諸外国における小規模水道事業の現状と課題 №8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その5） 公益財団法人水道技術研究センター 竹中 勝信 技術顧問 〈以下、３月号（その４）の続き〉 道事業体は、顧客に対する給水サービスが 乏しい上に、大規模水道事業体に比べて維 ８．アメリカ合衆国の小規模水道事業体が 抱える課題 22 持管理等も含めた技術レベルが低い。また、 連邦政府の規制項目が過去40年間に規制項 2009年度からアメリカ合衆国においては 目が20未満から100以上に増加してきたこ 水道界が直面している主要な課題として異 とに対応しきれていないため、大規模水道 常気象による干ばつがある。その一例とし 事業体に比べ、２倍以上の数の事業体が連 て、アリゾナ州エル・パソ市では2011年に 邦政府の定める水質基準に適合しないで給 異常気象による干ばつで1860年に記録した 水していると言われている。 干ばつの日数、101日間を破って大干ばつ 小規模水道事業体の場合、飲料水の水質 に見舞われた事例がある。 に対する懸念だけでなく、早急に実施しな さらに、大きな課題は、水不足、気候変 ければならない事業がある。前述した老朽 動に対する水道事業への対応である。小規 化した水道施設の更新・補修・改良等の事 模水道事業体は、連邦政府が公布した改正 業のために資本投資のニーズ額と実際の資 安全飲料水法（SDWA）の浄水処理基準 本投資額のギャップが懸念されるので、そ を満たすために、ろ過施設や水質監視に多 のために他からの財源の確保が最重要課題 額な投資が必要となってきている。その費 である。財源が確保できない場合は、小規 用は小規模水道事業体にとっては膨大で、 模水道事業体の身売りも考えざるを得ない 水道事業の経営及び維持管理に大きく影響 など悲観的なことばかりである。 を及ぼしてきている。小規模水道事業体が その他に、倫理的、安全面を理由に退職 所有する施設が償却期限を迎えると、老朽 した技術者の早期補充や、貧しい住民のた 化した水道施設の更新事業が水道料金に跳 めの水道料金の減免措置、水道水へのフッ ね返るので、通常でも財源がない小規模水 素注入などの問題も懸念されている。そこ vol.57 No.3 2012 No.8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その５） で以下に、個々の課題について簡約して記 ８－２．SDWAに対する小規模水道事業 体の対応 述する。 小規模水道事業体のSDWAへの対応は、 ８－１．小規模水道事業体に対する財政方策 維持管理の適正化で済む場合から、自前の SDWAで、小規模水道事業体がろ過施 浄水処理を放棄し近隣の水道事業体から浄 設を既存の水道施設に組み込む浄水処理法 水を受水する場合に至るまで多様な事例が にすると、水道料金が現行に比べどれだけ ある。アメリカ合衆国においては、給水人 の値上げになるか試算すると以下のように 口が3,300人以下の小規模水道事業体は、 なる。 事業体数で82％に相当する４万2,606 ヶ所、 給水人口約2,000人、給水件数720戸、使 給水人口で約９％を占める。そのうち約 用水量32㎥／人・月、月平均水道料金1,280 56％に相当する小規模水道事業体が、給水 円／人という小規模水道事業体の場合、前 人口500人以下の小規模水道事業体である。 述した改正安全飲料水法により飲料水の水 前述したように、飲料水の水質基準違反 質基準項目が年々増加し、それを満たすた の大部分はこの規模の水道事業体で起こっ めにろ過施設を築造し、水質監視を強化す ている。SDWAは技術面、財政面のいず るとなると、改良工事やその他の付帯工事 れも小規模水道事業体を直撃しているので も含めると年間の維持管理費は現行の約３ ある。大規模水道事業体であるニューヨー 倍になる。さらに、年々、水質規制項目が ク市のように、原水である貯水池の水質の 増加してきているので財政基盤の乏しい小 悪化によるEPAとろ過施設の新設の是非 規模水道事業体では人員の確保とそのため の事例のように、小規模水道事業体でも同 の水質分析機器の購入、分析要員の確保な 様な事例が起きている。今後も起こり得る どで頭の痛い問題となる。 ので州政府の指導でEPAも含めて対応し 水道料金への影響としては、既存のろ過 ていかなければならない。その方策につい 施設を有する水道事業体で現行の水道料金 ては以下のようなものがある。 に対して25 ～ 75％、ろ過施設を有しない 水道事業体で100 〜 600％の値上げが必要 １）ろ過設備を持たない小規模水道事業体 となる。ろ過施設のない小規模水道事業体 ろ過設備を持たない小規模水道事業体は への水道料金の影響は表−67に示す通りで もっとも深刻であるが、以下のような選択 ある。 肢から実行可能性、費用、融通性等につい 表−67 ろ過施設のない小規模水道事業体への財政需要と水道料金の影響 項 目 平均財政需要 現行水道 ひと月当たり 料金＊ １㎥当たり 新水道 ひと月当たり 料金 １㎥当たり 増加率 <100 1,500,000円 1,280円 40円 8,960円 280円 600% 101 〜 500 37,200,000円 1,280円 40円 5,952円 186円 370% 給 水 人 口（人） 501 〜 1,000 1,001 〜 3,300 7,380円 150,000,000円 1,280円 1,280円 40円 40円 4,352円 3,680円 136円 115円 240% 190% 3,001 〜 10,000 372,000,000円 1,280円 40円 3,264円 102円 160% （注）現行水道料金は同一と仮定。 水道 23 て十分考慮のうえ選択することになる。ま なるように対応されてき た、SDWA傘下での基準の強化や州によ ている。 る規制への対応、顧客にも受け入れられる b）現状維持の確認 ものでなければならない。 EPAのマニュアルによれば、任意の期間 a）水源水質の保全 で６ヶ月間採取された試料の90％で糞便性 原水の生物や微量有機物、濁度について 大腸菌群、大腸菌群が100㎖中にそれぞれ は、流域での人間の活動を制限することに 20個、100個以下である時は、河川表流水 より改善、維持することができる。小規模 であってもろ過は不要であるとされている。 水道事業体の能力を越えているが、具体的 この場合でも、消毒効果と残留消毒剤濃度 には流域の買収、管理が考えられる。水道 について条件が付されている。また、水源 水の水質は水源の人間の活動に大きく影響 水質の監視、飲料水水質基準の遵守の証明 されるため、小規模水道事業体にとって水 が必要となり、その分、小規模水道事業体 源の保護は重要な課題である。その水源保 に対して費用の増大を招いているのである。 護計画の立案には、一般に以下の５段階か c）水源の変更 らなる。 EPAの規制目標は、良質な原水の確保 ①問題点の把握：汚染の地理的範囲、汚染 を促すことにあるので、この選択肢は２ヶ 物質、汚染源等の把握。 所以上に水利権を持つような場合にのみ考 ②流 域 調 査：地形、降雨量、河川流量、 慮の対象となる。この場合、水質と水量の 植生の情報の収集。 両方ともに信頼できる水利権、水の輸送費 ③汚 染 解 析：汚染物質に関するデータ 用等の試算が必要となる。地下水はEPA を収集し、その流出経路 の表流水処理規程（SWTR）の対象外であ 等につき解析する。 ることもあり、その利用は結果として浄水 ④流 域 管 理 の：法的規制の有無と、その 評価 適用可能性について評価 する。 ⑤計 画 の 立 案：法改正の要請、用途地域 コストを抑えられる場合もあるが、EPA は地下水を含む全ての水道で消毒を義務付 けている。 d）他の水道事業体からの受水 指定による土地開発の抑 もう一つの選択肢は、自前の浄水場を休 制、用地買収等のある場 止させて、離接する都市、郡、町村、民間 合、水道事業体が取るべ の水道会社から給水能力に余裕がある水道 き対策を列挙する。従っ 事業体から交渉して浄水を受水しているの て、小規模水道事業体は である。 経営に水源保護対策を組 24 vol.57 No.3 2012 み入れ、水質のモニタリ ２）ろ過設備を持つ小規模水道事業体 ング、土地利用の規制、 ろ過設備のある小規模水道事業体では、 排水処理の実施等を継続 前述した選択肢の他に浄水処理過程の改良 して、水源開発や浄水処 や変更を行う。 理施設の費用を最小限と さらに、使用薬品の変更や、浄水濁度の No.8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その５） 低減化のために使用ろ材を砂以外に、アン c）人的資源 スラサイトも追加して複層ろ過による高速 小規模水道事業体にとって有用になりう ろ過方式で処理したり、原水として再利用 る財産に人的資源がある。 するために急速ろ過池の洗浄排水の処理を 第一に挙げられるのが小規模水道事業体 行い、場合によっては、ろ過池の洗浄方法 の人材であるが、州政府の人材も同時に の変更等も考えられる。 SDWAの規制の実施の窓口であるから州 a）適正な浄水処理と維持管理 政府によっては必須である。もう一つはア 水質分析室でのジャーテストの結果に基 メリカ水道協会の州支部である。ここでは、 づく凝集剤の適正注入や、濁度計、pH計、 管理者、技術者、州政府等の人間関係を築 流量計、残留塩素計等の水質計器を利用し くためのフォーラムを開催している。この た適切な浄水処理は、浄水処理過程の適正 フォーラムの受講者からの人材発掘も一つ 化の一助となる。特に、河川表流水で高濁 の手法であるので、コロラド州の小規模水 から濁度が下がってくる場合の凝集剤の注 道事業体では採用されている。 入率制御は非常に難しく、失敗すると凝集 さらに、技術コンサルタントの活用方法 不良で、ろ過池の持続時間が通常に比べて で、例えば人材の乏しい小規模水道事業体 極端に減少する。場合によっては、ろ過水 は も っ ぱ ら、 こ の 手 法 で あ る。 例 え ば に高い濁度の水が流出し、知らないうちに SDWAに対応する浄水処理に対して委託 その水が配水池経由で顧客に給水されてし した場合、最も効果的な浄水処理の代替案 まう。その際、顧客から「水道水が濁って を示し、それに必要な浄水施設の設計も実 いる」という苦情が水道事業体に届くまで 施してくれるのである。 はわからない場合が多い。これが、連邦政 ほとんどの小規模水道事業体で最も必要 府の飲料水基準を遵守出来ない理由のひと としているのが財源と共に人材の確保であ つとなっている。 る。何故ならば、SDWAでは、飲料水の水 b）ろ過過程の消毒 質項目が増加に伴い、対処するための技術 SWTRには、原水水質に応じて消毒の基 者の確保が難しい場合には、他の水道事業 準が定められている。消毒の必要度は残留 体の技術者に兼務してもらうことも考えな 消毒剤濃度と有効接触時間の積であるCT ければならない。SDWAは適切な人材の確 値によって測られる。ろ過過程での滅菌効 保が出来ていれば、 対応は何とか出来るが、 果に期待して消毒剤の注入量を抑制してい それでも大中規模の水道事業体に比べて、 る小規模水道事業体では、病原体の不活性 小規模水道事業体へ影響していることは明 化を必要とする。その他、消毒剤の種類や らかである。州政府の指導の傘下で、最終 注入点の選定には、CT値以外にも消毒副 的には飲料水基準に適合した水道水を四六 生成物の生成、州による規制、費用、水質 時中、顧客に給水することが小規模水道事 改善の度合い、維持管理能力、自動化など 業体を問わず、水道事業体の責務である。 について考慮しなければならない。有効接 d）水道水源の変更 触時間を大きくするには、塩素接触槽の設 EPAの規制目標が、良質な水道の原水 置が必要である。 の確保を促すことにあるのは明らかで、こ 水道 25 の選択肢は２ヶ所以上に水利権を持つよう リティ社の子会社であるリバティ・ウォー な場合にのみ考慮の対象となる。この場合、 ター社の傘下に収めると発表した。今回の 水質と水量の両方ともに信頼できる水利 買収でリバティ・ウォーター社の顧客が約 権、水の輸送費用等の試算が必要となる。 7,400人増える。３社の買収額は5,830万ド 地下水はEPAの表流水処理規程（SWTR） ル［約46億円］。３社のうち、LLWが最も の対象外であることもあり、その利用は結 大きい水道事業体で給水人口は約6,000人。 果として浄水コストを抑えられる場合もあ なお，リバティ・ウォーター社の現在の給 るが、EPAは地下の水源とする小規模水 水人口は７万3,000人。 道事業体であっても、給水する水道水に対 さらに、コネチカット・ウォーター・サー しては消毒の処理工程を義務付けている。 ビス社の子会社であるコネチカット水道会 社は、このほどエリントン・アクレス会社 ８−３．小規模水道事業体の財政 26 （EAC）の全株を取得して買収。EACは給 前述したように、水道料金への影響は、 水人口が約2,300人で、約750の顧客に給水 ろ過施設がない小規模水道事業体の方が大 してきた小規模水道会社である。現在、飲 きくなる。小規模水道事業体の財源として 料水の水質監視に関しEPAは州政府対応 は、大規模水道事業体に比べ、起債発行は を求めている。州政府は小規模水道事業体 信用や市場評価が低く、貸付けなどの利子 に対し、技術、資金等の面で援助を行わな も不利で、最先端の専門的知識が不足して ければならないので、財源は一般財源債、 いる等から得られにくい。そこで、財源と レベニュー債等が含まれているようである。 しては、自己財源以外に地方公共団体から 州政府は貸付けに当たって、資金をプー の貸付金、免税の債券、農場経営組合から ルし各事業に割り当てたり、一定の借り手 の貸付金、連邦政府から州政府に割り当て グループの資本の必要を満たすため、債券 られる運転資金という補助金、下水道事業 の発行を一つの大きな規模にまとめて行う に適用されている転賃債の水道事業への適 債券銀行、及びそれに類する機関で資金調 用、 税金による財源補充などが考えられる。 達を効率的に行ったりすることになる。 そこで、小規模水道事業体は財源がない 地方債計画の基本原理は、債券をより大 ことから、身売り、あるいは、大規模水道 きな規模で有利に発行することと、支払い 事業体に買収される事例も多くなってい 保証、州の公信性、保険等、多様な債務保 る。その一例として最近、買収されたアル 証を利用し、債券市場への効率的なアプ ゴンクウイン・パワー＆ユーティリティ社、 ローチを実現することにある。 リバティ・ウォーター社の３小規模水道事 しかし、国内の州政府や地方財政は2011 業体の買収である。アルゴンクウイン・パ 年に入って、インフラ修繕費、税収減、年 ワー＆ユーティリティ社は、リルイジアナ・ 金の三重苦で破綻が続出している。1975年 ランド＆ウォーター社（LLW） 、ノエル・ にニューヨーク市が財政危機に直面するな ウォーター会社（Noel）、KMBユーティリ ど、1970年代までは米国の地方財政の悪化 ティ会社（KMB）の３水道事業体を買収 がたびたび問題になった。その後、財政均 してアルゴンクウイン・パワー＆ユーティ 衡を目指す予算措置や長期資金の調達で地 vol.57 No.3 2012 No.8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その５） 方財政は比較的安定していた。しかし、金 には、詳細な水道事業計画と州の効率的な 融危機の打撃は大きく、地方債の信用保証 援助が不可欠である。 をしていた「モノライン」と呼ばれる保証 会社の経営が悪化し、保証制度も揺らいで ８－４．水不足 いる。連邦政府の債務問題の影に隠れてい 近年、アメリカ合衆国における水の使用 るが、州政府と地方政府の財政悪化は深刻 量は、全ての州で増加傾向にある。多くの である。税収入の負担は重く、高齢化・低 州は、将来の水需要への対応が必要になっ 金利で年金債務も苦しさが増している。ア てきている。今後、少なくとも36州におい ラバマ州ジェファソン郡政府は下水道処理 て条件付干ばつの可能性が予想されてお 施設の債務返済に行き詰まり、債権者との り、水不足も2013年には国内の南西部で起 協議が続くが債務負担が重荷で、破綻間際 きる可能性があると予想されている。 と報じられている。ペンシルバニア州はリ 水不足の原因となるのが水資源賦存量 スバーグ市、2011年10月11日深夜、市議会 で、アメリカ合衆国の水資源賦存量は7.2 が米連邦破産法９条の適用を申請、財政破 ㎥／人・年で、水不足の目安となる1,000 綻を宣言した。 ㎥／人・年より非常に少ない。前述したエ また、カリフォルニア州ベル市政府は、 ル・パソ市のようにメキシコ国境付近では 市職員の高額報酬や不当な増税が発覚し、 水不足が顕在化している。干ばつでアメリ 税金返還などで財政が悪化。さらに、同州 カ合衆国西部では、大規模な森林火災が バレーホ市政府は人件費増で2008年５月に 1980年代半ばから急増している。1970 ～ 破産法適用申請した。 1986年の平均と比べて、森林火災の頻度は ロードアイランド州セントラルフォール 約４倍、焼失面積は6.5倍以上となってい ズ市政府は、年金債務増で2011年８月に破 る。アメリカ合衆国の水の用途を見ると農 産法の適用を申請した。州政府と裁判所の 業用水が39％、工業用水が48％、生活用水 管理下で財政再建中である。スタンダード・ が13％で、工業用水の使用割合が極めて大 アンド・ドアーズによる米50州の格付けで きい。 最高位のAAA、AA＋である州政府の財 政状況はフロリダ、ジョージア、ノースカ ８－５．気候変動と水道事業 ロライナ、ミズーリ、アイオワ、ユタ、ネ アメリカ合衆国では、気候変動の水資源 ブラスカ、バージニア、ワシントン、デラ や水質への影響は水道事業に大きな影響を ウェア、マサチューセッツ、インディアナ もたらすので、水道事業体ではその対応策 の12州。反対に、最下位のA－である州政 が重要課題となっている。将来にわたって 府の財政状況である州はイリノイ、カリ 持続的に維持管理、運営していくために、 フォルニアである。 国内では西部地域を中心に海水淡水化プラ 州政府、地方政府は均衡予算を目指し、 ントの築造や下水処理場で水の再利用が進 取るべき対応を進めているが、財政状況は められている。 厳しい。小規模水道事業体が安全な飲料水 水資源問題に詳しい米アリゾナ州立大学 を適正な水道料金を徴収して給水していく のロバート・グレノン教授は、気候変動と 水道 27 人口増加により、アメリカ合衆国では将来 こから調達するのか」と問いかけている。 十分な真水の確保が難しくなると警告して 気候変動の要因には、自然と人為的な要 いる。同教授は「水量は1985年から86年に 因がある。自然の要因には、大気自身に内 かけて歴史的な高水準にあったが、25年も 在するもののほか海洋の変動、火山の噴火 経たないうちに最低水準に落ち込んでい によるエアロゾル、すなわち大気中の微粒 る。このような急激な変化は非常に恐ろし 子の増加、地球軌道変化などがある。一方、 い」と述べている。同教授は、 「水は空気 人為的な要因には、人間活動に伴う二酸化 のように無限で枯渇しないと考えられてい 炭素などの温室効果ガスやエアロゾルの増 るが、実際は有限で枯渇する可能性もあ 加、森林破壊などがある。二酸化炭素など る。 」 「氷に覆われる季節が短くなると、大 の温室効果ガスの増加は地上気温を上昇さ 気との接触が増えて蒸発量も増える。気温 せる。森林は二酸化炭素の吸収源であるが、 が上昇するにつれて、問題は極めて深刻に その破壊は二酸化炭素濃度の上昇をもたら なる。 」と述べている。 す。 オハイオ州のケイシック知事は、2011年 また植生の変化は、水の循環や地球表面 の夏、オハイオ州の湖や河川から90日ごと の日射の反射量に影響を及ぼす。近年では に500万ガロンの取水を無制限に認める州 地球温暖化とほぼ同義で用いられることが 議会可決の法案に拒否権を発動した。同知 多く、気候変動枠組条約では、「地球の大 事は、 「法案が成立すると、湖面は危機的 気の組成を変化させる人間活動に直接又は な低水準になってしまう」との資源保存団 間接に起因する気候の変化であって、比較 体の主張に従ったもので、政治家たちを驚 可能な期間において観測される気候の自然 かせている。 な変動に対して追加的に生ずるもの」と定 グレノン教授は、この法案が成立すれば 義されている。ARでは過去100年に平均地 「５大湖の取水に対する解禁期になってい 上気温は0.3 ～ 0.6℃上昇。今後100年で1.4 ただろう」 と述べ、 他の湖での先駆けになっ ～ 5.8℃上昇すると予測している気候変動 ていたはずだとの見方に同意した。そして、 枠組条約は、大気中の温室効果ガスの濃度 パイプラインによる導水や海水淡水化、地 の安定化を究極的な目的とし、地球温暖化 下水汲み上げ増強、水の転用、分配では長 がもたらす様々な悪影響を防止するための 期的解決にならないと述べた。 国際的な枠組みを定めた条約。 同教授は、将来、水問題は砂漠の都市ラ 地球サミット直前の1992年５月９日に採 スベガス市のように明らかに水の必要な地 択され、同年６月の地球サミットの場で各 域で水を確保するかだけではないと指摘す 国の署名のために開放された。日本は1992 る。降水量が多く、真水の供給源が豊富に 年に署名、1993年に批准。条約は、第23条 見える地域でも、需要が供給能力を超える の規定により50ヵ国目の批准があった90日 ようになっていくという。そして、同教授 後に当たる1994年３月21日に発効した。 は「アメリカ合衆国の人口は2050年までに 2011年５月現在の締約国数は、195ヵ国＋ 約４億2,000万人になるとみられている。 EU。条約事務局はドイツのボンにある。 新たに増える約１億2,000万人分の水をど 条約においては、１）締約国の共通だが差 28 vol.57 No.3 2012 No.8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その５） 異のある責任、２）開発途上締約国等の国 で、多くの人々が何か行動を起こさなけれ 別事情の勘案、３）速やかかつ有効な予防 ばいけないと思い始めており、ホーランド 措置の実施等の原則のもと、先進締約国に 氏は「私たちはすでに気候変動の影響を目 対し温室効果ガス削減のための政策の実施 の当たりにしており、これらは今後悪化す 等の義務が課せられている。気候変動枠組 るのみである」と言及している。弱性評価 条約の交渉会議には、最高意思決定機関で を行う都市は増えてきており、シカゴ市な ある締約国会議（COP）の他、２つの常 どのようにすでに気候変動の負の影響に対 設の補助機関（SB）、すなわち実施に関す する対策を取り始めている都市もある。 る補助機関（SBI）と、科学的、技術的な 「我々は、調査と計画の段階にある」と、 助言に関する補助機関（SBSTA）がある。 マイケル・メハッタ氏。自然資源防衛協議 アメリカ合衆国での気候変動対策の取組 会（NzDRC）が2011年に出版した“Thirsty みとしては、EPAと気候変動対策に先進 for Answer”の共著者は述べている。 的な州政府が連携して行っている「クリー この書では、アメリカ合衆国の12の都市 ンエネルギーと環境・州パートナーシップ」 がどのように気候変動の影響を受けるかを や、企業による気候変動戦略開発を支援す まとめている。NDRCの報告書では、ニュー るための「気候リーダーズプログラム」が ヨーク市やサンフランシスコ市などの沿岸 あるが、州政府レベル、企業レベルと様々 都市は、海水面の上昇による「深刻な難題」 に設定されている排出量算定制度間の調整 に直面し、フェニックス市などの南西部の が課題である。 都市では水不足、そしてシカゴ市などを含 さらに、アメリカ合衆国では、国会議員 めた中西部では、嵐や洪水が増加すること の一部が気候変動の科学的妥当性について を覚悟しなければならないとしている。 議論する中、一部の都市では、温室効果ガ 人口２万5,000人の沿岸都市であるカリ スの削減を行うだけでなく、すでに「適応 フォルニア州コロナド市の公共事業局のス 策」という新しい取り組みを始めている。 コット・ヒュース局長は、気候変動の適応 イクレイアメリカの気候プログラム専務 に向けた計画を立てることは、政治的でも、 理事のホーランド氏は、「これは新しい分 改革的でも保守的でもなく、「発生する可 野だ」と述べている。イクレイアメリカで 能性のあることについて知っておくことが は、 「気候変動 回復力のある地域社会 私たちの責務」であり、あくまでもそれに （Climate Resilient Communities：CRC） 真剣に取り組んでいると言及している。シ プログラム」を2010年から開始し、都市が アトル市は、気候ツールを作成し、現在は 気候変動の影響を把握し適応策を行ってい その試用期間であり、これによって利用者 くための資金調達を手助けしている。この は計画されているプロジェクトの場所や時 プログラムには既に国内の600近くの自治 期などを指定することによって、それらが 体が加わっており、国内の全人口の約1/4 どのように気候変動の影響を受けるか知る を占めている。 ことができるのである。 異常気象がアメリカ合衆国中で発生し、 サンフランシスコ市は、来年ソルティー・ 国民は熱波や洪水による被害を受ける中 ベイの海水が街の合流式下水道であるの 水道 29 で、溢れ流れ込まないよう、３ヶ所に装置 い。我々の今までのやり方を変え、将来の を設置している。 上昇する海水面によって、 状況にあったものを構築しようとしてい すでに毎年４～７回浸水しており、下水処 る」と、ニューヨーク市のデビッド・ブラッ 理に悪影響を与えていると、サンフランシ グドン長期計画及び持続可能性部長は言及 スコ市公共事業委員会のデビィド・べハル している。 氏は述べている。 「厄介なものが、問題に このように国内では気候変動の水資源へ なりつつある」 とし、 「海面上昇は容赦ない」 の影響及び水の再利用は重要な課題で、特 とも付け加えている。 に、西部地域を中心に海水淡水化プラント シカゴ市は植林を進め、コンクリートの や新たな下水処理等の積極的な技術開発が 歩道など不浸透面を、雨が地中に浸透でき 進められている。しかし、小規模水道事業 るよう浸透性のある素材に取り換えてい 体では全く手が付けられてないのが実状で る。また、すでに600の屋上緑化プロジェ ある。アメリカ合衆国国勢調査局によると、 クトが完了または進行中である。 アラスカ州のノーム国政調査地域にあるシ サンディエゴ郡チュラ・ビスタ市では、 シュマレフ村は総面積18.8㎢である。この 日よけ用の木とクールな（反射率の高い） うち7.2㎢が陸地で、残りの11.6㎢が河川や 屋根を増やすことを呼びかける気候プラン 湖 な ど の 水 域 で あ る。 総 面 積 の う ち の を５月に承認した。海面が今後40年で30－ 61.62%が水域。シシュマレフ村は、世界で 46㎝上昇するという調査結果から（1900年 最も気候変動の影響を受けている場所と言 からすでに15㎝上昇）、海岸沿いで新規事 われている。気温の上昇は海氷の融解をも 業を行う際はこの予想される上昇を考慮し たらし、近年は、高潮時に一部地域で浸水 な く て は な ら な い。 バ ー ジ ニ ア 州 ノ ー が起きるようになった。 フォーク市は、その原因を問わず、過去80 同時に永久凍土が融け始めたことで建物 年で発生した36.8㎝の海面上昇へのダム等 が危機に瀕し、とりわけ沿岸部では脆弱の の施設の対策を行う実現可能性を調べてい 度を増している。近年では一年間で3.3m る。 「ノーフォーク市は、気候変動の誇大 も海岸線が後退した例もある。村を護るた な議論に加わるのではなく、出来るだけ積 めバリケードを設置したが、侵食は由々し 極的に取り組みを行っていこうとしてい き速さで進んでいる。これによって村の家 る」と、市の下水道局のジョン・ホワイト 屋や水道、村のインフラ整備などにも影響 雨水システム技術部長は述べている。 が出ている。現在、シシュマレフ村は護岸 ニューヨーク市は、100万本もの木を植える 堤の構築を進めている。また、村を数マイ だけではなく、頻発化すると予測されている ル南の本土に移転させる計画があるもの 激しい嵐への雨水対策のための、緑を利用し の、移転費用に約85億ドル（約6,800億円） たインフラ整備（green infrastructure）20年 かかるため、村は、実現させるために連邦 計画に、15億ドル（約1,200億円）の予算 政府や州政府、民間企業などに資金提供を を付けている。 「自治体にとってこのよう 求めている。 な資金調達は現在大変困難であるが、全て の対策に新たな資金が必要なわけではな 30 vol.57 No.3 2012 No.8 アメリカ合衆国 ―小規模水道の事例―（その５） ８－６．飲料水の水質 いる。 アメリカ合衆国の大規模水道事業体で 特に、使途が特定されておらず、毎年度、 は、水道水や環境における化学物質のリス 経常的に入って来る財源のうち、人件費や クアセスメント・リスクマネージメントが 公債費のように経常的に支出される経費の 取られてきている。さらに、飲料水は、微 割合を指す『経常収支比率』は、ここ数年 量汚染物質の除去、さらに給水する飲料水 95％以上と高止まりしている。州政府が自 に対してクリプトスポリジウム、消毒副生 らの裁量で使える財源には限度がある。小 成物、給水管である鉛管からの滞留による 規模水道事業体が老朽化した水道システム 鉛の溶出、過塩素酸塩、医薬物質に対する の更新が必要なことは認識していても、そ モニターリング、大都市水道事業体ではと のための資金手当てが困難な状態である。 られ、飲料水基準に適合した水道水が給水 州政府は財源面から、公共投資に大きな制 されてきている。当然、大規模水道事業体 約がある中で、差し迫る大量更新時代をど と同じく小規模水道事業体でも実施しない う乗りきるか。個々の分野の特性に応じて といけないが、 技術力のある職員が不足し、 維持管理の業務を効率化するなど、新たな さらに分析する職員の不足と分析装置の整 発想が求められている。 備も十分でないが実状である。前述したよ うに、小規模水道事業体は大中規模水道事 ８－８．給水管の整備 業体の２倍以上も連邦政府の定める水質基 アメリカ合衆国の人口の99％以上は、住 準に適合していない。しかも小規模水道事 宅ユニット内に以下のような建築用の給排 業体は、その給水サービスを改善するため 水設備が設置されている。 の財源的余裕もないので実状である。 ・温水・冷水の台所給水設備 ・風呂またはシャワー設備 ８－７．投資のギャップ ・水洗トイレ。 都市インフラストラクチャ（社会基盤） ・ しかし、米国の約67万986世帯、人口で レポートによると、国内の小規模水道シス は約170万人程度の国民に、まだ水道設備 テムは、今後20年以内に、築造後50年以上 が完備されていない。 それらの多くは、 経つ割合が50％以上を占めると記述してい 貧困層で所得収入が少ない人種、あるいは る。 グループである。貧しい、また高齢者が居 今後老朽化した水道システムの維持管理 住するアラスカの農村部では家屋まで水道 に当たっては、耐用年数を超えた施設につ 水が給水されていない状態である。 いては、財政的に確保出来れば更新事業や 耐用年数を迎えるまでの適切な補修・改良 ８－９． 上下水道料金は手頃な価格を 事業による予防保全に加えて、大干ばつや 水道メータは、顧客の使用水量を正確に 災害を想定した事業も必要になると想定さ 検針するために水道事業体が設置して、水 れる。他方、州ごとに水道を含めた社会資 栓トイレも含めた水量に応じて水道料金を 本の補修・改良の資金援助を担う州政府も 徴収している。アメリカ合衆国の一般所帯 インフラ分野への投資余力は減少してきて で、水道料金が家計で占める割合が約1.1％ 水道 31 であるが、貧困層になると４％を超える。 さらに、国内には100㎥／日の造水量を超 アメリカ合衆国の平均水道料金は地域的な える海水淡水化プラントは約8,000 ヶ所以 変動はあるが１㎥当たり2.72ドル（約218 上ある。 円）である。 ９－２．顧客側の対応 ８－10．退職する職員に対する補充 顧客側は、シアトル市では、包括的な水 アメリカ合衆国では、小規模水道事業体 管理で2007年には顧客の芝生の散水や洗 でも日本の団隗の世代に相当する労働者が 車、節水トイレ等も含めた節水対策で9,152 退職の時期に直面しているので、その退職 万1,990ガロン（／日約34万6,000㎥）の節 した労働者の補充が緊急の課題になってい 水が達成でき、同様の取り組みがラスベガ る。 ス市やアトランタ市でも効果を発揮してき ている。ラスベガス市は、灌漑用の雨水セ ８－11．フッ素添加 ンサーの設置で、屋外での水使用量を制御 アメリカ合衆国では、顧客に給水されて している。さらに、節水型トイレ、シャワー いる水道水にはフッ素添加して給水してい ヘッドのように効率的な製品で、屋内の水 る。その割合は給水人口で見れば、約３分 使用量の低下に連邦政府も基準作りに努め の２程度である。それにもかかわらず、そ ている。 のフッ素添加の効果、有効性、安全性につ いては現在でも課題として議論されている。 10．終わりに アメリカ合衆国における小規模水道事業 ９．問題を解決するための対応 体は、連邦政府が制定したSDWAにより、 ９－１．水道事業体側からの対応 州政府の指導のもと水道施設の整備が行わ 水需要は、前述したように急激な人口増 れてきているが、財源の確保が最大の課題 加もあって、水道事業体としては水道水源 であることが確認できた。 の確保をしながら、浄水場の拡張事業、新 設事業が実施してきている。気候変動によ る水道事業への対応策も考慮して、異常気 象による取水制限など干ばつへの対応のた め住民には節水など可能な対応がとられて きている。さらに、人口が多く水資源の乏 しい地域では、海水淡水化プラントの築造 工事も実施され、カリフォルニア州では海 水淡水化プラントが多く築造され、水需要 に対処している。現在、国内で最大の淡水 化プラントはフロリダ州のタンパベイにあ るプラントで、造水能力は９万5,000㎥／ 日であるが、 現在拡張工事を実施している。 32 vol.57 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