付加価値税理論の新潮流

関東学院大学『経済系』第 254 集(2013 年 1 月)
論 説
付加価値税理論の新潮流*
——オールド VAT からニュー VAT へ——
The New Trends of Value Added Tax: From the Old VAT to the New VAT
望 月 正 光
Masamitsu Mochizuki
要旨 本論の目的は,グローバル社会における付加価値税の新しい潮流として,課税の効率性と公
正性を備えたニュー VAT に焦点を当てることである。これまで付加価値税の標準モデルとして EU
モデルが考えられてきた。しかし,1993 年の EU 成立と同時に,EU 域内取引が自由化されたこと
によって,加盟国の付加価値税制度の相違点(例えば,複数税率や非課税制度等)による問題がよ
り顕在化するようになってきた。このため,EU モデルは,オールド VAT として制度改革が不可避
となっている。これに対して,グローバル社会における付加価値税の新しい潮流として,効率性と
公正性を備えたニュー VAT が注目されており,その代表が,ニュージーランドモデルである。そ
の基本的な考え方は,複数税率や非課税制度を廃止し,
「単一の標準税率構造と広い課税ベース」と
するシンプルなものである。このような考え方に基づくニュー VAT が,オールド VAT の直面して
いる問題の多くを改善することを明らかにする。
キーワード 付加価値税,オールド VAT,ニュー VAT,軽減税率,非課税制度,課税の効率性
はじめに
1. オールド VAT の課税モデル
2. オールド VAT の経済効果と問題点
3. ニュー VAT の課税モデル
はじめに
値税の新しい潮流として,効率性と公正性を備え
たニュー VAT が注目されるようになっている3) 。
付加価値税は,ヨーロッパ諸国における長い歴
その代表が,ニュージーランドモデルである。そ
史に基づいて,これまで標準モデルとして EU モ
の基本的な考え方はシンプルなもので,
「単一の標
デルが考えられてきた。しかし,1993 年の EU 成
準税率構造と広い課税ベース」である。このよう
立と同時に,EU 域内取引が自由化されたことに
な考え方に基づくニュー VAT が,オールド VAT
よって,加盟国の付加価値税制度の相違点(例え
の直面している問題の多くを改善することにつな
ば,複数税率や非課税制度等)による問題がより
顕在化するようになってきた1) 。このため,EU モ
デルは,オールド VAT として制度改革が不可避と
なっていると指摘されていた2) 。
これに対して,グローバル社会における付加価
∗
本研究は,平成 23 年度から助成を受けている科学
研究補助金(基盤研究(C)
,課題番号 230379)及び
科学研究補助金(基盤研究(C)
,課題番号 230386)
による研究成果の一部である。
〔注〕
1)EU における境界統制の廃止による付加価値税への影
響については,持田,堀場,望月 (2010),pp.49–64。ま
た,いわゆる “回転木馬型詐欺(carousel fraud)” 等に
よる脱税の影響については,Keen & Smith (2006),
pp.862–872 参照。
2)Cnossen (2003),pp.434–442 参照。
3)Mirrlees (2010) の第 4 章,Craford, Keen & Smith
の説明参照。Mirrlees (2010),pp.349–353。
— 96 —
付加価値税理論の新潮流
表 1
EU モデルの課税方法
供給(売り上げ)に係る付加価値税の取扱
標準税率
仕
入
れ
に
係
る
付
加
価
値
税
の
取
扱
標
準
税
率
︵
ゼ 軽
ロ 減
税 税
率 率
︶
非
課
税
ゼロ税率
(軽減税率)
非課税
1. 標準付加価値税
2. 免税(軽減付加価値税) 3. 仕入れに係る付加価値税
4. 標準付加価値税
5. 免税(軽減付加価値税)
7. 超過付加価値税
8. 仕入れ以前の支払い済み 9. 仕入れ以前の支払い済み
の付加価値税
の付加価値税
6. 免税(仕入れに係る軽減
付加価値税)
(出所)Gendron (2010),p.480より筆者作成。
がるとして,期待されている4) 。
あったとしても,仕入れに係る税額は全て控
そこで本論では,オールド VAT の複雑な課税モ
除が認められる。現在一般的な仕向地原則の
デルと直面している問題点を明らかにすると同時
付加価値税の下では,輸出はゼロ税率適用で
に,ニュー VAT の基本的考え方と改革の方向性を
ある。(なお,以下の説明では,ゼロ税率は,
明らかにする。
0%の税率適用に対応し,軽減税率は,軽減さ
れた税率適用に対応させている。)
(C) 非課税5):非課税の供給を行った場合には,事
1. オールド VAT の課税モデル
業者(供給者)は付加価値税を納める必要は
まず,オールド VAT と称される EU モデルで
ない。しかし,ゼロ税率の場合と異なり,事
の事業者の取り扱いについて説明しよう。一般に,
業者が非課税供給を行うための仕入れに係る
EU モデルの付加価値税の下では,事業者によっ
税額は,控除が認められない。
て供給される財サービスに係る付加価値税の課税
したがって,EU モデルの付加価値税での事業
方法は,3 つの可能なカテゴリーに分類される。
者の課税方法は,多様な組み合わせとなる。表 1
(A) 標準税率:付加価値税が標準税率で課せられ
は,供給(売上げ)に係る課税方法と仕入れに係
る全ての供給は,標準課税である。その事業
る課税方法との間の相互作用を仮説的に示したも
者(供給者)は,課税供給を行うための仕入れ
のである。簡単化のために,そこには混合供給は
に係る税額を全て控除することが認められる。
ないとして,行と列は単一の課税方法の取引を示
(B) ゼロ税率(軽減課税)
:0%の税率(あるいは,
している6) 。
軽減税率)で課せられる全ての供給は,ゼロ
税率(軽減税率)と呼ばれる。その際,たと
え事業者が税収を全く納税しないゼロ税率で
4)Mirrlees (2011) における第 7 章,pp.168–194。な
お,イギリスの付加価値税に対する Tax Design の
試算については,第 9 章,pp.216–230 参照。
5)EU モデルでは,これ以外に不課税(nontaxable)を
用いている。しかし,その課税方法は,非課税とほ
とんど変わるところがない。この定義は,EU のみ
で使用され,第 6 次指令から区別されるようになっ
た。Gendron (2010),p.480。
6)ここでは,事業者について課税方法が区分されてお
— 97 —
経
済 系
第
254 集
表 1 における各々の組み合わせにおいて,太線
ロである。また,仕入れに係る付加価値税額の控
で囲まれた 4 つのケースは,以下の通りである。
除もゼロとなる。既に事業者の仕入れ以前に支払
(ケース 1)供給(売上げ)と仕入れの両方で課税
われた付加価値税が納税されたにもかかわらず,
の場合,付加価値税は標準税率の方法で適用され
課税の連鎖が切断されるからである。一方,供給
る。(ケース 2)同様に,仕入れが標準税率であっ
(売上げ)に係る付加価値税は全額納税される。し
ても,供給がゼロ税率(あるいは,軽減税率)で
たがって,この時,超過課税が行われ,超過税が
ある場合,免税(軽減された付加価値税)となる。
納税されることになる)
。(ケース 8)もし,仕入れ
(ケース 4)もし,仕入れがゼロ税率(あるいは,
が非課税で,供給がゼロ税率(あるいは,軽減税
軽減税率)で供給が標準税率の場合,その時標準
率)の場合,納税額は免税(軽減された付加価値
付加価値税。しかし,仕入れに係る税額控除はゼ
税)で,その事業者の仕入れ以前に支払われた付
ロ税率(軽減税率)であるから,税額控除額はゼ
加価値税が納税される。(ケース 9)最後に,供給
ロ(軽減された税額控除額)である。(ケース 5)
と仕入れの両方が非課税である場合,事業者の仕
もし,供給と仕入れの両方がゼロ税率(あるいは,
入れ以前に支払済みの付加価値税が納税される。
軽減税率)の場合,付加価値税は免税(軽減された
そこで,注目すべき点は,非課税を含む以上の
付加価値税)となる。以上太線で囲まれた 4 つの
5 つのケースでは,必ず課税の連鎖が制度上切断
ケースでは,最終消費者に至る付加価値税の連鎖
されることである。したがって,課税の連鎖が切
が全て維持されていることが最も重要である。す
断されることから,付加価値税の負担が最終的に
なわち,付加価値税の課税の連鎖が維持され,課税
消費者に帰着するかは不確定となる。同時に,そ
の負担は最終的に消費者に帰属する。以上のケー
の連鎖の切断が様々な制度上の非効率性と不公正
スの場合,課税の連鎖が切断されることはない。
性を生むことになる。とりわけ,
(ケース 7)のよ
これに対して,非課税を含む場合,課税の連鎖
うに,本来の付加価値税以上に納税が発生する超
は制度上なくなる。なぜなら,供給と仕入れのど
過税の現象すら発生することになる。
ちらかにおいて非課税となる場合,課税の連鎖が
切断されるからである。表 1 の太線の枠外の 5 つ
2.
オールド VAT の経済効果と問題点
のケースがこれに該当する。
その各々のケースは,以下の通りである。(ケー
さて,EU モデルの付加価値税における複雑な
ス 3)供給(売上げ)が非課税で仕入れが標準税率
課税方法は,納税する事業者に対して様々な経済
である場合,付加価値税はその事業者の仕入れに
効果を与え,多様な問題点を生じさせている。主
至るまでの全ての付加価値に対して支払わる。だ
要な問題点として,
(i)税収効果,
(ii)混合供給,
が,供給(売上げ)に係る付加価値税は課税されな
(iii)非課税クリープ(exemption creep)
,
(iv)自
い。(ケース 6)もし,供給が非課税で仕入れがゼ
家供給バイアス(self-supply bias)と投入選択の
ロ税率(あるいは,軽減税率)の場合,付加価値税
ディストーション,(v)応諾費用と税務行政費用
は全く納税されない。その実質的な結果は,
(ケー
などが挙げられる7) 。
ス 5)と同じとなる。(ケース 7)仕入れが非課税
そこで,付加価値税は各々の取引段階毎に課税
であるけれども,供給が標準税率の場合,超過税
される多段階課税であることから,事業者への課
が課される(これには,若干の説明が必要である。
税の連鎖を明確にするよう産業連関表を用いて説
まず,仕入れが非課税であることから納税額はゼ
明し,課税方法の選択による経済効果を簡単な算
式で示そう。なお,仕向地原則の付加価値税では,
り,個別商品についての課税方法の区分でないこと
に注意が必要である。付加価値税は通常は個別商品
の取引に応じて区分され,事業者にはこの組み合わ
せとして課税が実施されるからである。
(ア)投資の全額控除,
(イ)輸出免税(ゼロ税率)
,
7)詳細な説明は,Gendron (2010),pp.489–492 参照。
— 98 —
付加価値税理論の新潮流
(ウ)輸入課税を原則とするが,以下の説明では簡
問題点が大きな問題となることはないのである。
易化のため,ここでは考察外とする。このように
簡易化された条件の下で,付加価値税の課税方法
(2)ゼロ税率(軽減税率)ケース
について各ケースを考察する。
次に,産業部門がゼロ税率(あるいは,軽減税
率)を適用されるケースである。第 k 産業にゼロ
税率(軽減税率)が適用されるならば,第 k 産業
(1)標準税率課税ケース
まず,事業者が標準税率で課税される場合であ
の税率 tk = 0(軽減税率:0 < tk < t)となる。そ
る。産業部門を第 k 産業として,産業部門にネッ
の時,tk = 0(軽減税率:0 < tk < t)として産業
8)
トの標準税率 t の付加価値税を課すと ,産業部
連関表に則して,
門の付加価値税額 Tk は簡易化された行列表示と
Tk(0) = (0)pk Xk − [p1 , p2 , · · · , pk , · · · pn ]
⎡
して,
Tk = t(pk Xk ) − [p1 , p2 , · · · , pk , · · · pn ]
⎡
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
×⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎣
⎤⎡
t
t
..
.
t
..
X1k
⎥⎢
⎥ ⎢ X2k
⎥⎢
⎥ ⎢ ..
⎥⎢ .
⎥⎢
⎥⎢ X
⎥ ⎢ kk
⎥⎢ .
⎥⎢ .
⎦⎣ .
.
t
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
×⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎣
⎤
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎦
⎤⎡
t
⎥⎢
⎥ ⎢ X2k
⎥⎢
⎥ ⎢ ..
⎥⎢ .
⎥⎢
⎥⎢ X
⎥ ⎢ kk
⎥⎢ .
⎥⎢ .
⎦⎣ .
t
..
.
0
..
X1k
.
t
⎤
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎦
Xnk
(2–2)
Xnk
(2–1)
と表される。ただし,Xik は第 k 産業の第 i 産業
からの仕入額(産業連関表では投入量),また pk
は第 k 産業の価格である。なお,仕入れに係る税
と示される。それゆえ,ゼロ税率(軽減税率)が
第 k 産業に適用されることは,仕入控除に係る税
額においても対角行列 [t] において tk = 0 (軽減
税率:0 < tk < t)とすることであり,一般式にお
いて扱うことが可能である。したがって,ゼロ税
率は対角行列 [t] である。したがって,(2–1) 式は
率を含む軽減税率による政策は租税負担を税率に
産業部門の標準税率課税ケースの付加価値税を示
よって軽減する政策であることから,(2–2) 式で示
し,付加価値税額が右辺第 1 項の売上に係る付加
されるように第 k 産業の適用税率を 0%(あるい
価値税額から第 2 項の仕入に係る付加価値税額を
は,軽減税率:0 < tk < t)とした場合に該当する
差し引くことによって求められることを表してい
ことになる。
る。これは,通常の課税事業者への算式に他なら
ない。
そこで,これを (2–2) 式から説明すると,ゼロ
税率(あるいは,軽減税率)が適用された第 k 産
事業者が標準税率で課税される場合,多段階課
業では,右辺第 1 項の供給(売上げ)に係る税額
税における課税の効率性が維持されることは明白
が免税(軽減課税)され,同時に第 2 項の仕入れ
である。なぜなら,売上げに係る付加価値税から
に係る税額が還付されることになる。また,第 2
仕入れに係る付加価値税は控除され,各段階にお
項の仕入れに係る税額のうち,ゼロ税率(軽減税
ける付加価値に対応する税額が納税されるからで
率)が適用された第 k 産業からの部分はすでに免
ある。また,これらの連鎖の後,最終的段階で消
税(軽減課税)となっているので仕入税額の控除
費者に付加価値税が帰することになる。したがっ
はゼロか軽減された税額となる。すなわち,第 k
て,標準税率で事業者が課税される場合,前述の
産業の供給(売上げ)と第 k 産業自体の生産物を
8)標準税率 τ として,ネットの標準税率は,t =
と表示される。
τ
1+τ
投入に用いた仕入れに係る部分にいずれもゼロ税
率(軽減税率)が適用されることを示す。
— 99 —
経
済 系
では,ゼロ税率(軽減税率)のケースとして産業
第
254 集
税制度が好まれる傾向にあると思われる10) 。
部門が扱われることは,どのような経済効果をも
たらすことになるのであろうか。まず明らかにし
(3)非課税ケース11)
なければならないのは,ゼロ税率(軽減税率)を適
事業者が非課税となるケースは,財サービスの
用することは,2 つの効果をその部門にもたらす
供給のうち,当該事業者の取引を課税標準自体か
1 免税(軽減課税)にす
ことである。すなわち,
ら非課税として除くことによって租税負担を軽減
2 仕入れに係る税額を控除すること,で
ること,
する制度である。だが,その時非課税取引の仕入
ある。この効果は,(2–2) 式において右辺の第 1 項
れに係る税額は控除できない。したがって,付加
が免税(軽減課税)効果を表し,第 2 項が控除を
価値税の制度上,仕入れに係る税額を控除するゼ
示している。したがって,(2–2) 式はトータルでは
ロ税率とは異なり,非課税では当該取引が課税標
マイナスあるいは軽減された税額となることから
準に算入されず,仕入れに係る仕入税額についても
分かるように,ゼロ税率(あるいは,軽減税率)の
付加価値税の連鎖対象から除外されることになる。
ケースは,産業部門の財サービスの供給に対して
そこで,第 k 産業が非課税となる産業部門であ
免税あるいは軽減課税がなされる一方,付加価値
ると仮定すると,非課税により供給 Xk = 0,お
税の還付という形でこれまでの税額が全て第 k 産
よび仕入れ Xik = 0 と制度上取り扱われる。した
業の事業者に還付される優遇制度である。
がって,産業部門の付加価値税額 Tk(E) は,
さて,ゼロ税率(軽減税率)のケースにおける
問題点は,以下の通りである。(i)(2–2) 式から分
Tk(E) = tpk (0) − [p1 , p2 , · · · , pk , · · · pn ]
⎡
かるように,ゼロ税率のケースは,付加価値税の
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
×⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎣
税収を大きく減少させることになる。仕入れに係
る税額の還付に税収を当てなければならないから
である。
(ii)他部門の財サービスの供給が標準税
率で課税されるから,その時明らかに課税の公正
性が失われ,ゼロ税率(軽減税率)適用部門が有
⎤⎡
t
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎥⎢
⎦⎣
t
..
.
t
..
.
t
利な立場に置かれる。(iii)また,消費者において
= 0
0
0
..
.
0
..
.
⎤
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎥
⎦
0
(2–3)
も,ゼロ税率(軽減税率)となる産業部門と標準
課税される部門との間の選択にディストーション
と示される。すなわち,産業部門が非課税となる
を発生させることになる。(iv)その結果,他の産
ことは,供給(売上げ)と仕入れを示す列ベクト
業部門の事業者に,ゼロ税率(軽減税率)を要求
ルにおいて産業部門の供給 Xk と仕入れ Xik とを
する機会を与え,ゼロ税率(軽減税率)クリープ
全てゼロと見なすことである。その結果,非課税
9)
となる産業部門からの納税額はゼロとなる。
の要因となる 。
だが,ゼロ税率(軽減税率)のケースは,付加価
値税の連鎖の中で取り扱われる。したがって,こ
れらの連鎖の後,最終的段階で消費者に付加価値
税が帰することになるから,課税システムに大き
な歪みを生じさせることはない。しかし,付加価
値税の税収が大きく減少するリスクが存在する。
このリスクのゆえに,一般にゼロ税率よりも非課
9)EU モデル関する軽減税率の詳細な研究については,
Copenhagen Economics (2007) を参照。
だが,制度上非課税となる産業部門が付加価値
税を負担していることに注意しなければならない。
10)Gendron (2010),pp.486–487 参照。
1
11)事業者が非課税となるケースは,2 つある。まず,
財サービスが非課税取引であることから供給(売上
げ)あるいは仕入れに係る取引が非課税として課税
2 事業者の供
標準から除かれる場合である。次に,
給(売上げ)に係る取引額が少額であることから非
課税事業者として付加価値税の納税を免除される場
合である。各国において一般的なのは,後者のケー
スである。OECD (2011),p.82 参照。
— 100 —
付加価値税理論の新潮流
なぜなら,産業部門はこの非課税取引の仕入れに
もたらす制度である。確かに,産業部門が非課税
係る税額が控除否認され,その税額を負担してい
となるケースでは,(2–3) 式から分かるように,納
るからである。すなわち,産業部門は仕入れに係
税すべき税収額は,ゼロである。したがって,産
る税額を前段階の取引事業者,つまり仕入事業者
業部門が財サービスを供給する際に,その財サー
に対し付加価値税を支払いながら,この部分の仕
ビス供給から付加価値税がもたらされることはな
入税額控除が否認される。したがって,産業部門
い。しかしながら,産業部門の仕入れに係る税額
が支払った仕入れに係る税額は,前段階の取引業
控除が否認されるのであるから,産業部門が仕入
者を通じて納税されているにもかかわらず,この
れの段階で支払った納税額は,(2–4) 式で表され
納税額が税額控除されることはない。
るように,付加価値税の税収をもたらす。それゆ
そこで,非課税となる産業部門が税額控除を否
認される仕入税額控除額 T Dk(E) は,
⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
×⎢
⎢
⎢
⎢
⎢
⎣
⎤⎡
t
.
t
..
X1k
⎤
⎥⎢
⎥
⎥ ⎢ X2k ⎥
⎥⎢
⎥
⎥ ⎢ .. ⎥
⎥⎢ . ⎥
⎥⎢
⎥
⎥⎢ 0 ⎥
⎥⎢
⎥
⎥⎢ . ⎥
⎥⎢ . ⎥
⎦⎣ . ⎦
t
..
価値税の税収が得られるのである。一般にゼロ税
率と同様に当該部門の納税額がゼロでありながら,
T Dk(E) = [p1 , p2 , · · · , pk , · · · pn ]
⎡
え,非課税のケースでは,(2–4) 式で示される付加
.
t
Xnk
(2–4)
政府が非課税制度を選択する一つの理由がここに
ある。
この税収効果は,さらに難しい問題をもたらす。
(ii)非課税制度の負担帰属の問題である。非課税
扱いとなる産業部門では,結果として取引の仕入
れに係る仕入税額について制度上控除不可能とな
り,付加価値税の連鎖の対象から除かれることにな
る。にもかかわらず,事業者が仕入段階で支払っ
た納税額は,(2–4) 式で表されるように,付加価
として示される。非課税扱いとなる産業部門は,
値税の税収をもたらす。それゆえ,この仕入段階
結果として取引の仕入れに係る仕入税額について
の負担額の転嫁は制度上否認され,連鎖の枠外に
控除不可能となり,付加価値税の連鎖の対象から
位置するのであるから,事業者にとって重い負担
除かれることになる。その意味で,(2–4) 式は付加
となる12) 。したがって,この税収額が,最終的段
価値税の連鎖の枠外に位置しており,付加価値税
階で消費者に帰するとは必ずしも言えないのであ
の対象から除かれた仕入控除税額の不可能部分を
る13) 。
表している。付加価値税では,この部分に対する
別途の取扱いが必要となるのである。
さて,非課税となる産業部門の付加価値税の負
担額は,(2–3) 式と (2–4) 式を合計したものになる。
ただし,(2–3) 式がゼロとなることから,産業部門
の負担額は,(2–4) 式に一致する。したがって,付
加価値税の連鎖が切断されて,この別途の取り扱
いとなる (2–4) 式は,非課税による仕入税額控除
が否認されることから生ずる税収額を表すと同時
に,事業者の付加価値税の負担額を表すのである。
さて,非課税部門として事業者が扱われること
は,多くの問題を発生させる。まず,
(i)税収効果
である。非課税制度は,付加価値税を適用しない
と人々には見えるけれども,付加価値税の税収を
12)制度上控除が否認される仕入税額控除の負担の取り
扱いについては,2 つの方法が考えられる。消費ア
プローチと活動アプローチである。詳細については,
持田,堀場,望月 (2010),pp.109–110 参照。
13)非課税取引による課税ベースは,意外に大きい。ニ
ュー VAT に分類され非課税取引が制約されている
カナダの GST/HST でさえ,活動アプローチによ
るカナダ財務省資料 (2003) では,民間消費等の課
税取引の課税ベースが 81%,金融や政府などの非課
税取引の課税ベースが 19%と推計されている。同様
の推計方法による日本の消費税では,2006 年度の課
税取引の課税ベースが 78%,非課税取引の課税ベー
スが 22%となっている。持田,堀場,望月 (2010),
p.194。ただし,両者の推計は,非課税のケースの
1 財サービスが非課税取引のみの推計である。
内,
2 少額取引事業者が非課税となる
非課税のケースの
— 101 —
経
済 系
第
254 集
次に,
(iii)混合供給についてである。第 k 産業
税は減額されることになる。したがって,産業部
が,同時に課税売上げとなる第 k + 1 産業の財サー
門は,自家供給を優先させ,他の事業者からの仕
ビスを一部供給する場合,仕入れに係る税額をど
入れを可能な限り抑制しようとするのである。こ
の程度非課税供給と課税供給に配分するかの問題
のことが,公正な市場競争からの乖離をもたらす
が生ずる。この問題に対する解決方法は,二つの
ことから,競争のディストーション(distortion of
タイプの供給に正確に対応して仕入れ税額控除額
competition)を生み出すことになる。
最後に,
(vi)応諾費用と税務行政費用である。
を配分することである。したがって,理論的には,
実際の活動に対応する仕入れを個別に調査して正
これまで述べた(i)∼(v)の問題点は,同時に付
確に二つの産業の供給に対応させるのが望ましい。
加価値税の税務行政を複雑にし,納税義務を免除
しかし,このような対応を納税者である事業者に
されるため必要な資源を増加することになる。こ
要求することは,資源の浪費を求めることになる
の点,前述のゼロ税率(軽減税率)ケースの方が
が,産業部門はこのような費用を支出することは
産業部門を付加価値税の連鎖の中に留めるため優
難しい。さらに,仕入れに係る税額控除の配分は,
れているけれども,税収を減少させることから一
控除否認される仕入税額控除額の減額を意図して
般に好まれないのである。
納税に際して選択の余地を与え,場合によると非
課税に対応する仕入れを課税である第 k + 1 産業
ニュー VAT の課税モデル
3.
の仕入れに変更する誘因を与えることになる。こ
の可能性は,税務行政に応じて追加費用を発生さ
(1)ニュー VAT の課税方法
オールド VAT の問題点を解決するニュー VAT
せることになる。
さらに,
(iv)非課税クリープの要求が高まるこ
の代表として,ニュージーランドモデルが注目さ
とになる。なぜなら,非課税部門に対して課税供
れている14) 。ニュージーランドモデルの課税方法
給を行っている他の事業者は,いわゆる「同等の取
を示しているのが,表 2 である。表 2 における各々
り扱い」を根拠にして,同じように非課税となる
の組み合わせはシンプル化されて,以下の 4 つの
よう議会に働きかけることになる。非課税ケース
ケースとなる。
に関するこれまでの経験から,この圧力は非常に
(ケース 1)供給(売上げ)と仕入れの両方で課税
大きく,付加価値税の体系を大きく崩しかねない。
の場合,付加価値税は標準税率の課税方法が適用
また,非課税ケースは,(v)自家供給バイアス
される。(ケース 3)もし,仕入れがゼロ税率(あ
と投入選択のディストーションをもたらすことに
るいは,軽減税率)であっても,供給が標準税率の
なる。非課税制度の下で,前段階の事業者からの
場合,その時標準付加価値税となる。しかし,仕
仕入れを減少させ,産業部門の内部で自家供給を
入れに係る税額控除はゼロ税率であるから,税額
行うことは,(2–3) 式から分かるように,産業部門
控除額はゼロとなる。(ケース 2)仕入れが標準税
の納税額はゼロであるので全く変化させない。し
率であっても,供給がゼロ税率である場合,免税と
かし,前段階の事業者に支払った仕入れに係る税
なる。(ケース 4)もし,供給と仕入れの両方がゼ
額は,(2–4) 式に示されるように,自家供給が行
ロ税率の場合,付加価値税は免税となる。ニュー
われて仕入額としての投入額が減少すればするほ
ジーランドモデルの課税方法は簡素化されて,原
ど,仕入額は減少する。すなわち,自家供給の結
則としてこの 4 つのケースのみである。また,4
果,仕入れに係る税額控除の否認額は減少し,産
つのケースは,最終消費者に至る付加価値税の連
業部門が非課税ケースの場合に負担する付加価値
鎖が全て制度上維持されていることが最も重要な
ケースの推計は考慮されていないので,より一般的
な非課税制度による課税ベースはさらに大きなもの
となろう。
点である。すなわち,付加価値税の課税の連鎖が
14)ニュージーランドモデルに関する国際的な評価・検
討については,Krever & White (2007) を参照。
— 102 —
付加価値税理論の新潮流
表 2 ニュージーランドモデルの課税方法
供給(売り上げ)に係る付加価値税の取扱
ゼロ税率
課税
仕
入
れ
に
係
る
付
加
価
値
税
の
取
扱
課
税
ゼ
ロ
税
率
1. 標準付加価値税
2. 免税
3. 標準付加価値税
4. 免税
(出所)表 1 に同じ。
維持され,課税の負担は最終的に消費者に帰属す
が V RR(付加価値税税収比率)である15) 。この
ることになる。
指標は,
さて,オールド VAT の課税方法を示す表 1 と
比較すると,その主要な特徴が 2 点明らかになる。
(i)非課税の原則全廃と,
(ii)単一の標準税率(軽
V RR =
VR
(F CE − V R) × τ
(3–1)
と定義される。ただし,V R:実際の税収額,F CE:
減税率の排除)である。このような課税方法は,
最終消費支出,τ:標準税率である。すなわち,消
表 1 と比較した場合,表 2 の矢印の方向への変化
費型付加価値税が本来最終消費への課税であるこ
として示すことができる。すなわち,第 1 に,供
とから,潜在的な課税ベースとして最終消費支出
給(売上げ)に係る付加価値税と仕入れに係る付
を最も適切な課税ベースに標準税率を適用して得
加価値税における標準税率の課税領域の拡大であ
られる税収額を分母とする。この分母に対して実
る。具体的には,オールド VAT では非課税とされ
際の税収額を分子として,その比率で課税の効率
ていた政府部門や金融機関を含めた全ての部門が
性を示すのである。
課税対象とされている。第 2 に,軽減税率適用に
この V RR は,潜在的な課税ベースからの標準
よる軽減された付加価値税領域の撤廃である。し
税収に対して実際の税収が適切に徴収されている
たがって,食料品等の生活必需品を含む全ての財
かを示すことから,各国の課税の効率性を示す指
サービスに標準税率が適用されることとなった。
標と見なされている。すなわち,各国の VAT の税
これを要約したのが,
「単一の標準税率構造と広い
収が「純粋(pure)
」VAT に近づくほど,V RR は 1
課税ベース」というニュージーランドモデルの基
に近似すると考えられる16) 。それゆえ,V RR が 1
本的な考え方に他ならない。
となる場合は,広い課税ベースに標準税率で VAT
の課税が実施されている指標と見なされる。それ
(2)ニュー VAT の課税の効率性
に対して,1 より低い V RR となる場合は,標準税
さて,「単一の標準税率構造と広い課税ベース」
というニュージーランドモデルによって,実際に
どの程度課税の効率性が改善されているのであろ
うか。この指標として,一般に用いられているの
15)OECD (2011),p.107 参照。なお,従来用いられて
いた C 効率性は,C(最終消費支出)に VAT を含
むという定義の問題から,最近使用されなくなって
いる。
16)OECD (2011),p.110。
— 103 —
経
済 系
第
254 集
表 3 各国の VRR(2008 年)
(出所)OECD (2011),p.112。
率での課税ベースに浸食が見られるか,あるいは
も高い値を示している18) 。
「単一の標準税率構造
納税額の徴収に重大なミスがあるかである。 した
と広い課税ベース」という最も効率的な課税方法
がって,V RR を指標として,課税の効率性を示す
を実施しているのがニュージーランドに他ならな
ことになる17) 。
いからである。すなわち,ニュージーランドモデ
そこで,V RR を見たのが,表 3 である。効率性
ルでは,(i)非課税の原則撤廃が,前節で述べた
を表す指標である V RR は,2008 年現在のニュー
オールド VAT における非課税ケースの問題点を
ジーランドではほぼ 1 に近似し,OECD 諸国で最
解決することは明白である。なぜなら,非課税制
1 租税政策
17)厳密には課税の効率性の指標:V RR は,
2 租税応諾の効率比率から成る点に注
の効率比率と
意が必要である。なぜなら,(3–1) 式を分解すると,
度は撤廃されて,全てが課税対象となるからであ
V R∗
VR
×
V RR =
V R∗
(F CE − V R) × τ
(3–1A)
る。また,
(ii)単一の標準税率が課されることか
ら,同様に軽減税率ケースの問題を解決すること
も容易に理解できよう。複数税率の適用をもたら
す軽減税率の排除が,これまでの問題点を解決す
と表される。ただし,V R∗:現行税法での理論上の
税収額である。
その時,(3–1A) 式の右辺第 2 項は,単一の標準
税率を用いて潜在的な課税ベースから得られる税収
額に対して現行税法での税収額の比率を示し,潜在
的な課税ベースに単一税率を適用する税制からの乖
1 租税政策の効率比率を表示する。一方,
離を表す
(3–1A) 式の右辺第 1 項は,現行税法での理論上の
税収額に対する実際の税収額の比率であり,租税応
2 租税応諾の効
諾や税務行政における効率性を示す
率比率を表している。したがって,課税の効率性の
指標:V RR は,この両者の効率を合わせた指標で
ある。
課税の効率性の指標:V RR には,複雑な数多く
の要因が影響を与える。これらの要因には,
(i)軽
減税率(ゼロ税率を含む)
,
(ii)非課税,
(iii)少額取
るからである。それゆえ,このような考え方に基
づくニュー VAT が,オールド VAT の直面してい
る問題の多くを改善するとして期待されているの
である。
[参考文献]
[ 1 ]Bird, R.M. & P.-P. Gendron (2007), The VAT
引業者の非課税,
(iv)租税応諾の低下,
(v)VAT の
課税対象となる財・サービスと SNA における最終
消費支出項目と相違,などがある。OECD (2011),
p.110 参照。
18)もちろん,これ以外の要因として課税当局の税務行政
能力や納税者の応諾費用等も影響している。OECD
(2011),pp.109–110 参照。
— 104 —
付加価値税理論の新潮流
in Developing and Transitional Countries, N.Y.,
Cambridge University Press.
[ 2 ]Cnossen, S. (2003), “Is the VAT’s Sixth Directive
Becoming an Anachronism?,” European Taxation, Vol.43, No.12, pp.434–442.
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Member States in the European Union, http://
ec.europa.eu/taxation customs/resources/
documents/taxation/vat/how vat works/rates/
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pp.477–508.
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Be Done,” National Tax Journal, Vol.59, No.4,
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Design: The Mirrlees Review, Oxford, Oxford
University Press.
[ 8 ]Mirrlees, J., (chair) (2011), Tax by Design:
The Mirrlees Review, Oxford, Oxford University
Press.
[ 9 ]OECD (2011), Consumption Tax Trends 2010,
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マーリーズ・レビューを踏まえて—」
『フィナンシャ
ル・レビュー』第 102 号,pp.146–165.
[11]持田信樹,堀場勇夫,望月正光 (2010),
『地方消費
税の経済学』
,有斐閣.
[12]望月正光「オールド VAT,ニュー VAT:付加価値
税理論の新潮流」
『地方財政』第 51 巻,第 8 号,
pp.4–13.
— 105 —