イギリス様式の楽器 / 英国のハープシコード / イギリス・モデル / イングリッシュ・スタイル / イングリッシュ・モデル 英)English harpsichord / English model / English style instrument 佛)modele anglaise / clavecin anglaise / style anglaise 獨)Englisches Modell / Englisches Cembalo / Cembalo des englischen Stil 初期 ⦆⦆⦆⦆⦆英国のハープシコード製作は、残存楽器を見る限り活動の立ち上がりが緩慢で、初 期・後期ともフランドルの足跡も残している。初期の「フランドル工匠による英国製」楽器の例に ロ ー デ ヴ ィ ク テ ー ウ ェ ス は、1561 年、アントワープの聖ルカ・ギルドに加入、のち渡英したLodewyk Theewesの 1579 年 作、V&A 博物館蔵クラヴィオルガヌム(R.53/54 上巻 p.74)のハープシコード部分がある。この楽器 は、製作技法に初期楽器の特徴をとどめる「英国産」最古の残存例である。(ローデヴィクは仏名の ルイ、独名ルートヴィッヒに相当:綴りは Ledewyke、Lodewijk、Ludowics / Teeus、Tyves 等が コ ス タ ー あり、研究家 J. Kosterによれば Theeuwes は誤り) ⇒クラヴィオルガヌム ⇒聖ルカ・ギルド ロ ー デ ヴ ィ ク テ ー ウ ェ ス Lodewyk Theewes、1579 年作 クラヴィオルガヌム 本物かどうか疑わしい 1、2 例は別として、十六・七世紀から伝わる英国楽器は、ロンドン製のわ ずか 2 台で(Lodewijk Theewes と下記 1622 年の Hasard, John 下巻 p.133)、残存数の少なさにつ いては 1666 年のロンドンの大火で焼失、あるいは十八世紀の繁栄で旧式楽器を処分し新品にしたた め等の説明もある。しかし、大火はともかく伝統の古さを讃える国が楽器のファッションに追随し たのか疑問が残る。 鍵盤音楽史上、特にエリザベス朝期のヴァージナル音楽において、英国音楽家の果たした役割は 重要であった。当時の英国鍵盤曲には、大陸製ショート・オクターヴ楽器にない派生音が使われ、 すでにクロマチック・バスは上掲 Theewes によるクラヴィオルガヌムのハープシコード部分にもあ り、英国の伝統とみてよい。⇒ショート・オクターヴ 従来、英国初期残存楽器にはイタリア的特徴があるとされてきた。だがイタリア風折衷技法は、 当時輸入されていたイタリア楽器だけの影響とは必ずしもいえないようで、すでに十六世紀半ばの ロンドンでドイツ人工匠名の記録があることから、それら特徴は 1565 年頃フランドルやドイツから 来英した工匠たちによる「インターナショナル様式」伝承の結果らしい。もっとも、アントワープ の伝承そのものがドイツ伝来であることは定説になっている。⇒インターナショナル様式 キ ル ビ ィ ギャルピン協会の M. Kilbeyの説によれば、リコーダー教本『フォンテガーラ』の表紙に描かれ バ ッ サ ー ノ ているのは、 1530 年代にヴェネツィアから英国へ移住したBassano兄弟であるという。兄弟 5 人は、 Henry VIII 世の庇護のもとロンドンで工房を開き、やがて「ヴェネツィア楽器になりすました英国 製」管楽器は、獨・伊・西・仏に出回ることになる。 Ganassi,『フォンテガーラ』 タイトル、1535 年。 そのような動向は鍵盤楽器にもあったらしく、Koster によると、 フ ッ ガ ー Fugger家の目録(1566/80 年 考 p.44)から判るように「当時大陸で英 国楽器は好ましいとみられた…」ばかりでなく、イタリア製とみなさ れてきた Henry VIII 世所有楽器目録にある「板張りケース入りサイプレス材製ペア・オヴ・ダブル・ ヴァージナルス‘paire of double Virgynalles of Cipres in a case of wainscot’」でさえ、今や英国 製とみなすべき‥としている。(Koster, GSJ 1980) ⇒インストゥルメント ノール・ハープシコード 1622, Hasard, John 周辺に残る部材によるピン 板ナット等の復元断面図。 Ⓝ フレミッシュ風な工匠名は、十六世紀後半、対スペイン敵視政策をとる英国がオランダ独立を支 援したこともあって次第に消える。一方、ネイティヴな初期の英国人工匠たちが Ruckers モデルか らの脱却を試みたかのような、製作年の明記された「英国人工匠作最古の残存楽器(ケント州 セブ ノ ー ル パ ー ク サ ッ ク ヴ ィ ル ハ サ ー ド ンオークス、 :Knole Park, Load Sackville家蔵、1622, Hasard, John 別名ノール・ハープシコー ド、R.55/56 下巻 p.133 参照) 」がある。このオーク材製の楽器本体は、今はがらんどう状態だが、 Ruckers のように底板内面に楽器の平面プランが描かれており、初期英国楽器の特徴が読み取れる 貴重な残存例になっている。大陸側で 2 クワイア弦が一般的な時期に、英国人はストップ数の多い 楽器を求めたらしく、この楽器は 3 クワイアである。 フランドル工匠による Theewes 楽器の後、ノール・ハープシコードの出現まで約半世紀近くを要 したという事実も注目すべきで、一見、緩慢なこの動きの裏には「隠れ英国製楽器」の生産があっ た、と Koster はみている。⇒クワイア 以下略
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