タイ・バンコクの空港連絡線の開通

海外トピックス
風力発電の電気を一部使用して走行する電車(マルメ,スウェーデン)
タイ・バンコクの空港連絡線の開通
の
ぐち はる
み
野 口 知 見 調査研究センター研究員
2010年8月23日,バンコクの新空港であるスワ
一方,特急列車は時速103 km で,パヤタイ駅
ンナプーム国際空港とバンコク中心部とを結ぶ空
から2駅先のマッカサン駅と新空港間を,ノンス
港連絡線が営業を開始した。建設予定地の不法居
トップ15分でつなぐ。運行間隔は30分で,座席数
住者立ち退きなど様々な問題により完成が遅れ,
は170席,料金は一律150バーツである。なお,マ
2006年9月の新空港開業に遅れること4年の待望
ッカサン駅では,同じくバンコク市内を走る地下
の開業である。本稿では,空港連絡線計画の概要
鉄「MRT」に乗り換えることができる。
と経緯,今後の課題についてまとめる。
いずれも旅客用車両は3両であるが,特急列車
には荷物専用車両が1両連結される(プラットホー
1 . 空港連絡線の概要
ムの設計は将来的な需要に応じて10両編成まで対応
可能)。
空港連絡線は,バンコク中心部のパヤタイ駅と
なお,マッカサン駅では,特急列車専用のホー
スワンナプーム国際空港間を結ぶ,総延長28 km,
ムと通勤列車用のホームが分かれており,特急専
最高時速160 km の複線高架鉄道(ただし,地下駅で
用スペースは空港のターミナルビルを意識した豪
ある空港駅から2kmの区間を除く)である。同空港
華な造りとなっている。また,300台を収容でき
周辺は複数の大学が所在し,また,バンコク中心
る駐車場やツアーバス等の停車場も整備され,空
部で働く人々の居住エリアでもあるため,同連絡
港利用者のスムーズな移動が考慮されている。同
線は空港への特急列車と通勤列車の両用として整
駅にはシティエアターミナルが併設される予定で
備された。
あり,稼動が始まれば航空利用者はフライト日の
通勤列車は,時速64 km でパヤタイ駅と新空港
早い時間に駅で荷物を預けてチェックインを行い,
間の8駅を30分でつなぐ。運行間隔は15分で,定
市内で観光・買物を済ませてから手ぶらで空港に
員は745名,料金は駅数に応じ15バーツ(1バーツ
向かうことができる。チェックインカウンターか
≒2.70円,2010年9月15日現在)から45バーツである。
ら集められた荷物は,コンテナに積込まれ,コン
なお,パヤタイ駅では,バンコク市内を走る高架
テナは自動でプラットホームから車両に搬入され
鉄道「BTS」への乗り継ぎができる。
る。全コンテナ12個の搬入・搬出時間は最大4分
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10 . 10
運輸調査局
と設計されている。
17 , 000人の利用が見られた。運営責任者によると,
現行の運行時間帯は朝6時から深夜0時までだ
営業開始後は1日20 , 000人,2011年からは40 , 000
が,今後は24時間運行を目指す。なお,2010年内
人の利用を見込んでいるという。
は利用促進期間として,
特急列車は片道100バーツ,
各駅列車は片道一律15バーツの特別運賃が適用さ
3 . 今後の課題
れる。
これまで空港周辺からバンコク中心部までの輸
ようやく営業運行が始まった空港連絡線だが,
送には,主に自動車が利用されており,ラッシュ
プロジェクトの目玉の一つであるシティエアター
時は渋滞で1時間以上かかることが多かった。同
ミナルの稼動が運行開始に間に合わなかったこと
連絡線には大幅な移動時間の短縮と共に,渋滞の
や,パヤタイ駅での BTS への乗り換え用コンコ
緩和,CO 2の 排出削減などの効果も期待されている。
ースが未だ工事中であることなど,本格的に利用
者がその利便性を享受できるのにはまだ時間がか
2 . 計画の経緯
かりそうである。
一方で,同連絡線の運行事業者についても懸念
空港連絡線は,2000年に日本の国際協力銀行の資
が残されている。現在,空港連絡線の運行は,タ
金協力で作成された「都市交通軌道マスタープラン
イ国鉄との契約でドイツの DB インターナショナル
(URMAP : Urban Rail Transportation MasterPlan)
」
社が行っている。しかし,当初,同社は空港連絡
で設計された複数路線のうちの1つである。2003
線の運営,安全,危機管理,職員教育を指導する
年にタイ国鉄が内閣の承認を得て事業権を与えら
コンサルタントであり,運行はタイ国鉄の設立する
れ,フィージビリティスタディと詳細設計が実施
子会社が担うとされていた。この子会社設立は,都
された。2004年8月から11月にかけて事業者の入
市間輸送の不振により長く負債を積み上げてきた,
札が行われたが,これは土木工事と鉄道システム
タイ国鉄改革の一環として盛り込まれたものである。
一体での契約であったため,日本,中国,ドイツ
タイ国鉄内部の組織再編を実施すると共に,空港
を中心とした3グループが地元のゼネコンとコン
連絡線については外国の専門家の力を借りて民活
ソーシアムを組んで応札し,結果的に,ドイツの
導入も視野に入れた子会社を設立することで,今
シーメンス社とタイのシノタイ社らからなるドイ
後の国鉄の鉄道運営におけるモデル事業とすると
ツグループが落札した。2005年1月に契約が調印
位置づけられていた。しかし,国鉄の民営化に繋
され,翌2月から着工した。総工費は約260億バ
がる動きを警戒する国鉄労組からは,大規模なスト
ーツが見積もられた。
ライキを伴う反対運動が起き,設立は難航している。
完工は当初,着工から990日,つまり2007年11
結果的に子会社の設立は空港連絡線開業までに
月を予定していたが,タイ国鉄の所有する建設予
実現せず,DB インターナショナルとの間で2億
定地における不法居住者の立ち退きや,通信線の
3 , 900万バーツの追加契約を結ぶことで,営業開
問題,過去に頓挫した高架鉄道の遺構撤去などの
始から5ヶ月間の運行とメンテナンスを委託する
問題から,大幅な遅れが生じ,2009年12月によう
こととなった。タイ国鉄は,子会社設立は年内に
やくテストランに漕ぎ着けた。2010年6月からは
行うとして,労組との交渉を続けているが,順調
試験運行として車両が無料で開放され,1日約
に進捗するかは依然不透明である。
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