「紫外線と病気」ここまでわかったメカニズム

「紫外線と病気」
ここまでわかったメカニズム
文◉河﨑貴一 text by Takakazu Kawasaki
太陽の紫外線を浴びると健康になると推奨されたのは25年ほど前まで。
今では、母子手帳から
「日光浴」
も消えた。なぜ、紫外線が健康被害を引き起こすのか。
死にいたる皮膚がんや、失明にいたる眼病はなぜ起きるのか。
細胞やDNAレベルでメカニズムを明らかにする。
しだいに日差しが強くなり、もうすぐかんかん照り
などが考えられます。将来的に、地球温暖化が進行し
の猛暑がやってくる。太陽は、生命の源ともいえる光
て晴天が多くなれば、紫外線も増える可能性がありま
を放射する一方で、 百害あって一利だけ といわれる
す」
紫外線もわれわれに容赦なく浴びせている。
紫外線は、可視光線より波長が短く、X線より長い
紫外線の害で、症状がもっとも重篤になるのは皮膚
電磁波をいう。英語では、
「紫色を超えた」
という意味
がんで、日本では毎年400 ∼ 500人が亡くなっている。
で、
「ultraviolet 」
、略して
「UV」
と呼ばれる。
罹患数は、その5倍以上。そればかりか、紫外線は前
紫外線には、UV-A(波長315 ∼ 400nm。nm=ナ
がん症を起こしたり、免疫力を低下させたり、肌の老
ノメートルは10億分の1m)
、UV-B(280 ∼ 315nm)
、
化を早めるほか、眼の病気の原因ともなっている。
UV-C(280nm未満)の3種類がある。
ちなみに、
「一利」
とは、紫外線が当たると皮膚でビ
波長が短いほど人体に害が大きいが、UV-Cは、オ
タミンDが合成されることを指す。
ゾン層などで吸収されて、地表には到達しない。
1990年代には、フロンガスの排出でオゾン層が破
UV-Bも、ほとんどがオゾン層やエアロゾルで遮断さ
壊され、地上に到達する紫外線が増えるようになると
れる。ただし、一部は地表に届いて、日焼けや皮膚が
社会問題になった。
ん、眼の病気を起こす。UV-Aは、同Bほど有害では
紫外線がわずかながら増えている
ないものの、長時間、大量に浴びると有害だと指摘さ
れている。
独立行政法人国立環境研究所の小野雅司氏が現在の
東京慈恵会医科大学皮膚科の上出良一教授が皮膚の
状況を話す。
病気を説明する。
「日本上空のオゾン層は回復傾向にありますが、
「紫外線の中でもとくにUV-Bは、皮膚の細胞の中に
2000年以降、紫外線はわずかながら増えています。
ある遺伝子に変異を起こしやすいのです。具体的には、
オゾンが回復すれば、紫外線は減るはずなのに、なぜ
遺伝子を構成する塩基のチミン(T)どうしがくっつい
相反するような状況になっているのか。それは、晴天
て、ピリミジン2量体を作ってしまいます。通常は、
が増えて日照時間が増えたり、空気がきれいになって
異常部分を切除し、元どおりに修復するヌクレオチド
エアロゾル
(浮遊粒子状物質)
の厚さが減っていること
除去機能が備わっています。ところが、修復がうまく
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Special Features 2
紫外線の功罪
いかず、直し間違いが起きると突然変異が起きる。そ
場合があります。そうなると、命にかかわる危険があ
うした突然変異が積み重なると、いろんな遺伝子に異
ります。
常を来して、発がんに結びつくと考えられるのです」
また、間欠的大量ばく露といって、水ぶくれが生じ
るほど紫外線を大量に繰り返して浴びていると、基底
紫外線はがん化を二重に促進する
細胞がんが起きることがあります。このがんは、30
がんが発生しても、皮膚にはがん細胞などの 異物
∼ 40歳代から発症しますが、皮膚の深くに入っても
をチェックするシステムがある。その異物を認識する
転移はしないので、命にはかかわりません。しかし、
機能を担っているのが、皮膚の最表面の表皮の中にあ
ほっておくと、骨を壊す危険があるので、早く処置を
るランゲルハンス細胞である。この細胞は、がん細胞
するほうがいいでしょう。
や異物の特徴を白血球中のリンパ球に教えて破壊させ
もう一種類、紫外線が原因で発症するケースは少な
る役目を持つ。ところが、この細胞が紫外線に当たる
いのですが、ほくろのがんといわれるメラノーマは、
と、がん細胞を見逃すようになってしまうのだ。
転移が早く、皮膚がんの中ではもっとも恐れられてい
つまり、紫外線は皮膚にがん細胞を作るだけではな
ます。日本人の場合、メラノーマの 4分の1は足に出
く、さらにがん細胞の増殖を許すという、二重の意味
ますが、最近では露出部にも見られるようになってき
でがん発生を促進する役目を果たしてしまう。
ました」
紫外線の受け方とがんの種類の関係ついて、上出教
上出教授は、
「皮膚がんで死んではいけない」
と力説
授は話す。
日光角化症(前がん症)
「長期にわたって、ダラダラと紫外線に当たると、表
皮(厚さ約 0.2㎜)の中に日光角化症というがんを作り
ます。とくに60 ∼ 70歳代から多くなります。このが
んは、皮膚の浅いところに留まっているので、命まで
落とすことはありません。
ところが、
日光角化症をうっ
かり見落としてしまうと、表皮の下の真皮にまで入り
込む有 棘細胞がんに変わります。真皮には血管やリ
ンパ管も通っているので、そこを経由してがんの転移
が起こり、肝臓や肺などの臓器やリンパ節に転移する
長期間、太陽光が当たると生じることも。湿疹との見分けが難しい。Ⓐ
メラノーマ
有棘細胞がん
基底細胞がん
色素細胞のがんで、その色から黒色腫とも呼ばれ
る。まれに、眼や脳、消化管にできる。Ⓑ
皮膚が盛り上がって、潰瘍化する。痛みがないこ
とが多く、進行は遅いが、転移することも。Ⓒ
ほくろと似ているのは、このがん細胞がメラニン
色素を受け取る性質があるため。転移はまれ。Ⓒ
写真提供:Ⓐ市橋正光 Ⓑ日本皮膚科学会 Ⓒ上出良一
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する。
されたのだ。
「紫外線の害は、何十年も蓄積して生じるといわれて
シミが発生するメカニズムを市橋院長が教える。
います。高齢化社会になればなるほど、紫外線の影響
「日本人のような黄色人種は、日焼けをすると、何日
による皮膚がんが、とくに高齢者に表れやすくなって
か経つと黒くなります。これは、色素細胞にメラニン
います。しかし、皮膚がんは、見えやすい所に出るの
という色素を作らせて、紫外線の害を防ぐ防衛反応な
ですから、早期発見ができて、早期治療がしやすいの
のです。メラニンができるのは、皮膚の角化細胞が紫
です」
外線のダメージを受けた時に、色素の合成を命令する
ところで、顔や手足にシミやシワがある高齢者でも、
サイトカインというタンパク質を出すからです。われ
お尻など、日が当たらない皮膚は、艶も張りもあるの
われの皮膚は、約6週間で入れ替わるので、そのうち
をご存知だろうか。シミやシワは、紫外線による皮膚
色あせてしまいます。ところが、紫外線によって角化
の老化現象なのだ。
細胞の遺伝子が傷つくと、サイトカインを出し続けて、
秋田美人が細胞学的に証明された
森ノ宮医療大学アムリクリニックの市橋正光院長
(神戸大学名誉教授)は、10年ほど前、秋田県と鹿児
メラニン色素を作りすぎてしまうので、シミができる
と考えられます。ただし、この仕組みは、まだ証明は
されていません」
シワについては、おもに真皮に含まれるコラーゲン
島県の女性(10歳未満∼ 60歳代後半)約300人を対象
や弾性線維と関係がある。続けて、
に、顔面のシミやシワの面積を比較した。鹿児島の年
「コラーゲンを切る酵素として、コラゲナーゼなど十
間紫外線量は、秋田の2倍近くあった。
数種類が知られています。 UV-Bは表皮までしか届き
その結果、鹿児島の40歳のシミの面積は、秋田の
ませんが、角化細胞にサイトカインを作らせ、それが
60歳と同じだった。シワも同じく、秋田のほうが鹿
児島より7歳ほど若かった。 秋田美人 の 肌は証明
真皮の線維芽細胞に働きかけて、コラーゲンを切る酵
ピリミジン2量体形成
傷ついたDNAを直すしくみ
(ヌクレオチド除去修復)
素の活性を上げます。UV-Aは真皮まで届き、活性酸
素を作って、線維芽細胞に直接働きかけ、コラーゲン
を切る酵素の活性を高めると考えられます。一方で、
紫外線を浴びると、コラーゲンを作る量は減ってしま
制限酵素による切り出し
います。紫外線を繰り返し浴びると、相乗効果で皮膚
が持っているコラーゲンや弾性線維が減り、20 ∼ 30
歳代でシワが出始めるのです」
複製と結合
紫外線対策をする人も増えてきたが、意外とおろそ
かになっているのが眼の防御。紫外線は眼にも恐ろし
い害を及ぼすことがある。
紫外線の眼への害でよく知られているのは、紫外線
紫外線と皮膚癌
DNA損傷
傷の直し間違い
(突然変異)
が癌
遺伝子、癌抑制
遺伝子に起こる
性角膜炎、いわゆる雪目である。晴れた日に裸眼でス
キーをやって、眼が充血したり、眼の痛みを経験され
た方もあるだろう。
金沢医科大学眼科学の佐々木洋教授は、冬の晴天下
でのスキー場と、夏の沖縄の海水浴場で眼が浴びる紫
免疫抑制
外線量を測定した。すると、スキー場では、海水浴場
の2.5倍も紫外線を浴びているという結果が出た。
雪目になる理由を、佐々木教授が解説する。
癌細胞が生じる
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癌を排除できない
癌の増殖
「強い紫外線が角膜
(黒目)
に当たると、上面にある上
Special Features 2
紫外線の功罪
紫外線性角結膜炎
角膜
(黒目)
の上部が糜爛を起こし、結膜
(白目)
が充血している。
瞼裂斑
小学校高学年から、結膜に黄白色のシミのような隆起が生じる。
翼状片
鼻
(右)
の方向から結膜が伸びて角膜をふさごうとしている。
皮質白内障
日本人の50歳代以上の大半は皮質白内障。白内障には喫煙も関係する。
皮細胞が傷害されて脱落し、糜爛を起こします。この
アイの原因になり、翼状片が 30歳代から起きるのに
時、結膜
(白目)
にも充血が起きています。このような
対して、瞼裂斑は小学校の高学年から発症することも
症状を繰り返すと、翼状片や瞼裂斑を早期に発症する
あります。この瞼裂斑を紫外線ばく露の指標にしよう
リスクが高くなると考えています」
と、石川県内 町と台湾・台中市の小中高生それぞれ
皮質白内障の20%が紫外線と関係
1200人を対象に、現在疫学調査を行っています」
眼の病気でもっとも受診者数が多いのは白内障だが、
それぞれの病気について詳しく聞こう。
これも紫外線が関係しているという。
「翼状片は、紫外線との関連がもっとも高い疾患です。
「白内障には80種類ほどありますが、その中で、日
通常は、鼻側の結膜が角膜上に伸びてきます。鼻側に
本人にもっとも多いのが皮質白内障です。皮質白内障
発症しやすいのは、眼の耳側から入る紫外線が角膜で
の20%が、紫外線と関係しているといわれています。
屈折して、眉間に近い角膜と結膜の間に集光するため
進行すれば、失明につながりかねません。白内障の初
と考えられています。結膜の内側が盛り上がってきて、
期には、水晶体が硬くなって、近くのピントが合いに
角膜の上に三角状に入るようになると、乱視になった
くくなります。老眼が始まったら、白内障の可能性を
り、物が二重に見えるようになります。進行すると手
疑う必要があります」
術が必要ですが、再発することも少なくありません。
紫外線は、人間の眼には見えないのでばく露量はわ
瞼裂斑は、角膜の両脇の結膜にシミのような黄白色
かりにくい。それだけに、紫外線の特徴や害を充分に
の隆起ができるのが特徴です。しばしば充血やドライ
知っておかなければならない。
写真提供:佐々木洋
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