クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)プリオンによる汚染

Journal of Healthcare-associated Infection (2009), 2, 44-47
(44)
医療関連感染
■Concise communication:Inactivation of Creutzfeldt-Jakob disease Prion suspected to be
contaminated on the surgical instruments.
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)プリオンによる汚染手術器械対策
髙田 恵*1、小林 寬伊*1,2、大久保 憲*1,2、品川 長夫*1,2、藤井 昭*1,2
永井
勲*2、賀来 満夫*2、辻
明良*2、 西村 チエ子*2
否か不明の患者のハイリスク手技に用いられた手術器械
1.目
的
等に対する処理方法について、厚生労働省研究班によっ
て示された 4 つの処理方法をそれぞれ A.適切な洗浄剤
厚生労働省は、2008 年 5 月 28 日付けで、
“ハイリスク
による十分な洗浄 +3% SDS(ドデシル硫酸ナトリウ
手技に用いた手術器具を介する CJD 二次感染予防につい
ム)煮沸処理 3~5 分間、B.アルカリ洗剤ウォッシャー・
て”の事務連絡を発出し、同年 9 月 12 日付で、
“「プリオ
ディスインフェクター(WD)洗浄+真空脱気プリバキュ
ン病感染予防ガイドライン(2008 年版)要約」について”
ーム式高圧蒸気滅菌 134℃以上、8~10 分間、C.適切な洗
が各都道府県衛生主管部(局)長宛に通知された。それ
浄剤による十分な洗浄+真空脱気プリバキューム式高圧
らの中には、4 つの処理方法が示されているが、医療現場
蒸気滅菌 134℃以上、18 分間、D.アルカリ洗剤洗浄+過
でいずれの方法が、採用されやすいかを調査したので報
酸化水素低温ガスプラズマ滅菌 2 サイクル(または NX
告する。
型 1 サイクル)として、この中で採用しやすい順位と、
まず現場では採用しないであろうという処理方法につい
2.方
法
て質問し回答を求めた。
3.結
2006 年 10 月の時点で 300 床以上と登録された施設
果
1)
1,599 施設(2008 年 8 月 31 日刊行資料 )から精神神経
科病院を除外して、外科を有する 1,125 施設を抽出して、
446 施設から回答があった。うち有効回答は 443 施設
調査用紙を送付した。調査期間は、2008 年 8 月 1 日に郵
39.9%であった。施設の背景は、図1,図2,図3に示
送し、2009 年 1 月 16 日までとした。
すとおりであり、病床数は 300-399 床が最も多く 156 施
調査内容は、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)か
設 38.2%を占め、400-499 床が 76 施設 14.2%、500-599
n=443
35
不 明
1000 床以上
900~999 床
800~899 床
700~799 床
600~699 床
500~599 床
400~499 床
300~399 床
0~299 床
18
11
11
20
42
58
76
156
16
0
50
図1
*1 東京医療保健大学大学院
100
病床数と施設数
*2 殺菌消毒研究会 Lister Club 世話人会
-44-
150
200
件
Vol.2 No.1
2009
(45)
n=443
不
6
明
10001 件以上
4
9001~10000 件
3
5
8001~9000 件
年間手術総数
14
7001~8000 件
20
6001~7000 件
33
5001~6000 件
43
4001~5000 件
70
3001~4000 件
88
2001~3000 件
103
1001~2000 件
29
501~1000 件
25
1~500 件
0
50
図2
100
150 件
年間手術総件数と施設数
n=143
不
明
13
脳神経外科手術件数
600 件以上
0
500~599 件
3
1
400~499 件
8
300~399 件
250~299 件
7
200~249 件
14
8
150~199 件
14
100~149 件
34
50~99 件
54
0~49 件
0
図3
20
40
60
件
脳神経外科手術件数と施設数
n=443
不
明
11.1
処 理 方 法
4.1
D
24.4
C
B
60.5
1.1
A
0
図4
20
40
60
80
%
1番目に採用される処理方法
A:SDS B:WD+高圧蒸気
C:洗浄+高圧蒸気 D:洗浄+ガスプラズマ
床は 58 施設 14.2%、
600 床以上は 102 施設 25%であった。
洗浄+過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌は 18 施設 4.1%
通知された 4 つの処理方法別のうち 1 番目に採用され
であり、採用される順番は B、C、D、A の順であった。
る方法の割合は、図4に示すとおり、A.SDS による煮沸
処理方法別の順番は図5に示すように、最初に選ばれ
処理は 5 施設 1.1%、B.WD+高圧蒸気滅菌は 268 施設
た方法は B.WD+高圧蒸気滅菌の 268 施設 60.5%、2 番
60.5%、C.洗浄+高圧蒸気滅菌は 108 施設 24.4%、D.
目に選ばれた方法は C.洗浄+高圧蒸気滅菌の 157 施設
-45-
(46)
医療関連感染
n=443
n 443
不
明
採用する方法
D
37.2
37.2
C
35.4
35.4
4番目に採用する方法
4 番目に採用する方法
3番目に採用する方法
3 番目に採用する方法
2 番目に採用する方法
2番目に採用する方法
1 番目に採用する方法
1番目に採用する方法
B
60.5
60.5
65.2
65.2
A
00
20
20
図5
40
40
60
60
80
80
採用する処理方法別の場合
A:SDS B:WD+高圧蒸気
C:洗浄+高圧蒸気 D:洗浄+ガスプラズマ
n=143
不
7
D
5.6
処 理 方 法
明
25.2
C
60.8
B
1.4
A
0
図6
20
40
60
80
%
脳外科手術を行う施設が1番目に選ぶ処理方法
A:SDS B:WD+高圧蒸気
C:洗浄+高圧蒸気 D:洗浄+ガスプラズマ
35.4%、3 番目に選ばれた方法は D.洗浄+過酸化水素低
処理方法と回答している。続いて B.WD+高圧蒸気滅菌
温ガスプラズマ滅菌の 165 施設 37.2%、4 番目に選ばれ
は 22 施設 5%、C.洗浄+高圧蒸気滅菌は 29 施設 6.5%、
た方法は A.SDS による煮沸処理 289 施設 65.2%と採用
D.洗浄+過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌は 91 施設
される順番は B、C、D、A の順であった。
20.5%、不明 47 施設 10.6%であった。採用しない処理方
B、C の高圧蒸気滅菌は、最も日常的な滅菌方法である
法の順番は、A、D、C、B の順であった。
また自由記載欄には、実際に CJD の疑いのある患者の
とともに、最も多くの施設で採用されていた。D の過酸
化水素低温ガスプラズマ滅菌器の選択順位は低い。
手術を経験した施設が 3 施設あったが、A.SDS による煮
脳神経外科手術を行っている 143 施設においても図6
沸処理を採用した施設が 1 施設、C 洗浄+高圧蒸気滅菌
の如く同様であった。A.SDS による煮沸処理を 1 番目に
を採用した施設が 1 施設、使用器材を廃棄した施設が 1
採用する施設 2 施設 1.4%、B.WD+高圧蒸気滅菌を 1 番
施設あった。A.SDS で処理した理由については、滅菌条
目に採用する施設 87 施設 60.8%、C.洗浄+高圧蒸気滅
件の変更ができないという理由からであった。
菌を 1 番目に採用する施設 36 施設 25.2%、D.洗浄+過
他に厚生労働省研究班によって示された 4 つの処理方
酸化水素低温ガスプラズマ滅菌を 1 番目に採用する施設
法以外に、脳神経外科学会の示した 132℃60 分を採用し
8 施設 5.6%、不明は 10 施設 7%であった。どの条件でも
ている施設や、それ以外の滅菌温度 121℃~135℃や滅菌
採用しやすい順番は B、C、D、A の順であった。
時間 8 分~60 分とさまざまな設定がされていた。また、
次に、採用しない処理方法は図7の通りで、A.SDS に
過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌器やウォッシャー・デ
よる煮沸処理は 362 施設、81.7%が現場では採用しない
ィスインフェクターの所有の有無、洗剤の種類、洗剤の
-46-
Vol.2 No.1
2009
(47)
n=443
不
み、迷い、混乱を生じていることが質問に回答できない、
または不明となっている要因とも推測される。
10.6
明
ガイドライン通りには行えない現状とガイドラインそ
処 理 方 法
D
20.5
C
6.5
B
5
のものがまだ浸透していないことも自由記載から容易に
推測される。
その他、最近の新たな幾つかの報告1,2)では、高圧蒸気
滅菌、および、過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌の CJD
A
プリオン不活性化に関する効果が明白になってきている。
81.7
0
20
図7
40
60
80
特に、通常の洗浄方法に過酸化水素低温プラズマ滅菌法
100
%
現場では採用しない方法
を併用することで、プリオン除去や不活性化が達成でき
A:SDS B:WD+高圧蒸気 C:洗浄+高圧蒸気
ることが示されるなど、98%過酸化水素を使用した工程
D:洗浄+ガスプラズマ
を持つプラズマ滅菌でプリオンの不活性化効果が高いこ
とがわかってきた。
濃度、適切な洗浄の方法に対する疑問などの記載があっ
それとは逆に 1974 年の CJD の医療機器由来の感染の
た。
報告以後、医療機器由来の感染は発生していない。その
4.考
察
確率からいえば、これまで行われている処理方法は無効
ではないと考えられる。このことから CJD 対応に関して
疑問視する声もあるが、現状においてはその対応を迫ら
採用されやすい方法と現場では採用されないであろう
れている。
方法とは全く反対の順番であった。処理方法別、順番別、
A.SDS を除く他の 3 つ方法を選択する場合には、ウォ
ハイリスク手技(脳神経外科手術)を行う施設を見ても
A.SDS 煮沸処理は第一選択とはならないことが示された。
ッシャー・ディスインフェクターや過酸化水素低温ガス
多くの施設で A.SDS 煮沸処理は現実的な処理法として
プラズマ滅菌装置などの高額の装置の導入を考えなけれ
認識されていない。現場で煮沸処理をするこの処理法は、
ばならない。この場合、公的な援助が望まれる。
ほとんどの施設において採用されないことが明らかにな
我が国において、CJD の二次感染防止に関する対策が
った。処理設備、処理用物品の必要性、泡立ち吹きこぼ
検討され、使用済み器材の処理法として厚生労働省研究
れ、におい対策の必要性、火気の管理など防災管理の必
班は 4 つの処理方法を示した。
これら 4 つの処理方法が、
要性、また、A.SDS そのもの自体の取り扱い方法が不明
実際にどのように現場で採用され浸透しているのか、各
確であることなど、多くの問題を浮き彫りにした。多く
施設がどのように適切な方法を選択しているのか、その
の施設が所有している高圧蒸気滅菌を利用した方法が最
動向を知る必要が有り、今回の調査をおこなった。そし
も身近で採用されやすい方法として選択されていた。
て、現場の安全性を確保し、混乱を招来しない方法を選
択していくことが肝要である。
しかし、今回の調査では、同じ高圧蒸気滅菌法でも、
示されている 4 つの方法とは異なる設定条件で滅菌を行
っている施設が多数みられた。その処理法の選択につい
■ 文
ては、施設のハード面の問題やその他の配慮から判断さ
1) Fichet G, Antloga K, Comoy E, Deslys JP, McDonnell G. Prion
献
inactivation using a new gaseous hydrogen peroxide sterilisation
れ、その施設独自の対応を選択していることが推測され
process. J Hosp Infect 2007;67:278-286.
2) Z.X. Yan, Stitz,P.Heeg, K.Roth, P.S. Mauz. Low-temperature
る。
inactivation of prion protein on surgical steel surfaces with hydrogen
自由記載欄の内容からは、滅菌方法以外に CJD に有効
peroxide gas plasma sterilization. Zentr Steril 2008; 16: 31-34.
とされるアルカリ洗剤の使用について器材への悪影響に
3) 医療処置を通じた CJD への暴露の可能性についての取り扱い
CJD 事例委員会
関する懸念やガイドラインは出たがハイリスク手技に使
用した器材の取り扱いについて施設内での取り決めがな
いなど、どのように取り扱うか決定に至らない施設は悩
-47-
2001.10