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社会事業研究
The Study of Social Work 2012.1 NO.
51
日本社会事業大学
社 会 福 祉学 会
もくじ
Ⅰ 巻頭言
…………………………………………………………………………………………………………………… 大橋謙策 ……… 2
Ⅱ 第 50 回社会福祉研究大会報告
1 50 回記念講演
人を大事にする経済とは ……………………………………………………………………………………… 内橋克人氏 ……… 4
2 教職員研究報告
コミュニティを核とする災害リスク管理ソーシャルワーク
- Social Work for Community Based Disaster Risk Management - ………………………………………… 山口幸夫 …… 20
今後の障害児通園施設における支援のあり方―子ども学園の実践を通して― …………………………… 佐藤美由紀 …… 26
3 学生研究報告 ……………………………… 渡辺聖矢・友田一成・小桧山諒・馬場太郎・三瓶傑人・五十嵐希一
吉田直正・鍵和田卓也・小川晃史・小林真佐雄 ……… 35
4 分科会
4-1「地域支援とソーシャルワーク」…………………………………… 岩崎貴子・全形文 / 田中悠美子 / 青木尚人 ……… 65
4-2「障害児者への支援」…………………………………………………………… 杉本泰平 / 石原朝美 / 大曽根邦彦 ……… 77
4-3「ポスターセッション」…………………………………………………………… 米川京子・園川緑・石井友光 ……… 88
4-4「福祉の理念と教育」……………………………………………………………………………… 乗松央 / 鄭芝永 ……… 94
4-5「高齢者への支援」……………………………………………………………………………… 高木剛 / 三輪秀民 …… 101
4-6「子どもへの支援」…………………………………………………………………………… 宇野耕司 / 中嶋裕子 …… 113
Ⅲ 大会テーマ投稿論文
Ⅲ-1 在宅高齢者における社会参加活動とセルフ・エフィカシーとの関連 …………………………… 小柳達也 …… 122
Ⅲ-2 子どもをめぐる貧困と虐待に関する研究―イギリスの施策から学ぶ― ………………………… 中嶋裕子 …… 128
Ⅳ 2011 度学生研究奨励賞受賞論文要約
………………………………………………………………………………… 丸山久美 / 一ノ瀬裕子 / 淺野裕美 …… 133
Ⅴ 2011 年度学生研究奨励賞受賞者・日本社会事業大学社会福祉学会(木田賞)受賞者 ……………………………………… 147
Ⅵ 日本社会事業大学社会福祉学会事業報告
2011 年総会資料 ……………………………………………………………………………………………………………………… 149
第 50 回社会福祉研究大会プログラム ……………………………………………………………………………………………… 161
地方集会 ……………………………………………………………………………………………………………………………… 169
〈巻頭言〉
第50回記念大会を終えて
日本社会事業大学社会福祉学会は 1960 年に創設され、昨年 50 周年を終えましたが、研究
大会としては 2011 年の大会が節目の第 50 回記念大会となりました。
第 50 回記念大会は、3 年間継続したテーマを設定して取り組んできた最終年で、「ポスト
モダンにおける貧困とソーシャルワークアプローチ その③」という大会テーマで行われま
した。参加者の内訳は、学部学生 496 名、大学院生(研究大学院、専門職大学院)は 42 名、
通信教育課程履修者 4 名、卒業生 272 名、教員 27 名の合計 841 名の方が参加してくれました。
学会創設の理念は、卒業生と在学生と教職員が協働して、日本の社会福祉実践現場の課題
や社会福祉研究及び社会福祉政策の課題を話し合い、在学生の学習機会、卒業生のリカレン
ト教育の機会、教職員の社会貢献の機会を提供することにありますので、今回の参加者の内
訳を見ると少なくともその理念の形式的要件は満たされたものと考えられます。3 年間の参
加者の推移は第 48 回大会が 943 名、第 49 回大会が 892 名、第 50 回が 841 名で、第 47 回大
会以前がほぼ 300 名~ 500 名で推移していたことを考えると、この 3 年間の取り組みの成果
が表われ、一応目的は達成されたと考えていいかと思います。
第 50 回記念大会は、記念講演の講演者に経済評論家の内橋克人さんをお願いし、「人を大
事にする経済とは」と題して講演を頂きました。経済と社会福祉との関わりは、経済的貧困
を巡って大変大きな関わりが歴史的にもあるわけですが、この間の自由主義的経済の考え方
とそれに基づく政治哲学により、国民の生活が疲弊し、国民間の格差が進行してきたことを
話しされましたし、“福島原発問題”が“想定外の出来事”でなく、一種の“人災”である
ことを指摘されました。まさに、大会テーマに相応しい講演を頂きました。
今回の大会は、とても悲しくて、辛かった「3・11の東日本大震災」の影響で 3 月に挙
行できなかった日本社会事業大学の学事行事も兼ねて行うこととし、改めて社会福祉の立場
から「3・11の東日本大震災」に学びつつ、復興支援に向けて何が出来るかを考える機会
にしたいと考えました。と同時に、大学行事の一環として児玉桂子教授の退職・最終講義も
-2-
行われましたし、内閣府に設置された「障がい者制度改革推進委員・総合福祉部会長」を勤
められている佐藤久夫教授の政策動向に関わる報告も行われる等第 50 回大会に相応しい盛
りだくさんの内容となりました。
日本社会事業大学社会福祉学会は、第 50 回大会を一つの区切りとして、これから新たな
テーマを設定し、新たな歴史を歩み始める訳ですが、日本社会事業大学の存立の意味が「窮
理窮行」の精神豊かな社会福祉従事者を養成し、市町村主権時代に求められる全国の草の根
の社会福祉実践の担い手として送り出し、かつ卒業生達が“時代に遅れる事なく、常に研鑽
に励んで、社会福祉分野のリーダー”たらん役割を担えるように教育・研究を推進すること
にある以上、日本社会事業大学社会福祉学会の存立意味も益々重要になってきます。
そのような状況を踏まえ、日本社会事業大学の学長が日本社会事業大学社会福祉学会の会
長を兼ねるのが最も相応しいと考え、第 50 回大会を契機として新たな日本社会事業大学社
会福祉学会の会長に、日本社会事業大学の学長である高橋重宏先生にご就任頂きました。し
かしながら、残念なことに高橋重宏先生は 2011 年 12 月 8 日に急逝されました。本来ならば、
学会長としての新たな学会の歩みの在り方の決意表明も含めて、高橋重宏先生がこの巻頭言
を書いてくれることになっていましたが、それも叶わぬことになってしまいました。高橋重
宏先生のご冥福を心からお祈り致します。
2011 年 12 月 29 日 高橋重宏先生のご冥福を祈念しつつ
第 50 回記念大会会長 大 橋 謙 策 (前日本社会事業大学社会福祉学会会長
日 本 社 会 事 業 大 学 大 学 院 特 任 教 授)
-3-
50回記念講演
「人を大事にする経済とは」
(講師 経済評論家) 内 橋 克 人
内橋 今、この東日本大震災、そして、福島にお
ひとたび起これば、何が起こるのかわかっていた
ける原子力発電の事故、大変な災害、災厄に私た
はずです。私が『原発への警鐘』(講談社)とい
ちの社会は打たれています。
う本を書いたのは30年前です。
そういう中での皆さん方の50周年の催しを、私
また、2008年、例のリーマンショックがありま
は大変期待をして、熱い思いで皆さん方と語り合
した。これで世界の経済が破綻をした。私は、
「こ
えると思ってきました。とりわけ、福祉の現場、
のままいけば破綻しますよ」と警鐘をずっと鳴ら
その第一線でお仕事をしている皆さん方、あるい
してきました。マネー資本主義と言われる世界経
はそういう方々を育てていく重い役割を担ってい
済の在り方について、何度も何度も書いたり、話
る教員の方々。ここで、かたちだけではなくて、
したり、テレビ、ラジオ、その他でも一生懸命話
また単なる理屈だけではなくて、本当に、今、こ
してきました。それが、そのとおり起こりました。
の日本で何が進んでいるのか、あるいは世界で何
原発についても同じです。私たちは、原子力発
が進んでいるのか、どういう環境の中に私たちは
電所や原子力エネルギーの問題について警鐘を鳴
いるのか、そのことをお話ししようと思います。
らせば、「科学の国のドン・キホーテだ」、「時代
遅れだ」と言われてきました。
1.東日本大震災が明らかにしたこと
私は日本社会、世界経済、技術などあらゆるも
ちょうど、岩波新書から『大震災のなかで-私
のを見て53年になりますが、日本社会の上のほう
たちは何をすべきか-』という1冊の本が刊行さ
から、日本を統括している、制御している、そう
れました。この本には実に33人の方々が1人ずつ、
いう権力の正体をきちんと認識をする、社会の構
一生懸命書いていただきましたが、私が書いたそ
造や仕組みをしっかりと認識しなければ、とても
の序の言葉に、巨大災害、震災、火災、地震、津
人を救うことはできないと思っています。
波、原発事故、こういうものが起こると、一瞬に
私が今日話したいことは、いろいろあります。
してその国、その社会はいったいどういう社会な
その中でとりわけ言いたいことは、皆さん方に、
のかが、たちまちさらけ出されてしまう、と書き
自分たちが生きている社会とはいったいどういう
ました。
社会なのか、世界、そして日本、アジア、全体と
当地からは、東北は何か遠いように見えます。
して、深く思い詰めるほど思い詰めて現在の仕組
福島も、この清瀬から見ると少し距離があるよう
みを解き明かさなければ、この国を本当の意味で
に思うでしょう。けれども、そうではありません。
よくすることはできないということです。
同じ日本社会の中で、今、大きな大きなひずみが
半世紀以上、日本社会を見てきましたが、実は
起こっています。
その7~8割は虚構だと思います。何も実質がな
今回起こった原子力発電所の事故を考えると、
いのに何かやっている儀式のように思えます。何
-4-
か、さもあるかのごとく見せかけるけれども中身
に津波が来て、すぐ横にいたお母ちゃん、お父ちゃ
は何もない。ある特定の利益集団の利益ばかりで、
んが、子どもがいなくなってしまい、そのまま避
詰まるところ、本当に生活の場で生きている人々
難をさせられて、その人々がそのまま海の中、あ
が不幸になっていく、これが現実です。そのこと
るいはがれきの中、汚水の中、泥水の中で遺体が
を無視してきれい事を言っても、恐らく、本当の
もう朽ち果てようとしている、そして腐ろうとし
意味で人々の幸せを作り直すことにはつながらな
ている人々がいることです。
いと思います。
行方不明者の中には、たくさんの放射線、放射
貧困の問題一つ採り上げても、現在では救済の
能によって遮蔽された警戒区域内で、自分の子ど
対象と思われています。「救わなければならない」
もを探そうにも中に入ることができず、やがて命
と思っていますが、つい最近まで貧困は、「救済
が朽ち、体が朽ち果てる。そして例えば、特別
の対象」ではなくて「処罰の対象」でした。貧し
の捜索隊、自衛隊その他がせっかく発見しても、
いということは、その人々が怠けている、能力が
DNA鑑定をして初めて、「これはあなたの子ども
欠けている、働く意欲がない。だから、罰せなけ
です」、
「あなたのお父さんです」、
「お母さんです」
ればならない。
とわかるのです。DNA鑑定という「責め苦」を
これは言うまでもなく救貧法の思想であり、19
経なければ、肉親を確認したり、親族あるいは知
世紀あるいは20世紀初頭までの思想です。イギリ
り合い、縁者を確認することもできません。
スにおける救貧法の基本になる思想は、貧しい人
もう一度繰り返しますけれども、この行方不明
を救うのではなくて、貧困は罰すべき対象であり、
者の中には、いまだに警戒区域の中で放射線に
処罰をする、刑罰を与えるというものでした。そ
よって遮蔽されて、立入禁止にされ、その中で腐
のために、つい最近まで、ワークハウスという強
りかけようとしている、朽ち果てようとしている
制労働の場に貧しい人々を強制収容させて、ある
遺体がたくさんあるのです。
ときは強制労働を強いてきました。
私たちの社会は、いったいどういう社会なのか。
そういう中で、例えば、貧困でない人が貧困に
9万人を超える人々が、震災から100日を経ても、
ついて本当に貧困とはどういうものかを知らずに
まだ避難所で苦しい生活を送っている。公的支援
論ずることが平気で行われることとなっていま
というものをなぜやらないのかです。この現実を
す。
前にして公的支援ができない国、それは恐ろしい
国です。
(1)今被災の現場で何が起きているのか
阪神・淡路大震災では私の実家が倒壊しました。
今回の震災により、率直に言って、恐らく大量
私はたまたま首都圏にいましたが、倒壊した実家
の「棄民」が出ると思います。
には継母が1人暮らしていましたが、その地で傷
その警鐘も鳴らしてきました。今なお、被災地
ついて、その後は故郷を離れて、一度も神戸を見
で避難所にいる方々は9万人です。震災発生から
ることなく16年が過ぎ、今、力尽きようとしてい
100日を数えてもなお9万人の方々が、避難所で
ます。その間、地元の役所から一遍の通知もあり
苦しい生活を送っています。
ません。本人は、再びあの無残なふるさとを見た
また震災による死者は1万5千人、行方不明者
くないと、16年間、一度も神戸の地を訪ねていま
が8千人以上です。この行方不明者は津波がさ
せん。そういう人々が、今まだ、11万人もいるの
らっていった方々が多数です。けれども、私たち
です。
が決して許してはならないのは、その行方不明者
さらには、阪神・淡路大震災での孤独死です。
の中には、福島の原子力発電所の20キロ圏内、つ
災害復興住宅に入った、あるいは一般の住宅でも
まり警戒区域として人が入ることができない地域
そうですが、そこで、みとる者がいないままに孤
-5-
独死する人、水道は通じていても、一人では水を
もう一つ事故が起これば、逃げるところはあり
飲むこともできず亡くなった方々がこの16年間で
ません。これは、福島だけの問題のように思って
9千人います。
いるかもしれませんけれども、決してそうではあ
こういう社会の中で福祉を論じ、そして、何か
りません。福島の問題は、この清瀬の地にもあり
いろいろな横文字を使ってさまざまな一つのかた
ます。どこにでもあるのです。
ちにしていますが、実態は今話したとおりです。
今、54基の原発にさらに14基を加えて68基を、
100日を過ぎて9万人を超える人々が、なお、東
この小さな地震列島を取り囲んで造ろうとしてい
日本の被災地で孤独のまま放置されています。し
たわけでしょう。どうしてこういうことをやろう
かも、地方自治体は、ほとんど力がありません。
とするんですか。何があったんですか。それを私
過疎地は、2030年には人口が3分の1減ってし
は本の中で明らかにしました。マネーフロー、原
まいます。そして域内総生産が4分の1に、ある
発に群がる利権集団の実態、そして原発は、エネ
いは3分の1に減ってしまうことが、十分に予測
ルギーコストとして決して安いものではないとい
された地域です。今も人口が急減していますけれ
うことも明らかにしました。
ども、この震災によって、その予測された姿がフィ
さらに被曝をした人がどのような扱いを受ける
ルムを早回しするように、あっという間に目の前
かについて、被曝訴訟の話も書きました。作業し
に来たわけです。
ていて被曝する人々の訴訟です。訴えても訴えて
も、相手にしてくれません。その例が数々ありま
(2)災害は被災地の問題ではない
す。
今回の東日本大震災を私は初めから、「巨大複
合災害」と呼んできました。それは広域であり、
(3)危機の根底にあるものは何か
地震と津波が同時にきた多層的人災です。
今、私たちが生きている社会で、皆さん方は最
『原発への警鐘』を30年前に書いたときに、ア
も重要な介護、ケアに関わっておられます。
メリカの(トーマス・F・)マンクーゾの「マン
私は、「FEC自給圏」というものを主張してい
クーゾ報告」を取り上げました。放射線被害とい
ます。「F」は、「フーズ」、農業、食料」、「E」
うのは、
「スローデス」、ゆっくりとした死です。
は「エナジー」、再生可能なエネルギー、そして
20年、30年、40年かけてやってくるのが、スロー
「C」は「ケア」あるいは「コミュニティー再生」。
デスです。すぐに死ぬのは、「サドンデス」です。
これは自給しなければならない。自分たちの地域
津波はサドンデスでしょう。それに対して、放射
の「F」と「E」と「C」は自給をしなければい
線、放射能、放射性物質による死は、スローデス
けないのですが、その自給をされては困るから、
です。
今、TPPとか、自由貿易、グローバル化という権
マンクーゾは、そのとき、「あの狭い日本で、
力が日本を狙っているわけです。
かくも多くの原発、しかも地震の多い地震列島、
既に、日本の穀物事情は、低い低い自給率です。
それを原発で囲い込んで、あなた方は、広島、長
このままではいつ東日本大震災の被害者の方々の
崎、二度も悲劇を経験したではありませんか。も
運命が、皆さん方の運命になるかわかりません。
し、複数の原子力発電所に事故が起こったら、あ
なぜ自給率が低いのかと言えば、「国を開く」
なた方はどこに逃げるのですか。この広いアメリ
ことで、諸外国、穀物の安い国から買えばいいと
カでも、原発の問題が深い深い議論を呼んでいる。
多くのエリートが言ってきたからです。
あなたの国はどうなんですか。どこへ逃げるんで
私が最も尊敬している宇沢弘文先生の言う、
すか。どこへ逃げるんですか、本当に」とはっき
「F」と「C」と「E」は社会的共通資本です。
りと言っていました。
この敬愛する先生が、「社会的共通資本」という
-6-
概念を築き上げその重要性を強調されています
な批判を与えています。
が、もう一度、その原点に立ち戻ることが、いか
目の前のまさに命を脅かされている人々を救お
に大事かです。
うとしないで、未来の話をする。漁港や港には「5
1995年1月17日に震災が起こりました。阪神・
メートル以上の建物でないといけない」とか、
「住
淡路大震災で、住む家もない、ブルーテントの中
居を高いところへ移せ」とかです。これは何年先
に暮らしている人々に対して、その5月に、当時
の話をしているんでしょうか。今、目の前で生き
のわが国の首相は国会の参議院で次のように答弁
るか死ぬかという瀬戸際なのにです。
しています。
東北の方々は我慢強いと言われます。それは、
「わが国は資本主義、市場経済の国だ。自然災
言葉に出してもしょうがないから言わないだけで
害に個人補償はありません。被災者が自助努力で
す。それにある意味では乗っかっているのではあ
やってください」。
りませんか。東北の方々は確かに我慢強く、私が
こう言ったのが5月です。こうして公的支援と
かつて書いた、『匠の時代』の中に書いたたくま
いうものがやってきませんでした。
しさが、グローバル化の中でほとんどいなくなっ
公的支援を、国が、政府が、やらなければなり
てしまいましたが、東北には生きています。だか
ません。
ら日本人は東北の方々に心引かれるのです。
これだけの強大な災害です。支援は長く続きま
この「グローバル化」と叫ばれた時代、それは
す。それを自治体あるいはボランティアに任せる
小泉(純一郎)首相、竹中(平蔵)大臣以降、こ
のも確かに結構です。ボランティア、一人ひとり
ういう人々が世の中を牛耳ってきた時代、テクノ
の慈善、奉仕、連帯、大変大事です。しかし、そ
クラートが社会を変えてきた時代、格差・貧困を
れだけで人を救うことはできません。国が、国家
進めてきた時代、こういう時代に、「匠たち」は、
責任で、大きな政策として救済をしなければなり
国の内から外に追い払われて、今やほとんどいま
ません。それはどの国もそれをやっています。
せん。一つの工場に四つもの格差のある労働が平
「国連人権規約第11条-社会権規約」を皆さん
然として混在している、そういう国を造ってきま
方はご存じですか。そこには「一定の居住環境条
した。
件を備えた住居に住むことは、国民の基本的な生
それでも東北では、匠たちがまだ生きていまし
存権である」と定めています。これを私たちの国
た。私はそれで心引かれていました。皆さん方も、
は批准していますが、順守していない。
テレビなどをご覧になって、東北の方々の我慢強
「一定の環境条件を備えた住居、その空間に住
さ、極めて律儀、そして工夫好きですばらしい人
む権利、これは国民としての基本的な権利であ
柄の方々が多いことがわかると思います。心引か
る」と社会権規約は明快にうたっています。多く
れます。だからこそ、支援が必要なのです。
の国々でこれを順守するために、さまざまな災害
ボランティアは大変結構です。人々の善意で心
においても、まさに国を挙げての努力がなされる
を寄せなければなりませんが、それだけで被災者
にもかかわらず、批准していながら、順守をしな
を救うことはできません。国家のプロジェクトと
い。守ろうとせず「一人一人の自助努力でやりな
して大きな大きな公的支援を出さなければ、人々
さい」ということです。
は救われません。
東日本大震災では、復興構想会議が美しい言葉
「公的支援」について神戸では、「市民・議員立
を飾りました。けれども、これに対する警鐘の声
法」に取り組みました。いつまで待っても国・政
がたくさん出ています。本当の意味で、阪神・淡
府が手を差し伸べず、多くの人々がブルーテント
路大震災において被災者の立場で頑張った学者た
の中で暮らさざるを得ない。それで、亡くなった
ちは、復興構想会議の考え方、答申に対して苛烈
小田実さんたちを中心にして、私も参加して市民
-7-
が法律を作り、議員がそれをかたちにするという
う話を述べておきます。
市民・議員立法で国に迫りました。
「国連人権規約第11条-社会権規約」は、「一定
それまでは、大きな災害があっても、国や政府
の居住環境を満たした住居に住むことは、国民の
が一人ひとりの被災者を救うという概念・考え方
基本的な生存権である」と定めています。これは
さえありませんでした。制度はもちろんですが、
社会権規約です。批准をしておきながら、順守を
考え方や概念もありません。これは恐ろしい国だ
しない。国民はなめられていると言えます。原子
と思いませんか。
力村のあのテクノクラート、高学歴で権力を手に
私も何度か対談した、石橋克彦さんによれば、
して経済権力と手を握ってしたいことをしてき
これまでは地震静穏期でしたが今はすっかり変わ
た。この構造を変えなければなりません。
り、地震の動乱期になったとのことです。日本列
災害は、一瞬にして、それに見舞われた社会が
島で四つのプレートが動き始めているのですが、
いったいどんな社会なのかをさらけ出してしまい
日本の大都市は、静穏期に造られましたので動乱
ます。被災者の救済とか、人権の守られ方とか、
期に入ってどうなるかが問題ですが、誰も予測し
復興の在り方、こういうものすべて白日のもとに
ていません。しかも原子力発電所は、危ない断層
さらされます。そこではどんなにいい格好をして
の上に多く造られています。都市も、そして超高
も、「この国はこういう国だ」ということがわか
層ビルもたまたま静穏期に造られ、動乱期に入っ
ります。どうして怒らないのでしょうか。私は被
た今、何が起こるかです。
災地に立って、怒りが込み上げてきます。今日は、
そのときに、私たちは、災害者を救援する、同
まずそのことを強調して述べておきたいと思いま
胞を救う、どういう法律とか、制度とか、資金と
す。
かを作り上げるかを考えなければなりません。東
日本大震災はもう終わったのではありません。あ
2.人間が本当に人らしく生きてゆける社会をめ
れを契機に、これから始まります。そういう時代
ざす
に私たちは生きています。言葉をいくら並べてみ
今日は、
「人を大事にする経済とは」というテー
ても、人を救うことはできません。
マになっていますが、これは私が付けたのではな
そういう意味で、私は、先週末、被災地でのシ
くて、こういう話が希望でした。私なら、「人が
ンポジウムに詰め掛けた人々に、「声を上げよう」
人らしく生きられる社会を」と言葉を変えて言い
と言いました。声を上げなければなりません。災
たいと思います。
害に打たれた弱者、被災弱者を救う法律もなけれ
人間が本当に人らしく生きていける社会、本当
ば、制度もなければ、辛うじて支援制度みたいな
にそれを作らなければなりません。そのことを今
ものはできていますけれども、住宅を復活するこ
日は訴えます。
とはできません。このままでは皆さん、二重ロー
そして、三つのことを言います。1番目は、
「貧
ンをかかえることになるのですから。
困」です。本日は、「ポストモダンの貧困」とい
阪神・淡路大震災から16年を経て、今もなお、
うテーマになっていますけど、ポストモダンであ
災害の大きかった地域の自殺率は突出して高いで
ろうが、それ以前であろうが、貧困は社会の仕組
す。災害がなければ平穏に暮らせた人々が、どん
みとして装置化されている、貧困がなければ成り
どん年を取り、自ら命を絶つ。
立たない社会になっている、このことを話します。
何を物語るかです。震災の爪あとがどれだけ長
貧困というのは、社会的装置です。つまり社会
いか、放射線のスローデスに至る過程がどれだけ
が必要としているということです。社会を統治す
長いかです。そのことを、今、日本人のすべてが
る者から見て、貧困は必要なのです。アメリカの
認識するように迫られています。まずは、そうい
徴兵制度は貧困があるから、市民から兵を集める
-8-
ことができます。まず、これについて話します。
ステルさんは、21世紀を明快に見通しています。
貧困の装置化、こういう目がなければ、社会を本
このヴィヴィアンヌ・フォレステルが何と言っ
当の意味で、論理として変えることはできません。
ているか。「人間は、もはや、搾取の対象でさえ
2番目は、
「なぜ、貧困格差なのか」です。フリー・
なくなっている」。これまでマルクス経済学は、
「人
トレード・フェイス、自由貿易信仰について話し
間は搾取の対象だ」と言ってきました。もうその
ます。これは市場原理至上主義で、どういう現実
時代は終わり、搾取の対象でさえなくなっている。
かということを、特徴的なケースを挙げながら話
ではどうなったかというと今や、人間は「排除」
をさせてもらいます。
の対象になったというのです。
3番目に、では、そこから逃れるというか、
「そ
「排除」、人を必要としない労働、人を必要とし
ういう社会を変えていくために何が必要か」。目
ない工場、人の息吹が感じられない工場、つまり
指すべき道しるべ、針路です。これについて話を
無人化工場であり、自動生産です。そこに人は要
します。
らない。経済そのものが人間を必要としなくなっ
まず「F」と「E」と「C」、
「F」は「フーズ」、
てきた。だから、「経済は栄えて、社会は滅びる」
食料、農業です。「E」は、「エナジー」、再生可
と言っています。どういうふうにしてその恐怖が
能な自然なエネルギーです。そして、
「C」は「ケ
近付いてくるか、今日は若い方が多いですから、
ア」、皆さん方のご専門である介護や福祉です。
一つずつ具体的にお話ししましょう。
あるいは「コミュニティー」の再生です。この三つ、
「貧困の装置化」ということで、ぜひ、伝えて
「F」と「E」と「C」は、一定の地域内で自給
おきたいのが、アメリカの「9・11」、同時多
をしなければならない。それを指して、私は、
「FEC
発テロであり、そのあと、(ジョージ・W・)ブッ
自給圏の形成」と言っています。恐らくこれは、
シュ政権のもとでイラクへの攻撃です。
これから21世紀の大きな大きな社会的潮流となる
イラクアタックをするにあたって、アメリカの
でしょう。
ヘリテージという財団は、何のためにイラクを攻
私がこういうことを呼びかけて、もう既に20年
撃するのかを、「レッスン1」から「レッスン10」
近いと思います。人々はようやくわかってくれて、
まで明快に教科書にしています。「イラクを攻撃
実践の場に実り始めました。
して、イラクを占領したら、第一にこうしなさい。
グローバル化や、自由貿易で、安い国から買え
2番目にこうしなさい」というマニュアルができ
ばいいとか、TPPをすすめろといった、日本のそ
ています。そのとおりやりました。検証してみる
ういう経済権力が何を目指しているかを考える
と、まさに、この「レッスン1」から「レッスン
と、私たちはますます困窮し、幸せになれません。
10」までを実践しています。
ではどうするか。新たな道としてFEC自給圏を
何をやったか。
「レッスン10」に書いてあるのは、
形成する。そのために何が必要かについて理念型
「イラクはイスラムの国で、財産権の概念が明快
経済とか、使命共同体とかを通じて述べることと
ではない」ということです。財産権は、資本主義
します。
社会において絶対です。私たちの社会もそうで何
かといえば、すべて財産権です。イスラムの世界
(1)貧困の装置化とは
は、それが明快ではありません。金融機関におい
まず、どうしても伝えたいことは、貧困の装置
ても、利子・利息、不当労働や、不労所得を、イ
化とは何かです。
スラムの世界は禁じています。これは戒律とて「正
もう皆さん方もご存じかもしれませんけれど
当な労働の報酬以外は受け取ってはならない」と
も、フランスの女性作家、ヴィヴィアンヌ・フォ
書いてあるのです。
レステルの翻訳書の推薦文を書きました。フォレ
これは、アメリカ型のマネー資本主義から見る
-9-
と目障りでしょうがない。マネーというのは、バ
は飢え水1杯に困っています。
リアフリーで、自由に世界を駆けずり回ってこそ
そのときに米軍は、「私たちは、水をいっぱい
利益を上げることができます。その中にイスラム
持っている。この水を、タンクローリーを持って
圏があれば、マネーを自由に動かして、キャピタ
いるあなた方に無料で差しあげる。だから、この
ルゲインを取ることができません。イスラム圏は、
水をお金を取って村人たちに与えなさい」と言い
マネー資本主義にとっては脅威です。
ました。「のどが渇いて渇いてしょうがない人た
イスラムでは金融機関はお金を貸しても利息を
ちにこの水を差しあげなさい。その代わり、代金
取りません。例えば、金融機関が工場を買収して、
をいただけ」と教えました。これは、
「レッスン1」
「働く意思のある人は寄ってきなさい。一緒に働
です。
きましょう。利益が上がれば一緒にそれを分けま
どういうことが起こるでしょうか。イスラムの
しょう」ということです。こういう経済の在り方
戒律に従って、そんなことはとてもとてもできま
です。そういうイスラム圏で財産概念をいかに確
せん。初めは「正当な労働を伴わない報酬はとて
立させるか。これは、ブッシュのイラク攻撃の大
もいただけない」と言っていたけれども、「まあ、
きな目的でした。イスラム圏を資本主義市場経済
とにかくやってください」となり、そういう人々
と同じルールにしなければならないのです。正当
に、水を与えお金をもらう。
な労働の報酬以外は受け取ってはならないという
もらってみると、たくさんたまります。「あ、
人々に、例えばお金を持っていれば、それを投資
これはうまい手だ」となります。タンクローリー
させて働かないで利益を得るという訓練をするの
を所有しているのは、ある意味で富裕層です。そ
です。何をしたか。これをやはり尊敬できる女性
のあとはもう一瀉千里です。イスラムの戒律は破
であるスーザン・ジョージさんのNGOが明快に
られて、そこに不労所得、つまり労働をしなくて
世界に伝えました。
も報酬を得ることができる道を発見します。これ
バグダッドの南に、ウムカスルという町があり
がテキストに書いてある教育の第一です。
ます。この町に、戦車に乗って砲弾を降らせなが
これで何を教えるかと言うと、言うまでもなく
ら米軍が到着しました。ウムカスルという町に到
財産権です。資本主義市場経済、アメリカ型のグ
着して、まず何をしたかというと、その町で、村
ローバル化によって、日本はもう完全に染め上げ
人たちを集めました。そして「タンクローリーを
られています。イラクにおいては、そうはいかな
持っている人、手を挙げてください」と言って何
かった。イスラムの教義をどう破壊して、アメリ
人かが手を挙げるとその人たちに、「どうぞ来て
カ型のグローバル化に染め上げるかということで
ください」と言ったそうです。
す。その方法、ツール、道具として飲料水が活用
米軍は、高性能の逆浸透膜というので水を作り
されたのです。
ながら攻撃しています。つまり、汚水、海水その
おわかりでしょうか。今、米軍がイラクから撤
他、特に汚水を真水に変えて行動しています。こ
兵しましたが、そのあとにどのような経済が残っ
れは日本の東レその他が開発した逆浸透膜の力で
ているか、皆さんご存じですか。日本のマスコミ
す。逆浸透膜で汚水を真水に変えることができま
はほとんど報道しませんが、米軍が撤退したのは、
す。
やるべきことをやって用済みだからです。では何
米軍は、イラクアタックのときにこの装置を
をやったかと言えば、イラク経済を完全にアメリ
使って、それぞれの戦車がたくさんの飲料水を作
カ型の経済に変えてしまいました。その結果何が
りながら攻撃しました。この砲弾や、爆撃により
残っているかといえば、小泉さんがやろうとした
ウムカスルの水道や、ガス、道路、電気といった、
こととそっくり同じ構造改革で国営企業を全部、
社会的なインフラは全部潰れているわけで、人々
民営化しました。
- 10 -
それまで、イラクは、例えば、金融機関に外資
と言います。けれども、移民たちは、十全たる市
が参加する、出資をすることは禁じていましたが、
民権がなければ、奨学金を申請することができま
全くフリーになりました。利益が上がれば、それ
せん。しかし苦しいけれど、怖いけれど、軍隊に
を本国に送金するのも自由になりました。労働の
行くと優遇してくれます。十全たる市民権を得る
規制緩和もです。そして、格差の拡大、貧困の発
ためから、例えば、空軍、陸軍、海軍に、「私は
生です。わが国と同じことが起こっています。
行きましょう」となり、市民権を短い期間に得る
つまり、まず一つは、市場経済に向けて、それ
ことができます。
とは異なった原理のイスラム圏を変え同化してい
その人々がイラクに行って戦う。他にも、アフ
く。アメリカは、今、中国と緊張関係ですが実は、
ガン、中東、その他さまざまに行きます。みんな
緊張と協調と両方です。市場もいろいろつながっ
貧しい人々です。しかも移民ですから、市民権が
ているので、単なる緊張だけでは済みません。そ
ありません。軍隊に行って、市民権を得て、例え
ういう中でルールを同じくすることに、アメリカ
ば、奨学金を申請する資格を手に入れるため、若
はものすごく神経を使っています。それはまた、
い人たちはそのために行きます。
TPPの話になってきますが、いずれにしても、注
そういう意味では、アメリカの軍隊、軍事組織
意深く見つめていかなくてはなりません。
を維持するためには、職業的な訓練を経たプロ
アメリカは中国もアメリカと同じルールにした
フェッショナルは別として、一般の軍事力は誰に
い。アメリカによるルールの統一、ルールの普遍
よって維持されているかといえば、貧困によって
化です。日本はもう完全に、会計基準その他もこ
維持されています。貧困があるから、徴兵制度で
の10年でアメリカ化されています。こうして社会
なくて、志願兵として貧しい人々が兵に行きます。
の構造は変えられてしまいました。それを今度は
このうえに初めて成り立っています。もし、アメ
イラクにおいてやりました。
リカ社会に貧困がなければ、軍隊はもちません。
米兵が撤退したあとのイラク経済を子細に見れ
イラクアタックのときに出撃した空母キティ
ば、完全に市場経済になりました。そして競争市
ホーク、あの空母の乗組員たちは、どういう人々
場の社会になりました。イスラムの教えも戒律も
であったかをマイケル・ムーアが、きちんと表明
紙切れです。もちろん、抵抗する人はいますが市
しています。多くがヒスパニック系の貧しい人々
場化ということから、貧困が生み出されたのです。
です。こういう状況で、軍という暴力装置が維持
次にアメリカの徴兵制度の話を紹介しましょ
されています。貧困があって、アメリカの軍事力
う。アメリカは、ベトナム戦争が終わったあと、
は維持されています。まさに貧困の装置化です。
徴兵制度を廃止しました。それは反戦運動が激し
こういう状況の中で、貧困というものは、社会
くなり、召集令状で兵隊をかき集めることができ
の一つの装置として存在している。これについて、
なくなったので、今は志願兵制度です。あの沖縄
どうぞ理解をしていただきたい。
の巨大基地にいる米軍もそうですが、世界にいる
アメリカ軍は、すべて徴兵でなくて志願兵です。
(2)自由貿易信仰の行き着く先は
ではどうして自ら志願して、あの危険な戦場にな
2番目に移ります。自由貿易信仰です。要する
ぜ行くのですか。軍のリクルーティングは高等学
に、規制をなくして自由に競争させれば、おのず
校、大学はもちろん「軍隊に来なさい、軍隊に来
から落ち着くべきところに落ち着くという考え方
なさい」と、自由にリクルート活動をします。で
です。これは夢の物語です。競争さえさせれば、
もなぜ、危険を承知で行くのでしょうか。
市場に任せさえすれば、すべてはうまくいくとい
ある若者がコミュニティーカレッジ、地域の大
う自由信仰です。これは、アメリカにとっては、
学に行きたいと思い「私は奨学金が欲しいんだ」
とても便利です。これが私たちの社会に上陸をし
- 11 -
てすすめられたのが、労働の規制緩和です。
これは「働かせ方の自由」です。「働き方の自由」
どういうふうにして労働の規制緩和が行われて
ではありません。なるほど、若い人はいろいろな
いったかは、もうご承知でしょう。私が『匠の時代』
働き方をしたいと思うでしょう。けれども、実際
を書いた頃は、現場において、技能者が一生懸命
は、「働かせ方の自由」となり、その結果がワー
技能を磨き、その技能が新しい技術を生み、その
キングプアです。ワーキングプアというのは、正
技術が科学を進めるという、一般の学問の世界で
確に言うと、労働しても正規雇用の3分の1ぐら
言うのとは別でした。科学があって、技術があっ
いの給料しかもらえない状態です。社会保険その
て、技能があるのではないのです。
他を入れても、実際に3分の1の給料です。誰が
技能があって、つまり、ものを作る、働く人々
そんなことを望みますか。
がいて、そして技術が生まれ、それが科学によっ
そして、さらに、何が問題かと言うと、言うま
て明快にされるのですが、今の日本の場合は反対
でもなく、技能を蓄積することもできないし、派
です。ここ十数年にわたって、その特徴を自ら潰
遣切りになるという。派遣切りをやったある企業
してきました。
は、2008年12月に3千億円を超える黒字の連結決
こうした日本の特徴を潰そうという人々は、私
算を計上しています。なのに一斉に派遣切りをや
から見ればシカゴボーイズ、いわゆるミルトン・
りました。それほど追い詰められているのか。そ
フリードマンの弟子たちですが、日本からアメリ
の年の連結決算は3千億円の収益です。もうかっ
カに奨学金をもらって留学したりしていますし、
てもうかってしょうがない中で、派遣切りが行わ
官僚も、アメリカに学ぼうとします。
れているのです。
何を覚えてくるんですか。それは自由貿易信仰
あの年に派遣切りをやらなければならなかった
です。市場に任せさえすればうまくいくという信
企業は、数えるほどしかありません。経団連の会
仰を、この宣教師を日本で務めているのがたくさ
長企業が先頭を切ってやったことで、みんな続い
んいます。そういう人々が、つい十数年前からずっ
たのです。これが労働の規制緩和、働かせ方の自
と日本を占領しています。こうしたフリードマン
由化です。私は早くから指摘をしてきましたが、
の弟子たちが日本に帰って政治家になり、行政マ
そういう意味で、「フリードマンが悪かった」と
ンになり、官僚、ジャーナリストになり、その信
言っているのではありません。これに発する新古
仰をひろめる。そういう人々が日本社会のスキー
典派、新自由主義、こうした信条に基づく経済学
ムを決めていく。こういった人たちが世論をリー
が日本の学界を覆ってしまいました。私は、こう
ドしているのは恐ろしいことです。
いう人々の中に、本当の意味で学問的体系を生み
こうした人々は例えば、「労働規制緩和とは何
出せる人は1人もいないと思います。現に、これ
か」「働く自由だ」と言い、「働く自由が増えてき
だけ激しいリーマンショックの影響を受けなが
た」「人々の働き方が自由化してきた」「多様化し
ら、誰一人としてこれに対して明快な経済学の体
てきた」と言います。これは作られたレトリック
系を作った人は日本にはいません。
です。実は「働かせ方の自由化」なのです。
「福祉は国家による窃盗である」という言葉が
今回、消費税の増税が議論されていますが、単
ミルトン・フリードマンの『選択の自由』の中に
に店先で商品を買ったときに付加するのが消費税
出てきます。福祉というのは、国家が窃盗してい
ではありません。仕入れ、工場その他の経費やコ
る、盗みをやっているのと同じだと言います。お
ストが、増えるのです。消費税が仮に5%から
金をもうけた人から累進課税で税を徴収する。そ
10%になるので、コスト増を転嫁するために非正
れを、所得再分配と言って貧しい人に分配するこ
規雇用、ワーキングプアがどんどん増えていく。
とは、国家による、国による窃盗だと言い、フリー
明らかにそういう仕組みがあります。
ドマンは、その中で同じく、公衆衛生、コモンズ、
- 12 -
要するに、公衆のためにすること、「公衆衛生は
例えば、「キルレイシオ」というのを知ってい
必要ない。有害である。技術の発展を遅らせる」
ますか。これは殺人効率です。つまり人を殺す効
と言っています。
率です。これを提唱したのは経済学者です。
こういう議論のうえに成り立っているのが、今
ベトナム戦争のときベトナム兵を、1人殺すの
の規制緩和一辺倒論、構造改革、市場原理主義で
に必要なコストを最小にする方法、つまり「キル
す。資源配分は、競争さえすればすべてうまくい
レイシオ」、人を殺す効率を最高にする方法を、
く、「努力した者が報われる社会を」と何度も聞
経済学の大系として作り上げたのが、アラン・エ
かされたことでしょう。
ントホーフェンという経済学者です。この経済学
「努力した者が報われる社会を」と言ったら、誰
者は、ベトナム戦争のときに大変活躍しました。
も反対できないでしょう。しかし「努力した者が
論理として、ベトナム兵1人を殺すのに必要な経
報われる社会を」と言いながら、今は独り勝ちの
費を最小にする方法です。
社会です。「ザ・ウイナーズ・テークス・オール」
第二次大戦当時、私は、神戸大空襲で3月17日、
です。100人いたら、1人勝って、残り99人分を
6月5日、焼夷弾の下を逃げ惑いました。この空
全部取ってしまう。まさに独り勝ちです。それが
襲で最も効率のいい焼夷弾が使われましたが、初
原則であり今の社会の原理です。そのときに、残
めて使われたのが神戸でした。焼夷弾により、家
り99人の失敗した人に、「あなたは努力しなかっ
が燃え始めるので水をまけばまくほど、水の上を
たから、今、貧しいんだ。諦めなさい」となりま
青白い炎が走る、油脂、水素が込められた焼夷弾
すが、これが今言った、独り勝ちの社会であり努
です。ですから、家をこの炎から救うために水を
力した者が報われる社会ということになります。
まけばまくほど、炎は近隣の住宅にどんどん広
もちろん、99人の中に1人ぐらいは怠け者がい
がっていきます。
たかもしれません。これはもうしょうがないかも
この効率のよさは、どうやったか。アメリカはユ
しれません。けれども、残り98人は、努力をして
タ砂漠で研究に研究を重ね、木と紙と土でできた
敗れた者でしょう。その人たちに対して、「君は
日本の家屋を最も効率よく焼き尽くすために、日
努力をしなかったんだ。敗れたんだ。諦めろ」と
本から行ったある著名な建築者や技師から最大限
いう議論が、小泉政権以降、日本社会で通用して
の協力を得てスタンダード・オイルと協力して、
います。
この技術を開発しました。
何が言いたいかというと、「努力した者が報わ
神戸大空襲においては、それが使われました。
れる社会を」というのは、累進課税を否定してい
青白い炎が伝わって、実に効率よく家が焼けてい
ます。金持ち優遇税制をやれということです。例
きます。効率から言えば、これほど効率のいい家
えば、月に10億円稼ぐ人と、月に1万円一生懸命
の燃やし方、消尽させる方法、人を殺す方法はな
稼ぐ人、この間の税率をフラットにする「税率フ
いでしょう。キルレイシオを上げるとはこうした
ラット化」現に、アメリカがまずやって、日本が
ことなのです。
そのあとをそっくり追い掛けています。これをや
このアラン・エントホーフェンが、ベトナム戦
りたいんです。
争のあと、イギリスの(マーガレット・)サッチャー
先ほどお話ししました、「福祉は国家による窃
から招聘されました。当時のイギリスは、福祉が
盗だ」、「福祉はできるだけ小さくする」、これが、
行き過ぎて財政が危ないと言い始めました。その
国が発展する理由であり、条件だという考え方、
とき、サッチャー首相は「お金がかかり過ぎる
ドクトリンによって支配されている。ではこの考
NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)を解体し
え方の詰まるところ、どうなったか。一つの例だ
たい」と思いました。
け挙げて、この話を終わりたいと思います。
NHSは移民の人々も無料で治療を受けることが
- 13 -
できる、ある意味では福祉の理想でした。まさに
社会を転換しなければ、現在、われわれが直面し
ゆりかごから墓場までです。しかし財政的には、
ているような危機を乗り越えることはできないこ
赤字でした。そこでこれを潰すためにキルレイシ
とを物語っています。
オの経済学を作った経済学者のアラン・エント
人々は一過性です。阪神・淡路大震災はもう忘
ホーフェンを使って、イギリスにおいて、内部市
れているでしょう。けれども、今回の複合大災害
場化という方法によって福祉の象徴のNHSを見事
は忘れることはできません。なぜならば、放射線・
に解体させました。
放射能障害は、20年後、30年後、40年後、それど
そのとき使ったのが「デスレイシオ」つまり死
ころか半減期だけとっても何万年かかるものもあ
ぬ効率です。お年寄りにはできるだけ早く死んで
り、それが漏出しているわけです。忘れるわけに
もらう。そのために、65歳以上の年配者には(や
はいきません。
がて60歳以上になりましたが)人工透析は施さな
小さい子どもの未来は、既にこのことによって
い、延命措置は講じないということ等、そのよう
傷つけられています。社会を変えなければ、転換
に効率をよくしてデスレイシオを高めて解体しま
しなければ、日本の幸せなどあり得ないと私は思
した。
います。今のような、テクノクラートが少数のあ
「過剰なる福祉を根絶していく」イギリスは、
る種の権力を背景にしながら、経済権力と一体に
その後さまざまな福祉の解体を行います。その第
なった政治は、「混迷」の結果ではなく、これは
一歩は、ベトナム戦争においてキルレイシオとい
予定どおりなのです。「予定調和」ではなく、仕
う経済学を構築した経済学者が作り上げた、デス
組まれた「予定不調和」であり、今までやってき
レイシオ、死なせる効率を高める経済学を使った
たことの必然です。このことをふまえて、では何
ことでした。
を目指すべきかという最後の話に移りたいと思い
行き着くところがどのようなものであるかは明
ます。
白です。「福祉は国家による窃盗だ」という自由
貿易信仰が貫かれています。人々にとって、こう
(3)危機を乗り越える道を探る
いう経済学と戦わなければなりません。敵を見
3番目です。何を目指していくのかです。1990
誤って、取り違えている人々もたくさんいます。
年代の大変な債務過剰の時代、多くの会社が潰れ
こうした在り方と本当の意味で戦っていくために
ました。私は、当時の記者会見のある場面をはっ
は、何が必要かを考えなければなりません。
きりと覚えています。
これに代わる経済の在り方を、私たちは死に物
大きな大きな会社が潰れました。そのとき、そ
狂いで、21世紀に作り上げていかなければなりま
この、カリスマと言われた社長が頭を深々と下げ
せん。でなければ、経済は栄えて社会は滅びると
ました。何と言ったか。
「私たちの会社が潰れたら、
いう、まさに人間排除の経済です。それでよいの
社員だけでなく、それにつながる家族を入れて、
でしょうか。
数万人の人々が路頭に迷う」と言いました。テレ
皆さん方はケアの最前線にいて、さまざまな現
ビカメラが入っていますから、国民に向かって頭
実に日ごと遭遇しているでしょう。私はNHKの
を下げました。「どうか公的救済をしていただき
歴史の番組の中で日本の貧困について詳しく紹介
たい」というお願いです。
しました。本当に深刻な貧困があり、生活保護の
会社が潰れると、従業員はもとより家族まで潰
厳しい状況、困窮者を生活保護から排除する「123
れるという、これは現在の資本主義市場経済のも
号通知」がまかり通る現実があります。
とでは普通の現象でしょう。けれども、あの頃、
こういうことを、今変えて、社会を転換しなけ
過剰な、巨大な不良債権を抱えた北欧の国々はど
ればならないでしょう。今回の東日本大震災は、
うだったか。私は、その頃、ずっと比較をして話
- 14 -
したり書いたりしてきました。
会社の話を例にしましたが、皆さんの携わる福
実は北欧は会社は潰れても人間は潰れないとい
祉や介護ではどうですか。神戸において、震災後
う仕組みになっています。例えば、スウェーデン
16年間に900人を超える孤独死が、災害復興住宅
もまた不良債権に苦しみました。あの年、たくさ
から生まれています。また災害復興住宅の家賃が
んの不良債権が出ました。けれども、都市におい
払えなくなって追い出されようとしています。
てはどうだったか。あるいはその不良債権をどう
震災の直後、おばあさんが仮設住宅の水を止め
処理したか。金融機関はどうしたのか。不良債権
られてしまいました。末期の水を飲むこともでき
を抱えて人も潰れたか。そうはなっていません。
ず亡くなって、50日放置されていました。こうい
金融機関に勤める、銀行に勤めている職員は「私
う社会の在り方を、例えば、若い人々のソーシャ
たちの銀行を早く潰したほうが、社会的コストは
ルジャスティス(社会的な正義)というものから
安く済む」と言いました。「不良債権が多すぎる。
して許せますか。私は、もう既に年老いているか
私の勤めているこの銀行を早く潰せ。そうしなけ
もしれませんけど、許せません。
れば社会的コストが高くつく」と。たくさんの銀
例えば、北欧の過疎地に住む人々です。過疎地
行が声を上げました。
とか離島に住む高齢者は、みんな腕時計のような、
私たちの国でそういうことを言えますか。そん
医療の端末をはめています。例えば、脈拍、酸素
なことを言ったら、その人の生活、社員の生活、
消費量、肺活量、そして血液の分析といったデー
職員の生活、家族の生活が潰れてしまうでしょう。
タが全部入っています。
「会社は潰れても人間は潰れない」という社会を、
これは時計状の端末です。孤独死する恐れのあ
どうして作れないのでしょうか。1990年代、あれ
るような人なら全部、はめています。そして、危
だけの犠牲を払いながら、会社が潰れたら人間が
機に立てば、ピンをはずして押します。これが
潰れるという社会になってしまっています。
SOSです。スウェーデンであれば、ストックホル
これを当たり前だと思っているかもしれません
ムの最も医療の充実した施設にSOSが行きます。
が、そんな、会社が潰れると人間が潰れるという
そこで最適の医師がその信号を受けて、受けたと
ことを、どうしてそのまま受け入れているのです
きには、その患者が、今、どういう立場、どうい
か。
う状況にあるかをつかむことができます。
北欧社会においては、そのようにして、不良債
酸素消費量に至るまで、データが全部目の前に
権がもたらす社会的なコスト、社会全体で引き受
あります。そして、近くにいる、例えばケアワー
けるようなコストをできるだけ削減して、国民の
カーとかそういう人々に、「どこそこにSOSを発
負担を小さくしよう、そのためには早く生産しよ
している人がいるから飛んでいきなさい」とGPS
うとなりました。
を通じてすぐに情報が来ます。最も近くにいる人
なぜそういうことが言えるかといえば、今、働
が、いち早く飛んでいきます。
いている会社が潰れても失業保険の手当もあり、
そして、医師が指示をします。例えば、医師が
その人々はより高い教育を受け、職業訓練もあ
カメラで患部を診て、
「こういう注射をしなさい」、
り、今やっている仕事よりも1段も2段も高い職
「こういう処置をしなさい」とすぐ指示します。
業訓練を受けることができます。そして、自ら求
その結果のデータが、またすぐ医師のもとに送ら
める新しい職種に向けて、能力開発、ケーパビリ
れる。これを実現するには本当の意味のIT、ハイ
ティー、アマルティア・センの言っているとおり
テクが必要です。
です。これを受けて、フロンティアに向けて挑戦
一番必要なものは、ブロードバンドです。瞬間
をしていきます。だから、ITについて多くのもの
瞬間に、過密な、濃縮された情報をすべて送るこ
が生まれています。
とができるのはブロードバンドです。私たちは、
- 15 -
技術立国だ、科学の国だと言っていますが、ブロー
ん。
ドバンドが普及してきたのはここ数年です。最も
経団連はもう一つの選挙民集団となっていま
早くブロードバンドが普及したのはどこか。北欧
す。巨額の政治献金により政策を左右してきたわ
の国です。なぜなら彼らは、国民的な合意を形成
けです。かつて経団連は、政党の政策を「A」か
しているからです。
ら「D」までランキングしました。原発推進主義
その合意とは技術が進歩したその利益は、国民
者の政権の政党のエネルギー政策は「A」です。
のすべてが平等に享受できなければならないと言
どんどん労働差別をやって、格差を拡大して、貧
うことです。どこに住もうが、たとえ貧しかろう
困を作っている自民党の労働規制緩和政策は「A」
が、金持ちであろうが、貧富の差に関係なく、年
です。そして「A」の多いところへたくさん政治
齢に関係なく、すべての国民が、IT、ハイテク、
献金を斡旋する。
その他、技術の進化の恩恵を平等に受けなければ
この政治献金の流れを五十数年見てきて、日本
ならないという国民的合意ができているから、技
の政治を動かしてきたのは経済権力である財界で
術が進み、そのことで人々の命を救うために技術
あると実感しています。私たちは1人1票ですが、
が進むのです。
この1人1票の何千倍という投票権を彼らは持っ
フィンランドのノキアやリナックス(Linux)は、
ており、しかも、「どこそこに」と経営者の一存
社会的企業です。リーナス・トーバルズという青
です。原発を推進すればするほど、政治献金を自
年が開発して、あのリナックスの基本ソフトは無
民党は多くもらえました。結果として、福島をは
料で公開しています。そのため開発途上国とか貧
じめとする被災地がどうなったかは最初にお話し
しい国々の政府は、リナックスを使っています。
しました。誰が反省しましたか。内省の言葉一つ
ビル・ゲイツは、特許を取って、大変なミリオ
聞こえません。こういう人々、こういう連中に支
ネアになりました。ただし、彼は、その90%以上
配されながら、私たちの国で、介護、福祉、言え
を社会に還元しています。でも、トーバルズ青年
ますか。しかしそういう中でも新しい動きが、た
は、「みんなでこの技術をブラッシュアップしま
くさんの地域で出ています。
しょう。磨き上げましょう。すべての国で世界
一つの例を紹介します。島根県に、かつて瑞穂町
のこの基本ソフトを使う人々が、お互いに技術、
(現邑南町)という自治体がありました。NHK教
OSを磨き上げて、その成果を皆で享受しましょ
育テレビの人間講座で、多くの地域の地方の実情
う」と言って無料で開設しました。
を私は随分紹介しました。この瑞穂町は、中国地
だから、彼は、いまだにソフト会社の一従業員
方の山並み、中国山地の頂上、稜線に近いところ
です。もし、特許を取って知的所有権を主張して
です。この町で水が右に流れれば日本海、左に流
いれば、ビル・ゲイツよりも金持ちになっていた
れれば瀬戸内海です。つまり、分水嶺です。
かもしれません。こういう国々だから技術が進み
今はもう合併しましたが、まだ町でしたが、町
ます。
長は何と言ったか。「皆さん、私たちは誇りを持
これまで話してきた、キルレイシオとか、デス
とう。源流に住んでいる。ここからこっちに行け
レイシオとか、60歳以上の人には人工透析しない
ば日本海、こっちへ行けば瀬戸内海。その分水嶺
とか、そういうことをやって過剰な福祉の削り落
に住む誇りを持とう」。
としで国家財政の辻褄を合わせるというやり方と
最近、町々にエコミュージアムというのを耳に
は違う、まったく逆のもう一つの道です。だから、
します。町全体が博物館という運動ですが、これ
もう太刀打ちできないほど技術が進むのです。
は実はこの瑞穂町から起こりました。この町の町
そういう意味で、最後に言いますけど、私たち
長さんが沢田(隆之)さんです。
の社会の経済、日本経済を変えなければなりませ
瑞穂町は、もう一つ特徴があります。天然記念
- 16 -
物のオオサンショウウオがすんでいます。これま
した。
では、天然記念物がすんでいるために公共工事は
今は合併によって邑南町と名前を変えました
できませんでした。公共工事が来て川をコンク
が、その合併も、単に財政上の理由で合併したの
リートの堤防で改築すれば、人々の働く場があり
ではありません。合併したら、フルーツ街道がで
ますが公共工事が来ない。従って、人々の働く場
きる。それぞれの果実の特産物を並べれば、日本
がなくどんどん過疎化していく。
でそこしかないという産物ができます。そのため
このため町の人々は、「このオオサンショウウ
に、相手を選んで合併しています。
オめ」と言っていました。沢田さんは、「それは
これは、単に財政の辻褄合わせではない一つの
違う。オオサンショウウオがすんでいるようなこ
例です。源流に住む町の誇り。オオサンショウウ
の町、この地域、これこそ、私たちが誇りにする、
オ、エコミュゼ、ケアの自給圏の形成。これをや
誇るべき地域なんだ」と言いました。
ることによって、過疎化から踏み出すことができ
そして、彼はどうしたか。ヨーロッパを歩きま
ました。今、この町はとても有名です。
した。その中で、エコミュゼという、フランスの
私は、たくさんの日本全国の町・村を紹介して
町全体が博物館で、例えば、ガラスを吹いている
きました。四国の高知県馬路村をご存じの方も
のがよく紹介されています。ガラスを吹いている
多いでしょう。「ごっくん馬路村」のユズの町で
人がいて、観光客が歩いてその工場に行って、
「あ、
す。人口1,100人ぐらいですが、あらゆるユズ製
私もやらせてください」「どうぞどうぞ」。
品、ユズ加工品で既に40億円近い売り上げです。
蹄鉄、馬の足の裏にひづめを打っている。「あ、
今頃になると、懐かしい、何百種類というユズの
私にもやらせてください」「どうぞどうぞ」。いわ
加工製品の描かれた大きな大きな物語の絵が届き
ば、村の人全体がタレントです。それは、何も特
ます。
別に意識してやっているのではありません。観光
「なぜ、ユズか。加工品か」というと、この馬
客が来れば、その人々に自分の働いている場所を
路村で作られたユズは、当時、形が悪かったので
見てもらう。望めば、一緒に働きましょうと。こ
す。そのまま市場に出すと、値段がつかないほど
ういうところです。
買いたたかれる。それで考えたのが、加工です。
沢田さんは、それを見て「これだ」、「働く、観
ユズだけ売るのではない、村を売る。村には、も
光、同じなんだ」と思いました。働いているとこ
ちろん、静かな森があり、緑があり、清流が流れ
ろを見てもらう。それでいいじゃないですか。エ
ています。その清流を使っています。つまり、ユ
コミュゼというのはそれです。そして、帰ってき
ズを売るということは、村を売ることです。今、
て作ったのが、町全体が博物館のエコミュージア
もう太刀打ちできるところはありません。
ムです。
皆さん方に一つだけ伝えておきます。日本では
今、この町がどうなっているかというと、ケア
安物競争で、値段が安ければそれでいいとの価値
の終の棲家の、いわば、王国になっています。そ
観です。安ければ安いに越したことはありません。
れまでは過疎地で、たくさんの人が町の外に出て
けれども、それはなぜ安いのか。例えば、実は5
いきました。京阪神工業地帯に人が流れ、人口が
円で仕入れてきたものを日本で100円で売ってい
どんどん減少していきます。今はどうか。人口減
る。こうなると隣の小さな店は、200円出さない
少に歯止めがかかって、むしろ人口増加です。そ
と売れない。
の地域に何ができたか。ケアセンターです。
こういうことが平然と認められて、消費者が群
先ほど、
「F」と「E」と「C」の話をしました。
がる。安ければ安いに越したことはないけれども、
ケアの自給圏です。そこに力を入れて、人間の終
なぜそれが安いのかを問う消費者を育てなければ
の棲家を作ろうと。そこに人々が集まっていきま
なりません。それが、自覚的消費者です。
- 17 -
ちょっと紹介しておきますけど、日本で大きな
ために、労働せざるを得ない。
資本が勝手気ままに安売りをやっているでしょ
一致させることが、どうしてできないんですか。
う。安売りは、消費者にとってはもちろんいいか
一致させるのが社会的有用労働です、今、皆さん
もしれませんけれども、町の商店街はどうなりま
方がされている、社会が必要としているにもかか
すか。
わらず、労働力が不足している。これは、労働の
私は、一番早くに、「シャッター通り」と言い
ミスマッチです。片一方は、大企業に皆さんたく
ました。「シャッター通り」は、今、もう普通名
さん行きたいけれど、雇う数は少ない。これも、
詞になっています。私は、「シャッター通りにな
ミスマッチです。そうではなく、介護の現場で本
りますよ」と国会で規制緩和一辺倒論が盛り上
当に働く人、必要としている人、実数はそれの何
がった1990年代半ばに意見陳述をしました。ちょ
百分の1、何万分の1しかいないでしょう。正当
うどその前に、シャッター通りの商店街をたくさ
な報酬を出さないからです。
ん見てきて、その警鐘を鳴らしました。そのとお
最も大事なことは、「F」と「E」については
りになってしまいました。
既にもう何度も語っていますから今日はやめま
フランスにおいては、バーゲンは年2回です。
すけれども、「C」について、正当な報酬を私た
日本では、巨大な資本を持っている百貨店は年が
ちはケアの世界に出す。それこそ、21世紀の社会
ら年中バーゲンでしょう。こんなことは許されて
政策です。一大社会転換です。ですから、「それ
いません。バーゲンは、過剰な商品を整理するた
ぞれの地域におけるFEC自給圏を形成していきま
めに1年間に2回だけです。こんなことを言うと、
しょう」と私は何度も叫んできました。そういう
すぐ「規制だ」と言いますがこれが何を生むかを
地域が、今、たくさん出てきました。ここに、こ
予測してください。
れからの社会の希望がほの見える。私はこういう
また例えば、主食であるパンです。これは公定
ふうに思っています。
価格があり自由勝手に安く売ることはできませ
ん。安ければいいといっても、安くなり過ぎると
むすび
生産者が困る。高くなれば消費者が困る。だから、
―賢さを伴った勇気と勇気を伴った賢さ―
主たる食物については公定価格です。
最後に、皆さん方に一言、言葉を送らせていた
こういうことをどうして日本で伝えないのかで
だきましょう。
す。例えば、フランスはロワイエ法と言って、大
いつも、こういうところでお話ししたあとに、
規模な商店を規制していました。今は、それをさ
ぜひ、皆さん方の心に刻んでおいていただきたい
らに厳しくしてラファラン法という法律になり
言葉があります。それは、エーリッヒ・ケストナー
ました。規制対象が1千平米以上だったものが、
の言葉です。小学校の教科書でもう教わった方も
300平米以上の店に全部規制をかけるようにしま
いらっしゃると思います。ドイツのナチスが猖獗
した。こういうふうに、ヨーロッパにおける社会
(しょうけつ)を極めた時代です。弾圧に次ぐ弾
的企業は、社会的有用労働です。
圧で、ケストナーも逮捕されて苦しい生活を送っ
最後の一つだけですが、労働についてです。失
ています。彼は、1974年に亡くなってしまいまし
業は需要と供給で決まります。こういう世界をも
た。
う突き抜ける。例えば、生きがいと働きがいと現
このケストナーの「飛ぶ教室」の中に、こうい
実の労働がミスマッチを起こしています。第一は、
う言葉があります。私の好きな言葉です。申し上
数です。それは完全失業率です。もう一つは、生
げておきます。ケストナーはこう言っています。
きがいや働きがいと結び付かない。生きがい、働
「賢さを伴わない勇気は乱暴なだけであり、賢
きがいはないけれども、糧を稼ぐために、生活の
さを伴わない勇気は乱暴なだけだ。勇気を伴わな
- 18 -
い賢さなどはくそにもならない、そんなものは役
賢さを伴った勇気。勇気を伴う賢さ。皆さん方
に立たない。」
こそ、この介護の現場、あるいは介護に関心を
世界の歴史には、愚かな連中が勇気を持ち、今
持ってエネルギーをそこに集中している皆さん方
の日本のように、賢い人たちが臆病だった時代が
こそ、賢さと勇気の両方を併せ持っていただきた
いくらもあります。賢い人は臆病です。損得を考
い。そういう意味で、最後に、私はこの言葉を皆
えて、言うべきときに言うべきことを言わない。
さん方にお送りして、今日の話を終わりにしたい
これは正しいことではありませんでした。ケスト
と思います。
ナーは、自分の体験の中から、振り絞るようにこ
大震災からちょうど107日目です。先週の土曜
ういう言葉を残しています。
日が100日でした。それで私は言いました。今日
「勇気ある人たちが賢く、賢い人たちが勇気を
は107日です。これから何日になるかわかりませ
持ったときに、初めて人間の社会、人類、私たち
んけれども、日本の大きな歴史の画期、つまり変
の生きている社会が幸せになれるのです」と言っ
わり目です。そのことをぜひ心に刻んでいただき
ています。
たいと思います。
- 19 -
「教 職 員 研 究 報 告」
報 告 1:山口 幸夫(特任准教授)
「コミュニティを核とする災害リスク管理ソーシャルワーク
―Social Work for Community Based Disaster Risk Management―」
報 告 2:佐藤 美由紀(日本社会事業大学附属子ども学園園長)
「今後の障害児通園施設における支援のあり方―子ども学園の実践を通して―」
コミュニティを核とする災害リスク管理ソーシャルワーク
―Social Work for Community Based Disaster Risk Management―
山 口 幸 夫 山口 おはようございます。アジア福祉創造セ
くて、とにかく1回行ってみないとだめじゃない
ンターの山口です。今日は、「アジアのコミュニ
か。今までの日本の神戸のような災害と今回の災
ティーを核とする災害リスク管理ソーシャルワー
害は違うんじゃないか」と言われて、なるべく早
ク」と題して、今回の震災に関して、それから日
く行こうと思いました。
本における災害支援のソーシャルワークの問題に
それで、4月7日に現地に入りました。そのと
ついて話します。時間が限られているので、今日
きに一番衝撃を受けたのは、あまりにもいろいろ
は、現地での報告は後回しにして、現状でどうい
なことがうまく回っていなかったことです。「こ
うことが起こって、どういう問題があるのかとい
の地震は途上国で起こったのではなくて、日本に
うことを中心に話します。
起こったのだ。東北あるいは北海道、東京、静岡、
四川(大地震)のとき以来、災害のソーシャル
東日本には、東北の人たちが1日6食食べても余
ワークにかかわって、2008年から3年ほど四川の
るようなリソースがあるのに、何でこんなに回っ
小さな村で地域の生活復興をするモニタリングを
ていなのだろう」と考えさせられました。
南京大学と一緒にやってきました。
災害復旧支援のガイドラインは、国際的にもこ
元南京大学の先生で災害ソーシャルワークの中
んなことが言われています。支援の優先度は、ニー
国の専門家、姉妹校の華東理工大学の新家教授が
ズによって決まる。人種だったり、宗教だったり、
3月11日にちょうど日本に来ていて、私がいきな
信条だったり、政党だったりは、全く関係があり
り行っても緊急支援でできることはないだろうか
ません。これは、当たり前の話です。特に国際的
ら、2、3カ月たってから現地に行こうと思って
にやる場合は、内政問題に介入してはいけません。
東京にいましたら、その新家先生に、
「あなたは
そこで金もうけを考えてはいけません。あるいは、
何をもたもたしているんだ。どんなニーズがある
支援を政治的あるいは経済的・軍事的情報収集の
かわからないから、何ができる・できないではな
手段としてはいけません。
- 20 -
福祉は公平でなければいけませんが、一方、特
とをしなければいけないか。基本的なものは、こ
別な支援、少数者、要援護者に対して十分に支援
ういうことをします。ニーズアセスメント、まず
をしなければいけません。女性、子ども、外国人
どんなニーズがあるか。地域によって違いますか
移住者、高齢者、障碍者、あるいはHIVに感染
ら、特に地域の特性とか、どんな資源があるか。
している人やいろいろな衰弱性の病気を患ってい
ものやサービスの調整や提供、社会的心理ケアの
る方、それから、その地域の文化とか宗教、これ
提供。ここから先は、外国の人たちも含めた定義
は「1番」の少数者ともダブりますが、いろいろ
なので不思議な書き方をしています。家族再統合、
な文化やダイバーシティー(多様性)に配慮しな
ばらばらになった家族やいろいろな避難所に行っ
ければいけません。支援を具体的に実施するとと
たコミュニティーをどうやってうまく集められる
もに常にモニタリングを行わなければいけませ
のか、生活再構築、住まいや普段の生活、暮らし、
ん。入るものは、力量があって適切に訓練された
通院、就業といったものをどうするか。
要員を配置しなければいけません。これは、例え
今後の災害リスクの軽減のためにどういうこと
ばソーシャルワーク的に言えば、あまりクライア
をすればいいのか。防災訓練から、広くは都市計
ント性の高い人を入れてはいけないという意味も
画です。津波が来るようなところには住宅は建て
あります。
ず商店にするとか、そういった全体的な広い意味
そこでの緊急支援は今言ったことですが、中・
でのことがかかわってきます。
長期的には、災害に対する将来の脆弱性を軽減す
具体的な災害復興への介入。コンタクトを取っ
ることを考えなければなりません。当面入ってい
て、介入プロセスを通じて地域の人たちを引き込
くグループが、地域社会や職業市場その他に負の
んでいく。情報を評価して支援エリアを特定し、
影響を与えてはいけません。これはあとで説明し
自分たちのサービス業務。一般的な意味では、小
ますが、避難所の横にコミュニティーカフェ(居
さくは一つの介護プランや自分が訪問介護の事業
場所)を作って、今、麻布から毎週火曜日にカリ
所を作ったことを想定していいと思います。サー
スマ美容師たちが通ってきてくれています。麻布
ビスを開始して、それをモニタリング評価してい
周辺は火曜日が休みです。NGOの人が新幹線代
きます。
を出して日帰りで、麻布で予約をしてカットして
今回の場合は、各地域のボランティアセンター
もらったら数万円ぐらいの美容師たちがただで
も400キロ、500キロにわたって小さなところがみ
カットしてくれます。
んな破壊されてしまったので、コンタクトを取っ
初期はそれでよかったけれども、今、地域の美
て介入することがなかなかできなかったことが問
容室も復興してきているので、一方で数万円の腕
題です。基本的に阪神・淡路大震災以降、ボラン
を持った人がただでやっていたら、お客さんがみ
ティアはまず被災地の社協などに連絡をして登録
んなそちらに行ってしまうので、そろそろ考えな
し、地域の社協は被災者のニーズを聞き取ったう
ければいけません。高齢者や低所得者や交通弱者
えで、「どういう方に来てください。こういうこ
など遠くまで行けない方のために、近隣の美容師
とで来てください」ということが一つの約束でし
に来てもらって、ワンコイン500円ぐらいで、一
た。
方でNGOの補助を出して、地域の美容師たちが
しかし、今回は、被災した地域があまりにも広
お金をもらえるようにシフトしていかなければい
くて、従来、例えば神戸で被災があれば、土地勘
けないと思っています。援助というのは、ただやっ
もあっていろいろなことを知っている大阪の社協
ていて気持ちいいだけだと、地域の経済や雇用を
がバックアップに入ることができましたが、そも
破壊してしまうことがあります。
そも最初は、どこもバックアップに入れませんで
災害におけるソーシャルワークは、どういうこ
した。近隣の小さな自治体、小さな社協、特に三
- 21 -
陸沖の場合、役所、社協、病院、既成市街地はみ
地域の医師は、普段から地域の人たちを家族構
んな海辺にあったので、ごく一部高台に造ってい
成を含めて大体全部知っています。このおばあ
た都市以外は大体全部やられてしまいました。
ちゃんは少し認知症だったけれども、この災害で
私の入った大槌町でも、町長や役所の課長級以
もっと認知症が進んでしまったとか、この人は風
上の方は、ほとんどみんな亡くなりました。社協
邪を引きやすい、息子がいるから時々はかばって
の会長、事務局長も亡くなったし、包括センター
くれるとか、家族・子どもは東京に移住している
にいた6名のうち3名が流されてしまって、現在
から、おばあちゃん1人だとか、そういう地域の
働いている3名も、1名が3年ぐらい経験のある
医師が避難所に常駐して、バックアップは、今言っ
人、残りの2名は今回4月から新規に入った人で
たいろいろな医師団や赤十字が薬や人その他で支
す。
えています。
ボランティアセンターも渡辺(賢也)さんがす
自衛隊は、最初は遅れました。もう一つの問題
ごく頑張っていますが、大勢いなくなってしまっ
は、強制上陸するノルマンディーなどを見ると、
たので、若い方が1人か2人で、何千人と来るボ
船がぱたんと開いて、そこからジープやトラック
ランティアをさばいている状況になっています。
が出ます。日本は自衛隊だということで、海上か
この仕組みがうまく働いていません。想定外の被
ら強制的に揚陸する設備を持っていません。北海
災でしたが、当初、ソーシャルワーカーがマニュ
道には陸上自衛隊で唯一の機甲師団であり、海外
アルどおりに動こうとしたので初動が遅れてしま
で災害があったときに出動する部隊の第7師団と
いました。これは、ソーシャルワーカーに限らず
いう、精鋭が控えています。
に、警察や消防、公務員などいろいろな分野であっ
船で青森に渡って秋田まで自動車で来た段階
たと思います。
で、国道が壊れていたので入れなくなってしまっ
私たちは、災害リスクマネジメントで、「サイ
たことがあってかなり足踏みをしました。初動は、
クル」と言って、最初の1週間はこういう投入を
自衛隊はその日に動きましたが、現地に入るのに
しよう、2週間後はこういう投入をして、こうい
数日を要してしまいました。しかし、非常に動い
ういろいろなクライアントに対してのサービスを
ていました。
チェックしていこうという表がありましたが、全
地域で警察も足りなくなるので、現在でもそう
然役に立たなくなりました。社会福祉士ではあり
ですが、全国の警察官が都道府県別に動員されて、
ませんが、周りで広い意味でのソーシャルワーク
非常に多くの警察官が被災地の各地区を担当して
や医療を担っている人たちを横目でにらんでいろ
巡回して、治安維持や遺体捜索にあたっています。
いろやってみると、例えば大槌町だと、幸い、隣
社会福祉士もそれなりには動いて、特に初期は要
の釜石市ともともと一つの医師会です。
介護高齢者、施設の人たち、施設のある部分は電
釜石市の奥のほうは全然水をかぶらなかったの
気が止まったりいろいろしてだめになってしまっ
で、ある程度地域の医師が動いていました。大槌
たので、そういうところの人を遠野市など被災を
町も、幸い、開業していた診療所の医師たちは、
していない地域に輸送して、特に重度の人は、病
波打ち際のところではなかった人もいたので、地
院を含めて外に送っていきました。
域の高齢者をはじめ皆さんの顔を知っている医師
それから、生活ニーズのためのアウトリーチを
が大勢温存していました。その医師を、沖縄や「A
行いました。ここで一つの問題は、すべての人が
MDA(多国籍医師団)」という、アジアで災害
要援護者となった被災地で何をやっていくかで
があったときに駆け付ける、日本版国境なき医師
す。基本的に施設も電源がない、人がいないから、
団のグループが入ってバックアップしたときに、
守りに入らざるを得ません。施設にいる症状の軽
非常にうまく働きました。
い人は、遠くのほかの施設に行くか、自宅に帰っ
- 22 -
てくれということが起こらざるを得ません。
と、大体が高齢者で、65歳の方を調べに行きまし
結局、避難所にはものすごく大勢の要介護の人
た。「私は子どもです」、「私は乳児です」という
たちが家族と暮らし、あるいは親戚宅に身を寄せ
かたちで来ます。
て、その結果ごちゃごちゃです。デイケアのヘル
実習などを見ていても、昔は職安は大切で、前
パーも派遣できないようになっているので、現地
は、社会事業大学は職安にも実習に行っていたし、
で調査をしてみると、ヘルパーたちはみんな仕事
ひどいスラムの地域に入って住宅改善や生活改善
がなくて、誰も声をかけてくれないから余ってい
もやっていたし、社会事業大学の古いリポートを
ます。その人たちをアウトリーチに動員するかと
見ていると、そういうのがいっぱい出てきます。
いうと、介護保険はそういうものにはお金を出さ
セツルメントではありませんが、地域によって
ないから動かないといういろいろなことが起こっ
ニーズが違うので、その地域に入っていって、
「こ
ています。
の地域は低所得で、お母さんたちがみんな働いて
では、災害における要援護者とか社会的弱者と
いる。子どもの栄養が足りないから、保育をやる
は何か。これは神戸の例です。神戸では、高齢者、
とともに給食改善をやろう」と。
低所得者、外国人が人口比よりもかなり高い割合
今、カンボジアや世界の途上国で、国際社会開
で亡くなりました。80歳以上の死亡率が高く、外
発をやっているようなことを、社会事業大学も当
国人の死亡率が高いです。0.23%です。これは、
たり前のようにやっていましたが、社会福祉制度
人口比から比べると非常に大きいです。
ができると、当時、職安は、厚労省ではなく労働
なぜかというと、一部の高齢者、外国人は、神
省でしたから、職安には実習に行きません。住宅
戸市の下町の本来もう少し改良すべき危険家屋、
は、戦後、厚生省から戦災復興院(のちの建設省)
老朽家屋、火事が起きたら燃えてしまうような地
に移って、建設省だから、社会福祉をやっている
域に住んでいたので、そういう方たちが亡くなっ
グループに住宅というと、公営住宅に入れたらい
てしまいました。そういうものに対して、神戸の
くらかということは問題にしますが、低所得者が
ときも「UN-HABITAT(国際連合人間居
密集している地域の生活改善や住宅改善について
住計画)」が、「被災者の強制立ちのきを行うな」
は所管ではありませんから、もちろんやっている
とか、「住民の代表を含めて住宅をちゃんと造り
人もいますが、実習には行きません。
直そう」と言いましたが、結局そういうことはあ
学校は文科省だから行かない、刑務所は法務省
まり行われませんでした。
だから行かないというと、厚生省所管の施設にだ
そういうのを見ていくと、今回ソーシャルワー
け行くようになります。もちろん今は反省があっ
クの何が弱かったのか。災害が起こったときに、
て、例えばスクールソーシャルワーク、あるいは、
いろいろな脆弱性、普段弱いところが特にたたか
今、権利擁護と法務で刑務所にソーシャルワーク
れます。低所得者や高齢者がたたかれるし、社会
をおこうという、新しい流れがありますが、被災
のシステムでも、例えばソーシャルワーク、社会
地でも一部に特化し過ぎた弱さが出てきます。
保障の弱いところがセキュリティーホールになり
例えば大槌町だと、朝日の「ひと」にも載って
ます。
いた、鈴木(るり子)さんという現地の地域で保
少しきつい言い方をし過ぎるかもしれません
健師をやっていた大学の先生がいます。この方は、
が、特に日本の最近のソーシャルワークは、社会
少子高齢化・過疎化する金沢地区などで、65歳以
福祉制度が都市化・制度化され過ぎたので、個別
上のお年寄りの悉皆調査を既にやっていました。
の施設や地域やケースワーク・カウンセリングに
65歳でなくても、地域で独り住まいのお年寄りた
特化し過ぎたのかもしれません。だから、ソーシャ
ちはどういうことになっているのかをもともとつ
ルワーカーが被災地でアウトリーチをやっている
かんでいたので、今回もう1回、全国から141名
- 23 -
の保健師のボランティアを動員して、各地域に調
た人は、
「うちも子どもはおらんから、関係ないね」
査に入りました。
と言います。こういった組織はそれぞればらばら
私が、「要援護者の定義は何ですか。65歳以上
で、しかも弱体化しているので、新しい課題を共
ですか」と冗談で言うと、保健師が、「違います。
有化しにくいです。
要援護者は全部です。50歳のおじさんだってこん
自治会や老人クラブは年寄りがいるから、介護
な避難所にいて、毎日カップラーメンばかり食べ
保険のことについて気にするけれども、彼らは、
ていたら血圧が上がってしまうし、小さい子ども
地域に新しく住んできた外国人のことは知りませ
も中学生もみんな、友達が死んだり、大きなスト
ん。国際交流協会みたいなグループは、日本語教
レスにさらされているので、全部が要援護者です。
室などを通じて外国人と接点がありますが、もと
だから、全世帯悉皆調査をします」と。
もと異文化交流で来て、どこの地域もどちらかと
そのときに社会福祉士は何をやっていたかとい
いうとアメリカにホームステイしたりという、中
うと、「はい、65歳以上です」と来て、「じゃあ、
間層以上の豊かな人たちがおこなってきた活動な
私は63歳だから違うわね」と、調査票には載らな
ので、社会福祉的な視点や、生活保護とかDVが
いわけです。これは、社会福祉から言うと当たり
周りで起こったことも見たこともないし、触れる
前です。65歳以上とか、介護保険適用者、障碍者
のも怖いということで、社会福祉的視点が弱いで
手帳を持っているかですが、被災地にいて地域の
す。
村にいると、悪い冗談ではないかと地元の人たち
それから、新しい市民団体。例えば、エイズに
は思ってしまっています。そういうことがこれか
かかったという当事者団体の方だったり、障碍者
らどのくらいできるのかできないのかが、問題に
の子どもを持つ親の団体、あるいは地域に住んで
なってきます。
いる日系人やフィリピン人の団体という新しい団
今、私も実際にいろいろな地域の防災計画を調
体は、地域に包括できるかというと、地域の自治
べていますが、もう一つ困っているのは、必死で
会や社会福祉協議会、国際交流協会みたいな従来
地域福祉をやろうとしていますが、なかなか全体
のオーソライズされた組織と一緒に地域で福祉計
を包摂できないことです。地域住民とか保健、福
画に参画するというのは、まだ弱いです。
祉団体が主体となって計画していくときに、社会
清瀬市では、外国人は1.4%とか1%ぐらいし
福祉協議会は、例えばそこに住んでいる外国人の
かいないというマイノリティーなわけです。そう
問題とか、いろいろな非制度的な新しいニーズへ
いう人たちは、団体を形成できない場合もあるし、
の対応がどうしても弱くなります。
形成していても弱いです。こういうかたちになる
昔から、自治会、子ども会、青年団、婦人会と
と、普段の社会福祉計画でもそうだし、ましてや
いう年齢階層別にいろいろとあって、東北ではま
災害が起こったり、災害が起こったときの計画に
だそれなりに生きている気がしましたが、こうい
各種の団体、ステークホルダーとして参加できな
うところだと、そういう組織は弱くなっています。
いので、いろいろなリスクの洗い出しがうまくで
例えば、昔だったら子ども会に動員すれば、大
きません。
学の近隣でもこの辺は2、 3世代同居で住んでい
以前新潟で水害があったときは、高齢者で在宅
ましたから、みんな子どもを持っていて、清瀬市
の人は、介護ステーションしか知らなかったから
の各小学校を核にしていろいろなことをしていく
漏れてしまいました。次に、介護保険で寝たきり
とみんな入りました。今は、「いや、僕は単身で、
の人を、自治会と情報共有しようというと、障碍
ただ清瀬市に住んで通っているだけのサラリーマ
者が漏れてしまいました。次は障碍者も入れよう
ンだから、子ども会ともこの地区とも関係ないよ」
ということで入れたら、今度は外国人が漏れてし
とか、おじいさん・おばあさんだけになってしまっ
まって、言葉もわからないから、どこに避難して
- 24 -
いいかわかりませんでした。
復興住宅の多くは下町から離れたところに建ち
ソーシャルワーカーは、そういう多用な主体を
ました。山を越えた向こうの神戸市内まで買い物
俯瞰して、地域にアドバイスをして、
「いろいろ
に行こうと思ったら、地下鉄で往復760円くらい
な人たちがいるよ。あの人たちもこの人たちもい
かかります。低所得者、特に高齢者はもともとロー
るよ」ということでもっと強く町に入り込んでい
ンを組めませんから、既成市街地に住んでいた人
かなければいけないと思います。
を全部、各コミュニティーからばらばらに引きは
もう一つ、防災計画を考えていくときに、市民
がして遠くの公営住宅に入れてしまいました。そ
の参加排除の問題があります。開発独裁というと、
うすると、孤独死やいろいろなことがどんどん起
普通われわれは、国際協力をやっていて悪い独裁
こるから、生活支援その他でソーシャルワーカー
国家の話でやるのだけれども、日本もそういうも
が尻ぬぐいをしているということが起こります。
のがある部分があるのではないかと。神戸市「株
それから、福島原発。エネルギー政策は、社会
式会社」の場合は、人工島と空港の開発をやるの
開発やソーシャルワークをやっている人が、直接
で、神戸市の公共建築は、震度5強に対応すれば
個人・市民として課題にすればいいですが、あれ
いいということですべて計画していました。
だけの事故が起きて、多くの人たちが何の罪もな
計画していた工学者によると、「いやいや、そ
いのに自分の建てた家に住めない。親戚や友人と
うしてから次は震度6から震度7に徐々に改定し
引きはがされる。あるいは、地域で仕事をしてい
ようとしたんだよ」と言いましたが、そんな改定
た人は、自分のビジネスのコネクションをすべて
はなされずに地震が来てしまいました。もともと
捨てて、子どもたちも友人と全部ばらばらにされ
は工業団地で開発しましたが、時代が変わって工
ました。あるいは、特に中学生の女の子たちなど
業は来なくなりましたから、住宅地にする。病院
は、放射能で自分たちは将来本当に子どもが産め
も呼んだほうが客が来るからというので、新幹線
るのだろうか、差別されて結婚してくれる人がい
駅のそばで旧市街にあった病院をポートアイラン
ないのではないかとおびえなければいけません。
ドに移してしまいました。
こういう事態に対して、ソーシャルワーカー
地震が起こった寒い冬に、市民を守る防災のと
は、少なくとも個人と地域を破壊することに対し
りでである市民病院は遠く、橋も落ちて誰も行け
ては、積極的にその人たちをどうしていくかとい
ないから、多くの人は近所の診療所に行かなくて
うことを強く考えていかなければいけません。三
はいけませんが、診療所の周りの駐車場や路上に
陸海岸でも、例えば釜石市などは、「1千億円で
布団を掛けて寝かされて凍死してしまうというこ
堤防を造って、6万人の市民の命を守る」と言っ
とが起こりました。
たけれども、守れなかったのなら、そんな堤防を
先ほど、「神戸は、危険家屋で大勢死んだ」と
1千億円で造って、「安全だから、昔だったら潮
言いました。開発は不動産屋として神戸市は頑
干狩りをしていたところまで家を建てていいよ」
張ったけれども、火災が起きると全部燃え広がる
と言ったのが果たしてよかったのだろうか。そう
ような既成市街地の再開発はあまりしませんでし
いうコミュニティーに対して、どうコミットして
た。問題は何かというと、不動産屋なら利潤を取
いくのだろうかということが出てきます。
ればいいから、自分の会社が存続するリスクだけ
今回、地震があって従来の社会開発、大橋先生
取ればいいけれども、神戸市は行政ですから、市
が、「社会開発型のソーシャルワークをもっとし
民の安全のためのリスクは、市が防災や復興計画
なければいけない」と言われたのは、まさにその
に市民が参加出来るようにして、最終的に神戸市
とおりです。人権擁護をしたり、コミュニティー
が取らなければいけませんでした。しかし、それ
をオーガナイズしたり、単に行政の社会福祉のし
はなされませんでした。
くみを知らせたり助けたりということではなく
- 25 -
て、市民とか当事者を巻き込んだ地域の福祉コ
ンナーとしてもっと人々に貢献できるのではない
ミュニティーを作っていく、住民たちが自分たち
か、そうしていくと、今回のような地震について
で社会的ニーズに対応したりということをしてい
ももっと対応できるのではないかと思いました。
く。すべての要援護者に対応することが必要です。
最後に、今度は、「APC21(第21回アジア・
そう考えていくと、例えば、「ソーシャルワー
太平洋ソーシャルワーク会議)」があって、ソー
カーは、貧しい人・困った人が必要としているだ
シャルワークの国際定義をやりますが、この中で
けで、普通の人は必要じゃないよ」と言うけれど
私たちは、人間と行動の社会のシステムに対する
も、私は、そうではないと思います。お金を持っ
理念を利用して、環境と相互に影響し合う接点に
ていれば持っているほど、ファイナンシャルプラ
介入する。人権と正義の原理が私たちのよりどこ
ンナーに相談して、
「僕は、10億円持っているの
ろの基盤である。レナ・ドミネリという、前の前
だけれど、どうしよう。何億円はアパートを建て
の国際ソーシャルワーカー連盟の会長が言ってい
て、何億円は国債を買って銀行にやって、子ども
ましたが、ソーシャルワーカーというのは、人間
が大学に入ったときに、これだけ切り崩して」と。
の尊厳、社会正義、平和とか環境の正義に対して
だから、貧しい人でも普通の人でも、自分が地
いろいろな行動を起こすことができる。これをす
域で家を建て、仕事をし、子どもが学校に行き、
れば、私たちは、災害のソーシャルワークでもい
いろいろなことに対して、地域だったり、個人だっ
いことができると思います。
たり、われわれは、幸せのファイナンシャルプラ
時間になりましたので、以上です。
今後の障害児通園施設における支援のあり方
―子ども学園の実践を通して―
佐 藤 美由紀 御紹介いただきました、子ども学園園長の佐藤
ておくことが、将来の日本にとって、さまざまな
です。よろしくお願いします。まず、見ていただ
面で障害者の方々がよりよく生きていくために貢
いていますのは、子ども学園の外観です。この中
献できることだと思います。障害児施設の関係者
で子ども学園をご存じの方はどのくらいおられる
は少数派ですけれども、この場を借りて、これか
のでしょうか。ありがとうございます。多分、寮
ら社会で羽ばたく社会福祉士の方たちがいろいろ
生等でしょうね。
なところで活躍して、子どもの問題に積極的に取
これから、30分間にわたり子ども学園の紹介も
り組んでいけたら、そんな種をまくことができた
含めて、この3年間行った研究授業について報告
らと思い、今日、30分間お伝えてしていきます。
致します。
現在、本大学の佐藤久夫先生をはじめ、平野先
スライド1.
生が障害者制度改革推進会議総合福祉部会の委員
子ども学園の概要です。子ども学園は、本学の
として、今後の障害者総合福祉法の骨格作りに活
名誉教授である石井哲夫先生によって昭和30年に
躍中ですが、障害児の問題は、少数派の中のさら
開設された児童相談室(後の幼児相談室「のびろ
に少数ですので、なかなか表に出てこないようで
学園」)と、同じく本学の名誉教授である飯田精
す。
一先生によって昭和40年に開設された特殊児童相
しかし、今、子どもたちのことを真剣に議論し
談室(後の「いたる学園」)が合併され、昭和56
- 26 -
年に定員30名の東京都の措置施設である精神薄弱
地域に対しては地域支援を行っています。主に感
児通園施設、現在は知的障害児通園施設となり、
覚統合をベースにした学習を課題の時間に行って
本学の附属施設として運営されています。年代を
います。
見てみてもおわかりのように、非常に先駆的な早
期療育の場であったことがわかります。
スライド4.
子ども学園の運動会と保護者学習会の場面で
スライド2.
す。職員の半数が本学の卒業生で、社会福祉の勉
昭和40年頃の療育場面の様子です。そのとき既
強と発達障害の勉強をした学生が、子ども学園に
に早期療育を本学の構内で行っていました。ここ
就職して活躍しています。これは、今年の3月に
で学び育った研修生たちが、日本全国に散って通
行った子ども学園同窓会総会の講演の様子です。
園施設を開設したと聞いています。
昭和56年から「子ども学園」としてスタートして
いますが、それ以前の「いたる学園」を卒園した
スライド3.
保護者も同窓会会員になっていますので、現在約
現在の子ども学園の朝の集まりの場面と、課題
700名の会員がいます。ただ、残念ながら昭和40
に取り組む子どもの場面です。子ども学園では、
年代の保護者はかなり高齢化していて、お子さん
平成元年に本学が原宿から清瀬市に移転後は、近
が入所施設に入った方が多くなり、会報を送って
隣の東久留米市、東村山市の1歳半健診及び3歳
届いている方たちは約400名になっています。
児健診で、発達に何らかの問題を持つ子どもを受
学習会は、同窓会会員を招いて体験談を語って
け入れて発達支援、保護者に対しては家族支援、
もらう会を年間4回、本学の教授や有識者による
障害児通園施設における支援の
あり方に関する研究
子ども学園の概要
― 子ども学園の実践を通して ―
子ども学園は 本学の石井哲夫名誉教授によ て昭和30
子ども学園は、本学の石井哲夫名誉教授によって昭和30
年に開設された児童相談室(後の「のびろ学園」)と、飯田精
一名誉教授により昭和40年に開設された特殊児童相談室
名誉教授により昭和40年に開設された特殊児童相談室
(後の「いたる学園」)を合併し、昭和56年に定員30名の東
京都の措置施設である精神薄弱児通園施設(現在は知的
障害児通園施設)となり、本学の附属施設として運営される
ようになりました。
近隣地域の1歳半健診および3歳児健診で発達に何らか
の問題をもつ子どもを受け入れ、子どもに対して発達支援、
保護者に対しては家族支援 地域に対しては地域支援を行
保護者に対しては家族支援、地域に対しては地域支援を行
っています。
日本社会事業大学附属子ども学園
園長 佐藤 美由紀
1
朝の場面:絵本の読み聞かせ
昭和40年代の療育場面(絵の具遊びとおやつの時間)
課題に取り組む様子
2
3
- 27 -
講演を含めると十数回行っています。これは、家
の方もいると思いますが、非常に有名で大きく事
族支援につながるものであり、また、地域に公開
業をやっているところもあります。児童福祉法に
講座として声をかけているので、地域支援にもつ
則った通園施設と同じような機能を備えて、先駆
ながっています。
的に事業を拡大しているところもあるのが現状で
す。
スライド5.
国内の通園施設についての説明です。主に児童
スライド6.
福祉法に規定されている知的障害児通園施設、肢
このような中で、障害児通園施設は大きな課題
体不自由児通園施設、難聴児通園施設は、全国に
を持ってきました。特に、この10年問題視されて
407カ所あります。「児童デイ」と呼ばれている『障
いることは、障害種別に分かれていて利用しにく
害者自立支援法』に規定された児童デイサービス
いということです。難聴児あるいは盲聾のお子さ
事業が、1.539カ所あります。これらの通園施設は、
んを持つ保護者が子ども学園に相談に来た場合、
利用者からすると非常に混乱しやすい事業です。
「(東京都立)立川ろう(学校)があるので、そち
児童デイと通園は何が違うのだろう。簡単に言え
らに通われたほうが適切かもしれませんね」と言
ば、主要都市には児童福祉法による通園施設が必
わざるを得ないのが現状でした。
ずあります。今、東京都には12 ヶ所の通園施設
私は埼玉県の秩父の出身ですが、秩父で障害の
がありますが、各居室の面積や園児の定員に対す
ある子どもが生まれると、町内に通園施設はあり
る職員の配置等、さまざまな設置基準に対応した
ませんので、秩父市内までお母さんが毎日3、40
ものです。
分かけて連れていかなければいけません。要は、
ただし、日本は広いので、小さな島、北海道の
地域偏在・地域格差があり、障害種別に分かれて
最果てのところ、あるいは沖縄の離島等へ行くと、
いて利用しにくく、施設内に限られ、定員以外へ
児童福祉法に則った通園施設は利用者が少ないた
の支援ができないという問題があるわけです。東
めに非常に作りにくいです。ですので、児童デイ
京都には沢山の児童デイや通園施設があります
サービス(以前の通所訓練事業)という、児童家
が、地方になると、先ほど言ったようなことが起
庭局長の通知によって、1千万円程度の補助金を
こります。
もらい、作ることも閉じることも非常に簡単な児
そして、通園施設と児童デイサービス事業(旧
童デイサービスが、全国の主に人口の少ないとこ
心身障害児通園事業)等の役割分担が明確であり
ろにできてきました。
ません。これも、先ほど伝えたとおりです。そし
現在、皆さんの中で児童デイサービスをご存じ
て、さらに大きな問題は、障害児発達支援と一般
障害児通園施設および
児童デイサ ビス
児童デイサービス
(H20.10.1)
知的障害児通園施設:261ヶ所
肢体不自由児通園施設(含:通園部):121ヶ所
407ヶ所
難聴幼児通園施設:25ヶ所
児童デイサ ビス事業 1 539ヶ所
児童デイサービス事業:1,539ヶ所
運動会:手作りおみこし
Ⅰ型児童デイ:786ヶ所
Ⅱ型児童デイ:753ヶ所
保護者学習会
4
5
- 28 -
の子育て支援が法律上分かれているということで
要するに、福祉サービスが出来高払いになり、専
す。障害児であったとしても、子どもです。子ど
門的にきちんと療育をしていこうという私たちに
もを育てている保護者は、自分の子どもが障害児
とっては、非常に苦しい数年間がありました。
であろうとなかろうと子どもに変わりはないはず
その後、給付費の単価の改正等により徐々に改
です。
善はされてきましたけれど、今現在でも、やはり
出来高払い、日々通園した子どもの人数に応じて
スライド7.
施設にお金が入ってくるシステムになっていま
これまで保護者がお子さんの障害を認めないと
す。こういうことを改善していこうということで、
なかなか利用しにくい面があり、行政もこれらの
来年度(平成24年度)からは、障害の種別を一元
問題に対してこの10年間取り組んできました。障
化し、実施主体も市町村とし大きく変わろうとし
害児福祉施策の変遷です。平成15年までは措置制
ています。
度、いわゆる措置によって通所サービスに通うシ
現在、まだ『障がい者制度改革推進本部等にお
ステムで、『児童福祉法』に則った児童デイと通
ける検討を踏まえて障害保健福祉施策を見直すま
園施設でした。
での間において障害者等の地域生活を支援するた
しかし、平成15年以降は支援費制度に移りまし
めの関係法律の整備に関する法律』(つなぎ法)
た。子ども学園のような通園施設は、そのまま措
という、新法ができる前の段階ですが、児童デイ
置のかたちが残り、児童デイは、契約制度に移り
や通園施設が、児童福祉法一本で運営される施設
ました。この結果、さらにまた混乱が生じました。
となることに決まりました。これは大きな進歩だ
そして、平成18年10月から、『障害者自立支援
と思います。
法』が私たち通園施設にも施行されることになり
ました。子ども学園は『児童福祉法』と『障害者
スライド8.
自立支援法』の二つの法律のもとに契約制度とな
このような福祉政策の変遷の中で、私たち通園
り、児童デイは『障害者自立支援法』による契約
施設は、福祉施策に振り回されて本来あるべき姿
制度により運営されることになりました。そのこ
を見失ってはいけないということで、この3年間
ろ、東京都内の通園施設の職員が集まると、「雨
にわたり、通園施設がどのようにあるべきかとい
が降ると園児が休むため、施設はお金がなくなっ
うことを、本学の藤岡教授、他数名の教授を交え
てしまう」という何とも悲惨な話題になり、どこ
て、自立支援調査研究プロジェクトを立ち上げて
も厳しい経営状態になっていました。そんな状態
研究いたしました。
で、自立支援法は非常に大きな問題がありました。
平成20年度には、「障害児通園施設における障
障害児通園施設の課題
障害児福祉施策の変遷
◇
◇
◇
◇
◇
障害種別に分かれていて利用しにくい
「定員外」への支援ができない
「施設内」でしか支援できない
地域偏在・地域格差
地域偏在
地域格差
児童デイサービス事業(旧:心身障害児通
園事業)等との役割分担が明確でない
◇ 「障害児発達支援」と「子育て支援」の分断
H15
措置制度
H18
支援費制度
H24~
障害者自立支援法
つなぎ法
・種別の一元化
・実施主体を市町村へ
通所系サービス
契約
児デ イ
契約
措 置
自立支援法
契約
措置
通園
施設
児童福祉法
契約
児童福祉法
児童福祉法
児童福祉法
(全国児童発達支援協議会資料より)
6
7
- 29 -
害種別を超えたアセスメントと多様な支援の在り
いだろうかということに対して応用行動分析を用
方に関する研究」、平成21年度は、「卒園後の中・
いて事例研究を行いました。
長期視点の観点から見た障害児通園施設における
さらに、自閉症の子どもによくある偏食行動、
アセスメントと多様な支援の在り方に関する研
感覚過敏が原因で一定の食物しか受け入れられな
究」、そして、昨年は、本学の共同研究として、
「障
いお子さんがいます。自閉症の成人の方が、自分
害児通園施設における親支援プログラムの開発に
の食行動について書いている本が何冊かあります
関する研究」を行いました。
けれど、子どものときは特定のものしか食べるこ
とができず、口の中に硬いものが入るのを非常に
スライド9. 苦手とし、野菜等がなかなか食べられなかったよ
平成20年度に行った研究で、子ども学園で行っ
うです。そのことが原因で、便秘になりパニック
た分担研究の要点のみお伝えしていきます。
になってしまうことも多々あります。事例研究で
障害児の通園施設において最も重要なことは、
の改善方法としては、保護者も交えて栄養士と担
どのようなお子さんに対しても発達支援がしっか
任と3人が連携して、口に入れるものすべてを調
りできるということです。これは、皆様が高齢者
べながら、どうすればスモールステップが積み重
や障害者のところで働く、あるいはマネジメント
ねられるかということを2年間実践した結果を報
するにあたっても、利用者を理解できなければ適
告しました。
切な支援はできないということと同じです。
また、子ども学園には、睡眠障害のお子さんが
私たちの使命として、発達支援をしっかりして
毎年何人かいます。皆さんはどうですか。家族の
いくことは大事なことですので、事例研究を10
誰かが、毎日、夜中の2時、3時頃、パニックを
ケース行いました。
起こしたり、起きて笑っていたらどうでしょうか。
それが1週間に1回、2回続くので、他の家族は
スライド 10.
大変つらいです。そういう方たちに対して、どの
発達支援が必要なお子さんにはさまざまな支援
ような対応をしていったらよいかということを報
が必要です。特に障害を持っている幼児期のお子
告しました。
さんの場合は、要求行動が伝えられずパニックに
その他、子ども学園には言語聴覚士もいますの
陥ってしまい、家族が不安定な状態になることが
で、幼児期にはどんなコミュニケーション指導が
多々あります。要求が出せないために毎日パニッ
必要なのかということを、子ども学園の職員と言
クが起こることは、家族にとっては非常につらい
語聴覚士が一緒になって保護者を支援していった
ことなので、要求行動が出せるにはどうしたらい
指導について、身辺自立への指導、「困ったこと
研究事業の紹介①
研究事業の紹介②
厚生労働省社会・援護局障害者保健福祉推進事業補助金
障害者自立支援調査研究プロジェクト
障害者自 支援調査研究
ジ ク
研究者代表 藤岡 孝志
平成22年度 日本社会事業大学共同研究
研究者代表 藤岡 孝志
平成20年度
「障害児通園施設における親支援プログラムの開発
に関する研究」
「障害児通園施設における障害種別を超えたアセスメントと
多様な支援のあり方に関する研究」
平成21年度
「卒園後の中・長期支援の観点からみた障害児通園施設に
おけるアセスメントと多様な支援のあり方に関する研究」
8
9
- 30 -
ノート」を用いての家庭支援等、さまざまな幼児
スライド 12.
期の障害をもつお子さんの事例研究を行いまし
本研究の結果から、子どもの各ライフステージ
た。
を通して有効だった支援は、①として、幼児期か
やはり事例を積む中で、利用者のニーズを知る、
らの適切な発達支援、先ほど事例研究でお伝えし
利用者を理解するという姿勢は、成人であろうと、
たような内容の支援がきちんとできていたこと、
高齢者であろうと、社会福祉の現場の人にとって
②として、基本的な信頼関係の成立(コミュニケー
はとても大切なことだと思います。
ション力も含む)のための支援が行われていたこ
と、③として、家族に対して障害理解・わが子の
スライド 11.
理解(障害受容)への援助がなされていたこと、
平成21年度は、「卒園後の中・長期視点の観点
④として、子どもと家族に合わせた情報の提供と
から見た通園施設におけるアセスメント、多様な
社会資源活用のための援助がきちんとなされてい
支援の在り方に関する研究」ということで、
「ケー
たことです。
ス1」は小学生、「ケース2」は中学生、「ケース
この「①」から「④」の支援が、次のステージ
3」は同じく中学生、「ケース4」は福祉就労を
で生かされることによって、家族が各ライフス
している成人の方、この4ケースについて、関連
テージで迎える節目、危機的な状況を、出会う支
した教育機関の関係者、支援機関の関係者、就労
援者や教師たちとうまく連携し、多様な支援も活
機関の関係者に対し、保護者も含めて面接調査を
用し、しなやかに乗り越えて適応しているのでは
して質的研究を行いました。
ないかということが導き出されました。
この4ケースは、在園中のお子さんの問題が大
これは非常に当たり前だと思うかもしれません
きかったケースで、自閉症でも非常に重度の方た
けれど、実際には、中・長期視点の観点から、こ
ちです。普通学級に行ったお子さんですら、非常
れらのことを幼児期から積み重ねていってなし得
に大きな問題を抱えている自閉症のお子さんでし
るものです。私たちが、幼児期に出会う保護者に
た。
これらの支援を提供していくことは非常に重要な
しかし、この4名のケースをその後追跡してい
ことであり、これは私たちの大きな使命だと思い
くと、比較的いい状態で学校や社会に適応してい
ます。
ました。どうしてそのような適応ができたのかと
いうことで、今回、15名の方に面接調査をしまし
スライド 13.
た。
これを図にしたものが、「ライフステージとス
キルの連鎖」です。子ども学園で、子どもに対す
平成21年度
平成20年度
「卒園後の中・長期支援の観点からみた障害児通園施設に
おけるアセスメントと多様な支援のあり方に関する研究」
分担研究 ①
分担研究1-①
「障害児通園施設における障害種別を超えた
アセスメントと多様な支援のあり方」
分担研究1
研究目的・方法
○ 子ども学園(知的障害児通園施設)での発達支援にお
ける事例研究
子ども学園における支援を中 長期的観点から評価し その効果およびあ
子ども学園における支援を中・長期的観点から評価し、その効果およびあ
り方について検討することを目的とし、卒園生4名の保護者と卒園生(就学
時の移行の際、適応上の困難度が高かったにもかかわらず、現在の適応状
態が比較的良好なケース)の成長過程に関わった教育機関関係者・支援機
関関係者・就労支援機関関係者に対する面接調査を通して質的研究を行っ
た。
1) 応用行動分析を用いた教示的なアプローチ
― 遊びによる自発的要求行動の表出支援 ―
2) 自閉症児の偏食への対応
自 症
食
3) 睡眠障害への対応
4) 軽度レット症候群幼児への支援
5) 言語聴覚士との連携によるコミュニケーション指導
6) 療育場面における身辺自立指導
7) 「困ったことノート」を用いての家族支援
「困 たことノ ト を用いての家族支援
他3事例
10
ケース1
ケース2
ケース3
特別支援学校1年生
中学校特別支援学級2年生(小学校は普通・通級学級)
中学校特別支援学級3年生(小学校は特別支援学級)
ケース4
福祉的就労をしている成人(特別支援学校卒業)
11
- 31 -
る発達支援、基本的信頼関係の成立、この部分を
護者は、同じ目線で話ができるんですよ」という
しっかり子どもに対して支援しておく。そして、
意見をたくさんの先生から伺いました。
保護者に対しては、障害理解、わが子の理解への
また、4ケースの方たちに共通して言えたこと
援助をしっかり行う。これは、さまざまな識者を
が、子ども学園での早期療育以外の療育を受けた
招いての学習会であったり、同窓会の保護者を招
方でも共通していて、早期療育を受けた保護者の
いてのピア・カウンセリングのような学習会です。
方は同じ目線で話ができるということだそうで
そして、子どもと家族に合わせた情報の提供と、
す。
社会資源の活用への援助です。実際、これは、必
学童期になると、子ども学園で支援した内容が
要な家族には移動支援のような支援を利用するよ
さらに、このピンクの輪のように、家族と離れて
うに勧めています。もちろん、子どもと家族に合
も安心してレスパイトや一時預かりが利用でき
わせた移動支援です。
る、余暇のキャンプに参加できる、遊びの会と地
適切な発達支援がなされることによって、子ども
域につながっていきます。子ども学園の子どもた
たちは、バスや電車を使うことができたり、外食
ちが本学の遊びの会に参加していますが、こうい
をすること、歯医者に行くこと、あるいは、散髪
うところにも参加できるようになっていきます。
をすることなどができるようになります。私たち
そして、就労機関です。どのようにつながって
からすると、当たり前に身に付けている幼児期の
いくかというと、ここでできていた力が、働く場
行動ですけれど、障害のある幼児が散髪に行ける
になったときに、人を信頼できる、ルールが守れ
ようになるということは、とても大変なことなの
ることにつながっていっています。保護者につい
です。それらを身に付けておくことは、学校に行っ
ては、障害特性や仕事の内容から適切な進路選択
てからの快適な生活に大きく影響していきます。
ができる。「今回のケースだけではなくて、障害
そして、学童期に、子ども学園で培ったこれら
を持っている方が将来働くときに、どんなことが
の力がどのように生かされていくか。皆と生活で
できていてほしいですか」と、就労機関の方に聞
きること、基本的なことができていることが社会
きました。どんなことを言うと思いますか。
性の発達につながり、誰とでも外に出ることがで
「たくさん勉強して、数字が読めたり、文章が
き、バスや電車を利用し余暇時間の充実にもつな
書けたり、そういうことができることがいい」と
がっていきます。
言う方は誰もいません。皆さんに共通しているこ
そして、これらの幼児期に提供した支援がどの
とは、人を信頼できる、ルールが守れる、要はこ
ように保護者に活かされているか、学校関係者へ
ういうことです。そして、保護者が子どもにあっ
インタビューしたところ、「早期療育を受けた保
た適切な進路選択ができることから、安定して成
人期を迎えることができます。
平成21年度
ですので、私たち通園施設は、この団子三兄弟
「卒園後の中・長期支援の観点からみた障害児通園施設にお
けるアセスメントと多様な支援のあり方に関する研究」
分担研究1-②
②
が崩れずに、きちんとした団子になってもらうよ
研究結果
本研究の結果から、子どもの各ライフステージを通して有効であった支援とは、
発達支援として
① 幼児期からの適切な発達支援
② 基本的な信頼関係の成立のための支援
家族支援として
我が子の理解(障害受容) の援助
③ 障害理解
障害理解・我が子の理解(障害受容)への援助
④ 子どもと家族に合わせた情報の提供と社会資源活用のための援助
①~④の支援が、次のステージで活かされることによって、家族はライフサイクル
① ④の支援が 次のステ ジで活かされることによ て 家族はライフサイクル
の中で迎える節目や危機的な状況を、教師や支援者との連携や、多様な支援サ-
ビスを活用することで、しなやかに乗り越え良い適応状態をもたらしていた。
通園施設において これらの支援が中・長期支援の観点からみて重要であることが
通園施設において、これらの支援が中・長期支援の観点からみて重要であることが
示唆された。
12
うな支援を行うことです。保護者のところだけが
進んでいてもいけないし、子どものところだけが
進んでいてもだめです。やはりぴたっと一致しな
がら動いていくと、おいしい団子になるというか、
ここが大切なところです。
ややもすると、私たちは、適切な社会資源を提
供してあげれば保護者は楽になると思いがちです
けれども、そうではなくて、やはり子どもがきち
- 32 -
んと安定した状態になってこそ、保護者は生活が
援をしていくことが求められています。平成22年
しやすくなり、また、保護者のもとからも巣立っ
度の「障害児通園施設における親支援プログラム
ていけるようになります。
の開発に関する研究」では、発達障害のお子さん
今、日本の中では障害者の方を介護している老
に対して幅の広い支援を行っている「発達支援セ
障介護が非常に多くなっています。それは、自分
ンターうめだ・あけぼの学園」と「三鷹市北野ハ
の子どもを自分のもとから巣立たすことができな
ピネスセンター」の関係者へのヒアリング調査を
い社会になっているからです。普通であれば、皆
行いました。その結果、質の高い発達支援を提供
さんのように20才になれば巣立っていくのに、い
するとともに、保護者の必要とするニーズへの気
つまでも保護者と一緒にいなければ生活できない
付き、この家は虐待があるか、金銭的には大丈夫
方が何と多いことかと思います。ただ、これから
か、DVはないかといった視点をしっかり持って
はやはり親元を巣立っていけるような社会にして
いる支援者を養成していくことが大事だと言って
いくことが大事です。そのためには、この団子を
いました。
しっかりおいしくしてあげて、子どもが20才に
そして、そういう気付きを職員間でチームとし
なったときに、安心して人に任せられることが重
て問題解決していける体制を作ることが大事で
要です。なぜ、老いた親が自分の子どもをずっと
す。自分1人で抱え込んでしまってバーンアウト
そばに置くのかというと、離れられなくなって一
してしまうようでは仕方がありません。やはり職
緒にいるという方が非常に多いのが現状です。預
場の中で、そういうものについてきちんと対応で
かってくれるところがないというよりも、子ども
きる体制を作ること、そして、個人情報を守って
も親も離れられないのです。小さいときからの積
み重ねによって離れられるような支援をしていく
ためにも、こういう団子を社会全体で作っていけ
平成22年度
「障害児通園施設における親支援プログラムの
開発に関する研究」
たらと思います。
分担研究2 ①
分担研究2-①
研究目的・方法
スライド 14.15.16.
最近虐待の件数が増える中で、その中に発達障
害の方が多くいるという現状は、皆さんも多分ご
存じだと思います。ですので、私たちの支援が、
近年、子ども虐待の件数は増加の一途をたどっており、発達
支援と同様に親支援の重要性が求められている現状から、障
支援と
様 親支援 重 性が求められ
る現状から 障
害種別を超えた多様な支援を行っている「発達支援センターう
ぼ
めだ・あけぼの学園」と「三鷹市北野ハピネスセンター」の関係
者へのヒアリング調査を実施し、ヒアリング調査から得た知見に
ついて検討した。
障害のある子どもという、今までの2%ではな
14
く、小学校で問題を起こす6.3%にまで広げて支
ライフステージとスキルの連鎖
分担研究1-③
地 域
余 暇・キャンプ
等豊かな体験
視野の広がり
平成22年度
「障害児通園施設における親支援プログラムの
開発に関する研究」
社会適応
就労支援機関
緊急時・レスパイト
子どもクラブ
出会い・交流
家族の安心・安定
分担研究2 ②
分担研究2-②
□安定できる環境□新しい体験への挑戦
□利用者にあったサービスの創出
余 暇・遊びの会
地域とのつながり
余暇の充実
歯医者
に行く
自転車で
出かける
●人を信頼できる
●ルールが守れる
教育機関
●障害特性や仕事内容から
適切な進路を選択
外食をする
学童クラブ
体験の共有
散髪する
子
□子どもを洞察・協議した
上での適切な支援
□即時対応・問題連鎖の予防
□他の子どもとの体験
バス・電車
を使う
●皆と生活できる
●基本的な事が出来ている
●信頼関係の成立
移動支援
社会体験
子
子ども学園
①発達支援
②基本的信頼関係
子
<ヒアリング項目>
<
アリング項目>
① 事業の概要や現況について
② 施設で行っている親支援等の実際
③ 親支援を行っていく上での問題点・課題となっている
ことについて
④ 親支援を行う上での職種間の連携について
⑤ 親支援を行う上での他機関との連携について
⑥ 支援者に求められる資質や力量について
⑦ 今後の親支援のあり方について
障害受容
親
□子どもを支える家族への助言
□子どもに合った進路選択
□その時々の適切な対応
●教師が同じ目線で話せる
(協働できる)
親
③障害理解・我が子の理解の援助
④子どもと家族に合わせた情報の提供と社会資源の
活用援助
親
□社会へ送り出す支援
□家族に合ったサービスの創出
障害受容
→支援機関
→ソーシャルスキル
→前ステージで培わ
れたスキル
→そのステージでの支
援や援助
15
13
- 33 -
それらの支援を学童期にもつなげていくことで
時代です。
す。
時間がなくなって申しわけありません。本学で
は、佐藤久夫先生はじめ、平野先生も頑張ってく
スライド 17.18.19.
ださって、日本の障害をもつ子どもたちの政策も
私は、これらの昨年度の研究事業を通してです
少しずつ改善してきています。
けれども、社会福祉学を学んだ人たちの出番がま
要は、皆さんがどこかで障害をもつ子ども関係
さにこれから来ると思っています。つい1週間
に携わった時には、障害があろうとなかろうと、
前、児童福祉施設最低基準等の一部改正がありま
どこに生まれようと、1人の子どもとしてすこや
した。例として、児童養護施設において、「家庭
かに育ち、幸せに暮らせる社会を目指していけば、
支援相談員については、社会福祉士、精神保健福
それが成人になってからの幸せな生活につながっ
祉士の資格を要する者・・・」という文言が入り
ていくということです。そんな社会をめざしてお
ました。
互い頑張っていきましょう。 そして、「心理療法担当職員は、心理学」の次
に「社会福祉学を専攻する者」という言葉も入り
ました。私は、これから一層、社会福祉学を専門
に学ぶ学生が社会から社会貢献を期待されている
と実感しました。これからは、皆さんが活躍する
平成22年度
今後、さらに期待される社会福祉学を学ぶ学生
「障害児通園施設における親支援プログラムの
開発に関する研究」
分担研究2 ③
分担研究2-③
『児童福祉法』の児童福祉施設最低基準等の一部改正が
平成23年6月17日の行われた。
ポイント
例として、児童養護施設において
◎ 家庭支援相談員について、社会福祉士、精神保健福
家庭支援相談員
社会福祉士 精神保健福
祉士の資格を有する者 ‥‥
◎ 心理療法担当職員は、‥‥心理学、社会福祉学を専
攻する‥
今後、社会福祉学を学ぶ学生の社会貢献が一層期待される
研究結果
これからの障害児通園施設における親支援に求められること
1) 質の高い発達支援を提供するとともに、保護者の必要としているニー
質の高い発達支援を提供するとともに、保護者の必要としている
ズへの気付きが持てる感性と、それらのニーズに対して柔軟な支援が
できる人材育成を行うこと
2) 1)の気付きを職員間で共有し、チームとして問題解決に向けてアプ
ロ チできる体制作りをしていくこと
ローチできる体制作りをしていくこと
3) 幼児期の親支援が、学童期以降も継続して提供される地域の体制作り
をしていくこと(個人情報への配慮のもとに)
17
16
「障がい者制度改革推進本部等における検討を踏まえて障害保健福祉施策を見
直すまでの間にお て障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備
直すまでの間において障害者等の地域生活を支援するための関係法律の整備
に関する法律」
障害があろうとなかろうと
どこに生まれようと
ひとりの子どもとして
健やかに育ち
幸せに暮らせる
障害児支援の強化
◇ 児童福祉法を基本として身近な地域での支援を充実
・障害種別の一元化
・通所サービスの実施主体を市町村へ移行
◇ 保育所等訪問支援の充実 ・ 放課後デイサービス(※1)
◇ 在園期間の延長措置の見直し(※2)
そんな社会をめざして
※1 対象:学童~20歳まで
※2 対象:18歳以上の入所者について、必要な支援の継続措置等
19
18
- 34 -
学生研究報告
障害者の地域における自立生活の支援
―筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者へのケアを通した
学生の福祉従事者としての成長―
日本社会事業大学 社会福祉学部
渡辺聖矢、友田一成(学部3年)
小桧山諒、馬場太郎、三瓶傑人、五十嵐希一、
吉田直正、鍵和田卓也、小川晃史、小林真佐雄(学部2年)
要旨
本研究の目的は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の夜間ケアを担当した学生メンバーによるチーム・
ケアの質向上をめざした1年間の取り組みを分析し、学生自身の学びと変容に焦点をあてて考察を深め、
障害者の地域における自立生活の支援のあり方を模索することにある。
本チームは日本社会事業大学の学生から成り、この1年間は筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者である
Aさんの夜間ケアを行なった。同時にメンバーの研修・研究と、関係者間のカンファレンス・実地研修
等を行った。この1年間の支援経過を4ステージに分類し、(1)Aさんの状況(課題への対応)、(2)メンバー
の変化、を分析し、ケアの向上を図るために効果があった要素とメンバー間で共有した認識を抽出した。
さらにこのようなケアを通してメンバー福祉従事者として、いかに成長したかについて考察を深めた。
結果は次の通りである。第一に、ケアの質を高める要素として、①当事者とのコミュニケーション、
②チーム内の連携、医療と介護の連携、という3点を抽出した。第二に、メンバー間で得たケアについ
ての共有認識として、①安心と信頼の醸成、②当事者のニーズに応える、③共にQOLを高める、とい
う3点を抽出した。第三に、福祉の原体験を通したメンバー自身の変容として、①自分で考えることに
よる変容、②他者の人生との出会いから学ぶこと、③介護・福祉の意味について考える、という3点を
抽出した。
結論として、
「チームが果たしている役割」と「メンバーが得た新たな価値や気づき」が明らかになった。
メンバーが果たした役割として、次の三点が挙げられる。第一に、直接的な身体介護の質を高めるこ
とによって、Aさんが夜間も安心して生活できることである。ADLが下がってもQOLを下げないよう
にすることに、メンバーは貢献した。第二に日々、死に直面している状況下での不安や苦痛を緩和する
ことである。マニュアル通りではなく当事者の気持ちや要望をくみ取りその時々のニーズをキャッチし
て対応することで、メンバーの存在が、Aさんの身体と心の置き所となり、安心と信頼につながってい
る。第三に、Aさんらしく生きること、当事者が「こう生きたい」と望む人生をサポートしている。症
- 35 -
状が進行し自身で動くことができなくなっても、Aさんが、今、生きていることを幸せだと思い、限ら
れた時間が充実したものとなることに寄与している。症状が進行し自身で動くことができなくなっても
Aさんらしく過ごすこと、当事者が自身で選択した人生をサポートしている。Aさんの最期の望みは二
つある。一つは最期まで家族と共に自宅で生活することである。メンバーは夜間ケアを担うことで、こ
の望みをサポートしている。二つ目は、メンバーが自分との関わりを通して福祉従事者としての質を高
め、同じように苦しんでいる人々の支え手として育っていくことである。Aさんの人生の中で重要な意
味を持ってきた福祉の仕事は病気にもぎ取られたが、志を引き継いで生きていく後輩がいることが、A
さんの心を癒すという。一緒に過ごす時間を通して変容していくメンバーを見守ることが、Aさんの喜
びとなっている。
一方でメンバーも、Aさんとの関わりを通して、第一に家族の一員としての生活や居場所、第二に当
たり前の生活への感謝、第三に新たな価値や気づき、第四に福祉の原体験、を得た。Aさんとの関わり
を通して、「できないことは人に頼っても、自分で選択した人生を生きているということが、自立であ
り、尊厳ある生活である」ことを実感し、自立生活と支援について学び取ることができた。さらにこの
ような支え、支えられるという双方向の体験を通して、支援とは一方的なものではないこと、支援され
るだけでは役割や価値を見いだせないこと、福祉の独自性はこのような人生との出会いにあり、相互に
QOLを高めあうところにあることを学んだ。生きるということはどういうことかということを考える
機会となり、また漠然と考えていた終末期の選択肢について、Aさんを通して現実に自分に突きつけら
れ、共感を持ってその選択や必要としている支援を知り、福祉従事者としての成長を得た。
Ⅰ.問題の所在
1.筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは 緊縮性側索硬化症(ALS)とは、自分で身体を動かすための運動ニューロン(神経細胞)が壊れて
側索が硬くなり、筋肉が急速に萎縮する原因不明の進行性難病である。一般に手足から順に動かすこ
*1
とができなくなり、嚥下障害、呼吸不全から死に至る。この病気がしばしば「難病の代表的疾患」
「過
酷」*2「悲惨」*3と言われる理由は、意識は清明でありながら急速に動きをもぎとられ、人工呼吸器を装
着しなければ一般的に発症から3-4年で死に至ることによる*4。急速な症状の進行は患者や家族がよ
うやく現状を受容したかと思うと次のステージに押し流し、ケアの体制も追いつかない。また自身では
身動きがとれなくなるが、知覚は鋭敏であり、身の置き所のない痛みと不安に苛まされる。従って医療
的ケア・心理的ケアと併せて頻繁な身体的ケアが不可欠だが、地域での在宅支援サービスの実態は質・
量ともに不足しており、密度の濃い24時間ケアを確保することが困難である。さらに常に死と向き合い
ながら、人工呼吸器等を装着するか、生活の場をどうするか等の重大な選択を迫られ続ける。
*1 中島孝(2009),ケアのレベルをさらに向上させる起爆剤に,中島孝監修「ALSマニュアル決定版」日本プランニングセンター,
p13
*2 Stem Cell Network(2009)はALSについて次のように記載している「ALSはいまだに病態は解明されておらず、過酷な疾患であると
考えられています。」
出典;Stem Cell Network(2009)Stem Cells and Disease: Amyotrophic Lateral Sclerosis (ALS)(文部科学省 iPS細胞等研究ネットワー
ク運営委員会訳,2009年版患者さんへの概要)
*3 林秀明(2005)は、これまでのALS観として、次のように記載している。「呼吸筋麻痺がターミナル(終末=「死」)であって平
均3年で亡くなる、原因がわからない(no cause /ノー コーズ)、治療法の無い(no cure /ノー キュア)、希望の持てない(no
hope /ノー ホープ)悲惨な病気である」
出典:「今までのALS観」から「新しいALS観」へ,新ALSケアブック,日本ALS協会編,川島書店,2005p
*4 病気の性質をよく理解したうえで人工呼吸器を装着して生きることを選択する患者は日本全体では約3割といわれており、それ
以外の患者は人工呼吸器の装着を選択せず死亡する。
- 36 -
医療や生活の場に関する当事者の選択を尊重してその人らしい人生を生きるためには、どのような選
択をしても生活の質(QOL)が確保されることが不可欠であり、患者と家族を支援する地域での新た
な取り組みが求められている。
2.1年間の活動経緯 本チームは、1年間にわたって、筋萎縮性側索硬化症のAさんに夜間の直接的なケアを行なった。同
時にメンバーの研修・研究と、関係者間のカンファレンスへの参加、関係者による実地研修等を行った。
具体的には、2010年6月からALS(筋萎縮性側索硬化症)のAさんの夕食介助(18:00 ~ 20:00分/ 2時
間)を1名づつで開始し、9月からは夜間ケア(18:00 ~ 6:30分/ 12.5時間)を2名づつで担当してきた。
なおメンバーは全員、重度訪問介護従事者養成研修を受講し、重度訪問介護従事者の資格を取得した。
Aさんは、家族とともに自宅で生活することを選択し、地域での在宅緩和ケアを希望している。気管
切開や呼吸補助・胃瘻などの経管栄養・点滴などを行わないことを自己決定し、これについて保健医療・
福祉等の関係者と確認している。
*5
緩和ケアについて、WHO(2002)
は次のように定義している。
「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその
他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治
療、処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、クオリティー・オブ・ライフを改
善するアプローチである。」
加藤(2011)*6は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の緩和ケアの要件として、次の5点を挙げている。
「1 生活場所を確保する
2 身体が動かないことによる障害を援助する
3 障害から生じる苦痛症状を緩和する
4 人間としての当然の心の苦しみ・悲しみを援助する
5 にもかかわらずの喜びを支援する」 Aさんは、最期まで地域で家族と共に生活することを望んでいるが、このためには急速な症状の進行
や痛みに個別に対応できる高度の24時間介護*7が必要となる。だが介護者の量と質が不足している現状
では、介護派遣事業所の利益が優先され、高度のケアを必要とするALS患者は排除される傾向もみられ
る*8。
本チームは学生の福祉現場への参画・地域貢献・教育を通して、福祉人材と地域生活の質向上を目指
すものであり、障害者の地域での自立生活を支援するために夜間ケアを担っている。本チームの課題は、
介護の未経験者が大半を占めていたことと、複数メンバー(2011年6月現在、10名)による交代制のケ
アであることから、チームとして一定のケアの質を確保することである。そこで2011年4月からは「障
害者の地域における自立生活の支援 ―筋萎縮性側索硬化症患者に対するチーム・ケアの質向上を目指
*5 WHO(世界保健機構)の緩和ケアの定義,2002
*6 加藤修一,筋萎縮性側索硬化症のホスピスにおける終末期ケア,Palliative Care Research,Vol. 5 (2010) , No. 2 pp.137,加藤修一
*7 ALS患者にこのような個別的なケアの必要性について、川口有美子(「サクラモデル」東京都のALS療養者によるパーソナルア
シスタンスシステムの構築,The presentation for ALLIED PROFESSIONALS’FORUM, International Symposium on ALS/MND in
YOKOHAMA, 2006.11.29.)は次のように指摘している。「たとえば体圧による身体の痛みをそっと解除したり、かゆいところ
をすぐにかける、長時間の見守りによる安心感など、患者の尊厳とQOLを高めるために、PAのケアはもっとも必要なケアです。」
*8 川口(同上)は次のように指摘している,「ひとつは福祉制度によるコミュニティケアで、国が認定したヘルパーが地域の介護
派遣事業所を通じて派遣されるシステムです。しかし、これは利用者よりも事業所本位のシステムになりやすく、ALSで呼吸器
を利用している人にとってニーズの高いケア、気管からの吸引を実施する事業所は大変に少ないという現状があります。また土
日祝日は休業する事業者が多く、これは家族介護者のニーズにもあっていません。」
- 37 -
す取り組みー」をテーマに、これまでの1年間の取り組みをふりかえり分析を行ってきた。この一環と
して、日本社会事業大学社会福祉研究大会(2011年6月25日)において、研究の途中経過を報告し、評
価と意見を問うこととした。今回の報告では、学生自身の学びと変容、福祉従事者としての成長に焦点
をあてる。
3.研究の目的と方法 (1) 目的
筋萎縮性側索硬化症患者に対する夜間介護の1年間の取り組みを分析・検討し、学生が獲得した学び・
変容・福祉従事者としての成長を明らかにする。これを通して、障害者が地域で自立生活を行う上で必
要な支援の質を高めるための一助としたい。
(2) 方法
筋萎縮性側索硬化症患者(1事例)に対する夜間介護の1年間の経過を整理し、チーム・ケアの課題
と対応を分析する。
Aさんに対する2010年6月から2011年5月までの1年間の支援経過を4ステージに分類し(「図1 4つのステージ」参照)、それぞれの時期について、(1)Aさんの状況(課題への対応)、(2)メンバーの
変化、に分けて整理した。これをもとにそれぞれの時期のケアのありかたについて考察し、ケアの向上
を図るために効果があった要素とメンバー間で共有した認識を抽出し、さらにこのようなケアを通して
メンバーがいかに変容したかを明らかにした。
表1 4つのステージ
ステージⅠ:夕食介助期
(2010年 6月~ 8月)
ステージⅡ:夜勤開始期
(2010年 9月~ 11月)
ステージⅢ:症状急変期
(2010年12月~ 2011年2月)
ステージⅣ:コミュニケーション困難期
(2011年 3月-5月)
(3) 倫理上の配慮
・事前に研究協力者(Aさんと家族)に本研究の趣旨と方法を説明し、研究への協力の了 承を得た。
・研究協力者に研究結果を示し、報告についての了承を得た。
・報告に際し、個人が特定できないように配慮した。
- 38 -
Ⅱ.結果
Aさんに対する一年間の支援プロセスを下記の4ステージに分け、それぞれ、(1) Aさんの状況(課
題への対応)、(2) メンバーの変化、について分析した結果は、「表2 Aさんに対する支援経過」のと
おりである。この詳細を、以下に記す。
表2 Aさんに対する1年間の支援経過
年
月
2010年
6
7
8
9
ステージ
Ⅰ
夕食介助期
2011年
10
11
12
1
Ⅱ
→
2
3
Ⅲ
夜勤開始期
→
症状急変期
4
5
Ⅳ
→
コミュニケー
ション困難期
①自分で手足を
動かせない
①嚥下力・体力
の低下
*高熱を繰り返
①嚥下障害
Aさんの状況
し大学病院に
②呼吸障害
(指は動く)
②痛み
2週間入院。
③発声困難
②夕食介助の必
③不安
①食欲減退・体
要
力の低下
③車いすの操作
②身の置き所の
による体位交
ない痛み・体
換
位交換の困難
(嚥下・呼吸機
( 声 によるコ
ミュニケー
ションの困難)
③声が小さくな
能の問題はな
る
く、会話や食
(夕食は家族一
事を楽しむ)
緒の団欒時間)
↓
↓
↓
↓
①食事と会話を
①スキルアップ
①メンバー間の
①介護に対する
通した関係性
(技術的不安に
メンバーの変化
の創出
②身体介助の感
覚を掴む
③メンバー間の
情報伝達
工夫の集結
立場の変化
対応するた
②メンバー間の
(当事者のニー
め毎日ヘルパ
関係性の深ま
ズに応える)
ーによる実地
り
研修を実施)
②各々の介護ス
タイルの確立
③ チャレンジ
③楽しい時間の
共有
②求めと提案の
やりとりを通
したQOLの模
索
③対応への確信
と今後への見
通し
- 39 -
ステージⅠ:夕食介助を通した基本的スキルと信頼関係づくり(2010年6月-8月) (1) 状況
この時期のAさんの状況は、自身で手足を動かすことができなくなり、食事の介助が必要となった。
そこで、メンバーは夕食介助とマッサージを行った(18:00-20:00,介助者は一名)。嚥下力・呼吸に
は問題がなく、ごく普通に会話を交わしながら、お弁当を一人前食べることができた。また人差し指を
動かすことはできたので、食べたいものを指さして、夕食を楽しんでいた。
表3 ステージⅠ:夕食介助期の状況(2010年9月-11月)
Aさんの状況
課 題
対 応
出会ったばかりで、何が食べた
ご飯、おかず、ポカリの配置に
いか(ごはん、おかず、ポカリ
工夫をした。ひとさし指の動き
等)を把握できない
と、目線でわかりやすくする
力加減や腕の置く位置がつかめ
Aさん本人にその都度ベストな
ない
位置を確認する
夕食介助を開始
(18:00-20:00,1名)
①自分で手足を動かせない(指
は動く)
②夕食介助の必要
日によって違うので、表情(眉
間のしわ等)から読み取る
③車いすの操作(介護)によ る体位交換
倒す順番の確認、スピードの調
声かけによって順番の確認を行
整が課題
う
レバーを握る前に体で支えてコ
ントロール、持ち方に工夫
*嚥下・呼吸機能の問題はなく、 *この時期は交換ノート等がな
会話や食事を楽しむ
く、技術や情報を共有できる
ものが少なかった
- 40 -
(2) メンバーの変化
①食事と会話を通した関係性の創出
スタート時のメンバーは、介護の未経験者のみであった。このため、最初はAさんと何を話していい
かもわからなかった。しかしこの時期は言葉によるコミュニケーションには全く不自由がなかったため、
一緒に食事をとりながら会話を交わすことで、徐々に信頼関係を築いていった。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード1:関係性の創出〉
同じ大学の先輩であることから、大学や授業の話で盛り上がりました。30年前の原宿 時
代の様子や、当時の先生・友達が、今、教授として大学にいることから、その頃の話を聴
くことは、社大の歴史を知ることであり、興味深いものがありました。
初めは年齢差のある方の介護をすることに対して緊張があり、何を話していいかわかり
ませんでしたが、このような会話を通して、同じ大学の同窓生であるという親近感が生ま
れてきました。堅い話をするのではなく、身近な話をすればお互いに楽しいということが
分かってきました。また、一方的な食事介助では、どうしても介助のスピードが速くなっ
てしまうところが、このような会話を交わしながら、一緒に食事を楽しむことで、ちょう
どいいタイミングで介助も出来るようになりました。
このようなコミュニーションによって人間関係が形成され、介護に関しても関わりを通して自信をも
つことができた。このことは、介護を行う上で役立ち、また言葉によるコミュニケーションが困難となっ
た時期にも、この時に形成した人間関係が意志疎通の基盤となった。
②身体介護の感覚をつかむ
メンバーにとって介護は初めての経験であり、またこの時期の夕食介助は一人で行っていたことから
Aさんと二人きりの時間であった。人差し指や目線でのサイン、物の置いてある位置など環境に慣れる
ことに必死だった。Aさんは意識清明だが、自分では身体を動かすことが出来ないため、腕・足の位置、
指の間隔など細かい要望があった。だが、スタート時はそれに応えられず、一人で対応しなければなら
ないというプレッシャーもあって、不安になることが多かった。
しかし一緒に時間を過ごし経験を積む中で、徐々に腕を置く位置、指の感覚など、Aさんとメンバー
の間でずれが少なくなり、感覚がつかめるようになってきた。ステージⅡの夜勤に入るころには、食事
介助・マッサージ・車椅子の操作に関するスキルが身につき、自信がついた
③メンバー間の情報伝達
未経験者ばかりでスタートしたこの時期は、いかにしてメンバー同士が情報交換し、介護を行う上で
の全員のスキルを共有してアップさせていくかがポイントとなった。連絡ノートやミーティングもなく、
一人介護という状況下で、自分たちが気付いたことを学内などで情報交換し、次の食事介助に備え、共
有した情報を実践した。このようなメンバー間の情報共有を通して、Aさんのニーズや求めていること
が的確に理解でき、焦ったり緊張したりせずに応じることができるようになった。対応できているとい
う自信を持つことができ、食事や会話を楽しむ余裕が生まれた。
- 41 -
ステージⅡ:夜勤開始期(2010年9月-11月) (1) 状況
この時期、Aさんは身体が一層動かなくなり、また痛みも強くなったことから、頻繁な体位交換が必
要となる。そこで9月からは、養成研修を受講して重度訪問介護者の資格を取得したメンバーが、2名
づつで夜勤(18:00-06:00)を開始した。当初は週5日であったが、家族による体位交換が困難となっ
たことから、11月からは毎日となった。
このステージの課題は、①嚥下力・体力の低下、②痛み、③不安、に対応することであった。
第一に、嚥下力の低下に対しては、食事内容を食べやすく、またAさんの嗜好に合わせた物を選ぶよう
に工夫した。例えばご飯もお粥に変えて、柔らかさをメンバー間で伝えあった。また体力の低下に対し
ては、手際よく対応することやAさんの負担の少ない介護方法を考えることが課題となり、これを工夫
する上で、昼間に訪問しているヘルパーによる実地研修*9が効果的であった。
第二に痛みに対しては、体位交換と服薬で対応した。夜間1~2時間おきに左・上・右と順番に交換
した。角度や手の位置についてAさんから言葉による細かい要望があり、それに応じた。痛みが強まる
につれて医療的ケアが必要となってきたが、服薬や痛む部分への薬の塗布については医師の指示に従い、
薬のチェック票に記載することで確実に行った。
第三に夜、メンバーを呼ぶ声が出にくくなり始め、メンバーがいかにAさんの合図に反応出来るかが
課題であった。Aさんは声ではなく、口を鳴らして対応するようになる。また家族の不在時には、帰宅
時間などの見通しを話すことで不安を和らげた。
*9 夜勤時の20:00-21:00は毎日研修時間とし、昼間に訪問しているヘルパーによって実地研修を受けた。その内容は、体位交換,ポー
タブルトイレ・ベッドへの移乗などである。
- 42 -
表4 ステージⅡ:夜勤開始期の状況(2010年9月-11月)
Aさんの状況
課 題
対 応
噛む力、飲み込む力の減少
口に残りにくく、柔らかいもの
弁当を買う店を変え、お粥を導
食欲の減退
で、なおかつAさんが好む食事
入する
夜勤を開始
(18:00-06:00,2名)
①嚥下力・体力の低下
を選ぶ
季節の変わり目(寒くなる)
寒くなってきたので、体位交換
時間短縮を心がける他に、気温、
にかける時間を短くする
湿度、毛布の掛け方等に気を配
る
②痛み
テレビ側を向いて寝る時に右
寝る向き方がしぼられる
主に、仰向けや壁側で寝る
症状の進行に伴い、介護者とタ
家族による夜間の体位交換や服
毎晩、夜勤に入る(これ以前は
イミングを合わせて体位交換を
のシワをなおすことが困難にな
水曜・土曜は家族による介護で
することが困難となる
る
あった)
手足の痛みに伴い、マッサー
痛みに伴うケアの要望に応えら
体位交換を速やかに行うこと
ジの回数が増える
れないこともある
で対応する
メンバーの人数(5人)・スキル
連勤で対応
の不足(メンバーは全員、重度
20時から21時までは事業所のヘ
訪問介護者養成研修を受けたの
ルパーが訪問。毎回実地研修を
みの介護未経験者)
行う
夜、メンバーを呼ぶ声が出に
メンバーがいかにAさんの合図
声ではなく、口を鳴らして対
くくなり始める
に反応出来るか
応するようになる
家族の不在時に不安がみられ
家族の不在を、メンバーが支え
家族が何時頃帰ってくるかを
る
る
伝え、不安を和らげる
肩が痛くなり始める
(身体が動かなくなってきた)
③不安
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(2) メンバーの変化
①介護のスキルアップ
夜勤開始時は、人数の不足により連勤などが頻繁にあり、メンバーの負担が大きかった。さらに夜勤
に参加したほとんどのメンバーは介護未経験者で、痛みの訴えや体位に関する細かな要望に対応するこ
とが難しく、Aさんの役に立っているかが不安であった。
これに対して、ヘルパーによる毎晩の実地研修*10が効果的であった。知らない技術を教えてもらう
ことができ、介護の実際を目の当たりにすることで、こうすればよいということが具体的に理解できた。
また、夜勤開始に際して、神経内科専門医であるB医師による研修(講義と呼吸法の実地研修)*11を受
けたことが、起こりうる症状を予測し対応の具体的方法を学ぶことができたことと、薬の内容と効果に
ついて等の医療的な知識を得たという点で、効果的であった。
次第に体位交換の時間も短くなっていった。Aさんにこの体位でよいかと確認する時に、一回で体位
がぴたっと決まると、達成感がある。今まで経験してきた中での足の置き場、手の角度、腰の引き具合
などいろいろな要素がぴたっと決まった瞬間である。この瞬間についてメンバーは、「やったという気
持ち」「技が決まったときのような感じ」「芸術だ」「テストに合格した」「ほっとする」などと、その時
の思いについて、様々に表現している。日々、少しづつ要望が異なるが、その変化に対応できたという
充足感がある。
②各々の介護スタイルの確立
連続的に介護に携わると、技術が確実に上がり、要望に応えられているという達成感や技術に対する
自信を得られた。
初めは教わったとおりに介護をしていたが、自信が出てくると、次第に自身で工夫し、自分にあった
スタイルを作り上げていった。例えば、体位交換の際に腕力がないメンバーはビニールを使い、腕力が
ある者はタオルだけで行なうなど、それぞれの個性に応じてスムーズにできるスタイルをみつけていっ
た。このような各自のスタイルについてメンバー間で話しをすると、またそれぞれが試してみる。こう
して発見したことが、個人と全体のスキルアップに繋がっていった。
③チャレンジ
どうしたら良いかわからず、自分が役に立っているか不安であったときには、教えてもらったことや
指示・要望に応えるという受け身の姿勢であった。しかし自身のスタイルができてくると、次第にチャ
レンジしていくように変わった。
その際に、パーフェクトにできることではなく、なんとかしたいと思うことを大切にしている。Aさ
んの思いが汲み取れなかったり、望むようにケアできないことで引くのではなく、スマートではなくて
も、なんとかしようとチャレンジしている。
それにともなって、Aさんの生活をよりよくしていくことに、自分が寄与していることを確信できる
ようになった。するとさらに、自分から工夫したり、Aさんに提案したりするように変わっていった。
生活や生命に支障がなければ良いということではなく、Aさんが居心地がよいように気配りし、QOL
*10 注9のとおり
*11 夜勤開始に際して、Aさんの担当医である緩和ケア病棟科長の神経内科専門医より、ALSの緩和ケアに関する研修を受けた。
講義はカンファレンス形式で行われ、ALSと緩和ケアに関する一般的な知識に加えて、Aさんの具体的な症状・対応・見通し
について講義を受けた。さらに実地研修として、呼吸困難の緩和に必要なマッサージ法等について学んだ。またAさんの月1
回程度の検査入院の度に、メンバーが交代で緩和ケア病棟を訪問し、その実際にふれた。
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を高めることを心がけている。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エビソード2:チャレンジ〉
夜勤に参加したほとんどのメンバーが介護未経験者で、痛みの訴えや体位に関する細か
な要望に対応することが難しく、Aさんの役に立っているか不安でした。
しかし、日々、ADLが低下する中で、うがいや痛みへの対応も、試行錯誤しながら
感覚をつかんでいきました。例えば、日昼、車椅子に座っていることの多いAさんの褥瘡
の痛みを軽減するために、車椅子上でAさんの腰をひねり、体重のかかる場所を変えたり、
身体の下にタオルをいれたり、といった対応を工夫しています。日によって体調 が違うた
め、各メンバーは毎回の夜勤で試行錯誤を繰り返しています。特に4年生のこ のようなチャ
レンジする姿勢が、1年生にとってモデルになりました。
また、パーフェクトにできることではなく、なんとかしたいと思うことを大切にして
います。Aさんの思いがくみ取れなかったり、望むようにケアできないことにひくのでは
なく、スマートではなくても、なんとかしようとチャレンジしています。
ステージⅢ:症状急変期(2010年12月~ 2011年2月) (1) 状況
12月にAさんは高熱を繰り返し、高度医療の大学病院に2週間、入院した。高熱の原因は尿管結石と
判明し、尿道カテーテルを使用して治療する。
このステージの課題は、①食欲・体力の低下、②身の置き所のない痛み・体位交換の困難、③発声の困
難、に対応することであった。
第一に、入院により食欲が減退し、目に見えてやせ細っていった。体力が一層低下し、ベッド等への
移乗が困難になる。このため、新たにリフト等の福祉機器を活用するようになった。
第二に、身体はほんの少し動かせる程度である。大半の時間は車いすに座っているか、ベッドに寝て
おり、さらに皮膚が弱くなったことから、接触部分が赤くなってしまう。このため、身のおきどころの
ない苦痛があり、夜間も寝付けずに、1時間おきに体位交換を行った。枕を腰に入れて45度ぐらいに身
体を傾けるなど、体重を分散するような体位を工夫した。
第三に、声が小さくなり、表情や口の動きを読み取ったり、拡声器や文字盤を利用するようになる。
特に夜間は聞こえにくい。2月下旬からは、痰が多く出るようになり、夜間も家族を呼び、吸引器で痰
を吸引する。
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表5 ステージⅢ:症状急変期(2010年12月-2011年2月)
Aさんの状況
課 題
対 応
高熱を繰り返し、高度医療の大
尿道感染を防ぐ薬を投与し、尿
学病院に2週間入院(原因は尿
道カテーテルを使用する
管結石)
夕食は家族一緒の団欒時間
(18:00-06:30,2名)
①食欲減退・体力の低下
身体はほんの少し動かせる程度
ベッドへの移乗が困難になる
リフトの活用マニュアルを作成
褥瘡の予防
体位交換やマッサージなどで対
である
②身の置き所のない痛み・体位
交換の困難
大半の時間は車いすに座ってい
るか、ベッドに寝ていることか
応する。Aさんの要望に出来る
ら、身体の接触部位が赤くなっ
だけ添えるようにするマッサー
てしまう。
ジを定期的に行い、痛みが増す
ことを避ける
特に右肩に痛みを訴えるように
右肩に負担をかけない
なる
右側を向くと痛みがあり、仰向
けと左向きのみで体位交換を行
う
Aさんが少しでも楽になれるよ
座っている際も、寝ている際も
うにメンバー自身で出来ること
頭の下にタオルをしき、顎を引
を考え、試行する
く姿勢をとる
表情や口の動きを読み取り、A
拡声器、文字盤などの活用
③声が小さくなる
特に夜間は聞こえにくい
さんが望むことを出来るだけ早
く把握する
2月下旬から痰が多くでるよう
点鼻薬の使用
になる
スポンジを使用して、ネバネバ
をとる
家族に伝え、吸引機を使用
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(2) メンバーの変化
ALSという病気の深刻さを改めて理解し、自分たちに何ができるのかを改めて考え、試行する時期
となる。
Aさんから苦痛の訴えが強くあり、自分が対応できているかが分からずに当惑し、介護に対して困難
や恐れを感じるメンバーもいた。理由の一つは、言葉が小さくなり、拡声器を耳にあててようやく聞こ
える程度になったことによる。特に夜間は言葉が聞こえにくく、Aさんの訴えを的確に把握することが
できているか不安であった。二つ目に、身体が動かなくなり、身の置き所のなさや痛みが激しいことに
よる。ほんの少しの身体の向きや位置の違いが、Aさんには大きく影響した。
① メンバー間の工夫の集結
しかしその困難から逃げずに、メンバー全員で課題解決に向けて、情報交換を密にし、介護の方法を
工夫したことによって、この時期を乗り越えた。
当初からかかわっていたメンバーが中心となって、体位を工夫し、それをメンバー間で共有した。新し
く加わったメンバーは、自分たちでベッドに寝て体位交換をするなど、模擬練習を行うことで、スキル
アップを図り、また当事者の状況を体感した。
情報の共有方法としては、夜勤の連絡ノートに、その日の状況や困難だったこと、それにどのように
対応したかを詳細に記述し合うようにした。この時期、リフト等、新たな福祉機器を活用することになっ
たが、機器に関する研修会で教わったことをもとにメンバー間でAさんに応じた方法を工夫し、写真を
用いたマニュアル等によって、確認しあった*12。このような情報伝達を通して、Aさんの状況を確実に
把握し、メンバー全体で介護スキルを共有した。このことは介護のスキルアップと共に自信を持つこと
につながった。
介護という仕事は、事務的にマニュアル通りに実務をこなすことではなく、Aさんのために何が出来
るか、ニーズに応えるためにはどうしたら良いかを考える場となった。メンバー間で工夫するというこ
とがこれまでとは異なることであった。与えられた仕事ではなく、自分で考えることが自分の成長につ
ながると実感した。介護に関しても相互に工夫し合い、これを伝え合ってスキルアップを図っていくと
いう体制が強化された。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
*12 退院後、急速なADLの低下に対応し、車いすからベッドの移乗のためのリフトを設置した。このリフトの利用方法について12
月にケアマネージャー等による研修会を複数回、実施した。その後、メンバーが写真を撮影し、
リフト活用マニュアルを作成した。
マニュアルはメンバーの工夫や状況に応じて、改変した。またこれを室内に掲示すると共に、ヘルパー等にも配付し、関係者
間でスキルを共有した。マニュアルは、車いすの操作・体位交換等についても作成した。
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〈エピソード3:メンバー間の工夫の終結〉
Aさんの要望がうまくくみとれず、当惑したり、自信が持てないことがありました。
この時期から参加したメンバーは、安定する手足の位置がわからなかったり、要望が汲
み取 れているのか自信がなく、当惑しました。特に夜間は拡声器でも声が聞き取れません。
重度訪問 介護研修では何度も聞くようにと教わりましたが、遠慮して聞けません。自分の
ケアに不満を感じ ているのではないかと、不安になりました。
しかし自信が持てなかった時、「初めは完璧にできなくて当たり前で、これから身につ
けていけ ばいい」と4年生から言われてほっとしました。それ以後は、自分のケアのどこ
が違っているのかを知るために、Aさんともっとコミュニケーションをとろうと、前向き
な気持ちになりました。他のメンバーからやり方やサインを教えてもらい、実行すると、
それが当たっていることが多くなりました。
Aさんの目がパチパチ動くと、OKサインです。Aさんの笑顔が増えていくことがうれ
しく、最後 に笑ってくれるその顔をみたくて、介護を工夫しました。つみ重ねていくうち
に、次第に自信がもて るようになりました。
お互い、諦めないことが大切だと感じています。
② メンバー間の関係性の深まり
このような課題に対応するためのスキルについて互いに意見を交換し合あったり、メンバー間でバッ
クアップするなど、この困難な時期を乗り越えていく過程を通して、メンバー間の関係が親密になった。
この時期に新しいメンバーが参加したが、同じ大学に通いながら、これまで会ったこともないというメ
ンバーもいた。しかし、夜勤で会話を交わすうちに、介護についてだけではなく趣味や日常の話をする
ようになり、親密になっていった。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード4:メンバー同士の関係の深まり〉
同じ大学の学生同士であっても、これまでほとんど会話を交わしたことがないメンバー
もおり、夜勤で初めて顔を会わせたということもありました。しかし、この時期、お互い
のスキルアップを高め合うために工夫しあい、それを伝え合ったことが、メンバー間の親
密度を増し、関係が深まることにつながりました。
具体的なエピソードとしては、メンバー同士での模擬体験があります。1人のメンバー
がベッドに寝て、もう一人が介助するなどの模擬練習をしました。この時期、新しいメン
バーが加わりましたが、介護の未経験者がほとんどで、3日間の重度訪問介護研修を受け
ただけであり、Aさんにどのような介護をしたらよいのかわかりませんでした。このよう
な疑似体験は、自分がAさんの立場になることで、介助されているAさんの感覚が理解で
き、自分達で介助の方法を工夫する機会となりました。このような体験を通して、メンバー
の親密度が増しました。
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③ 楽しい時間の共有
この時期から、Aさんの家族も一緒にみんなでテーブルを囲んで夕食をとり、団欒の時間として過ご
すようになる。食事を共にしながら、今の自分の興味や出来事、生活を話すようにしている。思い出が
よみがえったり、未来に思いをはせたり、一緒に過ごす時間を大切にしている。このような団欒の時間
を共有することを通して、相互理解や親密さがました。
一緒に食事をし、一緒にテレビを見て、一緒に話をして、一緒に笑って、人間的なふれあいをもてる
ということが、メンバーができたことである。時間を共にすることを通して、Aさんの人生観を知ったり、
共通する楽しい思い出ができた。友達と一緒にご飯を食べることや高校時代に楽しかったことがあった
と同様に、Aさんと一緒に時間を共有し、こんなことがあったなという思い出が、これからのメンバー
自身の生きる糧になると感じている。
また、このような時間の共有を通して、自身の生活や考え方を振り返り、見直したり、新たな気づき
や価値を得ることにもつながっている。終末期のAさんと限られた時間を共に過ごすことで、メンバー
は、生きるということはどういうことかということを考える機会を得た。
朝、帰る時にAさんに挨拶をし、今度いつ来るかを話すと、笑顔が返ってくる。そのときに、達成感
を感じる。このことが医療的なケアと異なる福祉の支援の独自性であると考えた。つまり、介護とは介
護者が当事者をケアする、あるいは当事者が介護者に要望する、という一方的な関係ではなく、時間を
共有し、お互いを知り合い、親密になることで、相互の生活の質を高めていく過程であると実感した。
これについては、考察でさらに検討する。
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ステージⅣ:コミュニケーションの困難(2011年3月-5月) (1) 状況
症状の進行にともない、嚥下機能、呼吸機能が一層低下し、発声も困難になったことから、言葉によ
るコミュニケーションが困難になった。夕食時はこれまで通り家族と共に団欒の時間として過ごし、昼
間の散歩や家族との外出も行っており、メンバーもこれに時々、参加した。
このステージの課題は、①嚥下障害、②呼吸障害、③発声困難、に対応することであった。
第一に、身体機能が低下し、飲み込みが悪くなった。ねばねばした唾液が口の中に絡みやすく、咳払
いができにくいために、痰が絡みやすい。夜間は特に苦痛が強く、寝付きが不安定で、夜間に目覚める
ことも多くなった。また、固形物は食べられず、水薬の服薬時もむせることが増えた。このため、鎮痛
剤の服薬のタイミングを工夫した。具体的には、体調が悪くなり初めの時期に飲むことや、一気に介助
するなどである。
第二に、呼吸が苦しそうになり、咳払いができにくい。痰が絡みやすく、ねばねばした唾液が口の中
に絡みやすい
第三に、いかにコミュニケーションをとるかが課題となった。Aさんの声が小さくなり聞きとりにく
く、特に夜間のコールが聞き取りにくい。このため、メンバーの誰かが必ず近くに寄り添っているよう
にして、Aさんが歯や口を鳴らすサインを敏感にキャッチした。
年度末でメンバーの交代があり、慣れたメンバーと一緒の夜勤や、ノートに詳細に工夫した内容や困っ
たことを記載し、メンバー間での状況・スキルの伝達や共有を大切にした。
また、メンバーの交代や症状の深刻化に対応するために、B神経内科専門医に研修を依頼した。研修
に際して、メンバー間で振り返りのミーティングを定期的に行い、質問事項を事前に提出した。これに
対して医師より、研修で丁寧な説明を受けた*13。
13 2011年5月12日に、神経内科専門医による研修を実施し、メンバーは全員参加した。地域関係者にも呼びかけ、研修会にはAさ
ん自身と家族、保健師・ケアマネージャー・昼間の訪問介護を受け持つヘルパー・福祉機器の担当者など地域でAさんを支援す
る多職種が参加し、交流と共通理解を深めた。
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表6 ステージⅣ:コミュニケーション困難期(2011年3月-2011年5月)
Aさんの状況
課 題
対 応
メンバーの交代
(18:00-06:30,新メンバーは
3人で夜勤)
①嚥下障害
固形物はほとんど食べられない
水薬の飲み込むに苦労する。
むせないで飲めるようにする。
体調が悪くなり初めにのむこと
や、一気に介助するなど、飲む
タイミングを工夫する。
②呼吸障害
呼吸機能が低下し、痰が絡みや
咳払いができにくく、痰が絡み
姿勢を前屈みに倒して支え、背
すい
やすい。
中をたたいて、痰を出すことを
補助する
特に右肩に痛みを訴えるように
ねばねばした唾液が口の中に絡
Aさんの要望に応じて、ティッ
なる
みやすい
シュやスポンジで、頻繁に拭き
取る。
寝付きが不安定になり、夜間に
体位交換や口の中のケアなど、
目覚めることが多くなった。
その時々の要望に応じる。仰向
け、左向きなど楽なように体位
を工夫して提案する。
③発声困難
吐く息が少ないため声が小さい
コールが聞き取りにくい。
歯や口を鳴らすサインを見落と
さない
呼吸機能の低下にともない、声
通じない場合は、苦痛の緩和が
文字盤を使用。
が出ない。声によるコミュニ
すぐにできず、精神的な苦痛や
関わりが長いメンバーは表情や
ケーション障害
介護者との誤解が生じる。
口話で汲み取ることができる。
この時期から参加したメンバー
は理解するまでコミュニケー
ションに苦労したが、口の形で
読み取るなど工夫し、関わりを
多く持つことによって慣れて
いった。
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(2) メンバーの変化
① 介護に対する立場の変化
―当事者のニーズに応えるー メンバーはこの時期に入って、ALSという疾病の困難さをますます痛感した。Aさんの苦痛を身近
に感じると、メンバーも辛い気持ちや不安に駆られ、なんとか痰をとめたいと思う。しかしそれはでき
ず、日々ますます悪化していく中で、どうにかしてよくしたいと思っていた。痰をとめる薬について医
師に尋ねたが、嚥下機能の低下によるもので、これを止める薬はないとのことであった。介護すること
で症状がよくなるわけではなく、痰をとってもいつまでもとり続けることになる。
このようなやりとりを繰り返す中で、メンバーはやがて、痰をとめることではなく、Aさんのしてほ
しいことに応えることが大切だと思うようになってきた。介護者本位の立場では、効率の良い・効果の
高いケアを求めることになりがちである。しかしそうではなく、当事者が求めることやニーズを汲み取
り、それにどのように応えていくかが、介護を行う上で重要であると感じた。
当事者のニーズに応えるということには様々なことがあったが、例えばこの時期のエピソードとして、
次のようなことがあった。
〈エピソード5:当事者のニーズに応える〉
夜間に痰が絡んでいるとき、「うがいをしますか。」と尋ねています。このようにAさん
が遠慮して言えないことでも、気持ちよく生活できることをこちらから提案しています。
しかし、体位交換で横向きとなっている時にうがいをするためには、体位交換をし直し、
ベッドを持ち上げて身体を起こすための多くのプロセスがあります。具体的には、①天気
をつける、②身体の下にタオルケットを差し込んで体位交換をする、③ベッドを上げる、
④うがいをする、⑤ベッドを下げる、⑥体位を直す、などの手順が必要となります。介助
者であれば、夜間であろうが利用者のニーズに応えてこのような手順を行うことは当たり
前のですが、Aさんは夜遅い時間にこういったことを頼むのは申し訳ない、夜勤者が大変
だろうという配慮・気兼ねをし、特に夜の遅い時間は、自分からはこういった提案はされ
ません。
効率の良いケアを考えるならば、寝るときは横向きの体位にして、ティッシュを口の横
に敷き、唾液や痰が流れるようにして、頼まれた時にティッシュでとることでしょう。介
護者にとっては楽ですが、しかしこれでは当事者は不快です。でも、当事者は遠慮があっ
てそのことを言いにくいのです。これではQOLは低くなります。
Aさんが気兼ねしないようにと、こちらから「うがいをしますか」と提案することで、
より心地よい生活がおくれるようにと心がけています。
また、このことは、次のエピソード、「QOLの模索」につながってくるテーマでもあ
ります。
② 求めと提案のやりとりを通したQOLの模索
メンバーから「こうした方が良いのではないか?」と提案しても、Aさんに断られることもあり、提
案をすべきかどうかについて悩んだこともある。メンバーからの提案を当事者に伝える方法について、
研修会で質問したところ、1度、提案してみて、断られたらこだわらないという助言を得た。
- 52 -
日々の体調や症状が日々進行していく疾病の特徴もあり、当事者にしかわからない感覚もある。しか
し、このようにしてよりよいと思う対応について提案を一度はしてみると、状況が変化する中で、介護
者の提案と当事者の思いが一致する瞬間があった。
当事者の求めと支援者の工夫・提案をやりとりしていく中で、当事者本位のよりよい生活を模索して
いくことを大切にしている。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード6:やりとりを通したQOLの模索〉
日頃の様子から、「こうした方がいいのではないか」と提案しても、Aさんに断られる
こともあり、提案をすべきかどうか悩んだこともあります。具体的には、体位交換でつぎ
のようなことがありました。仰向けの体位の方が安定すると思い、提案しましたが断られ
て、壁側に向けて体位交換したところ、10分ほどで肩が痛くなり、仰向けに体位交換し
ました。後日に提案したときには、スムーズに受け入れられました。日々の体調や症状が
刻々と変化する中で、断られたことが、時と場を変えると受け入れられることもあります
が、提案した方がよいのかどうか、迷うことがあります。
B神経内科専門医に質問したところ、「一度提案して、断られたらこだわらない」とい
う助言を受けました。また大学の報告では、「肩が痛くなってほんの10分しかその向き
ができなくても、いつもと違う体位に身体を動かしたいになりたいという当事者の感覚を
理解できていたか?」という助言を受けました。
こちらの思いを押しつけるのではなく、また諦めて求められたことだけをするのでもな
く、当事者の求めと支援者の工夫・提案をやりとりすることを通して、当事者にとっての
よりよい生活を模索していくことを大切にしています。
③ 自分たちの対応への確信と今後への見通し
この時期にB神経内科専門医による研修*14を受けたことで、自分たちのこれまでの対応についての
確信と今後への見通しを持つことができた。これによって、介護に対する不安が軽減できた。研修後の
ミーテイングでは、次のような意見が出された。医療的なケアの知識を得たこと、緩和ケアの考え方や
具体的な方法を理解できたことが参考になり、自分たちの役割が明確になった。これまでのケアについ
て肯定的な評価を受けて、確信をもつことができた。完璧なケアをしなくてもいいということがわかり、
プレッシャーが軽減した。これまでのように必要なケア、今できることをこれからも一づつ積み重ねて
いくことが大切だということがわかった。またコミュニケーションを図り、相互理解を深めることや、
コミュニケーションを通しての心理的ケアが重要と改めて感じ、今後の課題として、文字盤の早読みを
しない。最後まで聞くことが重要と指摘され、文字盤の練習が必要と感じた。
また、困難な時期を共有し、またこれまでのプロセスの整理を通して、メンバー間の共通理解が重要
であることを改めて感じた。ミーティングを重ねる中で、個々のメンバーの個性や違いがあっても、同
一の方向を向くことがでこるようになってきた。このため、連絡ノート以外に、今後も定期的なミーティ
ングを続けていくことを確認した。
*14 注13に同様
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たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード7:対応への確信と今後への見通し〉
この時期には、言葉によるコミュニケーションが難しくなり、症状が進行していくこと
を目の当たりにしました。今後、どのような介護が求められてくるのかわからず、不安で
した。そのため、B神経内科専門医の研修会を開き、研修会に先立って質問事項をまとめ、
事前に提出しました。
研修会では、B神経内科専門医からこれまでのケアについて肯定的な評価を受け、これ
までの自分たちの対応に確信を持つことができました。これから予測される症状と対応に
ついても説明を受け、
「現在行っている緩和ケアを継続することで充分」という回答を得て、
見通しを持つことができました。さらに完璧なケアをしなくてもよいということがわかり、
プレッシャーが軽減しました。自分たちは、これまでのように、必要なケア、今できるこ
とをこれからも一つずつ積み重ねていくことが大切だと、改めて実感しました。
Ⅲ.考察
結果をもとに、1.ケアの質を高める要素、2.ケアについての共有認識、3.福祉の原体験を通し
たメンバー自身の変容、という三点について、考察を行った。
1.ケアの質を高める要素 ケアの質を高めた要素として、「当事者とのコミュニケーション」「チーム内の連携」「医療と介護の
連携」という3点が浮かんできた。以下、順に記載する。
① 当事者とのコミュニケーション
当事者とコミュニケーションをとることは、介護を行う上で有効であり、また当事者の意志を尊重し
た生活を送るという上で不可欠であることがわかった。
当事者の自己決定の尊重やQOLを高めることは、今日の福祉の中心的な課題となっている。さらに
ALSの独自性として、意識は清明でありながら、自ら身体を動かすことができないという不条理を持
つ障害であること、さらには言葉によるコミュニケーションを喪失するという特殊性から、当事者とい
かにコミュニケーションをとるかは、重要である。
言葉によるコミュニケーションがとれない現在、Aさんとのコミュニケーションの方法として、文字
盤が不可欠となっている。また、表情をつくる筋肉は衰えないことから、メンバーはAさんの表情から
感情を読み取ることができる。文字盤の活用と表情から感情を読み取る技術を駆使して介護を行ってい
くことが、現段階で最も有効な方法となっている。 表情と文字盤の両方を使えるということが、日常
的に介護をしているメンバーの強みであり、このようなスキルをメンバー間で伝えあい共有することに
よって、その効果を高めてきた。
- 54 -
② チーム内の連携
チーム内の連携がないと、誰はできるが誰は出来ないというばらつきが生じる。それはAさんの遠慮に
つながる。メンバーは一緒に過ごしている時間は、Aさんにとっても心地よい環境であって欲しいと誰
もが願っている。Aさんが介護をしてもらっているという気遣や遠慮を感じずに、要望を伝えて欲しい。
そのためには、メンバー全員の質の向上が不可欠であると考え、チームとしてのスキルアップを図って
きた。一方でチーム内の連携を強めることは、個々が迷ったり、得意・不得意がある中でメンバー間で
サポートができるという、メンバーにとってもメリットがある。当事者・支援者の双方にとって、チー
ムとしてのスキルアップ、そのためのチーム内の連携は重要であった。
チーム内の連携をこれまでいかに図ってきたか、その具体的な方法を以下に記す。
連絡ノートはAさんの状況や対応についての情報を共有する上で有効であった。メンバー間で当事者
と支援者の役割をとり、ロールプレイをすることは、当事者の感覚をつかむという点で有効であった。
ヘルパーによる実地研修は具体的な技術を学ぶ上で有効であったが、それだけではなく、その結果につ
いて学内で話し合うことで、そのスキルについて検討し、自分たちのうちに取り込むことができた。夜
勤に参加した時期によってスキルのギャップがあることは当然であり、これに配慮して経験者と初心者
とが一緒に夜勤を組むように配慮した。初心者も経験を積む中でスキルがアップすると、経験者にとっ
てうれしい反面うかうかしていられないという危機感も感じて、自己のスキルをアップするための良い
刺激となった。このようにメンバー間が良い意味で刺激し合うことを通して、マンネリが防げた。
メンバーにとって、リフレッシュの期間をとることも重要であった。夜勤に入る度に、考えることが
多く、それが個々の質の向上につながったが、一方で悩みすぎたり、ストレスがたまることがあった。
ストレスを抱えた状態でAさんと関わり続けるよりも、夜勤からはずれて充電のための休憩時間をとる
と、むしろ新たな発見があるということに気づいた。例えば、海外スタディにでかけ、新たな出来事に
出会い帰ってくると、Aさんに自分が出会ったことについて語りたいと思う。コミュニケーションをと
ることが難しくなってきたAさんが、自分にとって刺激的だったことを話すと関心を持ってくれるだろ
うか、どのような反応をしてくれるか、それを考えると楽しみになってくる。Aさんの琴線にふれる瞬
間を共有できる時が、ここにいる自分の存在意義を感じる瞬間である。
③ 医療と介護の連携
B神経内科専門医の3回にわたる研修(2010・2011)を受け、また日常的にもAさんが検査入院して
いる際には病院を訪問した。これによって医療的な知識を得たことは、メンバーにとって、先の見通し
や客観的な視点を得るという点で重要であった。一方で医療と介護のそれぞれの役割および境界線が明
確となり、自分たちが行うべき役割を再確認し、福祉の強みをどのように発揮するかを考える機会となっ
た。
医療は、病理に対する対症療法として、投薬等によって苦痛緩和を図ることができる。福祉は生きて
いく上での生活の質や心の豊かさを高めていくことができる。日常の具体的な状況を把握し、生活の質
を直接的に支えることが介護の強みであると感じた。特に終末期においては、医療による苦痛緩和は重
要だが、一方で福祉は最期まで「自分らしく生きる」ことに手を伸ばして支え続けることができる。人
の命と生活を支えていく上で、医療と福祉がそれぞれの得意とする分野を共通認識し、多職種のカンファ
レンスを通してそれぞれが把握している状況を話し合い、共通認識を持って連携してケアを行うことが
重要だと実感した。
- 55 -
2.ケアについての認識の共有化 メンバーのケアに関する共通認識は、「安心と信頼の醸成」「当事者のニーズに応えること」「相互に
QOLを高めること」の3点である。個々の個性やスキルの違いはあるが、この3点はAさんとの関わ
りを通してメンバーが共有することができた認識である。この内容について、以下に記述する。
(1) 安心と信頼の醸成
安心と信頼を醸成するために、メンバーが共通して配慮したことは、
「常に当事者の視界内にいること」
「当事者への確認」の2点である。これは関係を形成する上での基盤となる。
① 常に当事者の視界内にいること
身体を自由に動かすことができずに視界が狭いという状況を考慮して、必ず誰かは当事者の視界内に
いることを徹底している。例えば、チームとしての分担や、顔が見える位置に必ず座ることなど、配慮
している。このことは、当事者のサインを見逃さないという介護者の視点からだけではなく、当事者に
とっても、介護者が寄り添い常に自分のサインをキャッチしてくれるという安心感に繋がった。
② 当事者への確認
訪問時にはまずAさんの顔を見て挨拶をしたり、今日のタイムスケジュールやケアの順番を確認して
いる。また帰る際にもAさんの顔を見て帰ることを伝え、自分が今度はいつ来るかを伝えている。自身
で身体を動かすことが出来ないということは、困ったことや痛みがあっても自身では解決できず、もど
かしさや不自由さが常につきまとう。Aさんの不安に対しては、確認をしたり、見通しを伝えることに
よって、不安の緩和を図った。これを確実に積み重ねることによって、Aさんが安心感を得ることがで
き、相互の信頼関係の醸成につながった。
(2) 当事者のニーズに応える
当事者のニーズに応えるために、メンバーが共通して配慮したことは、
「介護者への気兼ねの軽減」「サ
インのキャッチ」「選択肢の提案」という3点である。これがケアの基本であることをメンバー間で確
認し共有認識とすることで、チームとしてのケアの質が向上した。
① 介護者への気兼ねの軽減
当事者のニーズに応えるためには、身体的なケアを行うだけではなく、Aさんが気兼ねしないでケア
を受けられるよう配慮することも含まれる。
例えば、体位交換をした後、いつでもまたコールしてほしいことを伝える。当事者は、夜間に何度も
呼ぶことに気兼ねしがちだが、このようなメッセージを常に伝えることで、当事者が介護を必要として
いるときに、気兼ねなく呼ぶことができ、安心して過ごすことが出来る。あるいは、Aさんが圧迫感を
感じないように、少し前方に座って、落ち着いて過ごせるように心がけている。
② サインのキャッチ
コミュニケーションは、障害者の心理的な安定と生活のありようを自身で決定する上で重要である。
自分の思いや感情が的確に相手に伝わらなければ悩みや不安感が強くなり、また自分の思いや希望を介
護者に伝え、やりとりをすることを通して、自分が望んでいる生活が具体的なイメージを持ち、その実
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現のために取り組むべきことがらも明らかになる。このためにもAさんのサインを敏感にキャッチする
ようにしている。
例えば、時計をちらちら気にし始めたら「テレビの番組を変えますか」と尋ねたり、
「薬を飲みますか」
など、日常の場面でAさんが気にしていることを汲み取って、尋ねている。
③ 選択肢の提案
Aさんからの要望を待つのではなく、介護者側が状況を予測し、よりよいケアを提案してAさん自身
に選択してもらっている。特に介護者に遠慮して言えないようなケアや選択肢に気づき、提案するよう
にしている。
例えば、体位交換の際に、Aさんからの要望がなくても身体の位置がベッドの下にずれていることに
介護者が気づき、「窓側にずりあげますか」と尋ねている。
このようにこちらから提案を行なうことで、介護者への気兼ねを軽減し、より心地よい生活がおくれ
るようAさんに寄り添うことを心がけている。
(3) 共にQOLを高める
本研究を通して、さらに「チャレンジ」「当事者の価値の尊重」「時間の共有」という3つの要素が抽
出できた。これらを「共にQOLを高める」ものとして、位置づけた。
① チャレンジ
パーフェクトにできることではなく、なんとかしたいと思うことを大切にしている。Aさんの思いが
汲み取れなかったり、望むようにケアできないことで引くのではなく、スマートではなくても、なんと
かしようとチャレンジしている。また、当事者が不安になったときに、自分も不安に陥らずに落ち着く
ことで、安心感を抱いてもらうようにしている。
生活や生命に支障がなければ良いということではなく、Aさんが居心地がよいように気配りし、QOL
を高めることを心がけている。
② 当事者の価値の尊重
介護をすることで症状がよくなるわけではない。例えば、痰をとっても良くならず、いつまでもとり
続けることになる。日々悪化していくことを目の当たりにして、
「気管支切開をしないというAさん自
身の選択に添いながらも、なんとか痰を止める薬や方法はないか」と思った。
しかし、最期が見通せるステージまで来て、Aさんの選択の重み強く感じた。それにともない、症状
を改善・回復させたいと思いから、Aさんがしてほしいことに応えることが大切であり、Aさんの生き
方をサポートするのが自分たちの役目であると感じるようになった。
介護者本位の立場では効率が良いケアを求めるが、そうではなく、当事者が求めることにどのように
応えていくかが、介護を行う上で重要であると感じている。当事者のこれまで生きてきた人生観や価値
観にふれることが、介護の意味であると感じる。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
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〈エピソード8:当事者の価値の尊重〉
痰を取り続けても良くならず、いつまでもとり続けることになります。苦しそうな様子
を見ていると、なんとか痰を止める薬や方法はないのかという思いが募ってきます。しか
し痰が絡まないための医療的対応は気管切開をすることであり、それをAさんは望んでい
ません。
Aさんは、気管切開や人工呼吸器をつけずに、自宅で家族とともにいる時間を大切にし
て、人生を終えるという選択をしました。最期までが見通せるステージまできて、これま
で折々に聴いてきたAさんの選択した生き方や人生観・価値観の重みを強く感じるように
なりました。良いケアをしたいと思うと、悪い症状を改善・回復させたいという思いにな
ります。しかし症状を治すのではなく、Aさんの選んだ生き方をサポートすることが自分
たちの役目であると思うように変わってきました。
③ 楽しい時間の共有
今の自分の興味や出来事、生活を話すようにしている。思い出がよみがえったり、未来に思いをはせ
たり、一緒に過ごす時間を大切にしている。
朝に帰るときに挨拶をし、今度いつ来るかを話すと、笑顔が返ってくる。そのときに、達成感を感じ
る。また、このような時間の共有を通して、支援者自身の生活や考え方を振り返り、見直したり新たな
気づきや価値を得ることにもつながっている。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード9:楽しい時間の共有〉
これまでは、Aさんの部屋で3人で夕食をとっていましたが、ステージⅢの時期から会
話や食事が難しくなってきました。そこでAさんの家族が早く帰宅し、夕食を共にするよ
うになりました。
一緒に食事をし、一緒にテレビを見て、一緒に話をして、一緒に笑って、という日々の
生活を共にすることで、人間的なふれあいが深まりました。Aさんの人生観を知ったり、
共通する楽しい思い出ができました。また、Aさんの限られた時間を共有することで、メ
ンバーは生きるとはどういうことかを考える機会を得ました。このような楽しい生活時間
を共有することを通して、メンバーは自分自身の生活や考え方を振り返り、見直し、新た
な気づきや価値を得ています。そして、「介護とは相互の生活の質を高めていく過程」で
あることを実感しています。
3.福祉の原体験を通したメンバー自身の変容 Aさんとの関わりはメンバーにとって福祉の原体験となり、それぞれが変容したことを実感している。
それは福祉従事者となる上で、重要な体験からの学びとなっている。
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(1) 自分で考えることによる変容
介護という仕事は、事務的にマニュアル通りに実務をこなすことではなく、Aさんのために何ができ
るか、ニーズに応えるためにはどうしたら良いかを考える場であると知った。与えられた仕事ではなく、
自分で考えることが自分の成長につながると実感した。メンバー間で工夫するということが、これまで
とは異なることであった。
ケアのプロセスは、得たと思うとまた混沌とする繰り返しである。初めは思うままに行動していたが、
次第に自己コントロールや支援について考えるようになった。答えはまだ得ていないが、この出会いを
通してコミュニケーションの大切さと難しさを学び、ノンバーバルな部分を含めて、他者との関わりに
際して自己の“敏感さ”が育ったと感じている。
この体験を通して、介護について持っていたイメージが大きく変化した。介護について抱いていた画
一的作業というイメージから、人間としての尊厳を保つための支援という思いに至った。介護とは、ひ
とりの人間に対峙し、責任を持って向き合う場であった。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード10:自分で考えることによる変容〉
体位交換の後に身体が微妙に曲がっている時があります。直そうとすると、痛そうに顔
をゆがめることがあり、どこまで身体を動かしたらよいのか迷います。体調や症状が日々
変わっていき、一週間前につかんだ感覚では役に立ちません。Aさんに言葉で説明しても
らうこともできないので、非常に迷いました。
そこで身体感覚をつかむために、場数を増やして慣れることだけではなく、その都度、
やりとりを繰り返しながら、その日の体調を把握し、その場で自身で工夫しながらケアを
しています。具体的には、マッサージや体位交換の際には表情に注意し、少しでも顔をし
かめたら動きを一度止めます。表情を見て汲み取りながら、その日のAさんの身体感覚を
つかんでその場で工夫し、「はい(目をぱちんと閉じる)」「いいえ(顔の表情)」で答えら
れる質問をして、その都度Aさんに確認しています。
このようなノンバーバルも含めてコミュニケーションをとるという体験を通して、メン
バーには他者との関わりに対する敏感さが育ったと感じています。ケアとは、一人の人間
に対峙し、責任を持って向き合う場であると感じるようになりました。
(2) 他者の人生との出会いから学ぶこと
1年間のプロセスを振り返り、上記のような共有認識を得たことを確認したことで、介護とは介護者
が当事者をケアする、あるいは当事者が介護者に要望する、という一方的な関係ではなく、相互の生活
の質を高めるために、両者で協働していく過程であるという結論に至った。
一緒に食事をし、一緒にテレビを見て、一緒に話をして、一緒に笑って、人間的なふれあいをもつと
いうことを、メンバーが共通して大切にしてきたことがわかった。生活時間を共にすることを通して、
共通する楽しい思い出ができ、Aさんの人生観を知った。これが医療的なケアと異なる福祉の支援の独
自性であろう。
Aさんにとって“限られた時間”を共に過ごすことで、メンバーは生きるということはどういうこと
かということを考える機会を得た。また、漠然と考えていた終末期の選択肢について、Aさんを通して
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現実に自分に突きつけられ、共感を持ってその選択や必要としている支援を知ることが出来た。
授業だけでは学ぶことができない現実がここにはある。Aさんというひとりの人間が、生命の時間よ
りも重視しているQOLを自分たちが担っているという責任感を、日々強く感じている。これが強いモ
チベーションとなり、自分たちでケアの実際について考えながらAさんとその生活に向き合っていると
いうことが、社会福祉士としての一歩に繋がっているという実感がある。
(3) 介護・福祉の意味について考える
ALSの方との出会いは、メンバー個々にとっての人生において大きな出会いであると感じている。
福祉に初めてふれた、と感じた。
メンバーは大半が1年生であり、介護を初めて経験する者がほとんどであった。福祉についてまだ固
定観念がなく多感なこの学生時代に、終末期を生きる方とかかわるということは、大きな影響を受けた。
例えば、障害者福祉論で障害者の自己決定権と選択権が最大限尊重されている限り、たとえ全面的
に介助を受けていたとしても人格的には自立しているということを学んだ15*15。実際にAさんを通して、
できないことは人に頼っても、自分で選択した人生を生きているということが自立生活であり、尊厳あ
る生活であると実感した。
たとえば、次のようなエピソードがあった。
〈エピソード11:介護・福祉の意味について考える〉
メンバーの大半は1年生であり、初めて介護を経験する者がほとんどで、福祉について
の固定観念もありませんでした。障害者福祉論の授業で、「障害者の自己決定権と選択権
が最大限尊重されている限り、たとえ全面的に介助を受けていたとしても人格的には自立
している」ということを学びました。
Aさんとの関わりを通して、「できないことは人に頼っても、自分で選択した人生を生
きているということが、自立であり、尊厳ある生活である」と実感すると同時に、自立生
活と支援について学
び取ることができました。
多感なこの時期に、介護や支援の実際にふれたことは福祉の原体験となり、これによっ
てメンバーは自分が変容・成長していると感じています。
メンバーは、この夜勤やAさんとの関わりを通して、自立生活と支援について実感を持って学び取る
ことができた。「生きること」と「よりよく生きることを支える福祉」に真剣に向き合い、コミュニケー
ションや人間について考え、福祉と関連づけて考えられるようになってきた。Aさんとの関わりはメン
バーにとって、人を支援するということ、福祉の原体験となり、一人ひとりが気づきや成長を得たこと
が、この夜勤の最も大きな成果と感じている。このような体験が、メンバーにとってもこれからの生き
る糧になると感じている。
Aさんは、死と向き合っている人間の最期の願いは、自分を通してみんなが成長してくれることだと
*15 自立について、佐藤(「障害者福祉の世界」有斐閣アルマ,2000,p65)は、1960年代のアメリカでの自立生活運動を契機に医
療で絶対視されていた「ADLの自立」という自立観から「QOLの充実」を自立として考えることへと価値観が移行したこ
とを示し、「障害者の自己決定権と選択権が最大限に尊重されている限り、たとえ全面的に介助を受けていても人格的には自立
している」と定義している。
- 60 -
話している。
Ⅳ.結論
本研究では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者に対する夜間を担うチームのケアの質向上をめざす取
り組みを明らかにしてきた。これを通してメンバーが福祉従事者としていかに成長したかについても考
察を深めてきた。ここでは、本研究で得られた成果と位置づけ、その限界と今後の課題をとりあげ、結
論を述べる。
1.本研究で得られた成果 (1) 本研究の概略
本研究の成果は、筋萎縮性側索硬化症患者に対して夜間のケアを担当する学生メンバーが、チーム・
ケアの質向上をめざしてどのような取り組みを行ったか、これを通して個々が福祉従事者として、いか
に成長したかを明らかにしたところにある。
これについては、以下の通りである。
第一に、ケアの質を高める要素として、①当事者とのコミュニケーション、②チーム内の連携、医療
と介護の連携の三点を抽出した。
第二に、メンバー間で得たケアについての共有認識として、①安心と信頼の醸成、②当事者のニーズ
に応える、③共にQOLを高める、という三点を抽出した。
第三に、福祉の原体験を通したメンバー自身の変容として、①自分で考えることによる変容、②他者
の人生との出会いから学ぶこと、③介護・福祉の意味について考える、という三点を抽出した。
(2) チームが果たしている役割
メンバーが本チームの果たす役割として考えていることは、以下の通りである。
① 直接的な身体介護
まず直接的な身体介護である。直接的な介護の質を高めることによって、Aさんが夜間も安心して生
活できるようにしている。一緒にテレビを見たり、食事をしたり、会話を交わしたり、ごく普通の日常
生活を過ごすことを大切にしている。これによって、ADLが下がってもQOLを下げないようにするこ
とに、メンバーは役割を果たしている。
② 不安と苦痛の緩和
日々、死に直面している中で、心理的な不安と苦痛を緩和することである。日々、体調が異なるので、
マニュアル通りの対応では安心できない。本チームでは、マニュアル通りの動きではなく、Aさんの顔
が見えるところにいて、気持ちや要望をくみ取り、その時々のニーズをキャッチして応えるようにして
いる。そのようなメンバーの関わり・ケア・存在が、Aさんの心の置き所となっている。訪問すると、
Aさんはほっとうれしそうな表情をする。Aさんにとって、メンバーが安心感を得たり、信頼する存在
となっていると実感する。 - 61 -
③ Aさんらしく生きることのサポート
ー当事者が「こう生きたい」と望む人生のサポート
症状が進行し自身で動くことができなくなってもAさんらしく過ごすこと、当事者が「こう生きたい」
と望む人生をサポートしている。Aさんが、今、生きていることを幸せだと思い、限られた時間が充実
したものとなることに寄与している。Aさんには二つの望みがあるという。
一つは最期まで家族と共に自宅で生活することである。メンバーは夜間ケアを行うことで、この望み
をサポートしている。
二つ目は、メンバーが自分との関わりを通して福祉従事者としての質を高め、同じように苦しんでい
る人々の支え手として育っていくことである。Aさんの人生の中で福祉の仕事が重要な意味を持ってい
たこと、これを病気によってもぎ取られたが、志を引き継いで生きていく後輩がいることが、Aさんの
心を癒すという。一緒に過ごす時間を通して変容していくメンバーを見守ることが、Aさんの喜びとなっ
ていることを知った。メンバーがAさんの役に立つと同時に、Aさんも自身との関わりを通してメンバー
が福祉従事者として学び成長していること、いいかえれば自分も役割を果たしているということが、A
さんの生き甲斐となっている。今回の発表をAさんは喜びとしている。
(3) メンバーが得た新たな価値や気づき
Aさんの限られた時間を共有することで、メンバーは生きるということはどういうことかを考える機
会を得た。それは、支えられ、支えるということの大切さである。支援をされるだけという一方的な関
係では、自分の役割や生きる価値を見いだせない。「生きる」ということは、支え、支えられるという
相互の関係が大切であると実感した。
メンバーが支えられていることとして、例えば次の4点をあげられる。
第一に、一緒にご飯を食べたり、テレビを見たり、話しをしたりすることを通して、家族のぬくもり
を感じながら、家族の一員としての生活や居場所を得ている。
第二に、当たり前のように生活していたこと、例えば寝返りや自分で手足を動かせるということに、
感謝を感じるようになった。
第三に、新たな気づきや価値を得た。
第四に福祉の原体験を得た。
2.今後の課題 本研究では、障害者が地域で自立生活を行う際に、QOLの向上のためにメンバーがどのようにスキ
ルアップを図ってきたか、さらにはそれが個々のメンバーをどのように福祉従事者として成長させてき
たかについて明らかにした。さらに学生メンバーが果たしている役割や得たものについて考察し、ケア
とは一方的な支援ではなく、相互の関係性が重要であることを明らかにした。
今後、メンバーが目指している目標は次の通りである。
第一に、介護のスキルアップである。メンバー間で介護のスタイルの違いがあるが、他者の方法をモ
デルとしたり、取り入れることによって、よりよい方法を工夫しスキルアップを図りたい。
第二にコミュニケーションスキルの向上である。文字盤や口話のスキルアップを図るとともに、ノン
バーバルのコミュニケーションスキルも重要であり、ニーズや表現を敏感にキャッチできるようにする。
ただし、早読みとニーズの汲み取りの見極めが必要である。
第三は上記のスキルによって、ケア以外でもコミュニケーションを取り、関係性を豊かにすることで
- 62 -
ある。コミュニケーションを通して、Aさんという人間をもっと知りたいと考えている。一方で、関係
が深まるほどに、今後を予期して悲嘆の感情におそわれることもあり、このような感情を持ち込むこと
が正しいのかと迷うことがある。メンバー自身の心理的なケアもこれからの課題である。
第四に自身の学びに関する事柄である。他のALS患者を知らないので、在宅や病院等で生活している
実際について学びたい。また、将来現場に出たときに活かせるものとして、福祉従事者としての共通し
た素養を高めることにつなげたい。そのためにも、この取り組みに対する客観的評価を得たいと考えて
いる。
また、本研究ではケアを通した学びと変容を明らかにしたが、その限界は夜間のケアを担うチームの
メンバーに限定している点である。B神経内科専門医による研修や他事業所のヘルパーからの実地研修
が有効であったこと、多職種との連携によってスキルを高めたり、役割を明確にして取り組むことが、
当事者とメンバー自身のQOL向上につながった。このような他職種との交流・情報交換・連携をいか
に深めていくかが、今後の課題の一つである。
終わりに
社会福祉研究大会での発表が終わって二日後、メンバーはAさんの家族から急な連絡を受けてC病院
を訪問した。そこでB神経内科専門医から、Aさんの命は今日、明日という重篤な状況にあることを伝
えられた。皆、驚き、信じられないという気持ちであった。大学に研究発表を聴きに来てくれたAさん
は、少し元気がないかなと思うぐらいで普段通りであり、
「発表、良かったよ」と喜んでくれた。メンバー
はこれからがんばっていこうと思っていた矢先のことであり、まだこれからもAさんとの時間が続くと
思っていた。B医師から「疑問を残さないように」と促されて、状況の再確認、Aさんの意志、自分た
ちがこれからできること等を尋ね、B医師や家族から話を聞いた。その後にC病院に入院しているAさ
んに会い、メンバーは現実を理解した。
メンバーは時間があるとC病院を訪問し、これまで通りにAさんや家族と食事や団欒の時間を共に過
ごすことにした。その翌日、夕食を終えてメンバーが帰ろうとすると、Aさんはしきりに何かを伝えよ
うとした。Aさんのサインを読み取ると、「ありがとう、これからもがんばってね。」であった。それが
最期の言葉となったことを、メンバーは翌朝、知った。
知らせを聞いた時は実感が湧かず、メンバーは皆、自宅を訪問してAさんに会った。穏やかな笑顔で
寝ているようであり、信じられない思いであった。予期はしていたが、その死にメンバーは強いショッ
クを受け、受け入れることが出来なかった。グリーフケアに携わるD先生がメンバー、一人一人の話し
を聴いてくれたが、何を話したかは覚えていない。お通夜でも告別式でも、皆、泣いた。メンバーはこ
れまで身近な人が亡くなるという経験がなく、お葬式も行ったことがない者がほとんどであった。大学
に入ってからの1年間は大きく、その間、身近に接してきた人が亡くなってしまうということは、悲し
かった。心に穴が空いたような空虚な感じや喪失感がある。介護なんかもうできないと、無気力になった。
それから時間が経ち、メンバーは動き始めている。Aさんの笑顔や言葉を思い出すと、自分のためで
はなく、メンバーのためにいろいろなことを教えてくれたんだな、と思う。Aさんを通して多くのこと
を学んだ。特に生きることがどれだけ重く大変なことであるかを知った。悲しみの次に来たのは、その
思いである。確かに亡くなったということは分かっているが、別なところで生きているという感覚があ
る。最期にあったAさんは笑顔だった。自分達がやってきたことが正しかったかどうかわからないが、
最期に笑顔でいてくれたことで、納得できた。悲しんでいるだけなど、Aさんは望んでいないだろう。
「こ
- 63 -
れからもがんばってね」と言われたから、その通りがんばる。
本研究にご協力くださったAさんとご家族、研修等でご指導いただいたB神経内科専門医、度々の訪
問を快く受け入れてくださったC病院、日常的な交流・助言・実地研修をしていただいた地域の医療・
保健・福祉関係の方々に心から感謝申し上げます。また、本研究や介護スキルについてご助言・ご指導
くださった日本社会事業大学の先生方、本チーム設立当初の4年生でチームをリードしてくださった卒
業生の大岡崇さん、圓谷伸希さんにも感謝を申し上げます。
Aさんのご冥福を心からお祈りいたします。
- 64 -
各 分 科 会 か ら の 報 告
地域支援とソーシャルワーク
「まちづくりの視点からはじめた地域生活支
援」
委託され、今日まで「きらら」と公園等の花壇を
―練馬区立豊玉障害者地域生活支援センター き
本研究では、2006年12月に策定した「10年後の
区民のボランティアと協働で行っている。
らら園芸プログラムモデル「花くらぶ」の実践
東京3)」で掲げた目標「水と緑の回廊で包まれた、
報告と今後の展望について―
美しいまち東京を復活させる3)」で、公園や庭園
を活かした「まちの顔づくり」の取り組みに基づ
練馬区社会福祉協議会 岩 崎 貴 子
いて『まち』を定義した。また「社会の構成員誰
日本社会事業大学大学院前期1年 全 形 文
もが仲間になって多様な支援を創ること4)」であ
る地域社会を目指し、「練馬区民が住み続けたい
1.はじめに
と思える美しい地域環境、豊かな地域社会を実現
2007年緑の都市づくり推進本部「緑の東京10年
する5)」ための行政、住民、事業者が協働で行う
プロジェクト1)」において、緑あふれる都市東京
活動を『まちづくり』と定義する。「花くらぶ」は、
の実現が達成課題として掲げられた。そこでは都
地域活動支援センターにおける、「きらら」の生
民・企業が主人公で展開する方針で福祉施設緑化
活を豊かにすることを目的としたプログラムであ
事業が達成のための取り組みのひとつとして示さ
り、園芸療法と照らし合わせたものではない。し
れた。地域社会の中で福祉施設利用者等に良好な
かしながら植物を扱い、育てるという点において、
環境を提供するため、苗木の世話を通じて施設利
園芸プログラムモデル「花くらぶ」と名称を使用
用者等の緑をはぐくむ心を醸成することが重要な
している。6年間の活動の中で試行錯誤を重ねて
視点として位置づけられている。練馬区は「福祉
今日の形になり、当事者、ボランティア、まちに
連携緑化事業」を東京都より受託している。また
とって双方向の支援につながっていると私達は考
練馬区立障害者豊玉地域生活支援センターきらら
えている。以上を踏まえ、活動の現状をまとめ、
(以下「きらら」という)は、地域活動支援センター
次へのステップアップのために課題を抽出してい
事業である園芸プログラムモデル「花くらぶ」
(以
きたいと考える。
下「花くらぶ」という。)を行っていたが、2006
年練馬区公園緑地課より障害者との緑化事業の協
2.「花くらぶ」の実践の背景
同企画を受けたことをきっかけに上記のプロジェ
「きらら」は、社会福祉法人練馬区社会福祉協
クトに関わることとなった。「地域の安らぎや潤
議会に練馬区より運営を委託され、2003年12月に
いになる、みどりの空間が増える、活動する方た
開設した。その基盤になる精神障害者地域生活支
ちの生きがいになる、その結果、練馬に住んで楽
援センターは1999年の「精神保健福祉法」の改正
しいまちになっていく…2)」ということを事業の
により、精神障害者社会復帰施設の一つとして法
目的に、2008年練馬区から運営がみどりの機構に
定化され、2005年障害者自立支援法により市町村
- 65 -
の地域生活支援事業である「相談支援事業」と
づくきっかけを提供する。自信回復のきっか
「地域活動支援センター事業」などに再編された。
1996年には全国22 ヵ所に過ぎなかったが、2005
けとする。
② 達成感・満足感を獲得する
年には472 ヵ所に急増になり、その設置主体の内
花壇がきれいになる、花が咲く、育つなど必
訳は社会福祉法人168 ヵ所、医療法人155 ヵ所、
ず結果が出る達成感とその場で他者とともに、
市町村87 ヵ所で、運営主体の内訳から社会福祉
法人立が増加していることは、地域生活支援セン
同じように感動できる満足感を得る機会とする。
③ 心の余裕の作り方を知る
ターの公益性の高さを示し、生活ニーズに合わせ
花の名前を覚えることや、植物を通じて生
6)
た地域生活実践に寄与したといえる。 「きらら」
かされていることを実感する。元気だったと
は開設以来、主に精神の病を持つ人たちやその家
きの自分の力を発揮する。時間を区切り、場
族が地域で孤立せず、安心して自分らしく生き生
所を変えるというプログラムの構成から気分
きとした生活が送れるように一緒に考え、病気に
転換を知る機会とする。
よって生活の工夫や生活の豊かさを追求する機会
④ 物事の考え方や手順を学ぶ
を削がれている精神の病を持つ人たちやその家族
優先事項を考える。
今、
何を優先すべきか。
プ
の支援を行っている。そして「花くらぶ」は「き
ログラムの中でできることと、無理なことの
らら」のベランダの花の手入れから始まった。現
見極めを具体的に行う。今日やることを季節
在は、平成つつじ公園、練馬区役所西庁舎10階の
と天気と相談して、より効果的な手順を学ぶ。
ユニバーサル花壇、練馬公民館・図書館前、駅か
らはじまる花いっぱい事業、豊玉すこやかセン
⑤ 人間関係を学ぶ
ター前、練馬駅中央通り商店街、練馬デイサービ
「花を媒体とした共同作業により、花を大
スセンターと合計7カ所の活動拠点がある。
事にして素敵な花壇作りをしましょう!」と
明確な共通目標設定のもと、緩やかな安心し
3.「花くらぶ」の実践
た人間関係作りを学び、互いを尊重し安定し
(1)「花くらぶ」の目的
た生活を目指す。そして、スタッフを知り「き
① 当事者の自尊心を高める
らら」という場を知り、安心して相談できる
枠組みを持って他者との時間を共有するこ
関係を作ることを学ぶ。
と、また、人の役に立つことが、目に見えて
わかりやすい地域社会の活動への参加は帰属
感・所属感となる。できることを増やし、自
(2)「花くらぶ」の目標
① フラットな関係性を築く
身の健康な面を伸ばすとともにそのことに気
活動は、強制的に行われるものではなく、
「 花くらぶ」 の目的
達成感・
満足感を
獲得する
自尊心を
高める
物事の考え方
や手順を 学ぶ
「 花くらぶ」 の目標
地域住民・
ボ ラ ンティ ア
心の余裕の
作り方を 学ぶ
豊玉障害者地域
生活支援センタ ー
きらら
商店街
人間関係を
学ぶ
当事者
公園緑地課
園芸プロ グラ ムモデル「 花くらぶ」
4
みどりの機構
5
- 66 -
自己選択である。また、活動においては、当
事者、スタッフ、ボランティアともに対等で
的に沿って、事前に設定する。
③ 計画・実施
ある。
協働で行っている「みどりの機構」ととも
② 地域住民とともに行う
に「花くらぶ」の計画内容を組み立てる。年
地域住民であるボランティアとの緩やかな
度末には次年度の年間計画も立て、長期的な
人間関係の中でまちづくりという社会参加を
考え方を目指す。活動に入る前に、全員でミ
行い、地域に暮らしているという感覚を実感
-ティングを行い、本日の活動内容(予めス
する。
タッフが提示する)、活動内容(どこの花壇
③ 気に「なる」「かける」ことを学ぶ
に行きたいか、花の購入、花壇整備等)を決
植物の世話を通じて気に「なる」「かける」
めて、各自確認を行う。同時にスタッフは当
ということの心地よさを体感し、他者と共有
事者の表情、口調、行動から体調などを把握
する。他者との人間関係を構築するための自
し、天気や気温をかんがみて無理のないよう
信につなげる。
内容を組み立てる。当事者には来所時の受付
やオープンスペースなどで声かけを事前に行
(3)「花くらぶ」活動を行う順序
い、参加しやすい安心した雰囲気を作る。
① 参加
④ 自己評価
本人または家族の希望や、担当ケースワー
活動後は、当事者・ボランティア・スタッ
カーによる紹介からスタートする。「きらら」
フの皆でお茶を飲みながら、休息をとりつつ、
を利用する際に登録面接で本人へのアセスメ
各花壇活動の報告と感想を述べ、次回の予定
ントを行っている。参加条件はなく、見学の
を確認している。
みでも、途中参加も、退出も有り、「とにか
⑤ 当事者の観察と記録
く一緒に花壇へ行こう!」という気持ちを大
プログラムに関わったスタッフだけでな
事にしている。定期的に行われるプログラム
く、その場にいるスタッフで、他のプログラ
の設定は、当事者にわかりやすく、初めての
ムでの様子など、当事者の情報の共有化をは
人でも参加しやすい。なお当初は月2回だっ
かっている。表情、気分、身なり、最近どう
たが、当事者の要望により毎週となった。年
過ごしていたか、こだわり、作業の様子、会
に数回外出もあり、季節の花をともに楽しむ
話や他者との交流、今何に興味を持っている
企画も行っている。
か等、当事者を観察した事項を報告し合う。
② 個別の目標設定
また、植え替え花壇や、作成物等、当事者
参加目的・目標を個別に「花くらぶ」の目
の様子も写真等記録に残している。
(4)「花くらぶ」の支援結果
先行研究の田崎7) の園芸療法の研究データ項
「 花くらぶ」 活動を 行う順序
目に照らし合わせると、次のような傾向が見られ
参
加
目
標
設
定
実
施
自
己
評
価
観
察
・
記
録
た。
① 社会参加を通して広がる行動範囲と安心感
花壇が拠点となり、活動のない日でも当事
者・ボランティアがふらっと立ち寄れる・気
にかけることができる場所となった。行動範
囲も広がり、「花くらぶ」の外出では3年ぶ
- 67 -
りに山手線に乗れたという人もいて、自身の
わりに、当事者は理解をしてもらっている、
行動範囲が広がるきっかけづくりになってい
受け入れられているという安心感があり、フ
る。活動中に地域の方より、感謝の言葉かけ
レンドシップもできている。植物の成長を当
があり一層社会参加の意義を感じる。
事者、ボランティア、スタッフと一体となり
② 自己実現の広がり
心をわかちあうことができる関係ができた。
満足感・達成感の体験を通じて体力がつい
た人は就労に結びついた。 (5)「花くらぶ」の想定外の効果
園芸作業で「植物を育てる」という行程が
① 自己表現の拡大
完了し、花が咲いたり、またクラフトなどで
作品ができた時、田崎
7)
花壇作りや収穫した花でのしおり作り・絵
は満足感や達成感
はがきは、自分のイメージや気持ちの表現、
が得られると同時に生活行動にも自信がつ
思考をまとめていく作業につながって感性や
き、それが自尊心につながると言っている。
創造性を高めている。田崎 7) は出来上がり
③ 気分転換・ストレス発散
を考えながら配植したり、将来の庭の様子を
活動に参加した当事者は、花に興味を持ち、
想像することが感性や創造性を高めるといっ
自宅で家庭菜園を始めた人、花を見るバスツ
ている。更に季節のイベントに参加が恒例に
アーに参加した人、花を写真で撮り、絵はが
なってきて、出店が楽しみのひとつになって
きを作成しイベントで販売するなど各々様々
いる。
に発展している。「花くらぶ」は約2時間で、
② 視野・関心の拡大
皆で歩いたり、土を運んだり汗もかき、風に
知らなかったことを知るといきいきする。
あたり、たまには雨にも降られ、休憩しなが
「あ~そうなんだ」と今まで気づかなかった
らの作業のため適度な疲労感と爽快感につな
ことにも視線がいくようになる。更に園芸に
がっている。田崎
7)
の報告より適度の疲労
は、いろいろなやり方が有り、正解はないこ
感と爽快感は睡眠状態もよくなるとのことか
ら、「花くらぶ」は、生活リズム作りの要素
とを知った。 ③ ボランティアの理解の拡大
もある。
「花くらぶ」のボランティアの人達は、「当
④ 長期的な思考力
事者が元気になるにはどういった楽しいこと
季節を感じる力がついてきて、年間計画を
をしたらいいか」ということを共に考えてい
立てるまでに至ってきた。継続的に参加する
る。練馬いきいき体操はどうかと提案を頂き、
ことによって花の水遣りは大丈夫かな、雨
「きらら」ではプログラム化し、更に料理教
降って良かったかなと成長過程を長いスパン
室のプログラム化までに発展していった。地
で観察している。
域住民であるボランティアの人達の、活動の
⑤ 人間関係性の広がり
場にもなっている。
実習生、ボランティアの方々と一緒に活動
する「花くらぶ」は、教わる、教える、聞く、
4.おわりに
質問する、というコミュニケーションの中で、
結果そして想定外の効果は実践の中で自ら体験
他者への尊敬・尊重を学び、実践している。
したものであるが、客観的な調査方法を持ち、分
オープンスペースでの会話の様に人と人が向
析出来たことではない。これからは今までの実践
き合って話をすることが苦手な人も、作業を
を深めて客観性をもった実践として作って行くの
通じての「ながら話」なら自然と体とともに
が課題として残されている。活動評価について
口も動く。継続的なボランティアの方々の関
は、活動後随時スタッフルームの中で打合・報告
- 68 -
を行っている。しかし口頭で行われているため、
記録も不十分でスタッフの頭の中の経験知にとど
若年認知症者の地域自立生活支援における
ソーシャルサポートのあり方に関する研究
まっている。そこで「記述式の実施記録表・スコ
アによる評価表」(参加者の病名・年代・性別等
博士後期課程1年/学部 2006 年卒 田 中 悠美子
も含む)を作成、言語化することで実践を振り返
り、現状と課題を分析し実践をステップアップす
Ⅰ.問題の所在と研究目的
ることが重要と考える。そして「花くらぶ」の活
若年性認知症は、若年期認知症(18歳~ 39歳
動を通じて、人と関わることへの心地よさ・喜び
に発症した認知症疾患の総称)と初老期認知症(40
を、安心した空間の中で経験し、自分らしい目標
歳~ 64歳に発症した認知症疾患の総称)の両者
設定のきっかけとなる場であり続けたい。「花く
を含んだ名称iとしている。厚生労働省の調査iiで
らぶ」の活動を福祉という小さな枠組の中にとど
は、推計で全国に約3万8000人、推定発症年齢の
めず、「花のちから」で心豊かになる「花くらぶ」
平均は51.3±9.8歳(男性51.1±9.8歳、女性51.6±9.6
を通して当事者、ボランティアの力を埋もれさせ
歳)と発表された。
ることなく、生かして今後もまちの中からマッチ
若年性認知症という名称が注目される背景に
ングしていくものを探り続け、まちのパートナー
は、老年性認知症者とは異なる社会生活上の問題
として、提案し、協力し地域づくり活動を目指し
を持つと考えられる。それは、①失業やローン返
たい。
済、教育費などもあり生計維持が困難になるこ
と、②病気の受容に対する抵抗感があること、③
参考文献
周囲の理解や医療・福祉サービスにおける社会的
1)東京都保健福祉局:「緑の東京10年プロジェ
な評価がされていないこと、④相談するためのア
ク ト 」http://www.kannko.mtro.tokyo.jp/nature/
クセシビリティの問題があること、4点に整理で
attachemrnt/2011fact/pdf
きる。そこで本研究は、これらの問題を解決する
2)一般財団法人練馬みどりの機構:福祉連携
ために医療やケアの専門職のあり方やアプローチ
緑化事業 http://www.nerimamidorinokiko.org/
方法に着目したいと考えた。特に、地域福祉の考
project/hukushi.html
え方が主流になっている今日において、在宅サー
3)東京都知事本局計画調整部計画調整課:「10
ビスを展開していく上で重要な鍵といわれている
年 後 の 東 京 」 http://www.chiji.metro.tokyo.jp.
ソーシャルサポート・ネットワークに焦点を当て
plan2011pdf/gaiyo/plan2011pr_2.pdf
たい。
4)寺谷隆子、精神障害者の「自立生活」を考え
る、社会福祉研究、vol109、38-44(2011)
そこで本研究の目的は、若年性認知症者や家族
に対して、どのようなソーシャルワーク理論を用
5)財団法人練馬区都市整備公社2006-2010:練
いて支援をしていくのか、ソーシャルサポートを
馬まちづくりセンター、センターの理念 鍵概念にした理論仮説の生成について検討を行う
http://www.nerimachi.jp/about/ideal.php
こととした。
6)栄セツコ、精神障害者の地域生活支援「障害
者自立支援法施行に伴う精神障害者地域生活
Ⅱ.研究方法
支援センターの移行に関する一考察」 桃山
研究方法は、文献調査と聞き取り調査を行う。
学院大学総合研究所紀要 34⑴、57-71(2008)
7)田崎史江、園芸療法、バイオメカニズム学会
誌、vol30、No.2: 59-62(2006)
ⅰ 宮永和夫:Ⅰ.疫学、
『若年認知症の臨床』新興医学、東京、
37-39、(2007)。
ⅱ 朝田隆:若年性認知症の実態と対応の基盤整備に関する研
究、厚生労働省(2009)。
- 69 -
倫理的配慮として、日本社会事業大学の倫理審査
表1 若年性認知症の病歴の覚知と受容の過程
委員会の承認(受付番号10-02002)を得て実施
(筆者作成)
した。
異変を感じて診察を受ける
告知前
Ⅲ.研究意義
若年性認知症に関する研究は、十分に論議され
クに関しては、理論面でも実践面でも初期段階と
る。
告 知
と考える。また、ソーシャルサポート・ネットワー
周囲の人(家族・職場仲間など)が気づ
き疑惑を持つ。本人は病感を他者に訴え
ておらず実態が明らかではない。そのため、社会
福祉士など専門職への示唆を与えることができる
疑惑・困惑を抱く
医療機関に受診する
周囲の人は、本人行動への対応が困難に
なる。本人は受診を勧められる。
年性認知症者や他の難病者の支援にも汎用性のあ
1.否認
るものと考える。
Ⅳ.理論仮説の生成に向けた視点と枠組み
告 知 後
いわれているため、若年性認知症者に限らず、老
2.怒り
3.取引
4.抑うつ
5.受容・現状の受け入れ
1.認知症ケアの理念とチームアプローチの必要
6.状況に適応
性
近年、認知症ケアの基本的な考え方は、「その
人らしさを中心としたケア」に移り変わってき
v
て、沖田(2009)
は、「診断から介護保険までの
た。それは英国の心理学者トム・キットウッド
間に就労支援および社会参加のできる多様な場の
(TomKitwood, 1997)が提唱したパーソンセンター
提供が必要である。」という。筆者は、発病後の
iii
ドケア という理念でもある。また、永田が、本
社会生活や対人関係の変容の実態を明らかにする
人が認知症を発症してからどんな体験をし、どん
ことで、ソーシャルサポートのあり方が検討でき
な思いを抱いているか、本人の声に耳を傾けるこ
るのではないかと考えている。つまり、異変に気
iv
とが第一歩である というように、様々な場面で本
づいて医療機関へ受診し、診断を受けた後の過程
人が語る機会が増えていった。それよって、認知症
の中で、インフォーマルサポートの実態と必要と
に対する価値観や認識が変化した。今求められて
されているサポートがどのように提供されるべき
いるのは、認知症ケアの理念を具現化することで
か着目してきたい。
あり、医療とケアの専門職によるチームアプロー
表1は、先行研究から、若年性認知症の病歴の
チを展開していくこと、さらには、専門職と非専門
覚知と受容の過程をまとめた。告知前、告知、告
職である家族や友人、近隣住民がチームとなって
知後の時期を区分して、当事者の状況を整理して
連携し協働していくのかが重要であると考える。
いる。
2.発病前後における社会生活の変容
3.ソーシャルサポートの機能とソーシャルネッ
個々の生活状況に合わせた支援のあり方とし
ⅲ トム・キッドウッド著、高橋誠一訳:認知症のパーソンセ
ンタードケア、筒井書房、東京(2005)。
ⅳ 永田久美子:Ⅲ.認知症ケア新時代「希望」に向かって共
に歩み続けよう認知症とともに生きる人の声に耳を澄ませ
ながら、(エリザベス・マッキンレー、コリン・トレヴィッ
ト著:認知症のスピリチュアルケアこころのワークブック)
新興医学、80-84(2010)。
トワークの構造
ソーシャルサポート・ネットワークは、機能的
側面と構造的側面で捉えることができる。機能的
ⅴ 沖田裕子:若年認知症の人へのオーダーメイドの支援の
ために社会資源の現状と課題、日本認知症ケア学会誌、
8(1):34-39(2009)
。
- 70 -
表2 若年性認知症者のソーシャルサポートの分類と特徴
House(1981)4つの分類
手段的サポート
(Instrumental support)
情報的サポート
(Informational support)
評価的サポート
(Appraisal support)
情緒的サポート
(Emotional support)
若年性認知症者のソーシャルサポートの特徴(筆者作成)
ストレスを軽減するための対処を行う。直接的に問題解決のために資源
を提供する。役割を代わりに行う。相談をする、活動に参加するなどの
行動・介入を行う。
問題解決するために情報を提供する。専門的な医療や介護に関する知識、
専門家から助言をもらう。各種メディア、書籍、地域住民などから情報
を得る。家族介護者の体験に基づいた知識を得る。
相手の気持ちや行動に対して評価やフィードバックなど認知的な側面へ
の働きかけ。第三者からの評価されること。状況や気持ちをありのまま
認める。
愛情や愛着、親密性のような情緒的な側面への働きかけ。喜びや悲しみ
を分かち合う。共感する。情感的に話を受け止める、支持される。自分
だけではないと感じられる。安心感を得られる。
側面をもつソーシャルサポートに関しては様々な
ポートが相互に交換する総体」を指すことにする。
研究者によって分類されており、全て一致する
ものはないが、中でも最も有力なものは、House
4.ソーシャルサポート・ネットワークを活用し
(1983)の4つの分類、①情緒的サポート、②手
た理論仮説
段的サポート、③情報的サポート、④評価的サポー
若年性認知症者のソーシャルサポート・ネット
トである。本研究ではこの分類をモデルに若年性
ワークを仮説に捉えた上で、ソーシャルワークを
認知症者のソーシャルサポートの特徴を整理した
展開するシステムについて検討したい。ここでい
(表2)。
うソーシャルワーク機能は、NASW(1981)のソー
構造的側面としてのソーシャルネットワークに
シャルワーク実践の定義とその機能を指す。
ついては、「個人を中心とする可変的かつ有機的
この機能を展開していく際に、その展開過程vi
な人間関係の構造であり、ソーシャルサポートが
を示し、本研究で明らかにすることを焦点化する。
交換され機能する場」と定義する。供給主体別に
vii
大橋(2008)
がいうように、「“診断法”としてア
大きくインフォーマルサポートとフォーマルサ
セスメントのあり方と福祉サービスを必要として
ポートの2つに分け、さらに、インフォーマルサ
いる人のニーズキャッチの機会である面接が重要
ポートにファミリーサポートを位置づけ、合わせ
である」から、まず、筆者はアセスメントの視点
て3つのサポートシステムの構造で捉えていく。
と枠組みを検討することに焦点を当て、理論仮説
以上を踏まえて、本論におけるソーシャルサ
の具現化を図っていく。
ポート・ネットワークは、「本人と同居家族に関
わりのある親族、友人、職場、家族会、ボラン
ティア(個人・団体)などによるサポートをイン
フォーマルサポートとし、その中には、本人と同
居している家族間のサポートをファミリーサポー
トとする。そして、制度化されたサービスを提供
する公的機関やさまざまな専門職によるサポート
をフォーマルサポートといい、これらに基づくサ
ⅵ 米本秀仁:3ソーシャルワーク実践の展開過程モデル、『新
社会福祉援助技術演習』、中央法規、205-220、
(2001)
:ソー
シャルワーク展開過程とは、①問題把握からニーズ確定ま
で、②アセスメント、③支援標的・目標設定、④支援プロ
グラム作成、⑤プログラムの実行、⑥モニタリング、⑦評
価の7段階があるとされている。
ⅶ 大橋謙策:10社会福祉におけるニーズの捉え方とソーシャ
ルワーク実践,
『新訂社会福祉入門』,放送大学教育振興会,
135-148,(2008).
- 71 -
Ⅴ.若年性認知症者を抱える家族への聞き取り調
査
族会に参加することや家族会の参加者に相談する
という家族会自体を手段的サポートとして活用し
調査概要(表3)と結果及び考察を述べる。
ている様子がわかる。
では、具体的な分析結果について、インフォー
情報的サポートについては最も多くの語りが
マルサポートを親戚、友人、職場、家族会の4つ
あった。介護する上でのヒントや制度利用の手続
に分けて内容を示し考察を行う。
きをするための情報を得ている。そして、家族会
【親戚】について、相談相手や情報提供者になっ
の中に医師や社会福祉士、社会保険労務士などの
ている。否定的な側面では、病気によって関係性
専門職の存在が散見された。
が希薄になった。もしくは、同居家族が感じてい
情緒的サポートについて、家族にとって愚痴を
る思いと異なる評価をされることもあった。
言えたり、構えずリラックスできる場として情緒
【友人】について、医療や福祉関係の情報に詳
的な支えを得ている。
しい友人から情報を得ることができた。また、具
評価的サポートは、家族会のメンバーなど他者
体的な手段の担い手になっている場合もあった。
から本人が発する言葉や行動に対して認めたり、
さらに、友人から評価され制度利用を後押しする
評価されることで本人が物事を肯定的に捉えるた
ような働きかけをしていた。
めのサポートをしている。
【職場】について、告知前、会社の上司より『仕
事に支障が来たしている』と告げられ、上司に同
Ⅵ.本研究の到達点と残された課題
席してもらい産業医に会う。告知後、人事から退
本研究の到達点は、医療とケアの専門職のあり
職を勧められ、妻は職場の配置替えや休職と有給
方に着目し、ソーシャルサポート・ネットワーク
休暇について情報を得た。
理論を活用した若年性認知症者の理論仮説の生成
【親戚】【友人】【職場】の3つに共通点は診断
を行った。ソーシャルワークを展開していく上
後において、具体的な対応策など手段的や情報的
で、若年性認知症者のソーシャルサポート・ネッ
なサポートを多く得ていると考える。
トワークに着目した支援が重要であること、そし
【家族会】について対応方法を得るために、家
て、家族への聞き取りからソーシャルサポートと
表3 聞き取り調査の概要
調査目的
病名診断の前後における生活の変化や得られたサポートを探索的に明らかにすること
調査方法
対象者:若年性認知症者と家計を共にし、同居する家族
データ収集:文書にて調査の趣旨を説明し同意が得られたものに対して、半構造化面接を行う。
分析方法
質的記述的研究:“データを帰納的に分析”し、現象を率直に記述する(straight description of
phenomenon)
【調査協力者】8名(7名が配偶者。内訳は妻4名、夫3名。他に娘1名。年代は、30代後半が1名、
50代前半が2名、60代前半が5名。)
結 果
【基本情報】
【本人に関すること】性別は男性5名、女性3名。2名は既に他界。基礎疾患としては、前頭側
頭葉型認知症(FTD)が4名、アルツハイマー病(AD)3名、FTDとパーキンソニズムの複合
が1名である。
【インフォーマルサポートの有無】8事例で共通点は家族会。
他には、親戚(5名)、友人(3名)、職場(3名)の項目に関して共通性がある。
【社会福祉制度の利用について】介護保険制度を申請し認定調査を行った人は、8名中7名。ま
た、7名中4名がデイサービスやショートステイなどの在宅サービスを利用。
1名のみ障害者自立支援法に基づく外出支援を利用。
- 72 -
りわけインフォーマルサポートのあり方を実証的
公的扶助ケースワークの課題と役割
に明らかにすることができた。
しかし、家族を対象にした調査では、ソーシャ
日本社会事業大学福祉計画学科4年
ルワーカーがどのような援助をしたのかについて
青 木 尚 人
明らかになっていない。残された課題としては、
今後、ソーシャルワーカーを対象に、若年性認知
1.はじめに
症者や家族への支援、とりわけソーシャルサポー
私は本報告では公的扶助ケースワークの役割と
ト・ネットワークづくりを媒介することに関し、
課題について述べた。なぜ今回このようなテーマ
どのような理論や実践仮説を持って、本人や家族
にしたかというと、生活保護の受給者が200万人
を援助しているのかという理論仮説の検証を行っ
を突破した現在の日本において福祉事務所のケー
ていく。
スワーカーである公的扶助ケースワーカー(社会
福祉法によれば現業員)は生活保護制度の中心的
<謝辞>
担い手になっているからだ。しかし現在ケース
インタビュー調査で貴重なお話を聞かせて下
ワーカー1人につき100世帯程度を支援の対象に
さった若年認知症家族会の皆様、本論文のご指導
しているため、ケースワーカーの負担がかなり大
をしてくださった大橋謙策教授に深く感謝申し上
きくなっている。そこで今回公的扶助ケースワー
げます。
カーがどのように生活保護の取り組みを行ってお
り、またどのような課題がそこにはあるのかを考
えるきっかけとしたい。
2.生活保護の現状(清瀬市を中心として)
第2章では生活保護の現状について述べた。非
保護世帯数の数が平成7年度以降上昇しており、
非保護人員は平成8年度以降上昇の兆しを見せて
いる。そして厚生労働省が発表している生活保護
実態について(厚生労働省平成22年版厚生労働白
書、被保護実世帯数・非保護人員・保護率・扶助
人員と扶助率の推移)という統計からどれだけこ
の数年間で生活保護の受給者が拡大しているのか
ということを確かめた。また、生活保護の受給の
原因の動向などについても報告をした。
生活保護の現状を述べる上で平成23年度3月22
日現在の東京都26市の生活保護受給の表を用いて
解説を行った。以下はその資料である。昨年の統
計データでは清瀬市は武蔵村山市より高かった
が、伸び率が清瀬市より高く、平成22年の12月に
取られた統計では武蔵村山市は2番目になってい
た。1番目の立川市は武蔵村山市、清瀬市を突き
放しており、4番目の東大和市と順位の1番、2
番、3番の差がかなり開いているためトップ3の
- 73 -
大きな変動はこの先ではあまり見られないだろ
として考えられる。また民生委員を引き受けるそ
う。
の大変さの1つとして個人の生活にも業務が入っ
清瀬市の受給率が高くなる要因として公営住宅
てくるということを述べた。これは私が実際に実
が集中しているということがまず挙げられる。ま
習で聞いた話であるが、「民生委員の業務外の時
た、東京23区に比べて住宅の家賃が低めに設定さ
間で家族と一緒に過ごしていると相談の電話がか
れているということもその要因として考えられる
かってくることがある」ということだ。このよう
と報告では述べた。
なことから民生委員を引き受けることは民生委員
また、生活保護制度の支援の枠組みで最も重要
個人にも大きな負担が生じてくるということが推
になる支え手として民生委員の存在を報告では挙
察できるだろう。今後この民生委員が増えること
げた。今回は4つの自治体を挙げて民生委員の現
は生活保護制度の運用の面から言っても重要な課
状についても報告をした。
題になると考えられる。
上記は少し古くなってしまうが平成19年度の12
月に統計をした表の一部である。本来であれば全
3.公的扶助ケースワーカーの現状
て載せるべきであるが行数の制限から割愛させて
次に報告したのは公的扶助ケースワーカーの課
いただいた。表からも推察できるが、表で挙げた
題である。1999年に地方分権一括推進法が制定さ
4つの自治体の民生委員は不足している。清瀬市
れ、地方自治の概念が推進された。その際に生活
も民生委員は不足しており、社会福祉協議会も民
保護関連でよく述べられるのは機関委任事務が法
生委員の推進を進めている。なぜ、民生委員が普
定受託事務と自治事務に分割されたことに影響し
及していないかを考えると、一般市民が民生委員
て、金銭給付が法定受託事務、相談援助の部分が
にあまり関心がないということがその要因の1つ
自治事務化されたことである。しかし他の部分で
生活保護の比較 清瀬市資料より(H23.3.22現在)
順位
市 名
世 帯
(H22.12.1)
人 員
(H22.12.1)
保護率
(H22.12.1)
保護率
(H21.12.1)
世 帯
人 員
パーミル
パーミル
1
立
川
3,470
4,748
26.6
24.8
2
武蔵村山
1,101
1,737
24.7
22.3
3
清
瀬
1,292
1,815
24.5
22.7
4
東 大 和
1,084
1,669
20.3
18.3
5
八 王 子
7,898
11,624
20.1
18.4
6
東 村 山
2,034
2,835
18.7
17.5
定数一覧 清瀬市資料より(H19.12.1現在)
区 分
総世帯数
国基準数
H19.12.1定数
最低過不足数
112 ~ 261
46
-66
644 ~ 1,288
503
-141
清
瀬
市
31,306
足
立
区
283,307
台
東
区
85,013
194 ~ 387
187
-7
国
立
市
33,217
119 ~ 277
50
-69
- 74 -
も、地方分権一括法は生活保護領域に影響を与え
についての問題がある。公的扶助ケースワーカー
た。それは、公的扶助ケースワーカーの数に関す
には実際に相談支援をする際の研修がなく、事務
ることである。
的な引継ぎのみがなされて、いきなり実践に投入
公的扶助ケースワーカーは地方分権一括推進法
されることが多い。自治体によっては研修がある
が制定されるまでは「都道府県に設置する福祉事
と言われているが、一般的な福祉事務所はそこま
務所については被保護世帯65世帯に1名、市(特
で力を割くことができないのが実情だろう。しか
別区を含む)に設置する福祉事務所では80世帯に
も1度公的扶助ケースワーカーとして現場に出た
1名配置する」ことが法定化されていた。しかし
としても4、5年くらいしてしまうと人事の異動
その規制を緩和して「標準」として示されるよう
になりほかの部署に異動になってしまう。公的扶
になった。これは地方の福祉事務所が自由裁量で
助ケースワーカーが一人前になり活躍しだす頃に
公的扶助ケースワーカーを設置できるようになっ
他の部署に転属になると、専門性が身についても
た半面、多くできたり、少なくできたりというこ
有効に活用できない。ワーカー同士が技量を伸ば
とも地方の裁量でできるようになった。経費削減
したり、実践力を身につける場として公的扶助研
という名目で福祉事務所のケースワーカーを削減
究会の存在が知られている。このような研究会の
する自治体も出てきた。それは生活保護の実践を
場は公的扶助ケースワーカーの実践力を高めるた
行う公的扶助ケースワーカーに大きな負担を強い
めに有効活用されるべきだ。
ることにもなった。私の実習先ではほとんどの
ケースワーカーが100世帯以上担当しているとい
4.生活保護援助実践
うことだった。しかも記録作業が多いため、相談
報告でも述べたように本報告で紹介する実践
訪問もなかなかできないということも言われてい
は「行政と民間」の協同という部分である。この
た。
実践を表しているのが主に2つの実践である。ま
また、公的扶助ケースワーカーに対する支援も
ず初めに紹介するのは北海道釧路市の実践と埼玉
重要である。一般的に福祉事務所には現業員(公
県の実践の2つである。まず1つ目の釧路市の実
的扶助ケースワーカー)、事務員、査察指導員が
践から紹介する。釧路市は自立支援プログラムを
設置されている。公的扶助ケースワーカーに対す
もとに活動を行っている。釧路市の紹介をしてお
るスーパービジョンを実施するのが査察指導員の
くと、「釧路市は人口187,569人(平成21年度3月
業務になっている。実際の生活保護運用上でケー
末⑴)となっており、東北海道に位置し、漁業・
スワーカーが抱く疑問や援助での悩みを解決して
炭鉱の町である。そんな釧路市の生活保護率は
いくのが査察指導員の重要な業務の一つになる。
46.1‰(平成21年度3月末⑵)になっている。こ
困難ケースになってくるとどうしても担当のケー
の率は道内ではトップの数字になっており人口
スワーカーだけでは解決が困難になってくる。そ
1000人中46人が受給しているということになって
のような時に査察指導員が担当ワーカーを支援し
いる。言い換えれば市民21人に1人が生活保護を
てくれるということは利用者に対して支援を行う
受給している計算になる⑶。」と釧路市の活動を
公的扶助ケースワーカーからするとかなり大きな
書いた本には書かれている。釧路市は平成16年か
存在になる。公的扶助ケースワーカーはあまりの
ら厚生労働省の委託を受けて自立支援プログラム
激務にバーンアウトを起こして休職をしてしまう
の活用が進められている。行政だけではなくて民
人もでてしまうということもある。査察指導員の
間や第3者委員会などを活用しての活動となっ
存在はワーカーが最悪の状態になるのを防ぐため
た。釧路市の活動の特徴は経済的自立(就労自立)、
の存在として認識されなければならないだろう。
日常生活自立、社会生活自立の3つの自立にそれ
そして3つ目は公的扶助ケースワーカーの研修
ぞれ対応したプログラムが用意されている。例え
- 75 -
ば就労支援プログラムであるが、突然就労支援と
り組みが必要となるだろう。そのような時にイン
いうことを言われても利用する人は戸惑うことも
フォーマル機関や公的機関が連携していくことが
大いに予想される。そういう場合にプレ就労支援
重要になってくる。また、連携の担い手であるワー
としてボランティア活動を経て、十分に慣れてか
カーにも能力向上の機会が必要になってくるだろ
ら就労支援のプログラムに入っていく。このよう
う。助言では事例についてもっと深めて記述して
に様々な利用者に応じたプログラムが用意されて
ほしいとの助言を頂いた。次回の報告への課題と
いるということは特筆すべき部分である。
したい。
2つ目は埼玉県の取り組みである。埼玉県では
自立支援プログラムにおける自立支援をするため
参考文献
の「自立支援専門員」を利用者に派遣するシステ
● 大山典宏(2008)『生活保護VSワーキング
ムが成立している。そのために埼玉県は埼玉県社
プア 若者に広がる貧困』PHP文庫
会福祉士会と契約を結んでいる。埼玉県の社会福
● 岡部卓(1997)「関連専門職との連携を志
祉士会から自立支援専門員が県へ派遣され、そこ
向した生活保護ソーシャルワーカー研修の
からさらに利用者へ派遣される。県のケースワー
試み」『社会福祉実践理論研究』6巻 7
カーは派遣された自立支援専門員から専門知識や
月号
技術を教わることができるという点でも有益に
● 岡部卓(2010)「生活保護における自立支
なっている。また支援者に対しての支援の場も広
援の在り方に関する研究」平成18年度~平
がっている。それが「埼玉生活支援ネットワーク」
成21年度科学研究費補助金・基盤研究B と呼ばれる機関である。ネットワークには弁護士
総括研究報告より
が関係しており、多重債務者支援に対する支援、
● 釧路市福祉部生活福祉事務所編(2009)
『希
さらにはホームレス支援者に対する支援などが行
望をもって生きる 生活保護の常識を覆す
われている。
釧路チャレンジ』筒井書房
以上2つの実践を見てきた。特色として様々な
● 新保美香(2010)「貧困とソーシャルワー
資源を用いて、そして金銭的な支援だけではなく
ク―生活保護におけるソーシャルワークを
て心理面でのサポートも進んでいる。しかし、全
めぐって―」『ソーシャルワーク学会誌』
ての自治体が可能なわけではない。資源の格差を
19号
埋められるように方策を考える必要があるだろ
う。
引用文献
⑴ 釧 路市福祉部生活福祉事務所編(2009)『希
5.今後の展望
望をもって生きる 生活保護の常識を覆す釧
今後東日本大震災や現在の不況の影響からさら
路チャレンジ』筒井書房 p8
に生活保護受給者は増加する恐れがある。財源や
⑵ 同上 p9
社会資源が限られてしまっている以上工夫した取
⑶ 同上 p10
- 76 -
障害児者への支援
聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」に
関するエピソード分析の着手における検討
うして生じた軋轢の修復は容易ではない。例とし
ては、障害者を対象としたマルチ商法、詐欺、ね
ずみ講、親の過保護、自宅軟禁、障害年金の搾取、
低賃金労働や過剰労働、大学などの進学拒否、結
日本社会事業大学社会事業研究所 共同研究員
院後期 2007 年卒 杉 本 泰 平
婚、離婚、育児・子育て、嫁・姑の争い、中絶、
親族間の争い(親の介護問題や遺産相続等)等が
ある。
【研究背景】
これらの例において、聴覚障害者本人が「いじ
聴覚障害者が被る「いじめ」
「差別」
「虐待」には、
められた」「差別された」「虐待を受けた」「人権
聴覚障害者のコミュニケーション障害・情報障害
を侵害された」
「尊厳を脅かされた」という経験を、
についての理解や配慮がないために起きることが
自分の言葉や身振りを用いて的確に表現すること
多い。また理解や配慮があったとしても、
「いじめ」
は彼らにとっては大変なことである。彼らの多く
「差別」「虐待」が起こることがある。この時の聴
はこれまでの経験やトラウマ、生育歴、教育歴の
覚障害者は、コミュニケーション障害・情報障害
影響等から、自分の思いや考えを他人に伝えると
のために、自分自身が人権侵害されていることや
いうことが余り得意ではない。更にコミュニケー
人間としての尊厳を脅かされていることを知るこ
ション障害・情報障害のために、自分の置かれて
とが難しい。もし彼らが運良くこれらの状況に気
いる今現在の状況を他人に訴えることをしてきて
づくことができたとしても、コミュニケーション
いない。かろうじて言葉などの形で本人から何ら
障害・情報障害があるために、自分自身を守るた
かのシグナルを発することができたとしても、そ
めに声をあげることが難しい。また周囲の人は意
れが何を伝えようとしているのか、なかなか伝わ
図せずに、聴覚障害者の人権を侵害したり、尊厳
らなかったりする。
を脅かしてしまうことがある。結果として、聴覚
現在、聴覚障害児・者教育の進展によって、聴
障害者は自分の力で人権を守ることや、人間とし
覚障害者が日本語にふれる機会は増えてきてい
ての尊厳を保持することの困難に直面する。
る。そのおかげで聴覚障害者の多くは、社会でど
聴覚障害者の周囲の人による善意の情報提供や
のようなことが起きているのかをメディア等を通
コミュニケーション支援が、聴覚障害者に対して
して知ることができるようになってきた。またろ
不利益を及ぼしてしまうこともある。日常生活の
う者の言葉である「手話」についても、社会的に
中で耳の聞こえる人たちと共に人間関係を作り、
は肯定的な姿勢になってきており、人前で堂々と
社会を構築していく過程で、不利益を被ることが
手話を使うことができるようになってきている。
ある。この状況に直面した聴覚障害者は、その場
もちろん、聴覚障害者の社会参加の拡大に伴い、
における人間関係を壊したくないために、自分が
社会の様々な場面において、手話通訳派遣制度の
不利益を被ったとしても、それを相手の好意とし
活用やその受け入れも徐々に浸透してきている。
て受け止めてしまう。一方で重大な権利侵害だと
このように社会の聴覚障害者や手話に対する偏見
激しく認識し、地域の聴覚障害者団体に持ちかけ、
が薄まってきている現状においても、コミュニ
権利主張の運動を展開することもまれにある。こ
ケーション障害・情報障害からくる「いじめ」「差
- 77 -
別」「虐待」の実態はなかなか無くならない。手
4.聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
話通訳派遣制度の更なる拡充や、政見放送・テレ
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」
ビニュースの情報保障の普及を政策的に推し進め
に対して練られた対策が、聴覚障害者、支
ようとしている機運があるにも関わらず、である。
援者、彼らの関係者、そして社会に如何に
この社会情勢や風潮の中で、あえて勇気を持っ
寄与できるかを考察すること。
て自分の思いや今まで受けてきた扱い等につい
て、他人に話すことができるようになった聴覚障
【研究目的】
害者もいる。こうして現れた聴覚障害者自身によ
本研究の目的は2つある。
る語りは極めて重要で、価値があるものと考える。
1.これまで詳細に認識されてこなかった、聴
なぜなら本人の想いや人生がそこに詰まっている
覚障害者の「コミュニケーション障害」
「情
ものだからである。このことの意味や価値を十分
報障害」に起因する「いじめ」「差別」「虐
に吟味しつつ、そこで起きている、または起きた
待」に関するエピソードを探索的に収集し、
状況を丁寧に追跡して、資料に残していく。こう
後世に保存・開示するための資料として加
して整理された資料は、聴覚障害者の権利擁護や、
工すること。
聴覚障害者の人間としての尊厳、そして彼ら自身
2.後世に保存・開示するための資料として加
の人生や生活をよりよいものにしていくための支
工された聴覚障害者の「コミュニケーショ
援に役立つと考える。またこれらの取り組みは専
ン障害」「情報障害」に起因する「いじめ」
門職としての支援や権利擁護を目的とした支援の
「差別」「虐待」に関する資料を詳細に分析
範疇に留まらないものである。以上のことから聴
し、
「いじめ」
「差別」
「虐待」の発生過程や、
覚障害者が被っているコミュニケーション障害・
発生要因とこれらの相互の関連を明らかに
情報障害に起因する「いじめ」「差別」「虐待」の
することによって、
「いじめ」
「差別」
「虐待」
状況を克明に記し、これらの発生過程、そして発
を受けている聴覚障害者への支援や権利擁
生要因とこれらの相互の関連を明らかにし、これ
護、そして聴覚障害者との共生社会の構築
らの事態への対策を講じることは、聴覚障害者と
に如何に寄与していくかを考察すること。
聞こえる人が共に生きていくことのできる共生社
会を実現していく上での相互理解に寄与すると考
える。
【研究方法】
本研究の方法は後述の順序、内容で進めていく。
1.本研究の意義・有効性の検討と、それらの
【研究課題】
確認及び設定を行う。本研究の意義・有効
本研究の課題は4つある
性をより確かなものにしていくためには、
1.聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
聴覚障害者の「コミュニケーション障害」
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」
「情報障害」に起因する「いじめ」「差別」
の状況を明らかにし、資料として残すこと。
「虐待」のエピソードを収集・記録するこ
2.聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
と、そして収集・記録した「いじめ」「差別」
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」
「虐待」の発生過程や、発生要因とこれら
の発生過程や、発生要因とこれらの相互の
の相互の関連を可視化させていくこと、更
関連を明らかにすること。
にそれらの対策をとることの意義を、多く
3.聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
の人々と共有していく必要がある。これを
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」
行うことによって「エピソードを収集し、
への対策を考察すること。
検討して欲しい」「本研究の成果を世に出
- 78 -
し、早急に対策をとりたい」という聴覚障
し、一般の人が読むことができ、ひいては
害者本人や支援者・関係者等の現場の要請
社会への啓蒙につながると考える。更に
やニーズの確認に繋がると考える。
ケーススタディもなされれば、支援者、専
2.本研究で用いる主要語句である「コミュニ
門職等に役立つ資料となり、支援技術・方
ケーション障害」
「情報障害」
「いじめ」
「差
法の向上に寄与すると考える。
別」「虐待」に関する定義・概念・類型を
5.本研究の研究枠組を設定する。本研究を進
整理する。聴覚障害者への「いじめ」「差
めていくためには、本研究の視点・視座に
別」
「虐待」に関するエピソードに対し、
「コ
成り得る倫理的規範を基礎におき、そして
ミュニケーション障害」「情報障害」「いじ
収集したエピソードとその分析結果を可視
め」「差別」「虐待」の概念・定義・類型の
化・体系化できるように、本研究における
適用に関する検討を行う。
聴覚障害者のコミュニケーション・情報障
3.本研究の視点・視座を設定する。本研究を
害に起因する「いじめ」「差別」「虐待」に
推し進めるためにエピソードを収集し、そ
関する概念・定義・類型を見出し、「いじめ」
してそれらを分析していく上での視点・視
「差別」「虐待」への対策を立てることので
座に成り得る、倫理的規範を検討する。「い
じめ」「差別」「虐待」に対し、研究者はこ
きる研究枠組みを設定する。
6.エピソードの収集・記述方法の検討を行う。
れらを如何に扱い、分析していくのかとい
起きている、または起きた状況を丁寧に記
う、研究者自身が持つべき倫理・規範には
録していくフィールドワーク的方法による
どのようなものが適しているかを検討す
記述方法を採る。この方法ならば、より多
る。「いじめられた」
「いじめがあった」
「差
くの人が読むことが出来ると考える。
別を受けた」「差別があった」ということ
7.エピソードを収集する。①文献資料等で、
は、主観的部分が大きく関係するので、本
聴覚障害者のコミュニケーション障害・情
研究においては意識分析を行うのではない
報障害に起因する「いじめ」
「差別」
「虐待」
限り、統計的な分析を行うことは余り効果
に関するエピソードを探索的に収集する。
的ではないと考える。また本研究の研究対
②ビデオ、DVDなどの映像媒体から探す。
象が加害者、被害者ともに関係しているた
③著名な聴覚障害者の運動家、講師などの
め、客観性をある程度担保した上で分析す
講演録から探す。④聴覚障害者や支援者・
るという性質のものと考えることが難し
関係者にインタビューを行う。
い。従ってエピソードを集め、分析してい
8.収集したエピソードを後世に保存・開示出
くときの視点は、主観的なものにならざる
を得ない。それ故、
「いじめ」
「差別」
「虐待」
来るような資料として加工する。
9.エピソードの分析方法を検討する。エピ
に関するエピソードを分析していく過程で
ソードの分析方法にはケーススタディを考
は、研究者自身が高い倫理的規範を持った
えている。ケーススタディの方法を採るこ
上で、本研究を推し進めていくことを基本
とによって、「いじめ」「差別」「虐待」を
としなければならないと考える。
受けた聴覚障害者への支援や権利擁護を考
4.本研究の完成イメージを検討する。現時点
察する。
の有力なイメージは、フィールドワーク+
10.各論に対する考察及び総合考察を行う。本
ケーススタディの二本の柱からなる研究の
研究の枠組みや倫理的規範に沿って、聴覚
形である。この形にすると、聴覚障害者本
障害者のコミュニケーション障害情報障害
人にとって読みやすいものになるであろう
に起因する「いじめ」「差別」「虐待」に関
- 79 -
可視化したことの考察を行う。次にそれら
介護保険と重複する補装具の判定状況につ
いて
の資料の分析結果が支援技術・方法の向上
― 川崎市障害者更生相談所判定実績より ―
するエピソードを資料として記述整理し、
及び権利擁護に如何に寄与するかを考察す
る。そしてここまでなされてきた分析結果
川崎市障害者更生相談所 石 原 朝 美
及び考察結果が、聴覚障害者との共生社会
の構築及び社会への啓蒙に如何に寄与する
はじめに
かを考察する。最後に各論の考察を、総合
介護保険と重複する補装具の判定状況はどのよ
的にまとめるための総合考察を行う。
うになっているのだろうか。
11.本研究における成果・有効性・限界、そし
本報告では、川崎市1障害者更生相談所判定実
て今後の課題を掲示する。
績より、介護保険と重複する補装具の判定状況に
12.本研究の結論を掲示する。
ついて報告する。自治体間で補装具費判定の事務
取り扱いに違いがあり、数字としての他都市との
比較は現段階では難しいため、今回は川崎市のみ
の判定状況について述べたい。
現在、障害をもった方の支援に関わっている方、
これから現場で仕事をすることになる学生さん、
等の参考になれば幸いである。
1.補装具費支給判定の法制度
補装具費支給判定の前提となる法制度の規定に
ついて確認する。
(1)補装具とは
補装具とは、「補装具費支給事務取扱指針」(厚
労省H22)にて、“補装具は身体障害者及び身体
障害児の失われた身体機能を補完又は代替する用
具であり、身体障害者の職業その他日常生活の能
率の向上を図ることを目的として、また、身体障
害児については、将来、社会人として独立自活す
るための素地を育成・助長することを目的として
使用されるものであり…”とされている。
(2)介護保険と重複する補装具の取り扱い
介護保険と重複する補装具の取り扱いについて
は、「補装具費支給事務取扱指針」(厚労省H22)
にて、“…介護保険による福祉用具の貸与が優先
1 川 崎 市 は 人 口1,430,433人(H23.6)(65歳 以 上 人 口16.4 %
(H21))の政令指定都市
- 80 -
するため、原則として本制度においては補装具費
2.川崎市における介護保険と重複する補装具の
の支給をしない。ただし、オーダーメイド等によ
判定状況
り個別に製作する必要があると判断される者であ
平成22年度の川崎市における介護保険と重複す
る場合には、更生相談所の判定等に基づき、本制
る補装具の判定実績について述べる。
度により補装具費を支給して差し支えないこと”
(1)H22 年度実績(表1・表2・表3)2
とされている。また「介護保険による福祉用具貸
与と補装具給付制度との適用関係について」(厚
支給は34件中、対象者は、1号被保険者20件・2
労省H22)にも同様の記載がされている。つまり、
号被保険者4件・身体障害者施設等入所中3件、40
介護保険と重複する補装具は、原則介護保険制度
~ 65歳で生活保護受給中7件となっている。判定
での対応だが、必要性が認められた場合は障害者
方法は来所判定16件・書類判定15件・巡回判定3
自立支援法での補装具費支給とすることができ
件である。補装具種目は、車いす普通型が10件と
る。
最も多いが、他種類の車いすや電動車いすもある。
表1 介護保険と重複する補装具判定状況(H22)
3
2
ティルト式手押し型
1
リクライニング・ティルト式普通型
1
1
手動兼用型A
2
2
電動リクライニング式普通型
2
7
巡回判定
リクライニング式手押し型
3
65
書類判定
4
40
来所判定
10
4
~ 歳
生活保護
受給中
22
身障施設
入所中
電 動
車いす
普通型
手押し型A
2号
被保険者
車いす
1号
被保険者
計
補装具種目
12
9
1
1
2
1
2
1
1
1
1
1
小 計
34
20
合 計
34
1
1
2
1
4
3
7
34
16
15
3
34
表2 障害名別取扱実人数(H22)
障害名
1号被保険者
脳性麻痺
1
脊椎・脊髄損傷
2
2号被保険者
身障施設入所中
40 ~ 64歳で
生活保護受給中
2
2
5
1
1
進行性筋萎縮症
脳血管疾患
12
その他の脳神経疾患
骨・関節疾患
2
1
リウマチ疾患
2
1
その他の疾患
1
合 計
20
4
1
3
7
2 川崎市障害者更生相談所事業概要(H22年度)より引用
- 81 -
表3 処方理由(H22)
1号被
保険者
2号被
保険者
四肢体幹に変形や拘縮があるため
10
2
極端に体型が大きいか小さいため
6
2
その他の理由により既製品対応不可のため
4
身障施設に入所中のため
3
処 方 理 由
40 ~ 64歳で
生活保護受給中
40 ~ 64歳で16疾病に該当するが生活保護受給中のため
7
障害名は、脳血管疾患が12件と最も多いが、そ
る。ご本人の体に合わせてリクライニング・ティ
の他障害名にもばらつきが見られる。
ルト式の車いすの作製、合わせてクッション作製
処方理由は、「四肢体幹に変形や拘縮があるた
も必要と判定された。→座位が安定し、褥創が改
め」が12件と最も多い。
善した。
<事例3>脳性小児麻痺による四肢体幹機能障害
(2)具体的処方理由
(身障2級)65歳・電動車いすリクライニング
H20 ~ 22年 度 に お け る 川 崎 市 内5区( 人 口 約
式普通型の来所判定
103万人/ 140万人)の介護保険と重複する補装
外出の多い方。頚椎症があり、頚椎への負担軽
具の処方理由について整理した。結果、全数77件
減のため170度までリクライニングすることが必
であり、処方理由内訳は、極端に体型が大きいか
要と判定された(介護保険レンタルには該当機種
小さいためといった体型理由が10件・身体障害者
がない)。→外出時に休憩ができ、頚椎の痛みが
施設等入所中8件・生活保護受給中23件・他4件
軽減した。
であり、それ以外は32件であった。32件(四肢体
幹に変形や拘縮があるため等)について分科会当
3.制度の状況を理解しての支援に向けて
日は資料として紹介したが、ここでは3件紹介す
以上、介護保険と重複する補装具の判定状況に
る。
ついて整理してきた。
<事例1>脳出血による右片麻痺(身障1級)67
以下にいくつか私見を述べたい。
歳・車いす普通型の来所判定
介護老人福祉施設入所中。右上肢の痙性が強く
(1)より良い支援に向けて
屈曲拘縮もあるため、施設備品の車いすでは、右
車いすは補装具である。車いすの使用が短時間
上肢がアームレストの中に入り上腕外部が圧迫さ
の移動支援以外の場合は、適切な適合判定が必要
れてしまう。肘台を加工し、右上肢をのせるクッ
である。介護保険のレンタルに車いす類があるか
ション性の高いテーブルの作製、座位安定のため
らといって、安易にとらえるのではく、座位・操
座クッションを掘り込むかたちでの製作が必要と
作への支援の大切さについて認識が必要である。
判定された。→左下肢で自操できるようになった。
更生相談所等の専門機関もぜひ利用してほしい。
座位姿勢も右側に傾くことがなくなった。
また、単純にレンタル(介護保険法)かオーダー
<事例2>くも膜下出血による四肢体幹機能障害
(障害者自立支援法)かではなく、レンタル・オー
(身障1級)58歳・車いすリクライニング・ティ
ダーそれぞれの良い点・悪い点を、ご本人と確認
ルト式手押し型の書類判定
しながら決めていく必要がある。レンタルでは機
体幹四肢の関節に変形・拘縮があり、座位保持
種が限られてしまうが、状況によって借り換えが
が困難。ずり落ちてしまう、褥創を繰り返してい
でき複数の機種を試すこともできる。オーダーで
- 82 -
はご本人の体に合わせて作ることができるが、完
おわりに
成までに時間がかかったり、不要になった際の廃
介護保険と重複する補装具の判定状況について
棄の問題などもある。(現在の制度では、介護保
整理し、より良い支援に向けて、車いすは補装具
険法と障害者自立支援法とで利用者負担額に差が
であり適合判定を要するという視点について、ま
出ているのも問題であるが。)
た判定の困難さについて述べた。
同じ法制度を運用実施していても、自治体間で
(2)判定の困難さ
の違いがあり、国民に対する一定の公平性は必要
障害状況を踏まえた医学的判定のもと、生活状
でありながらも、自治体ごとに財政状況も異なり
況等を含めて総合的に補装具判定がされている。
また考え方や取り組みに違いがあるのも当然であ
しかし、どのような障害・生活状況の場合は、介
ると思う。各自治体が市民、障害をもつご本人と
護保険法ではなく自立支援法の補装具費支給とし
も共に、考え、取り組んでいくことによって、積
て対応するのか、個別の判定ごとに悩みながら取
み上げていくことが大切だと思っている。
り組んでいる。図1の縦軸:特殊性の、制度を分
ける境界線(障害状況の特殊性=必要な補装具の
分科会を終えて
特殊性(レンタルでは対応できない))はどこな
蒲生先生より、適合支援の必要についてと、高
のか。
橋流里子先生の論文のご紹介がありました。
明らかに車いすが自操ができるようになった、
複数ご質問やご意見もいただき、ありがとうご
褥創が改善した等の場合には、判定が間違ってい
ざいました。
なかったように感じる。しかし、頚椎症が認めら
卒業して11年となりました。これからも社大卒
れたとして(医学的判定)、170度までリクライニ
業生として、現場でおこっていることを整理し、
ングすれば安楽に休憩できる、というのはご本人
何らかのかたちで発信していけたらと思っていま
の訴えで、169度ならどうなのか?等、判定の難
す。
しさを感じる。
また、書類判定の場合は、医学的意見書に書か
れていることから判定される。介護保険のレンタ
ル機種も含めて広く検討した結果なのかどうか
は、判断しきれないのが現状である。
特
殊
性
障害
障害
障害
介護
保険
?
65
40~64
年齢
図1 年齢と補装具対応制度
- 83 -
重度知的自閉性障害児者の地域生活を支え
る実践技能の検証⑥
着目している。この人間関係過程の相互作用は、
~環境調整としての家族支援の実際~
含めて6名で構成される集団の場合であれば、相
n(n-1)として数値化される。すなわち、支援者を
互作用を生み出す可能性のある30の人間関係過程
特定非営利活動法人 心身障害児者療育会
自体を支援の道具立てとして、言語・非言語の自
きつつき会 大曽根 邦 彦
己表現と心身の浄化作用を持つあそびを媒介とし
て活用するのが、「集団あそび」を通した療育の
Ⅰ.はじめに
手法ということになる。
私たちの児童福祉施設は、子どもたちの日常生
この手法の詳細については前回の報告で触れて
活に近い「集団あそび」の場の活用と、そこで得
おり、時間的な制約もあるため今回は省略する。
られた行動評価に基づいた「環境調整」を療育実
施計画の中心に位置づけた発達支援を行ってい
2.環境調整
る。特に、自閉性障害児の地域生活支援のために
「環境調整」においては、初期面談ならびに家
は、通園施設による日中活動を通した家庭生活の
庭訪問による不適応場面の行動観察と、「集団あ
安定が重要であり、その焦点は家族内対人関係性
そび」の場で得られた不適応行動の背景に対する
の調整である。
気づきや、介入の手法と効果を元に、家庭におけ
今回は、「重度知的自閉性障害児者の地域生活
る対人関係性の修復に向けた「環境調整」支援を
を支える実践技能の検証」テーマで6回目となる
進めている。ここで支援の焦点となるのは、自閉
が、成育環境の最大の要素である家族に対する環
性障害児に対しては言語・非言語両面でのコミュ
境調整を意図した支援の実際について、技能検証
ニケーション不足による「家族集団」内での「孤
の各論として報告する。
立感」への共感であり、家族に対しては育てにく
さから生まれる育児の「焦燥感」や社会からの「孤
Ⅱ.方法
立感」への共感である。相談受理初期導入段階で
当施設は、地方都市の郊外に位置する児童福祉
施設で、常時利用は精神遅滞を伴う自閉性障害児
「共感と受容」に基づく関係性の基礎を構築する
ことが重要になる。
を中心とした2歳から14歳の10名である。これに
青年期支援の常時利用者6名を加えた計16名に対
3.連携支援
し福祉専門職9名が従事しており、従事者の子育
加えて、自閉性障害児に対する療育導入段階で
て支援の一環として事業所内保育も行っている。
の行動評価に、科学的な側面からの客観性を確保
基本的には就学前幼児と学齢児はそれぞれ約5
し、療育を方向付ける基盤としていくため、医療
名単位の集団を構成し、事業所内保育の従事者子
支援を要に家庭や学校等他機関との連携支援を進
女数名を併せ統合保育・教育の環境を形成してい
めている。
る。
Ⅲ.事例
1.集団あそび
事例 A=5歳男児。身体機能障害は無く、こと
支援の焦点は、「集団」活動から生まれる相互
ばは喃語レベル。
作用の力動と、「あそび」が持つ自己表現や心身
診断 =中等度精神遅滞を伴う自閉症。
の浄化作用の活用である。特に、療育の道具立て
家族構成=父・母・A・妹(2歳・未就園)。
として10名以内の小集団が持つ人間関係過程と、
3歳時から知的障害児通園施設での療育を受
その中での子どもと支援者を含めた相互作用に
- 84 -
けていたが、施設でも家庭でも多動や土いじ
り・水遊びなどの常同行動が頑固に認められ、
面がある、と推察した。
寝つきの悪さや夜泣き、早朝に目覚めるなど
の睡眠障害も伴い、その改善も見られなかっ
3.集団あそびによる支援
たために集中支援を行った事例。
家庭訪問の行動観察により“かまってほしくて
も遊べるものがなく、癖になっている水遊びに向
1.「集団あそび」の行動評価
かっている”ことや“父母とも楽しげにあそんで
Aは初回面談時の「集団あそび」の場で、他児
いる妹との比較で寂しさや嫉妬も感じ、水遊びで
や支援者を視界に入れずに、土や水の代替物とな
紛らわせている”ことが把握された。また両親か
る手芸用ビーズを発見して、常同的にいじり始め
らは“かまってほしそうに見えてもどうやってか
た。しかし、その行動と視線・表情を細かに観察
まってあげればよいかわからない。本人も親も苦
すると、常同的にいじったり、ばら撒いたりして
しい。”との悩みが打ち明けられた。
いるのみではなく、他児の動きも気にしながら、
これを受けて、「集団あそび」に加わらない支
ビーズの跳ね返りや音を楽しんでいることが推察
援者によるあそび場面の行動観察と記録を行い、
された。さらに、支援者のビーズいじり参加を許
多動・常同行動の中に潜む、Aの発達段階相応の
容し、散らかしたビーズの片付けも支援者の声か
何らかの自己表現としての行動と、欲求表現とし
けと具体的な動きの提示、行為の共有によって拒
ての意味を持たない行動とを、前後の文脈を踏ま
否せずに行うことができた。これらの様子からA
えて把握するようにした。その結果、Aの多動・
の“常同的に見える動きの中にはあそびとしての
常同行動の多くは①“他の子どもたちのあそびに
要素を含んだ行動が相当に含まれている可能性が
うまく加われなかった”場合や②“やることがな
ある”と推察した。
くて手持ち無沙汰”の時に示されていることが分
かった。これに対して支援者は、多動・常同行動
2.「環境調整」評価段階
が出現する直前の行動に注目し、①についてはA
母親に集団あそび場面でのAの様子を伝える
を抱っこして“一緒にやってみたかったのかな?
と、“施設でも家庭でも、動き回って一人で土や
「入れて~」って言ってみようか?”といったこ
水いじりを繰り返し、片付けなどで動きを止めら
とばかけをしつつ、他児との仲介と代弁を繰り返
れるとかえってこだわったり、大泣きして暴れる
した。また②については、紙くずをまき散らす「紙
ので、信じられない”とのことであった。
ふぶきごっこ」を支援者から提案してあそびとし
夕方の家事の時間に合わせた家庭訪問により、
て共有した。これらの支援を通してAが常同行動
両親が家事や妹の世話に動いた瞬間にAは水遊び
として獲得している操作可能な遊具を他児と共有
に向かっていること、止めに入るとかえってエス
し、あそびとして展開できるように介入した。
カレートしている様子が確認できた。またAは僅
かながら父親には愛着行動を示すが、母親に対す
4.環境調整支援
る愛着行動をほとんど示さないことも分かった。
次に、「集団あそび」で得られた評価に基づき、
このことから、Aの不適応には操作可能な遊具が
Aにとっての多動・常同行動の意味とこれらへの
限定されている上に、操作性の低さを補う父母と
対処方法について、「環境調整」として家庭訪問
の対人関係性にも課題があるため、あそびたいと
により“多動・常同行動にはあそびの要素もある
いう自発的・主体的行動を受け止めてもらえず、
ので、時には父母のほうから誘って共有してみて
行動を止められるのみであることによって家庭内
ください”、“Aの潜在力は決して低くない”とい
での「孤立感」を生じ、その欲求も表現できない
う、育ちの可能性についての評価として繰り返し
という、生活環境の要因が加わって増幅された側
伝えた。その結果、父母の中に“諦めずに、育ち
- 85 -
に期待する”視点が芽生え、“今までは原因不明
2.「環境調整」評価段階
で突然に思えたパニックに、Aなりの理由がある
家庭訪問により、Bと姉弟との間の小さな摩擦
ことが分かってきた”という手応え感が表明され
に母親が強迫的に過剰な形で姉弟を守るように介
た。これに伴い、未形成な側面が見られた母親に
入しており、それがBの家庭内での「孤立」につ
対する愛着行動も、母子の人間関係過程の「受容」
ながっていることが分かった。支援者は“Bが本
方向の相互作用により、改善がみられた。
当はどうしたかったのか、声をかけずに一呼吸見
また、並行して行われた医療支援による睡眠障
守って見ましょう”といった助言を繰り返した。
害改善も加わり、支援開始半年後に家庭崩壊の危
そのなかで母親は“見守ると衝動性が少なくなる
機は回避された。
気がする”という手応えを語り、家庭訪問中の短
時間の間にBは母親の介入の減少によって姉弟攻
事例 B=小学校特別支援学級3年の9歳男児で
言語能力は高く知的機能は平均以上。
撃を思いとどまったり、自分の非を自ら姉弟に謝
罪することもできるようになった。
診断 =受理段階診断はアスペルガー症候群、
支援開始後の診断は高機能広汎性発
3.集団あそびと環境調整による支援
達障害。
「集団あそび」の場において、支援者の仲介に
家族構成=父・母・姉(小学6年)・A・弟(幼
稚園年中)。
より自分が得意なあそびで十分に自己表現し、支
援者や他児との活動の共有で心身の浄化も味わっ
当初の主な課題は、姉弟への攻撃を中心とした
た。
家庭でのパニック行動で、内服治療や特別支援教
並行して、これらの経緯を、家庭に対する「環
育では改善せず、母親が、夏休みの長期在宅への
境調整」として家庭訪問や連日の電話相談により、
強い不安を抱えて来訪し、緊急の集中的な支援を
繰り返し具体的に伝えた結果、支援開始1か月後
行った事例。
には、両親の中に“不安視されなければ、本来持っ
尚、本事例は前回詳細な報告を行っており概要
ている適応力を出せる子”としてBを「受容」す
を報告する。
る方向性が生まれ、家庭生活も安定に向かった。
1.「集団あそび」の行動評価
Ⅴ.考察
Bは「集団あそび」の場で、幼児がおもちゃを
2事例共に、「環境調整」を意図した集中的な
散らかしながら遊んでいるのを見て“僕はここは
家族支援を実施しなかった場合には、主訴の改善
だめだ”と口にしたが、それに対して支援者は、
は困難であったと推察される。
Bの心情やことばを“そうなんだ~”と受け止め、
「環境調整」の家族支援によって、施設療育効
一方で“まだ小さいから、すぐに散らかしちゃう
果の日常生活波及が確認された背景としては、①
んだ~”といった、否定の要素も、肯定の要素も
自閉性障害児は、各生活場面固有の対人関係性に
含まない、率直な事実説明に努めた。このような
よって、その集団生活への適応・不適応が左右さ
働きかけをきっかけに、Bは雑然としたなかで、
れる要素が大きいこと、②施設の日中活動により
幼児との人間関係も楽しみながら、自由に遊ぶよ
得られた療育上のヒントを、家庭養育環境に対す
うになっていた。これらの様子から、Bは“自分
る直接的な評価と介入によって父母に提示するこ
の意思を受け止めてくれる場なら、適応できる潜
との有効性が示唆された。
在力を持っている可能性がある”と推察した。
多動・自傷他害などの危険行為を伴い、不適応
行動が容易に改善しない支援困難事例において
は、住環境からの作用も受けて対人関係性に固有
- 86 -
の構造を持つ「家庭内成育環境の調整」としての
G.コノプカ,前田ケイ訳(1967):ソーシャル・
「家族支援」を実施することが、重要であると考
グループ・ワーク-援助の過程-,全国社会
えられる。
福祉協議会,東京
H.B.トレッカー,永井三郎訳(1978):ソーシャ
文 献
ル・グループ・ワーク-原理と実際-,日本
U.フリス,冨田真紀ら訳(2009):自閉症の謎を
解き明かす(新訂版),東京書籍,東京
YMCA同盟出版部,東京
大曽根邦彦(1987):施設援助の課題-ソーシャ
L.ウイング,久保紘章ら監訳(1998):『自閉症ス
ルワークの視点から-,ソーシャルワーク研
ペクトル-親と専門家のためのガイドブッ
ク』,東京書籍,東京
究,VOL.13 NO.3,相川書房,東京
大曽根邦彦(2009):障害者自立支援における社
G.コノプカ,永井三郎訳(1954):収容施設のグ
ループワーク,日本YMCA同盟出版部,東京
- 87 -
会福祉実践の課題,社会福祉研究,106号,
鉄道弘済会,東京
ポスターセッション
高齢者が地域で元気に暮らしていくために
【研究方法】
~介護予防教室の参加継続意欲を参加者の声から
探る~
1.アンケート調査
POMS*の「活気」を測定する尺度の15項目を
使い、5件法により行った。実施前後の気分の変
チェリーコート四街道 米 川 京 子
化を各項目について、確認した。また、長期参加
帝京平成大学 園 川 緑
者と短期参加者の各項目の差を確認した。なお、
帝京平成大学 石 井 友 光
2年間継続参加の人を「長期参加者」、2年前に
は参加していたが現在継続していない人を「短期
【はじめに】
参加者」とした。質問の15の項目は下記の通りで
施設とは、常に地域の中の「よろず相談所」で
ある。
なければならないと思っている。高齢者が、安心
して地域で暮らせる拠点でなければならない。そ
1)陽気な気持ち
の為に何ができるのか考えた末、適度に身体を動
2)精力がみなぎる
かし、歌い笑い気軽に集まれる場所の提供ができ
3)積極的な気分だ
たらと考えた。そこに少しだけ、施設で培ったノ
4)生き生きする
ウハウの提供ができたらと思っている。
5)頭がさえわたる
6)元気いっぱいだ
【地域介護予防教室概要】
7)心配事がなくいい気分だ
名称:もっと元気になり体操 8)活気がわいてくる
期間:平成21年5月より継続中
9)ぐったりする
日時:日曜日 午前10時~ 12時
10)へとへとだ
頻度:月1回
11)だるい
場所:チェリーコートデイサービスセンター
12)うんざりだ
スタッフ:体操指導担当(施設長・貯筋マイス
13)ひどくくたびれた
ター)、音楽活動担当(音楽療法士)
14)疲れた
アシスタント1~2名:施設職員(介護福祉士、
15)物事に気のりがしない
介護支援専門員等)
*POMS…Profile of Mood States
実施内容:ストレッチ運動、負荷による貯筋運動
(転倒予防のための筋力維持の運動)、
採点方法:0=まったくない 1=少しある
ボールをつかって認知症予防運動(認
2=まあまあある 3=かなりある 知症予防のためのゲーム等を含む)、
4=非常に多くある
仲間意識・つながりを深めるための音
として得点を算出する。
楽療法(なじみの歌で回想し、思い出を
共有する“音楽回想法”)、クールダウン
2.インタビュー調査
「長期参加者」の活動についての感じ方、受け
- 88 -
とめ方を確認するため、10名にインタビューを
P<.001
行った。継続できている理由を自由に語ってもら
1)陽気な気持ち 6)生き生きする い、その記録を分類した。
(反転項目)5)物事に気のりがしない 【結果】
P<.01
1.アンケート結果
3)精力がみなぎる 4)積極的な気分だ 今回の調査では、1)活動開始前と終了後の
9)頭が冴えわたる 11)元気いっぱいだ 「活気」の変化、及び 2)短期参加者と長期参
12)心配事がなくていい気分だ 加 者 の 違 い を 探 る た め、Mann-Whitney U test及
15)活気がわいてくる
びSigned rank testを 行 っ た。 統 計 解 析 に はSPSS
(以下、反転項目) 8)へとへとだ
(16.0J)を使用した。
10)だるい 活動前と終了後の差の検定では下記の項目につ
いて、有意差が確認された。
① 「陽気な気持ち」(表1)の前半と後半のSigned rank sum testの結果、有意に後半のポイントが高
い(p<.001)
表1 「陽気な気持ち」前半と後半のSigned rank sum testの結果
前 半
陽気な気持ち
後 半
M
T
M
T
z
P
3.00
6.50
3.00
203.50
-3.802***
.001
注)a:n=28 b:n=26 M:中央値 T:順位総和
*:P<.05 **:P<.01 ***:P<.001(両側検定)
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
24
1.0
①陽気な気持ち前
①陽気な気持ち後
図1 「陽気な気持ち」前半と後半のSigned rank sum testの結果
- 89 -
② 「いきいきする」(表2)、の前半と後半のSigned rank sum testの結果、有 意に後半のポイントが
高い(p<.001)
表2 「いきいきする」前半と後半のSigned rank sum testの結果
前 半
いきいきする
後 半
M
T
M
T
z
P
2.00
0.00
4.00
153.00
-3.729***
.001
注)a:n=28 b:n=29 M:中央値 T:順位総和
*:P<.05 **:P<.01 ***:P<.001(両側検定)
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
⑥生き生きする前
⑥生き生きする後
図2 「いきいきする」前半と後半のSigned rank sum testの結果
③ 「物事に気のりがしない」(表3)前半と後半のSigned rank sum testの結果、有意に後半のポイン
トが低い(p<.001)
表3 「物事に気のりがしない」前半と後半のSigned rank sum testの結果
前 半
物事に気乗りがしない
後 半
M
T
M
T
z
P
2.00
166.00
0.00
5.00
-3.563***
.001
注)a:n=27 b:n=26 M:中央値 T:順位総和
*:P<.05 **:P<.01 ***:P<.001(両側検定)
4.0
16
22
17
3.0
★
2.0
★
5
1518
1.0
★
⑤物事に気のりがしない前
⑤物事に気のりがしない後
図3 「物事に気のりがしない」前半と後半のSigned rank sum testの結果
- 90 -
④ さらに「長期参加者」
「短期参加者」の比較については、15)物事に気乗りがしない という項目は、
有意に「短期参加者」のポイントが高かった。(P<.05)
「物事に気乗りがしない」(表4・図4)長期参加者と短期参加者のU testの結果、有意に短期
参加者のポイントが高い(p<.05)
表4 「物事に気乗りがしない」長期参加者と短期参加者のU testの結果
長期参加
物事に気乗りがしない
短期参加
M
T
M
T
U
z
P
0.00
154.00
0.00
171.00
49.50
-0.748*
.0.016
注)a:n=14 b:n=11 M:中央値 T:順位総和
*:P<.05 **:P<.01 ***:P<.001(両側検定)
9
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
⑤物事に気のりがしない長期者
⑤物事に気のりがしない短期者
図2 「いきいきする」前半と後半のSigned rank sum testの結果
その他、アンケート自由記述欄は、
「心身爽快
② 活動レベルちょうど良さ
です」「とても楽しい気分です」「楽しく参加させ
ていただきました」等のコメントが記された。
<効果の実感>
① 身体と心の変化の実感
2.インタビュー結果
インタビューの内容からは、参加継続意欲に関
<スタッフ>
わる下記のキーワードが浮かび上がった。
① スタッフの対応の心地良さ
② 指導スタッフの存在
<仲間の存在>
③ 慣れたスタッフの存在
① 仲間との会話
② 自分に目を向けてくれる人の存在
<場所・日時>
③ グループの良い雰囲気
① 歩いて通える距離
④ 知り合いという安心感
② 病院や行政が休みの“日曜日”
⑤ 仲間つくり
<その他> <活動内容>
①無料
① 活動自体の楽しさ
- 91 -
インタビューでは、10人中10人が継続の理由と
参加者に対して仲間作りを促進する働きかけは大
して「仲間の存在」に関する内容を挙げている。
切にしなければならない。
下記は、参加者のそのままの声である。
実際、つながりを深めるために行っている音楽
・皆に会えるのがいい。家にいるとしゃべらな
回想法の活動や認知症予防を目的に行っている集
い。
団活動は、一体感を作り、仲間意識を作るきっか
・皆と笑えるのは、すごくいい。 ・知ってい
る人がいるのはいい。
けにもなっているのではないだろうか。
さらに継続参加できる人以外にも目を向けてい
・友達もいるから。 ・皆でやると楽しい。
かなければならないだろうが、介護予防の活動に
・思い出話をしたり、仲間と話せる。 ・おしゃ
参加できない人に対しては、地域での見守り体制
べりできる。
が大切であろう。関係機関とのつながりを持ち続
・皆で会話できるのが最高。楽しい。 ・皆と
友達になれるのは大きい。
けながら、取り組んでいくことが必要である。ま
た、参加者の中には加齢とともにADLが低下し
・和気あいあいとして、歌やお茶でコミュニ
ケーションが取れる。
ていく人もいるだろうが、そのような参加者に
とっても、地域の顔見知りのスタッフが、いろい
ろな機関とつながりを持ちながら安心できる社会
【考察】
資源のひとつになることが重要であろう。
身体を動かしたり歌ったりして皆で笑っている
と、人は元気になる。その場の気分であり、それ
【おわりに】
は一時的ではあるかもしれないが、確実に「生き
結果からも見られるように体操をやると気分が
生きとした陽気な気持ち」へと心が変化している。
いい、とにかく楽しいという声がきけた。場所が
1)
有田(2005)は「セロトニン・トレーニング」
あり指導者がいれば、「自分たちで元気になりた
の中で「(心と身体を整える神経伝達物質)セロ
い」と思っている高齢者は多い。ただ遠くまで行っ
トニンを増やすには、リズム運動をするのが最も
てと言うと続かない。やはり生活圏域で行うこと
効果的である」と述べている。身体を動かしたり
が一番である。何故かというと、点で存在してい
歌ったりすることは、まさにこれに当てはまるも
た高齢者が体操に参加することによって点から線
のであり、活動を実施したことにより気分が変化
の存在になって来る。回を重ねることにより線か
したのであろう。
ら面の存在になり、そこにはコミュニテイができ
今でも活動に参加している「長期参加者」と、
る。生活圏域で存在している高齢者は、やがてお
今では参加していない「短期参加者」との違いは
互いを意識しあい助け合う存在となってくる。特
「物事に気のりがしない」という項目で、差が見
に高齢者にとって必要なのは、和気あいあいと行
られた。長期参加者の「物事に気乗りがしない」
うことが大切であり、できないからと言って強要
と思わない心持ちなどが、継続に関わっていると
はしない。出来ることを出来る範囲でやれば良い
考えられる。しかし何よりも必要なのは、インタ
のである。身体を動かし、大声を出して笑う、懐
ビューでも多く語られた「つながり」であろう。
かしい歌を歌う、ちょっとした目標を持ってもら
参加の理由としてほとんどの参加者が、「皆に会
う。これが実によいのである。面の中の高齢者は
えるのがいい」「皆とおしゃべりしながらやると
常に誰かが気にかけていてくれる。誰かが体調を
楽しい」「大丈夫かと気にしてくれるのは嬉しい」
崩すと報告してくれる。そんな地域作りの役に立
等、地域の仲間やスタッフとのつながりを語って
つことができれば、地域の中の施設としてこんな
いる。心地良い仲間がいてこそ、継続参加できる。
嬉しい事はない。お弁当を持参し,午後は好きな
継続できてこそ、介護予防につながるものであり、
者だけでカラオケに興じている。3年目を迎え、
- 92 -
月2回にしてほしいとの要望もあり、4月から2
引用文献
回に増やしている。マイボールを持って、わいわ
1)有田秀穂「セロトニン・トレーニング」かん
いがやがやと時間になると集まってくる。これは、
き出版 2005年
市からの委託でもなく、施設独自の事業として
行っているものであり、参加費は無料である。開
参考文献
かれた施設を目指しているものの、限られた職員
1)遠藤英俊「地域回想法ハンドブック―地域で
と多忙な業務の中で何が発信できるかというと職
実践する介護予防プログラム―」 河出書房
員に投げかけるだけでは何も始まらないと思い、
新社 2007年
自ら実践している。
2)師井和子「心をつなぐ音楽回想法」ドレミ楽
譜出版社 2006年
- 93 -
福祉の理念と教育
[プロテスタンティズムの倫理と生存権の精
神]に関する理論仮説
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
──市場社会における社会福祉の思想史的地位を
に係る命題とともに、ほぼ一対のシンメトリーを
考えるために──
すなわちこの命題は、M.ウェーバーにおける
構成することになる。
仙台大学体育学部健康福祉学科准教授/院後期3年
院前期 2005 年卒 乗 松 央
2-2.この命題の背景と形成過程
一般に生存権は、キリスト教の救済思想を背景
に語られることが多い。しかし事実は逆である。
1.主 旨
生存権はキリスト教なかでもプロテスタンティズ
1-1.研究の全体像と目的
ムとは対極の場所から生成してきた、と考えら
この論考を含む研究の全体像は2つの側面をも
れる。M.ウェーバーが示すように資本主義の精
つ。一つは生存権とそれを支える生存権思想の史
神がプロテスタンティズムから生じ、そして今日
的展開であり、他の一つはその史的展開を推し進
における市場社会の性格をも規定しているとする
める動因である。すなわちこれを[生存権の歴史
なら、生存権の精神は逆に、プロテスタンティズ
と歴史主体に係る研究]と言い表すことができる。
ムの予定説や人間観の影響を受けない地点から発
し、そして、そのことによって初めて成立し得た。
1-2.
『社会事業研究 第 50 号:2011.1』との
関連性
「市場原理」と「福祉の心」が対立する関係にあ
るのと同様にプロテスタンティズムと生存権思想
この論考は、同誌第50号の続編である。第50号
は対立する。プロテスタンティズムと生存権は、
では、生存権の生成から「日本国憲法第25条」及
近代社会を写したアナログ写真の陰画と陽画の関
び「生活保護法」へと至る歴史を論じた。第51号
係にある。以上のような視点を背景に、この命題
は、その[歴史主体]つまり生存権史の[担い手]
は形づくられた。この点について具体的に説明す
に関する論考である。担い手の検討を通じて、生
べく、この命題を形成する契機となった先行研究
存権思想がキリスト教とりわけプロテスタンティ
や言説のうち最も代表的なものを次に掲げる。
ズムの対極にあることを明らかにする。昨年の報
一般に社会福祉の歴史を記述する場合、19世紀
告は、生存権とその思想が成立する過程を明らか
英国のCOSに言及し、COSの友愛訪問に今日
にする営みであったが、それは取りも直さずこの
におけるケースワークの起源があるとする。しか
ような対立関係を論証するための準備作業であっ
しそれを社会福祉の歴史に据えることが甚だ疑
た。
問なのは、その友愛訪問がdeservingという目的を
伴っていたからである。deservingとは貧民を「救
2.標題に掲げた理論仮説について
済に値する貧民」と「救済に値しない貧民」に分
2-1.論証すべき命題
ける活動であり、COSは後者のみを救済対象と
この研究が論証する命題は、以下の通りである。
し、前者については過酷な処遇で知られている
「プロテスタンティズムの倫理は、生存権の精
新救貧法とそのワークハウスに委ねていた(高
神と対立し生存権の生成・発展を阻害していた。」
野1985)。このdeservingの「救済に値する、値し
- 94 -
ない」という考え方は、キリスト教の「予定説:
から賤民を区別している」旨、指摘した。(稲葉
predestination」に符合する。そして、この予定説
1994[25-3]:339 ~ 340)ヘーゲルの社会観、貧民
を教義の中心に据えたのがプロテスタンティズム
観には、[予め排除されるべき賤民概念]が含ま
であり、ウェーバーはプロテスタンティズムと資
れているのである。「法哲学綱要」は、市民社会
本主義の関係を論じるに当たり、この予定説を決
とその規範を考究したヘーゲルが最後に到達した
定的な論拠とした。予定説とは、「神は、予め救
社会哲学の頂きにある著作であるが、まさにコー
済される人間と救済されない人間を定めている」
ツが指摘する「予定説」的な人間観、社会観を色
とするキリスト教の根本教義である。この教義に
濃く反映している。そしてヘーゲルもまた熱心な
従う限り、予め救済されないと定められた人間に
プロテスタントの家系に生まれ晩年までルター派
対し社会資源を投入することは浪費であるばかり
を自認していたという事実があり、また、プロテ
でなく神の摂理に反する行為ということになる
スタンティズムとヘーゲル哲学との濃厚な関係を
(Kohs1966:95、141 ~ 142 / 小 島・岡 田 訳1989:
指摘する研究(Rosenkranz1844:ⅩⅩⅩⅢ~ⅩⅩ
85、135)。コーツは、これを「プロテスタント・ソー
ⅩⅣ・3 /中埜訳:21・27)もある。
シャルワーク」と呼んだ。
一方ウェーバーは、「プロテスタンティズムと
その予定説こそが、今日的な資本主義を形成した」
2-3.理論仮説と、実証方法
生存権が法的な権利として確立されたり明確な
とする。
思想・理念として形成されるのは20世紀に入って
したがってここでは次のような定式化が可能に
からである。それまで未結晶の精神として、ある
なる。[プロテスタンティズムは、一方で資本主
いは曖昧な言説としてしか存在しない生存権に対
義を形成し他方で普遍的な救済を阻害した。」言
して、理論的で体系立った批判がプロテスタン
い換えれば[プロテスタンティズムは、市場原理・
ティズムの側から行われた可能性は乏しい。プロ
市場社会を形成する要因であり同時に生存権・社
テスタンティズムの主張のうちに生存権を批判し
会福祉を阻害する要因でもあった。]本稿でシン
掣肘を加える言説を捉えることは困難であろう。
メトリーという場合の相似は、この関係を指して
したがって、実証過程で検討の対象として用いる
いる。
ことができるのは、プロテスタントもしくは非プ
そこで、プロテスタンティズムと市場社会、生
ロテスタントという個々の「人間」による言動一
存権との関係につき視点を変えて確認するため
般の中に生存権との関わりを確認する他ない。
G.W.F.ヘーゲルの貧民観に言及する。ヘーゲル
は最晩年の著作『法哲学綱要』においてPolizei
それゆえ、命題(2-1)を実証するための理論
仮説を、次のように立てる必要がある。
( 行 政 ) を 論 じ て い る が、 貧 民(Armut) に 対
(Ⅰ) 必要条件:プロテスタントは生存権の生
する支援策としてギルドを粗型とした職業団体
成を妨げるか、もしくは普遍的な救済や
(Korporation)を提起する一方、「公的救済によっ
生存権という価値に至らなかった。(妨
て堕落する窮民(Bedürftige)
」=「賤民(Pöbel)」
げる:排除の対象となる貧民が想定され
をつくらないためには、「彼らの運命にまかせて、
ていたり、制限救済を主張する、もしく
大道で乞食をせよと命ずるのが、最も直接的に効
は自由放任思想をもつ)
果のあるやり方であることが実証済みなのであ
(Ⅱ) 十分条件:非プロテスタントが生存権の
る 」(Hegel/1821:683 / 藤 野・ 赤 澤 訳1967:470)と
精神や思想を担った。(非プロテスタン
結論づけている。この点については 稲葉振一郎
ト:カトリック教徒、無神論者、汎神論、
の先行研究があり、アダムスミスの包括的な「貧
理神論を唱える者、および非キリスト教
民」概念と比較しつつ「ヘーゲルは、貧民や窮民
徒)
- 95 -
仮説(Ⅰ)を例証するには際限のない事例を必
あり、ルソー自身が確立した「神の概念」である。
要とするばかりでなく、仮に例証できても事後に
3-2.M.ロベスピエール:ルソーと同様に有
例外が生じ仮説が成立しなくなる可能性もある。
神論者だが、[最高存在の祝典]という祭祀を伴
プロテスタンという簡単には捕捉できない集団の
う新しい市民宗教を提唱し組織化した。また、幼
性格によって制約を受けるからである。そこで仮
少年期にはカトリック教徒であった。
説(Ⅱ)の例証を併せて行う。
3-3.J.G.フィヒテ: 生存権史の入口に位置
命題(2-1)
[プロテスタンティズムの倫理は、
づけられるフィヒテの宗教は汎神論ないしは理神
生存権の精神と対立し生存権の生成・発展を阻害
論と言え、そのために無神論者の疑いで告訴され
した。]の対偶は、[生存権の生成・発展を阻害し
イエナ大学の職を失っている(岩崎1980:24 ~
ない者はプロテスタントではない]となり、この
25)(石崎2010:9 ~ 10)。
[阻害しない者]を[推進する者]に置き換えた
3-4.A.メンガー :「反抗的な気質をもち無神
のが上記(Ⅱ)であり、生存権の精神や思想を担
論に傾いていたアントンは、1859年3月の<宗旨
う者(=推進する者)は、少なくとも[阻害しな
問答>の時間に聖職者の教師と決定的な衝突をし
い者]であるという前提に立つ仮説である。49
てしまった。」そのためギムナジウムを放校にな
回大会報告で示したように生存権の精神を担う者
る。(八木2004:8)
は限定されており、したがって仮説(Ⅰ)のよう
3-5.H.ジンツハイマー:ワイマール憲法の
な制約が少なく、このため例証に成功すれば安定
151条(生存権規定)を起草したジンツハイマー
した論拠となる。ただし必ずしも[阻害しない者
は、ユダヤ人である。このためナチスに追われオ
=推進する者]ではなく、[阻害しない者]がプ
ランダへ亡命、そこで客死した(久保2001:330
ロテスタントである場合も可能性としてはやはり
~ 334)。
残る。それゆえ、仮説(Ⅰ)の場合と同様に、仮
3-6.S&B.ウェッブ:思春期にキリスト教へ
説(Ⅱ)の例証だけでは説得力に限界がある。
の疑いを抱いたB.ウェッブは、青年期にA.コント
つまり、仮説(Ⅰ)及び(Ⅱ)の両方を例証して
の「人類教」に傾倒するなど(B.Webb1926)、そ
初めて必要にして十分な条件が満たされ、命題の
の後の生涯を通じて幼少期にそうであったような
現実妥当性が担保されると考えられる。
キリスト教信仰に戻ることはなかった。そして
S.ウエッブは、幼少期から既にキリスト教信仰に
3.実 証 の 試 み
は関心が乏しく、やがて無神論へと傾斜した。(ハ
本稿では紙幅の制約があり、その一部につき簡
リスン2000)
単に触れる。また、必要条件の例証は前項[2-
3-7.ルイ・ブラン:『労働の組織』の中で、
2]で言及したため、ここでは省略する。
社会を改良しようとする際におけるキリスト教の
そこで、本誌第50号で示した[生存権の担い手]
弊害を論じており、キリスト教自体に対して批判
ごとにその信仰・宗教および宗教観を確認し、プ
的であったと言える。
ロテスタンティズム並びにキリスト教への親和性
3-8.森戸辰男:その著書『思想の遍歴』を見
の有無を基準として比較することで、十分条件に
る限りキリスト教の影響は少ない。大きな影響を
つきその例証を試みたい。(昨年報告の【図1】
受けたと言われている新渡戸稲造も、当初は予定
に表示した人名に沿って論じる。)
説を中心教義とするメソジスト派プロテスタント
3-1.J.J.ルソー:生誕地のジュネーブはカ
であったが、後に禁欲的ではあるが予定説には拠
ルビニズムの総本山だが、その影響は見られない、
らないクェーカー教徒となった。森戸が出会っ
としても差し支えない。有神論者であるが、その
たのはクェーカー教徒の新渡戸である。
「神」は「自然の神」「無名の神」「感情の神」で
- 96 -
4.研究における制約条件と課題
会事業研究(第50号)』日本社会事業大学社
信仰や信条は、個人の内面に関わる事柄であり
会福祉学会:2011.1.1および報告資料集『社
終生明かさないこともあり得る。しかも欧米では
大福祉フォーラム2010 第49回日本社会事業
「無神論」であるということが社会的な不利をも
大学社会福祉研究大会』:2010.6.26 ~ 27
たらす場合があり公然とした表明を聞くことは難
R. ハリスン(2000)『ウェッブ夫妻の生涯と時代
しい。当然、伝記等の記録にも現れないこともあ
──1858年~ 1905年:生誕から共同事業の
る。前項の例証が困難を伴う所以である。
形成まで──』大前 眞/訳、ミネルヴァ書房:
2005.2.15
【主な参考/引用文献】
森戸辰男『思想の遍歴(上)─クロポトキン事件
Hegel, Georg, W, F.(1821)Grundlinien de
前後─』春秋社:1972.5.20
Philosophie des Rechts, In der Nicolaischen
八木紀一郎『ウイーンの経済思想─メンガー兄弟
Buchhandlung frommann-holzboog:1974( =
から20世紀へ─』ミネルヴァ書房:2004.4.20
1967藤野 渉、赤澤正敏訳『法の哲学;世界
の名著35』 中央公論社)
Kohs, S, C“The Roots of Social Work”Association
Press:1966(=1989小島蓉子・ 岡田藤太郎
訳『ソーシャルワークの根源─実践と価値の
ルーツを求めて』)
Rosenkranz, Karl“ G. W. F. Hegels Leben ”
Unveränd. reprograph. Nachdr. d. Ausg. Berlin
〈unter Hinzufügung e. Nachbemerkung von Otto
Pöggeler zum Nachdr. 1977〉:1844(=1983中
埜 肇訳『ヘーゲル伝』みすず書房)
Webb[Potter], Beatrice(1926)My Apprenticeship ,
Longmans Green and co(1950)
稲葉振一郎「貧民問題を巡るスミスとヘーゲル(Ⅰ
~Ⅲ)」岡山大学経済学会『岡山大学 経済学
会雑誌(第25巻3号、4号・第26巻第1号)』
:
1994.2 ~ 6
岩崎武雄「フィヒテとシェリングの生涯と思想」
『
フィヒテ シェリング; 世界の名著43 』中
央公論社:1980.5.20
久保敬治『新版 ある法学者の人生 フーゴ・ジン
ツハイマー』信山社:2001.4.15
高野史郎『イギリス近代社会事業の形成過程─ロ
ンドン慈善組織協会の活動を中心として─』、
勁草書房:1985.2.28
乗松 央「〈日本国憲法第25条-1〉の源流に関
する精神史的考察──[生存権思想の成立過
程]に関する研究ノートに代えて──」『社
- 97 -
「主体性の回復」、新しい社会福祉理念の模索
カンソンは、「民衆の神学、あるいは民衆神学は
―日・韓のキリスト教セツルメント運動、興望館
1970年代に韓国が経験した政治的体験を神学的に
と民衆教会実践を中心に
省察し、体系化したもので、韓国の政治的状況で
抑圧されてきた者の神学、抑圧者に対する神学的
日本社会事業大学大学院
後期 3 年 鄭 芝 永
反応であり、韓国教会とその使命に対する抑圧さ
れている者の反応である」と規定する。
民衆神学において抑圧されている民衆の現実を
1.主体性の回復と民衆教会セツルメント運動
確然なものとして見せられる社会経済史的方法は
1-1.民衆神学とセツルメント運動
必然的にあらわれた。聖書に関する、社会経済史
1960年代中盤から1970年代にかけて急激な産業
的解釈の結果、聖書の核心が人間の解放のための
化を経験した韓国社会は、経済的産業化による社
神の働きにあり、そして、神の自己啓示は人間の
会構造の変化とそれに伴う都市化、社会的不均衡、
歴史的次元、即ち社会経済史の次元で現れ、その
不調理、そして、政治的硬直化を体験する。その
故、歴史内の事件自体が神の自己啓示であると理
社会的背景の中、韓国国民の下部構造に属する
解するところに至っている。
人々、即ち、民衆の苦難と非人間化の問題が浮き
聖書解釈においては、旧約聖書の出エジプト事
彫りに台頭し始め、問題の解決への取り組みが模
件と新約聖書の十字架事件を聖書的前拠として挙
索される。
げ、この前拠から、神は具体的イスラエルの歴史
韓国のキリスト教界は、組織的且つ体系的な介
の現場、そして現場で抑圧されている者と働くの
入ではないものの、産業伝道の実務者、キリスト
で、キリスト教の原啓示は具体的現場で抑圧され
教学生運動の都市貧民宣教、韓国キリスト教教会
ている者の解放事件にあるとしている。
協議会の民衆宣教などの実践が行われ、「民衆と
民衆の概念は、社会の疎外階層の全般を含む庶
共に宣教的経験」をすることになる。この宣教活
民大衆として定義され、即ち、民衆は経済的面だ
動に対する神学化の必要性の認識から、民衆神学
けでなく社会的、文化的に貧しく、抑圧され、疎
が胎動する。民衆神学は、神学の理論的枠を実践
外された人として定義される。経済的に豊かでは
的領域に移したものではなく、民衆の生活の具体
なく政治的に権力を持ってない被抑圧者で、偏見
的様態を神学的に整理し、実践の方向を提示する
によって無視されてきた歴史を持っているのが民
ことを目指す過程で神学化されたもので、韓国の
衆である。
1970年代社会問題の真ん中を神学の出発点にし、
キム ヨンボクによると、韓国の民衆は韓国の
人々の生きている現場を神学の主体、そして対象
産業化の過程で深刻な苦難に立たされ非人間化を
にする状況神学であり、韓国社会の産業化過程に
経験してきて、現在的も続いている人であると結
おいてもっとも抑圧され疎外されてきた階層を出
論付けている。ここで重要な範疇は、
「苦難の経験」
発点にする神学である。
としており、貧しい農民、貧しい勤労者、貧しい
「イエスは、民衆と自分を同一化し、民衆の叫
都市貧民、疎外された老人、障害を持つ人であり、
びを代弁し、疎外された民衆を解放するが、後の
中産階層やほかの階層の人も民衆的性格を持ちう
教会史に登場する制度化された教会は、民衆を捨
るが、日本の植民地時代においての貧しいソンビ
てた。しかし、福音はもう一度民衆の宗教になる
(儒師)がその例」としている。
地平を開いてきたこと、そして韓国教会は民衆の
この民衆神学は、今日の教会の宣教の方向を提
声を聞き、代弁しなければならないこと、そして
示する大きな役割を果たした。社会の矛盾に盲目
代弁し始めたことであるといえる」とした、ソ 的な教会指導者、政治、経済の制度的矛盾と関係
- 98 -
ない観念的神学、企業や経営の能力に変質した教
1-3.民衆教会運動
会の拡張などが横行している現在、民衆神学的宣
韓国においての産業化、都市化の過程でその逆
教は“社会構造的矛盾により疎外され、抑圧され
現象として現れた都市貧民や労働者階層、農民階
る者の傷を癒し、卑屈になった者の主体性を取り
層に対するキリスト教の反応が、韓国キリスト教
戻すために共にすることである”としている。
界の全体の反応ではないが貧民問題に対するキリ
このような民衆神学的接近が反映された実践が
スト教的反応として現れ、教会外の社会に対する
都市貧民宣教、都市産業宣教であり、民衆教会運
教会の新しい使命や役割を強調している。1972年
動である。韓国のキリスト教が都市産業宣教を始
を始めに現在に至るまで民衆教会運動が展開され
めた背景と経緯には、このような韓国の急激な産
て、徐々に体系的に、連帯的に展開されている。
業化や工業化の過程で、韓国のキリスト教教会が
民衆教会運動は、“民衆の生活現場で民衆が主
韓国社会に対し責任的に対応するのが教会的使命
体になり、自分の問題を共有し解決するための信
であるとした覚醒に立脚したものである。
仰共同体を形成、これによって民衆が主人の世界、
神の国をこの世に建設しようとうする運動として
1-2.神の宣教思想
の教会運動”である。
都市貧民宣教の宣教概念において、既存の宣教
概念と異なる重要な転換的認識は、宣教は神の宣
1-4.都市産業宣教
教であり従来の宣教活動とは違うもので、特に貧
都市産業宣教の対象は労働者を中心とする貧困
民に対する温情主義的慈善や個人の救援のための
層で、集団的に集まって生活する貧民に神の福音
伝道とは大きく異なるものである。
を伝えることにより、神の形像として作られた人
神の宣教とは、神の救援が教会内だけではなく、
間としての尊厳性を自覚し、人間共同体形成に具
歴史全体を包括し、神自身が主管するものである
体的に参与できる能力を開発することを目的にし
という考えである。即ち、この世界での宣教活動
たものである。1968年、延世大学校都市問題研究
の主体は教会ではなく神であり、教会は、その存
所内都市宣教委員会(委員長:パク ヒョンキュ
在と活動を通じて歴史内の神の宣教に参与するだ
ウ、 牧師)が組織され、都市宣教の実務者を教
けであるとしている。
育することから始まった。1971年9月11日、“首都
そして、神の宣教概念によって、宣教の対象が
圏都市宣教委員会”を組織し、ソウルの都心地(中
教会やキリスト教徒だけではなく被造物の世界の
部市場、南大門地域)、城南団地、清渓川など地
全体に拡大される。故に、宣教活動は生態学的問
域の難民のための宣教活動を開始する。これは、
題、政治、経済、社会、文化などの問題解決を通
都市宣教のための教会的関心を現した最初の行動
じて、人間をその不条理な状態から救援するため
であったという面で大きい意味を持ち、韓国の都
の活動として理解されている。この理解を基盤に
市宣教の発展に大きく寄与したと評価される。
都市貧民宣教は、従来の単なる改宗や改心を促す
その時、組織された韓国特殊地域宣教委員会は、
伝道の次元とは違う宣教活動を展開する。
1972年4月から本格的に活動始め、城南団地、ト
これは、19世紀の社会福音の社会救援の認識と
ボン洞地域、永燈浦、シンジョン洞などの貧民地
その脈を共にしている。社会的矛盾の克服が、教
域に新しい方法で、教会を設立し、地域住民のた
会でいう救援の意味の中に包含されるという広い
めの宣教活動を展開する。その活動の内容を概略
認識を持つようになり、この構造的悪からの解放
的に見ると、地域住民、即ち都市貧民の生活実態
のために行う宣教活動は、現の庶民大衆と疎外さ
や住居問題、健康と疾病の問題、そしてそれに対
れた労働者とともに社会構造悪を克服しようとす
する都市政策の問題などを観察し、問題の原因を
る教会の活動の方向を提示した。
究明、構造的に認識し、これらの問題を住民が自
- 99 -
ら認識、解決できるように促進する役割を果たす
の制定に大きく貢献した。
ために努力した。
ジョン マール デビスの講演が、日本キリス
都市貧民宣教の活動の類型を分類すると、地域
ト教婦人矯風会の外人部会において行われ、興望
問題を住民が自らの手で解決できる組織を作り上
館セツルメントの設立に影響を与えたとされてい
げるための組織活動と教育活動を始めに、診療活
る。ジョン マール デビスは、日本YMCA名誉
動、福祉活動、訓練プログラム、実態調査活動、
主事として活動した社会学者で、日本における
相談活動、礼拝活動に区分できる。
YMCA運動に参加した。社会問題に鋭い関心を持
ち、科学的調査による社会事業振興の必要性を主
2.興望館セツルメントと地域福祉運動
張した。「東京市に於ける貧民状況所感」という
2-1.興望館セツルメントの歴史
論文を発表したことで知られているが、1919年1
大正8年(1919年)に在京基督教婦人矯風会外
月、矯風会外人部会の例会でこの論文の主張を基
人部により組織され、今なお地域の福祉施設とし
におこなった講演に興望館設立のきっかけを与え
て保育事業を中心に継続している、現存するセツ
る。東京の貧民地域の生活改善のため、子どもの
ルメントでは最も伝統ある施設の一つである。そ
遊び場、施療所、教育設備の設置を強調する。家
の実践は、第二次世界大戦下において若干の後退
庭改良によって社会改良に繋いでいくと主張。宗
は余儀なくされるが、基本的に欧米のセツルメン
教団体の参与を促す。
トの伝統を受け継ぎ、地域のニーズキャッチや
このように、興望館セツルメントは、キリスト
サービス開発などを中軸としたソーシャルワーク
教精神を土台に、地域をその活動の中心に置き、
の視点を堅持しつつ、戦中そして戦後も、今日に
地域住民の福祉的問題の発見と解決に努め、サー
至るまで地域福祉実践の拠点として活動してき
ビスの開発・提供者として、公的サービスの伝達
た。(資料として、昭和8年、1933年の興望館セツ
装置者として機能した。先行研究にあるように「運
ルメントの事業報告書を添付する。17頁以下)
動性」「社会性」という部分では成熟してはいな
かったが、今日まで、セツルメントを標榜して活
2-2.興望館セツルメントの思想的背景
動を継続してきた興望館セツルメント運動には、
興望館セツルメント運動の思想的背景は日本キ
「地域性」や「民間性」
「思想性」は意識されていた。
リスト教婦人矯風会とジョン・マール・デビスの
思想からその始まりを見ることができる。
そして、興望館セツルメント運動には、海野幸
日本キリスト教婦人矯風会は、1886年設立され、
徳が述べるところの「消極的社会事業と積極的社
キリスト教信仰に基づき、世界平和、純潔、酒害
会事業の統合」である「総合的社会事業」にも比
防止の目標に掲げて活動してきた。女性福祉の事
肩する実践があり、また今日の「住民と行政の協
業にも力を注ぎ、公娼制度廃止、婦人参政権獲得
働による新たなシステムづくり」として期待され
運動など、女性の基本的人権のために活動し、戦
ている地域福祉実践の原型と思われる。
後は平和運動に邁進して、売春防止法(1956年)
- 100 -
高 齢 者 へ の 支 援
ドイツにおける Altenpflegehelfer の養成
教育
-ラインラント・プァルツ州の例を中心に-
思われるが、その先行研究はほとんどなく、日本
ではAltenpflegehelfer養成(教育)の実態があま
り知られていないのが現状である。
そこで本稿では、ドイツのAltenpflegehelferの養
浦和大学短期大学部
成制度(教育)について、ラインラント・プァル
高 木 剛
ツ州(以下、RLP州)の例を中心に概観し、2015
年度に創設が予定されている、日本の「准介護福
はじめに
祉士」制度の検討に資する点を考察することを目
日本では急速に進行する少子高齢化の中で、
的とした。
年々介護サービスを必要とする高齢者が増えてい
る。しかし、その一方で、高齢者介護を担う人材
1.研究方法
不足が深刻化しており、高齢者介護を支える人材
RLP州教育センター職員R氏、およびドイツ赤
育成は大きな社会問題となっている。しかも近年
十字社高齢者センター職員M氏からの情報提供
では、要介護高齢者の介護ニーズが多様化・複雑
に 加 え、RLP州 のAltenpflegehelfer養 成 の 管 轄 省
化しており、それらに適切に応えるために、介護
である「教育・女性・青少年省」(Ministerium für
の担い手の資質の向上も強く求められている。
Bildung, Frauen und Jugend)のホームページ、そ
現 在 日 本 で は 介 護 の 担 い 手 と し て、 介 護 福
の 他、 文 献・ 資 料 等 に よ り、Altenpflegehelferの
祉 士、 介 護 職 員 基 礎 研 修 修 了 者、 ホ ー ム ヘ ル
養成(教育)の概要について整理した。
パーなどが挙げられるが、2015年度からは新た
なお、AltenpflegerおよびAltenpflegehelferは男性
に「准介護福祉士」(本稿で取り上げるドイツの
名詞であり、これらの女性名詞は、Altenpflegerin
Altenpflegehelferに匹敵)の創設が予定されてい
およびAltenpflegehelferinであるが、本稿では紙幅
る。准介護福祉士は、介護福祉士養成施設の卒業
の関係で、特に区別を付けず、男性名詞で統一し
者が介護福祉士国家試験に「不合格」であった場
て記載した。
合などに付与されるばかりか、同じ国家試験の受
験資格でありながら、実務経験ルートを経た者は
2.ドイツにおける高齢者介護の担い手
対象外とされているなど、この資格制度の不透明
ドイツにおける高齢者介護の中心的な担い手と
さや矛盾が浮き彫りになっている。
しては、Altenpflegerをはじめ、その下位職種で
ところで、先駆的福祉国家であるドイツでは、
あるAltenpflegehelferが挙げられる。さらには、や
主 と し てAltenpflegerとAltenpflegehelferが 高 齢 者
やマイナーなものとしてHaus-und Familienpfleger
介護の中心的な担い手となっているが、両者と
(又はFamilienpfleger)という、主として在宅介護
も日本よりも先に養成制度が確立されているう
の担い手も挙げられる。これらはいずれも、増
え、両者の養成制度が連動しているなど、日本
大する要介護高齢者の介護問題に対処するため
にとって参考になる点が少なくない。とりわけ
に創設された職業資格である。これらの根拠法
Altenpflegehelferの養成(教育)は、今後日本の
は、Altenpflegerは国家資格として連邦法で規定
准介護福祉士制度を展望するうえで有益であると
されているのに対し、AltenpflegehelferやHaus-und
- 101 -
Familienpflegerは州資格として、各州の法律にも
4.Altenpflegehelfer の養成(教育)の概要
とづいている。
こ の よ う にAltenpflegehelfer 養 成( 教 育 ) は、
ここでは、Altenpflegehelferに注目し、まずは
各州の法律で規定されているため、各州によって
そ の 養 成 の 歴 史 的 展 開 に つ い て、Altenpfleger
多少異なっている。以下、Altenpflegehelferの養
と 関 連 づ け な が ら 概 観 す る。 な お、Haus-und
成(教育)について概観する。
Familienpfleger養成については、十分な紙幅がな
Altenpflegehelferの 養 成( 教 育 ) は、 各 州 の
いため、本稿では省略する。
法律で規定された職業専門学校もしくは専門
学 校 で 行 わ れ る。 入 学 要 件 と し て、 一 定 の 年
3.Altenpfleger お よ び Altenpflegehelfer 養
成の歴史的展開
齢(多くの場合17歳)に達していることに加え、
Altenpflegehilfeについて学習するために必要な基
ドイツでは1950年頃から高齢化の進行ととも
礎的な学力(基幹学校を卒業など)や一定の職業
に、高齢者介護の担い手の確保が急務な課題と
知識・経験などが問われる。職業専門学校や専門
なった。1965年にドイツ公私社会福祉連盟が社会
学校への入学の可否については、申請書類や面接
的援助を担う専門職養成、すなわち、養成期間1
などによって決定される。
年間とし、理論および実務教育を600時間とする
Altenpflegehelferの養成期間はほとんどの州が
養成の在り方等について勧告した。1969年にノル
1年間である。養成教育は「理論教育」と「実務
トライン・ヴェストファーレン州がドイツで最初
教育」で構成されているが、これらの時間数は州
にAltenpfleger養成について制度化し、その養成
によって若干異なる。例えば、ヘッセン州では養
がスタートしたのを皮切りに、その後の約10年間
成期間1年間で、理論教育700時間、実務教育900
で全ての州でAltenpflegerが進められた。この流
時間で、合計1600時間が必要である。また、バイ
れの中で、下位職種であるAltenpflegehelferの養
エルン州もヘッセン州と同様、養成期間が1年間
成もそれぞれの州において着手されることとなっ
であるが、理論教育800時間、実務教育700時間、
た。
合計1500時間が必要とされる。RLP州では、養成
AltenpflegerもAltenpflegehelferも、 国 家 認 定 の
期間1年間で、理論教育800時間、実務教育850時
州資格としてドイツ各州で養成されてきたが、と
間、合計1650時間が必要である。その他、ハンブ
りわけAltenpflegerは、看護職(Krankenpfleger /
ルク州のように、養成期間が2年間で、理論教育
Krankenschwester)との社会的評価や待遇面の格
960時間、実務教育2240時間、合計3200時間とい
差などが問題となり始めた。また、Altenpflegerの
うケースもある。
養成教育が各州によって異なっていたことや、さ
修了試験として、多くの州では、筆記試験、口述
らにはその業務が介護のみならず医療行為を含む
試験、実技試験が課せられる。この修了試験で一定
内容へと拡大してきたことから、幾多の議論の結
の水準に達している場合、
卒業時にAltenpflegehelfer
果、Altenpflegerは2003年8月から連邦国家資格
の資格を取得することができる。資格の名称は、
へ格上げされることとなった。Altenpflegehelfer
「Staatlich anerkannter Altenpflegehelfer」「Staatlich
についても一時は連邦国家資格として法案に盛り
geprüfter Altenpflegehelfer」「Staatlich anerkannter
込まれたが、審議の結果、Altenpflegehelferの業
Gesundheits- und Pflegeassistent」 な ど、 州 に よ っ
務範囲等を考慮した場合、養成(教育)を連邦法
て異なる。
で規定することは不要との判断から削除され、こ
その他、Altenpflegehelferの養成課程を修了後、
れまでどおり各州の法律にもとづいて養成される
引き続きAltenpflegerの養成課程(3年制)に進
こととなった。
むことも可能で、その際は、Altenpflegehelfer養
成課程で要した期間(通常1年間)は短縮される。
- 102 -
表1 RLP 州における Altenpflegehelfer の養成教育カリキュラム (旧)
科 目
時 間 数
必修科目
1.ドイツ語(国語)/コミュニケーション
80
2.宗教学/宗教教育学
40
3.社会学
40
4.法学/行政学/職業学
80
5.老年学
120
6.保健学/病理学/栄養学
200
7.看護学
120
8.介護演習
160
9.活動援助
80
実務教育
700
合計時間数
1620
出典)Rheinland-Pfalz Lehrplan und Rahmenplan für die Fachschule für Altenpflegehilfe.
Ministerium für Bildung, Frauen und Jugend:1.2002より筆者作成
5.RLP 州における Altenpflegehelfer の養成教
育カリキュラム
見直され、テーマごとの構成に切り替わった1)。
具体的には、理論科目においては、「高齢者介護
ここでは、Altenpflegehelferの養成教育カリキュ
の職業」「高齢者の個人及び状況に応じた介護」
ラムを概観するために、RLP州の例を取り上げる。
「認知症及び老年精神医学的に変化した高齢者の
RLP州におけるAltenpfleger養成教育は、1978年
介護」「指導、助言及び対話」「生活様式における
にスタートし、その後1991年、2000年、2004年と
高齢者の支援」などの必修科目と、選択科目で構
いう具合に、数回の法改正を経て、現在の養成教
成され、合計800時間が配当された。この他にも
育へと至っている。Altenpflegehelferもこのよう
実務教育として850時間が課せられ、理論教育お
な法改正に連動して養成教育が見直されてきた。
よび実務教育で合計1650時間が必要となった(表
表1に示されているAltenpflegehelferの養成教
2)。
育カリキュラムは、Altenpflegerが連邦国家資格
化する以前(2000年改正時)のものである。養成
6.Altenpflegehelfer の業務範囲
期間は1年間で、科目としては、「ドイツ語/コ
Altenpflegehelferは、Altenpflegerの 指 示 に も と
ミュニケーション」「宗教学/宗教教育学」「社会
づき、要介護高齢者の入浴、排泄、食事などの基
学」「法学/行政学/職業学、老年学」「保健学/
礎介護(Grundpflege)や身の周りの世話などを
病理学/栄養学」などの他、実務教育が課せられ、
行っている。Altenpflegerの業務と根本的に異な
理論教育920時間、実務教育700時間、合計1620時
る点は、Altenpflegerがかなりの医療行為を行え
間が必要とされていた。
るのに対し、Altenpflegehelferは原則医療行為を
その後、RLP州では2004年からAltenpflegerが連
行うことができないところである。
邦国家資格として養成され始めたが、これに合わ
Altenpflegehelfer業 務 の 実 際 の 例 と し て、RLP
せて、Altenpflegehelferの養成教育も見直された。
州にあるドイツ赤十字社高齢者センター(日本
Altenpflegehelfer養 成 教 育 は、Altenpflegerの 養 成
の特別養護老人ホームに相当)に勤務するM氏
教育と連動して、これまで配置されていた科目が
(Altenpfleger)の話によると、この施設における
- 103 -
表2 RLP 州における Altenpflegehelfer の養成教育カリキュラム (新)
時 間 数
科 目
科 目
Altenpflegehelfer
必修科目
(1年間)
(2年間)
1.高齢者介護の職業
120
-
2.高齢者の個人及び状況に応じた介護
160
320
3.認知症及び老年精神医学的に変化した高齢者の介護
120
120
4.指導、助言及び対話
40
40
5.生活様式における高齢者の支援
120
-
6.高齢者介護における計画、実行、記録及び評価
60
60
7.医学的診断と治療への参加
60
140
8.宗教的観点における高齢者介護業務の人類学的、社会学的側面の解明
80
120
9.高齢者介護業務における制度的、法的な大枠の条件の考慮
-
100
10.質を確保した高齢者介護への参加
-
40
11.危機及び困難な状況への対処
-
80
12.高齢者介護業務における理論的基礎の考慮
-
60
13.高齢者介護業務における生活環境と社会的ネットワークの考慮
-
80
14.居住空間と居住環境整備における高齢者の支援
-
40
15.日常生活と自立行動における高齢者の支援
-
80
16.自己の健康の保持増進
-
40
17.職業的自己理解の発展
-
40
選択科目
40
140
実務教育
850
1650
合計時間数
1650
3150
出典)Rheinland-Pfalz Lehrplan und Rahmenplan für die Fachschule Altenpflege, Fachrichtung Altenpflege”
Ministerium für Bildung, Frauen und Jugend:2.2005.より筆者作成
Altenpflegehelferの主な業務内容は、入浴、排泄、
7.Altenpflegehelfer の現況(従事者数、性別、
食事、移動など際の介助、レクリエーション活動
勤務先、雇用形態など)
の支援、点眼、血圧測定、ベッドメイキングな
と こ ろ で、 ド イ ツ 全 州(16州 ) に お け る
どの環境整備などであり、Altenpflegerとは異な
Altenpflegehelferの現況(従事者数、性別、勤務先、
り、痰の吸引、インシュリン注射、服薬管理など
雇用形態など)はどのような状況であろうか。
の医療行為は行えないとのことである(表3)。
連邦統計庁の2009年度のデータ(Pflegestatistik
Altenpflegehelferの 業 務 は、Altenpflegerと 比 べ て
2009)2)によると、介護保険適用の施設・事業所
その範囲が狭いものの、施設においては高齢者介
で介護業務に従事するAltenpflegehelferは、ドイツ
護を担う人材として、期待されているようである。
全州(16州)の合計で36,481名である。その内訳
は、施設勤務者が27,926名、在宅勤務者が8,555名
である。2007年度対比では、施設勤務者が29%増
加、在宅勤務者が41%増加している。男女比は1:
- 104 -
表3 ドイツ赤十字社高齢者センターにおける Altenpflegehelfer の業務の実際
業務内容
Altenpflegehelfer
Altenpfleger
入浴(シャワー浴)の介助
○
○
排泄の介助
○
○
食事の介助
○
○
移動の介助
○
○
レクリエーション活動の支援
○
○
点眼
○
○
血圧測定
○
○
痰の吸引
×
○
インシュリン注射
×
○
服薬管理
×
○
環境整備(ベッドメイキング、掃除など)
○
○
介護記録
○
○
注)○印は行えるもの、×印は行えないもの
9と女性が9割を占めている。勤務先としては、
の デ ー タ(Statistische Berichte)3) に よ る と、 介
施設が76.5%と大半を占めている。勤務先におけ
護保険適用の施設・事業所で介護業務に従事す
る全ての職種に占めるAltenpflegehelferの割合は、
るAltenpflegehelferは1,359名である。その内訳は、
施設では4.5%、在宅では3.2%である。勤務形態
施設勤務者が1,075名で、在宅勤務者が284名で
はパート雇用の割合が高く、施設では69%、在宅
ある。男女比はドイツ全州(16州)のデータと
では74%である(表4)。
同様に1:9で、女性が9割を占めている。勤
参 考 ま で に、RLP州 に お け るAltenpflegehelfer
務先についても、施設勤務者が80%と高い割合
の現況についても概観しておきたい。2009年度
を占めている。勤務先における全職種に占める
表4 RLP 州における Altenpflegehelfer の現況
施設勤務
Altenpflegehelfer
1,075名
Altenpfleger
5,663名
内、女性の占める人数(割合) 963名(89.6%) 内、女性の占める人数(割合) 4,897名(86.5%)
フルタイム勤務者の人数(割合) 344名(35.7%) フルタイム勤務者の人数(割合) 3,008名(53.1%)
内、女性の占める人数(割合) 282名(82.0%) 内、女性の占める人数(割合) 2,450名(81.4%)
在宅勤務
Altenpflegehelfer
284名
Altenpfleger
2,084名
内、女性の占める人数(割合) 255名(89.8%) 内、女性の占める人数(割合) 1,825名(87.6%)
合 計
Altenpflegehelfer
1,359名
Altenpfleger
7,747名
内、女性の占める人数(割合) 1,218名(89.6%) 内、女性の占める人数(割合) 6,722名(86.8%)
出典)Statistische Berichte-Pflegeeinrichtungen und Pflegegeldempfnger am 15. Bzw. 31. Dezember 2009-
Ergebnisse der Pflegestatistik.Statistisches Landesamt Rheinland-Pfalz. より筆者作成
- 105 -
Altenpflegehelferの割合は、施設では3.7%、在宅
時間程度)のうち、半分程度を実務教育が
では2.7%とほぼ同様の割合である。勤務形態に
占めており、実務教育が重視されている。
ついてもパート雇用の割合が高く、施設では65%
(5)修了試験として、筆記試験、口述試験、実
である(表4)。
技試験が課せられる。
8.日本における准介護福祉士制度
准介護福祉士制度においては、資格の位置づけ、
ところで、
日本においてドイツのAltenpflegehelfer
資質の確保、介護福祉士との役割の違い、などに
に相当するのは、2015年に創設予定である「准介
おいて、不明瞭であると言わざるを得ない。その
護福祉士」である。周知のとおり、准介護福祉士
点、ドイツのAltenpflegehelferは、これらの骨格
は、2007年の社会福祉士及び介護福祉士法の一部
が整っていると言えよう。
改正の際、フィリピンとの経済連携協定における
介護福祉士候補者受け入れに対する配慮や、国家
おわりに
試験導入後の介護福祉士養成施設卒業者に対する
日本の准介護福祉士制度は、一定期間経過後に
配慮などから創設されることとなった。とはいえ、
改めてその是非が問われることになっている。し
准介護福祉士は介護福祉士国家試験の不合格者等
かし、准介護福祉士が創設された場合、現場の利
に付与されるばかりか、3年間の実務経験ルート
用者は准介護福祉士から介護サービスを受けるこ
を経て国家試験を受験する者は対象外とされてい
とになる。そのためには、准介護福祉士には、介
るなど、その資格の位置づけや制度の矛盾等を疑
護福祉士や他職種と協働し得る、一定水準の資質
問視せざるを得ない。准介護福祉士は、ドイツの
が担保されていなければならない。また、現場に
Altenpflegehelferとは異なり、介護の職業資格とし
おける介護職同士の混乱を防ぐために、介護福祉
て明確に制度化されているとはいいがたく、その
士との役割分担についても、ある程度は明確にさ
業務を含め不明慮な点が多いという状況である。
れる必要がある。
ドイツと日本では、福祉・教育の制度等が異な
9.日本への示唆
るため、単純に、日本へAltenpflegehelfer養成制
筆者なりに、日本の准介護福祉士養成との対比
度の仕組みを導入することは困難である。しかし、
でドイツのAltenpflegehelferの特徴的なことを挙
Altenpflegehelferの養成制度は、日本よりも先に
げるならば、少なくとも次の5つを指摘できる。
導入されており、その養成教育はもちろんのこと、
Altenpflegerとの役割分担など、参考になる点は
(1)介護の職業資格として明確に制度化されて
いる。
少なくない。今後、介護の職業資格として、積極
的に准介護福祉士の資質向上を図るのであれば、
(2)Altenpfleger(3年制)の養成課程と連動
した仕組みとなっており、Altenpflegehelfer
ドイツのAltenpflegehelferの養成制度は、多くの
示唆を与えてくれるだろう。
の養成課程を修了後、Altenpflegerの養成
課程へ進学する場合は、養成期間が短縮(通
引用文献
常1年間)される。
1)Lehrplan und Rahmenplan für die Fachschule
(3)養成教育では、介護分野のみならず、「精
Altenpflege, Fachrichtung Altenpflege”
神医学」
「治療と診断への協力」
「健康保持」
といった医療・保健分野の内容が幅広く盛
Ministerium für Bildung, Frauen und Jugend.
2)“Pflegestatistik 2009‐Pflege im Rahmen der
り込まれている。
Pflegeversicherung Deutschlandergebnisse”
(4)理論教育及び実務教育の合計時間数(1600
- 106 -
Statistisches Landesamt.
3)“Statistische Berichte
-Pflegeeinrichtungen
Altenpflegers(Altenpflege-Ausbildungs- und
und Pflegegeldempfnger am 15. Bzw. 31.
Prüfungsverordnung-AltPflAPrV)Vom 26.
Dezember 2009 -Ergebnisse der Pflegestatistik”
November 2002.
Statistisches Landesamt Rheinland-Pfalz.
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August 2004.Die Ministerin für Bildung, Frauen
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・高木剛:ドイツにおける老人介護士の養成教育
・Gerhard Schüler :Pflegeausbildung in Bewegung”
-2003年施行の教育改正を中心に-.介護福祉
Bundesministerium für Familie, Senioren, Frauen
学.14(2):213-220.2007.
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・Gesetz über den Beruf der Altenpflegehelferin
る研究と今後の専門職養成の考察-ドイツおよ
und des Altenpflegehelfers im Land Brandenburg
びデンマークの現状分析を中心に.訪問看護と
(Brandenburgisches Altenpflegehilfegesetz-
介護.12(8):674-675.2007.
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・高木剛:ドイツにおける介護福祉専門職の養成
教育-ラインラント・プァルツ州の例を中心に.
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中央法規.2000.
Gesetze und Vorschriften.Vincentz Verlag,
Hannover 2003.
・鬼崎信好・増田雅暢・伊奈川秀和編著:世界の
介護事情.中央法規.2002.
・社団法人生活福祉研究機構・ベルリン日独セン
ター:日独介護保険の将来展望;介護保険制度・
介護事業経営・介護を支える人材の現在と展望.
東京大会シンポジウム資料.2007.
・東京都議会議会局:ドイツにおける高齢者ケア
施策と公的介護保険制度-先駆的事例をドイツ
に学ぶ.2000.
・仲村優一・一番ヶ瀬康子:世界の社会福祉⑧-
ドイツ・オランダ.旬報社.2000.
・古瀬徹・塩野谷祐一:先進国の社会保障④ドイ
ツ.東京大学出版会.1999.
・A u s b i l d u n g s - u n d P r ü f u n g s v e r o r d n u n g
für den Beruf der Altenpflegerin und des
- 107 -
「東村山いきいきシニア」の現状と課題
2 研究の方法
――9年間の社会参加支援活動の意義――
東村山市社協および「いきいきシニア」関係者
からのヒアリングおよび「いきいきシニア」の機
日本社会事業大学
院前期 2004 年卒 三 輪 秀 民
関紙「あおぞら」、市報「ひがしむらやま」、東村
山市社協「福祉だより」などの分析を行った。なお、
「あおぞら」は、本年2月1日号で100号を迎えた。
Ⅰ はじめに
1 研究の視点
Ⅱ 研究結果の要旨
筆者は、9年前の2002年第41回研究大会で報告
1 東村山市の概況
して以来、毎年、筆者が関わった地域福祉活動に
(1) 人口と世帯:(平成23年7月1日現在)
関連するテーマで報告し、その報告内容をまとめ
○人 口: 153,558人
る形で「社会事業研究」で発表してきた。
(男 75,817人 女 77,741人)
筆者は、前述の第41回大会で「男性中高年者ボ
○世帯数: 69,546世帯
ランティアの生きがい支援と社会福祉協議会の役
(2) 高齢化率: 21.9%(65歳以上人口33,637人)
割―東村山市社会福祉協議会の地域福祉活動での
(3) 町の数: 青葉町・秋津町・恩多町・久米
出会いから―」のテーマで報告したが、その際、
「東村山いきいきシニア」
(以下「いきいきシニア」
川町・栄町・諏訪町など13町
(4) 地勢: 東京都の中北部・武蔵野台地に位
という)についても触れた。翌2003年の第42回研
置、面積は約17平方km
究大会で、「東村山市のいきいきシニアの活動と
今後の課題―中高年者の生きがいと健康の支援を
目指して―」のテーマで報告した。
2 「いきいきシニア」の概要
(1) 誕生の経緯
筆者が2001年、日本社会事業学校(当時)の学
東村山市社協が策定した地域福祉活動計画(第
生として、実習先としてお世話になった東村山市
2次)の重点項目である「シニアアクティブ研究
社会福祉協議会(以下「東村山市社協」という)
会」を改め、2002(平成14)年6月29日(土)に
での実習活動と東村山市社協の地域福祉活動計画
誕生した。
からスタートした「いきいきシニア」への参加は、
筆者にとっての「地域福祉」の原点である。その
(2) 目的
ときから、筆者は「いきいきシニア」とそれを支
高齢者が元気いっぱいに自らの生を全うできる
える東村山市社協のそれぞれの会員として、現在
よう「生きがいづくり」および「健康づくり」を
に至るまでそれぞれに関わりを続けている。
進め、地域社会への参加を促進させ、高齢者が相
「中高年男性の生きがい支援」は、筆者の修士
互に支えあって暮らせる環境を整備することを目
論文のテーマであり、「地域福祉活動の実践」と
的としている。
ともに、筆者にとってライフワークと位置づけて
いる。
(3) 会員の状況
その意味で、2002年6月29日の発足以来、「継続
会員数 508名+2団体(平成23年4月26日現在)
は力なり」を実践している「いきいきシニア」の
参考: 発足時、約100名(平成14年6月29日現在)
9年間のシニアの社会参加支援活動の意義および
今後の課題について考えてみる次第である。
(4) 会費・参加費について
会員の年会費は、1,000円である。参加費として、
行事への参加の都度、参加者から100円を徴収し
- 108 -
表1 組織(発足時との対比)
平成23年4月現在
発足時(平成14年6月29日)
代表 :下地 恵得・代表
代表 :下地 恵得・代表
事務局 :浅沼 節子・局長
事務局 :下地 恵得・局長
健康長寿発進部:本戸すみ子・部長
健康長寿発進部:本戸すみ子・部長
高齢者支援部 :菊川 操子・部長
高齢者支援部 :菊川 操子・部長
情報部 :竜野 力也・部長
情報渉外部 :沢崎 一郎・部長
渉外部 :中西 真海・部長
生活文化部 :下地 恵得・部長
ている。これら年会費と運営費が「いきいきシニ
サービスの提供)」・「料理交流会(毎月1
ア」の運営費となっている。このほかに、いきい
回東村山市公民館調理室で開催、食事会を
き元気塾が、東村山市社協の「ふれあいいきいき
兼ており、スペースの関係から75歳以上の
サロン助成金」を受けて運営されている
会員を優先)」・「おしゃべりサロン(月3
回程度開催)」などの企画・運営を行って
(5) 総会・組織について
いる。
○定期総会 :毎年5月(年度終了後2ヶ月以
○情報部: 機関誌の編集会議・印刷・仕分け
内)に開催される。その際、有識者の特別
講演がある。平成23年は東京都健康長寿医
作業などを行っている。
○渉外部: 東村山市や他市の団体の交流など
療センター(旧名称:東京都老人総合研究
所)の大渕修一氏(いきいきシニア顧問)
の企画・運営を行っている。
○生活文化部: 「筋力補強塾(中央・南部・
が「いきいきシニアのこれから」のテーマ
東部の3箇所で接骨師会が指導し抗重力筋
で講演した。
を中心に鍛える)」・「ひばりの集い(一人
暮らし高齢者を対象)」・「いきいきみんな
3 「いきいきシニア」の活動状況
のうたごえ(平成23年3月にスタート、毎
(1) 元気塾
月開催)」・「一泊研修旅行」・「読書会・「新
東村山市の地域ごとに設定されている15の元気
入会員歓迎茶話会」、などの企画・運営を
塾が基本的な活動の単位になっており、月1回開
催されている。例えば、久米川町で活動している
行っている。
○事務局: 会計事務・予算決算事務・各種会
「久米川塾」では、4月1日(金)10:00 ~ 12:00、
議の開催などを行っている。
久米川ふれあいセンターで、体操・筋トレ・合唱
などが行われた。
Ⅲ 考察
1 「継続は力なり」の実践
(2)各部ごとの事業
ほぼ10年間にわたって、任意団体として活動を
○健康長寿発進部: 「悠友くらぶ萩山」・バス
研修などの企画・運営を行っている。
続けていること自体が賞賛に値すると考える。い
きいき元気塾が、東村山市社協から、「ふれあい
○高齢者支援部: 「ねこの手(介護保険サー
いきいきサロン助成金」を受けて実施していると
ビスなどの公的サービスでカバーされない
はいえ、比較的小額な年会費・参加費と関係者の
- 109 -
ボランティアで運営していることの意義が大き
かける「いきいきシニア」の活動は、社会福祉関
い。
連機関・施設、専門職・ボランティア、制度・サー
運営に関しては、種々の「仕掛け」が工夫され
ビスと並んで、地域の社会資源(地域資源)の一
ている。第1に、プログラムが非常に多いことが
つと位置づけることができよう。
あげられる。前述の通り、地域ブロックごとの「い
きいき元気塾」をベースとした個別プログラムに
4 この 10 年間の成果と次の 10 年に向けての活
加え、全体プログラムも用意されている。第2に、
動の構想
参加費として、行事ごとに100円を徴収している
発足した2002(平成14)年6月当時は会員100
ことがあげられる。参加者にとっては参加意識が
名程度であったが、現在、約5倍の500名になっ
高まり、企画者にとっては緊張感をもって企画し
ている。今後さらに増加することを期待したい。
なければならないからである。下地代表によれば、
次の10年に向けての活動については、「地域予防
「100円の参加費は、茶菓子代ではなく、健康への
リーダー養成講座」(いきいきシニアの次のリー
感謝代である」とのことである。第3に、機関誌「あ
ダー育成)や「10周年記念誌」発刊を企画している。
おぞら」を原則として責任者が手渡しで会員に届
けていることがあげられる。これは郵送費の節約
Ⅳ 今後の課題
だけではなく、見守りと声かけを通じて安否確認
1 会員増強について
とともに会員の維持に貢献していると考える。
9年前の発表で、筆者は会員1000人達成の目標
を提案した。このときの東村山市の高齢者の4%
2 下地代表のリーダーシップとユニークな発想
に相当する数字である。現在の会員は、約500名
機関誌「あおぞら」の冒頭に、下地代表が毎回
なので、あと10年かけて1000名を目標とすること
寄稿している。筆者はそれを見るのが楽しみであ
を改めて提案したい。
る。会員にも同様な意見がある。
この目標を達成するにはかなりの努力が必要と
第58号 で は、「Successful Aging」(J.W.Rowe &
なろう。第一に、会員の健康の維持増進と会員へ
R.L.Kahn著)の読書感想を書かれていた。「サク
の声かけが会員維持・増強の大きな要素である。
セスフル・エイジング(筆者注:適切な訳がみつ
というのは、高齢者の会員が多いことから、入会
からないのでこのままで表示する)」とは、①病
者は毎年一定数あるものの、亡くなられる方がい
気を防ぐ②心身の機能を高くする③積極的に社会
たり、身体的な理由などから外出が困難になり、
にかかわる、という3つの要素を満たした元気な
そのまま退会につながっていると見られる会員も
老い方を指すというものである。同著に関しては、
いるからである。第二に、「団塊の世代」の取り
筆者は修士論文にも引用文献としたこともあった
ので、なつかしくもあり、大変感銘したものであ
込みが鍵になるのではないかと考える。ただし、
「団塊の世代」は、価値観が多様であり、自己主
る。
張も強いとされており、すんなり「福祉の世界」
いずれにせよ、いくつになられても勉強され、
へと転身してはいない。したがって、
「団塊の世代」
時代の先を見据えた問題提起をされている。
全員が高齢者となる2025年を目処に何らかの仕掛
けをして行くことが求められる。
3 社会参加支援活動の意義
高齢者がいきいきと暮らしていくには、「生き
2 行政とのかかわり
がいづくり」と「健康づくり」が欠かせない。そ
行政とのかかわりは非常に微妙ものがある。任
のためには、社会参加が必要になる。家に閉じこ
意団体に対する財政的な援助は期待できないし、
もりがちな高齢者(特に男性)に社会参加を呼び
また、そうすべきでもないと考える。しかし、行
- 110 -
事を開催するには会場が絶対条件でもあるので、
としているが、世代を超えた若年層との交流を検
環境整備を通じて援助していただくとよいのでは
討することを提案したい。もちろんベースはシニ
ないかと考える。
ア同士の交流ではあるが、プログラムのなかに、
また、Ⅲ―3項で指摘したように、
「いきいき
幼稚園・保育園・小学校・中学校などとの交流を
シニア」が社会資源の一つになっており、介護保
加えるのである。これが実現すれば、「老若男女
険制度における「介護予防プログラム」が必ずし
共同参画社会」のミニ版が実現することになろう。
もうまく機能していないということを考えると、
「いきいきシニア」は、多数の実習生を受け入
シニア層がこの種の活動に参加することが介護予
れているが、筆者による第50回大会での発表を通
防につながると考えられる。このようなことから、
じて、参加者が関心をもち、「いきいきシニア」
例えば、地域福祉計画に位置づけるなど、バック
との交流へと発展していくように期待したい。
アップするように行政に働きかけることも一案で
はないかと考える。
Ⅴ 社会福祉研究大会「高齢者への支援」分科会
でのコメント・質疑について
3 「ねこの手」のあり方
1 村川浩一先生(助言者)のコメント
9年前にも課題として指摘した「ねこの手」は、
(1) 会員増強の一環として、「いきいきシニア」
介護保険サービスなどの公的サービス以外のサー
におけるシニアとは中高年を意味しており、
ビス提供を目的として、着実に進展してきた。
50歳台のシニアの取り込みも一案ではない
2010(平成22)年までに萩山町など9つの町の利
か。ただし、現役世代であるから、彼らの
用者の依頼経路をみると、多い順に、地域包括支
ニーズに応えるようなプログラムも必要にな
援センター 18件、利用者本人10件、民生委員7件、
ろう。
ケアマネジャー5件、社会福祉協議会4件、在宅
(2) 「ねこの手」活動に関しては、社会貢献活
介護支援事業所4件、その他3件、計51件となっ
動にもつながっており、関係者の自主性・自
ている。一人暮らし高齢者や認知症高齢者が増え
発性が期待されている。運営面で苦労されて
るなか、介護保険制度のサービスでは対象になっ
いるようであるが、「地域包括支援センター」
ていないサービス(例えば、足が不自由でゴミ出
との連携を検討してはどうか。
しができない)への対応は地域の課題となってい
(3) 「団塊の世代」の取り込みについては、他
る。行政もこれらの問題に目を向けるように働き
の市町村でも研修プログラム・講座などが
かけることが必要であると考える。
開催されているが、その後の活動には濃淡
がみられる。いきいきシニアは、「老人クラ
4 他団体との交流の促進
ブ」との違いを鮮明にすることも一案であ
筆者は、9年前に「いきいきシニア地域福祉学
ろう。「2015年問題」に関連し、
「団塊の世代」
会」を提案した。これは地域住民と教育機関(大
の全員が高齢者となる2015年を目処にいか
学や高校など)との交流を意図したものであった。
に彼らを取り込めるか、数年後に改めて本
2007年、当時の「東京都老人総合研究所(介護
学会で発表することを期待したい。
予防緊急対策室)」(現在は「東京都健康長寿医療
センター(介護予防緊急対策室)」)主催で始まっ
2 フロアからの質問と回答
た「介護予防リーダー養成講座」は、現在も続い
(1) 質問:恩多町の民生委員をしており、ある
ているが、この講座を通じて、いきいきシニアは
住民のニーズを「ねこの手」のサー
他団体との交流も企画されている。
ビスにつなげたが、サービス提供者
「いきいきシニア」は、いわゆるシニアを対象
- 111 -
(サポーター)が少ない(しかも80
歳台?)ように思われる。恩多町に
第1点は、虚弱高齢者へのゴミ出し支援に関し、
は何人いるのか?他の町の状況はど
他市の事例を紹介したい。筆者が住んでいる西東
うか?
京市のゴミ回収の方法は個別回収である。また、
回答:恩多町のサポーターは1人、多い町
神奈川県鎌倉市では、原則として約10戸単位ごと
としては、萩山町10人、富士見町7
のグループ回収であるが、ゴミ出しが困難な虚弱
人、美住町7人、栄町5人などとなっ
高齢者については、自宅前に出しておけば個別回
ている。サポーターの数を増やさな
収を行っている。東村山市のゴミ回収方法は個別
いと、ニーズに応えられない面があ
回収であるが、市と委託業者の契約では、集合住
る。本件は持ち帰って、いきいきシ
宅については、集積場に出さなければならない。
ニアに話をつなげたい。
虚弱高齢者にとっては、これがきついとのことで
(2) 質問:「いきいきシニア」のような活動は
他の市町村でもあるのか。
ある。ゴミ出しが困難な虚弱高齢者を対象に、個
別回収を行政に働きかけることも一案ではないか
回答:市町村ごとにそれぞれの地域特性を
と考える。
生かした活動を行なっている。例え
第2点は、助言者からコメントいただいた「地
ば、西東京市では、西東京市社協ベー
域包括支援センター」(以下「支援センター」と
スの住民懇談会(小学校区単位)が
いう)との連携に関してであるが、実は既に行っ
あり、千葉県の柏市では市民保健セ
ており、昨年度の実績では年間18件(合計51件中
ンターベースの「おせっ会活動」
(町
最大)が支援センターから「ねこの手」への依頼
単位)などがある。
であった。ただし、逆に、「ねこの手」から支援
センターに情報を提供する場面もあると思われる
Ⅵ おわりに
ので、情報交換を含め両者の関係強化を図ること
助言者およびフロアから言及のあった「ねこの
が大切であると考える。
手」活動に関し、2点述べる。
- 112 -
子 ど も へ の 支 援
地域子育て支援拠点における子育て支援実
践モデルの構築の意義とその実証研究の取
り組み
会、2010)が求められているものの、それを誰が
―夫婦間の安全基地行動の構造と関連要因の探索
筆者は、西原(2011)の生態学的なモデル、渡
的研究―
どのように進めていくのか実践レベルで有効なモ
デルはあまりない。
辺(2006、2009)、太田(2003)などのソーシャ
ルネットワークの視点を批判的に検討しつつ、よ
日本社会事業大学大学院社会福祉学研究科
り子育ての活き活きと情緒的な繋がりを強調する
博士後期課程 宇 野 耕 司
支援モデルの必要性を感じた。さらに、人が不安
や恐れを感じる時に安心感を求め慰めてもらおう
はじめに
とする行動や期待を示す「愛着関係」(Bowlby、
乳幼児を初めて持つ養育者には、様々な問題が
1969/1976)の機能に着目することで、利用者同
ある。例えば、夫婦関係に着目すると、Belsky &
士や支援者などとのつながりや関係性を愛着関係
Kelly(1994/1995)やCowan &Cowan(2000/2007)は、
として把握し、その関係性を促進するのが子育て
子どもを得ることで夫婦関係が良好もしくは悪化
支援であると考えた。こうして以下のような図1
する夫婦の存在を明らかにしている。また乳幼児
と表1で示す子育てを生態学的にとらえる視点に
を持つ養育者の育児不安や育児での孤立(原田、
よる暫定的仮説モデルを作成した。これは、子ど
2006)が指摘される中で、個人のウェルビーイン
もを中心として、子どもと養育者の関係と養育者
グの低下が予想される。また、こうした問題につ
同士の関係、さらに子どもや養育者と第3者の人
いてはソーシャルサポートの有効性が指摘され、
や機関との関係を示している。子育てユニットと
特に夫からのサポートは子育て中の母親にとって
しているのは、子どもあるいは養育者にとって重
有効なサポート資源である(大日向、1988)。
要な人物や機関は、どんな役割や立場(例えば、
子育てと仕事の両立支援が進められる中、「す
親族、保育士など)であろうともよしとし、また
べての子どもとその家庭」の支援へと舵を切る中
従来の血縁関係を超えた養育環境(例えば、施設
で(内閣府、2010)、その具体的施策として、地
養護、里親など)をも含めて、より普遍性を込め
域子育て支援拠点事業が、平成19年度(2007年)
て表現すべく、「子育てユニット」としている。
から設置され、養育者と子どもの交流の場、子育
子育て支援は子育てユニット形成を促進すること
てに関する相談援助の場、子育ての情報提供や講
である。
座の開催が行われ、これまで支援の手が届きにく
かった在宅で子育てをしている家庭への支援の場
目的
として注目されている(厚生労働省2010)。
本研究では、子育てユニット形成促進モデル(仮
ところが、その具体的な支援モデルについては、
説モデル)の一部を探索的に実証することを試み
未だ十分に検討されていない。ある一群の人々を
た。そこで、まず夫婦間の愛着関係(夫婦ユニッ
囲い込むのではなく「子育て環境そのものを作る
ト ) を 阻 害 す るFR行 動(Frightened/Frightening
支援」や「子育てや生活の環境そのものを全体的
Behavior:おびえたような/おびえさせるような
に変えていく支援」(子育てコンピテンシー研究
行動)(藤岡2008、武部、2009)と愛着関係を促
- 113 -
図1 子育てユニット形成促進モデルのイメージ図
進する行動を把握する質問紙を独自に作成し(夫
幼児をもつ母親に実施した。利用者に調査の概要
婦間愛着行動評定尺度)、夫婦の親密性を測定す
を口頭と文書で説明し、同意を得られた人から回
るマリタルラブ尺度(菅原・詫摩、1997)
、育児
答を得た。日本社会事業大学倫理審査委員会の承
不安スクリーニング尺度(吉田ら、1999)、養育
認を得て実施した。
行動評定尺度(藤岡、2011)との関連を調べた。
結果
方法
146名から回答を得たうち、今回はデータから
質問紙調査を、地域子育て支援拠点を利用し乳
欠損値などを除いた129名分の回答を分析に用い
- 114 -
た。分析対象者の特徴として、31歳が最も多く、
せるような行動因子」と各変数では有意な相関関
年齢の範囲は18歳から45歳で、平均年齢は、32.8
係は見出されなかった。なお、分析結果の表など
歳であった。配偶者は、35歳が最も多く、平均年
については、字数制限の都合で割愛している。
齢は34.7歳で、年齢範囲は23歳から52歳である。
第1子が2か月から16歳までで、第2子が1か月
考察
から14歳まで、第3子が、1歳5か月から3歳
本研究では、利用者一人ずつに依頼するという
1か月までであった。子どもの数が1人なのが、
手続きの問題もあり、大量のデータを収集するこ
71.3%、2人なのが、19.4%、3人なのが、4.7%、
とができなかった。結果の解釈は慎重にする必要
不明が4.7%であった。核家族が82.2%とほとんど
があるものの、夫婦間の愛着関係を捉える試みと
を占め、70.5%が専業主婦で、17.8%が常勤雇用
して探索的に分析を行う意義はあった。
者であった。専門学校・短大卒以上が78.3%と比
夫婦間の愛着行動は、5因子構造と解釈された。
較的高学歴層であった。結婚期間の平均は4.8年
しかし、各因子の信頼性係数は低いものもあった。
で、6か月から27年11か月までであった。回答者
これは項目数が少ないことが原因と考えられる。
はすべて女性であった。
今後、データ数を増やすと同時に、適切な質問項
夫婦間愛着行動評定尺度について、21項目を用
目を追加し、夫婦間の愛着行動の構造を捉える必
いた因子分析(主因子法、プロマックス回転)を
要がある。しかし、夫婦間においても愛着行動の
行い、固有値が1以上で因子負荷が.40以上を基
安心感や安全感を促進する行動や怖れを除去する
準とし、さらに因子の解釈可能性を考慮し、最終
行動といった促進的側面と、おびえたような/お
的に5因子とした。因子名は「安心感・安全感の
びえさせるような行動、混乱した不適切な接近行
促進行動」
(Cronbachのα=.89、
項目数7)と「お
動といった阻害的側面の存在を示唆する結果を得
びえたような行動」(Cronbachのα=.65、項目数
たことは意義があった。本研究では、夫婦間愛着
3)、「混乱した不適切な接近行動」(Cronbachの
行動の下位因子と育児不安や養育行動、夫婦間の
α=.66、項目数3)、「おびえさせるような行動」
親密性との相関関係を明らかにした。夫婦関係と
(Cronbachのα=.74、項目数2)、「恐れの除去行
子育てとの関連を示唆する結果を得られ、夫婦関
動」(Cronbachのα=.62、項目数2)、とし、最
係は、子育てに間接的に影響するものであると考
終的に17項目で構成された。以下、各因子を構成
えられる。
する項目の素点を合計して分析に用いた。さら
に、ピアソンの積率相関分析を行った、その結果、
分科会でのコメントと今後の課題
「安心感・安全感促進因子」では、マリタルラブ
分科会において、助言者の内田宏明先生より以
の得点との相関は.622(1%水準で有意)で、養
下のコメントをいただけた。①地域子育て支援拠
育行動評定尺度得点との相関は.197(5%水準で
点の利用者と利用していない人との比較検討が必
有意)で、育児不安得点との相関は、-.247(1%
要であり、②さらに、利用者のうち子どもの月齢
水準で有意)であった。「混乱した不適切な接近
ごとに抱える育児の困難性は異なることも予想さ
行動因子」では、マリタルラブの得点との相関は、
れることから、子どもの月齢ごとの実態を明らか
-.275(1%水準で有意)で、育児不安得点との
にする試みも求められ、③1人目の子育てと2人
相関は.245(1%水準で有意)であった。「怖れ
目、3人目の子育てとでも困難性が異なってくる、
の除去行動因子」では、マリタルラブの得点との
というものである。
相関は.216(1%水準で有意)で、養育行動評定
まず①については、ソーシャルワーク実践にお
尺度得点との相関は.226(5%水準で有意)であっ
いて、支援を利用していない人たちへの支援は重
た。「おびえたような行動因子」及び「おびえさ
要課題であることを踏まえたうえで、今後はそう
- 115 -
した人々の子育てユニットの現状と課題を明らか
藤岡孝志. (2008). 愛着臨床と子ども虐待. ミネル
にする研究が必要である。まずは、一般の人でも
ヴァ書房.
子育てに困難を抱えているということを子育てユ
藤岡孝志. (2011). 愛着臨床アプローチの実践―
ニット形成促進モデルによって明らかにし、②お
プログラム評価の理論と方法論を用いた社
よび③については、子育ての困難性の違いによっ
会福祉プログラム構築アプローチ―. EBSC
て、子育てユニット形成の違いも生じると予想さ
(Evidence-Based Social Care)プログラム評価
れることから、今後の重要な課題である。
法研究班 被虐待児回復・援助者支援プログ
本稿では、子育てユニット形成促進モデルの理
ラム分担グループ研究班 文部科学研究基盤
論構築の意義とその実証の試みの一部を報告し
研究A(2007 ~ 2010年度)「プログラム評価理
た。子育てユニット形成促進モデルは夫婦関係の
論・方法論を用いた効果的な福祉実践モデル
みをいうものではない。子どもの子育て環境が多
構築へのアプローチ法開発グループ分担研究
様であるように、子育てユニット形成促進モデル
報告書.
も多様となる可能性が残されている。まずは夫婦
原田正文. (2006). 子育ての変貌と次世代育成支援
関係に着目し、どのような夫婦関係のあり様が、
―兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐
子育てに影響しているのかを明らかにし、子育て
待予防. 名古屋大学出版会.
ユニット形成促進モデルの更なる精緻化を目指し
子育てコンピテンシー研究会. (2010). 子育て支援
ていきたい。
者のための子育て支援の基本. 財団法人こど
も未来財団 研修事業部.
謝辞
厚生労働省. (2010). 地域子育て支援拠点事業 実
調査研究に快く参加してくださった皆様と、調
施のご案内(実施ガイド). 参照日: 2010年11
査にご協力して下さった関係諸機関の皆様及び社
月21日, 参照先: 子育て支援: http://www.mhlw.
会福祉フォーラム2011(日本社会事業大学社会福
祉研究会)分科会で、日本社会事業大学の内田宏
go.jp/bunya/kodomo/pdf/gaido.pdf
内閣府. (2010). 子ども・子育て白書. 佐伯印刷株
明先生から貴重なコメントをいただけたこと、あ
らためて深くお礼を申し上げます。
式会社.
西原尚之. (2011). 子どもの貧困とソーシャルワー
ク―生態学モデルの視点から―. 日本ソー
引用文献
シャルワーク学会(21), 41-53.
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大日向雅美. (1988). 母性の研究―その形成と変容
Parenthood . New York: Delacorte Press.( 安 次
の過程:伝統的母性感への反証―. 川島書店.
嶺佳子 [訳] 子供をもつと夫婦に何が起こ
太田光洋. (2003). 地域における子育て支援体制.
るか 草思社).
著: 名倉啓太郎監修 金田昭三・松川秀夫編
Bowlby, J. (1969). Attachment and Loss: Attachment.
著, 家族援助論―子育てを支える社会構築―
(Vol. 1). The Hogarth Press.(黒田実郎・大羽蓁・
岡田洋子 [訳]1976 母子関係の理論Ⅰ―
(ページ: 127-151). 同文書院.
菅原ますみ・詫摩紀子. (1997). 夫婦間の親密性の
愛着行動 岩崎学術出版社).
評価―自記入式夫婦関係尺度について―. 精
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- 116 -
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生活保護世帯の子どもへの学習支援アプ
ローチ
吉田弘道・山中龍宏・巷野悟郎・[他]. (1999).
育児不安スクリーニング尺度の作成に関する
福山平成大学
研究 : 1・2か月児の母親用試作モデルの検討.
講師 中 嶋 裕 子
小児保健研究, 58(6), 697-704.
はじめに
我が国では景気の低迷や産業構造の変化に伴
い、経済的文化的不平等と貧困が拡大している。
2011年7月に厚生労働省が公表した国民生活基礎
調査によると、国民の「相対的貧困率」は2009年
で16.0%と1985年以降、最悪の数値を示した。子
どもの貧困率も15.7%と前回調査数値より1.5ポイ
ント悪化しており、日本の貧困世帯の環境は深刻
であるi。
貧困問題は日本国憲法が保障する生存権に関わ
り、政策によって解決されなければならない問題
である。その解決の一つの手段として子どもたち
が健康で文化的に豊かな生活を送る生存権と、彼
らの社会的自立を促し将来への希望につなげる学
習権を結びつけた実践が考えられる。そこで、本
稿では「子どもの貧困」に焦点をあて、新たな試
みとして注目される貧困世帯の子どもに対する学
習支援の現状と課題について考察することを目的
としたい。
1.「貧困の影響」
貧困は生活に必要となる多くの資源に制限を与
える。貧困が低学力、低学歴、文化資本の欠如、
虐待、孤立、不安感などさまざまな不利な要素を
人間にもたらし、生きる意欲すらも剥奪していく
様子を捉え、埼玉大学の岩川氏は貧困を「複合的
な剥奪」とした。
貧困の要因はこれまで一般的に「意欲がない」、
「努力が足りない」といった「自己責任論」とし
て認知されてきた。貧困当事者も貧困は自己に起
因するという価値観を内在化し、無力化され、公
ⅰ 2007年のOECD対日経済審査報告によると一人親世帯にお
ける貧困率は54.3%と全世帯の半数以上が貧困とされてい
る。この割合はOECDの平均と比較しても2倍近い。
- 117 -
的な社会資源へのアクセスも遮断されてきた。
現在、学力獲得の場は学校から塾へ移動してい
しかし、以下に検討するように「貧困」は自己
る。一般世帯における学校外教育費は過去約10年
責任に帰されるべきものではなく、社会として課
で10.1%増加していたv。学力獲得のためには、塾
題視され解決されるべき問題である。
や家庭教師などの教育投資が重要であることの表
れと考えられる。しかし、所得が400万円未満の
2.貧困の連鎖
世帯の場合は教育費が55.6%を占めており、限ら
欧米諸国では、子ども期の貧困の経験と成人し
れた所得内で学校外の教育投資を行うことは難し
てからの状況に明らかな相関関係があると認識さ
い vi。
れている。我が国でも同様の報告がある。大阪府
堺市健康福祉局理事の道中隆氏の調査によると生
2)社会階層により規定される子どもの希望
活保護受給者(世帯主)の世代間連鎖は25.1% (390
低学歴、低所得という事象は、子どもの学習
世帯中98世帯)で、そのうち母子世帯については、
意欲や進学への希望にも影響を与えている。こ
40.6% (106世帯中43世帯)であった。道中氏は「経
ども未来財団によると、年間所得が200万円未満
済的に困難な家庭に生まれる子どもは、豊かな家
の家庭では、中学・高校卒を希望する保護者は
庭で成長した子どもと同等の機会や発達条件、可
16.7%、短大・専門学校卒希望は15%、大学・大
能性から排除される危険の高い生育環境にあるこ
学院卒は38.3%、特に希望無しは30.0%であった。
とがこの調査において数量的に実証された」と述
200-400万層でも同様の期待値となっている。一
ii
べている 。
方、1000万円以上の高所得層では、中学・高校・
貧困家庭で育った子どもたちは、独立後も貧困
短大・専門学校をあわせて5.5%、大学・大学院
から抜け出せない生活を送る確率が高いことが実
89%、特に希望無しは5.5%であったvii。
証されているがその要因について下記に検証する。
以上のような保護者の子どもに対する進学への
希望を反映するように、属する社会的階層により
1)低学歴の再生産と世帯収入の相関
子どもの学習意欲にも違いがある。刈谷剛彦東京
貧困の要因としては複合的なものが考えられる
大学教授は1979年と97年に行われた高校生を対象
が、その原因の一つに低学歴がある。学歴と収入に
とする調査を用いて、社会階層によって子どもの
は相関があり、学歴の高低に世帯年収が規定され、
勉強に対する意識格差が拡大していることを指摘
世帯年収により次世代の学歴が規定されている。
した。1997年の調査では、社会階層の上位に属す
耳塚らが文部科学省の全国学力調査のデータ
る生徒で落第しない成績でよいとする者は33%で
を分析した結果、年収200万円以下の世帯と1200-
あったが、下位では51%が該当した。社会階層が
1500万円の世帯を比較すると正答率は約20ポイン
低いほど勉強したいという「意欲」と共に「興味」
トの差があった。通塾などの学校外教育支出との
も持たない状況が明らかになったviii。この結果は
相関、家庭環境、家庭の持つ文化資本の相関も明
進学への希望、将来への希望も語れなくなってい
iii
らかにされた 。また、東京大学大学院教育学研究
ることを示している。
科大学経営・政策研究センターの調査でも、両親
の年収によって義務教育以降、高等教育への進学
率は2-3倍の開きがあることが報告されているiv。
ⅱ 湯浅誠(2008)『反貧困』岩波新書
ⅲ 浜野隆(2009)
「家庭背景と子どもの学力などの関係」p2、
耳塚寛明「お茶の水女子大学委託研究・補完調査について」
ⅳ 浅井 春夫(2010)「子どもの貧困の現状と政策方向」障害
者問題研究 37(4)p.12-20.
ⅴ 世取山洋介(2010)「『子どもの貧困』とこどもの権利」子
どもの「貧困」と学習権の保障―家庭・地域・学校そして
国家の役割を問い返すー「教育学研究」77(1)p.73-74.
vi 400万以上の世帯年収に対する在学費用は23-33%を占め
た。藤本典裕「日本の教育費の実態と無償化に向けての課題」
『クレスコ』2009.11大月書店 p.30
ⅶ 浅井 春夫(2010)同掲
ⅷ 阿部彩(2008)『子どもの貧困-日本の不公平を考える』
岩波新書p.152
- 118 -
加えて、イノチェンティ研究所の「子どもの
「学習支援費」(学習参考書や一般教養図書などの
貧困の全体像―病める国における子どものウェ
家庭内学習に必要な図書購入費や課外のクラブ活
ルビーイングの概観」によると自分がアウトサ
動に要する費用に充てる支援費)が創設された。
イダーである、孤独であると答えた割合が他国
は5-15%であったのに、日本の子どもは30%と際
ix
2)全国に広がる学習支援
立っていた 。子ども達に「人生に対する信頼」が
子どもの健全育成支援事業を財源とした生活保
育っていないと見ることができ、日本社会のあり
護世帯の子どもへの学習支援として、東京都の
様が問われている。
「チャレンジ支援貸付事業」、NPO法人に委託され
運営されている釧路市の「みんなで高校行こう
3)学歴と離職状況
会」、大牟田市の学習事業、門真市の「門真っ子」、
安定した賃金を得るためには安定した就業が
横浜市の「はばたき教室」、社会福祉事務所主催
必要であるが、学歴と離職状況にも相関が認め
である滋賀県大津市の「中3学習会」、埼玉県によ
られている。厚生労働省の発表によると2007年3
る県レベルでの学習教室などがある。
月卒業者の就職後3年間の離職率は、中学校卒業
者では就職者全体の65.0%、高等学校卒業者では
3)福山市の学習支援事例
40.4%、大学卒業者では31.1%であった。中学校
不況を背景に、福山市内の生活保護世帯は急増
卒業者及び高等学校卒業者のいずれも就職後1年
しており、2009年度で4501世帯へと1年で約13%
以内に離職する者の割合が高く、特に中学校卒業
増加した。生活保護世帯の小中学生は687人(教
者にいたっては、約4割になる。
育扶助を受給しているのは471世帯735人)で、こ
のうち不登校の子どもは72人と約1割に上ってい
3.厚生労働省による「生活保護制度における子
どもの健全育成支援事業」事業概要
る。ケースワーカーが2009年度に生活保護世帯の
中学3年生におこなった進路希望についての聞き
年々増加する生活保護世帯、広がる貧困層、貧
取り調査では、ほぼ全員が「高校に進学したい」
困の再生産防止の観点から、2004年12月に「生活
と回答したが、実際の進学率は91%と、全体の平
保護制度のあり方に関する専門委員会報告書」が
均(約98%)より低かったx。
出され、報告書の中で子どもを自立・就労させて
この現状を踏まえ、2010年度、広島県福山市は
いくためには高校就学が有効な手段となっている
生活保護世帯の小中学生を対象に県内初の「子ど
と考えられる、との見解が共有された。その後、
もの健全育成支援事業」を始めたxi。生活保護世帯
子どもの高等学校への進学支援が図られてきた。
に家庭訪問などを通じて進学支援に関する情報提
供や、相談を受けつけ、学習会の開催などの事業
1)具体的内容
を実施している。学習会は元教員の家庭・教育支
2010年7月より「学習支援費の創設及び子ども
援員、ケースワーカー、大学生ボランティアらを
の健全育成支援事業」として、子どものいる生活
中心に、毎月土曜日の14時から2時間開催され、
保護世帯に対して、「子どもの健全育成プログラ
約20人の子どもが参加している。
ム」を実施することが決まった。プログラムの目
的は、子どもやその親が日常的な生活習慣を身に
つけるための支援、進学に関する支援、ひきこも
りや不登校の子どもに関する支援等である。また、
ⅸ 川崎 愛(2010)「子どもの貧困」にみる社会的養護、流通経
済大学社会学部論叢21(1)、p. 45-55.
ⅹ 読売新聞(2010.8.5)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20100805- OYT8T00455.htm
xi 県社会援護課は「将来、生活保護世帯の子どもが収入を得
て自立した生活が出来るようにするためには、学校で学ぶ
必要がある。不登校解消や進学をサポートする福山市の取
り組みは素晴らしい」と評価している。
- 119 -
4)学習会の成果と課題
第四に、学校との連携の必要性である。学校現
学習会の成果として指摘できるのは、第一に、
場でも低学力や不登校などと貧困の問題が絡んで
学習意欲への回復と将来への展望、進路希望の表
いることは実感としてとらえられており、補習や
明がみられるようになった点である。「学校の授
個別の学習支援がなされている事例もある。学校
業が分かるようになった」「やる気が出るように
側と地域側とが互いの取り組みを知り連携して多
なった」という声があり、勉強に対しての積極的
様な場で子どもに学習の機会を保障することが必
な姿勢が示されるようになっている。勉強への手
要であると考えられる。そのコーディネーターと
ごたえを感じた者の中には「高校進学への意識が
してスクールソーシャルワーカーの存在を活用す
高まった。」「高校に行ってみようと真剣に考える
ることも可能であろう。尚、福山市は2009年度に
ようになった」とも答えている。
スクールソーシャルワーカー制度を廃止してい
第二に、コミュニケーションを豊かにする場、
る。
「居場所」として機能している点も指摘できる。
「話し相手が増えた」
「学校以外の友だちができた」
4.考察
という声も聞かれている。
根本的な子育て支援体制のあり方として、我が
一方、いくつかの課題を指摘したい。第一に人
国では家族にその多くの責任が課せられている。
材確保、予算確保の不透明性から事業の継続性の
家庭が子育ての基盤組織であることに違いはない
不透明さが挙げられる。学習支援のチューターは
が、社会が次世代の子育てを引き受けるという土
主にボランティアに依存しているため、試験前や
壌作りも必要ではなかろうか。
年度末にはチューターの確保が難しくなってい
福祉経済学者エスピンアンデルセンやノーベル
る。また、
「生活保護制度における子どもの健全
経済学者のヘックマンは乳幼児期に貧困対策を徹
育成支援」は定常的な予算措置ではないことから
底することの重要性について語っている。ヘック
事業の廃止も考えられ、その継続性が危ぶまれる。
マンの指摘するように子どもの年齢が上がるにつ
第二にその捕捉率の低さである。福山市を例に
れて対策は複雑化し、コストパフォーマンスは低
とると2009年度で471世帯735人が教育扶助を受け
下する。乳幼児期など早期の投資により社会問題
ている。しかし、学習会に参加している子どもは
を防ぐと共にコストも最小限にする施策をとらね
20名程度でしかない。支援の届かない多くの子ど
ばならないxii。
もたちの存在がある。
日本は、高齢者予算では、OECD加盟国とそれ
第三に、学習到達度のゴール設定である。高校
ほど差がないが、子どもに関しては資金投入が少
進学をゴール設定とするならばそれに伴う学力が
ない。ドイツは我が国と比べて人口比は1%しか
養成されるべきと考えるが、学習支援の場では、
違わないが支出割合は1.7倍、フランスとの人口
時間的、体制的に基礎学力を養う機会とはなりに
比は1.36倍であるが、支出割合は2.5倍であるxiii。
くい。継続した有効な学習指導を行うため学習者
積極的格差是正の原則で政策を具現化するこ
の学習到達度や理解度がチューター同士でも申し
と、剥ぎ取られてきた権利の部分と現時点で必要
送られ共有されることが前提となっているが、情
な権利保障という二重の権利保障を基本とした対
報の共有が不十分であり、本人の理解度に合わな
応が求められる。
いまま学習場面が進んでしまう場面も見られる。
中学生でも多くがアルファベットや九九を習熟し
ていない。その現状を踏まえていかに基礎学力を
つけさせ、自己肯定感を持たせることができるの
かは今後の課題である。
x i i 山野 良一(2011)「貧困と子どもの虐待--「救済対応」か
ら家族の「生活支援」へ 」世界(813)p.183-190.
xiii 浅井 春夫(2010)同掲
- 120 -
おわりに
関わる政策動向と問題点」『月刊社会教育』
貧困は低学力、低学歴、文化資本の欠如、虐待、
孤立、不安感などさまざまな不利な要素を人間に
54(11)p.4-12.
田部知江子(2010)「子どもをめぐる貧困問題-
もたらし、生きる意欲すらも剥奪していく。
第53回目弁連人権擁護大会決議を中心に」
『法
貧困連鎖を断ち切る一つの試みとして学習支援
と民主主義』74(453)
があり、それは一定程度の意味があることが確認
中嶋 哲彦(2010)「記念講演 子どもの未来・学校
された。しかし、高校への進学を目標とするだけ
自治と教育行政の役割--子どもの貧困と競争
では貧困連鎖の断絶には到底不十分である。貧困
原理を超えて」
『学校事務』61(13)p.197-201.
の世代間連鎖とならないように教育保障、生活保
橋本 紀子(2010)「ジェンダー統計から見る女性
障と共に労働補償が必要である。
の貧困・子どもの貧困」『歴史地理教育』766
パットナムは、ソーシャルキャピタルが高いほ
p.18-25.
ど子どもの生活環境、経済的平等度、市民的平等
藤田英典「子どもの生活環境・教育機会の劣化・
度も高く保たれ、迫害や被差別者のいないインク
格差化と国家・社会の責任」子どもの「貧困」
ルーシブな社会を実現していると指摘した。我々
と学習権の保障―家庭・地域・学校そして国
はどのような社会を構築していくのか。低学力、
家の役割を問い返すー「教育学研究」77(1)
低学歴、文化資本の欠如、虐待、孤立、不安感、
p.71.
全ての課題が相互に結びついていることを確認し
松本 伊智朗(2011)「「子どもの貧困」は何を問
連帯し、声をあげることが求められる。
いかけているのか」『前衛』p.74-87.
今後も学習支援に携わりながらよりよい支援策
山野 良一(2011)「貧困と子どもの虐待--「救済
を試行していきたい。
対応」から家族の「生活支援」へ 」『世界』
813 p.183-190.
参考文献
山野 良一 ,湯澤 直美(2010)「国内貧困研究情報
天羽 浩一(2010)「「子どもの権利」から「子ど
注目すべき調査報告書 母子世帯の子どもの
もの貧困」をみる(特集 鹿児島から現代の
教育機会と修学保障」『貧困研究』5、p131-
貧困と環境を問う)」『経済科学通信』123 140.
p.26-31.
(2010)「子どもの権利条約について--国連・子ど
伊藤泰三(2011)「貧困世帯の子供に対する学習
もの権利委員会による第3回「総括所見」と
支援―現状と課題―」『福祉健康科学紀要』
日本社会の課題(特集 子どもの貧困)」『ア
6(1)p.68-74.
ジェンダ』30 p.32-35.
立柳 聡(2010)「子どもの育ちと子育ての支援に
- 121 -
2011 年度大会テーマ投稿論文
大会テーマ
「ポストモダンにおける貧困とソーシャルワークアプローチ」
在宅高齢者における社会参加活動と
セルフ・エフィカシーとの関連
小 柳 達 也
1.緒言
ディングできる環境を用意することの重要性につ
現在、わが国は少子高齢、人口減少が進む社会
いて述べられている4)。さらに、高齢社会対策基
的状況であり、人口構成上からみて、既に実験国
本法では、基本理念として、
「国民が生涯にわたっ
家といわれるものの範疇に入ってきている。国立
て就業その他の多様な社会的活動に参加する機会
社会保障・人口問題研究所の総人口推計からは、
が確保される公正で活力ある社会」(第二条の一)
平成67(2055)年まで、総人口減少が続くこと、
と、就労を含めた社会的活動への参加の確保につ
高齢者の比率が上がり続けること(平成67(2055)
いて示されている。
1)
年の老年人口比率は40.5%)などが確認できる 。
一方、今日注目されているプロダクティブ・エ
さらに、直近の平成22年度国勢調査結果をみてみ
イジング(Productive Aging:一般的に、「生産的
ると、前回(平成17年度)の調査と比べ、総人口
な老い」と訳される)の概念理解としては、「生
では漸増しているが、全国1728市町村のうち、4
産(プロダクト)」について、経済的な生産をす
2)
分の3(1321市町村)で人口が減少している 。
ることのみにこだわらず、老いながらも社会に対
このような社会的状況のなか、既にハイブリッ
して何らかの貢献をしていれば生産(社会的生産)
ドな場合もあるかもしれないが、一般的な方向と
をしている状態とみなしている場合が多い。現在、
して、在宅生活中心の高齢者福祉が重視、展開さ
そして今後の、労働力人口の減少や老齢人口の増
れ続けている。また、これと併走するように、多
加、これを鑑みれば、定年退職をした高齢者によ
くの知識、経験、技能を蓄積してきた高齢者が積
る経済的な生産もこれまで以上に重視されていく
極的に社会参加することにより、社会はさまざ
ものと考えられる。
まな恩恵を得られることが指摘されてきている3)。
他方、社会福祉の範疇のひとつとして、制度内
平成22年度版厚生労働白書では、
「いくつになっ
外でソーシャルワーカーなどが高齢者の就業を含
ても働ける社会の実現」と銘打たれ、高年齢者の
めた社会参加活動についての支援、研究を拡充し
就業・社会参加の促進について、高齢期の意欲や
ていくことが望ましいが、現に、2007(平成19)
体力などの個人差の拡大についてふれた上で、彼
年に社会福祉士及び介護福祉士法が20年ぶりに制
ら彼女らが就労を含む社会参加活動にソフトラン
度改正されたことにより新たに加えられた社会福
- 122 -
祉士の養成科目である「高齢者に対する支援と介
面における能力発揮可能性は、高齢期では特に個
護保険制度」や「就労支援サービス」の標準的テ
人差の拡大が想定される。その個人差については、
キスト5)6)には、高齢者の社会参加活動(就労を含
社会心理的環境なども含めた多角的な把握をする
む)の支援についてその必要性と方法が綴られて
ことが懸命であろう。GSEは、概念として、日常
いる。
生活における行動の遂行可能感14)とも捉えられ、
翻り、地域において、どのような条件、環境に
演繹的に、社会参加活動に積極的に参加している
ある高齢者が社会に粘り強く参画し、何らかの貢
ものほどGSEの値が高い、との仮説を設けること
献をしていくことが可能なのであろうか。また、
ができる。したがって、本研究では、在宅高齢者
その可能性について、事前に定量的な観察をする
の社会参加活動とGSE、この2つの概念間の関連
ことは可能なのであろうか。このような問いへの
を明らかにすることを目的とする。
回答に近づく仕方のひとつが、セルフ・エフィカ
本研究は、今後の在宅高齢者の社会参加活動や
7)
シー(Self-Efficacy:以下、SE)の把握である 。
SEに関わる施策を講じていく際の一助となる意
SEとは、「自己の行動遂行可能性の認知、すな
味において、一定の意義があるものと考えられる。
わち、ある結果を生み出すために必要な行動をど
の程度うまく行うことができるのかという個人の
8)
確信」を意味している 。この概念の提唱者であ
2.調査および分析方法
(1)調査内容と点数化
るAlbert Banduraは、人がSEを低く認知するとき、
性、年齢階級、家族形態、経済的な暮らし向き、
無気力、無関心、無感動、早期のあきらめ、失望、
居住年数、社会参加活動、GSE、について尋ねた。
自己卑下、落胆、劣等感に陥る、抑鬱傾向が強い、
社会参加活動の概念定義およびその測定指標に
9)
といった行動特徴を示すと指摘している 。また
ついてであるが、第一に、本研究では、社会参加
この概念には、一般的SE(General Self-Efficacy:
活動とは、「社会と接触する活動、家庭外での対
以下、GSE)という水準があるが、これは、具体
人活動」15)16)と定義した。先行研究を吟味すると、
的な個々の課題や状況に依存せずに、より長期的
社会参加活動に「就労」を含めない場合が散見さ
に、より一般化した日常活動場面における行動に
れたが、松岡が指摘するように、高齢者の社会活
10)11)
影響するSEとして理解される
。さらに、GSE
動に就労を含めるかどうかは研究目的により変化
は、人の日常生活場面で、その人がどの程度多く
する17)。本研究では、高齢者の生産に視点をあて
の努力を払おうとするのか、あるいは困難にどの
ており、また、近年の社会的傾向を鑑みて、就労
程度耐えられるのかを決定する要因として知られ
を社会参加活動に加えて把握した。第二に、社会
12)
ている 。
参加の測定指標は、橋本らが開発した「社会活動
現状として、社会参加活動とGSEとの関連につ
18)
性指標」
を金らが若干変更したもの19)を使用す
いての研究の累積は皆無に近いが、岡本らは、在
る。本指標は、被調査者の社会活動参加状況につ
宅高齢者の社会参加活動意向と関連する可能性
いて、「ほとんど毎日」から「ほとんどない」ま
のある要因としてSEをあげ、このようなデザイ
での7段階で尋ねるものであり、「仕事」「個人活
ンの研究を展開することの必要性を示唆してい
動」「社会・奉仕活動」「学習活動」などから構成
る13)。
されている。社会活動性指標との整合性を確保す
前述したことと関連し、今後の高齢社会におい
るため、「ほとんどない」を0点、それ以外を1
ては、これまで以上に高齢者、とりわけ在宅高齢
点として合計得点を算出した。得点範囲は仕事が
者の生産的な活動への積極的な参画が求められて
0-1点、社会・奉仕活動が0-7点、個人活動
いくことが予想される。在宅高齢者の生産的な活
が0-10点、学習活動が0-4点となり、高得点
動を後押しする施策を講じていく際、日常生活場
なほど活動性が高いことを意味する。本指標の信
- 123 -
頼性は、構成されている側面ごとにChronbachの
イズ法による重回帰分析(基準:投入するFの確
α係数が産出されており、社会・奉仕活動7項目
率<=.05、除去するFの確率>=.1)を行い、5%
全体で.96、個人活動10項目全体で.91、学習活動
水準以下で優位差のあった要因について検討、考
4項目全体で.93、と非常に高い(
「仕事」は1項
察した。重回帰分析を選択した理由は、他の変数
目)。
を統制した上で社会参加活動がGSEに及ぼす影響
一方、GSEの概念定義およびその測定指標につ
を確認するためである。
いてであるが、第一に、先行研究を吟味した上で、
本研究では、GSEとは、「日常のなかで特定的な
(4)倫理的配慮
課題に固執しない、通常の、より一般的場面にお
調査対象者に対してインタビュー調査を実施す
ける、ある結果を生み出すために必要な行動をど
る前に、調査の目的と調査データの取り扱いにつ
の程度うまく行うことができるかという個人の確
いての説明文書を使用し、調査の趣旨を説明した。
信」と定義した。第二に、GSEの測定指標は、成
そして調査対象者から調査の趣旨に同意があった
20)
田らが開発した「特性的自己効力感尺度」 を使
場合、同意書に署名をいただき、調査を実施した。
用した。本指標は、Shererらが開発した23項目か
21)
らなる「自己効力感尺度(SE尺度)」
の邦訳版で
ある。被調査者のSEについて、
「そう思う(5点)」
3.分析の結果
(1)分析対象者の特性(表 1 参照)
から「そう思わない(1点)」までの5段階で尋ね
分析対象319名は、男性138名(43.3%)、女性
るものであり、「行動を起こす意志」「行動を完了
181名(56.7%)であり、女性が1割ほど多かっ
しようと努力する意志」「逆境における忍耐」な
た。 年 齢 階 級 で は、65歳 以 上75歳 未 満 が200名
どから構成されている。得点範囲は23-115点とな
(62.7%)、75歳以上が119名(37.3%)であり、前
り、高得点なほど活動性が高いことを意味する。
期高齢者が2割ほど多かった。最終学歴では、
「旧
本指標の信頼性は、Chronbachのα係数が産出さ
制高等小学校・新制中学校卒」が5割強を占めた。
れており.88と非常に高く、標準化された尺度で
家族形態では、5割強が「夫婦のみ世帯」であり、
ある。γ=.27-.61で、平均γ=.46である。再検
これに「独居世帯」を加えると、7割弱を占めた。
査信頼性はγ=.73である。また、妥当性は、性
経済的な暮らし向きの自己評価では、「ふつう」
や年齢によらず安定した1因子構造である。
以上が7割弱を占めた。居住年数では、
「30年以上」
が9割弱を占めた。
(2)調査方法
調査方法は、A県内において保健・医療・福祉
(2)GSE と社会参加活動(各指標)の基礎統計量
等施設以外に住所を有して生活している65歳以上
GSE得点と社会参加活動(各指標)の得点の基
の者を対象に、A県内の市町村にて他記式質問紙
礎統計量は、表2の通りであった。
を用いたインタビュー調査を街頭にて実施した。
質問項目に欠損がないもののみを対象とし、319
(3)GSE と社会参加活動との関連(表 3 参照)
票が分析の対象となった。調査期間は、平成22年
GSEを従属(結果)変数とした重回帰分析の結
6月1日から9月30日迄の4 ヶ月間であった。
果、第一に、社会参加活動の指標のうち、標準化
係数の値が高いものから、個人活動が.19(符号
(3)分析方法
は正)、仕事が.15(符号は正)、社会・奉仕活動が.11
まず、分析に用いる変数の基本統計量を算出し
(符号は正)、学習活動が.08(符号は正)、の順と
た。次に、GSEと社会参加活動との関連について
なった。すなわち、社会参加活動に積極的に参加
は、GSEを従属(結果)変数として、ステップワ
している高齢者ほどGSEが高いといえる。
- 124 -
表1 分析対象者の基本的属性
基 本 属 性
性 別
(単位・人)
年齢階級
(単位・人)
最終学歴
(単位・人)
家族形態
(単位・人)
表2 GSEと社会参加活動(各指標)の基礎統計量
度数(%)
男性
138(43.3)
GSE
72.13(12.26) 女性
181(56.7)
仕事
0.38( 0.34) 個人活動
6.14( 1.12) 社会・奉仕活動
1.30( 0.55) 学習活動
0.69( 0.24) 65 ~ 69歳
98(30.7)
70 ~ 74歳
102(32.0)
75 ~ 79歳
78(24.5)
80 ~ 84歳
23( 7.2)
85歳以上
18( 5.6)
未就学・尋常小学校・
新制小学校卒
53(16.6)
表3 在宅高齢者のGSEに関連する要因
GSE
標準化係数
旧制高等小学校・新制
172(53.9)
中学校卒
個人活動
.19**
旧制中学校・新制高等
学校卒
仕事
.15**
87(27.3)
社会・奉仕活動
.11**
旧制専門学校・短期大
学・大学・大学院卒
学習活動
.08**
7( 2.2)
独居世帯
54(16.9)
夫婦のみ世帯
163(51.1)
その他世帯
102(32.0)
大変ゆとりあり
13( 4.1)
経済的な暮 ややゆとりあり
ふつう
らし向き
(単位・人) やや苦しい
19( 6.0)
大変苦しい
居住年数
(単位・人)
平均値(標準偏差)
性(男性)
年齢階級
.15*
-.07*
その他統制変数
除去
重相関係数(R)
.435
*p<.05, **p<.01
189(59.2)
なお、「最終学歴」「家族形態」「経済的な暮ら
76(23.8)
し向きの自己評価」「居住年数」は除去された。
22( 6.9)
5年未満
0( 0.0)
4.考察と今後の課題
5年以上10年未満
0( 0.0)
まず、本研究において得られた、女性よりも
10年以上15年未満
0( 0.0)
男性のほうが、また、低年齢の高齢者のほうが、
15年以上20年未満
0( 0.0)
SEが高い、という結果は、既存の研究を概ね支
20年以上25年未満
7( 2.2)
持するものであった。
25年以上30年未満
21( 6.6)
そして、本研究のメーンテーマであるが、社会
291(91.2)
参加活動(指標:「仕事」「個人活動」「社会・奉
30年以上
仕活動」「学習活動」)は、GSEに対して有意な影
第二に、性(男性)の標準化係数が.15(符号は正)
響を与えることが明らかとなった。社会参加活動
と有意な影響を示している。すなわち、高齢者は
とSE、両者の関連を確認していく必要性は既に
全般的に女性よりも男性の方がGSEが高いといえ
示唆されていたが、先行研究は乏しく、信頼性お
る。
よび妥当性のある指標を用いた調査研究ともなる
第三に、年齢階級の標準化係数が.07(符号は負)
と、皆無に近い状況であった。本研究の結果から、
と有意な影響を示している。しかし、符号が負で
今後、在宅高齢者の生産を含む社会参加に関わる
あることから、より低年齢の階級ほど、後期高齢
方策を検討する場合、既に何らかの社会参加活動
者よりも前期高齢者ほど、GSEが高いといえる。
に積極的に参加している者に対して、生産への可
- 125 -
能性を特に期待して良いであろう。しなしながら、
html#chapt1-1).
社会的活動とSE、両変数の関連が確認されてい
2)総務省統計局ホームページ:「平成22年国勢
ない旨の報告22) もみられ、今後、研究がより蓄
調査人口速報集計結果要約」2011年5月9日
積し、地域特性をも含めた比較検討が行われてい
に 閲 覧(http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/
くことが望まれる。
jinsoku/pdf/youyaku.pdf).
一方、社会として、社会参加活動に参加してい
3)岡本秀明・岡本進一・白澤政和「在宅高齢者
ない高齢者について、「努力不足」と判断を下す
の社会活動参加活動意向の充足状況と基本的
のではなく、「どのような理由から参加していな
属性との関連」生活科学研究誌,2,pp.263-
いのか」「参加するにはどのような支援が必要な
72,2003.
のか」と、事実認識を深めていくことが必要であ
4)厚生労働省監修「厚生労働白書(平成22年度
るし、SEは、加齢による身体的衰弱により低下
23)
版)」ぎょうせい,2010.
するともいわれており 、今後、高齢者を研究対
5)社会福祉士養成講座編集委員会「高齢者に対
象として選定する場合、それを考慮したデザイン
する支援と介護保険制度」中央法規,2010.
の研究が必要となるであろう。
6)社会福祉士養成講座編集委員会「就労支援
さらに、SEの先行要因の1つである「行動に対
24)
サービス」中央法規,2010.
する意味づけや必要性」 を考慮した上での支援
7)小柳達也「在宅高齢者における一般的セルフ・
が必要となるであろう。すなわち、当事者がその
エフィカシーとソーシャル・サポートとの関
人なりの意味を持ち、必要性を抱いた上で行動(活
連」日米高齢者保健福祉学会誌,3,pp.105-
動)をすることがSEの上昇において重要であり、
18、2008年.
これをクリアする支援が求められるのである。
8)Bandura A. Self-efficacy Toward a unifying
他方、本研究では、GSEの規定要因の1つを証
theory of be havioral change. Psychological
明したにすぎず、社会参加活動のみがGSEを高め
ているわけではないことに留意する必要がある。
Review, 84, pp.191-215, 1977.
9)アルバート・バンデューラ編,本明 寛・野
また、社会参加活動とGSE、両者の因果関係の解
口京子監訳「激動社会の中の自己効力」金子
釈にも慎重となる必要がある。すなわち、GSEの
書房,7,2000年.
程度により社会的活動への参加の程度が変動す
10)成田健一・下中純子・中里克治・ほか「特
るといった因果の方向も考えられる。また、在宅
性的自己効力感尺度の検討―生涯発達的利
高齢者のGSEと生産への可能性を接近させること
用の可能性を探る」教育心理学研究,43(3),
は論理的に許容範囲内であると考え、これに研究
pp.69-77,1995.
上の可能性を抱き調査分析を行い論じてきたのだ
11)坂野雄二・前田基成編「セルフ・エフィカシー
が、このような概念の解釈についても今後さらな
る検討を要するであろう。いずれも、今後の研究
の臨床心理学」北大路書房,2002.
12)加藤佐千子「E有料老人ホーム入居高齢者の
課題としたい。
自己効力感と食生活・身体状況・活動状況・
生活意識との関連」京都ノートルダム女子大
引用文献
学研究紀要,37,pp.1-14,2007.
1)国立社会保障・人口問題研究所ホームペー
ジ:「 総 人 口, 年 齢3区 分(0 ~ 14歳,15
13)岡本秀明・岡本進一・白澤政和,前掲論文.
14)坂野雄二著「認知行動療法」日本評論社,
~ 64歳,65歳 以 上)別 人 口 お よ び 年 齢 構
1995.
造 係 数 」2011年5月9日 に 閲 覧(http://www.
15)大野良之編「生き生き社会活動チェック表利
ipss.go.jp/syoushika/tohkei/suikei07/suikei.
用の手引き」高齢者の社会活動評価表に関す
- 126 -
る研究班,1998.
21)Sherer, M., Maddux, J.E., Mercadante, B.,
16)金 貞任・新開省二・熊谷 修・ほか「地域
Prentice-Dunn, S., Jacobs, B., and Rogers,
中高年者の社会参加の現状とその関連要因―
R.W. The self-efficacy scale. Construction and
埼玉県鳩山町の調査から―」日本公衆衛生雑
Validation Psychological Reports, 51, pp.663-71,
誌,51(5),pp.322-34,2004.
1982.
17)松岡英子「高齢者の社会参加とその関連要因」
22)青木邦夫・松本耕二「在宅高齢者のセルフ・
老年社会科学,14,pp.15-23,1992.
エフィカシーとそれに関連する要因」社会福
18)橋本修二・青木利恵・玉腰暁子・ほか「高齢
者における社会活動状況の指標の開発」日本
祉学,41(2),pp.35-48,2001.
23)Conn, V.S. Older Adults and Exercise: Path
公衆衛生雑誌,44(10),pp.760-68,1997.
Analysis of Self-Efficacy Related Constructs.
19)金 貞任・新開省二・熊谷 修・ほか,前掲
論文.
Nursing Research, 47(3), pp.180-89, 1998.
24)江本リナ「自己効力感の概念分析」日本看護
20)成田健一・下中純子・中里克治・ほか,前掲
論文.
- 127 -
科学会誌,20(2),pp39-45,2000.
子どもをめぐる貧困と虐待
―イギリスの施策から学ぶ―
福山平成大学 中 嶋 裕 子
1.虐待件数の増加
始まった米国保健福祉省の4回の全国調査では児
我が国で2010年度に児童相談所で対応した児童
童虐待と貧困は強い関連性が指摘されている。第
虐待件数は5万5,152件で過去最多となった(東日
3回調査(1995年)では平均所得以下の家庭の子
本大震災で被災した宮城県、福島県を除いた集
どもたちは、平均以上のそれと比較して、性的虐
計)。児童虐待防止法施行前の平成11年度の約4.7
待を受ける危険性が18倍あり、ネグレクトに関し
倍と増加している。虐待は子どもの健やかなる成
ては、45倍の危険性があることが明らかにされ
長や生命を奪うものであり、社会全体で早急に取
たⅱ。
り組むべき重要な課題である。
日本においても、同様の事例が数多く指摘され
これまで、虐待は個人や家族の心理的問題、モ
ている。東京都福祉局の2003年度調査報告では、
ラルの問題として取り上げられる向きがあった
児童虐待と認識された家庭の内、一人親家庭が
が、貧困との関連を裏付ける研究も蓄積され始め
31.8%、経済的困難を抱える家庭が30.8%を占め
ⅰ
た(表1)ⅲ。下泉は栃木県内の児童虐待事例(サ
た 。
ンプル数658)を分析し、家庭の経済状態が「苦
2.経済的要因と虐待との関連
しい」と回答した者が50.6%であったこと、生活
経済的要因と虐待との関連について、アメリカ
保護受給世帯が14.4%であったことを指摘した。
では以前より広く認知されていた。1970年代から
また、益田らは1994年度から2001年度までの青森
表1 児童虐待の要因と割合
家 庭 状 況
あわせて見られるほかの状況上位3つ
件 数
割合(%)
1 位
2 位
3 位
一人親家庭
460
31.8
経済的困難
孤 立
就労不安定
経済的困難
446
30.8
一人親家庭
孤 立
就労不安定
孤 立
341
23.6
経済的困難
一人親家庭
就労不安定
夫婦間不和
295
20.4
経済的困難
孤 立
育児疲れ
育児疲れ
261
18.0
経済的困難
一人親家庭
孤 立
出典)東京と福祉保健局「児童虐待の実態Ⅱ」2005より
ⅰ 天羽 浩一(2010)「「子どもの権利」から「子どもの貧困」をみる(特集 鹿児島から現代の貧困と環境を問う)」『経済科学通信』
123 p.26-31
ⅱ 山野 良一(2008)『子どもの最貧国・日本 学力・心身社会に及ぶ諸影響』光文社新書
ⅲ 山野 良一(2011)「貧困と子どもの虐待--「救済対応」から家族の「生活支援」へ 」『世界』813 p.183-190
- 128 -
県内の児童相談所に寄せられた全相談事例(サン
者を国際比較すると、スウェーデン88.4%、ノル
プル数1033)を分析し、「経済的困窮がある」家
ウェー 86.8%、フランス86.6%であるのに対し、
庭が約60%を占めていたと報告している。大阪府
日本は42.5%しかなく、6割弱の女性が非正規雇
の保健所長を歴任した原田は、「経済的に苦しい」
用に従事している。非正規雇用やパート就労では
生活を送っていると感じる親たちに「育児負担感」
生活が成り立たないため、5人に1人のシングル
や「不適切な養育」の傾向が強く見られると報告
マザーがダブルワークであり、3から4つのパー
したⅳ。北海道の児童相談所で調査した松本らの
トを掛け持ちしている者も多いⅷ。
調査でも、入所理由を虐待とする世帯の内、制
度的に貧困・低所得と区分される世帯が74.6%と
ⅴ
(2)賃金格差
賃金においても男女で大きな格差が見られる。
なっていた 。
以上のように多数の研究報告によって虐待の背
「全国母子世帯など調査結果報告」(厚生労働省)
景に生活基盤の脆弱性があることが指摘されてい
によると、母子世帯全体の平均年収は213万円で、
る。
父子世帯平均の421万円の約半分であり、正規雇
用されている場合でも約40%が250万円以下の年
収であったⅸ。
3.一人親家庭の現状
不安定就労に加えて低収入であることが雇用保
2010年に、虐待件数の増加を予想させる深刻な
険、健康保険、公的年金などの社会保険加入実態
指標が発表された。日本の相対的貧困率は16.0%
にも影響し、健康保険にも加入していない母子世
で、2007年調査より0.3ポイント悪化した。18歳
帯が6.5%もあるⅹ。
未満に限ると15.7%で過去最悪の指数である。一
人親家庭の貧困率は54.3%で、国際的にも群を抜
ⅵ
(3)母子家庭の抱える困難さ
いて高い数字を示した 。1人親世帯の就労率は
NPO法人しんぐるまざあずふぉーらむが行っ
86%で9割近くが就労しており、OECD加盟国の
た調査(サンプル数233)によると、父親から養
ⅶ
平均65%を大きく上回っている 。それでも苦し
育費の支援がある者は29.2%、親族から経済的
い経済状況であるというのは、低賃金労働などの
援助がある者は12.4%であった。経済的に苦し
労働環境の不備、劣悪さによるものと考えられる。
いと答えた割合は87.6%(どちらかといえば苦
以下、主に母子家庭の現状について述べる。
しい48.1%、かなり苦しい39.5%)であった。また、
子どもの教育費の支払いに困難を抱えている割
(1)雇用形態
合は76.4%(どちらかといえば困難47.6%、困難
一人親家庭の中でも母子世帯は経済的にたいへ
28.8%)で、教育費の支払いに困難を感じていた。xi
ん厳しい生活を強いられている。女性の正規雇用
また、一人親であることへの偏見や差別、自身
ⅳ 山野良一(2008)同掲
ⅴ 松本ら調査者が総合的に判断した生活状況区分をあわせると81.5%であった。
松本伊智朗、大澤真平(2009)「子ども虐待問題と被虐待児の自立過程における複合的困難の構造と社会的支援のあり方に関す
る実証的研究」総合報告(平成20年度、21年度厚生労働科学研究報告書)
ⅵ 貧困率の低いのはデンマーク6.8%、スウェーデン7.9%、ノルウェー 13.3%である。一方で高いのはアメリカ47.5%、アイルラ
ンド47.0%である。OECD平均では30.8%であり、我が国のそれはその約2倍である。
浅井 春夫(2010)「子どもの貧困の現状と政策方向」障害者問題研究 37(4)p.12-20.
ⅶ 中嶋 哲彦(2010)
「子どもの未来・学校自治と教育行政の役割--子どもの貧困と競争原理を超えて」
『学校事務』61(13)p.197-201.
ⅷ 山野良一(2008)同掲
ⅸ 年収が200万円に満たないのは非正規のパート女性の93.7%、派遣女性の53.3%が該当する。
ⅹ 橋本 紀子(2010)「ジェンダー統計から見る女性の貧困・子どもの貧困」『歴史地理教育』766 p.18-25.
xi 山野 良一 ,湯澤 直美(2010)「国内貧困研究情報 注目すべき調査報告書 母子世帯の子どもの教育機会と修学保障」
『貧困研究』5 p131-140.
- 129 -
の学歴などで悩む割合も高く、生活上のストレス
の就労や経済的理由で入所したケースは17.3%を
も蓄積されやすいことが推測された。子どもへの
占めた 。尚、入所理由で一番多いものは虐待で
対応についても悩みは深く、生活保護世帯の母親
33.1%であった。前回調査に比し虐待を理由とし
の方が、より子どもの精神的、情緒的な発達につ
た入所の比率が高まっている。
xii
いて悩んでいた 。
保護者に虐待を受けた子どもは自己否定、不
貧困は人々に不安感や抑うつ感をもたらしやす
信、対人関係の問題、感情や感覚の調整障害、逸
い。低収入、失業、借金などの生活上のストレス
脱行動などを呈し、その成長や発達にさまざまな
に常にさらされることになる。また、このように
困難を抱えながら生きていくxvi。より細やかに個
困難を抱えた人ほど親族からの援助を受ける割合
別対応する必要があるが、子どもを取り巻く環境
が少ないことも調査から明らかになっている。学
は整っていない。
歴、仕事、親族、公的支援からも排除される中で
児童養護施設では常時150-200%の子どもが入
孤立化し、人生に肯定感を見出せなくなってしま
所し定員超過状態にあり、家庭的環境とは程遠い。
xiii
う 。このような社会構造の中で個人の性格や責
また、法定の職員配置数は1976年以降変更されて
任に帰すことのできない「虐待」が生み出されて
おらず、休日を計算に入れると朝夕の時間帯には
いくのであるxiv。
10-13人を1人でケアすることになる。環境の整
わない中で虐待、経済問題、別離のトラウマを
表2 全世帯と母子世帯の平均収入比較
全 世 帯
母子世帯
一般世帯を100
とした場合の
母子世帯の平
均収入
抱える子どもに丁寧に対応するのは困難であり、
職員も大きなストレスと不安要素を抱えている 。
この状況の中で成育した子どもが社会人として就
平成14年
589.3万円
212万
36.0
労し、生活の基盤を築くのは容易ではないだろう。
平成17年
563.8万円
213万
37.8
就労に大きく関与するファクターとして学歴が
出典)厚生労働省(2006)
「全国母子世帯等調査結果報告」より
あり、高校卒業は就労の最低条件ともなっている
ことが多いxviii。しかし、施設からの高校進学は
4.児童擁護施設の課題
87.7%で(全国の高校進学率は97.6%)、大学進学
虐待や経済的理由で親元を離れて生活する子ど
率は9.3%(全国平均50.2%(2009年))であった。
もたちの環境にも課題が多い。他国に比して日本
高校に進学しても中退する場合もあり、中退者は
では経済的理由で親子が不本意に離れて生活する
全国平均2.1%に対して入所者の中退率は7.6%と
ケースも数多く見られる。平成21年の厚生労働省
3倍以上も多い。中退の原因は学習意欲の喪失、
による「養護施設入所児童等調査」によると両親
学習の遅れ、人間関係など多くの事情が複雑に絡
xii 北川拓(2010)「貧困の放置は社会による虐待」『女性のひろば』p.57-62
xiii 山野良一(2010)「雇用の悪化と深夜の泣き声」『女性のひろば』p.51-56
xiv 軽度発達障害児は虐待を受けやすいという報告もある。後藤(2008)は、栃木県内の6施設の児童養護施設の実態調査を行い、
知的障害、発達障害であるとの医学診断を受けた子どもが7.8%であったこと、またその疑いがあるとされた子どもを含めると
全体の38.8%であったことを明らかにした。社会的支援がないなかで家族が障害児を抱えることはより就労や諸活動を困難にし、
さらに周囲から孤立する。貧困家庭へのアプローチというよりも子育て家庭へのアプローチを包括的に行う必要がある。
後藤武則、池本喜代正(2008)「栃木県の児童養護施設における発達障害の実態と処遇」『宇都宮大学教育学部教育実践総合セン
ター紀要』31号、p.357-363
xv 厚生労働省雇用均等・児童家庭局(2008)「児童養護施設入所児童等調査結果の概要」
xvi 粗暴な言動、対人関係不調、愛着障害など関わりが難しい児童は44.67%を占めた。
川崎 愛(2010)「「子どもの貧困」にみる社会的養護」『流通経済大学社会学部論叢』21(1) p. 45-55.
xvii 職員の職場環境改善は喫緊の課題である。スーパービジョンが未整備、長時間労働、研修の未保障、トラウマを持った子どもと
のかかわり、職場での人間関係、労働条件などから大きなストレスを抱えている。
伊藤嘉代子(2007)『児童養護施設におけるレジデンシャルソーシャルワークー施設職員の職場環境とストレス』明石書店
xviii 中嶋裕子(2012)「生活保護世帯の子どもへの学習支援アプローチ」『社会事業研究51』
- 130 -
み合っていると考えられるxix。学籍を失えば施設
年時点での最低賃金は1時間当たり5.73ポ
から退去し就労を求められるが、劣悪な環境下で
ンド(約1200円)に引き上げられた。
の就労となり、約半数が卒業の翌年度中に転職し
(2)ワーキング・タックスクレジット:税額控
ている。保険や安定した収入もなく、疾病や加齢
除ではあるが、低所得者層に対しては補助
で就業不能となれば生活の糧を失う。こうして貧
金として機能する。子どもの数や障害の有
困が再生産されている。児童養護施設の環境改善
無、家庭状況によって各種加算が設けられ
とあわせて困窮している家庭への支援により児童
た。
養護施設利用の増加を食い止める必要がある。
(3)ニューディール:各年齢やニーズに合わ
せたプログラムがあり、アドバイザーが
5.イギリスの貧困政策
ついて就業の手助け、職業・教育訓練を
我が国としてどのような政策をとるべきなの
行う。積極的な就労支援により高い雇用率
か、子どもの貧困率削減に成功したイギリスのア
(74.9%)と低い失業率(5.4%)を達成し
プローチを概観したい。
ている。
1999年にイギリスのブレア首相は、ブレア宣言
(貧困根絶宣言)xxを出し、2020年までに貧困に苦
2)貧困連鎖を絶つための諸施策
しむ子どもをなくすという目標を設定した。2010
貧困連鎖を絶つための諸施策として主なものを
年3月に制定された子ども貧困法「子どもの貧困
以下に挙げる。
の根絶に関する目標及び子どもの貧困に関する規
(1)チャイルドトラストファンド:出生以後全
定を定める法律案」では、2020年までに①相対的
ての子どもに250ポンドの口座が与えられ、
低所得世帯の子どもの割合を10%未満にする、②
低所得者の家庭に対しては子どもが7歳の
低所得と物質的剥奪を受ける世帯に暮らす子ども
時にさらに250ポンド追加される。18歳ま
の割合を5%未満にする、③絶対的低所得の世帯
で引き出すことのできないこの預金には高
に暮らす子どもの割合を5%未満にするとの明確
い金利がつき、追加預金も可能である。
xxi
な目標を定めた 。
(2)プリスクール:2004年から全ての3-4歳
これまでに取り組まれた就労支援と貧困連鎖を
児に無料でパートタイムのプリスクールを
絶つための諸施策を以下にみたい。
提供している。プリスクールは全体的な学
習能力向上をもたらし恵まれない家庭の子
1)就労政策
就労政策としては次の3つがある
ども達には特に効果があるとされている。
xxii
(3)シュアスタート:未就学児童の家庭に必要
(1)全国一律最低賃金制度の導入:労使代表と
な保健、教育、育児支援、親の就労支援な
学識経験者で構成する低賃金委員会が雇用
ど幅広いサポートを行っている。
や競争力に悪影響が出ないように毎年詳細
(4)義務教育におけるサービス:貧困家庭の子
に調査し政府が決定する。これにより2008
どもに「朝食クラブ」という朝食サービス
xix 山本佳代子(2011)児童擁護施設における実践研究に関する一考察『山口県立大学学術情報 社会福祉学部紀要』17(4)p.37-49.
xx 「我が国の歴史的な課題に着手したい、子どもの貧困に永久に終止符を打つ最初の世代になる。それには1世代はかかるだろう、
20年はかかる大仕事ではあるが必ずや完遂されると信じている」
テス・リッジ(2010)『子供の貧困と社会的排除』桜井書店
xxi 中嶋哲彦(2010)
「イギリスの子ども貧困法に学ぶ」『教育』p.90-96
xxii 岩重佳治(2008)「イギリス労働党政権の雇用・貧困対策」『消費者法ニュース』(77)p.46-48
- 131 -
を行ったり、メンター(家庭教師のような
社会保険料や税金などが課せられているため、収
支援者)をつけて学習指導と共に必要な支
支をみると給付よりも負担が大きくなってしまう
援を行っている。
世帯が多いxxiii。
以上のようにイギリスは場当たり的な介入でな
イギリスの政策に見たように、貧困の根絶には、
く根本から生活を支えるセイフティーネットワー
教育支援、就労支援、保育支援、財政支援など包
クを構築している。その他ドイツ、スウェーデン、
括的な政策が必要である。就労支援としては、数
フィンランド各国でも国が税金や所得保障の面で
週間の職業訓練の実施など個人的なアプローチだ
積極的に介入し、貧困率を軽減させている。
けでは就業には結びつかないため、雇用側への働
これら、貧困率を下げた各国に共通して見られ
きかけを通じた、雇用創出が実施されなければな
るのは全ての子ども、とりわけ困難な状況にある
らない。また、最低賃金の引き上げなど賃金構造
子どもたちを権利を持った人間として捉えて対応
の改革及び就業環境の改善のための労働法制と労
している点と、子どもと関わる多くの関係者と協
働政策の改定が不可欠である。生活保護に関して
働している点である。
も給付要件に満たない場合でも同居家族が困窮し
ないような「急迫給付」も考えられるべきであろ
6.我が国の今後の対策
う。また、貧困から脱するための利用可能な制度
一人親家庭の半数以上が貧困状態にあり、息苦
について詳細を知ることができる情報へのアクセ
しさを抱え、それが子どもへの虐待という形で表
ス完備も急がれる。
れている事実を踏まえ、貧困家庭、特に一人親家
問題は常に特定の原因だけから発生するもので
庭へのサポートは喫緊の課題である。
はなく実にさまざまな要因が絡み合っている。し
我が国にも現金給付として、児童手当を始め、
かし、虐待の影には貧困と孤立化があることは明
児童扶養手当、生活保護など、子どもを抱える貧
白である。貧困に陥る人を孤立化させず必要な支
困世帯に対する給付があり、現物給付としては教
援を届け、貧困そのものが生まれにくい社会をい
育、保育サービス、医療サービス(乳幼児医療費
かに創造するか、我々の意志と連帯、行動が求め
助成制度)などがある。しかし、その給付額は他
られている。
の先進諸国に比べて非常に少なく、貧困世帯にも
xxiii「Starting Strong II」
(OECD2006)では、「貧困がおこってしまってからの」現物給付よりも、貧困を「上流で」防止するための
現金給付が効果的であることが強調されている。他の先進諸国においては、税制改革や社会保障制度の充実など政策介入により
子どもの貧困率を、大きく削減しているが、唯一日本が介入後、貧困率を上げている。
- 132 -
〈学生研究奨励賞論文要約〉
中学校卒業後に「働く」ことを選択する子どもたち
―進路選択に向けた支援―
丸 山 久 美 1.問題意識と研究の目的
ていった。
文部科学省の「学校基本調査」によると、平成
22年3月卒業者の高校等進学率は98.0%、就職率
(1)調査の目的及び概要
は0.4%であり、ほとんどの者が高校等へ進学し
①調査目的
ている。私は低所得世帯で育ち、もしかしたら家
今日、高い高校等進学率でほとんどの子どもた
庭の経済的な事情によって高校、大学への進学を
ちが進学する中、中学校卒業後に「働く」ことを
断念しなくてはならなかったかもしれない。これ
選択する子どもたちはどのような理由や思いがあ
らを踏まえて、今日の高い高校等進学率の中で中
り、「働く」ことを選択するのかを明らかにする
学校卒業後に「働く」ことを選択する子どもは、
ことを目的としている。
どのような理由や思いから「働く」ことを選択す
②調査対象
るのかを聞き、彼らの進路選択に向けてどのよう
・A氏 40代前半、男性。中学校を卒業した
な支援が必要であるのかを明らかにしていく。
数ヵ月後に働く。「中卒」で働いている。
・B氏 40代前半、男性。中学校卒業後、海
2.研究方法
員学校に進学するが中退し、その後、
「中卒」
はじめに統計データ、文献などを基に先行研究
で働く経験がある。
レビューを行なった。中学校卒業後の進路の全体
・C氏 20代~ 30代、男性。中学校卒業後、
像を捉える観点から、第1章において戦後から現
在に至るまでの高校等進学率と就職率の推移、中
「中卒」で働いている。
・D氏 20代前半、男性。中学校卒業後、相
学校での進路選択に向けた支援の現状、生徒が選
択、決定した進路を実現するための社会資源につ
撲部屋に入る。
・E氏 30代前半、男性。中学校卒業後、
「中
いて整理した。第2章において、本研究の対象と
卒」で働いている。
する「中学校卒業後に働く」ことの定義付けを行
(注)*B氏については、中学校卒業後に海員学
なった。また、中学新卒者の就職状況や中卒者の
校に進学したため、本調査の対象とする
「正社員・正職員の割合」、「賃金」、「離職率」を
「中学校卒業後に働くことを選択した者」
表す資料から、中学校卒業後に働くことのリス
には該当しないが、中退した後「中卒」
クについて整理した。第3章では、「中学校卒業
で働く経験があることから、調査の考察
後に働く」ことを選択した者を対象としインタ
に含める。
ビュー調査を行なった。調査の概要は以下の通り
*C氏、D氏についてはF先生(50代、男
である。以上を踏まえ、第4章では、中学校卒業
性、公立中学校の先生)のインタビュー
後に働くことを選択する子どもへの進路選択に向
調査により聞いた。
けて重要だと考えられる支援について明らかにし
*E氏についてはG先生(50代、男性、公
- 133 -
立中学校の先生)の郵送調査により聞い
・中学校卒業後に働くことを選択した卒業生
た。
(以下、卒業生)の現在の状況(仕事、生活など)
③調査方法
・卒業生は自分の意志で「働く」ことを選択し
A氏、B氏、F先生には半構造化インタビュー
調査を行い、都合上G先生には郵送調査を行なっ
たのか、その理由
・卒業生は中学校卒業後の進路を本当はどのよ
た。
うにしたいと考えていたか
④倫理的配慮
・卒業生の進路選択に向けてどのような支援を
調査を行なうにあたり、倫理的配慮について
は調査前に文書に記し、調査対象者に配布した。
行なっていたか
・中学校卒業後に「働く」ことを選択する子ど
さらにインタビュー調査時には、口頭でインタ
もの進路選択に向けて、どのような支援が必
ビュー調査に関することは卒業論文以外には使用
要だと思うか
しないことに同意を得て調査を行なった。
3.結論
(2)調査項目の設定
今回の調査では、「中学校卒業後に働く」こと
まず、プレ調査として、筆者の地元である千葉
を選択することに関して、「家庭の経済的な事情」
県旭市内の全中学校(5校)と東京都清瀬市内の
によるものが大きく、本人は進学を希望していた
中学校(3校)に電話にて「過去数年の間に中学
が「働く」ことを選択している場合と、「本人の
校卒業後に働くことを選択する生徒はいたか」
「ど
勉強嫌い」もあって働くことを選択している場合
のような理由があり、働くことを選んだのか」等
の2パターンがみられた。
を問い合わせた。その結果として、「非行傾向で、
家庭の経済的な事情に対する支援として、現在、
そもそも高校に進学する意欲がなかった」「勉強
子どもの学ぶ機会を保障するために様々な社会資
が嫌いで、高校へ進学する気がなかった」等といっ
源がある。先生やスクールソーシャルワーカーな
たものが多かった。筆者が考えていた「経済的な
どが子どもの環境を捉えた上で、奨学金などの社
理由」で高校進学が難しいという生徒は、進学す
会資源の利用について子どもや親に具体的な提案
る意欲があれば定時制等への進学が可能であると
をしていくことが大切であると考えた。また、本
のことであった。以上から「経済的な理由」に偏
人の勉強嫌いに対しては、その背景に勉強がわか
ることなく広い視点が必要だと考え、以下のよう
らないということが存在していた。先生だけで授
な調査項目を設定した。
業中に全ての子どもに目を向けることは難しい。
〈中学校卒業後に働くことを選択した方〉
そこで、学習ボランティアが授業に入り、勉強が
・現在の状況(仕事、生活など)
苦手な子どもに付いてサポートする等といった、
・自らの意志で「働く」ことを選択したのか、
そもそも勉強につまずかないようにサポートする
その理由
学習支援が重要であるという結論に至った。
・本当は卒業後の進路をどのようにしたかった
か
4.本研究の限界と今後の課題
・本当は進学を希望していた場合、誰から、ど
のような助けがほしかったか
本研究では、中学校卒業後に働くことを選択す
る理由が、「家庭の経済的な事情」を主とする場
・就職活動の時に困ったこと
合の支援については示すことができた。しかし、
・就職中の昇任、給与について
中学校卒業後に働くことを選択する理由は「家庭
・今後について(仕事、夢など)
の経済的な事情」以外にもあると思われる。今回
〈中学校の先生〉
の研究でその他の理由についてみえてこなかった
- 134 -
原因として、調査対象者が限られてしまったため
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/
ではないかと考える。本調査は、調査対象に該当
toushin/991201b.htm,2010.10.22)
.
する者が少ない。さらに中学校卒業後の進路選択
文部科学省(2004)「キャリア教育の推進に関す
に関わりの深い中学校教員に対して調査を実施し
る総合的調査研究協力者会議報告書~児童生徒
ようと考えたとき、調査対象に該当する者の状況
一人一人の勤労観,職業観を育てるために~」
を配慮して調査の実施が不可となる場合が多いと
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/
予想される。今後、中学校卒業後に働くことを選
shotou/023/toushin/04012801/002/010.pdf,
択する理由について多面的に捉えた上で、当事者
2010.10.23).
との接点がありそうなNPO法人なども視野に入れ
文部科学省(2008)「中学校学習指導要領」
て調査を実施し、支援のあり方について考えてい
(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/
く必要がある。
youryou/chu/chu.pdf,2010.10.22).
文部科学省(2009a)「卒業者数、就職者数及び就
5.おわりに
職率等の推移[中学校]」
調査の実施にあたり、お忙しいところ快く協力
(http://www.mext.go.jp/component/b_menu/
して下さいましたF先生、G先生、また、初対面
other/__icsFiles/afieldfile/2009/08/06/1282571_6.
であるにもかかわらず過去の辛い経験から現在の
pdf,2010.8.9).
状況など様々なことを話して下さいましたA氏、
文部科学省(2010a)「平成22 年度 学校基本調
B氏に心から感謝致します。
査の手引」
このように、当事者の方から貴重なお話しを聞
(http://www.mext.go.jp/component/b_menu/
くことができたのも、立教大学の湯澤直美先生と
other/__icsFiles/afieldfile/2010/02/26/1290758_3.
菱沼ゼミ同期の浅野さんがA氏、B氏と私をつな
pdf,2010.5.23).
げてくれたおかげです。
文部科学省(2010b)
「学校基本調査―用語の解説」
また、大橋謙策先生には、無理を言って3年次
(http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/
のゼミをもって頂き、研究に対する姿勢を学ばせ
て頂きました。
kihon/yougo/1288105.htm,2010.5.23)
.
湯澤直美(2010)「『子どもの貧困』300万人問わ
そして、卒業論文指導教員の菱沼幹男先生には、
れる社会の共感力」
『エコノミスト』88(14),40-
丁寧かつ熱心なご指導を頂いた上に、自分と向き
41.
合うことの大切さを教えて頂きました。
吉川徹(2010)「学歴分断社会-見過ごせない中
私の今日までの学びを支えてくれた全ての人に
卒再生産」湯澤直美・浅井春夫・阿部彩・ほか
感謝の意を表し、おわりにとさせていただきます。
編『子どもの貧困白書』明石書店,47-51.
引用文献
参考文献
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- 135 -
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- 136 -
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プログラム」
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文部科学省(2009b)「教育安心社会の実現に関
の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関
する懇談会報告~教育費の在り方を考える~」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/07/__
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icsFiles/afieldfile/2009/08/31/1281312_2.pdf,
__icsFiles/afieldfile/2010/01/29/1289703_1_2.pdf,
2010.10.23).
2010.10.23).
文部科学省(2009c)「平成20年度子どもの学習費
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「若者の教育とキャリア形成に関する調査 ( h t t p : / / w w w . m e x t . g o . j p / b _ m e n u / t o u k e i /
chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/__icsFiles/
2007年第1回調査結果報告書」
( h t t p : / / w w w . c o m p . t m u . a c . j p / y c s j 2 0 0 7 / d l /
afieldfile/2010/01/27/1289326_1.pdf,2010.11.7).
- 137 -
ycsj2007rep01.pdf,2010.10.9).
〈学生研究奨励賞論文要約〉
自立援助ホームにおける障害児の支援について
一ノ瀬 裕子 1 本研究の背景と目的
は、自立援助ホームにおける障害児への対応につ
自立援助ホームは、家庭で生活することができ
いて、具体的な取り組みの実態を把握し、支援の
ず、働かざるを得なくなった、原則として15歳か
あり方を検討していく作業が必要になる。
ら20歳までの若者を対象として、生活を共にしな
このため、本研究においては、障害児の自立支
がら自立を支援する施設である。近年、児童養護
援にむけて、自立援助ホームがこれまでどのよう
施設等に入所する障害を有する児童の割合が増加
に障害児と向き合い、どのような支援を行ってき
しており、今後自立援助ホームにおいても発達障
たかについて、事例の収集・検討を行うことによ
害など何らかの障害のある児童の入所割合が高ま
り、障害児に対する自立援助ホームの支援の現状
ることが予想される。障害のある利用者(以下「障
と課題の検出を行うことを目的とする。
害児」という。)の支援に関しては、障害の理解
やその対応、様々な社会資源との連携等これまで
2 調査
自立援助ホームが経験してこなかった分野にまた
(1)方法
がる支援が必要になると思われるが、このために
自立援助ホームの職員に対してアンケート調査
自立援助ホームにおける障害児の自立支援
時間的・経済的猶予
事業主への理解促進
(職業訓練)
就 労
あたりまえの生活の保障
生活習慣
日常的関わり、訓練の受講
社会性の獲得
自
己
決
定
自 立 支 援
自己肯定感
(自尊感情・自己信頼)
ホームでの生活 ・ 社会資源の調整
- 138 -
及びヒアリング調査を行う。具体的には第1次調
意した。
査として、全国の自立援助ホーム55施設に対しア
ンケート調査を実施し、第2次調査として、第1
次調査において、ヒアリングへの協力を可とする
3 結果の概略
(1)障害児の入所状況
施設に対して訪問又は電話による半構造化面接を
「障害のある人が入所している」施設は32施設
行った。
中15施設(46.9%)であった。
(2)内容
(2)発達障害者の入所状況
1)第1次調査(アンケート調査)
上記15施設のうち、発達障害者と考えられる人
①入所者数
の入所の有無について尋ねたところ、発達障害
②職員の数
者と考えられる人が入所している施設は14施設
③障害児の入所状況 (93.3%)であった。
④障害者手帳の有無
⑤発達障害者の数
(3)過去5年間の障害児の入所状況
⑥過去5年間の障害児の入所状況
過去5年間に障害のある人が入所した施設は32
2)第2次調査(ヒアリング調査)
施設中22施設(68.8%)であった。
①障害児の入所に至る経過
②自立援助ホームにおける障害児との関わり
(4)入所に至る経過
③障害にともなうニーズと支援
障害児の多くは、自立援助ホームへの入所以前
④当該児童に係る地域における社会資源との
に児童養護施設等での生活を経験していた。
関わり
⑤退所後の生活状況
(5)障害のある利用者との関わり
⑥その他
① 入所する子ども達への共通する関わり
自立援助ホームに入所する子どもの多くが虐待
(3)実施時期
等を受けており、それによる心の傷が癒えていな
第1次調査については、平成22年1月28日から
かった。自我が確立されておらず、不安定な10代
2月15日まで
後半の思春期にある利用者においては、この影響
第2次調査については、平成22年2月7日から
は大きく、物事の見通しも立てられず、他者への
3月26日まで
不信、自己肯定感の形成不全などから、人とのつ
ながりが持てない状況にあった。このため、自立
(4)調査数及び回収率
援助ホームにおいて何より重要な取り組みとなっ
アンケート調査票を送付した55施設のうち、
ているのが、人との基本的信頼感の醸成、自尊感
回答があった施設は32施設であった。回収率は
情の獲得であり、具体的には職員が利用者に寄り
58.2%である。32施設のうちヒアリングを実施し
添い、信頼関係を構築することにより利用者が自
た施設は16施設であった。全施設の29.1%に当た
立援助ホームを自分の居場所、心の安全基地とし
る。
て認識し、つながりが持てるようにすることで
あった。このような関わりの姿勢は障害の有無に
(5)倫理的な配慮
かかわらず自立援助ホームの基本となっていた。
結果については、人権擁護やプライバシーの保
② 生活上の観点からの関わり
護に配慮し事例の対象者が特定化されないよう留
自立援助ホームにおける生活は児童福祉施設で
- 139 -
生活する場合と比較して制限事項、管理事項が少
拓や確保等を行ったりしていた。
なかった。しかし、自立生活を送る上で必要とな
る金銭管理については、自己管理に困難をきたす
(7)地域における社会資源との関わり
者が多いため、自立援助ホームにおいては金銭に
自立援助ホームでは、退所後の支援も含め、さ
ついて管理しつつ遣い方を学ばせているところも
まざまな社会資源と関わりを持っていた。これを
あった。
整理すると、大きく分けて生活一般に係る社会資
源、障害に係る社会資源、就労に係る社会資源の
(6)自立に必要な障害に伴うニーズ
3つに分けられた。
① 基本的生活習慣・ソーシャルスキル獲得の
ための支援
4 考察
自立援助ホームでは、生活を共にし「当たり前
(1)自立困難な要因の重層化
の生活」を保障していく中で、生きづらさに共感
本調査における障害児の特徴として、誰もが経
し、障害児を受容し肯定的にかかわることによっ
験する思春期特有の発達課題を抱えた心身ともに
て当たり前の生活、すなわち朝起きて食事をす
不安定な時期の子どもであり、その上発達障害と
る、挨拶をする、帰りが遅くなるときは連絡を入
いう障害を有している。そして、家庭という心の
れる等の生活が出来るようになることを支援して
安全基地を失い「各種の社会資源へのアクセスを
いた。
断ち切られ孤立した環境」の状態で自立援助ホー
② 社会性獲得のための支援
ムに入所している。すなわち、子ども達の背負う
多くの障害児に、社会性の欠如、対人関係構築
支援ニーズが重層化し、抱える問題が高度化・複
の難しさ、コミュニケーション能力の不足などの
雑化しているといえる。
傾向が見られた。また、障害児は、自傷他害、暴
力、引きこもり傾向が見られるなど、生きていく
(2)自立援助ホームにおける自立支援の考え方
上での様々な困難を抱えていた。このため、職員
自立援助ホームにおいては、子ども達が背負う
は「生きづらさ」の要因を理解することから始め、
支援ニーズが重層化し、解決すべき課題も複雑に
精神科医や臨床心理士との連携強化・カウンセリ
なっている。このため、支援の困難度が増してい
ングの実施などにより、障害児に対して個別の支
る現状にある。このような中で自立援助ホームに
援を行っていた。
おける自立支援については、①子ども達に「当た
③ 職業的自立への支援
り前の生活」を保障し、一緒に暮らしていく中に
職業能力は必ずしも障害の程度と一致するもの
おいて、生きづらさの要因を理解し、肯定的に関
ではないため、就労支援を行なう場合、障害児の
わりながら、大人との信頼関係を形成すること、
職業能力を把握するとともに就労への準備性を高
そして、②分断されていた社会資源との結びつき
める必要がある。また、障害児の障害特性につい
を回復させ、それらさまざまな社会資源を活用し
て、支援を行なう職員や利用者本人が理解するだ
つつ、子ども達が社会性を獲得し、仕事に就いて
けでなく、事業主や職場の上司・同僚など周りの
得た収入で自活し、社会的自立を果たすとともに、
人々の理解を得ることが重要である。
③自己決定能力を高め、自分の生き方を自分で決
自立援助ホームでは、地域における社会資源と
め、それを表明することができる力、社会の中で
の結びつきを強くし、事業主には障害児の障害特
生き抜いていける力をつけるように、支援が行わ
性を理解した上で雇用してもらうよう、職員自ら
れていることがわかった。
が事業主等に対して障害の理解促進に向けた働き
具体的には、安定した日常生活を送れるための
かけを行ったり、障害者に理解のある事業所の開
支援(基本的生活習慣・ソーシャルスキル獲得の
- 140 -
ための支援)、社会の中で他人と関係性を築き生
のかかわりの中において「ありのままの自分
活していくことができるための支援(社会性の獲
を受け入れること」にエネルギーを注ぐこと
得のための支援)、仕事に就き継続して働くこと
で精一杯であろうことは十分考えられる。し
ができるための支援(職業的自立のための支援)
かし、退所後に繰り返し離転職を余儀なくさ
である。支援に際しては、医療関係者等との連携
れる生活の困難さを考えれば、将来設計を考
のもとに、治療的・個別的な関わりが重視されて
え目標を持って就労することが必要であろ
いる。
う。そのためには、適職探索を行い、職業リ
ハビリテーションや能力開発のための時間的
(3)自立に向けての3つの要素
ゆとりの確保が必要ではないかと思われる。
自立に向けての3つの要素について説明する。
②「働くことが出来ない」子ども達が増加して
これらは相互に関連し影響し合っているものであ
いるが、彼らに対しては、生涯を通じて、そ
る。
の時々の子どもの状況に応じて必要な支援を
1)基本的生活習慣・ソーシャルスキル獲得の
途切れることなく行なっていくことが必要で
ための支援
ある。そのためには、地域における社会資源
障害を有する子どもに適切な支援を行なうため
がネットワークを構築し、社会全体で支える
には、援助者のみならず子ども自身が障害を理解
仕組が必要であると思われる。
することが重要である。このため、子どもが障害
に偏見をもたず、障害の特性を理解した上で生き
5 結論
にくさの要因を知り、長期にわたり障害と付き
本研究から、自立援助ホームにおける障害児の
合っていく自分自身を受け入れること、すなわち、
自立支援の課題には、今日の社会が抱える問題が
子ども達の自己覚知とエンパワメントに向けた支
凝縮していることが示唆されているといえる。自
援を行なう必要があろう。
立援助ホームでは、子ども達は働くことが前提と
2)社会性の獲得のための支援
なっており、時間的猶予も経済的猶予も与えられ
障害を持つ子ども達に対しては、一方で障害に
ることは難しい制度設計となっている。しかし、
配慮した個別ケアを行うことが必要であるが、他
本来彼らには、時間をかけて育ち直しを行い、自
方で自立援助ホームという生活集団の持つ力の優
分の成育過程を問い直し、生き方を再構築する時
位性を活用した支援を行なうことも重要であろ
間が必要であり、それができるような経済的支援
う。また、最近の若者は大人への移行期が長期化
が必要である。このような観点から、「時間的・
しているといわれているが、そうであれば、自立
経済的猶予」というエネルギーが、自立支援のそ
を困難にする重層化したさまざまな要因を背負う
れぞれの取り組みに注がれることが必要である。
自立援助ホームの子ども達こそ、社会性の発達に
さらに、職業的自立が果たせない障害児に対する
も時間を要するであろう。彼らが自らの生活の維
支援として、自立援助ホーム退所後において、自
持について心配することなく、安心して自己の成
立援助ホームだけではなく、さまざまな社会資源
長に向き合い社会性を獲得するための支援を受け
が連携を図りつつ地域の中での生活を支えていく
られるような生活の保障、環境の整備が必要では
ためのサポート体制を構築する必要がある。
ないかと思われる。
3) 職業的自立のための支援
謝辞
①心に深い傷を負い、他者との関係性も築けず
本論文を作成するにあたり、お忙しい中、アン
自分の居場所を探し求め、対人関係や社会性
ケート調査およびヒアリング調査にご協力賜りま
に困難を抱える子ども達にとっては、職員と
した各自立援助ホームの職員の皆様、またご指導
- 141 -
いただきました金子先生に心より感謝申し上げま
2 厚生労働科学研究(子ども家庭総合研究事業)
す。
平成16年度~ 18年度総合研究報告書(2007).
『要保護年長児童の社会的自立に関する研究』
引用文献
5
1 長谷川眞人編著(2008).『未来をつかもう
3 青少年センター編(1989).『強いられた自立』
自立援助ホームの現状と課題 全国の自立援
助ホームを訪問して』三学出版 8-11
- 142 -
ミネルヴァ書房 48-50 他
〈学生研究奨励賞論文要約〉
発達障害をもつ子どもの障害を受容する
過程における父親と母親の違い
~ライフストーリー・インタビューによる親の語りからの一考察~
淺 野 裕 美 1.はじめに
がつながっていき、結果としてその中にその人の
私は三年次の知的障害児通園施設での実習にお
本当の言葉が見出せるのではないかと考えた。調
ける経験から、障害を持つ子どもの親の多くが子
査の分析方法として、インタビューを通して収集
どもの乳幼児期に越えるべき課題としての子ども
された語りはICレコーダーに録音し、語り手と聞
の障害の受容があることに気付いた。
き手の言葉を含む全過程を逐語おこしした。
しかし通園施設の送迎や療育相談に訪れるのは
大半が母親であるなど、父親と母親では日常的な
●調査の対象者
子どもとの関わりの密接さが異なることから、子
A区にある自主グループBを利用している発達
どもの障害を受容する過程においても父親と母親
障害を持つお子さんのご両親。
では違いがあるのではないかと感じた。 自主グループBは小学生以上の知的障害児・者
この疑問を明らかにすることで、子どもの父親・
を対象に余暇支援を行っている団体である。
母親の気持ちに寄り添うといった支援者として大
切にすべき知見を見出すことにつながるのではな
ライフストーリーは、プライバシーから構成さ
いかと思い本論文のテーマとした。
れた世界であり、調査を行う者と対象者の間にあ
る程度の信頼関係が求められる。そこで、4年間
2.ライフストーリー・インタビュー
ボランティア等で関わりを持ち面識があった自主
●調査の目的
グループBを利用している発達障害をもつ子ども
発達障害をもつ子どものご両親に子どもが誕生
のご両親に、依頼書を配布しご理解をいただいた
してから学齢期にかけてのことを話していただ
上で返事を下さった方にご協力をお願いした。
き、子育ての過程で印象に残っている出来事やそ
の時の気持ちを伺うことで、障害を受容していく
15家族のご両親に依頼をし、そのうちの3家族
過程での心理的な変化及び、子育てにおける役割
のご両親にご協力していただいた。
における父親・母親の特性の違いについて考察す
る。
① Aちゃん:自閉症 小学校6年生 長女
② Bさん:自閉症 37歳 二女
③ 兄C君:自閉症(アスペルガー障害)
●調査の手法 ライフストーリー・インタビューを採用した。
ご両親にお子さんの誕生から学齢期のことを順に
振り返ってご自身のペースでお話ししていただく
ADHD高校2年生 長男
弟D君:自閉症 ADHD 小学校5年生 二男
ことで、過去のことであっても、出来事や気持ち
- 143 -
対象者の子どもの年齢に関しては、親にとって
○子どもの障害が分かってからの育児
の子どもという関係の意味での「子ども」とし、
父親「積極的になれない」 発達障害の定義は発達障害者支援法に基づいてお
母親「積極的」
り、そこに身体障害を伴わないことを付け加えて
診断後、母親がすぐに子どものために行動を開
いる。
始するのに対して、父親はその時期ほとんど子ど
もに関与していない。これには家庭における役割
3.調査結果・考察
の違いが影響している。一般的に父親は仕事をし
調査を行った結果から、「障害受容過程」「子育
て経済的に母子を支え、母親は家庭で子育てをす
ての役割」における父親・母親の違いについてま
るという役割がある。父親は仕事に打ち込むこと
とめたものの一部が以下である。
でショックから逃れ気持ちを整理しようとする。
それに対して母親は子どものために療育などに打
○子どもの障害告知を受けた後
ち込むことで気持ちを整理しようとする。一見す
父親「ショック」 ると子どもに対しての積極性に差があるように感
母親「ショック+安堵感」
じるが、それぞれが子どもの将来への不安を打ち
障害の診断を受けた時の心境について、どの
消すためにとにかく何かしなくてはいけないと頑
ケースの父親・母親からも「ショックだった」と
張っている時期であると理解できる。
いう言葉が聞かれた。父親も母親も子どもの将来
の幸せを願う気持ちは同じである。
○子どもを愛しているからこそ
父親と母親の違いを挙げるとすれば、母親は
父親「非現実的」 ショックと同時に安堵感を感じることがあること
母親「現実的」
だ。子育ての責任を担ってきた母親の多くは、診
父親も母親も障害があると分かっても子どもを
断以前から子どもの発達の遅れを目にした周囲の
愛していることに変わりない。愛しているからこ
人に「しつけが悪い」、「あなたの子育てが間違っ
そ傷つく繊細さを持っているのが父親であり、愛
ている」などと言われ精神的につらい経験をして
しているからこそ子どものために何かしなくては
いることが多い。傷つき、子育ての自信を失うと
という強さを持っているのが母親だ。父親が子ど
いったことを乗り越えて、障害の告知を迎える、
もを連れて外出しなかったり話を聞きたくないと
母親だからこその感情といえる。
言ったりするのは、傷つくのを恐れているからで
あり、結果母親から見ると現実逃避とも取れる考
○子どもの行動に対して
えや行動に出てしまうことがある。しかし母親か
父親「疑問を持ちにくい」
らは父親の現実逃避を攻める気持ちは感じられな
母親「疑問を持ちやすい」
かった。
子どもの障害に母親が最初に気付き父親に相談
している。発達障害の場合は同年齢の子どもとの
○情報や気持ちを共有する
比較によって発達の遅れが明らかになることが多
父親「話を聞く」 い。健診や公園など同じくらいの年齢の子どもが
母親「話をする」
集まる場所で、他の子どもを目にする機会がある
母親は相談機関や療育機関、親の会などに出向
母親に対して、父親は自分の子ども以外と接点を
くことで情報や知識を得る機会が多い。父親は子
持つ機会がなく、比較の対象がいないことで気づ
どもの障害に関して学ぶ場が少なく、あっても意
きが遅れることがある。
欲的には参加しないということがある。父親は自
ら出向こうとしないが、知りたい・知らなくては
- 144 -
いけないという気持ちは持っている。母親が話す
らの理解が得られずに他人からの視線や言葉に心
ことで、父親は間接的に情報を得ることができる。
を痛める母親も多い。母親が相談機関を受診した
母親にとっても、話を聞いてくれる父親を貴重な
際は、母親の言葉に耳を傾け生活においての不安
存在だと感じられ共に子育てしているという気持
な気持ちに寄り添っていくと同時に、共に歩んで
ちの安定につながる。
いく姿勢で対応することが大切である。
○社会との関係
*告知後の支援
父親「間接的」 専門職として告知を行う際は、診断名を伝える
母親「直接的」
だけでは不十分である。親が知りたいのは「これ
父親と母親では子育てにおいて外部との関係に
からどのようにこの子を育てていったらいいの
違いがある。母親は日常的に子どもと直接的に関
か」ということである。家族が主体的に子どもの
わる。そして健診や相談、療育の場に出向くこと
障害と向き合って前向きに取り組んでいけるよう
で、他者と子どもの間に立つことになる。温かく
に、きちんと説明し今後の見通しを示すことが大
居心地のいい場所だけでなく、時にそこで他者か
切である。また、これから活用できる資源や療育
らの辛い言動によって傷つき心を痛めることがあ
機関についての情報や知識及び選択肢がすべての
る。父親は他者と子どもの間に立つ機会は母親に
親に示されることで、乳幼児期の子どもの経験の
比べて少ない。しかし必要に応じて他者と母親の
機会は平等になる。
間に立って直接行動を起こすことを母親は期待し
ている。
*障害受容について専門職が理解すべき点
父親・母親から子育てにおけるライフストー
4.専門職としての気持ちに寄り添う支援
リーを聞くことで見えてきたのは、子どもの成長
調査の結果をもとに考察した父親・母親の障害
を見守ることで徐々にありのままの子どもを受け
受容過程から、専門職として支援を行う上で大切
止めていく両親の姿であった。
にすべき知見についてまとめたものが以下であ
発達障害をもつ子どもの親の障害受容過程にお
る。
いて「子どもの障害を受容する」ということは「あ
りのままの子どもを受け入れる」ということであ
*気づきから診断までの時期の支援
り、「受容ができた状態」というのは、「ありのま
多くの母親が子どもの発達に不安を抱き初めて
まの子どもを受け止めて生活していく覚悟を決め
相談するのが1歳6か月健診の時期である。親への
ること」ということになる。
支援は通常告知の段階から始まることが多い。し
父親・母親を比較すると、母親の方が日常的に
かし自閉症を始めとした発達障害の場合、その特
子どもとすごす時間が長いため、ありのままの子
性上、母親の気づきと確定診断の時期に差が生じ
どもを受け入れることができるまでの時間が短い
ることがある。母親が不安を抱いてから確定診断
のに対して、父親は子どもと向き合う時間が短い
を受けるまでの期間における支援体制は十分とは
ため受け入れるまでの時間が長くなる傾向があ
言えず、「しばらく様子を見ましょう」と言われ
る。このことから、ありのままの子どもを受け入
家庭に戻され、その後も不安を抱えたままもとの
れる過程には、子どもと関わる時間・子どもと向
生活を送ることになる。この曖昧な時期の生活が
き合う時間の長さが影響しているといえる。
母親にとって最も孤独でつらい時期である。外見
親が子どもの障害を受容ができていない状態と
上健常な子どもと変わらないからこそ、障害の診
いうのは、障害をもつ我が子を受け止めて生活し
断前の時期において子どもの行動に対して周囲か
て行く覚悟ができていない状態である。しかし大
- 145 -
切な我が子の将来を案じて、簡単には受け入れる
重な経験ができたことに感謝したい。
ことができないのは親として当然であり、子ども
の幸せを願うが故の正常な反応として親子のきず
謝辞
なを確かめている時期だと捉えることができる。
この卒業論文を執筆するにあたり多くの方々に
それは決して親子にとってマイナスなことではな
お世話になりました。インタビュー・アンケート
い。
調査にご協力して下さった皆様、インタビュー調
専門職は、親が子どもの幸せを願う一方で現実
査に対してアドバイスを下さった浦野耕司氏、最
を受け止めていかなくてはならないという気持ち
後までご指導くださった佐藤久夫先生、本当にあ
の揺れを抱えながらも、ありのままの子どもを受
りがとうございました。この場をお借りしてお礼
け止めて生活していく段階へ向かおうとする父
申し上げます。
親・母親それぞれの特性を理解し、前向きに子育
てに取り組めるよう支えていくことが大切であ
引用・参考文献
る。
1)中田洋二郎(1995)「親の障害の認識と受容
に関する考察・受容の段階説と慢性的悲哀」
5.おわりに
早稲田心理学年報第27号
本論文のライフストーリー・インタビューにお
2)中田洋二郎・上林靖子・藤井和子(1995)「親
いて導き出された結果はあくまで一つの事例であ
の障害認識の過程―専門機関と発達障害児の
り、すべての発達障害をもつ子どもの父親・母親
親の関わりについて」日本小児精神神経学会・
に言えることではない。
国際医書出版 小児の精神と神経第35巻
しかし本論文において、ライフストーリー・イ
3)中根成寿(2006)「知的障害者家族の臨床社
ンタビューに挑戦し、自分の解釈を加えながら
個々の語りをそのままの言葉で記載し、3家族か
会学」明石書店
4)桜井厚・小林多寿子 編集(2009)「ライフ
ら読み取れる全体像を分析するといった構成は、
ストーリー・インタビュー 質的研究入門」
結果を導くために有効であったと思っている。貴
せりか書房 他 - 146 -
2011年度学生研究奨励賞受賞者
●中学卒業後に「働く」ことを選択する子どもたち
執 筆 者 丸 山 久 美
執筆時 学部福祉計画学科4年 (2011年卒)
●発達障害をもつ子どもの障害を受容する過程における父親と母親の違い
~ライフストーリー・インタビューによる親の語りからの一考察~
執 筆 者 淺 野 裕 美
執筆時 学部福祉援助学科4年 (2011年卒)
●自立援助ホームにおける障害児の支援について
執 筆 者 一ノ瀬 裕 子
執筆時 学部福祉援助学科4年 (2011年卒)
(これらの三論文の要約は、本誌に掲載されています。)
- 147 -
2011年度学会(木田)賞受賞者
【実践賞】
◆ 櫻 井 知津子 氏(1983年3月 学部児童福祉学科卒)
社会福祉法人 伊達コスモス21 ふみだす(事務員)
櫻井氏は、北海道伊達市を基盤として、障害児者の地域で
の生活支援に取り組み、自宅を開放して障害児のレスパイト
ケア事業を立ち上げたり、地域の社会資源の開発や連携促進
により重度重複障害者の地域生活を北海道で初めて実現する。
これも北海道初となる重度重複障害者が暮らせるグループ
ホーム(現在はケアホーム)の開設に参加するなど地域支援
において先駆的・創造的実践に取り組まれております。こう
した実践は全国的にも大変優れたものであり、今日の障害児
者福祉の基調となっている地域生活支援をリードするものと
して高く評価されていることから、本賞を贈呈するものです。
- 148 -
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