主題 移行期の連携における教育的ニーズに応じた支援の充実 ~小学校から中学校に効果的な支援を引き継ぐために ~ 熊本市立山ノ内小学校 教諭 森川義幸 要約 小学校から中学校へと児童のライフステージが変化する際、それぞれの機関が一 貫性のない支援をしてしまえば、支援の連続性が失われ、その効果を十分に発揮す ることができない。支援者が連携し、一人一人の子どもの育ちについての情報を引 き継ぎ、それに基づいて、一貫性と継続性のある効果的な支援ができれば、より自 立的な生活や学習の学びやすさにつながっていくと考えられる。 本研究を通して、小学校と中学校の連携の効果的なあり方が明らかになった。 〈キーワード〉 移行期の支援 支援の継続性 小中連携 個別の指導計画 手順書 Ⅰ 研究主題設定の理由 1 今日的な課題から 平 成 24 年 12 月 に 出 さ れ た「 熊 本 市 特 別 支 援 教 育 推 進 計 画 」は 、 「熊本市第 6 次総合計 画」及び「熊本市教育振興基本計画」の分野別計画として位置付けられている。本計画 で は 、基 本 目 標 と し て 、 「 一 人 一 人 の 育 ち を 支 え る 特 別 支 援 教 育 の 充 実 」が 示 さ れ た 。こ れは、 「 特 別 な 支 援 を 必 要 と す る 幼 児・児 童・生 徒 一 人 一 人 の 自 立 や 社 会 参 加 に 向 け 、適 切な指導及び必要な支援の充実を図ることで、すべての人々がいきいきと活躍できる共 生社会の実現」を目指そうとするものである。本計画の基本目標を達成するために、子 どものライフステージに共通する本市の特別支援教育の柱として 4 つの方針が掲げられ ている。その方針 1 が「幼児期から卒業後まで一貫した支援体制の構築」である。 ま た 、( 他 機 関 と の 連 携 ) の 項 目 で は 、「 特 別 な 支 援 を 要 す る 子 ど も に 就 学 前 か ら 卒 業 後 ま で ラ イ フ ス テ ー ジ に 応 じ た 一 貫 し た 支 援 を 行 っ て い く た め に は 、地 域 の 医 療・福 祉・ 教育等関係機関が連携することが重要です。 ( 中 略 )し か し な が ら 、就 学 や 進 学 な ど 子 ど もが新たなライフステージに進む際に機関間の連携・引き継ぎがうまくいかず、必要情 報が正確に伝わりにくい現状があることが課題」であるとしている。 このような観点から、これまで山ノ内小学校で行ってきた支援において中学校への引 き継ぎがうまくいった取組について考察し、効果的な移行支援の取組の観点を整理する ことは、これからの熊本市の支援を要する子どもたちの移行期における教育的なニーズ に応じる支援に資することであると考えた。 2 自閉症の子どもに対する教育における最近の動向から 特殊教育総合研究所(現在は、特別支援教育総合研究所)の『自閉症教育実践ガイド ブ ッ ク 』( 平 成 16 年 ) の 第 2 節 の 第 3 項 の 中 で 「 入 学 時 は も と よ り 教 室 や 担 任 が 変 わ る - 1 - ことは、自閉症の子どもたちにとっては、混乱を招くことすらある重要な問題」 と書か れ 、「 分 か り や す い 環 境 」「 活 動 の 流 れ を つ か み や す い 環 境 」 を 作 る こ と の 重 要 性 が 指 摘 さ れ 、さ ら に 、 「しっかり引き継ぎをして過去の支援の蓄積を生かし一貫性と継続性を図 ることが新しい環境に最も移行しやすい方策である」と支援の一貫性と継続性を図るこ との重要性が指摘されている。 ま た 、中 京 大 学 の 辻 井 正 次 氏 は 、 「 自 閉 症 児 へ の 支 援 は 変 わ っ た か 」と い う 観 点 か ら「 こ の 10 年 間 で 変 わ っ た こ と 」と「 こ の 10 年 間 で 変 わ ら な い こ と 」を 6 点 ず つ 挙 げ て い る 。 辻 井 氏 は 「 こ の 10 年 で 変 わ ら な い こ と 」 の 一 つ と し て 「 連 携 が 重 要 と 言 わ れ な が ら 、 連携が進まないこと」を挙げている。連携は少しずつ進んできているものの効果的な支 援 に 結 び つ い て い る 取 り 組 み は ま だ 少 な い こ と を 指 摘 し て い る 。「 小 1 プ ロ ブ レ ム 」「 中 1ギャップ」と言われるように全国的な課題であると言える。 以 上 の 観 点 か ら 、「 移 行 期 の 連 携 に よ る 教 育 的 ニ ー ズ に 応 じ る 支 援 の 充 実 」 を 図 り 、 ライフステージの変化による段差をできるだけ小さくするための効果的な連携を追究し ていく本研究は意義深いものであると考え、主題に設定した。 Ⅱ 研究主題について 1 本研究における「移行期の連携」の捉え方 本研究で、小学校から中学校へのライフステージの変化に児童が対応できるように 地域の小学校として、中学校進学に向けて、支援や次の支援者への引き継ぎを円滑に 行うためにはどうすればよいか追究し実践記録にまとめた。 2 「教育的ニーズに応じる支援の充実」とは、小学校から中学校への移行期の支援を 充実させるために重視した次の3点の改善への手立てを行うことである。 ⑴ 見通しを持った早めの連携、引き継ぐための十分な時間の確保 【早期からの継続的連携】 ⑵ 既に行っている取り組みの見直し・改善【機能的な連携】 ⑶ 支援者同士の連携による児童理解の深化とこれまで有効であった支援の引き継ぎ 【実効的な連携】 Ⅲ 研究の構想 1 研究の仮説 小学校から中学校への移行期において、次のような3つの観点から、支援を連続性のある 充実したものにしていけば、児童が自分の力を発揮しやすくなりより自立的な生活や学習が できるであろう。 観点1 早 め に 連 携 を 始 め 、場 所 や 人 に 慣 れ る よ う に 十 分 な 時 間 を 取 り 、見 通 し を も た せ る 。 観点2 幼保小中の連携の取組(連携の日や連絡会等)を見直し、充実させる。 観点3 効果的な支援の内容や方法を確実に引き継ぐ。 - 2 - 2 実践のポイント 研究の仮説をより具体化するために「移行期の支援を改善する手立て」 として、実 践のポイント(仮説の観点)を次のように設定した。 ⑴ 見通しをもった早めの連携 仮説の観点1 早期からの継続的連携 ・1 年間をかけた共同及び共同学習 ⑵ 既に行っている取組の見直し 仮説の観点2 機能的な連携 ・幼保小中連携の日の充実、小中連絡会の充実 ⑶ これまで有効であった支援の引き継ぎ 仮説の観点3 実効性のある連携 ・個別の支援計画、個別の教育支援計画、手順書、教材等 Ⅳ 研究の実際 自閉症の児童には、これまでできていたことでも、場面や人が変わるとうまくできな い と い う 特 性 を も つ 児 童 が い る 。 平 成 19 年 度 か ら 平 成 21 年 度 ま で 担 任 し た 知 的 障 害 を 伴 う 自 閉 症 の あ る 「 た け し 」( 以 下 、 本 論 文 中 の 児 童 ・ 生 徒 の 名 前 は す べ て 仮 名 で あ る ) は、小学校 3 年生のクラス替えの際、学級担任、学級の友達、教室の場所が一度に変わ っ て し ま い 、不 安 か ら 不 適 応 を 起 こ し て し ま っ た 児 童 で あ る 。見 通 し や 安 心 感 が な い と 、 これまでできていたことができなくなってしまう児童であった。 初めて経験することや見通しが立たないと不安になってしまう「たけし」が中学校進 学に対してもつ不安を軽減させ、交流を重ねることで安心感や期待感をもって中学校へ 進学できるように、5 年生の 3 学期から移行支援に取り組み始めた。中学 1 年生の 4 月 を待って支援を始めるのではなく、早期からの継続的な連携を重ね、小学校在学中から 中 学 校 と 交 流 を 進 め 、中 学 校 入 学 後 も た け し の 特 性 や 特 性 に 応 じ た 支 援 を 伝 え る こ と で 、 移行支援を充実させたいと考えた。 1 仮 説 の 観 点 1( 早 期 か ら の 継 続 的 な 連 携 ) に つ い て ⑴ 行事等での交流 交流を行う際、以下の 3 つのことに努めた。①たけしが 安 心 す る よ う に 「 先 生 も 一 緒 で す 。」 と か 「( 6 年 生 の ) 林 田 浩 一 君 も 行 き ま す 。」な ど と 言 っ て 誘 う 。② た け し の 好 き な内容や関心のある内容(風船バレーや料理など)を選択 し、早めに具体的な内容を予告する。③必ず振り返りので きる写真や動画を保護者に送り、共有する。 ① 図1「中学生との初めての交流」 中学生との交流(5 年生 3 月) 3 月 に 中 学 生 に よ る 読 み 聞 か せ(「 3 つ の お 願 い 」 「お 手紙」 「 お む す び こ ろ り ん 」)を 聞 い た り 、( 図 1 )中 学 生 と 「 風 船 バ レ ー 」 や 「 い す 取 り ゲ ー ム 」( 図 2) を し た り して、交流をスタートすることができた。 風船バレーが一番楽しそうであった。イス取りゲーム も中学生の配慮で勝ち残ることができた。 - 3 - 図 2「 イ ス 取 り ゲ ー ム の 様 子 」 ② 同じ中学校校区の小学 5 年生との交流(3 月) 近隣の小学校の 5 年生の久美とたけしは、中学校に進 学すれば、特別支援学級で過ごすことが予想された。そ のため、小学校の段階で顔見知りになっておくことは、 たけしにとって意義が大きいと考えた。教室でお店の広 告を使って一緒に学習をしたり、運動場でサッカーをし た り し て ( 図 3) 交 流 を 楽 し む こ と が で き た 。 ③ 図 3「 一 緒 に サ ッ カ ー を す る た け し 」 中学校体育大会参観(6 年生 5 月) たけしは、中学校の特別支援学級の支援者や生徒と会 い交流することができた。中学校の生徒と応援の保護者 で人が多かったため、長い時間は参観することができな かった。入学後すぐに体育大会の練習が始まるので、6 年生の 5 月に体育大会の雰囲気を味わっておくことで、 見 通 し を も つ こ と が で き た ( 図 4)。 ④ 図 4 「体育大会の雰囲気を味わう」 文 化 祭 「 錦 文 化 の 日 」 へ の 参 加 ( 6 年 生 10 月 ) 中学校の文化祭で、キャンドルやコースターの販売が あり、買い物をしにチャレンジ学級に行き、交流をする ことができた。昨年まで小学校で 5 年間一緒だった中学 一 年 生 の 浩 一 さ ん と 会 っ て 嬉 し そ う だ っ た ( 図 5)。 ⑤ さ わ や か 運 動 会 ( 10 月 ) パークドームで行われた「さわやか運動会」では、た けしが自分から中学生のいる応援席に座りに行く姿も見 られた。教師に促されることなく一緒に過ごす時間をも 図 5「 キ ャ ン ド ル を 買 っ て 代金を支払うたけし」 つことができた。 ⑵ 授業での交流 行事等での交流を繰り返し行ったことで、たけしが落ち着 いて交流ができるようになったので、次のステップとして、 中 学 校 の 学 習 を 体 験 し 、了 解 す る た め に 12 月 か ら 、授 業 へ の 参加を始めた。 ① 調 理 学 習 へ の 参 加 ( 6 年 生 12 月 ) 中学校の家庭科室で、スイートポテトといきなりだんご を調理して食べる交流及び共同学習(生活単元学習)を行 図 6「 あ い さ つ を す る た け し 」 った。9 人の中学生と来年度中学校へ進学予定の 3 人(た け し 、く み 、ゆ う じ ) の 小 学 生 合 計 12 人 が 、3 つ の グ ル ー プに分かれ、一緒に調理を楽しむことができた。 自 己 紹 介 ( 図 6 )、 調 理 ( 図 7 )、 会 食 を す る 中 で 、 中 学 校 の 支 援 者 の 指 示 を 聞 い て 調 理 を し た り 、生 徒 と 話 し た り 、 楽しく活動することができた。カメラを向けられて、同じ グループの生徒と肩を組んで写るたけしの姿が見られた。 - 4 - 図7「イモの皮をむくたけし」 ② 中学校での体験授業(6 年生 2 月) 中学校の授業に 2 時間(社会科・英語科)参加した。チャレンジ学級の生徒 9 人 に 入 学 予 定 の 6 年 生 3 人 が 加 わ り 12 人 で の 学 習 と な っ た 。交 流 を 行 う た び に 中 学 校 の支援者やチャレンジ学級の生徒とも慣れてきているので、たけしも安心して話を 聞 く こ と が で き た 。 2 時 間 と も 集 中 し て 学 習 す る こ と が で き た ( 図 8・ 図 9)。 社 会 科の学習は、いろいろな食べ物がどの国のものか考え、地図に貼っていく活動であ った。果物やパッケージを示しながらの説明だったので、たけしも注目してよく聞 いていた。 図 8「 社 会 科 の 授 業 を 受 け る た け し 」 ⑶ 図 9「 英 語 科 の 授 業 を 受 け る た け し 」 中学校へ進学するイメージをもたせるために 小学校の卒業や中学校の入学 を イ メ ー ジ で き る よ う に (図 10) の よ う に 視 覚 的 に 小 学 校 を 卒業した後、中学校へ進学する ことを示し、たけしが理解でき るようにした。1 年間交流をし た中学校の支援者や中学生の写 真を 1 月から 3 月まで繰り返し 示し、これまでの交流を視覚的 に振り返ることもできた。一番 下の段は支援者の写真と名前、 下から2段目は、友達の写真と 名前が書いてある。 2 図 10「 小 学 校 卒 業 と 中 学 校 入 学 の 視 覚 化 」 仮説の観点2(機能的な連携)について ⑴ 幼 保 小 中 連 携 の 日 ( 錦 ヶ 丘 中 学 校 開 催 )( 6 年 生 6 月 ) 中学校の授業を参観した後、情報交換会が行われ、たけしの小学校から中学校への 移行支援に向けた今後の取組についても中学校の支援者と話合いを行った。 ⑵ 幼 保 小 中 連 携 の 日 ( 山 ノ 内 小 学 校 開 催 )( 6 年 生 1 月 ) 小学校でのたけしの学習の様子を錦ヶ丘中学校の特別支援学 級 の 支 援 者 に 見 て も ら っ た 。中 学 校 の 支 援 者 が 入 学 予 定 の 児 童 の 学習の様子を共有できるように授業の様子を動画で撮影したり、 ど ん な 教 材 を 使 っ て い る の か 確 認 し た り し て い た 。授 業 後 の 話 合 図 11「 連 携 の 日 の 学 習 の 様 子 」 - 5 - い で は 、 3 学 期 の 交 流 に つ い て も 、 話 し 合 う こ と が で き た ( 図 11)。 こ れ ま で 中 学 校 で の 交 流 の 姿 は 見 て も ら っ て い た が 、合 わ せ て 小 学 校 で の 視 覚 的 な 支 援 や 学 び 方 を 見 てもらうこともできた。 ① 見通しが分かりやすいスケジュールの提示 小 学 校 で 使 っ て い た ス ケ ジ ュ ー ル( 図 12)を 中 学 校 の 支 援者に伝えることと併せて、視覚支援に関する書籍や構造 化 に 関 す る 書 籍 を 渡 し て 、参 考 に し て も ら っ た 。そ の 結 果 、 中学校でも、スケジュール等の視覚支援を工夫され、たけ しが見通しをもって自立的に行動できるようになった。 ② 学習に関する支援(ワークシステム) 図 12「 小 学 校 時 の ス ケ ジ ュ ー ル 」 国語と算数の学習内容やたけしの集中力や文字を書くと きの丁寧さ等についても、うまくいった支援のエピソード 等交えながら、中学校の支援者に伝える場をもった。学習 内容に関しては、中学校に慣れるまで小学校で学習していた テキストやプリントをそのまま引き継いで使ってもらった。 ワ ー ク シ ス テ ム( 図 13) と し て 使 っ て い た ト レ イ も 慣 れ た も 図 13「 小 学 校 時 の ワ ー ク シ ス テ ム 」 のを使うことで安心感が増すことが期待されたので、引き続 き 使 っ て も ら う こ と に し た 。小 学 校 時 の ワ ー ク シ ス テ ム( 課 題 の 入 っ た 右 側 の ト レ イ を左側に移し、トレイがなくなったら、学習が終わる)をそのまま使うことで、学 習 に 見 通 し を 持 ち 、 中 学 校 で も 50 分 間 の 授 業 に 集 中 し て 取 り 組 む こ と が で き た 。 3 仮説の観点3(実効的な連携)について ⑴ 引き継ぎ 書面による引き継ぎの内容は以下の通りである。 ○個別の教育支援計画 ○個別の指導計画(4 年から 6 年) ○心理検査の結果・診療情報提供書等 ○ ニ ー ズ 調 査( 5 年 時 の も の・中 学 校 進 学 に 向 け て 保 護 者 に 書 い て い た だ い た も の ) ○通知表の評価(4 年から 6 年) ○学年ごとの取組をまとめたもの ○小学校で使っていた手順書(卒業式・入学式) ⑵ 新しい生活に見通しを持つために 平 成 22 年 度 か ら 錦 ヶ 丘 中 学 校 の 特 別 支 援 学 級 の 生 徒 が 増 え 、特 別支援学級の支援者が 5 人になった。たけしは、特別支援学級の 新 2 年生及び新 3 年生の生徒とは交流を進めてきており、顔見知 りになってきている。しかし、4 月の異動で昨年から引き継ぎを 行ってきた中学校の特別支援学級の支援者 3 名の他にたけしが接 したことのない支援者が 2 人増えることになった。そこで、たけ 図 14「 新 し い 支 援 者 の カ ー ド 」 しが名前と顔を覚えて、入学することができるように、写真をも ら っ て カ ー ド を 作 成 し 、 た け し に 渡 し た ( 図 14)。 ま た 、 ク ラ ス 発 表 の 日 に 山 ノ 内 小 学 校 の 卒 業 生 の 写 真 を ま と め て 、同 じ ク ラ ス で 過 ご す こ と に な る 生 徒 の カ ー ド も 作 成 し た 。 - 6 - ⑶ 学習の内容や学び方の特性を共有するために 中学校への移行支援の一つとして、学習方法と内容を丁寧に引き 継 ぐ こ と は 重 要 な こ と で あ る 。そ こ で 、春 休 み 中( 4 月 7 日 )に 、錦 ヶ丘中学校において学習の様子と支援の様子を中学校の支援者に見 て も ら う 場 を 設 定 し た ( 図 15)。 た け し に と っ て 、入 学 前 に 、 場 所 だけを中学校に移して、慣れた小学校の支援者と学習をする経験 ができたことは、新しい環境での学習に慣れていく上で意義のあ る支援だったと考える。書面ではなかなか伝わらない学習中の様 子、文字を書く速さや丁寧さ、言葉かけや声の大きさ、支援者の 図 15「 引 き 継 ぎ の 様 子 」 位置等を引き継ぐことができた。 保護者にも一緒にたけしの学習の様子を見てもらったが、中学校に場を移しても、予 想していたよりも集中して学習に取り組むことができたので安心されたようだった。 ⑷ 入学式に見通しを持って参加できるように 入学式の前々日にたけしと保護者と中学校へ行き、小 学校の卒業式で使った手順書を参考にして中学校の支援 者 が 作 成 し た 入 学 式 の 手 順 書( 図 16)を 見 せ て も ら っ た 。 入学式の前日、会場設営後の体育館で 2 段階に分けた リハーサルを行った。 1 回目のリハーサルにおいては、たけしが設営後の体 育館を見学し、その後、チャレンジ学級に戻り、その間 に 部 活 動 に 来 て い た 中 学 生 を 来 賓 席 、職 員 席 等 に 座 ら せ 、 図 16「 入 学 式 の 手 順 書 の 一 部 」 在校生席にも並ばせた。 2 回 目 の リ ハ ー サ ル で は 、 部 活 の 生 徒 150 人 が 体 育 館 に座っている状態で新入生役の野球部の生徒について入 場、拍手の中で入場する練習や人のいる中で氏名点呼を する練習を行った。 錦ヶ丘中学校の入学式は、長時間であったが、手順書 を見て見通しを持たせたり、イヤーマフで聴覚の過敏さ を 軽 減 さ せ た り し な が ら 、落 ち 着 い て 参 加 で き た( 図 17)。 図 17「 入 学 式 の 様 子 」 Ⅴ 考察 1 仮説の観点1(早期からの継続的な連携)について ⑴ 早期からの計画的な取組ができた。小学校 5 年生の 3 学期から1年間をかけて中 学 校 と 連 携 し て 移 行 支 援 を 行 っ た こ と に よ り 、た け し が 安 心 感 を も つ こ と が で き た 。 ⑵ 錦ヶ丘中学校での中学生との交流及び共同学習は、はじめは緊張していたが、繰 り返し一緒に活動を行う中で、次第に中学校が安心できる場所であること、中学校 の支援者が信頼できる人であることを感じ取っていった。行事への参加は初期の不 安が強い時期には、児童の調子によって参加する時間を調整できるので、行事やレ クリエーション的なものの方がよい面がある。交流を繰り返し行う中で、中学校進 学への不安を減らし、安心感や新しい生活への期待感が膨らむような取組を行うこ - 7 - とは、たけしの移行支援としてたいへん有意義なものとなった。 ⑵ 6 年 生 12 月 の 調 理 は 、た け し の 得 意 な 分 野 で あ っ た た め 、イ モ の 皮 を む い た り 、 つぶしたりできる活動が多く、中学校の支援者の指示を聞いて、活動できる場面が 多く見られた。調理の手順が視覚的に示してあったこともあり、たけしも活動の見 通しがもちやすかったようだ。得意なことを活用していくことで移行がスムーズに 進むことを感じた。 ⑷ 入 学 前 に 12 月 の 料 理 と 2 月 の 体 験 授 業 で 中 学 校 の 学 習 を 体 験 す る こ と が で き た こ とは、たけしにとっても、意義が大きかった。中学校の支援者も、交流を繰り返す 中で小学校の支援者のたけしへの関わり方を見たり、体験授業で実際に支援をした りすることで、特性や支援の仕方をつかんで、4 月を迎えられたことが大きな成果 だった。 以上述べたように、早期に移行支援を始めた結果、たけしが中学校の支援者に対し ての信頼感や安心感をもつことができた。そのために入学式への参加も落ち着いたも の と な っ た 。中 学 校 の 支 援 者 も 小 学 校 時 に た け し の 特 性 を 知 る 機 会 が 多 か っ た た め に 、 必要感をもって取り組んでもらった。引き継いだ手順書を基にたけしが見通しのもて る手順書を作ったり、入学式の事前のリハーサルを分かりやすい形で行ったり効果的 な支援ができたことで、入学式への参加もうまくいったと考える。 2 仮 説 の 観 点 2 ( 機 能 的 な 連 携 ) に つ い て ・ ・ ・「 幼 保 小 中 連 携 の 日 」 の 見 直 し ⑴ 仮 説 の 観 点 1 で 述 べ て き た よ う に 小 学 校 と 中 学 校 の 連 携 に つ い て は 、平 成 21 年 度 の 取 組 を 経 て 、 錦 ヶ 丘 中 に 進 学 す る 他 校 の 子 ど も に と っ て も 、 よ い 取 り 連 携 が で き 、 22 年度以降も学期ごとに1回程度交流及び共同学習を行っている。連携の日の話の内容 も中学進学を見据えたものになってきている。充実した移行期の支援につながってい ると感じている。6 月の中学校開催の「幼保小中連携の日」の前に 1 度交流をしてお くと、どんな子どもなのかを共有できているため、今後の交流の見通しなど、具体的 な 話 が で き る と 感 じ て い る 。平 成 23 年 度 は 、特 別 支 援 学 級 の 子 ど も が 2 名 山 ノ 内 小 学 校から錦ヶ丘中学校へ進学する児童がおり、通常学級からも支援学級への進学を検討 された保護者がいたので、1学期に中学校へ説明を聞きに行き、児童 も交流及び共同 学習に参加できたので滑らかな連携につながった。 (2) 取 り 組 み 前 と 比 べ 、 充 実 し た 移 行 期 の 支 援 が 行 わ れ 、 通 常 学 級 の 子 ど も の 移 行 支 援 においても効果的な引き継ぎができつつあると考える。日常的な交流及び共同学習の 取り組みの先に「安心して進学できる移行期の支援」があると考えている。 3 仮説の観点3(実効的な連携)について ⑴ 小学校でうまくいった支援を中学校でも使い、引き継ぐ 不安感を軽減し、安心感を高めるために顔写真と名前のカードを作って事前に渡 す方法は、小学校 4 年生から 5 年生へのクラス替えで効果のあった方法である。こ の支援は、同じクラスの生徒の写真をカードにして、名前と顔が早く一致するよう に渡してあり、入学後も活用されている。 - 8 - ⑵ 実際に学習支援を見て実態をつかむことができること 中学校の支援者も、これまで新入生のそれぞれの実態をつかむまでの間、何がど のくらいできるのか把握しながら学習指導を行っていたが、今回、春休みに小学校 で行っていた学習を中学校で行い、実際のたけしの学習支援を見たり言葉かけを聞 いたりしたことで、入学式の翌週から学習に入ることができたと中学校の支援者か ら聞いた。 ⑶ 児童が慣れた環境やスケジュールを引き継ぐことの重要性 支援を一貫性と連続性のあるものにしていくために、児童の実態と小学校で実際 に有効だった支援や経験のある学習方法等を具体的に伝えていくことが必要である と考える。卒業式で実際に使った手順書やスケジュールやワークシステムといった 児童にとって「分かりやすい方法」や「学びやすい環境」を伝えていくことが重要 である。実際に使った視覚的な支援の入った手順書や使いかけのドリルなどは、中 学校の支援者にも喜ばれた。 ⑷ 文書による引き継ぎ 文書による引き継ぎのよさは、これから関わる複数の支援者に文字として伝わる ことであろう。直接関わる中でしかつかめないこともあるが、直接支援を引き継ぐ ことができる人数は限られている。4 年生から 6 年生までの記録を取りまとめて引 き継いだため、量が多くなってしまった。今後、内容を整理して、中学校へ進学す る際、優先順位の高いものが何か、小中連携の会の中で検討していきたい。 Ⅵ 研究のまとめ 1 連携の充実による児童の変容について ⑴ 母親から「中学校へ進学することは昨年あたりから本人も何となく分かってきて 強い不安感を持っていました。中学校の敷地に入ることすら嫌がっていました。最 近は中学校での交流を繰り返すうちに、たけしなりに進学を受け止められるように な っ て き て い る よ う に 思 い ま す 。」と い う 感 想 が あ っ た 。ま た 、た け し の 主 治 医 か ら も、 「 見 通 し が 立 た な い と 不 安 が 大 き く な る お 子 さ ん と お 母 さ ん な の で 、と て も よ い 取組をされた」という言葉を頂いた。これらの発言からもこの取組の有効性が分か る。 ⑵ 小学校段階で中学生との交流を数多く行ったことで、入学後も落ち着 いて過ごす ことができている。中学校進学後の学習でも、運動会や文化祭や教育キャンプ等の 行事でも、自分の力を発揮している姿が見られた。 ⑶ 中学校進学に向けた支援については、考察でも述べたように充実してきていると 言える。中学校校区として、年に 2 回の連携の日と学期に一回程度の「交流及び共 同学習」を中学校での生活を見通し、支援につながる機能的ものになってきた。子 どもの発達段階や特性の理解を深め、それに基づいた支援を引き継ぎ蓄積していく 仕組みができつつあると考える。今後、年 2 回の連携の日については、中学校側が 欲しい情報と小学校側が伝えたい情報をさらに検討しながら、効果的な支援につな がる「交流のあり方」と「計画的な引き継ぎ」を誰が担当してもできるようなより よい仕組みにアレンジしていきたい。 - 9 - 2 研究の成果 ⑴ 仮説1(早期からの継続的な連携)について 本実践において、早期から継続的な連携を行うことは有効であった。移行期におけ る支援を充実させるために、支援の開始を早い時期に設定することは、有効であるこ とが分かった。 ⑵ 仮説2(機能的な連携)について 中学校との連携においては、交流及び共同学習を充実させることができた。これら のことから、移行期における支援を改善させるために幼保小中連携の日を見直し、機 能化させたことは、有効であることが分かった。中学生が小学生との交流を楽しみに しており、力を伸ばす場にもなっているという中学校の担任の感想があった。小学生 にも中学生にも効果があり、力を発揮することにつながっていることが分かった。 ⑶ 仮説3(実効的な連携)について 効果のあった支援を、実際に使った手順書を渡すこと、スケジュールの提示の仕方 や場の構造化が小学校で使っていたものと同じ、あるいは似ていることは、子どもの 安心感につながり子どもたちがもてる力を発揮するために、効果的であることが分か った。 4 研究の課題と今後の志向 ⑴ 通常学級在籍の児童への支援については、通常学級から支援学級への進学には対応 できた事例が数例あるが、通常学級から通常学級への進学については、まだ取り組む ことができていない。移行支援シート等を活用して、通常学級の児童についても引き 継ぎが必要な児童については丁寧な引き継ぎや入学後のフォローが必要である。 ⑵ 引き継いだ支援者が異動になるケースも経験してきた。 受け入れる側は一人で情報 を引き継ぐのではなく、複数で引き継ぎを進めたりチームで情報を共有したりしてい くことが必要である、今後の大きな課題である。 おわりに 連携や移行支援の取組の中で、小学校だけではできない部分が大きいことに改め て 気 付 い た 。子 ど も た ち の 育 ち を 支 え る 移 行 支 援 を 行 う た め に は 、保 健 師 や 幼 稚 園 、 保育園の支援者、中学校の支援者、医療機関や療育機関の支援者と連携していかな ければならない。地域の支援者同士の顔の見えるつながりと支えあいが求められて いるのだと思う。 連携した移行支援に継続的に取り組むことは、保護者の信頼や子どもの確かな育 ちにつながっていることを感じる。これからも連携を大切にしていきたい。 参考文献 独立行政法人国立特殊教育総合研究所編著、 『自閉症教育実践ガイドブック~今の充実と 明 日 へ の 展 望 』、 ジ ア ー ス 教 育 新 社 発 行 、 2004 年 独 立 行 政 法 人 国 立 特 別 支 援 教 育 総 合 研 究 所 編 著 、『 発 達 障 害 支 援 グ ラ ン ド デ ザ イ ン の 提 案 』、 ジ ア ー ス 教 育 新 社 発 行 、 2009 年 本間博彰監修、村山哲郎・函館圏療育カルテ推進グループ編 『生涯にわたる切れ目のな い 支 援 を 実 現 す る 自 閉 症 児 の 療 育 カ ル テ 』、 明 石 書 店 発 行 、 2010 年 - 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