1990 年代における欧州の金融・保険市場の変化と 金融・保険事業者の

1990 年代における欧州の金融・保険市場の変化と
金融・保険事業者の動向
−英国、ドイツ、フランスを中心に−
目
Ⅰ.はじめに
次
Ⅴ.金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件
Ⅱ.欧州の金融・資本市場と保険市場の特徴
の変化と特性
Ⅲ.1990 年代における欧州の金融・保険市場 Ⅵ.欧州の金融・保険事業者の動向
を取り巻く環境変化
Ⅶ.金融と保険が融合する最近の動向
Ⅳ.欧州の金融・保険市場で起こっている
Ⅷ.おわりに
変化
主任研究員 細田道隆
研究員 望月晃
要
研究員 牛窪賢一
約
Ⅰ.はじめに
本稿では、EU 金融・保険市場の自由化が進展した 1990 年代の欧州における金融市場と保険市場にまた
がった変化を、欧州市場の中で市場規模および影響力が大きい英国、ドイツ、フランスを中心として主に
2000 年初頭の時点で確認できる状況をもとに概観した。
Ⅱ.欧州の金融・資本市場と保険市場の特徴
本章では、欧州の金融・資本市場と保険市場に関しその基本的な特徴について整理する。
Ⅲ.1990 年代における欧州の金融・保険市場を取り巻く環境変化
本章では、EU 市場の自由化をはじめとして、欧州の金融・保険市場を取り巻く環境変化について概観する。
Ⅳ.欧州の金融・保険市場で起こっている変化
本章では、欧州の金融・保険市場において最近起こっている変化について考察する。
Ⅴ.金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件の変化と特性
本章では、欧州の金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件の変化と一般的な金融・保険ビジネスの特
性について考察する。
Ⅵ.欧州の金融・保険事業者の動向
本章では、欧州の金融・保険市場における大きな変化に直面している金融・保険事業者がどのような戦略
を採用しているか概観する。
Ⅶ.金融と保険が融合する最近の動向
金融と保険の融合は、金融・保険市場で起こっている最も特徴的な変化の一つである。本章では、金融・
保険市場をまたがる再編と保険市場から見た金融市場との融合を裏付ける具体的事例について考察する。
Ⅷ.おわりに
今後欧州の金融・保険市場の分析をさらに進めるためには、金融・保険事業者の収益・コストの構造など
そのビジネスの特性についての詳細な分析やより長期の視点に立った歴史的な考察が必要となるが、これら
は今後の研究課題としたい。
細
目
次
Ⅰ.はじめに······································································ 26
Ⅱ.欧州の金融・資本市場と保険市場の特徴 ·········································· 27
1.欧州の金融・資本市場の特徴
2.欧州の保険市場の特徴
Ⅲ.1990 年代における欧州の金融・保険市場を取り巻く環境変化························ 40
1.自由化の進展
2.グローバル化
3.少子・高齢化
4.情報技術の革新
Ⅳ.欧州の金融・保険市場で起こっている変化 ········································ 42
1.金融市場における間接金融から直接金融へのシフト
2.資本市場における変化
3.ユーロの導入による金融・資本市場への影響
4.私的年金市場の拡大
5.金融市場と保険市場の融合
Ⅴ.金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件の変化と特性 ·························· 46
1.金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件の変化
2.金融・保険ビジネスの特性
Ⅵ.欧州の金融・保険事業者の動向 ·················································· 49
1.金融機関の動向
2.保険会社の動向
Ⅶ.金融と保険が融合する最近の動向 ················································ 58
1.金融・保険市場をまたがる再編
2.保険市場から見た金融市場との融合
Ⅷ.おわりに······································································ 60
ためには、金融市場と保険市場とを統合して分析
Ⅰ. はじめに
する必要がある。
1
2000 年を迎えたEU においては、近年金融市場と
また、このような変化を理解するには、現象面
保険市場をまたがった変化が進行している。例え
を追いかけるのではなく、歴史的視点に立つ必要
ば、ドイツの保険会社最大手のアリアンツは銀行、
がある。図表1の年表のとおり、この変化は 1990
証券、資産運用会社をも傘下に抱えるなど保険市
年代に進められた自由化、規制緩和の進展の中で
場を超えて金融市場へ進出している。一方、世界
進んできたものと考えられる。すなわち、EUにお
有数の銀行であるドイツ銀行も同様に、銀行を中
いては 1993 年に銀行第二次指令が、翌 1994 年に
心として、証券、資産運用会社、保険会社を持株
は損害保険第三次指令が相次いで施行され、金
会社の下に置く、金融コングロマリットに成長し
融・保険市場の自由化の枠組みが完成した。その
ている。また、従来保険市場において引受処理さ
結果、EUの金融・保険市場では、競争の激化、商
れてきた自然災害リスクが、発達した金融技術を
品の多様化、そしてM&Aの進展などの変化が生じ、
用いて金融市場において処理されるようになった。
1999 年 1 月の単一通貨ユーロの導入2により、その
これまで保険市場と金融市場は概ね別々の市場
変化のスピードは 2000 年の現在もなお加速してい
と理解されてきたが、このような変化が生じてい
る現在、変化が生じている現状を分析し理解する
る状況にある。
今回の分析対象の期間は、1990 年代初期になさ
《図表1》年表:欧州の金融・保険市場における変化
年
1986
自由化・制度改革
・ 英国のビッグバン
金融・保険事業者の主な動向
・クレディ・アグリコル(仏)が生保子会社プレディカを設立
・ 英国の年金改革
1990
・第四次資本移動指令施行
1993
・銀行第二次指令施行
1994
・ 損害保険第三次指令施行
・ 生命保険第三次指令施行
・ フランスの年金改革
1995
・投資サービス指令施行
・英国の年金改革
1996
・ドイツの年金改革
・ プルデンシャル(英)がプルデンシャル・バンキングを設立
・ アクサ(仏)と UAP(仏)が合併
1997
・ メリルリンチ(米)がマーキュリー・アセット・マネジメント
(英)を買収
・ クレディ・スイス(スイス)がウィンタートウル(スイス)を買収
1998
・ SBC(スイス)と UBS(スイス)が合併
・ アリアンツ(独)が AGF(仏)を買収
・ プルデンシャルが新たな銀行ブランド エッグ を開始
1999
・単一通貨ユーロの導入
・ ドイツ銀行(独)がバンカース・トラスト(米)を買収
・ ロイズ TSB(英)がスコティッシュ・ウィドウズ(英)の買収計
画を発表
・ HSBC( 英 ) が リ パ ブ リ ッ ク ・ ナ シ ョ ナ ル ・ バ ン ク ・ オ ブ ・
ニューヨーク(米)を買収
(注) 保険会社または保険会社グループは斜体で表示した。
(出典)各種資料より安田総合研究所作成
れた自由化措置のインパクトが極めて大きいこと
資本市場ではこの傾向が強いといわれてきた 4 。欧
を考慮して、概ね 1990 年より 2000 年初頭までの
州大陸諸国では、米国や英国のようなアングロ・
10 年間とした。
サクソン流の市場中心主義に対し、伝統的なビジ
今回の分析作業の範囲は上述した金融・保険市
場で融合した領域に止まらず、金融市場および保
ネス慣行に支えられた銀行中心の金融システムが
根強く続いてきた。
険市場それぞれの変化までも含めた広範なものと
欧州における金融機関の規模は、総資産、従業
なった。本稿は、今後なお継続して分析作業を進
員数等から見て、米国や日本に比べかなり大きく 5 、
めるための試論として、主に 2000 年初頭の時点に
また、国土や人口に比べ金融機関や支店の数が多
おいて入手できる資料をもとにその状況をとりま
過ぎるともいわれてきた。これは、伝統的に欧州
とめたものである。
の金融構造において間接金融のウェイトが高かっ
なお、本稿では金融機関とは、保険会社を除く、
たことの表れと考えられる。
金融サービスを提供する金融機関の意味で用い、
金融・資本市場には保険市場を含めない。
本稿の構成としては、まず欧州の金融・資本市
3
② ユニバーサル・バンク制度
金融制度面について見ると、欧州諸国では、ド
場と保険市場の特徴を整理した (第Ⅱ章)。次に、
イツを発祥とするユニバーサル・バンク制度が基
これらの市場を取り巻く環境変化(第Ⅲ章)と、
本的に採用されている。ユニバーサル・バンクと
その結果、金融・資本市場および保険市場で現在
は、商業銀行業務だけでなく、投資銀行業務や資
起きている変化を概観した(第Ⅳ章)。続いて、金
産運用・管理業務等、様々な金融サービスの提供
融・保険事業における基礎的競争条件の変化と両
が法制度上認められている金融機関である。ただ
者に共通するビジネス特性を確認した上で(第Ⅴ
し、欧州のユニバーサル・バンクの業務は、伝統
章)、金融・保険市場の変化に対応する金融・保険
的に預金の受入れや貸付を中心とする商業銀行業
事業者の動向の特徴を分析した(第Ⅵ章)。最後に、
務が主体となっていた。
金融と保険が融合する領域における最近の動向を
考察した(第Ⅶ章)
。
なお、ユニバーサル・バンク制度の採用が、欧
州で金融・資本市場の発達が遅れた一因になった
との指摘がある。これは、基本的に銀行、証券会
Ⅱ. 欧州の金融・資本市場と保険市場の特徴
社間での資金争奪がなく、金融革新を進展させる
インセンティブに乏しかったとの見方に基づいて
本章では、欧州の金融・資本市場と保険市場に
いる。
ついて概観する。まず欧州の金融・資本市場に関
しその基本的な特徴について整理し(第 1 節)、次
(2) 欧州主要国の金融・資本市場の特徴
に保険市場について同様に整理する(第 2 節)。
① 英国の金融・資本市場の特徴
英国の金融構造は、ドイツやフランスに比べ米
1. 欧州の金融・資本市場の特徴
本節では、まず欧州の金融・資本市場の全体像
国型に近い。1998 年における英国の個人金融資産
の構成比では、現預金・信託のウェイトが 21.1%と、
について概観し、次に欧州の主要国である英国、
米国の 15.5%よりは高いものの、これに近い水準に
ドイツ、フランスの金融・資本市場の特徴、金融
ある。また、英国では、保険・年金のウェイトが
機関の種類について整理する。最後に欧州金融機
同 54.7%とかなり高いところに特徴がある(図表2
関の収益性について概説する。
参照)
。
英国の金融・資本市場は、国内ポンド建て市場
(1) 欧州全体の金融・資本市場の特徴
と、ロンドンのシティを中心とするポンド以外の
① 間接金融のウェイトが高い金融構造
通貨建てのユーロ市場に大別される。国内ポンド
欧州の金融構造は、概して米国に比べ間接金融
建て市場においては、国内金融機関の勢力が強い 6 。
のウェイトが高く、債券・株式市場等の資本市場
一方、ポンド以外の通貨建てのユーロ市場では、
の発達が遅れている。特に欧州大陸諸国の金融・
ウインブルドン現象といわれるように、国内勢よ
りも米国系、スイス系、ドイツ系金融機関の活躍
ランス版ビッグバンによって、金融・資本市場の
が目立っている。
改革が進められ、株式市場や短期オープン市場の
英国の金融・資本市場では、外為規制の撤廃
拡大等、かなりの成果があがっている。
(1979 年)や証券市場におけるビッグバン(1986
ただし、フランスでは、1997 年の個人金融資産
年)等の規制緩和が実施されてきた。この結果、
に占める現預金・信託のウェイトが 31.4%と、米国
市場参加者にとって利便性の高い市場が実現され、
や英国に比べまだ高い(図表2参照)。また、フラ
国際金融センターとしての地位が維持されている。
ンスでは人口に比べて銀行の数が多く、金融機関
英国の証券流通市場は、米国、日本に次ぐ世界
の統廃合は米国や英国に比べ進んでいないと見ら
第 3 位の規模であり、欧州における中心的市場と
れている。
なっている。債券市場では国債が残高、取引とも
この中心となっている。株式市場もビッグバン以
(3) 欧州主要国の金融機関の種類
降順調に拡大してきた(図表3参照)。特に外国株
① 英国の金融機関の種類
式取引の拡大は著しく、1993 年以降、外国株式取
英国の金融機関は、リテールバンク、マーチャ
引高が国内株式取引高を上回るようになっている。
ント・バンク、ディスカウントハウス、その他国
また、ロンドン外為市場は、世界最大の外為取引
内銀行、住宅金融組合、外国金融機関等に大別さ
規模を誇っている。ただし、ここでも外資系金融
れる。
機関がメインプレーヤーとなっている。
リテールバンクは、広範な支店網をもち、商業
銀行業務を中心とする金融機関である。リテール
② ドイツの金融・資本市場の特徴
バンクの代表は、バークレイズ銀行、ナショナ
ドイツの金融構造は、伝統的に間接金融中心で
ル・ウェストミンスター銀行(ナットウェスト)、
ある。例えば、ドイツでは 1998 年末の個人金融資
ミッドランド銀行、ロイズ TSB 銀行等で、4 大商業
産に占める現預金・信託のウェイトが 39.3%と、米
銀行等と呼ばれてきた(ミッドランド銀行は 1992
国や英国に比べかなり高い(図表2参照)。ただし、
年に香港上海銀行の持株会社によって買収され、
62.8%の日本ほどには高くない。短期金融市場の規
またナットウェストは 2000 年 2 月にロイヤル・バ
模も米英に比べ小さい。これらのことは、長短金
ンク・オブ・スコットランドに買収されている)。
融の両面において企業の銀行借入れへの依存が大
マーチャント・バンクは、17∼18 世紀に富裕な
きかったことや、ドイツ連邦銀行が金融市場のコ
貿易商が貿易金融を行うようになったことに始ま
ントロール力を重視し、資本市場やオープン市場
り、証券引受やコーポレート・バンキングを中心
の発達に慎重だったため等といわれている。
に展開していった英国特有の金融機関である。現
債券市場は、事業会社による社債は少ないもの
在では、英国の代表的なマーチャント・バンクの
の、公共債や金融債等の国内債の発行残高が大き
ほとんどが買収され、各国金融機関の傘下に組み
く、比較的厚みのある市場になっている。一方、
込まれている(第Ⅵ章で詳述する)。
株式市場の規模は、ドイツの経済規模に比べ小さ
ディスカウントハウスは、概ね日本の短資会社
い(図表3参照)。これは、ドイツでは、財務内容
に相当する。その他国内銀行は、上記以外で銀行
の開示や経営権の移転を望まず、有限会社形態を
法上の基準を満たす銀行をさす。住宅金融組合は、
とっている企業が多いこと、銀行、企業とも証券
出資金形態で資金を調達し、住宅貸付を中心業務
発行よりも融資を優先してきたこと等によるとい
とする金融機関である。
われている。
② ドイツの金融機関の種類
③ フランスの金融・資本市場の特徴
フランスの金融・資本市場は戦後、国営銀行を
ドイツは、銀行・証券兼営を認める典型的なユ
ニバーサル・バンク制度の発祥の地といわれてい
中心とする金融制度や厳格な外国為替管理を特徴
る。一般に、ドイツでのユニバーサル・バンクは、
とし、企業の資金調達は間接金融に大きく依存し
信用銀行、貯蓄銀行、信用協同組合の 3 つに分類
てきた。しかし、1980 年代半ばにスタートしたフ
される。
《図表2》個人金融資産構成の比較
英国
ドイツ
(519 兆円)
(393 兆円)
その他の その他
有価証券 2.9%
1.5%
株式
15.6%
投資信託
4.2%
現預金・信
託
21.1%
フランス
その他
6.3%
その他の有
価証券
3.0%
米国
(3,499 兆円)
現預金・信
託
15.5%
現預金・信
託
39.3%
投資信託
10.0%
保険・年金
22.2%
現預金・信
託
31.4%
日本
株式
32.0%
(1,254 兆円)
投資信託
8.3%
保険・年金
19.0%
その他の有
価証券
2.1%
株式
4.5%
投資信託
2.4%
保険・年金
28.2%
保険・年金
31.2%
株式
20.8%
その他
6.4%
株式
8.7%
(353 兆円)
保険・年金
54.7%
その他
16.3%
その他の
有価証券
5.5%
その他の
有価証券
13.4%
現預金・信
託
62.8%
投資信託
10.7%
(注1) 英国はイングランド銀行、ドイツはブンデスバンク、フランスはフランス銀行、米国はFRB、日
本は日本銀行調べ。
(注2) データは 1998 年末の実績。ただし、フランスは 1997 年末。
(注3) 円換算については、当該年末の為替相場による。
(注4) 個人には、家計の他、農林漁業者、個人企業および民間非営利団体を含む。ただし、ドイツ、米国
は個人企業を含まない。
(出典)日本銀行国際局「国際比較統計 1999」より安田総合研究所作成
《図表3》株式市場および債券市場の規模比較(証券取引所ベース、1998 年)
取引額(億ドル)
株式市場
債券市場
英国
30,040
ドイツ
フランス
14,882
5,862
米国
73,179
日本
7,446
時価総額(億ドル)
時価総額の対GDP比率(%)
22,977
164.4
10,891
50.4
9,852
67.7
104,000
122.2
23,805
62.9
取引額(億ドル)
時価総額(億ドル)
17,438
12,354
14,915
28,486
4,503
8,870
38
25,541
680
21,653
時価総額の対GDP比率(%)
88.4
131.9
61.0
30.0
57.2
(注1)東京証券取引所「証券統計年報」による。
(注2)原則として株式時価総額には外国株を含んでいない。
(注3)時価総額は年末の為替相場、取引額は年平均の為替相場でドル換算。
(注4)英国はロンドン、ドイツは全国取引所ベース、フランスはパリ、米国はニューヨーク、日本
は東京の、各証券取引所の売買代金および時価総額。
(注5)本表は、各国の代表的な証券取引所のみの計数であり、必ずしも一国全体の市場規模を表わ
したものではない。
(出典)日本銀行国際局「国際比較統計 1999」より安田総合研究所作成
信用銀行は、いわゆる商業銀行に相当し、この
中心をなしているのが、ドイツ銀行、ヒポ・フェ
7
ラインス銀行 、ドレスナー銀行、コメルツ銀行等
独占販売する。市町村信用金庫は、公務員への貸
付を中心とする地域密着型の金融機関である。
金融会社は、リース、不動産金融、ファクタリ
ング、消費者金融等を中心業務とするノンバンク
である。
貯蓄銀行は、州法等の公法に基づいて設置され
ており、貯蓄性預金の受入れ、住宅抵当貸付や自
治体貸付を主要業務とする地域密着型の金融機関
であり、特化金融機関とともに、一般からの 2 年
以内の預金受入れは認められていない。
以前はフランスの銀行の多くが国有銀行であり、
経営の非効率性が指摘されることも少なくなかっ
である。
なお、貯蓄銀行の上部機関として、決済銀行の
た。しかし、1987 年にはパリバ、ソシエテ・ジェ
役目を果たす地域毎に分かれた振替中央銀行があ
ネラル、インド・スエズ等の 7 行が、1993 年には
り、この内最大の銀行が、ウエストドイッチェ・
BNP が、それぞれ民営化されてきた。
ランデス銀行である。
信用協同組合は、中小企業や農民向けの金融機
関であり、金融機関の中で最大の店舗網を持って
(4) 欧州金融機関の収益性
欧州金融機関の収益性は、概して米国の金融機
関に比べ低く、日本の金融機関よりも高いといわ
いる。
これらユニバーサル・バンクの他に、各種の専
れる。例えば、ドイツの商業銀行の収益性につい
門銀行があり、抵当業務を扱う民間抵当銀行や公
て見ると、1997 年における平均ROE(株主資本利益
的抵当銀行、日本の投資信託委託会社に相当する
率)は 10.6%で、米国の 22.4%に比べ低く、日本よ
投資会社、消費者信用等を扱う割賦信用機関等が
りは高い(日本では不良債権処理の影響もあり、
この分類に含まれる。
マイナス 15.0%だった)。また、ドイツの商業銀行
の平均利鞘は 1.6%で、米国の 3.3%に比べ低く、日
本の 0.4%に比べ高い9。
③ フランスの金融機関の種類
フランスでもドイツに類似したユニバーサル・
ただし、英国のリテール銀行のように、ROE で米
バンク制度が採用されてきた。1984 年銀行法に
国の金融機関と同等またはそれ以上の場合もある。
よって、それまで多種多様であった金融機関の準
英国の大手銀行グループの 1999 年決算は、リテー
拠法の一元化が図られ、投資信託や保険会社、郵
ル部門の好調を背景に、高い収益性を示した。ROE
便局等を除くすべての金融機関が、信用機関とい
は概ね 15∼30%の範囲であり、10%前後のドイツ勢
8
う名の下に 1984 年銀行法の対象となった 。
に比べはるかに高い。ドイツでは、協同組織形態
1984 年銀行法では、信用機関は、銀行(以下区
や公的金融機関による預金量シェアが 6 割近くを
別のため「一般銀行」とする)、相互・協同組合銀
占めているため、リテールの収益性が低いが、一
行、貯蓄金庫、市町村信用金庫、金融会社、特化
方の英国では、大手商業銀行が預貸金利や手数料
金融機関の 6 種類に分類されている。この内、一
の価格決定において主導権を握っているため、リ
般銀行、相互・協同組合銀行、貯蓄金庫、市町村
テールで高い収益力を享受しているといわれる。
信用金庫の 4 者が原則ユニバーサル・バンクとさ
れ、金融会社、特化金融機関の2者は業務が限定
されている。
2. 欧州の保険市場の特徴
本節では、まず欧州全体の保険市場の特徴と主
一般銀行は、原則フランス銀行協会に加盟して
要な保険商品について概観し、次に欧州の主要国
おり、BNP(パリ国立銀行)、ソシエテ・ジェネラ
である英国、ドイツ、フランスの保険市場の特徴
ル、クレディ・リヨネ、パリバ等がこの代表であ
について整理する。
る(1999 年にパリバは BNP に買収されている)。
相互・協同組合銀行は、中小企業、個人を主要
(1) 欧州全体の保険市場の特徴
顧客とする地域金融機関であり、クレディ・アグ
まず欧州の保険市場の全体像を把握するため、
リコルはこの分類に属する。貯蓄金庫は非営利民
欧州の保険市場の元受保険料とその伸び率、世界
間団体で、政府が利率を決める利息非課税商品を
の保険市場に占める元受保険料シェアについて概
欧州の保険市場の元受保険料(生保・損保合計)
観し、保険料の規模で見た欧州全体の保険市場の
10
の伸び率13は 3.4%増(西欧 3.4%増、中・東欧 2.0%
特徴を整理する 。
増)であるが、生命保険料が 6.3%増(西欧 6.2%
増・東欧 15.8%増)、損害保険料が 0.3%減(西欧
① 欧州の保険市場の規模
0.2%減、中・東欧 2.1%減)となっている(図表4
欧州の保険市場は、国別の保険料の規模では世
界最大の保険市場である米国を若干下回るものの、
参照)14。
日本と比較するとその 1.5 倍の規模の巨大な保険
西欧全体で見ると、生命保険、特に貯蓄性の生
市場である。1998 年の欧州の保険市場の元受保険
命保険、個人年金への需要が拡大してきている。
料(生保・損保合計)は 6,995 億ドルで、世界の
少子・高齢化の進展に伴う現行の公的年金などの
保険市場の元受保険料(生保・損保合計)の 32.5%
社会保障制度への先行き不安の高まりは、生命保
11
(西欧 31.8%、中・東欧 0.7%)を占めている(図
険や個人年金に対する税制上の優遇措置 15 とともに、
表4参照)12。
個人が自助努力で老後に備えるためのインセン
また欧州の保険市場は現在、生命保険市場の規
ティブ、言い換えれば、個人が貯蓄性の生命保険
模の方が損害保険市場の規模を上回っている。欧
や年金等による資金の蓄積を拡大するインセン
州の生命保険市場の元受保険料は 4,023 億ドルで、
ティブとなっている 16 。また、詳細は後述するが、
欧州の保険市場の元受保険料(生保・損保合計)
生命保険市場や私的年金市場の成長性に着目した
のうち 57.5%を占めている。なお損害保険市場の元
銀行が、資産運用・管理業務の強化に関連して、
受保険料は 2,971 億ドルで、欧州の保険市場の元
銀行商品と保険商品(主に生命保険商品)のクロ
受保険料(生保・損保合計)の 42.5%となっている
スセリングを狙ったバンカシュアランスを活発化
(図表4参照)。
させている。これらの要因が西欧諸国の生命保険
市場や私的年金市場のさらなる拡大を招いている 17 。
② 欧州の保険市場の成長性
一方、損害保険料については、西欧で前年比 0.2%
欧州の保険市場の成長性を見ると、生命保険市
減となったが、これは主に規制緩和や損害保険市
場の方が損害保険市場を上回っている。1998 年の
場における供給過剰に伴う保険料率の引き下げ競
《図表4》1998 年の世界および地域別の元受保険料とその伸び率
(単位/保険料:百万$、シェア・前年比:%)
地
域
生保・損保合計
保険料
北米
シェア
生命保険
前年比
保険料
シェア
損害保険
前年比
保 険 料 シェア
前年比
779,593
36.2
4.8
368,032
29.1
9.7
411,561
46.2
0.9
736,470
34.2
5.3
349,390
27.6
10.1
387,080
43.4
1.4
699,474
32.5
3.4
402,348
31.8
6.3
297,126
33.3
−0.3
684,848
31.8
3.4
398,627
31.5
6.2
286,221
32.1
−0.2
14,626
0.7
2.0
3,721
0.3
15.8
10,905
1.2
−2.1
アジア
571,272
26.5
−3.4
439,020
34.7
−3.2
132,252
14.8
−4.1
日本
453,093
21.0
−3.8
361,102
28.6
−3.4
91,991
10.3
−5.4
ラテンアメリカ
38,265
1.8
7.2
10,693
0.9
14.0
27,573
3.1
4.7
オセアニア
37,872
1.8
11.3
22,396
1.8
14.6
15,476
1.7
6.8
アフリカ
28,792
1.3
22.1
21,668
1.7
29.6
7,125
0.8
2.9
全世界計
2,155,269
100.0
2.3
1,264,156
100.0
4.1
891,112
100.0
−0.1
米国
欧州
西欧
中・東欧
(注) 傷害・健康保険は、損害保険として分類されている。
(出典)Swiss Re, World insurance in 1998:Deregulation,overcapacity and financial crises
curb premium growth (sigma No.7/1999)
,1999.より安田総合研究所作成
争の激化によるものである18。
の引き下げ競争を激化させ、収益の低下を招いて
なお、このような欧州の保険市場の成長性の面
いる。ギリシャを除くEU加盟国の損害保険会社の
で見られる生命保険の損害保険に対する優位性は、
み(生損保兼営保険会社の損害保険部門を除く)
1998 年の元受保険料の伸び率だけに見られる特徴
で集計した 1997 年のコンバインドレシオ 26 は、
ではなく、ここ数年間の欧州の保険市場の趨勢と
95.0%(損害率2771.2%、経費率2823.8%)となってお
なっている19。
り、各国別に見ると、スペイン(101.5%)、アイル
ランド(100.1%)、オーストリア(101.3%)、ポルト
ガル(102.8%)、フィンランド(102.3%)では 100%
(2) 欧州の保険市場の主要な保険商品
次にEU加盟国を中心とした欧州保険市場におけ
を超えている(図表5参照)。また、損害保険商品
る主要な保険商品について、主に 1997 年のデータ
別のコンバインドレシオは、ギリシャ、英国など
20
を除くEU加盟国の有効データのみの平均で、自動
に基づき概観する。
車保険が 103.4%29 (自動車賠償責任保険が 112.3%、
① 生命保険商品
車両保険等が 89.8%)、傷害・健康保険が 87.2%、
欧州では、近年ユニット・リンク型の生命保険
21
(ファンド・リンク保険 )がマーケットシェアを
火災等の財物保険が 91.7%、賠償責任保険が 113.0%、
海上・航空・運送保険が 93.6%となっている。
拡大しつつある。現状では伝統的な生命保険商品
なお、自動車保険の 61.1%が自動車賠償責任保険
である非ユニット・リンク型の生命保険が、1997
であるが、その損害率は、アイルランド、ギリ
年時点で英国を除くEU加盟国全体の生命保険料の
シャ、英国を除くEU加盟国平均で 94.6%と極めて高
82.2%を占め、依然として欧州全体の一般的な生命
い水準にある30。
保険商品ではあるものの、ファンド・リンク保険
が 1997 年時点では 11.7%を占め、1995 年の 7.5%と
比較してマーケットシェアを拡大している。
(3) 欧州主要国の保険市場の特徴
これまで欧州全体の保険市場の特徴と主要な保
ファンド・リンク保険について国別で見ると、
険商品について概観してきたが、次に、保険料の
アイルランドでは生命保険料の 67.6%、ルクセンブ
規模で見た欧州の 3 大保険市場である、英国、ド
ルグでは 51.8%、スウェーデンでは 32.7%、オラン
イツ、フランスを取り上げ、各国保険市場の現状31
ダでは 30.4%を占めている。また、英国でもその普
を概観した上で、生命保険市場、損害保険市場毎
及が進んでおり、1998 年の個人生命保険新契約保
に、商品別の保険料推移、ディストリビューショ
22
険料の 48.3%を占めている 。
ンの状況を整理する。
なお、その他の主要な生命保険商品には、団体
年金、元金償還保険、トンチン保険などがある。
① 英国の保険市場の特徴
団体年金は 1995 年には 6.0%のマーケットシェアを
A. 英国の保険市場の現状
23
英国の保険市場はEU全体の保険市場の自由化が
また、1997 年時点で、元金償還保険 は 2.1%、フ
進む以前から、保険会社間の自由な競争に委ねら
ランスとオランダにのみに存在しているトンチン
れてきた。EU域内各国の保険市場は、数次にわた
占めていたが、1997 年には 3.4%に低下している 。
24
25
保険は 0.4%のマーケットシェアとなっている 。
る生命保険指令、損害保険指令の国内法化を通じ
て、段階的に自由化が進められてきたが、英国で
② 損害保険商品
欧州の損害保険の主要商品は、自動車保険と傷
は従来から、行政の介入を契約者保護上の必要最
低限にとどめるという姿勢が貫かれている32。なお、
害・健康保険であり、1997 年時点で、それぞれ EU
英 国 で は 現 在 、 金 融 サ ー ビ ス 機 構 ( FSA :
加盟国の損害保険料の 33.4%、25.2%を占めており、
Financial Services Authority)を中心に金融制
次いで火災等の財物保険が 20.6%、賠償責任保険が
度改革が進行中であり、この改革が完成すると、
7.0%を占めている。
保険会社を含めた全ての金融機関が、金融サービ
欧州各国における損害保険事業の収益性は決し
て高くない。自由化・規制緩和の進展は保険料率
ス機構の規制・監督下に入ることになる。
英国の保険市場は、保険料の規模で欧州最大、
世界でも米国、日本に続き第 3 位の規模である。
であり、損害保険事業のみの免許を有する会社が
1998 年の英国の保険市場の元受保険料(生保・損
594 社(国内会社 451 社、外国会社 143 社)、生命
保合計)は 1,810 億ドルで、欧州の保険市場の元
保険事業のみの免許を有する会社が 176 社(国内
受保険料(生保・損保合計)の 25.9%を、世界の保
会社 162 社、外国会社 14 社)、生損保兼営会社が
険市場の元受保険料(生保・損保合計)の 8.4%を
62 社(国内会社 55 社、外国会社 7 社)である34。
占めている(図表6参照)33。
なお、代表的な保険会社・グループには、プルデ
保険市場の成長性を見ると、欧州の保険市場で
見られる成長性の面での生命保険の損害保険に対
ンシャル35、ロイヤル&サン・アライアンス36、CGU37、
ノーリッチ・ユニオン38などがある39。
する優位性が、英国においても顕著に現れている。
1998 年の英国の保険市場の元受保険料(生保・損
B. 英国の生命保険市場の特徴
保合計)の伸び率は 7.2%増であるが、生命保険料
a. 商品別の保険料推移
は 13.1%増、損害保険料は 3.7%減となっている
(図表6参照)。
英国では、近年生命保険全体が高い成長を見せ
る中で、とりわけ年金の伸びが著しい 40 。英国でも、
英国の保険会社の内訳について見ると、1998 年
少子・高齢化の進展に伴う年金負担増の問題にい
末時点で、英国の保険事業の免許を有する保険会
ち早く対応するため、サッチャー政権下の 1986 年
社は 832 社(国内会社 668 社、外国会社 164 社)
と、続くメージャー政権下の 1995 年に年金制度改
《図表5》欧州各国における 1997 年の損害保険会社のコンバインドレシオ(単位:%)
120
100
80
60
40
20
0
ベ
ル
ギ
ー
ドイ
ス ツ
ペ
イ
フ ン
ア ラン
イ
ル ス
ラ
ン
ド
ル
ク イタ
セ リ
ン ア
ブ
ル
グ
オ
ラ
オ
ン
ー
ス ダ
ト
ポ リア
ル
トガ
フ
ル
ィ
ユ ンラ
ー
ン
ロ
ド
圏
平
デ
ン 均
ス マー
ウ
ェ ク
ー
デ
ン
EU
加 英
盟 国
国
ア 平
均
イ
ス
ラ
ン
ノル ド
ウ
ェ
ー
ス
イ
ス
経費率
損害率
(注1) 上表には生損保兼営保険会社の損害保険部門の数字は含まれていない。
(注2) EU 加盟国平均にはギリシャの数字が含まれていない。
( 出 典 ) Statistical office of the European Communities , Insurance in Europe
(Edition 1999), 1999.より安田総合研究所作成
《図表6》1998 年の世界の元受保険料シェア上位 5 ヶ国
(単位/保険料:百万$、シェア・前年比:%)
生命保険・損害保険合計
生命保険
損害保険
順位
保険料
シェア
前年比 順位
保険料
シェア
前年比 順位
保険料
シェア
前年比
米国
1
736,470
34.2
5.3
2
349,390 27.6
10.1
1
387,080 43.4
1.4
日本
2
453,093
21.0 −3.8
1
361,102 28.6
−3.4
2
91,991 10.3
−5.4
英国
3
181,045
8.4
7.2
3
124,010
9.8
13.1
4
57,035
6.4
−3.7
ドイツ
4
136,691
6.3
0.7
5
58,419
4.6
3.5
3
78,272
8.8
−1.2
フランス
5
116,640
5.4 −11.6
4
74,048
5.9 −15.9
5
42,592
4.8
−3.0
その他
−
531,330
24.7
−
−
297,187 23.5
−
−
234,142 26.3
−
全世界計
−
2,155,269 100.0
2.3 −
1,264,156 100.0
4.1
−
891,112 100.0
−0.1
(出典) Swiss Re, World insurance in 1998:Deregulation,overcapacity and financial crises curb
premium growth (sigma No.7/1999),1999.より安田総合研究所作成
革が行われ41、国民が自助努力で老後に備える必要
相次ぎ、英国で大きな社会問題にまで発展した個
性が高まり、私的年金への需要が増大している。
人年金の不正販売(pension misselling) 44 がある。
また、英国では従来から貯蓄型の生命保険が主
不正販売を行った保険会社や銀行には罰金が課さ
流となっており、特にファンド・リンク生命保険、
れ、被害を受けた人々への損害賠償も求められる
ファンド・リンク年金保険といったユニット・リ
こととなったが、罰金や顧客から求められる賠償
ンク型の保険商品が、1992 年の段階で既に個人生
額以上に、銀行の信用についた傷が大きかったと
命保険の新契約保険料の 39.5%を占めていたが、近
考えられる。
年も増加の傾向を示しており、1998 年には 48.3%
自動車保険を中心に損害保険においてマーケッ
42
までその割合を高めている 。
トシェアを急速に拡大したダイレクト・インシュ
アラー45は、生命保険のディストリビューションに
おいては現在のところ大きな影響を与えていない46。
b. ディストリビューションの状況
英国では、生命保険単体での販売ではなく、
しかしながら、コンプライアンス上の問題がない
個々の消費者のニーズにどのような金融・保険商
コモディティ化された保険商品47については、イン
品が最も適しているかをアドバイスする、独立金
ターネットや電話を通じて既に販売されており、
融 ア ド バ イ ザ ー ( IFA : Independent financial
今後その動向が注目される。
adviser )
43
また、従来は保険業務とは無関係であった企業
が、生命保険・年金のディストリ
が、ブランド力を利用した保険販売や自社の既存
ビューションにおいて重要な地位を占めている。
英国の生命保険・年金のチャネル別マーケット
顧客へのタイアップ型保険販売を通じて、英国の
シェア(図表7参照)を見ると、1998 年の平準払
保険市場に参入してきており48、これらの新たな参
新契約保険料において、独立金融アドバイザーな
入者はブランド・アシュアラーと呼ばれている49。
どのブローカーが 39%のマーケットシェアを占めて
そのブランド力を活かして生命保険のディストリ
おり、一時払新契約保険料においては 61%のマー
ビューションにどれだけの影響力を及ぼすか、今
ケットシェアを占めている。
後の動向は注目に値する。
また、銀行、住宅金融組合による生命保険・年
金の販売についても国民に浸透しており、平準払
C. 英国の損害保険市場の特徴
新契約保険料、一時払新契約保険料におけるマー
a. 商品別の保険料推移
ケットシェアが、1994 年にはそれぞれ 20%と 23%を
英国の損害保険の事業環境は極めて厳しい状況
占めるまでに上昇している。ただし、1995 年以降
にある。損害保険の正味引受保険料50は、1993 年に
は銀行窓口での主力販売商品である年金の販売が
337 億ポンドというピークに達して以来、1996 年
落ち込んだことなどから、そのマーケットシェア
まで徐々に減少している。また、1998 年の英国損
は低下傾向にある。その背景には、1994 年までに
害保険の正味引受保険料に占める割合が 23.8%と最
《図表7》英国の生命保険・年金のチャネル別マーケットシェアの推移
平
1992
準 払 新
1994
契 約
1996
一 時
1998
1992
払 新
1994
契 約
1996
1998
ブローカー
26%
27%
35%
39%
47%
49%
55%
61%
銀行・住宅金融組合
14%
20%
15%
12%
15%
23%
20%
18%
保険会社の営業社員
48%
42%
39%
38%
33%
24%
23%
18%
専属代理店
10%
8%
8%
8%
3%
2%
1%
2%
2%
3%
3%
3%
2%
2%
1%
1%
ダイレクト・インシュアラー
チャネル合計
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
(注) 保険料ベースによる占有率。
(出典)Association of British Insurers, Insurance Statistics Yearbook(1988−1998),1999.
より安田総合研究所作成
も高い自動車保険の正味引受保険料を見ると、同
設立され、1990 年代を通じて自動車保険を中心に
様にピーク時の 1993 年の 78 億ポンドから、1996
拡大した。その結果、ダイレクト・インシュア
51
年には 71 億ポンドにまで減少している 。なお、
ラーが損害保険の個人物件契約全体では 22%(図表
1997 年より正味引受保険料は増加に転じ、自動車
8参照)、自動車保険だけで見れば 1997 年に 32%の
保険についても、1998 年には 1993 年のピーク時に
マーケットシェアを占めるに至っている53。
ほぼ匹敵する 77 億ポンドまで増加してきてはいる
このようにダイレクト・インシュアラーが自動
ものの、コンバインドレシオは 119.0%(損害率
車保険を中心とした個人物件契約でマーケット
94.1%、経費率 24.9%)と高水準に達している。
シェアを拡大する中、ブローカーのマーケット
近年マーケットシェアを増加させているのは、
シェアは一時期低下傾向にあった。しかしながら、
傷害・健康保険と、費用保険や信用保険などの金
情報技術の発達により、ブローカーも瞬時に保険
銭的損失保険である。傷害・健康保険については
料の見積もりを算出し、迅速に保険契約を締結す
少子・高齢化の進展を背景に 1992 年の 8.8%から
る能力を備えるようになり、電話を通じた自動車
1998 年の 10.4%へ、金銭的損失保険については主
保険の販売と従来のブローカーサービスを結合し
に訴訟費用保険に対する需要の増加により 1992 年
た、いわゆるテレ・ブローカーの道を選択するこ
の 5.1%から 1998 年の 7.4%にそれぞれ増加してい
とで、ダイレクト・インシュアラーとの間にそれ
る。
まで存在していたサービスの迅速性・効率性・利
なお、自動車保険に続く英国の主力損害保険商
便性の相違が解消され、そのマーケットシェアの
縮小に歯止めがかかってきた54。
品である火災等の財物保険のマーケットシェアは、
1998 年で 21.4%であり、そのマーケットシェアは
一方、前述のブランド・アシュアラーは、英国
損害保険市場にも参入してきている55。今後そのブ
近年安定的な推移を示している。
ランド力を活かして損害保険の個人物件ディスト
b. ディストリビューションの状況
リビューションにおいてどれだけの影響力を及ぼ
従来英国では、ブローカー等の独立仲介者が損
すことができるか、その動向が注目される。
害保険のディストリビューションの中心であった。
また、情報技術の発達により、インターネット
企業物件契約においては、現在もブローカーが
を通じた保険販売も可能となった。今までのとこ
ディストリビューションの中心的な役割を果たし
ろ市場に大きな影響を与えていないものの、今後
ているが、個人物件契約においては、ロイヤル・
のインターネットやインタラクティブ・テレビ
バンク・オブ・スコットランドが保険業への進出
ジョンによる保険販売がどの程度浸透していくか
52
を図るため、1985 年にダイレクト・ライン を設立
注目していく必要がある。
して以来、ダイレクト・インシュアラーが次々と
《図表8》英国の損害保険のチャネル別マーケットシェアの推移
個 人 物 件
1992
1994
契 約
1996
企
1998
1992
業 物 件
1994
契 約
1996
1998
ブローカー
59%
58%
53%
54%
82%
81%
83%
87%
保険会社の営業社員
16%
13%
12%
10%
5%
4%
4%
4%
9%
9%
13%
13%
5%
3%
3%
1%
14%
17%
20%
22%
5%
9%
7%
6%
2%
3%
2%
1%
3%
3%
3%
2%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
専属代理店
ダイレクト・インシュアラー
その他
チャネル合計
(注) 保険料ベースによる占有率。
(出典)Association of British Insurers, Insurance Statistics Yearbook(1988−1998) ,1999.
より安田総合研究所作成
② ドイツの保険市場の特徴
71.0%から 1997 年には 63.8%に低下しており、一方、
A. ドイツの保険市場の現状
年金は 1994 年の 12.4%から 1997 年の 16.2%へとそ
自由化以前のドイツ保険市場は、認可行政を中
の割合を拡大している61。ドイツにおいても公的年
心とする国家監督主義の下で、欧州諸国の中で最
金制度の改革62により、国民が自助努力で老後に備
も厳しい規制が行われていた市場であったが、数
える必要性が高まり、年金保険の拡大につながっ
次にわたるEU保険指令の国内法化を通じて、保険
ている。
料率や約款の事前認可などの監督当局の予防的な
56
また、ファンド・リンク保険の収入保険料が、
介入、規制は排除され 、競争原理が導入されるこ
1997 年と 1994 年を比較すると約 1.6 倍に増加して
ととなり、現在では、保険会社間の価格・サービ
おり、さらに 1998 年度新契約の平準払保険料全体
ス競争が激化している。
に占める割合は、約 11%まで上昇している(1997
ドイツの保険市場は、保険料の規模で英国に次
年度は 6.4%)63。
ぎ欧州第 2 位、世界でも第 4 位の規模である。
ドイツでは、ここ数年来の堅調な株価の推移に
1998 年のドイツ保険市場の元受保険料(生保・損
より、株式投資や投資信託商品の伸長が目立って
保合計)は 1,367 億ドルで、欧州の保険市場の元
いる。これまで保守的な貯蓄を嗜好するといわれ
受保険料(生保・損保合計)の 19.5%を、世界の保
てきたドイツ国民も、株式市場の急激な発展につ
険市場の元受保険料(生保・損保合計)の 6.3%を
れて、資産運用における安全性と同時に収益性を
57
占めている(図表6参照) 。
指向するようになり、あわせて株式市場に潜在す
保険市場の成長性を見ると、英国ほど顕著では
るリスクも広く認識されるようになった。こうし
ないものの、欧州の保険市場全体の傾向と同様に、
た傾向を背景に、生命保険による保障機能と顧客
ドイツにおいても生命保険の方が損害保険よりも
自身が運用方法を選択できる資産運用機能を組み
高い伸び率を示している。1998 年のドイツの保険
合わせたファンド・リンク保険を販売する保険会
市場の元受保険料の伸び率(生保・損保合計)は
社が増加しており、販売高も徐々に増加している。
0.7%増で、生命保険料は 3.5%増、損害保険料は
1997 年度の生命保険収入保険料に占める割合は
1.2%減となっている(図表6参照)。
2.7%と 現 時点 で は 未 だ低 水 準 で はあ る も の の、
ドイツの保険事業に対する規制・監督は、連邦
ファンド・リンク保険が生命保険部門における一
保険監督庁と各州の州保険監督庁の二元体制と
つの成長分野として今後根付くかどうかが注目さ
なっており、連邦保険監督庁が民営保険会社およ
れる。
び 2 州にまたがる公営保険事業者を、州保険監督
庁が 1 州のみの公営保険事業者を監督している。
b. ディストリビューションの状況
1998 年末時点で、連邦保険監督庁の管理下にある
ドイツでは、ディストリビューションにおいて
保険会社について見てみると、生命保険会社が 119
専属代理店が重要な地位を占めているものの、近
社、医療保険会社が 57 社、損害保険会社が 263 社、
年銀行による生命保険・年金の販売が浸透してき
58
再保険会社が 38 社となっている 。なお、代表的
ている。
な保険会社・グループには、欧州最大の保険グ
ドイツの個人生命保険・年金のチャネル別マー
ループであるアリアンツや、世界最大の再保険グ
ケットシェア(図表9参照)を見ると、1997 年の
ループのミュンヘン再保険の他、ハンブルグ・マ
年換算新契約保険料において、専属代理店が 60%の
59
60
ンハイマー 、R+V などがある。
マーケットシェアを占めているが、1992 年の 72%
からは大幅にマーケットシェアを低下させている。
B. ドイツの生命保険市場の特徴
a. 商品別の保険料推移
ドイツでも、近年年金がマーケットシェアを拡
大している。ドイツでは税制上優遇されている養
一方、銀行のマーケットシェアは大幅に拡大し
てきており、年換算新契約保険料のマーケット
シェアにおいて、1992 年の 14%から 1997 年には
26%に増加している。
老保険が圧倒的なシェアを占めているが、生命保
なお、テレ・セールス、ダイレクト・メールと
険の収入保険料に占めるその割合は、1994 年の
いったダイレクト・セールスについては、ドイツ
の個人生命保険・年金のディストリビューション
なった。アリアンツはその後も独自の自動車保険
においては、現状ほとんど影響を与えていない。
商品を開発、発売しており、商品の多様化も加速
している。
C. ドイツの損害保険市場の特徴
b. ディストリビューションの状況
a. 商品別の保険料推移
ドイツの損害保険料の伸びは 1994 年の規制緩和
ドイツでは、生命保険と同様に損害保険におい
以降鈍化しており、自由化による競争激化の影響
ても、ディストリビューションにおいて専属代理
が顕著に現れている。損害保険の国内グロス引受
店が圧倒的な地位を占めている(図表9参照)。ド
64
保険料は、1995 年が 1,380 億ドイツマルク 、1997
イツでは英国と比較すると、ダイレクト・セール
年が 1,383 億ドイツマルクとなっており、特に自
ス(図表9中のテレ・セールスとダイレクト・
動車保険については、ピーク時の 1995 年の 457 億
メール)があまり浸透していないが、その理由と
65
ドイツマルク と比較して、1997 年は 408 億ドイツ
66
しては、ドイツ国民の保守性のため、専属代理店
マルクと 10.8%も減収している 。また、自動車保
への信頼が厚く、ダイレクト・セールスに馴染み
険 は マ ー ケ ッ ト シ ェ ア に お い て も 、 1994 年 の
にくいこと、多くの保険会社が募集形態を専属代
34.6%に比較して、1997 年は 29.5%までその数字を
理店に依存しており、保険会社間でダイレクト・
落としており、少子・高齢化の進展を背景に拡大
セールスが拡大するのを阻止するよう歩調を合わ
を続けている傷害・健康保険が、1996 年以降は自
せる傾向にあったこと、ドイツでは自動車保険の
動車保険に代わりマーケットシェアが最も高く
事業費率が約 15%と低いため、ダイレクト・イン
なっており、1997 年には 33.1%を占めるに至って
シュアラーが価格競争力を保持することが難しい
67
ことなどがあげられる。
いる 。
自由化後の自動車保険における競争激化は、
ただし、この傾向には保険種目によって差異が
1995 年のアリアンツによる新料率システムに端を
認められ、自動車保険については他種目に比べる
発する。これは、車種、車齢、ガレージの有無、
とダイレクト・セールス(テレ・セールスとダイ
走行距離、性別、運転者年齢、契約者年齢といっ
レクト・メールの合計)のマーケットシェアが高
た基準をベースに新たな料率体系を生み出したも
く、1992 年の 2%から 1997 年には 10%まで拡大して
のであり、他社も自社のポートフォリオに関係な
きている。また、ドイツ損害保険市場に参入しよ
く、アリアンツの新料率に追随せざるを得なく
うとする外国の保険会社は、ダイレクト・セール
《図表9》ドイツの主要な保険商品のチャネル別マーケットシェアの推移
個人生命保険・年金
1992年
1997年
個人自動車保険
個人財産保険
個人傷害・健康保険
1992年
1997年
1992年
1997年
1992年
1997年
専属代理店
72%
60%
87%
77%
86%
78%
77%
76%
ブローカー
2%
3%
3%
4%
4.5%
5%
14%
13%
銀行
14%
26%
1%
3%
4%
7%
3%
6%
保険会社の営業社員
12%
9%
7%
5%
5%
3%
6%
5%
テレ・セールス
0%
1%
1%
6%
0.5%
5%
0%
0%
ダイレクト・メール
0%
1%
1%
4%
0%
0%
0%
0%
その他
0%
0%
0%
1%
0%
2%
0%
0%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
チャネル合計
(注) 個人生命保険・年金については新契約年換算保険料ベース、個人自動車保険、個人財産保
険、個人傷害・健康保険については、グロス引受保険料ベースによる占有率。
(出典)Datamonitor, Insurance in Germany 1998 ,1998.および Personal General Insurance
Distribution in Europe 1998 ,1998.より安田総合研究所作成
スに焦点を絞る傾向が強いことから、ドイツ損害
アクサ、CNP、プレディカ、グルパマ・ガンなどが
保険のディストリビューションに与える今後の影
ある。
響が注目される。
なお、銀行による損害保険販売のマーケット
シェアは徐々に増加はしてきているものの、個人
生命保険・年金と比較するとその水準はまだ低位
B. フランスの生命保険市場の特徴
a. 商品別の保険料推移
フランスでも、貯蓄型生命保険の伸びが高く、
国内元受収入保険料は 1997 年と 1994 年を比較す
である。
ると 1.35 倍に増加しており、国内元受収入保険料
③ フランスの保険市場の特徴
に占める割合も 81%から 84%まで上昇している。ま
A. フランスの保険市場の現状
た、生命保険料に占めるユニット・リンク型生命
フランスの保険市場は、ドイツの保険市場とは
異なり、1970 年代に入り順次自由化が進み、数次
保険商品の保険料の割合は、1997 年に 14.3%と
なっている72。
にわたる EU 保険指令の国内法化に先立って、各保
フランスでは、開放型団体保険73という独特の貯
険会社の競争に委ねられる部分も多い市場となっ
蓄型生命保険が主流となっており、1997 年時点で、
ていた。その後、1994 年 1 月に保険料率の事前届
生命保険の国内元受収入保険料の 50.6%を占めてい
出制度も廃止され、認可審査等の予防的な規制・
る74。開放型団体保険とは、個人が主に退職後に備
監督を受けない競争的な市場となり現在に至って
えて、保険のために設定されたファンドを通じて
いる。
任意加入できる保険で、特定の企業の被用者など
フランスの保険市場は、保険料の規模で欧州第 3
に加入が限定される閉鎖型の団体保険とは異なる。
位、世界でも第 5 位の規模の保険市場である。
フランスでも年金制度改革75によって、国民が自助
1998 年のフランスの保険市場の元受保険料(生
努力により老後に備える必要性が高まったことに
保・損保合計)は 1,166 億ドルで、欧州の保険市
加え、開放型団体保険に満期(8 年経過後)に受け
場の元受保険料(生保・損保合計)の 16.7%を、世
取る保険金が全額非課税になるというメリットが
界の保険市場の元受保険料(生保・損保合計)の
あったことから、フランスの生命保険の主力商品
68
5.4%を占めている(図表6参照) 。
になったと考えられる。
保険市場の成長性を見ると、1998 年のフランス
しかしながら、前述の通り、1998 年 1 月以降の
の保険市場の元受保険料(生保・損保合計)は前
新契約については、生命保険の税制上のメリット
年比で 11.6%の大幅な減収となった。損害保険料は、
がなくなったことにより、1998 年の生命保険料は
欧州全般の傾向を反映した形で 3.0%の減収であっ
大幅に減少している。従って、今後のフランスの
た。しかし、生命保険料は、生命保険契約の満期
生命保険市場の伸び率の動向については、欧州諸
保険金に対する課税措置が極めて大きな打撃とな
国の中でも特に注目される。
り、西欧諸国で唯一、前年比 15.9%の大幅な減収と
なった(図表6参照)。従来フランスでは、満期ま
b. ディストリビューションの状況
で 8 年以上の生命保険契約の満期保険金は全額非
フランスでは、生命保険のディストリビュー
課税であったが、1998 年 1 月以降の新契約から課
ションを銀行(郵便局等を含む)が支配している
69
税対象となった 。
状況にある。フランスの生命保険のチャネル別
フランスの保険事業に対する規制・監督の行政
マーケットシェア(図表10参照)を見ると、銀
機関は、経済財務省と独立の行政機関である保険
行による保険販売が 1994 年の 54%から 1997 年には
70
監督委員会 である。基本的には、事業開始までは
61%にまで増加している。1970 年代に始まったフラ
経済財務省、開始後は保険監督委員会が保険会社
ンスにおける銀行の保険販売は 76 、1986 年のクレ
を監督している。1998 年末時点で、保険監督委員
ディ・アグリコルによる生命保険子会社プレディ
会の監督下にある生命保険会社は 142 社、損害保
カの設立など 1980 年代に入り本格化した77 。銀行
険会社が 397 社、再保険専門会社が 23 社となって
は貯蓄型の生命保険商品を中心に販売を行い、90
71
いる 。なお、代表的な保険会社・グループには、
年代に入ってからもそのマーケットシェアを拡大
C. フランス損害保険市場の特徴
し続けている。
a. 商品別の保険料推移
フランスでは現在、保険販売を行っていない金
融機関はほとんど存在しないと言われるほどまで
フランスの損害保険市場は、共済78が保険会社よ
にバンカシュアランスが浸透している。その要因
り低価格の損害保険商品を提供してきていたため、
には、フランス国内の銀行業務の収益性が低い中
従来から価格競争は厳しかったといわれているが、
で、生命保険の販売手数料が銀行の収益に大きく
近年その競争はますます厳しい状況となっている。
貢献したことがあげられる。銀行が生命保険商品
フランス損害保険の国内グロス引受保険料は、
の収益性を認識し、主に保険子会社の設立を通じ
1996 年までは微増で推移してきていたが、1997 年
て、自ら強力にその販売に取り組んだ結果といえ
には、競争の激化と新車販売の落ち込みから最大
よう。また、貯蓄性の生命保険商品は、銀行商品
のマーケットシェアを占める自動車保険が大幅に
に類似していることから、銀行員が販売するには
減収したことなどにより、国内総引受保険料は
好都合の商品であったことや、銀行の持つ顧客
2,537 億フランとなり、1996 年と比較して 2.5%の
データ、既存の支店網といった自らの経営資源が、
減少となった79。
保険会社には利用できない優位性を提供したこと
なお、自動車保険に続くフランスの主力損害保
も、その要因としてあげることができよう。
険商品である傷害・健康保険や財物保険も伸び悩
む中で、賠償責任保険80がマーケットシェアを拡大
しかしながら、生命保険市場における競争の激
化と前述の通り税制優遇措置が廃止されたことに
している。
伴い、フランスにおいて生命保険の販売が今後も
成長性のあるビジネスであり続けるかについては
b. ディストリビューションの状況
疑問もあることから、銀行が生命保険から損害保
フランスの損害保険のディストリビューションに
険の販売に切り換える動きも出ている。
ついては、生命保険とは異なり、代理店、共済、
なお、生命保険・年金のディストリビューショ
ブローカーが重要な地位を占めており、銀行によ
ンにおいて、英国などでは重要な地位を占めるブ
る保険販売は現状ではそれほど浸透していない
ローカーについては、そのマーケットシェアは 7%
(図表10参照)が、前述の通り、生命保険販売
に過ぎず、フランスでは大きな影響力を有してい
の今後の成長性には疑問もあることから、1990 年
ない。また、ダイレクト・セールスのマーケット
代中頃から銀行による損害保険子会社の設立が増
シェアも 6%と低水準にある。
加している。
ダイレクト・セールスについては、生命保険と
同様に、マーケットシェアの水準は低位である。
《図表10》フランスの生命保険・損害保険のチャネル別マーケットシェアの推移
生 命 保 険
1994年
1995年
損 害 保 険
1996年
1997年
1994年
1995年
1996年
1997年
銀行・郵便局・国庫の窓口
54%
56%
59%
61%
4%
4%
5%
6%
代理店
14%
12%
11%
10%
42%
40%
39%
37%
7%
7%
7%
7%
19%
20%
19%
19%
21%
19%
17%
16%
4%
4%
4%
3%
28%
29%
31%
32%
ブローカー
保険会社の営業社員
共済
−
ダイレクト・セールス他
チャネル合計
−
−
−
4%
6%
6%
6%
3%
3%
2%
3%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
(注)保険料ベースによる占有率。
(出典)Federation Francaise des Societes d’Assurances, French Insurance in 1997 ,1998.
および French Insurance in 1996 ,1997.より安田総合研究所作成
その要因として、保険契約に関して代理店やブ
年に銀行第二次指令が、翌 1994 年には、損害保険
ローカーとの人的な繋がりを比較的好むフランス
第三次指令および生命保険第三次指令が相次いで
人は電話による販売を敬遠しがちであるといわれ
施行され、単一免許制に象徴される、金融・保険
ているが、フランスでもカタログ販売会社が電話
市場の自由化のフレームワークが整った。
による販売で成功を収めている事例もあり、国民
この結果、第Ⅱ章で述べた通り、例えば保険市
性の問題だけとは言えない面もある。むしろ共済
場では顧客が保険会社に対して低価格かつ高水準
を通じて比較的低価格の損害保険商品が既に提供
のサービスを求めるようになり、競争の激化およ
されているため、ダイレクト・インシュアラーが、
び収益の低下が生じた。
低価格商品の提供を通じた競争力を保持できない
ことが最大の要因であると考えられている81。
2. グローバル化
日欧より先に金融の自由化を経験し、激しい競
Ⅲ. 1990 年代における欧州の金融・保険市場を取
り巻く環境変化
争におかれていた米国の金融機関の手によってグ
ローバル化の動きは始まった。1980 年代後半に景
気後退や不動産価格下落のため、経営状態の悪化
欧州の金融・保険市場では急速な変化が生じて
に直面した米国の金融機関は、激しい競争に勝ち
いるが、本章では、欧州の金融・保険市場を取り
抜き、また財務力強化を目指して国内において M&A
巻く環境変化の中で特に重要と思われる、自由化
を推進した。米国内における M&A により規模を拡
の進展(第 1 節)、グローバル化(第 2 節)、少
大し、さらに情報技術投資を加速することで経営
子・高齢化(第 3 節)、そして情報技術の革新(第
を効率化した米国大手金融機関は、次に国境を越
4 節)の 4 つの変化を取り上げた。これらの変化は
えて欧州をはじめ他市場に対する進出を開始した。
それぞれ相互に影響を与えているが、本稿では
この米国金融機関の海外進出により、金融機関の
別々に、順次説明する。
グローバルベースでの競争がスタートした。
米国財務省はグローバル化を「強い競争力を
1. 自由化の進展
持った金融機関にとって魅力的な市場への進出を
EU市場統合に向けた金融分野の改革は、ローマ
可能にした」と評価しているが83、このグローバル
条約 82 に掲げられた「設置の自由化」と、「サービ
化が進展する中で、ビッグバンによる規制緩和を
スの自由化」の理念実現を目指して 1960 年代より
行った英国の市場では、多くのマーチャント・バ
進められてきた。ローマ条約第 52 条が規定する
ンクが米国や欧州系金融機関に買収されるという
「設置の自由化」は、金融機関が自国以外の加盟
現象が生じた(第Ⅵ章で詳述する)。
国で支店、代理店および子会社を自由に設置する
このグローバル化は現在、欧州の金融・保険市
権利を保証する。またローマ条約第 59 条が規定す
場において活発に行われており、欧州他国への進
る「サービスの自由化」は、金融機関に、自国以
出の他、ドイツ銀行によるバンカース・トラスト
外の加盟国に対して支店、代理店、子会社を構え
買収や英国の香港上海銀行(HSBC)によるリパブ
ることなく、金融サービスを直接提供する権利を
リック・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨー
保証している。
ク買収に代表されるように、自国市場または欧州
この金融・保険市場の自由化は、加盟各国の利
害の対立や 1970 年代のニクソン・ショックおよび
市場で強力な基盤を有する金融機関による米国市
場への進出も目立つ。
オイル・ショック等による混乱もあり、一時的に
単一市場の進展や単一通貨ユーロの導入を背景
停滞を招いた。しかし、1980 年代に入ると、 EU
に、情報技術の革新および産業界のグローバル
経済活性化のために EU 市場統合の動きが活発化し
化・M&A、ならびに金融と保険の融合および他業界
てきた。
からの金融・保険業界への参入などがそれぞれ相
1990 年の第四次資本移動自由化指令施行により、
互に影響を与えながら、欧州の金融機関および保
原則として全ての資本移動が自由化され、金融・
険会社のグローバル化は加速すると予想されてい
保険市場の自由化の条件が整った。この後、1993
る。従って金融・保険市場における競争は、国内
市場・欧州市場から、今後ますますグローバル
あるが、欧州も同様の問題を抱えている。EU加盟
ベースへ移行する結果となろう。
国全体での合計出生率は 1960 年の 2.5 人が 1995
第Ⅱ章で述べたように、英国株式市場では外国
株式取引高が国内株式取引高を既に上まわってい
るが、この金融機関および保険会社のグローバル
年には 1.5 人を下回るまで低下してきており、こ
の低下傾向にまだ歯止めがかかっていない84。
同時に人口の高齢化の進展も確実視されており、
化は、米国市場や欧州市場などによる市場間競争
EU 加盟国における 60 歳以上の人口は 1995 年の
を促進させる力となっている。
7,700 万人が 2025 年には最少で 1 億 600 万人、最
大では 1 億 2100 万人に達すると予測されている85。
3. 少子・高齢化
図表11は英国、ドイツ、フランスおよび日本
我が国でも少子・高齢化の問題が深刻化しつつ
の人口と高齢化率(65 歳以上の高齢者の全人口に
140000
35
120000
30
100000
25
80000
20
60000
15
40000
10
20000
5
英国
ドイツ
フランス
0
%
千人
《図表11》人口と高齢化割合
日本
英国高齢化率
ドイツ高齢化
率
フランス高齢
化率
日本高齢化率
0
1990年 1995年 2010年 2030年 2050年
(出典)総務庁統計局編「世界の統計 1999」より安田総合研
究所作成
%
《図表12》社会保障支出の GDP 比率
34
32
30
28
26
24
22
20
18
16
14
英国
ドイツ
フランス
日本(対国
民所得)
1990年
( 出 典 ) Eurostat
1993年
1996年
Social Protection Expenditure as a
Percentage of GNP 他より安田総合研究所作成
占める割合)を示している。ドイツでは 1995 年以
フェイスの金融商品、保険商品販売が始まってい
降高齢化率が急上昇している。英国、フランスの
る。この販売方式が今後消費者に受け入れられる
2 ヶ国はドイツほどの急上昇は見せていないが、と
ようになれば、テレビの普及率はインターネット
もに人口が減少、あるいは伸び悩む中で 2010 年以
と比較にならぬほど高いことから、金融と保険の
降上昇カーブを描き、高齢化率は 25%前後まで上昇
現行ビジネス・モデルに対して多大な影響を与え
する予想がなされている。
る可能性がある。
また図表12は社会保障支出の GDP 比率を示し
ているが、3 ヶ国ともに 1990 年より上昇しており、
このように、情報技術の革新は欧州の金融・保
険市場を変化させる環境変化となっている。
高水準にとどまっている。先に見たように、今後
人口が減少、あるいは横這いとなる中で高齢化率
Ⅳ. 欧州の金融・保険市場で起こっている変化
が上昇する結果、この数値には上昇圧力がかかり、
社会保障支出が各国経済、財政に与える負担も増
加するものと予想される。
第Ⅲ章で見た自由化の進展やグローバル化、少
子・高齢化、情報技術の革新等の要素に促され、
これらの事情を背景に、英国、ドイツ、フラン
欧州の金融・保険市場にも大きな変化が生じてい
スをはじめ、EU各国では医療、年金の給付内容、
る。以下ではこの変化を、間接金融から直接金融
給付制度の見直し、民間との役割分担の検討が行
へのシフト(第 1 節)、資本市場における変化(第
われ、医療、年金に関わる財政負担削減への努力
2 節)、ユーロの導入による金融・資本市場への影
86
が行われている 。この結果、第Ⅳ章で詳述するよ
響(第 3 節)
、私的年金市場の拡大(第 4 節)、金
うに、将来に備えた貯蓄性の金融・保険商品や私
融市場と保険市場の融合(第 5 節)の 5 つに分け
的年金市場がEU各国で急速に拡大している。
て整理する。
4. 情報技術の革新
1. 金融市場における間接金融から直接金融への
金融機関が革新的な情報技術を採用することで
シフト
大量のデータを高速処理することが可能となり、
欧州の金融市場は、自由化の進展やグローバル
顧客データマイニングや金融市場におけるデータ
化、少子・高齢化、情報技術の革新等の影響に
の加工等が行われて、デリバティブや
よって、間接金融から直接金融にシフトしてきて
ART(Alternative Risk Transfer) の よ う な 高 度 に
いる。
複雑な商品開発や顧客のニーズにあった商品販売
これは、資金運用者、調達者、仲介者という各
も可能になっている。また海外を含めた遠距離間
市場参加者の行動にそれぞれ以下のような変化が
の金融取引やインターネットを利用した取引が可
生じているためと考えられる。
能となり、取引における時間、距離という障害が
解消されつつある。
第Ⅱ章で述べた通り、英国では損害保険を電話
資金運用の主体である個人の運用スタンスは、
金融資産の厚みが増しリスク負担能力が拡大して
きたことで、銀行預金を中心とする安全指向から、
により販売するダイレクト・インシュアラーが自
株式、債券、投資信託等による収益重視に変化し
動車保険を中心に大きなマーケットシェアを有し
てきている。この背景として最も重要な要素は少
ている。ダイレクト・インシュアラーのリーダー
子・高齢化の進展と考えられる。
カンパニーであるダイレクト・ラインは、自動車
資金調達の主体である企業は、大企業を中心に
保険の複雑なアンダーライティング業務を、コン
金融機関からの借入れよりも低コストかつ機動的
ピューターを用いて自動化し、迅速な契約処理と
な資金調達を可能とする資本市場での株式や債券
安価な保険料を実現することで、マーケットシェ
の発行を優先するようになってきている。この背
アの獲得に結びつけた。
景としては自由化の進展やグローバル化、情報技
英国の一部の銀行、保険会社では、新たな情報
術の革新等の影響が大きいと考えられる。
技術を採用したインタラクティブ・テレビジョン
伝統的に間接金融の担い手であった銀行等の仲
(双方向テレビ)を利用し、フェイス・トゥ・
介者も、株主からの資本効率向上の要求やリスク
負担を軽減する必要性等から、預貸業務と異なり
必ずしもバランスシートの拡大を必要としない手
2. 資本市場における変化
本節では、欧州の資本市場における変化として、
数料ビジネスに重点を置く傾向が見られるように
資本市場の活性化と M&A の拡大、および株主重視
なってきている。この背景には、グローバル化に
の経営への転換について考察する。
伴う米国型の株主重視の経営スタンスへの変化が
ある。
(1) 資本市場の活性化と M&A の拡大
投資信託を利用した金融形態は「市場型間接金
欧州では、英国、ドイツ、フランス等の主要国
融」に分類される。投資信託という器が介在する
を中心に、ユーロ導入への備え等から市場間の主
という意味では「間接的」といえるが、企業等が
導権争いが激化した88こともあり、資本市場の改革
発行する証券保有に伴うリスクを個々の投資家自
が急ピッチで進められてきた。資本市場の改革は、
身が負担する(金融機関によるリスク負担がな
資本市場の拡大や活性化をもたらしている。
い)という点では、むしろ直接金融と共通してい
証券発行市場では、国営企業の民営化関連ビジ
る。本稿では、「間接金融から直接金融へのシフ
ネスや未公開企業の株式公開による上場等が拡大
ト」という場合、「間接金融から市場型間接金融へ
基調にある。ジャンク債市場も発達してきた。こ
のシフト」も含む広い意味で使っている。なお、
れは、投資家にとって信用リスクの活用による投
直接金融や市場型間接金融へシフトしていく程度
資リターンの向上を可能にする。
やスピードは、各国の金融事情や、大企業と中小
企業といった区分によって必ずしも一様ではない。
個人金融資産の構成について見ると、英国では
また、ユーロの導入や資本市場の活性化等を背
景に、ここ数年、M&Aの拡大も顕著である。欧州に
おける 1999 年のM&A総額は 1 兆 5 千億ドルに達し、
現預金・信託のウェイトが 1990 年末の 30.7%から、
これは 1998 年の 2 倍、1997 年の 3 倍に近い急激な
1998 年末には 21.1%まで低下し、一方で、保険・
拡大で、米国の水準に迫る勢いである89。
年金のウェイトは同 45.1%から 54.7%に、投資信託
金融の他、自動車、化学、通信といった分野を
のウェイトは同 0.6%から 4.2%に拡大している(図
中心に、ユーロ圏内他国への参入を目的とする国
表13参照)
。
境を越える M&A のみならず、ユーロ圏の内と外を
ドイツでも、現預金・信託のウェイトが同
またぐ巨大企業同士の M&A も増えてきている。
48.3%から 39.3%に低下する一方、投資信託のウェ
例えば、ドイツのベンツと米国のクライスラー
イトは同 4.2%から 10.0%に上昇している(図表1
との合併、英国の BT(ブリティッシュ・テレコ
4参照)。
ム)と米国の AT&T との提携、携帯電話業界での英
フランスでも、現預金・信託のウェイトが 1990
国のボーダフォン・エアタッチによるドイツのマ
年末の 37.7%から 1997 年末には 31.4%に低下して
ンネスマンの買収等の動きがあげられる。これら
いる(図表15参照)。
はユーロの導入によって欧州に出現する単一市場
企業の金融負債の構成について見ると、英国で
だけでなく、世界的な規模での競争と再編をにら
は借入金のウェイトが 1990 年末の 31.7%から 1998
んで、競争上の優位や規模の経済を狙った戦略と
年末には 20.7%に低下している。一方、株式のウェ
考えられる。
イトは同 51.8%から 67.0%にまで上昇している。
以上のような資本市場の活性化や M&A の拡大に
ドイツでは、借入金のウェイトが同 62.2%から
は、これらの分野のノウハウに強みをもつ米系投
58.8%に低下したに過ぎないが、株式のウェイトは
資銀行の活躍が少なからず寄与している。欧州の
同 16.9%から 26.1%に上昇している。
資本市場もグローバル化の流れの中で米国型の資
フランスでは、借入金のウェイトが 1990 年末の
本市場に近づいてきているといえよう。
23.0%から 1997 年末には 12.3%に低下し、株式の
ウェイトは同 56.0%から 71.9%へと大幅に上昇して
87
いる 。
(2) 株主重視の経営への転換
企業金融が間接金融から直接金融へシフトして
きたことや、年金基金や投資信託といった欧州内
外の機関投資家(欧州外では米国投資家のウェイ
トが高い)による欧州内の株式や社債への投資が
マーケットでの資金調達が困難になり、激化する
増えてきたことから、欧州企業は、投資家の視点
競争に勝ち残ることが難しくなってきている。
を重視せざるを得なくなってきた。企業は、資本
また、上記のような M&A の拡大によって、欧州
の収益性を重視し、経営の効率化を図らなければ、
の大企業は世界全体をマーケットとして見る傾向
《図表13》英国の個人金融資産残高の推移
百万ポンド
3000000
2500000
その他
その他の有価証券
株式
投資信託
保険・年金
現預金・信託
2000000
1500000
1000000
500000
0
90 91 92 93 94 95 96 97 98
年
(出典)日本銀行国際局「国際比較統計 1999」より安田総合研究所作成
《図表14》ドイツの個人金融資産残高の推移
億マルク
60000
その他
その他の有価証券
株式
投資信託
保険・年金
現預金・信託
50000
40000
30000
20000
10000
0
90
91
92
93
94
年
95
96
97
98
(出典)日本銀行国際局「国際比較統計 1999」より安田総合研究所作成
《図表15》フランスの個人金融資産残高の推移
10億フラン
18000
16000
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
その他
その他の有価証券
株式
投資信託
保険・年金
現預金・信託
90
91
92
93
94
95
96
97
年
(出典)日本銀行国際局「国際比較統計 1999」より安田総合研究所作成
が強くなってきた。欧州大陸諸国でも、このよう
1 月から原則ユーロ建ての取引となり、ユーロ参加
なグローバル化の流れの中で、大企業を中心にア
国間での為替相場のリスク・プレミアムが消滅し
ングロ・サクソン的な株主重視の経営姿勢への転
たため、残る金利格差は、基本的に信用リスクと
換が鮮明になってきている。なお、本稿では「投
流動性リスクから生じていることになる。このた
資家」とは、株式や債券等に投資する主体を指し、
め、各国間での債券の比較が容易になり、市場の
企業側から見る「投資家」には、現時点での株主
流動性と厚みが増大すると考えられている91。
の他、将来株主になる可能性のある潜在的株主も
含めた意味で用いる。
ユーロ参加国に課されている財政基準は、各国
の新規国債発行の必要性を抑制することになる。
企業の株主重視の経営への転換による具体的行
動としては、収益率の向上や一株当たり利益の拡
これは、社債の発行余地が今後十分に確保される
可能性を示唆しているといえよう。
大等のために、成果に応じた報酬制度の導入や大
規模な人員削減等のリストラクチャリング、自社
株買い等が実施されている。
(3) 株式市場への影響
債券同様、株式の売買も、1999 年 1 月から原則
例えば、ボーダフォン・エアタッチから敵対的
ユーロ建てで行われている。これまで別々の通貨
買収を仕掛けられていたマンネスマンが買収提案
で分断されていた欧州各国の株式市場は、ユーロ
受入れを決定した際には、アリアンツやダイム
導入によって、ユーロ圏の株式市場として統一性
ラー・クライスラー等の大株主の意向が強く影響
が高まる92。さらに、取引所間の提携や市場間の電
したといわれている。また、ドイツでは、化学の
子リンク等によって、やがて統合された単一欧州
BASF や電機のシーメンス等が成果に応じた報酬制
株式市場へと変貌していくとの見方もある。ただ
度を導入した他、ソフト大手の SAP が米国型のス
し、株式市場については、個別銘柄毎の性格が強
トックオプション(自社株購入権)制度の導入を
い等のため、債券市場ほど明確に収斂するとはい
決定する等、有力企業を中心に成果主義報酬体系
えないだろう93。
への移行が進みつつある。
さらに、ユーロ参加国に財政基準が課されてい
さらに、株主重視の経営への転換は、M&A を資本
ることにも絡み、近年積極的に進められてきた電
の効率的活用のための一手段として重視する企業
気通信、鉄道、郵政事業等を中心とする国有企業
を増加させており、M&A の拡大を一層促進させてい
の民営化に伴う大規模な株式の市場放出が、ユー
る。
ロ各国株式市場の拡大を促すと見られている。
ユーロ導入による市場への影響については、こ
3. ユーロ導入による金融・資本市場への影響
ユーロの導入は、欧州の金融・資本市場の活性
の他にもデリバティブ市場への影響等が重要と考
えられるが、誌面の都合もありここでは割愛する。
化に寄与している。また、ユーロの導入に伴う企
業間の競争激化に備え、生き残りをかけた M&A も
活発化している。以下では、ユーロの導入による
市場への直接的な影響について考察する。
4. 私的年金市場の拡大
欧州でもここ 10 年程の間に、長期的な貯蓄市場
である私的年金市場が拡大してきた。このことは、
欧州各国の個人金融資産の構成において、保険・
(1) 為替市場への影響
為替取引については、ユーロの導入自体が為替
年金や投資信託等のウェイトが拡大してきたこと
にも表れている。
取引の減少を目的としているため、市場規模の縮
欧州各国では、少子・高齢化の進展によって、
小は必然的である。外為市場では、いわゆる欧州
賦課方式による現行公的年金制度の維持が困難に
90
クロス取引が姿を消した 。
なってきている。また、ユーロ参加国は、財政赤
字を対 GDP 比で 3%以内、公的債務残高を対 GDP 比
(2) 債券市場への影響
欧州の債券市場は、ユーロ導入後も各国毎に形
成され、市場は別々に存在する。しかし、1999 年
で 60%以内に抑えなければならず、各国は財政的に
社会福祉支出を拡大することが難しくなっている。
国の年金財政への将来負担を軽減するため、年金
制度の二階建てや三階建て部分の拡充が図られ、
全体として公的年金から私的年金へ重点がシフト
する傾向にある。
公的年金制度の将来に対する不安は、個人が自
助努力で老後に備えるため、保険や個人年金等に
る。
なお、金融市場と保険市場の融合は、金融・保
険市場で起こっている最も特徴的な変化の一つで
ある。保険市場から見た金融市場との融合を裏付
ける具体的な事例については、第Ⅶ章で詳述する。
よる資金の蓄積を拡大するインセンティブとなっ
ており、このため私的年金市場が急速に拡大して
きている。欧州でも、公的年金の民営化とともに
Ⅴ. 金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件
の変化と特性
注目されているのが確定拠出型年金制度の導入で
ある。確定拠出型年金市場をめぐっては、今後の
本章では、まず欧州の金融・保険ビジネスにお
拡大を期待して、生命保険会社、資産運用会社、
ける基礎的競争条件の変化について整理し(第 1
銀行等が資金獲得にしのぎを削っている。
節)、次に一般的な金融・保険ビジネスの特性につ
私的年金市場拡大の受け皿商品としては、投資
いて考察する(第 2 節)。
信託や、ユニット・リンク型保険商品の販売が活
発化したため、金融仲介の担い手は、伝統的な金
融仲介機関である銀行等から、生命保険会社や投
資信託等の機関投資家へシフトしてきた(機関化
現象)
。
1. 金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件
の変化
本節では、第Ⅲ章で概説した金融・保険市場を
取り巻く環境変化や、第Ⅳ章で考察した金融・保
米国の投資信託ブームは欧州にも影響を与えて
険市場の変化に伴い、欧州の金融・保険ビジネス
おり、投資信託市場は、欧州においても潜在的な
における基礎的競争条件がどのように変化してい
成長市場として期待を集めている。生命保険商品
るかについて考察する。
については、英国では従来からユニット・リンク
型保険の普及が進んでいたが、最近では、アイル
(1) 金融・保険事業者が持つ情報の強みの希薄化
ランド、ルクセンブルク、オランダ、スウェーデ
金融関連情報を入手し、これを分析・整理し、
ン等でもこの販売が盛んになってきている。
提供する能力は、金融・保険ビジネスの核になる
部分であり、金融・保険事業者はこの能力に強み
5. 金融市場と保険市場の融合
を持っている。しかし、情報技術の革新により情
近年欧州では、従来は分離した市場であった金
報の伝達や処理の速度が飛躍的に高まると同時に
融市場と保険市場の一部が融合し、金融独自の商
このコストが大幅に低下し、情報に関して金融・
品・サービスが取り扱われるこれまでの市場や保
保険事業者が持つ強みは相対的に薄れてきた可能
険独自の商品・サービスが取り扱われるこれまで
性がある。
の市場とは別に、金融商品・サービスと保険商
また、事業会社も資本市場に直接アクセスでき
品・サービスが共に取り扱われ、両者が競合する
るようになってきたことで、個人から預金を集め
新たな市場が形成されつつある。
て企業に融資するという金融仲介機関としての伝
第Ⅱ章で見た通り、ユニット・リンク型の生命
統的な銀行の役割は大きく変化してきた。一般に、
保険商品の拡大や銀行による生命保険販売などは、
広範な情報の入手が容易になったことともあい
商品やディストリビューションの面での保険と金
まって、どんな情報を持っているかということよ
融の融合と解することができる。また、ART に代表
りも、大量の情報をどれだけ体系的に分析し、わ
されるリスクファイナンシングの革新によって、
かりやすく提示できるかということの方が、金
保険会社が対象とするリスクは従来の事故リスク
融・保険ビジネスにとってより重要になってきた
のみから金融リスク一般に拡がるとともに、従来
と考えられる。
保険の対象とされていたリスクも金融市場でのリ
このため、情報の伝達や処理に強みを持つ通信
スク分散が可能となったが、これも、リスクファ
業者等の競争力が相対的に増してきた可能性があ
イナンシングの面での保険と金融の融合と解され
る。顧客基盤や販売チャネルに強みを持つ流通業
者等にとっても、これらの強みを自社や他社の情
化の進展や情報技術の革新等によって金融・保険
報通信技術と結びつけて金融・保険ビジネスで活
ビジネスにおける競争条件が大きく変化してきた
用することが容易になってきた可能性がある。
ことがあげられる。
(2) 競合事業者の拡大
(3) 投資家の視点重視への流れ
一般に、自由化が進展すると、新たなプレー
間接金融から直接金融へのシフトに伴い、金融
ヤーの参入が増え、競合事業者が拡大する。欧州
ビジネスにおいては、資金提供者である投資家の
における競合事業者の拡大には 2 つの視点が考え
視点が、資金調達者の視点よりもより優先される
られる。
傾向に変化してきている。
一つは、国境や地域を越える競争のグローバル
間接金融では、預金者が銀行の信用力に基づき
化である。欧州市場では、米系投資銀行の活躍が
預金をする。これに対し、直接金融では、投資家
目立ち、近年この競争は激化している。ゴールド
が自らの判断で投資先に資金を提供する。このた
マン・サックスやモルガン・スタンレー・ディー
め、投資家は、投資先の信用力や金融商品の特性、
ン・ウィッター、メリルリンチ等の米系投資銀行
その投資が自分の投資ポートフォリオの中でどの
は、早くから欧州での投資銀行業務に注力してき
ような位置づけになるか等の投資関連情報を必要
た。欧州の発行体による国際証券発行の主幹事ラ
とする。これは、銀行等にとって、投資家に対す
ンキングや、欧州企業同士の M&A におけるアドバ
る投資関連情報の提供がより重要になることを意
イザリー・ランキングでも、上位は米系投資銀行
味する94。急ピッチで拡大している投資信託等の器
によって占められている。
を利用した「市場型間接金融」についても、直接
また、米系投資銀行の多くは、欧州での資産運
金融の場合と基本的に同様のことがいえる。
用・管理業務も強化しようとしている。メリルリ
また、資金調達者のニーズを変換して投資家の
ンチが 1997 年に英国の大手資産運用会社マーキュ
ニーズに合った金融商品を創り出す金融技術も重
リー・アセット・マネジメントを買収したことは
要になる。投資銀行業務は、金融技術を背景にこ
この一例である。
のようなニーズに応えるビジネスであると位置付
チェースマンハッタン等の米系商業銀行やシ
けることができる。
ティグループのリテール銀行部門等も、欧州域内
に広く営業展開しており、独自のネットワークで
結んだ自社の拠点を活用して、低コストで利便性
(4) 金融・保険ビジネスのコスト構造の変化
従来、銀行は顧客との取引やサービスの提供の
の高いサービスを武器に勢力の拡大を図っている。
場として主に営業店舗を利用してきた。しかし、
競合事業者の拡大におけるもう一つの視点は、
情報技術の革新を背景にネットワーク技術が飛躍
従来の銀行・証券、保険といった業態内での競争
的に進歩し、これを低コストで利用できるように
が、業態をまたぐすべての金融・保険事業者間で
なってきたことで、金融商品・サービスの提供の
の競争に変化し、さらに、チャネルや顧客基盤等
仕方(販売チャネルや販売手法)が大きく変化し
に強みを持つ流通業者や情報伝達・処理に強みを
てきた。
持つ通信業者等の事業会社が参入した競争に拡大
していることである。
このため、従来は新銀行を設立するには、支店
設備、人員等の多大な経営資源と時間が必要だっ
例えば、英国では、スーパー・マーケット系の
たが、情報技術を駆使したインターネットやコー
銀行や、生命保険最大手のプルデンシャルの銀行
ルセンターを活用することで、比較的小規模な投
子会社等の新規参入者たちが、インターネット・
資額と短い期間で新しい銀行を設立することも可
バンキング等を利用して顧客数を急速に拡大して
能な時代になってきた95。
いる。スーパー・マーケット業界からは、最大手
さらに、新しい販売チャネルや販売手法に適し
のテスコ、2 位のセインズベリー等が銀行・保険業
た商品・サービスが新たに開発される等、商品や
に参入している。
サービスの内容そのものまで変化する動きが出て
このような競合事業者の拡大の背景には、自由
きている。
既存の銀行にとっては、従来型の大規模な業務
(2) 付加価値指向型と低コスト追求型
処理システムや営業店舗中心の販売チャネルを支
金融・保険ビジネスは、リテールとホールセー
えるためのコストが、効率的経営の最大の障害と
ルという分け方の他に、ビジネスの性格の違いか
なる可能性も指摘されている。情報技術の革新は
ら、付加価値指向型と低コスト追求型の 2 つに大
金融・保険ビジネスのコスト構造を従来とはまっ
別することもできる。
たく異なるものに変化させつつあるといっても過
付加価値指向型は、顧客や市場に関する様々な
言ではないだろう。金融・保険事業者には新たな
情報を分析して顧客のニーズを満たす金融・保険
ビジネス・モデルが要求される。
取引を創造するビジネスである。ここでは専門性
の高い社員が必要とされる。もう一方の低コスト
追求型は、基本的に金融・保険取引に伴う事務処
2. 金融・保険ビジネスの特性
本節では、一般的な金融・保険ビジネスの特性
についてリテールとホールセールという区分を中
理を担うビジネスである。ここでは、システム化
が進行し、一種の巨大装置産業となっている。
近年、欧米の銀行の間ではこの両者の分化が進
心に考察する。
行してきた。リテール分野においては、プライ
ベートバンキング業務に代表される付加価値指向
(1) リテールとホールセール
金融・保険ビジネスは、対象とする顧客の違い
型と、大量の事務処理を中心とする低コスト追求
によって、個人を対象とするリテールと、企業を
型とに分化する傾向がある。ホールセール分野に
対象とするホールセールとに大別される。銀行業
おいても、投資銀行業務を中心とする付加価値指
96
においては、リテールとホールセール とでは、基
向型と、事業会社や銀行の事務処理を大量に引き
本的に収益をあげる方法、コストの構造等が異
受ける低コスト追求型とに分化してきている。
なっており、ビジネス・モデルの組み立てにおい
このように、リテールとホールセールそれぞれ
ても、これらのビジネスを分けて考えるのが一般
に付加価値指向型と低コスト追求型の両方のビジ
的になっている。
ネスが存在するものの、全体として見れば、リ
一 方 、 保 険 市 場 で は 家 計 物 件 ( personal
テールは低コスト追求型、ホールセールは付加価
lines)と企業物件(commercial lines)に分けて
値指向型としての性格が強いと考えられる。以下
呼ばれることが一般的である。家計物件は、個人
では、リテール=大量の取引を処理する低コスト
97
自動車保険など個人を対象とする保険を指し 、企
追求型ビジネス、ホールセール=投資銀行業務に
業物件とは、企業を対象とする保険を指す。保険
代表される付加価値指向型ビジネスと、単純化し
における家計物件と企業物件は、銀行などにおけ
て整理することとしたい。
るリテールとホールセールに対応する概念である。
本稿では保険市場に関する記述でもリテールと
ホールセールの用語を用いる。
(3) リテール・ビジネスの特性
リテールでは、比較的標準化された商品を大量
リテールとホールセールの区分は、銀行にとっ
に販売する。基本的に小口の商品・サービスを効
てリスク・リターン特性が異なるビジネスである。
率よく低コストで提供し、個々のマージンは低い
リテールでは、銀行がとるリスクは基本的に小口
が、大量に扱うことで収益をあげるビジネス・モ
で分散度が高く、一定の収益を安定的にあげるこ
デルである。
とが可能といわれる。一方、ホールセールでは、
リテールでは、顧客を適切にセグメント化し、
一件の取引で大きな収益をあげることも可能であ
顧客セグメント毎に、最適な商品・サービスを、
る反面、損失が発生したときのインパクトも大き
最適なチャネルを通じて、最適な価格で提供する
い。
ことが特に重要との認識が広がっている。この実
同様の事情は保険事業にもあてはまると考えら
現のためには、顧客に関する様々な情報を集約し
れる。以下、金融・保険事業者に共通する問題と
たデータベースの構築が必須であり、相当な額の
して捉えることとする。
システム投資が必要になる。
このようなリテール・ビジネスでは、従業員に
とって高度なスキルを必要としない業務が大半を
保険業務は、リテール銀行業務や投資銀行業務
占め、賃金もそれほど高くない。銀行の場合には
とはまた異なる特性を持っている。保険会社の資
システムに対する多額の投資を行い、1 取引当たり
産サイドでは、有価証券や貸付による運用を行う
のコスト削減に重点をおいている。
ことで市場リスクや信用リスクをとっており、こ
の点ではリテール銀行や投資銀行と類似している。
しかし、保険会社は負債サイドで保険リスクを
(4) ホールセール・ビジネスの特性
一方、ホールセールは、基本的に高度な金融技
とっており、この引受成績の変動が保険業務の収
術を活用して 1 件 1 件の取引で収益をあげるビジ
益性を大きく左右している。一般に、投資銀行業
ネス・モデルである。個々の顧客のニーズに合っ
務の収益性は市場価格の変動との相関性が高いが、
た商品・サービスを創造し、提供することで付加
保険リスクと市場価格との相関性は高くない。こ
価値を生み出している。
のため、リテール銀行や投資銀行が保険業務を兼
ホールセール・ビジネスの代表は投資銀行業務
98
営したり、傘下に保険会社を持つことは、ビジネ
である。投資銀行は、証券化や高度なデリバティ
ス・ポートフォリオのリスク分散という視点から、
ブを駆使して新たな金融商品を創り出すことで収
有効に作用するとの考え方がある。
益をあげている。投資銀行業務には、専門性の高
ただし、リテールとホールセールとでは、ビジ
い社員が必要とされ、これに対する報酬も高額と
ネス・モデルが大きく異なり、一つの金融・保険
なっている。
事業者がこの両方を兼営しうまくマネジメントす
なお、情報技術の革新によって、金融商品のラ
ることは難しいため、金融・保険事業者の中には、
イフサイクルは短くなっており、商品開発に必要
リテールとホールセールのどちらか一方に絞り込
なリスク評価モデルや価格設定モデル等の金融技
む動きが出てくるのではないかとの見方もある。
術もますます高度化し、陳腐化するのも早い。他
社より先に新商品を開発し陳腐化する前に収益を
Ⅵ. 欧州の金融・保険事業者の動向
あげることが重要であり、投資銀行にはこれまで
以上にスピードが要求されるようになっている。
本章では、第Ⅳ章における金融・資本市場や保
険市場の変化をふまえ、欧州の金融機関がどのよ
(5) ビジネス・ポートフォリオの視点
うに対応しているか(第 1 節)、そして保険会社が
欧米諸国では、金融・保険事業者においても株
どのように対応しているか(第 2 節)考察する。
主重視経営への意識が高まってきており、資本の
なお、第Ⅴ章の金融・保険ビジネスの基礎的競争
効率的活用や、これを実現するためのビジネス・
条件の変化と特性を、ここでの考察のベースの考
ポートフォリオの考え方が重視されるようになっ
え方としている。
てきた。
例えば、リテール銀行業務は、装置産業的な特
1. 金融機関の動向
性を有し、顧客基盤を拡大すれば比較的安定的に
本節では、金融・資本市場における変化、およ
収益をあげることができる。つまり、銀行にとっ
び金融・保険ビジネスにおける基礎的競争条件の
て安定的な資本増強手段となりうる。一方、ホー
変化をふまえ、欧州の金融機関がこれにどのよう
ルセールの投資銀行業務は、収益に波があるもの
に対応しているか考察する。間接金融から直接金
の、うまくいけば高収益をあげることも期待でき、
融へのシフト、資本市場の活性化や M&A の拡大、
増強した資本を利用して収益の大幅な拡大を可能
私的年金市場の拡大等の変化は、金融機関サイド
とするビジネスと捉えることができる。リテール
から見れば、伝統的な商業銀行業務の縮小、投資
銀行業務と投資銀行業務というリスク・リターン
銀行業務や資産運用・管理業務の拡大を示唆して
特性の異なる両方のビジネスを組み合わせること
いる。
で、ビジネス・ポートフォリオとしてのバランス
以下、欧州の金融機関の動向について、(1)投
がとれ、リスク分散と資本の効率的利用が図られ
資銀行業務や資産運用・管理業務を強化する動き、
るとの考え方がある。
(2)情報技術投資の拡大とインターネット・バ
ンキング、(3)金融機関の再編と M&A 拡大の背景、
率的な資金調達・運用や、金利・為替等の財務リ
(4)ユーロ導入による金融機関への影響、(5)
スクの軽減といった新たな課題が生じてきた。こ
欧州の金融機関の戦略類型、の順に考察する。
のため、企業の財務リスクを総合的にマネジメン
トする財務アドバイザーとしての役割を果たそう
(1) 投資銀行業務や資産運用・管理業務を強化
する動き
① 純金利収入から手数料収入へのシフト
欧州では、1990 年代前半に経済成長率が鈍化し、
とする銀行も増えてきた。企業の財務アドバイ
ザーになるには、高度なデリバティブや証券化等
の金融技術が要求され、元々、投資銀行が得意と
する分野であった。
銀行の貸出は伸び悩むようになった。金融機関同
以上のような背景の下で、1990 年代後半には、
士の競争が激化したこともあり、預貸利鞘も低下
欧州の大手商業銀行が投資銀行業務の強化を目指
するようになった。また、企業倒産の増加や不動
して、英国のマーチャント・バンクや米国の投資
産価格の下落によって、銀行は不良債権問題を抱
銀行を買収するケースが活発化するようになった。
えるようになった。このため、1990 年代には金融
1995 年には、オランダの ING によるベアリング、
機関の再編が進むと同時に、銀行にとっては、伝
スイスの SBC(旧 UBS との合併により現在は UBS)
統的な商業銀行業務の収益性の低下を補うため、
による S.G.ウォーバーグ、ドイツのドレスナー銀
これ以外の業務に注力するインセンティブが働く
行によるクラインオート・ベンソンの買収が行わ
ようになった。
れ、英国の代表的なマーチャント・バンクは相次
また、欧州大陸諸国の銀行においても、金融ビ
いで各国金融機関の傘下に組み込まれていった。
ジネスのグローバル化や外国人持株比率の上昇に
マーチャント・バンクは、主力業務が投資銀行業
伴い、米国や英国のような株主重視の経営が求め
務や資産運用・管理業務であったことや、資本が
られるようになってきた。実際、欧州大陸諸国の
小さかったこと等から、買収の対象になりやす
銀行についても、ROE 等の指標によって米国や英国
かったといわれる。
の銀行と比較され評価されることが増えてきた。
欧州の金融機関が米国の投資銀行を買収した例
一方、銀行は自己資本比率の維持も要求されるこ
としては、1997 年の SBC によるディロン・リード
とから、収益性の低い資産の拡大には慎重になっ
の買収や、1999 年のドイツ銀行によるバンカー
ていった。
ス・トラスト(同行は免許上商業銀行に分類され
以上のような変化を背景に、銀行は伝統的な預
金の受入れや貸付に加えて、直接金融へのシフト
るが、投資銀行業務に強みを持っている)の買収
等があげられる。
によって伸びが期待される投資銀行業務や、私的
ただし、欧州の投資銀行業務分野では、利幅が
年金市場の拡大に伴って残高が急増している投資
薄くかつ収益の変動が激しいといわれており、ま
信託や貯蓄型の生命保険商品等の販売を積極的に
た、米系投資銀行の活躍が目立ち、十分な地位を
行うようになった。すなわち、銀行は、預貸業務
確保している欧州勢は多いといえない状況にある。
を中心とする純金利収入から手数料収入へと収益
源の多様化を図るようになったといえる。手数料
収入の収益源として、投資銀行業務、資産運用・
管理業務の 2 つの分野が特に注目されている。
③ 資産運用・管理業務の強化
手数料収入のもう一つの重要な収益源は、資産
運用・管理業務である。
少子・高齢化の進展に伴う公的年金など社会保
② 投資銀行業務の強化
障制度への先行き不安の高まりは、前述の通り、
企業金融の銀行借入れから証券発行へのシフト
個人が自助努力で老後に備えるためのインセン
や、M&A の拡大は、商業銀行が証券引受や M&A 仲介
ティブとなっている。そのため、投資信託や貯蓄
等の投資銀行業務を積極的に行うインセンティブ
性の生命保険、年金等による個人金融資産の蓄積、
となった。
市場の拡大が進んでおり、資産運用・管理業務の
さらに、企業金融において市場を通じた金融取
引が中心になると、企業の財務行動にも、より効
重要性が高まっている。
また、金融機関にとっても、資産運用・管理業
務による手数料収入は、安定した収益源となる魅
ホールセールの投資銀行業務では、情報技術は、
力を備えており、特に富裕層を対象とする個人金
顧客に対して革新的な商品を速やかに開発し提供
融資産の運用・管理業務は収益性が高く、成長分
するために活用されている。具体的には、リスク
野として注目されている。
評価や価格設定モデル等の金融技術や、これらに
資産運用・管理業務は、伝統的な預貸業務とは
関連する管理システムの構築等である。
異なり、基本的に銀行のバランスシートを拡大さ
情報技術投資には数千億円といった巨額の資金
せずに収益をあげることが可能であるため、一定
が必要になることも珍しくない。また、情報技術
の自己資本比率を維持しながら、資本の収益性
は進化のスピードが速いため、投資を継続してい
(ROE 等)を高めることに適していると考えられる。
くことも必要になる。このため、金融機関は規模
特に、富裕層を対象とするプライベートバンキン
の経済の活用を重視するようになっている。
グ業務の収益性は高いといわれ、金融機関にとっ
て注目度の高い分野である。
例えば、スイスの UBS やクレディ・スイス等は、
② インターネット・バンキング
インターネットは、情報を低コストで国境を越
伝統的に資産運用・管理業務に注力しており、こ
えて伝えるのに適している。特に、金融サービス
の分野で優位に立っている。これらの銀行はプラ
業は情報集約型のビジネスであるため、他産業よ
イベートバンキング業務に強みを持つことでも有
りもインターネットでの提供に向いていると考え
名である。
られる。自由化の進展ともあいまって、インター
銀行による資産運用・管理業務の強化と関連し
て、欧州では、1980 年代中ごろから、銀行商品と
ネットによる金融ビジネスのグローバル展開が可
能になると期待する向きも少なくない。
保険商品(主に生命保険商品)のクロスセルを
インターネットには他にもいくつかの重要な特
狙って、銀行が保険商品を販売するバンカシュア
質がある。例えば、個々人の情報が大量に入手で
ランスが活発化するようになっている。
き対応も個々人に対して可能なため、高度なマー
ケティング情報の蓄積を行いやすいといった特性
(2) 情報技術投資の拡大とインターネット・バ
ンキング
① 情報技術投資の拡大
や、24 時間 365 日利用できるといった利便性等が
あげられよう。
インターネットのみを通じて銀行サービスを行
情報技術の革新に伴い、金融機関は、情報技術
うインターネット・オンリー・バンクも注目され
を有効に活用するために、情報技術投資を拡大す
ている。オペレーションに多額の経費がかかる既
るようになっている。金融サービス業は、製造業
存の銀行に対し、インターネット運営の経費は相
と異なり、基本的に商品の物理的な移動を伴わな
対的に小さく、従業員数も数十人規模ですむ等、
い情報集約型のビジネスである。欧州の金融機関
コスト面での優位性が期待を集めている。
においても、米国同様、情報技術は金融ビジネス
以上のようなインターネットの特性に着目して、
における競争力の核として認識されている場合が
欧州では、リテール顧客向けにインターネットを
多いといわれる。
利用した金融サービスを手がける動きが広がって
リテール銀行業務では、情報技術は主に 2 つの
いる。
分野で活用されている。一つは、顧客データベー
金融機関の取り組み姿勢は大きく 2 つに大別さ
スを充実化させ、顧客のニーズを徹底的に分析す
れる。一つは、伝統的な金融商品を販売するため
るマーケティングの分野である。もう一つは、営
の補完的なチャネルとしてインターネットを利用
業店舗ネットワークに代替しうる新たな営業シス
するケースであり、もう一つは、インターネッ
テムとしての、テレフォン・バンキングやイン
ト・バンキングでの提供に適した新たな商品を開
ターネット・バンキング等のダイレクト・バンキ
発、提供することで、一気に顧客基盤の拡大を図
ングの分野である。顧客の利便性を向上させると
ろうとするケースである。
同時に低コストでのオペレーションを実現するよ
うになってきている。
インターネット・バンキングの分野では、金融
機関と通信業者とが提携するケースも珍しくない。
以下英国の例を見ると、バークレイズ銀行は、英
ドイツ銀行は、1989 年に英国のマーチャントバ
国通信大手の BT(ブリティッシュ・テレコム)と
ンクのモルガン・グレンフェルを買収し、投資銀
提携し、支店や ATM 等の約 3,000 ヵ所の拠点を結
行業務の拡充を目指したが、M&A 仲介業務には弱い
ぶ高速インターネット網を構築し、国内外拠点を
ままだったといわれる。さらに、1999 年に米バン
結ぶ通信インフラの運営を全面的に BT にアウト
カース・トラストを買収し、米国の投資銀行市場
ソーシングする計画と伝えられている。
に本格進出する足がかりを築いたものの、欧州の
外部からの新規参入者が、高コストの営業店網
投資銀行市場では米系投資銀行に遅れをとってい
を抱える既存の銀行を脅かす可能性も指摘されて
る。ドイツ銀行は、ドイツ国内のリテール銀行業
いる。最近、これまで国内リテール業務に重点を
務においても、英国のリテール銀行等に比べ収益
おいてきたロイズ TSB が、インターネット・バン
性の点で見劣りするという問題を抱えていた。ド
キングによってスペインやイタリア等、欧州大陸
イツ銀行とドレスナー銀行との合併交渉中止につ
に本格進出する意向と伝えられている。この背景
いては、再編に乗り遅れまいとする 2 行が準備不
には、インターネット・バンキングの普及や新興
足のままに統合を急ぎ過ぎた表れといった見方が
勢力の参入によって、既存の英国大手銀行の国内
ある。
リテール収益基盤が侵食されるとの懸念があると
この他にも、ポルトガルの大手エスピリト・サ
いわれる。また、英国のスタンダード・チャー
ント銀行とポルトゲス・デ・インベスチメント銀
タード銀行が、香港やシンガポール等の新興市場
行が 2000 年 1 月に合併計画を発表した(実現すれ
でインターネットを通じた金融取引を拡大する方
ばポルトガル最大の銀行となる)が、3 月にこれを
針も伝えられている。
白紙撤回する等、統合による巨大化戦略が軌道修
正を迫られているケースがある。
(3) 金融機関の再編と M&A 拡大の背景
① 金融機関の再編
金融機関の再編においては、規模の経済を追求
する巨大化だけでなく、銀行が保険会社を買収す
前述のように欧州では、ユーロ導入以前から、
る等、保険業務を含めて範囲の経済を追求する金
これに伴う競争激化や他国への進出をにらんで、
融コングロマリット化の動きもみられる99。この動
金融機関の再編が進んでいる。
きについては第Ⅶ章で詳述する。
欧州金融機関の再編においては、規模の経済を
追求する巨大化の動きが目立つ。1998 年の SBC と
② M&A 拡大の背景
旧 UBS との合併による新 UBS の誕生や、1999 年の
ここで、欧州金融機関の再編において M&A が拡
BNP によるパリバの買収等がこの代表例である。南
大している背景について整理しておきたい。第一
欧でも、1999 年にスペイン最大の銀行バンコ・サ
の背景は、自由化の進展や単一通貨ユーロの導入
ンタンデールと同 3 位のバンコ・セントラル・ヒ
等によって、欧州における金融機関同士の競争が
スパーノとの合併があった。
激化していることである。金融機関は、生き残り
また、2000 年 2 月には、ナショナル・ウエスト
ミンスター銀行(ナットウエスト)が、英国のロ
を図るため M&A によって競争基盤を強化する必要
に迫られている。
イヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)に
第二に、グローバル化の影響である。米系投資
買収された。この買収では、英国最大の保険会社
銀行等による米国流の M&A スキルの導入や、欧州
である CGU やスペイン最大のサンタンデール・セ
金融機関における株主重視の経営姿勢へのシフト
ントラル・ヒスパーノ銀行が RBS の資金面での後
が、欧州金融機関の M&A を促進する方向に作用し
ろ盾になったといわれている。
ている。
さらに 2000 年 3 月には、ドイツ最大手のドイツ
第三に、情報技術の革新によって市場での変化
銀行と同 3 位のドレスナー銀行との合併計画が発
が加速しているため、自力で顧客基盤やノウハウ
表された。総資産 132 兆円の世界最大級の巨大銀
を構築する代わりに他社を活用する M&A が増加し
行が誕生するとして注目されたが、4 月に入ってこ
ているという見方である。金融機関が顧客基盤を
の合併交渉は中止された。
拡大する方法は 2 つに大別される。一つは、自前
の店舗等を利用して自力で行うもので、もう一つ
の影響の一例として、投資銀行業務の一つである
は M&A によって他の金融機関の顧客基盤を獲得す
債券発行市場での引受業務について見てみよう。
るものである。自前の展開では、新規顧客を獲得
従来、企業による引受シンジケート団主幹事の決
するための初期コストが高くなったり、時間がか
定については、発行体の国籍よりも発行通貨に
かり過ぎる可能性があり、M&A が選択されている
よって優先的に決定される傾向があった。例えば、
ケースが少なくないと考えられる。
ドイツの金融機関はマルク建ての国際債券発行市
第四に、リテール分野では、コストの優位性を
場において比較的高い主幹事獲得シェアを維持し
武器に他の金融機関と差別化する必要性が高く、
てきた。しかし、ユーロ導入後は主幹事の決定に
M&A でスケールを拡大し、規模の経済を活かすこと
際して、これまでのような「自国通貨建ての有利
が重要と考えられていることである。リテール銀
さ」が消滅するため、主幹事獲得をめぐる金融機
行が巨額な情報技術投資を賄いながら収益をあげ
関同士の競争が激化すると同時に、従来のシェア
ていくためには、顧客基盤の拡大が必要不可欠と
が大きく変動する可能性があると考えられている。
なっている。また、ホールセールの投資銀行業務
においても、高度な金融技術に加え、金融ビジネ
(5) 欧州の金融機関の戦略類型
スのグローバル化に伴い、ますますグローバルな
前述のような、投資銀行業務や資産運用・管理
情報力やノウハウが必要になってきており、M&A は
業務の強化は、欧州のすべての金融機関に見られ
経営戦略における重要な選択肢の一つとなってい
るわけではない。特に投資銀行業務の強化につい
る。
ては、基本的には以下で述べるグローバル・バン
クに限られているといえよう。
(4) ユーロ導入による金融機関への影響
金融・資本市場における変化をふまえた欧州の
金融機関の戦略は主に①グローバル・バンク、②
① システム対応等のコスト
ユーロ導入による金融機関への直接的な影響と
スーパーリージョナル・バンク、③専門化または
しては、出入金や会計・税務制度、金融監督当局
地域密着型を指向する中小金融機関、の 3 つの類
への報告等の内容変更に伴うシステム対応等に伴
型に集約されつつあると考えられる。
い、投資が必要となることがあげられる。移行期
金融機関は、自由化の進展やグローバル化に伴
においては、原則すべての金融機関に相当なコス
う競争の激化に加え、株主の視点を重視する必要
トが発生する。
性も高まっていることから、ますます資本を効率
的に活用する必要に迫られている。このため、金
融機関は、例えば高度な金融技術やグローバルな
② 金融機関の業務への影響
通貨統合によって、参加国の顧客はユーロ圏内
情報力、ノウハウを活用して投資銀行業務のグ
であればどこでもユーロ資金の調達・運用が可能
ローバル展開を図るか(グローバル・バンク)、リ
になり、自国の金融機関にこだわる必要がなくな
テール銀行業務に重点を置き、顧客基盤の拡大に
る。また、ユーロ圏内の金融商品・サービスにつ
よるコスト競争力で勝負するか(スーパーリー
いては、為替換算の必要がなくなることで各国間
ジョナル・バンク)、ニッチ分野で収益力の確保を
における価格の比較が容易になる。このため、国
図るか(専門化または地域密着型を指向する中小
境を越える金融機関同士の競争が激化すると考え
金融機関)、のいずれかの戦略を選択する傾向が強
られている。
まってきていると考えられる。
100
ただし、1999 年 1 月から 2001 年末 までの期間
総花的な戦略や中途半端な戦略では資本の配分
は、ユーロは金融取引の計算上使われるだけで、
に無駄が生じる可能性があり、このような金融機
実際の支払は各国通貨で行われる。このため、リ
関は生き残ることが難しくなろう。
テール市場で国境を越えた競争が本格化するのは、
金融取引が完全にユーロに転換する 2001 年末以降
になる可能性もある。
ここでは、ユーロ導入による金融機関の業務へ
① グローバル・バンク
第一に、グローバルな営業展開を図る金融機関
である。これらの金融機関はさらに 2 つに分けら
れる。一つは、自国内に厚い顧客基盤を持つ一方、
テール分野に注力する決定を行ったとされている。
国外でもグローバル・ビジネスを展開する金融機
英国では特に投資家の ROE に対する評価が厳しく、
関である。ドイツ銀行、フランスのソシエテ・
また好調なリテール銀行との格差が広がったこと
ジェネラル、BNP・パリバ等がこの代表例である。
もあり、このような決断に至ったといわれる。
自国内に強力なリテール基盤をもつ一方、グロー
この分野で最も成功している例は、英国のロイ
バル・ビジネスとしては、ホールセールの投資銀
ズ TSB であろう。同行は、国内のリテール銀行業
行業務を展開していることが多い。
務に特化する戦略をとってきた。ロイズ銀行は、
もう一つは、国外の顧客を対象とするグローバ
1995 年に優良住宅金融組合を傘下に収め、英国国
ル・ビジネスを戦略の中心とする金融機関である。
内の住宅ローン市場において 3 位に浮上した。次
オランダの ABN アムロ、ING、スイスの UBS、クレ
いで、準大手行 TSB を吸収合併する等、リテール
ディ・スイス等がこの代表例である。オランダや
に重点をおいた買収戦略を展開し、高い収益率を
スイスの大手銀行が業容拡大を図る場合、国内顧
維持している。同行は 1988 年に買収によっていち
客の資金だけでは市場の規模がそれほど大きくな
早く保険業務に進出したことや、1999 年に英国の
いことから、このような戦略をとらざるを得ない
準大手生命保険組合スコティッシュ・ウィドウズ
ことになる。スイスやオランダでは大手金融機関
の買収計画を発表したことでも知られている。
の市場占有率が極めて高く、オランダでは、大手 3
ただし、最近同行もインターネット・バンキン
行の国内シェアが約 8 割、スイスでも約 6 割を占
グを利用して欧州大陸に本格進出する意向と伝え
めるといわれる。これらの金融機関は、投資銀行
られていることは前述の通りである。
業務や資産運用・管理業務に注力している場合が
多い。
投資銀行業務を展開するグローバル・バンクに
は、高度な金融技術やグローバルな情報力、ノウ
1997 年に発表されたドイツのバイエリッシュ・
フェラインス銀行とバイエリッシュ抵当振替銀行
との合併もスーパーリージョナル戦略の一例と考
えられている。
ハウ等が要求されるため、この戦略を採用できる
金融機関は、世界でもごく少数に限られている。
③ 専門化または地域密着型を指向する中小金融機関
中小金融機関では、得意分野に特化する専門化
② スーパーリージョナル・バンク
型、あるいは特定地域での営業を強化する地域密
ここでは、1 ヶ国または数ヶ国において、預金の
着型を指向する金融機関が多い。前述のように、
受入れや、地元優良企業に対する貸出等の伝統的
投資銀行業務で収益をあげるためには、高度な金
な商業銀行業務を中心とし、支配的なシェアを維
融技術やグローバルな情報力やノウハウが必要と
持している銀行をスーパーリージョナル・バンク
され、またリテール銀行業務においてコスト競争
と呼ぶ。スーパーリージョナル・バンクの戦略は、
力で勝負するためには一定規模以上の顧客基盤が
リテール銀行業務を中心に地域に特化することで、
必要になるため、いずれも中小金融機関にとって
顧客基盤を拡大しコスト競争力を強化することに
容易ではない。このため、中小金融機関はニッチ
重点がおかれることが多い。一定規模の顧客基盤
を指向する傾向が強い。ただし、独自の強みを十
を必要とすることから、この戦略を採用できる金
分に発揮できない等、単独での生き残りが難しい
融機関も限定されている。
場合には大手金融機関の傘下に組み込まれること
例えば、英国の大手銀行は、欧州大陸諸国のグ
もある。
ローバル・バンクとは対照的に、業務を絞り込む
欧州では、リテール中小金融機関の整理・再編
動きをみせた。1997 年にはナットウェスト銀行と
はそれほど進んでいないといわれる。また、リ
バークレイズ銀行が相次いで投資銀行業務の中核
テール分野では、ユーロへの移行対応が 2001 年末
を担う株式関連部門の売却を決定した。これら 2
までとなるため、ホールセール分野ほど急激な影
行は、収益の変動が激しく、また平均的にも高い
響は受けないと見られている。
収益率をあげられなかった投資銀行部門に見切り
しかし、規模の拡大により安定収益の確保が可
をつけ、安定して高い収益率を維持してきたリ
能なリテール分野に注目している大手銀行も少な
くないため、中小金融機関を巻き込んだ整理・再
マネジメントを設立するとともに、ベンチャービ
編が急速に進展する可能性もないとはいえないだ
ジネスへの投資会社の設立や投資顧問サービスの
ろう。例えば、フランスではソシエテ・ジェネラ
強化も図っている。アリアンツは、資産運用や年
ル、BNP・パリバ等のグローバル・バンクが国内に
金を含めた個人向け金融サービスの強化を図り、
広く拠点網を展開し、リテールにも注力している
資産運用会社としてのさらなる拡大を進めている101。
ことから、フランス国内の中小リテール金融機関
の再編が今後活発化するとの見方もある。
② 銀行業務への進出
また、近年、保険会社による銀行業務への参入
2. 保険会社の動向
の動きも始まっている。英国では、1980 年代に銀
本節では、保険市場における変化、および金
行による保険業務への参入が始まったが、これに
融・保険ビジネスの基礎的競争条件の変化をふま
対し 1990 年代後半に、満期保険金のグループ外へ
え、欧州の保険会社がこれにどのように対応して
の流出を防ぐことを目的に、保険会社・グループ
いるか考察する。
による銀行子会社設立が開始された。例えば、英
欧州の保険会社の動向を金融機関の動向と比較
国のプルデンシャルは、1996 年 10 月に銀行子会社
すると、資産運用・管理業務への進出、情報技術
プルデンシャル・バンキングを設立し、銀行業務
投資の拡大、M&A の拡大において共通の動きが見ら
への参入を果たし、設立当初の狙いである満期保
れる。また、保険会社の戦略類型も金融機関と同
険金のグループ外への流出を防ぐことに寄与した。
様の類型に集約できる方向に向かうと考えられる。
しかし、その後 1998 年 10 月に、プルデンシャ
一方、インターネットによるダイレクト・セール
ルは銀行子会社の運営上の大きな展開を図った。
スについては、現状ではインターネット・バンキ
それは、インターネット・電話・郵便を通じて、
ングほどの影響は見られない。なお、インター
預金や貸付などの個人金融サービスを提供する新
ネット・バンキングの分野には保険会社からの進
ブランド
出も見られる。
デンシャルは、エッグというブランドイメージの
エッグ
を開始したことである。プル
以下、金融機関の動向との比較を容易とするた
下、プルデンシャル・ブランドが今まで取り込め
め、(1)資産運用・管理業務や銀行業務への進出、
なかった若いインターネット世代を対象に、イン
(2)情報技術投資の拡大とインターネットによ
ターネットという低コストを武器に、競争的な金
るダイレクト・セールス、(3)保険会社の再編と
利水準、すなわち高金利の預金と低金利の貸付商
M&A 拡大の背景、(4)欧州の保険会社の戦略類型、
品を提供することで、ブランド、対象顧客、ディ
の順に、欧州の保険会社の動向を考察する。
ストリビューション、商品の最適な組み合わせを
実現した。これは、新たなビジネス・モデルの構
(1) 資産運用・管理業務や銀行業務への進出
築を図った典型的な例といえるであろう。エッグ
① 資産運用・管理業務への進出
は、1999 年末現在で、76 億ポンドの預金と 8 億ポ
欧州の金融機関と同様に、欧州の保険会社は、
ンドの貸付、80 万人を超える顧客を獲得しており、
欧州の保険市場での競争激化に伴い、保険事業の
1999 年に開始したクレジットカードも 4 ヶ月間で
収益性が低下する中、保険事業単体での成長を目
175,000 件を突破している102。
指すだけではなく、成長分野の一つとして資産運
なお、新ブランド
エッグ
を含むプルデン
用・管理業務へ積極的に参入していく戦略を展開
シャル・バンキングは、1998 年末で 7,700 万ポン
してきている。
ドの損失、1999 年末で 1 億 5,000 万ポンドの損失
例えば、ドイツのアリアンツは、1982 年にアリ
を計上している103。これは、高金利の預金と低金利
アンツ投資会社を設立し、投資信託業務への参入
の貸付商品の提供を通じた資金獲得・顧客拡大の
を果たしたが、その後、資産運用・管理業務を生
影響によるものであるが、プルデンシャルはこれ
命保険業務・損害保険業務に次ぐ第 3 のコア・ビ
を先行投資と割り切り、現状では、顧客基盤を固
ジネスと位置づけ、子会社の資産運用・管理業務
めることに注力している。保険会社・グループに
を統合し、1998 年 1 月、アリアンツ・アセット・
よる銀行業務参入が、収益性の高いビジネスとし
て進展するか否かを占う意味でも、プルデンシャ
商品の販売を始め、市場におけるプライスリー
ル・バンキングの今後の収益推移に注目する必要
ダーとして、顧客にその利便性を知らせ、新たな
がある。
販売方法を利用するよう促している。例えば英国
では、イーグル・スターが 1997 年 12 月に、イン
(2) 情報技術投資の拡大とインターネットによ
るダイレクト・セールス
① 情報技術投資の拡大
ターネットによる自動車保険販売を開始し、当時
15%のディスカウント商品を提供した104。
第Ⅱ章で見た通り、現状では保険のインター
情報技術の革新に伴い、金融機関同様に保険会
ネットによるダイレクト・セールスは、欧州の保
社も情報技術を有効活用するために、情報技術投
険市場に大きな影響は与えていない。しかし今後
資を拡大している。
のインターネットによるダイレクト・セールスや
リテールの保険業務では、情報技術は、リテー
インタラクティブ・テレビジョンといった新たな
ル銀行業務と同様に、主に 2 つの分野で活用され
ディストリビューション手段の進展は、今後の保
ている。一つは、顧客情報の管理・分析と精緻な
険会社のディストリビューションの変化を促す原
個人別保険料の算出であり、もう一つは、イン
動力として、注目されている。
ターネットによるダイレクト・セールスである。
例えば、前者については、第Ⅱ章で述べた通り、
(3) 保険会社の再編と M&A 拡大の背景
英国のダイレクト・ラインが、自動車保険の複雑
① 保険会社の再編
なアンダーライティング業務を、コンピューター
欧州の金融機関と同様に、欧州の保険会社は、
を用いて自動化することに成功し、極めて精緻な
保険市場における競争が激化する中、国内はもと
個人別保険料を即座に算出することによって、優
より国境を超えた再編の動きを積極化している。
良保険契約者に特化した電話による自動車保険販
その結果、大手保険会社への保険事業の集中度は
売を展開した。
大きく高まってきている。成熟化した欧州市場で
また、ホールセールの保険業務において、情報
技術は、ART のような高度に複雑な商品の開発のた
めに活用されている。
は、供給過剰状態が続いており、それが保険会社
の再編を加速させている。
欧州の保険業界に関連する再編は、国内の保険
業界内の再編、国境を超えた保険業界内の再編、
② インターネットによるダイレクト・セールス
インターネット・バンキングほどの進展はない
国内の業態を超えた再編、国境・業態を超えた再
編の 4 つの種類に分類することができる。
ものの、欧州の保険会社の中には、既にコンプラ
国内の保険業界内の再編には、フランスにおけ
イアンス上の問題がないコモディテイ化された保
るアクサと UAP の合併、英国におけるロイヤル・
険商品を中心に、インターネットを通じたダイレ
インシュアランスとサン・アライアンスの合併、
クト・セールスを始めているところもある。
コマーシャル・ユニオンとジェネラル・アクシデ
インターネットは、顧客と直接接する手段、新
ントの合併などがある。
しい顧客の獲得と新しい市場への参入手段、市場
1996 年 7 月、当時英国第 3 位の生損保兼営保険
に保険商品を迅速に投入する手段を保険会社に提
会社のロイヤル・インシュアランスと第 4 位のサ
供するものであり、保険会社のディストリビュー
ン・アライアンスが合併し、当時で英国最大の生
ションの多様化をもたらすことが期待されている。
損保兼営保険会社のロイヤル&サン・アライアンス
インターネットによるダイレクト・セールスで
が誕生したが、この合併は、英国内の基盤強化と
は、人と対話せずともコミュニケーションが可能
ともに、エマージング市場であるアジアでの業務
であり、ディストリビューションに要するコスト
展開を有利にしたいという国際戦略上の狙いが
は、他のどのチャネルのコストよりもはるかに少
あった。
なくて済む。従って、インターネットを通じて保
また、米国のエクイタブル・ライフの買収をは
険を販売しようとする者は、その低い販売コスト
じめ、数多くの企業との M&A 戦略を展開してきた
を武器に、価格を大幅にディスカウントした保険
当時フランス第 2 位の保険グループのアクサが、
1996 年 11 月に、同第 1 位ながら 1994 年の民営化
ウィンタートウルの買収、英国のロイズ TSB によ
後不振を続けていた UAP との合併を発表し、1995
るスコティッシュ・ウィドウズの買収などがある
年末の総資産ベースで世界最大の保険グループが、
が、欧州の保険会社が参加した国境・業態を超え
1997 年 5 月に誕生した。この合併の主な目的は、
た大型の再編は現時点ではまだ稀である。なお、
フランスにおける 1980 年代以降のバンカシュアラ
金融・保険市場をまたがる再編については、金融
ンスの著しい進展と、EU 第三次保険指令の採択に
と保険の融合を表す特徴的な動きであることから、
伴い、保険市場の自由化の流れが加速したことに
第Ⅶ章で改めて詳述する。
より、欧州各国の国境を超えた競争が激化したた
め、経営効率の向上を図るとともに、地域的な補
完を行うことであった。
② M&A 拡大の背景
欧州の保険会社の再編において M&A が拡大して
さらに、1998 年 6 月には、英国のコマーシャ
いる背景については、欧州の金融機関の再編にお
ル・ユニオンとジェネラル・アクシデントが合併
ける M&A の拡大と共通しているが、特に、保険会
し、英国最大の生損保兼営会社 CGU が誕生したが、
社が M&A を実行する際にその戦略をとる目的とし
その背景には、英国保険業界における新規参入の
て挙げられているのが、規模の経済の追求とシナ
増大とダイレクト・インシュアラーの台頭やバン
ジー効果である。その目的は以下のように説明さ
カシュアランス等の世界的な銀行勢力の攻勢が
れている。ただし、その目的が達成されているか
あった。この合併は、生損保クロスセリングの拡
については必ずしも実証されていない。
大等により経営基盤をさらに強固にすることによ
り、EU 市場統合や世界的な金融・保険市場におけ
る競争に備える体制づくりを目指したものであっ
た。
A. 規模の経済の追求
成熟した欧州の保険市場において、新規の投資
により契約の拡大を図るのは、オペレーショナ
国境を超えた保険業界内の再編には、ドイツの
ル・リスクが大きい。従って、既存企業の買収等
アリアンツとイタリアのジェネラリによるフラン
によって保険料収入の拡大や地域的補完を図り、
スの AGF の買収、フランスのアクサによる英国の
マーケットシェアの拡大を通じて市場で確固たる
ガーディアン・ロイヤル・エクスチェンジの買収
地位を築くことの方が、コスト効率の面から見て
などがある。
合理的な戦略である。
1997 年 10 月にイタリアのジェネラリが、同年
規模の経済の追求は、2 つ以上の会社が統合する
11 月にはドイツのアリアンツが、フランスの AGF
ことにより、重複する業務を整理し、業務の遂行
に対する TOB(株式公開買付)を発表し、フランス、
に必要な労働力の削減やそこから生じる余剰人員
ドイツ、イタリア 3 国間にまたがる買収競争と
を別の部門で活用できるというメリットをもたら
なったが、同年 12 月、AGF を分割して、アリアン
すことが期待される。また、規模が大きくなるこ
ツが AGF の本体を、ジェネラリが AGF 傘下のドイ
とによる事務処理等の単位当たりシステムコスト
ツの AMB とフランスのアテナの生損保部門などを
の圧縮や、統計分析を行うためのデータベースの
買収することで合意した。ジェネラリ、アリアン
拡大による精緻な保険料率の算定も可能となる。
ツの AGF 買収の主な目的は、少子・高齢化の進展
に伴い年金市場などが急成長する中、ユーロ参加
国の中で、ドイツに続く重要な市場であるフラン
B. シナジー効果
保険会社以外の金融機関と合併することで相互
ス市場における営業基盤を構築することにあった。
の強みを補完する大きなシナジー効果が期待でき
また、1999 年 2 月に発表されたフランスのアク
る。例えば、保険商品と金融商品のクロス・セリ
サによる英国のガーディアン・ロイヤル・エクス
ングを実現し、顧客が必要としている多様な金融
チェンジの買収も、英国における年金民営化など
ニーズに対応することができる。
による競争激化への対応を目的としたものである。
国内の業態を超えた再編、つまり金融・保険市
場をまたがる再編には、クレディ・スイスによる
(4) 欧州の保険会社の戦略類型
今後も欧州の保険業界に関連する再編が引き続
き拡大することで、大手保険会社への保険事業の
105
データや既存の支店網等の経営資源を利用し、金
融商品と保険商品のクロスセリングを実現できる
集中度は一層高まると考えられる 。
そのような中、アリアンツやアクサなど前述の
というメリットが期待されることに比べると、保
金融機関の戦略類型におけるグローバル・バンク
険会社には M&A によって、収益性の低い伝統的な
に相当する保険会社が登場する一方で、特定の商
銀行業務に進出するインセンティブが働かなかっ
106
品や顧客に特化した保険会社も現れている 。
たためと推測される。
今後の生き残りをかけた欧州の保険会社の戦略
なお、現状では、金融・保険市場をまたがる再
の中では、グローバルな営業展開は図らないまで
編は、国内での再編にとどまっている。しかし、
も、1 ヶ国または数ヶ国で支配的なマーケットシェ
銀行、保険会社の国内または業態内での再編がさ
アを確保することを明確に指向する、金融機関の
らに進行すれば、国境を超えた大手銀行と大手保
戦略類型におけるスーパーリージョナル・バンク
険会社の再編につながることも考えられ、今後の
に相当する保険会社が現れることも想定される。
動向が注目される。
従って、欧州の保険会社の戦略類型も、金融機
関と同様に、グローバルな営業展開を図る保険会
2. 保険市場から見た金融市場との融合
社、1 ヶ国または数ヶ国で支配的なマーケットシェ
本節では欧州の保険市場の構造に簡単にふれた
アを維持する保険会社、得意分野への専門化また
後、保険市場から見た金融市場との融合を裏付け
は地域密着型を指向する保険会社、という 3 つの
る具体的な事例について考察する。
類型に集約する方向へ向かうと考えられる。
(1) 欧州の保険市場の構造
Ⅶ. 金融と保険が融合する最近の動向
−リテール市場とホールセール市場
前述の通り、近年欧州では、従来は分離した市
本章では、金融と保険が融合する最近の動向と
場であった金融市場と保険市場が一部融合し、金
して、金融・保険市場をまたがる再編(第 1 節)
融独自の商品・サービスが取り扱われるこれまで
と保険市場から見た金融市場との融合(第 2 節)
の市場や保険独自の商品・サービスが取り扱われ
について考察する。
るこれまでの市場とは別に、金融商品・サービス
と保険商品・サービスが共に取り扱われ、両者が
競合する新たな市場が形成されつつある。
1. 金融・保険市場をまたがる再編
ドイツの最大手保険会社アリアンツやドイツ銀
これまで欧州の保険市場について、生命保険市
行等は、銀行、証券、保険会社、資産運用会社等
場、損害保険市場という切り口で、商品別の保険
を傘下に抱える金融コングロマリットに成長して
料推移やディストリビューションの特徴等を整理
きている。
してきたが、第Ⅴ章で述べた通り、保険市場も対
金融機関の再編においても、金融・保険市場に
象とする顧客の違いから、個人を対象とするリ
またがって範囲の経済を追求する金融コングロマ
テール市場と企業を対象とするホールセール市場
107
リット化の動きが顕在化してきている 。
とに大別することができる。以下、金融市場との
銀行による保険会社の買収の例としては、1997
融合という保険市場で起こっている特徴的な変化
年にクレディ・スイスがスイスの大手保険会社
を、リテール市場で起こっている変化とホール
ウィンタートウルを傘下に収め、保険業務への本
セール市場で起こっている変化に分けて考察する。
格進出を図ったことや、1999 年にロイズTSBが英国
の準大手生命保険組合スコティッシュ・ウィドウ
(2) リテール市場で起こっている変化
ズの買収計画を発表したこと等があげられるが、
① 生命保険商品の変化
大手保険会社が大手銀行を買収した事例は、現時
108
点ではまだ稀である 。
欧州の個人生命保険については、前述の通り、
貯蓄型の生命保険商品が主流をなしているが、そ
これは、例えばバンカシュアランスに見られる
の中でも特に、ユニット・リンク型の商品である
ように、銀行による保険会社の買収には、顧客
ファンド・リンク保険のマーケットシェアが近年
拡大してきている。米国では少子・高齢化に伴う
ことから、銀行員が販売しやすい商品であり、銀
人口・社会構造の変化、金利選好意識の高まり、
行の持つ顧客データ、既存の支店網といった自ら
情報技術の発達などを背景に、1980 年代、貯蓄部
の経営資源が、保険会社、代理店、ブローカー、
分に市場の実勢金利を付す金利保証商品
営業社員には利用できない優位性、コスト効率性
(interest guaranteed product)であるユニバー
があったことも要因としてあげることができよう。
サル保険や投資パフォーマンスを直接契約者に帰
さらに、銀行は保険販売において、銀行自身の信
属させる変額保険(variable insurance)がその
用や知名度を活かしているとの指摘もある111。
マーケットシェアを拡大したが、欧州の保険市場
このように、銀行による生命保険販売の進展は、
でもこれと同様の動きが現れてきていることは、
リテール市場におけるディストリビューションの
グローバル化の進展を裏付けるものともいえよう。
面で、保険と金融の融合を押し進めている変化を
ファンド・リンク保険は、欧州の株式市場の発
表している。
展とともに保険市場に浸透してきた商品であり、
生命保険による保障機能と顧客自身が運用方法を
(3) ホールセール市場で起こっている変化
選択できる資産運用機能を組み合わせた、保険と
−リスクファイナンシングの革新
金融の典型的な融合商品である。また、保険と金
グローバル化の進展により、大企業が抱えるリ
融が融合した新たな市場においては、まさに株式
スクの質と量には大きな変化がもたらされるよう
投資や投資信託と競合する商品である。ファン
になり、為替などの市場関連リスク、ハリケーン
ド・リンク保険が、リテール市場における保険と
や地震などの自然災害リスクなど、多様でかつ大
金融の融合商品として、その成長が続くのか今後
規模なリスクにさらされるようになった。そのよ
の動向が注目される。
うな中、リスクファイナンシングにおける革新技
術として、ART が欧州市場においても注目されてい
② ディストリビューションの変化
る。
リテール市場では、商品自体の変化とともにそ
ARTが注目されている大きな要因は、ARTが保険
の商品のディストリビューションにも変化が生じ
市場と金融市場とを限りなく近づけている点であ
てきている。その典型的な事例は銀行による保険
ろう。例えば、現在金融市場によって取り扱われ
販売である。前述の通り、フランスでは銀行によ
ている非常時貸出枠予約方式112は、保険市場で開発
る生命保険・年金の販売が、年換算新契約保険料
された年代順安定化保険プログラム(クロノジカ
におけるマーケットシェアにおいて、1997 年には
ル・スタビリゼーション・プログラム)113が前身で
既に 61%にまで増加している。また、英国でも、銀
あったし、リスクの証券化は、大規模リスクに対
行、住宅金融組合による生命保険・年金の販売が、
する引受キャパシティを求める保険業界が資本市
1994 年には、平準払新契約保険料の 20%、一時払
場にアプローチしたものであった。また
新契約保険料の 23%までマーケットシェアが上昇し
Integrated Solution 114 は、伝統的保険リスクと為
ており、ドイツにおいても年換算新契約保険料の
替リスク等の金融リスクを統合した商品である。
マーケットシェアにおいて、1992 年の 14%から 26%
このように現在では、企業契約者がカバーを求め
に増加している。このように、銀行による保険販
るリスクとリスク処理方法において、保険と金融
売、特に生命保険の販売が欧州諸国で浸透してき
の融合が進み、リスクの新たなSolution手法の競
109
ている 。
合が起こっている。また、情報通信やシステム処
欧州の銀行は、1980 年代以降に積極的に生命保
険業務に参入し
110
、90 年代に入ってもそのマー
ケットシェアを拡大させているが、その最大の要
理といった情報技術の発展が、金融技術、アン
ダーライティング技術を進歩させ、保険と金融の
融合を促進する大きな要因となったといえよう。
因は、伝統的な銀行業務の収益性が低下する中、
ARTの進展を通じた保険と金融の融合によって、
高い成長が見込める生命保険に着目し、自ら積極
欧州の保険会社・グループは、リスクの引受にあ
的にその販売に取り組んだからである。また、貯
たり、ARTの新たなスキームと一方では競合し、他
蓄性の生命保険商品は、銀行商品に類似している
方ではその手法を取り込んでいくこととなる。例
えば、従来ロイズは、大災害に対するキャパシ
る規制・監督のあり方などである。これらの検討
ティ提供者として、強い影響力を行使していたが、
も必要であろう。さらに、本稿では分析の対象を
巨大な資本的支えを持つバミューダの再保険会社
1990 年代に絞ったが、市場の変化の源泉・要因を
の出現で、近年その力は衰え、マーケットシェア
さらに詳細に分析するには、より長期の視点に
を奪われてきた。しかし、失ったビジネスをロイ
立った歴史的な考察を行う必要もある。これらは、
ズマーケットに取り戻すため、現在は、ART手法の
欧州の金融・保険市場の分析における今後の研究
115
取込みに向けた準備を行っている 。また、欧州の
課題としたい。
再保険市場には、供給過剰と保険料の引き下げ圧
力がかかっており、一方で、欧州の元受保険会社
<参考文献>
が次第に大型化し事業を拡大するにつれて、外部
・ 岡本誠治「ドイツにおけるファンド・リンク保
に多額の利益を流出させないよう、保険料の保有
険の現状」(生命保険経営 第 68 巻第 2 号、生命
を増やしていることなどから、欧州の伝統的な再
保険経営学会、2000)
116
保険事業は縮小方向に向かっている 。欧州の再保
・ 岡崎康雄「バミューダ保険市場−イノベイティ
険会社は、今後、成長分野と認められる生命保険
ブな保険市場の発展と今後の見通し−」(安田総
市場への進出を図るとともに、リスクファイナン
研クォータリー Vol.31、2000)
シングの面においても、保険引受可能リスクとそ
れ以外の金融リスクとの区別に捕らわれない、リ
スクマネージメントサービスの提供を行う方向に
向かっている。
・ 細田道隆、望月晃「ロイズの現状と課題」(安田
総研クォータリー Vol.31、2000)
・ 日本貿易振興会編「2000 年版ジェトロ投資白書」
(日本貿易振興会、2000)
・ 岡部光明「現代金融の基礎理論」(日本評論社、
Ⅷ.おわりに
1999)
・岡部光明「環境変化と日本の金融」(日本評論社、
冒頭に述べた通り、本稿では欧州において現在
生じている金融市場と保険市場をまたがる変化を
理解するために、金融・保険市場で融合した領域
を分析するとともに、金融市場および保険市場そ
れぞれにおける変化とそれに対応する金融・保険
1999)
・ 日本証券経済研究所「図説 EU の証券市場 1999
年版」
(1999)
・ 日本証券経済研究所「図説ヨーロッパの証券市
場 2000 年版」(2000)
事業者の動向の特徴を考察した。第Ⅴ章で述べた
・ EU 通貨統合と証券市場研究会編「ユーロ導入と
通り、欧州では金融・保険市場の変化に伴い、競
金融・証券市場」(日本証券経済研究所、1999)
合事業者の拡大、金融・保険ビジネスのコスト構
・ 日本銀行国際局「国際比較統計」(ときわ総合
造の変化など、金融・保険事業者にとっての基礎
サービス、1999)
的な競争条件に変化が生じてきている。それは、
・ 細田道隆、望月晃、江頭達政「自由化後の欧州
現在激しい変化の最中にある欧州の金融・保険市
損害保険市場における個人物件ディストリ
場において、今後金融・保険事業者には新たなビ
ビューションの動向」(安田総研クォータリー
ジネス・モデルの構築が求められていることを示
Vol.30、1999)
唆している。
従って、今後欧州の金融・保険市場の分析をさ
らに進めるためには、金融・保険事業者のビジネ
・ 長岡繁樹、牛窪賢一「米国損害保険市場の動向
−1998 年の実績とトレンド−」
(安田総研クォー
タリー Vol.30、1999)
スの収益・コストの構造など、その特性について
・ 田中健司「EU 諸国の公的年金制度と我が国にお
の詳細な分析をはじめ、多くの分析が必要となろ
ける課題」(安田総研クォータリー Vol.29、
う。また、金融・保険市場を分析する際に必要と
1999)
なる視点は、もとより本稿に示したものに限らず
・ 望月晃、荒木由起子、田中健司、中村岳「21 世
多くある。例えば、金融・保険事業のアンバンド
紀の保険業の課題−損害保険業を中心に−」(安
リングとリバンドリング、市場の競争条件に係わ
田総研クォータリー Vol.29、1999)
・ 牛窪賢一「米国投資銀行を中心とする金融ビジ
ネスの変遷−401(k)プラン、投資信託、証券化
を含む包括的整理−」(安田総研クォータリー
for Financial Markets: Action Plan (11
May 1999),1999.
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Acquisitions (European Economy, European
Vol.28、1999)
晃「EU 市場における損害保険
Commission Directorate-General for Economic
制度改革と保険自由化の影響」(安田総研クォー
and Financial Affairs,No.2-February 1999),
タリー Vol.26、1998)
1999.
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・ マリオ・モンティ「EU 単一市場とヨーロッパの
将来」
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Merge Continue? (Sigma No.96/1999),1999.
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Building a Framework for Action (28
龍治訳、東洋経済新報社、1998)
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(18 October 1996),1996.
,
1
1993 年 11 月 1 日に発効したマーストリヒト条約
あ る ( 1997 年 )。 Statistical office of the
により、経済的統合を目指した欧州共同体(EC:
European communities ,
European Communitiy)は、政治的統合も含めた統
(Statistical facts & figures 1999),1999.
合を目指す欧州連合(EU:European Union)に移
6
行した。本稿では、1993 年 11 月 1 日以降をEUと表
みを見せている。一方、リテール分野では、4 大商
記している。ECは 6 ヶ国で発足したが、数度の拡
業銀行の他に中小の銀行や住宅金融組合等が競合
大を経て、現在ではフランス、ドイツ、オースト
している。
リア、ルクセンブルグ、ベルギー、オランダ、
7
フィンランド、スペイン、イタリア、ポルトガル、
行である。
アイルランド、スウェーデン、デンマーク、英国、
8
ギリシャの 15 ヶ国から構成される。なお、本稿で
1984 年銀行法の枠組みに組み込まれることとなっ
は、原則として欧州連合を意味する場合のみ、EU
た。1996 年近代化法により、証券取引所会員会社、
という表記を用いている。
短資会社、資産運用会社は、投資会社に分類され
2
1999 年 1 月、EUの 11 ヶ国(ドイツ、フランス、
るようになった。投資会社は、証券ブローカー業
ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、オースト
務、ディーラー業務、引受業務、資産運用・管理
リア、フィンランド、アイルランド、イタリア、
業務、投資サービス関連の信用供与、資産運用ア
スペイン、ポルトガル)に単一通貨ユーロが導入
ドバイスといった証券市場に関するあらゆるサー
された。
ビスの提供が可能とされている。
3
9
当研究所では 1991 年に「EC保険市場統合」を発
Banking in Europe
ホールセール分野では 4 大商業銀行が圧倒的な強
ヒポ・フェラインス銀行は欧州最大の広域地方銀
その後 1996 年近代化法によって、投資会社も
日本銀行国際局「国際比較統計」(ときわ総合
行し、欧州保険市場の統合の進展、および各国保
サービス、1999)
険市場の実状、その後の展望についてまとめた。
10
また 1997 年 10 月に「安田総研クォータリー」に
した、Swiss Re, World insurance in 1998:
「ドイツ保険市場の自由化後の状況」(安田総研
Deregulation,overcapacity and financial
クォータリーVol.22、1997)を掲載した。さらに
crises curb premium growth (sigma No.7/1999),
1998 年 10 月には「EU市場における損害保険制度改
1999. に よる 。 こ の 報告 書 で は 、異 な る 地 域、
革と保険自由化の影響」(安田総研クォータリー
国々の間の比較を可能とするため、元受保険料は、
Vol.26、1998)を、そして 1999 年 10 月に「自由
当該事業年度の平均為替レートを利用してUSドル
化後の欧州損害保険市場における個人物件ディス
に換算されている。各国の監督当局や保険協会に
トリビューションの動向」(安田総研クォータリー
よる 1998 年の保険データの確定値が利用されてい
Vol.30、1999)を掲載している。
るが、それが利用できなかった国々についても、
4
欧州大陸では、企業の資金調達の内銀行与信の占
暫定値もしくは推定値を使用して、全世界の保険
める割合が 60%程度で、米国の 20%や日本の 40%に
料が算出されており、保険料 1 億ドル以上の国々
比較し間接金融のウェイトが高い。EU通貨統合と
(88 ケ国)については、国別にリストアップされ
証券市場研究会編「ユーロ導入と金融・証券市場」
ている。なお、日本については、1998 年度(1998
(日本証券経済研究所、1999)62 頁。
年 4 月∼1999 年 3 月)のデータが使われている。
5
11
統計データの範囲が異なるため単純な比較はでき
データは主に、保険業界の世界的な動向を調査
EU加盟 15 ヶ国に、スイス、ノルウェー、アイス
ないが、1997 年のユーロ参加 11 ヶ国の金融機関数
ランド、リヒテンシュタインを加えた 19 ヶ国を指
合 計 は 8,225 で 、 1996 年 の 米 国 の 商 業 銀 行 数
す。
9,575 を下回っているものの、同期におけるユーロ
12
参加 11 ヶ国の金融機関の総資産は 13 兆 1,533 億
別に見ると、欧州の生命保険市場は、世界最大の
ECUで、米国商業銀行の総資産 3 兆 5,844 億ECUを
生命保険市場である日本を若干下回る市場規模で、
大幅に上回っている。なお、ユーロ参加 11 ヶ国合
世界の生命保険市場に占める割合は、31.8%(西欧
計のGDPの規模は、米国1に対し、およそ 0.86 で
31.5%、中・東欧 0.3%)である。また欧州の損害保
欧州の保険市場を生命保険市場、損害保険市場
険市場は、世界第 2 位の損害保険市場である日本
中・東欧諸国の占める割合はわずか 0.3%であり、
の約 3 倍強ではあるものの、世界最大の損害保険
この伸び率は比較的小さな増加を反映しているに
市場である米国と比べるとその約 4 分の 3 の市場
過ぎない。
規模で、世界の損害保険市場に占める割合は 33.3%
18
(西欧 32.1%、中・東欧 1.2%)である。
2.1%の減収を記録したが、これは主にロシアの深
13
伸び率は各国の現地通貨ベースの保険料を用い
刻な経済危機による 18.6%の減収の影響によるもの
て計算され、次いで当該国の消費者物価指数を用
である。ただし、ポーランドでは前年比 10.7%増を
いてインフレ調整がなされている。
達成するなど、ロシア以外のほとんどの中・東欧
14
諸国では増収を記録した。
世界の元受保険料の伸び率は、前年比 2.3%増と
また、中・東欧諸国でも損害保険料は、前年比
1997 年の伸び率の 4.4%増を下回った。その内、生
19
命保険料の伸び率は前年比 4.1%増と 1997 年の伸び
1997 年で 19.6%増加したが、生命保険料と損害保
率の 7.6%増を下回り、損害保険料の伸び率は前年
険料の 1995 年から 1997 年の伸び率を見ても、損
比 0.1%減となった。前出のSwiss Reの報告書は世
害保険料が 5.4%の増加にとどまっているのに対し、
界の生命保険料の伸び率が低下した要因として、
生命保険料は 36.3%の大幅な増加を示している。そ
世界最大の生命保険市場である日本の景気低迷や
の結果、1995 年には 48.8%であった正味保険料に
金融危機の影響による前年比 3.4%の減収や 1997 年
占める生命保険料の割合も、1996 年には正味保険
まで大幅な伸びを示してきた東南アジアの通貨危
料に占める損害保険料の割合を上回り、53.4%と
機の影響による前年比 2.7%の減収などを指摘して
な っ た 。 Statistical office of the european
いる。また、損害保険料の伸び率がマイナスに転
communities , Insurance in Europe ( Edition
例えばEU加盟国の正味保険料は、1995 年から
じた要因として、規制緩和による保険料率の低下
1999),1999.
や景気低迷の影響による日本の前年比 5.4%の大幅
20
な減収や通貨・経済危機を背景とした東南アジア
communities, Insurance in Europe (Edition
の前年比 1.7%の減収とロシアの前年比 18.6%の減
1999),1999.
収などを指摘している。なお、IMFによれば世界の
21
実質GDP成長率も、1997 年の 4.2%から 1998 年は
う保険料の内、リスク保険料部分で死亡時の保険
2.5%に大きく鈍化している。
金額を保障しつつ、貯蓄保険料部分は直接、単一
15
例えば英国、ドイツでは、個人年金を除く生命
あるいは複数の投資信託に投資される生命保険で
保険の満期保険金には原則として所得税が課せら
ある。保険会社に積み立てられる責任準備金は投
れず、被保険者が死亡して遺族が死亡保険金を受
資信託の価格変動によって増減するため、ファン
け取った場合も、相続税が原則免除されている。
ド・リンク保険には通常予定利率は設定されず、
また、個人年金についても、受取年金に対して一
その投資リスクは全て顧客が負う。なお、保険契
定の非課税措置がとられている。
約者は保険加入時に自らの判断により適当な投資
16
信託を選択するが、投資方針を保険会社とすり合
例えばイタリアでは、年金改革が生命保険や個
Statistical office of the european
ファンド・リンク保険とは、保険契約者が支払
人年金の需要ブームをもたらし、1997 年の 39.1%
わせた上でこれを一任することも可能である。
の増加に引き続き、1998 年も 37.3%の大幅な増加
22
を記録している。
Statistics Yearbook(1988−1998),1999.
17
23
なお、中・東欧諸国でも生命保険料は、市場経
Association of British Insurers, Insurance
ただし、団体年金は、デンマーク、スウェーデ
済への移行に伴い、ルーマニア、クロアチア、ス
ン、ノルウェー、スイスでは主要な生命保険商品
ロバキア、ハンガリーなどで大きな伸び率を示し
で あ り 、 デ ン マ ー ク で 生 命 保 険 料 の 67.3% 、 ス
ている。1998 年、ルーマニアは前年比 55.2%増、
ウェーデンで 40.2%、ノルウェーで 55.5%、スイス
クロアチアは前年比 36.2%増、スロバキアは前年比
で 54.2%を占めている。
28.7%増、ハンガリーは前年比 22.8%増を記録した。
24
ただし、1998 年の世界の生命保険市場に占める
行わせるもので、一定期間後に払込金の元利金合
減債基金(Sinking fund)の積立を保険会社に
計で社債等の負債元金を償還するための契約。支
料は 570 億ドルで、欧州の損害保険市場の元受保
払条件が人間の生命とは関係がないため、生命保
険料の 19.2%を、世界の損害保険市場の元受保険料
険とはいえないが、生命保険会社により提供され
の 6.4%を占めている。
ている商品であるため生命保険に分類されている。
34
なお、フランスではカピタリザシオンと呼ばれ、
Statistics Yearbook(1988−1998)
1997 年時点で生命保険料の 5.3%を占めている。
過去においては、同一保険会社による生損保の兼
25
被保険者が一定期間経過後に生存している場合
営は禁止されていなかったが、生損保の兼営を禁
に保険金が支払われる生存保険の一種。なお、フ
止する生命保険第一次指令の国内法化により、既
ランスでも生命保険料の 0.1%、オランダでも 4.0%
存の兼営会社および生命保険事業が再保険に限ら
を占めているに過ぎない。
れる場合を除き、1982 年 1 月 1 日以降、新たな兼
26
営業務は認められなくなった(1982 年保険会社法
損害率と経費率の合計をいい、損害保険事業の
Association of British Insurers, Insurance
収益性を示す指標である。
§6)。
27
35
ここでいう損害率(Claims ratio)とは発生損
, 1999.なお、
英国の生命保険業界において、1998 年の国内正
害額(Gross claims incurred)をグロス引受保険
味収入保険料、海外も含めた正味収入保険料の両
料(Gross premiums written)で除した割合であ
ベースで第 1 位であるが、英国の損害保険業界に
る。
おいても、1998 年の国内正味収入保険料ベースで
28
第 16 位、海外も含めた正味収入保険料ベースで第
ここでいう経費率(Cost ratio)とは営業費用
(Gross operating expenses)をグロス引受保険
15 位に位置する保険グループである。
料で除した割合である。
36
29
Post Magazine, Mergers put the brakes on
味収入保険料ベースで第 1 位、海外も含めた正味
motor ( 5 Nonember 1998 ), 1998 . に よ れ ば 、
収入保険料ベースでは第 2 位であるが、英国の生
1997 年の英国における自動車保険のコンバインド
命保険業界においても、1998 年の国内正味収入保
レシオは、119.9%(損害率は 94.6%)である。
険料ベースで第 19 位、海外も含めた正味収入保険
30
料ベースで第 11 位に位置する保険グループである。
なお、車両保険等も含めた自動車保険全体の損
英国の損害保険業界において、1998 年の国内正
害率は、84.5%である。
37
31
味収入保険料ベースで第 2 位、海外も含めた正味
データは、Swiss Re, World insurance in
英国の損害保険業界において、1998 年の国内正
1998:Deregulation,overcapacity and
収入保険料ベースでは第 1 位であるが、英国の生
financial crises curb premium growth (sigma
命保険業界においても、1998 年の国内正味収入保
No.7/1999),1999.による。
険料ベースで第 7 位、海外も含めた正味収入保険
32
料ベースでは第 2 位に位置する保険グループであ
その内容は、保険会社のソルベンシー・マージ
ンのチェックを中心としたもので、保険料率や約
る。
款についての認可・届出等の規制は行われていな
38
かった。
味収入保険料ベースで第 3 位、海外も含めた正味
33
英国の保険市場を生命保険市場、損害保険市場
収入保険料ベースでは第 4 位であるが、英国の生
別に見ると、英国の生命保険市場は欧州最大の生
命保険業界においても、1998 年の国内正味収入保
命保険市場であり、世界でも日本、米国に続き第 3
険料ベースで第 11 位、海外も含めた正味収入保険
位の規模の生命保険市場である。1998 年の英国の
料ベースで第 7 位に位置する保険グループである。
生命保険料は 1,240 億ドルで、欧州の生命保険市
39
場の元受保険料の 30.8%を、世界の生命保険市場の
月に両社の合併合意を発表しており、ドイツのア
元受保険料の 9.8%を占めている。また英国の損害
リアンツ、フランスのアクサ、イタリアのジェネ
保険市場はドイツに次ぐ欧州第 2 位の規模であり、
ラリに肉薄する巨大保険グループCGNUの誕生が予
世界でも米国、日本、ドイツに続き第 4 位の規模
定されている。
の損害保険市場である。1998 年の英国の損害保険
40
英国の損害保険業界において、1998 年の国内正
なお、CGUとノーリッチ・ユニオンは 2000 年 2
生命保険商品別の正味収入保険料の推移を見る
と、年金のマーケットシェアは 1994 年の 51.7%か
アドバイスに基づき個人年金に移行してしまった
ら 1998 年には 56.5%に増加している。Association
ケースが 1994 年までに相次いだ。
of British Insurers ,
45
Insurance Statistics
代理店やブローカーといった保険仲介者を使わ
Yearbook(1988−1998),1999.
ずに電話等で直接契約を募集する保険会社をいう。
41
46
英国の公的年金制度は、全国民共通の基礎年金
自動車保険や火災保険のような必需品的な商品
(1 階部分)とこれに上乗せされる所得比例部分
であれば、顧客の選択条件は価格と利便性に絞ら
(2 階部分)から構成されているが、1986 年の改
れるため、電話での販売にも適しているが、年金
革で給付水準の引き下げとモデル年金拠出期間の
のように詳しい説明や情報の提供が必要な商品に
長期化が図られた。具体的には、2 階部分の給付率
ついては、対面販売が適しているとの判断から、
は長期的に 25%から 20%に引き下げられ、拠出期間
現状においてはチャネルの使い分けがなされてい
は 20 年から 49 年に、年金額算定の基礎として考
ると考えられる。
慮される賃金についても、最良の 20 年間の賃金か
47
ら、全生涯の賃金に変更された。また、1995 年の
て、顧客がより安価で理解しやすい保険商品を求
改革では女性の支給開始年齢を 60 歳から長期的に
める傾向が強くなり、商品内容や料率体系を極力
引き上げ、最終的には男性と同じく 65 歳支給開始
簡略化・単純化することによって、顧客にとって
とすることとなった。また、ブレア政権下の 1998
理解しやすく、かつコンプライアンス上の問題の
年 12 月には、年金改革に関するグリーンペーパー
ない大量販売が可能な保険商品を保険会社が提供
「福祉のための新しい契約:年金におけるパート
する動きがあるとの見方が出されている。欧州で
ナ ー シ ッ プ ( A new contract for welfare :
はこのような動きをさす言葉として「保険商品の
PARTNERSHIP IN PENSIONS)
」が発表され、2 階部分
コモディテイ化」という言葉が一般的に用いられ
を新しい制度であるState Second Pensionに置き
ている。
換えること、ならびに新しい私的年金制度
48
(stakeholder pension)を導入することが提案さ
スーパー・マーケットのテスコやセインズベリー
れている。なお、英国をはじめ、欧米諸国の年金
などが、その子会社等を通じて個人年金、生命保
改革の詳細については、田中健司「EU諸国の公的
険等も含む金融商品を販売している。
年金制度と我が国における課題」(安田総研クォー
49
タリー Vol.29、1999)、高山憲之「欧米の年金改
1998 ,1998.なお、英国では保険会社に対する顧
革と日本における今後の課題」(安田火災記念財団
客のロイヤリティは決して高くないことから、市
叢書No.57、1998)を参照。
場にブランド力を利用した異業種からの参入を許
42
す余地が存在したことが、その背景としてあげら
Association of British Insurers, Insurance
欧州ではリテール分野における保険商品につい
大手チェーン・ストアのマークス&スペンサー、
Datamonitor, UK Personal General Insurance
Statistics Yearbook(1988−1998),1999.
れる。
43
50
1986 年金融サービス法(Financial Service Act
Association of British Insurers, Insurance
1986)により創り出された金融仲介人の一つの範
Statistics Yearbook(1988−1998),1999.
疇。
51
44
らではなく、逆に自動車付保台数は増加しており、
英国の公的年金の 2 階部分(所得比例年金)に
保険料の減収を招いたのは、市場が縮小したか
ついては、従来から職域年金で代替することが認
むしろ、自動車保険の非常に競争的な市場と保険
められていたが、1988 年からは個人年金で代替す
金支払の減少の結果として生じた保険料の引き下
ることも認められ、個人年金の方が有利な給付が
げである。
受けられるとして、多数の人々が職域年金から個
52
人年金へ移行した。しかし、個人年金の獲得競争
ンダーライティング業務を、コンピューターを用
が加熱し、実際には各顧客の年齢や職域年金にお
いて自動化することに成功し、極めて精緻な個人
ける企業負担の状況などによっては、職域年金に
別保険料を即座に算出することによって、優良保
とどまった方が有利な者までが、不正確な情報・
険契約者に特化した電話による自動車保険販売を
ダイレクト・ラインは、自動車保険の複雑なア
展開した。電話による保険契約締結の効率性・利
deutsche Lebensversicherung in Zahlen /
便性と優良保険契約者の選別による低価格の保険
Jahrbuch 1998 ,1999.
商品の提供、クレーム処理の迅速さによって、英
62
国の損害保険市場における顧客サービスの概念に
退職年金の支給開始年齢を 1997 年より 60 歳から
革命をもたらしたといえよう。
原則 63 歳に引き上げるとともに、2000 年より、女
53
性に対する老齢年金の支給開始年齢を 60 歳から 65
Datamonitor, UK Personal General Insurance
ドイツでも、1996 年の年金改革によって、早期
1998 ,1998.
歳に、拠出期間が 35 年以上の長期被保険者の支給
54
一方、ダイレクト・インシュアラーは、競争の
開始年齢を 63 歳から段階的に 65 歳に引き上げる
一層の激化とそれに伴う広告・宣伝費の急増もあ
こととなった。なお、その後コール政権下の 1997
り、他のチャネルに対して保持していた優位性を
年 10 月に、
「1999 年年金改革要綱」が連邦議会下
今や失いつつあり、現在その成長に翳りが見えて
院を通過した。1998 年 9 月の総選挙で誕生した
きている。
シュレーダー政権は、当初コール前政権による改
55
スーパー・マーケットのテスコやセインズベ
革案を撤回しようとしたが、後に財政支出の軽減
リーなどは、その子会社を通じて損害保険商品も
をうたった改革案を発表し、公的年金制度につい
販売している。
ても、給付を調整し負担を抑える方向性を示して
56
ただし、自動車賠償責任保険等の強制保険と代
いる。田中健司「EU諸国の公的年金制度と我が国
替健康保険については、約款の統一性の維持と消
における課題」(安田総研クォータリー Vol.29、
費者保護の観点から、約款の事前届出が義務づけ
1999)
られている。
63
57
険の現状」(生命保険経営 第 68 巻第 2 号、生命保
ドイツの保険市場を生命保険市場、損害保険市
岡本誠治「ドイツにおけるファンド・リンク保
場別に見ると、ドイツの生命保険市場は英国、フ
険経営学会、2000)、Gesamtverband der
ランスに次ぎ欧州第 5 位の規模であり、世界では
Deutschen Versicherungswirtschaft e.V., Die
日本、米国、英国、フランスに続き第 5 位の規模
deutsche Lebensversicherung in Zahlen /
の生命保険市場である。1998 年のドイツの生命保
Jahrbuch 1998 ,1999.
険料は 584 億ドルで、欧州の生命保険市場の元受
64
1997 年を基準としたインフレ調整後の数字。
保険料の 14.5%を、世界の生命保険市場の 4.6%を
65
1997 年を基準としたインフレ調整後の数字。
占めている。またドイツの損害保険市場は欧州最
66
Datamonitor, Insurance in Germany 1998 ,
大の損害保険市場であり、世界でも米国、日本に
1998.
続き第 3 位の規模の損害保険市場である。1998 年
67
Id.
の損害保険料 783 億ドルで、欧州の損害保険市場
68
フランスの保険市場を生命保険市場と損害保険
の元受保険料の 26.3%を、世界の損害保険市場の元
市場別に見ると、生命保険市場は英国に次ぐ欧州
受保険料の 8.8%を占めている。
第 2 位の規模であり、世界でも日本、米国、英国
58
に続き第 4 位の規模の生命保険市場である。1998
Gesamtverband der Deutschen
Versicherungswirtschaft e.V., Die deutsche
年のフランスの生命保険料は 740 億ドルで、欧州
Versicherungswirtshaft Jahrbuch 1999 ,1999.
の生命保険市場の 18.4%を占め、世界の生命保険市
59
場の 5.9%を占めている。また損害保険市場はドイ
ドイツの生命保険業界において、1998 年の収入
保険料ベースでアリアンツに続き第 2 位である。
ツ、英国に次ぐ欧州第 3 位の規模であり、世界で
60
も米国、日本、ドイツ、英国に続き第 5 位の規模
1998 年の収入保険料ベースで、ドイツの生命保
険業界で第 3 位、損害保険業界で第 6 位である。
の損害保険市場である。1998 年のフランスの損害
61
岡本誠治「ドイツにおけるファンド・リンク保
保険料は 426 億ドルで、欧州の損害保険市場の元
険の現状」(生命保険経営 第 68 巻第 2 号、生命保
受保険料の 14.3%を占め、世界の損害保険市場の
険経営学会、2000)、Gesamtverband der
4.8%を占めている。
Deutschen Versicherungswirtschaft e.V., Die
69
Financial Times Finance, Insurance in
France ,1998.
する条約が結ばれたが、EECを設立する条約をロー
70
マ条約と呼ぶ。
保険監督委員会は、1990 年の法改正により保険
会社の法的規制の遵守状況を監視する新たな保険
83
監督機関として設置された。
「21 世紀の金融業 米国財務省レポート」(小西龍
71
治訳、東洋経済新報社、1998)102 頁。
Federation Francaise des Societes
ロバート・E・ライタン、ジョナサン・ロウチ
d’Assurances, French Insurance in 1998 ,1999.
84
72
Improving Social Protection in the European
Statistical office of the european
EU Commission DG V, Modernising and
communities, Insurance in Europe (Edition
Union 1998.
1999),1999.
85
Id.
73
86
例えば英国は近年、大幅な年金制度改革を行っ
ここでいう団体とは保険のために設定された
ファンドをさしている。
たので、公的年金に関する財政支出のGDP比率は低
74
下 す る と OECD は 見 て い る 。 OECD , Maintaining
Federation Francaise des Societes
d’Assurances, French Insurance in 1997 ,1998.
Prosperity in an Ageing Society ,1998.
75
フランスでも、1994 年に実施された年金制度改
87
Id.
革において、モデル年金の受給に必要な保険料拠
88
欧州各国の市場間では、資金を自国市場に呼び
出期間の延長、年金給付額算定のための基準賃金
込むための激しい競争が続いている。その一方、
の変更など、様々な手段で給付の調整が図られた。
市場間の統合の動きもある。1998 年 11 月、英国、
田中健司「EU諸国の公的年金制度と我が国におけ
ドイツ、フランス、スイス等の欧州の 9 つの取引
る課題」(安田総研クォータリー Vol.29、1999)
所の首脳が集まり、取引所の統合に向けた準備会
76
1971 年にクレディ・ミューチュアルが、その店
議が開催された。会員権の相互乗り入れ、新しい
舗で損害保険商品を販売するため、子会社を設立、
株価指数の導入、コンピューターシステムの統合
1972 年には、クレディ・リヨネがグルパマと共同
等、これらの計画が順調に進めば、2002 年にも欧
出 資 で 保 険 子 会 社 を 設 立 し て い る 。 Financial
州統一証券取引所が発足する可能性もある。
Times Finance, Insurance in France ,1998.
89
77
2000),2000.
プレディカは、フランス生命保険市場における
Business Week,
THE BIG GRAB (24January,
リーディングカンパニーの一つとなるほどの急成
90
長を遂げた。
ロス取引は取引総額の約 10%に過ぎなかった。また、
78
共済は、本質的には非営利組織であり、また代
英国がユーロに参加しなかったこともあり、ロン
理店やブローカーといった仲介者を通さず、募集
ドン市場は欧州大陸の市場ほど痛手を被っていな
手数料の支払が不要であるため、保険会社に比べ
い。フランクフルトやパリ市場では、欧州クロス
価格競争力を有しているといわれている。
取引のウェイトが相対的に高かったため、取引額
Financial Times Finance, Insurance in France ,
は大幅に減少すると見込まれている。
1998.
91
79
純合計すると約 5 兆 4 千億ドルで世界に占める
Datamonitor, Insurance in France 1998 ,
ユーロ導入前のロンドン外為市場では、欧州ク
1997 年末のユーロ参加 11 ヶ国の内国債残高を単
1998.
シェアは約 20%となり、米国の約 12 兆 4 千億ドル
80
に次ぐ世界第二位の規模となる。
賠償責任保険の保険料の約 9 割が、医師等の専
門的職業に関する賠償責任保険である。Financial
92
1997 年末の欧州証券取引所連合加盟 17 ヶ国
Times Finance, Insurance in France ,1998.
(EU15 ヶ国+スイス、ノルウェー)の取引所の株
81
Id.
式時価総額は約 4 兆 9 千億ECUであった。これは、
82
1957 年に、欧州連合(EU:European Union)の
世界全体の主要株式市場の株式時価総額の約 28%を
前 身 で あ る 欧 州 経 済 共 同 体 ( EEC : European
占め、米国の約 51%に次ぐ世界第二位の規模である。
Economic Community)、 お よ び 欧 州 原 子 力 共 同 体
93
( EURATOM : European Atomic Community ) を 設 立
境を越えた株式投資でも為替リスクがなくなるた
株式投資のポートフォリオ管理に関しては、国
め、国別から産業セクター別中心に変化すると、
て い る 。 Statistical office of the european
ユーロ導入以前からいわれてきた。
communities , Insurance in Europe ( Edition
94
ただし、預貸業務や決済業務に特化する戦略を
1999),1999.なお、EU各国の大蔵大臣をメンバー
とっている金融機関についてはこの限りではない。
とする欧州委員会金融サービス政策グループは、
95
コングロマリット指令の提案を主張している。EU
ただし、収益性を高めるためには、規模の経済
を活用し、取引 1 件当たりのコストを徹底的に下
Commission
げる必要があり、このためには、高額なシステム
Financial Services Policy Group(19.10.99)
投資を必要とする場合が少なくない。
(22 October 1999),1999.
96
106
一般に、商業銀行業務は、個人からの預金受入
DG
XV ,
Conclusions
of
the
なお、欧州の保険会社は、広範囲な保険・サー
れを中心とするリテールと企業向け貸付を中心と
ビスや金融商品・サービスを提供できる金融コン
するホールセールの両方から構成されるビジネス
グロマリットとしての地位を確立するか、特定の
である。本稿では、リテールに重点をおく商業銀
商品や顧客に特化した保険会社となるかの選択を
行をリテール銀行と呼び、このような商業銀行業
迫られているとの見方もある。Statistical office
務を低コスト追求型のリテール・ビジネス、一方
of the European Communities ,
で、投資銀行業務を付加価値指向型のホールセー
Europe
ル・ビジネスとする単純化した図式で捉えている。
107
97
持株会社や子会社を通じて、保険の窓口販売や保
C Bennett, Dictionary of
Insurance ,1992.
Insurance in
(Edition 1999),1999.
銀行による保険業務については、欧州では既に、
P254
険の引受を行うことが規制上可能となっている。
98
108
投資銀行業務や資産運用・管理業務の定義や性
但し、BNP・パリバは従来からフランスの大手保
格、これらビジネスの米国における変遷等につい
険会社アクサとの関係が深いことから金融コング
ては、牛窪賢一「米国投資銀行を中心とする金融
ロマリットの発展につながるといった観測等もあ
ビジネスの変遷−401(k)プラン、投資信託、証券
る。
化を含む包括的整理−」(安田総研クォータリー
109
Vol.28、1999)を参照。
住宅ローンと建物の保険との相乗効果があること
99
から、例えば英国では住宅保険の販売で銀行が中
銀行による保険業務については、欧州では既に、
なお、銀行による損害保険の販売については、
持株会社や子会社を通じて、保険の窓口販売や保
心的な役割を果たしてはいるものの、損害保険全
険の引受を行うことが規制上可能となっている。
般で見ると、現状そのマーケットシェアは低位で
100
ある。
2001 年末というのは最も遅れた場合で、実際に
はこれより早まる可能性もある。
110
101
アリアンツは 1998 年版アニュアルレポートの冒
所有と販売提携とに大別される。欧州では銀行本
頭で、自らのグループを、「世界最大級の資産運
体で保険引受リスクをとることは禁止されている
用 会 社 の 一 角 を 占 め る ( one of the largest
ため、銀行が保険市場に参入するには、保険の引
asset managers in the world)」と紹介している。
受子会社を設立するケースや、銀行と保険会社の
102
共同出資で保険会社を設立するケースなどがある。
プルデンシャルホームページ
銀行による保険販売の一般的な形態は、子会社
<http://www.Prudential.co.uk/>
英国やフランスではこのケースが主流となってお
103
Id.
り、代表的な例としては、フランスのクレディ・
104
イーグル・スターは、1998 年 8 月にこのディス
アグリコルの生命保険子会社プレディカの設立
カウントを 10%に引き下げている。
(1986 年)
、英国のロイズ銀行のロイズ・アビー・
105
ライフ設立(1988 年)、ドイツ銀行のドイツ銀行生
このような合併・買収の過度の進行は、今後、
反トラスト問題を引き起こすことが懸念されるが、
命設立(1989 年)などがある。
欧州委員会は、「欧州の政策は競争を促進している
一方、販売提携とは、銀行が保険商品を販売す
ので、企業の集中度の高まりと国際化の過程を管
るために保険会社と代理店契約を締結するケース
理することがより一層重要となっている」と述べ
であり、銀行はそのグループ内でも一切保険引受
リスクはとらず、これは手数料収入の確保を目的
れる。
としたものである。なお、ドイツでは上述のドイ
114
ツ銀行などを除き、このケースが主流となってい
ることによってリスク移転コストを最適化する方
る。
式で、為替変動などの保険リスク以外のリスクも
111
野田彰彦「欧米主要国における生命保険業の現
対象とする。詳細は、岡崎康雄「バミューダ保険
状と銀行の保険業務兼業の動向」(富士総研論集
市場−イノベイティブな保険市場の発展と今後の
1998 年Ⅳ号)
見 通 し − 」 ( 安 田 総 研 ク ォ ー タ リ ー Vol.31 、
112
2000)を参照。
契約者が貸出枠予約手数料を支払って、非常時
複数種目、複数年のリスクを包括的にカバーす
の資金貸出枠と貸出金利を事前に定めておく方式
115
であり、銀行等が取り扱っている。
Wrapping up Risk (3 March,1999),1999.なお、
113
事故支払後に、資金を積み立てる方式。契約当
ロイズの最近の動向については、細田道隆、望月
初の保険料を低く抑えておき、蓄積された保険料
晃「ロイズの現状と将来」(安田総研クォータリー
を超えるクレームが発生した場合には追徴保険料
Vol.31、2000)を参照。
が課せられる。支払保険金を埋め合わせるだけの
116
保険料が蓄積されるまで、契約は自動的に継続さ
October,1999),1999.
Post Magazine, Alternative Risk Transfer;
Post Magazine , Whipping up a storm ( 14