日本のセクシャル・マイノリティに関する暴力 についての研究報告: 2003

日本のセクシャル・マイノリティに関する暴力
についての研究報告:
2003-2004 の JLGBT 調査に基づくまとめとすすめ
アンソニー・ディステファノ PhD, MPH (博士、公衆衛生学
修士)*1, 鬼塚直*1,2
翻訳:山本 雅
*1 主任調査員:カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校エイズ予防学研究センター、
カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校公衆衛生学部
*2 カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校 Institute for Global Health (グローバル衛
生研究所)
目次
要旨………………………………………………………………………………………..2
はじめに…………………………………………………………………………………..3
方法………………………………………………………………………………………..3
結果………………………………………………………………………………………..8
理論モデル:どういった要素がセクシュアル・マイノリティ暴力の原動力として
働いているのか?………………………………………………………………………17
結論………………………………………………………………………………………21
提案………………………………………………………………………………………26
最後に……………………………………………………………………………………31
謝辞………………………………………………………………………………………32
参考文献…………………………………………………………………………………34
1
要旨
当研究調査は、日本のレズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダ
ー・インターセックスを対象とし、以下に記す四種類の暴力を、彼らがどのよう
に体験しているかを確認するために行われた。1)性的指向、または性的アイデ
ンティティを理由として、本人に対してふるわれる暴力(バッシングなど)。
2)親密なパートナー間での暴力。3)家族メンバーによる、または家族メンバ
ーに対する暴力。4)自分自身に対する暴力。
さらに、以上のような暴力によるものと認知されている健康面への影響を測定し、
これらの問題が日本でどう捉えられ理解されているのか、その背景にある社会文
化的環境の特性を明らかにし、将来のより詳しい研究調査の指針となる問題群を
明らかにすることを狙いとした。定性的インタビュー(n=39)、参与観察
(n=54)、資料研究を利用した民族学的枠組み(エスノグラフィック・アプロ
ーチ)を用い、身体的・性的・言語的・心理的形態のバッシング、パートナー間
暴力、自傷・自殺、あるいは家庭内暴力が、セクシャル・マイノリティ(性的少
数派)にどのように振るわれ、又彼らがこれらの暴力をどう体験しているかを明
らかにしようとした。参加者らには、これらの暴力が、軽度の身体的・心理的損
傷から入院を要するような重度の負傷まで、また数例においては致死、という
様々なレベルでの健康障害を引き起こしているとが、どのように認知されている
かを明らかにすることを目的とした。
現代日本の社会文化的環境は、次の二点においてセクシャル・マイノリティに対
する暴力を助長する傾向があることが明らかになった。第一点は、セクシャル・
マイノリティの暴力に直接影響を及ぼすであろう一般社会における暴力犯罪率の
上昇であり、第二点は、セクシャル・マイノリティに暴力的制裁を加えることを
黙認する、社会生態全体に影響をおよぼす文化的ホモフォビア(同性愛嫌悪)の
存在である。
今回の調査データに基づき、機構的組織、文化的ホモフォビア、個人レベルでの
認識に焦点をあて、詳細に渡る提案をおこなった。
2
A. はじめに
日本のセクシャル・マイノリティ(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・
トランスジェンダー・インターセックスの人々)を対象とした暴力に関わる調査
研究は非常に少ない。日高ら(2000、2001a、2000b、2004)によれば、いじめ・
ハラスメント、言語的虐待、性的虐待、自殺的思考および自殺未遂行為は、ゲ
イ・バイセクシャル男性間に広く見られている。しかし、セクシャル・マイノリ
ティ間における、親密なパートナーによる暴力(IPV)、家庭内暴力、自殺完遂、
またレズビアン・バイセクシャル女性・トランスジェンダー・インターセックス
の人々の間におけるさまざまな暴力形態についての調査は行われたことがない。
ゆえに、この探求調査は以下のことを目的とした。
1.日本のセクシャル・マイノリティは反セクシャル・マイノリティ暴力
(バッシング)、IPV、家庭内暴力、自傷・自殺を体験するのか。
2.これらの暴力形態が日本の環境の中でどのように捉えられ、理解されて
いるのか。
3.これらの暴力による二次的健康障害を明確にする。
4.これらの暴力発生に影響を与える日本の社会文化的環境の特徴を述べる。
B. 方法
B1. データ収集
2003 年から 2004 年に、日本において以下の三種類のエスノグラフィック
的枠組みを用いデータ収集を行った。それらは、1)綿密で半構造的な定性的イ
ンタビュー(n=39)。2)参与観察(n=54)。3)関連資料研究であった。 こ
れら参加者のうち、9人は定性的インタビューと参与観察の両方に参加したため、
総計の不重複サンプル数は84人(N=84)となった。データより、飽和状態に
あるテーマ・関心事項が浮かび上がり、かつサンプル数は民族学的(エスノグラ
フィック)勧告基準を難なく超えた(Bernard, 2002)。
B1a. 定性的インタビュー
定性的インタビューは事前に予定された正式なインタビューであった。3
9件中31件は東京都で行われ、残る8件は京都府、名古屋市、千葉県、茨城県
で行われた。インタビューは平均して2時間ほどにわたり、セクシャル・マイノ
リティとして生活していく上で生じる社会摩擦や個人間摩擦に関する質問群を用
い行った。次第により細かく具体的な内容である暴力についてへと焦点が絞られ
ていき、結果を形成するデータ取得の幅広さを保証するために、暴力体験報告の
収集を三つのレベルで行った。これら三つのレベルは、1)自分自身の体験。
2)家族、友人、パートナー、知人など親しい仲間内、「内(ウチ)」に対して
3
起こった具体的な暴力体験。3)「内」以外の「外」の人に起きた具体的な暴力
体験に関する知見であった。さらに、参加者に自分の体験、あるいは他の人の体
験、またその両方のうちで最も適した方法で、暴力について話すように依頼した。
他人に起きた暴力体験の報告を単に「聞き伝え」として軽視するのではなく、参
加者の仔細にわたる報告を貴重なデータとして受け止めることは重要である。沈
黙に覆われたセクシャル・マイノリティ暴力の状況と加害者・被害者の一般的不
可視性を考慮したときに、この初期段階での研究調査において、関係のある報告
を逐一記録することの重要性は強調しすぎ得ない。全てのインタビューは、許可
を得た上で分析するために録音され文書に起こされた。出版用に投稿された論文
類においては、秘密性を保持するため個人名や個人を特定できるような個人情報
はインタビュー記録から除き、ジェンダーに則した仮称(例:匿名)のみを使用
した。
B1b. 参与観察
参与観察は、ほとんどがセクシャル・マイノリティの集う場で行われたが、
「一般」の場で行われることもあり、具体的には、コミュニティ・メンバーとの
日常的な交流を図り、コミュニティ活動に参加すること、観察、参加者とのカジ
ュアルで突発的なインタビューを行った。参与観察のほとんどは研究者が研究調
査期間住んでいた東京、さらには都内におけるセクシャル・マイノリティ・コミ
ュニティの中心地である新宿二丁目において行われた。カジュアルなインタビュ
4
ーからの発言引用や、行動観察などを含めた以上の参与観察は、すべてフィール
ドノート(現場からの記録)に記録され、専門的な分析がほどこされた。
B1c. 関連資料研究
関連資料研究においては、米国では手に入れづらい日本の書籍や記事・論
文などの学術資料、セクシャル・マイノリティ暴力に関する二次的データ、法律、
政策を含んだ入手可能な限りの公的文書、雑誌やウェブサイトなどのセクシャ
ル・マイノリティ出版物、および新聞、雑誌、インターネットを含む主流の情報
資源を調査し検討た。
B2. サンプル
B2a. 定性的インタビュー
この調査のために正式にインタビューしたのはのべ39人であった。26
人のセクシャル・マイノリティ・コミュニティの成人メンバーをスノウボール式
サンプリングにより集めた。これは一人以上のキーパーソンとなる個人を見つけ、
その人にさらなる研究のためにネットワーク内の人を紹介してくれるように頼み、
これを新しい参加者ごとに繰り返して行くという方法で成り立つ(Bernard,
2002)。さらには、有意抽出により定性的インタビューのサンプリングに多様性
を持たせ(Patton, 1990)、仕事を通して、保健医療、法律、セクシュアル・マ
イノリティ関係の学術調査、暴力予防を含む社会福祉におけるセクシュアル・マ
イノリティ暴力について、具体的な内部情報を有している重要情報源となる 13
人の「エキスパート」と呼ばれる人々を特定した。この調査に参加するためには、
セクシャル・マイノリティ・コミュニティの人は、1)20歳以上であること、
2)自らレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、またはイン
ターセックスであるとオープンにしていること、これらの二つの条件を満たして
いなければならなかった。エキスパートとして参加するには、1)20歳以上で
あることと2)セクシャル・マイノリティ IPV に関して専門的知識を持ってい
ることが条件だった。特記すべきことは、エキスパートとして適合するためには、
セクシャル・マイノリティであることが条件ではなかったにもかかわらず、13
人中10人のエキスパート参加者は自らセクシャル・マイノリティであると名乗
り出たことである。正式な定性的インタビュー参加者の人口学的情報は表1にま
とめられている。
B2b. 参与観察
スノウボール式サンプリングは、社会的ネットワークを有効活用するため
に、参与観察の際にも用いられた。私たちは、参加者の性的アイデンティティを
理由に、研究調査参加を拒否することはしなかった。逆に、異性愛者の持つセク
シャル・マイノリティ暴力に対する知識や認識は、セクシャル・マイノリティで
5
ある参加者らより得たデータを補填し、状況の背景理解をより広範囲にわたり明
確化させる上で価値のあるものだった。
参与観察のサンプルは、20歳以上の成人54人を対象にした。この参与
観察では、比較的カジュアルなインタビュー形式や交際の一過性のため、収集さ
れた人口学的データは性別と性的アイデンティティ情報のみに限定された(表
2)。特筆すべきことは、参与観察に参加した54人中9人は、より正式な形で
行われた定性的インタビューにも参加したことである。
表 1.
正式な定性的インタビュー参加者の人口学的情報(n=39)
人数 (%)
参加者基本属性
セクシャル・マイノリティ・コミュニティの一員
エキスパート・重要情報提供者
性別・性的アイデンティティ
男
女
トランスジェンダー
男から女 (MTF)
女から男 (FTM)
インターセックス
性的指向
ゲイ(男性同性愛者)
レズビアン (女性同性愛者)
バイセクシャル (両性愛者)
汎セクシャル(誰でも受け入れ可能)
ヘテロセクシャル(異性愛者)
不確か・レッテルは使わない
応答拒否
年齢 (平均= 32.6 才)
20-29
30-39
40-49
50-59
雇用形態 a
常勤者
アルバイト・パート従業者
学生
無職
26 (67)
13 (33)
23 (59)
10 (26)
-1 (2.5)
4 (10)
1 (2.5)
22 (56)
6 (15)
3 (8)
1 (2.5)
1 (2.5)
5 (13)
1 (2.5)
16 (41)
13 (33)
8 (21)
2 (5)
22 (56)
5 (13)
11 (28)
2 (5)
6
居住形態
独居
親と同居
ルームメートと同居
パートナーと同居
婚姻状態
現在結婚している(異性の配偶者)
離婚している(異性の配偶者)
未婚
a
複数回答を認めているので、合計は40件以上となっている。
20 (51)
5 (13)
6 (15)
8 (21)
1 (2.5)
4 (10)
34 (87)
表 2.
参与観察サンプルの性別・性的アイデンティティ (n=54)
人数(%)
性別・性的アイデンティティ
男性
35 (65)
女性
19 (35)
性的指向
ゲイ(男性同性愛者)
レズビアン (女性同性愛者)
バイセクシャル (両性愛者)
パンセクシャル(誰でも受け入れ
可能)
ヘテロセクシャル(異性愛者)
25 (46)
6 (11)
1 (2)
1 (2)
21 (39)
B3. データ解析
参与観察から得たフィールドノートと録音された定性的インタビューから
得た逐語記録は定性的データ解析を行うため ATLAS.ti 5.0 (Scientific Software
Development, 2005)というソフトウェアを使い、繰り返し現われる主題と概念的
つながりを浮き立たせるために分析された。分析法はデータ密着型理論(グラウ
ンデッド・セオリー)(Glaser & Strauss, 1967; Strauss & Corbin, 1990)とウィル
ンズ(Willms)らによって概略が示されている反復アプローチ法(1990)とを併
用した。これに伴う作業は、1)現場メモや逐語記録を複数回読み直すこと、
2)各属性が整理され、より大きな共通項に含まれていくにつれ、付加・消去・
併合を通し、徐々に発展していくコード作成、3)抽出された抜粋の常なる比較、
である。関連資料源は手作業でコード化され、同じ方法を持って分析された。イ
ンターネットからの資料はコード化の過程を助けるため、印刷された。語彙や言
葉のニュアンスに関する質問は、日本人の研究助手らに確認しつつ行った。
7
C. 結果
以下に、六件の小項目に分けて報告されている事柄は、正式なインタビュー、
参与観察、関連資料研究から得た全データを分析した結果である。この調査研究
は、日本のセクシャル・マイノリティ間で体験される四種類の暴力が体験されて
いることが明らかになった。
1.反セクシャル・マイノリティ暴力(バッシング)
2.いわゆる DV(ドメスティック・バイオレンス)と呼ばれるパートナー
による暴力
3.自傷と自殺
4.親や兄弟姉妹、または親戚などの広い意味での家族・親戚に関わる暴力
を指す家庭内暴力
これらの暴力は身体的、心理的、言語的、性的な形で表れ、以下の二つの主要
素を持つ社会的・文化的環境において行われる。
1.反セクシャル・マイノリティ暴力にも直接関連のある、一般社会におい
ての暴力犯罪の増加(詳しくは、以下の日本社会における暴力参照)
2.社会環境のあらゆる面に影響を及ぼし、自分自身あるいは他人に対して
の区別なく、セクシャル・マイノリティに対して暴力を振るうことを黙
認する文化的ホモフォビア(同性愛嫌悪)(詳しくは、以下のセクシャ
ル・マイノリティと一般的日本社会参照)
C1. 日本社会における暴力
調査研究参加者と関連資料によれば、日本社会は現在、世界で一番安全に暮らせ
るというセルフ・イメージが劇的に変化する過渡期を迎えている。犯罪や暴力事
件が急激な増加傾向にあり、人々の持つ共同的記憶の中のどの時代に比べても、
日本はより危険な場所となってしまったという認識が広くいきわたり、その中で
漠然とした不安が人口全体を覆ってきている。この認識は、測定可能な否定しよ
うのないネガティブな社会傾向に基づくものである。セクシャルマイノリティ暴
力に関連を持つ、日本社会全体の暴力に関する主な研究成果は以下の通りである。
•
日本の犯罪率は、この研究調査機関(2003-2004)の 10 年ほど前から、
確実に上昇を続けている。2003 年には全体の犯罪率が 2.2%下降、とわず
・
•
・
かながら下がったが、暴力犯罪率は未だに上昇傾向にある。
メディアによって形成されている暴力の種類は、一般的に殺人などを指す、
いわゆる奇妙または不可解な犯罪、女性に対する犯罪、幼児虐待、いじめ、
組織的犯罪、自殺などがあげられる。
8
•
•
暴力事件発生率増加の主な原因は未成年者であり、次に指摘されているの
は、外国人加害者である。
上昇する犯罪率と暴力を促進する力は以下のものと考えられる。
¾ 日本の長引く不況は、転じて、以下の態度を促している。
ƒ あからさまに攻撃的態度を取ることを抑制する伝統的な日本的
価値観離れ
¾ ある種の暴力(自殺、先輩・後輩関係、娯楽における暴力、サド・マ
ゾ=SM)を許容する文化。
C2. セクシャル・マイノリティと一般日本社会
データ分析結果は、日本社会においてホモフォビアが機能していることを
示唆している。日本が米国などの西洋諸国と比べてよりホモフォビア的であるか
どうかが重要ではなく、より大切なのは、日本で実際にセクシャル・マイノリテ
ィに向けられる反感を実感する人の体験を記録することである。一般的なセクシ
ャル・マイノリティに対する否定的評価は西洋のように罪という宗教的価値観に
基づいてはいない。それよりは、「他者」を受け入れ吸収し、一般化することに
対し強い抵抗を表す、「違い」に対する文化的拒絶に根ざしているといえる。し
かし、西洋と比較したホモフォビアに対する基底の違いにも関わらず、結果的に
日本で生じるセクシャル・マイノリティに対するスティグマ(偏見・蔑視)は西
洋のものと大きな相違はない。以下にあげる今回の調査結果は、日本の多くのセ
クシャル・マイノリティが、ホモフォビア的な社会文化的環境に住んでいること
を実証するものである。
•
•
•
•
•
少数の人はセクシャル・マイノリティに対して良い印象を持っているが、
一般社会の主流は、通常セクシャル・マイノリティを否定的に捉えるか、
存在を全く認知していない。
一般においてのセクシャル・マイノリティの許容は、後者の不可視性の前
提のもとに成り立っている。
文化的異性愛主義は、セクシャル・マイノリティをも含めた社会の構成員
全員によって実感され、異性と結婚することへのプレッシャーによって端
的に示されている。このプレッシャーは、以前に比べれば軽減されたが、
未だに顕著で浸透率は高い。
セクシャル・マイノリティの多くは、自分の本来の性的アイデンティティ
をオープンにすることで引き起こされる悪影響を恐れ、そうしない場合が
多い。カミングアウトする人でも、親や仕事場でする人はほとんどいない。
日本における反セクシャル・マイノリティ差別は広範囲におよび、特に以
下の領域で顕著である。
1. 法律・政策
2. 職業・雇用
3. 住居
9
4. 医療保険
5. 献血
6. 教育
セクシャリティ以外の要素に基づくマイノリティ差別(人種・エスニシティ、伝
統的階級制度、ホームレスであること等)は、異質だと認識されている人々を一
般社会に完全に統合し得ないという問題点をさらに明らかにしている。
C3. セクシャル・マイノリティに関した暴力
参加者らは自分の被害体験や加害体験に加え、友人・依頼人・それ以外の
知人に関わる暴力の事例について話をした。この調査は予備的なもので、あらゆ
る体験の包括的見解をできるだけ得ることが重要であったため、これらすべての
ケースの暴力的事例を採択した。参加者自身の直接体験以外のケースを排除した
場合、それらのデータによってもたらされた重要な見識は大幅に減少しただろう
と思われる。
表3は定性的インタビューに基づいて集めた暴力的事例についての体験や
知識についての頻度データをまとめたものである。暴力的事例の具体例に関する
体験や知見は、三段階に分かれている。
1.直接暴力を体験したことがある。
2.親しい間柄にある、家族やパートナー、あるいは友人や知人などの
「内(ウチ)」で起きた暴力の具体例を知っている。
3.「内」以外の人、つまり「外」の人に対して暴力が振るわれた具体
例を知っている。(例:レズビアン・ゲイ関係の情報源を通して、
友人から聞いた第三者の話などを通して等)
以上の三種の経験や知見の枠組みを参加者から得た四種類の主な暴力形態に当て
はめ、考察する。
1.反セクシャル・マイノリティ暴力(バッシング).
2.パートナーによる暴力 (IPV)
3.自傷・自殺
4.家族を巻き込んだ暴力
暴力を受けた体験や知見は、身体的・言語的・心理的・性的暴力の全ての場合に
おいて、それぞれ等価値として数えられた。
10
表3.暴力的事例の経験や知見の有無:定性的インタビューのデータより(n=39)
人数 (%)a
バッシングを体験した
内でのバッシング例を知っている
外でのバッシング例を知っている
8 (20.5%)
15 (38.5%)
30 (76.9%)
IPV を体験した
内での IPV 例を知っている
外での IPV 例を知っている
9 (23.1)
20 (51.2)
18 (46.1)
自傷を体験した
内での自傷例を知っている
外での自傷例を知っている
15 (38.5%)
13 (33.3%)
12 (30.8%)
家庭内暴力を体験した
内での家庭内暴力の例を知っている
外での家庭内暴力の例を知っている
5 (12.8%)
6 (15.3%)
7 (17.9%)
a
総計が 100%以上になるのは、各カテゴリにおき複数回答があるため。
セクシャル・マイノリティにかかわる暴力について聞いたこともなく、体験した
こともない人はただ一人のみであった。
C3a. 反セクシャル・マイノリティ暴力(バッシング)
この調査研究は、身体的・性的・言語的・心理的形態の反セクシャル・マ
イノリティ暴力(バッシング等)の事例を記録した。以下はデータから現われた
主題である。
•
バッシングはセクシャル・マイノリティ暴力の中で自殺と共に、「動くゲ
イとレズビアンの会」(通称 OCCUR「アカー」)などを始めとしたセク
シャル・マイノリティ団体により取り上げられている。
•
身体的・性的バッシング
¾ 公共な場であるハッテン場においておこりやすい。
¾ 他の暴力形態に比べ、比較的低リスクだとみなされている。
¾ 加害者は通常被害者とは顔見知りではなく、若年層の異性愛者男性で、
多くの場合は集団で、あるいは一人で行動に及んでいる。
¾ 被害者はたいていの場合は男性であり、通常は加害者に対して反撃し
ていない。
11
•
言語的・心理的バッシング
¾ 非常に広く普及していると認識されている。
¾ セクシャル・マイノリティに対する一般的なバッシングであるいじめ
を含む。子供はもちろん、大人も経験する。
¾ 通常、身体的・性的バッシングが起きる場所、たとえばハッテン場な
どで見られる脅迫・恐喝を含む。
¾ 加害者は、一般の異性愛者とセクシャル・マイノリティの双方である。
¾ 被害者は全タイプのセクシャル・マイノリティを含む。慣習的ジェン
ダーロールに則さず行動する若者がいじめられやすい。
•
•
•
•
•
セクシャル・ハラスメント(セクハラ)と性的暴行に近い行為(身体的暴
行になりそうなほどシビアなセクハラ等)はセクシャル・マイノリティに
バッシングの一種と捉えられている重要な課題である。
全種の反セクシャル・マイノリティ暴力的事例の発生件数は、将来上昇す
る傾向にあると予測されている。
研究参加者によって健康面における影響と考えられていたものは、身体的
には軽度の怪我から致死まで、精神的には軽度の心理的損傷から重度の精
神病にまでわたった。
あらゆる形態の反セクシャル・マイノリティ暴力を警察や法的機関、保健
医療機関、精神医療機関、または家族に報告することは稀である。サバイ
バーは時々、友人に話すことはある。
特に、警察官や医師は助けを求めるものに対して、通常、援助をしてくれ
ないと認識されていた。
C3b. セクシャル・マイノリティ・パートナー間の暴力(IPV)
研究者の知る限りにおいては、この調査研究は日本のセクシュアル・マイ
ノリティ間でのパートナー間暴力(IPV)の存在を始めて記録するものである。反
セクシャル・マイノリティ暴力と同様、IPVは身体的・性的・言語的・心理的則
面で起こっていることが明らかになった。セクシャル・マイノリティのカップル
間の暴力に対する一般の認識は非常に低かったが、参加者らはセクシャル・マイ
ノリティIPVが異性愛者間の女性に対するIPVと質的にかなり近いと理解してい
た。IPV における主な調査結果は以下のとおりである。
•
身体的および性的IPV
¾ 叩く、殴る、蹴る、頭を壁に打ちつける、階段から突き落とす、首を
絞める、噛む、髪を引き抜く、走っている車の前に押し出す、ナイフ
で切りつけたり刺す、危険物を投げる、タバコを押し付ける(いわゆ
る「根性焼き」)を含む。
¾ 言語的・精神的IPVは同時に起きやすい。
12
・
・
¾ 参加者間では、性交の強要が性的暴力に入るのかどうかがはっきりし
ていなかった。
¾ パートナー間のSM(加虐・被虐)行為が性的IPVを分析する上で混乱
をきたす要因になりうる。
•
心理的・言語的IPV
¾ 心理的・言語的IPVが、参加者によって別々の事柄だと認識されるこ
とは稀であった。この結果は、反セクシュアル・マイノリティ暴力に
おいてはこれら二種類がはっきりと区別されていたのとは対照的だっ
た。
¾ パートナーの自尊心やジェンダー・アイデンティティを標的とした言
語的攻撃、極端な行動制限、パートナーを感情的に傷つけることを目
的としたパートナー以外の人との性交(浮気)などが含まれる。
¾ セクシュアル・マイノリティのパートナーによるストーカー行為や恐
喝なども心理的暴力として報告された。
•
加害者
¾ 外国人・日本人を両方含めた、あらゆるタイプのセクシュアル・マイ
ノリティ
¾ ゲイ・バイセクシュアル男性やインターセックスの人よりもレズビア
ン・バイセクシュアル女性・トランスジェンダーの人がなる可能性が
多少高いと思われる。
¾ 加害行為は通常、経済的不均衡や身体的力の差、ジェンダーロールな
どを基にした、認知された力関係の構造に沿った形で加えられる。
¾ 加害者は片方だけの場合も、互いに加害を加えあう場合も報告された。
•
被害者
¾ 日本人・外国人を両方含めた、あらゆるタイプのセクシュアル・マイ
ノリティ
¾ レズビアン・バイセクシュアル女性・トランスジェンダーは被害者に
なるリスクがより高いかもしれない。
•
IPVはカップルが同棲している場合、家の中で起きるが、他の環境下でも
起きることが報告されている。このことからもわかるように、同棲は必須
条件ではない。
•
多くの異性愛者間IPVにおいて典型的な「暴力の循環」(Walker, 1979) はセ
クシュアル・マイノリティのカップル間のIPVにおいても作動する。
•
認知されている重要性
13
¾ セクシュアル・マイノリティ間におけるIPVに関しての話し合いはほ
とんどされていない。一般の異性愛社会においても、セクシュアル・
マイノリティ・コミュニティにおいても、IPVに関する対話は広く問
題外だと認識されている。
¾ ほとんどの参加者は、ほぼ両極端である以下の認識を持っていた。
1. 日本において、IPVは頻繁に起こり深刻な問題だという
認識
2. 日本にそういったものは、セクシュアル・マイノリティ
間に限れば、ないという認識
¾ 何人かの参加者はセクシュアル・マイノリティIPVはまれにしか起き
ず、特徴のある兆候はないと思っていた。
¾ レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー間ではより
広く行き渡っているように見受けられた。
¾ しかし、ゲイおよびバイセクシュアル男性間のカップルの場合の報告
事例もあった。
¾ 多くの参加者は人のIPVの重要性に対する理解は、実際に起きる事例
の少なさや普及度の低さに基づいているのではなく、一般的な報道不
足によるものだと思っていた。
•
サバイバーの暴力に対する対応
¾ サバイバーが暴力的な関係から身を引いた事例の報告はあったが、こ
れは暴力のさなかに起こったことではない。
¾ 暴力を受けている間、体で抵抗したり逃げたりすることに成功した例
は報告されなかったが、数名のサバイバーはそうする努力をしたと報
告している。
¾ 被害者が警察官や医療機関関係者にIPVを通告することは非常に稀で
ある。
¾ 警察官による二次的暴行と見られる事例や不公平な扱いの報告、医療
提供者への不信も報告された。
•
シェルターなどの保護施設
¾ セクシュアル・マイノリティ・サバイバーのためのシェルターは存在
しない。
¾ 女性のためのDVシェルターのスタッフはセクシュアル・マイノリティ
問題に関する知識・気配り・技能的な面において訓練を受けていない。
¾ 日本には男性を受け入れるDVシェルターは存在しない。
•
研究参加者によって身体的影響と認知されているものは、軽度の怪我から入
院を要する負傷までの広範囲にわたった。
14
•
研究参加者によって精神的影響と認知されているものは、軽度のうつ病から
重度な心理的損傷を負う場合までを含んだ。
•
セクシュアル・マイノリティのカップル間に広く普及している先輩・後輩関
係はIPV分析を混乱させる要因となる可能性がある。
C3c. セクシュアル・マイノリティと自傷・自殺
日本におけるセクシュアル・マイノリティ・コミュニティ内では、自殺の
計画・未遂・既遂に加え、自殺にはつながらない自傷行為が大きな問題となって
いるという意見が参加者の中で多くが見られた。自傷および自殺に関しての主な
調査結果は以下の通りである。
•
ごく少数の例外を除き、自殺・自傷は共に、日本のセクシュアル・マイノ
リティ間では広く起こっていると認識されている。
•
自殺につながらない自傷はさまざまな形で報告され、以下の主なカテゴリ
を含む。
¾
¾
¾
¾
¾
¾
手首や腕を切る(最も多い報告例)
深酒
ドラッグ常用
摂食障害
自滅的な性交
他にも致死に至らない、焼く、物を体に打ち付けて壊す、(自殺につ
ながらない)首吊りなどを含めた他の自傷行為も報告された。
•
以下の三つのグループは、自分に向って暴力を振るうリスクが高いと思わ
れていた。
¾ 若年層と20代前半の人
¾ バーや性産業などのいわゆる水商売に携わっている人たち
¾ IPVや家庭内暴力のサバイバー
•
特定のセクシュアル・マイノリティ・グループ(例えば、ゲイ男性対レズ
ビアン対トランスジェンダー)が他のグループよりもリスクが高いとは思
われていなかった
•
助けを求める
¾ いくつかの例外を除いては、助けを求める行為はあまり見られなかっ
た。
¾ セクシュアル・マイノリティの自傷・自殺行為の報告不足は、それら
15
の普及率とその母集団健康への影響を隠す。
•
研究参加者によって認知された健康への影響
¾ 身体面―軽度のやけど・切り傷・裂傷から臓器破壊・中毒・致死まで
¾ 精神面―非特異的精神症からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を含む
さらに深刻な診断のくだされる疾患
C3d. セクシュアル・マイノリティと家庭内暴力
フィールド(現場)においてデータ収集を行っている間に試みた初期の分
析の結果、家庭内暴力に関わる別の枠組みでの調査の必要性が明らかになった。
IPVのケース同様、研究者の知る限りにおいては、当研究がセクシュアル・マイ
ノリティの家庭内暴力を実証的調査に基づく最初の記録である。全体的に、家族
メンバーに関わる暴力は、参加者には他のカテゴリの暴力に比較して、大した問
題ではないように受け止められていたようだったが、それにも関わらず、いくつ
かの報告例があった。これらのデータによる主な調査結果は以下の通りである。
•
身体的・性的家庭内暴力の事例は報告されたが、この調査では、言語的・
心理的虐待のほうが主題として際立った。
•
代表的な言語的暴力は親からセクシュアル・マイノリティの子供に対して
「お前は私の子じゃない」、「お前はこの家族の一員じゃない」などの家
族から子供を排除するような言動を含む。
•
主な心理的暴力は以下のものを含む。
¾ 親がセクシュアル・マイノリティの子供に家を出て行くよう命じるこ
とを含めた、排斥
¾ 強制的に修正目的のセラピーを受けさせられること(つまり、セクシ
ュアル・マイノリティとしてのアイデンティティを「治す」心理臨床
家に行かされる)
¾ 親が子供に以下のことを禁じること
ƒ 他のセクシュアル・マイノリティと関わること
ƒ セクシュアル・マイノリティ・コミュニティの集まるところに行く
こと
ƒ 家族の世間体を気にして、性的指向やアイデンティティを他人、特
に親戚などに明かすこと
•
父親が子供の前で母親を殴る事例は、これが子供に対する心理的暴力にな
りうる、という文脈において報告された。
16
•
加害者
¾ 通常(両)親だが、たまに兄弟姉妹も含む。
¾ 一般的に母親と父親双方共に、心理的・言語的な虐待をする可能性が
見られたが、同時に、母親は子供のセクシュアル・マイノリティの立
場をより理解しようとする兆候が多少あった。
¾ 身体的・性的暴力は父親によってふるわれる。
¾ ある事例では、ゲイ男性が自分の父親に身体的暴力を振るっているこ
とが報告された。これは一般的な家庭内暴力の構図と役割が逆である。
•
被害者になるリスクがより高いと思われている人たち
¾ セクシュアル・マイノリティ青年、特に10代の若者
¾ 女らしい男の子と男らしい女の子
•
この調査で報告された比較的少ない事例に基づいて言えば、家庭内暴力の
サバイバーは医療や心理的なケアにも助けを求めず、警察や医療関係者に
も自分の体験を通告することは少ない。
•
研究参加者によって認知された健康面への影響
¾ 身体面―軽度のやけど・切り傷・裂傷から臓器破壊・中毒・致死まで
¾ 精神面―非特異的精神症からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を含む
さらに深刻な診断のくだされる疾患
D. 理論モデル:どういった要素がセクシュアル・マイノリティ暴力の原動力と
して働いているのか?
定性的インタビュー、参与観察、関連資料研究より得た全てのデータに基
づいて構築した理論モデルは図2に示されている。このモデルは、2003年から
2004年までの調査期間において、暴力を助長する要因に注目し、セクシュアル・
マイノリティ暴力が行われているその原因を解明しようとするものである。日本
におけるセクシュアル・マイノリティに関わる暴力は、個人的・社会構造的・文
化的側面でのさまざまな要素が含まれている。そのため、この調査では環境的モ
デル(Belsky, 1980; Bronfenbrenner, 1974; Garbarino, 1977)を採用した。環境的視
点は、多層的な状況下で問題を考察することを可能にする。
モデルを読みやすくするために、セクシュアル・マイノリティ暴力の原動
力として働く力を主に文化的(緑)、構造的(青)、心理的(赤)、社会風潮
的(紫)なものに分類した。実際にはこれら全ての要素は文化に大きく影響を
受ける。事実、文化とは経済、技術、宗教・世界観、言語、社会構造・社会、思
想、価値観を包括する(Hammond, 1978)。これらの環境要素を形づくる文化の
広い顕著性を認めることも必要だが、一方で、分析のためにこれらの諸要素を分
・
・
解することは実用的でもある。ゆえに、各要素を主に構造的、社会風潮的、文化
的、心理的要素とに色分けすることにした。よって、このモデルはいわゆる「マ
17
クロ・レベル」(文化的、機構的、社会風潮的)と「ミクロ・レベル」(個人的、
心理的)の両要素を含んでいる。
18
図2.
2003年から2004年の日本におけるセクシュアル・マイノリティ暴力についての理論モデル
文化
あからさま
な攻撃的態
度を抑制す
る伝統的文
化
暴力の
文化的容認
「他者」や
異質性の拒絶
スティ
グマ
衰退・離れる
傾向
暴力的措
置の容認
ホモフォビ
ア
個人主義の増
加、あからさ
まな暴力的態
度の表れ
厳格な性役割
結婚へのプレ
ッシャー
ジェンダ
ー線に沿
って割り
当てられ
る権力
内在化
一般社会で
暴力犯罪率の上昇
経済的困窮
父権制
社会
同性愛者・トラ
ンスジェンダー
に関する西洋的
病理学モデルの
支配
反セクシュア
ル・マイノリ
ティ暴力
文化的
異性愛主義
警察や
医療関係者から
の援助不足
差別的
法律や政策
長引く経済不況
加害者は暴力を振るっ
ても刑事責任は免れる
事を知っている
セクシュアル・
マイノリティの
非保護
適切・利用可能なサー
ビスやシェルター不足
未通告・援助を求めな
い
19
モデルの最上部から始めよう。日本におけるセクシュアル・マイノリティ
暴力と最も関係が深いのは、次に述べる五つの文化的要素である。はじめに、支
配的な父権性主義は、厳格な性役割を割り当て、結婚することへのプレッシャー
を生み出し、(集団内の社会的レベルで現われるか、パートナー間や個人レベル
で現われるかに関わらず)ジェンダーにそって権力を割り当てる。転じて、これ
らすべての要因が日本の異性愛主義を維持するのを助けることになる。異性愛主
義と、元々ある一般の異質性に対する拒絶(2番目の文化的要因)が相まって、
西洋医学的モデルに基づいた同性愛・トランスジェンダー病理学観の支配(3番
目の文化的要因)がセクシュアル・マイノリティにつきまとう偏見やスティグマ
を生み出している。この偏見やスティグマがホモフォビアの展開へとつながるの
である。
日本における文化的ホモフォビアは、主に四つの方法で暴力を促す。
1. 直接的には、セクシュアル・マイノリティに対しての暴力が容認されてい
る環境を整える。
2. 内在化されることで、セクシュアル・マイノリティ自身が自傷・自殺を行
う心理的動機を形成する。
3. より間接的には、法律や行政方針をつかさどる機構内の実践に影響を及ぼ
す。
4. そして、法制機関と医療機構においても同様の現象が見られる。
法や政策がヘイト・クライム(憎悪犯罪)法や非差別法などの形で、明確にセク
シュアル・マイノリティを差別や暴力から守らない場合、潜在的加害者は反セク
シュアル・マイノリティ暴力を容認する環境を認めることになる。この認識は、
加害者自らが個人の裁量で、刑事責任に問われることなく身体的・性的・言語
的・心理的攻撃を与えることを促すことになる。
同様に、警察官や医療関係者による、構造的ホモフォビアが原因と思われ
るセクシュアル・マイノリティに対する援助不足は、セクシュアル・マイノリテ
ィが暴力体験を通告することや、必要な援助を求めることを抑制する結果になる。
同様に、差別的法律や政策は、まずはセクシュアル・マイノリティを受け入れ、
次にセクシュアル・マイノリティ暴力と取り組めるスタッフを持つ援助サービス
やシェルターの不足へとつながる。この援助やシェルター不足は、通告をするこ
とや援助を求めることを躊躇させることにもつながっていく。潜在的加害者が、
被害者が被った暴行を通告しなさそうだと知ることは、加害行為の動機になりう
る。さらに、報告不足は差別的法律と政策にフィードバック作用を起こし、現状
維持を強めるという、もうひとつの相乗効果につながる。反セクシュアル・マイ
ノリティ暴力の記録が残されていないと、行政担当者がその問題と取り組むこと
を動機付けるものはなくなるのである。
20
最後の機構的主要因は、日本の長引く不況である。不況は暴力犯罪率の上
昇を、1)困窮した生活を作り出すことで、セクシュアル・マイノリティに対し
て暴力を振るい、金銭的利益を受けようとする人の動機を作り、2)攻撃的心理
をあらわに表現することを抑制する伝統的価値観(4番目の主なる文化的要因)
離れのを引き起こしてきた。こういう面での伝統的価値観の衰退が暴力犯罪率の
上昇を促す主なる要因だと理解されている。
あからさまに攻撃的態度を取ることを抑制する伝統的な日本的価値観離れ
を検討することで、私たちはモデル上の文化という元の位置に戻った。暴力の文
化的容認は、5番目の主な文化的要素である。これは部分的に、個人主義のさら
なる進展と伝統的にあからさまに攻撃的態度を取るのを抑制する価値観の衰退に
よって引き起こされている。暴力の文化的容認は、暴力事件発生率の上昇と反セ
クシュアル・マイノリティ暴力的制裁に対する容認をさらに促すことになる。
我々の関心事のアウトカムとしてのセクシュアル・マイノリティ暴力は、
暴力犯罪が上昇している社会的状況の中に存在するこのモデルの中心に位置して
いることになる。この位置づけはこれらの現象がどれだけ相互に密接に関わって
いるかをあらわしており、セクシュアル・マイノリティ暴力は、暴力犯罪率が上
昇しているというより大きな社会環境下で起こり、日本に住む一人一人に影響を
与える社会的風潮を作り上げているのである。
このモデルは文化が社会構造、社会的風潮、個人レベルの各要素から孤立
して働くのではないことを強調している。逆に、これらの人間生態の各要素は、
最終的には社会の文化的価値観と社会規範の分化した表現だと思ったほうがよい
だろう。ゆえに、どこでもそうであるように、日本においても、モデルで表され
ている環境的要素は、相互に相容れない矛盾するものとして存在しているわけで
はない。これらは文化、そしてセクシャルマイノリティ暴力の原動力がいかなる
ものかを説明しようとする、高度な関連性をもって形成されているのである。
E. 結論
この報告書を締めくくるのに最適な方法は、「はじめに」(セクション A)で述
べた四つの具体的な研究目的に対応した、簡潔な答えを述べることだろう。表 4
はそれらの目的に対応した主な調査結果をまとめた。
21
表 4. 調査の具体的な目的に関わった主な調査結果のまとめ
調査の具体的な目的
調査結果事項
目的1.日本のセクシャル・マイノリティ
は以下のことを体験するか否かを確かめ
る。
セクシャル・マイノリティに対しての暴力
(バッシング)
パートナー間の暴力(IPV)
家庭内暴力
自傷・自殺
ある
ある
ある
ある
目的2.これらの暴力形態が日本で起きて
いることが確認された場合、それが日本の
状況の中でどう定義され、理解されている
のかを説明すること。
目的3.これらの暴力により引き起こされ
たと研究参加者によって認知された健康へ
の二次的影響を解明すること。
•
•
•
•
目的4.セクシャル・マイノリティに関わ
るこれら四種類の暴力に影響を与える日本
の社会的環境を明らかにする。
身体的・性的・心理的・言語的形
態はたいてい区別されている。
これらの暴力に対処するためにご
くわずかなことしかなされていな
い。
研究参加者によって認知された、
さまざまな重度の健康障害が報告
された。
軽度の身体的・心理的損傷から、
入院を要するような重度の負傷や
致死など複数のケースも含めたも
の。
セクシャル・マイノリティ暴力は主に以下
のものによって助長されている。
• 文化的ホモフォビア
• セクシャル・マイノリティに対し
て組織的差別を依然として行う機
構的組織
• 一般社会における暴力犯罪の増加
• セクシャル・マイノリティは一般
と比較し病理学的に違うという認
識
• 反セクシャル・マイノリティ暴力
は、刑事責任に問われることなく
実行できるという認識
22
E1. 目的 1
最初の具体的な目的に対応した四つのサブカテゴリへの答えは全て「あ
る」であった。この調査研究においては、調査対象となった反セクシュアル・マ
イノリティ暴力、IPV、家庭内暴力、自傷・自殺の四種類の暴力が日本において
生じていることが明らかになった。研究者である私の知る限りでは、この調査は
セクシュアル・マイノリティ間の IPV と家庭内暴力に関して実証的調査が行わ
れ、記録された最初のものである。さらに、ゲイ・バイセクシュアル男性以外、
つまりレズビアン・バイセクシュアル女性・トランスジェンダー・インターセッ
クスの人々をも含めたセクシュアル・マイノリティ暴力に関しての最初の調査研
究でもある。
E2. 目的 2
この調査研究への参加者は、これら主な四種類の暴力形態をさまざまに理
解し、定義していた。全体的には身体的、性的、心理的、言語的暴力を分けて考
えていたが、IPV に関しては、心理的、言語的暴力を混同する傾向が強かった。
しかし一つの社会的機構が反セクシュアル・マイノリティ暴力を、他の機構に比
べてより問題化するかということに関しての明らかな意見の一致は見られなかっ
た。それはつまり、セクシュアル・マイノリティに関する暴力が公衆衛生、法制
機関、医学、メンタルヘルス、社会福祉部門、行政担当者のどれにもある程度の
関心を持って取り上げられたことがないということを示している。
バッシングと自殺を問題化した「動くゲイとレズビアンの会」と近年 IPV
に取り組み始めたばかりの「性別と性の平等連合・ユニオンステーション」など
のセクシュアル・マイノリティ団体の取り組み以外には、セクシュアル・マイノ
リティの暴力関係の話題は、コミュニティ内の友人・知人間、インターネット上、
セクシュアル・マイノリティ向けの雑誌を中心としたマスコミ、そしてわずかな
一般報道にしか見られなかった。データによると、母集団レベルで大幅な変化を
もたらす力を持つ団体や機関内外で、公式な話し合いはまだ十分に行われていな
いという結果が出た。
E3. 目的3
セクシャル・マイノリティへのこれらの四つの形態の暴力に関して、研究
参加者によって第二次的健康障害と認知されたものを明らかにしていこうとする
際、間接的に問われていることは、この暴力が、集団または個人として日本の公
衆衛生問題になりうるかどうかということである。今の時点で明言できることは、
・
・
・
・
・
・
次の理由により、これらの暴力は公衆衛生問題になる可能性があるということの
みである。まず最初に、調査対象になった全ての暴力形態は調査対象になってい
る母集団において存在していることが確認された。これが公衆衛生問題を定義付
ける最初の段階である。次に、表5で示されているように、暴力の結果として研
23
究参加者によって認知されていた身体的健康や精神面への悪影響が複数報告され
ている。そこには軽度の負傷から重度の罹患率や致死に至るまでの広範囲にわた
るものが含まれていた。ゆえに、セクシャル・マイノリティ暴力は、健康障害で
あると認知されていることが立証されたわけである。
表5. 反セクシャル・マイノリティ暴力によるものと研究参加者によって認知さ
れていた身体的・精神的影響
反セクシャ
ル・マイノ
リティ暴力
身体的健
康への影
響
切り傷, 裂傷
アザ, 打撲傷
●
●
火傷
骨折
傷つけ行為(瘢
痕化を含む)
パートナー
間暴力
(IPV)
●
●
●
●
●
HIVウイルス伝
染の疑い
自傷・自殺
●
●
●
家庭内暴力
●
●
●
●
●
●
臓器損傷
ホルモン摂取の
妨害
意識喪失
●
薬物中毒
不特定な身体的
負傷
入院
致死
精神面へ
の影響
不安感
躁鬱症
記憶喪失
●
●
●
●
●
●
●
●
解離性障害
(多重人格)
●
●
●
●
●
●
●
●
引きこもり
PTSD
●
拒食症
過食症
●
●
●
●
●
非特異性神経症
不特定の心理的
損傷
●
●
●
●
●
24
・
・
ある事柄を公衆衛生問題として規定しようとする場合、ある程度の重要性
を確立することが求められる。そして、容易に予想されるように、それは質的調
・
・
・
・
・
査の場合には多少複雑になりうる。この調査での暴力の広まりは、認知されて
・
・
いる広まりの度合いとして測定されている。例えば、いじめ、恐喝、言語的バッ
シング、自傷・自殺は高い率で普及していると認知されていたが、身体的バッシ
ングや身体的家庭内暴力などの他の形態の暴力は、頻度がより低く認知されてい
た。ところが、全ての暴力形態は、未報告となる傾向が強いということが参加者
の共通した意見として聞かれた。結果として、ほとんどの参加者が自分たちの認
知度が実態よりもずっと低い推定値に基づくものだと認めるにいたった。
E4. 目的 4
現代日本の社会文化的環境は、以下にあげる複雑な要因によって、反セク
シュアル・マイノリティ暴力を促すものとなっている。(セクションDも参照の
こと。)
1.
2.
3.
4.
文化的ホモフォビア
構造的決定要因
一般人口における暴力犯罪発生率上昇の傾向
セクシュアル・マイノリティ・アイデンティティや反セクシュアル・マイ
ノリティ暴力的制裁に関わる個人レベルでの(心理的な)認識
E5. 保護的要素
ここでの私の分析は、データに示唆された反セクシュアル・マイノリティ
暴力を促す原動力になっているものに焦点が当てられていたが、私は同時にセク
シュアル・マイノリティを暴力から保護する要因にも興味を持っていた。この調
査報告を簡潔かつ読みやすい長さに収めるために、ここでは潜在的な保護的要素
についての議論は省くことにする。しかし、そういう要素がデータから浮上した
と言うことは特記すべきことであり、それらには不可視性と沈黙という二つの主
題がともに強調される傾向が見られた。まとまった集団としてのセクシュアル・
マイノリティが、自分らに向けられる暴力、IPV、家庭内暴力を避けるための最
も頻繁に用いる方法とは、隠れること(つまり、自分のセクシュアリティを隠し
続けること)であり、感情や気持ちを外に向けて表現するよりも内にこめてしま
うことであった。
不可視性と抵抗は、保護的と見られるかもしれないが、それでもセクシュ
アル・マイノリティにとっては精神面での不健康、自傷・自殺という大きな犠牲
を払って得られるものであり、一見保護的と見られる要素は、これらの障害に対
して保護を与える方法として全く挙げられていない点が目立った。日本での生活
25
の中で、一般社会に一社会人として適応しようとする生涯を通しての絶え間ない
努力は、セクシュアル・マイノリティにとって、精神面での不健康や自傷・自殺
のリスクを高めるようである。
F. 提案
この調査結果の主要な点に基づき開発された最終的な理論モデル(図 2)
は、日本における反セクシュアル・マイノリティ暴力に関しての提案を作成する
のに活用できるものであろう。研究者の予防対策の提案は個人レベルでの解決だ
けではなく、社会文化的レベルで明らかにされた暴力の「根源的原因」をも狙っ
た、反セクシュアル・マイノリティ暴力予防対策を目的とした介入モデルを提案
した Herek (1992) のものと共鳴する。
ここで提案されている介入法は、機構的機関、文化的ホモフォビア、個人
レベルでの認識のどこに狙いを定めるかで、三つのカテゴリー分けられている。
しかしこれらのカテゴリーを分ける境界線には、かなりの浸透性があるというこ
とに注意しなければならない。例えば、個人レベルでの心理的提案(下記Ⅲ参
照)が可能であるためには、まずは数々の構造的問題(下記Ⅰ参照)が解決され
なければならないが、これにはまず社会規範が変わらなければならない(下記Ⅱ
参照)。人間生態上の三方面からさまざまなレベルでの解決努力を同時に行なわ
なければ、効果的な変化は望めないだろう。
ここでの私の提案は、日本の一般人口における暴力犯罪率上昇についての
取り組みに関しては言及していないということを、特記しておかなければならな
い。この傾向を逆転させるための方針の重要性を軽視しているわけではないが、
犯罪防止法に関する提言を行うことは、この調査の範疇を超えるものと判断した。
例えば、調査から得たデータは、暴力犯罪率は、経済状態が、特に若い男性にと
って著しく向上しない限りは上昇の一途をたどると示唆している。そこで単純に
職業訓練プログラムの提言などをしたら、現在の経済状況の複雑さを否定するこ
とになる。将来行なわれる調査研究が、経済、暴力的行動を抑制する伝統的価値
観離れ、暴力犯罪率の上昇、セクシュアル・マイノリティ暴力の間にある明白な
関係の具体的な構造を明らかにしてくれることを望む。
ここに掲げる提案は、総計データに基づいた私の分析と、調査参加者から
の具体的な提案に基づくものである。万一読者にこの提案が、日本の文化的に不
相応なもの、あるいは主に英語や西洋の学術的文献やその母集団相手に行なった
調査を元にしたモデルや対策プログラムを利用した提案であるという印象を与え
ないためにも、この点を強調しておきたい。逆に、私の提案は日本の調査参加者
のデータや声にしっかり根付いている。以下に私が示した提案で、米国や他の西
洋諸国に既存の介入プログラムとの相似点は、西洋型のゲイ解放運動や人権意識
が OCCUR(アカー)などの団体などやインターネットなどによる現代の大規模
26
で高速な多国間にわたる情報流布により、セクシュアル・マイノリティ・コミュ
ニティの共同意識に入り込んだ結果である可能性が高い。
しかし時には、米国で利用されたセクシュアル・マイノリティ暴力問題を
狙った介入対策も、そこでの対策プログラムが日本の環境に合うように適切に分
析され適合されれば、全く新しい別のプログラム作成に使われる労力と時間の節
約になるかとの思いから、参考として提案に含めることにした。米国や西洋諸国
での比較的長い介入対策の歴史が、わずかながらでも日本においての反セクシュ
アル・マイノリティ暴力とどう向き合ったらいいのかの参考になるならば、わざ
わざ一からやり直す手間が省けると思われるからである。結果的には、これは明
らかな比較的調査ではなかったにせよ、データを幅広い観点から捉え直した場合
の主な所見は、西洋と日本のセクシュアル・マイノリティ暴力について、いくつ
かの重要な違いを別にすれば、意外かもしれないが、違いよりは相似点のほうが、
断然多かった。
しかし、私が以下に提案する介入キャンペーンは日本の環境に合うよう、
文化的に適合されなければならない。米国や他の西洋諸国の対策プログラムを安
易に直訳したものは使うべきではないだろう。これからの、コミュニティを基本
とした調査はフォーカス・グループを使う可能性も視野にいれつつ、日本中のさ
まざまなセクシュアル・マイノリティ・コミュニティにおいて、最適な方針を利
用すればいいかの合意を得るべきであろう。このように、より的を絞った調査研
究は、間違いなくここにはない提案も盛り込むこととなるだろう。
I. 社会の構造的要因に焦点を当てた提案
1. 医療機関・メンタルヘルスケア関係者、弁護士、社会福祉職員、シェルタ
ースタッフ、警察、関連のある省の職員を対象に以下の訓練を提供する。
a. 日本社会の環境においてのセクシュアル・マイノリティ問題全般に
関するセンシティビティの育成。
b. この調査研究報告で記録されているような四種類の暴力の発生につ
いて。
c. 保険医療機関、法体制、社会サービス、法執行機関、政府のそれぞ
れの機関が、反セクシュアル・マイノリティ暴力に協力して取り組
む必要性。
2. 暴行に遭った被害者が利用できるような機関や設備にさらなる財源の割り
当てを行う。
a. セクシュアル・マイノリティの相談者を含むように、サービスを拡
張できる既存の機関にさらに財源を割り当てる。
27
b. セクシュアル・マイノリティ用のシェルターの建設。当面それが無
理であるのなら、短期的対策としてはせめて男性を受け入れるシェ
ルターの確立。
3. 病院や診療所で、同性愛者・トランスジェンダー・インターセックスが体
験するパートナーによる暴力(IPV)をスクリーニングするための政策の
立案。
4. ヘイト・クライム法の立案と加害者告訴制度の設立。
5. 将来において、「配偶者からの暴力の防止および被害者の保護に関する法
律」を見直す際にセクシュアル・マイノリティと同性カップルを含むこと。
これは 2004 年に参議院で改正されたばかりだが、その際にセクシュアル・
マイノリティは再び疎外された。
6. セクシュアル・マイノリティ団体は、バッシングと自殺以外の暴力にも取
り組む必要がある。致死に至らない自傷、家庭内暴力、そして何よりも、
沈黙と無知の雲に隠れている IPV とも取り組まなければならない。
7. 次のものも含めた法律や政策においての完全なる平等:年金制度、委任権、
住宅や雇用に関する非差別条項、セクシュアル・マイノリティを全ての国
内人権法制に含んだ「市民的および政治的権利に関する国際規約」(略
名:ICCPR、国際連合 1966 年)の施行、結婚または市民的結合、養子縁
組。
II. 社会の文化的要因に焦点を当てた提案:社会規範とホモフォビア
1. 中学・高校の性教育でセクシュアル・マイノリティ関する話題を盛り込む。
具体的には、子供らにセクシュアル・マイノリティについて教え、受け入
れと尊重(アクセプト・アン・リスペクト)の教育を盛り込んだカリキュ
ラムを組む。
2. 一般人口へのセクシュアル・マイノリティ受け入れを促す活動:
a. 現在の日本の中学・高校で実施されているいじめ予防に類似したも
の。
b. 活動は、学校に加え企業社会や他の典型的な仕事環境に注目するべ
きである。
c. 最初の方式はソーシャル・マーケティングが最適と考えられる。
d. 同性関係に寛容だった日本史(江戸時代など)を利用する。明治時
代より支配的になったセクシュアル・マイノリティに関する西洋的
病理学モデルを疑い、再考を促す。
28
III. 個人レベルの認識と心理に焦点を当てた提案
1. 内面化されるホモフォビア、それと関係する精神面への悪影響、自傷・自
殺などに対応するために、セクシュアル・マイノリティのためのメンタル
ヘルス・ケアの充実と改善。
a. メンタルヘルスケア、特に精神科治療に対する偏見やスティグマを
払拭する活動。
b. セクシュアル・マイノリティの精神保健問題をメンタルヘルス関係
者の教育課程に盛り込む。
2. 暴行者と起訴されたヘイト・クライム加害者用の精神保健医療プログラム。
(適当な法律を制定した後の課題。)
3. セクシュアル・マイノリティ・コミュニティにおけるセクシュアル・マイ
ノリティ暴力に関する啓発活動。
a. この研究による主な調査結果を、セクシュアル・マイノリティ団体、
各ウェブサイトや官庁(例:厚生労働省)からのリンクを可能にし
たり、情報案内冊子作成に利用できるようにする。
b. さらに、わずかではあるが、現在既にセクシュアル・マイノリティ
が利用できるリソース(例:アカーの紹介ホットライン、性別と性
の平等連合・ユニオンステーションなどの団体の連絡先)を広く宣
伝していかなければならない。
4. 潜在的加害者の反セクシュアル・マイノリティ暴力は社会的に容認されて
いる、という認識への取り組み。
a. 反セクシュアル・マイノリティ暴力は、法制機関により厳しく取り
締まられ、加害者は法に従い罰せられると謳うソーシャル・マーケ
ティング活動。
b. 反セクシュアル・マイノリティ暴力の目撃者に、法制機関に通告す
るように働きかける。
c. すでに日本で使われている、痴漢に対する警察のキャンペーン活動
のように、意識を高めるための公共スペース(例:電車や駅など)
でのポスターキャンペーンを行なう。
29
IV. さらなる調査研究への提案
1. 普及率統計を生成するための大規模な確率サンプル量的調査を通して、こ
の研究の調査結果から導かれた仮説の検証。
2. セクシュアル・マイノリティ暴力、IPV、自傷・自殺、家庭内暴力のそれ
ぞれをより深く探求するためのさらなるエスノグラフィック的調査。
上に示した提案に関する重要な注意点は、データから明らかになった反セク
シュアル・マイノリティ暴力への潜在的保護要素である二点、不可視性と沈黙、
に関連している(E5 部参照)。将来の調査は、これらの保護的要素が、バッシ
ング、IPV、家庭内暴力において、(自傷・自殺は含まない)どのように機能し
ているかの仮説を検証せねばならない。もし、これらが有効な保護的要素だと立
証され、かつ私の提案した多くの案が実施された場合、一時的にバッシング、
IPV、家庭内暴力の発生率上昇が予測される。それはつまり、私の提案の多くは、
セクシュアル・マイノリティを日本の一般の異性愛者社会に平等に参加すること
を促すため、日本のセクシュアル・マイノリティの可視性を高めることになるか
らである。純粋に傷害予防的観点からすると、私の提案が、不可視性は一見暴力
に対して保護的に見えるため、調査結果と矛盾しているように見えるかもしれな
い。
一体どうして私はこの調査において、四種類中三種類の暴力形態を助長する
結果になるような提案をすることができるのだろうか。これは難しい問題であっ
て、慎重に検討しなければならない倫理上問題を含むものである。短期的には、
日本のセクシュアル・マイノリティの可視性上昇は、一時的な暴力の上昇につな
・
・
・
・
・
・
がるかもしれない。しかし、もしそうなるとしたら、それは一時的には負担が大
きくとも、長期的解決には必要な第一歩と考えられないだろうか。もうひとつの
選択肢は、日本のセクシュアル・マイノリティに自分のアイデンティティを隠し
続けることを勧め、自分達に対し広く行われる差別を受けいれ、暴力に関する現
状に甘んじるように勧めることだ。このような提案は短期的には反セクシュア
ル・マイノリティ暴力の悪化を防いでくれるかもしれないが、そうでない場合も
考えられる。しかし確実なことは、状況の改善にはつながらないと言うことであ
る。このややこしい状況を医療的シチュエーションになぞらえてみれば、それは
病気の根本的原因、つまりは病因と取り組むことをせずに、症状を放置してそれ
が治癒することを望むようなものだと言える。この研究の調査結果全般に基づい
てみれば、日本の反セクシュアル・マイノリティ暴力に影響を及ぼす根源的な問
題、または病因学的要素と真剣に取り組むということは、セクシュアル・マイノ
リティにとってより平等な社会環境をつくることと深いかかわりがあるというこ
とが明らかになったわけである。
30
長続きする効果を狙った変化のためには、負傷を予防するための観点と、人権に
関わる予測的方向性を考えに入れた方策を含んだアプローチが最善ではないかと
思われる。つまり、セクシュアル・マイノリティが可視化することによって、実
際起きるかもしれない、あるいは起きないかもしれない反セクシュアル・マイノ
リティ暴力の上昇は、もしあったとしても一時的なものに過ぎない可能性が強い
と言うことだ。私の提案に書いてある目的が果たされたとしたら、それは暴力低
下への着実なスタートとなり、状況は現在よりもずっと改善されるであろう。こ
れらの状況好転は、最初の介入後の一時的な犯罪率変動だけに終わらず、定着し
た変化となることを望むばかりである。
G. 最後に
結果がここに報告され提案がなされた今、もう一度、この調査において大
切だと思われる諸条件を述べておきたい。この調査研究中、主任調査員は自分の
研究対象との位置づけと現代アメリカ史を考える上で、自分が米国人であること
の問題を常に意識してきた。
これを書いている現時点で、米国行政府は米国内のいずれの州においても
同性婚を認めることを違法とするような憲法改正を支持し続けている。同時に、
この調査研究で行なった日本での諸暴力は、米国においても大きな公衆衛生問題
と社会問題になっている。ゆえに、この調査報告に一貫して流れている批判的な
物言いや日本での現状変化のための提案が偽善的に見られる可能性のあることも
承知している。
しかし、これらの事実はこの調査結果に裏付けられた事実や、私に現実の
日常生活の話をしてくれたセクシュアル・マイノリティの人達やその友人や知人
の話を否定するものではない。これらの調査結果が、主任調査員自身の国におい
ても切実に求められていると感じる状況改善の取り組みのために使われることを
切望する。
最後に、この調査研究による諸々の結果の影響は日本だけに限られないこ
とを述べておきたい。Edgerton (1981) は、アメリカ社会においては「普通(一
般)」とされる行動形態の範囲は狭く、「逸脱した」と類分けされる行動形態の
範囲はずっと広いと指摘した。この調査ははっきりと比較的ではなかったにしろ、
データによれば、日本はこの点で米国に近いことが暗示されている。両社会にお
いて、セクシュアル・マイノリティを逸脱者とみなしレッテルを貼った結果は反
セクシュアル・マイノリティ暴力に帰結している。さらに、反セクシュアル・マ
イノリティ暴力は南アフリカ(Graziano, 2004)、ボツワナ(Ehlers 等,2001) 、カメル
ーン、シオラレオネを含むアフリカの諸地域(Human Rights Watch, 2003-2006;
Lwabaayi, 2004)、オーストラリア(Van de Ven, 1995)、フランス(Campbell, 1993)、
オランダ(Van Gemert, 1994) 、英国(King 等,2003; Rivers, 2004; Warner 等, 2004)、
イラン、サウジアラビア、エジプト、ネパール、バングラデッシュ、グアテマラ、
31
ジャマイカ、ロシア、メキシコ(Baker, 1994; Human Rights Watch, 2003-2006)を含
む世界の諸地域でも記録されている。どうやら多くの社会は、日本や米国と同様
にセクシュアル・マイノリティを完全かつ有効的に一般人口の一員とする方法の
開発に失敗しているようだ。それどころか、これらの社会は文化形成の一部とし
て、既成の性的規範から逸脱する人たちをスティグマ化し、社会の端に押しやろ
うとしている。結果、暴力が誘発されるだけでなく、そういったスティグマがセ
クシュアル・マイノリティの社会や家族生活への完全な参加や貢献を妨げ、家族
崩壊を招き、セクシュアル・マイノリティ自身も社会全体も苦しむことになるの
である。
謝辞
この調査研究のデータ収集の段階では、日本の文部科学省により資金援助
を受けることができました。データ分析とこの報告書の元となった原稿はカリフ
ォルニア州立大学ロサンジェルス校大学院公衆衛生学部のコミュニティ保健学科
の大学院教育クオリティ研究助成金(QGE)により支援を受けました。
この調査研究は、さまざまな人の援助をなくして全うすることは不可能で
した。まずは UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンジェルス校)での主任調査
員の指導教官であり恩師でもある、マージョリー・香川シンガー感謝の意を表し
たいと思います。次に、UCLA のコミュニティ保健学科のスーザン・ソーロンソ
ン教授とスネヘンデゥ・カー教授と人類科学学科の玉野井麻利子教授にご指導頂
いたことにお礼申し上げたいと思います。主任調査員の調査研究のためのデータ
収集に先立ち、梅澤慶子氏と大久保佳宏氏は日本語資料が言語と文化の両側面か
ら適切であることを保障してくれました。UCLA の研究対象者保護課、特に施設
内治験審査委員会議長を務めてくださったナンシー・レヴィン教授は主任調査員
の研究計画が委員会の指針に沿うように高い倫理基準を満たすことを保障してく
れました。日本においては、京都大学の人文科学研究所の田中雅一教授にフィー
ルドワーク実施の際にさまざまな指導を頂き、心より感謝しています。横浜国立
大学大学院教育学研究科言語文化系教育専攻の松石竹志教授には、調査設計中の
支援に対してお礼申し上げたいと思います。東京では、中央大学の戦後日本トラ
ンスジェンダー社会史研究会が文書資料を閲覧・利用を通して、この研究に大き
な貢献をしてくださいました。この閲覧・利用を可能にする手助けとなってくだ
さり、私たちのの研究に関連した課題に関しての見識についてのお話をうかがわ
せていただいた、オーストラリア・クイーンズ大学のマーク・マクラレンド博士
に感謝いたします。東京大学のジェーン・コーナ氏は、良き友人であり、この研
究の手助けもしてくれました。炉山 拓氏、渡辺由紀氏、織笠綾子氏、米山真紀
子氏は日本語で行なわれたインタビューを文書化してくれ、ジュリー・ジャーン
氏とスーザン・パク氏は、数少ない英語でのインタビューを文書化してくれまし
た。UCLA の人類科学の名誉教授ピーター・ハモンド教授には、フィールドワー
クの前後に相談に乗っていただきました。
32
最後になりましたが、各自ご自分の貴重なプライベートな時間を割いて、
この調査研究に参加していただき、重要な問題を明るみに出すことに協力してい
ただいた方々に心よりのお礼と尊敬の念を表したいと思います。
33
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