川崎市民アカデミー特別講座「政治学:グローバル社会と第 3 の道」 0. はじめに 0.1. フランス政治の現況と見通し ― 左派(社会党) 、右派(UMP)両陣営ともに大統領選サイクルの開始。大統領政党 UMP が誕生、社会党の巻き返し ― 「政権政党(Parti Gouvernemental) 」以外(PCF、FN、UDF)は低迷 ― 「欧州憲法」の国民投票採択が争点に。政党政治の「ヨーロッパ化(Europeanization) 」 cf.トルコ加盟問題 の再燃? 0.2. ド・ヴィルパンvs.サルコジー ? ― ポスト・シラクをめぐる混迷状況 ― 反シラクのサルコジー(Nicholas Sarkozy)の国民的・党内人気/新右派的ないしはポピ cf. ハンガリー移民二世 ュリスト的側面を強く持つ ― サルコジーの対抗馬はド・ヴィルパン(現内相)? 別添参照 1.「第 3 の道」の思想史的検討―何が新しいのか? 戦間期の「第 3 の道」論はファシズムとの関連性が大きく、中東欧では社会主義との関連性 が指摘できる。概念それ自体としては無内容であり、極めてアモルフ(無定形)なスローガ ンとして規定できる。 1.1 第 3 の道の思想史的背景 ― ①冷戦の終焉による社会民主主義の再考 ②EU統合進展よる政策協調化 ③グローバリゼーションによる資本主義モデルの選択のコンテクスト(高橋 1999) =>二大イデオロギー(自由主義/社会主義)の 逸脱 or 刷新 ? ― 回顧:独モエラー(Moeller van der Bruck) : 「The Third Party(原題) 」 (1922 年)=保守 革命/仏ヴァロワ(Georges Vallois) : 「Revolution National」 (1924 年)=共和主義ファシ ズム 1 ― 戦間期フランスのファシズム体制( 「左でも右でもなく」 ) 、中東欧でのアンチテーゼとし て「第 3 の道」論は展開(Bastow and Martin 2003) =>西欧マルクス主義への系譜 ― ボッビオの「右と左」 : 「イデオロギーの危機以上にイデオロギー的なものはない。それ に左と右はたんにイデオロギーだけを指すものではない。それをイデオロギー的思考の 単なる表現に還元するのは、不当な単純化といえよう」 (ボッビオ 1999) 。 1.2 ネオ・ファシズム運動と第 3 の道 ― ネオ・ファシズムの運動の系譜(資本主義/共産主義/民主主義の否定、反ユダヤ主義、 反物質主義、反グローバリゼーション、反革命主義、反欧州主義、反米主義など) 。 敵はシステムであり、グローバル資本主義である! (Unite Radical) cf.”右と左は空っぽの箱”(Sartre) ― FN(国民戦線)の事例:自由市場経済、伝統的家族的価値の鼓舞、社会秩序・治安の強 調、反移民、EU 脱退 右でも左でもなく、フランスを! (Le Pen,2002 大統領選) 「FN は、自由経済とカソリズムに依拠する国家主義的保守勢力の再定義を迫るもの」 (Taguieff 1985) ― ニュー・レイバー「第 3 の道」と大きく異なるのは「包含的(inclusive) 」ではなく「排 外的(exclusive) 」であること 共通点:①伝統的政治構図の危機、②物質主義的価値観への反感、③共同体的価値の強調、 ④新たなアイディアの担い手となるアクター(青年層、インテリ層)への期待 1.3 現代版「第 3 の道」との比較 ― 消極的概念から積極的概念へ? A.ギデンズ「近代の帰結」1990 年(邦語『近代とはいかなる時代か?』 )から ・ 「必要なのはユートピア的現実主義なのである」 ・ 「批判理論は、国民国家の領域にも、モダニティのどの制度特性(資本主義、産業主 義、監視、軍事力)にも制約されない『望ましい社会のモデル』を作り出さなければ ならない」 ・ 「 『解放の政治学』が『生きることの政治学』ないし『自己実現の政治学』と結びつく 必要がある点を認識していなければならない」 ・ 「生きることの政治学とは、満ち足りて納得のいく生活を実現しうる・・・生きることの 可能性を促進させようとする徹底的な社会参加をいう」 ・ 「この意味で社会主義は、依然資本主義の「向こう側」に位置するものであるが、工 業生産の生み出す果実を管理配分するための資本主義にとって代わる方式ともはやみ なすことはできない。この意味で社会主義は、何の拘束もない資本主義や、今日東欧 やロシアで排除されていった国家社会主義にとって代わる「第三の道」でもない。 「第 2 三の道」などどこにも存在しないのである。国民国家のレヴェルでいえば、 「ただひと つの道」しか存在しないと主張できる・・・「ただひとつの道」は・・・市場と経済活動に 対する国家の限定された介入とを、運用可能な形で結び合わせたものなのである」 同「第三の道」 :①グローバリゼーション、②左右軸の風化、③個人主義、④政治の有り方、 ⑤環境問題が起こすジレンマ ―「漠然として捕らえ所のない数多くの概念をゼリーのように固めない限り、疑問の余地の ない新しい方向は明白にならないだろう」 (独 Die Zeit 紙) 2.フランス社会党の「特殊性」―革命、議会、国家、社会 フランス社会党(PS)は西欧社民政党の類型の中では歴史的・組織的に特異な要因を抱えてい る。労組との結びつきは弱く、敵対的ですらあり、また組織内の文化でも改革主義と革命主義 が並存している。さらに、強いエタティズム(国家主義)の伝統が負荷されている。こうした 要因が第 3 の道採択の困難の要因となっている。 2.1 PSにおける社会主義と民主主義の止揚の難しさ ― 社会党の「社会主義プロジェ」の改定は 1990 年、改革主義路線は 2003 年 =>「社民主義的カルチャー」受容の困難 ― 歴史的な革命的理念と集産主義(collectivisme)の強度=「革命をしない革命政党の矛盾」 (Bergouineux et Grunberg 1992) 。 => 結党(1905 年)以来の革命=階級闘争理念+国家主義=共和主義理念の並存 =>「ディスクールのねじれ」 ジョスパンはミッテランのように喋り、ロカールのように行動する ― 歴史的分岐点:英・独・北欧−普通投票導入以前の労働運動、フランス−普通選挙導入 (1848 年)以降に労働運動の組織化 => 議会制民主主義への不信・革命志向(ゲード派)と議会制民主主義・共和主義(ジ ョレス派)の並存 => Paul Brousse(地方主義) 、Jean Allemane(労働者主義、政経分離) 、Edouard Vaillant (社会主義と共和主義)の派閥集合体 国 家 ( 共 和 主 義) 2.2 国家主義と社会運動の止揚の難しさ ― 結党当時から共和主義体制の受容をめぐって内紛、 革命志向 議会民主制 徐々に共和主義理念の受容 cf.ゴーリズム体制をめぐる対立 社会(階級) 3 =>国家主義的伝統と社会運動的伝統の並存 cf. 社会党の 2 つの文化 ― 永遠の課題:元来トランスナショナル・平和主義志向を持つ「第二インター」の潮流と 国家主権維持(戦争経験と社会平和)との狭間 cf. 1920 年トゥール大会分裂 =>「資本主義との訣別を拒否するものは社会党員とはなれない!」 (Mitterrand 1971) 「われわれは国家の継続性を忘れてはならない。特殊性、国民の特徴、固有の歴史、編 成の形態は新しい世界においても否定されるべきではない」 (Jospin 1999) => 革命志向の残存による社民主義政党への転化の困難:明確なイデオロギーとディスク ール転換なく、野党のロジックと体制のロジックとの間に常に分断される => ギデンズ「第三の道」との不整合:グローバリゼーション<−>国家主権 / 個人 主義<−>階級 / 多文化主義<−>共和主義 2.3 その他の特異要因 ―「アミアン憲章」 (1906 年)の存在:革命的サンディカリズム方針 ― 脆弱な基盤:党員数 1939 年 26 万人、1946 年 33.5 万人、1969 年 70 万、現在では 14 万 cf. 大衆組織政党 ≠ 幹部政党 ― 労働者政党?:第四共和制下の「第三勢力」 、中間層依存の組織発展、労働者層は FN 支 持へ =>「我々は社民政党として 社会的 というよりは 政治的 存在である」 (Jospin1999) 3.二極化に支配される政党政治―政治工学の功罪 第五共和制に入ってからの仏政治は、大統領制と小選挙区制度によって、左右競合によって政 党政治が支配されるようになる。社会党はこれを受容することで政権を獲得し、同時に二大政 党競合に挑戦する政治勢力は苦戦を強いられる。 3.1 「二回投票投票制は選挙協力によって多党制を修正する」 (Duverger)の命題の継続(と限界) ― 小選挙区二回投票制と大統領制による二大政党化の侵食:58 年の体制変革の功罪( 「二 極のカドリーユ」の進展と変化) 4 ― あくまでも「左右競合」を要請する政党システム構造(小選挙区二回投票制のロジック) ― 社会党は、 「二重ゲーム」を行う戦略的必要性 ― あくまでも「左」に位置することを求める有権者(左右軸の転移と強固さ) c.f 2002 年大統領選 3.2 構造的制約の中でのアクロバット的戦術 ― 「党内を掌握するにはゲード派に、党を指導するにはジョレス派に、そして票を獲得す るためにはゲード派に、しかし国を統治するためにはジョレス派に転向しなければなら ない」 ― 「権力の獲得」と「権力の実践」との区別(Leon Blum)―デュアリズムの歴史 「世界で、資本主義体制を変革する権力も権限もない社会主義政権ほど難しいものはな い。法的な本質上、この政権は労働者階級と国家の 2 つを体現している。これは労働者 の利益と国家の利益の両方を実現しなければならない―中略―これはいつでも、いかな る状況においても、どんな政権もが行い得なかっただけのことを労働者階級になし、国 家事業をどんな政権もが行い得なかったように、より公正に、注意深く、果敢に行うと いう二重の確信を持たなければならない」 (Leon Blum,1936) ― 「右」に動くことは党内・政党政治空間での致命的 => 党内組織文化と統治制度との間でのねじれが顕著:イデオロギー刷新の制約 4.結語に代えて――争点としての「第 3 の道」と欧州統合 「経済政策に左も右もない。あるのは上手くいくものと上手くいかないものだけ」 (T.Blair,1998) 「社民主義は資本と労働、国家と市場との間の妥協から成り立っている」 (J.Delors,1980) 1999 年に訪れた欧州社民政党にとってのチャンスにフランス社会党は同調しなかった。一見、 フランス左翼は「アルカイックなオールド・レフト」であるようにみえるが、実際にはそうで はない。むしろ「近代化」を「欧州統合」を梃子として進める一方で、他方で左派的ディスク ールを維持することによって政党間競争を生き抜いてきた。このような「前方への逃避」戦略 は、軋轢を起こしながらも、停滞主義(immobilisme)を回避した柔軟性を確保している。 4.1 歴史的なチャンス? ― 99 年 6 月の欧州議会選挙:PES(欧州社会党)は共同マニフェスト 21 か条を作成 ブレア・シュレーダーの「The Third Way/Die Neue Mitte」共同宣言―財政均衡、職業訓練、 5 個人型社会など「条件整備型国家」を掲示。しかしジョスパンは共同署名を拒否 「欧州の社会主義政党、社民政党による理論的・政治的再構築の成果の英国版の呼称に過ぎ ない」 (Jospin 1999) =>第 3 の道と欧州統合の交差点、協働の契機は欧州左派の覇権争いの様相に ― ジョスパン政権の公約(民営化の休止、公共部門雇用、労働時短)から、アルカイック なオールド・レフト像のイメージが増幅 4.2 第三の道とフランス社会党 ― PS と英労働党の 7 つの差異:①国家と市場、②ネオ・ケインジアンとネオ・リベラル、 ③福祉国家に対する態度、④公共サービス(公役務)に対する執着、⑤労働市場の柔軟性、 ⑥欧州統合を外交・防衛力あるいは経済力で主導しようとするか(Weber 1999) ・・・にも係らず政策的には強い類似性:経済政策に対する拘束的要因、社会的排除への取り組 み、社会秩序・治安問題、環境問題への取り組み(Crowley 1999) ― 野党時代(71-81 年)にマキシマリスト的綱領の作成( 「社会主義プロジェ」 ) 、与党時代 (81-86、88-93、97-02)に実質的な転換(民営化/規制緩和)を達成(←→サッチャリズム のインパクトに影響された英労働党) cf. 83 年の「自由主義的転回」 ― 果たしてブレアは「モダン」でジョスパンは「アルカイック」だったのか? 移民の市民権獲得政策、PACS 法、 「ユーロ・チャンピオン」のための民営化、 「雇用・安 定成長協定」 、パリテ法、包括疾病保険(CMU)・・・「左派の現実主義的」イデオロギー再 定義と市民社会との連携 ― 社会党は独自に 90 年より「近代化」の必要性を認識:競争力=投資、研究開発、職業訓 練。権力獲得後での変革を「外圧」によって達成(デュアリズムによる使い分け) =>政策資源(国家) 、戦略(政党システム) 、イデオロギー(革命的志向)のジレンマの 中で「可能性の創造」 (Jospin)を確保 ― 欧州憲法(Europeen Constitution)草案:PS は「社会的次元」の欠如を非難、英労働党は 十分に社会的と判断/「同床異夢」のヨーロッパ ― 「パスカルの賭け」としての欧州統合・・・税制調和、雇用政策、産業開発、社会ダイアロ ーグ: 「ソーシャル・ヨーロッパ」は実現するのか―政策理念のプロジェクション =>「欧州の社民主義的含意の終焉」 (R.ダーレンドルフ)の後に 訪れたそれぞれによる新たなイデオロギー的検討の開始(?) 5.質疑応答 6 以 上 ―関連文献案内(邦語のみ)― ● 有田英也(2003) 『政治的ロマン主義の運命:ドリュ・ラ・ロシェルとフランス・ファシズム』 (名古屋大 学出版会) :戦間期ファシストの行動原理を思想の解明 ● 植村邦(2002) 『フランス社会党と「第 3 の道」 』 (新泉社) :フランス社会党とブレア流の第 3 の道との 異同を説明(但し誤訳多し) ● 宇野重規(2004)『政治哲学へ』(東京大学出版会):現代のフランス社会思想が何を問題としているか を説明 ● ギデンズ.A(2002) 『左派右派を超えて』 (而立書房) 、 (2003) 『第 3 の道とその批判』 (晃洋書房) 、 (1999) 『第 3 の道』 (日本経済新聞社) :是非この順番で ● サスーン.D(1999) 『現代ヨーロッパの社会民主主義』 (日本経済評論社) :欧州各国左派政党が抱える 問題点を各国専門家が指摘 ● シャルロ.J(1976) 『保守支配の構造』 (みすず書房) :やや古びたが、ゴーリスト政党の構造の詳細な 解説 ● 高橋進(2000) 『ヨーロッパ新潮流』 (御茶ノ水書房) :英独仏を中心にした第 3 の道論の背景を解説 ● 田口富久治・鈴木一人『国民国家とグローバリゼーション』 (青木書店) 、田口富久治編『ケインズ主 義的福祉国家:先進6ヵ国の危機と再編』(青木書店) 、鈴木一人「ミッテラン政権の経済政 策とフランスの欧州政策」 『日本 EC 学会年報』第 16 号、1996 年:グローバル化による影響 と対応・再編を描写 ● 中島康予(1998)「フランス左翼とヨーロッパ統合」、高柳編『ヨーロッパ統合と日欧関係』(中央大学 出版部)所収:社会党の政治戦略・構想と欧州統合の非整合性を鋭く解く ● 中山洋平(1999) 「フランス」 、小川編『EU 諸国』 (自由国民社) :フランス政治の特質を政治史・政策 実施過程から解明 ● 西永良成(1998) 『変貌するフランス』 (NHK ブックス) :フランスの政治社会の変化をやさしく解説 ● ボッビオ.N(1998) 『左と右』 (御茶ノ水書房) :イタリアの文人政治家による政治の哲学、政治におけ る左右の意義を説く ● 三浦信孝編(2001) 『普遍性か差異か』 (藤原書店) 、同(2003) 『来るべき<民主主義>』 (藤原書店) : 学際的にフランスの社会的・文化的問題を掘り下げる ● モリス.P(1998) 『現代のフランス政治』 (晃洋書房)/ヘイワード.JES(1986) 『フランス政治百科』 (勁草書房、上・下) :ともに英国研究者によるバランスのとれたフランス政治・制度の解説。 ● レモン.R(1995) 『フランス政治の変容』 (ユニテ) :フランス政治史研究の第一人者による現状解説 ● ラーキン.M(2004) 『フランス政治史』 (大阪経済法科大学出版部) :邦語で読めるもっとも詳細な 30 年代以降のフランス政治史 ● 吉田徹(1999) 「ソーシャル・ヨーロッパとはなにか−フランスの対欧州戦略−」 、 『NIRA 政策研究』 、 第 37 号:ジョスパン、シュレーダー、ブレアを中心に欧州統合プロセスと第 3 の道の関連を考察 ● 吉田徹(2004)「フランス―避け難い国家?」小川・岩崎編『アクセス地域研究』(日本経済評論社): 先行研究の整理と欧州統合との不適合を社会経済政策から解説 ● 「特集―ヨーロッパ新潮流」 、 『世界』1999 年 2 月号:各国/EU の政治学者・専門家による現状分析と 7 背景説明 8
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