2005 No. 1 R E T T E L S W E N Plant Organelles 発行日:2005年1月 特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」領域ニュース Plant Organelles N E W S L E T T E R Preface 1 特定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」 (オルガネラ分化)の発足にあたって 西村 幹夫 2 ポストゲノム解析拠点および生理機能解析拠点による研究推進 林 誠,西村 幹夫 3 Information 4 Contents 特定領域総括班からの報告 Profile 5 計画班員・班友のプロフィール 6 7 Meeting Report 8 9 第一回班会議報告 国際光合成会議に参加して 鹿内 利治 10 11 三村 徹郎 International meeting on the topogenesis of organellar proteins に参加して 12 真野 昌二 Technical Note 13 2005 No. 1 今どきのポジショナルクローニング 14 15 16 17 森田(寺尾)美代 Calendar 編集後記 表紙の説明 小胞体残留シグナルを付加した緑色蛍光タンパク質(GFP-HDEL)の 発現によって可視化されたシロイヌナズナ子葉の ER ボディ 撮影者:松島 良(京都大学大学院理学研究科,現 京都大学生態研センター) 特 定領域研究 「 植 物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」 ( オ ルガネラ分化)の発足にあたって Preface 領域代表 西村幹夫 特 定領域研究「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」は 5 年間の計画研究と 4 年間の公募 研究のもとに本年度発足いたしました。これまでの企画,立案,申請,採択,準備に至る過程に おきまして御協力,御助力いただきました多くの先生方に心よりお礼申し上げます。 本特定領域研究では植物に特化した研究を推進します。地面に根をはって生きていくことを選んだ 植物は,自らが生育している環境と一体化してその営みを続けています。そのため,植物は精緻な環 境応答系を発展させています。最近の研究から,植物は細胞内の構造体(オルガネラ)を著しく変化 させることにより,環境変化に柔軟に対応していることが明らかとなってきました。植物は環境の変 化に応じて,オルガネラを誘導したり,機能分化させたり,退化させたりします。こうした植物細胞 の柔軟性が植物個体の精緻な環境応答系の基盤となっています。すなわち,こうしたオルガネラの変 動が,オルガネラの相互作用を通して植物の環境適応能を形成し,植物という生命体の環境適応に固 有の特徴を与えています。植物細胞の環境適応戦略を理解する上で,環境変化に対応する植物オルガ ネラ分化・誘導のメカニズムの解明はその基盤となり,植物独自の生存戦略の理解につながっていき ます。 シロイヌナズナ,イネのゲノム解析が終了した現在,植物科学の研究はポストゲノムの機能解析の 時代に突入しています。本特定領域研究は植物ポストゲノム解析の中核として,オルガネラに基軸を おいた特徴あるポストゲノム解析を推進することにより,環境と一体化して生存している植物の生き 様を分子レベルで明らかにすることを目指します。そのため本特定領域研究では 2 種類の拠点を形成し, 研究の集中化・効率化を図ります(本誌:ポストゲノム解析拠点および生理機能解析拠点による研究 推進の項参照)。 今一つここで強調しておきたいことは,重力屈性,傷害応答,光形態形成,生殖,老化等の植物の 高次機能にこれらオルガネラの誘導分化が直接に結びついている点です。これら植物オルガネラの分 化転換能力の高さが環境変化に対する植物細胞の柔軟性を生じさせています。個々の細胞が高い独立 性を保ちながら個体を形成している植物では,植物細胞の特徴がそのまま植物の示す高次機能に反映 されます。多細胞体制下におけるオルガネラ分化の役割の解明が,植物個体の示す高次機能を分子レ ベルで理解する鍵になるのです。そのため,本特定領域研究では環境変化に対する植物オルガネラの 分化・増殖,さらにオルガネラの相互作用とそれに基づいた植物個体レベルでの高次機能発現を研究 対象としています。 以上,発足にあたって本特定領域研究の概要を記しました。こうした方向性をもとに,オルガネラ 分化から植物の高次機能を理解する研究が活発に展開されることを切に期待しています。本特定領域 研究の推進が,植物環境適応においてオルガネラの動態という新しい視点を導入し,植物という生き 物の動的な生き様を分子レベルで解明していく一助となることを強く願っています。本特定領域研究 の推進のため,関係者各位の一層の御協力をお願い申し上げます。 1 Plant Organelles N E W S L E T T E R ポストゲノム解析拠点および生理機能解析拠点による研究推進 林 誠,西村 幹夫(基礎生物学研究所) (1)本 特 定領域における研究推進体制につい て 本特定領域研究では,オルガネラ動態に支えられた植物 個体の精緻な環境応答系を解明し,植物の環境適応として のオルガネラ分化の理解を目指しています。そのために, オルガネラ分化を明確にとらえている研究者を結集すると ともに,領域内にポストゲノム解析および生理機能解析と いう2種類の拠点を設置し,効率的かつ集中的に研究を支 援する体制を整備します(概念図)。本稿では,本研究領 域研究の特徴である両解析拠点の概要を説明します。 概念図 植物の生存戦略の理解 本申請領域の目標(5年間) 植物の環境適応としてのオルガネラ分化の理解 個体における高次機能の発現 オルガネラ分化・転換 オルガネラ誘導・退化 計 画班 総括班 拠点形成・評価・広報 生理機能解析拠点 栄養環境応答 生体防衛応答 物理刺激応答 a)オルガネローム解析(担当:西川・名大) 本特定領域研究の特色として,生体細胞内可視化技術を 駆使した新しいポストゲノム解析としてオルガネローム開 発の確立に重点を置きます。オルガネロームとは,環境刺 激に対するオルガネラ(もしくは細胞内コンパートメント) 動態の網羅的解析をさしています(図 2D)。現在,西川研 究班で作成中の小胞体関連オルガネラを中心に,本特定領 域研究の班員が所有する各種オルガネラ可視化植物を網羅 したデータベース作製に向けて情報収集を行っております。 本データベースを各研究班へ開示することで,環境刺激に 対するオルガネラ動態を効率的に測定する方法論を開発し, 環境適応に重要な役割を果たす細胞内コンパートメントが どのような動態を示すかを網羅的に検討できる体制を整え ていきます。これらの研究を通して環境刺激に対して動的 に変動する細胞内コンパートメントのカタログ化を推進す ることは,新規オルガネラの機能同定に大きく寄与すると 考えられます。また,環境変動に伴うオルガネラ機能変化 や動態の解明とオルガネラ工学への還元により,様々な社 会的ニーズを満たす新しい植物の創成へ発展させていく上 で重要な知見を提供することが期待されます。オルガネロ ーム解析の推進には,生体細胞内可視化技術の発展が非常 に重要であり,公募研究を含めて新たな生体細胞内可視化 法の開発を推進します。 プロテオーム 西村幹 ポストゲノム解析拠点 オルガネローム プロテオーム トランスクリプトーム 特徴ある 綱羅的解析 公 募研 究 班 “オルガネラ分化という動的視点を共有する研究者” トランスクリプトーム 林 周辺領域: “植物オルガネラ研究” オルガネローム 西川 図 1 ポストゲノム解析拠点 b)プロテオーム解析(担当:西村幹・基生研),およびc) (2)ポストゲノム解析拠点の研究体制 オルガネラの動態の解明は,高等植物のゲノム解析が進 トランスクリプトーム解析(担当:林・基生研) んだ現在,飛躍的に発展する時期にあります。ポストゲノ 現在の植物領域のポストゲノム解析は,プロテオーム解 ム解析として多くの網羅的解析が行われつつありますが, 析もトランスクリプトーム解析も植物体全体を用いた網羅 データの蓄積に終始してしまう場合が少なくありません。 的なもので単に多大なデータの蓄積に終始しています。今 重要なことは明確に目標を定めたポストゲノム解析です。 後は,これら多大のデータの中から有用なデータを選び出 本特定領域研究では,オルガネラ分化や組織に特殊化した すことが極めて重要となると考えられます。本特定領域研 ポストゲノム解析を推進していきます。このような特徴あ 究においても将来の共通の研究基盤を確立するために,ト るポストゲノム解析を強力に押し進めるため,本領域内に, ランスクリプトームおよびプロテオームを推進します。そ プロテオーム,トランスクリプトーム,オルガネロームの の特徴はオルガネラに焦点を絞ったポストゲノム解析です。 3 つの柱からなるポストゲノム解析拠点を設置します(図 1)。 オルガネローム解析との連携を図りながら,オルガネラに 2 。 , おける機能分子のカタログ化を推進し,各種環境刺激によ るオルガネラの動態変化の鍵となる機能分子を明らかにす ることを目指していきます。既に,領域代表者はペルオキ シソーム局在タンパク質のプロテオーム解析とペルオキシ ソーム局在タンパク質遺伝子のトランスクリプトーム解析 を確立しており(図 2A-C),世界に先駆けてその成果を発 表しています。 ペルオキシソームは,領域代表者の研究室で長年その詳 細が検討されてきたオルガネラです。光照射によるグリオ キシソームから緑葉ペルオキシソームへの変換は,環境に 対するオルガネラ動態のモデルとしてオルガネラ分化機構 のポストゲノム解析に最適な実験系です。本特定領域研究 では,シロイヌナズナのペルオキシソームをモデルとして, 機能分化という観点を中心とした様々なオルガネラに局在 するタンパク質および発現遺伝子のカタログ化を目指して いきます。 プロテオーム解析およびトランスクリプトーム解析につ いては,基生研に拠点を設置し,集中的な解析体制作りを 始めています。プロテオーム解析は,2D 電気泳動から MALDI-TOF MS 解析に至るペプチドフィンガープリント ならびに遺伝子同定を実施する予定です。トランスクリー プトーム解析については,シロイヌナズナとイネを想定し, これらに対応できるアジレントテクノロジー社の DNA マ イクロアレイの使用を念頭に準備を進めており,最終的に はプローブのラベル化から蛍光の数値化,遺伝子発現の統 計的解析までを基生研で行えるように準備を進めています。 (3)生理機能解析拠点の研究体制 実験アプローチとしては,生化学,細胞生物学の最先端 の技術を駆使するとともに,分子遺伝学的な研究を重視し ていくことにより,国際的に十分競争し,世界をリードす る研究を推進していくことが肝要であると考えています。 特に,本特定領域研究で提起している植物高次機能におけ るオルガネラ分化の役割の解明には,変異株を用いた遺伝 学的研究が強力な手段となります。そこで,各研究班では ゲノム解析の終了したシロイヌナズナやイネを材料として オルガネラ分化に関する変異株の単離を推進します。特定 の方法で得られた変異株(例えば,栄養環境応答)が他の 生理機能を欠損することが十分に考えられることから,得 られた変異体を本特定領域内で共有し,様々な生理機能を 効率よく網羅的に解析することを目指します。こうした解 析の中から,研究視点の多面化および研究の統合化が推進 されることが期待されます。まずは,本特定領域研究内に, 栄養環境応答(三村・神戸大),生体防御応答(西村い・京 大),物理刺激応答(森田・奈良先端大)の 3 つの柱から なる生理機能解析拠点を設置します(図 3)。現在,各研究 班で実施する生理機能解析をデータベース化するため,情 報収集を行っており,公募研究の参画に伴って,今後さら に多くの生理機能解析拠点の形成を目指していきます。 図 2 本特定領域研究で推進するポストゲノム解析 各計画班は、光刺激等特定の環境シグナルを担当し(A),特定の オルガネラに特化したプロテオーム解析(B)やトランスクリプ トーム解析(C)を行う。また,オルガネローム(D)を推進し, 各種環境シグナルで変動する細胞内コンパートメントのカタログ 化を推進する。 栄養環境応答 三村 変異株 生体防御応答 西村い 物理刺激応答 森田 。 図 3 生理機能解析拠点 3 Plant Organelles N E W S L E T T E R Information 特定領域総括班からの報告 第 1 回 総 括班会議 議事 録 日時:2004 年 10 月 2 日(土) 11:00 ∼ 場所:岡崎コンファレンスセンター中会議室 出席者:西村幹夫(代表者),三村徹郎,西川周一,西村いくこ,森田美代,岩淵雅樹,大隅良典,杉山達夫,中村研三,浅田浩二,今関英雅, 佐藤公行,柴岡弘郎,吉田和哉,林誠(議事記録者),真野昌二,山田健志 議題 西村領域代表挨拶と各総括班メンバーの紹介に続いて,以下の審議を行った。 1.報告事項 領域アドバイザー,班友および本領域担当の文部科学省学術調査官について報告をした。 2.公募への取り組み 公募の説明:年度あたりの申請額が 400 万円程度で 2 年間の公募研究の公募を 2005 年と 2007 年に行う。本特定研究の公募を広 く知らしめるために,a)ホームページ(http://www.nibb.ac.jp/organelles/)の立ち上げ,b)各種メーリングリストへお知らせ の配信,c)日本植物学会第68回大会での宣伝活動を行っている。また,計画班員にも周囲の先生方に応募の働きかけをお願いした。 3.拠点形成の取り組み 以下の研究拠点形成に対する取り組みについて議論した。 a)ポストゲノム解析拠点 プロテオーム解析拠点は,基生研の西村幹夫が担当。本特定領域内で,オルガネラやその機能分化に的を絞った特徴ある 2 次元電気泳 動 ーマススペクトル解析を推進していく。特定領域内の班員との協力については,技術補佐員を設置し,材料,系の相談を受けるべく 準備中。トランスクリプトーム解析拠点は,基生研・林が担当。シロイヌナズナおよびイネの両方に対応するため,アジレントテクノ ロジー社のDNAマイクロアレイによるトランスクリプトーム解析を拠点化する。具体的には,特定領域内の班員がRNAと消耗品を 基生研に持ち込み,ハイブリ実験を行う方向で検討中。オルガネローム解析拠点は,名大・西川が担当。GFPを用いてオルガネラを 可視化した植物のカタログ化を行い,誰にコンタクトをとるべきかを特定内で公開する。西川グループでも,小胞体を中心にしてオル ガネラ可視化細胞の作製を推進していく。 b)生理機能解析拠点 各研究班で単離した変異株を各生理機能解析拠点に配布し,変異体の生理機能を網羅的に解析する体制の確立をめざす。公募も含め, 各班員ができる生理機能解析のアンケートを採り,データベース化する。データベース作りは神戸大・三村が担当。 4.広報 本特定領域の宣伝のための活動について議論し,当面a)ニュースレターの発行,b)植物生理学会シンポジウム,に力を入れる旨説 明があった。 a)ニュースレター 名称 Plant Organelles News Letter,発行部数 1000,16 ー 18 ページ程度で年2回発行。植物,オルガネラ研究者を主な読者対 象とする。発行責任は基生研・西村幹夫,編集担当は名大・西川,印刷はイヅミ印刷に依頼。第1号は 2005 年1月発行の予定。 b)第 46 回植物生理学会シンポジウム 神戸大・三村より,すでに来年3月の第 46 回植物生理学会年会申し込みが受理されている旨説明があった。 領域からの案内 1)本特定領域研究のホームページについて 本特定領域研究を植物研究者のみならず,ひろく一般の方々にも知っていただくために,ホームページを立ち上げました (http://www.nibb.ac.jp/organelles/)。みなさま,ぜひご覧ください。周囲の方にも,このホームページを紹介いただけますよう お願い致します。 2)領域主催シンポジウム 本特定領域の活動を植物研究者に知っていただくために,第 46 回植物生理学会年会にて「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ 分化」と題したシンポジウムを企画いたしました。みなさま,奮ってご参加ください。 3)第 2 回班会議 日時:2005 年 2 月 26 日(土) 場所:神戸大学瀧川記念学術交流会館大会議室 4 Profile 領域代表 計画研究代表者・班友プロフィール 西村 幹夫 (にしむら・みきお) 基礎生物学研究所・教授 〒 444-8585 岡崎市明大寺字西郷中 38 Te l.0564-55-7500 Fax.0564-55-7505 [email protected] , 研究課題名:環境応答戦略としてのペルオキシソームの可逆的機能分化 略歴:1973 年 4 月名古屋大学大学院農学研究科博士課程入学。1975 年 3 月同上中途退学。1975 年 4 月名古屋大学農学部附属生化学制御研究施設助手。1977 年 5 月アメリカ合衆国カルフォル ニア大学サンタクルツ分校において Postdoctoral fellow として,植物オルガネラの研究に従事。 1982 年 9 月オーストラリアアデレード大学において,海外学術調査の研究に従事。1985 年 2 月 フランス グルノーブル原子力研究所において,日仏科学協力事業特定国派遣研究員として植 物オルガネラの研究に従事。1987 年 4 月神戸大学理学部助教授。1988 年 4 月岡崎国立共同研究 機構基礎生物学研究所制御機構研究系助教授併任。1990 年 4 月岡崎国立共同研究機構基礎生物 学研究所細胞生物学研究系教授。1990 年 8 月総合研究大学院大学生命科学研究科教授併任。 2004 年 4 月自然科学研究機構基礎生物学研究所教授。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:植物の生き様をいろいろなレベルで理 解したい。 計画研究 坂本 亘 (さかもと・わたる) 代 表 者 岡山大学・資源生物科学研究所・教授 〒 710-0046 倉敷市中央 2-20-1 Te l.&Fax.086-434-1206 [email protected] 研究課題名:配偶子形成におけるプラスチドの役割と葉緑体への分化・維持に関する研究 略歴:1985 年 東京大学農学部卒業。1990 年 同大学院博士課程修了,日本学術振興会特別研 究員,コーネル大学ボイストンプソン研究所博士研究員。1993 年 岡山大学資源生物科学研究 所 助手。1996 年 3 月∼ 11 月フランス CNRS 植物分子生物学研究所派遣研究員。2000 年 岡 山大学資源生物科学研究所 助教授。2003 年同教授。現在に至る。 ひとこと:(ひとりごと)日本でもサバティカル制度があって,しばらくリフレッシュしてか ら仕事ができればなと思うこの頃です。 鹿内 利治 (しかない・としはる) 九州大学農学研究院 助教授 〒 812-8581 福岡県福岡市東区箱崎 6-10-1 Te l.&Fax.092-642-2882 [email protected] 研究課題名:葉緑体の環境応答戦略 略歴:北海道大学理学部生物学科卒。1984 年株式会社ニチレイ。1994 年 財団法人 RITE 嘱託 研究員。1995 年 奈良先端科学技術大学院大学 助手。2002 年 同助教授,2004 年 九州大 学 助教授。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:葉緑体で起こっていることを分子生物 学と生理学の両面から理解する。 5 Plant Organelles N E W S L E T T E R 高野 博嘉 (たかの・ひろよし) 熊本大学大学院自然科学研究科・助教授 〒 860-8555 熊本市黒髪 2-39-1 Te l.&Fax.096-342-3432 [email protected] 研究課題名:葉緑体の増殖制御機構と遺伝子発現調節による植物の高次機能発現 略歴:1988 年 4 月 東京大学大学院理学系研究科植物学専攻修士課程入学。1990 年 4 月 同博士課程入学。 1992 年 3 月 東京大学 助手。1993 年 9 月 博士(理学)の学位授与(東京大学)。1999 年 6 月 熊本大学 講師。2000 年 11 月 熊本大学 助教授。現在に至る。 今一番関心のあること:サイエンスとしては,「なんで葉緑体やミトコンドリアはあんな形をしていて,どうや って分裂したり融合したりしているんだろう」サイエンス以外(?)では,「子供というのはどうして大人が捕わ れてしまう枠を楽々と飛び越えられるのだろう」 西川 周一 (にしかわ・しゅういち) 名古屋大学大学院理学研究科・助教授 〒 464-8602 名古屋市千種区不老町 Te l.052-789-2491 Fax.052-789-2947 [email protected] 研究課題名:小胞体品質管理による植物細胞機能分化の制御−有性生殖を中心にして 略歴:1987 年 3 月東京大学理学部卒業。1992 年 3 月東京大学大学院理学系研究科博士課程修了,博士(理学) の学位取得。1993 年 4 月名古屋大学理学部化学科 助手。2001 年 7 月名古屋大学大学院理学研究科 助教授。 現在に至る。この間,2001 年 5 月∼ 2003 年 3 月 Department of Molecular Genetics and Cell Biology, University of Chicago 訪問研究員。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいことなど:大学院時代の研究テーマはタンパク質の小胞体残 留機構でした。その時自分にも小胞体残留シグナルが付いたようで,めぐりめぐって,再び小胞体の研究を行 っています。 西村 いくこ (にしむら・いくこ) 京都大学大学院理学研究科生物科学専攻植物学系・教授 〒 606-8502 京都市左京区北白川追分町 Te l.&Fax.075-753-4142 [email protected] 研究課題名:傷害による新規オルガネラの誘導機構の解明 略歴:1979 年 大阪大学理学部卒。1984 年 大阪大学大学院理学研究科博士課程修了・学位取得(理学博士)。 1990 年 基礎生物学研究所・助手。1997 年 基礎生物学研究所 助教授。1999 年 京都大学大学院理学研究科 教授。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいことなど:ファジーな植物の生き様を見習いたい。 三村 徹郎 (みむら・てつろう) 神戸大学理学部生物学科・教授 〒 657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1 Te l.&Fax.078-803-5708 [email protected] 研究課題名 : 植物の環境適応能において,細胞内低分子環境の維持に働く液胞ネットワーク系の解析 略歴 :1984 年 東京大学大学院理学系研究科博士課程 修了(理学博士)。1984 年 東京大学理学部 助手。1990 年 姫路工業大学(兵庫県立大学)理学部 助教授。1994 年 一橋大学商学部 助教授。1998 年 一橋大学商 学部 教授。2000 年 奈良女子大学理学部 教授。2004 年 神戸大学理学部 教授。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:六甲山縦走とキナバル山登山(但し,その前に体力作 りが必要なので??)。一ヶ月フルに一人で実験できる時間があると,とてもうれしい。 6 森田(寺尾)美代 (もりた・みよ) 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 助手 〒 630-0101 生駒市高山町 8916-5 Te l.0743-72-5487 Fax.0743-72-5489 [email protected] 研究課題名:植物の重力感受と形態に関連した液胞機能を支える分子ネットワークの解明 略歴:1995 年 京都大学大学院理学研究科 植物学専攻 博士(理学)。1995 年 株式会社 HSP 研究所 嘱託研究員。1999 年 奈良先端科学技術大学院大学 助手。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:やりたいことはたくさんあるのですが, なかなか自分で実験する時間が取れなくなってきて,さみしい今日この頃です。この特定の間 に,私が田坂研に参加 して以来ずっと取り組んでいるものの解けていない謎「zig はなぜ zigzag になるのか」を解明できれば ... と思っています。 。 山谷 知行 (やまや・ともゆき) 東北大学・大学院農学研究科・教授 〒 981-8555 仙台市青葉区堤通雨宮町 1-1 Te l.&Fax.022-717-8787 [email protected] ) 。 研究課題名:イネの窒素情報伝達と代謝に関わる未熟非緑色器官におけるプラスチド機能の解明 略歴:1972 年 3 月 東北大学農学部農芸化学科卒業。1974 年 3 月 東北大学大学院農学研究科 修士課程修了 1977 年 3 月 東北大学大学院農学研究科博士課程後期3年の課程修了 農学博士。 1977 年 4 月 日本学術振興会奨励研究員。1978 年 9 月 カナダ国 McMaster 大学生物学科博士 研究員。1979 年 4 月 米国ミシガン州立大学 Plant Res. Lab 博士研究員。1980 年 12 月 岡山大 学農業生物研究所 助手(作物生理学部門)。1988 年 1 月 東北大学農学部 助教授(農芸化 学科・細胞工学)。1992 年 12 月 東北大学農学部 教授(応用生物化学科・細胞生化学講座) 1999 年 4 月 東北大学大学院農学研究科 教授(重点化に伴う)応用生命科学専攻植物機能科 学講座植物細胞生化学分野。2001 年 4 月 理化学研究所植物科学研究センターグループディレ クター兼務(代謝機能研究グループ)。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:教育・研究:植物科学の重要性を,学 生や社会に伝えましょう。医学分野に負けないように。趣味:ここ 10 年ほど,サッカーのスポ ーツ少年団で審判・コーチをしています。その他,冬はスキー,他は軟式テニスと,もっと遊 ぶ時間が欲しい。 。 班 友 田中 寛 (たなか・かん) 東京大学分子細胞生物学研究所・助教授 〒 113-0032 東京都文京区弥生 1 - 1 - 1 Te l.03-5841-7825 Fax.03-5841-8476 [email protected] 研究課題名:オルガネラゲノム転写制御による色素体の分化と多様性形成 略歴:1985 年 東京大学農学部農芸化学科卒。1990 年 東京大学大学院農学系研究科博士課程 修了。1991 年 東京大学応用微生物研究所 助手。1993 年 東京大学分子細胞生物学研究所 助手。1997 年 東京大学分子細胞生物学研究所 助教授。現在に至る。 今一番関心のあること,やりたいこと,言いたいこと:葉緑体やミトコンドリアは,植物細胞 の中に入ってから殆どゲノムを失ってしまいましたが,私は今でも生き物であると(勝手に) 確信しています。生き物の分化状態を理解する為には,遺伝子発現の理解から入るのが手っ取 り早い。転写装置の機能分化から見ることで,誰も知らなかった葉緑体の分化状態などが判る と嬉しいと思っています。 7 Plant Organelles N E W S L E T T E R Meeting Report 第一回班会議報告 三村徹郎 ( 神 戸 大 学 理 学 部 ) 班会議での発表(三村) 定領域採択のメールが流された7月半ばの興奮と,大 話が紹介されました。これは,西村代表の発表を聞かないと 学からの採択通知も届いた8月初めの喜びがさめやら なかなかニュアンスをお伝えしづらいので,どこかでこの発 ぬ中, 初めての全員顔合わせの班会議が10月2日午後 , 基礎 表を聞かれる機会をお持ちいただきたいと思います。私自身も, 特 生物学研究所・岡崎コンファレンスセンターで行われました。 ヒアリングに一緒に参加していて,何億円もがかかった文科 午前中の総括班会議には,領域代表,総括班員に,評価委員・ 省のヒアリングの場で,一発芸をかませようとする西村さん 領域アドバイザーとして多くの先生方に参加いただき(別項 の度胸には正直恐れいりました。お医者さんがほとんどの審 に報告があると思います),その顔ぶれを拝見したときに , 査員の方が一斉に笑われた時は, 本当にホッとしました。 しみじみ,この領域は,現在進行中の特定領域「植物発生に 続いて,文部科学省の学術調査官をされていて,この領域 おける軸と情報の分子基盤」と並んで,植物生理学の機能解 の担当となられている吉田和哉さん(奈良先端大)から , 2 析分野を丸ごと取り込んだ,とても広い範囲を対象にしてい 年後の中間評価に向けて,班員が連携するとともに,領域代 るのだということを実感しました。 表を支えて , とにかく良い研究をして欲しいということと , 研究対象が広いことは,植物の生き様を様々な方面から解 この特定領域を通じていかに植物科学を振興していくかを考 析することができるという意味ではとても重要ですが,一歩 えて欲しいとの依頼がありました。 間違うと単なるミニ学会のようになってしまい,「特定領域」 その後,西村代表の「環境適応戦略としてのペルオキシソ の意味が失われてしまう危険性もあります。その意味で,班 ームの可逆的機能分化」と,西村班分担者林誠さんの「ペル 会議において,それぞれの研究が何を目的として,どのよう オキシゾームとリピッドボディの相互作用」についての発表 に進行しているのかをお互いができるだけ詳細に理解しあう を皮切りに,三村と前島正義さんによる「植物の環境適応能 ことが,領域進行にとって鍵になるのだと思われます。 において,細胞内低分子環境の維持に働く液胞ネットワーク 実際,今回の計画班員は,私にとって個人的に良く知って 系の解析」,西川周一さんの「小胞体品質管理による植物細 いる方がほとんどですが,それではその方達の研究をどのよ 胞機能分化の制御−有性生殖を中心にして」,西村いくこさ うに把握しているかというと大分心許ないものがあります。 んの「傷害による新規オルガネラの誘導機構の解明」,山谷 学会では,どうしても自分の所属する狭い研究分野の発表を 知行さんの「イネの窒素情報と代謝に関わる未熟非緑色器官 聞くのが精一杯ですし(しかも,このごろは学会の用事に振 におけるプラスチド機能の解明」,森田美代さんの「植物の り回されて , それすら覚束なくなっています),ちょっと違 重力感受と形態に関連した液胞機能を支える分子ネットワー う分野になってしまうと,実は現在の研究の最先端がどこに クの解明」,鹿内利治さんの「葉緑体の環境応答戦略」,坂本 あるのかすらよく分かりません。これは,私だけの勉強不足 亘さんの「葉緑体の分化と維持及びプラスチドの伝達に関わ とは思いたくないのですが,すこしでも,新しいことを自分 る分子機構の解明」,高野博嘉さんの「葉緑体の増殖制御機 の中に吸収させてもらうという意味でも,この班会議は実り 構と遺伝子発現調節による植物の高次機能発現」と,計画班 多いものでした。 員のこれまでの成果に基づく発表が続き,最後に班友として 班会議は, まず領域代表の西村幹夫基生研教授により, 6 田中寛さんによる「オルガネラゲノム転写制御による色素体 月のヒアリングで使用した資料をもとに,本特定領域の目的 の分化と多様性形成」の研究紹介が行われました。それぞれ について改めて説明があり,計画班員は,本特定領域の目標 の研究内容は,これから各班員がこのニュースレターに載せ である「植物の環境適応に,オルガネラ分化・誘導・相互作 て下さるでしょうから詳細はそちらに譲りたいと思います。 用がどのように関わりあって,個体の高次機能が発現してく いずれの発表にも活発な質疑が行われましたが,全体を通 るかを明らかにする」ということを,しっかり理解して欲し じて私が感じたことは,はじめにも記したように,この領域 いとの要請がありました。また,ヒアリングの際に用いた白 が極めて広範囲の植物の生理を扱っていて,他の方々の研究 紙スライドをみせて,ヒアリングを如何に乗り切ったかの裏 のポイントが分かりづらい時があるということです。分野の 専門家でない人間の見方が,新しいものを見出すこともあり ますが,一方で,それぞれの研究データを深く追求するには, やはり共通の知識や理解が必要なことも多々あります。今回, 計画班員以外に,評価委員や領域アドバイザーとして参加い ただいている先生方から的確な質問が数多くでて,その存在 コーヒーブレークでのディスカッション 8 の大きさを感じました。来年度から,公募研究の方々が参加 , されるようになると,ますます領域のカバーする分野が広が された過剰な光エネルギーを安全に熱として捨てる迅速適応(熱 ります。多彩な分野の方が参加されることで,さらに議論が 散逸;しばしば NPQ と表現されるが同一ではない。)の分子 活発になるでしょう。自分の分野に閉じこもらずに,積極的 メカニズムを明らかにした。まだ 30 代であるが , 光合成分 に他の班員の方々の研究に関わりあっていくことで,新しい 野に分子遺伝学を取り込み,この分野をリードする研究者で 研究を作り出す努力を続けることが重要となっていくでしょ ある。熱散逸の仕事は分子遺伝学から始まったが,生物物理 うし,それこそがこの特定領域発足の意味なのだろうと改め 学や生態学などに広く影響を与える重要なものになった。最 て確信しました。 近は,この仕事に加え,活性酸素を介した強光のシグナル伝 特定領域「オルガネラ分化」自体は,まだ始まったばかり 達の解明にも取り組んでいる。研究室は,ちょうどポスドク ですから,今回の班会議でこの領域としての研究成果の報告 入れ替わりの時期のようであった。私には,彼らが開発した があったわけではありませんが,今後どのように本領域の目 クロロフィル蛍光の画像化装置が特に興味深かった。我々も 的である「オルガネラを基にした植物の環境適応能の解析」 彼らにアドバイスをもらって似たようなものを作ったが,つ につなげていくか,期待が広がります。 いにオリジナルにお目にかかることができた。少し残念なこ 発表の後,これから5年間の領域の大きな展開を目指して, とに,バークレーの光合成研究者の多くが既にサテライトに 皆で誓い合う場を設け,意気盛んな一時を過ごしました。 参加するため,カリフォルニアを去っていた。 最後に今回の班会議の準備,運営のすべてを支えて下さっ オークランド空港からデンバーに向かい,Pilon 博士の研究 た基生研西村研究室の皆さんに心から感謝して,この項を終 室のあるフォートコリンズのコロラド州立大学に向かった。 早朝バークレーを出発し,その日の夕方コロラドでセミナー わりたいと思います。 の少し過酷なスケジュールであったが , 活発な議論ができ , 楽しめた。Pilon 博士からは,ここはバークレーと違い光合成 国際光合成会議に参加して 鹿内利治 (九州大学農学研究院) のバックグラウンドがないのでイントロを多めにと頼まれて いたが , そんな必要は感じなかった。Pilon 博士は , 主に葉 緑体の銅イオン恒常性について研究を行っている若手の生化 学者である。ここ数年,我々と Niyogi 博士ラボを含め,葉緑 2 004 年 7 月 29 日から 8 月 3 日までカナダのモントリオ 体の銅イオントランスポーターについての共同研究を行って ールで国際光合成会議が開かれた。その機会を利用し, きた。彼の奥さんの Elizabeth Pilon-Smits 博士も植物の重金属 米国の Krishna Niyogi 博士と Marinus Pilon 博士の研究室を訪 耐性を研究しており,ラボを共有している。Pilon 博士は大変 問した。 明るい性格の人である。奥さんの影響から語学通でもあり , Niyogi 博士の研究室は,カリフォルニア大学バークレー校 しばしば私にも日本語で話しかけてくる。彼のオフィスのド にある。有名な大学だが,私は初めての訪問であった。博士 アには,マリナスとカタカナで書いてあった。 は空港まで迎えに来てくれ,霧(夏のサンフランシスコ名物) 翌日は,車でロッキー山脈を案内してくれた。4000 メート で何も見えないゴールデンブリッジやサンフランシスコのダ ル近いところまで車で登ることができ,駐車場に車をおいて, ウンタウンを案内してくれた。日本はまだ暑い時期だったが, ハイキングを楽しむことができる。日本だと環境破壊の問題 サンフランシスコはとても過ごしやすく,日本で言えば北海 が起きそうだが,ロッキー山脈はある程度の人間の傲慢さを 道のような気候であろうか。少し内陸に入ると日中はかなり 許容する大きさがあるような気がした。いずれにしても自動 暑いのだが。 車の力を借りて自然を楽しむには,多少後ろめたさはあったが。 ご存知の方も多いであろうが,Niyogi 博士は,クラミドモ 夕方 , Pilon 博士の自宅にもどったが , 庭にはリンゴがなっ ナスとアラビドプシスを使った遺伝学で,光化学系 II で受容 ており,リスが遊びに来ていた。少々アメリカの暮らしが羨 ましかった。 その後,モントリオールで開かれた国際光合成会議に参加 した。モントリオールはご存知のようにフランス語圏である。 町中で言葉に不自由することはないが,ヨーロッパの影響を やはり強く感じる。特に学会会場に近い旧市街は,古く趣の ある町並みである。料理もフランス料理が多いが,どれも楽 しめた。ビールもおいしい。上機嫌でホテルに帰る道筋,ア イスホッケーのユニホーム姿の若者が,毎晩のように大騒ぎ をしていた。ワールドカップがモントリオールで開かれてい たようで,カナダがアメリカに勝った夜は,皆半狂乱であっ , , た。酔っぱらいは,どこの国でも同じである(酔っぱらって いたのは私か?)。 さて学会であるが,3 年に一度開かれ,純粋な光合成研究 Pilon夫妻とロッキー山脈にて 9 Plant Organelles N E W S L E T T E R のみならず葉緑体の分子生物学までカバーする広い分野の研 究者が集まる機会である。私のような光合成分野に比較的最 近入って来たものには,各国の多分野(しかし葉緑体に関連 した)の研究者と一度にコンタクトをとれる良い機会である。 しかしながら,会議の規模が大きすぎて ,日程の都合から, 関連する分野のシンポジウムが同時進行するなど,不便を感 じるところもあった。今回の会議は,ヨーロッパからの参加 者が少なく(統計を見たわけではないが,ヨーロッパの主な 研究者の不在が目立った。),少し寂しい気がした。また葉緑 体の分子生物学関連の発表が少なかった気がする。 会議は 5 日間で,プリナリーレクチャー,シンポジウムお よびポスターからなる。プリナリーでは,日本からは北大の 田中歩さんが話された。シンポジウムには,その後,ディス カッションセッションというのがついており,シンポジウム に関連した議論が行われる。ポスターも各シンポジウムにぶ ら下がっている格好になっている。しかしディスカッション セッションでは,必ずしも焦点があった討論が行われていな い場合もあった。またセッションによっては,話題が寄せ集 め的で , 共通の討論を行うのが困難な場合もあったようだ。 自分の発表がどのセッションになるか,選択が難しい場合も ある。この辺りが課題であろう。またポスターは日程の都合 から発表時間が限られており,その他の時間に演者を見つけ 出すのはなかなか難しかった。 この会議では,二人のクレーマー博士とコンタクトをとる ことを考えていた。一人は,David Kramer 博士で,ストレス 下での熱散逸誘導について我々と異なる考えを提唱している。 今回シンポジウムでその講演があった。Niyogi 博士の確立し たモデルでは,熱散逸の誘導にはチラコイドルーメンの酸性 化が必須である。我々は , このルーメン酸性化に光化学系 I 会場のステンドグラス も,明確な回答はまだない。 サイクリック電子伝達が必須であることを示した。Kramer 博 もう一方のクレーマー博士は , William Cramer 博士で , 士のグループは,このルーメン酸性化には ATPase によるプ cytochrome b 6 f 複合体に新規ヘムを発見した。プレナリーで話 ロトン勾配解消の抑制誘導が効いているという説を提唱して されるはずが,非常に残念なことに,体調をくずされたとの いる。プロトン勾配 ことで , Zhang 博士が代理で講演した。タイトルには cyclic は,形成と解消のバ electron transfer と明記されていたが,その話はなく,残念な ランスで決まるが , がら新規ヘムがそこに関わる根拠は見いだせなかった。 光化学系 I サイクリ ポスター会場で,ある大御所が日本の学生から熱心に情報 ック電子伝達は形成 を集めているのが印象に残った。日本人から最新情報を集め (これが必須である るには良い機会なのであろう。その真摯な姿には感心させら ことは,我々は確信 れた。逆に言えば,若手研究者には海外に自分の仕事を売り している。しかし制 込む絶好の機会である。この次は 3 年後,スコットランドで 御に関わっているか ある。 は別の話である。), ATPase は解消に機 能している。問題は どちらが制御の鍵を 握っているかだ。細 かい内容に触れるこ とは控えさせていた だくが,お互いの言 モントリオール旧市街。左から, 小川健一氏 筆者,高橋裕一郎氏 10 い分は認めた形にな った。いずれにして P Plant Organelles International meeting on the topogenesis of organellar proteins に参加して 真野昌二 (基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門) ルへとリサイクルするというものである。このミーティング のオーガナイザーのひとりであるDr. Ralf Erdmann(Ruhr.. Universitat Bochum)は,ペルオキシソーム膜上にある PEX1/PEX6複合体(どちらもAAA-ATPase)によりPEX5はサ イトソルへとリサイクルされ,これにはPEX2/PEX10/PEX12 ミーティングに,同じ研究部門の助教授の林さんとポ 10 するPEX5のユビキチン化が大切であるという結果を発表して スドクの新井さんと参加して来たので,その報告を簡単にし いた。一方で,Dr. Azevedo (University of Porto)は,PEX5は一 月28日から30日までドイツのBochumで開かれた上記の たいと思います。 .. の複合体(3つともRING fingerをもつ膜タンパク質)が関与 旦ペルオキシソーム膜に埋め込まれた後,ATP依存的にサイ このミーティングは , Ruhr-Universitat BochumのWolf トソルへとリサイクルし,マトリクス内には入らないことを Hubert Kunau博士の退官記念として開かれたもので,Bochum 報告し,Dr. Schliebs (Ruhr-Universitat Bochum,Dr. Ralf のRenaissance hotelに併設されている会場で行われた。Kunau Erdmannと共に今回のオーガーナイザー)は , PEX5自身がペ 博士は,酵母のペルオキシソーム形成変異体の解析からペル ルオキシソーム膜への結合能をもっており,タンパク質-脂質 .. オキシソーム形成因子であるPEROXIN (PEX) 遺伝子群を同定し, 間の結合がこのPTS1輸送に大切であるというモデルを提唱し 酵母ペルオキシソームの形成機構の解明に多大な貢献をされた。 ていた。さらにPTS2レセプターのPEX7もPEX5同様,PTS2タ そのため , 今回のミーティングでは口頭発表(全てinvited ンパク質をペルオキシソームへと輸送した後,再びサイトソ speaker)の6割がペルオキシソーム関連で, しかもそのほと ルへとリサイクルするという結果が Dr. Lazarow (Mount Sinai んどが酵母あるいは動物の培養細胞を研究材料とした発表で School of Medicine)より報告された。 あった。筆者ら3人はポスター発表を行ったが , こちらも半 また,膜タンパク質の輸送については,サイトソルから直 数以上がペルオキシソーム関連の発表という(オーガナイザ 接輸送される経路とERを経由して輸送される2種類の存在が ーの言葉を借りれば)非常に偏ったミーティングであり,し 示唆されている。Dr. Baker (University of Leeds)は,膜タンパ かも植物を材料とした発表は全体からすれば非常に少ないと ク質のPEX2とPEX10はER経由では輸送されないこと,PEX10 いう状況であった。参加者は約200名という比較的こぢんまり? 遺伝子にT-DNAが挿入されたシロイヌナズナでは胚発生致死 としたものであったが,大変盛況で活発な意見交換が行われた。 になってしまうという結果を報告した。後者についてはDr. もちろんペルオキシソーム以外にも,ERでのタンパク質の品 .. Gietl (Technische Universitat Munchen)によっても紹介され,ペ 質管理機構,チラコイド膜へのタンパク質輸送,核膜やミト ルオキシソームの機能が個体の形成・維持に必須であるとい コンドリア膜でのタンパク質透過機構など他のオルガネラ研 う良い例である。これらの結果は , それぞれ同時期にPlant 究の発表もあったが , 全てを網羅することは不可能なので , PhysiologyとPNASに掲載されたので覚えておられる方もおら ここでは筆者らの研究対象であるペルオキシソームの発表に れるかもしれない。ちなみに植物の口頭発表は , この2題と ついて簡単に報告させていただく。 Dr. Robinson(University of Warwick)によるチラコイド膜タン 現在のペルオキシソーム研究は,その形成機構に興味が移 パク質輸送の計3題のみであった。 りつつあり,PEXの機能解析を中心として非常に激しい競争 PEX19はサイトソルから直接輸送される膜タンパク質のレ が展開されている。最も解析が進んでいるPTS1 (Peroxisomal セプターの候補であるが,レセプターとしての機能よりもタ targeting signal 1)に依存したマトリクスタンパク質の輸送に ンパク質のペルオキシソーム膜への挿入と膜タンパク質複合 関しては,次のようなモデルが提唱されている。レセプター 体の形成に関与するという報告もされている。今回,PEX19 のPEX5がPTS1タンパク質をサイトソルで捕捉した後, ペル における他のPEXタンパク質との結合部位決定の報告がDr. オキシソーム膜上のPEX14とPEX13を中心とした膜透過装置 Fransen (Katholieke Universiteit Leuven)とDr. Rottensteiner (Ruhr- と結合し,PTS1タンパク質を保持したままマトリックス内に Universitat Bochum)よりなされるとともに,Dr. Klei (University 導入され,そこでPTS1タンパク質を離した後,再びサイトソ of Groningen)の報告では,Hansenula polymorpha のPEX19は “Team Peroxisome”(by Dr. Baker) Dr. Baker(中央)と Dr. Sparkes(その隣),右端は同行した新井さん、 左から2番目は林さん。左端は筆者。Baker 博士,ビールごちそうさまでした。 .. ポスターセッションの様子 11 Plant Organelles N E W S L E T T E R ペルオキシソームの細胞内のポジションニングと出芽時の娘 細胞への分配に関与しているということであった。 一時期,酵母や動物の培養細胞の変異体を用いた解析から PEX遺伝子群が立て続けに同定され,その後,PEX同士の相 互作用および結合部位の決定などからペルオキシソーム形成 の分子機構の解析が著しく進んだ。次のステップとしては , 当然,各々のPEXの機能に興味が移るわけだが,現段階にお けるほとんどのPEXタンパク質の作用機作については,上述 の例のようにまだ議論される余地をかなり残しており,ペル オキシソーム形成の研究において最もホットなトピックとな っている。 Bochumの街 当研究部門からは , 林さんがPTS1 , PTS2輸送における 出くわす。鉱山博物館があるので行ってみたが残念ながら閉 PEX5およびPEX7の機能について,新井さんがペルオキシソ 館まであと一時間だったので入れてもらえなかった。滞在中 ーム局在型のProtein kinaseとリン酸化されるタンパク質の同 にハローウィンがあったこととクリスマスが近づいていたた 定について,筆者がダイナミンタンパク質の一つDRP3Aがペ めか , 専門店はもちろんのことふつうのスーパーや1ユーロ ルオキシソームとミトコンドリアの両方の分裂に関与してい ショップ(日本の100円ショップとほぼ内容は同じ)まで,い るという内容でポスター発表を行った。林さんの発表に関し たるところでクリスマス用の装飾品が売られており華やかな ては,前述したようにペルオキシソーム形成の中でも最も精 雰囲気であった。この時期のドイツはかなり寒いと聞いてい 力的に研究されている分野であるが,最近,我々の研究部門 たが,予想に反して滞在中は暖かく,非常に過ごしやすかった。 では,植物においてもPEX5やPEX7 , PEX14といった動物 , 今回,筆者にとっては初めてのヨーロッパ訪問だったうえに, 酵母と同じPEXが関与しているものの,その制御機構は異な (少しミーハーであるが)ペルオキシソーム研究の大御所が っていることを明らかにしている。リン酸化によるペルオキ 揃って参加されるということで大変楽しみにしていた。ミー シソーム機能の制御については , 我々は既にGPK1という ティングに関しては先に書いたように非常にエキサイティン Protein kinaseをはじめとするペルオキシソーム局在型Protein グで,こちらの研究意欲を大いにそそるものであった。しかし, kinaseの存在を明らかにしている。動物細胞の系でもProtein 日本を発ってから帰ってくるまでには本当にいろいろなこと kinaseおよびリン酸化されるタンパク質の探索が開始されて が起こった。Bochum から Dusseldorfに移動する際に乗るはず いることが今回の参加でわかり,新井さんのポスターも動物 だった列車が来なかったり(遅れたのではなく,なくなって の研究者の注目を受けていた。ペルオキシソームの増殖・分 しまった),帰国日から“winter time”に切り替わったため(11/1 裂においては,これまで動物と酵母においてPEX11の機能が から始めればよいのに,なぜか10/31から始まるらしい),朝 重要であるということが示されているのみであったが,我々 起きたら1時間ずれており一瞬焦ったりもした。こちらの予 はミトコンドリアの分裂因子として同定されていたDRP3Aが, 想に反して英語を話せる人が少なく(たまたま話しかけた人 ペルオキシソームの分裂を制御していることを明らかにした。 がそうだっただけかもしれないが), 加えてこちらは全くド ほぼ同時期に動物細胞でもやはりダイナミンの一つDRP1が, イツ語を理解できないのでほとんど会話にならずかなり苦労 ペルオキシソームとミトコンドリアの両方の分裂に関与して した。バスの乗り方から始まってとまどうことがたくさんあ いるという報告がなされた。このグループ(Dr.Schrader , ったが無事に帰れた今となっては面白い体験だったと思う(紙 University of Marburg)の今回の発表は,DRP1と共にミトコン 面の都合上 , 全てのことを書けないのは残念)。今回は , 非 ドリアの分裂を制御するFIS1の機能を低下させるとペルオキ 常に短い期間だったので,今度はもう少し余裕のあるスケジ シソームの分裂も抑制されるという内容であり,ペルオキシ ュールで臨みたいと思う。 ソームとミトコンドリアの分裂装置は,かなり共通の因子を 使用している可能性があるのではないかという印象を受けた。 Dr. BakerとDr. Sparkes (Oxford Brookes University) は,目下, 植物の PEX の解析において我々の最大のライバルであるが,彼女 らとはお互いに使用可能な実験材料とか研究の動向など , いろいろ有益なディスカッションができた。また,多くの動 物や酵母のペルオキシソーム研究者の前で発表できたことで, 少しは植物におけるペルオキシソーム研究の奮闘ぶり?をア ピールできたのではないかと思う。 ミーティングの最終日は,ほぼ午前中で終了だったので午 後からはBochumの街を散策した。Bochumという街は比較的 12 小さな街で,かつては鉄工業が盛んだったらしい。歩いてい 鉱山博物館 ると街のあちこちで年季の入った鉄製のオブジェ(と思う)と 上の鉄塔みたいな所まで登っていけるそうです。 Technical Note 今どきのポジショナルクローニング 森田(寺尾)美代 (奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科) 図1.田坂研のメンバー(全員ではない) はじめに を単離し,原因遺伝子を解析するという分子遺伝学が中心です。 特定領域研究のニュースレター第 1 号の研究室紹介を仰せ 原因遺伝子の単離には,染色体上における遺伝子の位置を探 つかりました NAIST 田坂研 助手の森田(寺尾)美代です。 るマッピングが必須です。マッピングというと,時間がかか 単なる研究室紹介に留まらず,テクニカルノート的性格も持 るので敬遠される方もいるでしょう。確かに,ストックセン たせたいという西川編集長のご意向でしたので,我々の得意 ターから insertion mutant を取り寄せたり,タギングで遺伝子 とするポジショナルクローニングの tips を中心に紹介させて を単離する方が早いかもしれません,でも,他の生物の既知 いただきます。 遺伝子のアナロジーでは進められない研究は当然あるでしょ うし,タグラインを使ったけど,実は自分の注目していた形 I. NAIST 田坂研 質とリンクしていなかった…なんてことも結構あります。我々 。 まずは,研究室の紹介から。田坂昌生教授は 98 年 NAIST が好んで EMS で変異原処理し,マッピングにかかる時間を厭 , に居を移し,植物の形態形成を中心に主に分子遺伝学にベー わないのは,ノックアウトでは決して得られない非常に興味 スにおいて研究を行っています。私は 99 年より田坂研の一 深いミスセンス変異を得たり,興味ある変異体の suppressor, 員となりました。現在ラボの構成は,田坂教授,助手 3 名(相 enhancer 変異体から,元の遺伝子と何らかの関連を持つ遺伝 田光宏,深城英弘,森田) ,ポスドク 2 名,D3: 3 名,D1: 4 名, 子をさらに得ることができるからです。ゲノムプロジェクト M2: 6 名,M1:7 名,実験補助 5 名,秘書 1 名の計 32 名(図 が終了し,データベースが充実しているシロイヌナズナにお 1) 。研究テーマは大きく 3 つ(形態形成,側根形成,重力屈性) いては,もはやマッピングはぺーぺーの院生でも F 2 の種さえ に分かれており,3 名の助手がそれぞれを担当しています。 あれば,半年の間に片手間でやれてしまう作業です。熟練し 今回特定研究に参加したのは重力屈性チームで,7 名の院生 た技術補佐員なら次々とこなしてくれます。ここでは,マッ が一緒に研究を進めてくれています。NAIST のバイオサイエ ピングの基礎知識に加え,田坂研がナズナで遺伝学を始めて ンス研究科は 21 世紀 COE プログラムに採択され,学生支援 12 年間で,これまで蓄積したノウハウと情報の一端をご紹介 に力を入れており,賃金や研究費の支給に加え,国内外の学 したいと思います(図 2) 。 , 会やセミナーへの参加のためのサポートも受けられます。こ のような恵まれた環境の中,院生の皆さんは日々研究に打ち . . 込んでいるはずです。ラボの教授はよく「ボス」と呼ばれま すが,田坂さんには「ボス」という呼び名はどうもしっくり 来ません。田坂さんはやはり「田坂さん」で,好奇心旺盛で, ともに研究し議論をし,新しいアイディアや発見を喜び合え るサイエンティストです。活性化されると時々,こちらが「お ーい,待ってくれー」と言いたくなるほど,想像の彼方へ行 ってしまいそうになります。助手でも学生でも,個々を非常 に尊重してくれます。それはおそらく,「研究は人にやらさ れるものでなく,自分でやるものだ」という彼の基本方針に 沿ったものだ思われます。自発的に研究をやりたい人はかな り自由に楽しめますが,そうでない人はただ徒に時間を消費 することになりかねません。個々の,研究に携わるものとし ての自覚が要求されます。こんな田坂教授のもと,学内のソ 図2. 田坂研の壁に貼られた5本の染色体 フトボール大会やバレーボール大会で優勝する他,修士論文, NARAMAP完成前まで大活躍。マーカーを表す付箋や書き込みで一杯。 博士論文で NAIST の優秀賞を獲得するなど,何でも積極的 に頑張る院生の皆さんが楽しく過ごしています。 II. ポジショナルクローニングの tips 我々の研究は,興味のある形質について異常を示す変異体 13 Plant Organelles N E W S L E T T E R 1. マッピングの基礎知識 2. FIRE(Fast Isolation of Recombinants)法 マッピングとは,自分の注目している表現型の原因遺伝子 上記の方法で,座乗染色体と遺伝子を挟むマーカーが判れ が染色体上のどこにあるかを突き止める作業です。まず変異 ば(図 4),FIRE 法を使うことができます(図 5)。F2 の表現 体(例えば Col 系統)と,異なる系統の野生型(例えば Ler 型を見る前に,すべての F2 個体について,C,D のマーカーで 系統)と間で交配を行い,F 2 世代の種を用意します。F1 世 PCR を行い,C-D 間で組替えた染色体を持つ個体を選び出し 代が自殖をする際の減数分裂時に,異なる系統間のキメラ染 ます。マッピングに重要なのは,原因遺伝子の近傍で組換え 色体が生じ,F 2 集団には様々なタイプのキメラ染色体が含ま たものを数多く採ることで,F2 から変異型を探すことではあ れます。 りません。つまり,目的の遺伝子座が必ずしも Col ホモでな くても,とにかくその近傍で組替えていて,後からでも表現 型と遺伝子型とが間違いなく対応できれば良いのです。F2 世 代に 1/4 現れる変異体のみを PCR 解析の対象とする従来のマ ッピングに比べて大きく利する点は次の通りです。1)同じ数 の F2 個体から 4 倍の組替え体が得られる,2)C-D 間で組替 えている植物のみを育てて次世代を残せばよいので,省スペ ースである,3)表現型を観察するまでに手間や時間がかかっ たりする場合や変異が致死性を示したりペネトランスが低い 場合等,先にマッピングに重要な組替え個体のみを選択し, 表現型を解析するべき個体数を減らすことができる。 よく「どのくらいの数の F2 を見れば良いのか?」と聞かれま すが,それは case by case です。14 個体で遺伝子に行き着くこ ともあれば,1000 個体近く使っても全然縮まらないというこ ともあります。あなたの運の強さを試してみましょう。 図3. マッピングに使用するF2個体のキメラ染色体の模式図 注目している変異が劣性の場合,F 2 世代の 1/4 は変異体の表 現型を示しますが,これらはどのようなキメラ染色体になっ ていようとも,原因遺伝子の存在する領域は必ず変異体由来 の系統(つまり遺伝子型は Col ホモ)になるはずです(図 3)。 ここまでで,もうお分かりと思いますが,マッピングをする ためには,変異の遺伝様式(優性 or 劣性 or 半優性 , etc)を知 っておくこと,遺伝子型と一致した表現型を間違わずに捉え られること,が前提条件になります。ですから,変異体を手 に入れたらすぐに戻し交配を始め,バックグラウンドをきれ いにしながら,遺伝様式を把握しておきましょう。ちなみに 変異体が優性の場合は,F 2 世代に 1/4 で現れる野生型は,必 ず原因遺伝子の座位は Ler ホモのはずです。ここまで来たら, F2 世代の変異体の表現型を示す個体について,染色体のどこ からどこまでが Col, もしくは Ler かが判れば良いわけです。 それには,Col / Ler 間の塩基配列の多型を検出できるマーカ ー(CAPS, SSLP 等)が必須です。多型の情報はデータベース (http://www.arabidopsis.org)に豊富に掲載されていますが, Col/Ler がほとんどです。Ws も少し利用できますが,他の系 統では情報がほとんど得られません。もしあなたがこれから 14 図4 . ラフマッピング例 F2 世代の変異型 11 個体を用いて,各染色体 (chr1 - 5) に 2, 3 個ずつマーカーを 選び遺伝子型を判定する。C: Col 系統由来,H: Col/Ler のヘテロザイガス,L: Ler 系統由来。C 型に偏りのある領域(この場合は chr5- 上)に原因遺伝子が存 在することが強く示唆される。確信が持てない場合は,もう少し個体数を増や すこと。ちなみにここで用いたラフマッピングマーカーセットは,全て HindIII を用いた CAPS マーカーで,PCR から電気泳動まで全て同一の条件でおこなえ るお手軽なセットである。 変異体を得ようとしているなら,Col か Ler を使うことを強く 3. 標準的なマッピング お勧めします。あとはひたすら F2 各個体の子葉 1 枚からゲノ あくまでも私の経験のみからの,マッピングの実例を挙げ ム DNA を抽出し,多型情報に基づいて PCR マーカーを作っ てみます。タイムスケジュールについては,だいたいの目安 て PCR を行えば,座乗染色体を決めることができます。そし を図 7 に示しましてあります。マッピングのため用意した F2 てさらに,原因遺伝子の存在する領域を見つけることができ 世代を約 100 個体ほど育て,表現型を観察し,変異体を選択 ます。 します。この時,全ての個体から DNA を取っておきます。 F2 世代の変異体 8-10 個体 を使って座上染色体を決めます(図 しまいます。この問題を回避する一つの方法は,F1 をもう一 4)。うまく一つの領域に Col ホモが集中しなかった時は,残 度野生型と交配して得られる F1’世代について表現型を見る りの約 15 個体(理論上は)を使ってさらに座上染色体を確認 ことです。表現型が出るか出ないかの 2 択になり,Aa, AA の します。その後,該当する染色体上の近傍マーカー(約 遺伝子型との対応もつけられます。また,この方法は変異の 20BAC 間隔)をいくつか使い,変異型の 25 個体についてま 影響で F1(ヘテロ)の種(F2)がつきにくい場合にも,組替 ずマッピングしてみます。それでだいたい 50BAC くらいに挟 え体を効率よく得るために有効な方法です。マッピングに十 める(図 5)ので,この挟んだマーカーで取っておいた全個 分な種を得るのに交配の回数を増やす必要はありますが,十 体の DNA を使って FIRE 法を行います(図 6)。この段階で組 分対応可能な数だと思います。 替え体のみを選抜し,不要な F2 個体は廃棄してしまいます。 2) 表現型が異なるエコタイプの遺伝的背景の影響を受けて 運が良ければ,この 100 個体でシーケンスに入りますが,次 変化してしまう場合。 の 100 個体を育てることの方が多いです。この時は最初から, Col と Ler の間には多型が数多く存在し,このおかげでマッ その時点で最も詰まっているマーカーより少し外側(もし最 ピングも可能なのですが,それは同時に両者の遺伝的背景に も詰まっているという判断に誤りがあったときが怖いので) かなりの差があることも意味しています。例えば,重力屈性 で FIRE 法に入ります。だいたい 1 日に 100 個体くらいは 異常の劣性変異体のあるもの(Col)をマッピングするために DNA 調製から PCR の結果を得るまで出来ますので,FIRE 法 に入ってから 1-2 週間くらいでだいたいマッピング可能かど うか(遺伝子まで行き着けそうかどうか)の判断が出来ると 思います。 Ler 野生型を掛け合わせると,F2 で重力屈性異常を示す個体 は 1/10 以下になってしまったことがあります。これは後に, 原因遺伝子のホモロガスな遺伝子が,Ler では正常に発現して いるのですが,Col ではスプライシング異常を引き起こすよ うな変異が入っていた,つまり Col は 2 重変異だったことが 原因であったと判明しました。このように 1 遺伝子が原因の 場合は何とかなりますが,これが複数になってくると困難を 極めます。 3)注目している遺伝子座付近での組替え体が現れない。 相同組替えはすべての染色体のすべての領域で均一に起こ るわけではありません。NARAMAP(後述)を使ってシロイ ヌナズナの組替え効率をざっと見たところ,やはりかなり組 替え頻度の低い箇所があることが判りました。このような場 所に変異が落ちてしまった場合は,なるべく早く次のような アプローチに転換することをお勧めします。a)その領域に含 まれる遺伝子の挿入変異体を出来る限り集めて表現型を見る, b)とにかくシーケンスする,c)TAC ライブラリーから注目 している領域のゲノム断片を含むものをスクリーニングし, 変異体に形質転換して相補性試験を行って,領域を絞り込む, d)野生型と変異体との間で DNA アレイを用いた発現解析を 行い,注目している領域に含まれる遺伝子の発現に差がある かどうかを調べる,e)野生型と変異体との間でタンパク質の 発現パターンを二次元電気泳動等で比較し,差の見えるもの をとにかく同定してみて,注目している領域に含まれる遺伝 図 5.“マーカーで挟む”という意味 子産物であるかどうかを調べる(現実的とは言いがたいです 座上染色体が判れば,その染色体上のマーカーで更に PCR 解析を行う。F2 世 代の変異体で解析しているので,原因遺伝子は必ず C 型の領域にある。この場 合,原因遺伝子はマーカー C と D の間に挟まれている。 が。),f)原因遺伝子の同定を先送りする。 これらのケースの対処法はかなり複雑ですが,ある程度ノ ウハウを持っておりますので。壁に突き当たってしまった方は, 一度私どもに相談してみてください。 4. 難しいケース 変異体の中には癖のあるものもいて,マッピングに苦労す 5. NARAMAP (NAIST Arabidopsis Mapping System) ることもあります。 マッピングには多型マーカーが必須なのですが,多型情報 1) 半優性変異 はあっても現物(PCR プライマー)はないのが普通です。情 半優性変異の場合,ホモ,ヘテロ,野生型の表現型がはっ 報を元に一つずつ作製していくのですが,数が増えてくると きり見分けられれば,原因遺伝子部分の遺伝子 aa, Aa, AA と 少し時間もかかりますし,実際に使えるマーカーが必ず得ら 簡単に対応させることが可能です。しかし,この 3 種の表現 れるという訳でもありません。そこで一昨年,マッピングを 型がはっきりと区別できない場合もあります。表現型を見間 効率的に行うために,NARAMAP を構築しました。これは, 違えることが多くなると,マッピングはとても難しくなって 平均 5 BAC(約 400-500 kb)に 1 個所の合計約 340 マーカー, 15 Plant Organelles N E W S L E T T E R マップ上の位置から速やかにマーカーを検索できるようなソ おわりに フトウェア,多型情報を基に新たなマーカーを迅速に作るた 若輩者ながら計画班の一員に加えていただき,感謝しなが めのソフトウェアから構成されています。NAIST の 21 世紀 らも恐縮しております。この特定領域研究に何らかの貢献が COE プログラムのサポートを受けて設置したもので,残念な 出来ればと思っております。また,少なくとも来年度は総括 がら現在は学内のみの公開となっていますが,ご相談に応じ 班において若手ワークショップの担当を仰せつかりました。 これについては皆様にご協力願うことがあるかと思います。 今後とも何とぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。 謝辞:マッピングの tips を書くにあたって,今年の 2 月まで 田坂研のメンバーであった現 NAIST 助手(植物遺伝子機能学 講座:橋本研)の加藤壮英さんの御協力をいただきました。 彼は田坂研のマッピングの黎明期から成熟期までを実際に体 験した FIRE 法の考案者で,NARAMAP の構築は彼の協力無 図6.マーカーC, DでFIRE法(例) 個体番号1-3は組替えていないので捨てる。4-9は組替え体であるので、表現型 解析をする。4, 5は必ずF2世代で原因遺伝子の遺伝子型が判明する。5∼8はF2 世代の変異体のみを対象にしたマッピングでは,選択し得なかった組替え体。 F2世代では野生型の表現型を示すが、F3解析をすることで原因遺伝子の遺伝 子型が判明する。8, 9はC-D間で2回組替えが起こっていると考えられる。この 場合もF2, F3の表現型解析から,原因遺伝子の遺伝子型が判明する。 しには実現しませんでした。加えて田坂研の皆さんに感謝致 します。 参考文献 高田忍,加藤壮英,田坂昌生 (2001) シロイヌナズナのマッ プベースクローニング法 植物細胞工学シリーズ 14「植物の ることは出来ます。なお,NARAMAP のマーカーについては, ゲノム研究プロトコール - 最新のゲノム情報とその利用法」 Col, Ler, Ws におけるパターンを確認してありますので,Col- 秀潤社 p95-103 Ws 間,Ler-Ws 間の多型マーカーを検索することも可能です。 これからマッピングしてみようという方は,ご相談下さい。 図7. マッピングのフローチャート 要する時間はあくまでも目安。 赤字の部分は場合によりけり。 黒字の部分は人によりけり。 P Plant Organelles 16 Calendar 第 46 回 日本植物生理学会年会シンポジウム 「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」 日時:2005 年 3 月 26 日(土)13:30 ∼16:40 会場:新潟コンベンションセンター 朱鷺メッセ オーガナイザー:西村幹夫(基礎生物学研究所),三村徹郎(神戸大学理学部) 予定講演者:西村幹夫,坂本亘,三村徹郎,森田(寺尾)美代,西村いくこ 第 6 回 国際植物硫黄代謝ワークショップ 日時:2005 年 5 月 17 日(火)∼ 21 日(土) 会場:かずさアカデミアセンター(千葉県木更津市鎌足 2-3-9 Tel(0438)20-5555) 主催:国際植物硫黄代謝ワークショップ組織委員会 講演要旨締め切り:2005 年 2 月 15 日 ホームページ:http://www.kap.co.jp/IWPSM/ テーマ:植物における硫黄の吸収・輸送・同化の分子生理学、植物栄養および土壌・肥料学的視点,ストレス応答と適応,窒素・炭 素代謝との相互作用,環境および生態的視点,バイオテクノロジーによる農業・薬用・栄養機能的視点など,植物硫黄代謝に関する 全般。予定講演者:Frank Smith, Ahlert Schmidt, Heinz Rennenberg, Kerr Walker, Hideki Takahashi, John W. Anderson, Rainer Hoefgen, Satoshi Naito, Rudiger Hell, Yasujiro Morimitsu 第 18 回 国際植物科学会議 International Botanical Congress 日時:2005 年 7 月 18日(月)∼ 23日(土) 会場:Austria Center Vienna Bruno-Kreisky-Platz 1, A-1220 Vienna, Austria Phone: + 43 1 260 69 0 Fax: + 43 1 260 69 303 オーガナイザー:President: Marianne Popp (Ecology and Conservation Biology, University of Vienna) President: Michael Hesse (Botany, University of Vienna) Vice-President: Tod Stuessy (Botany, University of Vienna) 講演要旨締め切り:2005 年 1 月 31 日 ホームページ:http://www.ibc2005.ac.at/ 第 10 回 日仏植物科学ワークショップ 『細胞情報伝達と分化』 日時:2005 年 9 月 25 日(日)∼29 日(木) 会場:Toulouse, France オーガナイザー: Raoul Ranjeva (CNRS/Universit・de Paul Sabatier, France) Yuji Kamiyia (Plant Science Center/RIKEN, Yokohama, Japan) 問い合わせ先:神谷勇治(理化学研究所植物科学研究センター) [email protected] Tel 045-503-9661 Fax 045-503-9662 編集後記 特定領域研究「植物の環境的応戦略としてのオルガネラ分化」の領域ニュースレターの第 1 号 が完成いたしました。このニュースレターは年 2 回発行の予定です。海外のミーティングや関連 するトピックスの報告に加えて,植物オルガネラ研究に関するテクニカルノート的な内容も含め たものにしていきたいと考えています。お忙しい中,原稿を書いてくださいました班員の先生方 には厚くお礼申し上げます。また,森田先生には,テクニカルノート的研究室紹介という無理な 注文をしてしまいました。私もポジショナルクローニングの経験がありますが,森田さんの書か れた Tips を知っていれば,もっと効率的にクローニングができたなあ思ってしまいました。改め てお礼申し上げます。本ニュースレターは,ページ数はそれほど多くはありませんが,内容の濃 いものにしていきたいと考えています。国内外の関連学会に関する情報をはじめとして,本ニュ ースレターに掲載希望の情報をお持ちの方は事務局までご連絡ください。(西川) 17 P Plant Organelles Plant Organelles N E W S L E T T E R 文部科学省科学研究費補助金 特定領域研究 「植物の環境適応戦略としてのオルガネラ分化」領域ニュース 編集人 西川周一 発行人 西村幹夫 発行所 特定領域研究「オルガネラ分化」事務局 〒 444-8585 岡崎市明大寺町字西郷中 38 自然科学研究機構 基礎生物学研究所 電話:0564-55-7500 FAX:0564-55-7505 e-mail : [email protected] ホームページ:http://www.nibb.ac.jp/organelles/ 印刷(有) イヅミ印刷所
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