クロイツフェルト・ヤコブ病は共通の場所とは無関係 ∼ニュージャージー州 チェリーヒルの競馬場の報道について∼ 1995∼2004 本報告書は、5 月 7 日に MMWR ウェブサイト上で MMWR 速報版として発表された。 2003 年 6 月初旬、ニュージャージー州の Department of Health and Senior Services (NJDHSS)および CDC は、ニュージャージー州チェリーヒルにある Garden State Racetrack との関係が報告された人々におけるクロイツフェルト・ヤコブ病の疑いのある死 亡例群について報告を受けた。これらの死亡は、1988∼1992 年にかけて競馬場のレストラ ンで出されたウシ海綿状脳症(BSE、一般には「狂牛病」と呼ばれる)を引き起こす病原 体に汚染された肉の摂取によるものではないかという懸念が提起された。BSE 汚染牛由来 製品の摂取は、ヒトの新型変異型 CJD(vCJD)と関係があるとされている。本報告書は、 死亡原因が共通の感染源と無関係であると判定した研究結果の概要である。この所見より、 医師に対し、臨床的に CJD が疑われまたは診断した全患者について脳の剖検を手配する必 要性が強く示唆された。 CJD による死亡が疑われ、NJDHSS および CDC に照会のあった 17 例について、入手 した臨床および神経病理学所見を検討した。Garden State Racetrack との関係が報告され た 17 例の死亡について検討するため、医療関係者に連絡を取り、NJDHSS や他州の保健 局および CDC の関係カルテを入手した。医療関係者に対し、採取した脳剖検組織を National Prion Disease Pathology Surveillance Center(NPDPSC:CDC およびアメリカ 神経病理学会が設立した国立のプリオン病診断照会機関)に提出するよう求めた。 17 例のうち 11 例については、世界保健機関の基準により古典的 CJD*の確実例またはほ ぼ確実例(1)による死亡と分類するのに十分な人口統計学的および臨床的情報が得られた。 残り 6 死亡例のうち 3 例は、神経病理学検査により vCJD または古典型 CJD のいずれにも 無関係の原因による死亡が立証された(表 1)。CJD による死亡と報告された 3 死亡例は 現在調査中である。CJD 除外例の 3 死亡例を対象外とする。残り 14 例は約 9.25 年の間に 発生し(1995∼2004 年)、通年の発生数(2004 年を除く)は平均 1.44 例(0∼3 例)であ った。14 死亡例中 11 例は男性であり、年齢の中央値は 69.5 歳であった(50∼83 歳)。死 亡例のうち 6 例はニュージャージー州、4 例はペンシルバニア州の住民、さらにコネティカ ット州、デラウェア州、メリーランド州およびバージニア州の住民が各 1 例であった。 * vCJD と異なる CJD の種類であり、通常は散発的 CJD を示す。 1 表1 Garden State Racetrack との関係が報告され、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)が原 因として疑われる診断別死亡例(ニュージャージー州、1995∼2004 年*) 死亡者 死亡年 死亡年齢群 居住州 組織診断†および CJD サブタイプ§ (歳) または臨床診断† 脳組織診断により CJD による死亡が疑われる 変異型 CJD(vCJD)は除外(古典的 CJD と確認) 1 1997 70-74 ニュージャージー州 CJD 確実例(VV2、運動失調) 2 1997 65-69 ニュージャージー州 CJD 確実例(他に特徴なし) 3 2002 70-74 ニュージャージー州 CJD 確実例[MM2 または MM(MV)1¶] 4 2003 55-59 ニュージャージー州 CJD 確実例(MV2) 5 2004 >75 バージニア州 CJD 確実例(VV、おそらく 1 型) vCJD も古典的 CJD も除外 6 2000 25-29 ペンシルバニア州 非プリオン性疾患(脳症)** 7 2004 55-59 ペンシルバニア州 非プリオン性疾患(前頭葉性痴呆) 8 2004 70-74 ニュージャージー州 非プリオン性疾患(レヴィー小体病) 脳組織診断により CJD による死亡が疑われる 古典的 CJD を示す臨床的エビデンス 9 1997 55-59 ペンシルバニア州 CJD ほぼ確実例 [EEG(+)、痴呆の急速な進行(期間 6 ヶ月)] 10 2000 >75 ニュージャージー州 CJD ほぼ確実例 [EEG(+)、痴呆の急速な進行(期間 4 ヶ月未満)] 11 2001 50-54 コネチカット州 CJD ほぼ確実例 [EEG(+)、CSF 14-3-3(+)††、期間 6 ヶ月未満] 12 2001 70-74 メリーランド州 CJD ほぼ確実例 [CSF 14-3-3(+)††、期間 6 ヶ月未満] 13 2003 70-74 ニュージャージー州 CJD ほぼ確実例 [CSF 14-3-3(+)††、期間 4 ヶ月未満] 14 2003 65-69 ペンシルバニア州 CJD ほぼ確実例 [CSF 14-3-3(+)††、期間 6 ヶ月未満] CJD による死亡が疑われ、現在調査中 15 1995 70-74 ペンシルバニア州 16 1995 60-64 ペンシルバニア州 17 1996 95-69 デラウェア州 調査中 調査中 調査中 *2004 年 5 月 2 日現在 † 世界保健機関の診断基準(f)に基づいて CJD 確実例あるいはほぼ確実例として分類。 § CJD の各サブタイプは、プリオンタンパク質遺伝子コドン 129(M=メチオニン、V=バリン)およびプ ロテアーゼ抵抗性プリオンタンパク質のサイズ(1 型および 2 型)と相関する臨床的および病理学的表 現型が異なる。今のところ vCJD の全症例はコドン 129 の M のホモ接合であり、2 型パターンを有す る。 ¶ 神経生理学的特徴に基づく遺伝子型 ** 死亡診断書に CJD と記載 †† タンパク質 14-3-3 は、ニューロンの死の過程で脳脊髄液(CSF)中に放出されるタンパク質群であり、 適切な臨床的条件で CJD の診断マーカーとして使用できる。 脳組織検体を採取した確実例 5 例について神経病理学試験を実施すると古典的 CJD と診 断された。vCJD に特徴的な病理学所見を示す例はなかった。病理学的に確認された 5 例の CJD 死亡のうち 3 例について、プリオンタンパク質遺伝子コドン 129 の遺伝子型(CJD の 2 特定のサブタイプに関係する遺伝子マーカー)を判定した(表 1)。死亡者の中に、メチオ ニンホモ接合あるいは vCJD 患者に現れる特徴的なウェスタンブロットパターンを示した 者はいなかった。また、報告された CJD サブタイプは互いに異なっていた。組織診断を行 わなかった 6 死亡例について得られた臨床的および診断的エビデンスは、罹病期間、脳波 パターンおよび脳脊髄液中の 14-3-3 タンパク質(古典的 CJD のマーカー)の有無などであ るが、古典的 CJD のほぼ確実例の診断と一致した(表 1 および 2)。死亡者のうち vCJD の診断を有する者はいなかった。 表 2. 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)と古典的 CJD を識別する臨床的およ び病理学的特徴 特徴 古典的 CJD vCJD 死亡年齢の中央値 28 歳 68 歳 罹病期間の中央値 13∼14 ヶ月 4∼5 ヶ月 臨床症状および徴候 著明な精神/行動症状、 痴呆、早期の神経学的徴 異常痛覚、後期に神経学 候 的徴候 脳波に規則的な鋭波が見られるか なし よく見られる MRI に「視床枕徴候」* 75%以上に見られる 報告なし 神経病理学試験で「鮮紅色プラーク」 大量に見られる ほとんどない が見られるか 脳組織の免疫組織化学検査 PrPres†の著明な蓄積 蓄積度にはばらつきがあ る リンパ組織内の病原体の有無 容易に検出 容易に検出されない PrPres の免疫ブロット試験でグリコ PrPres の著明な蓄積 報告なし フォーム比率が増加するか プリオンタンパク質のコドン 129 の メチオニン/メチオニン 多型 遺伝子型 出典:Belay E, Schonberger L. Variant Creutzfeldt- Jacob disease and bovine spongiform encephalopathy. Clin Lab Med 2002.22:849-62.より改変 * 脳の磁気共鳴撮影(MRI)検査により T2、拡散強調画像および FLAIR で後視床に異常なシグナル。適 当な臨床状況では、異常シグナルは vCJD に高い特異性を示す。 † プロテアーゼ抵抗性プリオンタンパク質 1995∼2002 年に関して、国立保健統計センターが毎年編集する CDC の複数の死因によ る全国死亡ファイル(2002 年のデータは予備データ)を用いたところ、米国内での CJD による年間死亡率は 100 万人当たり約 1 例でほぼ安定している(図 1)。同時期のニュー ジャージー州の CJD 死亡率もほぼ同じであった。 3 図 1. ニュージャージー州および全米のクロイツフェルト・ヤコブ病年間死亡率*(1995 ∼2002 年†) Garden State Racetrack は 2001 年に永久閉鎖された。競馬場の入場者あるいは食事を 取った人全員の人数および年齢は不明である。しかし、ニュージャージー州競馬委員会の 記録によると、1988∼1992 年の競馬場入場者数は約 410 万人であった。50 歳以上の年間 CJD 発生数は、100 万人当たり 3.4 例(CDC 未公表データ、2004 年)かつ全死因による 死亡率は 2.9%であることから、約 9.25 年間(1995∼2004 年)に 50 歳以上のわずか 30 万人中に CJD 関連の死亡が 14 例以上発生したことは特に異常ではない。上記の数字は、 入場者判明数から競馬場に入場し食事を取った人数の推定範囲である。 報告者:P Gambetti, MD, National Prion Disease Pathology Surveillance Center, Case Western Reserve Univ, Cleveland, Ohio. J Hadler, MD, Connecticut Dept of Public Health. A Hathcock, PhD, M Drees, MD, Delaware Health and Social Svcs. D Blythe, MD, Maryland Dept of Health and Mental Hygiene. E Bresnitz, MD, M Gerwel, MD, New Jersey Dept of Health and Senior Svcs. M Hawkins, MD, Philadelphia Dept of Public Health; A Weltman, MD, Pennsylvania Dept of Health. J Marr, MD, A Buckler, MD, C Novak, MD, Virginia Health Dept. C Rothwell, MS, K Kochanek, MA, R Anderson, PhD, Div of Vital Statistics, National Center for Health Statistics; J Sejvar, MD, E Belay, MD, R Maddox, MPH, A Curns, MPH, R Holman, MS, L Schonberger, MD, Div of Viral and Rickettsial Diseases, National Center for Infectious Diseases, CDC. 編集部注記:CJD は、例外なく致死的な神経変性疾患であり、びまん性海綿状変性が顕著 な脳の病理学と関係した急速に進行する痴呆を特徴とする(2)。代表的な仮説によると、 CJD は、従来とは異なる伝播性病原体である異常タンパク質(プリオン)によって引き起 こされる。プリオンは、正常な細胞タンパク質に対して異常なフォールディングを誘発し、 4 神経死に至らせる能力を有する。プリオンは、ヒツジにおけるスクレイピー、ウシの BSE、 シカおよびヘラジカの慢性消耗病(CWD)ならびにヒトの CJD など、伝達性海綿状脳症 (TSE)を引き起こすと考えられている。 CJD は、古典的および変異型の 2 種類の主要な型が認識されている(3)。古典的 CJD は 1920 年代前半より認識されており、いくつかの特異な臨床的および診断的特性によって特 徴付けられる(表 2)。古典的 CJD の最も一般的形態は散発的に発生すると考えられ、正 常プリオンタンパク質から異常プリオンへの自然変異によって引き起こされる。この散発 的な疾患は全世界で発生し、発生率は人口 100 万人当たり年間 1 例であるが、100 万人当 たり 2 例に上ることも珍しくはない(4)。リスクは年齢と共に増加し、50 歳以上の年間発生 率は 100 万人当たり 3.4 例である。 変異型 CJD は 1996 年にイギリスで最初に報告され、古典的 CJD とは異なる臨床的特徴 を有する(表 2)(2,3)。vCJD 患者の死亡時年齢の中央値は 28 歳であるのに対し、古典的 CJD 患者は 68 歳である(図 2)。また、全 vCJD 症例の神経病理学的所見は古典的 CJD と明確に異なり(5)、いずれもプリオンタンパク質遺伝子コドン 129 に特徴的な遺伝子プロ フィール(メチオニンホモ接合)を有する(4)。したがって、vCJD 症例と古典的 CJD との 識別は、臨床的および病理学的データに基づいて行うことができる。疫学的および臨床検 査的エビデンスにより、ウシに BSE を引き起こす病原体は、BSE 汚染牛由来製品の摂取を 通じてヒトに伝播され、vCJD 発生の可能性が示されている(2,3)。しかし、このエビデンス より、BSE 汚染牛由来製品の摂取後であっても vCJD 罹患リスクは低いことも示唆されて いる。1996 年にイギリスで vCJD が発生したため、CDC は、米国内で CJD のサーベイラ ンスを強化した(6)。 図 2. イギリス(UK)における変異型クロイツフェルト・ヤコブ病およびアメリカ(US) における古典的 CJD の非医原性*死亡の年齢群別百分率分布 5 報告済み 17 死亡例のいずれも vCJD による死亡を示すエビデンスはみられなかった。 CJD サブタイプは 4 死亡例で判定され、サブタイプはそれぞれ互いに異なっていた。この 不均一性より当該症例に共通する病因はないとする科学的エビデンスが得られる。コドン 129 にメチオニンホモ接合を発現している BSE 感染マウスが古典的 CJD のサブタイプに 一致する分子的表現形を有するプリオンを産生したと報告する研究が 1 件ある(7)。しかし、 これらの動物データを他に裏付けるエビデンスがないままヒトに外挿しても信頼はできな い。2003 年のイギリスの海綿状脳症諮問委員会は、「当該データは、BSE への曝露がヒト に散発的 CJD 様表現形を引き起こす可能性に関する仮説を裏付ける有力なエビデンスを提 供しない」と結論づけた(8)。イギリスは最大の BSE 流行発生地であり、人口に占める BSE 病原体に曝露された人の割合が非常に高い。しかし、古典的 CJD 患者の発生率が異常に上 昇することもなく、また、コドン 129 にメチオニンホモ接合を有する CJD 患者の割合が上 昇することもないことから(9)、BSE と散発的 CJD との間に関連がないことが裏付けられ る。イギリスのプリオン疾患の専門家は、古典的 CJD 症例における vCJD 以外の BSE 関 連疾患のエビデンスを特に注目している。新たな表現形のエビデンスは発見されていない ( R.G. Will, M.D., National CJD Surveillance Unit, Western General Hospital, Edinburgh, Scotland, 2004 年の私信)。 神経病理学的評価(特に免疫組織化学あるいはウエスタンブロットによる評価)は、以 下において最も確実な方法である。即ち、1)ヒトプリオン疾患の診断、2)vCJD および多 様な CJD サブタイプのモニタリング、3)米国内で新規プリオン疾患が出現した場合の検 出。この研究では全死亡者についての病理学検体を採取して検討したわけではないが、数 名の患者には古典的 CJD あるいは vCJD と診断されず、他の患者は古典的 CJD と診断さ れたことから、これらの患者は BSE 関連疾患により死亡したわけではないことが示された。 この研究より、医師は臨床的に CJD と疑われかつ診断された全死亡者について剖検を実施 し、NPDPSC が無料で提供する TSE 診断サービスを利用する必要性が強く示唆される。 サーベイランスセンターに関する情報は、以下のサイトあるいは電話番号 404-639-3091 に お問い合わせください。 http://www.cjdsurveillance.com CDC は、ニュージャージー州の州保健当局との共同作業および支援提供ならびに全国的 な CJD サーベイランスの実施を継続する。散発性 CJD および他の TSE のサブタイプの正 常な発生率をより明確にすることで、vCJD などのヒトプリオン疾患が米国内で発生した場 合に早期に認識することができると思われる。 6 References 1. World Health Organization. Global surveillance, diagnosis, and therapy of human transmissible spongiform encephalopathies: report of a WHO consultation, 1998. WHO/EMC/ZDI/98.9. Available at http://www.who.int/emcdocuments/tse/docs/whoemczdi989.pdf. 2. Belay E, Schonberger L. Variant Creutzfeldt-Jakob disease and bovine spongiform encephalopathy. Clin Lab Med 2002;22:849-62. 3. Brown P, Will RG, Bradley R, Asher DM, Detwiler L. Bovine spongiform encephalopathy and variant Creutzfeldt-Jakob disease: background, evolution, and current concerns. Emerg Infect Dis 2001;7:6-16. 4. Will RG, Alpers MP, Dormont D, Schonberger LB. Infectious and sporadicprion diseases. In: Prusiner SB, ed. Prion Biology and Diseases. New York, New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2004:629-71. 5. Ironside JW. Neuropathologic findings in new variant CJD and experimental transmission of BSE. FEMS Immunol Med Microbiol 1998;21:91-5. 6. Belay ED, Maddox RA, Gambetti P, Schonberger LB. Monitoring the occurrence of emerging forms of Creutzfeldt-Jakob disease in the United States. Neurology 2003;60:176-81. 7. Asante EA, Linehan JM, Desbruslais M, et al. BSE prions propogate as either variant CJD-like or sporadic CJD-like prion strains in transgenic mice expressing human prion protein. EMBO J 2002;23:6358-66. 8. European Spongiform Encephalopathy Advisory Committee. Final minutes of the 77th annual meeting, February 11, 2003. Available at http://www.seac.gov.uk/minutes/final77.pdf. 9. Maddox RA, Belay ED, Schonberger LB. Reply to Singletary. Re: Monitoring the occurrence of emerging forms of Creutzfeldt-Jakob disease in the United States (Letter). 2003. Available at http://www.neurology.org/cgi/eletters/60/2/176. 7
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