コチラ - ステラ

ポーランドのウエブマガジン High Fidelity による Air Force One レビュー
レビュー by Wojciech Pacula
ステレオサウンド(2014年冬189号520ページ)は日本で40年以上の歴史を持つB5サイズの季刊誌である。サムライ
とソニーのこの国でこの雑誌はオーディオの絶対的な最高権威と見なされている。内容を理解するのは日本語の単語
を5個くらいしか知らない私にとっては無理な話だが、実は英語に訳したレビューはいくつも読んだことがある。そ
ういうカンニングペーパーが日本のメーカーの代理店から出されているのだ。
この雑誌のレビューはヨーロッパやアメリカのオーディオ誌で読むようなレビューとは全く違うものだ。1つの号の
中で話題の製品はレビューだけでなく色々な記事で取り上げられる。中心となる記事はステレオサウンド編集部が主
催する徹底的な議論の記録である。これは全編集者が参加して編集部の試聴室や自宅で試聴し、それに基づいて行わ
れる。試聴は2人ずつが前後に腰掛けて順番に行われる。各製品には主な担当編集者がいる。最後に主に技術的な製
品説明と共にこの議論の結論が詳細にまとめられる。
ステレオサウンドはオーディオ雑誌の極致である。もしStereophileやThe Absolute Soundがハイエンドだと思うなら、
この日本のオーディオ雑誌は成層圏にあると言ってもいいくらいである。日本の出版物はトップハイエンドと呼んで
も言い足りないくらいハイレベルにあるのだ。もちろん比較的安価なコンポーネントも扱っているが標準的な雑誌に
比べて極めて低い確率だ。読者を惹きつけるものはフラッグシップ機である。
さらにはオーディオ界の最高中の最高機種が軒を並べており、その数多の中から選べるとあってはますますそうなら
ざるをえない。この雑誌の広告主でもある日本のオーディオディストリビューターたちがこれを保証している。ここ
何年もStella Incは最大のディストリビューターの1つとして君臨している。取扱ブランドはConstellation、Devialet、
Einstein、Brinkmann、Vivid Audio、Tidal、Wilson Benesch、HRS、Argento、TechDASなどの一流ブランドばかりだ。
TechDASは特に興味深い。これはStella Incが設立して経営している自社ブランドであり、私が世界最高と確信してい
るターンテーブルを作り上げた会社だ。
わずか1年前TechDASは大多数の外国人にとって全く無名だった。非常に 技術的 で 武骨 なこのブランド名は、誰
もが知る有名なAir Force Oneのブランドとしてすぐに知られるようになった。一流中の一流となるべきターンテーブ
ルにアメリカ大統領専用機と同じ名前が選ばれたのだ。これがTechDASの初期の製品である点を考えるとかなり野心
的な目標だと言える。実際にこれは同ブランドの最初のターンテーブルだ。通常なら新しいメーカーは技術や知識を
経験が裏打ちするまで年月を重ねて苦労してその地位を確立していくものだ。経験が積み重ねられて初めてオーディ
オコンポーネントは単なる金属の箱に入ったエレクトロニクスの集まりではなくそれ以上の何かになるのだ。Jeff
Rowlandの言葉を借りると「コンポーネントのパーツと最終設計の間の複雑な関係を理解するには何年もかかる。
オーディオの設計はマスターするのに一生かかる技術なのだ。近道はない」まさにその通りだ。
High Fidelity Poland
Air Force One(略してAFO)についていかなる懸念を抱こうとも、鋳造、ハンダ付、組立にいたる全ての背後にいる
のが誰なのか分かれば懸念はすぐさま払拭される。このターンテーブルの指揮を執るのは西川英章氏なのだ。西川氏
は1966年にStaxに入社してプロとしてのキャリアをスタートし、10年以上同社で静電ヘッドホンの設計などに携わっ
た。その後彼を雇うことができたいくつかの幸運なオーディオメーカーでターンテーブルのトーンアームを設計して
いた。彼が最も誇りとしているのはInfinityのために設計されたBlack Widowだ。最終的に彼はマイクロ精機に入社し
て技術事業部長となった。その後ほどなくして音響担当役員になった彼は同社の代表的音響製品の製作を担当した。
同社で過ごした12年間の集大成はなんといっても、エアベアリングと吸着システムを使ったSX-8000IIターンテーブル
であり、彼自身も代表作として挙げている。(Ken Kessler, TechDAS Air Force One Hi-Fi News & Record Review
March 2013 P.25)Air Force OneはSX-8000IIの設計ソリューションのうち最良のものを全て結集し、そこに最新の素
材加工技術とほぼ無制限に予算をつぎ込んだ結果生まれたものである。ステラで彼は最高のターンテーブルを設計す
ることだけを求めたのだ。
マイクロ精機はカルト的な会社としてステータスのある伝説的会社である。マイクロ精機のファンクラブがあり、
www.micro-seiki.nl のような専用のウェブサイトさえ存在する。(オランダのウェブサイト。英語)同社の高価な
ターンテーブルは中古品市場に出てくることも極めてまれであり、もし出れば法外な値段で売れる。Air Force Oneも
全く安くはない。しかし、その設計を見ればなぜ高いのかはすぐ納得できる。この製品は、主にブランドの評判や
(なにしろ新ブランドなのだ)または発音するのも難しいような名前を持つ科学的文献には登場しない設計ソリュー
ション(なぜならそれらは実際に存在するわけではなく純粋にPR的手法だからだ)でアピールしようとするオーディ
オ愛好家向けの製品とは一線を画する。そこに使われているソリューションは信頼できるハイテク技術であると同時
に、その品質は西川氏という権威で裏書きされている。
設計の重点が置かれたのは次のような方針であった。
・有害な振動や反響を全て除去する
・絶対的な正確さと同心性
・外部振動の影響を受けない
・全てのタイプのトーンアームを搭載可能
・ユーザーフレンドリーでかつ優美なデザイン
・プラッターの材質とタイプの選択
・静寂でリップルのないエアポンプ
このリストは単なる願望を述べているに過ぎないという反論があるかもしれない。たとえばミスワールドやミスユニ
バース、あるいはスタートレックに出てくる星間帝国の選挙立候補者が「世界が平和でありますように」とスピーチ
で言うようなものだと。しかしこの製品では上のリストのどの項目も他で類を見ないほどの高い確率で実現している
のだ。
High Fidelity Poland
Air Force Oneは大型のターンテーブルである。重量はパワーサプライ、エアポンプ、エアコンデンサーを除いて79kg
ある。プラッターは(どのサブプラッターを選ぶかによって異なるが)21.5∼29kgあり、非磁性ステンレスのメイン
プラッターと交換可能なアッパープラッターで構成されている。アッパープラッターは次の3タイプから選択できる。
・A7075 航空機レベルの超ジュラルミン(最も音響的にニュートラル)
・SUS316 非磁性ステンレス(低音レスポンスがタイト)
・アクリル樹脂(音がソフト)
レビューのため貸出されたユニットはジュラルミン製だった。プラッターは下のガラス面との間にわずか0.6mmとい
う薄い空気の層の上に乗る。マイクロ精機の最高機種の特徴はエアクッションだった。これがこの製品でさらに論理
的に進化している。ACモーター用50W電源2機(各フェーズ用に分離)と同じシャーシ内に内蔵されている外部のポ
ンプから空気が供給される。パワーサプライはマイクロコントローラーとクォーツオシレーターで制御されている。
コントロール回路は先進的病院で使われている人工心臓の電源に使われているものと同じだ。モーターはターンテー
ブルベースとは別に非常に重い筐体に収められそれ自体がアイソレーションフィートに支えられている。ドライブ方
式は研磨した伸びのないポリウレタン製4mm平ベルトドライブである。ある程度はストリングドライブとも類似して
いる。
セットアップ
このターンテーブルをセットアップするには経験と筋肉が必要だ。私はAFOを自分のFinite Elemente Pagode Edition
ラックの上段に置いた。読者はカスタムメイドのHRSのインシュレーション脚部付き防振ラックを購入してもよいだ
ろう。HRSは日本でステラがディストリビュートしている。本体ベース部をセットアップし便利な付属のハンドルを
使ってプラッターを置いたら、高さ調整できるエアサスペンションシステムによる脚部に空気を充填する。モーター
のある左側には2本の脚があり、右側にもう1つ脚がある。空気圧による遮断はAcoustic Revive RAF-48Hエアボードを
思わせるが、こちらでは脚部の共鳴はこのターンテーブルの荷重専用に設計されている。空気を充填するポンプは素
晴らしい。私もRAFエアボード用にぜひ1つ欲しい。次にターンテーブルを水平にしてモーターとの距離を調整する。
この時点で初めてベルトを取付ける。これは非常に重要な過程である。最初のセットアップおよびベルト交換時に行
われるベルトキャリブレーションはかなり時間がかかることからもその重要性は明らかだ。ベルトキャリブレーショ
ンは自動で行われる。ボタンを押すとベルトテンションのチェックが行われ、テンションが適切でなければ、モー
ターユニットの位置を変えてから再度ベルトキャリブレーションを行う。ターンテーブルの表示がReadyになったら、
リスニングをスタートできる。
High Fidelity Poland
前述のように、ポンプはエアベアリングに空気を供給するが、それだけでなくレコードをプラッターに吸着させるた
めに真空を作るのにも使われる。AFOはLPの中心のラベル部分だけでなく全面を平らに押さえる 全面的な 吸着方式
を採用している。黒いディスク面のどこを叩いてもまるで石を叩いているような感触だ。レコードとレコード クラ
ンプ を置く。Suctionボタンを押してから使用するスピードボタンを押しトーンアームを下ろす。 クランプ とカッコ
つきにしたのは実際にクランプ(固定)するのではなくメインベアリングの共鳴周波数を吸収するのに使われるから
だ。回転スピードに達するまでにはかなり長いプロセスを要する。まずモーターコントロール回路が通常の速度をわ
ずかに上回るまでゆっくりとプラッターを加速する。その後少しずつ速度をゆるめて規定値まで減速する。これは 博
覧会用 のターンテーブルの話ではない。意志あるところ道あり(何事も可能だ)という諺の通りだ…私はこのターン
テーブルを最大限に活用したいと思い、素早くLPを取り替えるシステムを思いついた。Suction ボタンを押すだけで
LPを すぐさま 取り替えるのだ。そうやっても何も問題はなかった。回転スピードは全く変化しなかった。表示や
メッセージは小さいドットマトリックスのディスプレイに表示される。
TechDASは最近フォノカートリッジも発売したが、このレビューでは入手できなかった。同社はまだトーンアームは
販売していない。HiFi NewsとRecord Reviewでのレビューでは2つのトーンアームが搭載されていた。Koetsu Blue
Onyx MCカートリッジを付けたContinuum CobraとKoetsu Gold Onyxを付けたEAT E-Goだ(写真では違うトーンアー
ムだがこれはディストリビューターが提供したものだろう)。アームは同時に2本搭載できる。セカンドトーンアーム
ベースはオプションになる。TechDASのポーランドのディストリビューターであるRCMはSMEアームとDynavector
カートリッジをオファーしている。
さて、私はこれまでいくつかのターンテーブルで使ったことのあるMCS150ケーブル(16,900PLN)、SMEシリーズV
アーム、Dynavector DV XV-1tカートリッジ(29,900PLN)を使ってAFOを試聴してみた。
このレビューで試聴したアルバム Meditation – Mischa Maisky / Pavel Gililov, Deutsche Grammophon/Clearaudio LP 477 7637, 180 g LP (1990/2008).
Thorens. 125th Anniversary LP, Thorens ATD 125, 3 x 180 g LP (2008).
2 Plus 1, Teatr na drodze, Polskie Nagrania Muza SX 1574, LP (1978).
Bajm, Chroń mnie, Wifon LP086, LP (1986).
Brendan Perry, Ark, The End Records | Cooking Vinyl | Vinyl 180 VIN180LP040, 2 x 180 g LP (2011).
Clifford Brown and Max Roach, Study In Brown, EmArcy Records/Universal Music Japan UCJU-9072, 200 g LP (1955/2007).
Depeche Mode, Leave in Silence, Mute Records 12 BONG 1, maxi SP (1982).
Falla, The Three Cornered Hat, Decca/Esoteric ESLP-10003, “Master Sound Works. Limited Edition”, 200 g LP (1961/2008).
Frank Sinatra, This is Sinatra!, Capitol Records T768, LP (1956).
Kraftwerk, Autobahn, Philips 6305 231, LP (1974).
Krzysztof Komeda, Dance of The Vampires, Seriés Aphōnos SA04, 180 g LP (2013).
Maria Peszek, Jezus Maria Peszek, Mystic Production MYSTLP 014, 180 g LP (2013).
OMD, English Electric, BMG | 100% Records 38007923, 180 g LP (2013).
Orchestral Manœuvers In The Dark, Architecture & Morality, Dindisc 204 016-320, LP (1981).
Skaldowie, Podróż Magiczna, Kameleon Records KAMPLP 2, “Limited edition blue wax”, 180 g LP (2013).
Skaldowie, The 70s Progressive German Recordings, Kameleon Records KAMPLP 3, “Limited edition”, 180 g LP (2013).
High Fidelity Poland
私がいつも心がけていることだが、試聴の最初に判断を下すことは避けたほうがいい。私の試聴はいつも同じような
経過をたどる。最初のうちはほんの一言二言、音の感想を述べるだけで、中盤になってやっと3言というペースだ。
Air Force Oneの試聴でもその姿勢は崩さなかった。私は必要以上に力が入っていると気づいたが、そうするまいとし
ても無駄だと悟った。このターンテーブルのためにどれほどの大金を積まなければならないか知っていて、その設計
も知り、それがだれの 子供 なのか理解している以上、それに見合った良い結果を期待するのは当然だ。そして私が
どんな意見を述べようとそれを変えることなど不可能だ。オーディオコンポーネントは無から作られるのではなく、
設計者の知識と、経験、職人の技、資金力、必要なテクノロジーへのアクセス、目的を追求する忍耐力などの集大成
である。そしてどんなに優れたレビューといえどもそれを変えることはできない。
しかし、全てを承知しながらもなおこの日本製メカゴジラがもたらすものに十分備えることはできない。同じような
経験はこれまでにもあった。当誌のグループ試聴でdCSビバルディデジタルシステムを聴いたとき(http://
www.positive-feedback.com/Issue72/dCS.htm)、その前にアナログマスターテープを再生したStuder A807-0.75 VUK
reel-to-reelを聴いたときもそうだった(http://highfidelity.pl/@kts-308&lang=en)。Air Force Oneは今日のオーディオ
テクノロジーの可能性を表す正三角形の第三の頂点である。dCSとStuderと並んで、トップ中のトップである。
前述のように、予想することは可能だったはずだ。だがそれがこれほど動揺させられるとは全く予想していなかった。
長年やっているが、これほど際立って独特な設計で、旧式の分析方法が通用しないほどの音を聴かせるターンテーブ
ルはレビューした経験がない。その音を描写し評価することはもちろんできる。だが、試聴してみると脳内に今まで
存在すら気付かなかった新しい回路が開かれるとしか言いようがない。我々の現在のリファレンスポイントはAFOの
下にある。我々は上からこれまで聴いたことのある全てを見下ろす必要がある。今私は言わば真っ暗な極限状態にあ
るようなものだ。ピッタリの形容詞や比喩を探してはいるが、新しい言葉を作らざるをえない。
単に音が驚異的だとか見事だと言うのは、このターンテーブルを矮小化することになる。もちろんそれは本当のこと
であるが、それ以上に興奮させるものを持っているのだ。実際、 音がいかに最高なのか のほうが重要である。どの
程度とかどの点がではなく、どのようにレコードの音を表現するのか、マイクの前で起こった出来事をどのように再
現しているのか、どのようにそれを分析しているかが重要だ。
このターンテーブルが独特の方法でこれを行っているのは間違いない。レコード盤の溝に刻まれた信号を特殊な方法
で適用しているのだ。AFOは現実の音よりも良い音を聴かせる。これは言い間違いではないし、うっかり失言してし
まったのでもない。私は以前にも何度かこのようなものを聴いたことがあるが、それは必ずレコーディング・スタジ
オで録音しているときか、コンサートホールだった。適切にマイクを選んでセットアップしマスタリングすれば現実
に存在しない出来事の集合体をリスナーの前に作り出すことが可能だ。通常、人間の感覚の90%を占めるのは視覚か
らの情報だと言われているが、視覚情報を欠いた音楽再生、しかもコンサートホールとは比べものにならないリスニ
ングルームの大きさにスケールダウンするには、マイクの前の実際の音をこのように編集することによってベストな
形で再現される。一部にひどい再生もあるとは言え、これは1つのアートであり、自宅でベストなアルバムから素晴
らしい音が聴けるのもこのおかげだ。
High Fidelity Poland
AFOは即座にその音楽を明らかにする。分析する間もない。これはその曲を 慌てて かけたからではなく、またその
レコードの ダイナミクス や ペース やその他このターンテーブルにとっては無用の要素のせいでもない。実際、それ
はまるで生のコンサートにいるかのようなのだ。我々はスピーカーの前に座るかまたはヘッドホンを着けたら(私の
場合は半々だ)音を分析するのではなく音楽と音楽外のいろいろな面に注意を向けている。コンサートでは知り合い
を探してキョロキョロしたり、まわりの人たちに興味をもって観察したりする。この日本のターンテーブルを聴くと
きは、我々は音楽再生にだけ引きこまれてしまう。自分の内部にあるものとの類似性を探り、知っている感情を探す
と同時に新しい経験に対して心を開くことができる。
一枚一枚のレコードは最初の曲で始まり途中にレコードを裏返す間合いが入る最後の曲で終わる章のようなものだ。
その音楽が気に入るかどうかはレコードの始めに分かる。やっていくうちに我々は大胆に素早く判断を下せるように
なり、期待の最低ラインにまで達しないと分かれば、(なんの悪感情もなく)ただ忘れ去る。このようなことは実際
起こり何枚かのアルバムはそれっきり聴かなかった。音楽素材の質がそこまで明らかにされたのは初めてだった。音
質についてもそれは言えるが、音質はこのターンテーブルの試聴では問題とはならない。我々は先入観なしで新しい
冒険に向かっていく子供のように音楽そのものの世界に入っていくのだ。
いよいよ、この再生の方式を論じることにしよう。我々は結局のところオーディオ愛好家だ。しかしあくまで録音、
処理されたものを伝える手段としてのコンテンツがまず一番である。だが、西川氏のターンテーブルは録音と音楽の
間のギャップを埋めるのにそれとは違う意味を持つ方法を使っている。このターンテーブルに魔法をかけられたとき
起こったのはそういうことだと私は理解している。
このターンテーブルの音は信じられないほど奥行きがある。これほどのものを聴いたことがないので我々は呆然とす
るしかない。後ろの方の客席で標準以下の音響を聴いているような二流のパフォーマンスでもライブサウンドなら演
奏者とのコミュニケーションは可能である。しかしそのような演奏は受け手にとっては問題があり満足できるもので
はなく、ただ失望させられることが多い。それに対し、おそらく生の楽器を使った最高の経験、言い換えれば最高の
音響と最高の楽器と最高の演奏者による演奏とほぼ同じレベルを、AFOはどんなレコードでも実現する。 どんなレ
コードでも というところを敢えて繰り返したい。それについては後に詳しく述べたいと思う。
まずその奥行きについてだ。前述のKen Kesslerのレビューでは次のように評された。彼はAFOがほぼオープンリール
のテープレコーダー音に迫っていると述べているが、私はむしろほとんどのテーブデッキのほうが劣ると言いたいと
ころだ。テープデッキのエレクトロニクスはさほど良くないので同軸性が適正でない。テープの品質も問題がある。
マスターテープが音のリファレンスのように言われるが、レコード作成から家庭で良い音で聴くために行う再生まで
の間には実際いろいろな要素がある。
High Fidelity Poland
オープンリール式テープデッキとオリジナルテープを扱ったことがある人なら誰でも知っていることだが、ハイファ
イオーディオで慣れ親しんでいる音とはまったく別の音である。実際テープデッキの方が劣っている点もあると私は
思う。音場は事実上、少なくとも我々の理解では存在せず、フラットである。このターンテーブルは細心の注意を
払って要素によっては際立たせあるいは押さえることにより音を3次元にする。その結果我々が音場と呼ぶものが生
まれる。それを人工的と呼ぶ人もいるかもしれないが、この機器が人工的なのは芸術作品が人工的であるのと同じ意
味を持つ。さもなければ人工的という言い方を避けて、独創的あるいは創造的と呼んでもいいだろう。単に客観的で
あるより独創的または創造的な方が心に強く響くことが多い。
ある意味では、この日本製ターンテーブルの音場の作り方はテープデッキと似ている。デジタルであろうとアナログ
であろうと、これ以外の音源の選択性はこれとは比較にならないほど高い。しかし再生は総体的で不可逆的だと証明
するものを聴いた経験がこれまでに2回だけある。アナログテープのStuderとデジタルのdCS-upである。AFOの再生
はおそらくその2つを上回っている。まさに我々が待望している3次元性を実現しつつも同時に個々の平面や、各楽
器音のボディを孤立させない。それでいて音は信じられないほど奥行きがあり非常にナチュラルな楽器感や臨場感を
生み出すので思わず神経が高ぶって笑い出してしまう。これまで長い間騙されていたというのが信じがたい思いだ。
過去の経験を全て明白に否定されるような出来事を初めて経験するとこういう反応を示すものだ。こうして人は成長
して成熟していく。
(AFO 構造図 略)
次に、マッシブであることについて。主に音全体の基礎となる低音をうまく再生することである。低音に支えられな
ければ高音は出ない。低音部がしっかりしていなければボーカルも出ない。これを上手く処理しているターンテーブ
ルはたくさんある。例えば、SMEの高級機やAVID、フラッグシップ機であるTransrotorなどだ。dCS、Ancient Audio、
CEDなどに代表されるいくつかのデジタルソースもこれについては黙っていないだろう。しかしこのレビューで言っ
ている低音再生は全く別のものだ。他のどんな機器よりも深くまたディフィニションが優れており、それでいて上記
のどのソースよりも柔らかな音である。高解像度、ダイナミクス、ディフィニションの探求が、様々な方向で様々な
要素により完成度を高めていくことで続けられているが、このターンテーブルには未完成の要素など存在しないよう
だ。ただコヒーレントな完成された全体を受け止めるのだ。全てが音楽を構成するものとして受け止められ1つ1つの
要素を識別するのは難しい。
そして第三に、分解能である。高品質音楽再生には解像度(高いほど良い)と(正確なバランスでの)選択性が必要
である。しかし、これを実現する方法は他にもあるのは明らかである。そうでなければ 解像度 と 選択性 を売り物
にする他の機器などありえないはずだ。だがこのターンテーブルでは音楽はただ流れるのだ。楽器音のボディも感じ
られるし平面も存在する。そういった再生の表層 下 にある何かが違うのだ。
これらの3つの要素が結びついた結果が、深く完全で重量感のある音、しかも調性、高音部、または硬さなどを個々
に論じる余地を与えないその音である。巨大なエネルギーと録音に肉迫するその迫力を別にすれば、高音部は蜜のよ
うに甘くデリケートだと表現できるだろう。通常オーディオレビューで論じられる再生のメカニカルな要素は、この
ターンテーブルでは音楽とその再生の陰に身を潜めている。
High Fidelity Poland
録音の優れたアルバムで音がいいだろうというのは予測できた。聴いたときどんなに驚いたとしても、それはある程
度想定内のことだった。しかし二軍クラスの(純粋に音響的な意味である)レコードの音質が著しく上がったのは衝
撃的だった。私は落ち着いて、誇張や感情的な言葉抜きでこれを書こうと努力している。しかし古いポーランドのレ
コード数枚を聴いたとき私はそれまでまったく気が付かなかったものに目を開かされた。ポーランド製のレコードと
言えば、良質のレコードに関してはツキに見放されたとしか言いようがない状態だった。しかしAFOのおかげでBajm
のアルバムChron mnie を作ったサウンドエンジニアは完璧な仕事をしたことが分かった。または、2Plusのアルバム
Teatr na drodzeでの奥行き、3次元性についても同様である。 境界 の状態が明確に定義され、レコードの品質や録
音スタジオやマスターテープの品質の悪さによりどうしようもなかった録音の限界が明らかとなった。それより音質
が劣ったレコードについても同じだった。一枚一枚のレコードが可能な限り極限まで再生された。特に私の好きな音
楽については文句なく納得し、いつものように試聴を続けていった。LPでずっと未発表だったSkaldowieサイケデ
リック全盛期の2枚のアルバムを聴けたのはラッキーだった。それが以前試聴したときの説得力を弱めることはな
かった。
AAA/DAA/DDA
それでもまだ アナログ か?
このターンテーブルにより、これまで不可能だった精度で録音やレコードプレスの質を評価することができるように
なった。 おそらく とか しかし ∼と思われる などではなく、まるで聖書のように yesはyes、noはno と明確に判断
を下せる。おかげで、レコードプレスに使われた音源を論じる上で、説明や評価の基となる判断基準を打ち立てるこ
とができた。
よく知られているようにレコードはアナログ信号を記憶している。しかしアセテート盤をマスターするのに使われる
信号はレコードプレスのスタンパーをつくるために処理されるものだがアナログでもデジタルでもよい。デジタルの
場合アセテートのマスター盤をカッティングマシンにかける前にアナログに変換する必要がある。1980年以前、全て
の素材はごく少数の例外を除いて最初から最後まで完全にアナログだった。録音過程ではアナログテープレコーダー、
アナログ・ミキシング・コンソール、アナログマスタリング機器を使っていた。このようなレコードは1984年に
Society of Professional Audio Recording Services (SPARS)がCDの販売のために施行したSPARS CodeでAAAと指定され
た。その後しだいに奇妙な事態になっていく。録音スタジオにはデジタルレコーダーが導入され、信号はアナログへ
と変換されアナログ領域でミキシングされるようになった。SPARS CodeではDAA (digital recording, analogue mixing
and mastering)である。さらにデジタルオーディオテクノロジーの進歩により、アナログ・ミキシング・コンソール
はデジタルにとって代わられSPARSコードはDDAになった。今日ほぼ全てのレコードはこのように作られている。ほ
とんどのレコードはCD用のデジタルリマスタリングも含めてDDDである。ミキシングだけがデジタルで行われるADA
という方法もある。現代のレコードリリースでは、アナログディスクとは呼ばれていても、アナログなのは名ばかり
である。
High Fidelity Poland
このような状況にも関わらず、デジタルで録音・ミキシングされたアナログ・レコードはCDより音が良くなりうる。
これはなぜだろう?まず、レコードのマスターは24/48、24/96 あるいは24/192(ドアーズのボックスセットがそう
だ)といったハイレゾファイルフォーマットを使っている。他にも理由はあるが、また別の機会に述べたい。このよ
うなLPをAir Force Oneで聴いたとき、デジタルテクノロジーがどんな進歩を実現し、また逆にどんな弊害が出ている
のかはっきり分かった。
アナログで録音ミキシングされたレコードは全てが良くも悪くもよりスムーズでナチュラルである。それらは音のテ
クスチャー、非常に生理的なダイナミクス、リードアタックトランジェント特性などの点で興味深い。デジタルマス
ターからプレスされたレコード盤は非常に優れた音かひどい音のどちらかである。ひどい場合は高度に圧縮された
16/44.1 CDマスターのカットであることが多い(ここでいう 圧縮 はダイナミックレンジが圧縮されているという意
味であって不可逆圧縮のことではない)よくできたデジタルマスターLPレコードは非常に音が良くて、ハイエンド
ターンテーブルで聴くとCDよりも優れている。AFOならばなおさら説得力を持つ。このターンテーブルはこのような
レコードやこの録音技術が(理性的側面として)より選択性や明白さをもたらしたことを証明してみせた。それと同
時に、逆説的ではあるが、このような録音技術が再生を安定させて(感情的側面として)バイタリティを抑制してい
ることもAFOによって明白となる。音楽の種類によらず、またレコードマスタリングの会社にもよらず、デジタルで
は静寂さが高まるのがなんといっても強みである。しかしこれについてもこのターンテーブルは私にとって決して忘
れられないことを気づかせてくれた。このターンテーブルはあくまで音楽を最大限に表現するので、それに比べて静
寂さは取るに足りない問題であるかのように処理されるのだ。
結論
2年以上もずっと私は日本のあるオーディオジャーナリストにインタビューしようとしている。2012年1月に世界中の
オーディオジャーナリストとインタビューするというシリーズを始めたときは、日本の人々に連絡を取るのがこれほ
ど難しいとは知らなかった。(シリーズ最初のインタビューは6moons.comの編集責任者Srajan Ebaenだった)
2年間私はなんとか実現したいと思って日本の友人や、オーディオディストリビューター、日本の会社の代理店などの
コネを使って方法を模索したが、オーディオジャーナリストとのインタビューを設定しようとしても、丁重に断られ
るか「いつかそのうちに」と言われるだけだった。ミュンヘン2013では偶然ステレオサウンド誌の三浦孝仁氏とばっ
たり会ったので、インタビューを受けることを考えようと約束するまで粘って交渉した。しかしながら現在もまだ彼
は検討中である。このような姿勢はどこから来るのか?その理由は日本という国の歴史にあると思われる。彼らは長
年外国人に門戸を閉ざし、自己充足的な文化を持ち、国内市場に焦点を当ててきた。オーディオジャーナリストたち
は神格化された存在で彼らはその地位に満足している。間違いなく彼らは自分の陣地から外に出る必要がないのだ。
Air Force Oneターンテーブルを聴いて、私はその理由を完璧に理解した。彼らは自分の国が素晴らしいオーディオ機
器を持っているのを知っているだけなのだ。全てそうだとは言えないかもしれない。例えば、彼らもスピーカーはた
いていヨーロッパやアメリカ製を買う。しかし日本のオーディオ機器のほとんどは非の打ち所がない。TechDASは
ファンタスティックなターンテーブルを設計した。 パーフェクト とか 理想的 とは言うまい。これらの言葉はもう改
善する余地がないという極限を表す言葉である。遅かれ早かれAFOを超えるものが出てくるだろうとは確信している。
ただし今のところライバルはどこにも見当たらない。
どんなオーディオフォーマットや媒体であろうと、この日本のターンテーブルの音質にかかれば他の機器全てがまる
ですぐに忘れ去られる悪い冗談のように見えてしまうのだ。
High Fidelity Poland
設計
西川英章氏がこれまで何度か述べているところによると、Air Force Oneの設計目標はコンパクトサイズのターンテー
ブルで最高のパフォーマンスを実現することだった。その技術仕様を見るとこれは信じがたい。外部パワーサプライ
とエアポンプを含まずに重量(79kg)寸法(600x400mm)である。しかし私のFinite elementeラックに収めてみると西
川氏が意図していたことが理解できた。ボディに力とパワーがあるのは間違いない。同時にボディはコンパクトで高
さもかなり低い。私は非常に気に入った。丸みのある外形が、実際の寸法より小さく感じさせる。ベーシックなAVID
やTransrotor、Pro-Ject、Thorensと比べそれほど大きいわけではない。
Air Force Oneはエアサスペンションとエアプラッターベアリングのある質量のあるターンテーブルである。高さ調整
可能な3本の脚部にフルエアサスペンション機能がある。エアの量は調節できて共鳴や振動を最適に制御する。エア
ポンプとパワーサプライユニットはエレガントなアルミの筐体に収められている。ポンプを切ることもできるが作動
しているときも非常に静かなのでまったく作動しているとは気がつかない。エアコンデンサユニットは別の黒の筐体
に格納されている。これはメンテナンスフリーである。外付けユニットは電気とエアの端子で接続される。
このターンテーブルのシャーシは次の3層構造である。
・ベースシャーシ:A5052アルミニウム。
・ミドルシャーシ:さらに強度のあるA7075超々ジュラルミン。上下の2層にしっかりと挟まれて共鳴を除去している。
・アッパーシャーシ:上に見えている部分。ベース部と同様A5052アルミニウムで表面をアノダイズ加工されている。
ターンテーブルは白いバックライトボタンで操作する。写真で見るとプラスチックっぽい模造品のように見えるが、
実際はすばらしい曲線を持つ真のビーストである。全体的な仕上げの品質は見事だ。トーンアームベースは黒檀と
A7075を使った柔と剛の組み合わせである。どんなトーンアームでも搭載できるように加工される。
プラッターは、まずメインプラッターが19kgのSUS316L非磁性ステンレス製である。アッパープラッターは次の3種
類の中からオーダーできる。
A7075 航空機級ジュラルミン 3.5kg
SUS316L 非磁性ステンレス 10kg
アクリル樹脂 1.5kg
プラッターはスチールのスピンドルの上に取付けられる。プラッターが乗るベースの表面は硬質ガラスでできており
スピードセンサー用の小さい切り込みがある。形状記憶の特殊素材でできた付属のレコードマットは静電気を除去す
る。メインプラッターの材質は硬度を高めるため鍛造加工(熱処理)されて、その後磁性化するのを避けるため低速
で精密加工している。プラッターの内部には1.1リットルのエアチェンバーがある。これは吸着システムの一部である
と同時に減衰効果を高めメインプラッターとアッパープラッターの間の共鳴を除去している。ドライブメカニズムは
静寂でターンテーブルのすぐ横に立ってもほとんど聞こえないほどだ。巨大なACシンクロナスモーターが別筐体に格
納されている。これもメインシャーシと同様3層構造になっている。
High Fidelity Poland
[囲み記事]
GOLD FINGERPRINT
金の指紋賞
いつだったか正確な記憶ではないが、当誌が素晴らしいオーディオ製品を評価するための特別な賞の分野を設けてか
らもう何年も経つ。オーディオの歴史に優れた功績を残した製品の設計者の手を象徴する意味からこの賞はRED
Fingerprint(赤い指紋賞)と名づけられた。
2013年5月16日に当誌は特別なGOLD Fingerprint賞を授与した。この賞の目的は製品よりもむしろそれを作った人に
授与されるものである。第一回受賞者はAcoustic Revive経営者の石黒謙氏だった。
今回High Fidelityの歴史上2回目となるこの賞を西川英章氏に贈ることを心より光栄に思う。彼は真に黄金の手を持つ
人である。
Technical Specifications
モーター重量:6.6kg
シャーシ重量:43kg
回転スピード:33 1/3rpm, 45rpm
寸法:600(幅)×450(奥行)mm
消費電力:60W
電源部ユニット:寸法/重量 430(幅)×150(高)×240(奥)mm、10kg
エアコンデンサユニット:寸法/重量 260(幅)×160(高)×240(奥)、4kg
High Fidelity Poland