A.1.6 臓器売買の判例

A1.6
2011 年12 月1 日、Flynn 対Holder 裁判において米国連邦第9 巡回控訴裁判所は、1984 年の NOTA の一部である「骨
髄」の売買禁止条項には、成分採血で得られる「抹消血幹細胞」は含まれないとの判断を示した。この判決は移植目的
で血液幹細胞を売ることが今後は許されるということを意味している。控訴審が唯一、判決の根拠としたのは NOTA の
法令解釈であり、原告のより過激な主張ではなかった。原告の主張は骨髄売買の禁止はアメリカ合衆国憲法の平等保
護条項に違反するというものだったが、この平等保護条項によって連邦政府、州政府は、何人であっても法の平等保護
を与えなければならないのである。米国において人体部分を売買する憲法上の権利を確立しようとする人たちにとって、
この判決は敗訴であるが、成分採血によって得られる血液幹細胞に部分的に注力しようとする人たちにとっては、この
判決は商業市場を法的に是認したことになる。
この裁判では NOTA が様々な利益を抱える原告団から妥当性を問われた。この原告団には白血病や再生不良性の
貧血の小児患者の親もふくまれていたが、これらの病気は骨髄移植なしには命を失うこともあるからである。また、異
人種間の混血児の親にとって、十分に一致するドナーは特に希少である。カルフォルニアの非営利団体である MMD も
含まれており、この団体は、3000 ドルの賞金を奨学金や住宅手当、ドナーが選んだチャリティへの贈り物の形で最初に
マイノリティや混血の骨髄細胞提供者に、提供しようとしていた。
地方裁判所に、原告は主たる二つの訴えを提起した。第一に、NOTA の骨髄売買禁止は憲法の本質的適性手続きの
保護に違反しているというものである。これによって、個人の所有権や何事かを為す権利は政府がそれとは反対のこと
を望んだとしても保護されるのである。具体的に原告が主張したのは、ある患者が生きるために臓器を必要とし、誰か
がその臓器をその患者に売ろうとしているとき、憲法は州がその売買を妨げることを禁止しているというものであった。
このいくらか暖味な本質的適性手続きの法理は、避妊や中絶に関する最高裁の判決を根拠にしており、訴訟当事者達
は、結局はうまくいかなったのだが、これを使って法廷に自殺幇助の憲法上の権利を認めさせようと試みてきたのであ
る。Flynn 裁判では、地裁は血液幹細胞の事案と D.C 巡回裁判所の Abigail Alliance 対 v. von Escbenbach 判決との類似
点をひいて、この訴えを認めなかった。Abigail Alliance対v. von Escbenbach判決は、末期状態の患者は実験的な薬剤を
手に入れる基本的な権利を有しないというものであった。地裁判決におけるこの論点は、控訴されることはなかったし、
第 9 巡回控訴裁判所も取り上げることはなかった。
第二に、原告が主張したのは、NOTA が骨髄に適用される際に、平等保護条項違反を犯しているというものであった。
その理由は、骨髄の提供に対して補償を認めないのに、血液、精子、卵の提供には補償を認めていることには合理的
根拠がないというものであった。平等保護条項は、多くの人種差別に関する最高裁判決を根拠にしているため、州に対
して法においてなされる区別には合理的な根拠を明示するように要求している(その区別が人種や性によるものであ
れば、より厳しく調査が要求される)。
地裁も第9 巡回控訴裁もこの申し立てを認めず、骨髄の売買禁止には合理的な根拠が認められるとした。以下のこと
が、その根拠として述べられている。骨髄売買が道徳的に正しくないのは(ちょうど他の臓器を売買するのが同様に正
しくないように)、骨髄売買によって、人間を商品に変えてしまうからである;貧しい人々が金銭的圧力により自らの臓器
を売らざるを得なくなる可能性がある;裕福な人が臓器を得る上で大きな優位点を持つ可能性がある;ドナーが不正確
な病歴を申告する強い動機を持つ可能性がある;血液が法的に売買できるにも関わらず、血液と骨髄の違いが、金銭
的動機を提供することで、利他主義的な臓器提供を減らし自発的な臓器提供を徐々に減らしていくとする議会の見解を
正当化している。
第 9 巡回控訴審の前に、原告はまた三つ目の訴えを提起した―NOTA で用いられる「骨髄」という言葉には、成分採
血で得られる血液幹細胞は含まれないというものである。第 9 巡回控訴裁判所も実際の採取方法について理解してお
り、以下のように述べている。成分採血はまず『「顆粒球コロニー刺激因子」と呼ばれる薬剤をドナーの血液に 5 日間注
入することから始まる。この薬剤は骨髄における血液幹細胞の産生を促進し、結果としてより多くの幹細胞が血流中に
流れこむ。血液は静脈から採取され、血液幹細胞を抽出するために、成分採血機によってろ過さる。血中の残存成分は
ドナーの静脈から、体内に戻される。成分採血法によって抽出された血液幹細胞はドナーの骨髄によって再生され、3
週間から 6 週間でもとに戻る。ドナーが合併症を起こすのは非常に稀である。ドナーの血流から造血幹細胞を分離、抽
出する場合に、成分採血は「末梢血幹細胞成分採血」あるいは「骨髄移植」と呼ばれる。』
第9 巡回裁判所は原告のこの点について同意し、「議会が法案を可決したとき、成分採血法に対応する意図はなかっ
たであろう。それというのも、この方法は当時存在していなかったからである。」と判決で述べている。裁判所は、NOTA
が血液の売買を禁止していないことに触れて、この法令は末梢血幹細胞の売買もまた禁止していないと論理付けた。
また裁判所は、政府の骨髄からの派生物は「骨髄」に含まれるという主張を退け、「静脈を流れる赤血球と白血球も、造
血幹細胞と同様、骨髄に由来している」として、この主張(の誤りは)は「歴然としている」と述べた。裁判所はまたこの細
胞は「血液」という意味の通常の語法にも合致していることを認めた。それ故、『「骨髄移植」を「末梢血幹細胞成分採血」
法で行う場合には、NOTA はこの細胞の売買を非合法としないが、この点は、吸引によって得られた骨髄を売買する場
合とは異なるものであると判決で述べた。
第 9 巡回裁判所の判決は臓器マーケット拡大の推進者にとっては勝訴でもあり敗訴でもある。というのも、患者は今
後、成分採血によって分離した末梢血幹細胞を売買できるようになるが、この方法は裁判所の主張では合衆国の事例
の 3 分の 2 で用いられた骨髄移植法である。まさに、重大な勝利と言えよう。一方、この部分的な勝訴は NOTA の法令
解釈によってなされたものであり、議会はいつでも「末梢血幹細胞」という言葉を追加することにより法律を変えることが
可能なのである。加えて、第 9 巡回裁判所は原告の解釈の幅広い憲法理論を認めなかった―議会は平等保護条項に
より、血液、精子、卵と実質的に同じものの売買禁止を禁止されるとの解釈のことである。そのため、他の身体部分の
売買を推進する者は、末梢血幹細胞に関する法令解釈の不一致と同様の適用可能なものを見つけ出さない限り、彼ら
の主張は多分認められないだろう。しかし、原告は、将来の訴訟において実質的な適性手続(上で議論された)に関す
るよりリバータリアニズム的な理論を主張する可能性がある。
連邦政府には Flynn 判決のさらなる検討の選択肢を複数持っている。政府は、恐らく、第 9 巡回裁判所に巡回裁判所
の裁判官からなるより大きな委員会として、この判決を再検討するよう要請するだろう。その要請が認められないか、そ
の委員会がこの判決を容認した場合には、最高裁に判断を仰ぐこともあり得る。しかし、第 9 巡回裁判所判決が限定的
であることを考えると、連邦政府は適当に放置することに満足するかもしれないし、そうではなく立法過程を経て矯正し
ようとするかもしれない―あるいは、単に末梢血幹細胞の市場形成を受け入れるだけかもしれない。もっとも、第9 巡回
裁判所判決には、他の如何なる臓器の市場の形成の予兆となるものは何もない。
〔解答例〕
問1
第一は、NOTA の骨髄売買禁止は憲法の本質的適正手続きの保護に違反しているというもので、第二は、NOTA が骨
髄に適用される際に、平等保護条項違反を犯しているというものである。
問2
①骨髄売買によって人間を商品に変えてしまうから骨髄売買は道徳的に正しくない。②貧しい人々が金銭的圧力により
自らの臓器を売らざるを得なくなる可能性がある。③裕福な人が臓器を得る上で大きな優位点を持つ可能性がある。④
ドナーが不正確な病歴を申告する強い動機を持つ可能性がある。⑤金銭的動機を提供することで、利他主義的な臓器
提供を減らし自発的な臓器提供を徐々に減らしていく。
問3
NOTA で用いられる「骨髄」という言葉には、成分採血で得られる血液幹細胞は含まれない。
問4
原告の部分勝訴により、成分採血によって分離した末梢血幹細胞を売買できるようになるが、政府の法改正、最高裁上
訴という対応も考えられ、将来的にはどうなるか未定である。さらに、控訴審判決からは、他の臓器が売買可能となる
予兆は見いだせない。
問5
A on B with C between D into E with