[研究課題名] 成熟細胞及び幹細胞を用いた生体外組織形成と人工臓器への応用 [研究担当者] 松下 [研究室] 崇城大学工学部応用生命科学科医用生体工学講座 琢(代表者)、上岡龍一 1.研究目的 我々はこれまで、ラット・イヌ・ブタの成熟肝実質細胞をウレタン発泡体の孔内で培養 すると、細胞が自発的に三次元的球状細胞集塊(スフェロイド)を形成し、これまで困難 であった肝細胞の分化機能の長期維持と人工肝臓への応用が可能であることを示してきた。 またこの肝細胞集塊内部には胆管様の構造も構築され、さらにそこから胆汁のような分泌 が認められることを見出した。このような細胞からの組織形成と分化機能の維持には、ギ ャップジャンクションの形成やアクチン繊維の再配向など種々の生物学的な事象が起こっ ていることが示されているが、一方で集塊の大きさは細胞が消費する酸素の物質移動に支 配され、また集塊形成(細胞の運動・培養基材からの剥離・凝集)には、ウレタンなどの 培養基材表面の化学物性が寄与することが示されている。これらの知見は、細胞からの組 織形成の生物学的プロセスが、人工的な培養環境設定である程度は制御が可能であること を示している。本研究では以上の知見を踏まえ、対象とする細胞を肝細胞以外の他の成熟 細胞に拡大すると共に、各臓器内の幹細胞や骨髄間葉系幹細胞なども含め、これらの細胞 からの生体外での組織形成を、細胞の付着や細胞間接触(細胞間相互作用)を制御できる 培養基材の開発や、栄養素の物質移動などの人工的な培養環境設定の面から検討する。 2.平成 13 年度の研究計画 ヒトゲノム解析の研究がほぼ終了している状況で、基礎及び応用研究も含め、ヒト細胞 を研究対象とする重要性が増している。そこで 13 年度は、ヒト肝細胞の組織形成に重要 な培養環境因子、特に培養表面特性に着目し研究を遂行する。しかし成熟ヒト肝細胞は増 殖性が乏しい上に入手が困難である。そこで本研究では、増殖性があり、かつ肝幹細胞の 一種である肝芽細胞を多く含む胎児由来のヒト正常肝細胞(HC 細胞)を実験対象とする。 本細胞は米国 Applied Cell Biology Research Institute 社がインフォームドコンセントに基 づいて研究用に取得した細胞で、第5継代までの増殖が同社によって確認されている。本 細胞を用いて以下の研究を行う。 (1) 本細胞が自発的に組織(スフェロイド)を形成するための培養基材表面の特性につい ての知見を得る。培養表面については、ポリスチレン製ディッシュの上に、poly-L-lysine や poly-L-glutamic acid、poly-L-leucine などの各種ポリ-L-アミノ酸を被覆して、正荷電・ 負荷電の親水性表面、ならびに疎水性表面を作製し検討する。 (2) その際、組織形成の形態変化だけでなく機能面にも着目し、共焦点レーザー顕微鏡を 用いて各培養表面で形成されたスフェロイドの P450 活性を測定して、組織として最も 高い活性を示す最適な培養表面特性について検討を加える。 3.平成 13 年度の研究成果 (1) 肝幹細胞の一種である肝芽細胞を多く含むと考えられる胎児由来の本細胞を、血清添 加培地及び aFGF 及び EGF を含む無血清培地を用いて、第8継代目まで増殖させるこ とが可能となった。両培地とも倍加時間は約 20 時間であったが、最高到達細胞密度は 6 直径 35mmのディッシュ当たり、血清培地で 2.5×10 cells/dish、無血清培地で 1.6× 6 10 cells/dish と差があった。 (2) 本細胞は、増殖中は形態も繊維芽状でグリコーゲンの蓄積も観察されず、肝実質細胞 の特徴を有していなかった。一方、コンフルエントに達した後、細胞密度が上がって細 胞間の接触が増えるにつれ、形態が敷石状に変化し、核が明瞭に観察され、グリコーゲ ンの合成蓄積も見られ、いわゆる肝実質細胞の特徴を持つにいたった。 (3) そこで細胞を三次元的に集塊化(スフェロイド化)させることで、細胞間接触をさら に増し、細胞の肝機能の向上がはかれるかどうかを検討するために、本細胞のスフェロ イド化に適した培養表面特性の検討を行った。各種ポリ-L-アミノ酸を用いて、ポリスチ レン製ディッシュ表面を被覆し、親水性(正電荷、負電荷)及び、疎水性に表面修飾し た結果、本細胞はポリ-L-グルタミン酸、ポリ-L-アスパラギン酸などで被覆した負電荷表 面で、最もスフェロイド化しやすいことが明らかとなった。また形成されたスフェロイ ドの直径は 100µm 程度であった。 成熟した初代肝実質細胞(ラット、イヌ、ブタ)では、通常、正電荷表面でスフェロ イド形成が促進されることが知られており、未分化な本細胞と比較して、スフェロイド 形成のための培養表面特性に、大きな違いがあることが興味深い。 (4) 上記の各種培養表面上で形成されたスフェロイドを、機能面からも評価するために薬 物代謝の中心酵素である肝細胞のシトクローム P450 活性 (CYP1A1, CYP1A2, CYP2B1/2)を、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、スフェロイド1個のレベルで観察・定 量化できる測定系を確立した。この方法を用いて解析した結果、ポリ -L-グルタミン酸、 ポリ-L-アスパラギン酸を用いて作成した負電荷表面上のスフェロイドが、最も高い P450 活性を有することが判明した。またアルブミン分泌活性についても同様な結果が得られ た。これらの結果は、本細胞のスフェロイド形成にはポリ-L-グルタミン酸及びポリ-L-ア スパラギン酸を用いて作成した負電荷表面が最も適していることを示している。 (5) 同じ継代数の本細胞を単層培養とポリ -L-グルタミン酸を用いてスフェロイド培養し、 その P450 活性をレーザー顕微鏡で測定し比較したところ、CYP1A1, CYP1A2, CYP2B1/2 の各アイソザイムとも、スフェロイド培養が単層培養に比べ 2.5〜3 倍活性が高いことが 明らかとなった。本手法による P450 活性は、細胞当たり単位時間当たりの生化学的比 活性の結果を反映していることを別の実験で確認しており、上記の結果は、スフェロイ ド化させることで、細胞の分化機能の発現を促進できることを示唆している。 上記の結果は、肝幹細胞の一種である肝芽細胞を多く含むと思われ、また増殖性のある 胎児由来肝細胞でも、増殖させた後にスフェロイド形成させることで、肝特異的機能の発 現(再分化)を制御できることを示唆している。細胞から組織や臓器を形成させるには、 細胞自身が増殖しながら組織を形成していくことが必須であり、本細胞はそのモデル実験 系を作製するのに適しているといえる。またすでに肝細胞に分化することが運命づけられ ている本細胞を用いて得られた肝組織形成に関する知見は、次のステップとして多分化能 を有する骨髄間葉系幹細胞を用いて肝組織形成を行わせる際に重要な予備的知見となるも のと思われる。 また応用面でいうと、現在人工肝臓開発に用いられているブタ成熟肝細胞は内在性のレ トロウィルスを含んでいることが指摘され、異種動物からのヒトへの感染のリスクのため 国内では人工肝臓は臨床応用が見送られている。人工肝臓開発の観点からは、事前のウィ ルスチェックが可能なヒト正常肝細胞(可能であれば自己の細胞)の利用が望まれている が、細胞供給の問題点から実現不可能となっている。このような状況で本研究は、少ない 供給量でも、ある種の細胞マーカーを基に肝幹細胞が取得濃縮できれば、増殖させ増やし た後にスフェロイド化させることである程度肝機能が回復しうることを示唆しており、ヒ ト肝細胞を用いた人工肝臓の開発にも可能性を示す知見が得られたと考えられる。 4.目的と成果の要約 増殖性肝幹細胞の生体外での組織形成条件を探る一環として、培養表面特性に着目した。 ポリ-L-アミノ酸を用いて親水性(正・負電荷)及び疎水性に表面修飾した培養ディッシュ 上で、肝芽細胞を含む増殖性ヒト正常胎児肝細胞のスフェロイド形成(三次元培養)を試 みた結果、ポリ-L-グルタミン酸及び同アスパラギン酸を用いた負電荷表面上で最もよくス フェロイドが形成され、シトクローム P450 による薬物代謝活性も同スフェロイドが最も 高い値を示した。また同活性は二次元単層状態に比べても約3倍高い値であった。 5.平成 13 年度誌上発表 (1)原著論文 1, Tzanakakis, E.S., Hsiao, C.C., Matsushita, T., Remmel, R.P., and Hu, W.S. (2001) Probing enhanced cytochrome P450 2B1/2 activity in rat hepatocyte spheroids through confocal laser scanning microscopy. Cell Transplantation 10(3):329-342. 2, Matsushita, T., Ueoka, R., and Hu, W.S. (2001) Hepatic tissue self-assembly: A model system for tissue organization. RIKEN Review No.41:67-68. (2)その他 6.メンバー 松下琢 Taku MATSUSHITA 崇城大学工学部応用生命科学科医用生体工学講座 Biomedical Engineering Laboratory, Department of Applied Life Science, Sojo University 7.共同研究者 Ryuichi Ueoka 上岡龍一 Sojo University) (崇城大学 フー ベイ・ショウ Wei-Shou Hu University of Minnesota) (ミネソタ大学 Kohji Nakano 中野浩司 Sojo University) (崇城大学 Yasufumi Nishikura 西倉康史 Sojo University) (崇城大学 Akifumi Kiyota 清田章文 Sojo University) (崇城大学 S エマノウル ツァナカキス (ミネソタ大学 シャオ University of Minnesota) チャン・チュン (ミネソタ大学 レンメル Chang-Chun Hsiao University of Minnesota) P ローリー (ミネソタ大学 Emmanouhl S. Tzanakakis Rory P. Remmel University of Minnesota)
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