韓国における司書教育について 柴尾 晋∗ 1 はじめに 2003 年 8 月に韓国のソウルを旅したとき、たまたま立ち寄った仁寺洞 (インサドン) の屋台でひとりの男子大学生に出会った。片言の韓国語での 会話の中で、その学生が大学で図書館学を学ぶ大学生であることがわかっ た。彼は慶尚北道の大邱市にある啓明大学校社会科学大学 (大学は日本の 学部にあたる) 文献情報学科の学生であった。この偶然の出会いを契機に 韓国での図書館学教育に興味を抱いた。帰国後、特に韓国での司書教育に ついての文献を調査し、韓国における司書教育の歴史および現状について 拙くまとめたのが本稿である。 2 韓国における司書教育の歴史 1945 年 8 月、朝鮮総督府図書館 (1923 年設立) を国立中央図書館と改名 し、1946 年 4 月、国立中央図書館内の国立朝鮮図書館学校において、現 職の図書館司書に対する講習を実施した。これが韓国における近代的意味 での司書教育の最初である。1946 年当時の国立朝鮮図書館学校の教科課 程は全 17 科目 (計 34 時間) で期間は 1 年間であった。その後韓国では徐々 に図書館体制が確立し本格化されつつあったが、1950 年 6 月に始まった 朝鮮戦争によって図書館も例外なく戦禍を蒙った。休戦後には、韓国図書 館協会が再結成され、図書館司書に対する教育も続けられ、韓国の図書館 ∗ しばお・すすみ/図書館事務部和泉図書課 も徐々に復興再建されるようになった。 1963 年 10 月 28 日「図書館法」が公布され、1965 年には「同施行令」、 1966 年には「同施行令規則」が公布された。こうした法整備や、法的裏 付けと支援を得ることにより、図書館界は不完全ながらも発展の基盤が確 立されることになった。 3 大学における司書教育 次に大学における司書教育を見てみることにする。1955 年梨花女子大 学校で選択科目 (副専攻) として、図書館学の講義が始められた。これが 韓国の大学で図書館学が講義された最初である。しかし正規の図書館学科 としてではなく、あくまでも副専攻の形であった。正規の大学教育レベル としての司書教育については、1957 年に延世大学校図書館学科が最初で ある。これはアメリカの教育使節団 (Peabody Teacher’s College Team) が来 韓することにより、正規大学課程として初めて学部及び修士課程の図書館 学科を延世大学校に設立した。この学科の付設機関として、韓国図書館学 校 (Korean Library School) を設け、高級司書課程 (1 年) と司書教諭課程を 平行させた司書教育を始めた。このように韓国の司書教育は、アメリカの 司書教育の内容と方法を踏襲しながら発展していった。 その後、1959 年に梨花女子大学校、1963 年に中央大学校、1964 年に成 均館大学校で学部課程での図書館学科が新設された。1974 年には国立大 学として慶北大学校に最初の図書館学科が設置され、同年成均館大学校に 最初の博士課程が設置された。博士課程については、その後 1980 年に延 世大学校、1983 年に中央大学校、1988 年に梨花女子大学校に次々と開設 されていった。以後多くの大学校と専門大学校 (日本における短期大学) で 図書館学科を新設するようになった。2001 年では大学 32 校、専門大学校 8 校の計 40 校の大学等で司書教育を実施している。大学院レベルでの司 書教育では、修士課程を開設する大学校は 17 校、博士課程を開設する大 学校は 6 校である。その他司書資格教育を行なっている司書教育院が成均 館大学校、啓明大学校の 2 校ある。 1985 年に国立全南大学校が学科名を「図書館学科」から「文献情報学 科」へと変更して以来、現在ほとんどの大学校、専門大学校が「文献情報 学科」へと改称している。これは情報環境の変化に伴い、教育内容も図書 館の役割変化に合わせて、情報技術中心となったことによると考えられる。 4 図書館関連法規 図書館の設置と司書の育成に関しては、法制度も無視することはできな い。韓国における最初の「図書館法」は 1963 年 10 月に制定・公布され た。この法は公共図書館、大学図書館、学校図書館などすべての図書館を 網羅した総合的な図書館法の性格を持っており、図書館の発展の基盤及び 図書館政策への強い意志を表現した最初のものとして意義がある。その 後、「図書館法」は 1987 年に全面的に改正された。 1991 年には従来の「図書館法」を廃止し、新しく「図書館振興法」が 制定された。この法は、図書館行政が教育部 (部は日本の省にあたる) か ら文化部 (現・文化体育部) に移管され、文化部内に「図書館政策課」を新 設した。また、この法の特徴としては、図書館の地域文化の中心としての 役割を強調し、図書館の社会・文化的機能の強化、図書館情報システム機 能の強化、国・公立公共図書館長の司書職化による図書館運営体制の専門 化、国家図書館制度の確立による国立中央図書館の機能強化などが規定さ れている。 1994 年に制定された「図書館及び読書振興法」は、読書の生活化を法 的に裏付けている。そのため従来の「図書館振興法」に読書振興に関する 条項を追加している。この法では図書館以外の文庫の設立及び運営に関す る事項と、読書振興に関する環境助成に必要な事項などを規定している。 5 韓国における司書制度 現在の韓国の司書制度は、「図書館及び読書振興法」と同施行令を基盤 にしている。司書の資格を初期の「図書館法」では正司書と准司書の二つ に区分していたものを、司書職の専門性を考慮し、法律第 6 条で、司書資 格の種類を 1 級正司書、2 級正司書、及び准司書の三つに区分し、それぞ れの資格要件は、施行令第 5 条に規定している。 図書館に司書職員として勤務するためには、必ず司書資格証を持ってい なければならない。その資格要件は次の通りである。 表 1 司書職員の資格要件 (第 5 条関連) 資格 1 級正司書 2 級正司書 准司書 資 格 要 件 1. 文献情報学または図書館学博士学位を受けた者 2. 2 級正司書資格証を有し、文献情報学または図書館学科以外 の博士学位を受けた者か情報処理技術者資格を持つ者 3. 2 級正司書資格証を有し、図書館勤務歴その他文化観光部令 が定める機関において文献情報学または図書館学に関する研 究経歴 (以下「図書館等勤務経歴」という) が 6 年以上ある もので修士学位を受けた者 4. 2 級正司書資格証を有し、図書館等勤務経歴が 9 年以上ある 者で文化観光部長官が指定する教育機関 (以下「指定教育機 関」という) において文化観光部令が定める所定の教育課程 (以下「所定の教育課程」という) を履修した者 1. 大学 (教育大学、師範大学、放送通信大学、産業大学及びこ れに準ずる各種学校を含む。以下同じ) の文献情報学または 図書館学を専攻し卒業した者 2. 文献情報学または図書館学修士学位を受けた者 3. 教育大学院において図書館教育または司書教育を専攻し、修 士学位を受けた者 4. 文献情報学または図書館学以外の修士学位を受けた者で、指 定教育機関において所定の教育課程を履修した者 5. 准司書資格証を有し、修士学位を受けた者 6. 准司書資格証を有し、図書館等勤務経歴が 3 年以上ある者で 指定教育機関において所定の教育課程を履修した者 7. 大学を卒業して准司書資格証を有し、図書館等勤務経歴が 1 年以上ある者で指定教育機関において所定の教育課程を履 修した者 1. 専門大学文献情報科または図書館科を卒業した者 2. 専門大学 (従前の実業高等専門学校を含む) または同等以上の 学力がある者で、指定教育機関において所定の教育課程を履 修した者 3. 大学を卒業した者で、在学中文献情報学または図書館学を副 専攻した者 (李敬愛「韓国司書教育の現況と課題」より抜粋) 前ページの表 1 のような資格要件により、2000 年では、1 級正司書 730 名、2 級正司書 26,369 名、准司書 19,382 名の総 46,481 名が司書資格証を 有している。 6 大学以外での司書教育 大学校、専門大学校の他に、司書資格教育を行なっている司書教育院が 成均館大学校、啓明大学校の 2 校あると前述した。この司書教育院は 1989 年の図書館法に基づき、教育部によって司書教育機関として指定されてい る。ここでは既に図書館及び類縁機関に従事している現職者を対象に、司 書教育や研修を実施し、司書資格証を付与して司書としての資質を高め、 図書館の現場で働く適応能力を育成し、高めるために設置された司書資格 専門取得機関である。 国立中央図書館でも 1967 年から 1986 年までは司書教育院と同様に資 格取得のための研修を実施していた。1983 年からは資格研修とともに一 般研修をも実施していた。しかし 1987 年以降は資格証付与を大学校と司 書教育院のみが担当することになったため、今では現職者の資質向上を目 指した一般研修だけを担当することになった。特に 1994 年からは主題別、 業務別に継続教育を実施している。 2001 年度には蔵書開発の専門員養成及び効率的な蔵書構成技法の習得 するための「図書館蔵書開発課程」、専門の情報検索員としての資質向上 のための「情報検索課程」、情報社会での図書館行政全般に関する実務能 力を養成する「図書館行政実務課程」などを新設・運営している。 7 おわりに 日本の司書教育での図書館史及び図書館事情についての教育は欧米を中 心にしたものである。特にアジアにおける図書館史や図書館事情について 記した文献は欧米と比較すると少ないことは否めない。今回、韓国の図書 館史及び図書館事情、そして司書教育について垣間見ることができたこと は幸である。 本稿では韓国での司書教育の現状についての報告に留めた。本来なら司 書教育におけるカリキュラムの分析や日本との比較など、様々な角度から 司書教育について掘り下げるべきであるが、これらは次のステップへの研 究課題としたい。 参考文献 [1] 金容媛「韓国の図書館学教育:1957-1988」『情報管理研究:亜細亜大 学図書館学課程年報』 亜細亜大学図書館学課程 創刊号 1990 年 p.18-36 [2] 李炳穆「韓国における図書館と図書館情報学教育の現況」『情報管理 研究:亜細亜大学図書館学課程年報』 亜細亜大学図書館学課程 6 号 1995 年 p.3-18 [3] 洪順永「韓国における司書職制度の最近の状況」『図書館雑誌』 日本 図書館協会 94 巻 3 号 2000 年 p.177-179 [4] 李敬愛「韓国司書教育の現況と課題」『アジア資料通報』 国立国会図 書館 39 巻 4 号 2001 年 p.5-9 [5] 金容媛「韓国における図書館政策と図書館振興法」 『情報管理研究:亜 細亜大学図書館学課程年報』 亜細亜大学図書館学課程 3 号 1992 年 p.24-61 [6] 金容媛「韓国における図書館情報政策:法的側面を中心として」 『文化 情報学』 駿河台大学文化情報学部 3 巻 1 号 1996 年 p.25-45 [7] 寺田光孝編「世界の図書館:その歴史と現在」 『図書館・情報メディア 双書』2 巻 勉誠出版 1999 年
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