第1部 戦後資本主義世界体制の構築とその変質

現代資本主義論 第 1 章
第 1部 戦 後 資 本 主 義 世 界 体 制 の 構 築 と そ の 変 質
(a) 資 本 主 義 世 界 に お け る 日 ・ 欧 諸 国 の 戦 争 に よ る 荒 廃 と
他 方 で の ア メ リ カ の 圧 倒 的 な 経 済 力 ・ 軍 事 力 (原 爆 独 占 )・ 国 際 政 治 力
(b) 社 会 主 義 の 世 界 体 制 化
(c) 資 本 主 義 諸 国 の 植 民 地 ・ 支 配 下 地 域 の 独 立 ・ 民 族 解 放 闘 争
この状況のもとで
アメリカ主導の戦後資本主義世界体制の構築
=資本主義体制の存続とアメリカの国益の維持・拡大のために死活的重要性
第 2 次世界大戦後の世界を規定する要因
冷戦体制 (第 1 章 →Text 第 2 部 第 3 章 )
国際経済体制 (第 2 章→Text 第 2 部 第 4 章 )
第 1章 冷 戦 体 制 ― ア メ リ カ の 恒 常 的 軍 拡 体 制 (Text 第 3 章 )
第 2 次世界大戦後の軍拡の恒常化
第 1 次大戦前後:アメリカの戦争参加にともなう軍事支出急増→戦争終了で急減
第 2 次大戦後:戦争終了で軍事支出は急減,ただし戦前をはるかに上回る水準
冷戦期:1980 年代末までほぼ一貫して増加
核兵器の登場
1941.12
マンハッタン計画開始
1945.7
原爆実験成功
1945.8
広島・長崎に原爆投下
核兵器:「通常」兵器とは隔絶した巨大な破壊力・殺傷力
+生成された放射性物質による子孫や環境への長期的被害
米ソ両陣営の核軍拡競争→人類世界全体が破滅する危険性
核兵器とその技術の世界への拡散→ 軍事・国際政治上の不安定要因
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現代資本主義論 第 1 章
第 1節 ア メ リ カ の 原 爆 独 占 の 崩 壊 と 恒 常 的 軍 拡 体 制 の 形 成
(1) ア メ リ カ の 冷 戦 ・ 軍 事 戦 略 の 形 成 と 核 兵 器
1945.8
広島・長崎への原爆投下:「ソ連との冷たい戦争の最初の大作戦」
1946.2
J.ケナンの「長文電報」=封じ込め政策の方向性
1947.3 トルーマン・ドクトリン演説=アメリカによる冷戦開始の公式宣言
1947.6
マーシャル・プラン発表=封じ込め政策の具体化
1948.4
ベルリン封鎖開始=冷戦激化
1949.4
北大西洋条約調印・NATO 結成=封じ込め政策の軍事的性格強化
1949.5
ベルリン封鎖解除
→ 東西ドイツの成立,マーシャル・プランによる西欧諸国の復興
⇒ ヨーロッパにおける冷戦は安定状態へ
*この時期の冷戦・軍事戦略の特徴
(a) 経 済 的 手 段 を 中 心 と す る 封 じ 込 め 政 策
(b) 原 爆 独 占 を 基 盤 と す る 軍 事 態 勢 : 米 ソ 全 面 戦 争 に お け る 勝 利
(c) NATO: 米 ・ 西 欧 の 軍 事 同 盟
ヨーロッパにおけるソ連圏の軍事的拡大への抑止力
(2) ア メ リ カ の 原 爆 独 占 崩 壊 と 冷 戦 ・ 軍 事 戦 略 の 再 検 討
1949 年秋:
ソ連の原爆実験成功 (1949.8.29) =原爆独占の崩壊
中華人民共和国成立 (1949.10.1) =中国喪失・
⇒ 水爆開発計画開始の指示
⇒国家安全保障戦略の根本的再検討
=国家安全保障会議文書 68 号:
NSC 68 (U.S. Objectives and Programs for National Security, 1950.4)
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現代資本主義論 第 1 章
① NSC 68 の 提 起 し た 冷 戦 ・軍 事 戦 略
1) 基 本 認 識
(a) 単 純 な 米 ソ 対 立 観 : 神 と 悪 魔 と の 対 立
(b) ソ 連 の 予 測 さ れ る 能 力 (≠ 意 図 )を 基 準 と す る 脅 威 の 評 価
⇒その脅威に対処する戦略を提起
(c) 常 備 さ れ 即 時 に 動 員 可 能 で 総 合 的 な 軍 事 力 の 優 越 の 必 要 性
(d) ア メ リ カ の 経 済 力 は 軍 事 支 出 の 大 幅 増 額 が 可 能
(e) 冷 戦 = 現 実 の 戦 争 (real war)⇒ 軍 事 力 強 化 > 経 済 へ の 悪 影 響 へ の 配 慮
2) 具 体 的 提 言
(a) 米 軍 事 支 出 の 大 幅 増 額 = 4~ 500 億 ド ル , 現 行 の 約 3 倍 増
(b) グ ロ ー バ ル な 反 共 軍 事 同 盟 網 の 形 成
(c) 同 盟 国 の 軍 事 力 強 化 の た め の 軍 事 ・経 済 援 助 計 画 の 大 幅 増 額
(d) 政 治 ・経 済 ・心 理 作 戦 や 諜 報 活 動 の 強 化 (公 然 ・非 公 然 含 む )
(e) 米 国 内 の 治 安 強 化 や 民 間 防 衛 計 画 の 強 化
② NSC 68 に 対 す る 批 判
1) 単 純 な 米 ソ 対 立 観 : 非 ソ 連 圏 の 政 権 の 内 容 不 問 の 支 援 の 妥 当 性
2) ソ 連 の 脅 威 の 予 測 の 根 拠 の 曖 昧 性
3) ソ 連 の 意 図 の 無 視 の 妥 当 性
4) 共 産 主 義 イ デ オ ロ ギ ー と ソ 連 の 膨 張 主 義 と の 同 一 視
5) 巨 額 の 軍 事 支 出 の 経 済 へ の 悪 影 響 へ の 危 惧
③ NSC 68 の 国 家 戦 略 へ の 採 用
1950.6
朝鮮戦争勃発 (25 日),トルーマン大統領の武力介入声明 (27 日)
1950.7
国連安保理決議 (7 日):米軍 (対日占領軍中心)が国連軍として介入
⇒ 連邦議会が軍事支出制限解除・100 億ドルの追加軍事支出承認
= 朝鮮戦争が軍事支出増額への抵抗を一掃!
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現代資本主義論 第 1 章
戦争勃発=NSC 68 の情勢分析とソ連観の正しさの証明
1950.12 NSC 68/4 が NSC で承認=NSC 68 の提起した戦略が正式な国家戦略に
④ NSC 68 の 冷 戦 ・軍 事 戦 略 の 実 行
(a) 軍 事 支 出 : 朝 鮮 戦 費 と NSC 68 の 提 起 し た 全 般 的 軍 事 力 の 増 強
1950 会計年度 (1949 年 7 月~6 月)の 131 億ドル
→53 会計年度の 504 億ドル (連邦政府支出の 65.7%,対 GNP 比 13.2%,cf. text 第 3-1 図)
(b) グ ロ ー バ ル な 軍 事 同 盟 網
北大西洋条約 (NATO,49.4.4): 米・西欧 12 カ国,1952 ギリシャ・トルコ加盟,
1955 ドイツ連邦共和国(西ドイツ)加盟
NSC 68/4 承認(50.12.14)
米比相互防衛条約 (51.8.30)
太平洋安全保障条約 (ANZUS,9.1):米・豪・NZ
日米安全保障条約 (9.8): 対日平和条約調印直後
朝鮮戦争休戦(53.7.27)
米韓相互防衛条約 (53.10.1)
東南アジア集団防衛条約機構 (SEATO,54.9.6):
米・英・仏・豪・NZ・タイ・パキスタン・フィリピン
米台相互防衛条約 (54.12.2)
中東条約機構 (METO,55.12.22): (米)・英・イラク・イラン・トルコ・パキスタン
1959 イラク脱退⇒CENTO へ改組
⇔ワルシャワ条約調印 (55.5.14): ソ連・東欧 8 カ国
⇒グローバルな軍拡競争へ
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現代資本主義論 第 1 章
第 2節 核 軍 拡 競 争 と 恒 常 的 軍 需 生 産 体 制 の 構 築
(1) ニ ュ ー ・ ル ッ ク 戦 略 ― 核 軍 拡 競 争 の 開 始
1952 年の大統領選挙での争点:
朝鮮戦争と NSC 68 の戦略実行による軍事支出増大→財政赤字と経済統制
膠着状態の朝鮮戦争=共産主義封じ込めの失敗
⇒ 戦争終結を訴えたアイゼンハワー当選
① アイゼンハワー共和党政権の課題
軍事支出の削減
対ソ・対共産主義強硬姿勢
これらを両立させる戦略=ニュー・ルック (大量報復)戦略:
核戦力を中心とした強大な軍事力の保持
ソ連陣営の行動に対する報復手段として即時に行使できる態勢⇒相手を威嚇
⇒「共産主義の脅威」を抑止
② ニュー・ルック戦略の特徴
(a) 目 的
大量報復力の威嚇による「巻き返し (roll back)」
or「共産主義の脅威」にさらされている国・地域の「解放 (liberation)」をめざす
トルーマン政権での封じ込め政策:
ソ連側の軍事行動に対応してその場所で同種の軍事手段によって対抗しうる態勢
⇒ソ連体制の内部崩壊を助長する戦略
ニュー・ルック戦略:
「戦争瀬戸際 (brink of war)」政策と表裏一体=より強硬な対ソ・対共産主義態勢
(b) 手 段
アメリカの長期的な安全保障の確保
⇒健全経済の財政能力の範囲内での強力な軍事力の維持が必要
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現代資本主義論 第 1 章
=軍事力の強化と軍事支出の抑制という二律背反的な課題
この課題を解決する方策
核兵器=通常戦力に比べて破壊力・殺傷力あたりの費用が相対的に安価
⇒軍事支出の重点:核兵器とその運搬手段である戦略空軍
(c) 強 力 な 軍 事 同 盟 網 の 必 要 性
核戦力によるソ連の行動の抑止のためには
戦略爆撃機の基地を置けるような同盟国の存在
米軍基地確保のための同盟国の防衛
⇒ 同盟国の軍備増強:日本と西ドイツの再軍備
日本:日米相互防衛援助(MSA)協定調印 (1954.3),自衛隊法制定 (1954.6)
西ドイツ:ドイツ連邦軍編成・NATO 加盟 (1955.5)
*軍事支出を節減しつつ圧倒的な戦力を保持
⇒米ソ全面戦争に勝利できる態勢
③ ニュー・ルック戦略の実効性の基盤
ニュー・ルック戦略の目的:
相手の攻撃の(消極的)抑止でなくアメリカの意思の相手への強制
もし,ソ連の行動に対して
→アメリカが核兵器による大量報復攻撃
→ソ連の対抗的な核攻撃
→アメリカが深刻な損害
⇒一方的な威嚇は確保されない
ニュー・ルック戦略の実効性の基盤:
ソ連からの攻撃に対してアメリカの防衛がほぼ完全であること
=アメリカの「聖域」性維持の必要性
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現代資本主義論 第 1 章
④ ニ ュ ー ・ル ッ ク 戦 略 の 帰 結
1) ア メ リ カ の 「 聖 域 」 性 の 維 持 の た め に は ?
(a) 必 要 な 場 合 に は 相 手 の 核 戦 力 を 破 壊 し て 余 り あ る ほ ど の 圧 倒 的 核 戦 力 の 保 持
⇒ アメリカ本土の防衛とソ連に対する威嚇とを同時に実現
(b) ア メ リ カ 本 土 の 完 全 な 防 空 体 制
⇒ ソ連の先制攻撃に対する早期警戒・防空体制の強化
2) ソ 連 の 対 抗 的 な 核 戦 力 ・ 防 空 体 制 強 化 が 予 想 さ れ る 場 合 に は ?
(a) ソ 連 の 戦 力 を 質 ・量 と も に 圧 倒 的 に 凌 駕 す る 核 戦 力 の 増 強
しかも,凌駕すべきソ連の戦力は兵器開発能力を含む潜在的軍事力を対象
アメリカが開発中の新兵器・新軍事技術は近い将来ソ連も保有することを前提
(b) 早 期 警 戒 ・ 防 空 体 制 の 継 続 的 強 化
3) ニ ュ ー ・ル ッ ク 戦 略 の 採 用 に よ っ て
(a) 際 限 の な い 新 兵 器 ・ 新 軍 事 技 術 の 研 究 開 発 が 運 命 づ け ら れ た !
(b) 最 先 端 の 科 学 ・ 技 術 の 全 面 的 動 員 の 必 要 性
(c) そ の 生 産 基 盤 と し て 超 先 端 産 業 (原 子 力 ・ 航 空 ・ 宇 宙 , エ レ ク ト ロ ニ ク ス 産 業 ) の
軍需産業としての創出・育成の必要性
絶えざる核兵器技術開発・生産のための体制=恒常的軍拡体制へ
(2) ア メ リ カ の 「 聖 域 」 性 の 崩 壊 と ニ ュ ー ・ ル ッ ク 戦 略 の 破 綻
アイゼンハワー政権初期:総合的な核戦力はアメリカの圧倒的優位が明白
① スプートニク・ショック
1957 年:ソ連の ICBM 実験成功 (8.22), 人工衛星スプートニク 1 号打ち上げ成功 (10.4)
人工衛星の地球の周回速度=7.9km/s
=攻撃開始からの余裕時間が 30 分程度に!=爆撃機と異なり迎撃はほぼ不可能
⇒アメリカの聖域性崩壊
しかもアメリカの開発 (53 年に ICBM 開発開始,57 年 6 月実験失敗) に先んじた!
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現代資本主義論 第 1 章
民間シンク・タンク等のミサイル・ギャップ論:60 年代初めまでにソ連が ICBM の
奇襲攻撃によってアメリカを壊滅させる能力をもつ
これは誤った情勢認識・予測であったが
*ミサイル・宇宙開発等の超先端軍事技術 R&D と産業の創出・育成が至上命題に
スプートニク・ショックへのアメリカの対応
SLBM 実験成功(ポラリス A1,58.1)
人工衛星エクスプローラー1 号実験成功(58.1)
NASA 設立(National Aeronautics and Space Agency,58.7)
ICBM 実験成功(アトラス,58.12)
原子力潜水艦ジョージ・ワシントン就役(ポラリス A1 を 16 基搭載,60.11)
② ニ ュ ー ・ル ッ ク 戦 略 の 破 綻
米ソ双方の核戦力増強競争
⇒ 「相互抑止 (mutual deterrence)」状況の開始
1) ニ ュ ー ・ ル ッ ク 戦 略 の 地 域 的 ・ 限 定 的 な 紛 争 に 対 す る 有 効 性
50 年代半ばまでは一定の有効性: ex.第 1 次インドシナ戦争,スエズ危機(第 2 次中東戦争)
But アメリカの権益とリスクが不均衡な場合や
報復対象が不明確な場合は発動困難: ex.ポーランドの「暴動」やハンガリー「動乱」,
民族解放闘争
2) ス プ ー ト ニ ク ・ シ ョ ッ ク 以 降
ソ連の対米攻撃能力
⇒アメリカの大量報復実行 → アメリカの損害
ソ連がその戦略空軍力を背景として限定的な軍事行動
⇔ アメリカの大量報復力による対抗的軍事行動は全面戦争に
→ アメリカ本土も甚大な被害
→ アメリカはソ連の行動に対する対抗手段がない!
*ニュー・ルック戦略はアメリカの冷戦・軍事戦略としての有効性を喪失
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現代資本主義論 第 1 章
③ ニ ュ ー ・ル ッ ク 戦 略 の 放 棄
アイゼンハワー大統領の 60 年度の予算教書:
軍事支出の節減という課題の事実上の放棄を公表
最優先課題・至上命題
=核戦力を基軸とした常時即応の軍事力のいっそう急速な革新・増強
(3) 超 先 端 軍 需 産 業 の 創 出 ・ 育 成
① 超先端軍需産業の急成長
1) 原 子 力 産 業
(a) 核 物 質 ・ 核 弾 頭 の 生 産 : 原 子 力 委 員 会 (AEC) の 管 轄 下
設備の政府所有・民間 運営方式 (Government Owned, Contractor Operated)
(b) AEC 所 有 の 固 定 設 備 : 50 年 度 → 61 年 度 末 約 2.1 億 ド ル → 約 7.7 億 ド ル
(c) 雇 用 者 総 数 : 50 年 度 → 61 年 度 末
約 6.3 万人 (うち AEC 職員は約 4,900 人)→ 約 12.3 万人 (同約 6,800 人)へ
2) 航 空 機 ・ ミ サ イ ル , 電 機 ・ 通 信 設 備 産 業
(a) 航 空 機 ・ ミ サ イ ル 産 業 :
核兵器・核弾頭の運搬手段および防空のための兵器の生産
(b) 電 機 ・ 通 信 設 備 産 業 :
新鋭兵器に不可欠な部品の供給+通信・管制・指揮・情報
=攻撃および早期警戒・防衛体制まで含む
全兵器システムのなかできわめて重要な部分の装備を生産
(c) 軍 事 調 達 (obligation base) の 変 化
各兵器群の占める割合:52 年度→59 年度
航空機 45.7%→30.5%,ミサイル 1.4%→21.1%,電子・通信設備 4.5%→11.7%
これらの合計 51.6%→63.3%
艦船,戦車,銃・砲,弾薬等は 38.4%→9.4%
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現代資本主義論 第 1 章
3) 国 防 契 約 受 託 企 業 の 変 化
国防宇宙関係の主契約額の上位 25 社の入れ替わり
第 2 次大戦期 (1940~44) :
航空機 12 社,自動車 4 社,電機・通信 4 社,鉄鋼・造船 3 社,化学 1 社
朝鮮戦争期 (51~53) :鉄鋼・造船・化学が消滅
アイゼンハワー政権末期 (58~60):
クライスラー*(18 位)と GM**(21 位)以外すべて航空機 (およびミサイル)と電気・通信
* クライスラーの契約額の約 7 割が誘導ミサイル関係
**GM の契約額の約 6 割が航空機・ミサイル関係
4) 各 産 業 の 産 出 額 の 連 邦 政 府 購 入 依 存 度 (1958 年 , 間 接 購 入 含 む )
航空機および部品産業:86.7%
ラジオ・テレビ・通信機器産業:40.7%
電子機器産業:38.9%
⇔鉄鋼産業:12.5% (直接購入は 0.6%),自動車産業は 4.6% (同 1.3%)
② 超先端軍需産業への連邦政府の研究開発助成
アイゼンハワー政権期に研究開発支出総額は約 2.5 倍
うち連邦政府資金が占める割合は政権初期→末期に 53%→64%
連邦政府研究開発支出の約 9 割が国防・宇宙関連
民間産業の研究開発支出のうち政府資金の比率:政権初期→末期に 40%→60%弱
民間産業の研究開発のうち 55%前後が航空機・ミサイルおよび電機・通信設備
③ 軍事調達契約による新鋭軍需産業の育成
1) 公 開 入 札 方 式 ⇒ 協 議 契 約 方 式
陸,海,空 3 軍省の軍事調達契約のうち協議契約方式の比率
朝鮮戦争時:88.7% (大企業との契約の 94.0%,中小企業との契約の 64.8%)
アイゼンハワー政権時:85.3% (大企業との契約の 91.6%,中小企業との契約の 57.5%)
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現代資本主義論 第 1 章
2) 固 定 価 格 方 式 ⇒ 費 用 補 償 方 式
費用補償方式:契約履行に要した費用に一定の比率の手数料を加えて支払い
51 年度 12.7%→60 年度 42.6%
新兵器の研究開発・生産の契約=事前の費用の算定が不確実
⇒ 「費用超過 (cost overrun)」による兵器価格の高騰
60 年度の調達額のうち費用補償方式の契約の比率:
ミサイル・システム 83.6%,電子・通信設備 46.6%
(4) ア イ ゼ ン ハ ワ ー 政 権 に よ る 恒 常 的 軍 拡 体 制 の 成 立
超先端軍事分野に対する豊富な研究開発費の供給
企業に対するリスク軽減と利潤保証に有利な調達契約方式の採用
⇒軍事研究開発と軍需生産へ誘導 ⇒長先端軍需産業の創出・育成
→軍産複合体制
保有核弾頭数:53 年 1,350 個→60 年 18,500 個 (約 14 倍)
戦略核兵器の 3 本柱=戦略爆撃機・ICBM・SLBM の開発・実戦配備
アイゼンハワー退任演説
反軍産複合体
*軍産複合体が 「不当で是認しがたい」大きな影響力 をもつことへの警戒
恒常的な軍事力増強・大規模な軍事組織と軍需生産体制の維持は
必要かつ推進されるべきこと
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現代資本主義論 第 1 章
第 3 節 1960 年 代 の 冷 戦 ・ 軍 事 戦 略 と ベ ト ナ ム 戦 争
(1) 柔 軟 反 応 戦 略 の 採 用
① 核ミサイル時代の戦略の 2 つの方向性
核ミサイル時代:米ソ双方が核弾頭を搭載した弾道ミサイルを保有
= 核ミサイル攻撃によってごく短時間に相手国に壊滅的打撃を与えうる時代
(α) 対都市戦略 (counter-city strategy)
(β) 対兵力戦略 (counter-force strategy)
(α) 対都市戦略:核戦争における勝利は無意味であるという認識
(a) 攻撃目標を相手国の大都市など政治・経済の中枢部に設定
(b) 全面戦争時にそれらを壊滅させうる戦力を保持⇒相手の行動を抑止
(c) 攻撃目標は大きく位置も明確
⇒必要な核報復力の質・量およびそのコストに限度
(β) 対兵力戦略:核戦争は実際に起こりうるという認識
(a) 核戦争に勝利しうる体制⇒相手の行動が有効に抑制されうる
(b) 敵の核戦力を攻撃目標として破壊⇒相手の攻撃能力を無力化する能力を保持
⇒相手の行動を抑止するとともに自己の意図を強制
(c) 攻撃目標は小さくまた多くの場合秘匿されている
⇒質・量ともに高度な戦力が必要
and 相手の戦力増強を凌駕する無限定的な戦力の強化・コストが必要
(d) 先制第一撃主義的性格を不可避的にもつ (相手のミサイル発射後の攻撃は無意味)
ニュー・ルック戦略の意図=(β)の対兵力戦略
But
(β)を実行するだけの技術的基盤が存在せず
巨額の費用⇔アイゼンハワー政権の均衡予算原則
⇒ 対都市戦略的態勢 and 緊張緩和・平和共存路線 (フルシチョフ訪米 59.9.15)
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現代資本主義論 第 1 章
U2 型偵察機撃墜事件 (60.5.1),米ソ首脳のパリ会談の決裂 (5.17)
⇒ 平和共存路線破綻⇒ ケネディ (民主党)大統領就任 (1961.1)
② 柔軟反応戦略の特徴
アイゼンハワー政権の核戦力偏重の戦略
=限定的戦争や局地戦争に対する有効性の欠如
柔軟反応 (flexible response) 戦略:
核戦力基軸の大規模な常時即応体制を基盤
さらにゲリラ戦から核戦争までのあらゆる形態の戦争に対応し勝利できる戦略
核・非核戦力の両方を含む全般的な軍事力増強
脅威の規模と性質によって柔軟に対処
軍事支出は軍事的要請に財政が従属
③ 柔軟反応戦略の具体化
核戦争レベルでの勝利⇒対兵力 (先制第一撃)戦略の採用
(a) 核戦力の非脆弱性*の強化
*invulnerability:敵の奇襲攻撃によって壊滅せずに生き残って報復攻撃を可能にする能力
SLBM の増強
ICBM の地下サイロへの格納
対弾道ミサイル早期警報システムの整備
指揮・命令系統の施設の複数化・地下への設置
(b) 核戦力の質・量ともの増強
配備数の増加:ICBM=1054 基,SLBM=656 基 (SLBM 搭載原子力潜水艦 41 隻)
性能の飛躍的向上:命中精度*の向上,核弾頭の小型化,航続距離の長距離化
ミサイルの多弾頭 ( MIRV**)化⇒敵の迎撃ミサイル (ABM)網の突破
*ミサイルの命中精度は半数必中半径(Circular Error, Probable, CEP)で評価
**Multiple Independently Targetable Reentry Vehicle:多弾頭独立目標設定可能再突入体
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現代資本主義論 第 1 章
(c) 宇宙技術開発
敵の核戦力の位置の正確な把握のための偵察用人工衛星
(d) 通常戦力の増強:2 と 1/2 戦略*の採用
*ヨーロッパとアジアにおける 2 つの通常戦争と 1 つのゲリラ戦に同時に対応できる戦力の維持
陸軍・海兵隊の増強
ゲリラ戦専門の特殊作戦部隊 (グリーン・ベレーや Sea, Air and Land Teams:SEALs)の創設
攻撃・輸送ヘリコプターによる機動力の強化など
(2) 冷 戦 ・ 軍 事 戦 略 と 持 続 的 経 済 成 長 政 策 の 結 合
① マクナマラ国防長官の改革
1) そ れ ま で の 3 軍 独 自 の 軍 事 計 画 ・ 予 算 案 の 作 成
⇒国防総省を中心とする中央集権的軍事計画・予算案の作成
企画計画予算制度 (Planning Programming Budgeting System, PPBS)の導入
費用対効果分析 (Cost-Benefit Analysis, CBA)
(a) 長 期 的 視 点 の も と で 効 率 的 な 戦 力 の た め の 優 先 順 位 の 作 成
(b) 基 本 計 画 か ら よ り 具 体 的 な 計 画 ま で の 各 次 元 に お け る 効 率 的 な 兵 器 調 達
(c) 仮 想 敵 の 戦 力 の 予 測
→必要な軍事力の大枠の決定→具体的な機能区分による予算算出
2) マ ク ナ マ ラ 改 革 の 帰 結
セクショナリズムの打破や計画の重複・無駄の減少
But
国防長官を頂点とする中央集権的国防機構の形成
軍産複合体の影響力をいっそう強化・拡大
過去の趨勢や決定の踏襲
⇒ベトナム介入の泥沼化
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現代資本主義論 第 1 章
② 財政政策の理念の変化:ニュー・エコノミクスの考え方の採用
1) ア イ ゼ ン ハ ワ ー 政 権 の 均 衡 財 政 を 原 則 と す る 財 政 政 策 へ の 批 判 :
景気拡大局面→税収の自然増収→有効需要の吸収
⇒構造的失業や遊休生産能力=需給ギャップが存在していても
財政の景気刺激作用が停止
⇒景気拡大期でも需給ギャップが存在すれば
税収の自然増収を相殺する減税・政府支出の増大が必要
2) 具 体 的 政 策 :
(a) 毎 年 の 潜 在 的 GNP 額 を 算 出
潜在的 GNP 額:4%の失業率=完全雇用状態
この失業率水準を達成する GNP 水準を基準として
予測される労働力人口の増加率と生産性上昇率
⇒完全雇用を維持する経済成長率によって計算
(b) 完 全 雇 用 財 政 余 剰 の 算 出 : 潜 在 的 GNP 額 が 達 成 さ れ た 場 合 の 財 政 黒 字 額
(c) 現 実 の GNP< 潜 在 的 GNP と 予 測 さ れ る 場 合
完全雇用財政余剰分の減税・政府支出増の実行
→財政の経済に対する影響を中立化
=財政赤字の正当化の理論
(d) 政 府 支 出 増 の 手 段 と し て 最 適 な の は ?
軍事支出!
1. 民間部門と競合しない
2. 直接的には生産性の上昇に寄与しない=潜在的 GNP を増加させない
3. 採用される軍事戦略しだいでその増額には限度がない
⇒柔軟反応戦略のための巨額の軍事支出が以上の持続的成長戦略によって正当化
*キューバ危機 (1962.10.15~28)=柔軟反応戦略の有効性の証明
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現代資本主義論 第 1 章
3) ケ ネ デ ィ ・ ジ ョ ン ソ ン 政 権 期 の 財 政 赤 字 の 常 態 化
60 年代前半:軍事支出の増加・「偉大な社会」計画による社会保障費増加
=資本主義体制の危機回避のための国家独占資本主義的政策と
冷戦・軍事戦略とが結合した国家政策
物価の相対的安定
経済成長率の上昇
失業率の低下
高水準の設備稼働率の実現
(3) 柔 軟 反 応 戦 略 の 帰 結 ― 地 域 紛 争 へ の 軍 事 介 入 の 促 進
① 柔軟反応戦略の理念と現実
(a) 柔 軟 反 応 戦 略 の 理 念 :
多様な軍事力の保持⇒多様な軍事行動が可能
=戦争や紛争に対して必要に応じて軍事行動を拡大 or 縮小
⇒軍事力を外交手段として柔軟に活用
(b) 柔 軟 反 応 戦 略 の 適 用 の 現 実 :
軍事力行使のハードルの低下
→世界各地の地域的・限定的な紛争への介入を促進
介入がただちに成功しなかった場合
→軍事行動の段階的拡大と長期化を誘引
*その典型がベトナム介入
② アメリカのベトナム介入の経過
(a) ケ ネ デ ィ 政 権 以 前
1946.12.19
第 1 次インドシナ戦争開始(ベトナム軍 vs.フランス軍)
1950.6.27
トルーマン大統領が対仏軍事援助勧告を承認(軍事援助顧問団を派遣)
1954.7.21
ジュネーヴ協定調印(仏軍撤退と民族自決権の容認・ベトナム統一選挙実施等)
アメリカは協定への調印を拒否・協定の定めるベトナム統一選挙ボイコットを支持
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現代資本主義論 第 1 章
1954.9.8
SEATO 結成・南ベトナムを防衛地域として設定
1960
対南ベトナム軍事援助顧問団(MAAG)を 685 人に増員
1960.12.20
南ベトナム解放民族戦線結成
(b) ケ ネ デ ィ 政 権
1961.4
MAAG を 785 人に増員
1961.5
5 月 400 人の特殊部隊派遣決定
1961.11
NSC でベトナムへの介入拡大方針承認
1962.2
MAAG をベトナム軍事援助司令部(MACV)に改組
その後,軍事援助顧問団は 12,000 人規模に増員・直接戦闘にも参加
(c) ジ ョ ン ソ ン 政 権
1964.8.2
トンキン湾事件
1964.8.5
米軍機が北ベトナムの海軍基地・石油貯蔵所を爆撃
1964.8.7
連邦議会が大統領に戦時権限を付与する決議(トンキン湾決議)採択
1965.2.7
北ベトナムへの継続的爆撃開始
1965.6.28
南ベトナムへの地上部隊の本格的な投入(12 万 5 千人規模)
[ベトナム介入の規模]
1.東南アジア地域への米軍の投入兵力のピーク=1970 年の 64 万人
2.直接のベトナム戦費=1,067 億ドル
65 年~70 年の軍事支出増加額の 90%近くがベトナム戦争関連の支出
3.戦死者数:米兵 4 万 6 千人,南ベトナム軍と援助軍 (韓国軍など)19 万人
北ベトナム・解放戦線軍 92 万人,ベトナム民間人 120 万人 (いずれも推計)
⇒ アメリカ国内外の広範な階層による反戦運動・ベトナム戦争批判
1968.3.31
ジョンソン大統領が北爆停止声明と大統領選挙への出馬断念の発表
(d) ニ ク ソ ン 政 権
1969.6.8
ベトナムからの撤退計画発表
1969.7.25
グアム・ドクトリン(「ベトナム戦争のベトナム化」方針)発表
1971.7.9
キッシンジャー大統領特別補佐官が訪中し周恩来首相と会談
1971.7.15
ニクソン訪中声明発表(中国敵視政策の転換)
1972.1.25
ニクソン大統領がベトナム和平提案発表
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現代資本主義論 第 1 章
1972.2.21
ニクソン大統領が中国訪問
1972.5.8
北爆強化と北ベトナムの全港湾の封鎖を発表
1973.1.27
パリでベトナム和平協定調印(28 日南ベトナム全土での停戦発効)
1973.3.29
南ベトナムからの米軍撤退完了・ニクソン大統領が戦争終結宣言
ベトナム戦争敗北の意味
=北ベトナムへの敗北+非国家勢力に対する敗北
⇒ アメリカ国内の政治・経済・社会等に多大な影響
長期にわたるベトナム・シンドロームとも呼ばれる後遺症
* アメリカ主導の国際経済体制にも大きな変化
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