-抜粋- 特別支援教育の視点を大切にする学校経営の在り方 ~KU デザインによるわかる授業づくりの取組を通して~ 広島市立己斐上中学校 校 長 山 根 強 1 はじめに 特別な教育的支援を要する児童・生徒の課題は,近年クローズアップされ,その状況も様々なものがあり, 特別支援教育の視点を生かした学校経営は必要不可欠となっている。本校では特別な教育的支援を要 する生徒が多く,通常の学級に在籍している生徒の約1割程度に対して,個別の指導計画を作成し,その計 画に基づいて個別の支援を行っているが,さらに,学習する上で様々な教育的ニーズを必要とする生徒もお り,基礎学力が定着していない実態がある。 上記のような生徒の実態から,改めて特別支援教育の視点に立ち,生徒一人一人の自立や,長期的 展望の中での進路保障に向け,「授業のユニバーサルデザインの視点による授業改善」と「全校での一貫 した個別の支援」を行うことにより,一人一人を大切にした授業づくりと,生徒の基礎学力の向上を図ること が可能であると考え,全校で取り組むこととした。 2 研究の方向性と校内体制 平成24年度,25年度と2年間にわたり,広島市教育委員会の施策である「広島市特別支援教育推 進校」の指定を受け,研究・研修を進めてきた。取組の柱は2本立てとし,まず全体への支援として,「KU デザイン(己斐上中学校の授業のユニバーサルデザイン)による授業改善」を考え,そして,個別の支援とし ては「巡回相談指導を活用した個別の支援の工夫改善」と定め,研究の方向性を示し教職員の共通理 解を図った。特別支援教育コーディネーターを中心とした特別支援教育推進委員会で原案を作成し,企 画委員会で決定し,職員会議,特別支援教育連絡会(生徒指導連絡会を含む)等で指導方針の確認 及び情報共有を行った。 ① 研究組織・体制 ア 特別支援教育推進委員会(毎週1回) 校長,教頭,特別支援教育コーディネーター,学年主任,生徒指導主事,養護教諭 スクールカウンセラー,特別支援教育アシスタント,ふれあいひろば推進員 イ 特別支援教育連絡会(随時、必要な時) 1 特別支援教育コーディネーター,関係担任,スクールカウンセラー 養護教諭,特別支援教育アシスタント,ふれあいひろば推進員 ウ 巡回相談指導におけるケース会議(年3回程度) 関係する教職員,専門家チーム委員,広島市教育委員会関係課指導主事 エ 校内授業研究会及び校内研修会の開催(年5回程度) 3 取組の概要 ① 授業改善の視点を,全教科で4領域にわたる16項目の具体的取組指標を示し,研修を行い,定期 的に各自でチェックリストによる自己評価を実施する。 ② KUデザインの4領域について一例ずつまとめ,「実践事例集」を作成し,校内実践交流研修会にお いて各教科の取組状況の共有化を図る。 ③ 学習指導案作成時にKUデザインによる支援ポイントを記入する。 ④ 「個別の支援内容モデル」の活用と集計結果に基づく支援内容の整理を行う。 4 ⑤ 学校生活全体における言語環境の整備を行う。 ⑥ 話し合い活動の充実を図る。 取組の実際 ① KUデザインチェックリストの活用 ア 4領域,「見通しをもたせる工夫」,「指示・説明・発問の工夫」,「視覚的な情報提示の工夫」, 「指導方法等の工夫」各4項目,計16項目の具体的取組指標を示したKUデザインを作成し,研 修を行い,定期的に各自でチェックリストによる自己評価を行い,授業改善を図った。 イ 「KUデザインに基づいたわかりやすい授業の創造」をテーマとした校内授業研究会に指導主事を 招聘して,前・後期2回ずつ開催した ウ KUデザインによる支援を記入した学習指導案を作成した。 エ 定期的な校内授業公開期間を設定し,KUデザインの実践の共有を教職員間で図った。 オ 毎月の重点目標を設定し,その目標に対して全校で統一して取組を進めた。 カ 前・後期においては全教員がKUデザインの4領域について一例ずつ,4つの事例をまとめ,実践事 例集を作成し実践交流研修会において実践事例の共有化を図り,専門家チーム委員の先生より指 導,助言をいただく。 ② 個別の教育的支援が必要な生徒に対しての取組 ア 特別支援教育コーディネーターを中心とした特別支援 教育推進委員会,生徒指導連絡会,企画委員会,職員 会議等での情報共有及び指導方針の確認を実施した。 イ 書く,聞く,話す,読む,考える,その他の領域において,生 徒の様子,原因,支援を想定した「個別の支援の内容モデ ル」を作成し,特別支援教育アシスタントに活用してもらい,各項目の支援回数の記録をとり,データと して集計し,必要な個別の支援を明らかにし,共有化を図り,指導法の改善を行った。 ウ 「授業支援を中心とした対象生徒への配慮事項,及び支援等について」を担任,授業担任,特別支 2 援教育アシスタントの立場から記入し,一覧表を作成し,専門家チーム委員の先生から指導,助言を いただいた後,対象生徒の支援について共通確認を 行う研修会を実施した。 エ 定期的な校内授業公開期間を設定し,KUデザ インの実践の共有を教職員間で図った。 ③ 学校生活全体における言語環境の整備 ア 教師は正しい言語で話し,黒板などに正確で丁寧 な文字を書く。また,集団の中で安心して話ができる ような教師と生徒の人間関係を築く。 イ「自分の考え」をもち,表現することができる生徒の育成を目指す。 ・聴き取れる生徒 ・読み取れる生徒 ・理由をつけて話ができる生徒 ・文章が書ける生徒 ウ 話し合い活動の充実 ・各教科で言語活動の充実を図るための工夫をまとめ,授業の工夫改善に努める。さらに授業で実践 し,成果や課題を実践事例としてまとめ,研修会で交流する。 ④ 教職員のベクトルを一致させた推進体制づくり ア 特別支援教育推進校の指定を受けることで,全教職員が,同じ目標で研究を深めることができる環 境を設定する。 イ 特別支援教育の視点がすべての生徒の役に立つ(あると便利なもの)という共通意識を教職員に持 たせる。 ウ 過度な負担感,やらされ感が個人にかからないように全員で分担することで,比較的少ない負担で, 自己の授業の振り返りと改善に役立つという実感を持たせる。(継続した啓発と生徒の変容を確認させ る。) エ 特別支援教育コーディネーターを中心とした特別支援教育推進委員会,生徒指導連絡会,企画 委員会,職員会議等での情報共有及び指導方針の確認を行い,研究の筋道を明確化し取り組む。 3 成果と今後の課題 (1) KUデザインを活用した取組の成果 ① KUデザインを示したことで,教職員が共通して取り組むべき具体的指標や取組方法が分かった。 ② チェックリストで, 自己評価を活用することにより,視覚的に数値で取組の進捗度が分かった。 ③ KUデザインを理解したことで,これまで各自で実践していた取組の整理ができた。 ④ 事例集作成や研修会を通して,各自の取組の評価や共通課題が明らかにできた。また, 啓発通信 等により,発達障害について, 或いは認知やその行動等につい ての基礎知識が深まり, 授業の改善と工夫の方向性が日常的 に意識しやすくなり教育実践が前進した。 ⑤ KUデザインに基づく「月間重点目標」により,授業改善の取 組について, 情報の共有化と意識化が進んだ。 (2) 個別の支援内容モデルの活用と配慮事項等一覧作成の成果 ① 具体的な支援の方法や支援の意味が理解できた。 3 ② これまでの経験則からの支援が整理でき,効果的な支援へとつながった。 ③ 対象生徒の具体的ニーズが明確になってきた。 ④ 対象生徒への授業を中心とした支援や配慮事項等の一覧(担任作成の個別の指導計画)が,ど の教科でも共通に取り組みについて考えることのできる資料となり,全員が活用できるようになってきた。 ⑤ 教職員全員が授業や様々な活動の中で,個別の支援について共通認識ができ,意識化が進んで きた。 (3) 今後の課題 ① 教職員の研究や取り組みへのモチベーションの維持・向上の方策や研修の機会をどのように保障し ていくのかについて手立てを考える。 ② 個別の指導計画の内容を一層充実させ,どのように具体的な支援や指導に役立てていくのか,また, 保護者,関係機関,学校とともに考えていく支援計画づくりの推進を図る。 ③ 小・中学校連携の中で,取組への理解と共通性及び継続性をどのように発展させていくか検討が必 要である。また,関係機関との連携を密にし,つながりを広げていくことも重要である。 ④ 今回の研究では,「KUデザイン」と「個別の支援」も組み合わせたこともあり,学習意欲の低い層へ 焦点が当たっていたため,今後は学習意欲の高い層への学習内容や支援の工夫も必要である。 ⑤ 「言語活動の充実」については,「表現モデルの提示」を重点に行ってきたが,その取組を発展させ 「言語活動の充実のためのKUデザインモデル」の試案づくりと「合理的配慮という視点での個別の支 援内容」の整理も重要である。 ⑥ 特別支援教育の視点を忘れず,学校組織として特別支援教育推進体制を継続,充実させの中で, 取組の継続と発展を目指す明確な目標とビジョンづくりが大切である。 4 おわりに 授業のユニバーサルデザインは,支援の必要な生徒には「ないと困る支援」,また,すべての生徒にとっては 「あると便利な支援」であるが,万能薬ではないため,本校では「KUデザイン」と「個別の支援」を組み合わ せた取組を行ってきた。2年間,改善を図りながら取り組んだ結果,生徒が「できた感、頑張っている感、達成 感」等を感じることで,学校生活の中心である授業に意欲をもって集中して取り組む姿勢が強く感じられるよう になってきた。その二次的効果として「学級や学校全体の落ち着き」がより増してきた。このことは,特別支援 教育の取組だけでなく,普段からの学級経営や生徒指導等の地道な取組の成果でもあると言える。生徒指 導上課題のある生徒は,個別のニーズに応じた支援を多く必要としている場合があり,「KUデザイン」と「個 別の支援」は,広く,学級づくりや生徒指導の取組の基盤となる機能の一つであると言える。 今後さらに,特別支援教育の視点を取り入れた学校経営及び授業改善の充実に向けて,教職員の異 動に影響されない校内体制の見直し,研究推進体制,教職員の意識と研修意欲等を含め,取組の継続性 を保ちつつ,リーダーシップを発揮して取組を進めていく必要がある。 4
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