デジタル地図を用いた建物抽出のためのモデルフィッティング手法に関する研究

デジタル地図を用いた建物抽出のためのモデルフィッティング手法に関する研究
中川 雅史, 趙 卉菁, 柴崎 亮介
東京大学 空間情報科学研究センター 柴崎研究室
E-mail: [email protected]
キーワード : SNAKE, テンプレートマッチング, 高解像度画像, 地図更新
概要
今後都市においてさまざまな形態や内容の空
間データが利用されることが予想されている.空
間データの取得に際しては、さまざまなデータを
統合することが有利である.たとえば,地上におい
ては,レーザーセンサで取得した3次元データと
CCDで取得した画像データを組み合わせる手法
がある.一般的にレーザーセンサは直接3次元デ
ータを取得できるものの,解像度は低い.一方,
CCD 画像の解像度は充分高く,また対象物の認
識などに有用な情報を含んでいるものの,3次元
形状データの抽出にはステレオマッチングなどの
方法が必要であり,信頼性に限界がある.両者を
組み合わせることで,高解像度の3次元情報を自
動的に作成できる可能性がある.
こうした多様なセンサデータを統合的に利用す
る方法として,モデルフィッティングによる方法が
注目されている.これは,あらかじめ対象物の形
状などをパラメトリックに記述するモデル群を仮説
として用意しておき,得られたセンサデータへの
適合度が高くなるように,モデルを選択し,同時に
モデルのパラメータ値を決定する方法である.
本研究では,高分解能衛星画像からの建物抽
出を例として,建物の形状変化に着目した方法に
おいた,モデルフィッティングによる建物異動検出
の試みを行った.高分解能衛星画像を使用して,
建物の輪郭を抽出する手法を自動化・効率化する
ことを目的とし,どのような条件のときにモデルの
フィッティングが使用できるかを中心にしてまとめ
る.
として用意しておき,得られたセンサデータへの
適合度が高くなるようにモデルを選択し,同時に
モデルのパラメータ値を決定する方法である.
本研究では,高分解能衛星画像を使用して,
建物の輪郭を抽出する手法を自動化・効率化す
る問題を例題に,モデルフィッティングによる
方法を比較・検証することを目的とする.その
際,モデルフィッティングの成功ないし不成功
を指標に,
「成功率」がどのような条件下で変化
するのかを中心にまとめる.
まず,この画像中から数十箇所の建物をサン
プルとして選び,うまくフィッティングするも
のとしないものに分類し(2 章)
,特にフィッテ
ィングがうまくいかなかった建物に関して,フ
ィッティング結果の初期値依存性をある程度,
考慮にいれたうえで,初期値を再入力して,再
度フィッティングを行う(3 章).テンプレート
マッチング,及びSNAKEによるモデルフィッティン
グの結果を建物異動の検出率,建物形状データ
の更新成功率として,全自動段階での成功率,半
自動までいった段階での成功率等,いわゆる自動
化度でそれらの結果を分類する(4 章)
.
以上をまとめることで,モデルフィッティン
グによる建物抽出を行うための条件を探る.こ
れら一連の地図更新プロセスを図1 に示す.
デジタル画像
既存の住宅地図
モデルフィッティング手法
による地図更新プロセス
初期値
モデルフィッティング
成功
“変化なし”
(テンプレートマッチング)
マスキング
“新築”
1 はじめに
画像などの多様なデータから対象物を抽出す
る手法として,モデルフィッティングによる方法が
注目されている.これは,あらかじめ対象物の形
状などをパラメトリックに記述するモデル群を仮説
失敗
初期値のマニュアル入力 +
モデルフィッティング
失敗
図1
マニュアル
デジタイズ
地図の更新プロセス
成功
“変化なし”
“再築”
“滅失”
“新築”
2 モデルフィッティング
形状変化に着目した手法では,モデルフィッテ
ィングの方法は,テンプレートマッチング(template
matching)及び SNAKEの 2 つに大きく分類される.
テンプレートマッチングは,本研究で定義した言
葉で,一般的な画像処理等におけるものとは異な
る.ここでは,建物形状を初期値として与え,各辺
を直線のまま平行移動させることにより,画像上の
建物にフィットさせるものである.
SNAKE に関しては,ここでは,建物形状の各頂
点を固定して,各辺を変形させるというモデル変
形法と定義している.
形状変化の抽出にあたっては,はじめにテンプ
レートマッチングを行い,次に SNAKE を適用して
いる.これは,初期モデルと実際の画像上の建物
位置が大きく異なっている場合に SNAKE のような
自由度の高い探索を適用すると,最適値にうまく
収束しないのではないかという考えに基づいてい
る.
既存の住宅地図(数値地図)が存在し,単画像
を利用して住宅地図を更新することを前提として,
住宅地図からの建物データを初期モデルとして,
モデルフィッティングをエッジ抽出画像に対して行
う.初期モデルからフィッティング後のモデルへの
形状変化がある一定の値を越えた場合には建物
の滅失,あるいは建て替えが生じたと判断すること
にした.
図 2-2
ゼンリン地図
2.2 SNAKE
SNAKE に関しては,以下の式を用いた.
Etotal=ω1 Einternal +ω2 Eexternal →optimize (式 1)
Etotal;総エネルギー
Einternal ; 内部エネルギー項
Eexternal ; 外部エネルギー項
ω1 ; 内部エネルギーの重み
ω2 ; 内部エネルギーの重み
図 2-3 に内部エネルギーの評価方法の概念を
示す.内部エネルギーは,各辺の形状により決ま
る.形状は中間点(snaxels)の間隔と中間点前後で
のセグメントが互いになす角により表現されてい
る.
・・・ モデル形状の評価
2.1 使用したデータ
本研究では,神戸市における高分解能衛星画
像(IKONOS)の単写真(図 2-1)と,既存のゼンリ
ンの住宅地図(ベクトルデータ)(図 2-2)を使用し
た.これは,建物が密集し,新築・滅失・再築した
建物が散在する市街地の典型的なケースである.
SNAKE
Corner point
=Free
[Length]
図 2-3
図 2-1
IKONOS 画像(1999)
[Curvature]
内部エネルギー
図 2-4 に外部エネルギーの評価方法の概念を
示す.外部エネルギーは画像エッジと建物境界線
との一致度で評価される.境界線上のエッジ強度
(2次微分で表現される)の総和で表現される.
る境界がほとんど一致している.そのため,想定ど
おりの結果となっている.
・・・ モデルの境界線を画像中のエッジに最適化させるもの
赤線 は最適化を行った結果
青線 はエッジを示す.
平行移動
平均エッジ強度
→最大化
図 2-6
図 2-4
外部エネルギー
なお,建物形状モデルと画像のフィッティン
グは,テンプレートマッチング(辺の平行移動)
と,SNAKE(辺の形状変化)の両方により行わ
れる.
今回は,ω 1 とω2の値は,同じ値を取る.経
験則から,ω1=1.000000,ω2=0.250000 を
デフォルト値として設定した.デフォルト値で
フィッティングがうまくいかない場合,これら
のパラメータ値を変化させ,うまくフィッティ
ングをする値を探った.
失敗例
図 2-6は,失敗例を示している.この例では,地
図から与えられた初期値が実際の建物と大きく食
い違い,しかも初期値の中に別の建物と思われる
ものが含まれているため,エッジフィッティングが
その建物に引きずられている結果になっている.
また,本体のエッジもそれほど強くなく,別の建物
に引きずられるほどではない.なお,地図上の初
期値と画像から判別される境界との食い違いは,
大規模な建物でもよく見られる.建物形状が地上
部と上層部で異なる場合には,地図初期値は,地
図の作成規定に従って,地上と接する部分の形状
を表現するのに対し,画像から判読しやすい建物
形状は,一般に上層部の形状であることがあるた
めである.その一例を図2-7 に示す.
2.3 フィッティング結果
テンプレートマッチング,及び SNAKE によるモ
デルフィッティング手法を適用した結果を以下に
示す.
図 2-7
図 2-5
複雑な建物の場合の結果
成功例
図 2-5は,成功例を示している.この例では,建
物の屋根が背景に比べて明るく,エッジが明瞭に
見えることから,モデルフィッティングもエッジ上に
正確に位置付けられている.また,建物形状が単
純であり,地図上の初期値と図形上に実際に見え
2-4 モデルフィッティング成功の判別
このように,地図から得る初期値の精度,周辺
の建物状況,対象建物のエッジ強度などにより,
モデルフィッティングが失敗するケースもある.こう
した失敗ケースが生じることを考慮しながら,モデ
ルフィッティングの結果から建物が異動したかどう
かを決定することが重要となる.そこで,モデルフ
ィッティングの結果,つまり初期形状から最終形状
までの変化量に着目することにより,建物異動が
生じたかを判定する.ここでは,移動量が十分小
さいものだけを自動的に抽出するために,成功の
基準を厳しくすることとしている.フィッティング前
後でのコーナーポイントの移動量が3ピクセル以
下の場合には,地図から得られる画像上の建物と
フィッティング形状がほぼ合致しているとみなして,
変化なしと判定することにした.これらの概要を図
2-8 に示す.それ以外の建物は,最終的な決定を
するために,次のステージに送られる.
どうやって自動的に「成功」を判別するか?
既存の地図
⊿length
⊿Y
⊿X
モデルフィッティング
コーナーポイントの
距離を計算する
Model fitting
建物端
・平均値は
3pixels 以下.
成功
<図 2-8:モデルフィッティング成功の判別>
これによると,実際には変化なしだった建物 40
件のうち,22 件が変化なしに判定されている.18
件が次の段階に送られることとなった.また,再築
では 5 件のうち3 件が変化なしであった.これは,
このような市街地においては建物密度が高く,敷
地形状の制約が大きいためほとんどの場合,大き
な形状変化がないためであると考えられる.「変化
なし」建物の半分近くが判定できなかったことから,
判定基準がやや厳しかったとも考えられるが,市
街地においては形状変化だけで発見することは
容易ではないことが確認された.
2.6 新築建物の検出
新築建物に関しては,既存住宅のデータが存在し
ないことから,モデルフィッティングをそのまま適
用するのは,困難である.そこで,新築建物に関し
ては,マスキング手法を利用した.これは,既存の
数値地図を用いて生成するもので,建物部分は
透明に,建物のない部分を半透明に着色させるこ
とにより,画像中からの新築物件の発見を容易に
するものである.図 2-10 にマスキングの結果を示
す.サンプル数が少ないために新築建物の発見
確率は,ここでは評価できないが,対象地域にお
ける 5 件の新築物件の全てをマスキングにより発
見することができた.
2.5 テンプレートマッチングによる結果
以下に示す表 2-9 は,「変化なし」建物の自動
判定と,実際の建物変化との対応関係である(全
部サンプル数 45 件).
表 2-9
「変化なし」建物検出テストの結果
実際の建物変化
“変化なし”
分類結果
55%(22/40): 建物検出に成功
45%(18/40): 検出できなかったので,
図 2-10
マスキングの例
次ステージへ移行
“再築”
60 %(3/5): 変化なし ( 分類失敗)
40% (2/5): 検出できなかったので,
次ステージへ移行
3 初期値のマニュアル入力,及びモデルフィ
ッティング
形状変化から「変化なし」と結論づけができなか
った建物に関しては,目視で変化を確認し,モデ
ルの初期値を再入力することで,形状データの更
新を支援する.形状が比較的簡単な場合には,テ
ンプレートマッチングにより建物形状データを取
得し,複雑な場合には,建物の頂点をマニュアル
でポインティングし,境界線を SNAKE により引くこ
とにした.
図 3-1 は,比較的単純な建物に対して,初期値
をテンプレートマッチングの例である.この場合は,
建物頂点近くに適当に初期値を置くことで,辺が
自動的に平行移動し,形状が決定される.
マニュアルで初期値
再びフィッティング
を再入力
を行った結果
図 3-1
テンプレートマッチングの結果
図 3-2は,複雑な形状を持つ高層建物に対して,
SNAKE を適用した例である.高層建物において
は,地図上の形状と画像上の屋根形状が顕著に
異なるケースが多い.これは,その例であり,こうし
た場合には,建物高さが必要になるか,もしくはマ
ニュアルによる初期値の入力が必要となる.
テンプレートマッチング,及び SNAKE によるモデ
ルフィッティングの結果を建物異動の検出率,建
物形状データの更新成功率として,表 3-3 にまと
める.
4
建物抽出の成功率,及び自動化率
全自動段階(モデルフィッティングのみ)での成
功率と,半自動までいった段階(初期値を簡易再
入力した上でのモデルフィッティング)での成功率
を表 4-1 に示す.全自動レベルでは,変化なし建
物の 55%のみが自動抽出に成功している.再築
建物は,5 件中 3 件が変化なしと判定されており,
これは半自動でもリカバリできないので,半自動化
レベルでも失敗としてカウントしてある.
他のものに関しては,目視により正しく判定でき,
形状データもテンプレートマッチング,及び
SNAKE で全て生成できたので, 各成功率は
100%となっている.
表 4-1
建物抽出の成功率
テストの全結果(1)
<建物抽出の成功率 >
自動化レベル
成功
変化なし(40)
再築
滅失
新築
デジタル地図中の建物
初期値をマニュア
を初期値としたもの
ルで入力したもの
図 3-2
(5)
(5)
半自動化レベル
失敗
成功
変化なし(18)
失敗
55%
45%
100%
0%
0%
100 %
再築
(5)
40%
60%
0%
100 %
滅失
(5)
100%
0%
------
------
新築
(5)
100%
0%
サンプル数は55
高層建物における SNAKE の結果
表 3-3 マニュアルによる初期値入力とモデルフ
ィッティングの結果
テンプレートマッチング
SNAKE
成功率
変化なし 50%(9/18)
成功率
変化なし
新築
60%(3/5)
新築
100%
9/9
100%
再築
80%(4/5)
再築
100%
更に,形状データなどの自動化率という観点から
評価したものが表 4-2 である.形状データの作成
まで,どの程度,コンピュータ支援により作業がで
きたかを示している.完全なマニュアルデジタイズ
作業をする必要は,全くないことがわかる.
表 4-2
建物更新の自動化率
のとすることが望まれる.こうした観点から,建物高
さ,屋根テクスチャによる変化検出手法の検討を
行う必要がある.
テストの全結果(2)
<自動化率 >
変化なし(40)
再築
滅失
新築
半自動化レベル
自動化
レベル
テンプレート
マッチング
55%
SNAKE
22.5%
22.5%
(5)
0%
20%
20%
(5)
0%
100%
------
(5)
------
60%
40%
マニュアル
デジタイズ
0%
サンプル数は55
4 まとめ
本研究では,高分解能衛星画像を使用して,建
物の輪郭を抽出する手法を自動化・効率化するこ
とを目的とし,どのような条件のときにモデルのフ
ィッティングが使用できるかを中心にしてまとめ
た.
これらを総括すると,以下の2点に集約される.
・正確な初期値(地図データ)が必要.
・適切なエッジマップの作成が必要.
特に,初期値の値によって,フィッティングの結
果が大きく変わることが今回の研究でわかった.
今回のように,
・まず,モデルフィッティングを行う;
・うまくいかなかったものに関して,初期値を再入
力し,再度モデルのフィッティングを行う;
・それでもうまくいかなかったものに関しては,詳
細なベクトルデータの作成を行う.;
という一連の作業によることで,建物の輪郭を抽出
することに関して,大幅な自動化や効率化を図れ
るものと考えられる.
住宅地図の更新の自動化にも十分,応用できる.
更新すべき建物を見つけることは,まだ大変であ
るが,作成した地図データを更新することは,より
容易となる.まだオペレータによる手作業も必要で
あることは否めない.しかし,モデルフィッティング
による建物の容易なトレース方法により,それほど
の熟練度は要求されなくなるだろう.
変化なし建物数が実際の作業においては,大
変多いことを考慮すると,変化の判定を建物高さ
やテクスチャ等の情報も取り込んで,より確実なも
参考文献
MICHAEL KASS, ANDREW WITKIN, and
DEMETRI TERZOPOULOS, 1988.
Snakes
(Active Contour Models). International Journal
of Computer Vision, pp321-331.