小麦依存性運動誘発アナフィラキシー WDEIA

小麦アレルギー診断の新たな可能性
小麦依存性運動誘発
アナフィラキシー:WDEIA
アレルギー最前線
島根大学医学部 皮膚科学教室 教授
森田 栄伸 先生
─特定の食物を摂取した後に運動をすると、重篤なアレル
ギー症状を起こす食物依存性運動誘発アナフィラキシー
(FDEIA:Food Dependent Exercise Induced
Anaphylaxis)
について教えてください。
食物依存性運動誘発アナフィラキシー
(FDEIA)は、
即 時 型の食 物アレルギーの特 殊 型に分 類されます。
したがって、特異的IgEが関与するアレルギーです。
多くの場合、
特定の食物を摂取後にランニングやテニス
などの運動が引き金となりますが、歩行などでも症状を
起こすことが報告されています。その他の誘因としては、
全身状態、薬物服用、アルコール摂取、気象などが挙げら
れます。また、原因食物の摂取量も症状の重篤度に関係
しています。アスピリンの服用は、運動負荷がなくとも原因
食物の摂取との組み合わせで症状を誘発します。
─FDEIAの診断方法について教えてください。
FDEIAの原因食物が特定できれば、再発の防止や
患者さんのQOLを改善することができるため原因となる
食物の特定はFDEIAの治療で最も重要です。
一般の食物アレルギーと同様に、
病歴、
血中特異的IgE
の測定、皮膚試験および誘発試験により診断されます。
食後2時間以内に何らかの運動により症状を起こした
病歴がある場合は、本症の可能性がかなり高くなります。
一方で、一般の食物アレルギーほど特異的IgEの測定
や皮膚試験が有用ではありません。例を挙げますと、確定
診断されたWDEIAにおいて、ユニキャップ特異的IgE
(Immuno CAP ®)による小麦またはグルテンの特異的
IgEは、約30%が陰性を示すことが報告されています。
確定診断に際しては、一般の食物アレルギーと同様
に誘発試験が実施されます。誘発試験は、疑われる食品
単独、運動単独および食品負荷と運動負荷を組み合わ
せて実施します。ただし、誘発試験でも病歴の症状が
再現される率はあまり高くないことが問題であり、多く
ても70%程度の患者さんが確定診断されるのみと言わ
れています。この偽陰性の原因として、食品および運動
の負荷量が不十分であること、疲労、睡眠不足などの
患者さんの状態や気温などが発症に関係していることが
考えられます。アスピリンの服用は、FDEIAの症状を
増強することが知られ、アスピリンなどの非ステロイド
性消炎剤の服 用経験がないFDEIAの患者さんでも、
アスピリンを服用して食物負荷を行なうと、症状が誘発
されます。
このように、FDEIAの患者さんでも誘発試験が陰性の
場合があること、逆に誘発試験で重篤なショック症状を
起こすこともあり、本症では精度の高い診断方法の開発
が望まれています。
─ FDEIAの原因食物について教えてください。
様々な食品が本症の原因食物として報告されています。
欧州では野菜が最も多い原因食物ですが、日本では、
原因食物の約60%が小麦で、次いでエビ、イカ、カニなど
の魚介類です
(図1)。
私たちは、わが国で最も頻 度の高い小麦のアレル
ゲンに関して検討してきました。小麦のアレルゲンは、
アルブミン、グロブリンなどの水溶性タンパク質とグリア
ジン、グルテニンなどの不溶性タンパク質
(グルテンと
呼ばれる )
の2つに大別されます。小麦アレルゲン中の
コンポーネントは、主にパン職人における気管支喘息を
対象として研究されており、WDEIAについてはあまり
解明されていませんでした。しかし、W D E I Aにおいて
参考
ω-5 グリアジン
特異的IgE測定の活用
進化するアレルギー検査
化するアレルギー検査
Morita E et al:Allergology International;58(4)
:493-498, 2009
図2 WDEIAにおける小麦関連抗原特異的IgEの陽性率
小麦
(UA /mL)
ω-5 グリアジン
リコンビナント
グルテン
1,000
100
10
1
0.89
0.35
陽性率
(%)
48 100
WDEIA(n=50)
0
56
56
0
80
アトピー性皮膚炎(n=25)
32
0
健康人(n=25)
Matsuo H et al:Allergy;63(2)
:233-236, 2008改変
─ FDEIAの発症のメカニズムについて教えてください。
WDEIA例の誘発試験において経時的に採血を行った
ところ、症状発現と一致して抗原性を有するグリアジン
が血中で検出されました。このことから、運動刺激は腸管
からの未消化の小麦アレルゲンの吸収を亢進する(図3)
ことで、WDEIAの症状を誘発すると考えられます。また、
前述のように、アスピリンの服用はFDEIAの症状を増強
しますが、
これには2つの機序が考えられます。1つは、
運動
と同様に、腸管からの抗原の透過性の亢進、
もうひとつは、
肥満細胞の活性化の増強です。アスピリンと原因食物に
よる誘発試験でも負荷後血中に抗原が検出され、アスピ
リンも運動と同様に前者の機序が考えられますが、一方で、
アスピリンはスキンプリックテストの結果を増強すること
から両者の機序が合わさって発症すると考えられます。
小麦アレルギー診断の新たな可能性
図3
3 FDEIA患者の腸管における食物アレルゲン吸収機序
FDEIA患者の
の腸管
腸管に
に
健康人
食物
物
腸管
消化
腸管上皮
吸収
血管
循環
栄養
小麦は食物アレルギーの原因として3番目に頻度が
高く、およそ1割を占める重要なアレルゲンです 1)。食物
アレルギーの診断では、原因と疑われる食品に対する
感作の確認は大切で、それには血中特異的IgE測定が
汎用されています。近年、特異的IgE抗体価と負荷試験
結果の関係を示すProbability Curveや、Decision Point
(症状誘 発率が95%となる特異的IgE抗体価)が検討
され、卵白や牛乳などいくつかのアレルゲンでは特異的
IgE抗体価のもつ意味が再評価されています 2)。しかし
私たちの検討において、小麦では卵白や牛乳のような
良好なProbability Curveが描けず、1歳以上ではDecision
Pointの算出もできませんでした3)。
*
a 19)は小麦アレルゲンコンポー
ω-5 グリアジン(Tri
ネントのひとつで、その特異的IgE測定は、小麦アレ
ルギー診断の精度を大きく改善する可能性があると報告
されています 4)、5)。すなわち、既存の小麦特異的IgEが
クラス3以上の強陽性であっても、実際には負荷試験
陰性となる、小麦摂取で症状を発現しない症例も少なく
ありませんが、小麦特異的IgE陽性かつω-5 グリアジン
特異的IgE陽性の場合は小麦アレルギーと診断できる
可能性が高くなります(図)。一方、小麦特異的IgEが
陽性でω-5 グリアジン特異的IgE陰性となった場合には、
負荷試験による診断が必要となります。
小麦はパンや麺類、お菓子など様々な食品と共に加工
品として摂取することの多い食品です。問診や特異的
IgE抗体のみで小麦アレルギーの可能性を絞り込むことは
難しいといえます。それぞれの検査の特徴をよく理解して、
小麦特異的IgEで感作の有無を確認し、
ω-5 グリアジン
図 小麦アレルギーとω-5 グリアジンIgE抗体
─小麦IgE抗体陽性例での検討─
(UA /mL)
100
特異的IgE抗体価
聞き手:ファディア株式会社 クリニカルセールス&マーケティング 田中 昭
また、FDEIAは発症機序が複雑であるため、患者さん
自身が自覚していない場合もあると考えられます。
今後は、ω-5 グリアジン以外の責任アレルゲンコン
ポーネントの同定およびその特異的IgE測定の開発が
期待されます。
特異的IgE抗体価
小麦アレルギーは卵、牛乳についで頻度が高いものの、特異的IgE検査が陽性でも摂取可能な場合も少なくなく、
比較的診断が難しいもののひとつと言えます。中でも、小麦アレルギーの特殊型である小麦依存性運動誘発アナ
フィラキシー(WDEIA:Wheat Dependent Exercise Induced Anaphylaxis)は、小麦摂取と運動負荷が
重なることで症状が発現する病態で、その診断は容易ではありません。
ω-5 グリアジン*は小麦アレルゲンコン
ポーネントのひとつで、小麦を原因とするアレルギーをより高精度に診断するための特異的IgE検査として
期待されています。今回は、小麦を原因食物としたアレルギーの中でも、WDEIAを中心に島根大学医学部
皮膚科学教室 教授 森田栄伸 先生にお話を伺いました。
グリアジン分画が主要なコンポーネントであることが、
皮膚試験および IgEイムノブロッティング法によって
分かりました。その中でもω-5 グリアジン
(Tri a 19)
が、
最も頻度の高いアレルゲンコンポーネントであることを
突き止めました。近年、遺伝子技術が進歩し、多くの
アレルゲンコンポーネントがクローニングされ、アレ
ルギー性疾患の診断および治療に使用されつつあり
ます。そこで私たちは、リコンビナントのω-5 グリア
ジンタンパク質を作製しました。このタンパク質は、私
たちが見出した特異的IgEが結合するω-5 グリアジン
のエピトープを含んでいます。このタンパク質のイムノ
キャップを作製して、WDEIA患者50例、小麦の特異的
IgE陽性で小麦摂取によってアレルギー症状を起こさない
成人アトピー性皮膚炎
(AD)患者25例および健康人
25名を対象に特異的IgEを測定しました。
小麦やグルテン
よりもω-5 グリアジンの特異的IgEの方が、
WDEIAに
おける陽性率が高く
(80%)
、
さらに、ADにおける陽性率
は低いことから
(図2)、
ω-5 グリアジンに対する特異的
IgEの測定はWDEIAの診断に有用であることがわかり
ました。
10
1
0.35
なし
小麦アレルギー あり
の診断
小麦IgE
あり
なし
ω-5 グリアジンIgE
Ito K, et al:Allergy 63(11)
:1536-1542,2008より改変
特異的IgEが陽性であれば症状誘発の可能性が高いと
考え、負荷試験の適応に反映させると良いと考えています。
進化する血液検査を上手に利用することで、小麦アレ
ルギーの診断がより安全かつ正確に行われるようになる
ことを期待しています。
1)厚生労働科学研究 平成20年度第4回モニタリング調査
2)Komata T, Ebisawa M et al:J Allergy Clin Immunol 119(5)
:
1272-1274,2007
3)Komata T, Ebisawa M et al:Allergol Int 58(4)
:599-603,2009
4)Matsuo H et al : Allergy 63(2)
:233-236,2008
5)Ito K et al : Allergy 63(11)
:1536-1542,2008
* ω-5は「オメガファイブ」と読みます。
FDEIA
図1 FDEIAにおける原因食物の割合
魚類 1%
そば 2%
木の実 2%
ブドウ 2%
カニ 3%
食物
その他
10%
国立病院機構相模原病院
臨床研究センター
アレルギー性疾患研究部
腸管
消化
化
イカ 5%
エビ
18%
小麦
56%
腸管上皮
部長
肥満細胞の
活性化の増強
肥満細胞
胞
血管
循環
先生
日本アレルギー学会指導医(小児科)
、
日本小児科学会専門医で、厚生労 働
科学研究班「食物アレルギーの診療の
手引き2008」の主任研究者等も務める。
腸管透過性の亢進
運動-アスピリン 未消化
による腸管上皮 アレルゲン
の吸
の吸収
の変化
海老澤 元宏
粗抽出ア
粗抽出
アレ ゲン
アレルゲ
アレル
ゲン
ンを構成す
構成するタン
るタンパク質
パク質分子
分子(Mol
olecu
e lar)の
ことをア
ことを
アレル
ア
レ
レルゲン
ンコ
ン
コンポー
ポーネント
ネントあるい
あるいは単に
は単にコンポ
コンポーネン
ーネント
ト
と呼び、
と呼び
、コ
コン
ンポーネントを
ポーネ
ーネ
ネン
利用し
用した臨床
た臨床研究や
研究やその
その応用を
を
M ecu
Mo
Mol
cu
ular
a Aller
Alle gollogy
Al
ogy
y といいます
ます。
。
現在
現在の
在の一般
一般的
般 な検査では
な検査
査で
では、
では
は 複数の
複数 タンパク質で
質 構成さ
構成された
れ
粗抽出
出アレル
アレ
ア
レルゲンに
レ
ゲ
ゲン
よる特
る特
特異
異的I
異的
的 gE検査を利
利用して
し います
す。
アレルギー
症状
望月満 他:小児科診療;66(Suppl)
:39-43, 2003改変
お問い合わせ先
* ω-5は
「オメガファイブ」
と読みます。
0120-489-211
ファディア社発行 ALLAZiN Autumnより
1009-M-108-1
発行
URL:http://www.phadia.jp