心臓における 糖・脂質代謝

特 集 糖尿病と心疾患-基礎と臨床-
I
1
I
特 集 糖尿病と心疾患-基礎と臨床-
A
心筋細胞 構造
B
横行小管(T 管)
終末槽 三連構造
Ⅰ.糖尿病と心臓病の基礎
筋小胞体
心臓における
糖・脂質代謝
心臓
興奮収縮連関
仕組
促進
Gs
抑制
Ca2+
カテコラミン
Z線
1 心臓における糖・脂質代謝
Ca
β受容体
RyR
徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 心臓血管病態医学分野 特任教授
装置
筋形質
脂質
性合併症を引き起こす.2 型糖尿病の代表的な死因である心不全は 1),冠動脈疾患や高血圧症を伴わない場合
2)
与が想定されている.絶え間なく収縮・弛緩を繰り返す心臓は大量の ATP を必要とし,ATP は主としてミト
PDEⅢ
阻害薬
筋原線維
基底膜
でも起こることが知られ,糖尿病に伴うなんらかの心筋障害の存在が示唆されている .この心筋障害には,カ
5’-AMP
可溶画分
筋
Ca2+
Ca2+-ATPase
PDEⅢ
2 型糖尿病患者では,インスリン分泌とインスリン作用のミスマッチによる糖・脂質代謝の異常が,全身の慢
ルシウムハンドリングの異常,レニン・アンジオテンシン系の異常,心筋代謝異常など,複数のメカニズムの関
Ca
2+
Ca ポンプ
筋小胞体
核
Ca2+ 放出チャネル
P PL
cAMP
Ca2+
Ca2+
プロテイン
キナーゼ A
I帯
A帯
細胞膜
Ca ポンプ
P
ATP
島袋充生
+
細胞外
電位依存性
Ca2+ チャネル
AC
Na
2+
膜画分
ミオシン
TnC
P
P
Tnl
TnT
アクチン
筋原線維
筋線維鞘
図 1 心臓の興奮収縮連関
Gs:促進性 GTP 結合蛋白,AC:アデニル酸シクラーゼ,P:リン酸,PL:ホスホランバン,RyR:リアノジン受容体,TnC:トロポニン C,TnI:トロポニン I,TnT:
トロポニン T
3)
コンドリアの酸化的リン酸化により供給される .しかし,糖尿病患者の心臓ではなんらかの機序で ATP 産生
が障害され,心収縮効率(cardiac efficiency)の低下が起こる.本稿では,糖尿病による糖・脂質代謝異常およ
び心臓リモデリングについてまとめた.
細胞質
グリコーゲン
グルコース
FFA
GLUT
FAT
FABP
G-6-P
PFK
乳酸
MCT
脂質代謝
健常人の場合
エネルギーを産生しており,ATP 産生の 60 〜 70 %を占
5)
安静時の冠血流量は 75 〜 80 ml/100 g/ 分(心拍出量
める .長鎖脂肪酸は,アルブミンに結合した遊離脂肪
の 5 %)であり,主として心筋の興奮収縮連関に利用され
酸(non-esterified fatty acid,free fatty acid),あるい
)
.心臓の酸素利用率は全身の 70 〜 80 %に及ぶ
はカイロミクロンや内因性に産生された VLDL リポ蛋白中
(腎臓・肝臓・脳の酸素利用率は 10 〜 20 %)
.心筋酸素
のトリグリセリドから,心筋細胞内に取り込まれる .カ
る(
図1
イロミクロン,VLDL リポ蛋白中のトリグリセリドは血管
酸素利用率も 90 %近くになる.定常状態では,ATP の 90
内皮に存在するリポ蛋白リパーゼ(LPL)により遊離脂肪
%がミトコンドリアの好気性酸化的リン酸化により供給され
酸に加水分解され,心筋細胞に供給される.心筋細胞
図2
)
.心筋細胞では,脂肪酸,グルコース,ケトン体,
CO2
NADH+H+
ミトコンドリア内膜
PDH
キナーゼ
ACC
マロニル CoA
CPT
酸化
酸化
β酸化
アセチル CoA
TCA
NADH+H+
FADH2
FADH2
NAD+
H+
MCD
アシル CoA
PDH
Ⅰ
アセチル CoA
FACS
ピルビン酸
CO2
NADH+H+
5)
消費量が最大となる運動時,冠血流量は 4 〜 5 倍に達し,
る
(
FFA
ATP
ミトコンドリア
健常人の心筋細胞では,主に長鎖脂肪酸を基質として
代謝
Ⅱ
Q
FAD
H2O
Ⅲ
ADP
+Pi
ATP
V
Ⅳ
½O2
H+
H+
ANT
H+
ミトコンドリア外膜
ADP
利用
利用
図2
は,VLDL よりも遊離脂肪酸あるいはカイロミクロン由来
正常心筋におけるエネルギー代謝
6)
乳酸およびアミノ酸を基質として ATP を産生する.心筋
の脂肪酸を取り込みやすいという選択機構がある .長
細胞で代謝される基質選択は,供給状態と状況により変
鎖脂肪酸は,転送蛋白(fatty acid translocase〔FAT/
よる 脂 肪 酸 取 り 込 みは, インスリンや AMP-activated
化する(metabolic preference,metabolic flexibility) .
CD36〕,plasma membrane fatty acid binding protein
protein kinase(AMPK)刺激薬で増加する .細胞内
ルに貯蔵される.ミトコンドリアのアシル CoA 取り込みは
この代謝的適応は,基質濃度,ホルモン,酸素濃度,心仕
〔FABPpm〕,fatty acid transport proteins〔FATP1
の長鎖脂肪酸はエステル化されて long chain fatty acyl
carnitine palmitoyl transferase 1(CPT1)により調整
事量により調整され,ATP 産生は絶え間なく維持される.
and 6〕
) により 細 胞 質 に 転 送 される.FAT/CD36 に
co-enzyme A(アシル CoA)となり,心臓の代謝要求に
され,β酸化経路の律速段階となる .β酸化経路は,
6 ● 月刊糖尿病 2013/2 Vol.5 No.2
7)
応じてミトコンドリアで酸化的リン酸化されるか,脂肪プー
4)
8)
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