統合報告における 「資本 Capitals」のマネジメント

2013 年 10 月
統合報告における
「資本 Capitals」のマネジメント
永田洋(JSIF 運営委員)
統合報告における
「資本 Capitals」のマネジメント
はじめに
周知のように、IIRC の統合報告に関するフレームワークの発表により、IR 情報と、CSR 情報を統合し
て報告する動きに注目が集まっています。その端的な現れは、アニュアルレポートと CSR レポートを
一冊の冊子の中で掲載してしまおうという動きです。そのような中、IIRC は、それ以前の統合報告の
潮流を反映しながらも、複数の資本モデル(Capitals)に基づく統合報告を提唱しているという意味に
おいて、これまでの統合報告とは質的に異なるフレームワークであると言えます(⇒「『2.資本 Capitals』
の登場」)。
私は、IIRC の統合フレームワークは、IR 情報と CSR 情報を統合するという意味の統合報告ではない
と理解しています。中長期の企業価値創出に影響を与える財務資本、製造資本、知的資本、人的
資本、自然資本、社会関係資本を明らかにし、その資本 Capitals が、企業特有のビジネスモデルの
中で、増減していく様をマネジメントし、報告しようとするフレームワークと理解しています(⇒「2.2. 『資
本』の意味」)。
こうした資本の考え方の拡張は、株主と企業を中心とするこれまでの狭義のコーポレート・ガバナン
スやスチワードシップの考え方に著しい影響を及ぼすことになると考えています(⇒「2.3. 『資本
Capitals』が切り拓く意味合い」を参照)。また、これからの CSR マネジメントのあり方にも変化を促すよ
うに思えます(⇒「3.2.影響を受ける CSR レポート」)。
以下は、ESG や CSR の視点に立ち、内外の動向や事例を踏まえながら、資本(Capitals)のマネジメ
ントの必要性に焦点を当てて書いたものです。
1. これまでの「統合報告書」
1.1. 伝統的な AR の上に立つ「統合報告書」
いわゆる「統合報告書」には、従来の伝統的なアニュアル・レポート(AR)上において非財務・CSR
情報を統合したもの、あるいは「統合報告書」として自己表明したもの等いくつかのタイプがあります。
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欧州では、日本の有価証券報告書にあたる AR があり、その AR は会社法等の規制を受けているので、
そこに非財務情報を挿入し、それを統合報告書として発行している企業もあります。
例えば、オランダの家電・電機のフィリップス社や、デンマークの製薬企業のノボ・ノルディスク社の
AR1がそうです。これらの統合報告書は、従来型 AR の枠組みの中で報告されていますが、それ以前
に独立して発行していたサステナビリティレポートを AR の中に組み込んでいます。
ノボ・ノルディスク社の統合報告2は、トリプル・ボトムラインのアプローチに基づき、「財務」「社会」「環
境」がパフォーマンス情報として報告され、「財務」だけでなく、「社会」「環境」の数値目標も同時に報
告されています。「環境」報告は、わが国の企業が CSR レポートで報告しているエネルギー、水、CO2
排出量の目標や進捗状況といった情報内容と大差はありません。しかし、この会社は、「財務」だけで
パフォーマンスを捉えてはいない、ということがはっきりと明示されています。 「経済」「社会」「環境」
というアプローチをとるフィリップス社の AR もそうです。
1.2. 南アフリカのガバナンスにおける「統合報告」の位置づけ
南アフリカのヨハネスブルク証券取引所には、「King III」というガバナンス報告書があります。この報
告書は、もともと「コーポレート・ガバナンスに関するキング委員会」として、マービン・キング判事のリー
ダーシップの下に 1992 年に設置されたものです。本委員会は、英国のギャトバリー報告書によって
南アフリカのコーポレート・ガバナンスに深刻な欠陥があることが明らかにされた直後に設置されたよう
です3。
三回目となる「King III」レポートには、ガバナンスフレームワークとは別に、「サステナビリティ」という項
目が設けられています。その中で、欧州をはじめとした各国の法制度をはじめ、「社会、環境、経済課
題(Integration of social, environmental, and economic issues)」が取り上げられ、最後に「統合報告
(Integrated reporting)」の項目を設けています4。
このガバナンス報告書は、Leadership を始め、Boards and Directors などの構成内容が、英国のガ
バナンスコードを彷彿とさせます。しかし、大きな違いは、サステナビリティに対する明確な言及が多く
あることです。また、報告書の原則 3.4 には、「The audit committee should oversee integrated
reporting」とありますが、これは監査員会が、統合報告を oversee、すなわち、監視・監督しないとい
けないことになっています。もう一つは、「第 9 章 統合報告と開示」という項目が設けられ、サステナ
ビリティ報告と開示は、財務報告の中で統合されねばならず、さらに情報内容に対する独立保証が
求められることです。
ここで注目したいのは、南アフリカ上場企業のサステナビリティ、もしくは統合報告は、コーポレート・
1
ノボ・ノルディスク社の 2013 の AR は、以下のサイトの PDF を参照。
http://www.novonordisk.com/investors/annual-report-2012/default.asp
2 ノボ・ノルディスク社の Kingo 氏は、1988 年に同社に入り、同社のトリプル・ボトムラインアプローチを構築するた
めに尽力したとあります。上記 AR2012、P54 の「Governance, Leadership and Shares」を参照。同社は、IIRC のパイロ
ットプログラムにも参加しています。
3 『南アフリカ・キング委員会報告書』(2001、白桃書房)、冒頭の大使メッセージを参照。
4 King III については、以下のサイトを参照。http://african.ipapercms.dk/IOD/KINGIII/kingiiireport/
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ガバナンスの枠組みに組入れられているということです。これは英国のガバナンスコード(The UK
Corporate Governance Code)に比べると、画期的に思えるのです。英国が示したイノベーションは、
南アフリカにおいて最初に実践されたのでしょうか。
1.3. 南アフリカの「統合報告」フレームワーク
「King III」を受け、南アフリカでは、2011 年 1 月に「統合報告委員会(IRC)」が設置され、IIRC(国際
統合報告評議会)と同じような「ディスカッション・ペーパー(DP)」5が公表されました。この DP を一読
して気づくのは、「統合報告書」に盛り込まれる構成内容が、従来のガイドライン等に比べると、そんな
に細かくない、ということです。もう一つは、「サステナビリティ課題」、「ステークホルダー」、「インパク
ト」、「財務」、「社会」、「環境」、「社会」などサステナビリティや、ISO26000 で馴染みの深い概念で捉
えられている点です。
この DP を受けて、ヨハネスブルク証券取引所に上場する企業は、2011 年から統合報告書を作成
しています。その代表的な報告書が、南アフリカの資源化学企業 Sasol(サソール)の統合報告書6で
す。現在、2 冊目の統合報告書を作成7していますが、上記 DP に沿った報告書になっています。KPI
や KRI 指標の出し方もそうです。サステナビリティ情報と財務業績を統合しようとするとき、この DP は
活用できそうです。
南アは、IIRC のフレームワークが正式決定されたあかつきには、IIRC フレームワークに移行する表明
を打ちだしています。まもなく、Sasol の 2013 年の統合報告書が発行されますが、2012 年からどう
変化しているかに、とても興味がもてます。Sasol は、二度目の統合報告書で、統合報告書を同社の
「プライマリー・レポート」として位置づけています。これにより、詳細な IR やサステナビリティ情報との区
別を行っています。
2. 「資本 Capitals」の登場
2.1. 「21 世紀における価値の伝達」 ∼ 「資本」の登場
2011 年 11 月、IIRC のディスカッション・ペーパー(DP)8は、これまで欧州の AR にあった ESG、サス
5
南アフリカの『Framework for Integrated Reporting and The Integrated Report』については下記 PDF を参照。
http://www.sustainabilitysa.org/Portals/0/IRC%20of%20SA%20Integrated%20Reporting%20Guide%20Jan%2011.pdf
6
サソールの統合報告書については、以下のサイトを参照。ただし、最新の 2013 はまだ発行されていません。
http://www.sasol.com/investor-centre/publications/integrated-report
7 サソールの 2011 年と 2012 年には、著しい変化があります。Shared value などの考え方も反映されています。
8 IIRC のディスカッションペーパー(DP)は、和文は以下の PDF 参照。
http://www.theiirc.org/wp-content/uploads/2011/11/IIRC-Discussion-Paper_Japanese.pdf
IIRC のディスカッションペーパー(DP)は、英文は以下の PDF 参照。
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テナビリティといった非財務情報の流れを踏まえながらも、その只中で、これまでまとっていた衣をい
きなり脱ぎ捨て、6 つの「資本 Capitals」からなる「マルチプル・キャピタル」を登場させます。「世界は
変わった-報告もかわらなければならない」。そう宣言し、6 つの「資本 Capitals」からなる資本モデル
の報告が望まれています。「6 つの資本」には、価値が内蔵されており、ビジネスモデルを通じて、その
価値が創造されていきます。
IIRC のディスカッション・ペーパー(DP)には、こう説明されています。
「 す べ て の 組 織 は 、 そ の 成 功 の た め に 、 様 々 な 資 源 と 関 係 ( a variety of resources and
relationships9)に依存している。組織が、これらの資源や関係性の利用を通じて資源を枯渇させ、ま
た関係を衰退させる程度や、資源を創造し、関係を強化する程度は、当該組織の長期的な存続性
の基礎となる、資源の利用可能性及び関係の強さに重要な影響を与える」とあります(和文 P20、英
文 P11)。
そして、ここから次へと続くテキストが、「資本 Capitals」へと衣を変えられていきます。「これらの資源
と関係は、様々な形態の『資本』(different forms of “capitals”)として考えることができる」。私は、こ
こに「21 世紀における価値(Value)の伝達」の根幹があるように思えるのです。
この様々な形態の資本は、IIRC では 6 つですが、かつて社会的責任規格の ISO2600010が決まる
前に、英国規格協会の SIGMA プロジェクト(サステナビリティ統合マネジメントシステムガイドライン)11
における「5 つの資本」として、Forum for the Future という英国サステナビリティの NPO によって開発
されていました12。SIGMA プロジェクトの「5 つの資本」13は、これらの資本をマネジメントの対象領域とし
ています。
(補足) この資本概念の前進となる「資源と関係(resources and relationships)」という概念は、欧州
の伝統的な AR における用語のように私は思います。IFIRS のマネジメント・コメンタリー14においても使
http://theiirc.org/wp-content/uploads/2011/09/IR-Discussion-Paper-2011_single.pdf
9 この「資源と関係性」の用語を意識的に AR で活用しているのは、 世界最大のカリウム鉱山を持つ、カナダのポタッ
シュ(Potash)社 の統合レポートです。同社は、2011 年から「統合レポート」を発行していますが、ポタッシュ社は、ス
テークホルダーにとっての長期的な価値を達成していくなかで、競争優位性に寄与するさまざまな資源と関係
(resources and relationships)を高める方法を追求し、それを概念化するとともに、一枚の図表として表現しています。
Potash の統合レポートは以下を参照。http://www.potashcorp.com/investors/financial_reporting/annual/
10 SIGMA プロジェクトの「5 つの資本」は、ISO26000 の付属書 A では、サステナビリティとして捉えられているのが不思
議です(『日本語訳 ISO26000:2010 社会的責任に関する手引き』(日本規格協会)、P230)。
11 SIGMA プロジェクトの「5 つの資本」については、下記 PDF を参照。「5 つの資本」は、マネジメントの対象とみなされ
ています。ただし、SIGMA プロジェクトの「5 つの資本」モデルには、その資本が展開される「ビジネスモデル」が登場して
いません。
http://www.projectsigma.co.uk/Guidelines/SigmaGuidelines.pdf
12 Forum for the Future による「5 つの資本モデル」は、圧巻です。
http://www.forumforthefuture.org/sites/default/files/project/downloads/five-capitals-model.pdf
13 ただし、SIGMA プロジェクトの「5 つの資本」には、IIRC に見られる「ビジネスモデル」
「企業価値」と
いう概念がありせん。
「5 つの資本」が、価値を創出していくためには、
「ビジネスモデル」を経なければ
なりません。
14 IFRS のマネジメント・コメンタリーについては、以下の PDF 参照。資源および関係性について主題的に言及した箇所
は以下 P13 参照。
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用されるとともに、英国の AR に影響を持つ OFR(Operating and Financial Review)においても言及さ
れているからです。
英国 OFR の「Resources」は、ブランド力、自然資源、従業員、R&D、知的資本、特許、市場ポジシ
ョンなどの資源です。この資源をどのように入手し、マネジメントしているか、それを OFR は説明するよ
うに問うています。これに対し、「Relationship」は、ビジネスとその価値に影響を与える直接・間接のス
テークホルダーとの関係、顧客、サプライヤー、従業員、コントラクター、社会、コミュニティなどについ
ての説明を求めています15。
改めて、OFR の該当箇所を見ると、IIRC の「資本 Capitals」概念は、伝統的な非財務報告の進化を
踏襲しながらも、新しい世界を切り拓くため、あえて、新しい皮袋(「資本 Capitals」概念)を採用した、
いう印象を受けます。
2.2. 「資本」 の意味 ∼ 活動が、マネジメントの対象となる
IIRC の CEO ポール・ドラックマン氏は、IIRC の重要なエッセンスは 3 つあると言っています16。「価値
創造」、次に「ビジネスモデル」、最後に「資本」というコンセプトです。「資本」については、いろいろな議
論があることを承知の上で、「資本」という用語をあえて使うことを強調しています。
ただ、私は、「資本」という考え方はとても良いと思っています。京都大学の植田教授が、少し前に
「自然資本」の管理事業について言及されたことがあります。
「世界全体で『持続可能性』という言葉でさまざまな議論がなされていますが、その対象の
一つが自然の生態系です。地球の生態系保全のために必要なストックを『自然資本
(Natural Capital)』と位置付けて、その資本を減らさずに、できれば増やして、次の世代に
渡していきたいという考え方があります。森林などもその典型で、森林の維持は自然資本の
維持管理事業として捉えられます。今まではビジネスとして捉えられていなかったキャピタ
ル(資本)をマネジメント(管理)する、まさに事業そのものだと考えられるわけです。そういう
事業を、将来的には考える必要があると思います」17。
http://www.ifrs.org/Current-Projects/IASB-Projects/Management-Commentary/IFRS-Practice-Statement/
Documents/Managementcommentarypracticestatement8December.pdf
15 英国の OFR については、下記 PDF を参照。
http://www.frc.org.uk/Our-Work/Publications/ASB/UITF-Abstract-24-Accounting-for-start-up-costs/Reporting-Statem
ent-Operating-and-Financial-Review.aspx
なお、OFR や英国会社法のもとでの英国アニュアルレポートの掲載事項などは、古圧修氏の関連文書(ネットからもグ
グれます)。
16 「未来を拓くコーポレートコミュニケーション第5回 IIRC CEO ポール・ドラックマン聞く」の P3-4 を参照。
http://www.kpmg.or.jp/knowledge/integrated-reporting/article/__icsFiles/afieldfile/2013/07/09/durabilitybusiness-growth-20130710.pdf
17 オリックス『環境レポート 2012-2013』の P5 の発言を参照。
http://www.orix.co.jp/grp/pdf/env_soc/environment/ER2012J.pdf
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私は、この意味を次のように捉えています。「自然資本」の例で言うと、環境保全活動や環境経営
が、「自然資本」として「資本」に括られることで、マネジメントの対象となる、というふうに捉えています。
「財務的な資本」に代表される会計システムには、財務諸表やら、いろいろな計数の見える化がすで
に確立されていますが、環境をはじめ、人材や社会は、その多くが取組みなどの活動事例が多く、
「財務的な資本」と比べると、見える化やマネジメントが進んでいないと思います。
これが「環境」が「自然資本」に、人材が「人的資本」に、知的財産が「知的資本」にと言うようにそ
れぞれ「資本」として組入れられると、マネジメントの対象となり、見える化が始まる。そのように思える
のです。
これまで、「環境」や「人材」や「社会」は、CSR レポートやサステナビリティ報告書の中で、取組み・
活動として認識され、これが網羅的に報告されていました。ところが、これが「資本」となると、事業活
動全体の中で捉えられるようになる、と考えています。昨今、業績と非財務の関係性ばかりが強調さ
れますが、非財務の基本的な「見える化」は、やっと始まったばかりです。
2.2. 「資本 Capitals」 が拓く意味合い ∼ 預かった財産管理の拡張
IIRC には、バックグラウンド・ペーパー(BP)という文書があります18。フレームワークの「資本」「ビジネ
スモデル」「価値創造」などについて、さらに詳しく解説した文書です。
その中に「資本」のバックグラウンド・ペーパー(BP)がありますが、その文書の冒頭には、このコラム
の表題となる「マルチプル・キャピタル(multiple capitals)」という概念が記されています。IIRC は、「諸
資源と関係性」に対して、キャピタル(capitals)を用いようとするのです。
JSIF 代表理事で高崎経済大学経済学部教授の水口剛先生の著書に『責任ある投資 資金の流
れで未来を変える』(岩波書店)という本があります19。第 7 章に「統合報告という構想」に触れた箇所
がありますが、そこで「企業を支える『資本』の捉え方の拡張」(同書、P241)についての説明がありま
す。
ここで水口先生は、「スチワードシップ」という概念について説明されています。水口先生によれば、
「スチワードシップ」は、もともと、イギリスの貴族の屋敷を預かる執事(スチワード)から来ており、スチワ
ードシップは、預かった財産を適切に管理する責任を意味するとの事です。
それでは、組織のスチワードシップとはどういうことかというと、これは、企業がさまざまなステークホ
ルダーから資源や財産の委託を受けることで成り立っている考え方を示しており、その背景にあるの
が、企業を支える「資本」の捉え方の拡張である、とのことです(同書、P241)。
組織を支える視点に「財務的な資本」という捉え方しかなければ、経営者は、株主から預かった財
務資本を管理し、その価値をどのように増やしていくかを説明する責任があります。ところが、組織を
支える視点に、「財務的な資本」以外の「知的資本」「自然資本」「人的資本」「社会・関係資本」など
18
バックグランドペーパーについては以下を参照。
http://www.theiirc.org/resources-2/framework-development/background-papers/
19 水口先生の本には、JSIF の荒井会長によるコメントがあります。http://sifjapan.org/books/post-51.html
pg. 6
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が加わり、「資本」の捉え方が拡張されていくならば、すなわち、マルチプル・キャピタルになってくると、
組織の預かった財産管理、すなわち、スチワードシップも同時に拡張することになるわけです。
英国のガバナンスコードでは、取締役は、スチワードシップに基づき、株主に対して事業の管理を監
督し、組織を長期的な成功に導いてやる責任があるとしています20。株主を中心とする「財務的な資
本」が、「知的資本」「自然資本」「人的資本」「社会・関係資本」へと拡張されば、株主以外に対する
財産管理が、すなわち、マネジメントが発生することになり、経営は、それら「マルチプル・キャピタル」
をマネジンメントしていくことになってきます。
2.3. 社会から預かった「資源」を事業に活用し、良い状態にして社会に返す ∼ オムロン
例えば、オムロンという会社があります。同社は「統合レポート 2012」の中で、「そもそも企業活動に
必要な経営資源は、社会からの預かり物ばかりです。….従業員も、資本も、社会インフラも、すべて
社会からの預かり物である以上、利息をつけてお返ししなければなりません」21という考え方をしていま
す。私は、この様々な資源は、IIRC の「マルチプ・キャピタル」と同じ考え方と考えています。また、別の
箇所でも次のような説明があります。
「オムロンは、原材料やエネルギー、資本や人材など、さまざまな『資源』を社会から預かり、事業
のためにそれらを活用しています。『企業の公器性』『ソーシャルニーズの創造』とは、それらの預
かった資源を無駄なく有効に活用し、より良いものにして社会に返していくことに他なりません。そこ
で、オムロンでは、原料資源のリユース(再使用)・リサイクル(再資源化)・セーブ(節約)を重視し
て、製品の開発・設計・生産に取り組んでいます。例えば、工業用水として利用した琵琶湖の水を
取水した時点よりも清浄な状態にし、リユース可能にして返すこと、石油のようなリユース・リサイク
ルできないエネルギー資源はできる限り節約して地球温暖化の原因である CO2 の排出量を削減
することなどに努めています。
「また、社会から預かった資本や人材という『資源』についても、無駄遣いをせず、より良い状態に
して社会に返していくことを心がけています。資本については、合理的な設備投資や研究開発投
資によって、価値ある製品・サービスを創造し、利益を得て、これを還元することに努めています。
人材については、価値ある製品・サービスを創造できる能力を獲得してもらうことに努めています。
こうして、あらゆる『資源』の無駄遣いを避けながら価値ある製品・サービスを社会に提供し続ける
ことが、オムロンの『企業の公器性』であり、『ソーシャルニーズの創造』なのです」22。
20
「The UK Corporate Governance Code」(2010)の P1 の 2 を参照。
http://www.frc.org.uk/getattachment/b0832de2-5c94-48c0-b771-ebb249fe1fec/The-UK-Corporate-Gove
rnance-Code.aspx
21
オムロン「統合レポート 2012」は、以下のサイト P58 を参照 http://www.omron.co.jp/ir/irlib/irlib_ar12.html
オムロン「企業の公器性報告書 2010」は、以下のサイト P58 を参照。
http://www.omron.co.jp/about/csr/pdf_inquiry/pdf/report_2010/report_2010.pdf
22
pg. 7
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社会から預かった「資源」は、そのまま「資本」として言い換えることができます。注目したいのは、社
会から預かった「資源」を事業に活用し、良い状態にして社会に返すという考え方です。同社は、社
会から預かった資本を元手に、それをビジネスモデルに活用し、価値ある製品をアウトプットし、最初
の資本をより良い状態にして社会に返していく(アウトカム)、ということで、「様々な資本」、「ビジネスモ
デル」へのインプット、製品・サービスとしてのアウトプット、アウトカムとしての価値創造の一連のフロー
を、そのまま考えることができます。
3
「資本 Capitals」の波紋
3.1. 影響を受ける内外の AR
当初、IIRC の資本概念に対しては、やや批判的な意見も寄せられていましたが、それを採用する企
業も増えてきています。例えば、日本の企業でも、三菱重工業をはじめ、ローソン、三井物産は、アニ
ュアルレポート(AR)において「資本 Capitals」の考え方を導入しています。
同じことは、海外企業についても同様に言えます。例えば、香港のエネルギー会社 CLP ホールディ
ングスの AR がそうです。IIRC の「資本 Capitals」を登場させています23。

製造資本 - 当社の資産及び投資

財務的資本 - 当社の資金調達の源泉

知的資本 – 当社の専門知識

関係資本 – 当社の価値観、評判、コミュニティ

人的資本 – 当社の人材

環境資本 – 環境への貢献
仮に、来年以降の AR はどうなってしまうのでしょうか?
IIRC の「資本 Capitals」モデルが、どうなるのかは 2013 年 12 月以降、日本より決算の早い、オースト
ラリアやオランダの一部の企業から、2014 年 3 月以降、その影響がでてくると思います。
ただし、重要なのは、「財務的な資本」以外の他の資本のマネジメント化が先決です。そのためには、
どの資本が重要であるのか、の選定が必要です。その選定が始まる中で、「見える化」が初めてでて
きます。「財務的な資本」の以外の資本の見える化は、今始まったばかりであると言えます。ここでは、
紹介はしていないのですが、「資本 Capitals」を意識した報告書もでてきています。
23
CLP ホールディング社「2012 Annual Report」の P65-88 を参照。
https://www.clpgroup.com/ourcompany/aboutus/resourcecorner/investmentresources/Pages/financialre
ports.aspx#tab2
pg. 8
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3.2. 影響を受ける CSR レポート
内外企業には、2004 年頃から発行されるようになった CSR レポートがあります。CSR レポートは、通
常、株主を始め、顧客・従業員・取引先・地域社会、さらに地球環境等のステークホルダー毎の取
組みが報告されています。
約 10 年の CSR レポート作成において、内外企業の CSR はマネジメント化されており、ISO26000 や
GRI 等といったツールによって、数値情報を始め、取組活動の事例が積み上がってきています。さら
に、CSR は「戦略的 CSR」と言われるなか、日本では中期経営計画との関連づけが行われるようにな
ってきています24。加えて、社会的課題の解決という文脈でも語られており、攻めの CSR の部分が強く
打ち出されてきています。戦略的な CSR は、より業活動全体のレポートに近づくことで、よりマネジメン
トの対象として焦点があてられてきています。
CSR 情報に盛られている「人材への取組み」、「環境保全活動」、「地域社会への貢献」は、取組み
活動事例から、「資本モデル」として、「人的資本」、「自然資本」、「社会・関係資本」として捉えられ
るようになったとき、CSR 情報の開示は取組み活動から、「長期的な価値創造」の中で、バランスよく
マネジメントされるようになってきます。
3.3. 重要性(マテリアリティ)を特定化するマネジメントツール ∼ IIRC、GRI、SASB
IIRC の「資本 Capitals」のフレームを提供していますが、例えば、「自然資本」については、それをマ
ネジメントしていくための指針までは提供していません。それを提供しているのは、一連のガイドライン
です。例えば、「環境報告ガイドライン」や GRI ガイドラインを始め、ISO26000 等のガイドラインがありま
す。これらのガイドドライは、ある程度クロスしており、企業はこれまでこうした環境情報の積上げを行っ
てきています。
GRI ガイドラインは第 4 版になり、マテリアリティをベースとしたサステナビリティのマネジメント及び報
告ツールになってきており、ISO26000 の重要課題と非常に親和性が強いものとなっています。また、
GRI は「Sustainability Topics for Sectors: What do stakeholders want know?」というセクターごとの
持続可能性トピックスを公表しています。これは、いわゆる重要性(マテリアリティ)を特定していく上で
の業種毎の大まかなトピックスです。GRI では、このトピックスをもとに、マテリアリティの手順に従い、
GRI4 版が掲げる「経済・環境・社会」の側面を特定化し、重要と考えるものを開示していきます。
米国では、SASB(Sustainability Accounting Standards Boards)という民間団体が、米国上場企業
が SEC に提出を義務づけられている財務書類(Form10-K、20F)に、企業が長期的な価値創造に
及ぼしている重要なサステナビリティ問題を説明するための基準を業種毎に開発しています。すでに
製薬企業の基準は作成されており、例えば製薬企業は、SASB が特定化したサステナビリティ問題を
参考にしながら、自社の重要課題を報告することが可能となります。
24
例えば、日立製作所の「日立グループ サステナビリティレポート 2013」における中期経営計画と CSR
についての下記の説明を参照。
http://www.hitachi.co.jp/csr/download/pdf/csr2013_010-013.pdf
pg. 9
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3.4. 機関投資家、アセット・オーナー、上場企業による「資本 Capitals」モデル
IIRC は、「資本 Capitals」モデルからなるドラフトに対する機関投資家、アセット・オーナー、上場企
業からのコメントを公開しています25。もちろん、フィリップスのように、「資本 Capitals」モデルに必ず
しも賛同しない企業もあるが 26、アセット・オーナーのカリフォルニア州年金基金(CalPERS27 )や、
SASB についても、「資本 Capitals」モデルを独自に導入しています。
このコラムでは、「資本 Capitals」の見える化・そのマネジメントの必要性に焦点をあてて
説明させて頂きました。マネジメントに先立つ「重要性(マテリアリティ)
」や、
「ステー
クホルダーへの対応」、
「ビジネスモデル」などのテーマについては、事例を踏まえながら、
別の機会に述べていきたいと考えています。
以上
25
各界からのコメントは以下のサイト参照。http://www.theiirc.org/consultationdraft2013/
一方で、複数の資本概念より、経済・社会・環境といったトリプルボトムライン(3P)に基づくマネジメントを志向する
企業もあります。例えば、統合報告において先進的なオランダのフィリップス社の AR がそうです。同社は、IIRC のパブリ
ックコメントにおいても、資本概念より、トリプルボトムラインによる統合報告を志向している旨を表明しています。下記の
資本概念に対するコメントを参照(下記の P3)。
http://www.theiirc.org/wp-content/uploads/2013/08/038_Royal-Phillips-NV.pdf
27 CalPERS は、Financial, Physical, Human capital からなる資本モデルを考えている。
「Towards
Sustainable Investment」の P4 を参照。
http://www.calpers.ca.gov/eip-docs/about/press/news/invest-corp/esg-report-2012.pdf
26
pg. 10