信州読書会キャス 『現代美術の世界(コンテンポラリー・アート・ワールド

コマーシャルギャラリー
コマーシャルギャラリーは、画廊主が作品の値段を決めるプライマリー・ギャラリーと、顧客の需要に応えるためオークシ
ョンなどで作品を調達し取り扱うディーラーが運営するセカンダリー・ギャラリーに分けられる。たとえばプライマリー・ギャ
ラリーで取り扱われるようになると作家はプロとして認知され、作品制作に没頭することができる。
アートフェア
さまざまなアート・ギャラリーが一同に集まり、作品を展示販売する催しをアートフェアという。基本的にはアート作品の売
買を目的としているが、アーティストにとっては新作発表の場、コレクターやギャラリストにとってはアート市場の動向を探
る情報交換の場、一般客にとっては新しい作品の鑑賞の場として、多角的な側面をもっている。アートフェアはその国の
アート市場の活性化や自国のアートを内外にアピールするだけでなく、他国の美術関係者とのコネクションを繋ぐ絶好の
機会でもある。各国各地域で多くのアートフェアが行なわれているが、スイスのバーゼルで開催
される「アート・バーゼル」が出展ブース数、動員数とも最大規模である。
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アーティスト・イン・レジデンス
招聘されたアーティストが、ある土地に滞在し、作品の制作やリサーチ活動を行なうこと、またそれらの活動を支援する
制度を指す。対象はアーティストに限らず、研究者やキュレーター、評論家などが参加できるものもある。アーティストに
とっては普段の生活から離れることで制作に集中できるだけでなく、文化の違いを超え、そこでの生活や交流から刺激を
受け、新たなインスピレーションを得たり、制作の原動力としたりすることができ、また、人脈のネットワークを広げること
ができるという特徴もある。
ディスカッションと美術教育
日本がダメなら海外は
(『芸術闘争論』村上隆 幻冬舎 P212)
(引用はじめ)
日本の美大がダメなら海外はどうか。実は、ぼくは UCLA の客員教授で三ヶ月間教えたことがあります。その一つしか例
を知らないのですが、海外の美術教育がどういうものかという例だと思って読んでください。ほとんどがクリティーク(批評)
というもので、生徒が十数名、講師とぼくと通訳の人がいて四時間くらい当番の学生の二~三作品をネタにディベートす
るわけです。すごく長い。
例えば、今日は A さん、B さん、C さん三人の作品を四時間かけてクリティークしてくれというのが講師に与えられたタスク
です。最初は、四時間も持つのかなと思ったのですが、持つどころか四時間を超えても全然紛糾が収まらない。これは予
備校教育がないということとも関わってくるのですが、ぼくが教えた UCLA の大学院では、ほとんどの人が美術を学んで
いない、医学を学んできた人、法律を学んできた人、文学を学んできた人とかそういう人ばかりでした。美術を学んでいる
のは二割くらい。ほとんど絵なんか描いたことない人たちが、自分はやはり芸術家になりたいということで勉強しはじめる
わけです。だからこういったら悪いですが写真でもなんでも下手です。なっていないといえばなっていない。
ビデオ作家だという女の子は、大学の裏山で樹の根もとに土を一生懸命自分で盛り上げて二週間くらいかけて小山を築
きました。そうして何を思ったかこの上にしゃがみこんでおしっこして滝のように流すのです。それをビデオにとって講評し
てくれと持ってくる。何ですかこれは、と聞いたら、フェミニズムアートですと。ぼくはよくわからないので、いや、これはおし
っこでは……。しかもこの作品をみるには前ふりがあって、非常に刺激的なので皆さんビールを飲んでくださいと、皆にビ
ールを振る舞って、この作品の鑑賞には裏山に行く必要があるので皆さん裏山に行きましょう、と言われて裏山に行くと、
女の子がおもむろに脱いでおしっこするわけです。
こういう作品をみてみんなで話し合うわけです。クリティークというのでいろいろああだこうだというわけです。ぼくはその
後、カイカイキキのアーティストや若い画学生とコミュニケーションするのにこの経験はすごく役立っています。つまり、デ
ィベートということなのですが、ありテーマを決めてこれが良い悪いではなくて、その作品や作家が持っている可能性を引
っ張りだしていく。
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例えば、この作品はある人間がフェミニズムアートというけど、それは何とかという作品の真似ではないか、と。そうすると、
また、真似というのはなぜいけないのか。真似でもいいのではないか。真似、コピーについて話される。それが終わると、
また、セクシャリティについて話しはじめる。そういうふうに議論がどんどん弾むわけです。
イベントとしては、つまらないかもしれませんが、では、その女性はなぜ二週間もかけたのか、とか。あるいは、私はかく
かくしかじかのイベントをやろうとして学校に差し止められていたのに、あなたはどうしてできたのか、どうやって規律をか
いくぐったのか、おかしい、とか。そういういろいろな問題を作品一つの存在で露出させる作家が勝ちなんです。
コンテクストというのを何度も述べましたが、この作家さんは良い例だったのでよく憶えています。実にたくさんのイシュ
ーが出てくるわけです。今日は議論が盛り上がりました、だから、これは素晴らしい作品だという可能性があるのではな
いか。この教育方法はぼくはすごく良いと思いました。これはぼくが編み出したわけではなくてポール・マッカーシーに手
ほどきを受けて、その後は、ぼくは学生に教育方法そのものを教わったわけです。
(引用おわり)
『芸術闘争論』村上隆 幻冬舎 P212~215
マルセル・デュシャン
(ウィキペディア『マルセル・デュシャン』より)
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp、1887 年 7 月 28 日 - 1968 年 10 月 2 日)は、フランス生まれの美術家[1]。20 世
紀美術に決定的な影響を残した。画家として出発したが、油彩画の制作は 1910 年代前半に放棄した。チェスの名手とし
ても知られた。
デュシャンはニューヨーク・ダダの中心的人物と見なされ、20 世紀の美術に最も影響を与えた作家の一人と言われる。コ
ンセプチュアル・アート、オプ・アートなど現代美術の先駆けとも見なされる作品を手がけた。
デュシャンが他の巨匠たちと異なるのは、30 歳代半ば以降の後半生にはほとんど作品らしい作品を残していないことで
ある。彼が没したのは 1968 年だが、「絵画」らしい作品を描いていたのは 1912 年頃までで、以降は油絵を放棄した。油
絵を放棄した後、「レディ・メイド」と称する既製品(または既製品に少し手を加えたもの)による作品を散発的に発表した。
1917 年、「ニューヨーク・アンデパンダン展」における『噴水(泉(男子用小便器に「リチャード・マット (R. Mutt)」という署名
をした作品))』が物議を醸した。その後、『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』という通称「大ガラス」と呼
ばれるガラスを支持体とした作品の制作を未完のまま 1923 年に放棄し、ほとんど「芸術家」らしい仕事をせずチェスに没
頭していた。なお、チェスはセミプロとも言うべき腕前だった。
彼のこうした姿勢の根底には、芸術そのものへの懐疑があり、晩年の 1966 年、ピエール・カバンヌによるインタビュー[2]
の中でデュシャンは、クールベ以降絵画は「網膜的になった」と批判しており、「観念としての芸術」という考えを述べてい
る[3]。
渡米以後
第一次世界大戦中の 1915 年に渡米し、ニューヨークにアトリエを構える。1919 年、いったんフランスへ帰国。以後はアメ
リカとフランスを行き来しつつ、おもにアメリカで活動する。アメリカにはルイーズ&ウォルター・アレンスバーグ夫妻という、
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デュシャンのパトロンとなる人物がいた。以後のデュシャンの主要作品はほとんどがアレンスバーグ夫妻のコレクションと
なり、フィラデルフィア美術館に寄贈されて一括展示されている。また、コレクターのキャサリン・ドライヤー、美術家・写真
家のマン・レイとも親交を結んでいる。
レディ・メイドと『泉』
早い時期に油絵を放棄したデュシャンは、既成の物をそのまま、あるいは若干手を加えただけのものをオブジェとして提
示した「レディ・メイド」を数多く発表した。1913 年制作の『自転車の車輪』が、最初のレディ・メイドといわれている。レディ・
メイドのタイトルの多くは、ユーモアやアイロニーを交えた地口や語呂合わせで成り立っており、一つだけの意味を成り立
たせないように周到に練られている。デュシャンは、レディ・メイドについて明確な定義が自分でもできないと語っていた。
なかでも、普通の男子用小便器に「リチャード・マット (R. Mutt[6])」という署名をし、『泉』というタイトルを付けた作品
(1917 年制作[7])は、物議をかもした。この作品は、デュシャン自身が展示委員をしていたニューヨーク・アンデパンダン
展[8]に匿名で出品されたものの、委員会の議論の末、展示されることはなかった。後年、デュシャンは「展示が拒否され
たのではなく、作品は展覧会の間じゅう仕切り壁の背後に置かれていて、自分も作品がどこにあるか知らなかった」とイ
ンタビューに応えている[9]。デュシャンは自分が出品者であることを伏せたまま、展示委員の立場から抗議の評論文を
新聞に発表し、委員を辞任した。最終的にはこの作品は紛失した(展示に反対した委員が意図的に破棄したのではない
かと考えられている)。
後日、自身が編集に携わった雑誌「THE BLINDMAN」においてデュシャンは、アルフレッド・スティーグリッツが撮った『泉』
の写真も含めて以下の様に言及している。
マット氏が自分の手で『泉』を制作したかどうかは重要ではない。彼はそれを選んだのだ。彼は日用品を選び、それを新
しい主題と観点のもと、その有用性が消失するようにした。そのオブジェについての新しい思考を創造したのだ。
これは、レディ・メイドに関するデュシャンの考え方の一端を表しているとも考えられる。
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こうしたエピソードはいかにデュシャンが、美術の枠を外そうとし、また拒否反応があったかという点を示しているとも言え
るが、抗議文の発表など手際の良さも目立ち、予めこの事がおこるのを予期していたとも考えられ、「みるものが芸術を
つくる」というデュシャンの考え方を端的に示した一流のパフォーマンスとも言える。デュシャンはこの後、ほとんど作品を
制作発表しなくなる。
件の『泉』を含むレディ・メイド作品の多くはオリジナルは紛失している。『泉』は、スティーグリッツによって撮られた一枚
の写真を残して紛失しており、現在目にすることのできるのは写真か複製に限られている。しかし、30 年後にデュシャン
に傾倒する若者が、別の市販の便器の展示許可を本人から得て話題となった。デュシャンが芸術は受け継がれていくも
のだと考え承諾し、「R. Mutt」のサインを入れた。現在、芸術としての公式の便器が数百点に上る。
『泉』は 2004 年 12 月、世界の芸術をリードする 500 人に最もインパクトのある現代芸術の作品を 5 点選んでもらうという
調査の結果、パブロ・ピカソの名作『アヴィニョンの娘たち』を抑えて堂々の 1 位を獲得した(ターナー賞のスポンサーとジ
ンの製造会社が実施)。『泉』の発表後、20 世紀の多くの芸術家は「デュシャン以降、何が制作できるのか」という問いに
直面しており、それに応えた作品が多く生まれている。
なお、『泉』という日本語題名については、誤訳であり、『噴水』と訳すべきであったという説もある。それは、レディ・メイド
という性格上、泉という自然のものではなく人工のものとして扱うべきであるというのが理由である。また、デュシャンのエ
ロティシズムに対する態度から決して性的なモノを拒否していたとは思われないというのがもうひとつの理由である。もし
この作品を邦題『噴水』として受容鑑賞するならば、その噴水のノズルは何か? それはこのオブジェの前に在ってしかる
べき男性性器であり、すなわち作品名からしてダブルミーニングではないか、というのが誤訳説である[要出典]。
「噴水」とすべきという点について、別の説も成立する。
欧米人が見ればすぐに気づく事実、デュシャンの「泉」に使われた便器は、上下が逆になっている(英語版 Wikipedia の
en:Fountain (Duchamp)でもこの点について触れられている。upside-down urinal's gently flowing curves…)。逆さまになっ
た便器は、配管して水を流した場合、水が噴水のように上に噴出する(通常の置き方ならば、水は上から下に流れるが)。
そこからこの作品の題名が Fountain=噴水、と名づけられた可能性はある。
参考:drinking fountain=噴水式水飲み場【略】DF、あるいは water fountain=噴水式水飲み器という表現もある。
[10]
『泉』という日本語のタイトルがつけられていることから、この作品にはアングルの代表作『泉』となんらかの関係があると
考え、この二つを結びつけて論じる人たちがいるが、デュシャンの『泉』の原題は Fontaine(英語では Fountain)で、アング
ルの『泉』の原題 La Source とは異なる。この 2 つは類義語ではあるが、日本人以外でこの二つの作品の関係を論じる人
はいないようである。
2006 年、パリのポンピドゥー・センターの企画展ギャラリーで行われた「ダダ展」で、従来よりポンピドゥー・センター内の
国立近現代美術館で普段はガラスケース内に展示されていた『泉』が、この企画展に移されケース無しで展示されてい
た。企画展終了の数日前、一人の男がこの『泉』をハンマーでたたき、国立近現代美術館所有の『泉』は破損した。警察
発表によればこの男は「自分のやった事は芸術的パフォーマンスであり、デュシャンも理解したはずだ」と述べたという。
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