学協会と、日本学術会議と - 日本農学アカデミー

学協会と、日本学術会議と、農学アカデミーと
磯貝
彰
第 20 期日本学術会議会員・(社)日本農芸化学会会長
奈良先端科学技術大学院大学特任教授
筆者は平成19年度から、社団法人日本農芸化学会の会長を務めている。会長に就任す
るにあたって、改めて、学会とは何であるかを考えてみた。それは、総合科学技術会議が
第3期科学技術基本計画の中で、科学技術振興のための基盤の強化として、学協会の問題
について記述していることにも関連している。また、日本学術会議でもこの方針に対応し
て、科学者のサイドから学協会問題にどう対応すべきかを検討している時期でもあった。
一方、今、新公益法人制度が具体化しつつあり、全ての学協会この新しい制度へどう対応
するか、検討を迫られている。日本農芸化学会会長としても、この問題への対応は喫緊の
問題である。こうした問題について、日本学術会議の動きと、それに関連して考えている
こととを書いてみたい。
そもそも、学会というのは、研究分野を同一にする人たちが自主的に集まって研究交流
を行ったことに発すると、理解できる。その延長上に、その分野の専門誌の発行を行い、
研究成果を同一分野の研究者だけでなく、広く、科学界に発信するようになったのであろ
う。初期の学会は、こうした活動を通じて拡大の傾向に有り、多くの研究者を組織化して
いった。しかし、学問の細分化に伴い、既存の学会では十分に対応できない新たな分野、
あるいは、他分野との融合的な新学問領域が興隆し、新たな学会がつぎつぎと出来てきた。
日本農学会関係でも、比較的規模の小さい学会がその歴史も比較的浅いことは、こうした
傾向を如実に示している。こうした傾向は学問の発展と深化には極めて有効であり、ある
意味では必然であったと言える。
学会が専門的科学者の間での学術的交流が主目的であった時代は、外部にたいして閉じ
られた学会でも良かった。しかし、科学が技術の基盤となり、また、社会が科学技術に大
きく依存している現代では、学協会は専門家集団として、社会に対して大きな責任を持つ
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ようになってきている。そのため、学協会の科学者集団としては、それぞれの内部での交
流にとどまらず、非専門家の人たちと交流を図り、専門家の立場から為政者にたいして一
定の責任ある発言をしていくことが必要となってきている。こうしたこれからの学協会の
役割への期待が、平成18年3月に決定された第3期科学技術基本計画に「学協会活動の
促進」として、以下のような内容が盛り込まれている所以であろう。
<学協会の役割>
「学協会は、研究成果の発表、知識の交換、研究者相互及び国内外の学協会との連絡提
携の場として、大学等の研究機関を越えて我が国の研究活動を支える存在であり、我が国
の科学技術の国際的地位を向上させるためには、これら学協会の自助努力による改革を促
し、機能を強化する必要がある。
また、学協会には、その社会的役割を意識しつつ、科学技術に関する社会との積極的な
コミュニケーション活動、児童生徒の国際的科学技術コンテストへの参加支援、技術者の
継続的能力開発への貢献など広がりのある活動が期待され、国としても、これらの活動が
活発に行われるよう積極的に支援する。」
<学協会の国際競争力の強化>
「論文誌による研究情報の発信・流通がインターネットの普及などにより急速にグロー
バル化し、我が国の学協会は、資本力等で勝る欧米学協会に対し情報発信力が相対的に低
下しており、研究成果の発表における国内学協会離れ等が懸念される。
このため、学協会は、情報発信技術等を用いて研究情報の収集・分析・流通の能力を高
めるための基盤整備を行うと共に、海外研究者の招へいなど人材の活発な交流や情報通信
技術の利用による情報発信の強化等により、研究集会の活性化を図ることが期待される。
さらに論文誌の国際競争力強化の観点から、関連分野の論文誌との統合も含め、自立・発
展への自助努力の下、論文誌の編集・査読における国際化や、情報通信技術の活用をすす
めることなどが、期待される。国はこれら学協会の改革を促し、その機能を強化するため、
競争的かつ重点的な支援を行う。」
さて、それでは、それぞれの学協会は、こうした社会的責任に対応できるような組織に
なっているのだろうか、また、そうした活動がどのくらい行われているのだろうか。残念
ながら、全ての学協会が十分そうした体制が確立されているとは言いがたいところである。
日本農学会傘下の学協会においても、法人格を持つ学協会はその20%程度であり、日本
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農学会非参加の農学系学協会の存在を考えれば、相当数の学協会がいわば任意団体の形で
存在している。そして多くは、研究交流が主たる目的である。結果として、近年は、農学
系の学協会は、細分化、小型化してきたと言える。しかし、上述のようなこれからの学協
会に期待される機能を発揮するために、こうした細分化されているままでいいのかどうか
は、疑問ではある。折しも、これまでの法人格を持った学協会でも、本年12月より5年
間の間に新法人制度への移行を迫られている。また、任意団体である学協会も、法の保護
も税法上の特典も期待できない状態で、今後もこれまでのような運営が可能かどうかは定
かではない。学協会などの学術団体はそもそも公益性のある団体であると、個人的には考
えてはいるが、現在の新公益法人制度では、このことが十分配慮されているとは言いがた
いところがある。この新法人制度に、それぞれの学協会がどのような対応をすべきか、ま
た、どのような対応が可能なのであろうか。極めて難しい問題を抱えている。
日本学術会議は、今20期より、大幅にその内容を変更し、それ以前にはあった学協会
との直接の関係は無くなっている。この日本学術会議の新たな方向性については、本会会
誌第7号でも、既に、山下興亜氏、唐木英明氏の論文がある。こうした第20期発足時の
理念は理念として、現実的な問題として、学協会と全く無関係に日本学術会議の活動を行
うことは困難であり、色々な形の連携が必要であるというのが、金澤一郎現会長の方針で
ある。そのこともあって、この新法人制度と学協会の問題については、今期の日本学術会
議でも、学協会活動の促進のための重要な課題として、委員会を設置して議論を進めてき
ており、最近、その報告を提言「新公益法人制度における学術団体のあり方」として公表
した(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/index.html)。本提言では、
(1)公益認定作
業に当たって考慮されるべき事項、(2)学術団体の機能強化について、(3)日本学術会
議の果たすべき役割についての提言がされており、「まとめと提言」として、以下のような
ことが書かれている。以下引用する。
「我が国の学術団体は、欧米諸国の大手出版社による学術誌出版の寡占化、米国・英国
を中心とする欧米諸国と比較して一般に学協会規模が小さいこと、財政基盤が脆弱なこと、
学協会運営のプロフェッショナルが少ないこと、などによって厳しい状況下にある。我が
国では、連携あるいは統合を進めることにより強い学術団体群をつくり、これらが協力し
て学術誌出版のためのコンソーシアムを準備して世界で戦える情報発信機能を強化する
努力が必要である。行政は、個々の学術団体に対して支援するというよりも、戦略的観点
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からむしろこのような国際的情報発信機能強化策に対して支援を行うべきである。今回の
公益法人制度改革においては、学術団体は圧倒的多数の非営利法人の中に埋没する可能性
が高い。また、公益法人としての維持・活動のための事務量の増大は、本来の活動に振り
向けることができる経営資源・人的資源を奪い、その結果、これらの基盤が脆弱な我が国
の学術団体は、さらに弱体化するおそれがある。産官学の科学者、技術者、教育者のコミ
ュニティーである学術団体を対象とした新たな種類の法人について検討し、様々な支援策
を通じて科学技術の研究及びその国際的情報発信という科学技術振興の両輪を強化し、我
が国の国益・公益を担うことができる学術団体の育成が喫緊の課題である。また、学術団
体自身もその役割の重要性を認識し、それに応じた機能強化策が必要である。そのため、
学術団体を支援・強化するための新しい法人制度の創設に向けた検討を早急に開始する必
要がある。日本学術会議は、科学技術発展の国家的役割を担っている学術団体が健全に発
展できるよう、様々な日本学術会議との協力関係や行政としての学術団体に対する支援策
のあり方について検討しなければならない。また、公益法人認定作業に当たっては、日本
学術会議に登録されている日本学術会議協力学術研究団体の情報についてこれらの団体
の同意を得た上で提供する用意がある。」
ここで、注目したいのは、学術団体の機能強化の一環として、国際競争力を高めるため、
連携や統合して学術誌を発行する体制の構築を推奨しており、行政は個々の学協会への支
援ではなく、こうした連携的活動を支援すべきだと言っていることである。この記述は、
総合科学技術会議の方針とも、一致している。しかし、この方向は、それぞれの学協会ご
との設立基盤である独自の学術誌発行を通じた専門分野内での研究交流を支援しなくても
いいということを示しているように見える。この2年ほど、科学研究費補助金による学協
会の学術雑誌の刊行費補助金が大幅に削減されている。ほぼ半減したと言っていい。その
ために、印刷媒体での学術誌の刊行が困難になってきている学協会もあると聞いている。
日本学術会議のこうした方針は、科学研究費補助金のこの費目のいっそうの削減傾向を促
進するのではないかと心配している。果たして、それで学問の専門性の維持とその発展が
保証できるのかどうか、疑問がある点ではある。その点はともかく、学協会の本来の機能
である研究者の研究活動支援に加え、学協会の社会的活動及び、国際競争力を強化するた
めには、学協会の連携や統合が必要であるという視点には、同意せざるを得ない。特に、
今回の新公益法人制度は、個々の学協会に大きな負担を強いることになるであろうと考え、
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その負担に耐えられる基盤を持つ学協会がどのくらいあるか、気になっている。そのため、
学協会の広範な活動を法的に支えるためには、学術団体のための新たな法人制度の創設を
目指す必要があるという方向についても強く支持をしたい。
こうした学協会のあり方に関する提言を行う一方、日本学術会議としては、具体的に、
学協会と日本学術会議との連携を目指して、2つの活動を行うことが本年4月の総会で説
明された。
第一が、学士課程教育問題にかかわるものである。現在中教審大学分科会で、学士課程
教育の構築に向けての審議が行われ、そのまとめが発表されている。そのなかで、大学の
設置が容易になり、定員問題などの関係で多くの学生が大学に入学している現状で、その
卒業生の質の保証をどうするかという問題についての審議した結果、各分野の学位水準の
向上や質的保証の枠組み作りについて、日本学術会議に審議依頼が来ることになった。そ
こで、その問題について、今後、各学協会などの意見を聞きつつ、分野別の「学習成果」
や到達目標などの設定、コアカリキュラムの策定などについて、とりまとめていきたい、
との金澤会長の説明があった。
これについて、本年6月3日付の日本学術会議のメールニュースNo.130では、「学士課程
教育の構築に向けて(審議のまとめ)
」
(平成20年3月25日中央教育審議会大学分科会制度・
教育部会)を受け、平成20年6月3日、文部科学省高等教育局から金澤一郎日本学術会議
会長に対して、大学教育の分野別質保証の在り方に関する審議依頼がありました
(http://www.scj.go.jp/080603/reqst.pdf)」と伝えている。
金澤会長から説明された第二の課題は、「日本の展望—学術からの提言(仮題)」を6年毎
に作っていきたいということである。これは、今後10−20年を展望して専門分野ごと、
および、分野共通的課題について、こうした提言をとりまとめることを考えている。今回
は20,21年度にとりまとめ、その結果は、第4期の科学技術基本計画に反映させたい。
ここでは、各学協会での議論や情報をもとに、各分野の課題などをとりまとめることを考
えている、とのことであった。これは日本学術会議が総合科学技術会議とは車の両輪であ
るという位置づけに基づき、科学者集団として、日本の科学技術や学術の将来方向につい
て、長期的な観点から意見を述べていきたいということである。
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こうした2つの課題は、日本学術会議として、意見をとりまとめる過程で、日本学術会
議と学協会との関係を強めることも意図していると思われる。また、同時に、これが、細
分化している学協会をとりまとめるきっかけとなり、それによって、学協会を実質的に大
型化して、社会的発言力を強めることができるようになることを期待しているのであろう。
各学協会では、この2つの課題について対応するため、関連学協会間の意見調整やとりま
とめなどの作業を迫られることになる。
以上述べてきた、新公益法人制度の問題、日本学術会議の方向性を考えたとき、農学分
野の学協会はどのような対応が可能なのであろうか。また、その場合の、日本農学会の役
割、あるいは、農学アカデミーの役割は何であろうか。
農学アカデミーの会員は農学の各分野の代表的な教育研究者であり、分野を網羅しては
いるが、それぞれの学協会等の団体の代表ではない。ある意味では、日本学術会議と学協
会との関係に似ている。現在の日本学術会議では、19期までの第6部農学という組織が
無くなり、新たな第2部(生命科学系)での農学系の会員は6部時代から半減している。
そのためもあってか、農学全体として、日本学術会議会員が何かを議論し、提案するとい
う体制は弱く(勿論、日本学術会議の財政的な問題も、その背景にあるようには思う)、か
つての研連に対応するような、分科会毎の活動が中心になっている。しかし、こうした細
分化の結果、生命科学における農学の位置づけや、社会科学における農学の位置づけ、社
会における農学の位置づけなど、また農学を基盤とした政策提言などについて、総合的に
発信する機能は、残念ながらあまり強くないという印象を持っている。本年6月のローマ
での食糧サミットに見られるように、今、食糧問題が地球規模での問題として取り上げら
れている。また、7月の洞爺湖サミットにおいても、環境問題、食糧問題は、重要なテー
マにあげられている。こうした課題は、農学分野の最重要課題でもあり、農学研究者や、
農学関連の学協会の活躍や積極的発言が期待される課題である。その意味では、学協会の
社会的役割の強化や、そのための連携等が、やはり必要なのではないだろうか。その際、
一つの鍵は、日本農学会であり、もうひとつは、それを、側面から支援しうる農学アカデ
ミーの存在ではないだろうか。日本農学会は農学系の代表的学協会の連合体であり、いわ
ば公的な存在として認知されている。一方、農学アカデミーは、個人参加という私的な集
まりではあるが、その会員はそれぞれの学協会の指導的立場にもあると、私は理解してい
る。農学アカデミーやその会員は農学系学協会の置かれている立場について共通的認識を
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持ち、日本農学会と学協会とをつなぐ役割を果たしていくことが期待されるのではないだ
ろうか。ただ、学協会の連携といっても、それでは具体的にはどうすればいいのか、何を
すればいいのか、なかなか難しい問題である。いずれにしても、何かを一緒にやるという
ところから、始める以外にはないのであろう。
最後に、日本農芸化学会の会長として、本会における最近の取り組みについて紹介して
おきたい。一つは、サイエンスカフェの取り組みである。三省堂や、財団法人農芸化学研
究奨励会の協力を得て、この2年間で、10回を越えるサイエンスカフェを、東京、京都、
広島、仙台などで、行ってきている。最近は、日本学術会議農芸化学分科会も共催となっ
ている。今後、他の都市でも開催予定で、農芸化学分野の研究の楽しさ、面白さ、重要性
などを伝えると共に、町の科学力を高める努力をしている。これも、学会としての社会的
活動の一つであると考えている。
もうひとつは、高校の理科教育に対する提言である。昨年末、文部科学省中央教育審議
会教育課程部会から、高校の理科教育に対する意見の募集があった機会に、生物学の教育
問題を中心に、日本農芸化学会としては、「初等中等教育における理科教育とくに生物の教
育内容について、日本農芸化学会からの提言」として、以下の3点について提言をした。
1. 物と人間生活の関わりについて整理し、人間社会における生物の役割の重要性を踏ま
えた生物の教科内容にすること
2.生物と化学の教育における有機的連携を促進すべきこと
3.「微生物」を生物教育の中に正しく位置づけるべきこと
この提言文書は、その趣旨を説明しつつ、日本農学会傘下の学協会、また、農芸化学関
連学協会会長宛に送付した。その結果、幾つかの学協会から、趣旨に賛成であるという連
絡をいただいた。こうした活動は、本来、日本農芸化学会単独ではなく、幾つかの学協会
がまとまった形で提案できれば良かったと考えてはいるが、時間的な制約があり、今回、
そうした形にはならなかった。今後は、やはり、学協会の集合体として活動することが望
ましいであろうとは考えている。また、日本農芸化学会では、これまでも大会時などで、
高校の教員との連携を保つためのシンポジウムなどは開催してきたが、高校や大学におけ
る教育問題について、本格的に議論する活動は十分ではなかったと思っている。日本学術
会議が今後行うような、大学問題についての意見をとりまとめるためには、学会活動とし
てどう対応していくか、考えねばならないと思っている。
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なお、日本農芸化学会としての新公益法人制度への取り組みとしては、出来るだけ早い
機会に新公益社団法人への申請が出来るよう、理事会内にワーキンググループを設置して、
組織上の問題、会計問題など解決すべき課題を整理しつつ、準備を進めているところであ
り、農学系学会の一つのモデルになればいいかもしれないというつもりではある。
以上、学協会問題について、幾つかの視点から書いてきた。農学分野の発展のために、
こうした問題についてどういう対応策が必要か、また、可能か。皆さんの御意見をきかせ
て頂ければありがたいと思っている。
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