WebCR2013/11 WebComputerReport 連載 IT新時代と パラダイム・シフト 第49回 「世界最先端IT国家創造」宣言は 誰のため 日本大学商学部 根本忠明 今 年 6 月 に 、 安 倍 首 相 は 「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」 宣 言 を 行 い 、 2020 年 ま で に IT 先 進 国 を 実 現 す る と し て い る 。し か し 、世 間・マ ス コ ミ は こ れ を 信 用 し て い な い 。 2000 年 の 森 首 相 の 宣 言 に 始 ま る こ れ ま で の IT 戦 略 は 不 毛 に 終 わ り 、 日 本 は IT 後 進国 に成り 下がってしまって いる。安部首 相に求 められ ている のは、口約 束では な く規制緩和・規制撤廃の早期実施であり、アベノミクスを成功させる鍵でもある。 安 倍 首 相 の 「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」 宣 言 の 人 気 の な さ 安 倍 首 相 は 、「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」 宣 言 を し た 。 2020 年 ま で に 世 界 最 高 水 準 の IT 活 用 社 会 を 実 現 さ せ る と い う も の で あ り 、 2013 年 6 月 24 日 に 閣 議 決 定 し て い る 。 安 倍 首 相 は 、 就 任 当 初 か ら IT 活 用 に 関 し て 積 極 的 な 発 言 を し て き た 。 安 倍 晋 三 首 相 は 今 年 3 月 28 日 夕 に 首 相 官 邸 で 開 い た IT 戦 略 本 部 の 初 会 合 で「 IT は成長戦略の柱だ。とにかく具体的な成果が求められている」と述べた。にもかか わ ら ず 、 安 倍 首 相 の IT 宣 言 に つ い て 、 マ ス コ ミ は ほ と ん ど 関 心 を 示 し て い な い 。 試 し に 、 朝 日 新 聞 、 読 売 新 聞 、 毎 日 新 聞 の 大 手 3 社 の 有 料 デ ー タ ベ ー ス で 、「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」と キ ー ワ ー ド 検 索 し て み る と 、わ ず か 2 件 し か 検 索 さ れ ず 、 しかも内容には全く触れていない。 マ ス コ ミ や 世 間 が 、 政 府 の IT 支 援 に 無 関 心 な わ け で は な い 。 2011 年 3 月 の 東 日 本大 震災直後には、震災時における 避難誘 導、安 全確認、救急 活動な どに関 する政 府 や 自 治 体 に よ る IT 支 援 に つ い て 、 大 き な 期 待 を 寄 せ て き た 。 また、今後の電力システムの在り方として、スマートコミュニティ、スマートシ テ ィ 、 ス マ ー ト グ リ ッ ド と い っ た IT 主 導 の 電 力 シ ス テ ム 革 新 の 必 要 性 に つ い て 、 WebCR2013/11 31 WebComputerReport WebCR2013/11 WebComputerReport マスコミは震災直後に盛んに報じてきた。 で は 、 何 故 、 マ ス コ ミ や 世 間 は 、 安 倍 首 相 の 「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」 宣 言 に 無 関 心 な の か 。そ れ は 、今 か ら 13 年 前 の 2000 年 、同 じ 自 民 党 政 権 の 森 首 相 に よ る 「 IT 先 進 国 宣 言 」 の 焼 き 直 し と 、 誰 も が 感 じ て い る か ら で は な い だ ろ う か 。 森 首 相 の 時 も は IT 戦 略 本 部 を 立 ち 上 げ 、「 5 年 以 内 に 世 界 最 先 端 の IT 国 家 に な る」と宣言した。この 2 人の首相の 宣言は 、全く 瓜二つといっ てよい 。しか も、森 首 相 に よ る IT 先 進 国 は 達 成 で き て な い ど こ ろ か 、失 敗 に 終 わ っ て い る と い う の が 、 世間の常識になっている。マスコミの論調は、これを反映しているのである。 も ち ろ ん 、安 倍 首 相 は 前 回 ま で の 失 敗 を 繰 り 返 さ な い こ と を 、「 世 界 最 先 端 IT 国 家 創 造 」宣 言 の 中 で も 明 言 し て い る 。本 気 で 取 り 組 む 姿 勢 と し て 、閣 議 決 定 を 行 い 、 IT 戦 略 担 当 大 臣 を 任 命 し て い る 。 こ れ で 、 同 じ 轍 を 踏 ま な い の で あ ろ う か 。 こ れ ま で の IT 戦 略 を 検 証 し て み る と 政 府 に よ る 現 在 の IT 戦 略 は 、 自 民 党 政 権 の 森 首 相 ( 2000 年 か ら 2001 年 ) の 首 相 就 任 時 に 始 ま る 。 森 首 相 は 、 2000 年 7 月 に 開 催 さ れ た 沖 縄 サ ミ ッ ト で 、 IT を 主 要 テ ー マ の 一 つ と 位 置 付 け 、IT 憲 章 を ま と め た 。こ の た め 、沖 縄 サ ミ ッ ト は 、以 後 、 IT サ ミ ッ ト と 呼 ば れ る よ う に な り 、 こ の 功 績 は 評 価 す べ き と い っ て よ い 。 そ し て 、2000 年 9 月 の 衆 参 両 院 本 会 議( 第 150 回 国 会 )の 所 信 表 明 演 説 で 、「 Eジ ャ パ ン の 構 想 」を 披 露 し た 。こ れ を 受 け て 、 2001 年( 平 成 13 年 ) 1 月 、 IT 戦 略 本 部 は 、 e-Japan 戦 略 と し て IT 国 家 戦 略 を 策 定 し た の が 、 始 ま り で あ る 。 こ の IT 戦 略 の 推 進 は 、 小 泉 首 相 ( 2001 年 ~ 2006 年 在 位 ) の も と で 、 e -Japan 戦 略( 2001 年 1 月 ス タ ー ト )、e -Japan 戦 略 Ⅱ( 2003 年 7 月 ス タ ー ト )、戦 略 Ⅱ 加 速 化 パ ッ ケ ー ジ ( 2004 年 2 月 ス タ ー ト )、 IT 政 策 パ ッ ケ ー ジ ( 2005 年 2 月 ス タ ー ト )、 IT 新 改 革 戦 略 ( 2006 年 1 月 ス タ ー ト ) と 続 い て き た 。 次 い で 、麻 生 首 相( 2008 年 か ら 2009 年 在 位 )の も と で 、2009 年 7 月 に「 i-Japan 戦 略 2015」が 決 定 さ れ 、ス タ ー ト し て い る 。こ れ ら の 自 民 党 政 権 に よ る IT 戦 略 は 、 最 初 の e -Japan 戦 略 を 焼 き 直 し て 、 繰 り 返 し 使 用 し て き た も の と い っ て よ い 。 こ の 自 民 党 政 権 に よ る IT 戦 略 の キ ャ ッ チ フ レ ー ズ は 、「 世 界 一 便 利 で 効 率 的 な 電 子政府の実現を目指す」としてきた。実際には、電子政府・電子自治体のためにつ け ら れ た IT 予 算 は 、 無 関 係 な プ ロ ジ ェ ク ト に 交 付 さ れ た り 、 利 用 さ れ て い な い プ ロジェクトが多いといった無駄が表面化し、批判が相次ぐようになった。 政 府 の IT 戦 略 本 部 も こ れ を 放 置 で き ず 、 2007 年 8 月 に 電 子 政 府 評 価 委 員 会 を 設置 し、電子政府のプロジェクト全 体を見 直すこ とにしたので ある。 そ し て 、 こ の 見 直 し を 世 間 に 見 せ つ け た の が 、 2009 年 11 月 の 、 民 主 党 政 権 が 誕 生した鳩山首相の下での事業仕分の実施である。その象徴になったのが、多額の予 算をつけられた「スパコン事業の見直し」であった。 WebCR2013/11 32 WebComputerReport WebCR2013/11 WebComputerReport し か し 、 こ の 民 主 党 政 権 に よ る IT 戦 略 も 、 実 は 自 民 党 政 権 時 代 の 「 i-Japan 戦 略 2015」 の 焼 き 直 し に 過 ぎ な か っ た 。 2009 年 9 月 に 誕 生 し た 民 主 党 政 権 の 鳩 山 首 相 自 身 が IT 戦 略 に 消 極 的 で あ っ た こ と や 、 戦 略 作 成 の 時 間 不 足 の た め に 、 同 年 11 月 に 策 定 し た 民 主 党 政 権 の IT 戦 略 は 、 麻 生 政 権 の 焼 き 直 し に 過 ぎ な か っ た 。 構 造 改 革 ・ 規 制 緩 和 が IT 先 進 国 へ の 必 要 条 件 以 上 み て き た よ う に 、 21 世 紀 を 迎 え て の 我 が 国 の IT 戦 略 は 、 多 額 の 国 家 予 算 を 注 ぎ 込 ん で き た に も か か わ ら ず 、実 際 に は 効 果 を 挙 げ ら れ な か っ た 。最 大 の 理 由 は 、 戦後 から高度成長時代に構築し た官 公庁や 自治体 の構造改革の 欠如に ある。 構 造 改 革 な き IT 戦 略 は 、世 界 最 先 端 を 目 指 し た は ず の IT 国 家 を 、IT 先 進 国 ど こ ろ か IT 後 進 国 に 後 退 さ せ て し ま っ た と 言 っ て よ い 。 少 な く と も 、 マ ス コ ミ の 昨 今 の 論 調 は 、 日 本 を 「 IT 後 進 国 」 と 位 置 づ け て い る 。 例えば、 「 ネ ッ ト 選 挙 で 右 往 左 往 IT 後 進 国 を 露 呈 す る 日 本 」( 日 経 、2013 年 7 月 11 日 )、「 東 京 五 輪 も 意 識 サ イ バ ー 後 進 国・日 本 の 人 材 育 成 急 務 」( MSN 産 経 、2013 年 10 月 14 日 )、「 IT 後 進 国 よ 、 結 局 ネ ッ ト 選 挙 で 終 わ る の か 」( 東 洋 経 済 オ ン ラ イ ン 2013 年 8 月 27 日 ) と い っ た 具 合 で あ る 。 ウ ェ ブ で 調 べ て み て も 、 日 本 は 、先 進 国 の み な ら ず 新 興 国 と 比 べ て も 、 IT・ ネ ッ ト の 後 進 国 で あ る と 指 摘 す る サ イ ト が 非 常 に 多 い 。 グ ー グ ル で 、「 IT 後 進 国 」、「 ネ ッ ト 後 進 国 」 と キ ー ワ ー ド 検 索 す る と 、 そ れ ぞ れ 約 503,000 件 、 約 1,620,000 件 もの資料が検索される。 アベノミクスの成否は第三の矢にかっており、それは規制緩和・規制撤廃の実現 度合による。規制緩和が出来ないから、次の日本を支える新しい事業が育たない。 IT な ど 各 種 ベ ン チ ャ ー が 育 ち 難 い 状 況 を 放 置 し て い て は 、 IT 先 進 国 は 望 め な い 。 実際、これまでの金融、航空、医療、電力といった各分野で規制緩和と規制撤廃 は 、世 界 に 大 き く 立 ち 遅 れ て き た 。IT 分 野 に 限 っ て み て も 、多 く が 従 来 の 規 制 に 邪 魔され、実施が大幅に遅らされたり実現されていない。例えば、医薬品のネット販 売 、 ネ ッ ト 選 挙 、 電 子 書 籍 の 普 及 、 TV 放 送 の ネ ッ ト 配 信 な ど な ど ...。 ちなみに、今年実施されたネット選挙の解禁も、安部首相の積極的発言にもかか わらず、実は全面的な解禁ではなかった。その内容は海外に比べて、大きく見劣り する ものであった。アベノミクスの 公約に 疑問符 がつけられた といっ てよい 。 ネ ッ ト 選 挙 の 実 施 は 今 年 2013 年 の 改 正 公 職 選 挙 法 ( 4 月 19 日 ) 施 行 で 、 7 月 の 第 23 回 参 議 院 選 よ り 、 ネ ッ ト 選 挙 解 禁 と な っ た 。 1998 年 に 、 野 党 の 民 主 党 が 、 初 め て 公 職 選 挙 法 の 改 正 案 を 提 出 し て か ら 15 年 も 経 過 し て い た 。 欧 米 諸 国 や 韓 国 な ど新興国に比べても、大きく出遅れた。しかも、国政初のネット選挙も、有権者に よるメール利用の制限など、部分的な解禁に過ぎなかったのである。 ( TadaakiNEMOTO) WebCR2013/11 33 WebComputerReport
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