アブストラクト ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 三重項状態が最低一重項状態よりも 10 kcal/mol (5000 K) 以上安定化している基底三重項有機分子 は一般的には寿命は短く、たいてい反応中間体と して検出される。この論文では、大きな一重項-三 重項エネルギーギャップΔEST(およそ 10 kcal/mol) をもつ基底三重項アザ-メタ-キシリレンジラジカ H 2C CH2 HN メタ-キシリレン NH アザ-メタ-キシリレン ジラジカル ジラジカル ル誘導体について報告する。このエネルギーギャップはよく知られている反応中間体メタ-キシリレンジ ラジカルのΔEST に匹敵する。このアザ-メタ-キシリレンジラジカル誘導体(アミニルジラジカル)は室 温の溶液中で分のオーダーで生き残っている。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------[序] メタ-キシリレンはよく知られているとても強いスピン-スピン相互作用をもつ高スピンジラジラルであ り、基底三重項状態は最低一重項状態よりも 9.6±0.2 kcal/mol 下に存在している。このエネルギーギャ ップは有機分子において最も大きいと分かっている一重項-三重項エネルギーギャップ(ΔEST)のうちの 1つである。そのような分子は一般的には寿命は短い。メタ-キシリレンは室温の溶液中で数百ナノ秒間 観測可能である。安定性を改良したメタ-キシリレン誘導体が作られ、多くの高スピンジラジカルが提供 されてきた。過去数十年にわたって、メタ‐キシリレンに基づくジラジカルは高スピンポリラジカルや 磁気的にオーダーした有機ポリマーの設計においてビルディングブロックとして用いられてきた。しか しながら、拡張したパイ系へのスピン密度の分散や安定性が向上する共鳴安定化によって、これらのジ ラジカルのスピン‐スピン相互作用はメタ‐キシリレンのΔEST(9.6 kcal/mol)の大きさに比べて1から 3ケタ小さくなっている。したがって、大きなΔEST(>10 kcal/mol)と室温での安定性の両方をもって いる基底三重項ジラジラルはまだ手に入れにくい。そのようなジラジカルは室温で強いスピン‐スピン 相互作用をもった高スピンポリラジカルのビルディングブロックとみなされるかもしれない。そのよう な高スピンポリラジカルは強い磁気ポリマーや有機スピントロニクスの発展に貢献するだろうと思わ れる。窒素中心(アミニル)ラジカルは一般的には短寿命であり、室温 Cl 大気中で安定なアミニルモノラジカルは2種類しか知られていない。最 近、筆者らは不活性ガス雰囲気中で、基底三重項アミニルジラジカルの 単離を報告した。そのジアザペンタセン誘導体アミニルジラジカルは密 度汎関数法による計算によって、ΔEST は 7 kcal/mol ぐらいあると評価さ れた。それは室温の熱エネルギー(0.6 kcal/mol)よりずっと大きい。こ -1- Cl Cl Cl Cl Cl Cl N Cl Cl Cl アミニルラジカル N H 2C N CH2 m-Xylylene ΔEst, (cal.) = 12.0 kcal/mol C 8H 17 C8 H17 C8 H17 HN Diaazapentacene-derived aminyl diradical N NH Aza-m-xylylene ΔEst, (cal.) = 15.8 kcal/mol N Octahydropyridoquinoline aminyl diradical (OHPQ) ΔEst, (cal.) = 13.5 kcal/mol N Pr - n N N n - Pr N 2 1 ΔEst, (cal.) = 11.0 kcal/mol の結果によって、筆者らはΔEST が 10 kcal/mol 以上ある安定なアミニルラジカルを開発することを励ま された。筆者らは Schreiner らによって計算されたオクタヒドロピリドキノリン(OHPQ)を含むモデルジ ラジカルについて調べた。特に、筆者らはアザ‐メタ‐キシリレンジラジカルの平面構造をもつ誘導体 について考察した。その分子おいては、スピン‐ス ピン相互作用を最大化するために、パイ非局在化は ほとんどメタ‐フェニレンに制限される。OHPQ ジ N ラジカル、ジラジカル1、アザ‐メタ‐キシリレン ジラジカル、そしてメタキシリレンのDFTレベル で計算されたΔEST の値はそれぞれ 13.5、11.0、15.8、 12.0 kcal/mol である。さらに、N‐ターシャルブチ N-ターシャルブチル CH 2 ベンジルラジカル アニリノラジカル ルアニリノラジカルのEPRによる超微細分裂(aH) は次のことを示している。パラ位とオルト位の aH の値はベンジルラジカルのパラ位とオルト位の aH の 値より少し大きい(1.1 から 1.2 倍)。経験的な相関、ΔEST~|aH|に基づくと、アザ‐メタ‐キシリレンと メタ‐キシリレンの平面誘導体のΔEST の値は同等のはずである。 -2- 立体的に保護されたアザ‐メタ‐キシリレンの平面誘導体、アミニルジラジカル2の合成と磁気的特徴 について述べる。その分子は基底三重項であり、ΔEST はメタ‐キシリレンに匹敵するが、室温溶液中で 分のスケールで生き残るジラジカルである。 [合成] ジラジカル2への合成ルートはインドレニン誘導体3を生成するフィッシャーインドール合成から始 まる(スキーム1)。過剰のアリルグリニャード試薬を加えるとジアステレオマーの混合物としてジア ミン4が生成した。(メチルグリニャード試薬の付加では対応するジアミンは生成しなかった。すなわ ちジラジカル1の合成は簡単ではない。)次のステップで4のアリル基はH2によって5の対応する nプロピルに還元された。ジアステレオマー5は低い温度で臭素化され6が生成された。6は 4-tert-butylphenyl boronic acid を用いて鈴木クロスカップリングを施され7が得られた。ジアステレオマ ー7は n-BuLi で処理されジアニオンのオレンジ色の溶液が得られた。‐115 度でのジアニオンのイオダ インによる酸化によってアミニルジラジカル2の暗赤色溶液が得られた。2-MeTHF 中 0.9-2.0 μmol のサ ンプルでEPRや SQUID の測定がなされた。 -3- [EPR測定] y x z 2‐MeTHF中、133Kでのジラジカル2のEPRスペクトルは|Δms|=1 の領域に6本の対称に配置 したピークを示し、半磁場に|Δms|=2 の強い信号が観測された。最も外側の2本のz成分のピークには5 本線が現れている。これは2つの窒素核の14N超微細結合(Azz)でシミュレートされる。Azz は 14N 超 微細テンソル(Aテンソル)の最大主値であるので、Azz の方向は窒素核の 2pπ 軌道の方向と一致する。 これは、2pπ 軌道はだいたいDテンソルのz方向と平行であることを意味している。Diaazapentacene 誘 導体アミニルジラジカルでも同様のことが観測されている。したがって、ジラジカル2のアミニル部位 とメタ‐フェニレンはおよそ同一平面の構造をとっている。 ジラジカル1のDテンソルとAテンソルの B3LYP/EPR-II 計算によると、DとAの最も大きな主値の方向は窒素核の 2pπ 軌道の方向とだいたい並行であることが確かめられた。 ジラジカル1の計算された窒素核の Azz の値 1.131×10-3 cm-1 とジラジカル2の窒素核の Azz の値 1.134×10-3 cm-1 はとて もよく一致した。ジラジカル1の計算されたD値 3.4×10-2 Oblate‐like Prolate‐like cm-1 は実験値 1.749×10-2 cm-1 を過大評価しているが、Dの 符号が正というのは、全スピン密度が “oblate-like”(パンケーキ型)のような形をしていることを示し ている。これはスピン密度がメタ‐フェニレンのパイ系に大きく非局在化していることから予想される ことである。 -4- 比較として、ニトロキシド‐メタフェニレン‐ニトロキシドの平面構造をもつジラジカル8の全スピン 密度は “prolate-like” (ラグビーボール型)の形をもつ。なぜならスピン密度のおよそ半分はNO部位 の酸素原子に局在しているからである。ジラジカル8のDの符号が負という計算結果は、スピン密度が ラグビーボール型の形をしていることを支持している。計算されたDとAテンソルとEPRスペクトル は、Dテンソルの2番目に大きな主値とAテンソルの1番大きな主値が窒素核の 2pπ 軌道の方向とだい たい並行であることを示している。 平面構造をもつアミニルジラジカルとニトロキシドジラジカルのスピン密度の定性的な違いは基底 三重項アミニルのとても大きなΔEST と相関しているかもしれない。 ジラジカル 2 2pπ Dテンソルの方向 Azzの方向 Dテンソルの方向 [磁性の測定] 2-MeTHF 中でのジラジカル2が基底三重項状態であることは SQUID 磁気測定により明白に確かめられ た。磁化(M)の磁場依存性と磁化率(χ)の温度依存性に対して、S = 1 の常磁性的挙動が証明された。平均 場パラメータθ ≈ -0.2 K として測定された小さい反強磁性相互作用はジラジカル2の 20 mM 溶液中のと ても弱い分子間相互作用と帰属された (修正ブレーニーバウアーモデル)。 特に、1.8 K, 3 K, 5 K での M/Msat vs H/(T-θ)の曲線に対する数値的フィッテイングによって S = 1.0 が得 られた。測定されたχT 値 0.89 emu K mol-1 をスピン濃度(アミニルラジカルサイトあたり Msat = 0.89 μB) -5- で較正したのちに、χT 値 1.0 emu K mol-1 が得られた。これは S = 1 ジラジカルに期待される値である。 さらに、χT vs T プロットは測定した一番高い温度である 150 K までフラットであった。これはΔEST の 下限値 200 K (∼ 0.4 kcal/mol)を与える。 [反応性] 筆者らはEPR分光法を用いて 2-MeTHF 中のアザ-メタ-キシリレン ジラジカル2の反応性・安定性に ついて調べた。-115℃、ヨウ素存在化で三重項ジラジカルのEPR信号の減衰が観測された。-78℃へ の短時間の加熱でジラジカル2のEPR信号は消失した。低温でのジラジカルのヨウ素に対する反応性 はジラジカル2の生成を難しくした。他の実験において、2-MeTHF 中のジラジカル2を‐105℃で酸素 に短時間曝すとEPR信号強度は急激に減衰し、特にジラジカル2の三重項の信号は完全に消失した。 ヨウ素と酸素無しの下で 2-MeTHF 中のジラジカル2の‐27℃での短時間アニーリング後のEPR 信号の変化はほとんどなかった。しかしながら、室温ではジラジカル2の三重項のEPR 信号強度は分 のオーダーで減衰していった。ジラジカル2のEPR信号は 20 分後でも検出はできた。SQUIDを もちいて同様の実験を行った。‐27℃で 30 分アニールしたTHF中のジラジカル2の磁気測定は三 重項ジラジカルデータを示した。連続的なアニーリング、0℃30 分、22℃30 分、さらに 22℃30 分の後、 データはジラジカル信号の急激な減衰を示した。ジラジカル2は室温1時間の後でも検出はできた。 2-MeTHF, THF 中のジラジカル2の室温でのさらなるアニーリングの後、主な生成物としてジアミン7 を単離した。すなわち、他の三重項アミニルジラジカルで観測されたメカニズムと同様に水素引き抜き メカニズムであることを示唆している。 [結論] 溶液中でアザ‐メタ‐キシリレンの平面構造誘導体を合成した。これは 10 kcal/mol 程度の三重項‐ 一重項エネルギーギャップをもち溶液中室温で分のスケールの寿命をもつ有機ジラジカルの最初の例 である。 -6- 汎関数:密度汎関数理論(みつどはんかんすうりろん)は電子系のエネルギーなどの物性を電 子密度から計算することが可能であるとする理論である EPR:電子スピン共鳴(でんしスピンきょうめい: Electron Paramagnetic Resonance、 略称EPR、 Electron Spin Resonance、 略称 ESR)は不対電子を検出する分光法の一種。遷移金属イオンもしく は有機化合物中のフリーラジカルの検出に用いられる。 ESR+軌道角運動量 Bleany-Bowersモデル(ブレーニーバウアーモデル):Singlet-Triplet モデル 修正Bleany-Bowersモデル(ブレーニーバウアーモデル):Singlet-Triplet モデルに分子場θをとり いれたモデル -7-
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