シャープ亀山工場と三重県液晶クリスタルバレーの発展 ―三重県株式会社

シャープ亀山工場と三重県液晶クリスタルバレーの発展
―三重県株式会社:企業利益と社会利益の追求―
中央大学総合政策学部政策科学科 4 年
03W1105010H
岡田
菜子
サマリー:
シャープ株式会社が三重県亀山に薄型液晶テレビの組立工場を設立したことで,シャープ
社,地元地域共に大きな利益を得ることができた.しかし,現在は好調な FPD 業界とシ
ャープであるが,国際的な価格・技術両面の競争激化により,今後の見通しに決して楽観
視はできない.この事例にマイケル・E・ポーターのクラスター理論を適用することで,
企業,社会双方に利益をもたらすような政策を模索する.
キーワード:
シャープ亀山工場
FPD(フラットパネルディスプレイ)業界
三重県クリスタルバレー
クラスター理論
目次
序章
本論
Ⅰ章
事例―シャープ亀山工場と三重県液晶クラスター
Ⅱ章
研究の背景―FPD 業界の動向
Ⅲ章
理論―マイケル・E・ポーターのクラスター理論
Ⅳ章
理論の当てはめ―三重県クリスタルバレーのクラスター分析
Ⅴ章
政策提言―三重県クリスタルバレーの成熟に向けて
結論
1
序章
以前 NGO を中心とした国際開発についてグループで学んでいたが,そこには無償の努
力こそが美徳で,企業は汚いといった考えがどことなくあった.それが納得がいかなかっ
た。確かに企業が利益のみ追求することで、国または世界全体に悪影響を及ぼすことは多々
ある。だがそれだけの影響力があるからこそ,社会をよくする力も企業にはあるのではな
いかと思った.
CSR のように社会貢献ありきではなく,企業の利益を追求しながら,それが結果として
社会貢献につながる事例は何かないのか―そのような意識から行き当たったのがこのシャ
ープ亀山工場の事例である.
「低付加価値のものは海外で,高付加価値のものは日本で」そんな考え方が主流になり,
低付加価値技術のアウトソーシング化が進んでいた中,シャープ株式会社(以下シャープ)
は三重県亀山に垂直統合型の液晶テレビ工場を設立した.そこから三重県に次々と液晶関
連の工場が建設され,雇用やタクシーの稼働率の上昇,ホテル建設など,地元亀山市と三
重県に大きな経済効果をもたらした. 1 )またシャープ自身も,これ以来液晶テレビ販売が
好調を重ね,2006 年 4~6 月期には売上高が前年同期比 12.6%増の 6937 億円,営業利益
が同 13.7%増の 404 億円,当期利益が同 23.1%増の 239 億円となっている.シャープが自
社の利益を追求したことが,地元の活性化につながったのである. 2 )
このように現在は好調なシャープと三重県であるが,調査を進めていくうちに,様々な
問題点や不安要素も見つかった.学術的な理論に当てはめて,これらを改善していくこと
はできないか?本論文では,シャープ社・ひいては「企業」の利益を考えながら,それが
「社会的な利益」にもつながるような政策を,クラスター理論を使って模索していく.
Ⅰ章
事例―シャープ亀山工場と三重県液晶クラスター
三重県のシャープ誘致は,三重県の液晶クラスター「クリスタルバレー構想」の一環と
して行われたものである.以下,それらの概要を見ていく.
1.シャープ亀山工場概要
2004 年、三重県亀山市のシャープ亀山工場が稼動開始した。液晶パネルの生産から液晶
テレビ「AQUOS」の完成組み立てまでを一貫して行う、世界初の垂直統合型FPD(フラ
ットパネルディスプレイ)工場である。その生産額はシャープ三重工場と合わせて 8000
億円に達しており、三重県の年間予算 7500 億円を上回る。 3 )亀山市の試算によれば,シ
ャープの亀山工場設立による雇用への波及効果は 1 万 2000 人,経済効果は 5500 億円に
達する. 4 )
また 2006 年 9 月より,第 8 世代と呼ばれるマザーガラスを投入した亀山第 2 工場を稼
動した.5 )この亀山第 2 工場に 2007 年 3 月末までに 2000 億円を投資して第 2 生産ライン
を設置することも決定しており,32 インチ型テレビ換算で 2000 万台分を超える量産体制
2
を目指す. 6 )
2.シャープ亀山工場設立の背景―三重県クリスタルバレー構想
多くの企業が海外へのアウトソーシングを進めており,また多数の国から優遇措置を提
示されていたにもかかわらず,シャープが日本,それも三重県亀山市に工場を設立するこ
とを決めたのには 2 つの理由がある.
(1)
三重県クリスタルバレー構想
まずは,三重県のクリスタルバレー構想である.バレー構想とは「三重県内での産業集
積を活かし、一層の集積を呼ぶような戦略的な取組を行い、特定産業の集積をさらに発展
させることで、本県の産業構造を国際競争に打ち勝てる多様で強靭なものにする産業政策」
で、現在三重県では、医療・健康・福祉のメディカルバレー、半導体関連のシリコンバレ
ー、そしてFPD関連のクリスタルバレーの3つのバレー構想を進めている。 7 )
2002 年当時,三重県にはいくつかの液晶関連の工場が建てられており,シャープも多気
町にシャープ三重工場を稼動させていた.クリスタルバレー構想をさらに現実のものとす
るため,北川正恭知事(当時)がシャープへのトップセールスをねばり強く続けた結果,
シャープ町田勝彦社長がこの構想に共鳴する.そして,2000 年 1 月,三重県から 90 億円,
亀山市から 45 億円という巨額の補助金を交付することで,シャープは亀山に工場を設立
することとなったのである. 8 ) 9 )
(2)
技術のブラックボックス化
シャープが国内に工場を設立することを決めたもう1つの理由は,技術のブラックボッ
クス化である.以前、シャープは第 4 世代生産ラインの技術で他社・他国に先行していた
が、台湾や韓国のメーカーに短期間でキャッチアップされてしまった。急速な技術移転が
競争優位を失わせる最大の原因だったのである。どんなに投資をしても、それによって得
られる先行優位の期間がわずかならば、その投資は見合ったものにならない。亀山工場で
は装置の据え置き作業は装置メーカーに行ってもらうが、立ち上げ作業やメンテナンス、
改良はすべてシャープ社内で行っている。さらに一般客はもちろん、一般社員をはじめ、
他の事業部の事業部長クラスでもパネル生産ラインには自由に立ち入れないなど、厳重な
管理でブラックボックス化を徹底している。 10 )
Ⅱ章
研究の背景―FPD 業界の動向
以上述べてきたように,シャープは亀山工場設立により液晶パネル部門で国内メーカー
をリードし,またそれによって亀山市,ひいては三重県も多大なる恩恵を受けている.
その好業績は,FPD 業界自体の成長に拠る部分も多い.業界構造は個々の企業の収益に
多大な影響を与えていく.以下,FPD 市場,その中でも特に液晶ディスプレイと薄型テレ
ビ市場の現状について見ていきたいと思う.
3
1.急成長する FPD 市場
2011 年 7 月にアナログ放送が終了し全ての番組が地上デジタル放送に切り替わること
も追い風となって,FPD 市場は現在急成長している.ディスプレイサーチによれば,2005
年における FPD の市場規模は対前年比 20%増の 743 億 7000 万米ドルに達する見込みで,
伸び率は今後鈍っていくものの,2009 年まで平均 10%程度の年間成長率で伸長し,2008
年には 1000 億米ドルを突破すると予測されている.(表1)
※
FPD=フラットパネルディスプレイ
(プラズマ、液晶、有機 EL など)
CRT=ブラウン管
表 1 CRT と FPD の市場規模の予測推移
FPDの用途は薄型テレビの他、携帯電話、パソコン等その用途は多岐に渡る。その用途
別に市場規模をみると,今後の伸び率が最も高いのは液晶テレビだ。2005 年はFPD市場
全体の 15.5%を占めるにとどまっているが,2009 年には 28.3%へ上昇,PDP(プラズマ
ディスプレイ)テレビと合わせると 36%に達する見込みである.薄型テレビ需要は台数ベ
ースでも,2005 年の 2710 万台から 2009 年は 9000 万台へ増加する見通しである. 11 )
2.薄型デジタルテレビ市場の現状
家電部門が飽和状態にある近年,薄型デジタルテレビは電機メーカー各社にとって希望
の星となっている.しかし,FPD 業界は不安要素も多いと私個人は感じている.それが以
下の 3 点である.
(1)
薄型テレビ市場の競争の激しさ
国内における薄型テレビはシャープの液晶テレビ「AQUOS」の他に,松下電器産業の
プラズマディスプレイ「VIERA」,ソニーの液晶テレビ「BRAVIA」等が存在し,価格・
技術両面での競争が激化している.その中でも,AQUOSは他メーカーをリードしている.
デジタルARENAがサイト上で実施した「薄型テレビに関するアンケート(非所有者編/
所有者編)」
(実施期間 2004 年 10 月 15 日~10 月 25 日,回答者数:非所有者 1945、所有
4
者 466)によると、薄型テレビ非所有者が関心を持つ薄型テレビメーカーは,1 位シャー
プ,2 位松下電器産業,3 位ソニーの順である.(表 5)また,所有者調査におけるシェア
でも,シャープ,ソニー,松下電器産業とシャープが 1 位となっている.(表 2) 12 )シャ
ープのAQUOSは日本国内にて高い関心を集めているのである.
表 2 デジタル ARENA アンケート結果・
「関心を持っているメーカーはどこですか?(いくつでも)」
しかし競争は,国内のみに留まらない.日本はこれまでディスプレイの開発と,それに
よる量産という点で常に先頭を走ってきた.80 年代後半,液晶産業が 5000 億円市場とな
り巨大化への勢いを増した頃,日本勢のシェアは 90%に達した.しかしその後,韓国メー
カーのSamsung Electronics Co.Ltd.(以下サムスン),LG.Philips LCD Co.(以下LGフ
ィリップス)が巨大投資で攻勢をかけ,台湾勢が日本の生産技術を学び,さらに中国製が
日本のお家芸であったTN液晶を制覇する.こうしたアジア勢の台頭により日本勢の液晶に
おけるシェアは、2004 年段階で 26%にまで後退し、国別でいえば 1 位台湾、2 位韓国に
次いで 3 位に転落してしまう。 13 )
テレビ向け液晶パネル市場で見ても,サムスンと LG フィリップスが熾烈な首位争いを
繰り広げている.両社は TFT 液晶ガラス基板でも投入量に接戦を繰り広げており,これを
台湾 AU Optronics Corp.(以下 AUO)や台湾 Chi Mei Optoelectronics Corp.(以下奇美
電子)がじわじわと追い上げている状況だ.シャープは液晶パネル世界シェアで見れば
2005 年時点で第 4 位である。(表 3)
日本では日本の家電メーカー製のテレビがなんとなく一般的であるので実感はしにくい
が,世界では韓国製の薄型テレビが想像以上に流通している.ちなみに海外旅行先で観察
してみたところ,香港の家電量販店ではサムスン製がほとんどを占めていた.オーストラ
リアの量販店ではシャープ製とサムスン製が半々で混在しており,両者より若干少なめに
LG フィリップス製が置いてあるといった印象であった.シャープ以外の日本企業製薄型
テレビはざっと見た限りでは確認することができなかった.
5
表 3・2005 年第 3 四半期におけるテレビ向け液晶パネル出荷シェア
(第 10 回ディスプレイサーチフォーラム資料より)
(2)
FPD 組み立て会社の利益率の低さ
液晶ディスプレイは部品コストが高い.液晶ディスプレイはガラス基板とカラーフィル
タ,偏光版,バックライト,ドライバーICを主要部品としているが,この主要部品だけで
液晶の価格全体の 60~70%を占めると言われている.14 )また,急速に高まった需要に追い
つかず部品が不足していることもあり,パネル組み立て会社は部品メーカーとの交渉で優
位に立てない.その為,部品メーカーや販売会社の利益に比べて完成品を作る電機メーカ
ーの利幅が小さいのが現状である. 15 )
利益率の悪さに追い討ちをかけるのが,近年激化している薄型テレビの値下げ競争であ
る.先日,
「液晶業界さらなる値引き合戦へ…カルテル疑惑」という見出しで,以下のよう
な記事が載っていた.
テレビやパソコンに使われる液晶パネルをめぐり,各国のメーカーが国際的なカルテル
を結んでいた疑いが強まったとして,日本,韓国,米国,欧州連合(EU)の関係当局が
調査に乗り出したことが13日,分かった.日本の公正取引委員会は独禁法違反(不当な
取引制限)の疑いがあるとして,国内に拠点のあるメーカーに対し,関連書類の提出を求
める報告命令を出した.
関係者によると,公取委は8日,シャープ,セイコーエプソン,東芝松下ディスプレイ
テクノロジー,NEC液晶テクノロジーなどの国内メーカーと,韓国・台湾メーカーの日
本法人に対し,書類の提出を求めた.
韓国の公取委,米司法省,欧州委員会も同時に,それぞれの国内に拠点のあるメーカー
に対し,情報提供を求めるなどした.
液晶パネルメーカーは2000年ごろから頻繁に会合を開き,パネルの価格などについ
て協議し,カルテルを結んでいた疑いが持たれている.
大手量販店関係者は,
「これ以上の液晶テレビの値引き合戦はメーカーの死活問題.歯止
めをかけようとカルテルを結んだのではないか.カルテルを禁じられたら,再び値引き合
戦が始まり,体力のないメーカーは負け組に転落するのではないか」と話している.
(『ZAKZAK』,2006 年 12 月 13 日) 16 )
6
高い部品コストに,さらなる値下げを要求される薄型テレビ市場.カルテルを結ばなけ
ればならない程各メーカーは収益の確保に必死なのだろう.
3.将来予測される FPD の需要飽和
薄型テレビ,その中でもとりわけ液晶テレビの需要は現在うなぎ上りではあるが,この
先はどうなのであろうか.テレビは一度購入すればそう頻繁に買い換えるような商品では
ない.かつてのブラウン管テレビがそうであったように,何年か先消費者に薄型テレビが
ある程度行き渡った後は,需要の伸びは急激に低下するであろう.その時大規模生産ライ
ンを持ったシャープはどうするのか,企業全体の戦略として考える必要性があるのではな
いだろうか.
4.FPD 業界の今後の取り組み方
このように,現在は好調と言われている FPD 業界であるが,同時に課題も多く,それ
はシャープも例外ではない.上記の課題に対して,2つの対応策を考えてみた.
(1)
協力し合える部分は協力し合う
これは,巨大な研究開発費や設備投資費,部品調達の価格の引き下げなどへの対応策で
ある.カルテルのような不正な協力ではなく,適切に協力し合える部分は協力し合うべき
ではないだろうか.例えば共同で作る研究所など,リソースとして共有できる部分は共有
するのである.それにより資産の投入リスクや,開発費用を減少させることができる.
この試みは既に行っているところが多い.例えば 2004 年 9 月,日立製作所,松下電器
産業,東芝の 3 社は薄型テレビ用の液晶パネルを共同生産すると発表した.現在の激しい
競争の中,この 3 社のような大会社ですら液晶事業を単独で進めるのは難しくなっている
のである.液晶業界 2 番手のセイコーエプソンも,業界第 7 位の三洋電機と液晶部門を合
併することを決めた.またサムスンとソニーの液晶部門での全面提携など,国際的なアラ
イアンスも加速している. 17 )
(2)
薄型テレビだけに頼らない
これは,将来予想される薄型テレビへの需要飽和への対応策である.薄型テレビだけに
頼っていれば,それはいつか行き詰る.液晶部門に社運をかけるシャープが必ず考えなけ
ればならない問題である.
私は「液晶」を元に,範囲の経済を働かせていけばいいのではないかと考えた.図1の
ように,「液晶」というリソースは様々な事業・製品への広がりを見せる. 18 )薄型テレビ
の技術やリソースを活かしてさらに別事業へ発展させていくことで,技術を磨き,リスク
を分散させ,またお互いに相乗効果を生んでいくのである.
7
図 1 液晶分野の広がりの可能性
Ⅲ章
理論―マイケル・E・ポーターのクラスター理論
前章にて,FPD 業界の中での対応策として「(1)協力し合えるところは協力し合う(2)薄
型テレビのみに頼らない」の 2 点を挙げた.これらを達成するよい手段は何かないか―そ
こで今回取り上げるのがマイケル・E・ポーターが著書『競争戦略論Ⅱ』(1999 年,ダイ
ヤモンド社)の中で提唱する「クラスター理論」である.クラスターとはある特定の分野
に関わる企業やその支援機能(研究機関など)が多数集積した土地であり,ポーターの理
論を要約すればクラスターは「同地域内で競争と協力を両立させていくことで,その立地
自体に競争優位を生みだしていく」という.三重県のクリスタルバレー構想は,このクラ
スター効果を狙ったものである.
クラスター理論自体の是非を問う議論もあるであろうが,本稿ではクラスター理論を支
持する立場で論理を展開していく.
1.クラスターとは?
ポーターの述べるクラスター(英語表記で cluster,本来の意は「葡萄の房」「群れをな
したもの」)とは,「ある特定の分野に属し,相互に関連した,企業と機関からなる地理的
に隣接した集団」である.日本であれば,秋葉原を想像して頂ければ理解しやすい.秋葉
原という土地に,多数多品種の電気機器・アニメ産業関連の店が集まっているような状態
だ.
「秋葉原といえば電気機器・アニメ」
「ハリウッドといえば映画」
「イタリアといえばフ
ァッション」といった具合に,クラスターはその土地とその分野がセットでイメージされ
る場合が多い.
「クラスター=産業集積」と捉えられがちであるが,ポーターはクラスターを産業単位
で分析するのは誤りだとしている.例えばカリフォルニアのワインクラスターの例を見て
8
みよう.数千戸の栽培業者・ブドウ園,680 ヶ所の醸造所・加工施設を中心に,ワインの
研究機関やワイン関連の問題を扱う特別委員会を設けた州政府機関,灌漑設備・樽・ラベ
ルのサプライヤー,ワインに特化した広報・広告会社など,様々な企業や団体が相互に関
連しあっている.さらにブドウを卸す農業クラスター,ワインを求めてくる人々への観光
クラスター,観光に来た人たちへの食品・外食クラスター…と,ワインから派生して他の
クラスターも発達していく.
「ワイン」という産業単位でクラスターを断ち切って考えてし
まえば,そこに関連する多くの企業や団体とのシナジー効果を見落としてしまうのである.
2.クラスターはなぜ競争優位を生むのか?
ポーターは,企業がクラスターに立地すること自体が,その企業に競争優位を生み出す
としている.クラスター内では,競争と協調の両方が刺激されることで,イノベーション
の生まれやすいビジネス環境が実現されるのである.競争と協調が両立するのは,協調は
垂直的に,競争は水平的に,それぞれが別のプレイヤー・別の次元で行われるからである.
(図 2)
競争
クラスター
原料
原料
原料
協調
生産
生産
生産
販売
販売
販売
図 2 クラスター内での競争と協調の様子(ポーターの理論を基に作成)
(1)
協調の利点
同じ地域内で協調する利点はとしてはまず,1つの場所で繰り返し交流が行われること
で信頼が生まれ,垂直統合や提携など不自由さを伴うコミットメントなしに,契約によら
ないゆるやかな連携を結べることである.非公式に結びつくことで、独立性と柔軟性を両
立させ、リスクを回避できるのである。また、地理的に近いため連絡コストがかからず、
取引費用が減少する。さらには、研究機関や共同開発など、企業間で共有できるリソース
は共有できるのである。
(2)
競争の利点
多数の有力企業が集積したクラスターでは,激しい競争が行われる.その強力な刺激と
プレッシャーから、企業は常にイノベーションへの努力を迫られることになる。価格競争
のような静的な競争ではなく,差別化や既存の事業の改善への貪欲な意欲を各企業は駆り
立てられ,質の高いサービスや製品が提供されるようになるのである.
9
3.クラスターが競争優位の源泉になるためには何が必要か?
クラスターには何が必要なのだろうか。競争優位を生み出す源泉となるクラスターに必
要な条件として、ポーターは以下の4つを挙げている。
(1)
要素条件
熟練労働者や物理的なインフラストラクチャー,情報,法律制度,大学の研究機関など,
任意の産業で競争するのに必要な生産要素に関するポジションを示す.
これらは各企業間で共有できるリソースであり、そのクラスターの分野に特化、つまり
専門性の高いものであればあるほど、他の立地からは手に入りにくいものとなる。
(2)
需要条件
その産業の製品やサービスに対する国内市場の需要の性質を示す.
高度で要求水準の高い国内顧客が存在あるいは出現すれば,企業は改善を迫られ,外国
市場に頼ってばかりでは見えてこないようなニーズが見えてくる.
(3)
関連産業・支援産業
国際的な競争力を持つ供給業者とその他の関連産業が国内に存在するか否かを示す.
これらが多ければ多いほど,協力しあい,競争しあい,補完しあうことで相乗効果を生
み,1+1が3にもなるのである.
(4)
企業戦略・構造・競合関係
企業の設立・組織・経営や,国内での競合関係の性質を左右する国内の条件を示す.
生産性の低い経済圏では,地元での競争はほとんど見られない.前述したように,地理
的に近い場所でダイナミックな競争を強いられるからこそ,企業はイノベーションへのた
ゆまぬ努力を行うのである.
これら4つの要因が相互作用することで,その土地はそれ自体がイノベーションを生み
出すビジネス環境としての働きを持ち,そこに立地する企業は競争優位を享受することに
なる.ポーターはこのクラスターの相互作用を「ダイヤモンドモデル」と名づけ,図に表
している.(図 3)
企業が集まればそれに関連する企業が取引をしようと集まり((3)関連産業・支援産業),
そこで激しい競合関係が生まれる((4)企業戦略・構造・競合関係).企業や自治体はイ
ンフラを整え研究機関を設立し,専門性を持つ人材はこれをチャンスと見て集まってくる
((1)要素条件).そうして質の高いサービスを提供されれば,それを求める目の肥えた
顧客が集まる((2)需要条件).人が集まればまた進出する企業が増え…といった具合に,
ダイヤモンドモデルは一度作用すれば次々と相乗効果を生み出していく. 19 )
10
企業戦略
構造
競合関係
要素条件
需要条件
関連産業
支援産業
図 3 国の競争優位を生み出す源泉
ダイヤモンドモデル
私的には,クラスターは巨大な連想ゲームで倍倍ゲームを生むようなものであると捉え
ている.例えば前述のワインクラスターなら、ワインから観光産業、観光産業から食品産
業…と、共通のリソースを元に(この場合は顧客)
、1つのクラスターから次のクラスター
へと次々に派生し、相乗効果を生み出していく。ある地域内で範囲の経済が繰り返される
ようなものである。ポーターは、クラスターの範囲をどこまでとするかは程度問題だと述
べている。地理的に近いか遠いか、つながりが強固か脆弱かの違いこそあれ、人でも物で
も企業でも、世界中のすべてのものはどこかでつながっているのであろう。
4.三重県液晶クラスターがクラスターとして機能すれば
三重県液晶クラスターがクラスターとして機能すれば,協調と競争が働くことにより,
設備費の分散やより効率的な技術開発などが生まれ,液晶メーカーの原価率は今よりも下
がると思われる.そうなれば,現在の国際的な値下げ競争において強力な優位性となるで
あろう.
また,三重県液晶クラスターに前述のような関連企業の連想ゲームが生まれていけば,
そこに属するシャープも,薄型テレビから p8 の図 1 見るような他の液晶事業へと地域内
で幅広く多角化していくことができ,様々な経済効果を享受できるであろう.そうなれば,
薄型テレビ 1 つの需要が落ち込んだとしても他の事業でカバーできる.
また,成熟したクラスターは「映画=ハリウッド」「アニメ=秋葉原」といった具合に,
主要産業のイメージを土地に生み出す.シャープは AQUOS のマーケティング戦略として,
家電量販店においてもテレビ CM においても「日本の技術,亀山産」ということを盛んに
アピールしている.
「日本,亀山産」ということを一種のブランド化していこうとしている
のである.
「液晶=亀山」ひいては「液晶=日本」というブランドが世界に定着していけば,
日本の液晶は国際的により競争力を持つことになるであろう.
11
Ⅳ章
理論の当てはめ―三重県クリスタルバレーのクラスター分析
三重県液晶クラスター(クリスタルバレー)がポーターの述べるようなクラスターとし
て機能すれば,適切な協調・競争とその相乗効果によって,シャープ並びにそこに属する
企業は FPD 業界の課題をクリアできるのではないであろうか.
では,三重県クリスタルバレーは現在クラスターとしてどれほど機能しているのだろう
か.p11 の図 3・ダイヤモンドモデルに当てはめ,私なりに分析してみることにした.ま
た,亀山市産業建設部産業・観光振興室の笠井武洋さんにお話を伺わせて頂いたので,笠
井さんのお言葉も引用しながら分析を進めることにする.
1.要素条件
第二名神高速道路,中部国際空港,スーパー中枢港(名古屋港・四日市港)など,製品
を出荷するための物流インフラは豊富に揃っている.
また,次世代ディスプレイの研究の産・官・学連携事業である「都市エリア産官学連携
促進事業/三重・伊勢湾エリア」など,液晶に特化した研究の基盤もある. 20 )
問題は人材である.シャープ亀山工場は,地元からの正規雇用が少なく,地元に創出さ
れた雇用はほとんどすべて不安定雇用である.また、三重県による「FPD産業の人材ニー
ズに関する調査」によると,亀山市の企業が地元の学生に求める1番のスキルは「協調性」
とのことだった.21 )液晶に特化した技術を持つ人材が求められるところまで達していない
のであろう.笠井のお話では,亀山高校でシステムを学び,液晶関連の企業に就職した人
は 100 名程居るものの,液晶の専門技術職として採用されている人は居ないのではとのこ
とだった.
2.需要条件
三重県内に特に液晶に対する要求水準の高い顧客が存在するということはないだろう.
しかし国内で見れば,日本は世界でも屈指の液晶ディスプレイ消費国であり,需要条件も
十分あると言えるのではないか.また日本は家屋が比較的狭いために,薄型に対するニー
ズも他国より高い.
3.「関連産業・支援産業」と「企業戦略・競合関係」
以下の表 4 は,三重県クリスタルバレーに存在する液晶関連の企業を表にしたものであ
る.現段階で 69 社と,それなりに集まっているように思える.
例えば組み立て関連の企業を見てみよう.液晶バックライトユニット組立,ゲーム機器・
アミューズメント関連機器,コンパクトフラッシュ,USB メモリーの実装及び最終完成品
までの組立,CATV 機器,デジタルプリンターの組立など」を行う 37 番の「小橋電機株
式会社」,
「大型液晶TVのバックライトシャーシー,外観部品の組立(一部機械加工),エ
アコン,VTR,HDD,CD等向けの精密切削技術を生かした自動車部品の精密切削加
12
工」を行う 40 番の「広重産業株式会社」,
「携帯電話,PDA 用の中小型液晶ディスプレイ
から PC モニター用の大型液晶ディスプレイの後半実装~組立完成モジュール」を行う 48
番の「ワールド電子株式会社」等,液晶という共通のリソースを元に連想されるいくつか
の関連企業は集まっている.
確かに関連企業の種類は比較的多い.しかし,同類項の企業の数が少ない.クラスター
内にて垂直的な「協調」は見られるものの,水平的な「競争」がまだあまり見られないの
である.例えばクラスターの中核であろう薄型テレビ液晶ディスプレイ組み立て企業は,
シャープの 1 社しかない.蛍光灯表示管,ガラス基板,カラーフィルタ等を担う企業もそ
れぞれ 1、2 社である. 22 )ポーターはクラスターにおいて一番重要なのは動的な競争によ
るプレッシャーによって引き起こされる企業のイノベーションだとしているが,これでは
そのような競争が起こっているとは考えにくい.
番
1
2
3
4
5
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8
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32
33
34
35
区分
企業名
液晶ディスプレイ
シャープ株式会社
蛍光表示管
ノリタケ伊勢電子株式会社
その他ディスプレイ 株式会社デンソー
NHテクノグラス株式会社
ガラス基板
西山ステンレスケミカル株式
株式会社倉元製作所
研磨・成膜
三容真空工業株式会社 三
カラーフィルタ
凸版印刷株式会社
株式会社大興
偏光板関連
日東電工株式会社
パナック株式会社
河村産業株式会社
株式会社きもと
恵和株式会社
五洋紙工株式会社
フィルム
JSR株式会社
株式会社スミロン
株式会社ツジデン
三菱化学株式会社
株式会社アペックスポリマー
小橋電機株式会社
新生電子株式会社
バックライト関連
株式会社トップ電子
日本電子ライト株式会社
株式会社プログレス
油化電子株式会社
旭電化工業株式会社
協和発酵ケミカル株式会社
大陽日酸株式会社
大同エアプロダクツ・エレクト
液晶・薬液・ガス
日泉化学株式会社
林純薬工業株式会社
三菱化学株式会社
三菱ガス化学株式会社
ロデール・ニッタ株式会社
所在地
多気町、亀山市
伊勢市
いなべ市
四日市市
松阪市
久居市
松阪市
亀山市
熊野市
亀山市
亀山市
四日市市
いなべ市
安濃町
伊賀市
四日市市
伊賀市
安濃町
四日市市
鈴鹿市
伊勢市
松阪市
松阪市
伊賀市
志摩市
四日市市
東員町
四日市市
多気町
多気町
菰野町
多気町
四日市市
四日市市
いなべ市
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実装・組立関連
製造装置関連
応用製品関連
物流関連
コスモ電子株式会社
小橋電機株式会社
シャープ広重三重株式会社
株式会社大興
広重産業株式会社
藤和電子株式会社
藤本電器株式会社
株式会社ミエテック
三重新生電子株式会社
三重電子株式会社
株式会社三重丸和
ヤマト電器株式会社
ワールド電子株式会社
アシストシンコー株式会社
アルバックテクノ株式会社
株式会社エイワ機工
株式会社大阪真空機器製
株式会社菊川鉄工所
株式会社協真エンジニアリ
クリテックサービス株式会社
小池産業株式会社
三立化成株式会社
株式会社ダイヘン
株式会社フォトンダイナミッ
三重電子株式会社
伊丹電機工業株式会社
株式会社オームズ
天昇電機工業株式会社
友池産業株式会社
ピカッチ株式会社
山西電機株式会社
旭化成株式会社
ユーテック株式会社
株式会社ロジックス
四日市市
志摩市
安濃町
小俣町
安濃町
志摩市、南勢町
伊勢市、志摩市
多気町
明和町
明和町
安濃町
伊勢市
志摩市
伊勢市
亀山市
三雲町
名張市
伊勢市
安濃町
伊賀市
松阪市
松阪市
多気町
津市
明和町
芸濃町
海山町
伊賀市
松阪市
四日市市
松阪市
鈴鹿市
亀山市
多気町
表 4・三重県クリスタルバレー構成企業
また,クラスターを構成する企業基盤の脆弱さを表す次の記事がある.シャープは 2005
年 11 月,台湾液晶大手の広輝電子からテレビ用液晶パネルを調達する交渉を始めたこと
を明らかにし, 23 )さらに 2006 年 4 月には,この外部調達を拡大すると発表した.パネル
を調達するのはAUOと広輝電子,奇美電子の 3 社で,この時点では月数万台分を手当てし
ており,これはシャープのテレビ販売台数の約 3 分の 1 にあたる.24 )需要に供給が追いつ
いておらず,クラスター内部で部品全てをまかないきれていないのである.
13
Ⅴ章
政策提言―三重県クリスタルバレーの成熟に向けて
では,三重県クリスタルバレーをクラスターとして成熟させるにはどうしたらいいのか.
私は,「三重県が台湾メーカーを誘致する」ことを提案したい.
クラスターは一度回りだせばあとは加速度的に相乗効果を生み出していく.そうなれば
人材も,さらなるインフラも,関連企業も,現在不足していると思われるものは自然と整
えられていくだろう.問題は,そのきっかけを「どこから」「誰が」
「どのように」作りだ
していくかである.
まずは「どこから」である.人材から埋めていくべきなのか,インフラから埋めていく
べきなのか.私は三重県クリスタルバレーに一番不足しているものは「中核となる組み立
て工場」と「薄型テレビから派生する液晶関連企業」であると考えている.単純に言えば,
企業数だ.これらが集まりだせば,人材やインフラ等は企業や業界団体によって整えられ
ていくのではないか.
そして,
「誰が」である.三重県クリスタルバレーを成熟させることは,長期的にシャー
プに利益をもたらすと私は考えている.現在は国内においてシャープの液晶薄型テレビ事
業は好調であるが,液晶テレビの需要は徐々に逓減していくであろうし,また国際的には
首位を勝ち取っていない.しかし,シャープが先程述べたクリスタルバレーの不足点を補
う主体になり得るとは考えにくい.いくら長期的に利益があるのだと説いても,自身のラ
イバル企業を自ら身近に誘致しようとする企業などありはしない.クリスタルバレーの要
素を整えていくのは,行政であろう.元々シャープが三重県にやってきたのも,三重県が
必死にセールスをかけていったからである.
ではそれを,
「どのように」行うのか.いくら競争を起こすといっても,いきなり他メー
カーの薄型液晶テレビ組み立て工場を誘致するのは難しいであろう.部品供給が不足して
いる現在では他メーカーが三重県に工場を設立するインセンティブがあるとは余り思えな
いし,シャープが 1 番恐れている技術流出の問題もある.亀山市の笠井さんは,
「企業は
本当に必要になれば,行政が引っ張らなくても自然に来る」とおしゃっていた.ならば,
他の液晶関連組み立て企業や部品供給会社に「三重県に工場を建てたい」と自然に思わせ
るような基盤作りをしていけばいいのではないか.
そこで一番初めのきっかけとして,台湾勢の部品供給会社を誘致することを提言したい.
サムスンや LG フィリップスなどの韓国勢はそのすべてが自社ブランド・自社製造という
垂直統合型であるのに対し,先ほどシャープの液晶パネル外部調達先として挙がっていた
AUO,広輝電子,奇美電子といった台湾勢は生産委託を中心としたビジネスを行っている
のであって,自社内で組み立ては行っていない.シャープにも相手にもメリットが感じら
れない薄型テレビ組み立てメーカーの誘致と違って,台湾勢の企業はお互い元々取引があ
るのであり,シャープ・台湾メーカー双方にメリットが感じられるのではないか.近くに
立地すればお互いに調整コストはよりやすくなるし,協力もしやすくなる.台湾メーカー
にとっても,三重県クリスタルバレーに所属すれば取引先となりうる液晶企業が周囲にた
くさんあるので,新たなビジネスチャンスを掴むことができる.笠井さんのお話では,市
としても県としても行政側から企業誘致をかける場合もあるもののそれは国内の企業のみ
であり,他国の企業に営業をしていったことはないとのことだった.うまくいくかいかな
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いかは別として,一度台湾メーカーにセールスをかけていく価値はあるのではないか.
台湾企業を三重県に呼び寄せることで,シャープは液晶パネルを「他国から外部調達」
するのではなく,
「クラスター内から内部調達」することになる.そうすればそこには新た
な協調と協力が生まれ,クラスターはより相乗効果を増していく.部品調達が十分に潤お
い,人材・インフラ等が整えられていけば,新たにそこに立地しようとする組み立てメー
カーも現われるであろう.新たに立地する企業が増えれば,さらに新たな協調と協力が生
まれ,さらに相乗効果を増していく.ある程度企業が集まれば,県内に各メーカーの見本
市を作るのもおもしろいかもしれない.
「秋葉原に行けば電気製品が手に入る」というイメ
ージがあるように,
「三重県のそこに行けば液晶製品が手に入る」というイメージがつけば
顧客がたくさん集まり,企業は現在の顧客がどのようなニーズをもっているのかなどの貴
重な情報を得ることができる.
また,あるクラスターが成熟すれば,それはさらに他のクラスターへの広がりを見せる.
三重県クリスタルバレーならば例えば,液晶製品に半導体を搭載するため液晶クラスター
から三重県シリコンバレーとつながり,さらに医療機器に半導体や液晶ディスプレイが使
用されることで,三重県メディカルバレーともつながっていくだろう.そして液晶クラス
ターからカーナビやテレビなどを通して,愛知県のトヨタの自動車クラスターとつながっ
ていくかもしれない.この辺りのつながりは今も緩やかにあるであろうが,1 つが成熟す
ればそこに関わる別のクラスターもより恩恵を受けて,より成熟していく.そうして三重
県クリスタルバレーの効果が三重県に広がり,愛知県に広がり,さらに他の地域に広がり
…そうやって広がりを辿っていけば,その効果は様々な産業の活性化につながり,ひいて
は日本経済の活性化にもつながるだろう.
このように三重県クリスタルバレーが成長していけば,
「液晶といえば亀山」さらには「液
晶といえば日本」というブランドがより世界に知られることなる.液晶が,日本の代表産
業となるのである.
結論
現在好調である FPD 業界であるが,国内的にも国際的にも激化する価格・技術の両面
競争に,各メーカーは四苦八苦している.その中でシャープは今のところ国内において頭
1 つ抜き出てはいるものの,将来予想される需要逓減・昨日報道されたカルテルへの参加
などから見て,その展望は決して楽観視はできない.シャープにとっても,三重県にとっ
ても,さらには日本全体にとっても,三重県液晶クラスターを成熟させることは大きな利
益をもたらすだろうと私は考えている.
しかしそのような業界・社会全体を見渡した政策を,企業 1 社で行うのは難しいであろ
う.そのきっかけを作るのは,三重県なのではないか.
三重県株式会社という言葉がある.当時シャープに企業誘致のトップセールスをかけて
いた北原県知事を見て,誰かがつけたあだ名だという.株式会社が自社の利益を追求して
戦略を練っていくのに対し,三重県株式会社は地域利益,つまりは社会的利益追求の為に
戦略を練っていくのである.三重県クリスタルバレーを発展させ,液晶を日本の産業に育
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てていくには,三重県株式会社のような,企業利益を考慮しながらも全体利益を見渡すと
いうビジョンを持つ会社が必要なのではないか.
文末注・参考文献
1)『読売新聞』2003
年 5 月 17 日.
J-CASTニュース「シャープ液晶TV好調で経常利益 26%増」
http://www.j-cast.com/2006/07/26002262.html,2006 年.
3) 泉谷渉,半導体産業新聞編集部『これがディスプレイの全貌だ!』かんき出版,
2005 年,232-233 ページ.
4) ABC WEBNEWS「ロウソクから液晶へ変貌を遂げる町」
http://webnews.asahi.co.jp/you/special/2004/t20040427.html,2004 年.
5) シャープニュースリリースhttp://www.sharp.co.jp/corporate/news/060801-b.html
6) EDNJapan「シャープが亀山第 2 工場第 2 期生産を 1 年前倒し,2000 億円を追加投資」
http://www.ednjapan.com/content/l_news/2006/01/12_02.html,2006.
7) 三重県農水商工部企業立地室「クリスタルバレー構想」
http://www.pref.mie.jp/KIGYORI/boshu/BUSINESS/valley/crys/,2005.
8) ホットラインひたちいばらき県政情報「井出よしひろの県政情報」
http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/021126mie.sharp.html,2002.
9) NIKKEI NET:産業立地「シャープの国内重視の新事業展開」
http://www.nikkei.co.jp/fudo/ritti/20021011.html,2002.
10) ImoressWatch「国内最大の液晶生産拠点シャープ亀山工場訪問記―液晶パネル生産ラ
インはブラックボックスの固まり」
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050526/sharp.html,2005.
11) Tech-On「産業動向オブザーバ」
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20051215/111655/,2005 年.
12) デジタルARENA「製品選びに役立つ:薄型テレビの基礎知識」
http://arena.nikkeibp.co.jp/tokushu/gen/20041105/110022/index8.shtml,2004 年.
13) 泉谷 前掲書
2005 年,232-233 ページ.
14) 同上書,102 ページ
15)『日本経済新聞』2006 年 5 月 2 日
16) ZAKZAK「液晶業界さらなる値引き合戦へ…カルテル疑惑」
http://www.zakzak.co.jp/top/2006_12/t2006121312.html,2006.
17) 泉谷 前掲書
302-304 ページ
18) おしごと三重「FPD産業の現状並びに将来における人材ニーズに関する調査」
http://www.oshigoto.pref.mie.jp/data/data/research03.html,2003.
19) マイケル・E・ポーター『競争戦略論Ⅱ』ダイヤモンド社,1999 年.
20) 三重県農水商工部企業立地室 前掲サイト 2005.
21) おしごと三重 前掲論文
2003.
22) 三重県農水商工部企業立地室 前掲サイト 2005.
23) 『日本経済新聞』2006 年 11 月 5 日
24) 同上書
2006 年 4 月 20 日
2)
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