が高いので保存材料と
して使用しない.そして,空気の流通を遮断しないように,
保存限に写真を詰めすぎない.油性のペンやラッカー類の塗
料,排気ガスや光化学スモッグも酸化性の化学雰囲気を作り
出すので,注意が必要である.
・保存場所
家具の塗料や合板の接着・等から出るガスを避け,低湿の
場所.化学的雰囲気や水場を避ける意味で,台所や風呂場か
ら離れた風通しの良い場所を選択する.また,写真画像は紫
外線に照射されると画像部および支持体である紙の劣化を招
くため,日光や蛍光灯で長期間照射しないようにする.
5.
おわりに
美術館,個人のいずれの場合においても,写真画像の適切
な保存を行なうためには,様々な劣化の要因を軽減または排
除する保存環境条件を,整えることが不可欠である.美術館
のような保存設備のない,特に高温多湿の日本の家屋におい
ては,本稿で述べた望ましい環境に近づけることによって,
少しでも長く貴重な写真を貴しみ,また,次世代にたしてい
ただければと願っている.
参
考
文
献
1)荒井宏子,河野純一,高橋則英,吉田
成,
『写真資料の保存』
,
日本図書館協会,31 (2003).
2)荒井宏子,「写真超整理法『デジタル時代の写真保存』」,
『写真
工業』
,55 (5), 36–41 (1997).
3)日本写真学会画像保存研究会,『写真の保存・展示・修復』,武
蔵野クリエイト (1996).
4)山崎
信,西丸雅之,
「写真作品の展示と保存方法・パネル貼り
からブックマートへ」,
『写真工業』,52 (8), 27–37 (1994).
5)岩野治彦,
「写真保存技術の現状~家庭での保存を中心に」
,
『写
真工業』,49 (9), 27–33 (1990).
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