貸ビルの競売発生時を予測した、 賃貸借契約上の注意点と対策。

貸ビルの競売発生時を予測した、
賃貸借契約上の注意点と対策。
通常、貸ビル等に入居する場合、
ビルオーナー(賃貸人)
と
の間でビルの賃貸借契約を締結しますが、
もし賃貸人である
オーナーの経済状況が悪化して、賃借しているビルが競売に
あった場合、入居者である賃借人は、
そのままビルを利用する
ことができるのでしょうか…。最近、
このような競売に関するご
質問を良く受けることがあります。そこで今回は、入居者のビ
ルが競売となったというケースを元にお話ししてまいります。
競売にあったビルに入居し続けるためには、
入居者の賃借権が抵当権に
優先するものでなければならない。
賃借人(入居者※以下表記・賃借人)が、
賃借物件であるビルを競売手続きにて買い受
けた買受人(競落人※以下表記・買受人)に
対し、賃貸ビルに対する賃借権を主張できる
かどうかは、賃借人の賃借権が賃貸ビルに設
定されている抵当権に優先する権利であるか
否かで決せられます。即ち、賃借人が賃貸ビ
ルの引渡しを受けるなど、賃借権についての
対抗要件を具備した時期が最優先の抵当権
(通常は一番抵当権と呼ばれるものです)の
設定登記がなされた時期よりも早い場合は、
当該賃借人の賃借権は、抵当権に優先する
賃借権(この場合の賃借権は長期賃借権と
呼ばれることがあります)
として保護される結
果、賃借人は、賃貸物件の買受人に対し、
自
らが賃借人であることを主張できます(このこと
を賃借権を「対抗できる」
といいます)。
ところが、
これとは逆に、賃借人が賃借権に
ついての対抗要件を具備した時期が最優先
の抵当権の設定登記がなされた時期よりも遅
い場合は、賃借人の賃借権は、抵当権に劣
後するのが原則です(民法第395条が定める
短期賃借権という例外はありますが、
このよう
な例外を除いては、賃借人は、買受人に対し、
賃貸物件に対する賃借権を主張できないこと
になります)。
では、実際に起こり得るケースではどのよう
に考えたらよいのでしょうか。一般的には、
ビ
ルのオーナー
(賃貸人※以下表記・オーナー)
は、
ビルを建てる際に、金融機関からビルの建
築資金を借り入れると共に、金融機関に対し、
ビルとその敷地を担保として提供します。これ
が抵当権の設定です。抵当権の設定登記は
ビルの建築直後に行われるのが通例ですか
ら、賃借人がオーナーとの間で賃貸借契約を
締結し、
ビルに入居するよりも抵当権の設定
登記がなされる方が早いのが一般的でしょう。
但し、新築ビルに入居する場合に、
ビルの保
存登記がなされる前に、
ビルの賃貸借契約が
締結され、賃借人がビルの賃借部分の引渡し
を受けるということがないわけではないため、
このような場合には、抵当権の設定登記よりも
賃借人の賃借権の対抗要件(引渡し)
が先に
なされることになりますから、抵当権に優先す
る賃借権として、買受人に対し、賃貸ビルに対
する賃借権を対抗できることになります。
従って、
ビルの賃貸借契約を締結する場合
には、①ビルに抵当権が設定され、抵当権の
設定登記がなされているかどうかを確認する
こと
(通常、賃貸借契約時に重要事項として
仲介業者から説明を受けることになります)、
②抵当権の設定登記がなされていないようで
あれば、
その後に抵当権の設定登記がなされ
た際に、賃借権が優先することを主張するた
めに、後日の証拠として、賃貸借契約書に確
定日付を取っておくものよいでしょう
(もっとも、
他の方法により、賃貸借契約の開始時期、
と
りわけ賃借物件の引渡しを客観的に証明でき
るのであれば、確定日付を取ることは必ずしも
必要ではありません)。
賃借権が対抗できるとしても、
敷金の取扱いには
更に注意が必要です。
それでは、賃借人は、オーナーに差し入れ
ている敷金についてどのような保護を受ける
ことができるのでしょうか。
まず、賃借人が買受人に対して賃借権を対
抗できる場合及び短期賃借権の限度で保護
される場合は、買受人は、賃借人に対し、敷金
の返還義務を負担することになります。これは、
賃借人の賃借権が買受人に対抗できる結果、
従来、オーナーと賃借人との間に存在してい
た賃貸借契約の賃貸人の地位がオーナーか
ら買受人に移転することに伴い、賃貸借契約
の従たる契約として存在している敷金契約に
おける敷金返還義務もオーナーから買受人に
移転すると解されるため、
このような帰結にな
るのです。
しかしながら、
たとえ賃借人がオーナーに対
して「敷金」という名目で金員を差し入れてい
たとしても、
その敷金が賃貸借契約における
賃借人の債務を担保する限度を超える高額
なものであったような場合は、形式上は「敷金」で
も、実質的には「建設協力金」その他の「貸金」
であると評価される場合があり、
このような場
合は、賃借人は、買受人に対し、実質的な「敷
金」の限度でしか「敷金」返還を求めることは
できません。そして、
この「敷金」の限度を超え
る金員については、賃借人は、従来のオーナ
ーに対し、返還請求することになります。
この場合、
どこまでが実質的な「敷金」と言
えるかは非常に難しい問題ですが、少なくとも
関東地方における居住用建物の敷金額−賃
料の2∼3ヶ月分の金額−であれば、実質的な
東京シティ法律税務事務所
弁護士
敷金と認められることは問題ないでしょう。ま
た、商業用ビルの場合、
その規模と敷金額に
よって実質的な敷金額が判断されることが多
いので、事案によって判断が分かれるところで
すが、賃料の6ヶ月∼10ヶ月程度が1つの目安
になるのではないでしょうか。
つぎに、賃借人が買受人に対して賃借権を
対抗できない場合、即ち、賃貸人の地位が従
来のオーナーから買受人に移転しない場合、
賃借人は従来のオーナーに対してのみ、敷金
返還を求めることができるに過ぎません。そし
て、
このような場合(前述の実質的な「敷金」
の限度を超えた部分をオーナーに請求する場
合も同様です)、賃借人が、従来のオーナーに
対し、敷金返還を求めたとしても、オーナーが
経済的に破綻したため、賃借ビルを競売にか
けられているのですから、現実にはオーナーか
ら敷金を回収することはなかなか困難であると
思われます。そのため、賃借人としては、
オー
ナーの資産状況等を考慮に入れておかなけ
ればならないことになります。実際には、競売
の申立がなされると、執行官が現地調査のた
め賃貸建物を訪れるのが通例です。不幸にし
てこのような事態に遭遇した場合、具体的な
ケースに応じて対応方法がないかどうかを専
門家に相談することをお勧めいたします。
今後の貸ビルにおける賃貸借契約では、
賃貸人の経済的な信用力と
敷金の保全策を重要視すること。
所謂バブル経済の崩壊以前は、入居して
いるビルを退出する際に、敷金がオーナーから
返還されないなどということを考えることは極
めて少なかったのではないでしょうか。
しかし、
今日このような事態が生じることは決して少な
くありません。そればかりか、せっかく賃貸借
契約を締結して、多額の内装費用をかけてビ
ルに入居したと思ったら、
そのビルが競売にか
かってしまい、買受人から退去を求められると
いうケースも十分に考えられるのです。従来、
賃貸借契約の締結に際し、
オーナーの経済的
な信用力が議論されることは余りありませんで
したが、今後は、多額の資本を投下して、
ビル
の賃貸借契約を締結するのであれば、
オーナ
ーの経済的な信用力を吟味し、更には、敷金
の保全をどのように考えるか慎重に検討すべ
き時代を迎えることになるかもしれません。
平成13年 6月現在
弁護士