逆流性食道炎 胸やけや呑酸 胃から食道へ胃酸が逆流することで 起きる病気を﹁胃食道逆流症﹂といい ます。この中で最も患者数が多く、重 要な病気が﹁逆流性食道炎﹂です。 典型的な症状は、胸やけや呑酸など の食道症状ですが、ときに慢性的な咳 や喘息の合併、のどの違和感やかすれ 声など食道以外の症状が、胃酸の逆流 が原因で起こっていることがあります。 ﹁下部 食 道括約部﹂といって、括約筋 という特別な機能を持つ筋肉でできて まれています。胃には、胃酸が自らの い酸性の塩酸︵胃酸︶や消化酵素が含 胃液には、食物を消化するための強 にはしっかり締まって、通常は胃の内 れるときにはゆるみ、それ以外のとき 役割をし、飲食物が食道から胃に送ら 下端部は一方向にだけ働く弁のような います。括約筋の作用によって、食道 粘膜まで消化してしまわないように守 容物が食道に逆流しないようになって 胃酸が食道粘膜に 炎症を起こします る機能が備わっていますが、食道は胃 括約筋がゆるんで逆流防止機能が低 酸に対する抵抗力があまりありません。 いるのです。 その代わりに、胃からの逆流を防ぐし と、胃液や消化途中の胃の内容物が食 下したり、胃酸が過剰に増えたりする そのしくみは、胃へとつながってい 道に逆流して、食道粘膜を傷つけてし くみが働いています。 く 食 道 の 下 端 部 に あ り ま す。 こ こ は 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 食道・一般外科学分野主任教授 同大学医学部附属病院 食道・胃外科診療科長 食道への逆流を防ぐしくみ 監 修 河野 辰幸 先生 ◉略歴 1976 年、東京医科歯科大学医学部卒業、同 大学第1外科学教室入局。助手、講師を経て、 2000 年、同大学医歯学総合研究科血流・血 管応用外科学分野助教授。2002 年、同大学 医学部附属病院食道・胃外科科長。この間、ミュ ンヘン工科大学医学部附属病院外科留学 (1993 年)、コロンビア大学・コーネル大学 付属ニューヨーク病院胸部外科文部科学省在 外研究員(2000 年)。2010 年より現職 日本消化器内視鏡学会奨励賞(1991)、世界 気管食道科学会IVF賞(1998)ほか、受 賞多数 12 があると、逆流物が食道に長く停滞し 運動機能︵蠕動といいます︶に不具合 まいます。また、食物を胃に送る食道 ることがあります。 用している人に逆流性食道炎がみられ せる作用のある薬があり、これらを服 どの治療薬の中には、括約筋を弛緩さ 食道を通って口まで上がってくる症状 などと訴える人もいます。 る感じ、食道に何か詰まっている感じ こ れ を﹁ 食 道 裂 孔 ヘ ル ニ ア ﹂ と い い、 が 食 道 側 に 飛 び 出 す こ と が あ り ま す。 ていますが、ここがゆるんで胃の一部 て、みぞおちから胸の下あたりに〝チ 用で刺激されたり、傷つけられたりし ことによって食道粘膜が胃酸の消化作 胃液や胃の内容物が食道に逆流する 食道がんになることはありません。 配する人がいますが、食道炎から直接、 える患者さんの中には、食道がんを心 が飲み込みづらいなどの食道症状を訴 食道炎による食道の違和感や食べ物 強まることもあります。 もみられます。かがんだときや食べ過 ﹁ 呑 酸 ﹂ と い っ て、 酸 っ ぱ い 液 体 が ます。これが﹁逆流性食道炎﹂です。 ぎたあと、特定の食べ物などで症状が う孔を通って胃につながります。食道 食道は横隔膜にあいた食道裂孔とい 典型的な症状は 胸やけや呑酸 逆流性食道炎の原因になることがあり リチリと焼けるような〟などと表現さ 裂孔は、食道を固定して逆流を防止し ます。 ただ、胃酸の逆流を長年繰り返して といい、ここにバレット腺がんという が あ り ま す。 こ れ を﹁ バ レ ッ ト 食 道 ﹂ 異なる別の組織に変化してしまうこと の一部が、本来の食道粘膜の組織とは いるうちに、胃酸でただれた食道粘膜 れる胸やけが起こります。食物がしみ 歯や耳にも? 胸の痛み そのほか、高血圧や喘息、心臓病な 慢性的に咳が出たり、 喘息発作のような咳症状 しゃがれ声やのどの痛み 食道がんが発生することがあります。 バレット食道がある人は、ない人に 比べて食道がんになるリスクが約 倍 高まるという報告があります。いたず らに心配する必要はありませんが、胸 やけや逆流症状がある人は、一度、き ちんと診断してもらうと安心です。 13 10 口の中まで酸っぱい液が 上がってくる チリチリと痛むような胸やけ 食道に胃酸が逆流して 特集2 逆流性食道炎の症状 〈典型的な症状〉 〈消化器以外の症状〉 ことができます 咳やのどの痛みなど 食道以外の症状も 胸やけや呑酸は、逆流性食道炎の典 して、慢性の咳や気管支炎、喘息に似 くはありませんが、食道への酸の逆流 そのほか、実施されることはそう多 拮抗薬︶という薬もあります。 また、胃酸を中和し、逆流した胃の こると考えられています。 て周辺の自律神経を刺激したりして起 的です。それには薬がよく効きます。 生活の支障を取り除くことが治療の目 道 逆 流 症 で も、 つ ら い 症 状 を 改 善 し、 がスムーズに腸に移動するように促す たり、胃の運動を高めて、胃の内容物 て、逆流してきた胃酸を胃に押し戻し する制酸薬、食道の運動機能を改善し 内容物が食道粘膜を傷つけないように 咳や咽頭の異常がなかなかよくなら 現在、中心的な薬はプロトンポンプ 最近では、中心的な薬であるプロト ない場合は一度、胃食道逆流症を疑っ に用いられることもあり、胸やけや呑 ンポンプ阻害薬にさらに効果の高い新 消化管運動機能改善薬、食道粘膜を保 てみてもよいかもしれません。 酸を訴える患者さんに 日間服用して 道炎や非びらん性胃食道逆流症の可能 もらい、症状がよくなれば、逆流性食 術 が 適 応 と な る よ う な 患 者 さ ん に も、 薬が登場し、これまで重い逆流症で手 14 症状が重かったり、典型的な症状で はないものの、逆流性食道炎が疑われ る場合は、内視鏡検査が有用です。粘 膜の炎症の程度を客観的に評価・把握 た呼吸器の症状、胸痛、咽頭炎や喉頭 を測定するp H検査、食道の運動機能 できます。 炎といった喉の症状などが注目されて を調べる内圧検査などがあります。 型的な症状ですが、食道以外の症状と います。また、耳の痛みや、酸で歯が 性が高いと診断されます。 胃酸の分泌を抑える薬には、このほ なお、内視鏡検査をしても、食道粘 膜に胃酸によるただれ︵びらん︶や傷 侵食される︵歯牙酸蝕︶という意外な 症状もあげられています。 人がいます。これを﹁非びらん性胃食 か ブロッカー︵ヒスタミン 受容体 正確にはわかっていませんが、咳につ 道逆流症﹂と呼んでいます。 害が見られないのに、胸やけを訴える いては、逆流した胃酸が、のどや気管 食道以外の症状がなぜ現れるのかは 薬がよく効きます かかりつけ医に相談しましょう 阻害薬︵PPI︶という、胃酸の分泌 逆流性食道炎でも、非びらん性胃食 H2 護する粘膜保護薬などが用いられます。 支を直接刺激したり、食道粘膜を介し H2 を抑える薬です。この薬は診断を目的 症状から診断がつき 薬がよく効きます 逆流性食道炎は、患者さんが訴える 症状からほぼ診断がつきます。 7 薬で症状を軽くする べる、運動をほとんどせず肥満傾向が が強まる誘因になるので、ほどほど は、生活習慣の改善が症状の軽減に有 薬物療法で改善が期待できるようにな 重症の食道裂孔ヘルニアで、薬物療 効です。次のようなことに気をつけま にしましょう。 法ではどうしても十分にコントロール しょう。 いので、体を締めつける服装、重い 改まらないなどの偏った習慣がある人 できない場合、逆流した胃酸が気管に ●食事は規則正しくとり、寝る前の夜 物の持ち上げ、前かがみの姿勢を続 りました。 入って肺炎を起こすおそれがある場合 食はとらないようにしましょう。 ●食後すぐに横になると逆流が起きや などでは、外科療法︵主に腹腔鏡を用 けることなどは避けましょう。 ぎは、消化のために胃から大量の胃 ●就寝時は、上半身が ∼ ㎝ ほど高 ●肥満の人は減量しましょう。 ●腹圧が上がると、逆流を起こしやす すいので注意しましょう。 いた外科手術︶が効果的な治療法です。 ●食べ過ぎや、脂っこい食品のとり過 液が分泌されるので避けましょう。 ●香辛料、カフェイン、チョコレート、 腹圧を上げるような衣服や 動作には気をつけましょう 上半身が15∼20cm高くなる ようにして寝るとよいでしょう 禁煙し、適度な運動をして肥満を予防しましょう 20 け医に相談して、症状を改善する治療 的に気になる症状があれば、かかりつ かかわる病気ではありませんが、日常 通常の逆流性食道炎そのものは命に らいの気持ちでよいでしょう。 健康的といわれる生活習慣を続けるく なってしまっては逆効果です。一般に な っ た り、 気 に し 過 ぎ て ス ト レ ス に になるあまり、かえって偏った食事に 題があるわけではありません。神経質 の多くは、特に食生活や生活習慣に問 実際には、逆流性食道炎の患者さん ●喫煙はやめましょう。 くなるようにして寝ると効果的です。 15 を検討してもらいましょう。 15 生活に問題があれば 改善しましょう 食べ過ぎや脂っこい食品の とり過ぎに気をつけましょう アルコール、酸味の強い柑橘類のと 刺激の強い食品をとり過ぎ ないようにしましょう 逆流性食道炎があるのに、深夜の夜 深夜の夜食は控えましょう り過ぎは胸やけを起こしたり、症状 食後すぐ横にならないように しましょう 食や脂肪の多い食品を頻繁に大量に食 健康的な生活は 症状を軽くする効果があります
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