TK+YKスキームとノンリコースローン (394KB

TK+YK スキームとノンリコースローン
TK+YK スキームとノンリコースローン
西村ときわ法律事務所 弁護士 伊東
啓
弁護士 菅原 史佳
はじめに
を組合わせた呼称が通称として用いられている。TK+YKスキームが採
日本においては、1990年代初期のバブ
用される理由およびその構成の詳細は以下のとおりである。
ル経済の終焉により、いわゆる
「土地神
伊東 啓
菅原 史佳
話」
が崩壊し、不動産価格は下落の一途
SPCについて
をたどった。かかる過剰投資を反省し、 SPCとしては、有限会社以外に商法に基づく株式会社、投資信託およ
不動産への投資は下火となっていたが、企業がバランスシートの改善に
び投資法人に関する法律に基づく投資法人、資産の流動化に関する法
よる自己資本利益率の向上を目指し、
オフバランス取引を頻繁に行うよ
律に基づく特定目的会社といった法主体を用いることも考えられる。
し
うになったことを契機に不動産流動化・証券化を用いた不動産売買が
かし、(i)最低資本金が300万円とされており、取締役会、監査役等が不
盛んになった。
また、企業の経営が不振であるためコーポーレートロー
要であるなど株式会社と比較して組成が簡便且つ費用が低廉であるこ
ンが困難な状況においては、低利での資金調達をおこなうために保有
と、(ii)株式会社と異なり会社更生法の対象にならないため、
レンダーが
する優良資産を流動化・証券化することなども頻繁に行われるようにな
有する担保権を確実に行使できること3 、ならびに(iii)投資法人であれ
った。
これら取引を通じて、不動産取引が活発になり価格も上昇を始め
ば登録や外部への事務委託等が必要であり、特定目的会社であれば資
たことから、私募ファンドを通じたキャピタルゲインを目的とする不動産
産流動化計画の範囲内の事業しか行うことができないといった特別法
取引も盛んに行われるようになった。
上の制約が生じることなどの理由から、有限会社 4が用いられることが
多い。
また、近年は、私募ファンドの有力な売却先として、近年設立が相次いで
いるいわゆる
「J-REIT(Japan Real Estate Investment Trust)」
を挙
SPCの親会社について
げることができる 。J-REITに対して物件を提供する私募ファンドのスポ
有限会社が倒産隔離されたSPCとして機能するためには、流動化の関
ンサーは、私募ファンドを用いて、何らかの問題を内包しているために本
係者(特にオリジネーター)から有限会社への影響力を断絶することが
来は有しているであろう収益性を発揮できていないと思われる物件を
必要となる。かつては、議決権をケイマン法上のチャリタブル・トラスト
比較的低価格で購入し、私募ファンドの保有期間中にリニューアルを行
に信託したケイマンの有限責任会社を有限会社の親会社として用いる
うなどして収益性を改善させ、各J-REITの購入適格要件を充足した時
ことが多かったが、近日は、
日本の中間法人法に基づく有限責任中間法
点で、優良物件として高価格で売却するようなケースも増えてきた。
人が用いられるケースも増えてきている。有限責任中間法人においては
1
社員が議決権を有するが、出資者と社員は一致している必要がないと
不動産流動化・証券化には多彩なスキームが用いられているが、本稿に
されている。
そのため、流動化の関係者が中間法人に出資した場合であ
おいては、
キャピタルゲイン目的の不動産流動化取引において頻繁に用
っても、流動化の関係者の影響を受けない第三者的立場にある者(公
いられるTK+YKスキームおよびその際に行われるノンリコースローン
認会計士、弁護士等が就任することが多い。)を社員とすることで、流動
に絞って検討を加えることとする。
化の関係者から有限会社への議決権を通じた影響力を断絶することが
可能となっている。
TK+YKスキーム
TK+YKスキームの概要(図参照)
匿名組合出資について
TK+YKスキームとは、典型的には、有限会社法上の有限会社がSPCと
SPCレベルおよび出資者レベルでの二重課税に服さぬよう、パススル
して投資対象資産を保有し、投資家は当該有限会社に対して商法上の
ーが認められている匿名組合出資の方法が用いられることが多い5。匿
匿名組合契約 2に基づき出資を行うという不動産流動化のスキームで
名組合においては、営業者が組合事業として行った行為に基づく組合
あり、匿名組合契約の略称である
「TK」
と有限会社の略称である
「YK」 外の第三者に対する権利および義務は全て営業者に帰属し、各匿名組
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TK+YK スキームとノンリコースローン
合員は、組合契約に基づき出資義務を負うことになるものの、組合事業
低資本金制度が廃止され、(ii)取締役が1名であることや、取締役会・監
に関する対外的な権利・義務は負わないとされているため、負担する責
査役を設置しないことが容認されるため、現行の有限会社と同程度に
任を出資額の範囲内に限定することが可能である。
また、匿名組合員
簡便且つ低コストに、株式会社を組成することが可能となる予定であ
は、営業者の業務および組合財産に関する監視権を有しているものの、 る。なお、既存の有限会社は、会社法上の株式会社として存続すること
匿名組合事業を執行することおよび匿名組合を代表することが禁じら
が認められ、経過規定により、特例有限会社として現行の有限会社に関
れていることから、投資家からSPCたる有限会社への影響力を断絶す
する規定と同様の規律の適用を受けることも可能であるとされている7。
ることも可能となる。
公益法人制度改革
なお、
ノンリコースローンが行われる場合には、投資家への出資金返還
現在、我が国では公益法人制度改革が検討されており、平成16年
および利益分配に優先して、
レンダーがノンリコースローンの元利金弁
12月24日付で閣議決定された
「今後の行政改革の方針」によると、将
済を受けることができるように、
ノンリコースローンの元利金弁済が完
来、公益性の有無に関わらず、準則主義(登記)により簡便に設立できる
了することを匿名組合の出資金返還および利益分配の停止条件として
一般的な非営利法人制度が創設される予定である。現行の中間法人制
設定することもある。
度は、社団形態の非営利法人制度に包含されるため、独自の制度として
は廃止するものとされている。
当該改革後も現状の中間法人同様、流動
投資対象について
化の関係者からSPCへの議決権を通じた影響力を断絶するスキームを
TK+YKスキームにおいて、匿名組合の営業者たるSPCが現物不動産
構築することが可能となるか、
その経緯を注視する必要がある。
を所有し、当該現物不動産から得る収益を匿名組合員に分配した場
合、不動産特定共同事業法上の不動産特定共同事業に該当することに
ノンリコースローン
なる。不動産特定共同事業に該当した場合、SPCは不動産特定共同事
ノンリコースローンの概要
業法上の事業者として認可を受ける必要があり、情報開示や行為規制
TK+YKスキームにおけるノンリコースローンは、投資対象たる不動産
が課せられるなどの負担が大きいことから、かかる制約のない、投資対
信託受益権から得られる分配金および売却代金ならびに設定された担
象となる不動産の信託受益権を保有する形式を取ることが多い 。
保からの取得金を引き当てとする。
ノンリコースローンについて
担保等
TK+YKスキームにおいては、投資効率を上げるため、借入を行うことが
不動産信託受益権を投資対象とするTK+YKスキームのノンリコースロ
多い。SPCは、不動産保有期間中の賃料収益および不動産売却時のキ
ーンの担保として、以下の契約が締結されることがある。
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ャピタルゲインしか取得できないことから、保有不動産を引き当てとする
ノンリコースローンにより資金を調達することになる。
(i)
信託受益権質権設定契約
投資対象たる不動産信託受益権に対する質権
(ii)
図
投資対象たる不動産信託受益権またはその信託財産たる不動
賃借人
中間法人
または
ケイマンSPC
賃貸借契約
求権に対する質権
出資
受益権
オリジネーター
産(以下「信託不動産」
という。)に対する保険に基づく保険金請
アセットマネージャー
(iii)
信託銀行
不動産
信託譲渡
保険金請求権質権設定契約
SPCがオリジネーターから不動産信託受益権を取得する際の信
代金
する違約金請求権または損害賠償請求権に対する質権
レンダー
YK
(不動産原所有者)
託受益権売買契約に基づき、SPCがオリジネーターに対して有
ノンリコースローン
受益権譲渡
損害賠償請求権質権設定契約
(TK営業者)
TK出資
(iv)
投資家
賃料債権譲渡担保契約
信託不動産の賃貸借契約に基づく賃料債権に対する譲渡担保
(TK組合員)
(v)
預金債権質権設定契約
近年の法改正による影響
SPCが、投資対象となる不動産信託受益権から収受した分配金
会社法の改正
を預け入れている預金口座にかかる請求権に対する質権
2006年5月に予定されている会社法の施行に伴い、有限会社法は廃
止される予定である。
もっとも、会社法上の株式会社においては、(i)最
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TK+YK スキームとノンリコースローン
表明保証事項
i.
目的事業遂行に際しての法令・契約の遵守
SPCの表明保証
j.
ノンリコースローン債務の非劣後性
不動産信託受益権を投資対象とするTK+YKスキームのノンリコースロ
k.
目的事業以外の事業による債務の不存在
ーンにおいては、下記のような表明保証事項が規定されることが多い。
l.
債務不履行事由の不存在
m.
情報の真実性・正確性
a.
SPCの適法な設立
n.
倒産手続の不存在
b.
SPCの権利能力および行為能力
o.
不動産信託受益権およびその信託不動産に関する表明保証
c.
ノンリコースローンの目的たる事業(以下「目的事業」
という。)の
d.
e.
f.
g.
h.
遂行および借入れに関する社内手続の完了
(a)
適法かつ完全な所有
目的事業遂行および借入れによって違法性・内部規則違反が惹
(b)
担保物権、譲渡・使用等に関する制限の不存在
起されないこと
(c)
境界の確定、隣地との違法な侵害の不存在
目的事業遂行および借入れについて適法かつ有効な契約が締結
(d)
瑕疵の不存在、建築関連法規および環境関連法規の遵守
されていること
(e)
賃貸借契約等の関連契約における債務不履行の不存在
目的事業遂行および借入れに関する契約締結および債務の履行
(f)
望ましくない属性のテナント不存在
に必要な政府等の許認可の取得
(g)
信託不動産の賃貸稼働率の維持
財務制限条項(DSCR、LTV等)の遵守、財務書類の開示
(h)
判決・決定等の不存在、訴訟その他の法的手続または行
財務状態または経営に対し悪影響を及ぼすおそれのある訴訟等
の不存在
政手続の不係属
(i)
適切な損害保険の付保
Firm Overview
Since its founding in 1966, Nishimura & Partners has grown to become one of Japan’s premier full service law firms covering
all aspects of domestic and international business and corporate activity.
Nishimura & Partners is committed to further expansion to respond to our clients’ evolving business and social needs and
is unique among Japanese firms in having systematically consolidated its professional resources. We have more than 190
Japanese and foreign lawyers and employ close to 250 support staff, including certified public accountants, tax accountants,
and one of the largest teams of paralegals in Japan. Nishimura & Partners is a fully integrated team of lawyers and professional
staff. This structure enables the firm to pool and share expertise and experience to assist clients cost effectively in all areas of
legal services across the entire spectrum of their business activities.
Areas of Practice:
General Corporate Advice and Corporate Transactions
International Finance
Intellectual Property
Insolvency and Reorganization
Real Estate
Litigation and Dispute Resolution
Nishimura & Partners
Ark Mori Building (Main Reception: 28th Floor), 1-12-32 Akasaka, Minato-ku, Tokyo 107-6029, Japan
Tel: +81-3-5562-8500 Fax: +81-3-5561-9711~9714
URL: www.jurists.co.jp Email: [email protected]
Contact Person: Mr. Akira Kosugi (Managing Partner)
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(j)
公租公課および賦課金の適切な納付
資産に抵当権・質権等の担保権を設定していたとしても、
当該債権者は、会社更正手
続外で当該担保権を行使することができず、更生手続の過程で担保権そのものが消
スポンサーレター
滅させられたり、
その権利内容が変更されたりする可能性すらある(更正担保権)。
SPCによる上記の保証だけではなく、主な投資家(匿名組合員)等から、
a.
4
SPCが目的事業以外の事業を行うことがないように確保すること、
債によってデット投資家を集めるようなケースでは、SPCとして株式会社または特定
および目的事業を行うために必要な支援を行うこと、b. SPCまたは投
資家が(a)目的事業以外の目的にノンリコースローンを流用した場合、
有限会社は社債を発行することができないことから、
ノンリコースローンではなく社
目的会社を用いることになろう。
5
民法上の任意組合(任意組合契約の法的性質等については、前述の
「プライベートエ
(b)故意過失によって信託不動産を害した場合、
および(c)ノンリコース
クイティファンドの投資ビークル」(伊藤剛志著)を参照されたい。)を用いても、匿名組
ローンの表明保証事項について重大な点に虚偽・重過失があった場合
合同様のパススルーが認められるが、任意組合の保有財産は組合員の合有となるこ
等には、SPCの財産のみならず、投資家の財産もレンダーに対する本
とから、外国投資家が含まれている場合、
かかる投資不動産の共有持分を有すること
債務の弁済の原資とし、上記の行為によってレンダーが被った損害、費
を理由に、
日本国内に税法上の恒久的施設が存在すると認定される可能性がある。
用、債務および責任等をSPCと連帯して補償することを約束するレター
これに対し、匿名組合の場合、投資不動産の所有権は営業者だけに帰属することか
を取得することがよく見られる。
ら、匿名組合員に外国投資家が含まれる場合であっても、匿名組合の財産に投資不
動産が含まれていることだけを理由に、
当該外国投資家の恒久的施設が日本国内に
デフォルト時の事業承継
存在するとの認定を受けることはないというメリットがある。
レンダーが不動産運用のノウハウを有するような場合には、目的事業
6
他にも、(i)大中規模不動産においては、現物不動産を譲渡・担保設定する場合に必要
(不動産運営事業)が不成功に終わり、
ノンリコースローンのデフォルト
となる不動産取得税および登録免許税(所有権移転および担保権の設定)の合計額
が生じた際に、
レンダーが主体となって当該事業を承継できるように、
が、信託設定を行った場合に必要となる信託報酬および信託設定にかかる関連費用
匿名組合員たる地位への質権設定契約、SPCたる有限会社の持分へ
の合計額に比して高額になることが多く、(ii)現物不動産の譲渡・担保権設定の場合
の質権設定契約、(投資不動産についてマスターリース契約を締結して
は対抗要件として登記が必要であるのに対し、不動産信託受益権は債権として取扱
いる場合には)マスターレッシーたる地位の譲渡契約等を締結するケー
われるため、譲渡および担保設定の対抗要件が確定日付のある受託者への通知また
スも見られる。
は受託者による承諾という簡便な方法で済むという点にも、信託受益権化することの
メリットがある。
なお、2004年12月30日付信託業法改正により、信託受益権の設定
末尾注
および販売に一定の制約が課されることとなったが、
当該改正の詳細については、本
1
誌第2号掲載の
「信託業法改正」(菅原史佳著)を参照されたい。
J-REITで頻繁に用いられるヴィークルである投資法人の詳細については、本誌第
2号掲載の
「J-REITの現状と法的規制」(菅原史佳著)を参照されたい。
2
3
7
但し、会社法上の株式会社として存続する以上、特例有限会社も会社更生法の対象
匿名組合契約の法的性質の詳細については、本誌第3号掲載の
「プライベートエクイ
となる可能性が生じることから、会社法制定に伴う破産法関係の改正内容を注視す
ティファンドの投資ビークル」(伊藤剛志著)を参照されたい。
る必要がある
会社更正手続が開始された場合は、
たとえ、債権者が手続開始前に対象会社の特定
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