モンテッソーリ教育 第46号

ISSN 0913-4220
モンテッソーリ教育 第46号
巻頭言 九州における 40 年の歩みに思う .................................................... 藤原江理子(1)
シンポジウム
新しい子ども、新しい教師、新しい教育 ― モンテッソーリならではを語る
第 1 シンポジスト 子どもから学ぶ教育の復権 ............................................... 宗和太郎
(2)
第 2 シンポジスト 現代の動向とモンテッソーリ教育に関する研究的視点の持ち方
...................................................................................................................... 甲斐仁子
(7)
第 3 シンポジスト モンテッソーリ教師養成の立場から..............................板東光子
(16)
.............................................
第 4 シンポジスト 今を生き、新しく生まれる
綿貫真理
(22)
司会者としての報告 ......................................................................... 関 聡・中尾昌子
(27)
論 文
「子どもの家」とモンテッソーリ .......................................................前之園幸一郎(30)
モンテッソーリ教師論の現代的意義 ......................................................... 中田尚美(47)
戦後日本におけるモンテッソーリ教育の展開過程に関する研究 ............... 竹田 恵(59)
セガン教具からモンテッソーリ教具へ ..................................................... 竹田康子(75)
モンテッソーリ教育における音楽活動―わらべうたから合奏へ―
..................................................................................... 野萩万佑未・渡子かおり(88)
実践報告・事例報告
モンテッソーリこどもの家の教育活動への茶道導入に関する考察 .........瀧口 洋 他 2 名
(102)
「作業に時間制限を設けない」取り組みを通して ................................... 川満すわ子
(113)
教育エッセイ
子どもが英語に親しむ第一歩 .................................................. レモン・ブルゴアン
(125)
「ルーメル賞」授与
第一回「ルーメル賞」授与について ...........................................................江島正子
(132)
海外情報
モンテッソーリ国際大会に参加して ...........................................................松本静子
(138)
ラウンド・テーブル
A 保育園・幼稚園におけるモンテッソーリ教育の取り入れ方について
..................................................................................................................戸田恵子
(143)
B 教師養成・園内研修のあり方について ............................ 松本良子・廣澤弓子
(149)
................................................................
C 保護者支援のあり方について
岡本仁美
(154)
................
D 特別な支援を要する子どもとの関わりについて
力丸敏光・村上貞子
(159)
E モンテッソーリ教育の理論研究について ........................ 相良敦子・鳥越文明
(163)
市民公開講座
今を深く生きるモンテッソーリ教育―将来が楽しみ!― .........................相良敦子
(166)
図書紹介
松本静子著『よろこびの中に生きるモンテッソーリ教育』.......................窪谷麻理
(181)
相良敦子著 『お母さんの「発見」―モンテッソーリ教育で学ぶ子どもの見方・たすけ方―』..... 島田美城
(184)
第 46 回全国大会参加報告 第 46 回全国大会を終えて .............................................................................中尾昌子
(191)
ワークショップについて ...............................................................................林 悦子
(193)
支部報告 .............................................................................................................................(196)
教員養成コース報告 ..........................................................................................................(212)
事務局報告 ..........................................................................................................鈴木弘美
(222)
英文摘要 .............................................................................................................................(232)
編集後記 ..............................................................................................................江島正子
(256)
2 0 1 3
日本モンテッソーリ協会
巻 頭 言
九州における 40 年の歩みに思う
藤原 江理子
(九州幼児教育センター・トレーニングコース)
日本モンテッソーリ協会(学会)主催の第 46 回全国大会は、九州(宮崎)
での 10 年ぶりの開催でした。
九州における、モンテッソーリ教育への取り組みは、1972 年の九州支部
の誕生によって、一つの転機を迎えました。1968 年の日本モンテッソーリ協
会発足から、わずか四年後のことです。資料をひもときますと、当時の人々
のこの教育に対する情熱に圧倒されます。勉強会が毎週のように九州各地で
開かれ、熱心な人々は距離や時間の困難をものともせず、研究のために集まっ
たという記録が残っています。これらの地道な活動は、当時の日本モンテッ
ソーリ協会が支部制を導入する一つのきっかけになったとも聞いています。
モンテッソーリ教育に対する人々の揺るぎない信頼は、後に続く者の心
に深く刻まれ、九州の地に根ざしていきました。40 年にわたる先人の歩
みは、今大会でも強固な土台として開催を支えてくれたと実感しています。
このように、時代や世情に色あせないモンテッソーリ教育の普遍性とは
何でしょうか。モンテッソーリ女史は、人間の社会を「超自然」と捉えま
した。「超自然」とは自然の恩恵に新たな創造を加え構築した、自然を超
える存在です。「超自然」の秩序は、自然界の本質と同じ統合的な調和で
あり、平和です。この秩序を生み出す行為は教育によってのみ可能だとい
う女史の確信に共感すればこそ、人々はこの教育の普及と継承に重要性を
見いだすのではないでしょうか。
先人の努力の恩恵を受けた私たちの世代には、モンテッソーリ教育の本
質を継承し、普及させる義務と責任があります。「教育は個の確立と社会
(1)
という、モンテッソー
の発展とを下から支え援助しなければならない」
リの考えに従って、これからも歩みを進めたいと思います。
引用文献
(1)P.オスワルト、G.シュルツ−ベネシュ編 小笠原道雄、髙祖敏明訳
『モンテッソーリ 平和と教育』エンデルレ書店、1975 年、117 頁。
−1−
シ
ン
ポ ジ
ウ
ム
新しい子ども、新しい教師、新しい教育―モンテッソーリならではを語る
子どもから学ぶ教育の復権
第 1 シンポジスト
宗和 太郎
(宮崎学園短期大学)
1.近代教育思想の展開と近代教育が見失ったもの
今から 100 年ほど前、エレン・ケイ(Key, Ellen)は、20 世紀は子ども
の世紀になると述べた。確かに 20 世紀は「子どものため」を謳った法制
度、施設、学校が林立した。しかし不登校問題を見ると「子どものため」
が逆に子どもを追い詰めてしまっているようにも思える。
「子どものため」
の疎外が起こっているとすれば、改めて私たちの「子どものため」観、
「子
ども理解」が見直しを迫られていると言わなければならない。
教育思想史において「子どもの発見者」と呼ばれるルソー(Rousseau,
Jean-Jacques)は、
『エミール』の冒頭で「この上なく賢明な人々でさえ、
大人が知らなければならないことに熱中して、子どもには何が学べるか
を考えない。彼らは子どものうちに大人を求め、大人になる前に子ども
(1)
がどういうものであるかを考えない」
と書き、旧来の教育を批判し、子
ども理解に基づく教育を提唱する。ルソーによって発見された子どもと
は、大人から知識や技術を与えられて成長していく受け皿ではなく、自ら
活動により経験し成長していく主体的な存在であった。ルソーの思想はそ
の後ペスタロッチ(Pestalozzi, Johann Heinrich)やフレーベル(Fröbel,
Friedrich)らの思想や実践に影響を与え、
「子ども理解」から教育を考え
る近代の教育思想が展開する出発点になっていく。
近代教育学は、それらの思想や実践を土台としながら、ヘルバルト
(Herbart, Johann Friedrich)によって学問として樹立されたという。彼は
教育の目的を実践哲学の研究から導き、教育の方法は心理学研究から導く
ことによって普遍妥当的教育学を樹立しようとした。20 世紀の教育学は
それらの遺産をどのように受け継いだのか?
ディルタイ(Dilthey, Wilhelm)に始まり、
リット(Litt, Theodor)やシュ
プランガー(Spranger, Eduard)に代表されるドイツの解釈学的教育学は、
ヘルバルトのような構想を、教育学をモノを対象とした技術工学に貶める
−2−
シンポジウム
ものだと批判した。人間を相手にする教育においては、相手を思いどおり
に変えようとする手段的な扱いは許されず、あくまで相手を目的として扱
うべきである。子ども自ら「在るべき姿」を求め、良くなろうとする存在
であり、教育者の使命は、良く生きようとしている子どもを理解し、その
成長発展に必要な援助を見つけ、子どもの内在的発展に寄与することであ
る。教育目標は子どもの外からではなく、教育対象である子どもの理解か
ら導き出されるべきであると考えた。リットは言う。
「教育は人間同胞に
対して、かれ自身のためにつくすときにのみ、その名で呼ばれるものであ
る。…(引用者;省略)…真実の教育者にとって、
被教育者は最初から「人間」
になる可能性であって、かれを向上させ「自由」にし人格にし、かれ自身
の生活をかれの責任において形成させるのが教育の本来の任務である」。(2)
解釈学的教育学は、教育者のより賢明な判断を助ける役割を果たす、教育
現実の解釈学として自らを構想した。
子ども理解から教育を導く考え方は、ドイツにおいては「教育的思考」
(Pädagogisches Denken)として定式化された。同様の考え方は進歩主義
教育運動を導いたアメリカのデューイの教育学(3)にも見られる。モンテッ
ソーリの独自の教育学も、このような新教育運動の大きな流れの中にある。
子ども理解から始まる教育思想の豊かな結実であった。
近代はこれらの教育思想に基づき、さまざまな教育実践を開花させるが、
一方で教育は国家によって急速に組織化され、義務的な教育制度として普
及していくことになる。そこでは、国家の近代化に必要な「人材の養成」
と「国民統合」が求められた。しかし一方国民にとっても、進学は社会的
地位を確保する手段として開放されたので、歓迎されるところとなり学校
教育は発展していく。親たちは「子どものため」を思い、無理をしても子
どもを学校へ送り出した。
今日、子どもたちは学校へ「囲い込まれ」ている。教育と言えば、学校
がすぐ思い浮かぶ。学校以外の教育機能はどんどん衰退し、学校へ行くこ
とで人は善くなれるという思いが教育の学校中心化、学校依存を起こした。
近代教育思想は、教育とは人間を人間らしく成長させることと考えてき
た。しかし制度として実現された学校教育は別物である。学校教育は結局
のところ人材養成なのである。学校は社会が必要とする「善い人間」を組
織的計画的に育成するために、上位目標が立てられ、それは下位目標に分
−3−
解され、日々の教育はそれを達成していく部分作業になり、学校は人材加
工工場になっていく。教育は学校の専売特許のようになり、教育の専門家
である教師に任されるが、その専門家に求められるのは与えられた目標を
達成することであり、近代教育思想が残した「子ども理解」に基づく「教
育的思考」の働く余地は少ない。
2.子どもから学ぶ教育の復権
私たちは歴史の歯車を逆回転させることはできない。学校という枠の中に囲
い込まれ窒息寸前の「教育的思考」
「子ども理解」を、社会全体の子育て・教
育の中に取り戻し、国民の共通教養として普遍化していくことが、子どもを善
くしていく = 社会を善くしていく課題として求められているように思われる。
私は、復活させるべき「教育的思考」の内実として、
「子ども理解」の
3 つの課題を指摘したい。それを子どもを理解する 3 つの眼として述べる。
①教育課題を発見する眼
教育は、子どもの過去から現在、そして未来への橋渡しである。子ども
の未来は、子どものもつ主体的条件と子どもがこれから出会う環境条件を
変数とする関数である。教育はその主体的条件の育成に関わる。過去から
育ってきて、子どもは今どういう状態にあるのか、これから子どもを待ち
受ける未来には何が予想されるか。子どもの現在の姿を理解し、未来へ備
え、今その子どもに何を学ばせるか、何を成長させるか教育課題を発見し
なければならない。
②子どもの内面を理解する眼
教育は子どもの活動から生まれる。外から思いどおり動かそうとしても
無理がある。本人がその気にならなければ、何も始まらない。子どもの気
持ち、内面を読み取る眼が必要である。しかし、人間はしばしば自分の気
持ちとは裏腹の言動を示す。外観にとらわれず、教育者が子どもを肯定し、
受容する基本姿勢がなければ、子どもは自分の内面を見せはしないだろう。
③教育的処方を見通す眼
子どもの課題、子どもの内面を踏まえて、子どもの成長への見通しを持っ
−4−
シンポジウム
て自分の適切な関わり方を見いだすことができてはじめて、真の教育者と
言える。
このような 3 つの「子ども理解」に基づいた「教育的思考」を職業教師
のみならず、人間の成長に関わる親、大人、世間一般に普及させていくこ
とが、今の社会文化に求められているように思う。そう考えたとき、モン
テッソーリ教育学のこれまでの伝統と経験の蓄積は、教師のみならず、子
どもたちの健やかな未来を願う人々に貢献できる財産である。モンテッ
ソーリと固有名詞のついた教育内部にとどまらず、広く社会に広めていく
ことが求められている。
3.子どもを見る眼の自覚(子ども理解のメタ認知)を
「子ども理解」に基づく「教育的思考」の発展のために、さらに必要な
ことを付け加えるとすれば、次の 2 点を指摘したい。
①発見の理論依存性(視野と限界の自覚)
私たちは相手を白紙の状態で見ているように思えても、人間は物事を白
紙の状態から見ることはできない。私たちの内部に働く、ある枠組み、先
入観に依存して「〜として」見る。ボルノーはそれを「認識のアルキメデ
(4)
スの原点不可能性の原理」
と呼んだ。
子どもとはこういうもの、教育とはこういうもの、その人の知識あるい
は経験から裏付けられた枠組みで、個々の発見は導かれる。ヘルバルトの
ように、子どもの本性を粗野なものと枠組みを持っていれば、管理と教授
と訓練が教育の中身になる。発見の理論依存性は不可避である。したがっ
て私たちが子どもを理解するとき、ある前提にとらわれていることを自覚
すべきなのである。リンゴが木から落ちるのを当たり前としか思わなかっ
たなら、ニュートンの万有引力の発見はなかった。モンテッソーリの集中
現象にしても、普通の人なら、子どもはよくも飽きずに繰り返すものだと
気にもとめなかったであろう。
津守真は『保育の体験と思索』の中で次にように述べる。
「主体の側の
状況は体験の質を変える。概念の網の目を自分の側に備えているときや、
子どもに対する期待や要求が心に満ちているときなどには、保育者は、子
どもの世界と直接に出会うことが困難になる」。(5)
−5−
子どもが見えるためには、見えているものを見るだけでなく、見ようと
する主体の側に、
意識的な〈構え〉が要求される。見ようと意識しなければ、
既成の枠組みに流されて見えてこないのが子どもなのである。子どもを見
るために意識することを 2 つ指摘したい。
②省察とカンファレンス
自己の視野のとらわれ、限界から抜け出すためには、もう一度体験を振
り返ることが大切である。子どもと関わっているときは、とっさのことで
見過ごしたこと、考えが足りなかったことがある。事後に振り返って省察
することで、新たな気づきが生まれる。
そしてカンファレンスである。同僚に自分の子ども理解を語り、他人の
目を通して他の解釈はあり得ないかを検証することが、自己の視野のとら
われ、限界から抜け出すことに寄与する。
まとめて言えば、自分の子どもを見る眼を自覚することである。子ども
理解のメタ認知である。シンポジウム当日の展開の中で気づかされたこと
であるが、この「子ども理解」の在り方は、子ども対象に限定されるべき
ものではなく、保護者を相手にしたときも、広く対人コミュニケーション
一般において求められる普遍性を持っていると考える。
注
(1)ルソー、今野訳『エミール 上』岩波文庫、1962 年、18 頁。
(2)リット、石原訳『教育の根本問題』明治図書、1971 年、123 頁。
(3)デューイ、松野訳『民主主義と教育(上)
』岩波文庫、1975 年、92 頁。
(4)ボルノー、西村・井上訳『認識の哲学』理想社、1975 年、21 頁。
(5)津守真『保育者の体験と思索』大日本図書、1980 年、7 頁。
−6−
シンポジウム
現代の動向とモンテッソーリ教育に関する
研究的視点の持ち方
第 2 シンポジスト
甲斐 仁子
(東洋英和女学院大学)
はじめに
社会のニーズや国の将来を視野に置いた行政措置に見いだせるように、
保育・幼児教育界の動向は急激に変化しつつある。様々な課題において、
モンテッソーリ教育関係者も対応に追われているのではないだろうか。特
に、就学前教育に携わる保育者の専門性が求められている。本年開催され
た日本保育学会第 66 回大会における保育者の資質能力・専門職性・質向
上に関する口頭発表およびポスター発表の数は、266 件で全体の 33%を占
(1)
めている。
このような状況を踏まえ、改めて、モンテッソーリ教育者と
しての資質や専門性を論じていく必要性があるのではないだろうか。話題
提供者甲斐は保育者の質・専門性向上に関して、保育者自身が自らの固定
化された思考に「気づき」
(recognition)
、自己を「振り返る」(reflection)
ことをとおして、
「異なるものに対する理解の感知性」
(cross-cultural
awareness)および「自己感知性」
(self-awareness)を促すことを重視し
(2)
てきた。
これらの要素は、固定化した観念を抱くことなく、異なる成育
背景やニーズをもつ個々の子どもを捉えるモンテッソーリ教師としても必
要と捉えている。また、グローバル世界のみならず日本国内各地域を視野
に入れ、多様な教育内容や方法・研究の動向を捉えつつ、モンテッソーリ
教育を刷新し創出する資質としても必要な要素だと考える。今回、現保育
界に影響を及ぼす課題に触れながら、改めてモンテッソーリ教育者として
の質および専門性を深める研究的視点について話題を提供したい。
1.保育・幼児教育の学究的位置づけ・専門性
2006 年教育基本法の改正以降、就学前教育に対する認識は、教育分野
のみならず一般社会でも高まったと言えるだろう。さらに、女性の社会進
出・待機児童解消などの社会要因も伴い、関連行政も従来の文部科学省・
−7−
厚生労働省に加え総務省・内閣府と拡大され、保育・幼児教育が多様な分
野で捉えられるようになった。2012 年 8 月には子ども・子育て 3 法が公
布された。このような就学前教育に対する社会的・行政的動向は必ずしも
子どもを主体としたものとは言えないが、この根本的な問題として保育・
幼児教育分野の学究的・専門的な位置づけの希薄性が考えられる。
話題提供者甲斐は、学部在学時に幼児教育を専攻し、九州を振り出しに
北海道を経て、現在、横浜/都内に位置する教育機関で保育者養成に携わっ
てきた。しかし、話題提供者甲斐が研究発表を開始した 1970 年代当時、
日本教育学会や九州教育学会では幼児教育分野が設けられておらず、思想・
哲学分野など他分野にしか発表の場を見いだすことができなかった。私的
経験を通して言えることは、保育・幼児教育分野は学問的にも歴史が浅く、
4 年制大学においても他の学部や学科と比較した場合に学究的な位置づけ
が不明瞭ではないかという点である。大学での位置づけにおいても同じよ
うなことを指摘することができる。日本の大学の学科は、国公私立あわせ
て 2,027 種、設置学科数 4,940 となっており、さらに、細分化や統合を繰
(3)
り返している。
このような日本の大学における学問の基本領域において
保育・幼児教育分野を捉えると、人文化学、社会科学、自然科学の科学領
域を融合した学問郡に位置づけられている。すなわち、保育/幼児教育は
包括的総合的に捉えられている一方、学問領域として確たる独立した位置
づけが曖昧と見なすこともできる。また、近年、保育者養成校が 4 年制大
学へ移行しており通学課程の国立大学 50 校 / 私立 165 校 / 公立 6 校(平
成 21 年度)となっているが、短大 219 校 / 公立短大 5 校という養成校の
(4)
現状にも留意したい。
また、
「保育学科」に加え、
「保育学部」という名
称で認可されるようになったが、既存の学部・学科数(2013 年度では国
立大学 82 校 381 学部、公立 80 大学 173 学部)と比較すれば、明らかに
少ないと言える。
2.諸外国の影響:保育現場と日本政府の現状
明治以降、日本の教育界は、教育制度・内容や方法など多くの情報を諸
外国に学んできた。先進国となった現在においても、この傾向は続いて
いる。異文化を取り入れる傾向は明治期以前にも生じており、
「かな文字」
など独自の文化を構築してきた歴史的経緯がある。しかし、異文化を取り
−8−
シンポジウム
入れ独自の文化を育むには、数百年という長期間にわたる「熟成期間」が
(5)
存在した。
文明開化とともに西欧諸国の教育を急速に導入しなければな
らなかった明治期以降、この穏やかな熟成期間は急速に短縮化されていっ
た。明治期と現在とを比較すれば、更に熟成期間は短縮されている。情報機
器の発達によって、諸外国の多量で多様な情報が国境を越え「瞬時に」入手
できるようになったことである。また、明治期・大正期の情報は主に官僚を
初めとする一部の人たちによってもたらされたが、現在では、諸外国情報導
入者・発信源は大衆化され、一般市民・保育者が現地へ赴き研修を受けたり、
インターネットで多種多様で多量な新情報を瞬時に入手している。
日本へ導入され展開されているモンテッソーリ教育やシュタイナー教育
に加え、イタリアの都市レッジョ・エミリアで展開された教育法「レッ
ジョエミリア・アプローチ」
(2011 年数カ月間におよび渋谷ワタリウム美
術館他にて展示会開催)
、ニュージーランドで 1996 年に策定された幼保カ
リキュラム「テ・ファリキ」などが注目されてきた。このような保育・教
育内容や方法にとどまらず、さらに多くの事柄が導入展開されている。女
性労働とライフワーク・バランス、キャリア教育、学校評価(自己点検評
価・第三者評価・認可制度)
、評価(assessment, evaluation)などである。
この傾向は、中央教育審議会を初めとした文部科学省関連事項に見いだす
ことができ、認可制度、FD などの評価、キャリア教育などは代表的と言
えるだろう。さらに、
「知識基盤社会」
「ヒューマンキャピタル」
「e-portfolio」
などの新翻訳語は、グローバルな人材競争や社会経済を日本が視野に入れ
(6)
ると同時に導入され、文部省の文書に使用されている。
しかし、諸外国の教育を導入する際に検討すべき課題に目を留めるこ
とが必要だろう。例えば、わが国からの訪問者も多い 1950 年代デンマー
クで始まったとされる自然の中で保育を行う「森の幼稚園」と類似した保
育は、日本でも実践展開されている事実である。映画「さぁのはらへいこ
う」制作によって知られた鎌倉の青空自主保育、札幌市独自の保育事業で
(7)
1960 年〜 1996 年に展開された「仲よし子ども館」、
さらに時代をさか
のぼれば大正時代に橋詰良一が提唱した「家なき幼稚園」をあげることが
できる。情報量の増大や時間の急激な短縮化によって、十分な思考に至ら
ずに導入する傾向に陥ってはいないだろうか。異なるものに対する感知性
を生かし、深い思考をすることは、諸外国と日本との異なる要素および類
−9−
似点を見いだし、日本での導入や実践展開に意義深い視点を育むことにな
るだろう。
3.保育・幼児教育界に関する新たな研究視点の台頭
乳幼児教育に影響を与えてきた主な学問分野としては、教育学・発達
心理学・医学・脳科学であった。特に、医科学などを視野におくモンテッ
ソーリ教育界は、新たな心理学や医科学の動向には敏感に対応してきたと
言える。脳科学と教育との関連に関しても同様である。しかし、学会のみ
ならず文部科学省が「脳プロ」
(脳科学研究戦略推進プログラム)と称す
(8)
るサイトを立ち上げている現実にも目を向けたい。
経済産業省の通商政
策の一つにも含まれている経済協力開発機構 Organization for Economic
Co-operation and Development(OECD)も、脳科学研究の教育への応用を
(9)
提唱し、
また、就学前教育 Early Childhood Education and Care(ECEC)
にも関与した活動を展開している。
脳科学や IT に加え、経済学的視点が保育・教育界に反映されている現
実にも目を向けるべきだろう。国内の経済という狭義な視点ではなく、国
際レベルでの経済学的視点である。グローバル経済を視野に入れ、将来国
際社会で生きていく日本の子どもの将来や能力育成を必要視する傾向と言
える。学習や教育に関する調査報告に関しても、学会とは異なる組織や視
点で実施されている。OECD による 2000 年以降開始した生徒の学習到達
度調査 Programme for International Student Assessment(PISA)
(わが国
では国立教育政策研究所が協力部)で日本のランキングが報道された。そ
の他、
英国の経済誌「エコノミスト」の調査部門で国際企業のトップマネー
ジメントを対象としたビジネス諸問題の調査を扱う Economic Intelligence
(10)
Unit(EIU)の調査報告もある。
幼児教育の 2012 年世界調査であり、
また、同年に世界 40 カ国の教育水準についての調査報告が世界的総合教
(11)
育企業の英 Pearson 社から公表されている。
就学前教育を重視する経済学者たちの見解も影響を及ぼしている。アメ
リカの連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ(Ben Bernanke)議長
による 2012 年 7 月演説では、
「乳幼児期の投資」という表現が使用されて
(12)
いる。
2000 年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマン
(James J. Heckman)は、幼児期に学習意欲と読み書きの基礎を学ぶとそ
− 10 −
シンポジウム
の後の学習に好循環を生じるとし、大人よりも幼児期に投資する有効性を
(13)
指摘した。
ヘックマンのモデルを欧州で適用した教育の投資効果時期に
関する比較研究によると、就学前教育がより高い効果を生じることが報告
された。アメリカでモンテッソーリ教育が再導入された 1960 年代に開始
された「ペリー就学前教育」は、長期にわたる追跡調査を通して、経済的
に恵まれない子どもが幼児教育を受けた場合、社会人になっての平均収入
(14)
が高く、生活保護受給率や逮捕者の比率は低いことを明らかにした。
4.法規・制度の動向と保育者の質・専門性
1998 年大学審議会答申「学士課程教育」に続き、2008 年中央教育審議
会「学士課程教育の構築に向けて(答申)
」が出され、グローバルな世界
を視野に入れた資質能力を備える人材養成・学士課程教育の量と質の向上
における教育の質向上と充実、学士課程教育における各大学の方針の明確
化・学士力の内容、教育課程の体系化および評価、入学者受け入れ方針、
(15)
教職員の職能開発、第三者評価が求められた。
しかし、その内容におい
ては、学士レベルの保育者養成課程と関連づけた内容を見いだすことは困
難である。前述したように、保育・幼児教育分野が他の学究的分野と比べ
4 年制大学(学士課程)としての位置づけが明確ではないと言える一端か
もしれない。保育・幼児教育分野は学士課程教育で論じられるよりも、む
しろ、
待機児童解消など社会一般で論じられる傾向にある。2004 年度以降、
中央教育審議会答申を含め、家庭や地域社会・発達の連続性・幼保小の連
携・就労および次世代育成などが取り上げられ、2006 年認定こども園制
度の創設を経て、従来の文部科学省と厚生労働省に加え内閣府が関与する
2012 年 8 月子ども・子育て支援新制度の公布に至っている。現在、
「幼保
連携型認定こども園」
「保育教諭」
「幼保連携型認定こども園要領(仮称)
」
(16)
など新たな保育制度が開始されている。
規制緩和による企業進出など多
様な就学前教育施設も出現している。
このような社会のニーズに対応する行政の変化によって、保育現場のみ
ならず保育者養成校の教育課程の質も変化している。保育者養成校は、保
育士資格課程および幼稚園教諭免許取得教育課程を主にしているが、その
実情は、免許および資格取得を前提とした指定の科目を開設する保育・教
育課程にある。教授内容に関して提示される科目の意義目的・授業回数
− 11 −
15 回のシラバスのサンプル事例も提示されている。ある意味、非常に固
定化された教育課程であり、各養成校の特色、学士課程教育としての質、
リベラルアーツ教育を考慮し取り入れる余裕もない現状である。
幼稚園教諭免許取得に関しては、教職員免許法・同法施行規則に応じた
教育課程を開設しなければならず、各養成校は「教職課程認定基準」を満
たし認可を受けている。幼稚園は学校であるため、免許更新制も適用され、
指定の年数で研修を受けることが求められている。一方、保育士資格は、
保育士試験を受験し資格を取得するか、
「児童福祉法」で規定される厚生
労働大臣の指定する指定保育士養成施設において所定単位修得を収めるこ
とが必要となる。保育士養成課程 2010 年に検討された改正案では、68 単
位と総単位数は変わらないものの、
新設科目「保育者論」
「保育課程論」
「保
育実習指導 II・III」が開設され、2 年制保育者養成校ではカリキュラムの
過密化を招き、養成校の質の問題も生じている。このような縛りの中で、
いかに保育者の専門性や質を豊かにするか課題として検討しなければなら
ない養成校の現状課題もある。
5.モンテッソーリ教育界の検討課題
近年の保育研究の動向では、
「子ども理解」
「観察」
「エピソード研究」
などに関心が寄せられ、多くの研究も報告されている。これらの研究は、
モンテッソーリ教育においては主たる内容であり方法であったと言える。
しかし、本学会誌に掲載された拙論でも取り上げたように、これらの研究
に関しては用語の定義を含め不明瞭な点も多いなど課題も残されており、
(17) モンテッソーリ教育界の健闘が必要であるとの見解に至っている。
前述
した諸外国から導入した「評価」などの用語に関する専門的な定義づけは、
文部科学省に至っても明確さを欠いている。このような問題と課題を把握
すると同時に、
「科学的」
「客観的」方法へのアプローチにおいて、モンテッ
ソーリ教育界は新たな時代の研究として改めて取り組む姿勢を示すべきだ
ろう。
本学会初めモンテッソーリ教育実践研究に関する研究が発表されてき
た。しかし、モンテッソーリ教育界内にとどまり、他の学会では発表され
てこなかった傾向は認めざるを得ない。本学会の研究発表を見る限り、優
れた内容があるにもかかわらず、保育・幼児教育全般へ発信されないのは
− 12 −
シンポジウム
残念である。今後、
本学会会員としてモンテッソーリ教育者として、
モンテッ
ソーリ教育が構築してきた主要な内容と方法、また、教育界を刷新してき
た取り組みを他学会などで発信していくことも必要ではないだろうか。
保育士養成課程の改正においても社会や家庭の状況/実習施設の調査に
基づき実践力が重視されている。現在の保育研究では、データ収集や分析、
部分的指導法や内容が多い傾向にある。他方、話題提供者甲斐が発表した
時代と比較すれば、教育思想、教育思想史などの研究発表数が減少傾向と
なっている。原理系よりも援助論や援助技術などが求められており、4 年
間の保育者養成課程が必要な理由として、保育機能の多様化や業務内容の
複雑化・就労場所の広がりに伴う高度な保育・相談援助技術や保育サービ
(18)
スなど現実に即した内容が指摘されている。
この傾向は実践と理論を主
としてきたモンテッソーリ教育にも見られるが、実践と理論の要となるべ
きモンテッソーリ女史の著作にじかに目を通し、女史の教育原理や思想に
改めて目を通すことが必要ではないだろうか。
おわりに
前述したように、就学前教育は、多様な要素を背景として変化しており、
研究視点も経済学まで含む傾向にある。モンテッソーリ教育研究もこのよ
うな多様化を前提とした検討課題を抱えていると言える。モンテッソーリ
教育界として、モンテッソーリ教師としては、日々の保育・部分的研究に
終始することなく、社会・教育界の動向を広い視野で捉え、子どもの連続
的発達を考慮し、
いかにモンテッソーリ教育を生かし発展させていくか「深
い思考」を試みる必要性があるだろう。モンテッソーリ女史自身、激動す
る社会・時代の中で、また、異なる文化社会の中で、子どもたちに適切な
教育を考え、提唱し受け入れられてきた。この歴史的事実を念頭におき、
改めて、モンテッソーリ教師としての姿勢を振り返り、子どものために何
が大切であるのか思考し、質・専門性の向上に取り組んでいきたい。養成
校の立場としては、基礎的知識や思考を育むだけでなく、保育・教育現場
と連携を密にし、「気づき」
「振り返り」を通して「深い思考」ができる基
礎的要素を有する学生および教員に成長できるように努力を重ねていきた
い。
− 13 −
注
(1)日本保育学会「日本保育学会第 66 回大会プログラム」、2013 年 4 月。
(2)Ingulsrud J. E., Kai K., Kadowaki K., Kurobane K. & Shiobara M.
(2002). The assessment of cross-cultural experience: Measuring
awareness through critical text analysis, International Journal of
Intercultural Relations, 26(5)
, p. 473-p. 491.
(3)廣告社「学問ジャンル外観 MAP」
http://www.gyakubiki.net/g/REQID_RGNR.htm 2013 年 8 月閲覧。
(4)文部科学省「平成 21 年 4 月 1 日現在の教員免許状を取得できる大学」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/daigaku/1286948.htm 他 2013 年 8 月閲覧。
(5)山田りよ子・甲斐仁子・大森隆子・オムリ慶子・青木久子「外国の教
育方法を日本に導入するときの課題と検討(その 1)
」藤女子大学紀
要第 II 部、第 50 号、2013 年、p.103-p.117。
(6)中央教育審議会「我が国の高等教育の将来像」
(答申)
(平成 17 年 1
月 28 日)において使用されて以降、公的文書に使用。文部科学省「知
識基盤社会を牽引する人材の育成と活躍の促進に向けて−本文−」
(平
成 21 年 8 月 31 日)を初め、OECD, 中央教育審議会、などの文書に
使用されている。
(7)吾田富士子・山田りよ子・甲斐仁子「札幌市『仲よし子ども館』の
果たした役割と今日への示唆 ―地方行政と子育て支援の視点から―」
『保育士養成研究』第 24 号、2006 年、p.19-p.28。
(8)文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」http://brainprogram.
mext.go.jp/ 2013 年 8 月閲覧。
(9)OECD 教育研究革新センター『学習の本質 研究の活用から実践へ』
OECD、2013 年。
OECD 教育研究革新センター『脳からみた学習 新しい学習科学の
誕生』OECD、2010 年。
(10)Economic Intelligence Unit(2012)
. Starting well: Benchmarking
early education across the world. London: The Economist.
(11)
Economic Intelligence Unit(2012)
. The learning curve. London:
Pearson.
− 14 −
シンポジウム
(12)Ben Bernanke: Investments in Early Childhood Programs Promise
Big Returns.
公開日: 2012 年 7 月 24 日
http://www.youtube.com/watch?v=WTa7mZOqqnE 2013 年 8 月閲覧。
(13)
OECD/ECEC「包括的な子ども政策に向けて: OECD 諸国の潮流
と日本の改革へ示唆するもの」2010 年 6 月、p.3。
(14)
同上。
(15)中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて」
(答申)平成 20 年
12 月 24 日。
(16)文部科学省「子ども・子育て支援新制度について」平成 25 年 5 月。
幼稚園教諭の普通免許状に係わる所要資格の期限付き特例に関する検
討会議「幼稚園教諭の普通免許状に係わる資格の期限付き特例につい
て(報告)
」平成 25 年 3 月 29 日。
(17)甲斐仁子「モンテッソーリ教育的視点に基づく『子ども理解』『評価』
の必要性」
『モンテッソーリ教育』第 44 号、2012 年、p.91-p.103。
(18)大嶋恭二「保育士養成課程等検討会資料【4 年制養成課程等】
」
(第
5 回保育士養成課程等検討会資料)
、平成 22 年 2 月 26 日。厚生労
働 省「 第 5 回 保 育 士 養 成 課 程 等 検 討 会 」http://www.mhlw.go.jp/
shingi/2010/02/s0226-5.html 2013 年 8 月閲覧。
− 15 −
モンテッソーリ教師養成の立場から
第 3 シンポジスト
板東 光子
(亀田平和の園保育園)
モンテッソーリ教育の大切な思想は、
「わたしがひとりでできるように
助けてね」
である。これは子どものすべての生活にわたってである。つまり、
モンテッソーリの時間とか、モンテッソーリのお部屋とかいう考え方では
ないということだ。また、健常な子どもたちだけでなく、何らかの障害の
ある子どもも含め、すべての子どもにふさわしい教育である。
モンテッソーリ教育の 3 本の柱
1.たっぷりな自由活動 わが園では午前中いっぱい自由活動である。し
かも年間通して。つまり行事に振り回されない生活の保障。
2.十分な環境 モンテッソーリが残してくれた感覚・数の教材だけでな
く、月々に出される工作の材料も大切。
3.3 学年混合の縦割りのクラス編成(管理者の都合で毎年クラス替えな
どしない)
。
つまりこうした保育の在り方は、従来、日本で主に行われてきた、先生
を中心にして子どもがみな同じことをする「一斉活動」ではできない。“新
しい先生”が必要。単に子どもを集めて、教える先生(ここで、先生は子
どもより上の立場にある)ではなくて、一人ひとりが本来持っている自然
のエネルギーを導き出せる先生(先生は子どもと同列、もしくは子どもの
魂に仕える意味では子どもより下にいる)新しいタイプの先生が必要。
モンテッソーリ教師養成コースの誕生
日本に初めてモンテッソーリ教育を導入した赤羽先生は、ヨーロッパで
見たその教育の素晴らしさに感銘して、講習会を開催してはそこでの子ど
もたちの様子を日本の先生方に伝えていたが、モンテッソーリの思想を
しっかりと実践できる先生の養成こそが、何より大事と、1970 年に、「上
智モンテッソーリ教員養成コース」がスタート。現在は幾つかの養成コー
− 16 −
シンポジウム
スがあるが、その中の一つ「京都モンテッソーリ教師養成コース」は、今
年 40 周年を迎えた。私は、今そこで、赤羽先生の下で、先生を養成する
仕事に携わっている。ここからは、京都コースで、われわれスタッフは何
を伝えようとしているか…コースの使命は何なのかをお話ししたい。
新しい先生の養成・京都モンテッソーリ教師養成コース、その使命
(1)教具の本質を伝える…養成コース会場で
モンテッソーリは、教育は『教師―子ども』だけではなく、さらに第 3
の要因・環境の 3 つの要素からなりたっていると主張。つまり、三角形の
形を考えている。その環境をどのように作るか、モンテッソーリ教具とい
うものを、世界中の子どもたちに残した。コースの授業では、生活、感覚、
言語、数、文化の領域ごとに、学生たちの前で、子どもにどう紹介するの
かやって見せ、解説をするというやり方で伝えている。その際、どの子に
も同じ、マニュアル的な紹介をするのではないことを、学生さんたちに理
解してもらうように、今までに出会った子どもの姿を織り交ぜながら、紹
介を心掛けている。時々、モンテッソーリ教育というのは、きっちりと型
にはまった使い方があり、そうしないといけないと思っておられる方がい
るが、伝え方に問題があるか、捉え方に問題があるのだと思う。
どんなことを、大切に学生に伝達しているか、幾つか例をあげてみる。
*水もの 洗濯:2 ~ 3 歳の子が大好き。以前は冬にはしまっていたの
だが、現在は年間通して、子どもがしている。子どもは、せんたく板の上
を泡いっぱいにし、それを水で流すことが好きだが、洗濯槽の水を一滴も
残さず拭きとったり、バケツもきれいに拭きあげたりすることに興味があ
ることを伝えている。子どもは隅々までキチンとが大好き。しかも 3 歳の
子どもでも、使った雑巾は洗濯かごに入れ、次の人の為に新しい雑巾をセッ
トする。モンテッソーリの自由と責任は表裏一体であることを、
伝えている。
*はさみの練習:1 ~ 2 歳児は、はさみに興味がある。どんなふうに段階
をつけてあげたらよいか示し、しかも自分で片付けができるように、どん
な環境がそれを支えるかを示している。
*野菜切り:2 歳児以上は、本物の包丁を使っての野菜切りが大好き。子
どもが興味を持つことを、教材にすること。そして安全のためにどのよう
な注意を払ったらよいか伝えている。そして、すべての教材はそれを通し
− 17 −
て、子どもの深い集中を促すためにあることを伝えている。
感覚教具…モンテッソーリが世界中の子どもたちに残してくれた宝物
ピンクタワー:「S君と、どっちが背が高い?」ちょっとした声かけで、
子どもは興味をもって繰り返す。いっしょにじゅうたんに載っていた 1 歳
児には、「これは今、S君がしているから、あなたはできないよ。じゅう
たんにも載れません」と、きっぱりと伝える。
赤い棒:今、赤い棒をクロスに積むのが流行している。しかし、これはい
きなりはできない。教師は赤い棒の基本だけでなく発展した使い方につい
てもその難易度を知っていなくてはならない。
色板Ⅱ:子どもは記憶を使うことが大好きだ。対の片方を廊下に置いて、
探しに行く。
:色集め 教具を経て、改めて、周りの世界を見直している。
「あお、これもそうだ」
数の教材:モンテッソーリの数教材の中で、十進法の教え方は素晴らしい。
例外なく、どの子どもも、関心を示し、マスターしていく。
マニュアル時代に育った若者たちは一般的に何でも決められていること
が好きなようだが、
“自分で考え、自分で試行錯誤をする中で自分を創造し
ていく子”を育てるためには、先生もパターン化して保育をするような先生
ではモンテッソーリ教育はできない。一人ひとりの子どもの魂に仕える面白
さを味わえる先生になってほしいと思う。こうしてすべての教具を子どもに
教えられる先生を養成する。学生さんは、まず授業をしっかり見て、ノート
をとり、それに基づいて練習し、最後には自分用の教科書を作り上げる。こ
れはなかなか大変な作業だが、これを通して学生さんたちが力をつけてい
くと同時に、
いつの間にか良い表情の人に変わっていくのを見るのは楽しい。
(2)実習を通して、生きた実践を学ぶ
モンテッソーリ教具を使うことだけが、モンテッソーリ教育ではない。
「わたしがひとりでできるように助けてね」のモンテッソーリ教育の真髄
は子どものすべての生活に生きていなくてはならない。
学生さんたちは 2 年生になると、13 日間、実習園で生活し、モンテッソー
リ教育の実践を学ぶのである。
− 18 −
シンポジウム
子どもが主体的に生活する場としての保育園・幼稚園
大人が、何でもかんでも管理してスムーズにいくようにするのでなく、
子どもができることは子どもに任せ、できない時にはそっと手を差し伸べ
る保育を心掛けてきた。これはいっぺんにできたのではなくて、何年もか
けて、これは子どもに任せようと、子どもが決めるチャンスがたくさんあ
る保育に変えてきた。
午前中いっぱいは、一人ひとりが自分を創る時間
写真 1:じゅうたんのスペース 写真 2:机のスペース
朝 8 時 40 分頃の 3・4・5 歳の縦割りクラスの風景
洗濯をしている子、縫いとりをしている子、工作コーナーに出ている七
夕飾りを創っている子が多数いる。朝のこの自由な個人活動の時に、季節
に合わせた工作の材料が棚に出される。子どもは自分の意志で、工作をす
る。実習生は、担任の先生の環境の創り方や、子どもとの関わり方を学ぶ。
外に行くことも自由にしているので、子どもによっては 9 時過ぎには「お
外に行ってきます」と宣言して、三輪車に乗ったり、砂場で遊んだり、逆
上がりに挑戦したりしている。
滑り台:階段の所でもたついているなーと、思って見ていたら、この先
頭に 3 歳のダウン症の子がいた。子どもたちはこの 3 歳児が自分のペース
で登れるように、付き合っているのである。子どもたちは、自分の心を使っ
て、どう階段を登ったら良いか、考えているのだ。ここでも、先生があら
かじめ安全のためにルールを作って管理していない。子どもには自分の心
を使うチャンスがたくさんある。その方が、安全である。
− 19 −
10 時 45 分から食事の準備のための当番活動がスタート
ここでも「ひとりでできるように…」いつ当番を始めるか、ある程度、
時計が分かるようになると子どもに任せる。食事の時には 4 人ずつグルー
プが作れるように机・いすをセットするが、これも、子どもができるように、
表を作ってある。当番は 5 歳児 2 人、4 歳児 2 人、3 歳児 1 人。
すべての食器類を運び終わると、配膳の仕方がこれでよいか、先生の助
けを借りて、調べる。
食事の席はそれぞれ自分で決める。先生が決めていれば何の混乱も無くス
ムーズにいくところだが、自由席だからこそ、たくさんの教育的チャンス
が生まれる。実習生はいろいろなトラブルを先生がどう関わっていくのか、
学んでいく。先生は、裁判官として指示するのではなく、あくまでも子ど
もたちが自分たちで考えられるように、導くのである。例えば、4 人座席
に 5 人の子(その中に 3 歳児が 1 人)が来た時:先生「どうする?」子ど
も「じゃんけんする」いつもならそれで良いのだが、先生「3 歳のA君じゃ
んけんできるかな?」
子ども
「しかたがないね。A君はそこに座っていいよ。
残りの僕たちでじゃんけんするから」…自分たちで考えて解決していく。
実習生の感想:現在の子ども同士で自由に席を決める方法を取り入れ
たばかりの時には、教師は様々な子どもの事件を見過ごしていたそう
だ。その事件の多くは、力の強い子が弱い子を(相談して合意を得る
ことなしに)うまく排除してしまうことだ。教師はこうしたことを見
過ごしてはいけない。さもなければ自由席は力の強い子の横暴を助長
する環境になってしまう。自由席が頭と心を使う、すべての子どもた
ちにとって有益な環境となるためには、教師の役割が大切であること
を学んだ。
給食は 3 歳児といえども、自分でつぐ。どのくらい盛り付けるか、自己決
定である。
実習生の感想:食事の取り分けを通して、自分の取った行動に責任を
持つことを覚えさせている。食事の場面では、自分で判断すること、
− 20 −
シンポジウム
そして考える機会がたくさんある。もちろん、トラブルが起こること
も少なくないが、粗暴な子どもも、いつか必ず自分勝手はいけないこ
とだと自分から気づく時がくる。そのように、人との関係性の中から
学んでいくことができる。しかし、そうしたプロセスを経ずに、教師
がその場を繕う仲介ばかりしていれば、そうした心が育つチャンスが
そ
削がれてしまう。
午後は、3 歳児以下はお昼寝。4・5 歳児は、年齢別一斉活動
この一斉活動においても、先生は従来の子どもの上に立つ先生ではな
い。あくまでも、モンテッソーリの思想の実践者として存在する。例えば
聖劇の配役決め:10 回くらい「どの役をしてもいいよ」を経て、自分で
自分にふさわしい役を決めていく。先生は子どもが良い決定ができるよう
に手伝う。実習生は、子どものすべての活動を見て、子どもはこんなこと
もできるのだ、先生はあんなふうに子どもが良い決定ができるように辛抱
強く関わるのだ…と、新しい子どもと新しい先生を実感していく。
実習生の感想:5 日間の実習を重ねる中で、子ども一人ひとりの人間
性に対する理解が深まってくることに応じて、見え方が少しずつ変
わってきた。生活の様々な場面で、たくさんの自分で決めるチャンス
が用意されている子どもたちは自分で、そして仲間たちと考え、行動
できる人たちとして、日々の生活を送っていた。この 5 日間でコース
で赤羽先生が言われていた「良い生活」という言葉の意味、その一端
を見せていただいたような気がしている。子どもがよりよい決定がで
きるように手伝っていくのが、先生の役目なのだ(先生はたくさんの
ルールを作って、子どもに与え、子どもの生活がスムーズにいくよう
に管理することではない)
。
コースの卒業式で毎年、
「自分はなんと傲慢だったか。自分中心の保育
をしてきた。今日から子どもに仕える新しい先生を目指します」と言われ
る方が何人もいることが、われわれの喜びである。
− 21 −
今を生き、新しく生まれる
第 4 シンポジスト
綿貫 真理
(大濠聖母幼稚園)
はじめに
大濠聖母幼稚園は今年創立 80 周年を迎えているが、モンテッソーリ教
育に移行して 33 年目となる。定員 160 名、6 クラス(3 ~ 6 歳児 混合
縦割り編成)である。教師は園長を含めて 12 名、および母子支援活動と
しての 2 歳児のための「天使の部屋」と、預かり保育の「ナザレの部屋」
を担当する計 7 名の非常勤である。
最初に現場感覚を大切にして、私たちの園(子どもが日々を生き、自分
を創っている場)をフォトムービーを通して感じていただき、それから本
題に入っていきたい。
フォトムービー挿入箇所
私たちは「新しい子ども」をどう捉えるのだろうか。
「新しい教師」とは、どんな教師なのだろうか。
「新しい教育」とは、どんな教育なのだろうか。
1.
「新しい子ども」
、
「新しい教師」について
今から 106 年前に、モンテッソーリ女史は、ローマのサン・ロレンツォ
の「子どもの家」で“新しい子ども”が立ち現れる現象を発見した。この
発見の前に彼女の 10 年に及ぶ学びと研究の生活があった。
この現象の発見は、自分で選んだ作業を始めた幼い子どもが、全注意力
を持って作業に集中し、作業を終えた時の様子からだった。
「突然その子
は作業を止め、澄んだ目を挙げて、嬉しそうに、にっこり笑いました。肩
の荷が下りたように、まるで充分休息した後のように見えました。その子
は、子ども達が満ち足りた眠りから目覚めた時のように、にこにこしてい
(1)
(2)
ました」
「この時以来何百回となくこれと同じ現象を目撃しました」。
− 22 −
シンポジウム
「この種の集中の後では、子ども達は、いつもほっとして、本当に力を
得たように見えます。子どもの心の中に光輝く力のための一つの道が開か
れていて、こんな風に、子どもの特性の一番良い面を見せてくれているの
だというような気がしました。それからは、子ども達は誰にでも親切にな
ります。子ども達は、他の人に役立つための仕事をするように努め、立派
(3)
になりたいと願っているのです」。
とその著書で述べている。
子どもたちとの関わりの中から、モンテッソーリ女史は、観察によって、
子どもが変わる事実を発見し、その現象の意味を問い、仮説を立て、実証し、
考察した。モンテッソーリ教育が、科学的教育と言われるゆえんである。
女史は、
「私は子どもが示したものを理解しました。秩序や、精神の発達、
知的生活や、感情的生活が、この神秘的で、隠れた泉から生まれてくるに
違いないという考えが私には、はっきりと浮かび上がりました。その時か
ら、この集中を起こすために、最も望ましい外的条件を含んでいる環境を
(4)
いかに作り出すかを細心の注意を払って研究してきました」
と述べ、集
中を起こすための環境の備えと、環境と子どもをつなぐ“新しい教師”の
養成に力を入れた。
今や、“子どもの発見”から 106 年たった現在、私たちは、集中の後の
このような“新しい子ども”を見ることができるだろうか。私は、
「はい」
と答えることができる。全国の他のモンテッソーリ園でも、このような全
注意力をもって、作業に集中し、作業を終えた後の安らぎと喜びのなんと
も言えない穏やかな子どもの様子を見ることができていることと思う。
フォトムービーで紹介した両手と両足のないN君の満足した表情をご覧
になられただろうか。
モンテッソーリ女史は、この集中を起こすために、最も望ましい外的条
件を含んでいる環境をいかに作り出すかを研究したのである。そして、環
境と子どもをつなぐ架け橋として、へその緒の役割を持つ“新しい教師”
の養成に力を注いだ、このおかげで、現在の私たちの実践がある。
2.私たちの役割
モンテッソーリ女史は、子どもの家の役割は「正常化」にあると述べて
いる。発育中の子どもの精神について、
「正常な機能、健康の状態が到達
されねばなりません。この健康の状態を恒常化することを正常化と呼ぶの
− 23 −
であります。最初に子どもは正常化されるべきであって、次に子どもは進
(5)
歩するのです」
と述べ、まず癒やされることを語った。
私たちは、正常化を“心の健康化”と捉え、子どもの心を縛る鎖からの
解放を助けなければならない。モンテッソーリ女史はそのためには、
「興
味となる動機を多様化し、霊魂に隠れているより深い傾向を満足させるこ
(6)
とです」
と述べている。
鎖とは、子どもの精神的内的な飢えや、生命エネルギーを抑圧、阻止し
ているもの、無理解、過保護、過干渉、などを指す。内面的衝動に押され
ている子どもへの理解が大切である。子どもの内的なエネルギーの正しい
かんしゃく
方向がそれた時、子どもは、泣いたり、叫んだり、癇癪や、臆病、自分本位、
破壊、小さな嘘をつく、所有欲など、様々な逸脱の症状を呈する。
3.私たちの困難性
1 困難を抱えている保護者への対応
今の時代保護者の不安傾向がますます増大している。
「何か、ご不安な
ことがございますか?」の問いに「すべてです」と答えた方がいた。鬱的
な傾向や、ご自身が発達障害では、と推測される例や、育児にまったく自
信を持てない方、子どもを観ることよりも、ご自身が自分自身と向き合う
ことができなかったりと様々だが、私たちは、保護者の心の壊れや、揺れ
に寄り添って、カウンセリング的対応に追われる日々である。
このような保護者のために、①カウンセリングの専門家につないだり
②アクティブ・ぺアレンティングの学習会 ③モンテッソーリ教育の勉強
会 3 ~ 6 歳、
0 ~ 3 歳 ④精神対話士による小グループの癒やしの集い“陽
だまりの会”などの場を用意している。
また、少子化のため、子どもを監視して干渉と叱責傾向の強い育児が増
えている。子どもの心の癒やしが必要となっている。
2 発達障害の子どもや、気になる子どもの増加
発達障害の子どもや、気になる子どもが増えてきている。行政の発表で
は、5 ~ 6 年前に 6 パーセントと言われていたが、今、グレイゾーンの子
どもを含めると、8 ~ 9 パーセント近くにまで増加しているのではと言わ
れている。近隣の園長会などでも各園に 10 名近くになっているとのこと。
− 24 −
シンポジウム
神経学的基礎を持った問題が増加していると言われる。中枢神経のどこか
の軽い機能不全の症状として理解できるものが多いということである。特
に視床下部を含む間脳や、中脳を含む脳幹などの機能の問題が推測できる
と言われている。乳児期から症状を見せる子どもが増えてきている。LD
や、PDD、ADHD などと診断される子どもの増加に苦心する日々である。
障害児の増加とは反対に、これまでの行政の通所センターなどの援助が減
り、各園での生活に任される傾向が増えて、その対応に苦心している。
4.子どもの健やかな成長のための母子支援
2 歳児の子どもの心身の健全な成長を守り、保護者へ子ども理解を伝え
ていくため、2 歳児の母子支援を目的として、
“天使の部屋”を 17 年前か
ら始めている。週に 1 回コースと 2 回コースがある。
この部屋から入園してくる子どもたちは、もうすでにやりたいことを選
び、黙々と集中して作業できる環境で育っており、4 月の新学期からスポ
ンジ絞りや、洗濯など、自己活動に専念できている。園に対する信頼が母
子ともにすでに育っており、大きな安定感を持っている。これは私たちの
大きな希望である。
終わりに
私たちにできることは、間接的な援助しかない。子どもが環境を見いだ
し、子ども自身が環境と関わり、自然の発達の法則によって、自分自身を
形成できるように、環境と子どもをつなぐへその緒となって、誠実に、心
をこめて、日々の実践を積み上げていくことしかない。
私たちは、分からなかったことが分かった喜び、できなかったことがで
きた喜び、この体験から変化していく子どもの姿を観ることができる教師、
またそこへ至る道を備え、的確に援助できる教師、子どもの喜びを共に喜
ぶことができる教師でありたい。
(7)
モンテッソーリ女史は語った。
「私等の教師は子ども自身です」
と。
モンテッソーリ女史は、直弟子のパオリーニ先生がクラスから戻って
くるといつも、あなたは今日何を観てきましたか?」と問われ、
「決して、
何をしてきたか」とは問われなかったということである。
私たちの園の実践において、私たちをいちばん学ばせて導いてくれたの
− 25 −
は、あの両手両足のないN君だった。
モンテッソーリ教育は、時代、場所、状況を超えても有効で、今なお新
鮮で、子どもに無理をさせない自然さを持っている。モンテッソーリ教育
に移行して 33 年目の私たちの園も、一年一年気づきがあり、少しずつ努
力して広がり、深まってきている。作業への愛と集中から子どもたちの変
容が起こり、新しい子どもが現れる。子ども自身も、教師も共に喜びを味
わうことができ、充実感あふれる教育であると実感している。また、新し
いままでなく、絶えず完成への歩みを挑戦し続けていく。
この 106 年間モンテッソーリ教育はただひたすら歩み続けてきた。今で
も、日本の至る所、世界の至る所で、多くの子どもたちが、力強い成長の
証を見せている。モンテッソーリ教育は、
さらに少しずつ広がり、深められ、
バラバラであったものがつながっていく可能性を持っている。
私たちは、喜びと確かな希望を持って、どんな困難な状況も歩いていけ
そうだ。
引用文献
(1)モンテッソーリ著、夙川幼児教育研究会訳 『こども/教育の再建』
エンデルレ書店、1976 年、22−24 頁。
(2)同上。
(3)同上。
(4)同上。 (5)マリア・モンテッソーリ著 『人間の形成について』 エンデルレ書店、
1985 年、50 頁。
(6)マリア・モンテッソーリ著 同上、54 頁。
(7)マリア・モンテッソーリ著 同上、23 頁。
参考文献
杉村省吾編著 『発達障害親子支援ハンドブック』 昭和堂、2013 年。
ヘレン・ケラー著 小倉慶郎訳『奇跡の人ヘレン・ケラー自伝』新潮文庫、
2004 年。
谷 川 俊 太 郎 著『 す こ や か に お だ や か に し な や か に 』 佼 成 出 版 社、
2006 年。
− 26 −
シンポジウム
司会者としての報告
関 聡・中尾 昌子
(久留米信愛女学院短期大学)
(八幡カトリック幼稚園)
日本モンテッソーリ協会(学会)主催の第 46 回全国大会の大会テーマ
は「新しい子ども、新しい教師、新しい教育」である。
新しい子どもと新しい教師についてスタンディングは『モンテッソーリ
の発見』で次のように言う。
私たちがモンテッソーリに負うところは、モンテッソーリによっ
て考案された新しい教育法もさることながら、実はより多くモンテッ
ソーリによって明らかにされた「正常化された子どもたち」の様々な、
しかも素晴らしい特質にあります。それらがあまりにも予測しなかっ
た新しい事実だったので、多くの著作家たちは、この「正常化された
子どもたち」を「新しい子ども」と名づけました。そして、モンテッソー
リが「新しい子ども」を生みだしたと同時に、
「新しい先生」もこの
世に送り出したことは、これに劣らぬ重要なことだと指摘できます。
モンテッソーリが、このような先生に「directress」という新しい呼
び名をつけた点からみても、それは確かでしょう。(なぜ、そのよう
な呼び名をつけたかと言えば、先生の主なはたらきかけは、
“教える”
ことよりも、子どもが本来持っている自然のエネルギーを“導き出す”
ことにあるからです)
。
そしてモンテッソーリは自らの新しい教師と子どもについてこのように
語る(
『新しい世界のための教育』
)
。
モンテッソーリ教師は、子どもの体を洗ったり、服を着せたり、食
べさせたりするような肉体の召し使いではありません。なぜならば、
モンテッソーリ教師は子どもの独立を促すためには、子どもが自分で
それをしなくてはならないということを知っているからです。私たち
がしなくてはならないことは、子どもが自分で行動し、自分の意志を
− 27 −
持ち、自分で考えることができるよう援助することなのです。これが
精神に仕えることを選んだ者のとる道なのです。その信念どおりに精
神のあらわれを迎えることができるのが、教師の喜びなのです。ここ
にあるべき姿の子どもが生まれます。すなわち、決して疲れることの
ない活動者、最大の努力を求める穏やかな子ども、人の独立に敬意を
払うことを知り弱者を助ける子ども、このような子どもがまさに真の
子どもだったのです。
シンポジウムのテーマは、大会テーマに副題をつけ、
「新しい子ども、
新しい教師、新しい教育―モンテッソーリならではを語る―」とした。モ
4
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ンテッソーリならではの子どもの見方や子どもの理解、モンテッソーリな
らではの保育の方法や内容、
〈モンテッソーリの独自の素晴らしさ〉を語
り合おうというのがシンポジウムの趣旨であった。そこで、教育思想・教
育理論の研究家の立場から宮崎学園短期大学教授の宗和太郎先生、モン
テッソーリ教育の研究者の立場から東洋英和女学院大学教授の甲斐仁子先
生、モンテッソーリ教師養成の立場から京都モンテッソーリ教師養成コー
ス・亀田平和の園保育園園長の坂東光子先生、モンテッソーリ教育の実践
の立場から福岡カトリック学園大濠聖母幼稚園園長の綿貫真理先生の 4 人
の先生にお願いした。司会は、本大会の実行委員長の中尾昌子と実行副委
員長の関聡が務めた。
4 人のシンポジストのご提案の内容の詳細については、それぞれシンポ
ジスト自身の報告にゆだねる。最初のシンポジスト宗和先生においては、
教育思想史の中のモンテッソーリ教育の位置づけを明確にされ、そこから
今日の教育へのモンテッソーリ的アプローチの方法を示唆された。2 番目
のシンポジストである甲斐先生においては、今日の保育・幼児教育界の動
向と課題が示され、モンテッソーリ教育の研究課題が指摘された。3 番目
の坂東先生は 40 年にわたるモンテッソーリ教師養成のご経験から、一人
ひとりの教師がモンテッソーリ教師へと変わっていく保育者の姿を語られ
た。レジュメの最後に、先生はこう語られている。
「毎年 3 月に行われる
卒業式では、何人かに 2 年間モンテッソーリ教育を学んだ感想を述べても
らっていますが、どの人も『一人ひとりを大切にする保育の意味を知りま
した。私は今まで何と自分中心の保育をしてきたかが分かりました。自分
− 28 −
シンポジウム
を変えることが一番の課題です。今日から出発です。この気づきを多くの
仲間と共にできて、本当に感謝です』と述べて巣立っていきます」と。最
後のシンポジストである綿貫先生は、日々の実践を美しい映像とともに語
られ、聴く者を感動させた。綿貫先生のレジュメの最後の言葉も紹介する。
「私たちにできることは、子どもが環境を見いだし、子ども自身が環境と
関わり、自然の発達の法則によって自分自身を形成できるように、環境と
子どもをつなぐへその緒となって、誠実に、心をこめて、日々の実践を積
み上げていくことしかありません。モンテッソーリ教育は、時代、場所、
状況を超えても有効で、今なお新鮮で、自然で、広がり深まっていき、喜
びと充実感のあふれる教育です。私たちはどんな時でも希望があります」
。
時間の関係上、フロアからの質疑応答は十分に行われなかったが、下條会
員から各提案者の内容に対する心のこもった感想と謝辞が述べられた。
「新しい子ども、新しい教師、新しい教育」をテーマに開催された本大
会は、西経一神父様の基調講演「日々新たに成長する」で始まった。その
中の一つひとつのエピソードは西神父様の語り口とともに今も心に残って
いる。モンテッソーリが見た新しい子ども、モンテッソーリが育てた新し
い教師、モンテッソーリが創り出した新しい教育、私たちもそのような子
どもを日々の保育の中で見いださねばならない。さらに私たち自身が新し
い教師として成長しなくてはならない。そして私たちが実践のなかで行う
教育こそが新しい教育なのだ。そのためには子どもも日々新たに成長し、
私たち教師も日々新たに成長し、私たちが行う教育も日々新たに成長しな
くてはならない。そのための第一歩となったシンポジウムとなったと信じ
ている。シンポジストの 4 人の先生方に感謝の気持ちでいっぱいである。
これからも〈モンテッソーリならでは〉を語り合っていきたい。
− 29 −
論 文
「子どもの家」とモンテッソーリ
―サン・ロレンツォの「子どもの家」とその誕生の背景―
前之園 幸一郎
(青山学院女子短期大学(名誉教授)
)
はじめに
モンテッソーリ教育の原点である「子どもの家」についてはすでに多く
の考察が行われ、その実践の輪郭が多角的に明らかにされている。しかし
彼女の主著『方法』に拠って「子どもの家」誕生の背景に注目するならば、
そこには現代社会に生きるわれわれへの貴重な問いかけが行われているよ
うに思われる。本論では、モンテッソーリによって「子どもの家」の視点
から提示された問題提起について以下の諸点に焦点を当てつつ考察を行い
たい。
1)ヨーロッパにおける教育的・社会福祉的潮流と「子どもの家」
、2)
伝統的教育への批判としての「環境の整備」
、
3)
『方法』出版とチッタ・ディ・
カステッロ、4)モンテッソーリによる規律と感覚、5)新しい教師像とし
ての「ディレットリーチェ」
、6)未来の約束としての子ども。
なお、モンテッソーリは印象的で重要な意味を持つ言葉を数多く残して
いる。本論では、意図的にその彼女自身の含蓄に富む言葉の引用を『方法』
から行った。イタリア語原文は注に記されているとおりである。
1.ローマ市の住宅政策とエドゥアルド・ターラモ
ローマは何世紀にもわたってローマ教皇領として存続してきた。しか
しイタリアが近代的統一国家として成立すると、新国家の法律に基づいて
1871 年にローマは首都に定められた。首都としての歩みを始めて最初に
ローマに起こった大きな変化は、近郊からの人口流入による波状的な都市
集中化の現象であった。イタリアの新国家建設のために多くの低賃金の労
働力が必要とされたからである。全国各地から働き口を求めておびただし
い数の子ども連れの家族がローマ市内に流入し始めた。しかし仕事探しは
容易ではなく、彼らの多くはローマ市周辺部に住みつき、多くのスラム街
が生まれることになった。
− 30 −
論文
ローマ市は近代都市としての発展のために多くの行政上の問題に対処し
なければならなかった。ローマ教皇領バチカン国の強い影響力を受けた従
来の貴族階級の支配に代わって、1907 年の選挙によりエルネスト・ナー
タン(Ernesto Nathan, 1845-1921)が市長に選出された。そして彼の社会
改革的な政策方針に基づき、ローマ市の行政に大きな変化がもたらされる
ことになった。ナータンはユダヤ人であり、祖先は英国出身であったが、
進歩的な思想を抱く彼の身辺にはその改革的熱意に共鳴する人々のネット
ワークが形成されていた。ナータンは、
市長就任とともにすでに民間によっ
て進められていたローマ市の新しい都市計画に行政として協力を行った。
低所得者向けの住宅建設ならびに住宅改造の問題がローマ市内における緊
急事態となっていたからである。
都 市 計 画 プ ラ ン で 中 心 的 な 役 割 を 担 っ た の は「 民 衆 住 宅 自 治 協 会
(l’Istituto Autonomo Case popolari)
」と「ローマ住宅改良協会(l’Istituto
Romano dei Beni Stabili)
」の二つの団体である。これらの団体はロー
マ市内を地域的に大きく二分して分担し、そのそれぞれの事業を展開
した。われわれのテーマに関わるのはその一つの「ローマ住宅改良協
会」である。同協会は、その責任者エドゥアルド・ターラモ(Eduarudo
Talamo,1858-1916)の指揮のもとにサン・ロレンツォ地区の低所得者向け
住宅の建築と改造にすでに着手していた。そして、その地区に最初の「子
どもの家(Casa dei bambini)
」が誕生することとなる。
さて、サン・ロレンツォ地区とはいかなる地域か。それは、ローマ市を
囲む古代からの城壁の外にある墓地「ヴェラーノ(Verano)
」とローマ時
代に外敵防御のために築かれた堅固な城門に囲まれた元来人の住まない城
壁外の場所であった。巡礼地として古来広く知られている教会「城壁の外
のサン・ロレンツォ寺院(San Lorenzo fuori le Mure)」がその場所にあ
ることから、その教会の名前がこの地区名の由来となっている。
この場所に失業者、浮浪者、刑務所から出所したばかりの人間など、ま
さに社会底辺に生きる悲惨な境遇の人々がしだいに住みつくようになり、
いつしか貧民街が形成されていた。一般には、この界隈は普通のローマ市
民は死後にヴェラーノ墓地に埋葬されるときだけ足を踏み入れる場所とさ
れていた。
ターラモは、ここに労働者のための共同住宅を建造した。同地区内にす
− 31 −
(1) でに 1907 年には 3 階ないし 4 階建ての建物 58 棟が建造されていた。 ター
ラモはその 4 棟ないし 5 棟を 1 グループとする共同住宅を構想していた。
雑居を防ぐために 1 家族 1 住宅の方針を明らかにした。4 棟ないし 5 棟か
らなるグループごとのその共同住宅の周囲は塀で囲まれており、一か所だ
け入り口の門が設けられていた。その出入り口を入ると内部は植物の植え
られた広い中庭となっている。この共同住宅は賃貸用のものであり、その
入居の条件は居住者が建物を清潔に管理すること、そして共同して住環境
の保全向上に努めることとされていた。ターラモはこの共同住宅の中に救
急診療所の開設も考えていた。
このような民衆のための住宅の発想は、1800 年代の半ばにすでにロン
(2)
ドンで生まれていたと言われる。 社会改革者オクタヴィア・ヒル(Octavia
Hill、1837-1912)は、ロンドンの低所得者の居住区において学校、診療
所、 図 書 館 な ど を 含 む「 自 己 完 結 型 都 市(L’idea di complessi popolari
autosufficiente)の思想」に基づいて住宅を建設していた。当時、ヨーロッ
パには広くこのような困窮する民衆のための住宅の考え方が一つの潮流と
して存在しており、ターラモもその流れとまったく無関係ではなかったと
考えられる。
2.
「子どもの家」とモンテッソーリの基本方針
ターラモは共同住宅の最初のグループの内部の一階に子どもたちのため
の一室を確保した。それは地域社会全体に教育的要素を取り入れたいとの
基本的考えによっていた。彼は、日中、働きに出かける親たちに放置され
る幼い子どもたちが建物を汚したり破損したりするのを防ぐのと同時に、
子どもたちが安全に保護される空間を設けたいと考えていた。さらにそれ
への費用は無料とされた。それは親たちが子どもを通じて意識的に建物を
清潔に保つよう心がけるようになるとの期待によっていた。
さて、このような目的を持つ施設の管理者にふさわしい人物としてター
ラモの頭に最初に思い浮かんだのがモンテッソーリである。ターラモとモ
ンテッソーリは社会改革的な各種の運動を通じて、すでに知り合いであっ
た。モンテッソーリはターラモの申し出を直ちに受け入れた。彼女は、そ
の仕事がこれまで仲間と共に追求してきた社会的正義の理想を実践に移す
豊かな可能性を持つものだと考えたからである。『方法』の中で彼女は述
− 32 −
論文
べている。「ターラモ氏のその非凡な考えは、この住宅に住む家族の 3 歳
から 7 歳までの子どもを受け入れ、彼らを一緒に集めて、この同じ住宅に
居住する一人の女教師の指導のもとにおくというものであった。…このよ
うな施設の社会的教育的重要性がいかに卓越したものかを私は直ちに理解
(3)
した」。
モンテッソーリは、1907 年 1 月 6 日にヴィア・デイ・マルシ(via dei
Marsi)58 番地に最初に開設された「子どもの家」の教師として、この住
宅に住む門衛の娘カンディーダ・ヌッチテッリ(Candida Nuccitelli)を採
(4)
用した。 ベテラン教師ではなく教育の世界とはまったく関係のない未経
験の若い女性が「子どもの家」の教師に採用されたのである。この教師の
選択の背後にはモンテッソーリの教育に対する深い洞察と確信があった。
モンテッソーリは、まだ少女であるその教師にただ一つの指示のみを与え
た。それは、モンテッソーリがその場にいない時に子どもたちが行うすべ
てのことを克明に彼女に報告するようにという課題であった。つまり、ま
ずモンテッソーリは子どもたちをしっかり観察するようにという指示のみ
を、そのまったく経験のない先生に与えたのである。なぜならば、伝統的
な「教師たちが、子どもたちの様々な行動を細かく観察し識別することな
(5)
く、子どもたちを無意識のうちに硬直した状態に陥れている」 当時の学
校の現状をモンテッソーリは知りつくしていたからである。
次いで、モンテッソーリは注意深く留意しながら環境の整備を行った。
彼女は、当時のイタリアの学校の致命的とも言える一般的な問題点に鋭い
批判の目を向けていたからである。すなわち、彼女によると、
「子どもた
ちはピンで留められた蝶々のようにそれぞれの座席や机に縛り付けられて
いる。…そして子どもたちの人格の内部から発せられる様々な自発的な表
(6) 現が、まるで死人でもあるかのように抑えつけられている」。 重たい机や
イスやテーブルは小さな子どもたちにとっては耐えがたい拷問の道具だと
彼女には映じた。それらが子どもたちの自由な動きを封じて、彼らを動け
ないように固定化する役割を演じていると思われたからである。
そこで、モンテッソーリは、小さな子どもたちの寸法に合わせたかわい
らしい身の回りの道具一式を考案した。それは単なる外見上の思いつきに
よる工夫ではなかった。その背後には「子どもの独立」という明確な教育
的な観点が存在した。具体的に見てみよう。例えば、軽くて容易に持ち運
− 33 −
びできる小さなイスやテーブルは、子どもたちが好きな場所を選んで自分
が気に入った場所に移動し、くつろいで着席することを可能にする。それ
は、慎重さを欠く自らの行動を改める手段を子どもたちに与えることにな
る。なぜなら用心深く注意して行動しなければイスや机にぶつかり、物音
を立てたり、ひっくり返してしまうことになりかねない。それゆえに、慎
重で柔軟な身のこなし方を自然に子どもたちは学ぶことになる。重要なの
は大人の関与が可能な限り控えられていることである。その根底には人格
としての子どもの独立性の尊重の思想が存在する。彼女は述べている。
「独
立的であることなしに自由は存在しえない。したがって、その独立性の獲
得のためには、誕生直後からその個人に固有の自由にもとづく活発な様々
な表示が行われるよう導かれなければならない。幼い子どもたちは、母親
によって離乳がなされたその瞬間から波乱にとんだ独立への道に向かって
(7)
進んでいるのである」。
「子どもの家」における一日は、日常生活の一連の訓練から始められた。
それは子どもたちに注意力を喚起し、子どもがその内的に秘めている「い
のち」に対して呼びかけ、また他者と共に営む社会生活に向けて呼びかけ
ることをねらいとしていた。具体的には、清潔(Pulizia)、秩序(Ordine)、
落ち着き(Compostezza)
、会話(Conversazione)を中心とする日常生活
の訓練が行われた。
「子どもたちが学校へ着くと、清潔検査が行われる。
それは可能ならば母親たちの目前で行われる(しかし母親たちに直接的な
観察はさせないようにする)
。すなわち、髪の毛、手、爪、首、目、顔、
歯が入念に調べられる。また衣服が汚れていたり、裂けていたり、ほころ
びていたり、またボタンがとれていたり、ほこりまみれになっていたり、
靴が汚れていたりしていないか調べられる。子どもたちは彼ら同士でお互
いを観察する。次いで、子どもたちは自分自身を観察して、それぞれ固有
(8)
の状態を示して見せることができるようになる」。
子どもたちは、静かにし、背筋を伸ばして、足をそろえ、手を膝において、
顔を正面に向け、自分の席に着席する、など正しい姿勢について理解する
ように導かれ、
「落ち着き Compostezza」を学んだ。また、
「上品さの訓練
(9)
gli esericizî di grazia」 も行われた。行ったり来たり、挨拶したり、上品
に物を差し出し、お礼を言いながらそれを受け取るなど、優雅に振る舞う
訓練である。「このようにして子どもたちは、イスや机やテーブルや備品
− 34 −
論文
(10)
の間を、落ち着いて慎重に身体を動かすことを学んだ」。
「 子 ど も の 家 」 の 壁 面 の 上 部 に は ラ フ ァ エ ロ の「 小 椅 子 の 聖 母(la
Madonna della seggiola)
」が掲げられていた。モンテッソーリによって、
この作品がラファエロの数ある聖母子像の中から「子どもの家」のシンボ
ルとして選ばれたのである。聖母の視線はまっすぐにわれわれに向けられ
ている。優しく何かを語りかけようとするその表情は、きわめて人間的で
あり、親しみやすいものとなっている。モンテッソーリは、母性の象徴と
しての聖母が膝の上に抱いたわが子イエスにそっと頬を寄せているこの図
像に、まさに彼女自身の子ども観、教育観のイメージを見いだしたものと
思われる。
短期間のうちに「子どもの家」の子どもたちの生活に大きな変化が見ら
れるようになった。それは、子どもたちの静粛さ、自発的な活発さ、個別
的な集中力、
主体性、
独立性などに特徴的に現れたが、最も顕著なものは「読
(11)
み書きの爆発」であった。 教えた人が誰もいない。読み書きの練習を特
別に行ったこともない。そのような年長児の子どもたちが、ある日、突然
に文字を読んだり書いたりすることを始めたのである。このまったく予期
されていなかった事態の出現は、新聞、研究者、教育界などから広く注目
されることになった。サンドペーパーによるアルファベットの文字や、段
ボールを切り抜いて作られた ABC の文字などの貧弱な教材がわずかに備
えられていただけであったからである。とりわけ、非識字問題を抱える当
時のイタリアにおいては、それは大きな話題を提供することになった。可
能な限り大人による関与が退けられ、懲罰的指導が廃止され、子どもが主
人公として尊敬され、個別的活動の自由が尊重される「子どもの家」の環
境の意味が、ここに改めて注目されることになった。まさにモンテッソー
リ教育の誕生である。
3.フランケッティ男爵夫妻と『方法』の出版
「子どもの家」は、その成果によって引き起こされた関心によって見学
に訪れる参観者が途絶えることがなかったと言われる。その中にはイタリ
ア王国の初代の王妃マルゲリータ(Margherita Maria Teresa Giovanna di
Savoia, 1851-1926)も含まれていた。同王妃は、その後、モンテッソーリ
の有力な後援者として「子どもの家」の発展に援助の手を差し伸べる。さ
− 35 −
て、多くの参観者の中にアリス・ハルガルテン・フランケッティ(Alice
Hallgarten Franchetti, 1874-1911)がいた。彼女は、モンテッソーリの実
践的試みの革新的な問題提起の意味を最初に理解した人物である。何より
も彼女の存在が、モンテッソーリの『方法』執筆ならびに出版のきっかけ
となったことは注目されなければならない。
アリスはドイツ人の父親とカナダ人の母親を持つ女性である。ニュー
ヨーク生まれで、ドイツで少女時代を過ごした後、イタリアに帰化してロー
マで生活していた。彼女は数カ国語を話す国際的な教養人であり、サン・
ロレンツォ地区の福祉活動にも参加しており、首都ローマにおける国際的
な文化交流サークルのメンバーでもあった。そのサークルでレオポルド・
フランケッティ(Leopoldo Franchetti, 1847-1917)男爵と知り合い 1900
年に彼と結婚した。その後、
フランケッティ男爵の領地であるチッタ・ディ・
カステッロ(Città di Castello)で普段の生活を送り、定期的に長期にわ
たるローマ滞在を行っていた。アリスは、繊細さ、寛容さ、優しさに満ち
た人物であり、周辺の社会的な現実に対応して柔軟に社会活的動を行うこ
とに情熱を傾けていた。彼女の邸宅のあるモンテスカ(Montesca)の周囲
の農地には貧しい農民たちが暮らしていた。彼女は、その女性たちの暮ら
しの向上発展のために技能訓練をも兼ねて 1907 年に「ウンブリア手織り
(Tela Umbra a mano)
」工場を設立した。さらに彼女は、農民の子どもた
ちのためにモンテスカとラヴィリアーノ(Rovigliano)に 1907 年に僻地学
校を開校した。また農村婦人のための夜間成人学校なども開いていた。
夫君のフランケッティ男爵 は上院議員で知られている。彼は、イタ
リア統一以後、明らかになった北イタリアに対する南イタリアの極端な
経済的格差や貧困などの、いわゆる南部問題の解決のために日々奔走す
る日常を過ごしていた。ついに自ら「南イタリア発展のための全国協会
(l’Associazione nazionale per gli interessi del Mezzogiorno)」 を 設 立 し、
その会長として活躍した。モンテッソーリは、すでに以前からフランケッ
ティ男爵夫人アリスとは顔なじみであり、二人の間には深い相互理解とと
もに思想的に共通するものがあり、
「彼らは幼児の育て方の新しいあり方
(12)
を追求することで一致していた」。
モンテッソーリの一番弟子に当たるマッケローニは、
『方法』誕生に至
る歴史的な場面について貴重な証言を残している。ある日、フランケッティ
− 36 −
論文
男爵夫人の切なる念願が実現することになった。多忙なスケジュールの間
隙を縫って、ついに夫のフランケッティ男爵が「子どもの家」を見学する
機会が訪れたからである。アリス夫人に案内されて「子どもの家」に入っ
た男爵は、物も言わずに子どもたちの様子を凝視し続けていた。少し離れ
て立っていたモンテッソーリは、彼が何も発言しないので近づいて行って、
どのようにご覧になりましたかと質問した。すると、
「
《あなたは何か本
を書きましたか》と彼は突然質問した。
《本をでしょうか? いいえ、何
も書いておりません》と答えると、
《あなたは死ぬかもしれませんよ。そ
うするとこの実践のすべてが失われてしまうことになりますよ》と答えが
(13)
返ってきた。モンテッソーリ先生は健康そのものだったのです」 とマッ
ケローニは述べている。
1909 年の春、フランケッティ夫妻はモンテッソーリを彼らのローマに
おける閑静な邸宅ヴィッラ・ヴォルコンスキー(Villa Wolkonsky)に招
待した。「子どもの家」における教育法について執筆するための場所とし
てそこが提供されたのである。モンテッソーリは 20 日間で原稿を書き上
げた。その原稿を受け取った男爵は、すぐに列車に飛び乗った。それを
ローマの出版社ではなく、地方のチッタ・ディ・カステッロにある印刷
屋ラーピ(Tipografia Lapi)から出版させるためである。そしてついに、
1909 年 5 月 に『 方 法 』
(Il metodo della pedagogia scientifica applicato
all’educazione nelle Casa dei Bambini)が出版された。その出版祝いを
兼ねて 1909 年の 8 月にチッタ・ディ・カステッロのモンテスカ荘(Villa
Montesca)において第 1 回モンテッソーリ・コース全国講習会(il Primo
Corso Nazionale Montessoriano per educatrici dell’
infanzia)
が開催された。
モンテッソーリの教育法は、
『方法』の出版とともにこの第 1 回講習会の
受講者たちによってヨーロッパ各地に広められていくことになる。
一方、1908 年にはモンテッソーリはローマ市内の「ジュスティ通り(via
Giusti)
」にある「マリアのフランチェスコ宣教修道女会修道院(Convento
delle Suore Missionarie Francescane di Maria)
」において「子どもの家」
の実践を行っていた。そこでの「子どもの家」の経験は、モンテッソーリ
がその理論をさらに深めるための重要な機会となった。
1908 年 12 月 27 日にシチリアの玄関口に当たる港町メッシーナと南イ
タリアの最南端の町レッジョ・カラーブリアを中心として大地震が発生し
− 37 −
た。死者の数は全体で 12 万人にのぼったとされる。とりわけメッシーナ
市の被害は甚大であり、都市全体が壊滅的な被害を受けて廃虚と化し、数
千人にのぼる孤児たちが生まれた。突然に両親と家庭を失った子どもたち
は、イタリアの各都市の宗教団体の施設に収容された。フランケッティ男
爵や王妃マルゲリータの後援のもとに、ジュスティ通りの「子どもの家」
にも 60 名ほどの孤児たちが受け入れられた。
モンテッソーリは、その子どもたちについてその著書『幼児の秘密(Il
segreto dell’ infanzia)
』において詳細な記録を残している。子どもたちは、
あまりにも衝撃的なショックに大きく打ちのめされていた。極度の放心状
態のために衰弱して口もきけず、名前はおろか自分が誰であり、どんな家
族に属していたかも思い出すことができなかった。食欲もなく眠ることも
できず、夜になると叫び声や泣き声を発した。そのような子どもを前にし
て、彼らにふさわしい心の安定が得られる環境の整備をモンテッソーリは
手探りで行った。
王妃マルゲリータは、子どもたちに配慮に満ちた家具ならびに備品一式
を贈った。小さな戸のついた戸棚、背の低い円形の小さなテーブルやイス
類、小さい皿やフォークセットからなる食器類など、子どもの寸法に合わ
せた家具類である。子どもたちの生活する部屋は女子修道院の内部にあっ
た。修道院には広い庭に並木道があり、花壇には季節の花々が栽培されて
いた。修道院内は白い服を着た修道女たちが無言で静かに行き交い、子ど
もたちは彼女たちの洗練された礼儀作法を日常的に目にしていた。子ども
たちは修道女たちのそのエレガントな物腰や態度を自然に学びたいと思う
ようになった。その変化をモンテッソーリは次のように述べている。
「子どもたちはテーブルの席でまるで王子さまででもあるかのように振
る舞い、またあたかも格式ある給仕たちが行うように食卓の用意に意を用
いることをすでに学んでいた。昼食は、もはやその食べ物によってではな
く、正確さの精神のために、身体の動きをコントロールする訓練のために、
そして知識を高めるために子どもたちを惹きつけていた。そして、次第に
食欲も安眠とともに回復してきた。子どもたちに見られるその変化は深い
印象を与えた。子どもたちは跳ね回るようにして庭に物を運び、室内から
外の木陰の小さな広場に家具を移したりするのがしばしば見られた。しか
もそれを傷つけたりぶつけることもなしに、子どもたちは生き生きと快活
− 38 −
論文
(14)
な表情を顔に浮かべていた」。
モンテッソーリはメッシーナの子どもたちのこの変化に対して「回心
conversione」という言葉を与えている。彼らは人間として魂の根底から丸
ごと生まれ変わった。そして新しい「いのち」を生き始めた、と考えたの
である。彼女は、当時のイタリアの著名な女流作家の言葉をそのまま引用
して次のように述べている。
「この子どもたちは私に生まれ変わったとい
う印象を与えました。… 意気消沈と重苦しさを乗り越えさせ、さらに高
(15)
い《いのち》の次元へと導くもの以上の神秘的な回心はありません」。
ジュスティ通りの「子どもの家」においては、日常の具体的生活訓練が
持っている意味の深遠さが、さらに深く捉え直されている。サン・ロレン
ツォでは、衛生観念も通常の生活上のしつけも清潔さの意識も欠いている
子どもたちが、環境によって生活における秩序を確立することが明らかに
された。しかしそれ以上に、ジュスティ通りの「子どもの家」においては、
環境を通じて見られる魂のレベルにおける幼い子どもたちの心の奥底の変
化がさらに深く明らかにされたのである。
4.規律と感覚教育について
モンテッソーリは伝統的教育の持つ根深い基本的問題点を批判しつつ、
「自由における規律(Disciplina alla libertà)
」と「感覚教育(l’educazione
dei sensi)」の重要性について繰り返し述べている。まず、規律はどのよ
うにして子どもに獲得されるのかについて見てみよう。
モンテッソーリ教育は、子どもの自由をその土台に据えて出発する。し
たがって規律が自由に基づくものであるなら、その規律は必然的に活動的
なものでなければならないだろう。しかしながら伝統的な教育において規
律が達成された状態とは、教師の指導によって子どもたちが不動の姿勢を
とって沈黙を守り、静粛さが教室全体を支配している状態を指していた。
それは確かに、一見、秩序が保たれて統制が見事にとれているように見え
る。しかし、そのことによって規律を身につけた人間が形成されたと呼ぶ
ことができるだろうかとモンテッソーリは問うている。彼女によれば、む
しろ「その子どもは人格が破壊されたのであって、規律が達成されたので
(16)
はない」。 そして、しつけが十分になされ規律がしっかり身についた子
どもとは、まず「自分自身の主人」であるべきである。そして生活の規律
− 39 −
に従わなければならない場合には、その子どもは「自分自身をコントロー
(17)
ルすることができる」 であろうと述べている。
注意すべき重要なことは、子どもが内部的な自然の力によって行動しよ
うと動き始めるときに、大人がそれを抑圧する場合に生じる結果について
である。彼女は、それは、多分、子どもの精神の「いのち」そのものを窒
息死させることになるだろうと答える。そして子どもの人間としての尊厳
が改めて強調されている。
「柔軟で繊細な幼児期の知的な輝きの中に姿を
現す子どもの人間性は、明け方に姿を現す太陽や、最初に開花する花弁の
ように、敬虔な崇拝の念をもって尊敬されなければならない。もし何らか
の教育的働きかけが有効であるならば、それは生命の完全な開花を援助す
(18)
ることを目指す働きかけのみであろう」。 たとえ善意によるものであれ、
大人の関与は徹底的に退けられる。そして生命を援助する教育的働きかけ
とは、子どもの自然の動きを中断させないこと、他人の意図による働きか
けを子どもに押しつけないことに配慮が払われることだと繰り返し述べら
れている。モンテッソーリは、伝統的教育の根底にある子どもへの「静止
(immobilità)
」と「沈黙(silenzio)
」の強制という基本原理に対して生涯
を通じて批判を行った。
さて、モンテッソーリ教育における感覚教育の重要性については改めて
強調する必要はないだろう。日常生活、感覚、数、言語、文化のどの領域
においても、その基本はすべて感覚教育に基づいている。感覚教育がモン
テッソーリ教育の根底を支えているからである。そして、100 年以上も前
に『方法』の中で提起された知識と感覚をめぐる問題は、今日でもバーチャ
ル・リアリティが引き起こす諸課題に見られるように、慎重に検討が加え
られる必要があると思われる。
さて、そこでモンテッソーリが述べている一つの例を見ておこう。彼女
は、市場に行って新鮮な魚を求めてくるように上司に命じられた調理見習
(19)
い人の少女の例を挙げている。 もしその少女がこれまで新鮮な魚を見た
ことも、触ったことも、そのにおいを嗅いだこともないとすれば、その少
女は新鮮な魚を識別することなどできないだろうとモンテッソーリは簡潔
に述べている。すなわち、教科書によって料理法は知識として学ぶことが
できる。しかし、色や感触や匂いや見た目から、煮え具合を判断したり、
火加減を調節したりできるためには、それに先立つ具体的な実際の感覚的
− 40 −
論文
経験が必要となる。一人前の調理人となるためには、継続的な訓練が求め
られる。それは、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚などあらゆる多方面の人
間が持つ諸感覚を経験によって豊かで鋭敏なものとするためである。
モンテッソーリが提示したのは、感覚的訓練に裏打ちされない知識教育
のもろさや危うさであり、また同時に主体的な自己教育が果たす役割の重
要性であった。筋肉運動において獲得される「敏活さ」は、知識として子
どもに教えることはできない。また、
「逆上がり」も言葉で教えることが
できない。これは、感覚訓練は言葉では伝達できないという自明の事実を
示している。本人が自ら主体的な経験を重ねる以外に方法はないからであ
る。ここにモンテッソーリ教具が誕生する必然性が存在したのである。
今日の社会は、100 年前の社会的状況とは大きく異なってしまった。現
代の日常生活は視覚的・聴覚的な疑似体験に満ちている。われわれをとり
まく現実は、これまで以上に人間的で素朴な感覚の回復と五感による繊細
な感覚教育の重要性を必要としているように思われる。
5.
「ディレットリーチェ(Direttrice 導く人)
」としての教師
伝統的教育の思想は、子どもは大人が期待するどのような人間にでも意
のままに教育し形成することができるとする不遜な独断的楽観主義に基づい
じゅうりん
ていた。その強固な偏見は子どもたちの人間性を不断に蹂躙し続けてきた。
この旧来の教育に対する批判としてモンテッソーリは、
「ディレットリー
チェ(導く人)
」という教師像を提示した。すでに見たように彼女は、最
初の「子どもの家」の教師を採用するのに意図的に経験豊かなベテラン教
師を退け、まったくの素人の少女を選んだ。それは伝統的な教師による弊
害を恐れたからである。教育の名のもとに子どもたちの個性的な可能性
が扼殺されることを懸念したのである。彼女は『方法』の中で理想的教
師像を次のように述べている。
「実際に私の教育方法においては、教師は
ほとんど教えない(insegna poco)で、じっくり観察(osserva molto)し
て、とりわけ、子どもたちの魂の諸活動と身体的発達を導く役割を担わな
ければなりません。そのために私は先生という名前をディレットリーチェ
(direttrice 導く人)という名称に変えました。…教師の指導は一般に考え
られているよりはるかに深く、かつより重要なものなのです。なぜならそ
(20)
の教師は子どもの生命と魂を導くからです」。
− 41 −
さらにモンテッソーリは、教師も科学者であるべきだと考えていた。そ
の意味は、科学者のように教師も生命の深い真理を探究し、神秘に満ちた
生命の秘密のヴェールを取り除くことに使命を感じるべきだと考えていた
からである。彼女によると、自然はそれを崇拝し、それに謙虚に向き合う
者にその秘密をあらわにする。そして、しばしば発見という栄誉によって
科学者に報いている。教師もこの科学者の精神に学ぶべきである。そして、
教師は子どもという神秘的な存在の隠された内面に謙虚に向き合うべきで
ある。
同様な趣旨の言葉が『方法』では繰り返し述べられている。教師は「子
どもの魂の中に入って、そこでまどろんでいる(将来個性的な存在となる)
人間に呼びかけることができなければならない。私は直感的に感じた。そ
して教具ではなく私の声が、子どもたちに呼びかけ、彼らを覚醒させ、教
(21)
具を用い、自らを教育するように仕向けたと信じている」。
モンテッソーリの目は、以上から明らかなように子どもたちに知識を教
えることにではなく、子どもの内面の理解のために注がれていた。それに
は子どもを絶えず観察することが必要だと彼女は考えた。そして「教師は、
きっと子どもそのものから自分自身の教育のための手段と方法を学ぶだろ
う。すなわち、子どもから教育者として自らを完成させることを学ぶだろ
(22)
う」 と述べている。
まさにその観察によって普段は閉ざされている子どもの内面の深みに触
れることのできた自分の経験を、モンテッソーリはさらに次のように語っ
ている。「子どもたちの内面の様々な表出は、厳密な調査研究の制約から
はみ出るようにして、私の試みによって新しい何かが、生き生きした何か
がほとばしるようにして現れた。それはあたかも岩間からしみ出る水源の
ようであった。私は素朴なアラジンのように、善意で、いまだ未踏の場所
に私を導く以上のことができるランプを手に持っていると信じていた。し
かし私が思いがけず見つけたのは幼児の魂の奥底に隠されている《宝物》
(23)
であった」
。
モンテッソーリは、科学的な厳密な調査によっては捉えることのできな
い子どもの内面を、むしろ観察によって見いだしたことを強調している。
マッケローニが伝えているように「モンテッソーリの口癖は、観察しなが
(24)
ら、待ちなさい」 であった。
− 42 −
論文
6.まとめに代えて -人類の希望と約束としての子ども-
めまぐるしい変化のもとで過ごす今日のわれわれの生活は、子どもの存
在そのものがいかに貴重な活力を日常的にわれわれに与えてくれているか
をじっくり顧みる機会をほとんど与えてくれない。この問題点をモンテッ
ソーリは鋭く指摘して次のように述べている。
「自らが新しくなることを
助けてくれる子どもがいなければ、人間は堕落してしまうだろう。もし大
人が自らを新しくしようと努力しなければ、その精神の周りは固いよろい
でおおわれてしまい、精神は無感覚なものとなってしまう。そしてその分
(25)
別のないやり方で、人の心は失われてしまうだろう」。
子どもがいなければ大人は堕落するだろうと子どもの存在の意味を述べ
た後で、さらに彼女はわれわれ大人に対する子どもからの愛の計り知れな
い重要さを説いている。子どもの親たちは、日々の暮らしに疲れはて、そ
の精神は眠りこもうとしている。
「親たちは、自分たちを目覚めさせ、も
はや自分たちが持ち合わせていない新鮮で生き生きしたエネルギーを取り
戻させてくれる新しい存在を必要としている。自分たちとは異なる行動を
する存在、毎朝自分たちに《新しい人生を生きるために起きなさい。より
(26)
よい生き方を学びなさい》と呼びかけてくれる存在を必要としている」。
モンテッソーリは、生涯を終えてからも、子どもたちへの信頼をその
墓碑に書き残した。
「何でも可能にすることができる愛する子どもたちが、
私と一緒になって、人類と世界のために平和を築きあげることを願ってい
(27)
ます」。
注
(1)Maria Montessori, Il Metodo della Pedagogia Scientifica applicato
all’educazione infantile nelle Casa Dei Bambini, Edizione Critica,
2000, Opera Nazionale Montessori, p. 130. 以下『方法』からの引用は
イタリア・モンテッソーリ協会版によることとし、Edizione Critica
と表記する。
(2)Grazia Honegger Fresco, Maria Montessori una storia attuale, 2008,
l’ancora, p.79.
(3)Edizione Critica, op.cit., pp.129-130.
− 43 −
“La genialissima idea del Talamo era di raccogliere i piccoli figli
degli inquilini dei casamento, compresi tra le età di 3 a 7 anni, e di
riunirli in una sala soto la direzione d’una maestro, che coabitasse nel
casamento stesso. … L’importanza sociale e pedagogica di simile
”
istituzione fu da me subito intuito in tutta la sua grandezza.
(4)ibidem, p.130.
(5)ibidem, p.197. “esse, quasi involontariamente, richiamavano i bambini
alla immobilità, senza osservare e distinguere i movimenti.”
(6)ibidem, p.88. “e fissi sul posto respettivo, sul banco – come farfalle
infilate a uno spillo.… i fanciulli sono soffocati nelle espressioni
spontanee della loro personalità, come esseri morti.”
(7)ibidem, p.204. “Non si può essere liberi senza essere indipendenti:
quindi alla conquista dell’indipendenza debbono essere condotte le
manifestazioni attive della propria libertà, fin dalla prima infanzia.
I bambini piccoli, dal momento in cui sono slattati dalla madre, si
avviano sulle strade fortunose dell’indipendenza.”.
(8)ibidem, p.243. “Appena i bambini arrivano a scuola, c’è una vista
di puliza, possibilmente alla presenza delle madri(ma senza far
loro osservazioni dirette): si guardano i capelli, le mani, il collo,
gli orecchi, la faccia, i denti. Se il vestito è trascurato, stracciato,
scucito, se manca di bottoni, se è impolverato; se le scarpe sono
sporche ecc. Si fanno osservare tra loro i bambini. Si abituano poi a
osservare se stessi e a mostrare le loro condizioni di proprietà.”
(9)ibidem, p.244.
(10)ibidem, p.98. “Così i bambini imparano a muoversi tra i mobili, con
compostezza e riguardo.”
(11)Grazia Honegger Fresco, op.cit., p.88.,《esplosione della lettura e
della scrittura》.
(12)ibidem, p.91. “sono ugualmente decise a ricercare nuove forme di
cura dell’infanzia.”
(13)Anna Maria Maccheroni, Come conobbi Maria Montessori, Edizione《VITA
“
DELL’INFANZIA》
, 1956, p.49. 《Ha
scritto un libro?》
《Ma lei può morire
− 44 −
論文
e tutto questo andrebbe perduto》
. La dottoressa godeva buona salute.”
(14)Maria Montessori, Il segreto dell’infanzia, Garzanti, 1992, p.193.
“Essi avevano imparato a tenersi a tavola come principi e anche
avevano imparato a servire a tavola come camerieri di alto rango.
Il pranzo che non attraeva più per l ’ alimento, attrasse per lo
spirito di esattezza, per l’erercizio dei movimenti controllati, per
le conoscenze che elevano: e a poco a poco anche il bell’appetito
infantile risorse insieme ai sonni tranquilli. Il cambiamento di
questi bambini, dava una profonda impressione: essi si vedevano
saltellare trasportando oggetti nel giardino, spostare il mobilio
di una stanza sulla piazzetta fuori sotto gli alberi, senza niente
rompere, senza urtare, mostrando un viso animato e allegro. ”
(15)ibidem, p. 193. “Questi bambini mi fanno l’impressione di convertiti.
…Non c’ è conversione più miracolosa di quella che fa superare la
melanconia e l’oppressione, e trasporta in un piano di vita più alto.”
(16)Edizione critica, op.cit., p. 191. “Quello che è un individuo annientato,
non disciplinato.”
(17)ibidem, p.191. “padorone di se stesso.” ,“può disporre di sè.”
(18)ibidem, p.193. “ L ’ umanità che si manifesta nei suoi splendori
intellettuali nella tenera e gentile età infantile, come il sole si
manifesta all ’ alba e il fiore al primo spuntar di petali, dovrebbe
essere rispettata con religiosa venerazione: e se un atto educativo
sarà efficace, potrà essere solo quello tendente ad aiutare il complete
dispiegamento della vita.”
(19)ibidem, p.432.
(20)ibidem, p.347. “ Infatti coi miei metodi la maestra insegna poco,
osserva molto, e,sopra tutto, ha la funzione di dirigere le attività
psichiche dei bambini e il loro sviluppo fisiologico. Perchiò io
ho cambiato il nome di maestra in quello di direttrice. … La sua
direzione è ben più profonda e importante di quella che comunamente
s’intende: poichè questa maestra dirige la vita e le anime. ”
(21)ibidem, p.120. “Bisogna saper chiamare entro l’anima del fanciullo,
− 45 −
l’uomo che vi sta assopito. Io ebbi questa intuizione: e credo che non
il materiale didattico, ma questa mia voce che li chiamava, destò i
fanciulli, e li spine ad usare il materiale didattico e a educarsi.”
(22)ibidem, p.87. “ Egli infatti imparerà dal fanciullo stesso i mezzi
e la via per la propria educazione; cioè imparerà dal fanciullo a
perfezionarsi come educatore.”
(23)ibidem, p.65. “Le manifestazioni dei bambini, debordanti dai rigidi
limiti delle ricerche, mostravano qualcosa di nuovo, di vivente che
zampillava fuori dai miei tentative, come farebbe una polla d’acqua
sorgiva da una roccia. Io, in buona fede, come il semplice Aladino,
avevo creduto di tenere in mano una lampada capace al più di condurmi
in un luogo ancora inesplorato; ma la cosa che trovai inaspettatamente,
fu il《tesoro》nascosto nelle profondità dell’anima infantile.”
(24)Come conobbi MARIA MONTESSORI, op.cit., p.87. “Il motto della
Dottoressa era: aspettare, osservando.”
(25)Il segreto dell’infanzia, op.cit.,p.141. “Senza il bambino che l’aiuta a
rinnovarsi, l’uomo degenerebbe. Se l’adulto non cerca di rinnovarsi,
una dura corazza si va formando attorno al suo spirito e finisce
col renderlo insensibile: e in questo insensato modo il suo cuore si
perderà!”
(26)ibidem, p.141. “hanno bisogno di un nuovo essere che li svegli e li
rianimi con l’energia fresca e viva che in essi non esiste già più: un
essere che si comporti diversamente da loro, e dica loro ogni mattina:
”
《Alzatevi per un’altra vita, imparate a vivere meglio.》
(27)Marjan Schwegman, Maria Montessori, il Mulino, 1999, p.118.
《Io prego i cari bambini che possono tutto di unirsi a me per la
costruzione della pace negli uomini e nel mondo.》
− 46 −
論文
モンテッソーリ教師論の現代的意義
中田 尚美
(神戸海星女子学院大学)
はじめに
モンテッソーリ教育はアメリカにおいて独自の発展を遂げてきた。近年
「アメリカン・モンテッソーリ」に加え、
「モンテッソーリ・モデル」とい
う表現が見られるようになってきた。それは、モンテッソーリ教育が、学
校内のカリキュラムだけにとどまらず、教師養成・教師資格、学校と社会
(1)
との関連など、モデルとなりうる基本的要素を提供できるからであろう。
アメリカにおいては保育の質について、就学後の良い学業成績と子ども
の社会性の発達を保障するものと考えられている。それは、言語能力・知
的能力・身体的能力・社会的有能性を備え、自立と協調のバランスがと
れ、情緒的に健康であることを意味する。安全で健康的なケア、発達にふ
(2)
さわしい刺激、信頼できる大人との相互関係などが子どもの発達を促す。
しかしながら、アメリカのみならず、わが国においても、モンテッソーリ
(Montessori, M., 1871-1952)の教育理論は、しばしば教育学者や心理学者
に誤解され、それが本来もつ深い意味や教育現実への影響力が失われてし
まうことが少なくないように思われる。本稿は、認知発達心理学者のリラー
ド(Lillard, A. S.)による先行研究に依拠しながら、モンテッソーリ教育の
有効性を実証する近年の発達心理学研究の知見を紹介し、モンテッソーリ
教師論の現代的意義を鮮明に浮かび上がらせることを意図している。
リラードは、2005 年に出版された著作『モンテッソーリ―天才の背後
の科学(Montessori-The Science behind the Genius)』において、近年の
発達心理学研究を通してモンテッソーリ教育の有効性が実証され、再認識
されたことを明らかにしている。モンテッソーリは、教師や親がどう振る
舞うべきかについて非常に明確な指針を示しているが、リラードによれば、
モンテッソーリのその見解は、近年の発達心理学研究が示す子どものより
良い成果(outcome)と結びつく大人の行動に関する知見と一致している(3)
という。
本稿では、リラードによる先行研究を踏まえ、モンテッソーリの主張と一
− 47 −
致する近年の発達研究の三つの知見を取り上げる。すなわち、第一に、
「安定
した愛着(secure attachment)
」に寄与するエインズワース(Ainsworth, M. D.
S.)の「敏感性(sensitivity)
」の概念、
第二に、
バウムリンド(Baumrind, D.)
によって理想的な養育態度とされた「権威ある養育態度(authoritative
parenting)
」
、第三に、ドゥエック(Dweck, C. S.)の学習意欲に関する理
論である。本稿では、これらの知見を検討し、モンテッソーリの子どもと
教育に対する深い洞察を明らかにすることによって、彼女が親や教師に求
めたものが現代的意義をもつことを論証したい。
1.安定した愛着
1-1 エインズワースの敏感性の概念
アタッチメント(attachment)とは特定の対象に対する情緒的絆であ
り、
「愛着」と訳されている。しかし、それは単に情緒的絆を指す概念で
はなく、乳幼児が愛着対象に世話や保護を求め、愛着対象を安全基地とし
(4) て利用し、その存在によって安心感を得るという関係性である。
ボウル
ビイ(Bowlby, J.)は施設収容児の研究から母子間の愛着の重要性を明ら
かにしたが、愛着の個人差に注目したのは、彼の共同研究者であるエイン
ズワース(Ainsworth, M.D.S.)である。エインズワースらは愛着の個人差
を測定するために、ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation
Procedure)という観察法を考案した。
それは、2 回の母子分離と再会を経験するというストレスを乳児に与え、
分離と再会の場面における乳児の反応を観察しようとするものである。そ
の結果、1)母親を安全基地として利用することができるために、一時的
に別れて不安になってもある程度は自立して行動ができ、再会に際して母
親を歓迎する安定群= B タイプ、2)母親を当てにしないために、分離し
ても泣かず、再会に際しても母親を避けるなど母親との結びつきの薄い回
避群= A タイプ、3)分離で激しく泣き、再会場面では身体接触を求める
が、同時にたたくなど怒りの感情も示すアンビバレント群= C タイプ、と
(5) いう三つの愛着パターンが見いだされたという。
B タイプは、「安定した
愛着」
と呼ばれ、
積極的な発達の結果を予測する。一方、A と C タイプは、
「不
安定な愛着」と呼ばれ、子どもが落ち着いてまわりの物事に取り組みにく
いために、特に社会性の発達や学校の学習にとって阻害要因になりやすい
− 48 −
論文
(6)
ことが指摘されている。
ここで問題になるのは、このような愛着の個人差を生み出す要因は何か
ということである。エインズワースは、1)乳児の信号行動への敏感性―
鈍感性(sensitivity-insensitivity)
、2)乳児の要求への受容―拒否、3)乳
児の行動への協調―干渉、4)乳児にとっての近づきやすさ―無視の四次
元を尺度化し、それが愛着パターンと関連することを明らかにした。なか
でも乳児の信号行動への敏感性尺度は、1)乳児の信号を感知する、2)適
切に解釈する、3)適切な行動を返す、4)即時に反応する、の四つの側面
を評定するものであり、これら四次元は互いに強い相関を示すことから、
(7)
後の研究では、この「敏感性尺度」が主として用いられるようになった。
エインズワースによれば、敏感性とは、乳児の発する信号に対して、適
切に関知し、適切な行動を適切なタイミングで返すことであり、関係のス
ムーズさや楽しく関わるといったこととは関係ない。むしろ、乳児を主体
として扱うか、つまり、乳児が発する信号、乳児の内的世界をきちんと認
めるかどうかが問題である。母親が乳児の信号を無視したり、過剰に命令
的であったり干渉したりするなら、母親に対する安定した愛着を形成する
ことは難しい。
以上述べたように、母親の敏感性が安定した愛着を形成する要因である
ことをエインズワースは明らかにしたが、これは父親や教師といった他の
養育者にも適用できる。また、同じ原理がより年長の子どもとの関係にも
適用できる。
次に、エインズワースの敏感性の概念とモンテッソーリの教師論とを比
較してみよう。
1-2 モンテッソーリ教師の敏感さと温かさ
母親の敏感性の前提にあるのは、母親が乳児の興味に注意を払い、常に
乳児から離れないで関わることであった。モンテッソーリも教師に同様の
ことを要求している。
「教師は、子どもに対する愛情と信頼を証明するた
めに、子どもに呼ばれたときは、いつでもそこにいなければならない。常
(8)
にそこにいること、存在すること、これがすべてである」
と。
愛着関係が形成される中心的な時期は、子どもが「子どもの家(Casa
dei bambini)
」に入る前であるが、同じ原理は年長児にも当てはまる。子
− 49 −
どもが年長になっても、安全な避難所が必要であることに変わりはない。
そして子どもがさらに遠くへ冒険することができるためには確かな安全
基地が必要である。モンテッソーリは次のように述べている。「たしかに、
幼児は自分の環境で、自分の活動を通して成長していく。しかし、同時に、
物質的な手段、様々な指導や理解なども必要としている。これらの必要品
を提供するのは大人である。もし大人がそれらを必要とされるより少なく
提供するなら、幼児は自分ひとりで有効に行動することができない。反対
に、大人が必要以上のことをすれば、幼児に無理強いするか、あるいは創
(9)
造的な衝動を失わせてしまうことになる」
と。
大人は、子どもが必要とするときはいつでも避難所としての役割を果た
さなくてはならない。ただし、子どもが探検する準備ができたら、子ども
の独立へのニーズ、すなわち「
『ひとりでできるように手伝ってね!』と
(10)
いう子どもの発達の最重要なニーズ」
に敏感であることが求められる。
子どもの内的な状態を示す行動面の表出に気づき、それにどう対応するか
を判断するために、モンテッソーリ教師は、非常に注意深く子どもを観察
する必要がある。モンテッソーリによると、
「教師がもつべき基本的な資
(11)
質は観察の能力」
なのである。
また、敏感性は乳児の視点に立って乳児の内面に思いをはせる能力と関
連している。近藤らが指摘するように、乳児の視点から物事を見て、乳児
の気持ちや意図に即した行動ができるようになるためには、母親の乳児に
対する思い込みや決めつけ、乳児の内面の洞察を阻む防衛機制について取
り上げ、話し合うことが必要となる。また、実際の乳児の行動を見ながら
(12) 乳児の内面に思いをはせ、母親の気づきを促すことも必要であろう。
モ
ンテッソーリも教師に対して、自分のニーズで子どもの信号を誤解しない
(13)
ために自己理解を深めるように忠告している。
以上、モンテッソーリが、安定した愛着をもつ子どもの親を連想させる
ような温かさと敏感さを大人や教師に求めていることについて述べた。
2.養育態度
2-1 バウムリンドの養育に関する研究
バウムリンドは、親の養育態度を、子どもに対する「受容性」と「統
制性」という二次元で分類し、それと子どもの行動傾向や性格との関連
− 50 −
論文
を検討した。その結果、以下の四つの養育態度を見いだした。すなわち、
権威ある養育(authoritative parenting)
、権威主義的養育(authoritarian
parenting)
、許容的養育(permissive parenting)
、無関心な養育(neglecting
(14)
parenting)の四つである。
バウムリンドによるこの四分類は現在最も一
(15)
般的な養育態度として知られている。
無関心な養育は、いわゆる放任であり、受容も統制も低い。この養育態
度で育てられた子どもは、セルフコントロールがうまくできず、自律性の
問題を起こしやすい。許容的養育は、場面の構造化や達成期待は低く、温
かさや応答性は高い育児態度である。過度に寛容な親の行動は反抗的で、
不従順で何も達成できない子どもの行動を生み出すという。権威主義的養
育は高度な場面の構造化と高い達成期待をもって行われるが、温かさや応
答性は低い育児態度である。同調や服従を強く求める親の行動は、子ども
の不安や引っ込み思案、不器用な行動、敵意などを生み出すという。
最後に、権威ある養育は、温かさや応答性と結びついた、適度な場面の
構造化と期待によって特徴づけられる養育態度である。親と子どもで取り
決めた枠内においては、子どもの自立的行動を励ますような養育態度であ
り、子どもの高い認知的、社会的能力や明確な情緒的適応を生み出す。そ
のため、バウムリンドは権威ある養育を理想的な養育態度であるとした。
子どもは、明確で堅実なガイドライン、丁寧なコミュニケーション、そし
て情緒的な温かさを与えられたとき、知的社会的情緒的に良好な発達を遂
(16)
げることができるのである。
次に、バウムリンドの知見とモンテッソーリの教師論を比較してみよう。
2-2 モンテッソーリの境界内における自由
権威ある養育において、親は子どもの行為に必要な制限は与えるが、基
本的には子どもの自立性を支援する。モンテッソーリも同様に、明確な境
界と限界のある環境の中で子どもに自由を与えるよう要求している。すな
わち、「青少年には、個人のイニシアティブをもって行動する自由が与え
られなければならない。しかし、個人の行動が自由であるのと同時に有益
でもあるためには、その行動には必要なガイダンスとなるある一定の限界
(17)
と規制によって制限がなされなければならない」
と。
権威ある養育は子どもに高い基準を設ける。モンテッソーリ教師論にお
− 51 −
いても、子どもは、学業的にも社会的にも多くを達成するよう期待され
ている。モンテッソーリによると、大人は子どもに現実の生活を与えず、
おもちゃとおとぎ話を与えるだけでほとんど期待しない。しかし、もし
子どもがおとぎ話を想像できるなら、どうして彼らに見ることができな
い現実の地球の一部、例えばアメリカ大陸を想像するよう求めないのだ
(18)
ろうか。
おとぎ話ではなく、現実の活動に興味を示すことによって、子
どもは繰り返し彼女を驚かした。彼女は、読み書きだけでなく、地理学、
植物学、幾何学などの教材を提供することによって、子どもの活発な知的
欲求に応えたのである。
また、モンテッソーリによれば、子どもは「愛と希望をもって見つめる
(19)
教師」
をもたねばならない。しかしそれと同時に、環境を管理し、秩序
を維持することは教師の最優先事項である。彼女は、許容的な大人が間違
いやすい点について次のように指摘している。
「もし、自由が子どもを好
きなようにふるまわせることだと理解されるなら、(中略)逸脱だけが自
(20)
由に発達することは明らかである」
。
許容的な大人は、しばしば子ども
の友達のように振る舞う。モンテッソーリは、
これを危険だと見なした。
「教
師は優れているべきであり、単なる友人であってはならない。子どもは威
厳があり、成熟した人を必要としている。もし彼らに権威がないなら、指
(21)
導することができない。子どもは、この支えを必要としている」。
何人
かの大人がこの点で過ちを犯す。彼らは環境を管理せず、子どもに秩序を
身につけさせようとしない。
反対の過ちは、権威主義的な両親を連想させるようなやり方で、方法に
厳しくこだわりすぎることである。モンテッソーリは、権威主義的なスタ
ンスにも反対して、次のように述べている。
「教育は、大体において子ど
もの意志を抑圧するか、束縛する方向に向いている。そして子どもの意志
(22)
を教師の意志で置き換える。これは子どもから絶対的な従順を要求する」
と。このような傾向に反対して、モンテッソーリは「われわれは、個人の
(23)
性格、知性、感情を直接形成することはできない」
と主張している。
以上、教師の振る舞いに関するモンテッソーリの考えが、今日の理想的
な養育態度に関する研究に一致しているということについて述べた。
− 52 −
論文
3.子どもの学習観と知能観に与える大人の影響
3-1 ドゥエックの学習理論
先に述べた愛着や養育態度に関する研究は、大人の行動によっていかに
子どもの成果が異なるかを扱っている。一方、ドゥエックの研究は、子ど
もの学習観と知能観が大人のフィードバックによっていかに変化するかを
(24)
扱っている。
ドゥエックによれば、誰もが旺盛な学習意欲をもって生まれてくる。し
かし、3 歳半くらいになるとチャレンジを恐れ、学ぶチャンスを退ける子
どもが出てくるという。彼女は、失敗したときに「無力感(helpless)」を
示す子どもと「熟達志向(mastery-oriented)
」を示す子どもがいることを
研究の中で明らかにしている。熟達志向型の子どもは、チャレンジを求め、
(25)
失敗に直面しても、それを学習の機会と見なして粘り強く取り組んでいく。
一方、無力感型の子どもは、失敗するとチャレンジから退き、その代わり
により簡単な課題を選ぶ。彼らは、失敗や間違いを悪いことと捉え、でき
(26)
ない自分は悪い子と思ってしまう傾向があるという。
ここで重要なことは、大人の評価的な見方、批判や賞賛が、子どもの無
力感、学びに対する意欲の喪失に大きな影響を与えていることを彼女が明
らかにしていることである。例えば、教師の批判に傷ついた幼児は自分を
責め、自分の作品を低く評価するようになったという。さらに彼女は、
「だ
め」「上手」「いい子」「かしこい子」など、子どもの特性や結果を評価す
るような大人の子どもに対する対応も、子どもの無力感を促進すると主張
(27)
している。
さらにドゥエックは、失敗に対して無力感を示す子どもと熟達志向を
示す子どもの根底には、異なる知能観があると指摘している。前者は知能
の「実体理論(entity theory)
」をもち、知能はもって生まれたもので努
力しても変わらないと考えている。後者は知能の「増大理論(incremental
theory)」をもち、知的能力は可変的であり、努力によって変えうるもの
(28) と信じている。
このような知能観の違いによって、子どもの学習意欲や
学習行動、ひいては成績に大きな違いが出てくることは言うまでもない。
したがって、鈴木が指摘しているように、困難に直面しても粘り強く取
り組んでいく熟達志向を育んでいくためには、大人が能力を固定的に捉え
るのではなく、子どもの学びの意欲と成長の可能性を信頼する柔軟な見方
− 53 −
(29)
へと子どもの見方を転換していくことが重要になるだろう。
3-2 モンテッソーリ教育における熟達志向
ドゥエックの研究は、子どもが大人の評価に非常に敏感であり、評価に
よって大きな影響を受けることを明らかにした。ほめることを含め、子ど
もを全面的に評価してはならないと忠告することにおいて、モンテッソー
リの見解は、ドゥエックの研究が示唆していることと一致している。彼女
は次のように述べている。
「人に賢いとか不器用とか、利発だとか愚かとか、
善良か性悪かなどというのは裏切りの一形式である。子どもは何ができる
かは自分でわからねばならない。それで彼に教育の手段だけでなく、彼の
誤りを告げる指示者(indicators)をつけてやることも大切である。(中略)
よくすることへの子どもの関心と、自分で絶えず点検したり、テストした
(30)
りするのは、その進歩を確保するのに彼にとって大切である」。
モンテッソーリ教師は、子どもを評価しない。子どもに批判的なフィー
ドバックを与えるのは、教師ではなく環境であり、とくに特別に構成され
た教具なのである。教具は子どもの誤りを制御し、それを子どもに示す。
自己訂正が可能な教具によって、教師と子どもは評価的な関係から自由で
あることができる。パーキンソン
(Perkinson, H. J.)が指摘するように、
「教
師からの生徒へのフィードバックは生徒を、とりわけ幼児を怖がらせ、抑
(31)
圧することになりがちである」
が、
「子どもの家」では、そのようなこ
とは生じない。教師は評価も訂正もしない。
「モンテッソーリ・クラスは
(32)
自由な環境で、子どもを判断する教師から解放されている場所」
なので
ある。
また、モンテッソーリは誤りに対して寛大であった。「誤りに対して親
近感を養い、誤りを私たちの生活から切り離せない仲間のように、何かあ
(33)
る目的をもつものとして取り扱うことはよいことである」
。
赤ん坊が歩
いてはつまずき、また起き上がってはよろめきながら前に進んでいくよう
に、子どもは誤りを訂正しながら自ら学んでいくとモンテッソーリは主張
する。彼女は次のように述べている。
「子どもは言うであろう。
『私は完全
ではない、万能ではないが、できることと知っていることがたくさんある。
私は間違いをすることも、自分でそれをすることも知っている。これが私
(34)
の行く道だ』」
と。
− 54 −
論文
リラードが指摘しているように、間違いは貴重である、なぜならば、そ
れらから学ぶことができるからであるというモンテッソーリの考えは、学
習に対する熟達志向に一致している。子どもが教具によって自分の誤りを
発見し、大人から評価されるためでなく、それ自身の目的のために教具を
(35)
マスターしようとすることは、子どもを熟達志向に導いていくのである。
おわりに
近年の発達心理学研究は、愛着と養育態度に関して、敏感で応答的な関
わりが子どもの最良の成果と関連していることを明らかにしている。大人
が明確な制限を子どもに与え、限界の中で子どもを自由にするとき、そし
て高い期待を維持しながら子どもの欲求に敏感に反応するとき、子どもは
高いレベルの成熟と達成と他の望ましい特徴を示す。また、大人の評価的
な見方は子どもの学びの意欲を削ぎ、無力感を生じさせることが分かって
いる。
これらの知見は、モンテッソーリの見解と一致している。まず、モンテッ
ソーリ教師の温かく敏感な関わりは、モンテッソーリ教育における良質な
教授の一部分として重要である。モンテッソーリが指導した「子どもの家」
では、一人ひとりの子どもが、安全で、愛されていると感じ、細やかな配
慮を受け、教師に対する信頼関係の中でくつろぐことができた。
「子ども
の家」の教師と子どもたちの間にある愛情のこもった関係は、はっきりと
目に見えるものであった。モンテッソーリは、子どもたちが「教師のひざ
(36)
に腕を投げかけるときの、また彼女をかがませて接吻するときの」
情熱
ぶりを書き留めている。初期の愛着関係が様々な学習の基礎となっており、
言語や認知の発達に影響を及ぼすことは周知の事実であるが、「子どもの
家」における教師と子どもたちを結びつける愛情は彼らの学習の前提条件
であったということができる。
次に、モンテッソーリの教育方法は、自由遊びで過度の放任をするか、
逆に大人が指導し模倣を強いるかというような両極端の在り方のいずれも
とるものではない。モンテッソーリは、親と教師に明確な境界と限界のあ
る環境において子どもに自由を与え、自由と統制の微妙なバランスを維持
しながら子どもの自立を促すよう求めている。常に高い期待をもち、適切
に構造化された環境を子どもたちに提供し、彼らの行為が建設的でないと
− 55 −
きだけ介入する大人は、社会的・道徳的に成熟した子どもを育てることが
できる。
最後に、自己訂正が可能な教具によって、大人と子どもは評価的な関係
から自由である。教具によって自分の誤りを発見し、それ自身の目的のた
めに教具をマスターしようとする子どもは、失敗してもそれを学習の機会
と見なし、粘り強く課題に取り組み、困難に直面しても学びに対する意欲
を失うことがない。
以上のことから、モンテッソーリが教師や親に求めたものが、現代的意
義をもつことが明らかになったであろう。
注
(1)甲斐仁子「アメリカのモンテッソーリ教育」
、クラウス・ルーメル編『モ
ンテッソーリ教育の道』学苑社、1993 年、49 頁。
(2)テルマ・ハームス、デビィ・クレア、リチャード M. クリフォード著
埋橋玲子訳『保育環境評価スケール①幼児版 改訳版』法律文化社、
2008 年、108-109 頁。
(3)Lillard, A.S.“Montessori-The Science behind the Genius”(Oxford
University Press, 2005)
,pp.257-288.
(4)数井みゆき・遠藤利彦編著『アタッチメント―生涯にわたる絆』ミネ
ルヴァ書房、2005 年、1-22 頁。
(5)同書、49-54 頁。
(6)渡部信一編『学びの認知科学事典』大修館書店、2010 年、147-150 頁。
(7)Ainsworth, M.D.S. Blehar, M.C., Waters, E. & Wall, S. Patterns
of attachment: A psychological study of the strange situation
(Erblaum, 1978)
,pp.142-144.
(8)Montessori, M., The child in the family.(New York: Avon, 1956)
,p.76.
(9)Ibid, p.154.
(10)Montessori, M., From childhood to adolescence.(New York:
Schocken, 1948/1976)
,p.103.
(11)Montessori, M., Spontaneous activity in education :The advanced
Montessori method.(New York: Schocken, 1917/1965)p.130.
− 56 −
論文
(12)近藤清美 井上望 中野茂 草薙恵美子「アタッチメントに関わる母
親の敏感性概念の検討」
『北海道医療大学心理科学部研究紀要』No2,
2006 年、21 頁。
(13)
Montessori, M., The secret of childhood.(NewYork:Ballantine, 1966)
,
p.149.
(14)
B a u m r i n d , D .(1989) R e a r i n g c o m p e t e n t c h i l d r e n , C h i l d
development today and tomorrow.pp.349-355.
(15)むろん、親の養育態度によって一方的に子どもの行動傾向や性格が決
まるわけではない。これらの養育態度は、子どもと親との相互作用の
結果生じた比較的安定した養育態度と考えるべきである。桜井茂男『自
ら学ぶ意欲の心理学』有斐閣、2009 年、165-168 頁。
(16)
Baumrind, D.(1989)
,pp.370-371.
(17)
Montessori, M.(1948/1976)
,p.113.
(18)
Montessori, M., The absorbent mind.(NewYork:Henry Holt, 1967),
p.177.
(19)
Montessori, M., The child, society, and the world : Unpublished
speeches and writings.(Oxford:Clio, 1989),p.79.
(20)
Montessori, M.(1967)
,p.250.
(21)
Montessori, M.(1989)
,p.17.
(22)
Montessori, M.(1967)
,p.252.
(23)
Montessori, M.(1917/1965)
,p.9.
(24)
Lillard, A.S.,(2005)
,p.273.
(25)
Carol.S.Dweck, Self theories, their role in motivation, personality,
and development(Taylor &Francis, 2000)
,p.1.
(26)
Ibid., pp.94-95.
(27)
Ibid., pp.107-115.
(28)
Ibid., p.98. & p.105.
(29)鈴木佐喜子『乳幼児のかしこさとは何か』大月書店、2010 年、114120 頁。
(30)
Montessori, M.(1967)
,p.250.
(31)パーキンソン著 平野智美・五十嵐敦子・中山幸夫訳『誤りから学ぶ
教育に向けて』勁草書房、2000 年、137 頁。
− 57 −
(32)
同書、132 頁。
(33)
Montessori, M.(1967)
,p.246.
(34)
Ibid., p.249.
(35)
Lillard, A.S.(2005)
,pp.277-278.
(36)
Montessori, M., The Montessori method.(New York: Schocken,
1912/1964)
,p.278.
− 58 −
論文
戦後日本におけるモンテッソーリ教育の
展開過程に関する研究
―カトリック教育協議会内「モンテッソーリ研究会」
の活動展開を手掛かりにして―
竹田 恵
(横浜保育福祉専門学校)
はじめに
1912 年(明治 45 年)
、
『萬朝報』
(第 6633 号)で日本に初めて紹介され
たモンテッソーリ教育は教育現場と研究者の間に関心を呼んだが、戦前の
(1)
日本においては定着することなく衰退し影を潜めた。
その後、アジア・
太平洋戦争を経た 1950 年代以降に再評価・再導入の動きが生じることに
なるが、
復活の底流にある複数の動向(2)の中でカトリック教育協議会内「モ
ンテッソーリ研究会」の活動展開は、上智大学教授ペトロ・ハイドリッヒ
神父(1901-1990)の社会福祉構想とともに、見逃すことができない動向
であると考えられる。同研究会は 1962 年(昭和 37)4 月に塚本伊和男、
武市八十雄、中村清子、三宅みちらカトリック教育協議会の関係者が発起
(3)
人となり立ち上げられ、
「日本モンテッソーリ協会」
(1968 年)の設立や「上
智モンテッソーリ教員養成コース」
(1970 年)の創設に伴いその役割を終
えている。同研究会は、
「モンテッソーリ幼児研究会」
「モンテッソーリ教
育研究会」などの名称で呼ばれることもあったが、本稿では月刊新聞『カ
トリック教育』の広告欄にモンテッソーリ教育法研究資料の取次先として
(4)
掲載された「カトリック中央協議会内『モンテッソーリ研究会』
」
を根拠
に「モンテソーリ研究会」
として論じてゆく。本研究の目的は「モンテッソー
リ研究会」の活動展開が戦後日本におけるモンテッソーリ教育の再導入に
どのようにつながったのか、その諸相を明らかにすることにある。吉岡剛
を初めとする先行研究において、
「モンテッソーリ研究会」の活動展開に
関する記述は多いとは言えず、これまで十分に検討されることはなかった。
戦後日本におけるモンテッソーリ教育運動の組織化の端緒とも考えられる
この動向に着目することは、モンテッソーリ教育再導入の全体像を捉える
− 59 −
上で意義のあることだと考えられる。
1.
「カトリック教育協議会」の設立とその事業
1952 年(昭和 27)宗教法人法の公布と施行に伴い、「カトリック中央
(5)
協議会」
は全国の小教区・修道院などを包括する宗教法人に衣替えした。
また「カトリック教育協議会」は 1956 年(昭和 31)5 月に、
「カトリッ
ク中央協議会」教学部の活動を“援助する”団体として「カトリック中央
(6)
協議会」の下部組織という位置づけで組織された。
事務局はカトリック
中央協議会内に置かれ、会務を執行する理事長には東京カトリック神学院
院長のクラウス・ルーメル神父(7)が選任された。
「カトリック教育協議会」
が組織化された主要な理由としては、
(1)
「カトリック中央協議会」教学
部の活動に対する学校側の期待が高まってきたこと、
(2)国家の教育行政
に対してカトリック教育側が意見や要望をまとめて臨む必要が生じたこと
(8)
などが挙げられる。
また、1956 年(昭和 31)5 月に上智大学で関東地区教育協議大会が開
催された折に、「カトリック幼児教育連盟」
(1953 年設立)の存続に関す
る討議(司会 ルーメル神父)が行われ、参加者多数が幼児保育者の緊密
な連絡機関の存続を希望し、
「カトリック教育協議会」の傘下に入る提案
(9)
に賛同した。
結成時から委員を務めていた「横浜みこころ幼稚園」園長
の中村清子(10)は、引き続き新体制でも運営委員の任を負うことになった。
それ以降、「カトリック幼児教育連盟」は「カトリック教育協議会」の下
(11)
に統轄され、連絡委員の人選も同協議会に一任されることになった。
「カトリック教育協議会」は、1956 年度、下記枠内の事業を行った。
カトリック学校教育の統計調査、教育上の資料その他の広報連絡、教
職員の紹介斡旋、教科書教材の研究調査、地方研究集会への補助、学
校名簿の刊行、月刊新聞『カトリック教育』(エンデルレ書店発行)
の編纂、保育雑誌『こどもの世界』
(至光社発行)その他保育資料の
監修
1957 年(昭和 32)以降毎年、
「カトリック教育協議会」主催の「関東地
区大会幼児教育分科会」および「カトリック保育研究会」が上智大学と聖
− 60 −
論文
心女子大学などを会場として開かれるようになり、全国からカトリック幼
児教育関係者が参加した。研究会ではルーメル神父が開会の挨拶を行い、
(12)
(13)
塚本神父、
中村、三宅、
武市(14)が司会や講師を引き受けた。協議会が
保育雑誌『こどもの世界』
(至光社発行)および他の保育資料の監修をし
ていたことから、至光社の武市は同協議会の活動に関わっていた。1957
年(昭和 32)から 1961 年(昭和 36)までの間、宗教教育、教理指導、道
徳教育、保育内容、心理としつけ、知能テストなどが講習の題目として挙
(15)
げられている。
2.
「モンテッソーリ研究会」の設立
アジア・太平洋戦争中に閉鎖あるいは罹災などにより全国の幼稚園や保
育所数は激減したが、敗戦後徐々に復興し、1950 年代には、幼稚園、保
育所ともに国民の間から増設を望む声が高まっていた。当時、園数の確保
を優先した結果、質的な保証が後回しとなる状況も見受けられた。また、
教育行政においては戦後教育を見直し、計画的かつ系統的な教育課程を編
成しようという機運が高まっていた。文部省の教育統計によれば、1961
年度、全国で 7,359 あった幼稚園数のうち私立幼稚園は 4,674 園、幼児総
数 799,085 人のうち私立幼稚園児は 557,667 人(16)で、私立幼稚園の占める
割合は大きい状況にあった。世界的にも就学前教育の振興普及の機運が高
まり、1961 年(昭和 36)6 月には参議院、翌年 5 月には衆議院の文教委
(17)
員会で幼稚園教育振興の決議が行われた。
このような動向のもとで文部
省は 1964 年度(昭和 39)から第 1 次「幼稚園教育振興計画」
(7 カ年計画)
に基づく計画的整備を図った。文部省はあらかじめ「幼稚園関係 5 団体(18)
(19)
からなる幼稚園教育振興協議会を設置し、これに試案を示し意見を求め」
幼稚園教育振興協議会の要望の線に沿った振興計画を考えていた。しかし
公立幼稚園が増加することに危機感を抱いた私立幼稚園側は、1963 年(昭
和 38)8 月に「幼稚園教育振興に関する要望書」を作成し、文部省に送っ
(20)
ている。
このような状況下、私立幼稚園側は園の存続・維持に向けて、
独自の保育方法および内容に関心を向けるようになったのではないかと考
えられる。
1962 年(昭和 37)1 月に塚本神父は「カトリック中央協議会事務局次長」
(21)
に就任し、
「カトリック幼稚園の現状と課題」と題する文書をまとめた。
− 61 −
塚本神父は「カトリック幼稚園の発展の過程のあらましを眺めながら、日
本の幼稚園教育における地位、さらに今後の課題を統計の表出によって考
(22)
察」を行っている。
(以下要約)
1910 年(明治 43)に日本で初めてのカトリック系幼稚園が 6 園開
設された。プロテスタント系幼稚園に比べるとかなりスタートは遅れ
たものの、その後急速にカトリック幼稚園は発展し大正末期に幼稚園
全体の僅か 1.04%にすぎなかったものが、1962 年(昭和 37)には幼
稚園全体で 5.92%、私立幼稚園内では 9.29%を占めるまでになった。
幼稚園は今経営・保育技術の面で過渡期にあると言われているが、カ
トリック系幼稚園の場合はそれに加えて保育方針や保育内容について
反省すべき時期に来ているのではないだろうか。カトリック幼稚園は
保育内容の特色が加わって更に社会の信望を受けるように成長する必
要がある。特に公立幼稚園、および一般の私立幼稚園で充分に取り扱
われていないと考えられる躾け、道徳、宗教などの保育内容を充分加
(23)
味したカトリック幼稚園教育要領を研究し明らかにすべきである。
後に塚本神父は、モンテッソーリが「子ども自身が外側からの束縛なし
に、自らの力に目ざめ、それを伸ばす意欲に期待」する一方で、
「放任や
わがままなどの無秩序な自由によっては内的生命の展開は」できず、「秩
序ある自由が必要であることを強調」していたこと、また「自由は善なる
活動を好む自由であって、そこから克己と自主の心が育ち、諸能力の進歩、
(24)
発達が促されることを見逃さなかった」ことを紹介している。
このよう
にカトリック信者であったモンテッソーリが説く教育法に対する塚本神父
の期待の大きさには並々ならぬものがあったと考えられる。
研究会設立のきっかけは 1962 年に武市が絵本の海外版発行の目的でフ
ランクフルト国際書籍展に参加した際に、モンテッソーリ「子どもの家」
を見学したことに遡る。武市はその時に「大人も子どもも全て“永遠の子
(25)
ども”であるという感性の発見」をしたと記している。
武市の妹が「1962
年にアメリカの大学を卒業して 4 年ぶりにヨーロッパ経由で帰国の途につ
いた時…中略…(武市から)ドイツのケルンにあるカトリックのモンテッ
(26)
ソーリ幼稚園を見学してくるように頼まれ」
ていることから、武市がそ
− 62 −
論文
の時期にモンテッソーリ教育の調査を開始していたと考えられる。武市が
塚本神父を訪ねて、
「聖心愛子会」の総長がドイツから持ち帰ったモンテッ
ソーリ教具の研究を提案した際に同席した中村も賛同(27)し、それを受けて
(28)
塚本神父は文献収集を開始している。
学生時代にモンテッソーリ教育に
触れる機会があった三宅は、1960 年に幼児教育の指導書として 19 冊を選
び、その中の 1 冊にモンテッソーリ著『子供の秘密―幼少年期の心の解剖
と育て方』
(日本教文社)を挙げて、
「著者はイタリアの女医・教育家幼児
教育の世界的権威者として著名。1950 年著の本書に見る教育理念は、特
(29)
にカトリック的な教育を志すものの、よい指針となる」
と記している。
3.
「モンテッソーリ研究会」の活動展開
1962 年(昭和 37)4 月、武市、中村、三宅、塚本神父らが発起人となり、
「モンテッソーリ研究会」を立ち上げ、月に一度例会を開くことになった。
研究活動の目的の一つには、上智大学教授のハイドリッヒ神父の導きで渡
欧し、日本人で初めてモンテッソーリ教育の国際資格取得を目指した赤羽
(30)
惠子が帰国した後の受け皿を準備するということもあった。
また、塚本
らは、ドイツのアーヘンで司祭に叙階され、1956 年(昭和 31)に帰国し
た佐久間彪神父(31) にドイツ語文の解説を依頼した。その他、ルーメル神
父、竹早幼稚園主任の高杉自子、
「聖心愛子会」
「サン・モール会」の修道
女(氏名不詳)
、東京精神医学研究所の梅津耕作、後に「善福寺子供の家」
を主宰し「上智モンテッソーリ教員養成コース」の主任を務めた松本尚子
ら 10 名内外が参加し、
「聖心愛子会」から貸与されたモンテッソーリ教具
(32)
を手にしながら研究を進めた。
松本尚子は家族ぐるみの交流があった武
市に誘われてこの研究会に参加したことがきっかけとなり、1963 年(昭
和 38)にモンテッソーリ教育を学ぶためにイタリアに留学し、1967 年(昭
和 42)3 月に国際資格を取得して帰国した。
(33)
『カトリック新聞』
によれば、
「モンテッソーリ研究会」第 1 回研究発
表は「カトリック保育研究会」の 2 日目に当たる 1962 年 7 月 27 日(金)
午前 10 時から、雙葉小学校を会場に参加者 200 名を集めて行われた。
「聖
心愛子会」より提供されたモンテッソーリ教具(34) の紹介が、東京初台に
ある「聖ヨゼフ保育園」の園児 9 名による公開保育の形式で行われ、午後
には武市と三宅が教具の扱い方を披露した。その際に「この遊具が単に知
− 63 −
能テストに流用されてしまうならば、本来の趣旨に背くものである」との
言及がなされた。研究発表の際に研究資料第 1 号「感覚を豊かに」が配布
された。この資料には、モンテッソーリの略伝、現代におけるモンテッソー
リとその考え方、遊具の扱い方の説明などが記載されており、資料が不足
した際の申し込み先は「カトリック教育協議会」となっていた。『カトリッ
ク新聞』
(1962 年 9 月 2 日付)には、研究会で武市の指導により園児が“モ
ンテッソーリ教具”を使用している写真とともに、以下のような報告文が
掲載された。
すでに欧米各国では研究所やその考え方による学校、幼稚園が設立
されて効果をあげているが、日本では、この教育理論はあまり知られ
ていない。…中略…いま、カトリック中央協議会の塚本伊和男神父ら
が中心となり“モンテッソーリ幼児研究会”ができ、カトリック幼稚
園でもその研究の緒につこうとしている。…後略。 『カトリック教育』第 128 号の分科会記録Ⅰによれば、
「モンテソーリ研
究会」第 2 回研究会は、1962 年 11 月 25 日「カトリック教育協議会関東
地区大会」
(於 上智大学)の一部として開催され、研究資料第 2 号「感覚
を生かそう」が配布された。9 月の例会で今までの反省と今後の研究会の
あり方について話し合い、まず理論的な研究をするべきだということに意
(35)
見が一致した。
第 2 号はこの方針に沿って編集され、「正常化」の概念
を中心に、環境構成、教師論、教授法、心理的観察を通した子どもの捉え
方などが掲載された。この号はモンテソーリ著『吸収する心』
『子供の秘
密』と、ニューランド神父および Sr. マリア・アルバンにより提供された
資料に基づいて研究会員がまとめたもので、編集には武市が携わり、翻訳
を乳井久子が担当した。塚本神父はあとがきで、「このモンテッソーリ研
究が表面的な、外面的な理論に終わらないように、より深く、より広くモ
ンテッソーリの教育理論とその実際を学ぼうと励ましあっている次第であ
(36)
る」と記している。
この研究会には、上智大学教授の菊野正隆(上智モ
ンテッソーリ教員養成コース初代委員長)
、神藤克彦(日本モンテッソー
リ協会初代理事長)も発表者として名を連ねた。神藤は「カトリック教育
(37)
の基礎づけをモンテッソーリに求めることができるのではないか」
と述
− 64 −
論文
べ、菊野は 1955 年から 56 年にかけてイタリア留学した際に蒐集したモン
テッソーリ教育関連の原著 20 冊ほどの紹介を行った。1964 年 3 月 20 日
付の「モンテッソーリ研究会」の会員名簿には、会員として菊野の名前が
記されている。
1963 年 5 月 7 日から 9 日に行われた司教会議において、ルーメル神父
はカトリック教育協議会の 1962 年度の活動について報告をした。その中
で、モンテッソーリ研究会の活動が次のように紹介された。
6.モンテッソーリ研究会 昨年はマリア・モンテッソーリが没してから 10 年にあたったが、
昨今モンテッソーリが世界的に注目されているとき、わが国でもカト
リック幼児教育者の間にモンテッソーリ研究の動きが高まってきた。
現在のところ、塚本伊和男師が中心になって定例的に研究会が開かれ、
(38)
すでに研究資料 2 冊を刊行している。
同研究会には、研究助成金も交付されていた。
1.
「モンテッソーリの研究」
モンテッソーリ研究会
(39)
代表者 塚本伊和男 (交付金額 5 万円)
1962 年以降、モンテッソーリ研究はカトリック教育協議会関東地区大
会と全国カトリック保育研究会で取り上げられ、徐々に地方の大会にも波
及して行った(巻末資料 1)
。1964 年以降には、国際ディプロマを取得し
た講師による実践指導を受けることも可能になった。その他、研究会資料、
単行本、翻訳書の発行などが行われた。
「カトリック教育協議会」が編纂
をしていた『カトリック教育』には研究大会の講演要旨や関係者による意
見などが掲載され、研究大会の日程および報告が掲載された『カトリック
新聞』
、至光社の『こどものせかい』
、
『季刊ひろば』とともに、全国のカ
トリック関係者にモンテッソーリ教育を紹介し広める媒体として機能して
いたものと考えられる。
神藤は 1962 年に、モンテソーリは「生命、人間の教育そのものを問題
として」おり、この見地から彼女の教育思想を最も正当なものとして広め
− 65 −
(40)
るべきだと述べている。
また、菊野は留学後、
「イタリアの教育制度の
(41)
紹介、日本の現状の批判、改革案」に関する論文を多く発表した。
その
中で、イタリアの教育との比較から「日本では…中略…子どもの時代に真
の人間形成が行われていない。唯単に知識の注入のみを教育の目的として
いる傾向である。…中略…訓練のみによって、知識を獲得させるだけに終
(42)
わる教育は、精神と人格の発展を中途半端なところに停滞させてしまう」
と記している。また、上智大学文学部教授の霜山徳爾は、1965 年に『カ
トリック新聞』の誌上で、
「モンテッソーリ研究会」が販売の取り次ぎを
(43)
した、
オスワルト著『子供の発見』の書評を書いている。
その中で霜山は、
今、モンテッソーリ教育の再評価が叫ばれてきたことは偶然ではなく、
「多
くの科学的、合理的と称されるあらゆる教育的方法がほとんど出尽くした
その時に今まで古典的とされ時代ものだとされたモンテッソーリの深い洞
察に富んだ教育論が再び高い価値を持ったものとして注目され、今までの
教育が反省されてきたのだ」と述べ、
幼児教育の真髄をなす「何か」を『子
(44)
供の発見』は明瞭に示してくれていると記している。
また、ドイツでモ
ンテッソーリ教員の国際資格を取得し、帰国後、モンテッソーリ教育の普
及活動に力を注いだ赤羽は、
「幼児の人格教育、子どもの本心、魂に触れる
(45)
ような保育実践」を求めてヨーロッパに留学したことを明らかしている。
やがて、神藤、菊野、霜山は、1967 年 12 月に「上智大学モンテッソーリ
研究会」を発足させ、1969 年には、
「上智モンテッソーリ教員養成コース」
設立趣意書に代表者として署名をし、赤羽とともにモンテソーリ教員の養
成に関わることになる。このように見ていくと、「研究会」の組織的な形
成発展の過程で、モンテッソーリの「生命への援助」および「人間形成」
の思想は、重要な視点であったと考えられるのではないだろうか。この点
については、今後の課題とし、さらに実証的な検討を重ねていきたいと考
えている。 〈モンテッソーリ研究会の資料一覧〉
・カトリック幼児教育研究資料 1 1962 年
モンテッソリ幼児研究会編 カトリック教育協議会監修『感覚を
豊かに』
・カトリック幼児教育研究資料 2 1962 年
− 66 −
論文
モンテッソリ幼児研究会編 カトリック教育協議会監修『感覚を
生かそう』
・モンテッソーリ研究資料 3 昭和 38 年 4 月 平塚益徳 モンテッソーリの学校
※ 平塚の原文では學の字が使われている。
[前置き]昭和七年発行の岩波講座第九冊「教育科学」の中で現
九州大学教授平塚益徳氏が、
「モンテッソーリの学校」という題
名の下に、モンテッソーリの教育について論文を発表されている。
以下その要点を紹介し参考資料としたい。
・モンテッソーリ研究資料 4 昭和 38 年 6 月 入 澤宗壽著「近代教育思想史」
(大正三年発行)から 第四篇
十九世紀末より現今に至る教育思想六 モンテッソーリ
マリア・モンテッソーリの略歴 ・モンテッソーリ研究資料 5 昭和 38 年 6 月 乙竹岩造著「近世教育史」
(昭和 25 年発行)から 第三篇 現代
の教育 7 節 モンテッソーリ法
梅根悟編「教育小辞典」から モンテッソーリ法 モンテッソー
リ運動 モンテッソーリ協会
・カトリック幼児教育研究資料 1964 年 1 月 20 日
モンテッソーリ研究会編 『感覚を伸ばそう』
・塚本伊和男著 モンテッソーリ研究会編『しつけと宗教心』中央出
版社、昭和 39 年。
・
「アメリカのモンテッソーリ校見たまま」月刊誌『サイン』6 月号
抄訳。
※研究資料 3-5 については原資料の表記順。他の資料についても手書
きで作成されており、使用された漢字等は統一されていなかった。
4.
「日本モンテッソーリ協会」設立準備会の発足へ
1965 年(昭和 40)足立区に開設されたモンテッソーリ教育法による、
うめだ「子供の家」
(主任 赤羽惠子)は教育関係者やマスコミの関心を
集め、全国から多くの見学者が訪れた。翌年の 1966 年(昭和 41)8 月
17 日から 23 日まで、長崎のレデンプトール幼稚園主任の長沢美知子が職
− 67 −
員 10 名の夏期研修のために講習会開催を要望したことを機に、戦後日本
で初めての「モンテッソーリ教育実践講習会」
(主催:うめだ『子供の家』
(46)
幼児教育研究会)が開催された。
講習会では、ルーメル神父、鼓常良、
三宅みち、塚本神父、山下栄一、赤羽惠子が講師を務め、講演、保育参観、
(47)
教材研究、話し合い、教材アルバム作製などの時間割が組まれていた。
その翌年に開催された第 2 回「上智大学幼児教育研究会」において「日本
(48)
モンテッソーリ協会設立準備会」が発足し、
塚本神父は準備会の発起人
に名前を連ねていたが、1968 年 5 月に異動によりカトリック中央協議会
事務局次長の職を辞している。同様に、
「モンテッソーリ研究会」の活動
も「日本モンテッソーリ協会」
、
および「上智モンテッソーリ教員養成コース」
創設の動向に吸収され、その役割を終えたと考えられる。
おわりに
本稿では、1960 年代のカトリック教育協議会内「モンテッソーリ研究
会」の活動に着目し、戦後日本におけるモンテッソーリ教育の再導入がど
のように展開されたのか、その諸相に光を当てた。その結果、
「モンテッ
ソーリ研究会」は「日本モンテッソーリ協会」の設立と「上智モンテッソー
リ教員養成コース」の創設につながり、戦後日本におけるモンテッソーリ
教育運動の組織化の端緒と言える動向として位置づけられることが確認で
きた。1962 年から地道にモンテッソーリ研究に取り組んできた「モンテッ
ソーリ研究会」の歴史的役割は、これまでは必ずしも十分に注目されてき
たとは言えなかったが、組織的にモンテッソーリ教育運動が展開される端
緒として適切な評価が与えられるべきではないだろうか。 注
(1)吉岡剛「モンテッソーリと日本」クラウス・ルーメル編『モンテッソー
リ教育の道』学苑社、1993 年、53-58 頁。
(2)復活の底流には、鼓常良、平塚益徳、カトリック関係者ら複数の動向
があり、それぞれ同時並行的、かつ重層的に展開していった。
(3)
『カトリック教育』1963 年 1 月 1 日。
(4)
『カトリック教育』第 148 号、1965 年 1 月 1 日。
− 68 −
論文
(5)「カトリック中央協議会」1940 年、宗教団体法の施行により、教会・
修道会を包含した組織
「日本天主公教教団」
として 1941 年に編成され、
1945 年宗教法人令の公布、施行により、
「天主公教教区連盟」、1948
年に「カトリック教区連盟」と改称した。1951 年の宗教法人法の公布・
施行に伴い、
1952 年に「カトリック中央協議会」と改め、全国の小教区・
修道院などを包含する宗教法人となった。岩橋純一「カトリック中央
協議会」新カトリック大事典編纂委員会編『新カトリック大事典』第
1 巻、研究社、1996 年、1150 頁。
(6)理事長クラウス・ルーメル神父。全国の学校から 26 名の神父が選任
され、さらに運営委員 13 名が置かれた。それまでも 10 年にわたり
カトリック教育振興のための援助活動は行われていたが、専従職員は
おらず、組織的な体制は整っていなかった。
(7)クラウス(Klaus)
・ルーメル神父(本名)とニコラス(Nikolaus)ルー
メル神父は同一人物。江島正子「モンテッソーリ教育とルーメル先生」
『モンテッソーリ教育』第 44 号、2011 年、158 頁。
(8)『カトリック教育』第 61 号、1956 年 4 月。
『カトリック新聞』1957
年 5 月 1 日。
(9)カトリック幼児教育連盟は 1953 年(昭和 28)に、戦後のカトリック
幼稚園相互の連帯をはかるため全国規模の連絡機関として設立され
た。
『カトリック教育』第 63 号、1956 年 6 月 1 日。
(10)中村清子 1911 年生まれ、実践女子専国文科を卒業、教会の布教活
動に従事し、1950 年横浜みこころ幼稚園開園とともに園長に就任、
1992 年に現職を退く。カトリック幼児教育連盟理事、カトリック教
育協議会横浜教区理事。
(11)
「幼児教育連盟についての協議」
『カトリック教育』第 63 号、1956 年
6 月 1 日。
(12)塚本伊和男 1928 年八王子生まれ。1951 年上智大学哲学科を卒業後
1954 年 12 月に司祭に叙階され、1955 年 3 月にカトリック神学院を
卒業した。1962 年 1 月にカトリック中央協議会事務局次長に就任し、
1968 年 5 月まで勤めた。第 1 回
「全国カトリック保育者研究会」
(1957
年 7 月)に「未就園児に対する教理指導に関して」、1961 年には「幼
児のしつけと宗教心」と題して講義を担当している。
− 69 −
(13)三宅みち 1919 年生まれ。1944 ~ 65 年まで玉成幼稚園、高井戸幼
稚園に勤務。玉成保育専門学校、東京保育専修学校、上智社会福祉専
門学校の講師を務めた。
(三宅著『育つ育てる』女子パウロ会、昭和
48 年、著者略歴より)1959 年「カトリック保育における自然観察の
在り方」1961 年「幼児期にふさわしい身近な自然観察」と題して講
義を行っている。
(14)武市八十雄 1927 年パリ生まれ。5 歳の時に日本に帰国。昭和 24 年
より至光社で月刊絵本『こどもの世界』
、国際版絵本の絵本制作に携
わった。武市八十雄『えほん万華鏡』岩崎書店、1986 年。
(15)
『カトリック新聞』に研究会の日程および講習内容等が記載されている。
(16)
文部省『幼稚園教育百年史』ひかりの国、昭和 54 年、820-821 頁。
(17)
岡田正章他編『戦後保育史第二巻』フレーベル館、1980 年、4-5 頁。
昭和 36 年 7 月、ジュネーブで開催された国際公教育会議でも就学前
教育が取り上げられ、その振興普及について各国文部大臣に勧告がな
されている。
(18)
5 団体①全国国公立幼稚園長会、②全国国立大学附属学校連盟幼稚園
部会、③全国幼稚園施設協議会、④日本私立幼稚園連合会、⑤日本保
育学会。
(19)
岡田正章他編、前掲書、7 頁。
(20)
同上、8 頁。
(21)
塚本伊和男
『ごちそうさま 司祭叙階 25 年に当って』昭和 54 年、61 頁。
(22)
同上。
(23)
同上、
63 頁。塚本伊和男
「カトリック系幼稚園の今後の課題―アンケー
トの集計から」
。
(24)
塚本伊和男著『ごちそうさま 司祭叙階 25 年に当って』90-91 頁。
(25)武市八十雄「一粒の種子 地におちて死なずば」『上智モンテッソー
リ教員養成コース創立 30 周年記念誌』2000 年。
(26)
石田利美恵「三つ子の魂百まで」
(
『みんなのひろば』)8-10 頁。
(27)塚本伊和男「モンテッソーリ教育研究会を始めた頃」
『上智モンテッ
ソーリ教員養成コース創立 30 周年記念誌』創立 30 周年記念行事実
行委員会、2000 年、13 頁。
(28)同上、13 頁。河野清丸著『モンテッソーリ教育真髄』
『門氏教育法の
− 70 −
論文
詳解と批判』モンテッソーリ著・鼓常良訳、
『子供の秘密』日本教文社)
の 3 冊の出版を確認し入手した。
(29)三宅みち「研究のしおり(6)保育学」
『カトリック教育』第 106 号、
1960 年。
三宅が卒業した玉成保姆養成所(1916 年(大正 5)設立)の創設者
のベラ・アルウィンは 1914 年 6 月にモンテッソーリ教育の国際コー
スでディプロマを取得。養成所にはモンテッソーリ教具が一式設置さ
れており、三宅もアルウィンからモンテッソーリ教育について学んだ。
(30)
大谷啓治他座談会「幼児のパーソナリテイー形成と教育」
『世紀(1966)』
1966 年、17 頁-37 頁。塚本伊和男「ハイドリッヒ神父さまと私」『記
念誌からしだね』1991 年。塚本神父は、上智大学の神学講座の担当
を依頼されたことをきっかけにハイドリッヒ神父と出会った。上智社
会福祉専修学校の設立に奔走し学校附属の実習施設にふさわしい教育
方法を模索していたハイドリッヒ神父も、赤羽の学んでいるモンテッ
ソーリ教育の実践現場の創設に意欲を示していた。
(31)佐久間神父は、暁星中学時代病気で 1 年留年し白柳誠一、塚本伊和男
両神父と同級になっている。土井大司教に命じられ 1953 年にドイツ
留学、
1956 年 2 月に司祭に叙階され 11 月に帰国した。1962 年 5 月の『カ
トリック教育』には、佐久間神父がドイツのアーヘンで関わりを持っ
たモンテッソーリ小学校に関する記事が掲載されている。
(32)
『カトリック教育』第 128 号、1963 年 1 月 1 日。
(33)
「カトリック保育研究会開催新しい教育法も研究」
『カトリック新聞』
1962 年 8 月。
(34)
当日展示された教具①聴覚教具(小筒)②音感教具(鐘)③計算棒(赤
と青の棒)④数字づき計算用箱⑤三石小石および数字⑥金属製図形
(枠、
舌つき)⑦図形(円、
多角形)⑧木の葉形図形⑨多角形合わせ(箱
つき色三角形)
(35)
『カトリック教育』第 128 号、1963 年 1 月 1 日。
(36)モンテッソリ幼児研究会編『カトリック幼児教育研究資料 2 感覚を
生かそう』監修 カトリック教育協議会、1962 年 11 月 20 日発行。
(37)
『カトリック教育』第 128 号、1963 年 1 月 1 日。
(38)
『カトリック教育』1963 年 6 月 1 日。
− 71 −
(39)
同上。
(40)
『カトリック教育』1962 年 11 月 1 日。
(41)菊野芳雄編『時はめぐみに満たされて:菊野正隆追悼伝』発行者菊野
一雄、平成 8 年、48 頁。
(42)
菊野正隆著
『時が流れて』
慶應通信株式会社、
1990 年 11 月 15 日、168 頁。
(43)この書については、
「モンテッソーリ研究会」がモンテッソーリ教育
法研究資料として「カトリック中央協議会」内で販売の取り次ぎをし
ていた。
(44)
霜山徳爾「幼児教育の真髄を」
『カトリック新聞』1965 年 1 月 1 日。
(45)赤羽惠子「モンテッソーリ教育との出会い」
『モンテッソーリ教育第
44 号』
、2011 年、7 頁。
(46)
赤羽惠子「モンテッソーリ教育との出会い」クラウス・ルーメル編『モ
ンテッソーリ教育の道』学苑社、1993 年、73−75 頁。
(47)
同上、74 頁。
(48)
同上、75 頁。
資料 1「カトリック教育協議会」関連の研究会(1962 - 1970 年)
モンテッソーリ教育に関する発表
年
月日
1962
7 月 27 日
研究会
11 月 25 日
カトリック教育協議会 ニューランド、Sr.マ モンテッソーリ研究会―発
関東地区大会
リア・アルバン、菊野正 表と協議
隆、神藤克彦、中村清子、
三宅みち、武市八十雄、
塚本伊和男
1963
7 月 26 日
カトリック保育研究会
カトリック保育研究会
(雙葉小学校)
発表者
内容
武市八十雄、三宅みち
Sr. イグナチア
モンテッソーリ考案の「教
育遊具の紹介」
三宅みち
モンテッソーリ研究会 塚本伊和男
報告会
中村清子
武市八十雄・三宅みち
12 月
カトリック中央協議会 赤羽惠子
(塚本が召集)
− 72 −
「 理 科 と 算 数 科 に 導 く“ 自
然”」フレーベルやモンテッ
ソーリの教具にも考察が展
開された
1 年間の研究の経過報告
「アメリカのモンテッソーリ
校見たまま」の抄訳
所感
モンテッソーリ教育の紹介
(帰国報告)
論文
1964
5 月から毎月第 モンテッソーリ研究会 指導・助言 塚本伊和男
2、第 4 土曜日 主催「保育懇談会」
(カ
トリック中央協議会館)
6 月 28 日
大阪教区カトリック幼 赤羽惠子(京都月見ヶ丘 モンテッソーリ教育法の紹
児連盟総会
保育園)
介
7 月 25 日
モンテッソーリ研究会
赤羽惠子
研究報告
7 月 26 日
カトリック保育研究会
赤羽惠子
第 5 分科会「ヨーロッパの
家庭教育から得たもの」
9 月 か ら 12 月 モンテッソーリ研究会 塚本伊和男・中村清子・ 「カトリック幼稚園の特色の
ま で 毎 月 第 2 (カトリック中央協議会 三宅みち
生かし方」
第 4 土曜日
館)
1965
7 月 19 - 8 月 夏季幼児教育講座(ノー 赤羽惠子(モンテッソー 11 日
トルダム清心女子大学) リ研究所)
7 月 21 - 23 日 大分教区カトリック幼 塚 本 伊 和 男( モ ン テ ッ モンテッソーリ教育の概略
稚園連盟第 1 回研究大 ソーリ研究会運営委員) について
会
8 月 16・17 日
高松教区幼稚園連盟(聖 赤羽惠子(モンテッソー モンテッソーリ教育法の研
母幼稚園)
リ研究所)
修会
1966
8月1-3日
第 1 回新潟教区幼児教 塚本伊和男
育研修大会
講演
スライド上映 ドイツ、オ
ランダのモンテッソーリ教
育施設の紹介
講演「モンテッソーリ教育
法の理論」
赤羽惠子
8 月 17 - 23 日 うめだ「子供の家」幼
児教育研究会主催「モ
ンテッソーリ教育実践
講習会
1967
幼 児 の 道 徳 性 の 芽 生 え は、
どんなとき、どのようにあ
らわれ、感ぜられるか(5・
9)その他
ニコラス・ルーメル、三 モンテッソーリ教育の理論
宅みち、塚本伊和男、山 講習と実践指導等
下栄一、赤羽惠子、鼓常
良
7 月 30―8 月 1 新潟教区幼児教育者研 中村清子
日
修大会(清心高校)
松本尚子
保育の心
モンテッソーリ教育法
7 月 31 - 8 月 上智大学幼児教育研究 クラウス・ルーメル、中
4日
会、上智大学附属うめ 修三、神藤克彦、赤羽恵
だ「子供の家」
子、松本尚子
1968
7 月 21・22 日
日本モンテッソーリ協 ヨゼフ・ピタウ、鼓常良、
会 第 1 回 講 習 会 上 智 神藤克彦、小谷善一、伊
大学
藤保郎、松本尚子、赤羽
惠子、霜山徳彌、クラウ
ス・ルーメル
7 月 26 日
全国カトリック保育研 松本尚子(国際モンテッ 分科会 7「モンテッソーリ
究会(聖心女子大学)
ソーリ協会会員、善福寺 教育法についての質問に答
子供の家)
える」
8 月 27 - 29 日 長崎カトリック幼稚園 松本尚子(国際モンテッ 講演および質疑応答「モン
協会主催カトリック幼 ソーリ協会員)
テッソーリ教育の理論と実
際」
稚園教師の研修
− 73 −
1969
7 月 26 日
全国カトリック保育研
究会(聖心女子大学)
分科会 6「モンテッソーリ
教育に加わって」
7 月 27.28 日
日本モンテッソーリ協 守屋美賀雄、鼓常良、山
会 第 2 回 講 習 会 上 智 下栄一、小谷善一、伊藤
大学
保郎、赤羽惠子、松本尚
子、 坂 本 堯、 神 藤 克 彦、
竹村一、
1970
1 月 31 日
真正会館講堂
4月
上智モンテッソーリ教
員養成コース
7 月 26 日
全国カトリック保育研 赤羽恵子、松本静子、
究会(清泉女子大学)
松本尚子、吉田晃子
8月1-3日
実践研究会(信愛幼稚 鼓常良、松本静子、松本 モンテッソーリ教育の実践
指導
尚子、赤羽惠子
園)京都
8月4日
モ ン テ ッ ソ ー リ 生 誕 講習会(京都国際会館)
100 年記念
鼓常良、赤羽惠子、坂本 モンテッソーリ教育の現代
堯
社会における意義
「モンテッソーリの教育法に
ついて」
出典
『カトリック教育』
『カトリック新聞』
クラウス・ルーメル「モンテッソーリ教育 40 年を顧みて(1)」『モンテッソーリ教育』第 41 号、2008 年。
クラウス・ルーメル編『モンテッソーリ教育の道』学苑社、1993 年。
カトリック東京大司教区編『カトリック東京教区年表』1992 年。
『モンテッソーリ教育』第 3 号、1970 年。
− 74 −
論文
セガン教具からモンテッソーリ教具へ
―ブルヌヴィルによるセガンの再評価をてがかりに―
竹田 康子
(大阪大学大学院生)
1.はじめに
一般にモンテッソーリ(Montessori, M. 1870-1952)の教育方法の特徴
は、その独創的な教具にあると見なされている。しかし彼女は、教具を核
とする自身の新たな教育の起源が知的障害児の教育体系を確立したセガン
(Séguin, O.-E. 1812-1880)にあると述べている(Montessori 1909: 51)。
イギリスにおける新教育運動の指導者の一人であったボイド(Boyd, W.)
も、自由を希求する人間の情熱に対し感覚主義が重要な役割を果たしたこ
とを洞察し、モンテッソーリ教育を真に理解するには、ロック、コンディ
ヤック、ペレール、ルソー、イタール、セガン、モンテッソーリと歴史を
辿ることで、哲学史における自由と感覚の思想の結びつきを押さえる必要
があることを指摘している(Boyd 1914: 7-130, 228)。
しかし、感覚教育の系譜に占めるモンテッソーリの位置や教具開発の
プロセスについては必ずしも詳細な解明がなされてきたわけではない。例
えば、山内は、ドイツの教育史研究者ベーム(Böhm, W.)とドーヴェス
(Douwes, B. J.)の論文を参照しつつ、モンテッソーリがローマのサン・
ロレンツォ地区の「子どもの家(Casa dei Bambini)」の実践で研究・創作
したとされる普通児教具やその方法が、この実践以前からヨーロッパ各地
の知的障害児施設で日常的に使用されていたことを指摘し、モンテッソー
リ教具の独創性を疑問視している(山内 1998: 76)
。さらに、山内は、モ
ンテッソーリの表明に対し、第一に、彼女が知的障害児向けの教育を普通
児にも適用可能だと信じた根拠は何だったのか、第二に、セガンに倣って
十年前に行われた知的障害児向けの教育実践が、「子どもの家」での教育
実践の契機とされる理由について、明確な実証がなされていないと指摘し
ている(山内 1997: 53)
。これらの指摘は、
「子どもの家」以前のモンテッ
ソーリの知的障害児教育の実態が、これまで十分に解明されてこなかった
ことに起因している。
− 75 −
とはいえ、彼女の知的障害児教育に関わる検証が、これまでまったく
なされなかったわけではない。例えば山内は、彼女が知的障害児にどの
ような眼差しを向け、彼らをどのように定位することによって教育が可能
になったのかを優生学史研究の成果との関連で検討している(山内 1998:
78-91)
。また前之園は、医者であり教育学者でもあった彼女の視座を、イ
タリアの人類学・生理学的心理学・精神医学を専門とする教授たちとの共
同研究や、論文・会議・学会における知的障害児教育についての提案から
分析し、医学と教育学を統合する視点を明確に打ち出した点において画期
的であるとしている(前之園 2005: 79)
。ただし、これらの検証は、感覚
教育の系譜におけるセガン教育の延長線上にモンテッソーリの教育がある
ことを確認するには不十分であると言わざるを得ない。
そこで本論文は、モンテッソーリ教育の出発点が、フランスの医師ブル
ヌヴィル(Bourneville, D. M.1840-1909)によるセガンの再評価と教具の
復元にあったことを明らかにし、セガンの教具からモンテッソーリの教具
への展開に関する具体的情報を提供することを目的とする。ただし、ブル
ヌヴィルについては、すでに星野が彼の経歴と著作・論文、否定的優生思
想
(1)
を克服しようとするビセートル救済院(以下「ビセートル」とする)
での知的障害児教育の実践などに関する詳細な考察を行っている(星野
1993/ 2000)
。よって、本論文では、星野が論じていないセガンの教具と
モンテッソーリ教具との関係に焦点を当てることにする。具体的に言えば、
ブルヌヴィルの復元したセガン教具を媒介として、モンテッソーリが知的
障害児教育の可能性をどのように切り開いていったのか、またセガン教具
の改良が、
いかにその後の「子どもの家」での普通児教育に結びついていっ
たのかを本論の考察の中心に据える。 そのための資料として主に用いるのは、ブルヌヴィルの 1895 年の論文
Considérations sommaires sur le traitement médico-pédagogique de l’idiotie
(白痴症の医療・教育的療法に関する考察の概要、以下 B 論文とする)、
(2)
モンテッソーリの 1916 年の論文 Riassunto delle lezioni di didattica, date
in Roma nella Scuola Magistrale Ortofrenica l’anno 1900(ローマ知的障害
児特殊教育師範学校における 1900 年の教授法講義要綱、以下 M 論文とす
イ
デ
ィ
オ
る)、 川口の 2010 年の著書『知的障害教育の開拓者セガン―孤立から社
(3)
会化への探究』、そして筆者自身が 2012 年にパリ、ルネ・デカルト大学内
− 76 −
論文
の医学史博物館で撮影した(ブルヌヴィルの復元による)セガン教具の写
真である。
以下、第 2 章でブルヌヴィルによるセガン再評価がフランスの知的障害
児教育成立に与えた意味を概観した上で、第 3 章では、セガン教具からモ
ンテッソーリの知的障害児教具へ、さらに「子どもの家」の普通児教具へ
と至る教具の展開を解明していく。そして第 4 章では、教具の変遷とモン
テッソーリ教育の連関を考察する。
2.19 世紀フランスの知的障害児教育
2-1 ブルヌヴィルによるセガンの再評価
モンテッソーリの 1909 年の著書 Il metodo della pedagogia scientifica
applicato all’educazione infantile nelle case dei bambini によれば、フラ
ンスで出版されたセガンの著作
(4)
が二十年後に英語版
(5)
で改訂出版され
たことがブルヌヴィルの編纂した「特殊教育叢書」の中に記されていると
される(Montessori 1909: 30)
。このブルヌヴィルとは、19 世紀前半に知
的障害児教育に先鞭をつけたセガンを医師の立場から初めて再評価し、セ
ガンが在フランス時代に構築したイディオ教育論をこの叢書でフランス
の知的障害児教育論の歴史の中に位置づけた人物である。ブルヌヴィル
は、精神科医師としてビセートルに着任後(1879)
、小児部門を編成し院
内学校を創設(星野 2000: 19)するとともに、セガンの業績を基に教具を
用いた知的障害児教育実践を行い、これを「医療・教育的療法 Traitement
médico-pédagogique」
(Bourneville 1895: 211)と名付けている。というの
もセガンは、1838 年以降四つの施設で行った知的障害児教育実践を、わ
ずか六年間に六つの論考
にまとめ、理論的に体系化していたからである。
(6)
しかし、なぜブルヌヴィルはセガンを再評価しなければならなかったの
4
であろうか。次節では、その背景をフランスの精神医学と知的障害児教育
との関係において考察する。
2-2 精神医学と知的障害児教育
そもそも、フランスの精神医学史において知的障害者は、
「イディオ
idiot」
(白痴)と呼ばれ、その多くは犯罪者・身体障害者らと共に施設に
混合収容されていた。しかし、19 世紀の市民革命を契機とする臨床医学
− 77 −
の成立と同時に、
「イディオ」は、内科疾患をモデルとして、精神疾患「イ
ディオティ idiotie」
(白痴症)を持つ患者、つまり知的障害者(児)とし
て記述され認識されるようになった(中井 1999: 52)。さらに 1838 年「精
神病者保護法」以降は、養老院、監獄、精神病棟、授産施設が漸次設置され、
彼らは分別収容された。とはいえ、当時の精神科医はイディオティを治療・
教育不能な状態と認識していた。
セガンが知的障害児教育を開始したのは、そうした時代においてであっ
た。彼の教育実践とその成果はフランス科学アカデミーから高く評価され、
その結果セガンはビセートルの精神医療第一部局の主任医師ヴォアザンの
配下で教師として実践を行うことになった(川口 2010: 182-188)。当然、
セガンは医師の管轄下で教育を行わねばならなかった。しかし彼は、知的
障害児の医学的治療よりも教育の優先を強く主張し、公教育大臣による医
学部への学籍登録命令をも拒否した。その結果、彼はビセートルに着任後
一年を待たずに解任されたのである(川口 2010: 192)。この決定以降、フ
ランスにおける知的障害児教育の進展はブルヌヴィルによるセガンの業績
発掘や教具の復元まで三十年余も空白となってしまったのである。
次章では、こうしたブルヌヴィルによる教具の復元を、モンテッソーリ
がいかに自身の知的障害児教具へと展開させたのか、具体的な教具の変遷
をもとに、モンテッソーリの方法原理および教育的意図について考察する。
3.セガン教具からモンテッソーリの教具へ
3-1 セガン教具
セガンは、イタールらの異常児・障害児教育の先達の試みを発展させ、
初めて知的障害児に対して感覚を覚醒させ活性化させるための生理学的訓
練を試みた。彼は、知的障害児教育を最重度の欠損から社会的責任を果た
し得る段階にまで及ぶ明確な発達プログラムとして具体化してみせたので
ある(Ball 1971: 49)
。その際、彼の教育思想が特に明確に表れているの
は、知的障害児に仕事を教えるにあたって、環境に対する反射的な反応と
環境への知的操作との間に「第三の要素」を介在させた点である(Seguin
1907: 82)。この要素とは、
「対象へと向かう積極的な手の働き」のことで
あり、その形成を促すものこそが教具だったのである。しかし、その教具
についてはセガンの論考の方法論的説明の箇所(Seguin 1907: 57-147)で
− 78 −
論文
文章によって記述されるのみである。よって、その実像は、B 論文に掲載
されたセガン教具図(Bourneville 1895: 217-243)から推測するしかない。
セガンの教育学への貢献について考察したタルボットの 1964 年の博士論
文 Edouard Seguin: a study of an educational approach to the treatment
of mentally defective children や、ブルヌヴィルを研究したガトー=メヌシ
エによる 2003 年の博士論文 Bourneville, la médecine mentale et l’enfance
- L’humanisation du déficient mental au XIXéme siècle などの先行研究
もあるが、これらにおいても B 論文の教具図のうち何枚かを模写して引用
しているにすぎない。よって、これらの先行研究だけでセガン教具の全貌
イ
デ
ィ
オ
を知ることは困難である。また、川口の著書『知的障害教育の開拓者セガ
ン―孤立から社会化への探究』
(2010)において、セガン教具(パリ医学
史博物館蔵)の実物写真が二枚掲載されているが、この重要な事実もほと
んど知られていない。そこで本論文では、セガン教具の全貌の解明にまで
は至らなくとも、B 論文のセガン教具図(28 枚)と同論文の第三部にお
いて体系的に説明されている教具の解説を用い、さらに川口と筆者が博物
館で撮影した教具写真を基本資料とすることでセガン教具の特徴をより明
確にしたいと思う。
ブルヌヴィルは、B 論文において、諸外国の「イディオティの医療・教
育的療法」の体系と方法の基礎がセガンにあり、彼の教育研究は知的障害
児に潜在する発達の可能性を引き出すために必要であるにもかかわらず、
その功績はイギリスとアメリカでは知られているがフランスでは医師も教
育者もその事実を認めてこなかったと述べている(Bourneville 1895: 241242)
。
こうした必要性の認識を動機としてブルヌヴィルがビセートルで実践し
た教育的療法の内容と、そこで用いられたセガン教具は、おおよそ次のよ
うなものであった。なお、傍線を付したセガン教具の実像は、B 論文の教
具図やパリ医学史博物館の展示によって確認可能である。
◇筋肉教育:歩く(箱ブランコ、平行棒、脚立階段)
、手(縄梯子、直径
の変化する球)
。 ◇感覚教育:触覚(肌理板、ボタン掛け、編み上げ靴、小さな板のリボン
結び、布地ノート)
、手と目(釘さし、円錐釘さし、立体さし、キノコ
− 79 −
の箱、木の針とコード、ブロック積み、玉通し、紐通し、縫い物)
、聴
覚(鐘・鈴)
、嗅覚(嗅覚瓶)
、味覚。 ◇食 事・清潔・習慣・排泄(小さな棒、便座椅子)
、清潔と着衣(ホック
止めの模型、ボタン、ブラシかけ、靴磨き、ベッドメイク)。 ◇初歩の教育:文字(木製文字、単語カード、絵本パズル)、数(木製数字、
数の整理棚)、平面(型はめ色合わせ 2p/4p/6p/10p)
、立体(木製立体、
立体さし)、重さ(素材の異なる球)
、長さ(物差し)
、色(型はめ色合
わせ 2p/4p/6p/10p)
、実物(名札つけ)
、地理(立体地図)
、歴史(十九
世紀の年代学に沿った時代区分)
。
◇身体:運動体操、あそび。 ◇職業教育:指物細工、縫製、靴修理、錠前づくり、籐細工、椅子の藁編み、
ブラシ製造、印刷所。
こうして復元されたセガン教具を用いた指導を、モンテッソーリもビ
セートルでブルヌヴィルから学んでいる(Champy 1998: 700)。彼女は、
教育方法には批判的だったが、教具から大きな刺激を受け、教具と教育方
法を改良していく決意をしたのである(Montessori, 1909: 31)。つまり、
彼女がビセートルで見たセガン教具こそが、彼女の知的障害児教育の出発
点になったのである。
次節では、このセガン教具の知的障害児教育への適用を、主に彼女の M
論文によって検証する。
3-2 モンテッソーリの知的障害児教具
モンテッソーリが知的障害児教育体系を明示した M 論文は、1916 年に
の補遺として収録されている。
(7)
L’Autoeducazione nelle scuole elementari
この大著は、翌年に英語版として出版されたが、その前文にはイタリア語
の原著にはない重要な記述がある。
この補遺は、私が 1900 年にローマ知的障害児特殊教育師範学校
(8)
(Scuola Magistrale Ortofrenica)
で行った講義の要約であり、教師
養成講座受講生の手引書としても役立つように公刊したものである。
(中略)私は、イタールとセガンによって敷かれた路線に沿って障害
− 80 −
論文
児のための特殊教育法を教えるというよりも、むしろこれを発展させ
ることを自らの課題と考えていたのである。
私の古い講義要綱には、小学校で教える科目についての実験が一部
含まれている。それらの実験は、現在の私の仕事、すなわち年長普通
児教育の起源が知的障害児教育にあることを示している(Montessori
1917: 423)
。
引用からは、モンテッソーリが 1900 年頃すでに普通児教育へと向けた
教具の普遍化を志向し、熟慮を重ねていたことが分かる。
この M 論文には、
おおよそ次のような教育方法と教具が記載されている。
なお、ブルヌヴィルによって復元されたセガン教具との対応を見て取るこ
とのできる教具には傍線を、普通児向けのモンテッソーリ教具との対応が
見られる教具には傍点を付した。
◇筋肉教育:機械的動作(縄梯子、ブランコ、平行棒)、凝視、模倣。
◇感覚教育(試行の概要):視覚(型はめ色合わせ、物差し、幅の違う角
4
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材、はめこみ円柱)
、触覚(肌理板)
、触覚と筋肉感覚(木・ゴム球、硬
貨)
、立体感覚、温度感覚(皮・布・織物・木材・金属)、嗅覚(食べ物、
燃える匂い)
、味覚(牛乳、ワイン)
、聴覚(鐘・鈴、大きさの違うグラス、
4 4
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ベル)
、ゲーム。 ◇上 級クラスの教育:読み書き同時法(木製文字 )、文法(品詞カード・
4
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4
絵カード・本・動作、名詞・動詞・形容詞・副詞・前置詞・接続詞・不定詞、
時制)
、実物(絵と単語のカード、絵本)
、地理(写真・イラスト入りカー
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ド、ミニチュアの村つくり)
、歴史(絵画、イラスト、カラー写真)
、算
数(カウント、木製数字、計算、奇数・偶数並べ、
〈上級クラス〉十進法、
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〈上級クラス〉加減乗除。
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4
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このリストとブルヌヴィルによって復元されたセガン教具のリストを対
照し、また B 論文と M 論文における教具の説明を比較すると、モンテッ
ソーリが、様々な素材を新たに付け加えつつも、基本的には多くのセガン
教具(傍線部)を実験的に用いていると考えられる。さらに、彼女はセガ
ンからブルヌヴィルを経由して主に三つの教育原理を継承していることが
− 81 −
分かる。第一に、子どもの好奇心を目覚めさせるゲームの要素を持った感
覚的な刺激(教具)が必要であるとして(Montessori 1916: 670)、彼女も
教具を対象との関係における「第三の要素」を促すものと位置づけている。
第二に、セガンと同様、教具指導の順序は足と躯幹の筋肉教育から手の教
育へと移行する(Montessori 1916: 646-650)
。そして第三に、モンテッソー
リもまた複数の感覚の連合
を重視している(Montessori 1916: 651)。
(9)
他方、セガンとの差異としては、教具の一部(傍点部)が後の普通児用
教具を先取りしていることが挙げられる。第一に、モンテッソーリ実践で
は職業訓練が行われない。第二に、上級クラスで後の小学校科目用教具が
実験的に用いられている(Montessori 1916: 660-670)
。これらの点から、
彼女がすでに知的障害児教具を普通児向けに用いる可能性を展望していた
と推測される。
そもそも、セガンは 1846 年の著書で、その教授の目的は生徒が労働で
きるように導くことにある(Seguin 1846: 528)と明示し、1907 年の著書
でも労働の重要性を主張していた(Seguin 1907: 166)。同様に、上述のブ
ルヌヴィルが行ったビセートルの実践でも職業訓練がカリキュラムの最終
段階となっていた(Bourneville 1895: 237-238)
。
つまり、セガンもブルヌヴィルも、教具を媒介として子どもから導き出
された能動的活動の向かうべき方向を社会的労働に定めていたと考えられ
る。それは、知的障害児教育の目的が社会への統合(integration)にあっ
たと言い換えることもできるだろう。他方、モンテッソーリの場合、普通
児向け教具を展望し、教具を媒介として導き出された能動的活動の方向は、
具体的・社会的労働から、抽象的・一般的な学習へと変化しつつあったと
言えるだろう。
3-3 モンテッソーリ教具へ
上述のとおり、モンテッソーリは、ローマ知的障害児特殊教育師範学校
附属の教育治療学校(Istituto Medico Pedagogico)においてセガン教具を
知的障害児教育実践に適用した。その結果、幾人かの子どもは普通児と同
等に公立学校に合格したのである。周知のことであるが、この経験を基に
彼女は、研究活動の軸足を医療から教育へと移すべく、ローマ大学哲学科
に再入学(1902)した。こうして、様々な社会的問題をはらんだローマの
− 82 −
論文
最貧困地区(サン・ロレンツォ地区)の「子どもの家」での普通児教育実
践から、いわゆるモンテッソーリ教具が誕生したのである。
モンテッソーリは教具を彼女の教育体系の最も重要な構成要素と見な
し、教具を心理学の専門用語(S-R 図式の S)とは別の意味で刺激と捉え
ていた(Montessori 1909: 132-133)
。彼女は、教具を、子どもから一定の
反応(R)を引き出し、子どもを分類するための測定媒体(S)として捉
4
4
4
4
えたのではなく、むしろ、子どもに反応の可能性を与える教育媒体として
4
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4
捉えたのである。この点には、今井康雄が指摘するような福祉と教育との
差異が示されているとも言えるだろう(今井 2011)
。ただし、そうした教
具理解は、すでにセガンにおいても現れており、モンテッソーリ自身も、
彼女の知的障害児教育実践の段階で、そうした理解をセガンもしくはブル
ヌヴィルから受け継いでいたのである。
つまり、セガンもモンテッソーリも知的障害児を教育の対象と捉えたが、
セガンが期待される具体的行動 を形成することを試みたのに対し、モン
4
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テッソーリにおいては子どもに形成されるべき反応の具体的イメージが不
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確定で開かれていたということである。そして、障害児教育において示唆
されていたモンテッソーリ教育の独自性は、普通児教育を目的とする「子
どもの家」実践において、さらに明確に打ち出されるのである。すなわち、
モンテッソーリは、知的障害児と普通児に見られる同一教具に対する反
応の差異について、「普通児は自己教育を引き起こす」
(Montessori 1909:
133)と述べ、
「子どもの家」実践では教具やその用法の改良を具体的に行っ
た。例えば、刺激を強化するための感覚の連合が背景に退き、逆に刺激を
段階的に差異づけるための感覚の分離が新たな方法原理となっている。さ
らに、差異づけられた感覚の段階的獲得と言語を通じた知的な自己教育プ
ロセスを可能にするために、教具に試行錯誤機能が付与されることになる
(Montessori 1909: 140-144)
。これらの改良は、教育が教師の指導能力に
よるのではなく、子どもの潜在的創造性に開かれたものとなったことを意
味する。
4 「教具」の変遷とモンテッソーリ教育
本論は、モンテッソーリ教育の出発点が、ブルヌヴィルの復元したセガ
ン教具にあるという新たな観点から教具の展開を具体的に提示してきた。
− 83 −
それは、モンテッソーリが「子どもの家」から教育を開始したのではなく、
医師として彼女が関わった精神医学や知的障害児の医療・教育的実践がそ
の基盤になっていることを検証するものでもあった。
その結果、彼女の知的障害児教育実践の特質が、教具の展開を通して明
確になった。すなわち、モンテッソーリ教育の核をなす教具の使用という
方法そのものは、
「子どもの家」に先立つ知的障害児教育において、セガ
ンおよびブルヌヴィルを継承するかたちで確立していたが、同時に、知的
障害児教育実践の段階で彼らを超え出ていく萌芽も示唆されていた。具体
的に言えば、特に「子どもの家」での実践の先取りとして、普通児小学校
科目の教具実験が知的障害児教育において行われていたのである。
(10)
モンテッソーリは、障害児教育史において一般に教育実践の始動の時期
とされる 19 世紀に、知的障害児を教育可能と見なすセガンやブルヌヴィ
ルの立場を継承し、自らもまた知的障害児教育に取り組んだ。しかし、彼
女は、社会的労働という特定の具体的反応へと知的障害児を導くのみなら
ず、知的障害児からさらに多様な反応をひきだすことを意図していたと考
えられる。これは知的障害児の教育の歴史における一つの大きな転換点と
も、あるいは有用性を基準とした社会化から文化化への転換点とも言い換
えることができるだろう。そして、子どもにおける多様な反応の可能性の
形成という教育的意図は、その後普通児向けに行われた「子どもの家」で
の教育実践において、いわゆるモンテッソーリ教具として明瞭な姿を現す
ことになるのである。
注
(1)negative eugenics。消極的優生思想とも抑制的優生思想とも訳され、
一般に悪質とされた遺伝形質を、優生結婚や断種・避妊手術などの方
法で次世代に受け継がせないことを目指す優生思想のこと。
(2)この論文は、リヨンの国際学術会議(1894)の概要報告書の第三
部に収録され、翌年、ブルヌヴィル編の Bibliothèque d’éducation
spéciale(特殊教育叢書)第四巻として出版された。
(3)論文は、モンテッソーリの 1916 年の著作 L’Autoeducazione nelle
scuole elementari の補遺 II として集録されている。
− 84 −
論文
(4)セガンがビセートル実践後、知的障害児教育を体系化した 734 頁の
大著 Traitement moral, hygiène et éducation des idiots et des autres
enfants arriérés ou retardés dans leur développement, agités de
mouvements involontaires, débiles, muets non-sourds, bègues, etc.,
1846 のこと。
(5)1866 年にアメリカで出版された英語版 Idiocy: and its treatment by
the physiological method のこと。1850 年頃渡米したセガンは 1846
年著書の改訂版(457 頁)としてこの著作を出版。1907 年にはコロ
ンビア大学ティーチャーズカレッジが 201 頁の要約版を刊行。本論文
では主に 1907 年版を用いた。
(6)
〈1839 年第一報告書〉A Monsieur H…..Résumé de ce que nous avons
fait depuis quaterze mois. Du 15 février 1838. au 15 avril 1839.
〈1839 年第二報告書〉Conseils à M. O...sur l’education de son fils.
〈1842 年第一著書〉Théorie et pratique de l’éducation des enfants
arriérés et idiots. Leçons aux jeunes idiots de l’hospice des
Incurables.
〈1842 年第二著書〉Théorie et pratique de l’éducation des enfants
arriérés et idiots- Deuxième trimestre. Leçons aux jeunes de
l’hospice des Incurables.
〈1843 年著書〉Hygiène et education des idiots.
〈1846 年著書〉Traitement moral, hygèniene et éducation des idiots
et des autres enfants arriérés ou retardés dans leur développement,
agités de mouvements involontaires, débiles, muets non sourds,
bègues etc.
報告書や著書の略称は、川口 2010 を参照しながら筆者が整理し直し
たものである。
(7)
『自由教育と小学校教具』1921 は野口援太郎による抄訳がある。
(8)学校創設の端緒はトリノ教育学会(1898)でモンテッソーリが「知的
障害児の医学的・教育的施設を準備する必要がある」
(前之園 2005:
78)という提案。
(9)色と形の弁別視知覚と触筋肉感覚などの要素を連合させ刺激を強めた。
(10)本論では取り上げなかったが、無論、セガンと同様に知的障害児教育
− 85 −
を社会的問題として捉えつつも、さらにセガンを超えて、医療・教育
的施設の創設を講演活動を通じて要請し、その成果として附属学校を
備えた師範学校の設立を導いた点も彼女の功績とすべきであろう。
引用文献
Ball,T.S. 1971, Itard, Seguin and Kephart: sensory education―a
learning interpretation, Charles E. Merrill Publishing Company,
Columbus, Ohio.(金子孫市他監訳 1977(
『イタール セガン ケファー
ト―精神薄弱児教育の開拓』日本教育経営協会)
Böhm,W. 1996[1985], Maria Montessori und die“Pädagogik vom
Kinde aus”, in: Böhm W.(hrsg.): Maria Montessori: Texte und
Gegenwartsdiskussion, Julius Klinkhardt, Regensburg.
Boyd,W. 1914, From Locke to Montessori; a critical account of the
Montessori point of view, G.G. Harrap & company, London.(中野善
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− 86 −
論文
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オ
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− 87 −
「モンテッソーリ教育における音楽活動
―わらべうたから合奏へ―」
前編
―ことばのはじまり、うたのはじまりにおける
母親の声の役割、伝承わらべうたの意義―
野萩 万佑未
(レジナ幼稚園(非常勤)
)
子どもは胎内で一人の声に出合う。そして誕生後においても同じ声を聞
き、この声の主が自分にとって唯一の特別な存在であることを知っていく。
この声から得る安心感は、人に対する信頼、環境に対する信頼の芽生えと
も言え、社会的存在として育ちゆくための大切な礎石であると考える。そ
してこの一番安心できる声に導かれ、ことばのはじまり、うたのはじまり
を迎える。
モンテッソーリは、言葉の発達につき、無からの創造であるとし、それ
は潜在意識的精神によってなされ、
「発達といって教育とはいわない」と
(1)
述べる。
この発達において人の発する言葉、つまり人語が重要な働きを
示す。特に胎内で聞いた一人の声、つまり母親の声が大切な役割を果たし
ていく。本稿では、新生児の出生後一年までの期間に焦点を当て、言葉の
発達の過程を現代の研究結果と照らし合わせながら検証し、母親の声によ
る語りかけ、歌いかけ、そして日本に古くから伝承されるわらべうたの意
義を明らかにしていきたい。私たちに与えられた声、その生きた声の力を、
価値基準が多様化する時代において再確認しようとするものである。
1.子どもを目覚めさせる人間の声の音楽
(2)
子どもにとって人の声は「最初、メロディとしてやってくる」
と正高
は述べる。胎児にとって母親の声は、振動波が母体の筋骨格系から羊水を
経て、胎児の耳へと達する過程で、フィルターがかかってしまい、微妙な
音のメリハリが喪失してしまう。それゆえ、発語全体としての音声の上が
− 88 −
論文
(3)
り下がりと、強弱変化のパターンのみが相対的に顕著化すると述べる。
分かりやすく言うと、胎児の耳にはハミングのように聞こえてくるのであ
る。新生児が母親の声を知覚することはすでに明らかになっており、また
音読においても、出産前に繰り返し聞いていた童話を、なじみのないストー
リーと区別し知覚することも分かっている。さらに童話をハミングのよう
(4)
に歌って聞かせた場合にも、その反応にはほとんど差は生じなかった。
モンテッソーリは、子どもが耳にするメロディを「神の呼び声にあたる人
(5)
間の声の音楽」
とし、
「子どもは目覚めて微妙な音楽を聞き、その神経繊
維は震動をしはじめます。赤ん坊は他の音は耳に届いたことはまだなかっ
たと思うかも知れませんが、実際は彼の心が他の音に反応しないからなの
(6)
でした。人語だけが彼の心を掻き立てる何らかの力があるのです」
と、
ことばの創造における人語の意義性、不可欠性、また「言葉のメカニズム
(7)
をはたらかす力をそれだけがもっている人語」
とその唯一性を強調して
いる。
2.子どもの音への選好性
母親が乳児に話しかける際、自然に声のテンポがゆっくりとなり、声の
調子が高くなり、抑揚を誇張して話す。これをマザリーズ(母親語)と言
う。実験によると、乳児はマザリーズを耳にすると次のような反応を示す。
①反応が顕著であること。②母親の語りかけを上手にまねする傾向にある
こと。その際の母子のメロディタイプはお互いに似ている。③うれしいと
いう情緒反応を頻繁に表し、母親に対し積極的にコミュニケーションを働
きかけてくること。④より高い声、高い音域に反応することが示された。
このような反応は乳児の生まれながらに備わっている聴覚の性質からきて
おり、マザリーズのような普通より高めの発話に、聴覚の感受性が敏感に
反応するようにできており、より強く注意が喚起される。またこの傾向は
(8)
乳幼児期全般を通じて変化することはないとされている。
では、マザリー
ズによる語りかけだけではなく、歌の場合はどうなのであろうか。実験に
おいて乳児に大人の肉声により大人の歌と子ども向けの歌を聞かせたとこ
ろ、子ども向けの歌により一貫した選好傾向を示した。音の高さについて
はより高い音を、テンポに関してもよりゆっくりとしたテンポを好む傾向
(9)
が見られた。
歌の場合、音や音域が高くなるほど周波数の開きが大きく
− 89 −
なるため、子どもに刺激として伝わりやすくなる。また、言葉を音節とし
て区切りやすい(聞き取りやすい)ことなどがあげられる。別の実験にお
いては、乳児の母親の表情に対する反応を調べたところ、話している表情
(10)
より、歌っている表情に子どもはより反応することが分かっている。
こ
れらの実験から子どもに生まれながらに備わっている選好性、また歌のも
つ有効性が確認できる。生後十カ月までの乳児は視覚より聴覚が優位を占
め、人語を選別して聞き入れる。まして自分を養育してくれる存在である
母親の声を優先的に感受することや、胎内からのつながりを考える時、母
親の声に託された役割がいかに大きいものであるかが理解できる。また前
述のとおり、子どもが周囲の声を音楽的に感知すること、人間の声の音楽
に明らかな反応を示すことからモンテッソーリは、前言語期にある子ども
に聞こえてくる音を「音楽」と、前言語期以降を「言葉」と表し、子ども
の発達の特性を明確に示している。
3.
「初めての会話」
(おうむ返し)に見る「同一」と「相違」、そして「模倣」
岩手県遠野市に古くから伝わるわらべうたの伝承を続ける阿部ヤエは次
のように述べている。論旨は下記のとおりである。
生後一カ月近くになると、
赤ちゃんは「ンコー」って声を出すようになる。
これは赤ちゃんが人を求めていること。これを言い出したら、まっすぐ目
を合わせて「ンコー」って応えてやる。すると赤ちゃんはこちらに目を向
けて、また「ンコー」と言う。これが赤ちゃんとの会話の始まり。この
ときに、赤ちゃんの目をまっすぐ見て、応えてやることが大事。赤ちゃん
は、“あっ、いた!”って、初めて人を発見する。声を出して呼んでみた
ら、それに応えてもらった、その喜びはとても大きい。初めのころ、まだ
言葉が話せなくて、目もまだはっきり見えない赤ちゃんは、自分に向けら
れる優しい声に頼る。それを求めて声を出しても、
何も返ってこなかったら、
赤ちゃんは不安になる。何度繰り返しても返ってこなかったら、もう赤ちゃ
んは声も出さなくなるし、人の顔も見なくなる。この時期に、人を求めたら、
ちゃんと応えてもらったという体験をすると、赤ちゃんは声をかけられた
ら相手の目を見ることができるようになる。相手の目を見て話す、話を聞
(11)
くという、人と人が心を通わす第一の土台がここでつくられる。
「おうむ返し」と言われるものであり一方方向であったコミュニケーショ
− 90 −
論文
ンから、乳児自身も主体的に関わる双方向へと変わっていく。このような
母親との声のやり取りを繰り返す中で、
ある時、
音(声)の同一性に気づき、
乳児も続いて同じ声でまねをし始める。発声のコントロール法を少しずつ
すべ
学び、母親の声を手本にし、様々な音を区別し発声する術を獲得していく。
ここに見る母親の声の聞き分け(区別)が、
音の質に対する「同一」と「相
違」の認識の獲得を促し、模倣へとつながっていく。この「同一」と「相
違」の認識がモンテッソーリ教具の雑音筒(音の筒)、音感ベルによる「音
の識別」や「音の順序性」といった秩序への感覚を育てる。それはやがて
歌や合奏などの音楽活動における「音の一致」
(自分の音を聞く、周りの
音を聞く)、日常生活における話を聞くという注意力、集中力などにもつ
ながると考えられる。
4.初めての声がわり、そして母音の発声へ
母音を出すということは、発声をする上で重要であり、言葉によるコミュ
ニケーションを成立させるには不可欠と言える。生後 3 カ月から 4 カ月頃
に、乳児にとって、初めての声がわりがある。のどの構造に変化が生じ、
口腔が拡張することにより母音様の発声ができるようになる。図 1 による
図1「成人と新生児の、のどの形態の比較」
(正高信男『0 歳児がことばを獲得するとき
―行動学からのアプローチ―』中公新書、1993 年、60 頁より)
− 91 −
と、成人においては口の奥にある咽頭と呼ばれる部分が大きく広がってい
ることが読み取れる。この咽頭の空間が共鳴箱の役割をし、音を増幅させ
(12)
声を響きやすくし、母音様の発声を可能にするのである。
5.言葉の発達における伝承わらべうたの意義
日本語は母音主体であり、歌も母音主体である。例えば「たこたこあが
れ」
(一部)を母音と子音に分けて書くと ta ko ta ko a ga re となり、歌う
際には母音が伸びて「a o a o a a e」→「あおあおああえ」と歌っている。
伝承わらべうたは日本語であり、歌であることから母音様の発声に大変有
効であることが分かってくる。さらに基本的に一音一語であり、フレーズ
も短く、音の構成も少ない。会話に比べ、息つぎがしやすく、言葉を分節
化しやすい。音の高さ、歌のテンポなど、その状況において設定でき、繰
り返し行うことができる。伴奏を必要とせず、声が主体となって歌を導く。
動き(身ぶり)を伴うことも大きな意味を有し、子どもは身ぶり手ぶりの
動作をしながら単語を口に出すことで体得していくため、言葉の発達を促
す上で大変効果的である。
6.なぜ、人の声なのか。―倍音の関係より―
CD、ヴィデオ、テレビなどメディアによる音の効果はどうなのであろ
うか。人間にとって非常に大切とされる倍音や高い周波数がカットされて
しまい、それは言葉や音楽のための基準とは言えず、実質的な効果は薄い
(13)
とされている。
また一方通行の情報であり、本当の意味での言語習得、
会話習得とは言い難いのである。
ここで特筆したいことは、人の言葉の発声そのものが協和音の倍音構造
(14)
を持ち、乳児は生得性のうちに言語音を主体的に選好する、
つまり人の
声を好むということは明らかであり、まったく疑う余地はない。人と人と
の間で交わされる言葉、歌を超えるものはないのである。
まとめ
モンテッソーリは自発的創造と言える子どもの言葉の発達について「子
どもはまったく自分でそれをするのですが、しかしもしその力がなくて、
その言葉を自発的にマスターできないとしたら、効果ある仕事は何も人間
− 92 −
論文
世界ではなされなかったでしょう。文明のようなものもできなかったで
しょう。これがわれわれが子どもをそのなかに見なければならない真の見
通しです。これが子どもの重要性です。子どもが何事でも可能にするので
(15)
す」
と述べる。まさに子どもは自らが主体的に創造の道を歩む存在であ
り、真の開拓者である。Personality の語源はラテン語であり、per が「人」、
sona が「響く」の意味を持つ。人と人は呼吸を合わせ、調子を合わせ、互
いに歌うことで、共鳴し、共感し、
「響存」する。この関係においてこそ、
社会的存在としての自立と共存の道が拓かれていくのである。一人ひとり
に与えられた特別な楽器である声、この生きた声は、自己の存在を証し、
他者との一致を生み出す。この天恵をよりよい社会の構築、平和の実現に
活かすことがわれわれに与えられた未来への創造の鍵であると考える。
注
(1)マリア・モンテッソーリ『子どもの心』鼓常良訳、国土社、2002 年、
122 頁。
(2)正高信男『子どもはことばをからだで覚える―メロディから意味の世
界へ―』中公新書、2001 年、1 頁。
(3)同上書、7 頁。
(4)同上書、4−6 頁。
(5)マリア・モンテッソーリ『モンテッソーリの教育・0 歳~ 6 歳まで』
吉本二郎・林信二郎訳、あすなろ書房、2005 年、76 頁。
(6)前掲書、
『子どもの心』132−133 頁。
(7)同上書、132 頁。
(8)正 高信男『0 歳児がことばを獲得するとき―行動学からのアプロー
チ―』中公新書、1993 年、101−110 頁。
(9)前掲書、『子どもはことばをからだで覚える―メロディから意味の世
界へ―』26−31 頁。
(10)スティーヴン・ミズン『歌うネアンデルタール―音楽と言語から見る
ヒトの進化―』熊谷淳子訳、早川浩、2006 年、117 頁。
(11)阿部ヤエ『わらべうたで子育て―入門編―』福音館書店、2002 年、
12−13 頁。
− 93 −
(12)
前掲書、
『0 歳児がことばを獲得するとき―行動学からのアプローチ―』
54−59 頁。
(13)
中村明一『倍音―音・ことば・身体の文化誌』春秋社、2010 年、236 頁。
(14)前掲書、『子どもはことばをからだで覚える―メロディから意味の世
界へ―』24−25 頁。
(15)
前掲書、
『子どもの心』127 頁。
参考文献
正高信男『0 歳児がことばを獲得するとき―行動学からのアプローチ―』
中公新書、1993 年。
やまだようこ『やまだようこ著作集 第 1 巻 ことばの前のことば―うた
うコミュニケーション―』新曜社、2010 年。
− 94 −
論文
「モンテッソーリ教育における音楽活動
―わらべうたから合奏へ―」
後編
―感覚と運動の基盤と展開、
その援け方と意義について―
渡子 かおり
(エリザベト音楽大学(非常勤)
)
イタリア語の動詞 suonare(または sonare)
「演奏する」は、前編で野萩
がわらべうたの意義において重要視した概念 personality と共通の語源を
もつ。すなわちラテン語の sona「響く」である。この語は同時に、演奏と
作曲の歴史において、音楽構造の頂点として 18 世紀古典派の時代に完成
され、近現代もなお、その応用形が創作され続けてきた「ソナタ」の語源
にもなる。声や音を奏で伝え合うことと、演奏構造を通して人格の高みを
表現する活動の根幹には「響き」という共通の原理があることを、人々は
認識してきたことが分かる。 Suonare のもう一つの特徴は、英語 play やドイツ語 spielen には「演奏
する」という意味に加え「遊ぶ」という概念が共存するのに対し、suonare
には存在しないという点である。ともに音楽活動に関わる語彙でありなが
ら、suonare はあくまで「奏でる」
「響く」
「伝える」「告げ知らせる」概念
に徹するのである。
日本語の「奏でる」にも、
「
(目上の人に)お伝えする」
「申し上げる」
という意味がある。古来には「
(巫女が神の前で)踊る」
、すなわち「身体
を使い(大切な思いを)表現する」という意味もあったという。洋の東西
を問わず、音楽を奏でることは、人類共通の対話や賛美、祈りをより良い
形で伝え合おうとする最たる行為と考えられてきたと言える。
本稿では、マリア・モンテッソーリの母国語 suonare の概念で、子ども
が演奏を始める過程と援助の仕方について考察したい。「わらべうた」か
ら「奏する」心へ至る道は、人間発達のごく初期からつながっているので
− 95 −
はないか。その構造を明らかにし、人間にとって音楽の真の役割とは何か
を問うていきたい。
本稿の構成にあたり、子どもの合奏活動の基盤として、うた、特にわらべ
うたが不可欠な根拠を以下の 5 項目にまとめる。それぞれの内容を、子ども
の発達の事実、すなわち感覚と運動の敏感期である事実に沿って検討する。
1.無意識な運動に伴うリズム
胎内の赤ちゃんは初めただ一つの胚細胞から生命の営みを開始し、心臓
の拍動を始める。今日この分野は電子レベルでメカニズムが明らかになっ
ているが、マリア・モンテッソーリは生物としての感覚と動きの本質を絡
め、個体の社会性までを見据えて象徴的に語る。リズムと生きる力という
観点からたどってみよう。
「胚細胞は、…すみやかに分裂して、いつも新しい細胞に」なる。
「心臓…
それは(最初)小さい気泡にすぎません。…すぐに前もって定められたリズ
ムに従って鼓動しはじめ…母体の心臓が一拍に要する時間に、二度…たゆ
まずうち続けます」
。
「なぜなら(心臓は)…生命の発動機にほかならない」
。
「新しい生物が完成されるや否や、それは主導衝動の貯蔵庫といってよいよ
うなものになり…動作や性質特徴や働きになり、周囲の世界への働き掛けや
その反応にもなる…外界は肉体的生存の…手段だけ(でなく)
、刺激をも供
給する」
。
「
(なぜならどの生物も)この世界に生まれてくる以上、その生物
(1)
なりに自分と世界との調和に必要な役割を実行するもの」
だからである。
化学的な生命反応は出ても、医師が胎児の生命力を見きわめ初めて母親
に直接「おめでとうございます」と声をかけるのは、心臓の動きを目視で
確認してからである。母親はこの時初めて、自分の中に自分と特別な関係
をもった別の命が育ち始めていたことを自覚する。モンテッソーリも指摘
(2)
するように、
この時点ですでにリズムは始まっていた。心臓が一定の安
定した速度で動くとは、子どもにとって「生きるあかし」そのものなので
ある。同時に前編で明らかなように、胎内で聴く母親の声との出会いがき
わめて重要になる。
2.自由な意志でつかむ、楽器との出会い
「乳幼児期は創造の時期であることは疑いの余地がありません。…生ま
− 96 −
論文
れてから一年そこらで赤ン坊は何でもわかってしまいます。…子供がやっ
てのける創造は小さなものではありません。…子供は言語を創造するばか
りでなく、話ができるように調音器官も創造してゆくのです。身体の動作
一つ一つを創造し、発達のもっている知性の各要素とか、その他の、人間
(3)
に与えられている一切合財が子供時代に創造されたものです」。
握る、叩く、振る、ばたばたする、足腰をよこ・たてに揺らす、泣く、
声を出す、舌を動かすなど、赤ちゃんがお母さんとの安心感の中で反応し
発声発語していく過程で、同時に興味があるものを見つけると、腕を伸ば
し、身体を伸ばし、足腰を踏んばって、つかみにかかる。
「無意識な心は
一段劣る心という意味ではありません。無意識的な心も知性に富む心であ
(4)
り得るのです」
とモンテッソーリは述べる。
「運動は何かを握ったり掴み上げたりする行為に初めて表れます。赤ン
坊は物を握るととたんに、初めて物が握れたその自分の手に対して意識を
(5)
呼びさまします」。
そこに美しい音色、自分の身体を能動的に使って音が
出る物があれば、それは楽器との出会いと言える。自分の声に加えてより
幅広い音域、音色、発音のしくみ、技術的な喜びなど、魅力的な世界が広
がりを見せる。スイッチを入れれば受動的な選曲、または意図しないタイ
ミングで音が飛び出してくるメディアや機器が有用でないのは、運動面か
らも明らかである。
保育現場や小学校で子どもに楽器を指導して困難を感じる時の要因を
探ってみると、胎児期乳児期の課題に行き着くケースがある。すなわち目
が合わない、お母さんに応えてもらっていない、呼吸を揃えられない、文
法上正しい話ができない、立てない、歩けない、握れない、歌えない、な
どである。与えられた楽譜が弾けないから楽器ができないわけではない。
困難な子どもの音楽活動を、発達面から正確に見きわめ、本当の悩みを解
決し、喜びのある活動に切りかえていくのは大人の責務である。
3.信頼感に基づいた提示と自立
わらべうたで明らかにされた、母親に対する大きな安心感から芽生えた
「人への信頼、環境への信頼」は、そのまま教師との関係に通じる。
森の事例では、ある 3 歳児が提示によって手首のコントロールと両手の
(6)
供応動作を洗練させ、奏でる楽しさに目覚めていく。
その過程を提示者
− 97 −
と子どもの関係性に焦点を当てたどってみる。
「A 君の自由打ちが(音量
の大小など)試みはじめた時…教師は A 君のそばで、正確な一拍ずつの連
打を、脈拍ぐらいの速さで、ききとれるほどの音量で、黙々と続行し続け
る」。「二人の鳴らす音の差異に気づいた時の A 君は、
「奏」することへの
第一歩を歩みはじめ、聴きはじめるのではないか。…そしてはじめて、教
師の打法を観察する。まねる。やろうとする。教師は提示者としての配慮
をもって、打つ速度を遅くし、手首のコントロールも分析的に、A 君がはっ
きり観察できる位置で演奏してみせる。ことばは不要であり、目がものを
いう…」「つぎに A 君自身が打ちはじめた時、奏する音へ神経は集中して
おり、振りは奏するための試行に移っているであろう。そこで教師は、A
君の演奏が多少不正確であっても、今度は A 君の打つリズムに合わせる…
そして次第に正確な拍打ちへとリードして行く。…反復によって打法がそ
れなりの安定をみせはじめた時、教師は要らなくなる。そして A 君は「楽
しむ」ことを知りはじめる…」
。
音と動きそのものが、言葉の代わりとなって、子どもに演奏の本質を伝
えている。この過程は「おしごと」の提供法と何ら変わらない。そして本
当に美しいものや心から知りたいものに出会った時には、彼らは楽器を乱
暴に扱ったりせず、興味をもってじっくりと見聞きし、しっかりと、しか
し丁寧に触る。教具と同様である。
また、どんな子どもの演奏にも、現時点での認めどころがある。
「選ん
で来た」だけで認める場合もある。工夫、音色、やる気、具体的に認めて
あげることが大切である。それは例えば提供の中で、子どもが発した言葉
や書いた字を、決して否定しないのと同様である。楽器から出る音は、ど
れほど未熟であってもその子の「声」そのものだからである。子どもは正
しくきれいな音が出る方法に気づくと、同じ音を、同じように出そうとす
る。提供を通して感覚と運動を研ぎ澄まし、芯のある美しい響きを知らせ
ていく。
自分と向き合い、認めてもらった演奏は、やがて他者と呼吸を合わせる
(7)
楽しさにつながってゆく。年中児 20 名余による合奏本番でのこと、
曲中
でひとりのカスタネットのゴムがほどけ、全員がステージ上で初めて耳に
する長い間奏を待つという、ハプニングが起きた。本人はステージ下の指
揮者に、落ち着いた動作で近づき、修繕を依頼した。静かに信頼し、音楽
− 98 −
論文
の流れの中で解決を待つ間、周りはびくともしなかった。音楽として壊れ
ることはなく、解決し合図の指揮を一振りすると、何事もなかったかのよ
うにぴたりと揃い、むしろうれしそうに再開、以後ほとんど指揮を必要と
しなかった。安心感と自立を伴い積み重ねた音楽する心は、本番のピンチ
も乗り越え、曲の完成度にも影響してくる。
5.楽器演奏におけるわらべうたの特質と意義
ピアノ教育者バスティン(8) は 12 の全調を早期に導入するメソッドの創
案者として知られるが、彼は初めにまず黒鍵盤を紹介する。理由は視覚上
見つけやすいことにあり、彼は二つの黒鍵のかたまりをやがて「ド、レ、ミ」
の位置を探す「目印」として使用する。
その弟子である木村は、
二つの黒鍵の音程を使うと日本語では「○○ちゃ
ん」という呼びかけと、
「はあい」という返事の自然な抑揚が表現できる
(9)
と気づき、
「名まえとおへんじ」という小品にした。自らの教本に挿入し、
生徒の名前を自由に入れて演奏させた。木村は文化的に日本の子どものた
めの演奏教材の必要性を認識すると同時に、
「自分の名前を呼んでもらえ
るのは、喜びである。一人一人呼びかけてあげることで、この音楽本は自
(10)
分のものだと実感し、大切にしてくれる」
と述べている。
筆者は「名まえとおへんじ」が日本のわらべうたの基本的音程であるこ
とに着目し、鍵盤楽器以外に手拍子、打楽器、木琴類などの活動にも広く
用いている。木琴の導入では、運動的には供応動作「右、左、右」を二回
打つことで、
この曲は弾ける。いっしょに集まった子どもたちが「○○ちゃ
ん」と拍手をしながら、その子の名前を丁寧に呼ぶと、個々の名前によっ
て抑揚やリズムの刻み方に違いがあることに気づく。さらにこの小さな 1
フレーズの掛け合いを発展させることで、二部形式やロンド形式で即興演
奏も可能になる。
なお、この音程のみで弾ける日本のわらべうたは多々ある。
「あそぼ」
「い
いよ」
「おはよ」
「たこたこあがれ」
「たけのこいっぽん」
「なべなべそこぬけ」
…もちろん日本語の基本音程であるので、創作もできる。その過程で連打
や八分音符などの技術が自然に必要になる。
− 99 −
まとめ
モンテッソーリは子どもの言語習得について音楽に喩えて述べてい
(11)
る。
言葉を音符に、
調音器官を楽器に喩え、
子どもの発達の精緻さを尊ぶ。
どれほど立派な楽曲を持ち寄っても、守り育まれた心身と、文化や家族
の記憶に基づいたうたの本質が結びついていなければ、音楽活動を真の人
の育ちにつなげることはできない。自国の伝承文化であるわらべうたを丁
寧にたどり、その上で他者の生き方や文化を尊ぶ精神性を伴ってこそ、
「伝
え合う」ことを軸に楽器への導入や実践が意味をなすと言える。
さらに「余韻」について触れておく。例えば木琴で、手首のコントロー
ルがなければ、
いわゆる「響き」のない「コ」という音しか鳴らない。「コー
ン」と快い余韻を導くための提示については先述のとおりであるが、手首
のコントロールには、上腕や背筋などの大筋肉の調整も関わってくること
は言うまでもない。また「わらべうたにおける母音」が意識され身に付い
ていれば、母音は余韻に置き換えられ、楽器は奏でる人の文化と心の鏡と
して、讃え、歌うように演奏することができるのである。
美しい響きを生み出すためのいずれの要素も、これまで確認してきた乳
児幼児期の感覚・運動の発達と、母体との関係を出発点とした自立への歩
みが、不可欠な要素となることが理解される。わらべうたには今後の研究
要請として言語や歌の領域につながる道もあるが、育ち合い、伝え合う人
間の営みに、音楽の響きは直接役割を果たすことに変わりはない。
参考文献
(1)マリア・モンテッソーリ『幼児の秘密』鼓常良訳、国土社、1968 年、
24−29 頁。
(2)同上書、29 頁。
(3)マリア・モンテッソーリ『創造する子供』菊野正隆監修、武田正實訳、
エンデルレ書店 / ヘンデル代理店、2005 年、23 頁。
(4)同上書、24 頁。
(5)同上書、151 頁。
(6)森貞子「モンテッソーリ教育が根づく鍵―「運動」について―「音楽」
への展開―巧緻性と「奏」
・習熟と「想」
・予感と「間」―」『モンテッ
− 100 −
論文
ソーリ教育』第 16 号、1983 年、10−12 頁。
(7)〔小百合幼稚園クリスマスおいわい会〕2012 年 12 月 15 日、広島
市西区。
(8)Bastien, James, The Bastien Piano Library. Method Piano Lessons
Primer Level, Level 1, Level 2, Level 3, Level 4,(San Diego; Neil A.
Kjos Jr., Publisher, 1979)
.
(9)木村美江『ソルフェージュとともにすすむ子どものピアノメソッド第
1 巻』ATN。
(10)
1990 年、木村氏への直接取材による。
(11)
前掲書(6)
、118−125 頁。
− 101 −
実 践 報 告 ・ 事 例 報 告
モンテッソーリこどもの家の教育活動への
茶道導入に関する考察
瀧口 洋
(松蔭大学大学院)
勝見 珠子(宗玉)
(
(社)
茶道文化振興会)
瀧口 恵
(モンテッソーリ下落合こどもの家)
1.緒言
当こどもの家は、1979 年著者の一人(瀧口恵)により新宿区内に設立
され、以来 30 有余年モンテッソーリ教育を実施し、数多くの卒園生を世
に送り出してきた。その教育活動においては、モンテッソーリ法に基づく
教育を実施するのはもちろんであるが、それに留まらず、専門家による体
操、リトミック教師による音楽などの教育も実施してきた。なかでも、特
別に入力してきたのは日本文化教育である。
地球規模化した国際社会において、将来、大いに活躍するためには、今
後は異文化を尊重し、多文化を理解しうる人材であることが必須となるで
あろう。ここで、最も大切なことは、多文化を理解する前に、自らのアイ
デンティティー(自己同一性)を明確にしておくことが必須であり、自国
の文化を学び、よく理解しておくことが必須であろう。
日本の代表的伝統文化である茶道の教育対象は、一般的には、学齢期以
後の男女であることが多いが、今回はそれを裏千家茶道講師の指導の下で、
当こどもの家の 3 歳から 6 歳の幼児の教育活動への導入を行ってみた。
本報告では、その導入の計画の段階で検討しておくべき事項、配慮など
についてモンテッソーリ教育的視点で整理して考察し、続いて、茶道教育
の実施、得られた効果などについて報告する。
2.幼児教育における日本文化教育
(1)
モンテッソーリ法の教育内容は、大きく 5 つに分類される。
すなわち、
− 102 −
実践報告・事例報告
日常生活の練習、感覚教育、言語教育、算数教育および文化教育の 5 つで
ある。モンテッソーリ法では、言語および数以外を対象とする教育を文化
教育と称しており、生物、地理、歴史、音楽、美術等の広い分野がこの文
化教育の対象となっている。なお、3 ~ 6 歳の間は、特に言語活動の一部
として数多くの「ことば」を知ることに重点が向けられている。
一方、日本人は世界的に見ても特徴的な文化、とくに伝統文化、食文化
などを確立し、継承してきており、この点は国際的にも高い評価を得ている。
当こどもの家では、設立以来、日本文化教育の一環として、季節の伝統
行事を大切にし、当こどもの家の 3 歳から 6 歳の幼児の教育活動に、それ
らを数多く取り入れて実施してきた。
その伝統行事として、1 月の鏡開きでは、火鉢で餅を焼いて食べた後、
日本の伝統的な遊びの羽根つき、こま回し、福笑い、カルタなどを楽しむ
ことにしており、2 月は節分、3 月はひな祭りを行い、4 月以降も田植え
を行い、秋には新米の収穫の喜びを味わうことにしており、それ以後も季
節の移ろいを大切にして、毎年幅広く、各種の伝統行事を行うことにして
いる。
今回は日本文化教育をさらに一歩進め、深めるために、本格的な伝統文
化である茶道を、敏感期にある幼児に、その道の本物の教師による指導で、
本物の道具を用いて提供してみることとした。
モンテッソーリ法で用いられる道具は、はさみ、包丁ともに、形、寸法
は幼児の手のサイズに合わせて小さくしてあるが、刃がついた本物である。
子どもの安全を考えれば刃がついていないほうが良いとの考えもありうる
が、切るマネでは、体験にもならないし、教育にもならない。切れてはじ
めてはさみであり、包丁であるので、保育室ではすべて本物を提供してき
た。茶道教育の場合もこれと同じく、すべて本物を用いることとした。
ここで、茶道をこどもの家での教育活動に導入しようとする目的を整理
しておく。
① 日本の伝統文化を体験し、味わい、特に四季の移ろいの素晴らし
さを体験的に味わう。
ちょうだい
② 丁寧な挨拶やお運びの練習を通じて、もてなしの心と頂戴したも
のへの感謝の気持ちを育む。
③ 所作を美しく丁寧に行い、茶碗などの器物を大切に扱うことを通
− 103 −
じて、敏感期にある幼児の運動と感覚への多様な教育効果を期待
する。
3.茶道の心と幼児の心 茶道は約 450 年前、千利休により深められ、孫の宗旦に至り完成したと
いにしえ
(2)
言われている。
古より茶道において最も大切な心は「和敬清寂」である
とされているが、これは禅の教えに由来している。
「和」は互いに仲良くし、
和し合うことを意味し、
「敬」はお互いに敬い合い、
自らを慎むことを意味しており、これらは人間社会での基本であり、幼児
で構成される当こどもの家の保育室でもすでに実現していると言えよう。
また、「清」は心の清らかさを意味し、
「寂」はどんな時にも動じない心
けが
のことである。幼児であれば、いまだ穢れを知らない、天使のような心を
持っているので、
「清」も保育室ではすでに実現していると言えよう。
しかし、幼児の場合、
「寂」はいまだ実現しているとは言えないので、
いまだ幼い子どもたちに動揺を与えるかもしれないような事態が保育室内
に持ち込まれないように、教師らが最大の注意を払い、それに備えている。
以上の考察に従えば、保育室には茶道教育を受け入れる心の準備がおお
むね整っているものと判断される。
茶道の所作を習った後は、それを実践するための茶会を開き、点前をす
るのが普通である。なお、茶会とは、客を招き、作法に則って茶を点てて
(3)
もてなし、楽しむことを言い、点前とは、客の前で茶を点てることを言う。
こどもの家でも、茶道を導入するからには、最終的には茶会またはそれに
準ずる会を催すこととしたい。
茶道においては、茶会の亭主はその時の出会いを大切にする「一期一会」
の精神で客をもてなし、客はその亭主の心をくみとるようにすることが求
められる。なお、一期とは人の一生を意味し、今日の 1 日は 2 度とないこ
とを肝に銘じ、一度限りの茶会と心得て、亭主、客互いに誠心誠意をもっ
て対処すべきと説いた言葉である。新しい人生をスタートしたばかりであ
る幼児には、この精神は理解できないであろう。しかし、春秋に富む幼児
であれば、成人に比してはその重要度は小さいものと考えられよう。
(2)
茶道の美意識を表す言葉には「わび」
、
「さび」がある。
「わび」とは不
完全な状態から引き起こされる気持ちのことであり、
「さび」は、金属が「錆
− 104 −
実践報告・事例報告
びる」に通じて、時間が経過して何もかもが失われていく状態から引き起
(2)
こされる感情である。
この意識は幼児にはまだまだ理解されないであろ
うが、これからの輝かしい、長い人生が用意されている幼児の場合、成人
に比してはその重要度は小さいものと考えられよう。
上述のごとく、幼児は茶道の所作を習っても、茶道の精神性の部分は十
分には理解されず、身に付かないかもしれない。しかし、それ以外の部分
では大きな効果があるにちがいないと考え、論を進めることにする。
利休の聞き書きである「南方録」には 31 首の狂歌があり、それを基に
して「利休道歌」として 100 首がまとめられている(3)ので、示唆に富む、
そのうちの 1 首をここで紹介する。
習ひつつ 見てこそ習へ 習はずに
よしあしいふは 愚かなりけり
この利休の教えに従い、当こどもの家では、とにかく茶道導入を進める
こととして論を進める。
(4)
茶の極意は利休七則として示されている。
すなわち、
「茶は服のよきよ
うにたて、炭は湯の沸くように置き、花は野にあるように、夏は涼しく冬暖
(4)
かに、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ」の七則である。
これは、弟子の一人が利休に「茶の湯で心得て置くべき最も大切なことは
何か」と尋ねたのに対する利休の答えである。その弟子は「そんなことは
誰でも知っている」というと、利休は「その七則にかなう茶ができたなら、
私があなたの弟子になりましょう」と言ってその弟子を諭したと言われる。
著者の一人(瀧口洋)は長年大学教育に携わり、そこで「知行合一」の
(5)
重要性を主張してきた。
「知行合一」は以下のごとく説明できる。学んだ
ら、その内容を実践してみて初めて本物の知識になるのであり、知(学問)
と行(実践)は別物であるが、相寄って離れないものであると解釈される。
茶道では教育者の所作を見習い、聴き習い、習った所作を実行に移して、
それを習得し、確実なものにして、次の段階に進むものと解釈される。こ
れはまさに知行合一である。
− 105 −
4.幼児の教育環境と茶道
今までの茶道教育の対象者の大多数は学齢期以後であり、大人である。
しかるに、今回は 3 歳から 6 歳の幼児を対象とする茶道教育を行うことを
意図している。この場合には、幼児または幼児教育の特性をよく理解して
進めなければならない。
学齢期以上の教育では、教育の対象者は教師から教えられたことを学ん
で育つのに対し、幼児は教えられて教育されるのではなく、幼児自身が周
囲の教育環境と主体的に関わることにより、自ら積極的に学びとっていく
(6)
時期である。
学ぶことの動機づけには、外発的動機づけと内発的動機づけに分けられ
るが、前者のほとんどが外的な報酬により触発され、賞罰のかたちで進行
(7)
する。
しかし、子どもは、欠乏充足の欲求だけの存在ではなく、自分自
身の成長への欲求が強く支配しており、マリア・モンテッソーリ(1870-
1952)は、この成長への欲求に基づく行動を、自らを完成させる内的な生
命衝動力の現れであるとしており、子どもは、やりたいからやる行動であっ
(7)
て、内発的な動機づけによる行動であり、これこそ発達の推進力である。
子どもの発達において最も重要な条件は、子どもの環境に対する積極的
な働きかけと活動、および、それに応じて様々な仕方で子どもに応答する
環境の存在であり、両者のいずれが欠けても、その相互作用が断たれるの
(7)
で、子どもの発達が妨げられることになる。
幼児期の発達のためには、幼児自身が興味や関心を引き起こされ、その
欲求に基づき、環境と関わり合い、幼児自身の発達に必要な、具体的で直
接的な体験を積み重ねることが重要であるので、それが可能であるような
(6)
環境が不可欠であろう。
幼児のための教育環境は 3 つに大別される。1 つは保育室、教具、遊具
などのいわゆる物的環境であり、
2 つ目は幼児、
教師などの人的環境であり、
(6)
さらに 3 つ目は、幼児が接する自然、社会事象、雰囲気などである。
上述のごとき、幼児の特性を十分に理解し、それを踏まえて茶道教育を
行わなければならない。
けい こ
伝統文化を習得しようとすると稽古しなければならないが、稽古とは「古
を考える」という意味であり、昔のことを調べ、今なすべきことは何かを
(4)
正しく知ることが大切である。
その稽古のために必要なのが稽古場であ
− 106 −
実践報告・事例報告
り、道場である。
「こどもの家」での教育活動へ茶道を導入する場合には、その保育室を
一時的に改変し、整えて稽古場とすることにより、教育環境を構成するこ
とにした。茶室にはかならず床の間があり、これは茶道の稽古場としては
必須の物的環境であるので、当こどもの家でも床の間と見立てられる場所
かざ
を定め、そこには掛け軸を掛け、花を活けて荘る。さらに、写真① に示す
ご
ざ
ごとく、保育室では、その床にはたたみ風の茣蓙を敷き詰め、水屋(水谷
とも書く)を設けて、大きな茶室に早変わりさせることとした。
写真 1
この改変により、いつもの保育室が非日常的空間に変身する。この教育
環境に身を置くことにより、幼児自身は大きく影響を受けて、茶道の稽古
を受ける体制が整うはずである。
四季のある日本では、その文化において、特に伝統文化においては、季
(4)
節の変化を大切にする。
茶道においては、季節感を大切にして軸、花、
(4)
花入れ、および菓子を用意する。
これらも、幼児のための重要なる物的
環境であると位置づけ、当こどもの家でのお稽古でも、毎月、幼児のため
にいずれも本物を用意して教育を行っている。
例えば、4 月、軸は「一二三四五六」を掛けた。ちなみに、これは禅語
に由来し、修業の積み重ねを意味している。花は椿を用意した。なお、茶
はないかだ
道では 11 月から 4 月が冬に当たる。花入れは竹一重切りを、菓子は花筏
を用意した。
5 月は、軸「青山緑水」
、花(黒ユリなど)
、花入れ(鮎かご)、菓子(か
ぶと型干菓子)を、
また、
6 月は軸(鮎の絵)
、
花(蛍袋など)、菓子(水無月)
− 107 −
を用意した。
お稽古は 7 月まで実施し、秋は 10 月から再開して、軸「雪月花」、花(秋
そうぜんかご
の七草)
、花入れ(宗全籠)
、菓子(いちょう、稲)を用意し、11 月、1 月、
せいじりゅうみみ
2 月と続けていき、3 月は、軸(雛の絵)
、花(桃の花)、花入れ(青磁龍耳)
、
菓子(三色団子)で一年が終了して、卒園を迎えた。
5.幼児への茶道指導
幼児茶道の教育環境は、前述の保育室の改変により物的環境は整えられ
たが、ここでさらに大切なことは、人的環境、すなわち指導者、指導法で
あろう。これについて以下に論ずることとする。
モンテッソーリこどもの家での教育環境においては、原則的には、学ぼ
うとする幼児の自由が保障されているので、1 日の過ごし方は幼児自身が
決定し、教育環境に働きかけ、意欲的に学んでいる。
当こどもの家では、体操、音楽及び茶道の教育の予定日時は幼児および
両親に予告しておいて、いずれも 1 時間程度の限られた時間帯であるが、
一斉保育的に実施している。しかし、これらの特別授業は月に 1 回から 3
回であり、それ以外の時間は、幼児に完全に自由を保障されている。
しかし、上述の 3 教科、特に茶道では以下の「原則」を守って指導して
いる。
①指導者は個々の幼児の近くで静かに模範的所作を示すのみとして、幼児
はそれを見て、自らの記憶に従い、その所作を実施する。
②指導中の所作ができない幼児には、指導者は模範的所作を繰り返すこと
のみで指導する。
③幼児からの質問などには、幼児が理解できそうな言葉で応答する。
④指導中の所作がほぼ全員できたことを確認して、次の段階に進む。なお、
個別指導の間、他の幼児はその終了を待つ。
こどもの家における茶道の実際の「お稽古の流れ」は毎回以下のとおり
である。なお、茶道のお稽古は必ず、礼に始まり、礼に終わるのが常である。
❶最初のご挨拶は姿勢を正し、扇子をまっすぐ前において、皆そろって一
番正式な「真 」 のご挨拶をして、お稽古が始まる。
❷お辞儀には真、行、草の 3 種があるが、その違いを理解し、正しい姿勢
で、美しく、気持ちを込めて、これら 3 種のお辞儀ができるよう練習す
− 108 −
実践報告・事例報告
る。併せて、正座の仕方、立ち方、歩き方についても練習する
❸正座して、目を閉じて瞑想することを静坐と言う。この練習により、同
じ姿勢を保ち、静かにするができ、心を静めて、呼吸を整えることがで
きるようになる。
❹床飾りについて説明する。すなわち、掛け軸と花の説明を通じて、幼児
にも分かるように、日本の文化や四季について説明する。
❺お菓子の運び方と頂き方の練習は、幼児を 2 つのグループに分け、もて
なす側と客側に定めて、静かに所作を行い、丁寧な挨拶を習い、思いや
りの心を大切にすることを習う。次に役目を交替して再度所作を行う。
❻最後のご挨拶で締めくくる。定位置に正しい姿勢で正座し直し、真のご
挨拶をしてお稽古は終了する。
茶道の教育的指導は、毎回、上述のごとく、こどもの家の保育室を仮
に模様替えして、本物の道具を用いて実施しているが、11 月、幼児には、
仮に茶道会館内の本物の茶室での茶会、お点前を見学する機会が用意され
つくばい
ている。当日、白靴下を履いて、服装を整えた幼児は蹲を用いて手を清め
た後、茶室に入る。
幼児はお稽古するだけでなく、見学するだけでもなく、2 月にはこども
の家にて「梅見の茶会」を開催している。写真 2 に示すごとく、当日は幼
児が亭主役を務めて、ご父母を客人とした茶会を、以下のようにして、楽
しむことにしている。
写真 2
− 109 −
具体的には、茶会当日定刻、前庭で待つご父母に年長児が挨拶してから、
もうせん
会場に案内する。着席後、赤い毛氈の上から年長児が、始まりのご挨拶し
た後、お菓子のご案内をしてから、全員でそれを戴く。
続いて、年少児が赤い毛氈の上に移動し、一斉にお茶を点てて、自分の
ご父母の席にそれを運び、ご父母に丁寧にご挨拶をした後、それを召し上
がっていただく。以上の所作が終了した後、茶碗を水屋に下げる。次に、
年中児が同様の所作を行い、最後に年長児がそれに続く。
幼児全員の所作が終了後、幼児全員が控え所に座る。最後に、年長児が
赤い毛氈に移動し、終わりのご挨拶をしてから、お礼の言葉を言う。
6.茶道教育の教育効果
モンテッソーリ法での教師の提示(presentation)を初めて見た人がこ
ぞって、
「お茶のお点前みたいだ」と感じており、茶道のお点前は、まさ
(8)
に提示の見本であり、これには余計な動作がなく、美しいと言われる。
今回、実際に行った茶道教育は、敏感期、とくに礼儀、挨拶への敏感期
にある幼児にはまったく違和感なく、日ごろ受けている教育と同様に、親
しみをもってスムーズに受け入れられていった。
幼児の教育には、自由が不可欠であり、自由を自分のものとしている保
育室では、子どもたちは無駄なことをせずに、知的に、自分の意思のまま
(8)
に動き回っている。
しかし、その自由とは放任ではない。子どもが内面
から湧き上がる衝動を感じている時には、やりたいことができる自由があ
(8)
ればよいのである。
これは同時に、やらない自由も用意しておかなければならない。茶道の
指導においても、幼児の自由が保障されており、決して無理強いすること
なく、教師の提示に対する幼児の反応を見ながら進めていった。
茶道の指導が行われている保育室の雰囲気は、前述のとおり、日ごろの
それからは大きく変化しており、極めて静寂であり、幼児にとっては非日
常的な雰囲気であり、これは幼児にとって大変に興味深いものがあるに違
いない。
一方、そこで見習う所作には、釜から湯をくみ出し、茶碗に入れ、かき
混ぜて、お茶を点てる所作を近くで見て、そこででき上がったら、茶碗は
子どもが実際に運んで行って、人をもてなす。これらの一連の所作は、日
− 110 −
実践報告・事例報告
ごろ行ってきた、モンテッソーリ法の日常生活の練習とも共通しており、
各家庭での日常とも相通ずるところであるので、まったく違和感がなく子
どもに受け入れられていった。
しかし、その一連の所作には無駄な動作がなく、美しいことが、日常生
活の練習とは大いに異なるところであろう。日常生活の練習はそれを通し
て人格形成することを目的としているが、茶道の場合は、一連の所作その
ものが目的であり、厳格であり、幼児にしては相当に長く、むしろ複雑で
あろう。
しかし、
ここでの一連の長い所作の流れは、
幼児にとっては「きまりごと」
であり、それを厳格に守るには、流れを完全に記憶し、それを落ちなく行
動に移さなければならない。これは、幼児にとって相当の負担であろうと
予想していたが、結果的には、いずれの幼児も所作を容易に習得すること
ができた。
幼児は、茶道の所作をその際の保育室での秩序と解釈しているものと考
えると、秩序の敏感期にある幼児にとっては、その習得は困難ではなく、
親しみがあり、むしろ容易なことであったかもしれない。
茶道の指導で行われる挨拶は、通常の日常生活ではむしろ丁寧すぎるか
もしれないが、それも幼児が秩序として身に付けておくことは良いことで
あろう。丁寧な挨拶を習得した幼児が法事に出た際、親戚一同と見事に挨
拶を交わし、
「やはり、モンテッソーリ教育の子どもは違うなぁ」と感心
されたとのことである。
7.結語
年間を通じて茶道教育を施してきた結果、指導者側の評価では、幼児に
次のような変化を感ずることができた。
①季節の変化に敏感になった。
②自然に丁寧な挨拶を交わせるようになった。
③美しい姿勢を保つことができるようになった。
④もてなしの心が身に付いた。
⑤落ち着いて、冷静に行動できるようになった。
− 111 −
〈謝辞〉
(社)茶道文化振興会理事北見宗幸氏、同北見雅子氏の茶道指導に
深謝する。また、下落合こどもの家の伊藤千恵子、藤木美幸、冨永和美の
諸氏の協力に感謝する。
参考文献
(1)永江誠司「脳科学から見えるモンテッソーリ教育の意義」『モンテッ
ソーリ教育』第 45 号、2012 年、4-14 頁。
(2)千宗室監修『学校茶道 初級編』
(財)今日庵、2003 年、8-22 頁。
(3)北見宗幸監修『はじめての茶の湯』
成美堂出版、2007 年、94 頁。
(4)北見宗幸『DVD 茶道教室』
山と渓谷社、2011 年、133 頁。
(5)瀧口洋「「知行合一」教育の実践に関する考察」『松蔭大学紀要』第
15 号、2012 年、1-11 頁。
(6)小田豊「保育と環境構成」
『モンテッソーリ教育』第 30 号、1997 年、
34-37 頁。
(7)滝 沢 武 久「 発達心理学の立場」『モンテッ ソー リ 教 育 』第 30 号、
1997 年、38-44 頁。
(8)藤原元一「モンテッソーリ教育の自由のとらえ方とそのための提示」
『モンテッソーリ教育』第 17 号、1984 年、45-53 頁。
− 112 −
実践報告・事例報告
「作業に時間制限を設けない」取り組みを通して
川満 すわ子
(聖マルコ保育園)
はじめに
本園は、沖縄県の南部、豊見城市に平成 4 年に開園し、キリスト教の精
神を基盤としてモンテッソーリ教育法を導入し、保育実践をすすめ、今年
で 22 年目になる。
沖縄県は、アメリカ統治時代に小学校のプレスクールとして公立幼稚園
(一年のみ)が整備された。その特殊な事情により、現在も 5 歳児のほと
んどが公立幼稚園へ入園する。本園でも、4 歳児が年長児として位置づけ
された保育が展開されており、モンテッソーリ教育法による縦割り保育の
良さを 3・4 歳児のクラスを縦割りに編成することで取り入れてきた。
近年の本園の課題として目にとまるようになってきたのが、保護者の生
活多様化に伴う子ども個々の保育時間の差である。課題に対応するため、
登園時間が遅く、作業に取り組む時間が短い子どもに対しては、作業の時
間を 20 分ほど延長したり、また、子どもの作業を細かく観察・分析して
声掛けを頻繁に行うなど、教具に触れる機会が少しでも多くなるよう対応
していた。しかし、それだけでは繰り返して作業に取り組む経験が少なく、
継続して子どもの姿を観察し分析することもままならず、主体的に作業に
関わらせる導きが困難な状況であった。
また、2007 年度から教育実習園となり、実習生を指導する立場上、主
任保育士の筆者自身が保育から一歩身を引いて作業の様子を外から観察す
る機会ができ、その際に子どもが教具に導かれていく姿や、子どもが教具
からメッセージを受け取る瞬間に何度も出会い、教員養成コースでの学び
と一致したモンテッソーリ教育理論と実践が、目の前で展開されていくの
を実体験するようになる。その様子を観察しているうちに、園の取り組み
は子ども一人ひとりの適切な援助になっていると言えるのだろうかと疑問
を持ち、何かしらの手立てを講じなければならないと考えている中、作業
を時間で区切らないことが原則であることを教員養成コースより教えてい
ただき、子ども一人ひとりに作業の時間を保障するために「作業に時間制
− 113 −
限を設けない取り組み」を実践することになった。
子どもを取り巻く社会の変化に伴い、保育の多様性が求められる中、子
育てを巡る課題への対応として、モンテッソーリ教育園として環境をどう
整えていけるのか、本園の保育実践を考察し、今後の課題や方向性を見い
だしていくための活動を報告する。本園の概要を表 1 に示す。
表 1:本園の概要
平成25年7月1日現在
クラス
0歳児
1歳児
園児数
6
12
担任数
2
2
(フリー保育士3名)
縦割りクラス
2歳児
18
3
3歳児
19
1
4歳児
20
1
1.本園のモンテッソーリ教育の取り組み
本園のモンテッソーリ教育の取り組みは、
段階を分けると「導入期」
(1993
年~ 1997 年)
、「移行期」
(1998 年~ 2006 年)
、
「実習園期」
(2007 年~現
在)の 3 つの段階に分けられる。 「導入期」は、週に 1 回の勉強会でモンテッソーリ教育に関する書籍を
用いて子どもの発達特性について読み合わせを行い、また、近隣にあるモ
ンテッソーリ教育園へ見学に出かけ、モンテッソーリ教育の実践や環境の
整え方について学び、教具を手づくりし、各クラスでコーナー保育という
形で実践し、子どもの日常生活に関わる援助にもモンテッソーリ教育法を
取り入れていった。
「移行期」は、モンテッソーリ教員養成コースへ保育士を派遣し、学ん
だことを週 1 回の勉強会で分かち合い、理論と実践を深め、それと並行し
てモンテッソーリ教具をそろえ、物的環境と人的環境の整備に力を注いだ。
モンテッソーリ教育に地域の文化を織り交ぜながら保育を展開できるよ
うになった頃、ご指導をいただいている教員養成コースより、沖縄地区に
おける教育実習園となるよう依頼を受け、2007 年度から教育実習園とし
てのご指導を受けながら、年間 4 名ほどの実習生を受け入れ、今年で 7 年
目となる。
− 114 −
実践報告・事例報告
2.
「作業に時間制限を設けない」とは
表 2 左は本園で使用していた従来のデイリープログラムである。登園時
間から 9 時 30 分までを「教具による作業の時間」にあて、9 時 30 分にな
ると保育士が作業終了をベルを鳴らして伝えていた。子どもはその合図で
作業を終わり、片付けが終わり次第線上歩行をして、皆がそろった時点で
朝のお集まり・礼拝を行い、それから設定保育へ移るというのが午前中の
保育の流れであった。
3・4 歳児クラスにおいて、登園時間の早い子ども(クラス 35 ~ 36 名
中 10 名ほど)は、9 時 30 分の作業終了時間まで約 90 分間作業に取り組
めるのに対し、登園時間の遅い子ども(同 5 ~ 6 名)は、10 分間程度し
か取り組めない状況であった。
「作業に時間制限を設けない」というのは、
作業終了の合図による時間の区切りを無くし、午前中すべての時間を「教
具による作業の時間」とすることである。それが、表 2 右になる。
「作業に時間制限を設けない取り組み」を始めてから 2 年が経過し、現在、
1 週間のうち火曜日、水曜日、金曜日、土曜日でこの取り組みを行うこと
が可能となり、午前中すべてを「教具による作業の時間」とする保育活動
が定着しつつある。
表 2:デイリープログラムの変更
現在
時間
時間
従来のデイリープログラム
プログラム
7:00
・順次登園
・教具による作業
9:30
朝の集まり・礼拝
設定保育(集団活動)
11:15 食事準備
食 事
プログラム
7:00 ・順次登園
・教具による作業
➡
(朝の集まり・礼拝)
コーナー活動
11:15 食事準備
食 事
− 115 −
3.実践の経緯
実践の経緯として、
実践 1 作業終了の合図(ベル)の廃止
実践 2 土曜保育での取り組み
実践 3 教具による作業とコーナー保育併用による取り組み
実践 4 作業計画表を活用しての取り組み
実践 5 クラス移行の取り組み
実践 6 実践 1 ~実践 5 からの総合的な取り組み
として行い、子どもの姿を観察し分析して課題を修正するという方法です
すめた。
3-1 作業終了の合図(ベル)の廃止
まず、時間の区切りを無くす為、これまで行っていた作業終了のベルを
廃止することから取り組むことにした。
これまでは月曜日から土曜日までの毎日、9 時 30 分に作業終了の合図
を保育士がベルを鳴らして知らせ、ベルが鳴ると、子どもは作業から手を
離し、両手を後ろに回して体を止めて座り、保育士が話す作業終了後の予
定を聞いた後、教具を片付け、線上歩行の線の周りに集まり、線上歩行を
して、朝のお集まり・礼拝へと移る、という形を取っていた。
ベルの合図の廃止後は、①作業終了の合図のベルは無くなり、代わりに
アシスタントの保育士が絵本読み聞かせコーナーを開設することが目安にな
ること、②作業終了は子どもが自分の意志で決め、保育士に伝えてから絵本
コーナーに集まること、また、線上歩行用の線の周りでのお集まりは無くな
り、絵本コーナーがお集まりの場所になることを子どもたちに事前に伝えた。
保育士が子どもを観察するポイントを、
「作業終了の合図が無くなるこ
とで、作業がどう変化するのか見ること」に置いた。
実践の 1 日目よりすぐに子どもたちの変化は現れた。ベルが鳴った途端
に激しく泣き出すある男の子がいたが、その子もにこやかな表情で作業に
取り組み、満足すると自分から作業の終了を保育士に伝えにやって来た。
こちらがうれしくなるほどの笑顔だった。
保育士に取ったアンケートからも、
「子どもたちは作業を続けられるこ
とで安心して作業に取り組んでいる」や「自分の意志で作業が終われるの
− 116 −
実践報告・事例報告
で気持ちよく終わっている」
、
「以前よりも自分で考えて行動し、活き活き
と作業に取り組んでいる」などの感想が出された。以前は、作業終了のベ
ルの合図は次の活動へ移るために必要不可欠な援助だと思っていたため、
ベルの音が子どもたちの自発的な活動の妨げになっているとは思いつきも
しなかった。
課題として、「教具に触れる回数や時間が増えて子どもたちの作業が分
析しやすくなったことで、クラスに準備された教具の段階に至っていない
子は、下のクラスに準備された段階に戻り、教具に触れなおす必要がある」
ことも分かった。
3-2 土曜保育での取り組み
作業終了のベルの合図を廃止し、子どもたちの作業への意欲の変化や出
てきた課題を受け、次に土曜保育の午前中を「作業に時間制限を設けない
日」として取り組むことにした。
理由として、土曜日は出席園児の数が平日の三分の一と少なく、設定保
育がもともと異年齢児交流となっているため、年齢の区切りや時間の区切
りが自由であることで取り組みを導入しやすいと考えたからである。
従来、土曜保育は、3・4 歳児は作業終了後に、また、0・1・2 歳児は
朝のおやつ後に、出席人数に合わせて混合保育を行っていた。そこで、混
合保育の異年齢児活動を活用して、
「教具による作業」と「異年齢児活動」
のどちらかを選択できるようにし、また、子どもたちが両方の作業・活動
を自由に行き来できるように、2 歳児と 3・4 歳児クラスのドアの仕切り
を開いた。
保育士が子どもを観察するポイントとして、
「年齢による区切りを無く
し、クラス間の行き来も自由にして子どもの変化を見ること」にした。
保育士のアンケートから、
「子どもたちは作業の時間が半日あることに
喜んで取り組んでいる」や、
「3・4 歳児に関しては作業に残る子どもがほ
とんどであった」など、やはり子どもたちが作業に積極的に取り組む姿が
うかがえた。また、保育士から、
「平日の作業にも時間を区切らない取り
組みを取り入れてみたい」という意見も出て、さらに次の取り組みへの気
持ちを強くした。
土曜保育の取り組みで出てきた課題としては、
「0・1・2 歳児では集中
− 117 −
が続かない子どもがいる」
、
「子どもの作業への意欲に対し、土曜日の保育
士の人数が少ないこと」が挙げられた。その課題に対し、
「0・1・2 歳児
はおやつ後は教具による作業ではなく、異年齢児活動を中心活動として準
備すること」
、「保育士の不足は、異年齢児活動担当保育士と教具による作
業担当保育士とが連携を密にすること」で改善していくことにし、次の実
践へ移ることにした。
3-3 教具による作業とコーナー保育併用による取り組み
次の取り組みとして、平日に「作業に時間制限を設けない取り組み」を
実践するため「教具による作業とコーナー活動併用による取り組み」を考
えた。土曜保育で観察した、教具による作業と異年齢児活動へ行き来して
活動する子どもの姿から、異年齢児活動をコーナー活動として準備し、教
具による作業と併用することで実践が可能だと考えた。
登園後の教具による作業後、
0・1・2 歳児はおやつの時間を取り、
その後コー
ナー活動へと移動、3・4 歳児は引き続き教具による作業に残るグループと
コーナー活動に移るグループとに分けた。ただ 2 歳児の中でも興味のある
子どもは教具による作業に残って続けられるようにした。コーナー活動の内
容は粘土遊びや折り紙、絵本の読み聞かせ、戸外遊びなどである。設定し
た理由は、作業が続かない子どもに気分転換させながら、そこでその子ど
1 歳児
0 歳児
2 歳児
コーナー活動
ホール
教具による作業
3,4 歳児
保育室見取り図
図1
− 118 −
実践報告・事例報告
写真 1
写真 2
もたちの興味を分析し、教具による作業へつなげたいと考えたからである。
保育室を図 1 に示した。0 歳児クラス、1 歳児クラス、2 歳児クラス、ホー
ルがコーナー活動の場所となる。3・4 歳児の保育室は教具による作業が
続けられるようにし、コーナー活動への行き来を自由にして選択できるよ
うにした。写真 1 がコーナー活動の様子、写真 2 が作業の様子である。
子どもの変化として「教具による作業とコーナー活動を行き来しながら作
業に取り組む子どもが増えた」
、
「作業の繰り返しが増えた」など、活動範
囲が広がり、作業にも興味が広がった
表 3:作業計画表
様子が多く観察されるようになった。
課題として、「コーナー保育での活
《作業計画表》にじ組 ゆり
(3 歳児)
月 日
動に達成感が少なく、ざわつきなど
教具による作業計画
取り組みの状況
が見られる」、「作業へ興味が広がり
活発になったことは良かったが、そ
のことで子どもたち個々の動きが把
握しづらくなった」ことが出された。
3-4 作業計画表を活用しての取り組み
そこで全体でのミーテイングを持
ち、コーナー活動に目的を明確に立て
コーナー活動
戸外 ・園庭:好きな遊びを楽しむ 担当:
室内 ・粘土:粘土の感触を楽しむ
・折り紙:折ることを楽しむ 担当:
て作業とのつながりを持たせていくこ
とで改善し、さらに効率的に援助を整
理し直すため作業計画表(表 3)を作
成し活用することにした。作業に積極
− 119 −
評価
的援助を必要とする子どもを「教具による作業計画」の枠に書き出し、声
掛けをして作業に促していった。
コーナー活動には子どもの興味の中から援助したい内容を分析して、戸外
活動と室内活動とに分けて準備した。項目に分けて目的を書き出して実践し
てみると、コーナー活動は適正年齢に合わせてクラスごとの活動として行っ
たほうが良いのでは、という意見が出され、その方向で進めることになった。
実践後、保育士からは「教具による作業とコーナー活動を行き来しなが
ら、作業に取り組む子どもが増えた」という感想が出され、
「コーナー活
動に対してさらに配慮や工夫が望まれること」が課題として出てきた。
そこで、保育士が設置するコーナー活動として、例えば、折り紙コーナー
では、子どもが自己活動をできるような工夫として、折り方の手順を貼り
出して準備したり、教具による作業後、子どもの興味で選択できる活動と
して、植物・昆虫観察、絵本・図鑑なども準備するなど、多種多様の選択
ができるよう改善していくことにした。 3-5 クラス移行の取り組み
一連の取り組みから約半年が経過し、平日も取り組みを増やしてみたい
という保育士の気持ちが定着してきた頃に年度末を迎えた。「作業に時間
制限を設けない取り組み」をクラス移行に試みることになるのだが、その
表 4:作業記録表(感覚)
− 120 −
実践報告・事例報告
ことは子どもたちが進級するクラスの作業に取り組む時間の増加となり、
子どもの作業の観察・分析のしやすさへとつながった。
ただ、作業経験の少ない子どもへの対応がまだ不十分なことが、進級に
際しての気がかりとなった。そこで作業の取り組みの個人差に対し、新し
い形式の作業計画表を作成し、作業記録表(表 4)から書き出し補ってい
くことにした。初提示の日を赤い数字で記入し、作業をした日を続けて記
録していくことで、個人別に作業の偏り、進度などを把握・分析する。そ
の表をもとに、まだ取り組んでいない子どもを作業別に書き出したのが表
5 である。これらの表を活用していくことで作業経験の少ない子どもへの
対応がスムーズになった。
表 5:作業別計画表
クラス移行もスムーズに行われ、試行錯誤しながらも火曜日、水曜日、
金曜日、土曜日の活動が定着してきた。月曜日は外部から講師を招いての
体操教室が設定されており、また、木曜日は隣接する教会へ出かけての合
同礼拝が設定されているため時間の区切りが必要であり、それ以外の日は
取り組める段階までに至った。
3-6 実践 1 ~実践 5 の取り組み
現在、取り組みから 2 年経ち、新しい試みとして、学期ごとの取り組み
や、行事や季節に合わせたコーナー活動なども臨機応変に取り入れられる
− 121 −
環境になった。しかし、年間を通して取り組んでいく中で、当初、気分転
換や子どもたちの興味を観察・分析をして作業につなげるために必要だと
感じて設置したコーナー活動だが、実際は作業への集中が続かない子ども
たちの気分転換の場にしかなり得なかった。子どもたちがほとんど教具に
よる作業に戻っていく事実を押さえると、教具による作業の充実が本質で
はないかという考えに至った。
4.取り組みを通しての気づき
「作業に時間制限を設けない」ということは、設定された時間で作業を
することが当たり前だと思って取り組んでいた本園の常識を覆すことで
あった。しかし、それにもかかわらず、子どもたちは戸惑うどころかむし
ろ喜んで作業に取り組んでいるということにまず驚いた。そして、そこか
らいろいろな可能性を探ることで多くのことが見えてきた。まず、どの子
どもも作業を求めているという事実である。登園が遅いために教具に触れ
て作業に取り組む時間が少ない子どもは、主体的に作業に関わらせること
が困難だったのではなく、
「お仕事の時間」という限られた時間の中で、子
どもが主体的に教具に触れて取り組む時間を制限し、子ども一人ひとりの
リズムで作業に取り組む環境を保障していなかったことが課題であった。
また、従来の園の取り組みでは、作業に時間の制限を設けてしまったこ
とで、作業後の子どもの成長を見守ったり、耳を傾ける時間もいつの間に
か制限していたように思う。そのために、子どもへ向ける眼差しも、いつ
の間にか「できる・できた」という結果を重視した援助が濃くなり、子ど
もがやりたい活動を繰り返すことで「できるようになる」ためのプロセス
を、見守り支える援助が少なくなっていたのではないかと気づかされた。
モンテッソーリ女史の言葉に、
「こどもが与えられた目標に向かって導
かれ、一連の統合行為を完結したとき、こどもが自分でしようときめた目
的を達したとき、さらに、こどもがたいへんな忍耐力で行為の繰り返しを
(1)
するとき、彼らは自分の意志の力を訓練しているのです」
とある。この
言葉に照らし合わせて見ると、作業に時間制限を設けたことは子ども自ら
が意志の訓練をする機会を制限していたことになる。また、
「こどもが他
の物を選ばずに、あるひとつを選んだということは、内面の感受性に導か
(2)
れた意志の方向づけをあらわしています」
ともあるが、その内面の感受
− 122 −
実践報告・事例報告
性を発揮させる機会をも狭めていたことになる。 子どもたち一人ひとりが自分のリズムで、また、自分の意志で成長に必
要なものを選び取るためにも、私たちはより一層努力し、その環境を整え
るべきであると決意を新たにした。大きな反省や気づきの中から、子ども
が作業を求める事実が、園全体としての方向性を考え直すきっかけになっ
た。社会の多様性が家庭や保育の多様性を生み出している現状の中で、そ
の変化に対応することは保育の豊かさにつながることを確信するに至っ
た。そして、モンテッソーリ教育法がその手立てとして有効であるという
ぶれない軸を得られたことは、園の大きな収穫となった。
5.今後の課題
この取り組みを午前中だけでなく午後へ展開させていくことがこれから
の大きな課題になる。
現在、教具による作業の補完的な活動としてコーナー活動を採用してい
るが、前述したとおり、子どもたちのほとんどが作業に戻っていくという
事実をかんがみると、より一層の教具による作業の充実が求められる。そ
のために次の 3 点を課題として挙げる。①園全体でモンテッソーリ教育で
得られた成果を分かち合うこと、②モンテッソーリ教師の養成、③この教
育の本質を知る努力と具体的な手立てを考え取り組むこと。①については、
常に園の課題を話し合い、本教育の持っている良さを再認識して共有して
いかなければならないであろう。②については、専門的な知識で子どもを
導くためにディプロマを持つ保育士の育成が求められる。③については、
この教育で見られる事象に対し、曖昧なことや分からないことを養成コー
スなど客観的な立場による助言を積極的に取り入れて掘り下げることが必
要であると感じる。 今回多くの助言を頂き、初めて作業に時間制限を設けないことが作業の
原則であることに気づかされた。保育現場の忙しさの中でいつの間にか本
質を歪めてしまう怖さ、モンテッソーリ教育に対しての保育士それぞれの
捉え方や考え方が、その経験値や成熟度で保育の在り方・方向を決定づけ
てしまう怖さ、また、この教育の基本原理を十分理解せずに進める怖さを
実感し反省させられた。
この実践を通して見られた事象では、子ども側に問題があるのではなく、
− 123 −
保育士の子どもへの配慮に問題があることを痛感した。モンテッソーリ女
史の言葉に「おとなはまったく別の出発点に立たねばなりません。おとな
自身の中に、こどものあるがままの姿を見えなくしていた、これまで気づ
かなかった誤りを見つけることです。このための用意に手ぬかりがあった
り、これに必要な素質が自分のものになっていなければ、さらに先へ進む
(3)
ことはできません」
とある。この言葉を教訓とし、自ら育とうとする子
どもから真摯に学び、大人の在り方や問題に向き合うモンテッソーリ教師
としての姿勢を追求していきたい。
注
(1)E.M. スタンディング著 クラウス・ルーメル監修 佐藤幸江訳 『モ
ンテソーリの発見』エンデルレ書店、1975 年、429 頁。
(2)同上、423 頁。
(3)同上、361 頁。
− 124 −
教 育 エ ッ セ イ
子どもが英語に親しむ第一歩
レモン・ブルゴアン
(高知県高知市高知聖母幼稚園)
この記事を書く前にお断りしておきたいことがあります。それを言わな
ければ、あるいは説明しなければ、おそらくこれから言いたいことが皆さ
んは理解できないと思います。
私は子どもの頃から 2 カ国の言語を話すことができました。幼少時には
誰でも 2 カ国の言語が話せると思っていました。私が 9 歳の時までに気が
ついたことは、隣の町の人は皆、レバノン人の子孫で英語とアラビア語が
話せたし、私の家の近所はフランス人とカナダ人の子孫で英語とフランス
語が話せました。9 歳の時に違う地方に移った際、英語しかできない人々
に初めて会いました。びっくりしました!
私の場合は家では両方の言葉を使っていたし、学校に行き始めてから大
学 2 年までは、科目によって授業は英語でするか、フランス語でするか、
ということでした。最初の授業が数学なら英語で、次の授業が歴史ならフ
ランス語で、次の授業が英語の文法なら英語で、その次がフランス語の文
法ならフランス語で、または 5 番目の授業が地理学なら英語で、そして最
後の授業はいつも宗教だったのでフランス語で行いました。
そのやり方は小学校 1 年から中学校 2 年までで、各学年で一人の先生が
すべての授業を行いました。中学 3 年の時からは授業によって言葉が違っ
ていましたが、先生は授業ごとに交替しました。大学 3 年の時からローマ
のグレゴリアン大学哲学部と大学院哲学部を卒業しましたが、その授業は
全部ラテン語で行われていました。後で上智大学神学部と大学院神学部を
卒業しましたが、その授業は日本語で行われました。
私は母の胎内にいる時から英語とフランス語の両方を知らず知らずに聞
いていたのです。生まれてからまだしゃべれなくても家の中の会話は両方
の言葉で話されていました。その時から両方の言葉を聞き分けることがで
きました。当時テレビはありませんでしたが、ラジオでは英語の番組やフ
ランス語の番組がありました。思えば父親は、フランス語の放送劇の時は、
− 125 −
いつも女性に対して恋人の役を演じたことが多かったようです。
2 歳ぐらいで自然にしゃべり始めると両方の国の言葉を混乱することな
しに使えました。それで 3 歳までに英語の 1,000 前後の発音が頭の中に入
り込んでいました。もちろんフランス語も入り込んでいました。フランス
語は 300 ぐらいの発音があります。ということは 5 〜 6 歳の時までに 1,300
ぐらいの発音が頭に入り込んでいました。入れるということよりも、人間
の頭には元々すべての発音が存在しています。そういう発音を生き返らせ
るだけです。
それに対して日本の子どもは 111 の発音しか頭の中に生き返らせてい
ません。若い時に他の発音を生き返らせていなければ無理があります。
特に日本語の場合は、もうカタカナの発音で外国語が入り込んでしまう
からです。
幼い時に、例えばスーツケースという言葉の発音で覚えたら絶対、本当
の英語の発音 suitcase に直すことができにくいです。ほとんど不可能だと
言ってもよいでしょう。あるいはコーンスープと習ったら corn soup と言
いにくくなります。また、ノートブックは notebook という本当の発音に
直すには無理か、あるいは長い時間とお金がかかります。アップルジュー
スと覚えたら、なかなか apple juice にと発音できないのです。
大人になってから英会話を習っても直りにくいのです。なぜかと言うと
年齢のこともありますが、外国語を教える学校はお金を儲けるためであっ
て、発音をそれほど直しません。文書の文法を中心にしています。だから
文章を読み、書き、話すことになっても発音が直らない人が結局多いので
す。
そこで私の日本での経験から始めたいと思います。3 歳児から中学 3 年
生までの 40 人の児童生徒に英語を教える経験とその時に苦労した体験が
あります。日本に来て間もなく(実は数カ月ですが)
、英語を教える授業
を受け持ちました。そこで英語の教え方がまるっきり変わってしまいまし
た。つまりアルファベットから一生懸命始めたのです。印刷の時に使う
大文字の「A」と小文字の「a」
、そして書く時に使う大文字の「ɑ」と小
文字の「ɑ」から始めました。A から Z まで何を書いても、その 4 種類の
活字だけは皆、素晴らしい発音ができたのです。そして思いきって「cat」
という言葉を黒板に書いたら子どもたちは「cat」と言わないで「c-a-t」
− 126 −
教育エッセイ
と言いました。つまり、書いた言葉のスペルを発音してしまいました。私
は「しまった」と思いました。でも一番幼い子たちは、正しい発音が早く
できました。日本に来て数カ月で覚えたのは、英語を教える時には絶対に
アルファベットから始めてはならないということです。単語から始めた方
が、覚えやすいのです。
「cat」とか「dog」とか簡単な単語から発音を教
える方が良いのです。そのうち自然にアルファベットを覚えるのです。
その考えを強めたのは、もう一つの体験をしたからです。四国の高知市
に来てからの若木会と杉の木会での体験です。土曜日の午後は、8 つの中
学校から中学生(若木会)300 人ぐらい、日曜日の午後は、12 の高等学校
から高校生(杉の木会)500 人ぐらい教会に来ていました。英語の発音だ
けの授業でした。
生徒たちはもうすでに 13 歳以上になっているからずいぶん苦労しまし
た。すでに習っていたカタカナ英語の癖をなかなか直すことができない子
が多かったのです。一年だけであきらめた生徒がいましたが、6 年間参加
した生徒もいました。やっときれいな発音になった生徒が何人かいました。
その生徒が大学の授業で教授にとてもほめられました。
「高知出身?
何でこんな良い英語の発音ができるのですか」
。教授に発音講座で習った
ことを説明し、そして私に電話で「英語の発音をほめられたのですよ。あ
りがとうございます」と。
そこで気がついたのは、やはり若ければ若いほど英語やほかの外国語の
発音を覚えやすいということです。カタカナ英語を覚える以前にすべきで
す。
そして若い時でさえ、先に言ったようにアルファベットからは始めない
方が良いということです。
日本語の場合は活字とその発音は同じです。
「か」という字は「か」と
発音します。英語の「a」という字は「それぞれの発音」があります。状
況によって「発音」が変わります。活字で始めるのではなく音声で始める
べきなのです。
日本語の母音の発音は 5 つしかありません。
「あ い う え お」です。
英語では 43 の母音の発音があります! それは、ただアルファベットの
母音だけではなく 2 重母音と 3 重母音を入れたものです。
43 の母音の発音と 20 の子音の発音の組み合わせは合計 860 の発音があ
− 127 −
り、そして子音の場合も幾つかの発音があるので全部を合わせれば 1,000
以上の発音があります。
カタカナ英語を覚える以前にそういう発音を学びたい、頭の中で眠って
いるものを引き出したいものです。
日本人の発音に対する壁の一つは両親が日本語しか知らないので子ども
が日本語の発音以外を覚えられるのは、あるいは眠っている能力が引き出
されるのは早くて 2 歳児ぐらいからでしょう。2 歳から 6 歳までの大切な
時期に正しい英語の発音を(カタカナ英語を覚える以前に)覚えさせたい
訳です。これでなぜ幼稚園で英語を始めるのがよいのかは分かると思いま
す。
私自身の上記の体験から得た結論です。理論的に考えたことではなく、
自分の子どもの頃から日本に来るまでの体験によるものです。
アメリカでの英語の教え方と日本での英語の教え方を比べるとまったく
違います。日本人が日本語を覚えるためにはまず、
「親から聞き」
、
「まね
して発音し」
、「文法を学び」
、
「作文を書く」という学び方をします。日本
人が英語を覚える時には「文法を学び」
「作文を書く」と日本語を覚える
時とはまるで違います。
運が良ければその後で発音を覚えます。それでは逆なのです。だから皆
さんは苦労します。だからカタカナ英語でしゃべります。だから外国に行っ
ても通じません。カタカナ英語だからです。
成功するためには日本語を学んだ時と同じように、まず、
「先生から聞
き」
、
「まねして発音し」
、
「文法を学び」
、
「作文を書く」の順であるべきです。
それが自然の方法です。言葉の自然な覚え方です。
そこで自然な方法で英語を教えようと思えば、2 歳児から 6 歳児までの
脳の働きを見ることです。その間に、その時期に根本的な基礎が決められ
るからです。「三つ子の魂、百まで」というような日本のことわざがあり
ます。そのとおりです。他国語を覚える時にもそうです。そしてそれがモ
ンテッソーリの主張です。幼い時から覚え始めることが重要です。言葉だ
けではなく、いろいろなお仕事ももちろんそうです。
だから週に 2 回ぐらい(できれば毎日)
、20 分程度、クラス全員で英語
のレッスンをする方が良いです。なぜ 20 分程度かと言うと、それ以上そ
の年齢の子どもは集中できないからです。少したってから教材(お仕事)
− 128 −
教育エッセイ
として他の教材と一緒に並べるべきです。更に放課後に音楽やお絵描きや
算数レッスンがあれば希望者は英語のお仕事を続けて良いです。それも
20 分程度です。これはためになると思います。
先ほど書いた私の子ども時代を思い出します。英語の発音を聞くと同時
にごく自然に英語とは違うフランス語の発音が頭に浮かびました。混乱は
まったくありませんでした。その基礎があったから、イタリア語を覚えた
19 歳の時もほとんど自然にイタリア語の発音が頭の中に入りました。幾
つかの新しい発音がありました。そして 23 歳で日本語を覚えた時にその
3 つの言葉の発音の 50 音+「ギャ、ギュ、ギョ」などの発音のほとんど
が頭の中にありました。
日本語の場合は 111 の発音だけです。私の場合は日本語を覚えた時に全
く新しい発音が 7 つしかなかったのです。
「ら」行と「し」と「つ」だけ
です。そのために日本語を覚える時に発音では苦労しなかったのです。あ
の 7 つの発音以外は、もうすでに頭に入れてあったからです。それはもち
ろん、高校と短大時代にラテン語とギリシア語も学んでいたからでしょう。
つまり、より多くの発音が頭の中にあれば他国語の発音がものすごく簡単
になります。
幼稚園時代に頭の中で眠っているいっぱいの発音を引き出すのが語学習
得の秘訣です。小学校の英語の授業も面白くなります。今は小学校 5 年生
と 6 年生だけですが、近いうちに 3 年生と 4 年生、何年か先には 1 年生と
2 年生になるでしょう。これは良いことです。今からでもぜひ、英語を教
えてもらいたいものです。
そこで英語の教材を考え始めました。これから作っているカードの使い
方を教えるつもりです。自分で考えて作ったカードです。5 つの単語が一
組になって袋に入れてあります。その一組は 15 枚になっています。5 枚
は絵と英語の単語がついているカード。5 枚は絵だけです。5 枚は単語だ
けです。そして各々のカードの大きさは 14 センチ四方です。
20 分のクラスで絵と単語のカードを見せて、発音し、子どもたちがまね
して少しずつ覚えます。何回か繰り返します。そして皆が正しい発音で覚
えかけている時に絵だけのものを見せます。子どもたちは正しい発音がで
きるまで繰り返します。後で次の組の言葉に移ります。同じようにします。
3 つぐらいの組を覚えてから幼稚園の教室の中に他のモンテッソーリの
− 129 −
教材と同じように並べます。お仕事として興味のある子が一組のカードを
じゅうたんの上に持っていって、袋から出し、まず言葉のついたカードを
並べ、発音します。先生は隣に座って聞きます。直し方は他のお仕事と同
じようにします。その先生はアメリカ人かイギリス人であってほしいで
す。20 分の間に教える時も子どもが教室でお仕事をしている時もそうです。
だいたい発音ができる時に今度は言葉がついていない 5 枚を出し、そして
その絵を見て正しい発音をします。次のステップは、子どもが単語だけの
小さな各カードを大声で読んで、適当な絵の下に並べます。そしてカード
を袋の中に入れてから袋を元のところに返します。続けてやりたいなら、
もう一つの袋を選び同じように繰り返します。カードの種類はいろいろあ
ります。まず単数の言葉を使います。そのうち同じ単語の複数のものを練
習します。例えば単数の方は apple や orange というカードなどがあります。
そしてそういう単語は複数にもありますので、そのもう一つのセッ
トに同じ絵が 2 個から 3 個、〜〜〜〜 10 個まであります。apples とか
oranges とかになります。子どもたちが one, two, three などと言って数え
ます。数えてから two apples、あるいは、three oranges という調子で発音
します。そして簡単な英語の文章を話し出します。例えば There are two
apples, there are three oranges, there are four bananas. 単数なら There is
one apple, there is one orange などです。sugar などは一粒一粒を数えられ
ないからいつも単数で書きます。
そしていつも単数だけで使う言葉もあれば、いつも複数だけで使う言
葉もあります。例えば sugar, salt, yogurt, butter, lettuce などはいつも単
数だけで使うのです。いつも複数で使う言葉は、例えば jeans, pajamas,
scissors, pants, shorts などです。このように分けた 4 種類のカードがあり
ます。ということは単数の言葉のカード、
その単数の言葉を複数にするカー
ド、単数だけの言葉のカード、複数だけの言葉のカードです。
先ほど簡単な文章を紹介しましたが、ほかに単純な文章もあります。It
is a book. They are books. すべての単語がそういうふうにできます。アル
ファベットを知る前に言葉にすると同じように文法を勉強する前に文法を
使っているのです。または疑問文。Is this a book? 答えは Yes, it’s a book.
質問 Are these books? 答えは Yes, they are books. または他の物を指して
(例えば、pencil を指して)Is this a book? という質問をして、答えは No,
− 130 −
教育エッセイ
it is not a book, it is a pencil. 複数の単語も同じことができます。例えば、
balls を指して Are these pencils? 答えは No, they are not pencils, they are
balls. あるいは 2 匹の犬のカードを見せて、Are these four dogs? No, they
are not four dogs, they are two dogs.
先生はいろいろな簡単な文章を考えることができます。上の文章をまね
て幾つかの動詞をお使いになればいいでしょう。例えば、like, want, have,
use など。または人称を変えるのも良い練習です。I, you, we, they は動詞
が変わらないけれども三人称の he や she は動詞に‘s’がつくことの練習。
He likes, she uses, he has, she wants などです。先生はこれを使って 3 年
間の文章を十分作ることができます。
そしてもう一つ注意したいことは、教科書を使う場合は、かなやカタカ
ナがついていない教科書、つまりふりがながついていないものを使ってく
ださい。さもないと、せっかく習ったきれいな英語が崩れてしまいます。
昨年、仕事の関係でスリランカのコロンボに行くチャンスがありました。
スリランカのシンガラ語では豊かな面白いことをしているのです。それは
文章の中に英語の言葉を入れるし、その単語を英語の発音でします。シン
ガラ語も、日本語と同じように独特の字を使います。簡単に言えば、日本
語でそれをまねしたら次のような文章になります。「これは book です」。
あるいは、「旅行をした時に新しい suitcase を持って行きました」。「私が
好きな飲み物は milk と apple juice です」
。そういう単語をもちろん英語の
発音でします。カタカナのようなものを使わずに。だから同時に英語を覚
えます。
先に言ったように英語を教える方は外国人の先生が望ましいです。もち
ろん英語の達者な日本人の先生でも良いのですが、そうでないと役に立ち
ません。もとのカタカナ英語に逆戻りします。ですので、自分の言葉とし
て英語を使っている先生がよいのです。
− 131 −
「 ル ー メ ル 賞 」 授 与
第一回「ルーメル賞」授与について
江島 正子
(日本モンテッソーリ協会(学会)
「ルーメル賞」選考委員会)
日本モンテッソーリ協会(学会)の第 1 回「ルーメル賞」授与式が 2013(平
成 25)年 7 月 30 日に行われ、3 人の受賞者に賞状と副賞 5 万円が贈呈さ
れました。受賞者は赤羽惠子会員(近畿支部)
、松本静子会員(関東支部)、
森愛会員(近畿支部)でした。
2013 年度の第 46 回全国大会は、
宮崎県フェニックス・シーガイア・リゾー
ト シーガイアコンベンションセンターで開催され、大会の総会において
前之園幸一郎会長(理事長)から賞状が授与されました。
1.
「ルーメル賞」の由来
「ルーメル賞」の名称は、1977 年から 2007 年まで 30 年間会長(理事長)
の座にあった故クラウス・ルーメル(Klaus Luhmer, S.J)先生の名前に由
来します。
2007 年 3 月は 3 年に 1 度の選挙年でした。4 月に開票、8 月に全国理事
会の席上、
ルーメル先生は日本モンテッソーリ協会(学会)の会長(理事長)
の職務を、高齢であることと健康上の理由から、退任したいと希望なさい
ました。理事会では 90 歳という年齢の理由ではやむを得ずということで、
辞任が認められました。
ルーメル先生はその後も、特定非営利活動法人東京モンテッソーリ教育
研究所付属東京モンテッソーリ教員養成コースのコース長の職務を続けら
れて、2011 年 2 月には入試の面接や、
「モンテッソーリの伝記と業績」「モ
ンテッソーリの人間学」
「モンテッソーリとフレーベル」のご講義もなさっ
ておられましたが、2011 年 3 月 11 日の東日本震災発生の 10 日前の 3 月
1 日に帰天されました。
同年 8 月 5 日、札幌で開催された全国大会中の理事会で天野珠子常任
理事が、1960 年代にわが国にモンテッソーリ教育のリバイバルが起こり、
1968 年の日本モンテッソーリ協会発足の最初から副会長として日本のモ
− 132 −
「ルーメル賞」授与
ンテッソーリ教育の普及、発展に寄与され、1977 年から会長・理事長の
職につかれて、日本モンテッソーリ協会のしっかりとした礎、強固な組織
体を築かれて、3 千万円の基金を残された故ルーメル先生のお名前を残す
ことを提案されました。同時に、
ドメニコ・ヴィタリ(Domenico Vitali, S.J)
副会長からも、日本モンテッソーリ協会(学会)の毎年の繰越金・余剰金
の有意義な用途から「ルーメル賞」創設についての提案がありました。
2.基金設立への経緯
当時の監事・鈴木誠一氏はすぐ草案作りを始めましたが、その直後に体
調不良から、監事の職を辞されました。
2012 年 1 月 21 日の第 1 回常任理事会で、その草案を基にして前之園幸
一郎会長、鈴木弘美事務局長、甲斐仁子理事、長年上智大学財務理事で新
たに日本モンテッソーリ協会の監事になられたフランツ - ヨゼフ・モール
(Franz-Josef Mohr, S.J)氏が検討を重ね、また 4 月 28 日の第 2 回常任理
事会において広島の信望愛学園新理事長で、この道の専門家の原田豊己理
事も加わり、
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定案」が作られました。
8 月 2 日、名古屋サンプラザシーズンズで開催された第 45 回全国大会
開催前日に開かれた全国理事会で本基金案は審議され、承認されました。
引き続いて 8 月 5 日の総会で審議されて、満場一致で承認されました。
こうして、「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定」は設立されました。
(
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定」と設立の経緯については、日
本モンテッソーリ協会(学会)
「事務局だより」No.7、2012 年、2 頁と 7 頁;
『モンテッソーリ教育』第 45 号、
2012 年、
216-220 頁と 228-230 頁を参照)。
3.受賞者の選考にあたり
では、どのように本基金の理念は具体化されていったのでしょうか。
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定」の第 7 条「本協会は本奨励金
の対象者を選ぶため、
選考委員会を設置する」に基づき、2013 年 1 月 26 日、
2013 年の第 1 回常任理事会において受賞者を選ぶ選考委員 5 名、すなわ
ち前之園幸一郎会長、町田明副会長、甲斐仁子理事、関聡理事、江島正子
理事が選ばれ、選考委員会が設置されました。選考の詳細については委員
会に委ねられました。
− 133 −
選考委員会は第 1 回目の委員会を 2013 年 2 月 9 日に、第 2 回目の委員
会は 3 月 11 日に上智大学 SJ ハウス パーラ 2 で開催しました。初めて
受賞者を選考するということでとても熱く検討を重ね、以下のことを決め
ました。
・賞の名称は「ルーメル賞」である。
・授与式は全国大会中の総会で行われる。
・受賞者に賞状と賞金 5 万円を授与する。
さらにホットな論議が重ねられたのは、受賞者の選考基準についてでし
た。受賞者の決定については受賞理由の説明がなされなければならない。
選考基準は固定したものではなく、年度ごとの選考委員会に任せるにして
も、第 1 回「ルーメル賞」の選考に当たっての選考基準を設けること。
しかし、どこで、どのようなモンテッソーリ教育を行っているのか、また、
どのような論文があるかを選考委員が手分けして日本中を探すことはでき
ないので、選考委員に可能なことは何かを考えました。
いろいろな意見が出され論議されました。
今はまだ余力がないので、しばらくの間は ①理論に関しては機関誌『モ
ンテッソーリ教育』のもっとも優れた論文、
②実践に関してはモンテッソー
リ教育の普及・発展に多大な寄与をした業績から選ぶことで、意見が落ち
着きました。その際に、ずっと以前にまでさかのぼって受賞者を決めると
いう意見も出ましたが、前年度の機関誌からもっとも新しく発表された業
績を選ぶことになりました。
一方で、場合によっては見送って、もっと慎重に考慮してはどうかとい
う意見も出ました。しかし、せっかく制度を作ったのだから、この最初の
難しさを乗り越えようと、まず選ぶことになりました。
第 1 回受賞については、具体的に、札幌の藤女子大学が会場だった第
44 回全国大会で発表された優れた実践の 4 論文が並ぶ『モンテッソーリ
教育』第 44 号から選ばれることになり、長年の業績における多大な功績
により赤羽惠子会員、松本静子会員の両人に決まりました。
理論では、大学教授クラスの大先生は除外することとし、これからの将
来においてモンテッソーリ研究をさらに深めていく、可能性に富む研究者
として、優れた若い人に焦点を当てて、森愛会員に決定されました。
上記に加えて、
4 月 24 日の第 2 回常任理事会で、天野珠子理事から「ルー
− 134 −
「ルーメル賞」授与
メル賞」の判断基準として「功労賞」
「研究奨励賞」
「実践奨励賞」に分け
るという提案がなされ、これを基準に加えました。
こうして、2013 年度の第 1 回「ルーメル賞」については以下の受賞者 3
名と受賞理由が決まりました。
4.受賞者と受賞理由
受賞者 3 名とその受賞理由は、
「日本モンテッソーリ協会、平成 24 年
(2012 年)度全国理事会用資料、定期総会用資料」の 22 頁に掲載されて
いるので、以下抜粋します。
赤羽惠子会員
赤羽惠子会員は、長年にわたりモンテッソーリ教育の発展に尽くされた。
その多大な功績を賞賛し敬意と感謝を込めて「ルーメル賞」を授与する。
受賞理由は、ドイツのケルンにおいてモンテッソーリ教師養成コースに
学び、日本人初のディプロマ取得者となり、帰国後、わが国最初のモンテッ
ソーリ園「うめだ子供の家」、さらに自ら開設した「深草子どもの家」に
おいて、理論および実践を展開されたこと。また、
「上智」「京都」モンテッ
ソーリ教師養成コースを通して、教師養成に貢献、さらに長年にわたり日
本モンテッソーリ協会(学会)の理事として、会の運営と発展に寄与した
ことにより、
「ルーメル賞」を授与する。
松本静子会員
松本静子会員は、長年にわたりモンテッソーリ教育の発展に尽くされた。
その多大な功績を賞賛し、敬意と感謝を込めて「ルーメル賞」を授与する。
受賞理由は、
イタリアのペルージアで
“3 ~ 6 歳”モンテッソーリ教師ディ
プロマを取得後、アメリカのロサンゼルスで研修を積み、1975 年、日本
人で初めての国際モンテッソーリ協会(AMI)トレーナーとして公認され、
教師養成に寄与されたこと。その働きは日本国内だけでなく、アジア諸国
にまで及び、また、日本モンテッソーリ協会(学会)の理事として学会の
運営に関わりながら、2012 年に一般社団法人「AMI 友の会 NIPPON」を設
立し、時代に即したモンテッソーリ教育の新たな普及・発展に寄与したこ
とにより「ルーメル賞」を授与する。
− 135 −
森愛会員
森愛会員は、モンテッソーリ教育の理論研究で ユニークな研究分野を
深め、モンテッソーリ教育の普及・発展に寄与した研究業績を奨励し、賞
賛と感謝の意をもって「ルーメル賞」を授与する。
受賞理由は、日本モンテッソーリ協会(学会)機関誌『モンテッソーリ
教育』に掲載された論文、
「マリア・モンテッソーリの園芸に対する考え
方について―その著述からの考察―」
(
『モンテッソーリ教育』第 44 号、
日本モンテッソーリ協会(学会)
、2012 年、104−117 頁)において、高
齢者の自立支援の一環としてモンテッソーリ教育を論じ、新たな視点から
モンテッソーリ教育を研究展開されたことである。モンテッソーリ教育を
園芸療法士という立場から捉え、植物の生命を追体験することにより、自
らの生命について高齢者が思考するという独自の新アプローチを試みた研
究により、
「ルーメル賞」を授与する。
こうして、故ルーメル前会長の日本モンテッソーリ協会(学会)への功
績を記念するとともに、わが国におけるモンテッソーリ教育のより一層の
普及・発展を図ることを目的とした「ルーメル賞」の授与式が挙行されま
した。以下は各賞状とカバーです。
− 136 −
「ルーメル賞」授与
5.第 2 回「ルーメル賞」に向けて
2013 年夏、宮崎フェニックス・シーガイア・リゾート シーガイアコ
ンベンションセンターで開催された全国大会前日の委員会で、第 2 回「ルー
メル賞」に向けて活動を始めました。モンテッソーリの墓石には、
「無限
の力を持っている子どもたちが世界と人間の間に平和を築くためにわたし
と力を合わせるように願っています」
、
と記されています。マリア・モンテッ
ソーリの教育メソッドの特徴は平和な人間形成と平和な世界をつくること
です。
前会長のルーメル先生は 1945 年 8 月 6 日 8 時 15 分、第 2 次世界大戦中、
疎開地の広島で世界最初の原爆をご自身で体験なさいました。だからこそ、
わが国におけるモンテッソーリ教育の普及と発展に幅広く関わり、日本の、
否、世界のモンテッソーリアンをいろいろとご指導くださっていたのかも
しれません。わたしたちは世界の平和に向けて発信するモンテッソーリア
ンとしての課題があり、使命を持っています。
− 137 −
海 外 情 報
モンテッソーリ国際大会に参加して
松本 静子
(東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター)
第 27 回モンテッソーリ国際大会は 2013 年 7 月 31 日~ 8 月 3 日までア
メリカ、オレゴン州ポートランド市で行われた。「モンテッソーリ、自然
に導かれて」を大会テーマとするこの 27 回大会は、今までより大きく飛
躍した大会であったことを感じた。
開催場所のポートランドは太平洋岸北西部に位置するオレゴン州都で、
経度は北海道と同じくらい、針葉樹の緑が映える過ごしやすい気候の所で、
会場のコンベンションセンターは市の中心から電車で 20 分ほど、日本か
らのツアーで参加した方々の宿泊先は会場に隣接するとても便利な場所
だった。
会期中は市内中心のパイオニア ・ コート ・ ハウス ・ スクエアからコンベ
ンションセンターまでを初めとする市の主要街路には大会の広告旗が掲げ
られ、電車の車体にも大会の宣伝が掲示されるなど、歓迎ムードに溢れて
いた。これも州知事、市長を初め、69 のモンテッソーリ園を中心とする
モンテッソーリコミュニティーの協力で一体となってこの一大イベントを
進めていった力によるものと思う。
パイオニア・スクエアには、モンテッソーリが、1915 年パナマ運河開
通記念のサンフランシスコ万博でガラス張りのこどもの家を通してこの教
育を紹介したのにちなんで、0 〜 3 歳、3 〜 6 歳、6 〜 12 歳の 3 つのオー
プンハウスが用意されていた。7 月 31 日の一日だけの公開だったが、広
場の人たちが 3 時間のモンテッソーリの環境と、そこで活動する子どもた
ちの様子を見に、大勢集まっていた。0 〜 3 歳の環境は松本科学工業さん
の協力による教具が設置され、特に人目をひいていた。そのような大勢に
囲まれて見られているのにもかかわらず自分のお仕事に集中している子ど
もたちの姿はとても素晴らしいものだった。日本でコースを開催されてご
− 138 −
海外情報
存じの方も多い、パトリシア ・ ウォルナーさんが、この 0 〜 3 歳のコース
を紹介していらっしゃった。
大会の概要
大会は 31 日午後より始まり、各日、基調講演は AMI トレーナーおよび、
別領域からの専門家の 2 名が、その日のテーマに沿って講演を行った。基
調講演後には、2 日目から最終日まで 50 ほどの分科会が行われ、参加者
は興味あるトピックの分科会をそれぞれ選べるようになっていた。
各日のテーマと講演者、講演内容の一部を以下に紹介する。
---------------------------------------------7 月 31 日(水)
「起源と可能性」
基調講演 ブライアン・スウィム(数理宇宙物理学者)、リン ・ ローレン
ス(AMI 事務局長)
スウィム氏は『宇宙はグリーンドラゴン』など、多数の著書で日本でも
知られているが、宇宙の始まりと子どもの中にある自然な生命の成長のリ
ズムを関連づけ、始まりは小さな変化であること、また、地球と共存して
いくための人間の役割についての方法を示唆された。
リン ・ ローレンスさんは、この日のテーマ「起源と可能性」に対するモ
ンテッソーリの考えをその著書『幼児の秘密』を引用して取り上げた。ビッ
グバンから始まった生命の起源と可能性と同じく、無限の可能性を子ども
は持っている。将来のために今日の小さな変化によって子どもたちと何か
を変えていこう、というとても力強いメッセージが心に残った。
8 月 1 日(木)
「自然と子ども」
基調講演 ジュディス・スノウ(すべての人の社会参加を提唱する社会変
革者)
、モリー ・ オーシャネシー(AMI トレーナー)
ジュディス ・ スノウさんはカナダ、トロント在住。障害者である自分
の今までの経験を語りながら、健全なコミュニティーを形成するために弱
い障害者の担う大きな役割があることを話す。特に、
「どうして私のよう
なものが死にそうな病気になったときに助けたの?」と幼少期に父親に尋
ねたとき、
「障害のある君から他者の多様性を認め、受け入れ、生きてい
− 139 −
くことに障害のない自分は気づかせてもらった。人の持っていない障害を
持って生きている人として、君は大切なのだ」と言われたことなどを車椅
子の上で機材に助けられて話される内容は感動的であった。
8 月 2 日(金)
「社会と自然」
基調講演 ポール ・ ホーケン(環境問題研究家)、ルックミニ・ラマチャ
ンドラン(AMI トレーナー)
8 月 3 日(土)
「私たちの世界、私たちの遺産」
基調講演 ヴァンダナ ・ シバ(科学者、
哲学者、
環境活動家)、エデュワルド・
クエヴァス(AMI トレーナー)
---------------------------------------------どの講演も子どもの発達の段階に沿って、地球の営みや動植物の成長を
通して出会う自然の大切さ、それを共有する家族、教師、友だちとの交わ
りの大切さ、また、生命の大切さなどについて述べており、感慨深いもの
があった。
各講演および、分科会の内容、また、配布資料などは下記からアクセス
することができる。
http://montessoricongress.org/program/recordings/
パイオニア・スクエアに開かれたオープンハウスのモンテッソーリの環境
− 140 −
海外情報
一体となって進む力
国際大会に先立って AMI トレーナーミーティングが行われ、63 名のト
レーナーが出席した。ヨーロッパ圏では 10 名ほどのトレーナーが欠席し
たが、そのほとんどが夏期特別コースを主催していたためだった。
種々の通達のほかに幾つかのセミナーが行われた。
・ジーン ・ ミラーさんの音感ベルのセミナー:音感ベルの後に続く提供
リズム、拍子、歌、音符、作曲に至るまでをモンテッソーリの最初の
協力者アンナ ・ マリア ・ マッケローニの著書“Developing the musical
senses”を参考にして提供された。このセミナーでは松本科学工業さんの
音感ベルが使われ、教具の質の高さに高評価が集まっていた。
このほか、数教育の一部について、また、クラス内で学生の精神面と技
術面の指導の問題点など、ユニークで面白い提案もあり、時々笑いが起き
るなど、時間内に同じ目的を持って働く者として、苦慮する面や内省する
面などを楽しく分かち合い、高め合うことができた。
トレーナー数の不足のため特別なコースが 2013 年 12 月からインドで開
催される。現在最も望まれているのは 0 〜 3 歳のトレーナーで、ロシアで
はモスクワで AMS(アメリカモンテッソーリ協会)のトレーナーが数人働
いているが、AMI はサント・ペテルスブルグだけしかいないとのこと、0
〜 3 歳のトレーナーは各国から開催の要望も高く、数少ないトレーナーた
ちが幾つもの国を受け持っているという状況であるという。今回初めて参
加したと思われるトレーナーたちも落ち着いたしっかりした方が多く、こ
れからモンテッソーリを世界に広めていく使命を担っていく存在として頼
もしかった。
今回のポートランドの大会の成功は AMI だけなく、AMS を初めとする
他団体との協力で大会を運営できたことにあったと思う。参加者だけでな
く、見学園の中には AMI のディプロマ、AMS のディプロマを持つ教師が
共に働いているところもあった。教具教材も公認 3 社以外の物も多く置か
れていた。
AMI 会長、アンドレ ・ ロバーフロイドさんは、どのような環境にあって
も子どもたちが持っている可能性を十分に伸ばすために一人でも多くの子
どもにモンテッソーリ教育をもたらすよう、教師たちが協力し、一緒に働
− 141 −
こうと常におっしゃっており、そのメッセージがこのような形となって現
れているのではないかと思う。
55 カ国から 2,500 名を越える参加者の心に強く印象づけられたのは、子
どもがより良く成長し世界の平和に寄与する大人へとなるために今、大人
が相互に助け合い努力し合うという穏やかな意志が、参加する講演の中に
も、スクールツアーで見学する中にも、ポートランドという町、自然の中
にも、あらゆる面で示されたことだったと思う。
なお、この大会に合わせてマリア・モンテッソーリの著書 2 冊がモンテッ
ソーリの曾孫であるアレクサンダー・ヘニー氏が運営する出版社、モンテッ
ソーリ・ピアソン出版社より出版された。
The 1913 Rome Lectures
1913 年通訳付きとなる初の国際コースの記録から、人間の発達に関す
るモンテッソーリの思考の深まりや、医師、人類学者、哲学者そして教育
者であるという経験の豊かさから、興味深い洞察が書かれている。
Maria Montessori sails to America
1913 年末に、アメリカへの旅の間に綴られたモンテッソーリの日記。
趣とウイットに富んだ船旅の様子が優れた観察眼で描かれている。また、
その年に 同居し始めた思春期の息子マリオとの関係についての考察は、
他にはあまり見られない注目に値するものである。モンテッソーリの曾孫、
カロリーナ・モンテッソーリの翻訳による、初めての出版物。
日本からの参加者
− 142 −
ラ ウ ン ド・テ ー ブ ル
ラウンド・テーブル A
保育園・幼稚園におけるモンテッソーリ教育
の取り入れ方について
戸田 恵子
(安佐子どもの家)
Ⅰ.はじめに
モンテッソーリ教育導入に関するテーマは、今までたびたび取り上げら
れており、これから新たに導入を考える人は、数人であった。
しかし、このテーマに関心のある経験豊かな園長・主任と、モンテッソー
リ導入途中で戸惑っている人、これから導入を考える人たち、約 20 名足
らずのメンバーが、一つの輪になって、担当者から全員自己紹介をし、ま
さにラウンド・テーブルの意見交換が、なごやかな雰囲気のうちに行われた。
書記の八幡カトリック幼稚園の下條富子先生の記録に基づき、メンバー
からの発言提起に関する意見交換と司会担当者の体験談について、次のよ
うに整理してみた。
Ⅱ.発言内容と参加メンバーからの意見
1)
日常生活を基盤にした、モンテッソーリ教育
2)
自由選択と集団指導
3)
縦割りクラスと横割りクラスの時間配分について
4)
園の行事と両親教育について
5)
乳幼児と障害児に関して
6)
高価な教具購入に関して
7)
担当者の体験談
8)
まとめ
1)日常生活を基盤にしたモンテッソーリ教育
☆モンテッソーリ教育は、登園してきた時から降園するまでの生活全
体で「これ、ひとりでできた!」一つでも自分で選んでできた !! 充
− 143 −
実感があった !! と子ども自身が解放され、楽しく園で過ごすことが
できることだ。
☆まずは、日常生活練習から始まり、相手の目を見て「あいさつ」す
るなど、人間関係を大切にすること。
☆教具にとらわれず、数日間何枚も同じような絵を描く充実感を体験
した子が、少しずつ絵にも変化が見られ、作業の楽しさが分かり、
教具に取り組むようになった子もいる。
☆教具をさせなければと思うのでなく、子ども自身の選びと段階を追
うことが大切である。
☆下の子が生まれ、ストレス発散で 1 日中走るばかりの子が、小学校
に入って自己コントロールできる素敵な子になった例もある。
☆教具がすべてではないし、
“~ねばならない”ということでもないが、
ただ教具に触れることで物事が整理され、そのことが体験に結びつ
く例もある。
家に帰って、
“ビール缶の円柱を見つけたよ !! ”と。
2)自由選択と集団指導
☆自由選択をさせると、甘えに(簡単な方に流れたり)つながったり、
また、段階を飛ばして能力以上のものをやることもあることについて。
→その子どもの個人記録を確かめ、進歩のない時間つぶしをしている
のかを調べた後、次のステップへ向かうものを環境の中から探して
いくことをすすめる。
→能力以上のものにも興味を示すことがあるが、まず、「さわる」だ
けでもよい。そしてこれは、
「あのお仕事ができてからしましょう !!」
と断っている。
☆長年のモンテッソーリ園でも、新入児がたくさん入ってくると、4
月は騒然とするが、
お集まりの時とか、
集団レッスンなどで(例えば、
マットとマットの間をゆっくり歩くだけでも…)「今、すべきこと」
を意識することの繰り返しを根気よく伝えることが大切。
☆ 2 年間で、5 人の先生がお嫁に行き、退職したあと心配したが、子
どもたちが自立していたので、先生がいなくても変わらず落ち着い
ていたので安心した。知らない先生が来ても、アシスタントのよう
− 144 −
ラウンド・テーブル
な子がたくさんいて、先生の代わりに教えてくれた。
3)縦割りクラスと横割りクラスの時間配分について
☆基本的には、縦割りクラスで、体力差や技術差が生じる体育活動、
絵画制作や音楽活動は、横割りで引き抜いている。3 年間縦割りク
ラスで先生も変わらない。
☆園長がモンテッソーリ教育に魅せられ、一気に縦割りクラスにした
園で、各クラスには、簡単な指先練習のものだけある。
そして、
「モンテッソーリのへや」には、代表的なモンテッソー
リ教具があり、週に 2 回横割りで 40 分くらい教具を触るだけで、
モンテッソーリをしていると考えている。しかもクラス内では横割
り。また登園時、年長児は自分のカバン帽子など放っても、年少児
の世話ができて助かると園長や教師が喜んでいた。
子ども自身がきちんと自立できていない時に、他人のお世話をさ
せると「おせっかい」を育て、また年少児は、してもらうことをよ
しとして「甘え」を育てることになるのではないかと思われる。
4)園の行事と両親教育について
☆入園式をなくし、年少児のみ登園し、
(年中・年長児は休み)いつ
もと変わらない同じ生活の中で過ごした後、着替えてきた親と式を
すませ、記念写真を撮って帰るだけで、泣く子どもが 1 人もいない。
☆保育園児の母親は忙しく、靴を脱ぐのも、服やパンツをはかせるの
も親がする。幼稚園児の母親も同じく、すべて手を出す人が多い。
朝、登園ギリギリにかけ込んだお母さんが、「服の着脱に時間が
かかるので、手伝うと、ぐずって間に合わなかった」と話された。
→その時「自分でしようとしているから良いことですよ」と言ってく
ださい。
→ 2 回、パジャマのままで登園した子がいる。でも 3 回目には、自分
で着替えてくることができた。自分で気づくことも大切。
☆お母さんたちの勉強会を開いて
子どもはひとりで生きようとしている。手出しすることで、その芽
を摘むことになること。待つことの大切さを繰り返し伝えていかな
− 145 −
ければならない。
→
「今、すべきこと」を見ないで、
「小学校に入って、これをしていな
いと困るのではないか?」と先走る親が多い。
5)乳幼児と障害児に関して
☆ 0 歳、1 歳、2 歳と、それぞれの発達段階と敏感期にあったものが、
環境の中にセットされ、選ぶことができなければ、子どもの発達の
助けとはならない。
☆ 0 歳児で椅子を押して歩く子に対し、パートの先生が、
「ダメ!」
と言って取り上げ、隠してしまう場合。
→手押し車を持ってきたり、それがなければ この動きの敏感期を尊
重するために椅子の下にフェルトをつけることも考えられる。
もちろん危険なものや傷つくものに対して、いけないことはいけ
ないと、繰り返し伝える。
☆走りまわりたい子、ボールを投げたい子に…。
→必ず、代わりのものを用意し、走ったり、投げたりできる場所に行
くとか、部屋で投げられる量だけの箱を準備しておくと、遊んだ後、
また、きちんと片づけることを楽しむ子どももいる。
☆障害児もいるが、子どもたちが保育士以上の優しさでフォローし、
決して怒らない姿も見せてくれた。
6)高価な教具購入に関して
☆日常生活練習のものは、ホームセンターや 100 円ショップにもある。
安くて割れることもあるが、壊れた体験から初めて物を大切にす
るようになる。
☆正 確さが必要な感覚教具は、2 ~ 3 年で壊れてくるので、輸入品
(ニーホイス社)のものが良い。
☆世界地図セットの中の、アメリカ合衆国パズルは不要だ。
7)担当者(戸田)の体験談
☆約 30 年前、伝統的な保育からモンテッソーリ教育へ切り替えたい
と、ある園長の依頼を受けた。
− 146 −
ラウンド・テーブル
その時、まず、今の一斉保育でどのような充実感があるのか、子
どもたちはどんな興味や関心があり、それに対してどのような準備
や努力をしているか、現状からの疑問と改善希望について、先生方
一人ひとりに書いてもらった。
さらに 1 カ月に 1 回の園内研修で、現状の環境と横割りクラスの
中で自由選択することができるか、可能性を探った。そのうち簡単
なことでも個人作業ができるもので、繰り返し集中する子どもの姿
が見られるようになった。
新学期 3 歳児 1 クラスだけで、自由選択できる環境に、生活練習、
指先の練習などを徐々に入れた。
翌年、3 歳、4 歳の縦割り、次の年に 3 歳~ 5 歳の縦割りクラス
が構成され、その時に 3 歳児が初めて縦割りモンテッソーリクラス
を体験し、その子が 5 歳児になった時、自身で取り組む活動だけで
なく、
3 歳、
4 歳児に対して自分が教師から学んだことをそっくり「ひ
とりでできるよう」に手伝い、担任のよきアシスタント役ができた。
つまり、切り替えの決心から 5 年の間に、子どもの成長、教師の
養成、環境教具の充実、そして両親教育へと展開することができた。
☆ネパールの貧しい環境の中から始まったモンテッソーリ教育に接し
て…。
→日常生活訓練の大切さから、指先練習の、はさみ、縫いさしなど、
ところ構わず床の上で行っている。
・机・椅子もあまりない状況の中で、まず個人作業の確立ができるよ
うに個人用マット(約 50 センチ ×70 センチ)を準備してもらった。
(大きな床敷き用の薄手マットを裁断して作った。)
・次に、机代わりになる画板(約 30 センチ ×40 センチ)も大きなデ
コラ板を切って準備した。
・この 2 つで子どもの作業の領域が確立したことにより、人の邪魔は
しない、自分もその範囲の中で、はみ出さないように注意しながら
集中できるようになった。
・また、信仰深いヒンズー教の子どもたちに、静粛レッスン、線上歩
行を紹介した。
− 147 −
・1 歳児クラスには白い直線、3 歳~ 4 歳は白い楕円の周りに集い、
線上歩行や、静粛レッスンをした後に、マット運動やカラーリング
とび、そしてネパールダンスなどを楽しむことができた。
8)まとめ
モンテッソーリ教育の取り入れ方については、まったく新たに取り入れ
る場合と日本の伝統的な一斉保育から切り替える場合とがある。
いずれにしても、モンテッソーリ教育の精神性は教育の原点である。
また、モンテッソーリ教育の実践も教具の提示だけにこだわるのではな
く、子どもの生活全体に関わるものとの理解の上で、
- 教師自身の意識改革
- 共に働く職員間のチームワークと助け合いが重要
- さらに保護者への根気強い説明も必要である。
子どもと園と保護者の連携により、理想を目指すことが大切である。
− 148 −
ラウンド・テーブル
ラウンド・テーブル B
教師養成・園内研修のあり方について
松本 良子
(ブレーメン教育研究所)
廣澤 弓子
(東京モンテッソーリ教育研究所教員養成コース)
Ⅰ.はじめに
大会実行委員会からの司会依頼書には、B グループ参加人数 21 名とあっ
たので、私たちはラウンド・テーブルの主旨を踏まえ、当日の実施方法に
ついて、おおむね、次の 3 点を考えた。
1.参加者の自己紹介に、B グループのテーマに関する最も気になって
いる点があれば話してもらう。
2.司会者は、それらの自発的発言や表情など全体を観察し、心に留め
ておき、参考にする。
3.全員への問いかけ結果で、希望があれば小グループに分かれ、最後
に分かち合う。
Ⅱ.当日の概要
1.参加者の内訳(参加者は 16 名)
同一学法幼稚園から、理事長、園長、副園長、教諭 4 名、実習生 1 名。
他の方々は、保育園園長、副園長、保育士、幼稚園園長、主任、教諭であっ
た。
(小グループにならず)
2.自己紹介中に表れた各自の課題意識
ちなみに、大会ラウンド・テーブル初参加者は 4 名のみであった。
・A 園長談:30 年ほど縦割り保育を行っている。自分はずっと前にディ
プロマを取得したが、多忙なため教員たちにモンテッソーリ教育を伝え
ることができなかったので、あるディプロマ保持者を園内研修講師に起
用した。ところが困ったことに、教員間に分裂が生じたので、その講師
− 149 −
を解任した。伊勢市には教員養成の場所がないのが悩みである。バス運
行など教員養成の時間がなかなかとれず、前に進めない状況ではあるが、
やはり資質向上のために園内研修は必要であり、またぜひ実施したい。
・B 保育園園長談:元小学校の教師をしていた。ギャングエイジと言われ
る 3 〜 4 年生を受け持つと、自己主張の激しさからけんかの絶えない時
代になるのだが、その時担任をしたクラスでは、いじめっ子への対応が
とても上手な子どもたちが多く、乱暴な動きに対してもそれを上手にか
わしながら学習の面倒もさり気なく見てくれる。クラス対抗になるとす
ぐひとつになれる。ゴミの中から「これって、まだ使える」と分別した
りなどなど、大変調和のとれた子どもの姿が見られた。クラス懇談会で
「家庭でどう育てたらこんな子に育つのか」と尋ねたところ、
「それは幼
児教育の力だと思いますよ」との答えがあり、これがモンテッソーリ教
育との出会いで、これを機に幼児教育の方へ来た。子どもには敏感期の
あることを知り、幼児への興味がわき、保育園生活を始めた。年間スケ
ジュールを決め、月 1 回の職員会議の日は、若い先生と主任が中心で、
生活の仕方を知るという意味で「季節の一品」を準備し、洗いもの、食
材の始末、配分などを通して同僚を人として尊重する気持ちが少しずつ
育ってゆき、和やかな職員集団が形成されつつある。
・C 副園長談:教師養成コースを卒業後、ある幼稚園で教諭として勤務し
た後、現在の園に入ったが、ある時期自らの育児を通してモンテッソー
リ教育が分からなくなり、教具を見るのも触ることも嫌になった葛藤を
体験した。立ち直ることができたのは、園長がそうした私を受け入れて、
気長に見守ってくれたことと、先輩教諭が園長の対応を理解し、その上
でさり気なく適時適切な示唆を与えてくれたことである。もしあの時期、
園長をはじめ周囲の方が性急に直接的関わりをされたとしたら、かえっ
て深みに陥って、もしかすると、モンテッソーリ教育が本当に分からな
いまま嫌いになって離れてしまったかもしれない。
子どもの生活の中でおこるトラブルから学ぶ姿勢や、その場で話し合う
という意味では「毎日が園内研修」と言えるのでは。その子に今必要な
ことを提供するために、教具の提供について学び合うこともある。モン
テッソーリは「教えなさい、教えながら教えなさい」と言われた。先生
同士も同じだと思う。
− 150 −
ラウンド・テーブル
・D 保育園園長談:保育園の場合、保育士も専任の外、パート職員もい
て、午前 7 時から約 12 時間の保育時間に対応している現状では、とて
も全職員対象の園内研修は困難である。
・E 幼稚園理事長談:まず先生たちがしっかりと、モンテッソーリ教育を
学び、子どもたちに接することが一番大切、子どもは一人ひとり個性を
持った存在だから、接し方、教え方がとても重要である。
・F 幼稚園園長談:教師が悩んだり迷ったりしている時、C 副園長の場合
のように信じて時期を見守りながら、あまり積極的に園長が指示したり
しないほうが良い場合もある。が、そればかりでは駄目な場合もある。
園内のチームワークの中心は園長の責任である。常によく話し合って研
究していく必要があると思う。
・G 幼稚園主任談:10 年幼稚園にいて退職、5 年前に幼稚園の仕事に復帰
したが若い先生方の対応にとまどう毎日である。学んだ知識が生活と結
びつかないというジレンマがある。何か提案すると、それは協議なしで
決定事項になってしまう。若い先生に主体的に考える力をつけるには、
どうしたらいいのだろうか? 提案されたり助言されたとき、自分の力
で次のステージへリンクしていくことができない。閉塞感があり、園内
研修はこれからである。
・H 保育士談:子どもの家、幼稚園、保育園と経験してきた。保育園は初
めてである。保育園という勤務状態の中で職員の意志統一をはかるのは
困難である。先輩の動きを見て学ぶ
「見取り学習」ができないように思う。
生活体験が乏しく、例えば、
「掃除をしてきれいにする」という基準の
共通性がない。どの程度を「きれいになった」というか、言葉そのもの
の意味が違うように感じる。人として、生活者としての力をどうつけて
いくのか悩む。
3.話し合いの中から出た方向性
時間の流れとともに、メンバーの発言も活発となり、園長、主任級の方々
はみな、正直に自園の実状や研修への取り組み姿勢などを忌憚なく披瀝し
合って好ましい様子となった。教員養成コースの数も少なく、学びたい志
を持ってもその実現には相当難しい、という現状であっても、しかしなお、
どうしても必要なのは、子どもの援助者として日々子どもと接する教員の
− 151 −
研修は、絶対必要である、との結論的な発言となった。現実の問題として、
全国大会への出席、各支部ごとに行われる研修会、各コース長を招いての
研修会などには、それぞれ様々な工夫をして、可能な限り出席して、今抱
えている疑問や、悩みなどの解決、解消に努めるしかない、ということで
あった。
Ⅲ.おわりに
全国大会プログラムの中に、
「ラウンド・テーブルを入れたら」と、最
初に提案され、実施に努められた方は、第 29 回全国大会実行委員長・九
州支部長でいらっしゃった故藤原元一先生(近畿大学名誉教授・九州コー
ス創立者・当協会理事)
。ご存じの方も多いが、今大会事務局長・現九州コー
スコース長藤原江理子先生のお父上である。以来 17 年、ほとんど毎年行
われてきたという事実は、代々の実行委員長や参加者たちによって、その
意義と必要性が認められているからと考えるし、私たちもそのように考え
ている。
しかし、ここで残念な事実もある。と言うのは、大会実行委員会から、
「取
り上げてほしいテーマ」に関して、全会員にその希望を問うても、返信が
全くない、ということである。考えを変えれば、年ごとに大会実行委員会
から示される各テーマが、全会員に受け入れられ、改めて新しいテーマの
提案が出ない、のかもしれない。
すでに私たち(もちろん子どもたちも含め)を取り巻く社会情勢はめま
ぐるしいほどに変化している(良いにつけ悪いにつけ)
。国際・グローバ
ル化なる言葉の実現も、様々な形、あるいは目には見えない形でも、私た
ちにひた寄ってきているし、いろいろな現象となって実際にその実感もさ
せられている。このような中にあって、
日々刻々「自分を創る・人間になる」
という重大な「おしごと」をしている一人ひとりの子どもたちの、その「お
4
4
4
4
4
4
4
4
しごと」を援助する私たち、思えば思うほど、考えれば考えるほどその責
務の重さに圧倒される。が、皆が何とかそれを全うできているのは、モン
テッソーリの精神が、今もって、何一つ否定されていないことと、尊い「お
4
4
4
4
しごと」に励む幼い人たちが表してくれる成長と発達の実際に直接関わる
からであろう。
かつての日、M・モンテッソーリが、実際に子どもと交わった中で発見
− 152 −
ラウンド・テーブル
された貴重な宝石とも言うべき事実は、急激な変化にもまれて様々な違っ
た様相になりながらも、本質的には変わることなく、その本来的な育ちの
道筋への援助を必要としている―。
ラウンド・テーブルの限られた時間内では、実現困難であっても、この
辺りで、参加者の本音からの「希望テーマ」が出され、時には同一テーマ
の次年度への継続など(参加者も可能なら同じメンバーで)、一年間の各
自の学び・発見と、また、新たな疑問などについて話し合うといった企画
など、ラウンド・テーブルの主旨に添って、従来積み重ねた良いものの上に、
新たな試みを載せる工夫などを考えてみてはいかがかと考えさせられてい
る。
B グループの評価は、
最後に、
参加者のお一人が「こんな楽しいラウンド・
テーブルは初めて!」と言われると、
「本当に!」と言う声がほとんど全
員から笑顔とともに上がったことと、事実開始時の全体の雰囲気とは格段
の違いで、まさに和気あいあいだったので、司会者二人は胸をなでおろし
た次第である。
− 153 −
ラウンド・テーブル C
保護者支援のあり方について
岡本 仁美
(長崎純心大学附属純心幼稚園)
Ⅰ.はじめに
ラウンド・テーブル C の参加者は宮崎県、沖縄県、福岡県、奈良県、神
奈川県からの 5 名であった。少ない人数での話し合いとなったため、参加
者全員に、それぞれの保育現場での経験をもとに保護者支援について、事
例を挙げて話題提案をしてもらった。
ラウンド・テーブルの目的を「他の参加者の事例においても、参加者全
員が当事者意識を持って受け止め、話題を共有することで、今後の保育実
践に役立てるような時間にする」とした。
そのために、一人ずつの話題提案のあと、ラウンド・テーブル担当者が、
その事例について、保護者の状態像の背景として考えられること、対応に
ついて良かった点、問題点などを整理しながら、話し合いを進めていった。
なお、書記を参加者の中から鈴木美智子氏(八幡カトリック幼稚園)に
お願いした。
Ⅱ.話題提案
1.保護者の支援が難しかった事例
①保護者からのクレーム対応
・園での様子について、子どもの言うことにしか耳を傾けず、卒園まで
担任に心を開いてもらえなかった。卒園する時に「わが子は先生にか
わいがってもらえなかった」と他の保育者に伝えて卒園した。しかし、
その後、園でのイベントがあるたびに招待状を送り続けた結果、数年
後、ようやく来園するようになった。
②子ども同士のトラブルについての保護者への対応
・他児への乱暴な関わりが目立つ AD/HD の子どもがいてクラスが落ち
着かない状況であった。家庭でも子どもたちが話題にするので、クラ
− 154 −
ラウンド・テーブル
スの保護者から「先生が大変みたいですね。大丈夫ですか」と声をか
けられることが多くなった。支援児の保護者にクラスの子どもたちが
トラブルを報告するようになり、支援児の保護者にとって幼稚園が居
心地の悪い場所になっているのではないかと心配。
③園の教育・保育方針と子どもの理解を促す対応
・わが子の障害受容が難しく、塾に通わせてできることをふやすことに
一生懸命の保護者で、子どもへの対応が厳しく威圧的、
「保育者の対
応は甘すぎる。厳しくしてほしい」と要求してくる。
・モンテッソーリ教育が大好きな保護者で、家でも教具をつくってお仕
事をさせている。そのため、幼稚園では作業を積極的に行わない。子
どもが一人で行うことを望んでいるので、まだ、親の手をかけた方が
よいことでも一人で行わせるので、年齢的に必要な生活が保障されて
いない。
④保護者自身が抱える課題への対応
・母親が情緒不安定になることがあり、母親の調子が悪いと欠席が多く
なる。細かいことでクレームが多くなったり、保育者からの話の受け
入れが難しくなったりする。
・保護者の生活感覚の偏り(生活リズム、服装、言葉遣いなど)が子ど
もの発達に影響している。
⑤子どもの「いじめ」につながる差別意識に対しての家庭との連携
・国籍が違う子どもに対して肌の色も違うため、その子どもの状態を「○
○人だから…」という発言が多い。注意しても改善しない。家庭とも
連携したいが、どのようにアドバイスをしていいか悩んでいる。
2.保護者を支援できたことで子どもに良い影響があった事例
①子ども同士のトラブルが続き、支援児の母親が、子どものことをクラス
会で話すことを決意した。話すことには当日まで葛藤があり、悩んでい
たが保育者の後押しを受けながら勇気を出して話すことができ、親子と
も皆と一緒に育ち合うために一歩前に進むことができた。
②子どもの不適応行動を保護者に伝えることが難しく、母親の問題意識が
低いと感じていたが、就学相談での子どもの様子から、母親が不安になっ
た。このことをきっかけに、子どもの状態を正確に伝え、支える姿勢を
− 155 −
示したことで、保育者と保護者が相談し合える関係になり、子どもへの
母親の関わりが変わっていった。
Ⅲ.話し合いと助言(Ⅰの事例についての具体的対応の提案)
1.保護者からのクレームの対応について
①保護者と敵対せずに対応する。
(ヘルプを求める心の叫びに耳を傾ける)
・保護者のクレームの背景を理解する。
(保護者のストレス、保護者の
発達的・精神的課題、育児不安、園側の保育課題など)
・保護者との意見の違いや対立を平和的に解決していく社会的スキルの
紹介。
(ERIC 国際理解教育センター『対立から学ぼう』参考)
○
「私メッセージ」で自分の意志や感情を被攻撃的に表現するスキル。
○相手の意見や感情を「傾聴」するスキル。
(事例「わが子はかわいがっ
てもらえなかった」→親子ともに気にかけてほしい気持ちを誰かに
聞いてほしい)
○相手に対する要望ではなく、
「本心」を明確化していく。
(事例「担任を変えてほしい」→「わが子を見てほしい」
、
「先生、
大変ですね」→「わが子を見てもらっていますか。」)
○対立両者の「本心」が満たされるかたちで解決すること。
・一人の保育者が抱え込まず、園の問題として協力して対応する。
・精神的に課題がある保護者の対応については、園だけで抱え込まず、
関連専門機関と連携を取りながら支援する。
・保護者の批判や要望を日々の実践を見直す重要な契機と捉える。
2.子ども同士のトラブルについての保護者対応
①傷つけた子ども、傷つけられた子ども双方の保護者の気持ちに寄り添い、
両者に謝罪し、誠実に関わる。
②クラスの中での子ども同士の関係作りに配慮する。より良い関係やお互
いの存在による子どもたちの育ち合いを双方の保護者に機会あるごとに
伝える。
(支援児の保護者が孤立しないように配慮する。)
※ 1.2.とも初期の対応が重要であるので、対応を後回しにせず、方針と
見通しを持って関わる。
− 156 −
ラウンド・テーブル
3.保護者の「常識」の理解と保育者への説明責任
①モンテッソーリ教育を基盤とした園の方針と目指す子どもの姿の理解を
促す。
・園の方針を伝える会に参加しない保護者の対応として、園の保護者参
加行事と一緒に企画する。
・子 どもが自発的に自己をコントロールすることを目指す教育法であ
り、強制的に厳しく関わっても一時的な効果であることを説明する。
(強い力は鎮痛剤的なもので、切れると繰り返す。もっと強い薬(力)
が必要になる。人を力によってコントロールしようとする子どもにな
る危険性がある)
。
・モンテッソーリ教育においては,障害の有無にかかわらず、できるこ
とをふやし、能力を高めることは人格形成を目指すためである。でき
ることをふやすことのみが目的となることへの子どもの育ちへの影響
を伝える。
・いじめに関してはその場を治めること以上に「平和的な心」を育てる
モンテッソーリ教育の実践が大切である。
②「生活常識」や「生活感覚」に偏りがある保護者への対応
・指導することで無理に保護者を変えようとせず、園での子どもの生活
を整えて子どもの変化を通して、大切なことを保護者に実感してもら
う。
(園でわが子のお茶の作法を見て、親が変わっていった事例)。
・保護者に対して、
「分かっていて、当然」という保育者の常識を見直し、
やってほしいことは、一つずつ、子どもの発達にとっての意味を伝え
ながら、具体的なやり方を示していく。(生活リズムを整えることは、
脳の発達を促すことに加えて、主体的に人生をプランしていくための
基本的なプラン力の引き出しを作る)
。
Ⅳ.まとめ
保護者の有り様は、特に幼児期においては子どもの育ちに大きく影響す
ることは言うまでもない。しかし、幼児教育の現場において「気になる保
護者」がふえ、関わりが難しくなっていることも現実である。
今回のラウンド・テーブルでは、参加者が少なかったこともあり、保護
者支援の事例を、深く掘り下げながらすすめられたことで、参加者からは、
− 157 −
「皆が事例を自分事として受けとめながら、具体的な話ができたことで、
今後の実践に役立てることができる」との感想が聞かれた。この時間が参
加者の保育実践の一助となることを願っている。
− 158 −
ラウンド・テーブル
ラウンド・テーブル D
特別な支援を要する子どもとの関わりについて
力丸 敏光
(joy ひこばえ)
村上 貞子
(あさひ幼稚園)
Ⅰ.はじめに
ラウンド・テーブル D の参加者は、14 名であったため、全員が見える
ように、輪になって椅子を置き、自己紹介から始められるようにした。
まず、このラウンド・テーブルに参加される方々は、現在、特別な支援
を要する子どもに関わっているか、過去に関わった方々だということで、
自己紹介をしていただいた後に、全員から、子どもたちと関わる中で、困っ
ていることや悩んでいることを共有することとした。一人ひとりの話を聞
く中で、自分が関わっている子どもとの関係において、新たな援助や支援
の手段が発見できたり、悩みを分かち合い、その悩みが少しでも軽くなれ
ばということで、話を進めていった。
その後、出てきた話を幾つかにまとめ、どのように関わっていったらい
いか考えていくこととした。
その内容については以下のとおりである。
Ⅱ.参加者の話からの内容
一人ひとりの話から、次の 6 つの内容について話し合った。
1.保護者支援について
子どもが特別な支援を要することを理解してもらえない保護者がいる事
が、悩みであることが、数名から報告された。
そこで、どうすればいいかということになり、
・園長・主任から、保護者に伝えていただく。
・担任からまず伝え、理解してもらうのが難しい場合に、主任・園長か
− 159 −
ら伝えてもらう。
・園での様子を知ってもらうために、園に見に来てもらう。
・他の保護者から、○○君によくたたかれる…などの話から、周りから
伝わっていく。
などの意見が出た。
また、理解力がない保護者・受け止められない保護者は「大丈夫でした」
の一言だけを受け止めたり、IQ が高いので、安心してしまう場合がある
ので、発達障害についてのはっきりとした話など、言葉を選びながら伝え
ていかなければならない、という意見も出た。
2.加配の先生について
特別な配慮を要する子どもがいても、加配の先生がついてくれなかった
り、診断がでてなかったり、保護者が認めてくださらないので、補助金が
出ないので、加配の先生がつけられないという悩みも、数名から聞かれた。
さらに、診断が出ている子がいるので、加配の先生はいるのだが、診断
が出ないで特別な配慮を要する子どもに加配の先生がつくことになり、保
護者から不満の声が聞かれる場合がある。
そこで、入園にあたり、1 対 1 では見ていくことが難しいことをあらか
じめ了承してもらう。
・年長の子どもに関わってもらって、集団を見ていく。
・視覚支援(写真カード・絵カードなど)で、流れを知らせる。
などの意見がでた。
3.特別に準備している教具や環境
・自分の場所を作ってあげる。
(自分の椅子や座布団など)…認知しや
すい。
・椅子に刺激があるような工夫。
(スポンジで柔らかくする・背中に固
いものを入れるなど)
・できたことに対して、目に見える形で示していく。
(シールをはって
あげるなど)
・スポンジしぼり・小布しぼりは、とても集中して取り組んでいた。
などの、意見が出た。
− 160 −
ラウンド・テーブル
4.話ができない、うまくコミュニケーションがとれない子どもについて
・最近やっとおうむ返しができるようになった子どもが、友だちのこと
がとても気になるが、表現方法が難しく、強く抱きしめてしまうこと
があるという事例では、「この子が好きなんだよね」と認め、力加減
なども伝えている段階である。
・言葉が出ない場合など、視覚支援として、コミック会話を通しての関
わりをとっているということであった。気持ちを視覚的に伝えてあげ
ている。
などの意見が出た。
5.パニックを起こす子ども
・自傷行為がある子は、抱っこして落ち着かせている。
・原因がはっきりしている場合には、声かけなどで対応できるが、原因
が分からない時には対応が難しく、その子が好きなものを準備してお
くなどで対応している。
・自分の場所として、狭い場所やダンボールの中などがあると、自分で
クールダウンして出てくる。
・お茶を飲むなど、環境を変えてあげている。
・接触を嫌がる子がいるので、落ち着かせる方法にも、注意・見極めが
必要である。
などの意見が出た。
6.保護者理解と保護者の協力について
・就学前に相談する場合、伝え方に工夫が必要。
「就学にあたってご心
配なことがあれば、相談できるところがあるので、一度行かれてはい
かがですか?」などと、こちらから答えを出さずに保護者から、答え
を導けるとよい。
・18 歳になった時にどうなっているかということを考えてもらう。そ
の時の姿と照らし合わせて、今どうしたらいいか考えてもらう。
・入 園の時に分かっている場合には、
「一緒に頑張っていきましょう」
という気持ちを伝える。
・子どもが、園で頑張っていることを伝え、子どもが困っていることも
− 161 −
伝え、家ではどうされているかを聞き、一緒に考えていく。少しずつ
伝えていくことが大切である。
・保護者は、「治る」と思っている方が多いが、
「治る」のではなく、そ
の特徴を持って過ごして、生き方がうまくなる、慣れてくるなどとい
う認識を、
教師も親も持てるといい。どんな人も、苦手なことはあるが、
みんなそれを乗り越えて生きていることを伝える。
・親にも、
「待つ」ことと、
「観る」ことの大切さを伝えていく。
などの意見が出た。
Ⅲ.おわりに
以上のような意見が出て、それぞれに援助や支援の方法について、考え
ることができたのではないかと考える。分かち合うことで、共に頑張って
いる人たちを知ることができたラウンド・テーブルだったと感じた。特別
な支援がいる子どもは、本人が困っているのであり、教師(大人)によっ
て適切な支援がなされることによって、特別な支援が特別でなくなるので
はないだろうか。
− 162 −
ラウンド・テーブル
ラウンド・テーブル E
モンテッソーリ教育の理論研究について
相良 敦子
(長崎純心大学大学院)
鳥越 文明
(白銀保育園)
はじめに
テーブル E への参加者は極めて少なくて(6 人)、心細い気持ちのスター
トであった。しかも、司会者(相良)が時間を勘違いして、設定時間より
早く終了させてしまい、参加者には実りの少ない申し訳ない集いとなった。
参加者の目的
おり
・長年モンテッソーリ教育を続けていると、澱のようなものがたまって
きて、一からやり直したいと思っている。そのような時期にいるので、
モンテッソーリ教育の理論をキチンとやり直したいと思って、ここに
来た。
・日々、現場で実践していると、
「なぜ、そうなのか」ということを知
りたくなる。実践を裏付ける理論が知りたくて、ここに参加した。
主な話題
(1)モンテッソーリ教育の「お仕事」に集中できる子もいれば、できな
い子もいる。教室の中で浮いている子どもは、外に出していたが、
今年は室内での作業を勧めている。でも、なかなか落ち着かない。
エネルギーが有り余っている子どもを満たすだけの環境が揃ってい
るのかを見直す必要を感じている。
(2)
「一からやり直す」ための工夫をしている。まずは、3 歳児を落ち
着かせるところからスタート。日常生活から始めているが、例えば、
縫い刺し、あけ移し、着衣枠、幾何タンスなどを置いて…理論的に
− 163 −
考えて、この環境で良いのかな、と自問している。
新しく入ってきた先生には、理論の講義をしていたが、近頃はし
なくなった。理論的に深く理解していない結果、澱のようなものが
たまってきたので、やり直してみようと思っている。理論をきちん
と踏まえて再スタートする必要を感じている。
担当者の対応
(1)の問題に対して(鳥越)
保育園だと、早い子は朝 7 時から来る。夕方は 5 時までいる子がいる。
保育園に長い時間いるので、外で体を十分に動かす時間を提供する配慮が
必要だ。うちの園では、少なくても 2 時間は、外で体を動かすような機会
をつくっている。今なら、プール遊びをたくさんして体を動かすなど、季
節に応じて対応することも大事。
(2)の問題に対して(相良)
実践の根拠となる理論を学び、それを自分のものにするには、三つの段
階を踏む必要がある。第一段階は、自分がよく経験する。そして、
「ワー!」
とか「いいな」と驚いたり感心したりする。すると、「なぜ?」という問
いが自分の中に生まれる。その問いに導かれて、第二段階に入る。そこで、
自分の知性をフルに使って驚いたり感心した対象の底にある根拠や構造を
知る努力をする。モンテッソーリ教育では、確かな科学的根拠や納得でき
る論理に出合うことができる。教師も子どもと同じように、
「なるほど!」
と分かる瞬間がある。そして、第三段階に入る。
「なるほど」と理解した
ことを「本当か?」とさらに問い、現場で確かめることだ。理解したこと
を実践で確かめてみて、
「やっぱり、そうだ!」と納得すると、教師は真
に理論を「自分のもの」にしたことになる。
「日常生活からやり直そうとしている」というお言葉があったが、私は
今述べた道筋を体験したことがある。モンテッソーリ教育には無縁の先生
たちばかりのある幼稚園が公開保育を引き受けた。私がその責任を任せら
れたので、まず、日常生活の「挨拶」と「椅子の出し入れ」を意識して、
丁寧に、美しく、実行するためには、どうすればよいか、を皆で研究する
ことからスタートした。先生たちは、
「動作を分析」し、正確に「して見
− 164 −
ラウンド・テーブル
せる」と、子どもたちが見事に反応するのに驚いた。先生たちは「なぜ?」
とその根拠を私に尋ねてきた。この理由を学ぶにつれ、先生たちは日常生
活の中でいろいろ試してみるようになった。立ち居振る舞いだけでなく、
日常生活の中では「折る、切る、貼る、縫う」が基本的に必要だと定義して、
この四つを正確にするための工夫を重ねた。すると、子どもが着々と反応
していった。こうして公開保育の時は、参観者が涙するほどに、子どもた
ちは落ち着いて活動した。この経験を契機に先生たちは、
「もっと勉強し
たい」と自分たちからモンテッソーリ教育に目を向けるようになった。こ
れは、
「経験→理解→判断」という道筋を経て、理論が「自分のもの」に
なった実例。
まとめ
モンテッソーリ教育の理論的根拠をきちんと理解してこそ、モンテッ
ソーリが実現したダイナミックな子どもが立ち現れるのだろう、という真
摯な意識をもって参加なさった方々の期待にまったく応えることのできな
い貧しい時間で終わってしまったことを心から申し訳なく思っている。こ
の深遠な課題をラウンド・テーブルのテーマにするのは無理ではないかと
も実感した。
(文責 相良)
− 165 −
市 民
公 開 講 座
今を深く生きるモンテッソーリ教育
―将来が楽しみ!―
相良 敦子
(長崎純心大学大学院)
〈本稿の構成〉
大会の発表要旨集録には、市民公開講座のレジュメを次のように書いて
いる。
1.タイトル設定の理由
①偶然の一致:二つのタイトル
②幼児期に深く生きた結果
(その 1)DVD 「モンテッソーリ教育があったから、今の僕があ
る!」
(その 2)証言 藤崎信一郎 (早稲田大学 3 年) 2.困難を乗り越える鍵
①マリア・モンテッソーリの困難に満ちた人生
②「今」への集中が鍵
3.
「今」を深く生きさせるモンテッソーリ教育
①「敏感期」を生きる
②「知性」を働かせる
③成長の「仕事」に取り組む日々
4.幼児期の「今」と将来
①幼児期に上等のハード形成
②生涯にわたる人格形成の土台
上記の目次に沿って話を進める過程で、その会場にいた方々に壇上に登
場していただき、生の声での証言を聞かせていただくことにした。本稿に
は、そのアドリブで話してくださった方々の声をゴチック体で要約して載
せている。私が話すだけでなく、
モンテッソーリ教育を受けた本人、その親、
教師などが一緒になって、モンテッソーリ教育の内実と成果を語ったこと
− 166 −
市民公開講座
は、この教育が日本にリバイバルして約半世紀の実りを示すものであった
ように思う。
1.タイトル設定の理由
40 年以上前、1970 年代初めに、今大会の実行委員長中尾昌子先生が宮
崎の地でモンテッソーリ教育を導入されました。それは日本の中で最も早
い実践でした。その後、モンテッソーリ教育を受けた子どもたちの育ちに
共通する特徴に注目し、それを私に語ってくださったのは中尾先生が初め
てでした。やがてモンテッソーリ教育を受けた子どもが、小→中→高→大
→社会人になっていく時、どの人にも共通の素晴らしい特徴があることを
他の方々からも聞くようになりました。そこで私は、幼児期にモンテッソー
リ教育を受けた子どもたちが、その後どのような生き方をしているかを調
べてみることにしました。その調査をまとめたものが『モンテッソーリ教
育を受けた子どもたち―幼児期の経験と脳―』
(河出書房新社 2009 年)で
す。この本をまとめる作業を進めていた頃、私は講演に招いていただくと、
私一人が話すのではなくて、モンテッソーリ教育を受けた子どもをもつ数
人のお母さま方に登壇していただいて、母親の口でわが子を見て思うこと
を語っていただくようにしました。昨年の日本モンテッソーリ協会(学会)
全国大会でも、そのスタイルで市民講座を担当させていただいたのですが、
その時、フロアから発言してくださった一人のお母さまが家に帰って息子
に「あなたのことを話したよ」と言ったら、その息子さんが、
「次は僕が
自分で話すよ」と言ったそうです。そのことを電話で聞いた私は、
「じゃあ、
次の市民公開講座では、ご本人に話していただきましょう」と言いました。
そういう次第で、今回は幼児期にモンテッソーリ教育を受けたご当人に登
場していただくことにしました。
さて、今回の大会事務局から市民公開講座で話すタイトルを求められた
とき、
「今を深く生きるモンテッソーリ教育―将来が楽しみ―」としました。
その後、そろそろ具体的に準備をしなければと思っていた頃、
「僕が自分
で話すよ」と言ったご当人から 1 枚の DVD が届きました。それは、自分
が卒園した幼稚園を訪れ、担任をしてくださった先生へのインタヴュー、
楽しかったモンテッソーリ教育の「お仕事」
、その後の自分の生き方など
を 6 分間ほどに編集した映像でした。そのタイトルが、なんと!「モンテッ
− 167 −
ソーリ教育があったから、
今の僕がある」というのです。私が幼児期の「今」
が将来につながることを語るつもりだった構想に対し、すでに大人(大学
生 3 年)になった「今」の時点で幼児期を振り返るタイトルだったのです。
これは偶然の一致ですが、私がこの講座で強調したい話の内実を、体験者
が登場して証言するという構成にしました。
その証人は、湘南白百合学園幼稚園でモンテッソーリ教育を受けて幼児
期を過ごした藤崎信一郎君(早稲田大学 3 年)です。
では、最初に、藤崎信一郎君が制作した DVD をご一緒に見せていただき、
それからご本人の話を聞きましょう。
DVD 「モンテッソーリ教育があったから、今の僕がある」
上映 約 6 分 (上映内容の記載は略)
〈本人の証言の要約〉
横浜在住。現在、早稲田大学 3 年生で、これからいよいよ就職活動です。
自分が育った湘南白百合学園幼稚園の園舎が改装で取り壊しになると聞い
て、記憶にとめておきたく、ビデオカメラを片手に訪ねました。大学の友
人には、「今さら幼稚園を訪ねるなんて、気がしれない!」と言われまし
たが、僕にとっては原点であり、大切なルーツなのです。
モンテッソーリ教育がどういった教育なのかは、僕は詳しくは知りませ
ん。でも、今回の訪問によって、今の自分があるのは、幼稚園時代に取り
組んだ「お仕事」のおかげであることに確信をもつようになり、このタイ
トルの DVD を制作するに至ったのです。音が大好きで、「音感ベル」のそ
ばから離れなかった自分は、聴くことにとても興味をもちました。やがて、
聴くことは話すことへと変わっていきました。中学 3 年の時に横浜市主催
の「子ども平和スピーチコンテスト」で優勝し、ご褒美にニューヨークの
国連の学校に留学させていただきました。高校受験では、その経験をしゃ
べるだけで、早稲田と慶応の附属高校に合格することができました。
また、
「きゅうりを切る」お仕事ばかりしていた自分は、今は料理にの
めり込み、毎月 50 人級のバーベーキューを仕切るようになりました。メ
ンバー集めから、メニュー決め、買い出し、料理、撤収まで。見通しをつけ、
プロジェクトとして取り組みます。その集中力は、
「きゅうりを無心に切っ
− 168 −
市民公開講座
ていた自分」となにも変わらないのだと思います。自分が本当にやりたい
ことに、とことん取り組み、やり通す力は、幼稚園時代に培われました。
就職先も「食」を極めるために、横浜の鮮魚市場に朝 3 時起きで通う二か
月の修行をしました。来月には、肉の本場オーストラリアの食肉加工業者
を視察してくる予定です。今後も「やりたくて、やりたくてしようがない」
ことを、とことん極めて生きていきたいと思います。
2.困難を乗り越える鍵
マリア・モンテッソーリ(1870 ~ 1952)は抜群に優秀な資質をもった
人だったので、人々が歩んだ道の後を行くのではなく、いつも前人未踏
の道を拓き進まねばならない宿命にありました。だから、その人生は困
難に満ちたものだったのです。その困難を乗り越える鍵は「今」に集中
することでした。その鍵は、モンテッソーリが医学生だったとき、ピンチ
オ公園で出会った一人の幼な子から得られたと言えましょう。マリア・モ
ンテッソーリは周囲の反対を押し切ってローマ大学の医学部に初めての
女子学生として入学しました。女性が一人で男性たちと一緒に医学を続け
るのは様々の困難がありました。その困難は越えがたいほど大きくなっ
ていき、マリアはついに医学を断念して大学を去ろうとします。絶望の
どん底で研究室を後にして、ピンチオ公園を横切っていたとき、小さな女の
子を連れた一人の母親の物乞いが近づいてきて、マリアに物乞いを始めまし
す
た。医学を棄て研究室を出てきた無一物のマリアは、これからどうやって生
きていけばよいのかもわからない、その物乞い以上に惨めな状態でした。乞
われても差し出す物が何もなく、ただ茫然としていたマリアは、ふと、物乞
いをする母親の傍らで無心に何かをしている女の子に目を留めます。その子
は、近くのゴミ箱から拾った数枚の紙を扱いながら深く集中しているので
す。今日、食べる物がないかもしれない状況とは無関係に、手を使って集
中しているその子の横顔は充実し、輝いていました。マリアは、ハッとしま
す。そして、くるりと振り返り、今棄てて出てきた研究室に一目散に戻りま
す。そして、後で言います。
「誰も信じてくれないかもしれません。でも実際
そうだったのです。私は、数枚の紙切れで集中し顔を輝かせた幼な子を見た
瞬間、なぜか分からないけれども医学の研究室に戻る気になったのです。そ
の後、私は医学の勉強を断念しようと思ったことは一回もありません」と。
− 169 −
モンテッソーリが幼児教育にかけた生涯は、この経験が原点となったと
言えます。その後、モンテッソーリは次々に出会う様々な困難を乗り越え
ていきますが、どうしてよいか分からない壁にぶつかるとき、
「今に集中
する」ことで、
それを乗り越えたのでした。そして、
「敏感期の情熱」や「集
中現象を経て正常化」に至る過程を発見し、このことがモンテッソーリ教
育の中核となったのです。
3.
「今」を深く生きさせるモンテッソーリ教育
乱暴、無秩序、意地悪、うそ、盗み、依存など、様々の逸脱した行動を
していた子どもが、自分がやりたい活動に出会い、それに取り組み、自分
のリズムで続けていくと深く集中するに至ります。その集中した活動を経
て自分からやめたとき、その子どもは落ち着き、秩序を好み、素直で平和
な人になっているのです。まるで「新しい子ども」になったかのように変
容する事実に、モンテッソーリは注目します。そして、この変容の過程を
子どもが幾重にも経験できるような教材と環境を研究しました。それがモ
ンテッソーリ教育の体系となっていったのです。
「今」を深く生きるためにモンテッソーリが特に注目したのは、次の三
つのことです。
①「敏感期」を生きる
②「知性」を働かせる
③成長の「仕事」に取り組む
この三つのことを具体的な事例で説明していきましょう。
①「敏感期」を生きる
モンテッソーリに「敏感期」のことを教えたのは、生物学者ド・フリー
ス(Hugo de Vries 1848 〜 1935)でした。
「敏感期」とは、すべての生物
の幼少期に現れるもので、自分の成長のために必要な要素を環境の中に見
つけ出す感受性が特別に敏感になる一定期間のことです。感受性が特別に
敏感になるだけでなく、それに関わるための強烈なエネルギーが内面から
出てきます。日本の幼児教育界では「敏感期」という言葉はあまり使いま
せん。それに似た概念として「発達課題」とか「臨界期」という言葉が使
われます。モンテッソーリが着目した「敏感期」は、生物学的には発達課
− 170 −
市民公開講座
題や臨界期とほぼ同じ事実ですが、この時期にだけ現れる生命感あふれる
強い力に注目したことに特徴があります。敏感期には、自分に必要な環境
中の要素に対して燃えるような情熱がほとばしり出て、それ以外のものに
は盲目になり、それに関わるために全力を尽くすのです。その情熱に満ち
た関わり方は、まるで「環境に恋をする」かのようであり、子どもは「環
境と恋仲になる」のだとモンテッソーリは言います。内面から生命力があ
ふれだし、生き生きと喜びに輝くのが敏感期の特徴です。
「今」に集中す
ることによって困難を乗り越えてきたモンテッソーリだったからこそ、こ
の恋をするように生命力が輝く事実を見ることができたのだと言えます。
大人には信じられないような些細なことに子どもが情熱を燃やす場面の
例を挙げてみましょう。
・1 歳のころ、「穴」から「落とす」ことに夢中になるものです。物をつ
まんで穴から落とす。マンホールの穴に石や葉や枝を指先でつまんで落
とす。大人が気づかないような穴を次々に見つけだし、その穴に合う物
を手で掴んで落とすのを見た人は多いでしょう。
・ある坊やは三輪車をひっくり返して、車輪を手首を動かして回すことに
余念がありません。自分が乗るのではなく、車輪を手で回すのが面白く
てたまらない時期です。
・幼稚園で「折る」ことに興味をもった女の子が、家でも折りたがるので、
心ゆくまで折ることができるように材料を提供したら、500 枚も折った
そうです。そして、
「ああ、スッキリした」と言ってやめ、それっきり「折
る」ことへの情熱は消えたそうです。
・ある保育園で、
「結ぶ」ことに興味を持った子がいたので、いくらでも
結べるように、布切れを細長く切って準備してあげたら、何と 2,000 回
も結んだそうです。
この事例のように、敏感期は、ある対象に情熱をもって関わるエネルギー
がほとばしりでる一定期間で、その時期にこそしなければならない自然か
らの宿題があるのです。この時期にだけ現れる鋭い感受性と強力なエネル
ギーを有効に利用するよう自然が促します。ところが、その時期に課され
た自然からの宿題をしないで過ごすと、その時に獲得するべきものが身に
− 171 −
付きません。その時期を過ぎてから身に付けようとしても、もはや自然か
ら与えられるエネルギーがないので、過度の労力と時間が必要です。まる
で「終バスに乗り遅れた」ようなものです。
②「知性」を働かせる
敏感期は動物にでもありますが、人間にはもう一つの内面からほとばし
りでるエネルギーがあります。それは「知性」を働かせるときに出てくる
力です。モンテッソーリは、医学部を出て障害児教育で成功しますが、そ
の後、ローマ大学で哲学を学びました。だから、敏感期という自然科学が
明らかにする力だけでなく、人間が認識するメカニズムやその時に現れる
知性の力と勢いについても研究していました。
モンテッソーリは、
「知性の働きをひと言で言うなら、それは区別する
ことだ」と言いました。知性の基本的働きは、
「同一性」と「区別」だと
いう定義は、古代哲学においても、数学においても通用してきました。
人間が知性を働かせ始めるとき、
「同一性」の発見から始まり、それが「区
別」へとつながります。その具体例を一人のお母さんの言葉で聞いてみま
しょう。私が書いた本『幼児期には 2 度チャンスがある』
(講談社、1999
年)に事例を提供してくださった生島恵さんがこの会場にいらっしゃるの
で、お話ししていただきましょう。
生島恵さんの証言
萌々子は、
1 歳の終わりに近づいたころ、
「同じ」ものを見つけると「おー
なじ」と大喜びしました。
「同じ」に目覚めたときは、すごかった! 朝
起きるとまず、自分の手をかざし、じぃっとこちらを見つめ、ママの手を
むんずと取り、
「ママの手、ももちゃんの手おーなじ」から始まります。「マ
マの足、ももちゃんの足おーなじ」
。また、じいっとこちらを見たかと思
うと、「ママのおめめ、ももちゃんのおめめ、おーなじ」。口、鼻、耳、お
へそ、おっぱい……と永遠に続きます。それが終わると、
「ママのスプー
ンとももちゃんのスプーンおーなじ」
「……おーなじ」と、食事もその会
話が続きます。公園に出かけようと用意しても、「ママの服、ももちゃの
服おーなじ」、靴、帽子、カバンと、まだまだ続きます。絵本を読んでも、
「このふうせん、そのふうせん、おーなじ」と、ここでも「同じ」を見つけ、
− 172 −
市民公開講座
歌を歌っても本の中から同じ歌を探す。ピアノを弾いてあげても、その楽
譜を見つけ出し「おーなじ」と喜ぶのです。ももちゃんの見るもの聞くも
のがすべて「同じ」で整理されていくのがよく分かります。
その後ももちゃんは、
「同一性」の発見から「区別」へと進みました。
そして、
「同じ」と「分ける」を十分に楽しみました。
「同一性」と「区別」を十分に楽しんだら、次に「並べる」に出会いま
した。とことん「並べる」ことを楽しむと、次第に「比較して並べる」「区
別して並べる」へと進んでいきました。
比較したり、区別したりしながら横に並べることを十分にやると、今度
は上に「積む」ことが始まりました。
「積む」ことは、面と面を「合わせる」
ことへの関心へと発展しました。つまり「対応」させることに興味をもつ
ようになったのです。
生島さんは、子どもが夢中になる活動の中に、「同一性」と「区別」と
いう知性の基本的な働きを見たのでした。その基本が次に、
「比較」「集合」
「対応」へと自発的に発展していったことも観察していらっしゃいます。
知性の働きが、次々に新しい側面を現していく過程をわが子の日常生活の
なかで見た賢明なお母さまの証言でした。
モンテッソーリは、知性が「分析・集合・比較・対応」などの働き方を
しながら自発的に展開していく勢いに着目しました。そして、知性の働き
方と自発性という性質が自ずから動き出すようなメカニズムを材料に織り
込み、子どもが自分の知性を働かせて、どんどん自発的に活動を展開して
いけるような教材を創り出したのでした。
③成長の「仕事」に取り組む日々
「敏感期」という生物学的な強烈なエネルギーと「知性」という人間に
だけ備わっている自発的展開のエネルギー、この二つのエネルギーが同時
に働くとき、人間の活動は「集中」に至るほどに深いものとなります。子
どもが「敏感期」の強い感受性にひかれて自ら選んだ対象に、知性を働か
せるメカニズムがあると、敏感期と知性の二つの強力なエネルギーを発揮
する活動となるのです。そして、内面から押し動かされるその活動が続く
と「集中」するまでに至ります。自由に選びとり、自分のリズムで続けら
− 173 −
れ、集中にまで至った活動は、二つのエネルギーを統合させ終結の時を迎
えます。
「ああ、面白かった」
「ああ、楽しかった」「わかった!」「もう十
分!」などという内面から満たされた充実感や完成感や納得で終わります。
「自分で自由に選ぶ」ことに始まり、
「自分の知性のリズムで続け」、
「集中」
し、「自ら終わる」という一連の活動を経ると、その人の奥底に潜んでい
た本来の善さが立ち現れます。子どもは、この一連の活動を踏みしめるこ
とによって内面から成長し、自立の程度が上がるのです。この事実を幾重
にも目撃したモンテッソーリは、この一連の過程を歩み抜く活動のことを
「子どもの成長の仕事」と呼びました。日本のモンテッソーリ教育界では、
これを「お仕事」と呼んでいます。
モンテッソーリ教育の現場では、子どもが来る日も来る日も「お仕事」
を楽しんでいます。
「お仕事」をすることが、その子の内面からの成長に
つながるのです。
子どもが幼い日々、どのように「お仕事」に専念したか、先ほどの藤崎
信一郎君の DVD の中で、当時の担任の先生が話しておられましたが、信
一郎君のお母さまがこの会場にいらっしゃるので聞いてみましょう。
藤崎信一郎君のお母さまの証言
4 人の子をモンテッソーリ教育で育てました母としてお話しさせていた
だきます。長女を湘南白百合学園幼稚園に通わせておりましたので、その
まま長男もお世話になりました。当時は、モンテッソーリ教育は「女の子
の教育」というイメージが強く、ヤンチャな長男にはどうしたものかと躊
躇しておりましたが、当時の米島園長先生(当日は司会者として壇上に)
の「しっかりお育ていたしますよ」というお言葉を信じ、入園いたしまし
た。来る日も来る日もきゅうりの皮をむいては食べている息子に大変心を
痛めましたが、その集中している姿は目を見張るものがありました。自分
の好きなことを選び、とことんやり抜く気質は、今も変わらず、たくまし
く育った息子の姿を見ますと、
「男の子にこそ、モンテッソーリ教育を!」
と言い切ることができます。そして、息子を見守り、母親まで育ててくだ
さった、幼稚園、諸先生方に心より感謝申し上げます。
「男の子こそ、モンテッソーリ教育を!」とおっしゃいました。信一郎
− 174 −
市民公開講座
君の今を見て、「モンテッソーリ教育は男の子にこそ有効だ」と強調なさ
るのを聞いて、私は目が開かれる思いです。男の子が幼児期に「今」した
いことに集中し、とことんやり抜く体験をすると、その後の生き方で、自
分の信念を曲げず、やりたいことに没頭し、自分こそが切り拓くことので
きるオリジナルな道を切り拓いていくのだと、お母さまはわが息子の生き
方を見ながら証言なさったのです。
「モンテッソーリ教育は女の子向きだ」と言う人がたくさんいます。
「縫
い刺し」や「刺繍」
「野菜を切る」
「クッキーを作る」などの「お仕事」は
女の子がするもので、男の子はもっとダイナミックな活動をすべきだとい
う一般の通念があります。信一郎君のおばあちゃまも、日々「縫い刺し」
などをして帰ってくる孫を見て、
「これでいいのか」とつぶやかれたそう
です。でも、
「今」に集中することが妨げられることなく、心ゆくまで「今
やりたい」ことに没頭できた男の子は、社会の荒波に翻弄されることなく、
たくましくわが道を行く男性になるのだというお母さまの証言は極めて貴
重だと思います。
では、お父さまもこの会場にいらっしゃるので、同じ男性としてどう考
えていらっしゃるのかも聞いてみましょう。
藤崎信一郎君のお父さまの証言
一男、三女の子どもたちは、みなモンテッソーリ教育で育つ幸せに恵ま
れました。それぞれが個性豊かに育ち、
「モンテッソーリ教育で育った子
どもたち」の気質に合点するところが多々あります。私が父親として心が
けていることは、三つのことです。一つは、子どもの良い点、好きなこと
を応援する。…二つめは、子どもの「今」を大切にする。今、子どもが自
分で選び、一生懸命集中していることに注目し、気が済むまでやらせるこ
と、たとえそれが大人から見て、とても無駄に思えることであっても、そ
うした今の集中の繰り返しにより、たとえ見た目に枝が伸びていなくても、
地面の中でびっしりと根が張っていたり、木の幹が 1 ミリずつでも太く
なっていくのだと思います。その積み重ねが、大木に育ち、たわわな実を
成すのだと信じて見守ってまいりました。そして三つ目は、一人でも生き
ていける子どもに育てることです。…モンテッソーリ教育の普遍的な理論
に、父親たちが触れられるかどうかに、日本を根本から変えていくことが
− 175 −
かかっているとさえ考えています。
さすが、男性らしい大局から見て、考えていらっしゃるお言葉ですね。
日本の幼児教育界では、子どもが自由に打ち込む活動を「遊び」と呼び
ますが、
モンテッソーリ教育が言う「お仕事」は、
「遊び」と異なります。「お
仕事」には、
「始め」と「終わり」があるのです。遊びも仕事も自由に始め、
自分のリズムで続けます。
「遊び」は、いつでも「もうやめた」とやめる
ことができます。しかし、
「お仕事」には、
「始め」と「終わり」がありま
す。子どもが自由に選んで「始めた」活動は、最後までやり抜き「終わり」
までやり遂げるように配慮されています。
今日、司会をしてくださっているシスター米島は、幼・小・中・高・大
学へと続く一貫校でモンテッソーリ教育を長年なさってこられた方です
が、
幼児期に「始め」と「終わり」がある「お仕事」をした子どもたちが、小・
中・高へ進級していったとき、自分たちに共通していることは、最後まで
何が何でもがんばってやり抜くことだと語り合うのを聞くそうです。せっ
かく司会者としてこの壇上にいらっしゃるのですから、その話を聞いてみ
ましょう。
シスター米島の証言
私は卒園して同じ学園の小・中・高に行った子どもたちと話しをする機
会が多い職場で仕事をしてきました。卒園生たちがこんなことを話すのを
よく聞きました。「私たち(幼稚園でモンテッソーリ教育を受けた子たち)
に共通しているのは、
何が何でも最後まで頑張ることだよね」と。モンテッ
ソーリ教育のお仕事で、自由に選んで「始めた」活動を最後までやり遂げ
て「終わる」ということが、当たり前であった子どもたちは、小学校以降
でも、取り組んだことがどんなに難しくても投げ出さない。困難を乗り越
えるために全力を尽くします。
「それが私たちに共通していることだ」と
卒園生たちが話しています。
先ほど、信一郎君の話にも共通のことがあったのにお気づきになったで
しょうか。
「僕は、何かを企てるとき、終わりまでの見通しを立て、それ
− 176 −
市民公開講座
がうまくいったときに成功したと思う」という言葉がありました。その言
葉を聞いて私は、
「ああ、モンテッソーリ教育を受けた子どもだな」と思
いました。
4.幼児期の「今」と将来
幼児期に「今」を深く生きたことが、それ以後の生き方に影響するのは
なぜでしょうか。幼児期というのは、人間のハードウェアに相当するもの
が形成される時期だと考えることができます。パソコンで考えると、情報
を入力するキーボード、入力された情報を処理するパソコンの本体、処理
された情報を出力するプリンターがあって、初めてパソコンは機能します。
このキーボードとパソコンの本体とプリンターは、ハードウェアですが、
これに相当するものとして人間の感覚器官→脳→運動器官の回路を考える
と分かりやすいでしょう。感覚器官から受容された情報が脳に伝わり、脳
で処理された情報が運動器官に伝えられ、運動(行動)を起こすというわ
けです。人間のハードウェアに相当する感覚器官(視覚、聴覚、嗅覚、触
覚、味覚)と脳と運動器官(随意筋肉、それが付いている骨格、その中に
ある神経など)は、6 歳頃までにほぼ完成すると言われます(前頭葉だけ
は、10 ~ 24 歳頃までかかるそうです)
。この時期に、自然は(敏感期の
感受性のような)特別の力を付与します。幼児期に「今」を深く生きるこ
とは、この時期にだけ自然から与えられる特別の力をフルに使うことにな
ります。自然のプログラムが内面から「今これをしなさい」と促す声に素
直に従って、与えられた力を存分に使うと、その時期にこそ完成する器官
が上等にでき上がり、有効に機能を発揮します。だから、内面からの導き
に従って「今」を深く生きることは、上等のハードウェアを形成すること
になっているのです。
モンテッソーリ教育は、子どもをよく観察することによって自然のプロ
グラムを見極め、自然のプログラムに沿った教材や環境を子どもの周囲に
整えています。その「整えられた環境」に置かれた子どもは、内面から促
されて「選び」、来る日も来る日も「自分のリズムで取り組む」のです。
まさに、
「今」を深く生きる子どもたちです。こうして、自然が幼児期に
与える特別な恵みを無駄にすることなく、十分に使うことによって、この
時期にこそできるハードウェアが上等にでき上がっていくのです。
− 177 −
ハードウェアが上等であれば、優れた処理能力を発揮し、良い仕事がで
きることは、パソコンの例で考えれば分かります。幼児期に人間のハード
ウェアを上等に仕上げた人は、ぼろのハードウェアしか作らなかった人よ
り、その後の人生を楽にたくましく生きていけることは想像に難くありま
せん。幼児期にモンテッソーリ教育を受けた人が、その後の人生をどのよ
うに生きているかという具体的な姿を延べ 1,000 人の方々に書いていただ
きました。そして、共通する特徴を、脳科学の知見で解釈してみました。
つまり、脳の神経線維のネットワークが活発に進行する幼児期に受けたモ
ンテッソーリ教育のどの経験が、どのような行動パターンを生む原因に
なったかと推察してみたのです。その結果、人間のハードウェアに相当す
る感覚・運動器官と脳が形成される幼児期にモンテッソーリ教育で育った
人たちは、上等のハードウェアを形成することができたので、生涯にわたっ
て自立した良い生き方ができるのだという結論を導きだしました。(参照
相良敦子著『モンテッソーリ教育を受けた子どもたち―幼児の経験と脳―』
河出書房新社、2009 年)
②生涯にわたる人格形成の土台
2010 年に「幼稚園教育要領」と「保育所保育指針」が改訂されたとき、
この両者はそろって冒頭に次の言葉を掲げました。「幼児期における教育
は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う」と。
この言葉は、幼児期の教育が決定的に重要であることを示すものです。
ところが、文科省も厚労省も、このように言ったものの、具体的な根拠や
方法は出せないでいます。日本中を見回してみて、この冒頭の言葉を実現
する方法を根拠に基づいてきちんと語り、実践する具体的な方法を体系的
に持っているのは、モンテッソーリ教育だけだと私は思っています。それ
は、私の一人よがりの豪語ではなく、全国にまたがる国公立や私立のたく
さんの現場に関わってきた私の経験から、そう言い切ることができるよう
に思います。
私は立場上、幼児期の子どもをもつ保護者の方々にお話しをしたり、ご
苦労話を聞いたりする機会をたくさんいただいています。その機会を通し
て私は、二種類の保護者、二種類の子どもたちがいることに気づきます。
− 178 −
市民公開講座
二種類の保護者
A 親の理想や夢を子どもに押しつけ、強く期待する親
(例)
・思いやりのある人になってほしい。
・人に迷惑をかけない人になってほしい。
・英語力で苦労しない人にしたい。
・良い学歴をもち、社会的に良い地位で生きる人にしたい。
・良い成績、良い学校への合格、など目先の成果を強く求
める。
B 信じて、楽しみつつ、待つ親
(例)
・
「どんな人になっていくか将来が楽しみです」
・
「自分で切り拓いていくと信じて、楽しんで待っています」
私が調査をしたとき、モンテッソーリ教育を受けさせた親たちのほとん
どが、「将来が楽しみです」と言う言葉を使われるのが印象的でした。子
どもが自分で実現していくことを幾重にも見てしまった親たちは、自分の
理想を押し付けるなんてことはできないということが分かり、わが子に潜
む可能性を信じ、それが自ら立ち現れてくるのを待つというおおらかな気
持ちをもっておられます。
そして、皮肉なことに、この二種類の親と並行するかのように、二種類
の子どもたちに私は出会ってきました。次のような相違です。
二種類の子どもたち
A 常に目先の結果を求められた子どもたち
(例)
・自分の考えが持てず、他人の考えに左右される。
・他人の顔色をうかがって決める。
・自己コントロールができない。
・計画を立てることができない。 ・すぐにパニックになる。
・弱い者をいじめる。
・常に受け身で自分から取り組まない。人の指示を待つ。
・自分で解決する努力をしないで、すぐ「どうしたらよい
か」を尋ねる。
− 179 −
B 「今」に深く集中することを大切にされた子どもたち
(例)
・自分の考えをもっている。他人の考えに流されない。
・自分で判断し、自分の責任で行動する。
・すぐに慌てたり、怒ったりしない。寛大。
・計画を立てて実行し、目標を決めて努力する。
・臨機応変に対応する。
・弱い立場の人を大切にする。
・自分で興味をもったものに積極的、意欲的に取り組む。
・解決能力がある。
「どうしたらよいか」自分で考える。
この二種類の子どもは、正反対の生き方をしています。
そして、先に挙げた二種類の大人の態度と、この二種類の子どもたちの
生き方が対応していることに注目したいものです。
大人が目先の結果や理想を幼児期に要求すると、人格の核が育たないこ
とが小学校に入ってからの姿から分かります。
それに対し、
幼児期に「今」を深く生きることを大切にしてもらった人は、
次第に人格としての自立が目立ってきます。そして、生涯にわたって良く
生きています。
幼児期に「今」やりたいことを深く究めることを可能にするモンテッソー
リ教育は、人格を育て、自立して生きる将来の土台を築くのです。
− 180 −
図 書 紹 介
松本静子著
『よろこびの中に生きるモンテッソーリ教育』
窪谷 麻理
(マダレナ・カノッサ幼稚園)
本書の著者である松本静子先生は、日本人初の国際モンテッソーリ協会
(AMI)教師養成トレーナーである。本書『よろこびの中に生きるモンテッ
ソーリ教育』は、静子先生の米寿のお祝いの記念として出版された。お祝
いの会を準備するための会議で、一番弟子の野村緑先生から出版を提案さ
れたことが発端となった。
静子先生は現在に至るまで長きにわたって、
日本モンテッソーリ協会(学
会)の常任理事を務められている。先生は 1975 年に東京国際モンテッソー
リ教師トレーニングセンターを設立し、現在も昼間部と夜間部で大勢のモ
ンテッソーリアンを養成されている。また、附属園である聖アンナこども
の家、聖イリナモンテッソーリスクールの園長を務められている。このよ
うに長い間モンテッソーリ教育にたずさわったご経験が、本書にも横溢し
ている。さて、以下は本書の構成である。
まえがき
第 1 部 お父さま、お母さまへ
第 1 章 マリア・モンテッソーリについて
第 2 章 モンテッソーリ教育における自由とはなんでしょう
第 3 章 敏感期を大切にしましょう
第 4 章 愛情をもって観察すると子どものことがみえてきます 第 5 章 日常生活の練習をしてみましょう
第 6 章 感覚を鋭敏にするためにおうちでこんな楽しいことができます
第 7 章 言葉の発達を助けましょう
第 8 章 数学的な力を育てましょう
第 9 章 祈りについてお話ししましょう
第 10 章 入園 1 年前に準備できることがあります
− 181 −
第 11 章 夏休みはこんな風に過ごしてみましょう
第 12 章 ご卒園なさるお子さまのお父さま、お母さまへ
第 2 部 敬愛するモンテッソーリアンたちへ
第 1 章 発達の 4 段階 生命(いのち)を構成するリズムと球根
第 2 章 真のモンテッソーリ教育環境とは
第 3 章 心に残る提供を
第 4 章 日常生活の練習の意義
第 5 章 感覚教具の特徴を知る
第 6 章 書くための手を準備する
第 7 章 数学的頭脳とは
第 8 章 文化の導入と活動
第 9 章 クリスマスを迎えるころ
第 10 章 モンテッソーリ教育との出会い
第 11 章 教師の祈り
あとがき
第 1 部は静子先生が聖アンナこどもの家で「マザーコース」という講話
の会を開かれ、保護者にモンテッソーリ教育の考え方に準じた子育てにつ
いてお話しされた内容をまとめたものである。
「まえがき」で静子先生は、
「お父さま、お母さまが小さいお子さまを理解し、援助いただく際にお役
に立てていただければ幸い」
(p.2)であると述べられている。
マリア・モンテッソーリの生涯に始まり、子どもをどう理解するか、家
庭でもできるモンテッソーリ活動、親としての心得などを優しく語りかけ
る静子先生のお声が今にも聞こえてくるようだ。また、ここに語られてい
ることは、教師にとっても非常に有益であると思われる。保護者の方々に
モンテッソーリ教育をお伝えするときに、よすがとさせていただきたい。
このことは「まえがき」において静子先生が語られていることでもある。
第 2 部はモンテッソーリ教師のために、日本モンテッソーリ協会(学会)
の学会誌『モンテッソーリ教育』と東京国際モンテッソーリ教師トレーニ
ングセンターの同窓会誌『鵜野森』に執筆された原稿に加筆されたもので
ある。第 2 部第 1 章で扱われている「発達の 4 段階」の概念は、巻頭口絵
の「生命の季節」の図で、分かりやすく示されている。この「発達の 4 段
− 182 −
図書紹介
階」の概念こそ、モンテッソーリ教育学の根底に横たわっているものであ
ると紹介者は考える。
教師として大切なことが語られ、さらに、モンテッソーリ教育の教育内
容の各領域、静子先生のモンテッソーリ教育との出会いに話が及ぶ。最後
は、
「私たちモンテッソーリアンは世界の平和、人類の発展のために、協
力していきましょう。一人ひとりのいのちを超えて、いのちが続いてい
きます。希望と勇気をもっていのちが育つお手伝いをしていきましょう。
」
(p.206)と締めくくられている。
本書はすべての大人に向けて「モンテッソーリ教育」について分かりや
すく語りかけている。多くの方々の手に取っていただけることを願わずに
はいられない。なお、巻頭には 7 ページにわたって写真が掲載されている。
それらは静子先生がモンテッソーリ家の方々や外国のモンテッソーリアン
といかに広く深く関わられ、いかに多くのモンテッソーリアンを養成して
おられるかを語っている。
学苑社(〒 102-0071 東京都千代田区富士見 2-14-36)
2013 年 5 月 6 日 211 頁 定価 2500 円
− 183 −
相良敦子著
『お母さんの「発見」
―モンテッソーリ教育で学ぶ
子どもの見方・たすけ方―』
島田 美城
(エリザベト音楽大学)
相良自身にとって節目となったこの本を語る前に、著者の相良自身につ
いて知ることが重要である。相良敦子は幸せな人である。普通の定年退職
の年齢をとっくに過ぎているのに、多くの大学や多くの人が彼女を求めて
連絡を取りたがり、彼女の語るモンテッソーリの話を聴きたがる。それは
その話が明晰で教育学の筋がピンと通っているということだけではない。
相良が語るのは、今までに無い、驚くような教育の方法と成果であり、ま
るで「新しい人間」の誕生を告げるような子どもの素晴らしい成長の姿に
ついてであり、それを知ることで親も子も変わり、幸せになるという魔法
の教育法の話だからである。
相良は若い頃に出会ったモンテッソーリ教育に強烈に魅せられ、その普
及のために人生そのものをささげた人である。出版されている本は学者や
専門家に向けて書かれたものではなく、すべてと言ってよいほど子育てに
困ったり、悩んだりしている母親や、教育学を知らない一般の人々に向け
て出されたものである。また全国至る所から講演に呼ばれ、講演を聴いて
感動したお母さんから相良のもとに、喜びの声や子どもが変わりましたと
いう報告がたくさん寄せられているのである。相良の本や講演の特徴は、
お母さんや先生からの手紙をもとにして経験談や声を直接組み込んでいる
ところである。それらの真実の声は相良の倫理性のもとに、しっかりと著
書の中に順序よく紡がれて配置され、その実例がより説得力を上げる効
果を果たしている。相良の話は教育学の深い裏打ちに支えられてはいる
が、生き生きとした、平易で分かりやすい語り口であり、お母さんたち
の証言と相まってモンテッソーリ教育を伝える絶好の啓蒙書となってい
るのである。
− 184 −
図書紹介
しかし、同時に相良は論理的で冷静緻密な脳を持ち、物事を正確に判断
するすばらしい知性の人である。近年はいち早く脳の発達とモンテッソー
リ教育との関連について興味を持ち、脳科学についても新しい知識をよく
リサーチしている。相良は常に鋭く、深く、客観的な視点からモンテッソー
リ教育を正確にライトアップしてきたと言える。筆者は近年相良と数年仕
事場を共にし、薫陶を受けたが、ご高齢になってもまったく衰えることの
ない知性には舌を巻くばかりである。
彼女のもっとも大きな特徴はその知性と同時に共存する人間への愛であ
る。子どもたちやその家族、学生への愛情が強く、一人ひとりを大切に対
応してくださることに心が揺さぶられるのである。私を含め、多くの方が
相良と出会って、相良の愛にくるまれ、ほとばしるような、しかし明快に
筋の通った話を聴くときに人生が変わり、その温かな人間への愛情に感動
するのである。彼女のこの取り組みは子どもに愛をささげて、仕える仕事
であると言えよう。
モンテッソーリ教育にとってはルーメル先生亡き後最高の理論家で学者
であるが、象牙の塔にこもることなく、学生や子育て中のお母さんたちの
ために今でも東奔西走し、私の住まいは新幹線です、というほど全国を飛
び回っている。最近では日本だけではなく、韓国、台湾、ネパールなど東
南アジアまでモンテッソーリ教育の啓蒙の場を広げている。
本書『お母さんの「発見」―モンテッソーリ教育で学ぶ子どもの見方・
たすけ方―』はその相良の 13 年前に書かれた代表的な著作(ネスコ・文
藝春秋出版 2000 年)の一つであるが、その内容の面白さから今回新し
い部分が付け加えられ、文春文庫としてリメイクされた。相良の多くの著
書の中で文庫化されているのはもう一冊、
『お母さんの「敏感期」―モンテッ
ソーリ教育は子を育てる、親を育てる―』だが、このような教育関係の本
が広く多くの人に読まれ、その実績を持って文庫化されるというのはまさ
に画期的なことである。より手に取りやすい本になることで、モンテッソー
リ教育の魅力がさらに広く伝播してゆくということは、すべてのモンテッ
ソーリアンにとってなんという福音であろう。モンテッソーリ教育は教具
自体が特許を取ったもので勝手に販売することができないという決まりが
あったり、限られた教員養成の中でやや内向きに、その成果も声高に言う
− 185 −
人がいないので大きな広がりを持てていないのが現状である。その中でこ
の教育の持つ輝きを上手に伝えることができる相良のこれらの仕事の成果
は、他の追随を許さない素晴らしいものであると言わざるをえない。
今回皆さんにご紹介する文庫版『お母さんの「発見」―モンテッソーリ
教育で学ぶ子どもの見方・たすけ方―』の概要を見てみたい。相良の本は
いつも語り口が一般の人にも分かるように噛み砕かれ、だれにでも分かり
やすい文章になっている。しかし章の奥底を貫くものをよく見てみると、
その中にはしっかりとした骨格があり、読み進むうちにモンテッソーリ教
育法のキーワードや教育理論、教師としての援助の方法などの本質がしっ
かりと書き込まれている。入門書であり導入書でありながらモンテッソー
リ教育法の本質がしっかりと語られているのが特徴である。
この「発見」という言葉はもともとモンテッソーリの 3 大著書の中にあ
る『子どもの発見』という本のタイトルから取っていると思われる。モン
テッソーリが「発見」したのはモンテッソーリ教育の中核にある子どもの
持っているそれまでは誰も気づかなかった「秘密」である。女医であり、
イタリアの障害児教育に取り組み、その教員養成にも力を尽くしていたモ
ンテッソーリは、37 歳の時にそれまでの多彩な経歴を捨ててローマのス
ラム街のただ中に
「子どもの家」
を開設する。そこでの子どもの観察の中で、
その子どもたちが集中現象の中で次々と素晴らしい子ども、まるで新しい
人間として生まれ変わってくる様子を見て、今まで言われていたこととは
異なった素晴らしい子どもの姿、本質を発見してゆく。それはまるで農家
の人としてコツコツと荒くれた土地を耕そうと思っていたのに、金の鉱脈
を掘り当てたような偉大な発見だったと言っている。身近にありながら誰
もうまく利用できなかった素晴らしい子どものエネルギーを開放する方法
を彼女は掴んだのである。その偉大な「発見」をお母さんにもしてほしい
というのがこの本の真意である。
また、相良のライフワークだと思われるのが、モンテッソーリメソッド
ではなくモンテッソーリ教育の本質、方法論をお母さんに伝えよう、とす
る啓蒙的な仕事である。モンテッソーリメソッドはモンテッソーリ教師
や教具やクラスというものがなければならないが、モンテッソーリ教育は
誰でも利用できる開かれた面であると相良は主張する。
(本書 28,29 頁)
− 186 −
図書紹介
モンテッソーリ教育の持つ宝物を一部の人で独占せず、皆で共有するのが
人類にとっていかに有益なことか、その仕事に相良は全身を賭けているの
である。そのことを相良は別の表現でコインの表裏に例えている。
「モン
テッソーリ教育には特殊性と普遍性がある、モンテッソーリという固有名
詞に限定された特殊性を帯び、
」
「教師資格や教具の特許」が必要であると
いう一面と、「他方では(モンテッソーリは)正反対のことを望んでいま
した。自分が発見したことは生命の法則とそれに基づいた教育方法なので、
人類の進歩とともに発展していく」
(本書 29 頁)べきであると考えていた
のだ。モンテッソーリ教育法の特殊性に拘泥する人もいる中で、相良がそ
の普遍性を大切にし、推し進めようとすることに、筆者は大いに共感する
のである。
この本はモンテッソーリ教育について通信教育で学んだお母さんたち
の、子どもについての観察のレポートが主に使われている。故に、育児に
悩んだ末にモンテッソーリ教育に出会い、わが子に習ったモンテッソーリ
教育を実践し、わが子が変わるのを見たお母さんたちの驚きと喜びに満ち
た発見の声がそのまま掲載されている。往々にして教育学者たちが机上の
空論で言ったことで人々の胸を打つことは難しいが、実体験に基づくお母
さんたちのみずみずしい声が非常に強い説得力となっている。
さらに文庫である本書は、文庫本であるのに元の本より内容が増えて 4
部構成となっている。もともとの本では第三部までであったが、文庫化さ
れるに当たり、教育上の成果の部分を書き足すために第四部が付け加えら
れている。
本書の内容が 13 年前に比べて付け加えられた部分があることもモン
テッソーリ教育の成熟のプロセスを見るようで興味深い。相良が、モンテッ
ソーリ教育の普及期の頃、啓蒙と普及のため、まだモンテッソーリ教育を
ご存じない子育て中のお母さんがたのために最初に書いた本『ママ、ひと
りでするのを手伝ってね!』
(講談社)は 1985 年に出版されたものであっ
た。その本は多くのお母さんたちにとってわが子を育てる際の良き指針と
なったことは間違いない。そしてその 15 年後、本書が出版された。あと
がきによると、お母さんたちに知ってもらいたいと思って書いた本が出
て 15 年が経過し、
「モンテッソーリが発見したことをお母さん自体が追体
験する時期になり、素晴らしい体験を報告してくださるようになったので
− 187 −
それを皆様と共有したいと思って書いたのが本書」元の本(2000 年出版)
であるということである。
そして、それからまた 13 年がたってその時の子どもたちが大きくなっ
て見事な青年期を過ごし、成人し、成長した姿の中にモンテッソーリ教育
の果実がたわわな実りの姿を現している。小学生の時に教育の実践につい
て報告をしてくださったお母さんがたにモンテッソーリ教育のその後につ
いて再び語っていただいたのが第四部である。
目次は以下のとおりである。
第一部 「子どもの見方」が変わりました!
Ⅰ 「子どもが変わる」のに出会いました!
Ⅱ モンテッソーリ教育に出会ったお母さんたち
Ⅲ 活動のサイクルと心の成長
Ⅳ 一歳から「自分でする!」は始まる
Ⅴ 三歳までに大切にしたいこと
Ⅵ 一生に一度、強烈なエネルギーのあふれる時期、「敏感期」
第二部 「子どものたすけ方」がわかりました!
Ⅰ 育ち盛りの子どもに必要な環境
Ⅱ 幼児期の生命と環境
Ⅲ 子どもは「動き方」を学びたい
Ⅳ 動きを学んで変わる子ども
第三部 小学校で現れるモンテッソーリ教育の成果
Ⅰ 小学生の母として
Ⅱ モンテッソーリの数・言語・文化教育が学童期に及ぼすもの
Ⅲ 総合的な学習に現れる実力
第四部(補)母親が語るわが子のその後の生き方
Ⅰ 日本の教育指針の変化と「自然のプログラム」
Ⅱ 小学生時代を紹介して十三年を経たわが子の「生き方」
Ⅲ 母親が変わると子どもが変わる
− 188 −
図書紹介
この文庫版の本の元の本である第一部から第三部までをまず紹介したい。
第一部ではいきなり「百聞は一見にしかず」という言葉から始まり、理
論ではなく、あるお母さんからの実践の報告が載せられている。そこでは
子どもが変わっただけではなく、
「子どもも私も変わりました!」とずれ
ていた歯車がうまくはまって母子関係も、兄弟たちともすべてがうまく健
全に動き始めたという喜びが実名で報告されている。本書は非常にシンプ
ルな作りになっていて、相良は遠回りせずに単刀直入に「子どもの見方」
や「たすけ方」
などのことをすっきりと差し出している。
「私がモンテッソー
リから学んでいただきたいのは幼児教育の大事なポイントとコツです」
(本
書 23 頁)と言っているが、誰にでもできる日常生活の中でできることか
ら始めている。
第一部で子どもの見方として最も重視されているのはモンテッソーリの
活動のサイクルの 4 つのステップについてである。これは相良によって「モ
ンテッソーリの遺産」とも呼ばれ、
「これを受け継ぐことで生命の法則に
基づいた幼児教育の方法を知り、それによって子どもの本当の姿に出会え
る道を示す」ことができると言っている。
自由に選ぶ→繰り返す→集中する→達成感を持って自分からやめる
そして 1 歳から 3 歳までの子どものたすけ方については自立や自律、自
分でする、吸収期、秩序感、敏感期などのモンテッソーリのキーワードが
しっかり説明され、それについてのお母さんや先生の体験記と組み合わさ
れている。
第二部「子どものたすけ方」がわかりました!」では主に環境の整え方
や子どもへの見せ方(提供)自由の保証の仕方などが語られている。特に
Ⅲでは大人や周りの人の「動き」に興味をひかれる子どもの習性とそれを
自分の筋肉を使う活動としての「運動」をすることによって知性を形成し
てゆく子ども独自の学修の進め方がしっかりと書かれている。身体の活動
から脳を通過しつつ知性や人格を形成するという道筋をしっかりと明らか
にした教育法というのはほとんど聞いたことがないものであるが、モン
テッソーリ教育の秘密の一つがここにあると思う。相良はそのメカニズム
についておそらく日本で一番よく説明できる人の一人であると私は思って
いるが、ここでも分かりやすく説明されている。
− 189 −
第三部「小学校で現われるモンテッソーリ教育の成果」の中では幼児期
にモンテッソーリ教育を受けた多くの子どもたちの小学校での様子が語ら
れている。その中で相良は以下のような特徴を持ったお子さんのことを書
いているレポートを取り上げている。
①基本をのみこむと自分で展開する ②手順がいい ③忘れ物をしない
④宿題の仕方……自分でスケジュールを組んで自分で決めて進めること
ができる ⑤命令されることが嫌い ⑥お手伝いをよくする ⑦蝶結びを
歪まずに上手にする ⑧自分で目標を決めて頑張る
そして、子どもの家で学んだ数、言語、文化の分野へとしっかりと興味
の根が張り、世界のあらゆることへと関心を示してくるようになる。特に
現在学習指導要領の中で進められている「自ら学び自ら考える力を育て
る」
「総合的な学習」においては上記のような自分で決めて、調べ、まとめ、
発表する力の中で幼児の時に培った実力が見事に開花していると指摘して
いる。
第四部では子どもの内なる「自然のプログラム」に従うモンテッソー
リ教育についての成果が語られている。
その中には文科省の推進する「自由・遊び保育」で育った子どもとの
比較もなされている。同じように自分で選んだ活動をするというところ
までは似た仕組みだが、子どものために配慮された環境でない場合、育
ちに決定的な差が出てくることが明白になってくる。さらにモンテッソー
リ教育の理解がある人が周囲にいて、幼児期に子どもの「自然のプログ
ラム」に沿った援助ができる人がそばにいることで、のちに成人した子
どもたちがその時に作られた性質を今も持ち続けていることが紹介され
ている。
この本は教育方法について教えるものでありながら、相良のライフワー
クの一つであるモンテッソーリ教育の成果についての研究とリンクし、
第四部が加わったことで小さい本ながらモンテッソーリ教育の全像を伝
えるものとなっている。
− 190 −
第 46 回 全 国 大 会 参 加 報 告
第 46 回全国大会を終えて
中尾 昌子
(日本モンテッソ-リ協会(学会)第 46 回全国大会実行委員長)
全国大会は、私にとって共に学んだ仲間や、モンテッソーリ教育を深め
ていこうとする方々にお会いでき、新たなエネルギーをいただく場として
年に 1 回七夕のような思いで、参加してきた。ところがいざ当番の支部と
して開催することになると、分からないことばかりである。これまで自分
が頂いた多くの学びと、新たな意欲を頂いてきたご恩返しに、良い学びの
環境と参加しやすい条件のもとに、何よりも有意義な研修ができるように
との思いでスタッフ一同準備を進めてきた。幸い九州は、以前沖縄大会で
藤原元一先生のもとに事務局を経験した藤原江理子事務局長はじめ、事務
処理の優れたスタッフに支えられ、大会への思いは一つ一つ実現へと進め
ることができた。
会場はコンベンションセンタ-を持つフェニックス・シーガイアリゾー
トを選んだものの市内から少し離れていて、直通バスが頻繁に出ていない
ため、当ホテルに皆さんが宿泊できるようホテル側と交渉して、旅行会社
を介せず宿泊はホテルに直接、その他の申し込みは事務局で引き受けるこ
とになる。暑い中、山積みの事務処理を抱えた事務局が、いつ行ってもテ
キパキと処理してくださったおかげで宿泊費もかなり配慮していただくこ
とができて、大会準備の大きな支えとなり、感謝している。申し込みの時
点で会員、非会員をはっきり分かるようにしたのも良かったと思う。
テーマの「新しい子ども、新しい教師、新しい教育」は、モンテッソー
リの言葉で、百年の歴史を経てきているが、効率とスピードの現代社会で
は、子どもが内からの力を発揮し、自分自身を創るため生き生きと活動す
る姿を教師は忍耐強く観察し、子どもの自発性をゆっくり待つことが要求
されるので、受け入れ難く速効の教育方法に流されていく。しかしこの新
しい教育(モンテッソーリ教育)が子どもの心身を育むのにどれほどふさ
わしい教育かを分かる私たちは、いま一度モンテッソーリの教育の理念を
理解し、深め合うことができたら子どもたちの幸せにつながる、との思い
でテーマを掲げた。プログラムもいつもの流れと違い基調講話の後に総会
− 191 −
を持って行き、参加者は多かったが非会員の方が会場の外で待つことにな
り、申し訳なく反省している。研究発表は 20 名の応募を頂き、ラウンド・
テーブルと同時進行のため少人数となったが、じっくり話し合えたと聞い
ている。相良先生の市民講座が参加者が多く、会場に入れなくチケットの
方を優先することとなり、申し訳なかったと反省している。
最後になりましたが、大会前日、空港の出迎えや受付など地元の園の先
生方のご協力をいただくことができ、ありがたかった。
大会を終えて感じることは、たくさんの反省とともに、前之園会長をは
じめ、鈴木事務局長や多くの皆さまからのご協力と励ましのお言葉に、大
きな力をいただきながら大会を終えることができたことを深く感謝し、大
会の報告とする。
− 192 −
大会参加報告
ワークショップについて(第 46 回全国大会)
林 悦子
(長崎純心大学 純心モンテッソーリ教師養成コース)
長崎純心大学純心モンテッソーリ教員養成コースが開設され 9 年目とな
る今年、第 46 回全国大会において、初めてワークショップを担当させてい
ただきました。大会参加者のためのワークショップではあるのですが、2 年
間の準備期間を合わせ、コースにとっても多くのことを学ぶ良い機会とな
りました。ここに振り返り、準備と内容について報告させていただきます。
提供の内容
各領域をどういう視点で紹介するかを決め、提供する内容は、そのテー
マに沿ったもの、各領域のねらいや特徴が分かりやすいものから選びまし
た。各テーマと選んだ提供、内容は以下のとおりです。
〈日常生活の練習〉
テーマ…ひとりでできるように(こどもの生活の中から)
提 供…
「環境への配慮」
・あけうつし(色水)
・小布しぼり・折る
「自分自身への配慮」
・着脱(スモック〉
・着衣枠 ボタン縦穴、横穴・蝶結び 内 容…子どもが日常の中でよく行う活動の中から、動作の分析、手や
指先の筋肉運動の調整、困難点の孤立化、準備から片付けまで
の順序性について。
〈感覚〉
テーマ…自分をとりまく環境を知っていく(よく見て、よく聴いて、よ
く触って)
提 供…
「視覚」
・はめ込み円柱・桃色の塔
「聴覚」
・雑音筒
「触覚」
・幾何立体
内 容…感覚や概念の孤立化について、また基本提示のあと、数を増や
し、次に距離を離すという流れの紹介。
− 193 −
〈言語〉
テーマ…相手の言葉が分かり、相手に分かるように自分を表現していく。
提 供…
「話し言葉」
・語彙の拡充
「書き言葉」
・移動五十音・困難な綴り字法の紹介
・二色の移動五十音
「読む」
・小さい籠Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ
内 容…コミュニケーションのための役割という視点から、環境の物の
名前を知り、語彙を拡充する活動、言葉の分析と統合を行い、
正しく表現できるように導く活動、読んで理解し表現する活動
の紹介。
〈数〉
テーマ…物事の中身が分かり、論理的な思考力が育ち、正しい判断をし
ていく。
提 供…
「数の紹介」
・数の棒・数の棒と数字カードの一致
「十進法」導入・ビーズの紹介(単位)
・ビーズとカードの一致(構成)
機能・ビーズとカードによる加法
内 容…具体物から入り、抽象を知らせ、それを一致させるという提供
の特徴が出るようにし、法則性につなげる。
担当者
まず全体の解説、提供、機器操作の担当者を決めました。提供は全員で
すべての領域に関わることとしましたが、各領域に、提供はしないで物の
出し入れなどがスムーズにいくように全体の流れと時間をチェックする責
任者を立てました。
集まることができる回数が限られていることから、同じ園で教師役と子
ども役のペアを組んで打ち合わせや練習が十分できるようにし、全員で集
まったのは大会前夜も含めて、5 回程度でした。準備や片付けなど、すべ
て担当を決めましたので回を重ねるごとに流れもスムーズになり、子ども
役の教員が最初は緊張して大人が 2 人座っているようにしか見えなかった
のが、徐々に子どもの雰囲気になっていったのが印象的でした。
− 194 −
大会参加報告
視聴覚機器の利用
提供の見えにくさの解消と、解説の補足のため映像を使用しましたが、
提供ごとにカメラの位置、角度、映像のサイズなど全員で確認しながら準
備しました。また、パワーポイントを使用し、写真や文字で解説の理解を
助けるようにしました。
雑音筒の音は広い会場では聞こえにくいことが予想されました。当初マ
イクで音の違いを紹介しようと考えたのですが、マイクでは小さい音が拾
えないことが分かり、いろいろ試した結果、あらかじめICレコーダーで
録音したものを会場の機器に直接つなぐことで音の大きさの違いを紹介す
ることができました。
以上がワークワークショップのために行った主な準備と内容です。参
加者の方に頂いた自由筆記によるアンケートでは、「映像があって分かり
やすかった」
「流れがスムーズで落ち着いた雰囲気があった」などが多く、
準備の成果が現れたことを感じました。また「明日からすぐ使える」
「もっ
と勉強したくなった」なども多く、ワークショップの目的はある程度果た
せたようでした。
ワークショップを担当させていただいたことで、それぞれの領域の目的や
特徴を再確認し、何より、一人でも多くの方にモンテッソーリ教具、提供の
素晴らしさをお伝えしたいという共通の意識をもって、コーススタッフが一
つの心で準備を行うことができたことは大きなお恵みだったと思います。
最後になりましたが、ワークショップの準備にあたって、有意義な多く
のアドバイスをいただき、共に歩いてくださった信望愛学園モンテッソー
リ教師養成コースの下條善子先生、会場の下見に一緒に足を運んでくださ
り、ホテル側との交渉にも当たってくださった九州支部支部長の中尾昌子
先生、メールや電話などの折にいつも温かい言葉で励ましてくださった九
州幼児教育センター・トレーニングコースの藤原江理子先生に心から感謝
いたします。
− 195 −
支 部 報
告
北海道支部 支部長 前鼻 百合江
(宮の沢さくら保育園)
Ⅰ.活動報告
支部としての特別な活動はできませんでしたが、名古屋での全国大会参
加(24 年 8 月)
NPO 法人モンテッソーリ TUDOI 主催の旭川いずみ保育
園公開保育(25 年 5 月)の後援をさせていただきました。また、事後報
告になりましたが北海道支部として東北大震災支援金の取り組みがなされ
ていませんでしたので、福島へお見舞金を差し上げましたことをご報告い
たします。
そして、長い間北海道支部の重鎮であられました本間房先生(札幌 幸
明幼稚園元園長)のご逝去に際してご冥福申し上げ、ご香料を計上させて
いただきました。
以上についての会計報告は下記のとおりです。
Ⅱ.2012 年度(平成 24 年度)
会計報告書(2012・7・1 ~ 2013・6・30)
単位(円)
収入の部
区分
予算額
決算額
前年度繰越金
881,286
雑収入
140
繰入金(過年度分)
566,356
計
1,447,782
お見舞金
50,000
送金手数料
290
雑 費
30,000
計
80,290
次年度繰越 1,367,492
摘要
預金利息
支出の部
福島M協会へ
(香典)
平成 25 年 6 月 13 日 上記のとおり報告します。
支部長 前鼻 百合江
会 計 城 由利子
− 196 −
支部報告
東北支部
支部長 佐々木 信一郎
(こじか子どもの家)
平成 24 年度、震災から 2 年目を迎え、多くの被災園が復興への歩みを
進め、平常の保育ができるようになりました。ただ、福島県につきまして
は、飛び散った放射線のため県外避難をしている母子が多く、幼稚園経営
に困難を感じている園がまだ多数存在します。たくさんの方々からご寄付、
並びにご支援を頂きました。ありがとうございました。これからも、皆さ
まの温かいご支援をよろしくお願い致します。
Ⅰ.東北支部研修会
①第 36 回東北支部研修会を行いました。
日時:10 月 27 日( 土 )13:00 か ら 17:30 〜 28 日( 日 )9:00 か ら
15:15
主催・会場:八戸聖ウルスラ学院幼稚園(会場:グランドサンピア八戸)
講師:松 本静子先生(東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセン
ター所長)
演題:
「子どもの大人への愛のまなざし」
提供:日常生活の練習:
「小布を洗う」
、感覚教育:
「二項式の立方」、「三
項式の立方」
、
「葉の箪笥とカード」
、数教育:「セガン板Ⅰ」、「セ
ガン板Ⅱ」
、
「時計」、言語教育:「単文とその広がりⅠ」、「単文と
その広がりⅡ」
参加園:20 園 参加人数:100 名
②運動についての研修会
日時:6 月 29 日(土)10:00 〜 15:00
主催・会場:郡山ザベリオ学園幼稚園(会場は同じ)
講師:大森久美子先生(草津カトリック幼稚園園長)
大森一雄先生、大森唯先生、大森瑠花先生(感覚・運動研究所)
演題:
「子どもは動きながら学ぶ」
参加園:8 園 参加人数:67 名
− 197 −
Ⅱ.第 37 回支部研修会開催予定
平成 25 年度の主催園は、一関藤保育園です。講師は、松本静子先生に
お願いしています。
Ⅲ.平成 24 年度支部会計報告
(平成 24 年 8 月 1 日〜平成 25 年 7 月 31 日)
319,703(平成 23 年度末残高)+ 447,074(平成 24 年度収入)− 268,420
(平成 24 年度支出)= 498,357 円(次年度への繰越金)
内訳 現金……0 円 郵普貯……498,357 円
研修会残金
受取利息配当金
合 計
収入の部
金 額
内 訳
松本静子先生、相良敦子先生、
409,695
草津カトリック幼稚園
37,302 平成 24 年度研修会(於八戸市)
77 郵便貯金利息
447,074
科 目
研修会費用
支出の部
金 額
内 訳
267,220 6 月 29 日研修会(於郡山市)
科 目
寄附金
通信費
合 計
1,200
268,420
切手代
平成 25 年 7 月 4 日 上記のとおり相違ありません。
会 計 田川 悦子
平成 25 年 7 月 7 日 平成 24 年度の会計処理状況を監査しましたところ適
正に処理されていることを報告します。
会計監査 森本 幸子
− 198 −
支部報告
関 東 支 部 支部長 松本 良子
(ブレーメン教育研究所)
Ⅰ.活動報告
1)第 47 回全国大会準備に関して、衝撃的なことが生じました。昨年 11
月末日、会場借用を快諾の青山学院女子短期大学から、突然のお断り
でした。理由は、
文科省による大学・短大授業数増の本格施行の由。幸い、
委員長の裁量により、
「横浜パシィフィコ」に予約が取れましたが、問
題は、高額な賃借費。急きょ緊急会議を開き、協議の結果は苦渋の参
加費の千円値上げとなりました。予算案を作り直し、
「止むなき事情に
よる苦渋の決断」の丁寧説明により、何とか 2 回の常任理事会承認と
なり、以後 6 月 15 日まで、6 回、通算 9 回の委員会により、全国理事会・
総会での提案書作成に至りました。
2)研修会は、例年どおり、コース同窓会・東京支部との共催で、1 月 19
日(土)に実施しました。会場提供は、支部会員・下田俊郎先生の(社
福法人五月会)二園目の新設「おがやの里しもだ保育園」(川越市)。
下田園長ご一家の熱い想いの結晶とも言うべきすばらしい所に、
「日本
ジャック・ダルクローズ協会会員」で、長年幼児から成人へのリトミッ
ク指導者・高山園先生を講師にお迎えし、小江戸として知られます「川
越」ですが、園は少々交通不便にもかかわらず、80 名の参加者は、講
師の高度なご指導に、終始楽しくかつ有意義な時を共有し、満足度は
大変高いものでした!(ちなみに支部会員は 19 名参加)
支部会員の皆さま、来年 8 月 6 日(水)
、7 日(木)、8 日(金)。ぜひ、
「横
浜パシィフィコ」
にいらっしゃってください。お願いします。
(いずれ後日、
詳細はお知らせいたします。
)
− 199 −
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 6 月 21 日から平成 25 年 6 月 15 日まで)(単位:円)
年
平成
月
6
6
6
6
7
8
8
8
10
10
24
10
10
10
10
10
10
10
12
12
1
1
1
1
1
3
25 4
4
4
4
6
6
6
年
平成
年
日
21
23
26
26
30
12
12
18
1
1
13
16
18
18
21
29
29
1
3
19
19
21
21
22
10
1
13
6
17
14
14
14
摘 要
前年度よりの繰越金
コピー代
コピー代
メール便代 8 人分
コピー代
フラッシュメモリー代
上記送料(新粥さんより)
フラッシュメモリー送料
利子
上記への税金
通信費
封筒代(研修会用)
コピー代(研修会用)
コピー代(研修会用)
通信費(研修会通知)
コピー代
通信費(東京支部長宛)
通信費(研修会)
通信費(研修会)
研修会会場費
研修会参加費(19 名分)
研修会礼状発送
下田先生捺印要請
高山講師礼状
杉山智氏司会依頼
利子
上記への税金
通信費(龍野宛)
通信費(龍野宛)
コピー代
通信費(レタックス 2 枚)
通信費(レタックス 2 枚)
年度合計
収 入
475,248
71
49,000
68
524,387
支 出
210
210
640
100
398
420
450
13
530
561
1,278
27
11,200
10
80
80
160
10,000
80
160
80
80
13
180
640
80
700
80
28,460
〈繰越金内訳〉
次年度への繰越金
495,927 円
〃 内訳 郵便貯金
471,591 円
手持ち現金
24,336 円
上記のとおり相違ありません。
平成 25 年 6 月 22 日 会計担当 甲斐 仁子
− 200 −
支部報告
東 京 支 部 支部長 天 野 珠 子
(愛珠幼稚園)
Ⅰ.活動報告
研修会の開催
今年度は、以下のとおりの研修会を、関東支部、上智・東京コース同窓
会との共催で行いました。
・日 時 平成 25 年(2013 年)1 月 19 日(土)13:30 〜 16:00
受付・園見学…13:00 〜 13:50 研修会…14:00 〜 16:00
・会 場 「おがやの里しもだ保育園」
園長:下田俊郎先生 住所:埼玉県川越市小ヶ谷 966-1
・内 容 ①参加者のため(大人のため)のリトミック
②保育の中で生かせるリトミック、ピアノの弾き方など…。
・講 師 高山 園(たかやまその)先生
国立音楽大学教育音楽科幼児教育専攻卒・在学中より馬淵明彦
氏に師事。
・会 費 会員…2,000 円、非会員…3,000 円
・参加者 全体の参加者は 60 名近かったのですが、そのうち同窓会会員
でもある東京支部員は同窓会の方で受付をされましたので、そ
れ以外の東京支部受付は 11 名でした。
川越市は「関東の小江戸」と言われ、観光スポットも多い江戸情緒あふ
れる町です。午前中は、川越散策も良いのではないかと、関東支部の町田
先生の提案に同調して、観光案内所よりパンフレットを取り寄せ、研修案
内に同封しました。今回の研修は小江戸散策、埼玉県産木材や苗木・芝な
どを取り入れ、さらにエネルギー熱導入(OM ソーラー)などエコ対策を
配慮した保育施設見学、そしてリトミック研修と三つの魅力的内容で、参
加された方は冬の寒さの中ではありましたが、充実した研修内容ではな
かったかと思います。
正月明けの時期にこころよく会場を提供してくださった下田園長先生と
スタッフの皆さまに改めてお礼申し上げます。
− 201 −
Ⅱ.会計報告
(平成 24 年 8 月 1 日から平成 25 年 6 月 30 日まで)
(単位:円)
年月日
摘 要
収 入 支 出
前年度繰越金
455,464
24.8.1
(内訳:郵貯…427,271、現金…28,193)
24.11.14 宛名用シール(研修会案内用)
760
16 封筒
840
20 研修会資料発送費(関東支部宛)
1,400
21 コピー用紙(B4 500 枚)
578
29 切手(90 円 ×99 枚)
25.1.16 研修会参加費(東京支部分)会員 8、非会員 3
8,910
25,000
1.16 研修会会場費(東京支部分)しもだ保育園宛
6.15 郵貯利子(税引き後)
25.6.30
合 計
次年度繰越金 458,079
10,000
103
480,567
22,488
(内訳:郵貯…427,374 現金…30,705)
平成 25 年 7 月 5 日 上記のとおり相違ありません。会計担当 佐藤加寿子
ご挨拶
平成 10 年(1998)モンテッソーリ全国大会、総会の席で東京支部は大
きくなりすぎた関東支部から独立して新たに誕生した支部です。それから
15 年間、皆さまのご推薦により微力ながら東京支部長の大役を仰せつか
り活動して参りました。何よりの思い出は、平成 20 年の全国大会実行委
員長として東京で、それも当時の勤務校、駒沢女子短期大学で第 40 回大
会を開催できたことです。またその閉会式の席上で委員長のクラウス・ルー
メル先生が引退を表明され、前之園幸一郎先生が新委員長に就任されたと
いうことも忘れられない思い出です。
昨年体調を崩し支部活動ができなかったことから、支部員の皆さまに大
変ご迷惑をお掛けいたしました。今回 15 年間皆さまのご推薦により務め
させていただきました東京支部長のお役目を辞退させていただくことに致
しました。長い間のご支援、ご協力ありがとうございました。次の支部長
の下で東京支部がますます活発に活動されますように期待してご挨拶とさ
せていただきます。 (天野 珠子)
− 202 −
支部報告
北 陸 支 部 支部長 前川 さちえ
(つぼみ保育園)
Ⅰ.活動報告
支部活動を計画しても、北陸支部の会員の皆さまが集うことはとても難
しいようです。
南北に細長い地域では無理のないことでしょう。今回も福井を中心に活
動が展開されましたが、遠い新潟県の方々の参加は一人もありませんでし
た。会員の方全員にその都度ご案内をしているのですが、とても残念です。
支部活動をしていく上での大きな課題かもしれません。
24 年度の活動として、公開保育による研修と講演会を計画致しました。
内容は、下記のとおりです。
◆公開保育による研修
【平成 24 年 7 月 10 日・場所 つぼみ保育園・参加者 35 名】
「子どもたちの生活の安定と育ち」というテーマのもと、職員の連携と
役割について討議を行いました。午前中は、ダイナミックに展開された
「どろんこあそび」の参観と、準備の段階から後始末までの子どもと職
員の動きを観察し、多くのことを学ぶことができました。
◆講演会の開催
【平成 25 年 1 月 20 日・場所 福井市きらら館・参加者 151 名】
演題 「ひとりでするのを、手伝ってね!」
講師 長崎純心大学教授 相良敦子先生
相良先生のご講演を拝聴したことのない私たちにとっては、と
ても魅力的なものでした。
『ママ、
ひとりでするのを手伝ってね!』
のご著書は、多くの方が愛用されていますが、先生の生の講演は
初めての方がほとんどでした。
モンテッソーリ教育は、そんなに難しいものではないことが、
毎日の生活の中にたくさんあることが、先生のお話で多くの人た
ちの心に浸透していったことと思います。
− 203 −
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 8 月 1 日〜平成 25 年 6 月 30 日)
・収入の部
前期繰越金
183,861
研修参加費
11,000
講演会参加費
75,500
利息
36
270,397
・支出の部
講演会経費
184,540
講演会場費
42,840
講師謝礼
参加者お茶代
15,800
講師等昼食代
14,700
公開保育経費
つぼみ保育園お礼 30,000
50,000
お茶・菓子代
書類印刷代
次期繰越金
111,200
15,000
5,000
35,857
270,397
平成 25 年 5 月 27 日 上記のとおり相違ありません。 会計担当 山本 ひとみ
− 204 −
支部報告
中 部 支 部 支部長 森下 京子
(瑞穂子どもの家)
第 45 回全国大会開催、報告会、定例研修会、企画講演会を以下のよう
に実施いたしました。
8/3, 4, 5 日 第 45 回 全国大会開催
9/15
第 81 回定例研修会 第 45 回全国大会報告会
10/13講演会参加 渡部久子先生講演会「発達に困難を抱えている
子どもの支援」
11/10
第 82 回定例研修会 第 45 回全国大会発表者報告会
12/8
第 83 回定例研修会 第 45 回全国大会まとめ
1/12
第 84 回定例研修会 《算数教育実践提示》
2/9
第 85 回定例研修会 《算数教育まとめ》
3/30講演会開催『モンテッソーリ教育、教具を取り入れた障がい
児保育』
講師佐々木景先生
5/18中部研究会実行委員 5 名を選出、今後の中部支部活動につい
て検討会を持つ。
2012 年度会計報告
収入
研修参加費
9/15
11/10
12/8
1/12
2/14
3/30
1,500円×21名=31,500円
1,000円×21名=21,000円
1,500円×17名=25,500円
1,500円×24名=36,000円
1,500円×24名=36,000円
1,000円×72名=72,000円
支出
会場費
15,934円
渉外費(お礼、
お祝い、
弔電など)
9,890円
通信費
3,290円
事務費(SDカードなど)
4,276円
講師謝礼
100,000円
講師交通費
40,900円
講師宿泊代
9,600円
人件費(学生アルバイトなど)
20,000円
利子
104円
協会より支援金
30,000円
第45回全国大会より支部活動費として
380,734円
収入小計
632,838円 支出小計
2011年度 繰越金
387,821円 2012年度 繰越金
収入合計
1020,659円 支出合計
203,890円
816,769円
1020,659円
以上の会計報告に相違ありません
平成 25 年 7 月 1 日 中部支部会計担当 村田 尚子
会計監査 酒井 教子
− 205 −
近 畿 支 部 支部長 相良 敦子
(長崎純心大学)
Ⅰ.活動報告
2013 年 1 月 14 日(成人の日)に、聖マリアの園幼稚園を会場として、
「3・11 後、私は何をすべきか。私に何が出来るか」というテーマで近畿
支部研修会を行いました。
その目的は、被災地から遠い地にいる私たちが時間の経過とともに「他
人事」として忘れてしまわず、何らかのかたちで「わがこと」として意識
して生きるためです。
★午前中、9 時半〜 11 時。次のようなタイトルで三人が話しました。
1、
「原発事故の影響下の子ども・保護者・教師」 相良敦子
2、
「自分の職場でできることは?」
田村由美子
3、
「保育者として被災地支援に参加して」
雑賀寿子
★ 11 時〜 12 時。今年は近畿支部理事の赤羽惠子先生がケルンでモン
テッソーリ教師資格を取得されて 50 年になるので、「赤羽惠子先生日本初
のモンテッソーリ教師資格取得 50 周年を祝う」というテーマで、友井桂子、
根岸美枝子、江崎祀枝の三人が、それぞれ赤羽先生から受けたご恩や思い
出を話しました。
★ 13 時〜 15 時。
「子どもは動きながら学ぶ」というタイトルで運動の
実技と理論を大森一雄先生(感覚運動研究所)
、大森久美子先生(草津カ
トリック幼稚園園長)の二人にしていただきました。3・11 後、原発事故
の影響を受けた地域の子どもたちが園庭に出ることができない生活なの
に、モンテッソーリ教育の園の子どもたちは、目的をもって体を使うので
安定した状態で穏やかに生きています。このような事態を捉えて、
「目的
に適った正しい動き方」を意識し、運動する重要性を、理論と実技から確
認しました。
★ 15 時〜 15 時 30 分。総会。二つの大きなテーマがありました。一つは、
2015 年度の JAM 全国大会を近畿支部が担当することになっていて、今年
1 月の常任理事会で会場や日程などを報告しなければならない。そのため
に昨年の全国大会直後に実行委員会を結成し、瀧野正三郎師を実行委員長
として計画を練ってきていることを報告。もう一つは、今年は理事改選の
年なので、実行委員長の瀧野師が理事になり、近畿支部長になっていただ
きたい。それを勘案して選挙に臨んでいただきたいとお願いしました。
− 206 −
支部報告
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 7 月 1 日から平成 25 年 6 月 30 日まで)
収入の部
前期繰越金
798,270 円
JAM 本部より 30,000 円
参加費
42,000 円
利子
195 円
研修会収入
16,560 円
支出の部
研修会開催費用
収入合計
次期繰越金
887,025 円
42,000 円
845,025 円
平成 25 年 7 月 15 日 以上、相違ありません。
小池 良枝子
− 207 −
中 国 支 部 支部長 島田 美城
(エリザベト音楽大学)
Ⅰ.活動報告
中国支部として、2013 年 2 月 3 日の午後、京都モンテッソーリ教師養
成コース・深草子どもの家より根岸美枝子先生をお招きして研修会を開催
した。テーマは「私は誰? 私の使命とは? 自分に向き合い、世界に向
き合うモンテッソーリ教育」で、ドイツにおけるモンテッソーリ教育の一
端、とくに宗教教育、宇宙教育の部分をお話しいただいた。一年の流れや
季節を表す美しい教具もわざわざ持ってきてくださり、視界が世界や未来
に向かって開かれ、また、自分の存在意義について考えさせられるような
哲学的な深いお話であった。
会場として、エリザベト音楽大学の隣に新築されたばかりの美しい広島
信望愛学園愛宮ラサール記念館ホールを使わせていただいた。また、講演
会の後、聖母幼稚園のま新しい園舎を見学させていただいた。聖母幼稚園
の先生がたには準備で大変お世話になった。また、カトリック広島司教区
事務局にも備品貸与でお世話になった。
今年度は広く中国地方一円から 29 名の参加を得た。しかしながら参加
人数が少なかったのは、主催者としてのわれわれの問題で、開催時期のタ
イミングが悪く、皆さまにとって参加しにくい日程であった。このことを
反省し、次年度は開催時期を配慮したいと考えている。
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 7 月 1 日から平成 25 年 6 月 30 日まで)
昨年度の会計報告において H24.4.1 付で収入に利子 36 円を計上いたし
ましたが、H23.4.1 付の利子を誤って再計上しておりました。
H24.7.1 時点での繰越金は 308,563 - 16,168 = 292,395 です。お詫びし
て訂正いたします。
− 208 −
支部報告
年月日
H24.7.1
H24.10.1
H25.1.31
H25.2.6
H25.2.6
H25.4.1
摘要
繰越金
利子
中国支部研修会活動費
中国支部研修会参加費
中国支部研修会活動費
利子
合計 収入
292,395
71
14,500
33
306,999
支出
41,780
15,904
57,684
次年度繰越金 306,999 - 57,684 = 249,315
以上
平成 25 年 7 月 1 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 花岡 隆行
− 209 −
四 国 支 部 支部長 乾 盛夫
(鳴門聖母幼稚園)
Ⅰ.活動報告
四国支部としての会談や研修会は今年度はしませんでした。ですから、こ
の報告は支部長の報告になることをお許しください。
四国にモンテッソーリ教育の実践が幾つかの幼稚園に根づいてから 30 余年
は続いてきています。その結果がいろいろの所で見え、知られてきています。
私どもの動きは、さらに子どもの自由な成長の保護が必要なところに向かう
努力も大切かと思います。受けた文化の恩恵をそのようにつないでいくこと
ができれば、
本心が平和を得ると思います。そのように開放されたいものです。
私が出会ってきた子どものせかいは様々でした。と言ってもそれはどちらか
と言えば、子どもたちではなくその環境によるものであると思います。国内で
も世界の未知の国々でも子どもと大人の働きは人類にとって大事な動きですか
ら、目をそらさないでそこに働きかけていくのは、まさに国境なき教師と呼ば
れましょう。四国にいても子どものためのつながりから、2 年ごとに、幼児教
育施設のない国々から遣わされた少数の人々と一緒にハワイのシャミナード大
学での研修会に行っています。不思議ですが、精神から事実が生み出されてい
くような足取りです。これらの教育ミッションに祝福を祈りましょう。
皆さまのご多幸をお祈りいたします。
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 8 月 1 日から平成 25 年 6 月 30 まで)
収入の部
利子
支出の部
163 円
前期より繰越
680,886 円
次期へ繰越
681,049 円
合計
681,049 円
合計
681,049 円
平成 25 年 7 月 5 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 上田 宏次
− 210 −
支部報告
九 州 支 部 支部長 中尾 昌子
(八幡カトリック幼稚園)
Ⅰ.活動報告
九州地区は、九州コースをはじめ、純心大学信望愛モンテッソーリコー
ス・国際コース・学研で学んだ方々が、活躍されています。各コースで研
修会も熱心に行われ、国際コースは、松本静子先生をお招きして例年どお
り熱心に研修が行われました。
2012 年は、九州幼児教育センター 40 周年記念研修として、モンテッソー
リ教育と私たちの歩みをテーマに 、 日本におけるモンテッソーリ教育の歴
史と発展について 、 会長の前之園幸一郎先生に、また西日本や九州のモン
テッソーリ教育の発展に貢献された先生がたに貴重なご講話をしていただ
きました。
九州支部の会員も参加させていただき多くのことを学ぶことができました。
2013 年の全国大会は宮崎で行われ 、 これを機に多くの共に学ぶ仲間と
出会い、お互い深め合えたらと願っています。
Ⅱ.会計報告(平成 24 年 7 月~平成 25 年 6 月)
収入の部
支出の部
前年より繰越金
169,073
支部研修補助金
30,000
利子 2件
40
三村師 葬儀お花代
九州幼児教育センターに補助金支払
490
合 計
199,113
30,000
157,598
次年へ繰越金
合 計
11,025
送 料 (2件)
199,113
三村師 葬儀お花代
11,025
※三村師は、養成コースが、開設する以前から九州の
モンテッソーリ教育の普及に貢献された方です。
以上
平成 25 年 7 月 11 日 上記のとおり相違ありません。
会計担当 小野 玲子
− 211 −
教 員 養 成 コ ー ス 報 告
NPO法人 東京モンテッソーリ教育研究所
付属教員養成コース
前之園 幸一郎
コース長 本コースは、上智モンテッソーリ教員養成コースを引き継ぎ、平成 18
年度より開設致しました。
平成 25 年 3 月には第 6 期生 17 名の修了生を送り出しました。
平成 25 年度は 8 期生 12 名・2 年次生 13 名
(2 名休学)が在籍しています。
事務局およびコース教場
東京モンテッソーリ教育研究所
理事長 天野珠子
付属教員養成コースコース長 前之園幸一郎
主任 堀田和子
住所 〒 112-0012
東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号
富阪キリスト教センター 2 号館
連絡先 TEL(03)5805 - 6786
FAX(03)5805 - 6787
ホームページ http://www.montessori.or.jp/
前コース長クラウス・ルーメル先生の後任として、前之園幸一郎(青山
学院女子短期大学名誉教授、現日本モンテッソーリ協会会長・理事長)が
コース長として平成 24 年度より就任しています。
理論講師には、同協会副会長ヴィタリ神父様、阿部真美子教授(青山学院
女子短期大学)も引き続き担当してくださっています。
平成 25 年 8 月 31 日 第 5 回研修会開催
於 当コース教場
講師 当コース感覚教育担当講師
当コース準拠の「組み合わせ三角形」の復習を中心にスティックボック
スを紹介し、貼り絵をするための図形チャートを全員で作成しました。次
− 212 −
教員養成コース報告
回研修会
(平成 26 年 8 月 30 日予定)
を楽しみに和やかに終了いたしました。
平成 25 年 9 月 18 日 特別講義
講師 森 愛先生(千葉大学大学院・園芸療法士)
テーマ 「モンテッソーリの園芸観」
今年初めて、日本モンテッソーリ協会・
「ルーメル賞」を受賞した森愛
先生に 1・2 年生の特別講義としてお話しいただきました。
先生の幼稚園時代のモンテッソーリ教育の出会いから、その後モンテッ
ソーリの自然観、園芸観に関心を持ち、必然的に現在の研究と実践に至っ
た経緯・現職の園芸療法の実践の中での体験とモンテッソーリ教師ならで
はの、心を込めた指導の具体的な方法などお話しくださり、心に響く言葉
の詰まった講義でした。
今後も講師一同、今までの歴史を引き継ぎ、この教育を後輩に伝えてゆ
く使命を担っていく努力を重ねてまいりたいと思っています。関係各位の
ご指導、ご鞭撻をお願い申し上げ、報告とさせていただきます。
− 213 −
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
松本 静子
所長 2013 年 3 月の卒業試験では国際試験官に李延圭先生をお迎えし、昼間部
38 期生 33 名、
夜間部 30 期生 22 名が新たなモンテッソーリアンとなりました。
2013 年度在学生は昼間部 39 期生 37 名、夜間部 1 年 32 期生 26 名、夜
間部 2 年 31 期生 18 名、合計 81 名です。全国のモンテッソーリ園から派
遣されて研鑽を積まれる先生がたのほか、様々なキャリアを経て新たな学
びを始めた学生も多く、互いに熱心に学んでいます。
さて、前号で紹介いたしました第 27 回国際モンテッソーリ世界大会が夏
に開催されました。
『自然に導かれて』というテーマのもと、世界中からの
2,500 人に及ぶモンテッソーリの仲間たちが共に学び合い、自己向上できる、
感動に包まれた貴重な機会となりました。日本からは 45 名が参加しました。
次回は 4 年後 2017 年にチェコ共和国プラハにて開催予定です。
研修会報告および今後の日程
2013 年 3 月 国際試験官李延圭先生講演会(同窓会主催)
『感覚教育の紹介』
5 月 関西大会(伊丹)2 日間 7 月 第 30 回短期実践研修会(相模原)3 日間
8 月 第 27 回国際大会 アメリカオレゴン州ポートランド 5 日間
10 月 東北大会(一関)2 日間
2014 年 1 月 九州大会(鳥栖)3 日間
3 月国際試験官リン・ローレンス先生、パメラ・ナン先生講
演会(同窓会主催)
7 月 25 日(金)〜 27 日(日)第 31 回短期実践研修会(相模原)
* 2012 年 10 月より大阪にて開講しておりました小川直子 AMI トレーナー
による第 1 回目の 3 〜 6 歳コースは 2013 年 10 月に終了しました。
* 2014 年 4 月、当センター隣地に 3 番目の附属園、小さな子どもの家を
開設します。
(詳細はホームページにて)
− 214 −
教員養成コース報告
九州幼児教育センター
モンテッソーリ教員養成コース報告
藤原 江理子
コース長 九州幼児教育センターの本科トレーニングコースは、1974 年に日本モ
ンテッソーリ協会 ( 学会 ) の承認を受けて、来年で開設 40 年を迎えます。
これもひとえに関係各位のご支援のおかげと心より御礼申し上げます。
今年度をもって、15 年にわたり継続してきたアシスタントコースを閉
講することになりましたので、今回はそのご報告を致します。
アシスタントコースは、モンテッソーリ教育の理論と実践の基礎を学ぶ
手助けとして、平成 10 年に開講しました。対象者は、様々な事情でディ
プロマ取得のためのすべての授業や課題に取り組むことが困難な方々でし
た。トレーニングコースの前期授業 (4 月~ 9 月 ) を本科生と共に受講する
形式で、15 年間で 80 名の学生を受け入れてきました。このうちコース修
了者は 30 名、本科に編入してディプロマを取得したのは、17 名となって
います。
閉講の理由は、モンテッソーリ教育を学べる環境が、15 年前に比べて
多種多様化したことです。モンテッソーリ教育に関する研修会が各地で盛
んに行われるようになり、人々は自らの必要に応じた学びを選択しやすく
なってきました。当センターでは、毎年の実践講習会と隔年の理論研修会
を実施しています。センターに来られる多くの方々がモンテッソーリ教育
に出合う機会は、これからはこれらに絞って活動を継続したいと考えてい
ます。
今後の教員養成については、本科・専科生を主軸にして、モンテッソー
リ教員のより一層の資質の向上を目指したいと考えています。そのために
は授業内容の更なる充実や様々な研究に取り組むことが必要になります。
ディプロマ取得者を量産するのではなく、21 世紀の教育界が抱える多様
な問題に果敢に取り組んでいける人材の養成に、尽力したいと考えていま
す。
− 215 −
信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース
原田 豊己
主 任 下條 善子
委員長 今年度は、コースとして、
「互いに育ちあう教師」をテーマに過ごしま
した。従って、昨年度に引き続き、先輩の役割と後輩への責任を土台に、
卒業生の研修会にも力を入れました。理由としては、子育てを終わった卒
業生がだんだんと職場に復帰してきたことにあります。以前培ったキャリ
アと、現代に添った若者の学びとを互いに分かち合い、自己訂正しながら、
心を一つにすることを目指しました。と同時に、卒業生の各々の発表から、
モンテッソーリ教育の大切さを再確認し、在学生と共にそれぞれの学びと
責任に対して心を新たにいたしました。
また、関係園や卒業生のいる園での未就園児の子育て援助の勉強会に協
力する企画や、モンテッソーリ教育が現代社会にいかに子どもたちの心の
平和の基礎を作るかについて考えた一年でした。
2013 年度の活動は次のとおりです。
・園長主任会
: 6 月 25、26 日 40 園 56 名参加
テーマ…職員養成
・
「子育て支援に関わって~多職種による協働」
梅光学院大学学生支援センター 太田列子先生
・
「互いに育ちあう教師―コースでの養成、自園での養成―」
当コース主任 下條善子
・実習指導者研修会:1 回目 5 月 28、29 日 13 園、19 名参加
2 回目 2014 年 1 月 28 日、29 日
テーマ…指導法の研究
・卒業生研修会
:8 月 26、27、28 日 206 名参加
テーマ…先輩の役割・後輩への責任―各自の役割と責任の再確認―
− 216 −
教員養成コース報告
・
「平和について」
当コース委員長 原田豊己
・
「互いに育ちあう教師―子どもと共に―」
当コース主任 下條善子
・
「子どもの権利と教育」
当コース元委員長 Fr. ドメニコ・ヴィタリ
・卒業生とスタッフの発表
「小学生の娘を通して感じるモンテッソーリ教育の大切さ」
「僕のあゆみ―子どもたちと共に―」
「実習指導者研修会に参加させていただいて学んだこと」
・
「自分らしく成長してください」
当コース委員 Fr. ヨハネ・アルティリョ
・
「自由選択で育つもの」
当コース委員 前田瑞枝
・「モンテッソーリの人間形成のねらいはどんなことなのでしょ
うか」
当コース委員 Sr. 下條裕紀媛
・講習会
:日常(3 月 26、27 日)
47 名参加
言語(3 月 28、29 日)
41 名参加
感覚(7 月 22、23 日)
40 名参加
数 (7 月 24、25 日)
44 名参加
・スタッフ研修会 :4 月 3、4 日 19 名参加
・本科生
・卒業生
:1 年次生 22 名
2 年次生 37 名
:32 名(2013 年 3 月 21 日卒業)
− 217 −
京都モンテッソーリ教師養成コース
赤羽 惠子
主任 根岸 美奈子
委員長 1973 年に創立した当コースも、2013 年に 40 周年を迎えました。この
40 年の間に北海道から沖縄まで、全国各地に広がったモンテッソーリ教
育実践の輪が各地に根付き、当コースの実習園になるほどの保育園・幼稚
園が 20 カ園以上誕生いたしました。そこで、2013 年夏には、京都コース
創立 40 周年記念講演会として、各地で活躍している現場の方々に、40 年
の歩みとして、各園の取り組みを発表していただきました。
モンテッソーリ教育への切り替えや保護者への啓蒙など、多くの難題・
課題に取り組みながらの道のりだったようです。
記念祝賀会では、20 ~ 40 年前の講師陣の若かりし頃の写真、ドイツか
らのシュペルテン先生、エルスナー先生の写真なども投影し、大いに盛り
上がりました。
今回の講習会でも、モンテッソーリ教育を学び実践している立場から、
いつも「子どもから学ぶ」ということを忘れず、大切にしていこうという
ことを確認し合いました。
2013 年夏 京都コース 40 周年記念モンテッソーリ教育講習会
テーマ 「子どもから学ぶ」モンテッソーリ教育実践 7 月 20 日(土)全体会
40 周年記念講演
●「京都コース 40 年の歩み」
赤羽惠子(京都コース委員長、深草こどもの家園長)
●「モンテッソーリの子ども尊重の教育」
片山忠次(兵庫教育大学、大阪樟蔭女子大学名誉教授)
− 218 −
教員養成コース報告
40 周年記念祝賀会
7 月 21 日(日)コース別研修
A・D コース/モンテッソーリ教育との出会いから現在
─ 子どもから学ぶ教育実践 ─
B コース/人を育てるわらべうた 岡田玉枝(わらべうた講師)
C コース/映画「モンサントの不自然な食べ物」
─ 食育について考える ─ 海道洋子(仁愛短期大学講師)
E コース/管理者のための会 ─ モンテッソーリ教育の導入 ─ 真鍋奈美(丸亀聖母幼稚園)
竹内麗子(清水台保育園)
F コース/コスミック教育 … 6 歳までに準備すること、6 歳から
出来ること
根岸美奈子(深草こどもの家)
根岸美枝子(深草こどもの家)
教師養成状況
1.専門コース(教師・保育士有資格者対象 JAM ディプロマコース)
2013 年 3 月 JAM ディプロマ取得者 41 名
2013 年 4 月 新入学 1 年生 63 名
2 年生 44 名(編入生含む)
2.基礎コース(専門コース 1 年生の部分を下記地方会場で学ぶコース)
2013 年度 札幌・東京・福岡の各会場 59 名
− 219 −
純心モンテッソーリ教員養成コース
片岡 千鶴子
長崎純心大学学長 2013 年 3 月、本学では第 5 期生を社会に送り、4 月には第 9 期生とな
る 1 年生を迎えることができました。4 年間の大学生活の中で保育士資格
と幼稚園教諭一種免許を取得し、さらにモンテッソーリ教員資格免許を取
得することは、学生にとって強い意志力と努力が求められています。
本学コースの基礎理論科目、基幹理論科目及び履修規程第 1 条目的につ
いては前号までに報告いたしましたので、今回は第 2 条から最終の第 11
条までのポイントについて報告いたします。
第 2 条(名称・位置)
名称 長崎純心大学 純心モンテッソーリ教員養成コース(3 歳~ 6 歳)
位置 長崎純心大学人文学部児童保育学科
第 3 条(定員)定員各学年 20 名 第 4 条(履修資格)幼稚園教諭免許状及び保育士資格取得希望者
第 5 条(養成期間)学則に準じ 4 年間
第 6 条(選考方法・時期)入学時必要科目の履修登録、後期にコース履修願、
志願理由書等の提出
第 7 条(授業科目及び時間数)基礎理論科目 11 科目 18 単位、基幹理論科
目 2 科目 4 単位、
実践科目 4 科目 14 単位、教育実習 6 週間 6 単位、
教具アルバム作成 1 年次後期より 4 年次、モンテッソーリ教育に
関する卒業論文提出
第 8 条(試験)第 7 条に定める全科目の単位の認定は試験により行う。
個々の試験とは別に日本モンテッソーリ協会の規程に則り、
実践資
格試験を行う。
第 9 条(学業試験の評価)評価は学則第 63 条の規定を準用する。A+、
A、
B、
C、P、F 及びⅹの評価で表す。
第10条(免許状の授与)第 5 条、第 7 条、第 8 条に定める科目及び資格試
験に合格した場合、日本モンテッソーリ協会認定のモンテッソー
リ教員免許状証明書が授与される。この免許状は幼児教育に従事
− 220 −
教員養成コース報告
する者に使用できる。
第11条(補足)この規程以外の事項が生じた場合は、その都度定める。
この規程に関する細則については、別に定める。
以上が本学コースの履修概要です。
なお、本年、第 46 回全国大会において本学コースが初めてワークショッ
プの担当となり、九州支部、信望愛学園をはじめ多くの方々のご指導のお
かげで無事責任を果たすことができました。感謝申し上げます。
− 221 −
事 務 局 報 告
第 46 回日本モンテッ
ソーリ協会(学会)全国大会
第 46 回日本モンテッソーリ協会(学会)大会 大会プログラム
会場 フェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎)内ワールドコンベンションセンター
◆ ス ケ ジ ュ ー ル と プ ロ グ ラ ム ◆ 7 月 30 日(火) 9:00 当日受付
9:30 開会式・オリエンテーション
【天瑞】 10:00 基調講演『日々新たに成長する』講師:西経一
司会:前之園幸一郎
【天瑞】
11:30 総会
昼休み 13:45 基礎講座Ⅰ
「『子どもの家』とモンテッソー
15:15 リ」講師:前之園幸一郎
応用講座Ⅰ「モンテッソーリの
ワークショップ 宗教教育『一人一人の名を呼ん
①日常生活 【海峰】 】 で』」講師:長谷川京子 【天葉】 15:30 基礎講座Ⅱ 応用講座Ⅱ「互に育ちあう教師
ワークショップ 『マリア・モンテッソーリの生涯
-子どもと共に~子どもととも
②感覚 【海峰】 と業績』 に~」 17:00 講師:ドメニコ・ヴィタリ【天樹】 講師:下條善子 【天葉】 18:00 交流の夕べ 7 月 31 日(水) 9:00 研究発表1【天樹】 研究発表2【天葉】 研究発表3【天玉】 研究発表4【瑞洋】 10:00 10:00 研究発表5【天樹】 研究発表6【天葉】 研究発表7【天玉】 研究発表8【瑞洋】 ワークショップ 11:00 研究発表9【天樹】 研究発表 10【天葉】 研究発表 11【天玉】 研究発表 12【瑞洋】 ③言語【海峰】
昼休み 13:00 研究発表 13【天樹】 研究発表 14【天葉】 研究発表 15【天玉】 ラウンド・テーブル
13:00
14:00 研究発表 16【天樹】 研究発表 17【天葉】 研究発表 18【天玉】 ワークショップ
15:00 研究発表 19【天樹】 研究発表 20【天葉】 ④数 【海峰】
16:00 文化交流ツアー 8 月1日(木)
9:00
10:45
シンポジウム
市民公開講座
『新しい子ども、新しい教師、新しい教育
『「今」を深く生きるモンテッソーリ教育
シンポジスト:宗和太郎 甲斐仁子
将来が楽しみ!
板東光子 綿貫真理
【天瑞】 講師:相良敦子
司会:米島幸子【樹葉】
司会:中尾昌子 関聡
11:00
閉会式
− 222 −
【天瑞】
事務局報告
第 46 回大会 研究発表者・司会者
発表者
司会者
発表者
司会者
研究発表1 小嶋 理香
堀田 和子
研究発表2
川満すわ子
前鼻百合江
研究発表3 小島 薫
前田 瑞枝
研究発表4
岡本 明博
岡本 仁美
渡邉満智子
研究発表5 中田 尚美
鈴木 弘美
研究発表6
大田 克子
阿部 香織
江口 裕子
研究発表7 東屋敷尚子
板東 光子
研究発表8
田中 昌子
相良 敦子
研究発表9 レモン・ブルゴアン 藤原江理子
研究発表 10 上村 瑞枝
森下 京子
研究発表 11 藤尾かの子
廣澤 弓子
研究発表 12 松浦 公紀
瀧野正三郎
研究発表 13 竹田 恵
松本 良子
研究発表 14 百枝 義雄
前川さちえ
研究発表 15 黒西 希
島田 美城
研究発表 16 岡本 直子
甲斐 仁子
研究発表 17 北冨 晴美
下條裕紀媛
研究発表 18
野萩万佑未
渡子かおり
島田 美城
研究発表 19 花岡 隆行
鈴木 弘美
研究発表 20 佐々木洋子
下條 善子
− 223 −
年間事業(事務局)報告並びに次年度計画書(案) 平成25年6月30日
平成24(2012)年度事業報告
平成24(2012)年度事業報告
平成24年
平成24年 『モンテッソーリ教育』第45号作成開始=編集委員会
8月5日
第46 回全国大会準備開始=実行委員会
8月5日
『モンテッソーリ教育』第45号作成開始=編集委員会
8月上旬 大会礼状発送
大会期間中納入会費・入退会者等の整理
第46 回全国大会準備開始=実行委員会
8月上旬
8月中旬
9月4日
9月7日
8月中旬
10月17日
9月4日
11月30日
9月7日
12月12日
10月17日
12月19日
11月30日
平成25年
1月中旬
12月12日
1月26日
12月19日
2月9日
平成25年
2月11日
1月中旬
2月下旬
3月1日
1月26日
3月上旬
3月11日
2月9日
4月1日
2月11日
4月13日
2月下旬
4月20日
3月1日
5月中旬
3月上旬
5月22日
3月11日
7月10日
4月1日
7月29日
4月13日
平成25(2013)年度計画・予定(案)
平成25(2013)年度計画・予定(案)
平成25年
平成25年
8月1日
『モンテッソーリ教育』第46号作成開始=編集委員会
第47回全国大会準備開始=実行委員会
8月1日
『モンテッソーリ教育』第46号作成開始=編集委員会
8月上旬 大会礼状発送
大会期間中納入会費・入退会者等の整理
第47回全国大会準備開始=実行委員会
「第10回支部長会議事録」「第14回責任者会議
「第9回支部長会議事録」「第13回責任者会議録」作成
録」作成
大会礼状発送
8月上旬
大会礼状発送
会長名大会礼状発送
8月中旬 会長名大会礼状発送
大会期間中納入会費・入退会者等の整理
大会期間中納入会費・入退会者等の整理
入会者へ会員証等発送
入会者へ会員証等発送
「事務局だより」№7作成開始
9月上旬 「事務局だより」№8作成開始
「第9回支部長会議事録」「第13回責任者会議録」作成
「第10回支部長会議事録」「第14回責任者会議録」作成
「支部長会議事録」「コース責任者会議事録」
「支部長会議事録」「コース責任者会議事録」
「全国理事会議事録」「総会議事録」全理事・監事
「全国理事会議事録」「総会議事録」全理事・監事宛発
8月中旬
会長名大会礼状発送
宛発送
送 会長名大会礼状発送
「事務局だより」№7発行並びに会費請求を全会員宛発
「事務局だより」№8発行並びに会費請求を全会員
10月中旬 入会者へ会員証等発送
入会者へ会員証等発送
送開始
宛て発送
(このころより理事選挙の準備開始 )
「事務局だより」№7作成開始
9月上旬
11月上旬 「事務局だより」№8作成開始
「会員名簿」作成のための調査開始
「教員養成コース2013」の原稿依頼を各コースにメール
で送信
「支部長会議事録」「コース責任者会議事録」
「支部長会議事録」「コース責任者会議事録」
第1回常任理事会開催通知を常任理事、監事、第46、
平成25(2013)年度中間決算報告書並びに
「全国理事会議事録」「総会議事録」全理事・監事宛発送
12月上旬 「全国理事会議事録」「総会議事録」全理事・監事宛発送
47、48回大会実行委員長宛発送
会計監査資料を作成し監査を受ける。
「事務局だより」№7発行並びに会費請求を全会員宛発送開始
10月中旬
「事務局だより」№8発行並びに会費請求を全会員宛て発送
平成24(2012)年度中間決算報告書並びに
第1回常任理事会開催通知を常任理事、監事宛
12月下旬
会計監査資料を作成し監査を受ける。
発送
(このころより理事選挙の準備開始)
11月上旬
平成26年 「会員名簿」作成のための調査開始
「教員養成コース2013」の原稿依頼を各コースにメールで送信
団体会員調査発送(理事選挙有権者確定のため)
第1回常任理事会開催通知を常任理事、監事、第46、47、48回大会
平成25(2013)年度中間決算報告書並びに
12月上旬
実行委員長宛発送
会計監査資料を作成し監査を受ける。
第Ⅰ回常任理事会開催 於:SJハウス
第1回常任理事会開催 於:SJハウス
1月25日
選挙管理委員委嘱・選挙管理委員会発足
平成24(2012)年度中間決算報告書並びに
第49回全国大会提案=中国支部
12月下旬
第1回常任理事会開催通知を常任理事、監事宛発送
第48回全国大会提案=担当近畿支部
会計監査資料を作成し監査を受ける。
L・M奨励基金受賞者選考委員会① 於:SJハウス
2月中旬 上記議事録を全理事・監事宛発送
平成26年
第1回常任理事会議事録を全理事・監事宛発送
理事選挙関係書類作成・印刷
団体会員調査発送(理事選挙有権者確定のため)
理事選挙関係文書・投票用紙等有権者宛発送
第Ⅰ回常任理事会開催 於:SJハウス
理事選挙投票開始
第1回常任理事会開催 於:SJハウス
選挙管理委員委嘱・選挙管理委員会発足
1月25日
第Ⅱ回常任理事会開催通知発送
3月上旬 第49回全国大会提案=中国支部
第Ⅱ回常任理事会開催通知発送
第48回全国大会提案=担当近畿支部
第1回L・M奨励基金受賞者選考委員会②
L・M奨励基金受賞者選考委員会① 於:SJハウス
2月中旬
上記議事録を全理事・監事宛発送
於:SJハウス
理事選挙投票締め切り
4月26日 第Ⅱ回常任理事会開催 於:SJハウス
第1回常任理事会議事録を全理事・監事宛発送
理事選挙関係書類作成・印刷
理事選挙開票作業・結果を会長に報告
当選理事宛承諾書発送
理事選挙関係文書・投票用紙等有権者宛発送
第Ⅱ回常任理事会開催 於:SJハウス
5月上旬 上記議事録を全理事・監事宛発送
新理事承認
理事選挙投票開始
(15日)上記議事録発送
5月上旬 全国理事会開催通知発送
『モンテッソーリ教育』第45号発行・発送
第Ⅱ回常任理事会開催通知発送
第Ⅱ回常任理事会開催通知発送
3月上旬
『モンテッソーリ教育』第46号発行・発送
全国理事会開催通知発送
5月下旬
「会員名簿」発送・発行
第1回L・M奨励基金受賞者選考委員会② 於:SJハウス
平成24(2012)年度決算報告書並びに会計監査資料を
平成25(2013)年度決算報告書並びに会計監査資
7月中旬
作成し監査を受ける。
料を作成し監査を受ける。
第Ⅱ回常任理事会開催 於:SJハウス
理事選挙投票締め切り
4月26日
第10回支部長会議・第14回コース責任者会議・全国理
第11回支部長会議・第15回コース責任者会議・全
8月5日
事会開催
国理事会開催
理事選挙開票作業・結果を会長に報告 当選理事宛承諾書発送
第2回 L・M奨励基金受賞者選考委員会①
第Ⅱ回常任理事会開催 於:SJハウス
7月30日~
第46回全国大会開催
4月20日
新理事承認
8月1日
於:宮崎県 シーガイアリゾート
5月中旬
8月1日
(15日)上記議事録発送
『モンテッソーリ教育』第45号発行・発送
編集委員会開催
8月6日~ 上記議事録を全理事・監事宛発送
第47回全国大会開催
5月上旬
8月8日
於:パシィフィコ横浜
5月上旬
8月8日 全国理事会開催通知発送
編集委員会開催
− 224 −
*他に、編集委員会ならびにL・M奨励基金受賞者選考委員会は適宜開催の予定。
『モンテッソーリ教育』第46号発行・発送
5月22日
全国理事会開催通知発送
5月下旬
7月10日
平成24(2012)年度決算報告書並びに会計監査資料を
作成し監査を受ける。
7月中旬
平成25(2013)年度決算報告書並びに会計監査資料を
作成し監査を受ける。
7月29日
第10回支部長会議・第14回コース責任者会議・全国理事会開催
第2回 L・M奨励基金受賞者選考委員会①
8月5日
第11回支部長会議・第15回コース責任者会議・全国理事会開催
「会員名簿」発送・発行
4月20日
5月中旬
5月22日
7月10日
7月29日
第Ⅱ回常任理事会開催 於:SJハウス
新理事承認
(15日)上記議事録発送
『モンテッソーリ教育』第45号発行・発送
全国理事会開催通知発送
上記議事録を全理事・監事宛発送
5月上旬
全国理事会開催通知発送
5月下旬
平成24(2012)年度決算報告書並びに会計監査資料を
7月中旬
作成し監査を受ける。
第10回支部長会議・第14回コース責任者会議・全国理
8月5日
事会開催
第2回 L・M奨励基金受賞者選考委員会①
7月30日~ 第46回全国大会開催
8月1日
於:宮崎県 シーガイアリゾート
8月1日
5月上旬
編集委員会開催
『モンテッソーリ教育』第46号発行・発送
「会員名簿」発送・発行
事務局報告
平成25(2013)年度決算報告書並びに会計監査資
料を作成し監査を受ける。
第11回支部長会議・第15回コース責任者会議・全
国理事会開催
8月6日~ 第47回全国大会開催
8月8日
於:パシィフィコ横浜
8月8日
編集委員会開催
*他に、編集委員会ならびにL・M奨励基金受賞者選考委員会は適宜開催の予定。
平成24年度決算・平成25年度予算書
日本モンテッソーリ協会(学会)
自:平成25年7月1日
至:平成26年6月30日
(収入の部)
科目
24年度予算
24年度決算
摘要
25年度予算
会費(個人)
3,000,000
3,185,000
5000×596(人)
3,000,000
会費(団体)
1,000,000
1,160,000
5000×232(口)
1,000,000
会費(維持)
570,000
600,000
10000×60(口)
570,000
入会金
100,000
144,000
2000×72(人)
会費計
4,670,000
5,089,000
0
2,000
300,000
363,000
書籍代金
30,000
107,173
学会誌広告料
200,000
大会準備金の返金
利子・利息
寄付金
ディプロム代
雑収入
JAM支援金
寄付金~支援金
までの小計
合計
100,000
4,670,000
0
中尾・藤原理事より
3000×121
300,000
560,000
各コース、出版社より
200,000
600,000
600,000
中部支部より
500,000
15,000
10,948
0
5,000
800,000
1,400,000
1,945,000
3,048,121
15,255,003
15,255,003
現金・普通預金・振替口座
14,227,336
30,519,745
30,519,745
定期預金
30,527,074
52,389,748
53,911,869
50,000
ゆうちょ銀行、三井住友銀行
10,000
0
交通費の返金(中尾理事)
800,000
中部支部より
1,860,000
51,284,410
(支出の部)
科目
消耗品費
通信運搬費
HP費
交通・宿泊費
印刷製本費
人件費
24年度予算
100,000
400,000
400,000
24年度決算
46,738
274,447
摘要
FAXの購入
ヤマト運輸(161370)
NTT(94587)
−172,761
225 − プロバイダー料金、契約更新料等
2,500,000
1,669,340
350,000
300,198
2,100,000
1,661,500
事務局員、理事会出席の理事
事務局だより(165900)、理事選挙
(99750)
事務局11か月分、監事への謝礼
25年度予算案
80,000
400,000
400,000
2,000,000
400,000
1,800,000
寄付金~支援金
までの小計
合計
1,945,000
3,048,121
1,860,000
15,255,003
15,255,003
現金・普通預金・振替口座
14,227,336
30,519,745
30,519,745
定期預金
30,527,074
52,389,748
53,911,869
51,284,410
(支出の部)
科目
消耗品費
通信運搬費
HP費
交通・宿泊費
印刷製本費
人件費
24年度予算
100,000
400,000
24年度決算
46,738
274,447
400,000
172,761
2,500,000
1,669,340
350,000
300,198
2,100,000
1,661,500
賃貸料(含む管理費)
528,000
528,000
会議費
80,000
78,849
支部活動費
100,000
90,000
学会誌関連費
渉外費
1,800,000
70,000
1,747,734
150,000
150,000
書籍支払金
50,000
67,672
手数料
7,000
7,670
800
0
500,000
509
0
2,000,000
ルーメル・モンテッソーリ
奨励基金運営費
予備費
ヤマト運輸(161370)
NTT(94587)
プロバイダー料金、契約更新料等
事務局員、理事会出席の理事
事務局だより(165900)、理事選挙
(99750)
事務局11か月分、監事への謝礼
80,000
400,000
400,000
2,000,000
400,000
1,800,000
484,000
近畿、九州、中部
100,000
80,000
印刷費(998004) 送料(95730) 委員会活動費(650000)
1,800,000
70,000
日本学術協力財団(50000)
AMI(100000)
150,000
50,000
三井住友銀行他
7,000
800
0
500,000
263,112
300,000
大会準備金に50万円、L・M奨励基金
運営費に20万円充てた。
700,000
25年度予算案
富坂キリスト教センター
98,929
会費
税金
雑費
大会準備金
摘要
FAXの購入
500,000
ルーメル・モンテッソーリ
奨励基金
10,000,000
10,000,000
10,000,000
支出小計
19,835,800
19,157,459
19,121,800
次年度繰越金
合計
12,034,203
14,227,336
現金・普通預金・振替口座
11,635,536
20,519,745
20,527,074
定期預金
20,527,074
52,389,748
53,911,869
51,284,410
(単位=円)
平成25年6月30日
上記のとおり報告いたします。 事務局長 鈴木弘美 ㊞
平成25年7月10日 監査の結果、上記報告のとおり相違ありません。
− 226 −
事務局報告
平成 24 年度 日本モンテッソーリ協会 編集委員会年間収支決算書
(単位=円) 収 入
科 目
金 額
650,000 ①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
650,000
活動費
合 計
支 出
科 目
人件費(委員長手当)
〃(アルバイト)
会場費
印刷費
通信費
交通費
接待費
宿泊費
消耗品費
委員会費
渉外費
合 計
金 額
50,000
319,550
0
5,841
66,103
48,570
0
0
92,528
42,754
24,654
650,000
上記のとおり相違ありません。
平成 25 年 4 月 23 日 編集委員長 江島 正子 ㊞
監事 Franz-Josef Mohr ㊞
監事 山本 雅子 ㊞
日本モンテッソーリ協会(学会)第 47 回全国大会のご案内
開催期間:平成 26 年 8 月 6 日(水)~ 8 月 8 日(金)
会 場:横浜・みなとみらい パシィフィコ会議センター(1階ホール 4階フロア)
大会テーマ:「子ども一人ひとりのおもいを受けとめる」
大会内容:*基調講演(開一夫 東京大学大学院総合文化研究所広域システム科学系教授)
*特別講演(阿部真美子 青山学院女子短期大学教授)
*基礎講座・応用講座
*研究発表
*ワークショップ
*ラウンド・テーブル
*シンポジウム
総会・懇親会(クルージング形式)は第 1 日目に行われる予定です。ヨコハマで楽しく学びましょう!
担当支部:日本モンテッソーリ協会(学会)関東支部
大会事務局:つづきルーテル保育園 〒 247-0007 横浜市都筑区牛久保西 2 - 18 - 1
Tel. 045 - 910 - 6686 Fax. 045 - 910 - 6687
第 48 回全国大会 -予告-
開催期日:平成 27 年 7 月 30 日(木)~ 8 月 1 日(土)
会 場:ホテル日航奈良、奈良 100 年会館、奈良カトリック幼稚園
大会テーマ:「未来への責任」
大会内容:大会テーマを受けた基調講演・シンポジウム、研究発表、市民公開講座等
担当支部:近畿支部
大会事務局:奈良カトリック幼稚園 〒 630-8213 奈良市登大路町 36 - 1
Tel. 0742 - 22 - 4089 Fax. 0742 - 26 - 3261
− 227 −
日本モンテッソーリ協会(学会)役員
○印は常任理事 (50 音順、下記役員の任期は平成 25 年 8 月 1 日~ 28 年 7 月 31 日)
役職
会員
番号
常任
理事
氏名
勤務先
会長(理事長)
2878
○
前之園 幸一郎
副会長(副理事長)
2594
○
ヴィタリ・ドメニコ 益田天使幼稚園
副会長(副理事長)
2512
○
町田 明
恵泉幼稚園
事務局長
2327
鈴木 弘美
日本モンテッソーリ協会(学会)
理事
2570
赤羽 惠子
京都モンテッソーリ教師養成コース
理事
3714
阿部 真美子
青山学院女子短期大学
○
日本モンテッソーリ協会(学会)
理事
364
乾 盛夫
鳴門聖母幼稚園
理事
1921
○
江島 正子
群馬医療福祉大学
理事
1994
○
甲斐 仁子
東洋英和女学院大学
理事
179
○
相良 敦子
理事
2131
理事
2369
理事
2892
理事
3088
理事
249
理事
3281
理事
3655
理事
2346
板東 光子
理事
2500
廣澤 弓子
世田谷聖母幼稚園
理事
2579
藤原 江理子
九州幼児教育センター・トレーニングコース
理事
3324
前鼻 百合江
宮の沢さくら保育園
理事
3565
松川 和照
大船ルーテル保育園
佐々木 信一郎
○
長崎純心大学
(社福)聖母愛真会こじか子どもの家
島田 美城
エリザベト音楽大学
関 聡
久留米信愛女学院短期大学
瀧野 正三郎
カトリック京都司教区
中尾 昌子
八幡カトリック幼稚園
○
早田 由美子
夙川学院短期大学
○
原田 豊己
○
(学)信望愛学園
亀田平和の園保育園
理事
1060
○
松本 静子
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
理事
1132
○
松本 良子
ブレーメン教育研究所
理事
2796
森下 京子
瑞穂子どもの家
理事
3709
吉武 久美子
長崎純心大学
監事
3642
F-J・モール
元上智大学
監事
3083
山本 雅子
元上智大学
− 228 −
事務局報告
支部関係
支部
支部長氏名
所属
郵便番号
住所
上段 電話番号
下段 FAX番号
前鼻 百合江
□北海道
(宮の沢さくら保育園)
063 - 0034 札幌市西区西野 4 条 6 丁目 11-12
011 - 663 - 8118
011 - 663 - 8146
佐々木 信一郎
□東 北
(こじか子どもの家)
960 - 8068 福島市太田町 14-38-905
024 - 544 - 7135
024 - 544 - 7136
松川 和照
□関 東
247 - 0007 横浜市栄区小菅ヶ谷 2-26-3
(大船ルーテル保育園)
045 - 892 - 2366
045 - 892 - 7825
江島 正子
□東 京
(群馬医療福祉大学)
03 - 3260 - 3079
162 - 0845 新宿区市谷本村町 2-15-308
板東 光子
□北 陸
951 - 8121 新潟市水道町 2-808-105
(亀田平和の園保育園)
025 - 381 - 2051(保)
025 - 381 - 8425(保)
森下 京子
□中 部
(瑞穂子どもの家)
052 - 835 - 6260
467 - 0035 名古屋市瑞穂区弥富町月見ケ岡 42-1
瀧野 正三郎
□近 畿
630 - 8213 奈良市登大路町 36 カトリック奈良教会
(カトリック京都司教区)
0742 - 26 - 5401
島田 美城
□中 国
(エリザベト音楽大学)
731 - 5134 広島市佐伯区海老山町 11-2-903
082 - 555 - 3307
乾 盛夫
□四 国
(鳴門聖母幼稚園)
772 - 0001 鳴門市撫養町黒崎字松島 208
088 - 685 - 0079
088 - 684 - 1530
中尾 昌子
□九 州
805 - 0013 北九州市八幡東区昭和 3-5-1
(八幡カトリック幼稚園)
093 - 652 - 1006
093 - 652 - 1008
東北支部義援金報告(3)
平成 24 年 1 月から平成 25 年 7 月 29 日までに、義援金の総額は 519,439 円に
なりました。平成 25 年 7 月 29 日に開催された全国理事会において、この義援
金を東北支部にお送りすることが了承されました。佐々木支部長はそこで、「講
演会などを開催して、みなが元気づけられることが今一番大事なことのように思
う」と発言をされました。したがって、それは、講演会の開催等に掛かる費用に
充てられる予定です。
事務局の宣伝不足のため、この約 1 年半の間にあまり高額な義援金を受け付け
ることができずにすみませんでした。現在も義援金を受け付けておりますので、
今後ともご協力をよろしくお願い申し上げます。(平成 25 年 9 月 15 日)
お心をお寄せくださった方々 鳴門聖母幼稚園、北海道支部(平成 25 年 1 月
1 日から 12 月 31 日までの受け付け順、敬称略)
− 229 −
1.24 年度入会者支部別一覧表
(平成 24 年 8 月 1 日~平成 25 年 7 月 29 日)
大会時にお手続きいただいた方は、平成 25 年度入会者として次号にてご紹介させてい
ただきます。(以下、支部別、会員番号順、敬称略)
支部
会員番号
氏名
支部
会員番号
氏名
海
3671
前澤理恵
国
3677
内田貴子
北
3650
呉敏玲
国
3678
大森若奈
関
3649
藤崎達宏
国
3679
川向依利
関
3654
内田万惟
国
3681
佐藤弥生
関
3655
遠藤志帆
国
3684
神田諭佳
関
3656
大塚健太郎
国
3686
竹内絵利加
田中千夏
関
3659
窪綾音
国
3688
関
3660
黒川真晴
国
3690
土井彩香
関
3661
佐伯彩
国
3692
野宮千恵子
関
3662
瀬戸美奈
国
3693
原田優
関
3663
田村純子
国
3696
福永典子
関
3665
平岡一子
国
3697
政野静香
関
3666
福島恵子
国
3702
山田愛
関
3667
藤牧美帆
国
3703
山本かおり
関
3668
山田継美
国
3704
横田知都
関
3670
宮部光帆
国
3706
佐々木洋子
関
3676
井上麻衣
四
3673
赤澤宏美
関
3687
田中知沙
四
3680
北原彩花
関
3715
武部明子
四
3707
レモン・ブルゴアン
東
3651
河野佳子
九
3682
島由美子
東
3652
荒尾友香
九
3683
白玉喜春
東
3653
岩崎光男
九
3685
宅万智子
東
3657
小原愛菜
九
3689
田中望美
東
3658
木曽芳美
九
3691
鳥越麻沙未
東
3664
⻆田惠子
九
3694
東伸子
東
3669
渡邊麻梨子
九
3695
姫野未侑
東
3714
阿部真美子
九
3698
村田遥
中
3711
原明子
九
3699
桃薗紀子
畿
3673
保田恵莉
九
3700
森彩子
畿
3675
井上千恵
九
3701
薬真寺綾乃
国
3648
山野欣子
九
3705
米丸綾香
国
3674
有光志帆
九
3708
大谷育美
− 230 −
事務局報告
支部
会員番号
氏名
九
3709
吉武久美子
九
3710
阿部香織
九
3712
大田克子
九
3716
原井ミユキ
支部
会員番号
氏名
団体
257
(社福)相和福祉会
めぐみ保育園
団体
259
(学)広島信望愛学園
団体
260
みこころ子どもの家
2.退会された方々
(平成 24 年 8 月 1 日~平成 25 年 7 月 29 日)
(以下、会員番号順、敬称略)
長い間大変お世話になりました。これからもお元気でご活躍ください。
支部
会員番号
氏名
支部
会員番号
氏名
関
389
川村祐一 関
3128
細井和子
畿
1822
布袋泰子
関
3224
神谷良美
畿
2294
岸禮子
国
3339
佐々木良晴
中
2563
稲毛智恵子
陸
3406
滝川絵里
九
2585
宮城幸
国
3461
磯野早織
東
2656
佐藤良子
畿
3509
坂本由紀
関
2845
相澤千恵
団体
228
登別カトリック聖心幼稚園
中
3024
宍戸里江
維持
34
梶山モンテッソーリスクール
3.ご逝去の方(平成 24 年 8 月 1 日〜平成 25 年 7 月 29 日)
長きにわたるモンテッソーリ教育普及に対する感謝のうちに、心からご冥福をお祈り
申し上げます。
支部
畿
九
会員番号
6
919
氏名
伊藤保郎
三村邦明
(海:北海道支部、北:東北支部、関:関東支部、東:東京支部、中:中部支部、
畿:近畿支部、 四:四国支部、国:中国支部、九:九州支部)
− 231 −
英 文 摘 要
The “Children’s House” and Montessori
Koichiro Maenosono
(Professor Emeritus Aoyama Gakuin Women’s Junior College, Ph.D.)
Much consideration has already been given to the “Children’s House”
as the starting point for Montessori education, and the outline of its
practices has been made clear. However, based on her major literary
work, The Method, it is thought that there are serious questions for
those of us who live in today’s society, when attention is given to the
background of the “Children’s House”. In the main body of this article,
I wish to focus on various points in regard to the questions raised by
issues suggested by Montessori from the perspective of the “Children’s
House”:
1) The “Children’s House” and the educational and social welfare
trends within Europe;
2) “Preparing the environment for children” as a criticism of traditional
education;
3) The publication of The Method and Città di Castello;
4) Discipline and feelings according to Montessori;
5) “Direttrice” as a new teacher image;
6) Children as a promise of the future.
Furthermore, Montessori has left behind many impressive, important
words. Those words of Montessori herself, which are richly significant,
are quoted from The Method. Sentences in the Italian language are
cited just as they are written.
− 232 −
英文摘要
Contemporary Significance of
Montessori Education Theory
Hisami Nakata
(Kobe Kaisei College)
The purpose of this paper is to analyze the contemporary significance
of Montessori’s ideas about “teacher”. Montessori was very specific about
how “teachers” should deal with children. Her recommendations align
closely with the behavior which, as recent psychology shows, is associated
with better child outcomes. Our results show that it is important to think
about social emotional needs for attachment and close relationships
as part of good teaching in Montessori education. When adults provide
clear limits but set children free within those boundaries, and sensitively
respond to children’s needs while maintaining high expectations, children
show high levels of maturity, achievement, empathy, and other desirable
characteristics.
− 233 −
A Study of the Development Process of Montessori
Education in Japan after the War
―With Special Reference to the “Society for Montessori
Studies” in the Council of Catholic Education―
Megumi Takeda
(Yokohama Hoiku Fukushi Senmon Gakko)
In this paper, we report how Montessori education was re-introduced
in Japan in the postwar period, by focusing on the activities of the
“Society for Montessori Studies” which was founded in the Council of
Catholic Education by Fr. Iwao Tsukamoto, Yasuo Takeichi, Kiyoko
Nakamura, Michi Miyake, and others in April, 1962.
The movement for re-introduction of Montessori education in the
postwar period was initiated persistently by practitioners and researchers
in the field of nursing under the guidance of the “Society for Montessori
Studies”. Montessori education became widely known throughout Japan
via newspapers and magazines compiled and published by the Council of
Catholic Education, which led to the foundation of the “Japan Association
Montessori” and the “Sophia Montessori Teacher Training Course”. Thus
it can be presumed that the series of activities done by the “Society for
Montessori Studies” are regarded as the first step toward organization of
a Montessori education movement in Japan after the war.
− 234 −
英文摘要
From Seguin Material to Montessori Material
With reference to the reassessment of Seguin by Bourneville
Yasuko Takeda
(Graduate School of Human Science, Osaka University)
In this paper I mainly deal with Montessori’s teaching of, and
materials for, mentally-disabled children before “Casa dei Bambini”.
By examining the historical studies of her materials, it becomes
obvious that there have been almost no studies tracing back the
Montessori materials to Seguin.
Hence, this paper aims to clarify her educational thought regarding
these materials by taking a closer look at her “Summary of the lectures
on pedagogy delivered in Rome at the Scuola Magistrale Ortofrenica
in 1900” and Bourneville’s paper “Assistance traitement et dégénérés”
from 1895. Bourneville was a widely known doctor, statesman, editor
and teacher in 19th century France. He reassessed much of Seguin’s
teaching of mentally-disabled children and pedagogical materials.
Montessori had studied Seguin’s teaching of mentally-disabled children
before “Casa dei Bambini” following his example and conducted
experiments with his materials for mentally-disabled children. But
with regard to the summaries of Montessori’s old lectures, it becomes
obvious that through her experiments the examined materials could
not only be used effectively in the case of mentally-disabled children
but also put into effective use at the normal elementary grades at that
time.
Therefore – as a result of the above mentioned observations – I
will clarify that the practice of “Casa dei Bambini” is to be located at
the end of a genealogical string, leading all the way from Seguin via
Bourneville to Montessori’s education of mentally-disabled children.
− 235 −
Music Activity in Montessori Education
― From Singing to Instrumental Ensemble ―
Mayumi Nohagi
(Regina Kindergarten)
Kaori Tonoko
(Elisabeth University of Music)
What is the genuine role of music in human education? For children
to be spontaneously involved in musical activities, it is indispensable
to compose an environment, which fully considers their development
stage, and to construct activities in an organic course, as suggested by
the “hook-hand” in Montessori education.
In the light of today’s research results concerning actual Japanese
language and folklore, we examined the process from the beginning of
words and singing right up to the use of instruments in an ensemble. In
the first half of our paper we describe the role of a mother’s voice and
the significance of nursery rhymes. In the second half we demonstrate
how children are led to instrumental music, based on their senses and
movements. In conclusion we realized that in order to foster beautiful
sounds by a child, the relation between a child and his/her mother
through the maternal voice, and the steps to independence based on the
development of senses and movements, are essential elements.
− 236 −
英文摘要
Introducing the Tea Ceremony in the Childrens’ House
Yo Takiguchi
(Graduate School, Shoin University, Ph.D.)
Tamako (Sougyoku) Katsumi
(Association for Cultural Advancement of Tea Ceremony)
Kei Takiguchi
(Director, Children’s House of Shimo-Ochiai)
Various Japanese cultural features, containing Japanese traditional
plays and events for children have already been introduced to educational
activity in the Children’s House under the Montessori educational method
just after its establishment in 1979. In order to enhance the effects of
cultural education in the House, a typical traditional Japanese tradition,
the tea ceremony, established in about 450 years ago, was introduced
into the education for children from three to six years old. Practice of the
tea ceremony was performed once a month in the classroom, which was
temporarily remodeled as a tearoom for the tea ceremony with real tea
equipment, chabana (tea flowers), calligraphy (hanging scroll) and Japanese
sweets. During the practice, children learned the ceremony from repetition
of action, rather than by direct instruction by the teacher of the tea ceremony
who used to show a presentation privately to only one child, who could not
understand how to act. In every November, the children visited the the
Sadoukaikan to look around real tearooms and to watch real tea ceremonies
there. Every February, children played host or hostess in the tea gathering,
“umemino chakai” in the classroom, and invited their parents as guests.
Thus, the children in the sensitive period learned with an absorbent mind
the practice of the tea ceremony, and improved visibly their social behavior,
including etiquette, hospitality and greeting, In addition they became more
sensitive to the cycle of the seasons.
− 237 −
The System of “Work with no Time-limit”
Suwako Kawamitsu
(St. Mark’s Church Nursery School)
Nowadays the difference in each child’s nursery time, caused by each
family’s lifestyle, has been an issue at our nursery school. That’s why we
have adopted a new child care system that places no restrictions on time
in our nursery school.
Firstly, we eliminated the bell which was a signal to stop the
children’s work. When we eliminated the bell, children worked more
enthusiastically with the equipment than they used to as they knew they
could stop their work on their own.
Secondly, we adopted this method every Saturday morning. We
assigned the children corner work as a complementary activity to the
work done with the instructional Montessori equipment. Then, we
expanded the trial to weekdays. We have noticed that we could also
improve our skill and knowledge of Montessori education ourselves.
As society changes, it is very important to develop nursing and
teaching skills to deal with such changes. We need to ensure an
atmosphere in which children can think and act independently.
We need to make more of an effort to develop children’s sensibilities.
− 238 −
The first ‘Luhmer Prize’ Presentation
Masako Ejima
(Chair of the Screening Committee, Japan Association Montessori, Ph.D.)
The presentation of the first “Luhmer Prize” was held on July 30, 2013,
by the Japan Association Montessori during its 26th National Conference.
The winners of the Prize were Ms. Keiko Akabane from the Kinki
Division, Ms. Shizuko Matsumoto from the Kanto Division, and Ms. Ai
Mori also from Kinki Division of the Association. Each winner received a
certificate of merit and a cash prize of Fifty thousand Yen.
1. Screening for the recipients of the prize
The screening committee met on February 9, 2013 for the first time,
and on March 11 for a second time. Before the screening a thorough
discussion ensued. The following points were decided:
* The prize is to be called ‘Luhmer Prize’
* The presentation of the prize winner(s) is to be held at the Annual
General Meeting of the Association .
* The winners shall receive a certificate of merit and a cash prize of Fifty
thousand Yen each.
(1) on the theoretical side: We select the best article(s) from‘Montessori
Education’, the Journal of the Association.
(2) on the practical side: We select people who have made great
contributions to the promotion and development of Montessori Education.
2. The three recipients and the reasons for their selection
Ms. Keiko Akabane: The prize was awarded to for her long term
contribution in instructing teachers through the Teacher Training
Courses at ‘Sophia’ and ‘Kyoto’, as well as for her long term
administrative work as a board director for the Japan Association
Montessori..
Ms. Shizuko Matsumoto: She was one of the first Japanese to receive a
− 239 −
英文摘要
Diploma from the 3-6 Teacher Training Course at Perugia, Italy, went on
to Los Angeles, USA, for further study and was in 1975 certified as AMI
Trainer, becoming the first Japanese Trainer.
Ms. Ai Mori: The prize is for her article ‘Maria Montessori’s point of
view on gardening’; published in the Journal of the Japan Association
Montessori, ‘Montessori Education’ vol.44, page 104 – 117, issued in 2012.
3. Concerning the Second‘Luhmer Prize’
The screening Committee has already started working on the second
‘Luhmer Prize’.
− 240 −
モンテッソーリ教員養成コース
I. 日本モンテッソーリ協会公認モンテッソーリ教員養成コース
・NPO 法人東京モンテッソーリ教育研究所・付属教員養成コース
コース長 前之園 幸一郎
〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 丁目 17 番 41 号
富坂キリスト教センター 2 号館
☎ 03-5805-6786 / fax 03-5805-6787
http: //www.ti-montessori-e.main.jp/
・九州幼児教育センター・トレーニングコース
(モンテッソーリ教員養成コース)
所長 藤原 江理子
〒 811-3425 福岡県宗像市日の里 7-21-4
☎ 0940-36-7008 E-mail: [email protected]
http: //homepage4.nifty.com/ktcourse/
http: //hpm3.nifty.com/ktcourse/(携帯サイト)
・信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース
委員長 原田 豊己
〒 735-0014 広島県安芸郡府中町柳ヶ丘 36-7
☎ 082-581-1337
・京都モンテッソーリ教師養成コース
委員長 赤羽 惠子
〒 612-0817 京都府京都市伏見区深草向ヶ原町 17
☎ 075-641-8410(8280) E-mail: [email protected]
・純心モンテッソーリ教員養成コース
長崎純心大学人文学部 児童保育学科 学科長 吉武 久美子
〒 852-8558 長崎県長崎市三ツ山町 235
☎ 095-846-0084(代)
− 241 −
II. 国際モンテッソーリ協会公認モンテッソーリ教員養成コース
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
所長 松本 静子
〒 252-0301 神奈川県相模原市南区鵜野森 2-20-2
☎ 042-746-7933 E-mail: [email protected]
http: //www.geocities.jp/ami_tokyojp/
III. 日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成通信教育講座
〒 146-0083 東京都大田区千鳥 3-25-5 千鳥町ビル
☎ 03-5741-2270
E-mail: [email protected]
http: www.sainou.or.jp/montessori/
IV. うめだ・あけぼの治療教育職員養成所
〒 123-0851 東京都足立区梅田 7-19-23
☎ 03-3889-1700
− 242 −
日本モンテッソーリ協会(学会)会則
第1条(名 称)
本会は、日本モンテッソーリ協会 ( 学会 ) という。
第2条(事務局)
本会は事務局を〒 112-0002 東京都文京区小石川 2 - 17 - 41
富坂キリスト教センター 2 号館に置く。
第 3 条(目 的)
本会は、日本におけるモンテッソーリ教育研究者間の連携協同により、
モンテッソーリ教育原理と実践を研究し、その普及を図ることを目的と
する。
第 4 条(事 業)
本会は、前条の目的を達成するために次の事業を行う。
(1)モンテッソーリ教育法の実践及び普及。
(2)モンテッソーリ教育法の指導者の養成及びモンテッソーリ教員養
成コースの認定。
(3)日本モンテッソーリ協会(学会)全国大会の開催。
(4)モンテッソーリ教育の普及・発展を目的とする奨励金制度の設定。
(5)モンテッソーリ教育教材の研究作成及び普及。
(6)講演会、研修会及び研究発表会の開催。
(7)モンテッソーリ教育に関する印刷物の発行。
(8)海外諸国のモンテッソーリ協会との交流及び情報の交換。
(9)その他、必要な事項。
第 5 条(会 員)
1.本会の会員は、本会の目的に賛同して所定の入会手続きを経た個人
及び団体とする。
2.会員は本会則第 19 条に定める会費を納入しなければならない。
3.会員には本会発行の印刷物を配布する。
4.第 1 項に定める会員以外に、本会の運営水準を保つ賛助金出資者を、
維持会員という。
ただし、維持会員は、理事選挙の選挙権、被選挙権を持たない。
5.会員が次の各号の一に該当する場合には、その資格を失う。
(1)会員である個人が死亡、又は一身上の事由によるとき。
(2)会員である団体が消滅したとき。
(3)1年以上会費を納めないとき。
− 243 −
第6条(支 部)
1.本会は、会員の希望により、一定地域の中で、支部を設置すること
ができる。
2.支部の設置及び運営に関しては、理事会に申請し、理事会及び総会
の承認を得るものとする。
3.支部は、本会の理事選挙規定に則って理事及び支部長の選出を行う。
第7条(役 員)
本会に次の役員を置く。
名誉会長 1名
会 長(理事長) 1名
副 会 長(副理事長) 2名
常任理事 若干名
理 事 若干名
監 事 2名
顧 問 若干名
第 8 条(役員の職務)
役員の職務は次のとおりとする。
(1)名誉会長は、本会の活動理念に基づき、会長(理事長)に対して
意見を述べ、若しくはその諮問に答え、又は報告に徴すことがで
きる。
(2)会長は、本会を代表し理事長となり、本会を総督する。
(3)副会長(副理事長)は、会長(理事長)を補佐し、会長(理事長)
に事故ある時にその職務を代行する。
(4)常任理事は常任理事会を構成し、本会の常務を審議し、
職務を行う。
(5)理事は、理事会を構成し、本会の重要な事項を審議し、職務を行う。
(6)監事は本会の会計及び業務の執行状況を監査し、その結果を総会
に報告する。
(7)顧問は、会長(理事長)が委嘱し本会の諮問に応ずる。
第 9 条(役員の選出)
1.理事の選任は次のとおりとする。
(1)本会の定める選挙規定に従って各支部ごとに選出された者 13
名。
(2)各モンテッソーリ教員養成コースの代表者又はこれに代る者、
並びに事務局長。
(3)上記 1、2 号の理事によって推薦され、会長(理事長)の任命
− 244 −
による者、若干名。
2.会長(理事長)、副会長(副理事長)、常任理事は、
理事の互選とする。
3.監事は、理事又は本会の職員以外の会員から会長(理事長)が推薦
し、委嘱する。理事又は本会職員をかねてはならない。
第 10 条(役員の任期)
役員の任期は 3 年とし再任を妨げない。
第 11 条(機 関)
1.本会は次の機関を置く。
(1)総 会
(2)理 事 会
(3)常任理事会
2.必要に応じて、各種委員会をおくことが出来る。
第 12 条(総 会)
1.総会は、本会の最高の議決機関であって全会員をもって構成する。
2.総会は、年一回以上会長(理事長)が招集する。
3.総会に議長を置き次の事項を議決する。
(1)事業計画及び予算
(2)事業報告及び決算
(3)会則の改正
(4)その他、本会が必要と認めた事項
第 13 条(理事会)
1.理事会は、理事をもって構成する。監事は、理事会に出席するもの
とする。
2.理事会は、総会に属する議事決定事項以外でこの会が必要とする重
要な事項を議決する。
ただし総会を開くいとまがない時は、総会に代わって議決すること
ができる。
3.理事会は会長(理事長)が招集する。
第 14 条(常任理事会)
1.常任理事会は理事の互選によって選ばれた者で構成する。監事は、
常任理事会に出席するものとする。
2.総会又は理事会を開くいとまのない時は、総会又は理事会に代わっ
て議決することができる。
3.常任理事会は会長(理事長)が招集する。
第 15 条(各種委員会)
1.本会は必要に応じて委員会を設置することができる。
− 245 −
2.委員会は理事 2 名以上が委員となり、当委員会の課題によって会員
の協力を求めて委員会を組織する。
3.委員会は経過、結論を理事会に報告するとともに、その目的を達成
したときは、これをすみやかに解散する。
第 16 条(表 決)
総会及び理事会と常任理事会の決議は出席者過半数の同意をもって決
し、可否同数のときは議又は会長(理事長)の決するところによる。
第 17 条(事務局)
本会の事務を処理するために事務局を置く。
2.事務局には次の職員を置く
(1)事務局長 1 名
(2)書 記 若干名
(3)会 計 1 名
3.前項第2号及び3号の事務局職員は常任理事会が委嘱する。
第 18 条(会計年度、帳簿等の保存および廃棄)
1.本会の会計年度は、毎年7月 1 日に始まり、翌年 6 月 30 日に終る。
2.本会の会計帳簿、伝票類は7年間保存する。
3.第2項の保存期間経過後の会計帳簿、伝票類は事務局長の決裁を得
て廃棄するものとする。
第 19 条(経 費)
(1)本会の経費は、入会金 2000 円、個人・団体年額 5000 円。入会金
不要の維持会費年額
一口 10,000 円、寄付金、その他の収入による。
(2)維持会費は、個人・施設とも一口以上、上限は定めない。
第 20 条(規 定)
(1)この会則に定めない事項で、本会の運営のために必要と考えられ
る規定(別表参照)は、理事会の議を経て総会で定めることがで
きる。
この会則に定めない事項で本会の運営のために必要と考えられる
規定(別表参考)は以下のとおり。
[別 表]
(1)選挙管理委員会規定
(2)理事選挙規定(投票要領は別にあり)
(3)編集委員会規定(投稿・査読に関する規定・要領は別にあり)
(4)支部規定
(5)モンテッソーリ教員免許取得証明書規定
− 246 −
(6)役員費用弁償内規
(7)日本モンテッソーリ協会(学会)の収支報告書における勘定科目
について
日本モンテッソーリ協会(学会)の収支報告書における勘定科目
は、平成 21 年度当協会収支報告書を基準に下表のように確定する。
(表は別にあり) (8)役員旅費規定
(9)日本モンテッソーリ協会(学会)ルーメル・モンテッソーリ奨励
基金規定
[創 立]日本モンテッソーリ協会の創立年月日
昭和 43 年(1968 年)7 月 21 日
附 則
1.この会則は、昭和 43 年 4 月 1 日から施行する。
1.この会則は、平成 7 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 10 年 1 月 10 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 16 年 7 月 30 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 17 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 19 年 1 月 27 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 20 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 21 年 8 月 1 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 23 年 8 月 7 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 24 年 8 月 4 日から一部改正し、施行する。
1.この会則は、平成 25 年 7 月 30 日から一部改正し、施行する。
以上
− 247 −
日本モンテッソーリ協会(学会)
ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定
(主旨)
第 1 条 日本モンテッソーリ協会(学会)
(以下「本協会」という。は、
昭和 52(1977)
年から平成 19(2007)年まで本協会の会長(理事長)としてモンテッソーリ
教育の普及・発展に寄与されたクラウス・ルーメル師の多大な功績を記念し、
本協会会則第 4 条、第 4 号に基づき、
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金」
(以下、
「本基金」という。
)を設け、これに関する必要な事項を定める。
(目的)
第 2 条 モンテッソーリ教育の発展を期して、本基金の果実収入によってモン
テッソーリ教育の研究を奨励する。
2 毎年度若干名の対象者に「ルーメル・モンテッソーリ奨励金」
(以下「本
奨励金」という。)を給付する。
(本基金の財源)
第 3 条 本基金は、寄付者(本協会)が寄付金 1 千万円を財源として設定する。
(本基金の保有及び増加)
第 4 条 本基金は、銀行預金・金銭信託・その他安全確実な保有方法によりこれ
を保有する。
2 本基金の財源は、寄付金品・給付されない果実収入等をもって増加させ
る。
(本基金の管理運営)
第 5 条 本基金の保有管理運用は、本協会の常任理事会の指導により事務局が行
う。
2 本基金の管理運営のための必要経費は、本協会の予算によって負担する。
3 本基金の目的変更については、本協会の理事総数 3 分の 2 で議決する。
(本奨励金の給付額)
第 6 条 本奨励金を給付する額は、原則として、本基金の果実収入範囲内とする。
2 本奨励金給付額を本協会の予算によって増額することは妨げない。
(選考委員会)
第 7 条 本協会は、本奨励金の対象者を選ぶため、選考委員会を設置する。
2 選考業務に要する経費は、年度毎に予算化し、本協会の常任理事会の承
認を経るものとする。
(選考委員会の構成)
第 8 条 本協会の理事会の互選による 5 名以内の委員をもって、選考委員会を
− 248 −
構成する。
2 本協会の機関誌編集委員長は、職務上委員となる。
3 選考委員の任期は 2 年とし、再任を妨げない。
4 選考委員長は選考委員の互選による。
(本規定の改廃)
第 9 条 この規定の改廃は、本協会が解散、その他の理由で目的の遂行が不可能
になった場合に、本協会の理事会により決定される。
(付則)
この規定は、平成 24(2012)年 8 月 4 日より施行する。
− 249 −
「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金」設立の経緯
皆さまご存じのように、1960 年代に日本の各地においてモンテッソーリ教育
のリバイバルが起こり、私たちの日本モンテッソーリ協会(学会)も 1968 年に
発足しました。ルーメル先生はそのとき副会長でしたが、1977 年に会長(理事
長)に選ばれて、その後、30 年間にわたり日本モンテッソーリ協会(学会)のしっ
かりとした組織と 3 千万円という基金を残され、昨年の春(平成 23〈2011〉年
3 月 1 日)に帰天されました。
昨年の夏、
札幌における
「平成 22 年度定例全国理事会」
(平成 23
〈2011〉
年 8 月 5 日)
の席上、天野珠子理事から、
「ルーメル名誉会長の今後の名称について」というご
発言があり、またドメニコ・ヴィタリ副会長から、毎年の繰越金・余剰金の有意義
な用途ということから「ルーメル賞」とか「ルーメル奨学金」の設立についてのご
提言がありました。そして常任理事会でさらに煮詰めることに決まりました。
それで、昨年暮れ(12 月 1 日付書面で)、ヴィタリ副会長と天野理事と私に「た
たき台」作りが命じられ、当時の監事の鈴木成一氏の指導のもとに草案作りをし
ました。
今年の第 1 回常任理事会(平成 24〈2012〉年 1 月 21 日)において理事の先
生方のご意見をいただき、それを基にして、その後、前之園幸一郎会長、鈴木弘
美事務局長、甲斐仁子理事、山本雅子監事、また鈴木成一氏は体調不良でやめら
れたので、長年上智大学財務理事であった新しい監事のフランツ – ヨゼフ・モー
ル先生たちと検討を重ねました。
第 2 回常任理事会の 4 月 28 日には、さらに、広島の信望愛学園新理事長でこ
の道の専門家である原田豊己理事も加わり、「ルーメル・モンテッソーリ奨励基
金規定案」が出来上がりました。
日本モンテッソーリ協会(学会)全国大会開催の前日(8 月 2 日)、会場の名
古屋サンプラザシーズンズにおいて開催された「平成 23 年度定例全国理事会」
で「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定案」は審議され、承認されました。
引き続き 8 月 4 日の総会においても「ルーメル・モンテッソーリ奨励基金規定案」
は審議され、大きな拍手をもって満場一致で承認されました。
ルーメル先生はいつも、モンテッソーリ教育では実践が重要な役割を果たして
いると話されていましたので、「ルーメル・モンテッソーリ奨励金」の対象者も、
実践家の活躍が期待されます。
マリア・モンテッソーリは、教育を通して世界に平和を実現しようと生涯努力
を続けられました。私たちも、モンテッソーリ教育の普及・発展によって、日本
と世界の平和実現に貢献することを誓いたいと思います。
− 250 −
『モンテッソーリ教育』第 47 号原稿募集
<論文、実践報告・事例報告>
内容……自由、分量……原稿用紙(400 字詰)25 枚以内(ヨコ書き)
<書評・海外情報>
分量……原稿用紙(400 字詰)10 枚程度(ヨコ書き)
<執筆要領>(論文、実践報告・事例報告)
『モンテッソーリ教育』への投稿は、次の規定に従うものとする。
1.論文のテーマは、モンテッソーリ教育に関する理論と実践についての研究、
およびモンテッソーリ研究に関連したものであること(未刊行のものに限る)
。
2.論文原稿は、ヨコ書きとし、次の点を厳守すること。
①本文は、図、表、注を合わせ、400 字詰原稿用紙 25 枚以内とすること。(た
だし、注および引用文献は、1 字 1 ますとする。算用数字と欧文は 2 字 1 ま
すとする)。パソコン使用の場合は 33 字 32 行の書式で 10,000 字以内。
②図、表は文中に挿入せず、別の用紙に貼付し、論文原稿には挿入すべき個所
を指定しておくこと。
③制限枚数をこえた場合は、書き直しを求めることがある。
3.原則として常用漢字、新かなづかいを使う。
4.注および引用文献は、原則として文中の該当個所の右肩に(1)
(2)として表
記しておいて、論文原稿の末尾にまとめる。
5.引用文献の記述の形式は、次のとおりである。
(1)紀尾一郎『モンテッソーリ教育学』エンデルレ書店、1995 年、30 〜 35 頁。
(2)藤井 勝『モンテッソーリ教育学の性格』、東京太郎編『モンテッソーリ
教育の理論』新教育学全集第 3 巻、西風社、1994 年、230 〜 236 頁。
(3)太田さゆり「モンテッソーリと新教育」
『ペスタロッチ学会紀要』第 5 巻、
1995 年、50 頁。
(4)Montessori, M., Das Spannungsfeld (Wien: Herder. 1979) pp. 33-40.
(5)Moller, A., “Models in a New Education”, in Merton R. K, (ed.), Sociology
Today (New York: Paulist Press, 1959), p.145.
(6)Newman S., “On the Montessori Tomorrow”. German Review 24 (1959),
p.750.
(7)Ibid., p. 779.
6.欧文摘要(200 語程度)およびその邦訳(400 字程度)を添付すること。
− 251 −
7. 原稿は 3 部(コピーでよい)提出すること。パソコン使用の場合は完成原
稿のほかにそのファイルを入れた CD-ROM(MS-DOS テキスト変換したもの)
を添付し、ディスクの表に使用機種名および氏名、ファイル名を記入すること。
なお、和文の句読点はテン(、)およびマル(。)を使用のこと。
<原稿締切>
2014 年 9 月末日(期日厳守)
<原稿提出先>
〒 162-0845
東京都新宿区市谷本村町 2―15―308
日本モンテッソーリ協会
『モンテッソーリ教育』編集委員会
編集委員長 江島正子
*原稿には勤務先、氏名(フリガナ付記)を記入してください。
*図版等で多額の出費を要する場合、執筆者に負担を求めることがあります。
*連続投稿はご遠慮ください。
*ディスクと一緒にハードコピー(出力紙)を添えてご提出ください。文字化け
が生じても、復元することができます。
*ソフトは、Word(ウインドウズ、マッキントッシュ)や Excel をご使用ください。
その他のソフトをご使用の場合には、テキストファイルで保存したデータをご
用意ください。
*ディスクはケースに入れる等、破損を防ぐ工夫をお願いします。
− 252 −
『モンテッソーリ教育』論文投稿規定
『モンテッソーリ教育』における「論文・実践報告」については、以下の投稿規
定に従うものとする。
投稿資格 1)本学会会員
2)本学会会員と共同研究を行う者
3)特に編集委員会が認めた者
投稿原稿 1)投稿原稿は未発表のものに限る。また、他の学術雑誌に投稿予定
の論文は投稿することができない。
2)分量および書き方は、別に定める執筆要領による。
採否 1)投稿原稿は編集委員会で査読する。
2)査読結果により、所定期間内に旧原稿と修正個所を明記した文書
を添えて再提出する。旧原稿の返却後、期限内に再提出されない
場合は、期限切れにより原稿の撤回と見なされる。著者の都合に
より撤回する場合は、その旨を編集委員会に書面で連絡する。撤
回された原稿が再度提出された場合は、新投稿論文として扱う。
3)投稿者は査読結果に異議があるとき、編集委員会に書面により反
論を申し述べることができる。それに対して編集委員会は書面に
より回答する。
著作権 本誌の掲載文に関する著作権は原則として日本モンテッソーリ協会に
帰属する。したがって、本学会が必要とする場合は転載し、第三者か
ら本学会著作物等の複製あるいは転載に関する承諾の要請があり、本
学会において必要と認めた場合は、著作者に代わって承諾することが
できるものとする。また、編集委員会が本業務を代行する。
− 253 −
日本モンテッソーリ協会編集委員会規定
(目的・定義)
第 1 条 日本モンテッソーリ協会編集委員会(以下「委員会」という)は、会
則第 4 条第 5 号に則り設置され、学会誌『モンテッソーリ教育』の刊
行を目的とし、年 1 回発行する。
(使命)
第 2 条 本 誌はモンテッソーリ教育の理論と実践に関する研究、論文、実践、
書評、学会通信等、会員のモンテッソーリ教育研究活動に関連する記
事を記載する。
(構成)
第 3 条 本誌の編集には、理事会の委嘱を受けた委員から構成される委員会が
あたるものとする。
(任期)
第 4 条 編集委員の任期は 3 年とする。但し、再任を妨げない。
(委員長)
第 5 条 委員会には委員長 1 名をおく。委員長は委員の互選によって選出する
ものとする。
(幹事)
第 6 条 委員会の事務を円滑に行うため幹事若干名をおく。
(業務)
第 7 条 本誌各号の内容および投稿論文の掲載採否については、委員会の合議
によって決定する。
第 8 条 掲載を予定される原稿内容およびその他について、委員会が再考を求
めることができる。
第 9 条 図版等で多額の出費を要する場合、執筆者の負担を求めることがある。
第 10 条 執筆者による校正時の大幅な修正は、原則としてこれを認めないもの
とする。
付則 2006 年 8 月 9 日 施行
− 254 −
JAPAN ASSOCIATION MONTESSORI
Board
Koichiro Maenosono Ph. D.*(President)
Ryoko Matsumoto*
Domenico Vitali*(Vice President)
Akira Machida*(Vice President)
Hiromi Suzuki (General Secretary)
Mamiko Abe*
Keiko Akabane
Mitsuko Bando
Masako Ejima Ph.D.*
Eriko Fujiwara
Toyoki Harada*
Yumiko Hirosawa
Yumiko Hayata*
Morio Inui
Kimiko Kai*
Shizuko Matsumoto*
Kyoko Morishita
Masako Nakao
Atsuko Sagara*
Shinichiro Sasaki
Miki Shimada*
Satoshi Seki
Shozaburo Takino*
Kumiko Yoshitake
Auditors
Franz-Josef Mohr
Masako Yamamoto
Yurie Maehana
Kazuteru Matsukawa
*member of the Executive Board
MONTESSORI EDUCATION
Editors
Masako Ejima Ph.D.*(Chief Editor)
Mamiko Abe*
Tamako Amano
Kumi Hamazaki
Yumiko Hayata
Shinjiro Hayashi*
Kimiko Kai*
Koichiro Maenosono Ph. D.*
Shizuko Matsumoto*
Yuriko Nohara
Koichi Okada*
Kiyoko Okuyama
Atsuko Sagara
Miki Shimada
Satoshi Seki
Hiromi Suzuki*
Domenico Vitali*
Proofreader (English)
Franz-Josef Mohr
Secretaries
Yoshie Honda
Akemitsu Hoshijima
Kaori Hirotsu
Yoshiko Kono
*Executive Editors
− 255 −
編集後記
『モンテッソーリ教育』第 46 号をお届けします。
さて、本号では、昨年 7 月 30 日(火)から 8 月 1 日(木)にかけて宮
崎県のフェニックス・シーガイアコンベンションセンターで開催された第
46 回全国大会の発表が主な内容になっています。
白い砂浜、青く美しい海洋に囲まれた、わが国の神話の誕生地が会場だっ
たことは、モンテッソーリの生地キャラヴァレのアンコーナ海辺を彷彿さ
せ、モンテッソーリ教育の原点と未来を垣間見るような大会でした。モン
テッソーリ教育の理論や実践の講演、シンポジウム、研究発表、ワーク
ショップ、「ルーメル賞」授与式と市民講座、それはそれは、盛り沢山で、
実り豊かな大会内容でした。これが本号の特徴になるでしょう。
もう一つの特徴は、敗戦後、わが国におけるモンテッソーリ教育の発展
と普及の礎を築かれた前会長(前理事長)の名前を残す「ルーメル賞」の
設立が動機づけになっているのか、とても良い自由投稿が、今まででいち
ばん多かったです。紙面の関係上、次回に回さざるを得ない投稿もありま
した。できるだけ会員の方々の良い論文、実践報告・事例報告を掲載した
いので、今後ともよろしくお願い申し上げます。また、
『モンテッソーリ
教育』掲載論文は「ルーメル賞」の受賞選考の対象になります。
今年の『モンテッソーリ教育』では、藤原江里子会員の「巻頭言」から、
九州にモンテッソーリ教育の重要な原点があることがうかがい知れます。
「シンポジウム」では宗和太郎会員、甲斐仁子会員、関聡会員の 3 人の理
論家と板東光子会員、綿貫真理会員、中尾昌子会員の 3 人の実践家からの
アプローチが掲載され、読んでいると、モンテッソーリ教育の問題点が浮
き彫りにされてくるようです。前之園幸一郎会長(理事長)は今年度の『モ
ンテッソーリ教育』にもイタリア語文献からの注付きによる大変興味深い
論文を寄稿してくださり、モンテッソーリ教育について知らないことが多
いことをご教示してくださいました。中田尚美会員、竹田恵会員、竹田康
子会員、野萩万佑未会員・渡子かおり会員、瀧口洋会員、川満すわ子会員
の投稿も厳しい査読を経て、論文、実践報告・事例報告としてここに読め
るのは、われわれにとってうれしいかぎりです。本誌はモンテッソーリ関
連誌の中でダイヤモンドのように輝いています。これからも会員の皆さま
方からさらに多くの投稿をお待ちしています。 (江島正子)
− 256 −
『モンテッソーリ教育』編集委員会
委員長 江島正子(群馬医療福祉大学)
委 員 前之園幸一郎(日本モンテッソーリ協会)
ドメニコ・ヴィタ
リ(益田天使幼稚園)松本静子(東京国際モンテッソーリ教師
トレーニングセンター)
天野珠子(愛珠幼稚園)
阿部真美子
(青山学院女子短期大学)
岡田耕一(聖徳大学短期大学部)
奥山清子(元ノートルダム清心女子大学)
甲斐仁子(東洋英
和女学院大学)
相良敦子(長崎純心大学)
島田美城(エリザ
ベト音楽大学)
鈴木弘美(HYS 教育研究所)
関聡(久留米
信愛女学院短期大学)野原由利子(名古屋芸術大学)
林信二
郎(放送大学)
早田由美子(夙川学院短期大学)
濱㟢久美(長
崎純心大学)
欧文校閲 フランツ – ヨゼフ・モール(元上智大学)
幹 事 星島明光 本多ヨシヱ 廣津香織 河野佳子
2014 年 3 月 31 日 発行
発行所 日本モンテッソーリ協会編集委員会
〒 162-0845 東京都新宿区市谷本村町 2-15-308
四谷モンテッソーリ研究所
『モンテッソーリ教育』編集委員会
Tel・Fax(03)3260-3079
URL: http://www.montessori-jp.org
日本モンテッソーリ協会事務局
〒 112-0002 東京都文京区小石川 2-17-41
富坂キリスト教センター 2 号館 B 棟事務室
Tel・Fax(03)3814-8308
郵便振替口座 00110-7-71777
代 表 会長 前之園幸一郎 『モンテッソーリ教育』編集委員会 江島正子
印刷 (株)プリントボーイ
© 日本モンテッソーリ協会
日本モンテッソーリ協会公認
東京モンテッソーリ教育研究所 付属 教員養成コース 日本における初めてのモンテッソーリ教員養成コ
ースとして昭和45年より活動してまいりました「上
智モンテッソーリ教員養成コース」を引き継ぎ、平成
18年より「特定非営利活動法人 東京モンテッソー
リ教育研究所」付属教員養成コース(コース長 前之
園幸一郎)を開設いたしました。 本コースの特徴は、モンテッソーリ教育の教育理念
を基本として、現代の教育学、心理学の潮流をも視野
に入れながら、モンテッソーリ教育の理論と実践を調
和的に学ぶ点にあります。本コースは、モンテッソー
リにならって、「子どもの魂の中に眠っている人間を
呼び覚ます」ことのできる教師の養成を目指しています。 平成27年度第10期生を11月より募集いたします。 平成27年度第10期生募集 夏期実技研修会 募集定員: 25 名
テーマ: 言語教育
選考日程: 平成 27 年1月 18 日(日)
日 時: 平成 26 年 8 月 30 日(土)
場
所: 富坂キリスト教センター
会 場: 学校法人 天野学園
内
容: 小論文・面接
※ 詳細・入講案内は下記事務局までお
問い合わせください。
※ 理論の聴講を希望する方もお問い合
愛珠幼稚園(予定)
講 師: 当コース 言語担当講師
(天野珠子、伊藤千恵子、齋藤春美)
※ 受講を希望する方は下記事務局まで
お問い合わせください。
わせください。
特定非営利活動法人 東京モンテッソーリ教育研究所 事務局
〒112-0002 東京都文京区小石川 2-17-41 富坂キリスト教センター2号館
TEL 0 3 - 5 8 0 5 - 6 7 8 6
URL http://montessori.or.jp/
E-mail [email protected]
FAX
03-5805-6787
AMI(国際モンテッソーリ協会)公認
3~6歳コース(国際資格)
昼間部(1 年コース) 夜間部(2 年コース)
モンテッソーリ教育は
生命を援助する教育です。
「ひとりでできるようにてつだってください。」
という子どもの心からの要求に応えます。
モンテッソーリ教師は
子ども達が活動をしながら自信や自己規律を育み、
人格を形成していくのを援助します。
このトレーニングコースでは
マリア・モンテッソーリ博士の児童心理学、教育理論、
実践を通して、人格形成期にある大切な幼児期の
子どもの発達を心身両面から援助する方法を探求
していきます。
●願書受付
*規定の履修条件を満たし、卒業試験に合格すれば国内外で
通用するディプロマ(国際資格)の取得が可能です。
平成 26 年 10 月 1 日~
●選考予定
日 時 平成27 年1 月上旬
内 容 面接 ・小論文
●応募資格
(下記いずれかの資格保持者、または取得見込者)
大学卒、短期大学卒、専門学校卒の資格を持つ方、在学中の方
幼稚園教諭、保育士、各種教員資格、及び、これに準ずる資格を持つ方
AMI(国際モンテッソーリ協会)が認めた方
●見学随時受付
❏研修生募集❏
講義期間: 1 分野 3-4 週間 月・金 13:00-16:00、火~木 9:30-13:00
授業内容 各分野の理論と実践(アルバム製作、実習、レポート課題はありません)
開講予定 日常生活の練習・感覚教育 5 月~ 言語教育 9 月~ 数教育 10 月~
開講予定の 2 週間前までにお申込下さい。
❏夏期短期実践研修会❏
平成 26 年 7 月 25 日(金)~27 日(日)相模女子大学グリーンホール相模大野にて
すぐに活かせる実践と理論の研修会です。どなたでも参加できます。
東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンター
〒252-0301 神奈川県相模原市南区鵜野森 2-20-2 (JR/小田急 町田駅 下車徒歩 12 分)
℡ 042-746-7933 FAX 042-741-9495
http://www.geocities.jp/ami_tokyojp/
日本モンテッソーリ協会公認 学校法人信望愛学園 モンテッソーリ教師養成コース
〔目的〕 子どもは自分自身を創造しながら明日の世界をつくっていく偉大な力を
もっています。この使命を確信する当コースは、“モンテッソーリ教育”の実践に
よる子どもの人格形成の援助に奉仕する教師の養成コースです。
本科生
〔履修期間と内容〕 〔入学資格〕 ・幼稚園教諭、保育士資格取得者
●第一年次
・上記資格取得見込みの者
理論科目・実践科目の履修
・小、中、高及び養護学校の教員資格取得者
・上記以外の者で当コース委員会で認めた者
〔取得資格〕 日程:1ヵ月の中の1週間、1年で計 10 週
●第二年次
教本提出、集中講義、教育実習、
日本モンテッソーリ協会(JAM)認定ディプロマ授与
モンテッソーリ教師資格試験の受験
卒業生研修会
園長主任会
講習会
年1回、当コース卒業生が更に研鑽を積みます。
年1回、関係各園の園長先生と主任の先生が一緒に
職員養成等について考えます。
各領域別に2日間ずつ。どなたでも参加できます。
〒735-0014 広島県安芸郡府中町柳ヶ丘 36-7
信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース事務局
TEL.FAX 082-581-1337
-$0(日本モンテッソーリ協会)公認
Kyoto Montessori Course
京 都 モ ン テ ッ ソ ー リ 教 師 養 成 コ ー ス
年創立以来、着実な歩みで実力ある教育者を世に送り出しています
本コースの目的は子どもの精神発達を正しく援助できる教師を養成することにあります。
①こどもの要求について、幅広い理解ができるように
②人格の創造者としてのこどもに対して、敬意を持てるように
③こどもの魂の中の、小さな、デリケートな、開きかかった生命の表現を読み取り
理解できるように
教育内容を通して、こどもと新しい関係をつくり、新しいタイプの教師になれるよう
担当講師ならびにスタッフ一同が援助いたします。
講師:赤羽惠子(コース委員長)
片山忠次(兵庫教育大学名誉教授、大阪樟蔭女子大学名誉教授)
前之園幸一郎(青山学院大学名誉教授、-$0 会長)
市川奈緒子(白梅学園大学准教授)、
板東光子、岡山眞理子 他
専門コース モンテッソーリ教師養成
養成期間 年 講義:月に一度の週末 見学及び参加実習:平日
取得資格―-$0 認定モンテッソーリ教師ディプロマ(免許)
会場:京都モンテッソーリ教師養成コース附属「深草こどもの家」
*その他 基礎コース 札幌・東京・福岡会場があります。専門コースへ編入可
働
き
な
が
ら
学
べ
ま
す
!
全国から集まる仲間と共に学び合いましょう!応募締切: 年3月 日
お問い合わせは 京都モンテッソーリ教師養成コース事務局まで
〒 京都市伏見区深草向ヶ原町 7 7(/:-)$;:-
(PDLO:PFN\RWR#WKHLDRFQQHMS 85/KWWSZZZRFQQHMSfPFN\RWR\RXVHLKWPO
日本モンテッソーリ協会公認
長崎純心大学
純心モンテッソーリ教員養成コース
長崎純心大学児童保育学科のモンテッソーリ教員養成
コースは日本モンテッソーリ協会から認可を受け平成
17(2005)年に設置されました。
本コースでは大学で学びながら卒業時に免許状を取得
することができます。卒業生はモンテッソーリ教育を
実践している幼稚園・保育園で広く活躍しています。
≪定員≫ 1 学年
20 名
≪授業科目≫
基礎理論科目・基幹理論科目・実践科目
・教育実習・教具アルバム作成・卒業論文
≪講師陣≫
下記の著名な講師および養成コース教員 9 名
前之園幸一郎 (日本モンテッソーリ協会理事長、会長・青山学院女子短期大学名誉教授)
下條善子 (本学客員教授・信望愛学園モンテッソーリ教師養成コース主任)
相良敦子 (本学大学院教授・日本モンテッソーリ協会理事・エリザベト音楽大学客員教授)
江島正子 (群馬医療福祉大学大学院特任教授・日本モンテッソーリ協会理事・四谷モンテッソーリ研究所)
教育機関である大学の学科に設置された
日本で唯一のモンテッソーリ教員養成コースです
長崎純心大学
知恵のみちを歩み人と世界に奉仕する
- 知恵と奉仕 -
〒852­8558 長崎市三ツ山町 235 番地
TEL 095­846­0084 FAX 095­849­1894
http://www.n­junshin.ac.jp/univ/
よろこびの中に生きる
モンテッソーリ教育
松本静子【著】
四六判/本体 2500 円+税
子どもの中にある「生きる力、自ら育つ力」を見守り、助ける
本書は日本人初の国際モンテッソーリ協会(AMI)教師養成トレーナーであ
る著者が、幼児期の子どもをもつ両親、教師、そして全ての大人に向け、生
命に内在するエネルギーとは何か、子どもの生命衝動に従った環境のつくり
かた、子どもへの接しかた、そして、いのちをつないでいくよろこびに満ち
た生きかたについて語りかけます。
モンテッソーリ教育 モンテッソーリ
やさしい解説
藤原元一・桂子・江理子【著】
教育用語事典
K・ルーメル【監修】
A5 判/本体 2800 円+税
A5 判/本体 4000 円+税
世界中で実践されてい
るモンテッソーリ教育
を分かりやすく解説し
た、教師と保護者のた
めの手引き書。
モンテッソーリ教育の
キ ー ワ ー ド 約 100 語
を収録。カラー写真や
イラストを盛り込み、
理解をサポート。
モンテッソーリ教育の道
モンテッソーリ教育の精神
モンテッソーリの宗教教育
マリア・モンテッソーリと現代
K・ルーメル【編】A5 判/本体 2950 円+税
江島正子【著】四六判/本体 2400 円+税
国境のない教育者
モンテッソーリ教育
R・モンテッソーリ【著】
K・ルーメル / 江島正子【訳】
K・ルーメル【著】四六判/本体 2000 円+税
子ども・平和・教育
前之園幸一郎【著】A5 判/本体 2000 円+税
モンテッソーリアンと生きる
松本静子【著】
A5 判/本体 1942 円+税
四六判/本体 1200 円+税
東京都千代田区富士見 2-14-36
TEL 03-3263-3817
学苑社
http://www.gakuensha.co.jp/
FAX 03-3263-2410
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モンテッソーリの一貫教育
児童期から思春期へ
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日本で唯一、
国際モンテッソーリ協会(AMI)公認の
教具教材の製造販売を行っています。
日本で唯一、国際モンテッソーリ協会(AMI)公認の教具教材と環境用具の研究・
開発・製作、販売を行っています。またモンテッソーリ教育の導入時の人的・
物的・環境の配慮、アドバイス、及びケアや国際モンテッソーリ教育の日本国
内での講演・講義・実践研究会、教員養成コース、他催し等のお手伝いもして
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MONTESSORI EDUCATION No. 46 2013
Contents
Foreword: On the Last 40 Years in Kyushu ……………………………… Eriko Fujiwara (1)
Symposium: New Children, New Teachers, New Education – The Montessori Way
1st Panelist Education by Learning from Children……………………………… Taro Sowa (2)
2nd Panelist Looking at Today’s Trends and Montessori Education ………… Kimiko Kai (7)
3rd Panelist From the Point of View of Montessori Teachers’ Training … Mitsuko Bandō (16)
4th Panelist Living the Present, Being Born Again ………………………Mari Watanuki (22)
Report by the Co-chairs of the Symposium ……………… Satoshi Seki / Masako Nakao (27)
Articles
The “Children’s House” and Montessori …………………………………… Koichiro Maenosono (30)
Contemporary Significance of Montessori Education Theory ………………… Hisami Nakata (47)
A Study of the Development Process of Montessori Education in Japan after the War
………………………………………………………………………………………… Megumi Takeda (59)
From Séguin Material to Montessori Material ……………………………………Yasuko Takeda (75)
Music Activity in Montessori Education ……………………… Mayumi Nohagi / Kaori Tonoko (88)
Practice and Case Report
Introducing the Tea Ceremony in the Childrens’ House ………………Yo Takiguchi et al. (102)
The System of “Work with no Time-limit” …………………………… Suwako Kawamitsu (113)
Educational Essay
First Steps for Children to Become Familiar with English………… Raymond Bourgoin (125)
Presentation of ‘Luhmer Prize’
The first ‘Luhmer Prize’ Presentation…………………………………………Masako Ejima (132)
International Information
Report on AMI International Congress ……………………………… Shizuko Matsumoto (138)
Round Table
A Introducing Montessori Education into Nursery and Kindergarten……… Keiko Toda (143)
B Teacher Training Course and Practical Training: How it should be
……………………………………………………… Ryōko Matsumoto, Yumiko Hirosawa (149)
C Parent Support: How It Should Be ………………………………………Hitomi Okamoto (154)
D How to Relate to Children with Special Needs
………………………………………………… Toshimitsu Rikimaru / Sadako Murakami (159)
E Theoretical Study of Montessori Education ……… Atsuko Sagara / Fumiaki Torigoe (163)
Public Lecture
Montessori Education, Children’s Day to Day Formation – Great Expection for the Future
………………………………………………………………………………… Atsuko Sagara (166)
Book Reviews
Shizuko Matsumoto, Sia contenta; Montessori Education Leads to Joy ..... Mari Kubonoya (181)
Atsuko Sagara, Mothers’ Discoveries ………………………………………… Miki Shimada (184)
Report of the 46th JAM National Convention
The 46th JAM National Conference Report …………………………… Masako Nakao (191)
Workshop …………………………………………………………………… Etsuko Hayashi (193)
Report from Local Chapters ……………………………………………………………… (196)
Report from Training Courses …………………………………………………………… (212)
Report from the Office of JAM ………………………………………… Hiromi Suzuki (222)
English Résumées …………………………………………………………………………… (232)
Afterword …………………………………………………………………… Masako Ejima (256)
JAPAN ASSOCIATION MONTESSORI